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JR原宿駅
JR原宿駅

 東京山手線・原宿駅の竹下口を出てから振り返って駅舎を見ると、そのクラシックなたたずまいに驚きます。
現在の原宿駅舎は大正末の1924年に竣工した木造建築で、都内に現存する最も古い木造駅舎だそうです。
このイギリス調建築の原宿駅は、幸い太平洋戦争の空爆の被害を免れ、大正末の木造駅舎の様式を現在に伝えています。

原宿駅かいわいはもともと静かな住宅地だったのですが、1919年に明治神宮が造営されてからはその門前の鉄道駅として乗降客が急激に増加しました。

明治神宮と表参道

 渋谷方面から明治神宮の正面入口に通じる参道として、表参道という大通りが同じ1919年に造られました。原宿駅竹下口を出たところにその表参道をまたぐ歩道橋がありますが、下の写真左はその歩道橋の上から明治神宮の正面入口を撮影したものです。
幅の広い橋が山手線の線路の上にかかっており、その先に100年近い歴史を持つ明治神宮の森が広がっているのが見られます。

歩道橋の上から明治神宮の反対側を見ると、両側にケヤキの大木が並ぶ大通りが南東の方向にまっすぐに伸びています。これが、東京の若者文化発信地の一つ、表参道です(下の写真右)。表参道は、この地点から青山通り(都道413号線)の表参道交差点まで1.1kmにわたって続きます。

明治神宮入口 表参道

同潤会青山アパート

 1923年(大正12年)の関東大震災により都内各所に大きな被害が発生し、その復興のために集合住宅を建設するのが急務となりました。それらの集合住宅は、大震災による被害の教訓から、耐震性、耐火性が高い鉄筋コンクリート造にする気運が強まりました。

大震災の3年後の1926年には、財団法人同潤会によって表参道中央部北側に 「同潤会青山アパート」 が建設されました。当時の先進的な建築学者、建築家が欧米の集合住宅をモデルに設計したもので、基本的構造は鉄筋コンクリート造3階建て、電気、都市ガス、水道、水洗式トイレなど当時としては最新の設備を持っていました。
同潤会青山アパートは昭和のはじめまでに計10棟138戸が建設されましたが、新時代の集合住宅として大変人気が高く入居希望者が殺到したということです。

その19年後、太平洋戦争の空爆によりこの地区は大部分が焼け落ちましたが、同潤会青山アパートは鉄筋コンクリート造のおかげでほとんど被害がありませんでした。
また同潤会青山アパート前のケヤキ並木も、アパートによって火勢がさえぎられたので被害が比較的少なくその後また芽が吹いて見事に復活したそうです。

同潤会青山アパート 同潤会青山アパート

上の写真は、2002年ごろの同潤会青山アパートを表参道ケヤキ並木側から撮影したものです。その時点ですでに築後75年近くなっており、建物は全体に老朽化が進んで一部の建物の壁面には蔦がはい上がって屋上にまで達していました。
現在のアパートと比べると、まずベランダがなく各戸の窓が小さいのがわかります。また、各階の階段部分が大きく口が開いたように露出されているのが異様に感じられました。

しかしなにしろ都心の一等地なので、青山アパートの一部はブティックなどに利用されていました。通りに面した窓には、華やかなショーウィンドウが造られ、当時最新のファッションが飾られているところもありました(上の写真左)。

表参道ヒルズ
 その後、老朽化した青山アパートを解体して跡地に現在の表参道の土地柄にふさわしいビルを建設することが決まりました。私が上の写真を撮影した翌年には青山アパートは解体され、その3年後の2006年に 「表参道ヒルズ」 という建物が表参道沿いに建設されてファッション・ビルとして華やかにオープンしました。

表参道ヒルズは、全長は約250mで本館、西館および 「同潤館」 の3つの建物からなっています。本館は地上3階、地下3階で国内・外国の有名ブランドショップなどが入居する商業施設になっています(下の写真)。建物地上部の高さは、表参道のケヤキの樹高と大略同じくらいになるように低く抑えたということです。

表参道ヒルズ本館

 西館は、本館のJR原宿駅よりに隣接し、本館と同じく地上3階、地下3階の建物です。内部には地上3階、地下3階を貫通する吹き抜けスペースが造られています。
西館の内部には、有名ブランドショップのほかに飲食店街やギャラリーなどが多数入居しているようです(下の写真)。

表参道ヒルズ西館

表参道ヒルズ同潤館

 表参道の再開発が計画されたとき、同潤会青山アパートの建築史・文化史的価値が改めて高く評価され、その一部をなんらかの形で保存しようとする運動がおこりました。
表参道ヒルズの建築設計は著名な建築家安藤忠雄氏が行いましたが、安藤氏はその保存運動に賛同し、表参道ヒルズの東端(青山通り寄り)に 「表参道ヒルズ同潤館」 という小ビルを建築しました(下左の写真)。

表参道ヒルズ同潤館は、これまでここにあった旧青山アパートのイメージを未来に残すように配慮して建設されたもので、旧青山アパートと同じく鉄筋コンクリート造3階建です。
各階の階段部分も、旧青山アパートと同じく外部に露出したつくりになっています。表参道ヒルズ同潤館の窓枠、ベランダの手すり、扉などの部材の一部は、旧青山アパートのものをそのまま転用したということです。

同潤館の内部は、大部分が本館、西館と同様にファッション・ショップやブティークが入居しています。大通り側から見ると、下の写真右のようにレトロな木枠のガラス窓や古めかしい手すりの内部に最新ファッションのマネキンが立ち並んでいますが、これはこれで現代の若いお客にはもの珍しく感じられるようで、館内のショップはいつも賑わっています。

表参道ヒルズ同潤館 表参道ヒルズ同潤館

表参道秋景色
 秋が深まったころ、久しぶりに表参道に行き、明治神宮の方向に歩いて原宿駅前の歩道橋に上がりました。歩道橋の上から青山通りの方向を見ると、金色のケヤキもみじの向こう側に表参道ヒルズの西館、本館が緩い上り坂に沿って伸びていました。

かつてこの位置にあった10棟の同潤会青山アパートを解体して表参道ヒルズが建設されてから、早くも6年の月日が経ちました。東京を代表する盛り場渋谷と新宿の間に造られたこのファッションビルはすでに東京の新名所の一つになっており、海外からの観光客も含めた来訪者で毎日賑わっています。

1953年公開の映画 《東京物語》 (小津安二郎監督)は、同潤会青山アパートをセットとして制作されたということです。その後も同潤会青山アパートは映画やテレビドラマによく利用されたようで、私も同潤会青山アパート前のケヤキ並木で撮影が行われていたのを見たことがあります。今後は同潤会青山アパートはそれら映像作品や写真集などで僅かに記録に残るだけになるのでしょう。

表参道秋景色

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