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 庶民のささやかな楽しみ、晩酌。最近は、女性にもたしなむ向きが多くなったようです。私ども夫婦も、酒量は少ないのですが晩酌歴30年超で、これまでにかなりのアルコール税を納めてきました(^_^)。

晩酌は、酒場で飲む酒、仕事上の付き合いで飲む酒などとは目的が違います。一日の仕事を終えて家に帰り、夕食の第一ステップとして夕食をよりおいしく食べるために飲むお酒、それが晩酌です。まさに人生の潤滑油、明日の活力のもとです。適量のお酒は、医学的にも「百薬の長」であるのが確認されているそうです。

その晩酌の肴、つまみも、人により、家庭により、またシーズンによりさまざまです。

とうもろこし
とうもろこし

 我が家では、夏には茹でとうもろこしが定番の一つです。優しい味と香りが、ビールにも日本酒にもウィスキーにもよく合います。

  塩つけて
      もろこし甘し
          コップ酒
茹でとうもろこしはつける塩が肝心で、私どもは海水から採った自然塩や岩塩を使っています。生とうもろこしは、初夏から秋口までそれぞれのシーズンで風味が違います。

葉しょうが
葉しょうが

 葉しょうがも、我が家の夏の定番の一つです。鮮度が命の野菜なので、我が家では茨城から自動車で朝採り野菜を持ってくる八百屋から買っています。

人間ドックを受診しましたが、幸い大きな問題は見つかりませんでした。ほっとして、その晩は、前の晩お酒のお預けを食ったのを取り返すべく、葉しょうがに味噌をつけてかじりながらやや長い晩酌となりました。

  ドック無事
      すすむ晩酌
          生姜の香

冷奴
冷奴

 豆腐は、一年を通じて我が家の食卓に登場します。夏は冷奴、冬は湯豆腐で、どの酒の肴にももってこいです。

さっぱりしているのにこくがあり、一年中食べても飽きがきません。このような肴は他にはないと思います。健康にも大変よいうえに値段も安いのですから、いうことがありません。豆腐を食べない人の気が知れません。

日本経済新聞の日曜日の紙面には、「日経俳壇」というコーナーがあり、現在藤田湘子さんと黒田杏子さんが主宰されています。少し前に湘子さんの方の欄に、次のような俳句が掲載されました(作者名がわからなくなり、申し訳ありません。また細部が違っていたら、ご容赦ください)。
   のっけから
       男女の話
           冷奴    日経俳壇
この俳句には、湘子さんが「年配の男が何人か集まると、ついこういうことになる」と評を付けていました。湘子さんも、ニヤニヤしながらこの俳句を選んだのかも知れませんね(^_^)。

目刺の苦さ
目刺の苦さ

 私は千葉の海岸地方に生まれ育ったため、魚介類、干物などが大好きです。
目刺は最も大衆的な肴の一つですが、おいしい上にカルシウムにも富んでいるので、私どもはよく食べます。
目刺は鮮度により味がまったく違うので、専門店で買うようにしています。

高浜虚子も目刺が好物だったようで、次の有名な俳句を残しています。
  失せてゆく
      目刺のにがみ
          酒ふくむ  高浜虚子

私にとって、虚子は必ずしも好きなタイプの俳人ではありませんが、この俳句の表現の柔軟性、構成の巧みさはだれも否定できないと思います。水谷秋桜子に批判されたように「大衆俳句」の傾向が強い虚子ですが、上記のような「上手な俳句」を詠むことができる俳人でもありました。

一方、虚子の師子規はこのような柔軟性はあまり持っておらず、また「上手な俳句」を詠もうという気もさしてなかったと思うのですが、いかがでしょうか。

このわた
このわたが好きで

 3、4年前かと思いますが、テレビの俳句の時間である女流俳人が次の俳句を取り上げて解説していました。それを一度見ただけで胸が熱くなり、忘れられない俳句になりました。

その番組で作者の名前をメモできず、わからなくなってしまったのですが、最近インターネットでやっと作者が森田愛子という俳人であることがわかりました。

  海鼠腸(このわた)が
      好きで勝ち気で
          病身で   森田愛子

このわたとは
 海鼠腸(このわた)は、海鼠(なまこ)の腸の塩辛で、うに、からすみ(ぼらの卵の塩漬)とともに日本の3大珍味とされるものだそうです。
なにしろ原料が少ししか採れないので、このわたは大変貴重な食品であり、インターネットで値段を調べたところ小さな瓶でも3500円もするとのことでした。

当然ながら、我が家の晩酌の肴には、このわたはこれまで登場していません(涙)。むかし、よその家で食べたおぼえがありますが、もう味は覚えていません。要はかなり高級な珍味で、酒の通が好む肴ということでしょう。

森田愛子
 森田愛子は福井県三国に住んでいた女流俳人で、30年の短い生涯を俳句に捧げ尽くしました。愛子は、1917年生まれですから、石田波郷より4歳ほど若いことになります。
叙情的な句風であったとのことですが、上の「このわた」の俳句は強烈な自我と人生への後悔に満ちており、読者の胸をえぐります。

愛子は虚子の愛弟子であり、虚子は愛子をモデルとして小説「虹」を書いています。また、「虹」を題材とした俳句を愛子との間で何回もやりとりしています。

ある評論家は
虚子によってホトトギスを除名された杉田久女への虚子の対応と、森田愛子に対するそれの違いは際立っている。森田愛子が極楽であれば、まさに杉田久女は地獄であった。どうしてここまで出来るのであろう。
と書いています。

久女俳句のファンである私にとって、今回森田愛子の生涯を知ることができ、俳句の世界の面白さを改めて認識することになりました。

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