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東寺慶賀門
東寺慶賀門

  新幹線で京都駅を通るとき、車窓から南側に巨大な五重塔がそそり立っているのが見えます。それが、京都を代表する建築物の一つ、東寺の五重塔です。

私どももこの五重塔を何度となく見てきましたが、今回、桜が咲きそめた時期に京都・大阪に小旅行をした際、やっと東寺に行くことができました。

京都駅から市バスに乗り、東寺の北側の入口である慶賀門につきました(左の写真)。これは、京都駅から一番近い門で、鎌倉時代に建てられた由緒ある建築だそうです。

食堂(じきどう)
食堂(じきどう)

 慶賀門に入ってしばらく西の方向に歩くと、「食堂(じきどう)」というお堂が見えてきました。食堂とは、もともと僧侶たちが食事をした場所ですが、同時に修行を行う場でもあったということです。

足利尊氏が兵を起こした際、このお堂を宿舎として使用したことがあるそうです。

現在東寺宝物館に安置されている巨大な千手観音立像がもとはここにあったことから、東寺食堂は千手堂とも呼ばれました。

食堂は1930年に失火により焼失しましたが、1934年に再建されたとのことです。

五重塔遠望
五重塔遠望

 食堂の前に立つと、南側に五重塔がそそり立っているのが見えました。五重塔の下には、二分咲きの桜が広がっていました。

東寺五重塔は高さが57mもあり、日本に現存する五重塔の中では最も高いということです。877年に完成したときは、平安京では飛びぬけて高い建築物でした。

東寺五重塔は、その後、落雷による火災で4度も焼失しましたが、そのたびにほぼ原形通りに再建されてきました。

現在の五重塔は、1644年に三代将軍徳川家光によって再建されたものだそうです。

瓢箪池
庭園と瓢箪池

 食堂と五重塔の間は、瓢箪池という庭池を配した美しい庭園になっています。五重塔の南に日がまわる正午前後には、瓢箪池に五重塔が映る景観が見られます。

瓢箪池の周辺にはたくさんの桜が植えられています。やはり、京都は東京より桜の開花がかなり遅いようで、二分咲きくらいの桜が大半でした。

この庭園には、瓢箪池の他にも二つの小さな池があります。それらの岸辺をたどってあたりを見回しながら、遠くに見える五重塔に向かって歩きました。

五重塔
五重塔

 池の周辺の桜を従えるように、壮大な東寺五重塔が空高くそびえていました。
その近くまで歩いていって、ようやく五重塔の全貌がみえてきました。
五重塔の各層を下から見上げていき、その天辺に塔の水煙が午後の陽を受けてきらめいているのを見つめました。
この五重塔が、これまで私が見てきた他の五重塔や三重塔とはなにか雰囲気が違うのに気がつきました。上層に行っても、屋根の大きさが一番下の屋根とあまり変わらないのです。これと塔のサイズの大きさが相まって、圧倒的な力強さを感じさせます。

東寺金堂
金堂

 五重塔は東寺敷地の南東の隅にあり、そのすぐ西側に巨大な南大門があります。

南大門の北側に古色を帯びた堂々たる建築物がありますが、それが東寺金堂です。
現在の金堂は、1603年に豊臣秀頼の寄進で再建されたものだそうです。

金堂内には、薬師如来像(本尊)、日光菩薩、月光菩薩の薬師三尊が安置されています。さらに、薬師三尊を守る十二神将像が配置されています。

金堂は国宝で、薬師三尊像と十二神将像はすべて重要文化財に指定されています。

講堂
講堂

 講堂は、真言宗の開祖空海の構想による密教の殿堂で、大日如来をはじめとする21体もの密教彫像が安置されています。

それらの大多数は平安朝の8世紀中ごろに制作されたもので、そのうち15体が国宝に指定されています。

これらの仏像は、空海が創始した真言宗の中核をなす立体曼荼羅(密教浄土の世界)を表現しているとのことです。

東寺創建当時の講堂の建物は戦火で失われ、現存するのは室町時代の1491年に再建されたものです。

大師堂
大師堂

 講堂を出てまた食堂の横に行き、西側にある山門を通って大師堂に向かいます。
大師堂は弘法大師の存命中の住居であったとされる建物でしたが、火災にあって焼失し、1380年に再建されました。

内部には、最古の大師像といわれる「弘法大師座像」が祀られているとのことです。

屋根は檜肌葺きで高さもやや低く、建物のサイズも東西が七間、南北が八間とさほど大きくありません。
寺堂というよりは住宅建築という趣があります。このお堂は、国宝に指定されています。

密教の祈祷
密教の祈祷

 大師堂の南にまわると、正面拝所というところがありました。こちらは後に増築されたようで、ずっと新しい建築になっていました。

拝所のなかでは、僧侶が檀徒の方のために祈祷をしていましたが、私どもはその後ろのほうから見学をさせていただきました。

実は私の実家も真言宗の檀徒なので少しわかるのですが、密教である真言宗では祈祷や典礼を非常に重視します。
祈祷をする僧侶のまわりにはろうそく、太鼓、鈴鉦などの道具がたくさん置かれており、僧侶はそれらを次々に使いながら祈祷を進めます。

毘沙門堂
毘沙門堂

 大師堂の近くには、毘沙門堂をはじめ、さまざまな興味深いお堂があります。
毘沙門(びしゃもん)とは仏を守る四天王の一つで、日本の民間信仰では七福神の1つにも数えられています。戦国時代の武将上杉謙信は、自分が毘沙門天の転生であると信じていたといわれます。

真言宗の開祖空海は山岳修験者や民間信仰と縁が深いとのことですが、そのような関係をこれらのお堂に垣間見る感があります。毘沙門堂の前には、「都七福神」ののぼりが立っていました。近くには大黒様のお堂もありました。

大師修行像
大師修行像

 南大門の内側には、写真の巨大な大師修行像があります。
長い金剛杖を右手でつき、左の手に数珠を持ち、大きな菅笠をかぶってその下から私どものほうを見つめています。

真言宗の本山高尾山薬王院をはじめ、方々の真言宗のお寺でこのような大師修行像を見かけますが、それらのルーツはこの東寺の大師修行像にあるのかも知れません。

東寺では毎月21日に弘法市が開かれ、毎月約20万人が訪れるそうです。弘法大師の没後1200年近くなりますが、大師の引力はいまだにまったく衰えを知りません。

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