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 一月の末、私はしばらく文京区御茶ノ水で仕事をしました。このあたりは現在は大学などが多く、学生の街という雰囲気がありますが、また神田、湯島などかつての江戸の中心が近いため、独特の下町情緒が今でも残っています。

その御茶ノ水で仕事をしながら、毎日昼食のために外にでたとき、少し足を伸ばして方々を歩きまわりました。その際に撮影したデジタルカメラ写真で、この興味深い街の冬の表情をご覧いただきましょう。

我輩は猫である 三四郎池

 明治大学のキャンパスから神田神保町交差点に向かうところに、千代田区立お茶の水小学校があります。

この小学校の前身は、夏目漱石が通った錦華小学校です。小学校の前には、『吾輩は猫である』 の石碑(上の写真)が建てられていました。

当時、錦華小学校は上流家庭の子弟が通う名門校だったようで、漱石は他の小学校からここに転校してきたとのことです。
 東京大学構内にあるこの池は、夏目漱石の初期の名作 『三四郎』 に登場して一躍東京名所の一つとなりました。

小説では、この池のほとりで三四郎は団扇を持った若い女性里見美禰子に出会います。美禰子のモデルは、文芸誌 『青鞜』 の創刊者平塚らいてうであったといわれます。

この時期は、三四郎池の水量もやや少なくっており、池の周囲の木々もすっかり葉を落としていました。

湯島聖堂 孔子像

 JR御茶ノ水駅の近くに、湯島聖堂があります。徳川五代将軍綱吉が儒学の振興を目的として1690年に創建したものです。
その後、1797年には、ここに幕府直轄学校として「昌平坂学問所』が開設されました。

現在の建物は、1935年に鉄筋コンクリート造で再建されたもので、寛政時代の様式を模しているそうです。
 聖堂から神田川の方向に下りて行くと、大木が茂る下に大きな石像が立っていました。
儒学の祖、孔子の像で、世界最大の孔子像ということです。他に、孔子の高弟たちの四賢像も安置されています。

湯島聖堂の横にある坂は昌平坂とよばれていますが、昌平とは孔子が生まれた村の名前だそうです。

神田明神 神田明神

 昌平坂をのぼって湯島の方向にしばらく歩くと、道路に面して大きな鳥居が見えてきました。これが江戸以来の下町の名所神田明神で、縁結び、商売繁盛の神社として有名です。
いかにも江戸っ子の集う神社らしく、昔からここでは夏には暑さ我慢会、冬には寒さ我慢会をしています。

 こちらは、神田明神の山門(入口の門)を境内から見た写真です。この神社は徳川家康が大スポンサーでしたが、日光の陽明門と同じくいかにも家康らしい派手な造りです。

捕り物帳で有名な銭形平次親分は神田明神下お玉が池に住んでいたとのことで、境内には映画関係者が建てた銭形平次の碑もあります。

春日の局 春日の局

 湯島4丁目に、麟祥院という禅寺があります。三代将軍家光の乳母春日局(おふく)の菩提寺で、麟祥院というのは春日局の戒名だそうです。
春日局については、昭和64年にNHK大河ドラマとなったので、ご存知の方が多いと思います。

境内の墓所には、春日局の墓があります。
上の写真のように卵形の塔をもつ墓ですが、その塔の四方に穴が通っているのが珍しいそうです。
早くも咲き初めた紅梅が、その墓の上に枝を伸ばしていました。墓前には、献花が絶えることがないそうです。

湯島天神 湯島天神

 神田明神から不忍池に向かって少し下ったところに、湯島天満宮があります。

京都の北野天満宮の分霊を江戸に勧請して建てられた神社で、学問の神様として有名ですが、縁結びの神様としても信仰されています。
天神様ですから、境内には菅公ゆかりの梅の木がたくさんあります。大半は遅咲きの梅ですが、写真の白梅の大木は早咲きで有名で、今年は1月末から咲き始めたそうです。

境内には受験生らしい若者がたくさん参拝していました。

水天宮 水天宮

 お茶の水から少し離れていますが、こちらは中央区の水天宮です。

もともとは名前のとおり水の神様でしたが、やがて安産の御利益が口コミで広まり、現在では安産、子授け、水難除け、渡航安全の神様となっています。

身重の女性が多く参拝することから、神社石段の下からエレベーターで本殿に上がれるようになっています。

昨年九月に悠仁(ひさひと)親王が誕生しましたが、それをお祝いする長い横幕が掲げられていました。

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