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上野・不忍池 |
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不忍池(しのばずのいけ)は、上野公園の隣にあり、JR上野駅(しのばず口)から徒歩5分です。この一帯はかつては東京湾の一部でしたが、まわりが埋め立てられ、この池だけが残ったということです。
不忍池はこの界隈で貴重なオアシスとなっており、昔から下町庶民の憩いの場として親しまれてきました。
周囲2Kmの池は、上野水上動物園、ボート池、蓮池に区分されています。 |
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上野公園下の不忍通りから池之端に出て、池の中央にある弁天島へ散歩道で渡ることができます。
弁天島には弁天堂があり、谷中七福神の一つである弁財天が祀られています。
弁財天は、もとは弁才天といって水の神様、芸術と技芸の神様でしたが、そのうちに弁財天と書いて商売繁盛の神様も兼ねるようになりました。この辺は、かなりてきとーなものですね(^_^)。 |
以降、弁財天は江戸の商人の信仰も集めて現在に至っています。 お堂のまわりには、楽器の琵琶の形をした碑や琴の八橋検校の碑などがたくさんあります。現在でも、芸能界や花柳界の方々がよくお参りするとのことです。 |
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また弁財天は水の神様、商売の神様だけあって、お堂の周囲には魚や鳥などの供養碑、料理人の碑などがたくさんありました。商売のために殺してきた魚や鳥のたたりを恐れて供養しようというのでしょう(^_^)。
左の写真は、ふぐ料理屋の組合が造ったふぐの供養碑です。
「ふぐ供養碑」の揮毫があまりに立派なので近くによってみたところ、もと総理大臣の岸信介さんの書でした。 |
岸さんは山口県の出身ですから、下関のふぐ業者に揮毫を頼まれたのでしょうか。その立派な供養碑の上に心ない水鳥どもが乗って、盛んに糞をひっかけていました(^_^)。
このたび総理大臣を辞任された安倍晋三さんは、上の碑文を揮毫した岸信介さんの孫にあたります。おなじく長州政治家の血筋ですから、そのうち元気を回復したらやはりふぐ供養碑を揮毫するのでしょうか(^_^)。 |

魚屋関係の碑 |
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すっぽん料理屋関係の碑 |
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鳥肉屋関係の碑 |

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夏から秋は、池は左上の写真のように大きな蓮の葉ですっかりおおわれます。 8月のお盆の前後には、蓮の白やピンクの大きな花が池一面に咲き、花を愛でる人々で賑わいます。
冬場は蓮は立ち枯れて、俳句の季語「枯れ蓮」の状態で池一面に広がります。
これも夏の瑞々しい蓮の葉、蓮の花とはまた違う趣があります。水鳥たちが、その枯れ蓮の間を縫うように泳ぎ回りながら、岸辺から投げられるえさを盛んにあさります。
明治以降の小説には、この不忍池がよく登場します。森鴎外の小説 『雁』 の最後のほうで、この池の雁に石を投げたら当たって死んでしまった、それを下宿で雁鍋にして食べようと友達と相談するというくだりがあります。今だったら、とんでもないことだと東京都をはじめ動物愛護団体などから噛み付かれますね(^_^)。 |
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