*44番札所から伊予の国・<菩提の道場>続きます。

4月23日(第32日)


 今日お参りするお寺は二つで、距離としては10kmほどですが、コースは幾つも用意されています。キャリーを持っている僕としては車道の方を選びます。距離が長くなっても所要時間は同じだと思うからで、楽な方を選択するのです。案の定、四十四番は西を向いて山の中腹にあり、四十五番は東を向いて、崖の中腹にありました。そしてその中間には深山という大きな奇岩の山があったのです。

       

 ここはあまりいい感じがせず、このお寺の裏から山に入り東へ進みます。


 四十四番札所から山を越えて県道に出て東へ進みます。途中山道と車道との分岐点で追いついた日帰りで回っているという人が山コースに入り、私は車道を進みました。四十五番札所で二人はほとんど同時に到着しました。もし、私が山道を選んだらもっと時間が掛かったはずでした。四十五番岩屋寺は写真が取れていませんが、渓谷の奥深く、深山といわれる奇岩の垂直の崖にへばり付いたお寺で、洞窟もあり修行の場所としては最適です。

        


 岩屋寺を出たのはすでに3時過ぎです。来た途中にあった国民宿舎で温泉に入り、洗濯と乾燥をしながらHPを完成させ、さらに30分ほど歩いた待合室で電話を接続しています。空は、オリオン座が今にも西の山に沈もうとして冬の大三角形のシリウスなども一緒に沈むところでした。


四十四番札所大宝寺・・・・四十五番札所岩屋寺・・・綺麗なバス待合室?







4月24日(第33日)


 今朝はとても寒い朝でした。元々防寒着は持っていませんが、持っている物全部着ていても寒かったのです。後で解りましたが、ここは700m以上の高原地帯で、スキー場も2ヶ所ほどあり、夏は避暑地なのです。そして星がきれいなのもわかりました。綺麗なバス待合室のそばにバス停留所は有りませんでした。単なる無料休憩所なのでしょう、そして誰かがいつも掃除して綺麗にしているのです。





 今日は、これからとことん歩いて松山市街地まで行く予定を立てました。以前追い越して行った老人が五十一番札所が無料で宿泊出来るとの情報をくれたこともあるし、松山市街地は道後温泉もありゆっくりと休めるかもと期待しているからです。朝5時30分には出発し、昨日と同じ道を引き返し、国道33号線まで戻りました。そこから8kmほど歩くと三坂峠に出ました。ここからおへんろ道は分岐して、山道を一気に下ります。車道は大きなつづら折り?の道で市街地へ降ります。遠くに瀬戸内海を見ながら、まさに700m一気に駆け降りてしまうのです。

      


久万高原・・・四十六番札所浄瑠璃寺・・・四十七番札所八坂寺・・

   

・・四十八番札所西林寺・・四十九番札所浄土寺・・五十番札所繁多寺・



 三坂峠をころげ降りて舗装された林道に出たところで昼食をしてから、さらに歩き五つのお寺で、スタンプラリーのように納経帳に梵時を書いてもらい、朱印のスタンプを押してもらったのです。そして5時少し前に五十番札所に到着してゆっくりと休みました。それから五十一番札所まで40分ほど歩き、このお寺の直前でタクシーに乗って道後温泉に行こうかと思案していたら、突然着流しの紳士から声を掛けられお接待を受けました。小さな”のし袋”に読めないような達筆て「お接待 福住」と書いてあり、目の前に止めてあった自家用車の後ろに乗って立ち去りました。この大都会(今までで最大)のよそよそしさの中で、私はあっけにとられながらお礼を云って見送りました。


 気を取り直して、お寺に行くと無料宿泊は止めてしまったそうです。近くの民宿に携帯で電話をして宿を取りました。道後温泉はまたの機会にするしかないあー。


・・・39km民宿「みよ志」



4月25日(第34日)

 今日からは瀬戸内の海に沿って歩きます。この旅も距離の上では「2/3」が終わったところですが、まだまだ難所で有名な山寺が2ヶ所待ち受けているのですから、どうなるのでしょうね。

 五十一番札所石手寺にはへんろ衣装を付けていない観光客がゾロゾロとバスガイドさんに案内されお参りに来ていました。建物も古く格式のある寺のようでした。このお寺を出てから分ったのですが、すぐそば1.5kmの所に道後温泉がありました。それで観光客が多かったのでしょう。昨日分っていれば歩いて行けたのでした。こんな朝早くから温泉に入るわけにいかず、先へ進みます。


  奥の深いお寺でした。      なあんだ地図をよく読めば書いてあったのだ!でもこれで満足満足。


 天気にめぐまれ汗をかくほど暑くなりました。交通量の多い街中を避けて、裏道のような道を進みます。五十二番札所は海の近くの小高い山を背に位置していてとても大きなお寺でした。山門が三つもあり最後の門まで800mくらいありそれも急な坂で、それだけで疲れます。五十三番札所はそこから直線道路でまっすぐ1時間ほど歩いたとこにありました。街中のこじんまりしたお寺でした。もうぐったりでした。


52番札所では、戻るのを待っていたかのようにお婆さんが出てきて伊予柑2個と缶ジュースをお接待してくれました。

 五十三番札所をあとにして40km先の今治市の五十四番札所をめざします。歩き始めてすぐに、またご婦人がそっとお金をお接待してくれました。松山市はお接待する人と無視する人の両極端の街でした。やっと瀬戸内海に出て、海岸沿いを歩きます。太平洋と違って、遠くに島々が並んでいるのと本州も見えているのでしょう、空と海が分断されています。それはまた違う趣のある海の景色です。






 今日の寝床は、JR北条駅と考えて歩いていると自転車に乗った二人ずれの人から声をかけられました。そのうちの一人はすでに200日以上おへんろをした人で「長五郎」というあだ名で今回は若い人と一緒に自転車で回っているのでした。北条市で泊まるなる「つえ大師様」のお堂がいいと勧めてくれました。


 そこに着いてみると、見るからにおどろおどろした建物で中に入るのも躊躇します。恐る恐るブザーを押すとお坊さんが出てきて、「話は聞いているけど、今日25日はお大師様の寄合いがあるので泊めることは出来ない。」と断わられ、なんとなく一安心してしまった。お墓のそばとか、お堂とかを恐がっていたら仏門なんかに入れる訳がない、やっぱり僕は仏門を叩く資格はないのだと確信しました。

 北条駅から二つ先のJR浅海(アサナミ)の駅まで歩き寝ました。



五十一番札所
石手寺・・五十二番札所太山時・・五十三番札所円明寺・・JR浅海駅


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