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 東京都世田谷区の烏山川は世田谷区北烏山に水源があるとされ、かつては三軒茶屋の先、三宿池尻にまで至るかなり大きな川だったようです。
現在はその大部分が暗渠となり川の姿はほとんど私どもには見えなくなりましたが、その暗渠の上部が整備され、烏山川緑道として世田谷区民の憩いの場になっています。

環状7号線の近く

 烏山川の全長を歩くと、一日がかりになるそうです(^_^)。今回はとりあえず、東京の大動脈環状7号線を渡るところから都心を離れる方向に歩き、東急世田谷線上町駅近くに至るまでの部分を見ましょう。なお、このあたりでは、烏山川緑道は東急世田谷線の線路と大略平行してそれと大きく離れることなく通っています。

環状7号線の内側三軒茶屋の街を通っている烏山川緑道を環状7号線の方向に歩いて行くと、やがて行く手に環状7号線の幅広い道路が見えてきました(下左の写真)。烏山川緑道の樹木の向こうに、大型トラックや乗用車が盛んに行き交っています。

環状7号線の内側から 環状7号線を渡ったところ

環状7号線の外側になると緑道の幅も広がり、樹木、植え込みも豊かになって緑道の名にふさわしくなってきます。上右の写真は、環状7号線を渡ってすぐのところから緑道の入口を撮影したものです。道は大部分がきちんとした石畳になり、そのところどころに噴水やベンチなどが置かれています。

松蔭神社
松蔭神社

 少し歩くと、左手の高台に松蔭神社の森が見えてきます。世田谷・松陰神社は、幕末の志士吉田松陰を祀った神社です。

吉田松蔭は、長州で松下村塾という私塾を主宰し、藩の青少年の教育に当たりました。やがて松陰は過激な言動をとがめられて投獄され、「安政の大獄」により安政6年10月27日に打ち首になりました。

例年、この松蔭の命日に「松蔭祭」が松蔭神社の秋例大祭をかねて行われ、境内や神社周辺の街でパレードなどさまざまなイベントが開催されます。

国士舘大学の近く

 松蔭神社の下を過ぎてさらに上町の方向に歩くと、野球や柔道でも有名な国士舘大学の高台の崖下をたどるほの暗い道になります(下左の写真)。このあたりでは緑道はうっそうとした大樹に囲まれていて、真夏でもその下を涼しい風が吹き抜けます。

道路の右側は世田谷の静かな住宅地ですが、その中にも国士舘大学の新しいキャンパスが広がっています(下右の写真)。

国士舘大学の近く 国士舘大学の近く

緑道の花々

 地域の皆さんのボランティア活動によるものでしょうか、緑道の中にはさまざまな植栽や草花が植えられており、どのシーズンでも散策をする私どもの目を楽しませてくれます。

このあたりのほの暗い緑道で、ひときわ目立つタチアオイの一群がありました(下左の写真)。真夏の陽光を浴びて、すっくと立って輝いていました。
   白ピンク
       浴衣佳人の
           ごとき花

タチアオイ 芙蓉の花

緑道の両側には庭を持っている住宅が多く、緑道内の植栽と相まって、花好きの私どもを楽しませてくれます。とあるお宅の芙蓉の枝が緑道に飛び出していて、バラの花と同じくらいの大きさの八重の花をつけていました。

唐時代の詩人白楽天の長詩 『長恨歌』 の中で、悲劇のヒロイン楊貴妃の容姿を芙蓉にたとえて詠んでいるのを思い出しました。
   楊貴妃の
       かんばせしのぶ
           八重芙蓉(ふよう)

世田谷の歴史散策

 上記のように、このあたりでは緑道はほぼ東急世田谷線に沿って伸びています。本日は環状7号線から入った場所から歩き始めましたが、その地点から世田谷線の駅で3つ近く歩いて、世田谷区の古刹豪徳寺の近くにやってきました。

緑道の右側ところどころから、遠くに世田谷城址、豪徳寺の森が見えてきました。このあたりの緑道からは世田谷城址、豪徳寺、世田谷八幡宮、禅寺勝光院などが近く、それらを訪ねて世田谷の歴史散策が楽しめます。
この辺を歩いていると、この地域の案内書を片手に歴史や文学の址を探索するグループの方々をよく見かけます。

豪徳寺の近く

豪徳寺の近く

世田谷城址・豪徳寺

 14世紀の南北朝時代に吉良氏が武蔵国世田谷の領主になり、烏山川の北の丘に世田谷城を築きました。現在世田谷城址に隣接している豪徳寺など一帯は、すべてその世田谷城の土地だったということです。
世田谷城は、16世紀末に豊臣秀吉が小田原の北条氏を攻め滅ぼしたときに廃城となり、現在では土塁、空堀などの遺構があるだけです。世田谷城址は世田谷区立公園になっており、また東京都文化財に指定されています(下左の写真)。

世田谷城址 豪徳寺

豪徳寺の前身は上記吉良氏が建てた庵でしたが、江戸時代初めに世田谷郷の領主になった彦根藩主井伊直孝の援助により立派な堂宇を持つお寺となりました(上右の写真)。
寺の言い伝えでは、井伊直孝公が鷹狩りの帰りに寺の和尚さんの愛猫が門前で招くのを見て当寺で休息をとったためにその後起こった激しい雷雨をさけることができたとされます。これが、豪徳寺の招き猫伝説の始まりだそうです。

ボーイスカウト
ボーイスカウト

 今回の烏山川緑道遊歩のゴールである世田谷区上町の近くで、おそろいの制服を着た日に焼けた少年たちのグループに出会いました。松蔭神社に本部のあるボーイスカウトのメンバーとのことでした。

本部に帰るため道を急いでいるようでしたが、いかにも緑道のイメージに合っていたので、お願いして撮影させていただきました。
  落ち葉踏み
      カブスカウトは
          帰路急ぐ
カブスカウトは小学5年生までの団員です。

豪徳寺の近く
世田谷線宮の坂駅

 本日は、まだ暑い中、烏山川緑道をかなり長時間歩いて少々疲れました。
上町駅の方向に歩いて帰ろうとして世田谷線の踏切りにかかったところ、少し先の東急世田谷線宮の坂駅に可愛らしい電車が停まっているのが見えました。

世田谷線上町駅と宮の坂駅は、わずか500mしか離れていません。それらの中間にあるこの踏切りからは、宮の坂駅がすぐ近くに見えるのです。

なお、烏山川緑道に近い名所のうち豪徳寺、世田谷八幡宮は、この世田谷線宮の坂駅が最寄になります。

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