頭上に広がる青い空。焼きつけるように熱い、太陽の光。昔よりも寂れてしまったけれど、
それでも変わらず聞こえてくる人々の声。
砂に囲まれた街、フィノーラ。
何もかも失って、唯一つあった宝も手放して。足が向くままに歩いていき、
何時の間にかここにたどり着いていた。
十数年前に、シグルド軍にいたころ数日滞在した街。希望を持ちながら、言いよれぬ不安に心密かに脅えながら過ごした短い時。
自分と同じように皆もそうであって。不安を吹き飛ばさせるように宴は開かれた。
ただ、直後に聞かされたレンスター軍のことで、場は一気に静まり返ったのを覚えている。
友に託した子供達は気がかりだったけれど、愛する人と仲間と一緒にいられたから幸せだった。
すぐに最後の戦いを終えて、幸せに暮らせるはずだったから。
手に降る星を待ち望んで。今か今かと空を見つめて。ようやく星が届く距離まできたのに、
星を掴む前に身体が地へと落ちてしまった。
暗く深い落とし穴の中。そこは世にも恐ろしい、時という名のラビリンス。上を見上げれば一筋の光が射し込んでいる。
でもそこは深すぎて。登ることはできなかった。仕方なしに迷宮を歩くけれど、
どれだけ経っても出ることなどできはしない。
時に終わりなどありはしないから。
旅人が倒れても、迷宮はそこにあるように。
いかなる事があろうとも、時は変わらず流れるように。
深く暗い闇の迷宮。
それは男の心を映した水鏡。
心が晴れねばそこは漆黒の闇。
どれだけ歩もうとも、出ることなどできはしない。
男は気付かない。自身の心が創った幻想物であると。
嘆き。悲しみ。憎悪。欲望。嫉妬。焦り。
心はもっと闇色に染まり、光はどんどん遠ざかる。
愚者はさまよい続ける。
終わりのない、時という名の闇を………
「あんたがイブリスさんで?」
フィノーラに来て一月が経とうとしていた時。街の宿屋の窓から外を眺めていると、後から男の声が聞こえてきた。
「……誰だ。」
イブリスという名はデューの数ある偽名の内の一つ。だが本名同様、知っている者は数少ない。
信頼できる者にだけ名乗る名で、教えた者達の顔は全て覚えている。だが、振りかえり声の主を見てみるが、
見知った顔ではなかった。
「そんな恐い顔しないでくださいよ。オレはある人からあんたに伝言を頼まれただけなんだから。」
そう言って男は彼の元へと近付いて来た。イザークの人間なのか、髪も瞳も真っ黒だった。
「止まれ。」
横に置いてあった銀の剣を鞘から出し、男の喉元につきつけた。刃はほんの少し肉を切り、そこから真紅の血が溢れてきた。
「お前の歩き方、普通の人間のものじゃない。闇の世界の…それも上級の奴のだ。
お前一体誰だ?」
こんなに近くにいるのに、男の足音は全く聞けなかった。こんな風に歩くのは、歩けるのは
暗殺者、盗賊、情報屋……。裏の世界の住人のみだった。
「やっぱりわかるか。…オレはゼタル。何でも屋だけど、ご存知ないかい?」
「…知ってる。お前の噂はよく聞くからな。」
「へぇー。あんたに知られてるだなんて、オレも有名になったなぁ。とにかくさ、
その物騒なモンどかしてくんねぇかな。あんたに手上げようなんて恐くてできねぇよ。」
ひらひらと両手を上げるゼタル。おかしなことを考えている顔ではない。
『何でも屋ゼタル』の名は旅先で何度も聞いたことがある。
金さえあればどんな依頼でも受け、そしてそれを全て完璧にこなし、
依頼者の情報を他にもらすことは決してない。闇の世界では結構な有名人である。
彼も剣士らしいが、レベルはそこそこといったところ。万が一に戦闘になっても
勝てる自信はあったため、ゆっくりと剣を鞘に戻した。
「信用してくれたってことでいいんだよな?んじゃ本題に入るぜ。
本当は依頼主の情報はもらさねぇようにしてるんだけど、本人の希望だから話すよ。」
「いいから早く言え。誰なんだ?」
「はいはい。エオスっていう男だよ。」
「エオス……?」
「あれ?知らないのかい?あんただったらこの名を言えばわかるって言ってたんだけど……。」
エオス。風の神々の母である神の名。
風の母の………
「……あぁ、心当たりはある。それで?その伝言は?」
「え〜っと……『堕ちし者、血の大地へ歩を進め。レテが宿りし冥界で、求める女神は涙する。』
これ暗号かなにかか?オレにはさっぱり意味がわからんよ。」
「本当に、その言葉を発したんだな……?」
「え?あ、あぁ勿論。依頼の内容を忘れるほど馬鹿じゃねぇよ。」
『堕ちし者、血の大地へ歩を進め。レテが宿りし冥界で、求める女神は涙する。』
「本当に………」
もう何も感じないはずなのに。何も感じられないはずなのに。
身体は震え、心はざわめき、魂は強く強く光り輝く。
言葉を解すれば、それは当然のことだと言えるかもしれない。
「どうかしたかい?イブリスさん。」
『デュー。バーハラに行け。忘れたいあの悲劇が起こったあの城で、アイラはお前を待って
今も石の中で泣いている。』
「あ……。」
「うわ!!なんだ??」
窓が突然開いて。風が勢いよく部屋に中に入ってきた。
それに乗って、彼の言葉がやってきた。それは単なるイメージにすぎなかったかもしれないけれど、
確かにデューには聞こえてきたものだった。
「なんだよ…今の風。あ、そうそう忘れるとこだった。もう一つ、つけ加え。『ステュクスには触れるでない。
カロンに出会えば見えぬ者の元へと運ばれる。』ってさ。」
「……わかった。」
心の底から感謝した。失くした心を再び手にすることができたから。
レテに向うは嫌だけど、カロンに会わねば危険はない。
女神を得るために、彼は一つの決心をした。
「さて、と。これで伝言は終わり。オレはこれから依頼主の元に戻るけど、
何か伝えたいことがあったらサービスしてやるけど?」
「……『メフィストは、ファウストに呼ばれ地へ参る。望を叶えるがため、ルシファーの言葉を得、
愚者に力を授けん。』そう伝えてくれ。」
「了解。しっかし、わけわからん伝言するんだな、あんた達は。
よくこんなのがわかるもんだよ。」
「俺達にしかわからねぇことだからな……。」
「へぇ。んじゃあな、イブリスさん。もう行くわ。また何かあったらよろしくな。」
そう言って、ゼタルはまた音もなく去っていった。
「メフィスト・フェレスは光を憎む。俺もまた、光を憎む堕天使だ。」
そう呟く彼の髪は、金色に美しく輝いた。
それは彼が憎む光そのものの姿であると、主は知ることができなかった。
ファウストに導かれるがまま、レテの城へと向かった。
癒されかけた心を、コナゴナに打ち砕いた場所に。
荒れ果て、血で染まった大地も空も、今はあるべき色に戻って。
目に痛いほどの美しい緑が生まれていた。
数年の中で、何度も何度も足を運んだけれども、これほど胸が痛い日はなかった。
今日は。与える物を得るためじゃないから。
自分が望む物を手に入れる為だから。
ここにあの人がいると。そう思うと身体が熱くなる。
それと同時に、何故早く気付けなかったのかと、自分を責める心が傷をえぐる。
無事に会えたとして。それからどうするつもりなのか。
彼女は石のまま。言葉を交じわすこともかなわない。
生に戻すことはできなくて。
何もできないけれど。してあげられないけれど。
それでも………
「会うことがかなうならば。偽りの姿でも見ることが許されるのならば……。」
ただ、会いたい。
自分を傷つけることになったとしても。
地獄に堕とされても。
彼女に会えるなら……
「――星よ月よ太陽よ。我が魂と、この汚れ無き白刃に光を降りそそぎたまえ。
今生一つの望を、叶える力を与えたまえ。」
黒と青を混ぜた空に、輝く一つの星。
薄く、白く現れた月。
そして、沈みかけた大きく強く輝く太陽。
「流星、月光、太陽……。月は…あの人は輝いてくれないか……。」
最後くらい、手を貸してほしいもんだよ。
雲に隠れた小さな月を見て。そう心の中で呟いた。
日の光を背に浴びて。翼もがれた天使は静かに終わりに舞い降りた。
「賊だ!!出会え!!!」
月が空に浮かんで。日が沈んで久しい頃。バーハラの城に兵士の声が響いた。
決まって真夜中にやってくる招かれざる客。不気味に輝く碧の瞳を持った悪魔。
風の様に素早く、鬼神のごとく剣をふるうその姿は、戦場に咲く赤い紅い花のようだった。
「『彼岸花』だ!!全力を持ってかかれ!!」
見つかるのはいつものこと。剣を血で染め上げ、目的の品を手に入れた後逃げるのがいつもの方法だった。
そう。たとえ誰に襲われても。生き延びることはできるから。
「神聖なバーハラを汚す者め!覚悟……。」
唇が最後の言葉を発する前に。体内深くに刃を受けた。
血を浴び、彼岸花は。より一層美しく輝いた。
「覚悟しろ!!」
倒れた騎士の後ろには。十数人の男達。剣を魔道書を。
手に持ちて行く先を阻む。
こんな所で。時を無駄に経たせるわけにはいかない。
生を。奪われるわけにはいかない!
「邪魔だ!!」
剣が肉を切り。血と魂を食らっていく。
「この…!!」
振り下ろされた剣をかわし、騎士の脇腹深くに剣を刺した。
生失くした器に目もくれず、魔の言葉口にする者達を次々と斬っていった。
バサリと。支えられた腕無くして書が床へ落ちる。赤は狙いを定めたかのようにその上へと落ちていき。
表紙の色も解らぬほどにそれを濡らし。紅と闇の中へと飲みこんでいった。
「どけぇぇぇっっっ!!!!」
鬼神の姿に我知らず震えて。ゆっくりと舞い降りる死を、ただ呆然と空を見つめながら理解した。
「ぐぁっ!…ぁぐ………。」
肩から流れる血。仲間の流した赤と混ざり合って。守るべき城を、自身の命で汚していきながら、
死の翼に触れた。
一筋の傷も負わずに、青年は奥へ奥へと駆けていった。望みの物を、必死に探しながら……
どこだ……!どこにいる!?アイラ!!!!
瞬間背に嫌な気配を感じ、確かめる前に横へ避け、同時に後へと走った。
そこには青白く身体を染め上げ、震える腕を向けて炎を放つ魔道士がいた。
己の力を遥かに上回る。恐ろしい鬼に向けて。
「エ…ルファイアー!!」
炎は円を作り。術者の命通りに場を焼いた。だが、奪うべき魂をそこにおらず、
美しい壁布を紅く染め上げただけだった。
「ああああぁっぁあーー!!!」
翼を得たように宙を舞い、刃を眼前の人間に振り下ろした。首を貫き、その小さな身体は哀れにも一瞬で生を失った。
器は目を閉じることも許されず、重力に逆らうことなく地へ落ちた。
「いたぞ!!行けぇっっ!!」
後から後から現れる者達に苛立ち、燃え盛る布を床にしきつめた。
炎は布をつたい、高価な絨毯に牙を向けた。
「くうぅっっ……。」
炎は騎士の元にも向かい、青年の助けをした。
「待てえぇっっ!!」
振りかえりもせずに。彼は全力で駆けぬけた。燭台にともされた蝋燭の火が。ゆらりと揺れて儚く消えていった。
走り、階段を上って下って。もうどこをどう来たのか解らぬほどに走って。だんだんと道が狭くなり、追っ手の声も小さくなってきた時。目の前に一つの扉が見えた。
邪の気を放ちながら、開かれるのを今か今かと待ち望んでるかのような扉が。
迷うことなく、それに向かう。右足に渾身の力を込めて蹴り飛ばした。
重々しい音をたて、それは彼を招くかのように開いた。
「あ………。」
若干の光を帯びた部屋に、影のシルエットが一つ。
何かを求めるような腕が空を掴んでいる。
「あ……ぁっあっ……。」
涙が溢れて。身体が震えて。
時が止まってしまったかのように、音は彼の声以外なくなった。
「アイ……ラ……。」
やっと見つけた。やっと会えた。
十一年。
長すぎた時に苦しんで。何度も流した涙。
「アイラ!!アイラ…!!」
駆けよって。手を伸ばした。
失った幸をもう一度抱き締めたくて。
石だと知っていても。それは彼の行動を止めるものではなかった。
「アイ―――」
あと少しで指が彼女の頬に触れようとした瞬間(とき)。
身体を、鋭い痛みが走りぬけた。
「…っっ!?あ………う…?」
視線を下に落とし、左胸を見た。
白銀に輝く、矢が突き刺さっていた。
心臓を僅かにそれて。血は床を濡らし、愛する女性を濡らす。
死を心が解した時、奇妙な波動がデューを包んだ。
「…ぁっ…?…!?」
急にその力は強くなり、勢いよく壁に叩きつけられてしまった。
「が……ぁぁっっ!!!!ぁ……あ……。」
魔法の力で、彼の体を宙に浮かんだまま壁に縫い付けられていた。
もう胸の痛みはなく、血の熱さだけが脳に理解できるものだった。
虚ろな瞳で、前を見つめる。
黒に近い髪を持った青年と、弓を構える茶の青年。
これが夢ではないと。一体誰が信じようか。
「あ……きっ…。ジ……あぁっ!……くっ…!」
言葉のかわりに、血が口から零れ落ちる。
遠のく意識を必死に呼び戻して。目の前の人に言葉かけたけれど。
このまま眠ってしまえば、これが真と知らずにすんだかもしれない。
「な…ぁっ……んで………っ?」
「嬉しかろう?この者達に再び会えて。」
不意に響く低い声。
心がドクンとざわめいて。
二度と会いたくなかった者の名が。唇から漏れた。
「貴……さ…ま…マンフ……ロ…イ…!」
「ほう、覚えておったか。リボーの小僧よ。」
リボーの国を破滅に追い込んだ老魔道士。
その最も憎む悪魔がそこにいた。
「ククク。どうだ?気分は。愛する者達に会えた感想は。」
「……ざ…ける……なっ……!!」
「感謝してほしいものだな。朽ち果てたこのリボーの王子と、
ヴェルダンの王子に再び生を与えてやったのだから。」
兄は、殺されていた。
ジャムカも、十年前にこの世を去った。
死した後はせめて、穏やかに暮らしていてほしかったのに。
悪魔は果てた魂さえも、暗黒神の贄と捧げるのか。
「……っ…。く…ぁ………は…っ…」
「その体では睨むのも辛かろう。今楽にしてやろう。」
言葉を合図に、ジャムカは弓を構えた。
何のためらいもなく、矢を引きしぼって。
「射て。」
ピキュン、と軽く音をたてて矢が放たれた。
それは先程と同じ場所を容赦なく貫いた。
「……っぁ…………。」
一声上げて。目を見開き涙して。
熱いと感じる間もなく意識は止まり。
そして魂は、ゆっくりと器を離れていった。
「死んだか。こんな女の為などに死ぬとは…愚かな。」
口元にうっすらと笑みをうかべて、扉の元へ歩く。
青年の死に、砂の粒ほどの罪悪感も抱かずに。
けれど。
闇色のローブが空と溶けこむよりも早く、後方から微かな音が生まれた。
「何だ……?」
ボウ、っと果てたはずの器が光り輝く。
胸に飾られた剣の装飾が、主を守るように強く強く輝いた。
「これ……は…バルキリー……!?」
魂の光が宿り、青年は再び生を取り戻そうとしていた。
「竜神が…この小僧を生かそうとしているのか……。」
今まさに魂を得ようとしていた身体に、魔道士は闇を投げつけた。
「我が神ロプトに勝る者などいない!死ぬがいい!!」
闇が彼の魂を食らおうとした時、目覚めた鬼神が片手を上げた。
巨大な黒が触れる前に、強い光が一瞬にして闇を浄化した。
そう、それはまさに神そのものの力であった。
「ぬぅぅ…。小癪な!!だがこの者達は傷つけられまい!!」
剣士は神に襲いかかり、弓闘士は矢を射った。
この人達は、自分の知ってる『人』ではない。
魂を解放することが、この人達にできる唯一つだと。
そう、自分に言い聞かせて。
彼の剣は、闇を切り裂き兄であった者を斬りつけた。赤いような青いような
不思議な色の液体が流れ、彼の頬をかすめた後血へ落ちていった。
(兄貴……。今度こそ、眠ってくれ………。)
笑っていた顔が、怒った顔が、悲しそうな顔が。
たくさんの思い出達と共に脳裏を横切って。
大好きな兄はこの瞬間。ようやく天へと召されていった。
「はぁ………!!」
放たれた矢をかわし、射った青年の元へ駆ける。
(ジャムカ………)
変わらない彼の姿が。それが偽りだと解せなくて。
虚ろな瞳の奥底に、優しい瞳が見えた。
「デ……ュ…。デュ…ー…。」
心を持たないはずの彼が。一言漏らした言葉。
一瞬瞳が戻って。あの日流した涙が見えた。
さようなら。今度こそ。永遠に………
「うあぁぁあああぁっっっ!!!!」
太陽の輝きを受けた剣が、大好きだった人の身体に突き刺さった。
グラリとよろめく身体から、生の気配が薄れていって。
光が彼の命を運び、デューの身体を癒していった。
(ジャムカ……。ジャム……カ。)
額の白い布が、元の主の血で染まって。涙するかのように、ゆらりと舞った。
地に倒れる二つの器は、生は失くして眠っていた。
二度目の……死という終わりを迎えたのだ……
「兄…貴……ジャムカ………。」
大切だった人達。大好きな、本当に大好きな人達。
守れぬ弱さに心傷つけて。涙したのに。
もう一度死を迎え、与えたのが自分になったとは。
「許……さ…ない。」
流した血と同じ色が頬をつたって。
怒れる心が竜を呼び覚まし。
「絶対に………」
国を滅ぼされて。父も姉も家臣も殺されて。
仲間を殺されて。大好きだった人達を奪われて。
唯一人、愛した人さえも奪われて。
そして…今大好きな人を、自分自身の手で殺めさせられた。
全ては………
「俺は……お前を許さない!!!」
鬼神は、竜神の力手にし、闇色の悪魔に襲いかかった。
「ああああぁっぁっーーーー!!!!」
「くぅぅ!!」
闇の魔法が襲いかかるけれど。神の力の前にはあまりにも無力で。
彼の体に届く前に、光の壁に遮られた。
「何っっ!!?」
「おおおぉぉっっお!!」
舞い降りた剣神が、剣持ちて闇に斬りかかった。
「つぅぁああ!!」
右肩を貫いて。誰にも傷つけられぬ体から確かに血が溢れ出た。
「お前が……お前がぁぁっっっ!!!!!!」
ゾクッ、と。生まれて初めて恐怖の念を抱いた。
今まで、自分が対峙した者など比べようがないほどに、
目の前の神は強く、恐ろしい存在だった。
「……っ……!!」
だけれども。
負けることは許されないと。
聖なる神が相手だろうとも。
崇める暗黒神を、世に呼び戻すまでは。
「我招く儚きの時に偽りはなく」
「うおおおぉぉっっ!!!」
鬼は血の涙を流して。悲しみの叫びを上げて剣振るう。
石の女神は、神の涙に呼応して。流せぬ瞳から涙した。
「汝に永久(とわ)に続く生を与えん」
剣が空を切って。フードを切って頬を傷つける。
それでも、男の口は言葉を発することを止めようとはしない。
「儚き石の……生を。」
「ああぁぁあああーーーーー!!!」
日の光が剣に宿り。鬼神は悪魔にそれを向け。
竜神は悪魔の首に手をかけた。
時…………
「ストーン!!!」
悪魔は最後の最後に。恐ろしい牙を神に向けた。
「っっ!!?あぁっっ……!!」
刃が首を捕らえ、その先端から血を吸い始めた時、神の身体は闇に包まれていた。
「くっくっく…。はははは!!どうだ、小僧。我が魔法最大の、石の魔法は。
ふふふ…。お前もお前の女のように、我が力で永遠の眠りにつくのだ!!」
足がだんだんと固まって。すぐに腰までそのおぞましき力で蝕んだ。
「貴様!!殺してやる!!!」
まだ動く腕を精一杯前に動かす。だが、剣は少し動いたところで止まってしまった。
「ふふ。どうした?我を殺したいのではないのか?」
身体が止まって。石と化して。生を奪われるのが解った。
悔しさで涙が溢れて。曇る視界に僅かに愛しい人の顔がうつった。
(アイ……ラ。俺……は………)
「竜神など、ロプト神の前では無も同然だ!!はははっはっは!!!」
「あれ?お兄ちゃん。これデューさんのかな?」
「ん?あ、この指輪前につけてたぜ。」
「ふ〜ん。綺麗だねぇ。……デューさん、もう帰ってこないのかなぁ。」
「……わかんねぇけどさ、この指輪とか、残していったのたくさんあるからさ、
きっとまた帰ってくるよ。」
「そう……かなぁ。」
「あぁ。俺達がもう少しでかくなったらまたひょっこり帰ってくるさ。」
「うん……。そうだよね。早く帰ってきてほしいなぁ。デューさん。」
「んじゃパティももう少ししっかりしないとな。」
「何よ!!お兄ちゃんの方が子供でしょ!バカ!!」
「シャナン様!なんかスカサハが変なんです!」
「どうした?ラクチェ……。」
「シャナン様ーーー!!」
「スカサハ。一体どうしたんだ?何かあったか?」
「俺、なんかすごいのでできたんです!!」
「すごいの?」
「はい!!これ、何か光ると急に強くなった気がするんです!!!」
「えっっ……?」
「そうです。これでスカサハったら、私に当てられたんです。
そしたら身体から力が抜けちゃって。逆にスカサハは元気になったんです!!
その所為で私こんな奴に負けちゃったんですよ!!」
「こんな奴とは何だ!!」
「何よ!!」
「スカサハ……。」
「はい?何ですか、シャナン様。」
「お前もしかして………」
「えっ……?」
鬼神の身体はみるみる内に石と化し、神は彼の魂ごと封じられた。
魔を逃れた銀の雫が地に落ちた瞬間。
デューという名の青年は、生を奪われ眠りについた………
fin