ダーク・ジェントリー・シリーズとして、2冊の小説が上梓されている。
Dirk Gently's Holistic Detective Agency. 1987
The Long Dark Tea-Time of the Soul. 1988
そして現在のところ、どちらも日本語訳は出ていない。
「Holistic」は全体論的な、という意味で、1冊目のタイトルを直訳すれば『ダーク・ジェントリーの全体論的探偵社』といったところか。2冊目のタイトルを直訳すると『長くて暗い魂のティータイム』となるが、意味はよくわからない。わからないがこのフレーズは、銀河ヒッチハイク・ガイド・シリーズ3冊目『宇宙クリケット大戦争』に実は出てくる。
結局、すべてが、どうしてもうまく折り合えない日曜の午後になってしまったのだった。恐ろしいほどの倦怠は、二時五十五分ごろから始まる――すなわち、たっぷりと風呂に入り、新聞のどこをじっと見つめても一行も頭にはいらず、そこに書かれている革命的な剪定技術をためしてみることもせず、時計の針が無情にも四時にむかって動きつつあり、長くて暗い魂のティータイムに突入することを意識する時間だ。(p. 10)
ストーリーを簡単に紹介すると、
Dirk Gently's Holistic Detective Agency
リチャード・マクダフという主人公が、母校ケンブリッジ大学の「コールリッジをしのぶ夕べ(the Coleridge Dinner)」でクロノティスという教授と再会し、教授が実は時間旅行者であることを知る。そして、宇宙の始まりであるビッグバンを阻止しようとする悪の存在に抵抗する羽目になるのだが、そこに大学の同級生で、現在はペット探しを得意とする私立探偵ダーク・ジェントリーや、電気仕掛けの修道師とその馬、サミュエル・テイラー・コールリッジ本人までが登場し、さらに量子論や全体論までが織り込まれて、ただでさえわかりにくい話がさらにわかりにくく展開されていく。
正直なところ、私は読んでもよくわからなかったが、とにかくこの小説を読む前に、サミュエル・テイラー・コールリッジという詩人がいて、彼はケンブリッジ大学で学んでいて(ただし中退)、代表作「忽必烈汗」(Kubla Khan, 1797)が未完の名作であることだけは知っておこう。
The Long Dark Tea-Time of the Soul
ヒースロー空港ターミナル2で大爆発が起こる。過激派によるテロかと思われたが、ダーク・ジェントリーが若い女性ケイトと謎を追ううち、実は「神のしわざ」だったことを知る。
「神が不老不死ならば、今もこの地球上のどこかで生きて暮らしているはず」という発想で、北欧神話の神々が現代のロンドンに甦った。故に、この小説を読む前に、最低限の北欧神話の知識を入れておくことをおすすめする。
信仰篤い人々が何を信じるかは問題ではない。人々はとんでもなくふざけた人為的なものさえ信仰の対象にする。たとえばダグラス・アダムスの愉快な著書『Dirk Gently's Holistic Detective Agency』の中の電気仕掛けの修道師のようなものだ。彼はあなたに代わってあなたの信仰を貫くように作られており、見事に仕事を果たす。私たちが彼とあう日は、彼はあらゆる反証にもかかわらず、世界のすべてはピンクだと断固として信じているのである。(p. 520)
また、本来はシリーズ3作目が The Salmon of Doubt というタイトルで発売されるはずだったが、1995年10月発売の予定が遅れに遅れ、結局完成されないまま終わった。アダムスの死後、コンピュータの中に残っていた原稿を編集したものが、未発表のままに終わった作品を中心にまとめた一冊 The Salmon of Doubt : Hitchhiking the Galaxy One Last Time の中に収録されている。