旅行

文学

美術

音楽

宗教

パソコン

海外旅行

トップページ 高幡不動尊 メニューへ

 私どもは、ときどき京王線を利用して東京西部の八王子のほうに行くことがあります。その際、終点京王八王子の少し手前で「高幡不動」という駅を通りますが、その近くで金色の大きな水煙のついた五重塔が山際にあるのを電車の中から見ることができます。
ここが名高い高幡不動尊だろうと思っていましたが、これまでここで電車を降りて参拝に行ったことはありませんでした。

今回少し調べたところ、このお寺は正式には高幡山明王院金剛寺という寺称で、真言宗智山派別格本山という高い格式にあるということです。そこで、快晴に恵まれた初冬の一日、このお寺を訪ねました。

仁王門
仁王門

 高幡不動駅で下車して高幡不動尊に向かって少し歩いてゆくと、道筋の正面に壮大な二層の楼門が見えてきました。

この楼門は、門の両側に室町時代作の仁王尊が置かれてきることから、仁王門と呼ばれています(重要文化財)。

昭和34年にこの門の解体修理が行われましたが、その際、室町時代に着工された当初の姿の楼門として復原され、屋根も銅板葺きに変えられました。

門上層に掲げられている「高幡山」の扁額は、江戸初期の運敞僧正の筆だそうです。

五重塔
五重塔

 仁王門の前に立つと、境内の丘の上に壮麗な五重塔がそびえているのが見えました。この五重塔は、昭和55年に落慶法要が行われた比較的新しい五重塔です。

平安時代初期の様式で建てられており、青銅瓦葺、塔高40m、総高45mです。
五重塔の内部には仏像が多数安置されており、絵画などもあるそうです。

毎年春には「春季大祭国宝まつり」が開催されますtが、その際には五重塔の内部が一般公開され、五重塔の最上階まで登って周囲を見回すことができるということです 。

宝輪閣
宝輪閣

 境内の仁王門の近くに「宝輪閣」という赤い大きな建物がありますが、そこで護摩の受付をしているそうです。

御護摩とは、不動明王を本尊として壇を設け、護摩木という薪を焚いてさまざまな願いの成就を祈る真言密教の修法です。
護摩を焚く火は不動明王の智慧を象徴し、薪は衆生の煩悩を表しています。以前、京都東寺で見た護摩焚きを思い出しました。

毎年二月の節分のときには、この宝輪閣の二階ベランダ(左の写真)から芸能人、人気力士などが下の広場に参集した信徒たちに豆まきをするそうです。

釈迦三尊像
 五重塔の中には、千体地蔵堂と無料休憩所があります。まず一休みしようと五重塔地下の休憩所に入ると、その奥には大きな金色の釈迦三尊像が安置されていました(下の写真)。釈迦三尊像の背後には、やはり金色の小さな仏像が広い壁を埋め尽くすように多数置かれていました。

休憩所の中には上記釈迦三尊像以外にも多数の仏像があり、また六不動三尊像などの大きな写真の多数掲示されていました。それらを拝見しながら、温かいお茶をいただいてゆっくりと休息をとることができました。

開山堂

山門・大日堂
 境内の西端山際に長い石段があり、その上に山門と呼ばれる時代のついた小さな四脚門があります。このあたりは毎年春には桜が山門にかかるように見事に咲くので、カメラファンが多数撮影にくるそうです。

石段の左側に、大観音像と呼ばれる石造りの大きな仏像があります。平成2年に建立されたもので、その高さは21尺(約7m)もあるということです。

山門 大日堂

山門の奥に、大日堂という風格のある大きなお堂があります。大日堂は高幡山の総本堂となっており、その内部には、平安時代に制作された大日如来像など貴重な仏像が安置されているということです。
大日堂は江戸時代に焼失しましたが、昭和50年代に鎌倉時代の様式で再建されました。

金剛寺には古来文人墨客が多く訪れており、境内には多数の歌碑・句碑が置かれています。山門の近くに新興俳句運動で有名な俳人山口誓子の句碑がありました。

    如来出て
        掌に受け給ふ
            枝垂梅     山口誓子

山門 大日堂

奥殿・不動三尊像
 山門前の石段下には、奥殿という朱塗りの大きなお堂があります(下左の写真)。奥殿の中には、高幡山の金看板である丈六不動三尊像(重要文化財)が収められており、古来戦国武将や庶民の信仰の対象になってきました。

丈六不動三尊像は、今回千年ぶりの修復を終え、この奥殿に帰ってこられました。丈六不動三尊像は撮影禁止でしたが、五重塔地下の休憩所に丈六不動三尊像の大きな写真があったので、それを撮影して下右に掲載しました。

奥殿の丈六不動三尊像は巨大な黒い炎の光背を付けていましたが、下右の写真は修復のためにその光背をはずした状態で撮影をしたもののようです。

奥殿 不動明王像

その他のお堂
 宝輪閣と奥殿の間に、不動堂というお堂があります(下左の写真)。これは、14世紀に慈覚大師円仁が東関鎮護の霊場として建立したという由緒あるお堂で、東京都最古の文化財建造物として重要文化財に指定されています。
このお堂の中には、丈六不動三尊の修復作業の際、その身代わりとして新たに創られた新丈六不動三尊が安置されているとのことです。

不動堂 大師堂

境内五重塔の西側に、大師堂というお堂があります(上右の写真)。古くからあった大師堂が老朽化したので新しい建物が建築中でしたが、2011年夏に完工しました。
私どもが秋に行ったときは、木の香も新しい大師堂が秋の陽を受けてそびえていました。真言宗の大きな寺にはたいてい大師堂がありますが、真言宗の大師堂とはもともと開祖弘法大師の住居を意味する建物だそうです。

土方歳三像
土方歳三像

 元新選組副長土方歳三は、明治2年に函館五稜郭攻防戦で戦死しました。
土方歳三は日野の近在の出身であったことから、その位牌は当金剛寺の大日堂に納められています。
平成7年には、当地の有志により土方歳三の銅像が当寺の五重塔の下に立てられました。鉢巻をして二刀をさした土方の姿が、仁王門のかなたの空を見つめていました。

また、元新選組隊長近藤勇もこの近在の出身であったことから、明治21年にこの高幡山に近藤・土方を顕彰する「殉節両雄之碑」が建立されました。

トップページ メニューに戻る