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1998年ごろのことかと思いますが、日本経済新聞に瀬戸内寂聴の 『いよよ華やぐ』 という小説が連載されました。
小説の主人公は「藤木阿沙女」という名前になっていましたが、俳句に関心のある人ならすぐに俳人の鈴木真砂女さんがモデルであることがわかります(鈴木真砂女さんは、2003年に96歳で生涯を終えられました)。
小説の冒頭に、次の俳句がありました。
紅さして
過去よみがえる
初鏡
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小説中ではこの俳句の作者名が書いてありませんでしたが、鈴木真砂女の俳句ではないと思います。瀬戸内寂聴の自作かも知れません。
まとまりもよく流れもあるなかなか達者な俳句だと思います。しかし私にはこのタイプの俳句はどうもいただけません。こういう俳句が好きな人も多いかも知れませんが・・・。
作家田辺聖子さんは、女流俳人杉田久女をテーマとする小説『花衣 ぬぐやまつわる・・』の中で、「女流俳人、女流芸術家にありがちな台所臭、白粉臭」と書いています(もちろんこれは、杉田久女のことではありません)。
私は美味しいものが好きなせいでしょうか、「台所臭」の方はさして気にはなりません。いわゆる「台所俳句」は、平凡な俳句が多いとはいうものの、別に品格がないということはありません。中村汀女や星野立子の初期の作品には、台所など身近な題材を扱いつつも凛とした気品を感じさせる俳句がたくさんあります。
しかし、もう一方の「白粉臭」には、私はどうにも辟易します。 |
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与謝野晶子の歌集『みだれ髪』の中に有名な次の短歌があります。
その子二十(はたち)
櫛に流れる黒髪の
おごりの春のうつくしきかな
与謝野晶子
この歌集の発表当時は、その華麗さ、革新性により社会現象ともいえるヒットになったそうです。
現代の私どもが読んでもそのきらびやかさには目を瞠りますが、一方でふんぷんたる化粧臭、底の浅さにはなじめません。 |
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この与謝野晶子の短歌を、若者層に人気の高い現代の歌人俵万智さんは、「チョコレート語訳 みだれ髪」の中で、次のようにリメークしました。
二十歳とは
ロングヘアーをなびかせて
畏れを知らぬ春のヴィーナス
俵万智
原歌の華麗さはまったく失せてしまっていますが、いっそこちらの方がさっぱりしていて読みやすく感じます(^_^)。 |
念のためここで申し上げておきますが、私は女流俳人、歌人に対して偏見を持っているのではありません。それどころか、この文学コーナーの別のページでは、大正以降の女流俳人の業績を敬意を込めて解説しています。それらの女流俳人の作品には、「白粉臭」などというのはまず見当たりません。
藤田湘子さん(高名な男性の俳人です(^_^))が、
「汀女や立子も女性だが、ぐだぐだした句は作らなかった。だから俳人として大成できたのだ。俳句はしゃきっと立たなければいけない。」
と語っているのを目にしました。さすが湘子さんのご高見です。
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今回はかなり差し障りのあることを、長々と書きました。しかし上にも書きましたように、私は女流俳人の業績に敬意を持っています。それに免じてご容赦くださるよう、お願いします。
ということで、最後はだれから見ても颯爽としている女流の俳句で締めくくりましょう。
秋風や
浅草いつも
祭りめき 星野立子
にぎやかで人通りの多い浅草の雰囲気を、実に鮮やかにとらえています。 |
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写真は浅草の街で見かけたお神輿、太鼓など祭礼具の専門店の店内です。上記立子さんの俳句そのままの、いかにも浅草らしいお店ですね。 |