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岡本民家園 |
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民家園とは、各地の伝統的な建造物を移築して保存をはかるとともに、その当時の農機具、生活用具なども展示して、当時の暮らしを現在に伝える目的で造られたものです。
世田谷区には現在二つの民家園があり、そのひとつ「岡本民家園」は世田谷区の南部、多摩川に近い岡本2丁目にあります。交通は、小田急線二子玉川駅からバスで民家園前で下車がもっとも便利です。 |
岡本民家園の母屋は、この近くの世田谷区瀬田に残っていた江戸時代の農家を移築したものです。
上の写真のように茅ぶきの大きな建物で、養蚕のための中二階があり、また作業場にもなる広い土間を持っています。 |
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民家園の敷地の中には、左記の母屋のほかに、はなれ、白壁の土蔵、鳥小屋、蛍の小屋などが置かれています。
土蔵の中には当時の生活の様子がわかる各種生活具や農機具などが収蔵されていて、イベントの際には展示もしています。 |
母屋の土間には、大きな炊事用のかまどがいくつか置かれています。石で形を作ってから粘土を塗り重ねたもので、内部には太い鉄のロストル(まき台)がついています。
私は千葉の田舎に生まれましたが、やはりこういうかまどがあったのを憶えています。 |
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12月の末にこの民家園に来たところ、ちょうどこれから餅つきをするので、かまどに火を入れてもち米をふかしていました。
3段に積み重ねた蒸し器からもうもうと湯気が上がり、もち米のおいしそうな香りが土間いっぱいに漂っていました。 |
母屋には大きな囲炉裏があり、天井からくろぐろとした鉄瓶が吊してありました。
民家園のスタッフの女性が、長い火吹き竹を使って囲炉裏の火をおこしていました。囲炉裏から出た煙が立ち上り、わら屋根の下のほうに流れて行きます。煙の防腐効果により、わら屋根が長持ちするのだそうです。
昔は、家の中の湿り気を払うために、夏でも囲炉裏の火は絶やさなかったということです。 |

岡本民家園の母屋の裏に、車輪つるべを付けた立派な井戸が造られていました。
水道が普及していない当時は、農家はもちろん普通の民家でも井戸を持つところが多かったのです。長屋など共同住宅でも、共同の井戸を備えているのが普通でした。 |
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金網を張った鶏小屋が井戸の近くにあり、中で多数の鶏がえさをついばんでいました。
昔は、卵は貴重な蛋白源として現在より重要な位置を占めていました。そのため、普通の民家でも鶏小屋を持って多数の鶏を飼うことが多かったのです。 |
岡本民家園では、昔の年中行事に合わせたさまざまなイベントを開催しています。
私どもが今回行ったときは、ちょうど民家園の庭で「親子餅つき大会」が行われていました。4倍の競争率から選ばれたという親子のグループが、一生懸命餅つきに励んでいました。 |

お餅がつき上がると、次に割烹着を着た土地のおばさんの指導のもと、子供たちがおぼつかない手つきでつきたてのお餅を丸めてお供え餅をつくります。 お兄ちゃんが作った大きい餅の上に弟の小さい丸餅をおいて、重ね餅をつくりました。 |

上記お餅つき以外にも、岡本民家園では各シーズンにさまざまな行事をしています。それらのスケジュールは世田谷区の区報に掲載されています。
5月には、母屋の座敷に見事な雛人形を多数並べて展示していました(上の写真)。 |
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毎年正月には、母屋の座敷で獅子舞、囃子など新年を寿ぐ芸能が行われます。今回は、地元の囃子保存会の方々がにぎやかな笛太鼓の音を響かせていました。
東京ではもうほとんど見られなくなった新年の風物詩です。 |
岡本民家園は、高い裏山を背にして造られています。この裏山には三菱財閥の創始者岩崎家の文庫である静嘉堂が置かれており、高い樹木がうっそうと茂っています。
その裏山から出た水が、民家園横の公園を涼しい音を立てながら流れていました。 |
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岡本民家園の隣の畠に、毛糸のまりのような球形の紅みつまたの花を見つけました。早春の寒さを吹き飛ばすような鮮やかなだいだい色で咲き誇っていました。
民家園では紙漉き教室を開いていますが、その原料としてみつまたを使うのでしょう。 |
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