つくりあげていくすまい
住宅のいままでとこれから
100年住宅を目指すと、基本的に湿気・結露対策と結露を引き起こさないような生活のしかたをすることに課題は集約される。工法的にも結露によって木部の腐れをおこす構造金物の使用をどうするかが大きな問題である。
住宅金融公庫仕様でも最近は伝統的な仕口や継ぎ手(木の加工のしかた)による木造を認めているが、筋違(地震や台風時の水平力に抵抗する斜めの材料)の補強部分には金物をつけることを義務付けている。
O邸では、建築法規の及ぶ地域外で、金融公庫を利用しなかったので、筋違の代わりに貫(柱を貫通して水平にとりつける木材)と土壁で水平力を負担している。(もっとも普通の土壁よりそうとう粘りがある強い土壁だが)
伝統工法はなにより手間ひまをかけてつ
くるので、それなりの手間代がかかることになる。意匠的にも数奇屋レベルの材料を使うとするとべらぼうな材料代になり、これらの判断は、かけられるお金をどこにどれくらいかけるか、という全体のバランス上の判断となる。
住居形式
東アジアの住居形式はおおきく分けると高床形式と土間形式に分類される。
農家も町屋も、中流の武家住宅にもその両方の形式がここ1000年ほど混在しつづけてきた。
高床は夏向きの、土間は防寒上の最低限の形式として受け継がれ、土間の機能として軽作業スペース、台所として火を使うスペースとして発展してきた。この土間の現代的展開としてA邸の土間がありうるわけだが、一方で風土のなかで考えてみるとO邸のように土間が必然的に必要になる「物質循環」がその背景にある。
東アジア一連の土間形式の展開上にさらに西欧流のイス式の空間構成を取り入れた蓄熱土間として住居形式を提案する余地がまだありそうである。
商品として完成されたもの、を購入し一方的に消費するという文化は遅かれ早かれ環境破壊という臨界点に達する。新築の時に一番考慮し、配慮しなければならないことを着実に実現し、その他のことは序々に作り上げていく、という構えの方が地球環境や周辺環境の保全や物質循環のためにも良いことである。もともとそういう取り組みで「すまい」は作られてきたのだから。
そして、こうした住宅のインフラを整備していくという目標を共有化し、ある段階のものとして建設に関わり、住むことでその運用に関わり、風土の財産として若い人に渡すという循環の環を構想したい。
高耐久木造について
前回も触れたように、建材を生産するエネルギー、建設時のエネルギー、運用期間のエネルギー、廃棄時のエネルギーをそれぞれ環境保全のために最小化しようとすると、なるべく自然材料(木、土、石、紙、柿渋や壁土、布苔などの発酵材)を使用して、高耐久性の建物を作ることに(必要なエネルギーを分子とすると分母の耐用年限を大きくすることに)なる。
コストとのバランス、ライフスタイルや好みのバランスでどこを大事にして、何を実現するのかが大きな課題となる。(ここをまとめていくのが、かかわっている人々の互いの了解を必要とするため一番時間がかかるところでもある)この稿で展開してきたように一方では地球環境に至る「風土」性へ、あるいはさまざまな肩書きや立場に囚われがちな個人から生命体としての「身体」性へと向かう道筋にうまく乗ると話は早いのだが、現実的にはなかなか時間がかかる。それに理念と働きかけのギャップ、この場合は建築工事費の限界もあるし、それと関係する材料や工法、あるいは構法の選択範囲の制限もおこりうる。いままでの「住宅」は、はなにがしかの「完成品」にひどくこだわっていたからでもある。
すべてに完璧はないというのはこの点で、石油由来物質の中で環境には有害もしくは循環しないもの、リサイクル可能だが回収しにくいものを使用しないとその分、手間暇をかけることとなり建設コストにはね返ってくることにもなる。
というわけで幾分かは自力でセルフビルドする、または将来工事の余地を的確に把握していることが必要な時代になってきた。その後のメンテナンス、追加工事に対応できるという面でも、そしてなによりエコロジカルハウジングの波を広げていく主体となっていくためにもそうしたことが望まれる。
日曜大工の範囲を超えたかつての人々の知恵との付き合いを発見することにも意義があることになる。それは、その「すまい」がある段階のものとして「循環の環」を構成していくであろう一つのインフラとして認識し、そのあつまりとしての将来図を共有化することにも繋がっていく。いわば風土に対する「はたらきかけ」の資産化である。
エコロジカルデザインと同じように、あまり最初から細かいところまで作りこみすぎないことの方が良い。将来対応ができる余地をのこした大まかな骨組があれば良しとしたい。服と同じように「体になじむ」のに少しは時間が必要である。
そして「つくりこみすぎない」ことの延長として、部屋数にこだわりすぎて、不用意に小さく仕切られた多くの個室の集まりにしないことも必要である。すべてに十分なゆとりがある場合を除いて、子供部屋は最小限の寝室扱いとして、通常は居間や茶の間に家族が集まっている、ということを目指して設計することが多い。あるいは子供部屋の間仕切を簡易なものにして、将来の生活の変化に対応できるようにしておくことが多い。この場合も、また戻して新たな子供部屋にもできる。
できるだけプライベートな「今、必要なもの」も実現できる、将来価値=この場合自分以外の「他者」にとってその住空間が「資産」になるのか、という観点が今後の社会を築いていくであろう。それこそが新たな「おおやけ」を胚胎する場となっていくと捉えている。
1 バリアフリーをつくる
光野有次
岩波新書 572
2 同上 p43