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 東京文京区千駄木にある根津神社は、神代に日本武尊が創建したと伝えられる都内でも指折りの由緒ある神社です。江戸時代には勇武の神として将軍家の帰依が篤く、五代将軍徳川綱吉は現在の壮麗な社殿を造営しました。
「東京十社」の一つに数えられる神社で、縁結び、学問の神としても有名です。交通は、地下鉄千代田線根津駅から歩いて6分ほどです。

朱塗りの立派な大鳥居から入り、露店などで賑わう参道を少し歩くと、巨大な楼門がそそり立っているのが見えました。

根津神社楼門

 このような楼門には、左右に仁王様が置かれている例が多いのですが、この楼門では左右に将軍家の隋身の像が配されています。将軍家のおきもいりで建立された神社らしいところです。

正面右側の随身像は、水戸黄門で有名な水戸光圀公をモデルとしたものといわれますが、そういわれて見ればよくテレビに出てくる水戸黄門のような雰囲気がありました。

連休中の5月3日のことで、大変な人出で、なかなか先に進めませんでした。門をくぐるのはあきらめて、左に迂回してつつじが岡を見に行きました。

根津神社楼門

つつじヶ岡

 境内向かって左側の岡には、江戸時代から七千坪の広さにつつじが一面に植えられていたそうです。現在ではかなり面積が小さくなったようですが、それでも数十種、三千株のつつじがあり、4月の花期には豪華な花の山となります。

この時期に根津神社の界隈で「つつじ祭り」が行われます。実は、私どもは昨年の4月末にもここを訪れたのですが、昨年の春はなにしろ記録的な暖かさで、私どもが行った時にはつつじはすでにあらかた散っていました。

つつじヶ岡

つつじヶ岡 再度訪れた今年も、やや時期が過ぎかけていましたが、かろうじて名高いつつじヶ岡の華麗な景観を楽しむことができました。
それぞれのつつじの木は、丸く刈り込まれているので、つつじヶ岡全体が、華麗な花の波のように見えます。見物客は、それらつつじの間につくられた通路をゆったりと歩きながら、つつじの花を鑑賞したり、写真やビデオを撮影したりします。
見物客の姿が、つつじの花の波間に見えたり隠れたりしていました。
   つつじの波
       神社の岡を
           埋め尽くす

華麗な透塀
根津神社唐門

 神社楼門から北の方向に少し歩くと、唐門と呼ばれる壮麗な門があり、その周辺が華麗な透塀(すかしべい)で囲まれていました(左の写真)。この内部に根津神社の社殿がすべて収められています。

江戸時代初めには太田道灌が社殿を奉建しましたが、1706年に5代将軍綱吉が権現造りの本殿・幣殿・拝殿を建立し、その周囲に唐門、透塀を設けました。
前記の楼門も含め、それらの建物がすべて綱吉が建立したままで現在に至るまで保存されており、みな国の重要文化財に指定されているということです。

根津神社拝殿
 徳川綱吉によって建立された現在の社殿は、権現造りという様式で、本殿、拝殿とそれらを接続する幣殿が大きな屋根で覆われています。
権現造りは、赤を使う場合が多いとのことですが、根津神社でも豪華な赤い建築が印象的でした。将軍家の好みなのか、どこか日光の東照宮を思わせる造りでした。
境内には外国人の観光客もたくさんいて、この華麗な建築に対して盛んにシャッターを押していました。

ツツジ祭りの期間中、本殿内部を拝観できます。混雑していたため私どもは行きませんでしたが、本殿の小部屋で神主がお祓いをしてくれるそうです。また、奉納されている小野小町や在原業平、柿本人麻呂など三十六歌仙の絵も拝観できるとのことです。

根津神社拝殿

乙女稲荷

 根津神社は、建立されて以来の歴史が長いためか、境内に他の神社が2つも末社として合祀されています。その一つが下左の写真の「乙女稲荷」で、御祭神は倉稲魂命という神様だそうです。
乙女稲荷は、ちょうどこの5月3日が例大祭とのことで、参拝客が列をつくっていました。この神社には、役者や芸能関係者などの参拝が多いと聞きました。

私どもも、「乙女」のイメージに惹かれて、神社の由来もわからないままお賽銭を投げて参拝を行いました(^_^)。

乙女稲荷 乙女稲荷

この神社に至る参道には、長さ50mにもわたり赤い鳥居の列が連なっています(上右の写真)。この赤鳥居は、テレビドラマなどの撮影によく使われるようです。
この近くで画架を立てて写生をする方が、何人もいらっしゃいました。

浦安の舞
 ツツジ祭りの期間中、神社の境内では、週末・休日に、野点や俳句会、奉納演芸などが行われます。楼門と唐門の間にある神楽殿では、この日、巫女姿の少女たちによる奉納舞踊が行われていました。
「浦安の舞」という雅楽の定番の舞踊とのことですが、舞台の上で乙女たちが荘重な調べに合わせゆったりと舞うのを、時間を忘れ楽しませていただきました。

    乙女舞う
        つつじ祭りの
            神楽殿

浦安の舞

猫の家

猫の家  根津神社のすぐ裏手に、夏目漱石が英国留学から帰ったのち住んだ家がありました。そこで小説『我輩は猫である』を書いたことから、「猫の家」と呼ばれる家です。
漱石が住む前、森鴎外もその家に住んだことがあるとのことです。

その家の跡には、現在「夏目漱石旧居跡」の石碑が建っていますが、石碑の題字は作家川端康成が書いています。石碑のそばの塀の上には、「我輩は猫である」の猫のブロンズ像がうずくまっていました(^_^) 。
  猫の家に
      つつじ祭りの
          太鼓の音

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