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瑞巌寺山門
瑞巌寺

 瑞巌寺(ずいがんじ)は、宮城県の松島海岸にある臨済宗の禅寺です。瑞巌寺の創建は平安時代にさかのぼり、代々伊達家の菩提寺として栄えました。

松尾芭蕉は、奥の細道の旅で塩竃から舟に乗って松島の島々を巡ったのち松島海岸に上陸し、次の日に当時奥州随一の禅寺とされたこの瑞巌寺を訪れています。

私どもは、平泉を訪ねた後、松島海岸の旅館で一泊して翌朝このお寺を訪れました。

毛越寺本堂
岩崖の洞窟

 上の写真は、瑞巌寺の入り口の門である総門です。総門からは長い参道が続きますが、その両側には杉の巨木が立ち並んでおり、空が見えないほどです。

参道の右側にある高い岩崖には多数の洞窟が穿たれており、昔は修行僧がここで生活したこともあるそうです。現在は、それら洞窟の中に石像や五輪塔などが安置されています(左の写真)。参道をさらに歩いて、瑞巌寺の本堂に向かいます。

延命地蔵
延命地蔵

 本堂の手前に、延命地蔵と呼ばれる有名な青銅仏が境内の瑞々しい若葉をバックに立っていました。江戸末期の1863年に鋳造されたもので、右手に錫杖、左手に宝珠を持っています。

飢饉の際に難民の救済をした瑞巌寺の禅師が大変長命だったので、それにあやかるのと同時に飢饉で亡くなった水子の冥福を祈って造られたとのことです。私どもも、この地蔵様に深く礼をしてお祈りをしました。

瑞巌寺中門
瑞巌寺中門

 瑞巌寺の本堂のある部分は塀で囲まれていますが、その入口に中門というこけら葺きの四脚門があります。この門は、国から重要文化財の指定を受けています。

なお、この中門の前にある杉の巨木の高いところにある枝に、石斛(セッコク)という花が直径60cmぐらいの球状になって咲きます。私どもが行ったとき、石斛がちょうどピンクの花を咲かせていました。石斛は、松島町の町花に制定されているそうです。

瑞巌寺本堂
 瑞巌寺本堂は、江戸時代初頭の1609年に伊達政宗によって建立されました。正面39m、奥行き25mの建物で、国宝に指定されています。

造りとしては、禅宗方丈様式に武家邸宅の書院を加えたもので、通常の寺院の本堂とは異なる感があります。伊達政宗が心血を注いだとされる桃山様式の唐戸や欄間の造り、襖や床の間の豪華な絵画を見ると、さすが国宝の格の高さにうたれます。

瑞巌寺本堂

本堂の裏には、有名な庭園が造られています。私どもは、本堂の中に入り、その裏側の広い縁側に座ってこの庭園を鑑賞しました(下の写真)。

北国松島も初夏となり、本堂の裏山も滴るような緑に覆われました。その裏山をバックに、築山、石組み、池など変化に富んだ庭園が広がっていました。池に目をやると、早くもかきつばたの花が一面に咲いていました。

瑞巌寺庭園

御成玄関
御成玄関

 伊達家歴代藩主が当寺にきたときに利用した玄関で、唐様(中国風)で建築されています。こちらも国宝に指定されており、特に左甚五郎作と伝えられる欄間の「葡萄に木鼠」の彫刻が有名です。

明治29年、当時仙台の中学の教師だった島崎藤村は、瑞巌寺を訪れ、この欄間の彫刻を見てその感動を詩につづりました。
翌明治30年、藤村は、それらの詩をまとめて処女詩集「若菜集」を発表しました。

臥龍梅
臥龍梅

 中門から入ったところの広場に、二本の大きな梅の木があります。伊達政宗が、文禄2年(1593年)、豊臣秀吉の朝鮮出兵により朝鮮に行った際、自分の兜を植木鉢にして持ち帰った梅だそうです。

当寺本堂が落慶したとき、伊達政宗が自ら植えたとのことです。写真で見るように、梅の木の姿が臥せた龍に似ていることから、臥龍梅(がりゅうばい)と名付けられました。県指定の天然記念物になっています。

観音像
観音像

 本堂の拝観を終え、また中門から外に出ました。ふと左側を見ると、写真の観音らしき像がありました。
観音様が左手に持っている水瓶のようなものから、水が流れ出しています。当寺の開祖慈覚大師がこの地にいらっしゃったとき、独鈷で岩を打つとそこから薬湯がわき出たという伝説があるそうですが、この像はそれと関係があるのでしょか。
観音像の右の棟門を通って、その中に見える庫裏のほうに歩きました。

瑞巌寺庫裏
瑞巌寺庫裏

 庫裡とは、禅宗寺院の台所のことです。瑞巌寺の庫裏は特に規模が大きく、日本三大庫裏の一つに数えられているそうです。大きさは正面14m、奥行24mもあります。

ご覧のように、白いしっくい壁と黒い木組みが印象的な建物で、国宝に指定されています。屋根の上には、いかにも庫裡らしく大きな煙出しが設けられています。

建物内部には、庫裡には珍しく唐草や花肘木の彫刻があるそうです。

奥の細道の碑
奥の細道の碑

 1689年、芭蕉は松島の風光を愛でた後、この瑞巖寺を訪れました。
瑞巖寺の西に隣接する円通院という寺の近くに、松尾芭蕉の碑があります。長方形の石碑には、『奥の細道』 の松島の段が刻まれてありました。
 松の緑こまやかに、枝葉汐風に
 吹たはめて、屈曲をのづから
 ためたるがごとし。其気色、よ
 う然として美人の顔を粧ふ

芭蕉が瑞巖寺にきたのは、伊達政宗が本堂を建立してから80年後のことでした。奥の細道の中で、芭蕉は、「七堂甍改りて、金壁荘厳光を輝し、佛土成就の大伽藍とはなれりける。」と書いて当時の瑞巖寺の荘厳を称えています。

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