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1996年12月4日生まれのはるちゃんは 翌年の8月9日まで、新生児病棟(NICU)に 約8ヶ月間入院しました。 NICU内は、カメラなどの持ち込みは禁止でした。 その代わりに、病棟スタッフの皆様が、 ポラロイドカメラで、悠花の成長を 記録してくれました。 ポラロイド写真を、デジカメで撮影し直しているので 非常に見づらい画像ではありますが、 NICUで頑張っていた悠花の成長をご覧下さい。 |
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1997/01/08 このとき、まだ出生時の体重よりも小さかったです。 ミルク(注入)は、3cc×12回/日でした。 もちろん、こんなに小さいサイズの紙オムツがないので 産褥用ナプキンSサイズを使っています。 |
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1997/02/23 初めて抱っこをした時の写真です。 わずか5〜10分間でしたが、本当に嬉しくて涙がとまりませんでした。 抱っこの間、看護婦さんが2人がかりでお世話をしてくれました。 (人工呼吸器のチェックや、バイタルチェックなどのため。) 体重は、580g弱でした。 |
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1997/03/25 体重806g。ミルク(注入)は、8cc×12回/日でした。 酸素投与のための経鼻カニューラも、経過栄養のためのマーゲンチューブも、 どちらもつけていない珍しい写真です。 一応、「お風呂写真」なのですが・・・一寸法師よりは大きいお風呂に入ってます。 |
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1997/04/15 4月9日から「カンガルーケア」(オムツ一枚だけの赤ちゃんを、母親が衣服の前をあけて、 直接胸に抱えて、数分〜数時間過ごす状態。父親も体験出来ました。)が始まりました。 ある程度の時間、保育器の外に出ることが可能になったということです。 記録には「保育器の天井が、二重から一重になった。」とあります。 体重は、950g前後です。 |
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1997/05/05 マーゲンチューブを卒業して、完全に経口栄養摂取になりました。 (とはいえ、その後再び経管栄養併用になるのですが・・・) 今までは、小さいミッフィーちゃんがお友達でしたが、 この日から大きいミッフィーちゃんがやってきました。 |
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1997/06/11 5月中旬から、病棟内で結膜炎が流行ってしまったので、 感染を防ぐために、保育器の外に出られなくなってしまいました。 面会時間も30分間に制限され、時間帯ごとに予約が必要になりました。 この頃が、一番会える時間が少なくて、残念でした。 |
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1997/07/26 6月末に保育器を卒業し、新生児用コットになりました。 7月半ばには、ついに「退院」に向けての準備が始まりました。 退院前の検査(MRI・心エコー・聴力等の検査)や、リハビリメニューについての相談、 また、肺機能の未熟性を補うための、酸素投与療法が必要なため、 自宅への酸素濃縮機の設置の相談もありました。 体重は、2,700gを超えました。ミルクは、55cc×8回/日でした。 |
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1997/08/09 退院当日の写真です。 退院時は、”お約束”で白いレースがついたベビー服を着せましたが、 この時は、病棟内で(多分)一番長い時間を一緒に過ごしたお友達と おそろいの洋服で記念撮影をしました。 お友達からいただいた、退院祝いのプレゼントのお洋服なのです。 体重は、3,156gになりました。 |