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御岳神社

 私どもは、ときどきJR青梅線を利用して奥多摩のほうに行くことがあります。その際、終点奥多摩駅の少し手前で「御岳神社」という駅を通りますが、その駅舎は神社のような堂々たる権現造りのようでした。ここが名高い御岳神社の最寄り駅だろうと思っていましたが、これまでここで電車を降りて神社に参拝に行ったことはありませんでした。

今回少し調べたところ、この神社は紀元前の創建とされ、高い格式のある霊場ということでした。そこで、快晴に恵まれた晩秋の一日、この神社を訪ねました。

ケーブルカー
ケーブルカー

 本神社は、正式には武蔵御嶽神社(むさしみたけじんじゃ)といい、武蔵御岳山(標高929m)の山上に置かれています。

古来山岳信仰の霊場だったので信仰者のための登山道が開かれていますが、大変けわしいので、一般の参拝者は御岳神社下まで通じている御岳山ケーブルカーを利用して登ります。

御岳山ケーブルカーは、山麓滝本駅から御岳山中腹標高830mのところにある御岳山駅まで6分ほどで登ります。ケーブルカーの平均勾配は22度で関東一ということです。

御岳山の紅葉

 武蔵御岳山は、標高が929mもあり、東京近郊の山として人気の高い高尾山(599m)をはるかにしのぎます。ケーブルカーで登った御岳山駅も標高が830mもありますが、そこからさらに神社を目指して登って行くと、本格的な山地の表情が現れてきました。

ケーブルカー御岳山駅で降りてしばらくは山中の緩い登り道が続きます。やがて赤い鳥居が見えてきましたが、このあたりは周囲の紅葉がちょうど見ごろになっていて、参拝客がみな足を止めて感嘆の声をあげていました(下の写真左)。

そこから少し歩いて行くと、東側に大きく開けた崖際に出ました。とりどりの色に染まった東側の山々がにすぐ眼下に連なって伸びていました。その向こうには、JR青梅線沿線の青梅市や立川市でしょうか、大きな市街が広がっています(下の写真右)。
よく晴れた日には、御岳山の頂上からは、都心の高層ビル、スカイツリーや横浜ランドマークタワーなども見ることができるということです。

御岳山の紅葉 御岳山の紅葉

宿坊 ・ 大鳥居

 神社に向かって歩いて行くうちに、道は次第にけわしい上り坂になりました。そのあたりで、道の両側に一見民宿風の建物を多数目にしました。これらは「宿坊」というもので、もともとは神社の神職などの住居だったのですが、やがて神社の参拝者、信仰登山の方々も宿泊させるようになり、現在ではハイキング客や一般観光客も受け入れています。

宿坊の主人は、今も全員が御師と呼ばれる代々世襲の神職で、武蔵御嶽神社の神主の資格を持っているそうです。宿坊の中には特別の格式をもつものもあるようで、下左の写真のように堂々たる神社のような門にしめ縄を下げた宿坊も目にしました。

宿坊 大鳥居

 ケーブルカー御岳山駅から武蔵御岳山頂までは約100mの標高差がありますが、その最後の神社のあるところはけわしい岩山の頂上なので、道は胸をつくばかりの上り坂になりました。ゆっくりと一歩一歩神社に向かって登って行きます。雨や雪のときは、この急な登りはさぞかし大変だろうと思いました。

宿坊や土産店が並ぶ町内を抜けると広場に出ましたが、その山側、高い石段の上に武蔵御嶽神社の山門がそびえていました(上右の写真)。参拝者の皆さんがその急な石段を一歩一歩踏みしめながら登っていました。

御嶽神社の幣殿・拝殿

 石段をしばらく登ってから下を振り返ると、周囲の木々、遠くの山々が鮮やかに色づいているのが見えました(下左の写真)。参拝者の皆さんも石段の途中で休みながら、あたりの紅葉を見回して賛嘆の声をあげていました。
この石段は300段以上あるそうですが、つい最近全面的に改修したとのことで、階段もその両側の石柱・手すりなども真新しく非常に立派でした。

御嶽神社の石段 御嶽神社の石段

 長い石段を休み休みしながら時間をかけて登って行くと、ようやく石段に先に御嶽神社の幣殿・拝殿が見えてきました(上右の写真)。

御嶽神社は櫛真智命などの神々を祀っているということです。天平8(736年)には奈良時代の高僧行基がこの地に蔵王権現を勧請しました。中世以降は山岳信仰の霊場・修験場となり、幕府や関東の武士階層に篤く信仰されるようになりました。

現在の幣殿・拝殿は、元禄13年徳川幕府によって造営された権現造りの建物で、天保年間に修復され、さらに明治中頃に屋根を檜皮葺から銅板葺きに改められました。
神社のある場所はけわしい岩山の山頂のことで広くありませんが、そのスペースいっぱいに大きな幣殿・拝殿が造営されています(下の写真)。

武蔵御嶽神社本社

本殿 ・ 常磐堅磐社

 江戸時代の初め、1605年に徳川幕府によって本殿をはじめ神社全体にわたる大造営が行われました。現在幣殿・拝殿の奥にある本殿は、明治10年(1877年)に造営されたもので、一間社神明造という桃山様式の建築ということです(下右の写真)。

明治の造営以前の本殿は、常磐堅磐社として現在の本殿の右側に移築されています(下左の写真)。この社殿は16世紀初に造営されたものとされ、東京都指定有形文化財に指定されています。大きな社殿ではありませんが、黒漆の上に金色の装飾がほどこされており、さすがに戦国時代以来の歴史を感じさせます。

本殿 常磐堅磐社(旧本殿)

宝物殿
宝物殿

 幣殿・拝殿のすぐ下の石段横に、宝物殿という建物があります(左の写真)。
御嶽神社は、創建以来江戸時代にいたるまで幕府や関東の武士たちに信仰され、大鎧や太刀などが多数奉納されましたが、それらがこの宝物殿に収められています。

それらのうちには国宝が2点、国の重要文化財が3点あるそうです。

宝物殿の前には馬に乗った甲冑武者の石像がありますが、これは畠山重忠という平安時代の武将の像です。畠山重忠は当神社に「赤糸威大鎧」を寄進しましたが、それが現在国宝に指定されています。

宝物殿
犬の神社

 本社玉垣内に大口真神社(おおくちまがみ)というお社があります。日本武尊の東征の際、白狼黒狼が尊に助力したという言い伝えからこの社に狼を祀っているそうですが、その狼が犬に転じて大口真神社は犬の神社として有名になりました。

麓のケーブルカーの駅あたりから犬をつれた参拝者がたくさんいるのに驚きましたが、皆さんは愛犬をこの神社にお参りさせるためにいらっしゃったのですね。
幣殿・拝殿の前に飼い主さんと愛犬たちが勢ぞろいしたところを写真に撮らせていただきました。(左の写真)。

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