雪の女王(アンデルセンのテーマによる四幕劇)

         エフゲーニイ・シュヴァルツ 作
           能 美 武 功    訳
           城 田  俊   監 修
      
登場人物
   語り手
   ケイ
   ゲルダ
   おばあさん
   樞密顧問官
   雪の女王
   からす(雄)
   からす(雌)
   王子 クラウス
   王女 エルザ
   王
   盗賊の頭(女)
   盗賊 一
   女の子の盗賊
   となかい 北の鹿
   見張り達
   下僕達
   盗賊達

     第 一 幕
(舞台の前面ーー幕の前ーーに、二十五歳ぐらいの男登場。フロックコートを着て、刀を帯び、鍔(つば)の広い帽子を被っている。)
 語り手 スニップ・スナップ・スヌーッレ・プーッレ・バゼリューッレ。この世の中にはいろんな人がいます。鍛冶屋、コック、医者、生徒、薬剤師、教師、馭者、役者、警官。そして私は・・・物語を語る人、語り手なんです。私達は皆、働きます。役者だって先生だって、鍛冶屋だって、コックだって、語り手だって。そして私達はみんな、社会に必要、なくてはならない、大事な人間なのです。私だってそうですよ。もし私っていう人間がいなければ、皆さん、今日この劇場にこうやって坐ってはいらっしゃらないでしょう? そして小さい子供、名前はケイっていうんですが、その子に何が起こったか、皆さん、決して知ることはなかったでしょう。このケイっていう子はね・・・シーッ。沈黙。スニップ・スナップ・スヌーッレ・プーッレ・バゼリューッレ。(先走ってはいけません。)ああ、なんて沢山の話を私は知っているんでしょう。毎日百個ずつ話をしたとしても、百年かかったって、私の知っている話の百分の一も話せないでしょう。今日は、雪の女王のお話をご覧戴きます。このお話は、哀しくて楽しい、そして、楽しくて哀しい、話です。登場人物に、少年と少女がいます。二人とも私の生徒なんです。ですから、ほら、石盤を持って来ました。それから王子と王女。ですから刀と帽子。(深く御辞儀をする。)いい王子様といい王女様なんです。ですからお二人には、礼儀正しくするのです。それから盗賊達が出てきます。(ピストルを取り出す。)だから武装しているんです。(ピストルを撃とうとするが、鳴らない。)ばーんと鳴らないですね。大変よろしい。私は舞台でバンバン音がするのが、大嫌いですから。それから、ほら、この厚いセーター。こんなもの着ているのは、寒い寒いところへ行くからなんです。分かりました? スニップ・スナップ・スヌーッレ・プーッレ・バゼリューッレ。さてと、これで紹介は終。始めますか。・・・あっ、一番大事な事を忘れていた。私はお話をするのが仕事で、毎日毎日、喋りづめ。もう飽きちゃったんです。ですから今日は、お話をお見せするんです。お見せするだけじゃありません。私自身も波乱万丈のこの話の登場人物になるのです。 どうしてそうかですって? それは当たり前。私の話ですからね。私が主役。ここで面白いのは、私の話の癖に、私は出だしと真ん中あたりをちょっとだけ考えただけなんです。ですから終がどうなるのか、知らないのです。どうしてこんな風にするのかって? それは簡単。物事はなるべくしてなる、物には道理があるのです。だから結末を知らないで結末に達すると、知っていて結末に行くよりも、得る事が多いのです。さあ、これで全部! スニップ・スナップ・スヌーッレ・プーッレ・バゼリューッレ!
(語り手、退場。)

(幕が上がる。貧しいが清楚な屋根裏部屋。大きな、凍り付いた窓。窓の傍、ペチカのすぐ傍に、蓋のない大きな箱。この箱に薔薇の木あり。今は冬なのに、薔薇は満開である。木の下のベンチに、少年と少女が坐っている。ケイとゲルダである。二人は手をつないで坐っている。夢みるように、二人は歌う。)
 ケイとゲルダ スニップ・スナップ・スヌーッレ・プーッレ・バゼリューッレ。スニップ・スナップ・スヌーッレ・プーッレ・バゼリューッレ。
 ケイ シッ!
 ゲルダ どうしたの。
 ケイ 何か、きしむ音だ。
 ゲルダ そうお? あ、そうね。
 ケイ なんて明るい音なんだ、このきしむ音。この間僕が雪合戦で硝子を割ってお隣りのおばさんがぶつくさ小言を言いに来た時なんか、こんな音じゃなかったよ。
 ゲルダ そりゃそうよ。あの時は獰猛な犬みたい。唸り声だったわ。
 ケイ でも僕達のおばあさんが帰って来る時は何時だって今みたいに・・・
 ゲルダ 階段の踏み板がヴァイオリンみたいに鳴るのね。
 ケイ そうだ。おばあさんだ。早く、早く。
 ゲルダ そんなにせかせても駄目よ、ケイ。だって私達、こんなに高い屋根裏部屋に住んでいるんだし、おばあさんはもう年寄なんだから。
 ケイ 大丈夫だよ。おばあさんはまだ遠くだ。僕の声は聞こえないさ。ねえ、おばあさん、あんよはおじょず。
 ゲルダ さあ、さあ、おばあさん、早く、早く。
 ケイ やかんがぐつぐつ言い出した。
 ゲルダ やかんがしゅうしゅう言い出した。ほらほら、絨毯で靴を拭いている。
 ケイ うん。ほらほら。外套を脱いで、かけているところよ。
(扉にノックの音。)
 ゲルダ あら、どうしてノックなんか? 鍵なんか、かけてないって、おばあさん、知っている筈なのに。
 ケイ ははーん。わざとだ。びっくりさせてやろうって思ってるんだ。
 ゲルダ あ、そうだわね。
 ケイ シッ。こっちの方がびっくりさせてやろう。ノックには答えないで。黙ってて。
(ノック、繰り返される。子供達、手で口を抑えながら、笑いをこらえる。再びノック。)
 ケイ 隠れよう。
 ゲルダ うん、隠れちゃおう。
(くすくす笑いながら子供達、薔薇の木の植わった大箱の後ろに隠れる。扉開き、黒いフロックコートを着た背の高い白髪の男、登場。フロックコートの胸の折り返しのところには、大きな銀色のメダルが光っている。もったいぶって頭を上げ、周囲を眺める。)
 ケイ(衝立の後ろから四つ這いになって飛び出して来て。)ガーフ、ガーフ。
ゲルダ ブー、ブー。
(黒いフロックコートの男、冷たい勿体ぶりを保ちながらも、この予期せぬ攻撃で驚いて飛び上がる。)
 男(口をあまり動かさず、人を見下げたように。)何の真似だ、これは。
(子供達、あっけにとられて立った儘。二人、手をつないで。)
 男 躾(しつけ)のなってない子供達だ。何の真似なんだ、これは。訊いているのが分からないのか。全く行儀の悪い子供達だ。
 ケイ ご免なさい。でも僕達、行儀はいいんです。
 ゲルダ 私達、ちゃんと躾けられています。ようこそおいで下さいました。どうぞお坐り下さい。
(男、フロックコートのポケットから片眼鏡を取り出す。二人を眺める。)
 男 躾けられた子供というものはな。一、四つん這いになって這い回らない。二、「ガーフ、ガーフ」と怒鳴らない。三、「ブー、ブー」と叫ばない。四、知らない人に飛び掛からない。
 ケイ だって僕達、おばあさんかと思ったんだもの。
 男 馬鹿馬鹿しい。どうしてこの私が、おばあさんなんだ。どこだ、薔薇は。
 ゲルダ ここです。
 ケイ 薔薇がどうしたんです。
 男(二人から離れて、片眼鏡で薔薇を見る。)うん、成程。しかしまさか本当に生きている薔薇じゃあるまい。(男、匂いを嗅ぐ。)一、この植物特有の香を出している。二、この植物特有の色を見せている。三、本物の土から生えている。・・・すると生きている薔薇か。
 ゲルダ ねえ、ケイ。私、あの人、怖いわ。誰なのかしら。どうしてこの家にやって来たの? 何の用があるの。
 ケイ 心配しないで。僕が訊いてみる・・・(男に。)貴方は誰なんですか。僕らに何の用があるんです。何しにやって来たんですか。
 男(振り返らず、薔薇を見た儘。)行儀のよい子は、大人には質問しないものだ。大人が質問して来るのを待っているものだ。
 ゲルダ じゃあ、お願い。私達に質問して。「私が何者か、君達は知りたくか。」って。
 男(振り返らず。)馬鹿馬鹿しい。
 ゲルダ 絶対よ、ケイ。この人、悪い魔法使いよ。
 ケイ そんなことはないよ。ほら、違うよ、そりゃ。
 ゲルダ 見ていてご覧。體から煙が出てきて、(蝙蝠になって、)部屋の中を飛び回るわ。そうでなかったら、貴方を山羊に変えちゃうわ。
 ケイ 僕は降参しないぞ。
 ゲルダ 逃げましょうよ。
 ケイ 厭だ。
(男、咳をする。ゲルダ、「キャッ」と言う。)
 ケイ ただの咳だよ、馬鹿だなあ。
 ゲルダ 魔法をやり始めたのかと思ったわ、私。
(男、急に花から目を逸らし、ゆっくりと子供達の方へ進む。)
 ケイ 何をするんだ。
 ゲルダ 降参なんかしないわよ。
 男 馬鹿馬鹿しい。
(男、まっすぐ子供達に近づく。子供達、恐れて後ずさりする。)
 声(玄関から。)ケイ、ゲルダ! あら、毛皮の外套が掛かっている。誰のかしら。
 ケイとゲルダ(喜んで。)おばあさん! 早く! 早く来て。
 声 おやおや。おばあさんがいなくて退屈してたのかい? 出て来なくていいよ、ここは寒いからね。今行きますよ。ほら、外套を取って、帽子を脱いでと・・・靴の泥をちゃんと落として・・・さあ、おばあさんよ。
(部屋に、清潔な、白髪の、頬の赤い老女が入って来る。明るく微笑んでいたが、見知らぬ男を見ると、立ち止り、微笑みが止る。)
 男 邪魔しているぞ、ばあさん。
 おばあさん 今日は。エート、どなた様?
 男 樞密顧問官だ。随分長いこと待たせてくれたな。
 おばあさん 待たせた、とおっしゃいましたか? でも、いらっしゃる事など全く存じませんでしたわ。
 樞密顧問官 そんな事はどうでもいい。言い訳はするな。ばあさん、あんたはついてる。今は貧乏なんだろう?
 おばあさん どうぞ、お坐りになって。
 樞密顧問官 いや、結構。
 おばあさん 私は坐らせて戴くわ。今日は一日中走り回って・・・
 樞密顧問官 なら、坐るんだな。いいか、もう一度言う。ばあさん、あんたはついてる。今は貧乏なんだろう?
 おばあさん 貧乏でもあり、貧乏でもなし、ですわ。お金はないけど・・・
 樞密顧問官 それがなきゃあ、何にもならん。他に何があってもな。そこで用件だ。ここでは真冬に薔薇の花が咲くそうだな。それを買おうじゃないか。
 おばあさん でも売り物ではありませんわ、薔薇は。
 樞密顧問官 馬鹿な。
 おばあさん 本当です! 薔薇は贈り物として貰ったようなものです。贈り物は売れませんわ。
 樞密顧問官 馬鹿馬鹿しい。
 おばあさん 何が馬鹿馬鹿しいですか。この子供達の先生、お話の好きな学生さんですが、その人がこの薔薇をそれは大切にして、植えかえをしたり、肥料になる腐った葉っぱを土に蒔いたり、時には歌を歌ってやったりもするのです。
 樞密顧問官 馬鹿馬鹿しい。
 おばあさん 近所の人にも聞いてご覧なさい。(本当ですから。)そんなにしてあの人が大事にした薔薇です、あの薔薇は。贈り物と同じなのです。その薔薇を売るですって?
 樞密顧問官 ばあさん、あんた、なかなかのやり手だね。たいしたもんだ。それで値段を吊り上げようっていう算段だ。なーるほど。で、いくらで売るつもりなんだ?
 おばあさん 薔薇は売り物ではありません。
 樞密顧問官 なあ、ばあさん。そんなに焦(じ)らせるもんじゃないよ。あんたは人の手伝いをして食ってるんだろう?
 おばあさん ええ、そうですわ。下着を洗ったり、家事の手伝い。素敵なお菓子を作ったり、刺繍をしたり、むずがる子供を、歌を歌って寝かしつけたり、病人の世話をやいたり。私は何でも出来るんですよ、樞密顧問官さん。私の手のことを「万能の手」、なんて言ってくれる人だっていますわ。
 樞密顧問官 馬鹿な! よし、もう一度最初からやり直しだ。あんたは多分この私が何者か、よく分かっておらんのだ。私はたいした金持ちなんだ。実にたいした金持ちなんだ、ばあさん。王様だってこの私の金のことをご存じだ。それで御褒美に勲章を戴いたことだってある。横に大きく「氷」と看板をかけた荷馬車を見たことがあるな? あるだろう、ばあさん。氷、氷室(こおりむろ)、冷蔵庫、地下室の氷部屋、みんなこの私のものだ。この氷のお陰で、私は金持になったのだ。だから私に買えないものなど何もないのだ。さあ、この薔薇はいくらなんだ。
 おばあさん そんなに花がお好きなんですか?
 樞密顧問官 好き? 冗談じゃない。見るのも厭だ。
 おばあさん それなら何故・・・
 樞密顧問官 珍しいものが好きなんだ! そのお陰で金持になれたんだ。氷は夏には珍しい。それを夏に売ったのさ。薔薇は冬には珍しい。だから生産しようというのだ。分かったか。さあ、いくらなんだ。
 おばあさん 薔薇は売りません。
 樞密顧問官 売るさ。
 おばあさん 売りません。決して。
 樞密顧問官 馬鹿な。ほらここに十ターレルある。ほら、ぐずぐずしないで。
 おばあさん 受け取りません。
 樞密顧問官 なら、二十だ。
(おばあさん、しっかりと首を横に振って、拒否の身振り。)
 樞密顧問官 三十。五十。百! 百でも駄目か? よし、二百。これだけあれば、丸一年間楽に食べていけるんだぞ、あんたも、この悪がきも。
 おばあさん 悪がきとは何ですか。いい子供達です!
 樞密顧問官 馬鹿な! いいか、ちょっと考えてみるんだ。ただの普通の薔薇だぞ。それに二百ターレル出すと言っているんだ。
 おばあさん これはただの薔薇じゃありません、顧問官さん。最初は枝に小さな青白い蕾が出てきたんです。薔薇色のお鼻がついていたんですよ。それから、それが開いて、奇麗に開いて、薔薇の花になったのです。それから後は、しぼまないのです。ずーっとこうして、奇麗な儘。窓の外は、ほら、冬でしょう、顧問官さん。でも、ここは夏なのですわ。
 樞密顧問官 馬鹿な。今がもし夏だったとしたら、氷の値段がもっと上がっている筈だ。
 おばあさん この薔薇は私達の喜びなのです。
 樞密顧問官 馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な! 金だ、金が喜びなのだ。その金を出すと言っているんだぞ、この私は。分かっているのかな。金なんだぞ。
 おばあさん 顧問官さん! お金より力のあるものが、この世にはあるのですよ。
 樞密顧問官 ふん、そういうのを革命思想というんだ。じゃあ、あんたの考えでいくと、金は何の価値もないというんだろう。そんな、金には価値がないなどと言っていてみろ。そのうち、裕福な人間、位の高い人間にも、何の価値もない、などと言いだすんだ・・・ そうか、どうあっても金は受け取らないと言うんだな。
 おばあさん 受け取りません。どんなに金を積まれても、売りません。
 樞密顧問官 ふん。と言うことは、つまり、あんたは・・・気違いばばあ・・・それが正体だ。
 ケイ(侮辱されて、ひどく憤慨する。樞密顧問官に飛び掛かる。)何言ってるんだ。お前なんか、お前なんか・・・出来損ないのじじいなんだ。それがお前の正体だ!
 おばあさん ケイ、ケイ。止めなさい。
 樞密顧問官 言ったな。凍らせてやる。
 ゲルダ 負けるもんですか。
 樞密顧問官 よーし・・・どうなるか、今に見ていろ。この儘ではおかんぞ。
 ケイ おばあさんのことは、みんなが尊敬しているんだ。それなのに、そのおばあさんにお前は(吠えかかる)・・・
 おばあさん ケイ!
 ケイ(やっとのこと自分を抑えて。)(犬と言うのを抑えて。)良くない人みたいに・・・
 樞密顧問官 よーし、これから私のすることを言うぞ。いいか。一、復讐してやる。二、すぐに復讐してやる。三、とことん復讐をしてやる。女王の国まで行って。いいか見ていろ。
(樞密顧問官、走って退場しようとする時、扉のところで語り手と突き当たる。)
 樞密顧問官(怒って。)ふん、お前か、語り手。皆の笑いものになっているお話の製造元か。こいつはみんなお前の悪戯(いたずら)なんだな。それならそれでいい。見ていろ、お前だってただじゃおかんぞ。
 語り手(慇懃に樞密顧問官に御辞儀をして。)スニップ・スナップ・スヌーッレ。プーッレ・バゼリューッレ。
 樞密顧問官 馬鹿馬鹿しい。(走って退場。)
 語り手 今日は、おばあさん。今日は、ケイにゲルダ。あの顧問官、君達を随分いじめたようだね。だけど気にしないで。あいつに出来る事なんか何もないんだ。ほら見てご覧。あんなに薔薇だって明るく僕達に頷いている。あれはこう言おうとしているんだよ。「みんなうまくいきますよ、私とみんな、みんなと私。私達、みんな大丈夫」って。
(樞密顧問官、山高帽に外套を着て、扉に現われる。)
樞密顧問官 そんなにうまくいくものか。はっはっは。
(語り手、樞密顧問官に飛び掛かる。樞密顧問官、逃げる。語り手、戻って来る。)
 語り手 もう大丈夫だよ、みんな。あいつ、行っちゃった。逃げちゃったんだ。もうあいつのことなんか忘れよう、な? ね、おばあさん。
 ゲルダ あの人、うちの薔薇を取って行こうとしたのよ。
 ケイ だけど僕達が守ったんだ。
 語り手 うーん、えらい、えらい。しかしその為に薬罐君の気を悪くさせてしまったね。(暖炉の方へ走る。)ほら、聞いて。薬罐が言ってる。「君達、僕のことを忘れてる。僕がいくらシューシュー言ったって、誰も聞いてもくれない。熱い、熱いよう。ちょっと触ってみてよ。」(語り手、火から薬罐を下ろそうとする。)おやおや、これは本当に触(さわ)れないや。(フロックコートの裾で薬罐を掴む。)
おばあさん (大きな声で。)ほら、また火傷(やけど)をしますよ。今タオルを持って来ますからね。
 語り手(傍白。フロックコートの裾で薬罐を支え、机のところまでやっと運びながら。)僕が連中の言葉を知っているもんだから、僕を仲間みたいに思っちゃって、ちっとも尊敬してくれない。(やっと机に薬罐を置く。)薬罐も、茶碗も、机も、椅子も、フロックコートもスリッパも。今朝だって、僕のスリッパが、突然いなくなっちゃったんだ。棚の下にいるのを見つけたんだけど、どうやらスリッパのやつ、古い靴磨き用のブラシと話がしたかったらしいんだな。それで話しこんじゃって・・・どうしたんだい、ケイ、ゲルダ。
 ゲルダ なんにも・・・
 語り手 何かあるみたいだ。どうしたの!
 ゲルダ じゃあ・・・言うわ。私、なんだか、ちょっと・・・怖いの。
 語り手 ああ、そうか、ちょっと怖いのか。君もかい? ケイ。
 ケイ 僕は怖くはないけど・・・ さっきあいつが言ってた・・・女王の国へ行くんだって。女王の国って何なの?
 語り手 雪の女王の国のことじゃないかな。二人はとても仲がいいんだ。雪の女王は、あいつに氷を卸してやっているくらいだからね。
 ゲルダ ああ、窓ガラスを叩いているのは誰?  私、怖くはないわ。でも教えて。窓ガラスを叩いているのは誰?
おばあさん ただの雪よ、ゲルダ。吹雪の音。
 ケイ 雪の女王なんか、この家に入って来てみろ。暖炉のところに坐らせて溶かしてやる。
 語り手(飛び上がる。)そうだとも、ケイ。(手を振ろうとして茶碗をひっくり返す。)あらあら、今度は・・・茶碗君、気をつけてくれよ。ケイ、そうなんだ。雪の女王は決してこの部屋に入れっこないんだ。暖かい心を持っている人には、女王は何も出来ないんだよ。
 ゲルダ 何処に住んでるの? 女王は。
 語り手 夏には、遠い遠い北の国。 冬になると、黒い雲に乗ってやって来て、空の高いところを飛び回っている。そして、夜遅くなって人が寝静まった頃、町に降りてきて、通りを走り回る。時には窓から覗き込む事があるんだよ。するとガラスに花の形をした模様が出来るんだ。
 ゲルダ おばあさん、ほら見て。窓に氷の模様。あの人、覗きに来たんじゃないかしら。
 ケイ 来たってどうせ、覗くだけで行っちゃったんだろ。
 ゲルダ 雪の女王って、見たことある? 先生は。
 語り手 あるよ。
 ゲルダ まあ。何時?
 語り手 もうずっと、ずっと、昔。まだ君達が生まれていない時の話だよ。
 ケイ 話して、話して。
 語り手 よーし。でもこの机からは離れた方がいいな。でないとまた何かひっくり返してしまう。(窓のところへ行き、窓の敷居にあった石盤とチョークを取る。)だけどお話の後は勉強だよ。ちゃんと宿題はやった?
 ゲルダ はい。
 ケイ ぜーんぶ、終。
 語り手 うーん、それではお話だ、ご褒美に。よし、いいかい?(最初は静かに、感情を抑えて。だんだんと調子が出てきて、両手を動かしながら。片手には石盤、片手にはチョークを持って、語る。)もう昔、ずっと以前のことだ。僕の母はここのおばあさんみたいに、他所(よそ)の家の手伝いに毎日出かけていた。みたいに、て言っても、おばあさんとは違って、「万能の手」は持っていなかった。とてもぶきっちょだったんだ。少し体も弱くて、僕みたいにおっちょこちょいだったんだな。だから仕事から帰るのはいつも遅かった。ある晩のこと、その日は普段よりももっと遅くなってしまった。僕は家で待っていた。暫くすると、蝋燭が燃え尽きて消えてしまう。すると心細くなってきたんだ。よし、良い機会だ、恐ろしいお話を作ってやろう、と思って、ちょっと文章を口に出して言ってみる。だけど口に出すと僕が恐ろしくなってね。家のランプは消えても、窓の外で古い街灯がついていて、部屋を照らしている。その照らしているのが、暗いのより、もっと悪いんだ。街灯が風で揺れて、部屋に影が出来る。その影が、小さい黒い小人に見えるんだ。それが飛んだり跳ねたり、部屋を走り回って、なんだか僕を狙っているように見える。薄気味悪くなって、マフラーを首に巻き付けて、走って部屋を出てしまった。外で待っていた方がいいや、ってね。通りはしんと静まりかえっている。冬特有のあの静けさ。僕はベンチに蹲(うずくま)って、さあ待っていよう、と思った。その時だ。突然風がヒューと鳴ったかと思うと、雪が落ちてきたんだ。落ちてきた・・・違うなあ、この言い方。だって、空からだけじゃないんだ。壁からも、地面からも、門からも、四方八方から雪なんだ。僕は驚いて、家に入ろうとした。だけど、扉のところに雪がひとひら、それがどんどんどんどん大きくなって、奇麗な女王様に変わったんだ。
 ケイ それが雪の女王だったの?
 ゲルダ 何を着ていたの?
 語り手 頭の天辺から爪先まで、白一色。手には大きな白いマフ。胸には、大きなダイヤが光っていた。「誰だ。」と僕は叫んだ。「私は雪の女王。坊や、私の家へ来るかい? 怖がるんじゃない、私にキスするんだ、坊や。」僕は跳び退(すさ)った。
(語り手、両手を振り回す。石盤を窓ガラスに打ち当ててしまう。窓ガラス割れ、ランプが消える。音楽。割れた窓から、白い雪が入り込んでくる。)
 おばあさんの声 ケイ、ゲルダ。落ち着いて。
語り手 ご免。僕がいけなかった。今、灯(ひ)をつけるからね。
(光が急に燃え上がる。四人、叫び声を上げる。部屋の中に奇麗な女性が立っている。全身白づくめ。両手に白い大きなマフ。胸に銀の鎖。その先にダイヤが光っている。)
 ケイ 誰だ。
 ゲルダ 貴女、誰?
(語り手、口を開こうとする。が、女、片手でそれを止める合図をする。語り手、跳び退き、黙る。)
 女 ご免なさい。私、ノックはしたの。でも誰も聞こえなかったようね。
 ゲルダ おばあさんが、「あれは雪の音」って言ったから・・・
 女 あの時じゃない。ノックしたのは、丁度灯が消えた時。お前達を驚かせてしまったかな?
 ケイ 驚いたりするもんか。ぜーんぜん。
 女 勇敢な子。頼もしいねえ。おばあさん、今日は。
 おばあさん 今日は、エート・・・
 女 男爵夫人。そう呼んで。
 おばあさん 今日は、男爵夫人様。どうぞ、お坐り下さい。
 女 有難う。(坐る。)
 おばあさん 今窓に座布団をあてますからね。ひどい吹きぶり。(窓を塞ごうとする。)
 女 いいの。そのまま。私は大丈夫。話したいことがあってやって来たのです。お前の噂を聞きました。噂では、お前は大変良い人だそうだ。働き者で、礼儀に篤く、優しい。しかし貧乏だとか。
 おばあさん 男爵夫人様。まづお茶でも・・・
 女 何を言う。茶などいらない。あんな熱いもの。そんなに貧乏なのに、噂ではお前は、孤児を養っているとか。
 ケイ 僕は捨て子じゃない!
 おばあさん この子の言う通りですわ。男爵夫人様。
 女 でも噂では、女の子はお前の孫娘。だけど、男の子は・・・
 おばあさん そう。この子は孫ではありません。両親が亡くなった時、まだ一歳に満たなかったのです。天涯孤独になったこの子を私が引き取ったのです。あの子はこの手で育てました。血を分けたものと同様ですわ。私の死んだ子供達とか、この孫娘のゲルダと同じ・・・
 女 お前のその感情は見上げたものね。しかし、お前はもう年寄、何時死ぬか分からない身だ。
 ケイ おばあさんは年寄じゃない。
 ゲルダ おばあさんは死なないわ。
 女 お黙り。私が話をしている時は誰にも口は出させない。分かったね。さてと、この男の子は連れて行きます。
 ケイ 何だって?
 女 私はたった一人。金持ちです。子供はいない。この子は私の息子の替わりです。勿論いいと言ってくれるね。皆の為になることなんだから。
 ケイ おばあさん、おばあさん。僕を出さないで。お願い。僕はこの人、嫌いなんだ。僕はおばあさんが好きなんだよ。おばあさんは薔薇の花だって人に渡すの断ったじゃないか。僕は人の子なんだよ。(他人に渡しちゃ厭だよ。)この人が僕を連れて行ったら僕は死ぬんだ・・・生活するのが苦しいのなら、僕は新聞売りをやる。水運びを手伝う。雪かきもやるよ・・・こうすればお金が貰えるんだから。それからおばあさんが本当に年寄になったら僕、柔らかい肘掛け椅子を買ってあげる。眼鏡も、面白い本も。だからおばあさんは坐って、ゆっくりして、本を読んでいればいいんだ。僕とゲルダがおばあさんの世話をするよ。
 ゲルダ おばあさん、おばあさん。ケイの言うこと、本当よ。この人に渡さないで。お願い!
 おばあさん(訳註 この時までに、おばあさん、涙を出している。)何を言っているの、お前達。勿論、どんなことがあっても、ケイを手放したりはしないよ。
 ケイ そら見ろ。
 女 そんなに慌てることはない。よく考えるんだ、ケイ。大きな宮殿に住むんだ。何百という家来達が、お前の言うがままに動いてくれる。そこには・・・
 ケイ そこには、ゲルダはいないや。おばあさんもいないや。そんなところへ行くもんか。
 語り手 えらいぞ、ケイ・・・
 女 黙りなさい! (片手で言葉を禁ずる動作。)
(語り手、一歩退く。)
 おばあさん 申し訳ありませんけど、男爵夫人様、この子の言う通りです。どうして手放すことが出来ましょう。この手で育てたのですわ。この子が物心ついて、最初に口から出た言葉、それは、「燃える」でしたわ。
 女(身震いする。)「燃える」?
 おばあさん 最初にここから這い出して行ったところ、それは暖炉でしたわ。
 女(身震いする。)暖炉?
 おばあさん この子が病気の時、私は泣きました。病気が治ると、それはほっとしたものです。時々は勿論悪戯(いたづら)をしたり、私に悲しい思いをさせることもありますが、喜ばせてくれることの方がずっと多いのです。でも大抵はお利口さんでした。これは私の子供ですわ。手放すことは出来ませんわ。
 ゲルダ ケイがいないこの家なんて、考えられもしないわ。
 女(立ち上がる。)そうかい。それならそれでいいだろう。なかなか立派な考えだからね。お前がその方がいいと言うのなら、ここにいるがいい。しかし、お別れのキスぐらい、挨拶なんだ、私にしておくれ。
(語り手、一歩踏み出す。女、「それは禁ずる」という動作をする。)
 女 どうだい? ケイ。
 ケイ 厭だ。
 女 ああ、そうかい。お前は勇気のある子供だと始めは思っていたんだがね。結局、臆病者か!
 ケイ 僕は臆病じゃない。
 女 じゃあ、お別れのキスは?
 ゲルダ しちゃ駄目よ、ケイ。
 ケイ だけど僕はこんな人のことを怖がっているなんて思われるのは厭なんだ。(勇敢に女に近づき、爪先立ちになって、唇を上に向ける。)さようなら!
 女 えらいわ!(ケイにキスする。)
(舞台裏で、キーンという音。風の音。雪が窓にあたる。)
 女(笑う。)じゃ、さらばだ、お前達。ケイ、お前にはまたすぐ会うことになろう。(素早く退場。)
 語り手 なんという恐ろしさだ。そう。あれ、あれが雪の女王なんだ。
 おばあさん もうお話は沢山。
 ケイ はっはっは。
 ゲルダ どうしたの、ケイ。何がおかしいの?
 ケイ はっはっは。見てご覧。あの薔薇、しおれてる。馬鹿な薔薇だ。それになんて品のない花なんだ。吐き気がしちゃう。(花を一つもぎ取って、床に投げ付ける。)
 おばあさん ああ、薔薇の花がしおれちゃった! 可哀相に。何てこと!(薔薇に駆け寄る。)
 ケイ ばあちゃんのあの歩き方、よたよた、よたよた。ばあちゃんでもないや、あれは。家鴨(あひる)だ。
(歩き方を真似る。)
 ゲルダ ケイ! ケイ!
 ケイ うるさいな。止めないと、お下げを引き抜いてやる。
 おばあさん ケイ! 本当にお前、ケイなの? 違う子供じゃないの?
 ケイ 三人で暮らすなんてもううんざりだ。こんな犬小屋みたいなところに三人!
 おばあさん ケイ、お前、どうしたの?
 語り手 雪の女王だ。あれが・・・あの女が・・・
 ゲルダ どうして教えて下さらなかったの。
 語り手 出来なかったんだ。僕の方に手を伸ばしたろう? 頭の天辺から爪先まで、寒さでしびれてしまって。舌も動かなくなったんだ。
 ケイ 馬鹿馬鹿しい。
 ゲルダ ケイ、お前、あの顧問官みたいな口をきいて。
 ケイ それは嬉しいや。褒めたんだろう?
 おばあさん ケイ、ゲルダ。もう遅いから、寝なさい。眠くて機嫌が悪くなっているの。いいですか、すぐ顔を洗って、寝るんです。
 ゲルダ おばあさん・・・私、ケイがどうなっちゃったのか、それが心配なの。
 ケイ 僕はもう寝ようっと。やーい、やーい。泣き虫。泣くとよけいブスにならあ。
 ゲルダ おばあさん・・・
 語り手(二人を追い出す。)さあ、寝た、寝た。(おばあさんの方へ駆け寄る。)おばあさん、ケイに起こったこと、分かりますね。僕は母にあの後、雪の女王が僕にキスしようとした話をしたんです。母は言いました。「キスを許さなくてよかった。あの女王にキスしたものは誰でも、心が凍えて氷のかけらに変わってしまう。」と。今ケイの心は氷になっているんですよ。
 おばあさん そんなことはありません。明日になればあの子はすっかり治って、今まで通り、優しい明るい子供になっています。
 語り手 あぶないな。ああ、こうなろうとは全然思っていなかった。どうしたらいいだろう。これからどうなるんだ。いや、雪の女王め。お前なんかにケイを渡すものか。ケイを助けるんだ。助けるぞ。必ず助けてみせる。(窓の外の吹雪の音、厳しく、強くなる。)
 語り手 そんな事では驚かないぞ。吹け、鳴れ、歌え、窓を叩け。僕らは立ち向かうぞ、お前に。雪の女王に!
                    (幕)

     第 二 幕
(幕の前に石がある。ゲルダ、ひどく疲れた様子で、ゆっくり出て来て、その石に坐る。)
 ゲルダ ああ、今やっと分かったわ。たった一人ってどういうことか。「ゲルダ、何か食べる?」って言ってくれる人がいない。「ゲルダ、額を出してみて。熱があるかどうか見て上げる。」って言ってくれない。「どうしたの、ゲルダ。今日は随分塞いでいるわね。」と、誰も言ってくれない。人に出会えば気持ちが楽になるわ。どうしたのって聞いてくれたり、ちょっと話をしてくれたり、食物を恵んでくれたりするけど、だけどここでは、人が誰もいない。 夜明けからずっと歩いているんだけど、まだ誰とも会っていない。ところどころに家はあるわ。だけど、みんな鍵がかかっている。庭に入ってみる・・・でも誰もいない。庭にもいなければ、野菜畑にもいない。あの広い麦畑にも、誰も働いていない。これ、どういうことかしら。みんな何処へ行ってしまったの?
 からす(幕の切り口から登場。アールとエルを不明瞭に、烏らしく、こもって発音する。又はフランス語風に咽の音で発音する。)今日は、お嬢さん。
 ゲルダ 今日は、おじさん。
 からす ちょっと聞くがね。君は私に棒を投げ付ける?
 ゲルダ そんな! そんな事はしませんわ、私。
 からす はっはっは。そいつは嬉しい。なら、石は?
 ゲルダ そんな!
 からす はっはっは。じゃ、煉瓦は?
 ゲルダ いいえ、とんでもない、そんなこと。
 からす はっはっは、貴殿の拙者に対するお心配り、恐懼仕り候。いいだろう? この話し方。
 ゲルダ 奇麗ですわ。
 からす はっはっは。これはな、私が王様の宮殿の庭で育ったからなんだ。だからこれでも私は宮廷がらすなんだ。そして、私の許婚者、彼女も生粋(きっすい)の宮廷がらすだぞ。なにしろ宮殿の台所の残り物を食べているんだからな。君はここの人じゃないね、きっと。
 ゲルダ ええ。遠くから来たの。
 からす わたしゃすぐ分かったよ、遠くから来たっていうの。ここらへんの者なら、どの家も留守になっている理由は知っている筈だからね。
 ゲルダ どうして留守になっているの、おじさん。何か悪い事でもあったんですか。
 からす はっはっは。 逆、逆。いい事でね。お城を上げて大騒ぎ。だからここらの人も総出でお祝いさ。だけど、あんた、悲しそうだね。何かあったの? 話してご覧。私はね、良いからすなんだ。助けになってやれるかもしれん。
 ゲルダ 私、弟を捜しているの。いなくなったのよ。
 からす 弟? 話して、話して。面白そうじゃないか。
 ゲルダ 本当の弟じゃないんだけど、一緒に育てられたの、その子と。私達三人・・・もう一人はおばあちゃんなんだけど・・・とても仲良く暮らしていたの。ある時・・・去年の冬のこと・・・あの子は橇(そり)を持って町の広場に行ったの。そして、自分の橇を大きな橇に結んだの。子供達はよくやるの。速く滑られるでしょう? その大きな橇には、白い帽子を被った男の人が乗っていて、その子が橇を結び付けたのを見届けるとすぐ、馬に鞭を入れたの。橇は走りだした。恐ろしい勢いで走りだしたのよ。小さなそりを後ろに引っ張って。それ以来、だーれもその男の子を見たものはいないの。その子の名は・・・
 からす ケイ・・・カアー、カアー。
 ゲルダ どうして知ってるの? その子の名がケイだって。
 からす そして、あんたの名前はゲルダ。
 ゲルダ そう。私の名はゲルダ。でもどうして・・・
 からす 親戚にかささぎがいてね、ひどいおしゃべりなんだ。だからこの世で起こったことは何でも知ってる。次から次とニュースが入って来るんだ。だからお前さん達の話も知っているのさ。
 ゲルダ(叫ぶ。)ということは、ケイが今どこにいるか、も知ってるのね。 教えて・・・どうして黙ってるの?
 からす カアー、カアー。 四十日間ぶっ続けに情報を整理して、推論して、考えたんだ。ケイはどこだ、ってね。だけど分からなかった。
 ゲルダ(坐る。)私達も。ひと冬、ケイのことを待ったの。春になって私、捜しに家を出た。おばあさんはまだ寝ていた。お別れのキスをこっそりしてね。で、今捜してるの。可哀相なおばあさん。きっと今一人で、淋しがってるわ。
 からす そう。かささぎが言ってた。君のおばあさん、淋しがってたって。ひどく悲しそうだったって。
 ゲルダ その間私、無駄に時間を過ごしたわ。この夏中捜して捜して・・・でもケイのことを知っている人は、誰もいなかった。
 からす しーっ。
 ゲルダ どうしたの?
 からす ちょっと静かにして。そうだ、やっぱりこっちに飛んでくる。彼女の飛び方は音で分かるんだ。さあゲルダ、今私の許婚者(いいなずけ)が来るからね。宮廷がらすの私の許婚者。紹介しよう。君に会えて喜ぶぞ、あれは。ほーら来た。
(からす(めす)、登場。おすのからすによく似ている。宮廷式の挨拶を長々と交わす。)
 からす(めす)ご機嫌よう、カールル。
 からす(おす)ご機嫌よう、クラーラ。
 からす(めす)ご機嫌よう、カールル。
 からす(おす)ご機嫌よう、クラーラ。
 からす (めす)ご機嫌よう、カールル。とても面白いニュースがあるのよ。驚いて嘴(くちばし)あんぐりになるわよ、あなた。
 からす(おす)はやく話してくれよ、はやく。
 からす(めす)ケイが見つかったの!
 ゲルダ(叫ぶ。)ケイが? 嘘じゃないでしょうね。何処にいるの、ケイは? どこ?
 からす(めす)(飛び退く。)びっくりした! 誰? あんた。
 からす(おす)大丈夫だよ、クラーラ。紹介しよう。これがゲルダ。
 からす(めす)ゲルダ! これ、どういうこと?(儀式ばって御辞儀。)始めまして、ゲルダちゃん。
 ゲルダ 御辞儀なんかしてる暇ないわ。お願い。何処にいるの、ケイは。どうなったの? 生きてるの? 誰が見つけたの?
(二羽のからす、暫くの間、からす語で何かしきりに話す。それから二羽、ゲルダの方を向く。二羽、お互いを
遮りながら話す。 (訳註 すらすらとやるらしい。))
 からす(めす)ひとつき・・・
 からす(おす)・・・まえ・・・
 からす(めす)・・・王様の・・・
 からす(おす)・・・娘の・・・
 からす(めす)・・・王女様が・・・
 からす(おす)・・・王様の・・・
 からす(めす)・・・ところへ・・・
 からす(おす)・・・やって・・・
 からす(めす)・・・来て・・・
 からす(おす)・・・言いました。
 からす(めす)パパ・・・
 からす(おす)・・・わたし・・・
 からす(めす)・・・ひどく・・・
 からす(おす)・・・つまらないの・・・
 からす(めす)・・・お友達・・・
 からす(おす)・・・私のこと・・・
 からす(めす)・・・怖がるの。
 からす(おす)わたし・・・
 からす(めす)・・・誰も・・・
 からす(おす)・・・一緒に・・・
 からす(めす)・・・遊ぶ人・・・
 からす(おす)・・・いないの。
 ゲルダ ご免なさい、口を挟んで。でも、どうして王女様の話なんかになるの?
 からす(おす)だってゲルダ、ここから話さないと、きっと何も分からないよ。
(話が続く。一語一語交替に、前述と同じ話し方を続ける。間を切らず、まるで一人の人間が話しているように 聞こえる。)
からす(おすとめす。コーラス。)わたし、誰も一緒に遊ぶ人、いないの。と、王女は王様に言いました。ゲームをしても、みんなわざと負けるし、鬼ごっこで私が鬼になると、みんなすぐ捕まっちゃう。私つまらない。死にそう。・・・よし、分かった、と王様は言いました。お前にお婿さんを見つけてやろう。・・・婿候補を沢山集めてお見合いをさせて。・・・と王女は言いました。・・・私を見てもびくびくしない人でないと厭だもの。お見合いの日になった。宮殿に入ると、みんながびくびくした。ただ一人、びくともしない男の子がいた。
 ゲルダ(嬉しそうに。)それがケイだったのね。
 からす(おす)そう。それがケイだった。
 からす(めす)他の子達は、魚みたいに黙っちゃって、びくびくしていた。だけどケイは、ちゃんと王女様を相手に話をしたの。
 ゲルダ それはそうよ。ケイはえらいんだから。足し算だって、引き算だって、掛け算、割り算、それに分数だって出来るのよ。
 からす(おす)それで王女様は、ケイに決めた。王様はケイに王子の称号と国の半分を与えた。だからこのあたり一帯、全員を呼んで、宴会をしたんだよ。
 ゲルダ でも本当にそれ、ケイ? だって、あの子、まだほんの子供なのよ。
 からす(めす)王女様も、ほんの子供よ。だけど、王女っていうのは、その気になったらいつでも、お婿さんをとることが出来るの。
 からす(おす)ケイはあんたのことも、おばあさんのことも、忘れちゃってるんだ。悲しくはないかい? かささぎが言ってたけど、最近ケイは君にもおばあさんにも酷い口をきいてたってね。
 ゲルダ あったわ。でも気にしてないわ。
 からす(めす)ケイがあんたと話したくないって言ったら?
 ゲルダ 大丈夫。話させるようにするから。おばあさんに手紙を書かせるの。「僕は大丈夫。元気だ。」って。それで私は帰るわ。さあ一緒に行きましょう。ケイが雪の女王のところにいなくて、本当によかった。さあ、お城に行きましょう。
 からす(めす)心配だわ。あんたは入れて貰えないんじゃないかしら。だって、なんて言ったって、お城はお城なんだし、あんたは子供でしょう? どうする? 私も本当は子供が好きじゃないの。「からす、何故なくの。からすの勝手でしょ。」なんて言ったりするもの。でもあんたは違うわ。そう、あんたはいい子だわ。気に入ったわ。行きましょう、一緒に。お城の小道、抜け道、みんな知ってるんだから。夜になって忍び込みましょう。
 ゲルダ でも本当? その子がケイっていう話?
 からす(めす)ケイなんだったら。今日だって私、聞いたのよ。王女様が大声で言っているのを。「ケイ、ケイ。こっちへいらっしゃい。」って。あんた、夜中に忍び込むのが怖いんじゃないの?
 ゲルダ 怖くなんかないわ!
 からす(めす)じゃあ・・・しゅっぱーつ。
 からす(おす)エイ、エイ、オー。信頼、勇気、友情(ゆうじょおー)!
 からす(めす)邪魔する奴は、ふっとばせー。エイ、エイ、オー。
(三人、退場。雨がっぱにくるまった男が、その後をつける。(訳註 これは樞密顧問官。)その後をまた男がつける。(訳註 これは語り手。))
(幕が開く。宮殿の広間。床、奥の壁、天井の丁度真ん中を、チョークで線が引いてある。部屋全体が黒っぽい仕上げになっているので、ひどく目立つ。部屋は薄暗い。扉が音もなく開き、からす(めす)登場。)
 からす(めす)(小さな声で。)カールル、カールル。
 からす(おす)(舞台裏で。)クラーラ、クラーラ。
 からす(めす)何をびくびくしてるの。こっち。ここには誰もいないわ。
(ゲルダとからす(おす)、静かに登場。)
 からす(めす)気をつけて。気をつけて。右側だけよ。線のこっち。線のこっち側。
 ゲルダ ねえ、教えて。どうしてこんな線が部屋の真ん中に引いてあるの。
 からす(めす)王様が王子様に財産の半分を譲ったの。だから宮殿の部屋も全部、正確に半分づつ分けたの。右側は王子と王女の。左側は、王様のもの。右側だけを歩くのよ。その方がお利口なんだから・・・さあ、しゅっぱーつ!
(ゲルダとからす(おす)、進む。突然低い音で音楽。ゲルダ、立ち止る。)
 ゲルダ 何? あの音楽。
 からす(めす)あれは宮廷の女の人達の夢。舞踏会で踊っている夢を見ているの。
(音楽が消えて、馬の蹄の音。遠くから叫ぶ声、「かかれー! かかれー! 捕まえろ。やれ、やれ。」が、聞こえる。)
 ゲルダ 何? あの声。
 からす(めす)ああ、あれは騎士達が夢を見ているの。狩で鹿を追いかけているところ。
(明るい陽気な音楽が響く。)
 ゲルダ 今度は?
 からす(めす)地下牢で苦しんでいる囚人達の夢。牢屋から出られたっていう夢ね。
 からす(おす)どうしたの、ゲルダちゃん。まっさおになって。
 ゲルダ 違うわ。あおくなんかないわ、本当。でも自分でも何故か分からないんだけど、何か胸騒ぎがするの。
 からす(めす)それは当たり前。ちゃんと理由があるわ。このお城、建って五百年も経つ。その間にどんなに恐ろしい、どんなに悪いことが、ここで行われたか・・・ここで処刑もしたのよ。一刀のもとに切り捨てられたり、首を締められたりした人達。
 ゲルダ 本当にケイがここに住んでいるのかしら、この恐ろしいお城に。
 からす(めす)さあ、行きましょう。
 ゲルダ ええ。
(蹄の音。それに鈴の音がする。)
 ゲルダ あれは何?
 からす(めす)何かしら、これは。
(音が近くなる。)
 からす(おす)ねえ、クラーラ、逃げた方がお利口だと、思わないかい?
 からす(めす) 隠れましょう。
(三人が壁に掛かっているカーテンの後ろに隠れる。やっと隠れた時に、扉、ガラガラと開き、二人の下僕が、 駆け足で部屋に登場。二人の手には蝋燭をつけたカンテラ。二人の下僕の間に、王子と王女。彼らは「乗馬」の遊びをしている。王子が馬になっている。彼の胸には、おもちゃの馬具の鈴が光っている。自分の領分の、部屋の半分を跳んだりはねたり、走ったりする。下僕達、泰然自若の顔つきで、大枝のような燭台で二人を照らし、二歩と間隔をおかず、二人の後をついて歩く。)
 王子(立ち止る。)あーあ、 もう終だ。馬になるの、飽きちゃったよ。他の遊びをしよう。
 王女 じゃ、かくれんぼ?
 王子 いいよ。君が隠れたらいい。よし、百まで数えるからな。(向きを変え、数え始める。)
(王女、部屋を走り、隠れる場所を捜す。下僕二人、燭台を持ちその後に続く。王女、ゲルダとからすが隠れているカーテンのところで立ち止る。カーテンを引き開ける。王女ゲルダとからすを見る。ゲルダ、激しく泣いている。からす二羽は、小さく蹲っている。王女、金切声をあげ、離れる。下僕二人、王女の後を行く。)
 王子(振り返って。)どうしたの? ねずみ?
 王女 ねずみより、もっと悪い。女の子がいるの。それにからすが二羽。
 王子 馬鹿な!(カーテンの方へ行く。)
(ゲルダ、涙を拭き、王子の方へ進み出る。ゲルダの後ろに相変らずペコペコ御辞儀をし続けながら、からす二羽、ついて出て来る。)
 王子 どうやって君、ここへ来たの? 君の顔、なかなか立派だよ。どうして僕らから隠れたりしたの?
 ゲルダ とっくに出ていたところだったわ・・・でも私、涙が出ていた・・・私、泣いているところを人に見られるの、嫌なの。私、泣き虫じゃないの、本当よ!
 王子 分かってる、分かってる。さあ君、言ってごらん。何があったの。さあ、・・・話してごらん。心を開いて、率直に。(下僕に。)明かりをそこにおいて。もういい。
(下僕、退場。)
 王子 さあ、僕らだけだ。言ってご覧よ!
(ゲルダ、静かに泣いている。)
 王子 君、僕がね、普通の、そこいらに転がっている男の子だと思っちゃいけないよ。僕はね、村で羊飼をやっていたんだ。それが王子になれたのはね、僕が怖いもの知らずだからなんだよ。いろんな酷いことを経験したからね。みんなは、上の兄貴達が偉くって、僕のことは馬鹿だと思っていた。本当は逆だったんだけどね。 だからね、だから・・・ああ、エルザ、君が話した方がいいや、この子に優しく話しかけてやって。
 王女(優しく微笑んで。重々しく。)おお、苦しうないぞ、娘ご・・・
 王子 なんだ、まるで王様じゃないか。ここには僕らだけしかいないんだぜ・・・
 王女 ご免なさい。ついうっかり・・・ね、あなた、話して、お願い。どうしてこんなところへ? どうして泣いたりしてるの?
 ゲルダ あのカーテンの後ろに隠れていたの。そしたら、カーテンに穴が開いていて・・・
 王子 うん、穴がね。それで・・・?
 ゲルダ その穴から、あなたの・・・王子様の・・・顔が見えたの。
 王子 それで泣いたって言うの?
 ゲルダ ええ。だって・・・だって、あなた、ケイじゃないんだもの。
 王子 勿論違うさ。僕はクラウスと言うんだ。どうして君、僕のことをケイだなんて思ったんだい?
 からす(めす)ちょっと口を挟みます。お許し下さい、王子様。私は王女様が(身振りで王女を差す。(訳註 日本語では、これは不要。ロシア語では、王女様とはっきり言えない。その為身振りが必要。))王子様を「ケイ」とお呼びになったのを確かに聞きましたのでございます。
 王子(王女に。)そうかな。そんなことがあったか?
 王女 お昼のあとよ。ほら、最初は「ママと娘」をやったでしょう? 私が娘であなたがママ。それから「狼と七匹の子山羊」をやったでしょう? あなたが七匹の子山羊だったのよ。で、キンキン声で叫んだじゃない。そしたら、私のパパ・・・王様がお昼寝していて、ベッドから落ちちゃった。憶えてる?
 王子 そうか。それで?
 王女 その後は、静かに遊びなさいって言われたもんだから、私、あなたに、ゲルダとケイの話をしてあげたの。その話はからすが台所でしょっちゅうやっていたもの。それから二人で「ゲルダとケイ」をやったの。それで私、あなたをケイって呼んだ・・・
 王子 成程・・・で、君は誰なの?
 ゲルダ 私、そのゲルダなの。
 王子 ええっ、本当?(部屋の中をあちこち歩きまわる。)そうか、そりゃ可哀相だ。
 ゲルダ あなたがケイだったら・・・よかったのに。
 王子 そいつは嬉しくないや。・・・で、事態がこうなって・・・君、これからどうする積もり? ゲルダ。
 ゲルダ またケイを捜しに行くわ、王子様。見つかるまで。
 王子 偉いぞ。いいかい? もう君、僕のことをただクラウスって呼んでいいよ。
 王女 そして私をエルザって。
 王子 君僕、で話そう。
 王女 私も。
 ゲルダ いいわ。
 王子 なあ、エルザ、ゲルダの為に僕ら、何かしてやらなくちゃ。
 王女 そうね。勲章を授与しましょうか。肩から掛ける青い勲章? それとも、刀だの、リボンだの、鈴だのがついたガーター勲章?
 王子 そんなもの何の役にも立たないよ。ゲルダ、君、これからどっちの方へ行くの?
 ゲルダ 北の方。やっぱり私、雪の女王だと思ってるの、ケイを連れて行ったのは。
 王子 へえー、君、雪の女王のところまで行こうと思ってるの? 随分遠いんだよ。
 ゲルダ 他にしようがないわ。
 王子 分かった、どうすればいいか。ゲルダに馬車をやるんだ。
 からす(二羽)馬車? それはいい。
 王子 それに栗毛の馬四頭。
 からす(二羽)栗毛? からすの色。それはいい。
 王子 それからエルザ、君は毛皮外套、帽子、マフ、手袋、それに毛のブーツを贈るんだ。
 王女 気にしないでいいのよ、ゲルダ。惜しいことなんかないのよ。私、毛皮外套だけでも四百八十九枚持っているんだから。
 王子 さあ、これでもう君は寝かせてあげよう。朝早く出かけるんだ。
 ゲルダ 駄目駄目。寝かせるのだけは止めて。私、本当に急いでるの。
 王女 分かるわ、ゲルダ。私もよ。人が寝かせるって言うと、もう嫌でたまらないの。だから私、国の半分を受け取った時、その半分の中から、家庭教師をすぐ首にしたわ。私、もうすぐ十二歳になるし、もう寝なくったっていいの。
 王子 だけどこの子、疲れているんだよ。
 ゲルダ 馬車の中で私、ちゃんと眠るわ。
 王子 それならそれでいい。
 ゲルダ 終わったら必ず返すわ。馬車も、外套も、手袋も・・・
 王子 そんなの、返さなくていいんだよ。 からす君、君達、今すぐ馬小屋へ飛んで行って、僕の命令だと言って、栗毛の馬四頭を馬車に繋(つな)ぐよう命じてくれ。
 王女 金色の馬車にね。
 ゲルダ 金色? いいの、そんなの。普通ので。
 王女 あれこれ言わないの。金色がいいの。その方がずっと奇麗なんだから。
(からす(二羽)、退場。)
 王子 じゃあ僕らは衣装部屋に行って、外套を持ってくるからね。君はここで待っていて。(ゲルダを肘掛け椅子に坐らせる。)これでよし、と。君、一人で怖くない?
 ゲルダ 怖くないわ。有難う。
 王子 ただね、王様の方の領分に行っちゃいけないよ。僕らのところにいる限り、君のこと、指一本触(ふ)れる奴はいないんだからね。
 王女 そうよ。まもなく夜中の十二時ね。十二時になると、この部屋によく、私の、ひい、ひい、ひい、ひい、ひいおじいさんの幽霊が出て来るの。エーリック三世絶望王よ。この人、三百年前に、自分の叔母さんを斬り殺したの。それ以来、どうしても成仏出来ないでいるの。
 王子 でもその人のこと、見ても見ぬふりしなくちゃいけないよ。
 王女 この燭台を置いて置くわ。(両手を打つ。)
(二人の下僕、登場。)
 王女 灯(あかり)を!
(二人の下僕、退場。すぐ新しい燭台二つを持って登場。)
 王子 いいね、ゲルダ。怖がらないんだよ。
 王女 私達、すぐ帰って来ますからね。
 ゲルダ 有難う、エルザ。有難う、クラウス。(いい人達なのね、お二人とも。)
(王子と王女、走って退場。二人の下僕、後に従う。)
 ゲルダ だけどやっぱり私、お城なんてもう懲りごり。古くって、背中がぞくぞくしてくるわ。
(大きな鈍い音。時計が鳴ったのである。)
 ゲルダ 十二時・・・ひいひい、ひいひい、ひいおじいさんが出て来たらどうしよう。出て来たら、それはそれで仕方ないけど。でも嫌だわ、すごく。何を話したらいいのかしら。あ、足音がする。出て来るわ。
(扉がさっと開く。入って来たのは、背の高い、威厳のある堂々たる男。貂(てん)のマントと王冠をつけている。)
 ゲルダ(神妙に御辞儀をして。)始めまして、ひいひい、ひいひい、ひいおじいさん。
 男(少しの間、頭を後ろに倒して、 見下すようにゲルダを見る。)何だ? 何だと?
 ゲルダ ああ、どうか怒らないで、お願い。私が悪いんじゃないのよ。あなたがご自分の叔母さんをころ・・・叔母さんと喧嘩をしたからって・・・
 男 どうやら君は、この私をエーリック三世絶望王と間違えているようだな。
 ゲルダ あら、違うんですの?
 男 違う! ここにましますは、エーリック二十九世だ。分かったか。
 ゲルダ それで、誰を殺したんですか。
 男 何だと。私をからかっておるのか。いいか、よく聞け。私が怒ると、このマントの毛皮まで逆立って、怒髪天をつくという状態になるのだ。
 ゲルダ ご免なさい。私失礼なこと、言ったのかしら。でも私、今まで一度も幽霊に会ったことがないので、どういうお話をしたらいいか、分からないの。
 男 私は幽霊ではない。
 ゲルダ じゃあ、誰?
 男 私は王様だ。王女エルザの父親なのだ。私に話す時には、「陛下」と呼ばねばならんぞ。
 ゲルダ すみません、陛下。私、人違いでしたわ。
 王 人違い? 厚かましい子供だ。(坐る。)今何時か、分かるかな。
 ゲルダ 十二時ですわ、陛下。
 王 そうか、そうか。十二時か。医師団に十時には寝ろと言われているんだ・・・畜生、お前のせいだ。
 ゲルダ 何か、私が・・・
 王 いや、別にたいした事では。こっちへ来い。そうしたら話してやる。
(ゲルダ、二、三歩前へ進み、立ち止る。)
 王 さあ、来るんだ。何をやっている。私を待たせるなどと。けしからん。早くしろ。
 ゲルダ ご免なさい、陛下。でも私、行かないわ。
 王 何故。
 ゲルダ 友達に言われたの。王女様の領分からは出てはいけませんよって。
 王 城中に響くような声で怒鳴られたいのか。こっちへ来い。
 ゲルダ 行きません。
 王 来いと言っているんだ。
 ゲルダ 行かないと言っています。
 王 こっちへ来い! このあまっ子!
 ゲルダ どうぞ、陛下、私に怒鳴ったりなさらないで。私、ここへ来るまでに、もううんと怖い目に会っているんですの。ですから、王様でもちっとも怖くない。それどころか、なんだか腹が立って来たくらいですわ。真夜中に、知らない国の知らない道をとぼとぼ、とぼとぼ、歩かなければならない。そんな目に会ったことおあり? 私はそうだった。茂みで何かが、恐ろしい声で吠えている。草むらでかっかっと脅すような声がする。空には月。まっ黄色。まるで卵の黄身。何もかも自分の家とは大違い。それなのに一人で、とぼとぼ、とぼとぼ。こんな事を経験したのに、私がどうして、部屋の中で怖かったりするでしょう。
 王 ははあ、成程。怖くないか。分かった。じゃあ、和議を結ぼう。さあ、握手だ。怖がることはない!
 ゲルダ 怖くなんかないわ。(王に手を差し出す。)
(王、ゲルダを捕まえ、自分の領分に引っ張る。)
 王 おい、衛兵!
(扉、さっと開く。二人の衛兵、部屋に入る。必死のあがきでゲルダ、王を払いのけ、王女の領分に走り帰る。)
 ゲルダ 詐欺だわ。いんちきよ・・・
 王(衛兵達に。)何をぼんやりつっ立って、聞いとるんだ。下がれ!
(衛兵達、退場。)
 王 なんということをするんだ、お前は。臣下のいる前で、私に怒鳴ったり・・・この私を。この私を一体何だと思っとる・・・朕の顔をよく見ろ。王なんだぞ、私は。
 ゲルダ 陛下、どうして私に構うのですか。教えて下さい。私、誰にも、何にもしていません。私にどうしろと仰るのですか。
 王 王女が、寝ている私を起こして言った。「ゲルダが来たのよ。」お前の話は宮殿中に知れわたっている。私はお前に会ってみたかった。話がしてみたかった。いろいろ訊いてみたかった。だから下りて来たのだ。しかしお前はいっかな、こちらの領分に来てはくれない。勿論私は気分を悪くした。腹を立てた。いくら王様でも、心はあるんだ。分かるな、ゲルダ。
 ゲルダ ご免なさい。でも私、王様を怒らせようなんてちっとも思わなかった。
 王 よし、この話はこれで終だ。分かった。今はもう私は落ち着いた。失礼して、寝ることにする。
 ゲルダ お休みなさい、陛下。私のことを、もう怒らないで・・・
 王 何を言う。私は怒ってなどいない・・・この言葉は王の誓言(せいごん)だ。私は嘘は言わん。本当の言葉だ。えー、お前はケイという名の男の子を捜しているんだな。
 ゲルダ はい、捜しています。
 王 その捜索に私も手を貸そう。(指から指輪を外す。)これは魔法の指輪だ。これをはめると捜し物がすぐ分かる。人でも物でも、たちどころにだ。分かるな?
 ゲルダ ええ、陛下。
 王 この指輪をお前に与えることにしよう。さあ、取るがいい。あ? どうした。ははーん。まだこの私を信用しておらんか。・・・(笑う。)変わった娘だな、お前も。じゃ、いいか。よく見るんだ。指輪をここに引っ掛けておく。で、私は出て行く。(優しく笑う。)ほーら、こういう優しい男なんだ、私は。お休み、ゲルダ。
 ゲルダ お休みなさい、陛下。
 王 いいな? 私は出て行くんだからな。分かるな?
(王、退場。)
 ゲルダ 行っちゃった。どうしよう。(仕切の線に一歩近づく。そして立ち止る。)足音も遠ざかって、消えた。そうだ、万一帰って来たって、扉からあそこまで行く間に、逃げて来られる筈だわ。よーし・・・一、二の三! (走る。指輪を掴む。)
(突然、丁度指輪が掛かっている壁のところが、ぱっと開き、王と見張り二人が飛び出して来る。二人、ゲルダが王子の領分に達するまでに、道を通せんぼする。)
 王 どっちの勝ちか分かったな。こういうお城には、いろんな隠し扉が仕掛けてあってな。ひっ捕えろ!
(見張り、不器用にゲルダを追う。捕まえようとする。なかなかうまく行かない。やっと一人がゲルダを捕まえる。しかし叫び声をあげて、すぐに手を放す。ゲルダ、再び王子の領分に戻る。)
 王(怒鳴る。)馬鹿たれ! のろま! このごくつぶし!
 見張り 刺されたのであります。針で。
 王 下がってよい!
(見張り二人、退場。)
 ゲルダ 卑怯、卑怯な王様!
 王 馬鹿なことを言うものではない。王には、狡いことをする権利があるのだ。
 ゲルダ 卑怯! 卑怯者!
 王 私を怒らせるんじゃない。あまり酷いと、そちらの領分に入り込んで、お前をひっ捕えるぞ。
 ゲルダ やってご覧なさい、だ。
 王 小憎らしい奴め・・・よく分かった。洗い浚い教えてやろう。お前はあの樞密顧問官を侮辱したろう?
 ゲルダ 顧問官ですって? あの人、ここに?
 王 そうだ。勿論ここにいる。お前もあのばば(あ)・・・お前のおばあさんも、例のあの薔薇・・・そう、薔薇だったな・・・あれを、売ろうとはしなかった。そうだな。だからあいつは私に、お前をひっ捕えて地下牢に閉じ込めてくれと頼んだのだ。私はこれを承諾したのでな! しかしまあ、少しは湿気の少ない方の地下牢にしてやるよ。
 ゲルダ 私がここにいるって、顧問官にはどうして分かったの?
 王 お前の跡をつけたのさ。だからもういいではないか。承諾してくれ・・・私の身にもなってくれ・・・あいつには借りがあるんだよ、私は。 山のようにな。だからあいつの言いなりなんだ。もしお前を捕まえんと、私は破産だ。あいつは氷の納入を中止。するとこっちはアイスクリームなしになっちゃう。あいつは武器の納入を中止、(「冷たい武器」とは、刀剣類をいう。火器に対する言葉。「氷」にかけている。・・・城田)するとこっちは隣国からどんどん攻められる。分かるだろう? 頼むよ、牢屋に入ってくれんか。ほら、今はこんなに嘘偽りなく話しているのだ。本当だよ。嘘じゃないよ。
 ゲルダ それは信じるわ。でも地下牢に行くのは金輪際駄目ね。だって私、ケイを捜さなくっちゃ。
(隠し扉から、樞密顧問官登場。王、ガタガタ震える。)
 樞密顧問官(片眼鏡で見る。)失礼ながら王様、これは呆れたどじですな。まだゲルダが捕まっていないとは。
 王 見ての通りだ。
 樞密顧問官(ゆっくりと線の方へ進みながら。)王であるための条件。一、決断は雪のように冷静に。二、信念は氷のように固く。三、決行は雪嵐のように素早く。
 王 王女の領分にいるもんだから。
 樞密顧問官 馬鹿馬鹿しい!(線を飛び越える。ゲルダを捕まえ、口にハンカチを詰める。)完了!
 語り手(隠し扉から飛び出て来る。)まだ完了ではないぞ、顧問官。(樞密顧問官を突き飛ばし、ゲルダを助ける。)
 樞密顧問官 貴様、ここに。
 語り手 そうだ。(ゲルダを抱く。)ずっとお前の後をつけて来たんだ。町では変装に工夫を凝らして、町を出てからは行く先を確かめながらね。
 樞密顧問官 見張りを呼ぶんだ、エーリック二十九世!
 語り手(ピストルを出す。)おっと、そのままに願いますよ、王様。さもないと、このピストルが・・・君も動かないことだね、顧問官君。そう。それでいい。(さてと)僕が八歳の時の話だ。僕は自分で人形劇場を作ってね、自作の芝居を書いたんだ。
(樞密顧問官、片眼鏡を通して注意深くじっと語り手を見つめる。)
 語り手 この芝居には王様がいたんだ。「王様ってどんな話し方をするんだろう。普通の人と同じようには話しっこないな。」と僕は考えた。偶々ドイツ語が出来る友達がいてね。そいつから習ったドイツ語を王様の台詞にちりばめたのさ。娘と話す時のはね、こんな具合さ。「親愛なるトッホター、デル・ティッシュにお坐り。珈琲にツッケルは何個?」それがやっと解決だ。なにしろ本物の王様が本物の娘に話すところを聞けるんだから。
 樞密顧問官(刀を抜く。)エーリック、見張りを呼ぶんだ。あのピストルは弾丸(たま)が出ない! 弾丸を込めるのを忘れてる!
 語り手(少し不器用な動きだが、ピストルを脇に挟み、刀を抜き、再び左手で王を狙う。)王様、動かない方が身の為ですよ! 弾丸(たま)は入っている。すぐにとびださんとも限らないぞ・・・
(語り手、樞密顧問官と戦う。王に狙いをつけた儘。)
 ゲルダ(叫ぶ。)クラウス、エルザ!
 樞密顧問官 エーリック、見張りを呼ぶんだ! 弾丸なんかはいってない!
 王 だけど、入っていると言ってるし・・・
 樞密顧問官 入ってたって、どうせはずれるさ。
 王 はずれなかったら困るし・・・だって、はずれなかったら・・・死んじゃうよ。
 樞密顧問官 よし、分かった。この唐変木は、私が片付ける。
 語り手 やってみるんだな。一本! さあ、どうだ。
 樞密顧問官 なんの、かすりだ。
(戦いながら二人、次第に線に近づく。王、意外な素早い身のこなしで駆け寄り、線のところまで足を伸ばし、語り手の足を引っ掛ける。)
 語り手(倒れながら。)卑怯な! 足を掛けるとは!
 王 はっはっは。(叫びながら扉の方へ走る。)見張り! 見張り!
 ゲルダ クラウス! エルザ!
(語り手、立ち上がろうとする。が、樞密顧問官、咽に剣を突き付ける。)
 樞密顧問官 黙れ、ゲルダ。それに一歩も動いてはならん。さもないと、この男の命はないぞ。
(見張り二人、走って登場。)
 王 この男を逮捕しろ! 頭は私の領分にある。
 樞密顧問官 この娘も逮捕だ。
(見張り、一歩踏み出そうとする時、王子と王女、走って登場。下僕二人、その後に続く。王子の両手には毛皮外套の山。起こったことを見てとると王子、外套を床に投げ捨て、樞密顧問官に飛び掛かり、手を掴む。語り手、飛び起きる。)
 王子 これは一体どういうことですか。鍵が見つからなくて、少し遅くなったと思ったら、僕の客にこんな無礼なことを!
 ゲルダ 私を地下牢に入れようとしたの。
 王女 ご免なさい。父がいけないの。
 ゲルダ それに私の一番の友達を殺そうとしたの。足を引っ掛けたのよ。(語り手を抱くようにする。)
 王女 そんな酷いことを・・・よし、見てなさい、パパ。今パパを困らすことを言ってあげる。高いものをおねだりして・・・
 王子 止めなさい、エルザ。ゲルダ、君に三着毛皮外套を持って来たよ。
 王女 一番似合うの、どれかしら。
 王子 暇がない。何でもいいから着て! 早く!
(樞密顧問官、王と何事か囁き合う。ゲルダ、着る。)
 王子 国王陛下、いいですか。もう二度と僕達の邪魔はしないで下さい。
 王女 パパ、今度私達のことを邪魔したりしたら、これから食事の時私、何も食べてあげないわよ。
 王子 何をこそこそ話しているのです。子供に意地悪をしたりして、恥ずかしくないんですか。
 王 こそこそなんか話していない。ただその・・・雑談だ。
 王子 さあ、何だか。
(二羽のからす、登場。)
 からす(二羽)(声を揃えて。)馬車の用意が出来ました!
 王子 偉いぞ! ご褒美に、一羽には肩から掛けるあの勲章。もう一羽には鈴つきのガーター勲章。
(からす二羽、低く御辞儀。)
 王子 用意はいい? ゲルダ。さあ、行こう。(語り手に。)貴方も行きますか?
 語り手 いや、残っている。顧問官がゲルダの後を追わないように、暫く見張っておかなきゃ。(訳註 このあたり語り手は再びピストルを構えていると思われる。)僕は後から追い付くからね、ゲルダ。
 樞密顧問官 馬鹿馬鹿しい。
 王女 ねえ、パパ。これからがどうなるかよ。
 王子(床から外套を拾い上げる。)そう簡単には僕らはやっつけられませんからね、お義父(とう)さん。さあ、行こう。
(退場。先頭にゲルダ。二人の下僕、後に続く。その後に王子と王女。しんがりに二羽のからす。)
 王(見張りに。)さあ、喇叭を鳴らすんだ。(大股で退場。)
(すぐに喇叭と太鼓の音響く。警笛の音。叫び声。武器ががちゃがちゃあたる音。半鍾がなる。)
 語り手 なんだ、この音は。
 樞密顧問官 これで一件落着さ。家来達がゲルダを追っかけている。
 語り手 捕まるものか。あんなデブの家来達に捕まるようなゲルダじゃない。
 樞密顧問官 捕まるさ。金の力はたいしたもんだ。この私が一言言えば、城中が右往左往の大騒ぎ、唸りを発するんだからな。
 語り手 城中が揺れ動き、唸りを発する。一銭も持っていない小さな女の子の為に。そんなことの為に、君が金を使っているのか。
 樞密顧問官 そうだ。あの娘は何が何でも地下牢にぶちこんでやる。
 語り手 ふん、うまく逃げるさ。
(王、登場。)
 王 捕まえた。
 語り手 何だって?
 王 簡単なものだ。警報が鳴ったとたん、灯(あかり)をさっと消したんだな。暗ければ捕まらないとでも思ったんだろう。しかし勇敢だ、私の家来達は。ちゃんとゲルダを捕まえてきた。
(扉にノックの音。)
 王 もう連れて来たか! 入れ。
(見張り(一人)ゲルダを連れて登場。ゲルダ、マフで顔を隠し、泣いている。)
 王 よーし、細工は流流か!  何を泣いているんだ、ゲルダ。分からんな。お前を取って食う訳じゃあるまいし。ただ地下牢に入れるっていうだけのことが・・・
 語り手 ゲルダ! ゲルダ!
 王(勝ち誇って。)いやー、細工は流流だ。
(扉にノックの音。)
 王 何だ、今度は? 入れ。
(見張り(一人)、もう一人のゲルダを連れて登場。ゲルダ、同じようにマフで顔を隠し、泣いている。)
 王 何だ、こりゃ。どうなっているんだ。訳の分からん話だな。ゲルダが二人!
(二人のゲルダ、マフを下ろす。王子と王女である。二人、笑う。)
 樞密顧問官 王子と王女?
 語り手(勝ち誇って。)いやー、細工は流流か。
 王 くそったれ。何だ、これは。
 王子 簡単なことです。僕が三枚外套を持って来たのは見ていたでしょう? 一枚はゲルダが着た。
 王女 私達が、あとの二枚を着たの。
 王子 で、見張りは僕らを追っかけた。
 王女 ゲルダは馬車で、スタコラサッサ。
 王子 もう今からじゃ追い付かない。どうやっても。
 語り手 偉いぞ!
 王 よし、今度はお前に仕返しだ。
 樞密顧問官 しかし、追い付けないのは、お前だって同じじゃないか。
 王女 あら、そうなの?
 王子 それもどうだか。これからの話。
 語り手 どうやら君の負けらしいな、顧問官君。
 樞密顧問官 まだまだ勝負は決まっちゃいない。                         (幕)

     第 三 幕
 語り手(幕の前に現われて。)クリーブレ・クラーブレ・ブーンムス。いやー、うまくいったんです。王様と顧問官は私を捕えようとしたのです。間一髪、もう少しで私は地下牢行きでしたよ。牢屋の鼠とか、重い鎖で、お話をこしらえる羽目になるところ。だけどクラウスが顧問官に、エルザが王様に攻撃・・・クリーブレ・クラーブレ・ブーンムス。私は危機脱出。今私は街道を進んでいるところ。ここまでは実に順調。顧問官が意外な展開に驚いている。それはそうですね。友情、信頼、熱い心のあるところでは、彼にうつ手がある訳がない。顧問官は家に帰ってしまいました。ゲルダは四頭の栗毛に引かれた馬車でまっすぐ北へ、北へ。そして、クリーブレ・クラーブレ・ブーンムス。ケイはきっと救われるでしょう。しかし残念ながら馬車は純金製。とても重い。もっと速く走れなきゃいけないのに! だから私は追い付いてしまった。ゲルダは眠っていた。ぐずぐずしていられなくて私は追い抜いて、走って先を進みました。私の足は疲れを知らない・・・左右、左右・・・ほーら見て、全速力。もう晩秋。普通なら嫌な雨の季節。だけど今年は空は澄み切って乾いている。木々は霜で銀色。冬将軍への準備のようだ。森の中を道が続いている。渡り鳥は風邪をひくのを怖れて早々と南に飛んで行った。でもクリーブレ・クラーブレ・ブーンムス。風邪なんか怖くない鳥達は、ほら、明るく元気に鳴いている。あれを聞くと心も軽くなる。ほら皆さん、聽いて! 皆さんにもあの鳥の声は聴いて戴きたいんです。聞こえますね?
(長く響く、甲高い不吉な笛の音。遠くで別の笛の音がそれに答える。)
 語り手 何だ、あれは。鳥の声じゃないぞ。
(遠くから、悪人達が何かを襲撃する声。「わっはっは」という笑い声。語り手、ピストルを取り出し周りを見る。)
 語り手 盗賊だ! あの馬車は何の防備もない。(心配そうに。)クリーブレ・クラーブレ・ブーンムス。(幕の裂け目から中へ入り、退場。)
(半円形の部屋。どうやら塔の中にある部屋らしい。幕が開くと、最初は無人。扉の外で三度笛の音が響く。それに三度別の笛が答える。扉が開き、第一の盗賊、登場。レインコートを着た人間を引っ立てて来る。こちらはハンカチで目隠しをされている。ハンカチの端が丁度顔の真ん中に垂れており、観客にはその顔が見えない。その時また第二の扉が開き、眼鏡を掛けた初老の女が登場。頭にはひさしの広い、盗賊のよく被る帽子が斜にのっている。女はパイプを吸っている。)
 盗賊の頭 目隠しを取れ。
 第一の盗賊 はっ。(レインコートの男の目隠しを取る。樞密顧問官である。)
 盗賊の頭 用だと言うんだな。何の用か。
 樞密顧問官 始めまして、おあねえさん。私はここの頭にお会いしたいんだが。
 頭 私が頭だ。
 樞密顧問官 貴女が?
 頭 そうだ。夫は風邪で死んだ。その後を私が引き継いでいる。何の用か。
 樞密顧問官 今言う。しかし内密にしたいのだが。
 頭 ヨハーンネス、下がっておれ!
 第一の盗賊 はっ。(扉に進む。)
 頭 盗み聽きは無用だ。さもないと撃ち殺すぞ。
 第一の盗賊 何を仰る、お頭。(退場。)
 頭 用は聞くが、くだらないことで態々私を呼び立てたとあらば、生きてはここを出られないものと思え。
 樞密顧問官 馬鹿馬鹿しい。貴女と私、話はうまくつく筈です。
 頭 さあ、話すんだ。
 樞密顧問官 素晴らしい獲物の話だ。
 頭 それで?
 樞密顧問官 暫くするとここに、四頭の栗毛に引かれた純金製の馬車が通りかかる。王の厩舎から出てきた馬車だ。
 頭 乗っているのは?
 樞密顧問官 小さな女の子。
 頭 警護は?
 樞密顧問官 誰もいない。
 頭 ふん。しかし・・・本当に金なのか。
 樞密顧問官 そうだ。だからゆっくりとしか走らない。馬車はすぐそこまで来ている。さっき追い抜いてきたばかりだ。貴女が手を下せば、逃がすことはありえない。
 頭 ふん。で、お前の分け前は? どれだけ欲しいんだ。
 樞密顧問官 分け前はいらない。娘を頂きたい。
 頭 なんだと。
 樞密顧問官 娘に価値はない。低い家の生まれだ。身の代金も取れはしない。
 頭 低い家の生まれの娘が、金の馬車か。
 樞密顧問官 馬車は王子が一時期貸しただけだ。娘に価値はない。私はその娘に恨みがある。娘は渡してくれ。それは私が連れて行く。
 頭 よし。それは承知だ・・・という事は、お前も馬車に乗って来たんだな。
 樞密顧問官 そうだ。
 頭 金のか。
 樞密顧問官 違う。
 頭 どこにある、その馬車は。
 樞密顧問官 それは言わん。
 頭 残念だな。そいつも分捕ってやるのに。とにかくお前は娘を連れて行きたいんだな?
 樞密顧問官 そうだ。しかし、どうしてもと言うなら、娘も置いて行ってもいい。但しその場合は条件がある。娘をここから一生出さない、この条件だ。
 頭 分かった。その時になってまた考えよう。馬車はもう近いんだな。
 樞密顧問官 もうすぐ来る。
 頭 ふん。(指を口にあて、鋭く鳴らす。)
(第一の盗賊、登場。)
 第一の盗賊 何の御用で?
 頭 梯(はしご)を。それに望遠鏡だ。
 第一の盗賊 畏まりました。
(頭、縄梯に登り、銃眼ごしに外を見る。)
 頭 ふん。お前の話は嘘じゃないな。馬車が走っている。それにキラキラ光っている。
 樞密顧問官(両手を擦りながら。)金仕立なんだ。
 頭 金だ!
 第一の頭 金!
 頭 仲間を召集だ。(口笛を吹く。)
 第一の盗賊 畏まりました。(壁に掛かっていた喇叭を取って、鳴らす。)
(壁の向こうから喇叭(複数)が答える。太鼓の音も。階段に足音が聞こえ、武器がガチャガチャいう音。)
 頭(刀のある帯を締め。)ヨハーンネス! 誰かをここへよこせ。この男を見張らせるんだ。
 樞密顧問官 何の為に。
 頭 何の為もない。見張らせるんだ。ヨハーンネス、分かったな。
 第一の盗賊 誰も来やしませんよ、お頭。
 頭 何故だ。
 第一の盗賊 盗賊ってのは、辛抱が出来ない人間で・・・金の馬車を知ったが最後、他のことなど頭にないんでさあ。全員馬車の乗っ取りに出ちまって、一人も残っていません。
 頭 馬車のことをどうして知っているんだ。お前、盗み聞きしたな。
 第一の盗賊 私はしません。でも連中は・・・
 頭 しようがない。こうしろ。仲間に入りたいって来た髭面がいたな。あいつを連れて来い。新入りだから言うことを聞くさ。
 第一の盗賊 はっ。ただ・・・あいつは新入りといっても、ここで新入りなだけでして・・・もともと筋金入りの盗賊なんです。やつと話したんですが、金の馬車のことを知ると、もう頭にきちゃって、わめくやら、大声で怒鳴るやら、他の奴等に負けはしません。狂暴な奴ですよ。
 頭 ふん。そいつは悪くない。そいつにやらせろ。言うことを聞かなきゃ、撃ち殺すまでだ。行け。
(第一の盗賊、退場。)
 頭 おい、お前、いいか。もし我々を騙して、馬車に近づいた時、伏兵が出たりすれば、お前はここから生きては帰れんぞ、いいか。
 樞密顧問官 馬鹿馬鹿しい。それより急ぐんだ。馬車はすぐ傍に来ている。
 頭 うるさい。お前の指図など受けん。
(扉にノックの音。)
 頭 入れ!
(狂暴な顔をした髭の男、登場。)
 頭 お前は留守番だ。
 髭の男 頭! わしを連れて行ってくれ! 見事な働きをお見せしますぜ。目をみはるような。戦闘ではわしはいつでも獅子奮迅・・・
 頭 戦闘はない。警護なしなんだ、馬車が。馭者と従者、それに娘っ子だけだ。
 髭の男 娘っ子! 頭、わしをどうか。娘っ子を殺す役はこのわしに!
 頭 殺す? 何故。
 髭の男 子供の頃から子供って奴が大嫌いで・・・
 頭 くだらん。お前はここに残るんだ。この男を見張れ。逃げる気を起こしたら殺すんだ! 抗弁は許さん。撃ち殺すぞ。
 髭の男(いやいやながら。)仕方ありませんな、そうなら・・・
 頭 じゃ、頼む。(扉へ進む。)
 髭の男 首尾を祈ります。
(頭、退場。)
 樞密顧問官(非常に満足。鼻歌まじりに。)一たす一は二。二たす二は四さ。ちゃんと考えりゃ、ちゃんと事は運ぶ。
(遠くから、頭の声「馬に乗れ!」の命令。遠ざかる蹄の音。)
 樞密顧問官 二二が四の、四四、十六。王様には名誉を、悪がきにはこらしめを。順当な線だ。(盗賊の方を向いて。)あんたも子供は好きじゃないようだな。
 髭の男 嫌いだ。
 樞密顧問官 えらいぞ!
 髭の男 あんな奴等は、大きくならないうちに、全部檻に入れておくんだ。
 樞密顧問官 そりゃいい考えだ。ここの連中とは昔から一緒なのか。
 髭の男 昔からとは言えんな。ここに入ったのは三十分前だからな。ここにも長くはいないだろう。長続きしないのだ、わしは。怖いもの知らずだからな。すぐに喧嘩だ。
 樞密顧問官 そいつはいい。あんたは役に立ちそうだ。いざという時に。
 髭の男 いざ? 「いざ、金儲け」の時だな。
 樞密顧問官 勿論。
(遠くから叫び声が聞こえる。)
 樞密顧問官 ははあ。(梯に近づく。)どうなっているか、ちょっと見たいんだが。
 髭の男 見たらいい。
 樞密顧問官(銃眼のところまで登る。望遠鏡で見る。)はっはっは。こりゃ傑作だ。馭者は必死で馬を駆ろうとしているが、なにせ純金製だ。重いから(動きはしない。)
 髭の男 味方は?
 樞密顧問官 馬車を取り囲んでいる。馭者は逃げ出した。娘をひっとらえて・・・はっはっは。逃げているあいつは何だ? 語り手じゃないか! 走れ、走るんだ。千両役者!うまい!
(叫び声。)
 樞密顧問官 一巻の終か。やられちゃった、あいつ。(梯から降りる。鼻歌。)二二が四の、四四、十六だ。思惑通りに進んどる。
 髭の男 娘は殺しちゃいないだろうな、まさか。
 樞密顧問官 殺しちゃいないようだ。どうしてだ。
 髭の男 そいつはわしが自分でやりたいんでな。
 樞密顧問官(髭の男の肩に手をおいて。)いやー、あんた、あんたは気に入った。
 髭の男 冷たい手だな、貴様の手は。上着を通してビーンと来るぞ。
 樞密顧問官 氷の仕事だからな。小さい時からずーっと。私の通常の体温は、三十二あるいは三度だ。ここには子供はいないんだな?
 髭の男 勿論いないさ。
 樞密顧問官 それならいい。
(蹄の音が近づく。)
 樞密顧問官 来るぞ、来るぞ、あの悪がきめ。ここには子供はいない、と。語り手も死んだ。お前の味方は誰もいないんだぞ。
(騒音。叫び声。扉がさっと開く。頭と第一の盗賊、登場。その後に盗賊達、ゲルダを引っ張っている。)
 頭 おい、お前。お前の話は嘘じゃなかった。お前は自由の身だ。
 樞密顧問官 お頭、約束を忘れちゃ困りますよ。娘は戴いていいんですな。
 頭 連れて行け。好きなように。
 ゲルダ いや、いや。
 樞密顧問官 黙れ。ここにはもうお前に味方する奴は誰もいないのだ。あの、お前の友達の大法螺ふきも殺された。
 ゲルダ 殺された?
 樞密顧問官 そうだ。なかなかうまく行っているんだ。頭、縄がありますか? この娘、手足を縛らなきゃならないので。
 頭 いいだろう。ヨハーンネス、娘を縛るんだ。
 ゲルダ 待って下さい、泥棒さん達! ちょっと待って。
(盗賊達、笑う。)
 ゲルダ 私、これだけはお願いしたいの、泥棒さん達。この外套、帽子、手袋、マフ、長靴・・・これはみんないらない。取って頂戴。でも私は放して。私、行かなければいけないの。
(盗賊達、笑う。)
 ゲルダ 泥棒さん達、私、何もおかしいことは言ってないわ。大人の人達って、子供にはちっとも分からないのに笑う時があるわ。でも笑わないで。どうぞ、泥棒さん達。私、どうしても皆さんに聞いて戴きたいの。
(盗賊達、笑う。)
 ゲルダ やっぱり笑うのね。どうしても人の心を動かしたい時、そんな時に限って余計頭は混乱して、大事な言葉は逃げて行くわ。泥棒さん達でも心を動かされるような、そんな言葉がこの世にないのかしら。
(盗賊達、笑う。)
 第一の盗賊 泥棒でも心を動かす言葉、それはあるんだ、捜せばね。「私から身の代金を取って頂戴。一万ターレルでも。」
 樞密顧問官 こりゃうまい。
(盗賊達、笑う。)
 ゲルダ 私、貧しいの。ああ、私をこの人に渡さないで。この人はいや。皆さん、ご存じないの、この人がどんなに恐ろしい人か。
 樞密顧問官 馬鹿馬鹿しい。私はね、この人達とはよーく分かりあっているんだ。
 ゲルダ 私を放して。私、ほんの子供じゃないの。ねずみのように出て行くだけだわ。ねずみが出て行くより目立たない筈だわ。でも私が行かないとケイが死んじゃう。ケイは良い子なの。分かって頂戴! 友達ってどういうものか、皆さん知っているでしょう?
 髭の男 うるさい。もううんざりだ。言葉、言葉。無駄なことだ。いいか、盗賊っていうのはな、真剣なんだ。実務的なんだ。友達、妻、家庭、そんな甘っちょろいものはないんだ。この人生で俺達の学んだことはな、「人生の唯一の友、それは金」ということさ。
 樞密顧問官 おお、良いことを言ったな。よし、こいつを縛れ。
 ゲルダ ああ、皆さんがそんなに悪い人達だったら、私から耳を引き千切って。殴って。でもどうか私に行かせて! ああ、私の味方になって下さる人、ここには誰もいないの?
 樞密顧問官 いるものか。縛るんだ。
(突然、扉がさっと開き、黒い髪の毛の、しっかりした身体つきの可愛らしい女の子が走って登場。肩に銃を背負っている。女の子、頭(かしら)に身を投げ掛ける。)
 樞密顧問官(怒鳴る。)ここに子供がいたのか。
 頭 お早う。お前、帰ってたの?(娘の鼻をぱちんと指で弾く。)
 女の子の盗賊 お早う、ママ。(同じように鼻を指で弾く。)
 頭 どうだった? 獲物は。
 女の子の盗賊 取れたわ、ちゃんと。兎。ママは?
 頭 金仕立の馬車。王の廐で育った四頭の馬。それに女の子。
 女の子の盗賊(叫ぶ。)女の子? (ゲルダを見つける。)本当! ママ、えらい! この子は私のもの。
 樞密顧問官 そりゃ話が違う。
 女の子の盗賊 何? このじいさん。なまいきに。
 樞密顧問官 だけど(約束が違う・・・)(訳註 原文「ノ」は「しかし」の意。また馬に使う命令「ハイハイドウドウ」がロシヤ語で「ノ」。従って次の女の子の盗賊の台詞は、「ノ」とは何事か、私は馬ではない。の意。 城田)
女の子の盗賊 私はお前の部下じゃない! 抗弁は許さない。「だけど」とは何だ。(ゲルダに。)さあ、行こう。そんなに震えないで。こんな話が一番嫌い、私。
 ゲルダ 怖くて震えているんじゃないの。嬉しくて。
 女の子の盗賊 私も。(ゲルダの頬を軽く叩いて。)ああ、可愛らしい顔。泥棒って私もう、本当にうんざり。夜は稼ぎ、そして昼になると蠅みたいに眠そうな顔。一緒に遊ぼうとすると、すぐ眠ってしまう。ナイフでつっ突かなきゃ走りもしない。さあ、行こう。
 樞密顧問官 約束が違う。約束が違う。約束が違う。
 女の子の盗賊 ママ、この人、撃ち殺して。怖がらなくていいのよ、あんたは。あんたと喧嘩するようなことがあれば別だけど、それまでは誰にも指一本触れさせはしない。さあ、行こう。ママ、言ったでしょう、早く撃ち殺して! さあ、あんた・・・
(二人、退場。)
 樞密顧問官 これはどういうことなんだ、お頭。約束がまるで反古(ほご)じゃないか。
 頭 そう。あの子が連れて行ったんじゃあ、私にはどうしようもない。あの子のやることに口を出さない主義でね。子供は甘やかさなければ。甘やかして初めて立派な盗賊が育つんだからね。
 樞密顧問官 しかし、お頭! それでは約束が・・・
 頭 うるさいね、あんたは。あの子の言う通り、撃ち殺されたいの。そうでなくて有り難いと思うことね。さあ、手遅れにならないうちに、出て行くんだ。
(深い、低い、メロディーのある音、響く。)
 頭 ははー、金の馬車が音を立てているな。塔のところへ引っ張っているところだ。よし、行こう。ぶっ壊して皆で分けるんだ。(扉の方へ進む。)
(盗賊達、叫び声を上げて頭の後に突進する。樞密顧問官、髭の男を止める。二人だけ残る。)
 樞密顧問官 急がなくていい!
 髭の男 しかしあっちじゃあ、金を分けているんだぞ。
 樞密顧問官 損はしない。あの子供のうちの一人を殺すんだ。
 髭の男 どっちを。
 樞密顧問官 攫(さら)ってきた方だ。
(大きな鐘が鳴っているような、低い、メロディーのある音が響く。二人の会話の間中、この音が続く。)
 髭の男 馬車を壊しているところだ!
 樞密顧問官 言ってるだろう、損はしないからと。金は私が出す。
 髭の男 いくら。
 樞密顧問官 不満のない金額だ。
 髭の男 いくらだ。わしはガキじゃない。取引ぐらい知っている。
 樞密顧問官 十ターレル。
 髭の男 さよなら!
 樞密顧問官 待て。お前、子供は嫌いなんだろ。嫌な子供を殺すんだ。それだけでもいい気分じゃないのか。
 髭の男 仕事には感情は持ち込まない主義でね。
 樞密顧問官 それが名誉ある盗賊様の言う言葉か。
 髭の男 名誉ある盗賊様は昔はいたんだがね、今はもう死に絶えているんだ。残っているのは俺とお前ぐらいのものか。商売は商売だ。千ターレルだな。
 樞密顧問官 五百。
 髭の男 千。
 樞密顧問官 五百。
 髭の男 千だ。誰か来る。早く決めろ。
 樞密顧問官 分かった。今五百渡す。仕事が終わってから、あと五百。
 髭の男 駄目だ。いいか、よく考えるんだ。俺以外にこいつを引き受ける奴はいないんだぞ。俺は別にここで暮らさなくてもいいんだからな。だが連中はあの女の子の盗賊が怖いんだ。
 樞密顧問官 分かった。そら!(金の包を髭の男に渡す。)
 髭の男 よーし。
 樞密顧問官 いいか、すぐにやるんだぞ。
 髭の男 分かってる。
(鐘の響きのような音が静まる。扉が開き、ゲルダと女の子の盗賊、登場。ゲルダ、樞密顧問官を見て、叫び声を上げる。)
 女の子の盗賊(帯からピストルを抜き出し、樞密顧問官を狙う。)お前はまだここにいたのか。早く出て行くんだ!
 樞密顧問官 約束が違う。
 女の子の盗賊 どうやらお前は一つしか言葉を知らないようだな。「約束が違う。」「約束が違う。」三まで数える。その間に出て行かないと、撃つ。・・・一!
 樞密顧問官 ちょっと待って・・・
 女の子の盗賊 二!
 樞密顧問官 そんな無茶な・・・
 女の子の盗賊 三!
(樞密顧問官、走り退場。)
 女の子の盗賊(笑う。)ほらね、言った通りよ。喧嘩さえしなければ、あんたに指一本触れさせはしない。それに、もし喧嘩しても、他の人には指一本触れさせはしないわ。私があんたを殺しちゃうから。あんたのこと気に入ったわ。本当に。
 髭の男 失礼だがね、お嬢さんの盗賊さん。その子とちょっと話していいかな。
 女の子の盗賊 何だ、お前は。
 髭の男 あ、どうか怒らないで。ちょっとこの子に話したいことがあって。内緒にちょっと一言だけ。
 女の子の盗賊 私に内緒で、この子に話がある? そんなことが許せるか。さっさと出て行け。
 髭の男 しかし・・・
 女の子の盗賊(ピストルで狙う。)一!
 髭の男 ちょっと待って・・・
 女の子の盗賊 二!
 髭の男 そんな無茶な・・・
 女の子の盗賊 三!
(髭の男、走って退場。)
 女の子の盗賊 やっと厄介払い。これでもう大人の邪魔はないわ、きっと。あんたのこと本当に気に入った。あんたの外套、手袋、ブーツ、マフ、私、貰っちゃった。だって友達同志なら、物を分け合うのは当たり前なんだから。あんた、嫌?
 ゲルダ 嫌じゃないわ。全然。でも雪の女王の国に行った時私、凍え死んでしまわないかしら。
 女の子の盗賊 そんなところへ行かせるもんですか! 馬鹿なことよ、折角知り合ったのにすぐまた別れるなんて。私、檻にいっぱい動物を飼っている。となかい、鳩、犬。でも私、あんたが一番気に入っているわ、
 ゲルダ。本当にあんたって可愛い。犬は私、お庭で飼っているの。大きい犬達よ。人だって食べちゃう。そう。よく食べちゃうの。となかいもいるわ。今見せてあげる。(壁の扉の半分を開ける。)私のそのとなかいね、上手に話が出来るのよ。北にいる珍しいとなかいなの。
 ゲルダ 北にいる?
 女の子の盗賊 そう。今見せてあげる。おーい、となかい!(口笛を吹く。)こっちへ来い。ほら、すぐ来るんだ。(大声で笑う。)また怖がってる。毎晩あれの首をね、良く切れる短刀でくすぐってやるの。そしたらね、全身震えるのよ。おかしいったらないわ。さあ、こっち。(口笛を吹く。)私のこと分かってるでしょう? 来たくなくったって、どうせ同じ。無理矢理来させるんだから。
(扉の上半分から、となかいの、角のある頭が現われる。)
 女の子の盗賊 見て。おかしいでしょう? さあ、何か言うんだ・・・黙ってる。何時だってすぐには話さないんだから。北の動物って、みんな無口なの。(鞘から大きな短刀を抜き、となかいの首をなでる。)はっはっは。見て。あの跳びはね方! おかしいでしょう?
 ゲルダ 止めて。
 女の子の盗賊 どうして。おかしいじゃない。
 ゲルダ となかいに訊きたいことがあるの。となかいさん、あなた、雪の女王の住んでるところ、知ってる?
(となかい、頷く。)
 女の子の盗賊 なんだ、お前、知ってるの。(窓をばたんと閉める。)知っていても駄目よ、ゲルダ。どうせ行かせはしないんだから。
(頭、登場。その後ろに、たいまつを持って、髭の男。髭の男、壁にたいまつを立てる。)
 頭 暗くなってきたから、狩に出るからね。お前は寝なさい。
 女の子の盗賊 うん。話すのに飽きたら寝るわ。
 頭 その女の子はここで寝かせた方がいいよ。
 女の子の盗賊 私と一緒に寝るの。
 頭 それはお前の勝手。だけど気を付けるんだね。この子が夢を見て知らずにお前を蹴飛ばす。お前はこの子を短刀でぐさり・・・そんなことがないようにね。
 女の子の盗賊 それはそう。有難う、ママ。(髭の男に。)おい、お前、この子に寝床を作るんだ。私の部屋から藁(わら)を持って来い。
 髭の男 はっ。(退場。)
 頭 あの男に見張りをさせよう。あいつは新入りだが、なにしろお前のことだ。私は心配していない。敵が百人いても、お前なら大丈夫だからね。じゃあ、また明日。(鼻をぱちんと弾く。)
 女の子の盗賊 じゃあまたね、ママ。(同じ動作で応える。)
 頭 ぐっすり寝るのよ、子山羊ちゃん。(同じ動作。)
 女の子の盗賊 大きな獲物がありますように、親山羊ちゃん。(同じ動作。)
(頭、退場。髭の男、布団を敷く。)
 ゲルダ 私、となかいと話したいわ。
 女の子の盗賊 だけどあんた、その後で私に「自由の身にして」って頼むんでしょう?
 ゲルダ 私、ただ訊いてみたいの・・・ひょっとしてこのとなかい、ケイに会ったことあるんじゃないかって。(大声で叫ぶ。)ああーっ!
 女の子の盗賊 どうしたの?
 ゲルダ この泥棒、私の服を引っ張るの。
 女の子の盗賊(髭の男に。)何だ、お前。この子に触るなどと。何のつもりだ。
 髭の男 失礼しやした、小さいお頭。服にカナブンブンがはっていたんで、それを落とそうと。
 女の子の盗賊 カナブンだと? よーし、この子を驚かしでもしたら承知しないよ。寝床の用意は終わったんだな? そーら、行くんだ、すぐに。(ピストルで狙う。)一、二、三!
(髭の男、退場。)
 ゲルダ ねえ、お願い、小さい盗賊さん! となかいと話させて・・・一言・・・ほんの一言でいいの。
 女の子の盗賊 しようがないわね。じゃ、好きなように。(扉の上半分を開ける。)おーい、となかい、来るんだ! 早く。今度は短刀でくすぐらないから。
(となかい、顔を出す。)
 ゲルダ お願い、となかいさん。教えて。あなた、雪の女王、見たことある?
(となかい、頷く。)
 ゲルダ そしたら、あなた、ひょっとしてその人と一緒に、小さな男の子を見なかった?
(となかい、頷く。)
 ゲルダと女の子の盗賊(二人、手を取り合って、感動して。)見たことあるの!
 女の子の盗賊 教えて、教えて・・・それでどうだったの?
となかい (静かに話す。低い声で。言葉を選びながら。)私は・・・雪の野原を跳びはねていました・・・あたり一面キラキラと輝いていました・・・オーロラのあの輝きです・・・突然・・・目に入りました・・・雪の女王が飛んでいます・・・「今日は」と私は言いました・・・女王は何も答えません・・・男の子と話しているのです・・・ 男の子は寒さで顔がまっさお、でも微笑んでいました・・・大きな白い鳥達が、男の子の橇(そり)を引っ張っていました・・・
 ゲルダ 橇! じゃあそれは、ケイだわ。
 となかい ケイです・・・女王がそう呼んでいましたから。
 ゲルダ そうだと思っていたわ。寒さでまっさお! ああ、手袋で顔を擦ってやらなくちゃ。それからいちごのジャムの入ったあったかい紅茶を飲ませて・・・いや、違う。ぶって、ぶって、ぶってやるわ。あの馬鹿な子! ああ、今はもう氷のかけらになっているかもしれない。(女の子の盗賊に。)ねえ、ねえ、小さい盗賊さん、私を放して!
 となかい 放して上げて下さい! 私の背に乗せてやります。雪の女王の領地の国境(くにざかい)まで運んで行きます。よく知っているんです。私はそこで生まれたんですからね。
 女の子の盗賊(扉をばたんと閉めて。)おしまい! お喋りはもう終! もう寝る時間。そんなにうらめしそうに私を見ないの。撃ち殺すわよ。私、あんたとここを出て行くなんて、しない。だって、寒いのって大嫌いなの。それから一人だけでここにいるなんて、それも駄目。だってあんたと一緒じゃなきゃ、もう生きていけないの。分かったわね。
となかいの声(扉の外で。)放して・・・
 女の子の盗賊 お前は寝るんだ! あんたも寝なさい。もう話は沢山。(自分の部屋へ走って退場。すぐ両手に縄を持って戻って来る。)あんたを秘密の盗賊式の縛り方で縛って、と、この壁の釘に縄のこっち側をくくりつける、と。(ゲルダを縛る。)縄は長いからね。眠るのに邪魔にはならない。これでよしと。さあ、眠って、ゲルダ、眠るのよ。可愛いゲルダ。私あんたを放してあげてもいいんだけど・・・だけど考えても見て・・・私にあんたと別れる勇気なんかあると思って? 言わないで! さあ、寝るの。そう。・・・私寝付きが早いの。すぐよ。・・・私ってやることが早いの、何でも。あんたもすぐ寝ちゃうのよ。縄を切ろうなんて思っちゃ駄目。あんた、ナイフは持ってないわね?
 ゲルダ ええ。(訳註 腰を縛る。手は縛らない。)
女の子の子の盗賊 お利口さんね。黙って。お休みなさい。(自分の部屋に退場。)
 ゲルダ ああ、馬鹿な、馬鹿な、可哀相なケイ!
 となかい (扉の外で。)娘さん!
 ゲルダ 何?
 となかい 逃げましょう。北の方に連れて行ってあげます。
 ゲルダ でも私、縛られてるわ。
 となかい そんなの何でもありません。あなたには指があるじゃありませんか。蹄ではどうしたって結び目はほどけません。
 ゲルダ(結び目をいろいろやってみる。)私じゃ、どうしても駄目だわ。
 となかい 北の方は素晴らしいんです・・・広々とした雪の原野を駆け巡る・・・自由・・・自由・・・あのオーロラの輝きが道を照らして・・・
 ゲルダ ねえ、となかいさん。ケイはひどく痩せてる?
 となかい いいえ、大丈夫。ふっくらしてましたよ。ねえ、娘さん。逃げましょう。逃げましょう。
 ゲルダ 急ぐと私、ほら、手が震えちゃうの。
 となかい しっ。横になって!
 ゲルダ どうしたの?
 となかい 私は耳がいいんです。誰か階段をこっそり登って来る。横になって!
(ゲルダ、横になる。間。扉がゆっくりと開く。髭の男の頭が現われる。あたりを見回して、部屋にはいり、扉を閉める。静かにゲルダに這って近づく。)
 ゲルダ(跳び上がる。)何御用?
 髭の男 頼む。声を出さないで。助けに来たんだ。(ゲルダに近寄り刀を振り上げる。)
 ゲルダ あっ!
 髭の男 静かに!(結び目を切る。)
 ゲルダ あなた誰?
(髭の男、髭と鼻を取る。語り手である。)
 ゲルダ 先生! 殺されたんじゃなかった?
 語り手 やられたのは僕じゃなくて、馬車に乗っていた従者なんだ。馭者台のところでひどく寒がっていたから、僕が雨ガッパをやったんだ。
 ゲルダ でも、ここにはどうやって?
 語り手 金の馬車はとっくに追い抜いていたんだ。そしたら口笛が聞こえた。盗賊だ!どうしよう。馬車に戻ったって馭者と従者と僕。とても盗賊達から金の馬車を守れっこない。だからこっちも盗賊に変装さ。
 ゲルダ でも髭と鼻はどこで?
 語り手 それは前から持っていた。町であの顧問官のあとをつける時、何時でも変装していたからね。髭と鼻は何時もポケットにあって、大いに役に立ってくれた。ここには千ターレルあるし。(訳註 胸ポケットを叩く。)逃げよう! 近くの村で馬を手に入れるんだ。
(蹄の音。)
 語り手 何だ、あれは。やつらが帰って来たのか。
(足音。)
 語り手 横になって!
(第一の盗賊と頭、登場。)
 頭 誰だ、お前は。
 語り手 誰だとは何だ。わしが分からんのか。
 頭 分からんな。
 語り手(傍白。)畜生! 髭を付けるのを忘れた。(大きな声で。)頭、わしは髭を剃ったんだ。
 第一の盗賊 成程、鼻まで剃ったか。おーい、お前ら!
(盗賊達、走り登場。)
 第一の盗賊 こいつがあの髭の男だ。たいした変わりようだ。
 盗賊達 警察だ! 犬だ! 探偵だ! 探りに来たんだな!
第一の盗賊 えらい能率のいい狩だったな、みんな。出て行ったかと思うとすぐ商人達に出くわす、帰ってみりゃ、警察の犬に出くわす。四人も捕まえた。
 ゲルダ(叫ぶ。)この人は私の友達よ! 自分の命を賭けて私を助けにここまで来てくれたんだわ!
(盗賊達、大声で笑う。)
 ゲルダ 何がおかしいの。笑わないで。止めて! 小さい盗賊さーん! 小さい盗賊さーん!
 第一の盗賊 まあせいぜい呼ぶんだな。逃げようとした罰で、お前はすぐ撃ち殺されるさ。
 ゲルダ 来て! 助けて!
(女の子の盗賊、手にピストルを持って走って登場。)
 女の子の盗賊 どうしたの。何なの。誰なの、あんたをいじめたのは。
 ゲルダ これは私の友達なの。語り手さんなの。私を助けに来てくれたの。
 女の子の盗賊 それであんた、逃げようとしたのね。呆れた!
 ゲルダ ちゃんと置き手紙は書いて行くつもりだったわ。
(盗賊達、大声で笑う。)
 女の子の盗賊(盗賊達を足でドンと脅して。)出て行け、お前達! みんな! ママも! 出て行って! 獲物でも分けてなさい!
(盗賊達、大声で笑う。)
 女の子の盗賊 出て行くんだ!(足でドンと脅す。)
(盗賊達、頭、退場。)
 女の子の盗賊 ああ、ゲルダ、ゲルダ。私きっと、いいえ、必ずだわ。あしたになったら、行ってもいいって言ってた筈よ。
 ゲルダ ご免なさい。
(女の子の盗賊、となかいのいる扉を開ける。その中にちょっと入って、となかいと一緒に出て来る。)
 女の子の盗賊 このとなかい、随分笑わせてくれたんだけど。しようがないわね。毛皮外套と帽子、それにブーツは持って行っていいわ。 でもマフと手袋は上げないからね。だってこれはひどく気に入ってるんだから。これはその替わりよ。不格好だけど、ママのミトン。さあ、乗って。ほら、キスして。
 ゲルダ(キスする。)有難う。
 となかい 有難う。
 語り手 有難う。
 女の子の盗賊 (語り手に。)お前に礼を言われる筋合いはないよ。ゲルダ、この人ね? お話をたーくさん知っているっていうあんたの友達。
 ゲルダ ええ。
 女の子の盗賊 こいつはここに残るんだ。あんたが帰って来るまで、私の気晴らしをさせる。
 語り手 私は・・・
 女の子の盗賊 これで決まりだ。走れ、走るんだ、となかい! 私の考えが変わらないうちに。
 となかい(走り去りながら。)さようなら!
 ゲルダ さようなら!
(退場。)
 女の子の盗賊 何を突っ立っている。話すんだ! 何か話を。飛び切り面白いのを。面白くなきゃ、撃ち殺すぞ。さあ、一・・・二・・・
 語り手 しかし、そんな・・・
 女の子の盗賊 三!
 語り手(泣きそうになりながら。)昔、昔、大昔、馬鹿な雪だるまがいましたとさ。庭の中、台所の窓の真ん前に、ぼうっと立っておりました。かまどに、真っ赤な火が燃える時、この馬鹿な雪だるま、不安に震えおののいた。それである時考えた・・・ああ、可哀相なあの娘。ゲルダ、ゲルダ! 周りは氷だけ。そして風、風がびゅうびゅう。氷の山々の間を雪の女王が飛んで行く。そしてゲルダ、小さなゲルダ。君は独りぼっち・・・
(女の子の盗賊、ピストルの握りで涙を拭く。)
 語り手 そうだ、泣いていちゃ駄目だ。泣いちゃいけない。そうなんだ。まだ分からないじゃないか。ひょっとすると、ひょっとすると、大丈夫かも、ハッピーエンドかもしれないじゃないか。本当に。
                     (幕)

     第 四 幕
(幕の隙間からとなかいの頭が出る。辺りを見回す。それ以上先へ進まない。その後にゲルダ、続いて登場。)
 ゲルダ ここからが雪の女王の国なのね。
(となかい、頷く。)
 ゲルダ ここから先には、もう行かないの?
(となかい、頷く。)
 ゲルダ じゃあ、ここでさよならね。有難う、となかいさん。(となかいにキスする。)家に帰りなさい。
 となかい ちょっと待って。
 ゲルダ 何? 待ったりしないですぐ行った方が早く家に着くわよ。
 となかい 待って。雪の女王は本当に悪賢いから・・・
 ゲルダ 知ってるわ。
 となかい 昔ここには人が住んでいたんです。沢山。でも南の方へ逃げて行ったんです。女王から逃げて行ったんです。今じゃ、この辺りは雪と氷。氷と雪。それだけ。あれは恐ろしい女王です。
 ゲルダ 知ってるわ。
 となかい 怖くないんですか。
 ゲルダ 怖くないわ。
 となかい ここでも寒いでしょう? 先に行くともっともっと寒いんです。女王の宮殿の壁は吹雪で出来ているんです。窓と扉は氷のように冷たい風で。屋根は雪の黒雲で。
 ゲルダ 教えて頂戴。どっちの方向なのか。
 となかい まっすぐ北へ行けばいいんです。どこにも曲がらず。噂では、今丁度女王は家を留守にしているそうです。帰って来る前に宮殿に着くんです。走るんです。走れば暖かくなる。宮殿までここからあと二マイルです。
 ゲルダ 二マイル! ケイはもうそんなに近くにいる! さようなら、となかいさん。(走る。)
 となかい さようなら、ゲルダ。
(ゲルダ、退場。)
 となかい ああ、あの子が強かったら。十二頭分のとなかいの力があったら・・・いや、違う。力なんて。あの子に今以上の力があったって、それが何になるっていうんだ。あの子は地球の半分を歩いている。それに何故か、あの子にはすぐ手を貸したくなるんだ。人間だって、けものだって、鳥だって。あの子は私達から力を借りているんじゃない。力はあの暖かい心にあるんだ。ここを離れるのは止そう。ここであの子を待っていよう。帰って来れば大喜び、もし死んだら、泣いてやるんだ。

     第 一 場
(幕開く。雪の女王の宮殿の中の一室。宮殿の壁は、恐ろしい勢いで回っている雪片の集まりで出来ている。大きな氷の玉座にケイが坐っている。まっさおな顔。手には長い氷の棒。玉座の下に散らばっている、光った氷の玉を一心にこの棒で選り分けている。幕が開くと、場は無言。ただ、虚ろに、単調な風の音が聞こえるのみ。暫くして、遠くからゲルダの声が響く。)
 ゲルダ ケイ、ケイ。私よ。来たのよ!
(ケイ、ピクリともせず、作業を続ける。)
 ゲルダ ケイ! 答えて、ケイ! この宮殿、部屋が多すぎ。何処にいるか分からない。
(ケイ、何も言わない。)
 ゲルダ ケイ、あなた、凍え死んだんじゃないでしょうね。一言でいいから言って。ひょっとして凍え死んでるんじゃないかって思っただけで私、足が折れちゃう。答えて!答えてくれないと倒れちゃうわ。
(ケイ、無言。)
 ゲルダ お願い、ケイ。お願い! (部屋に走って登場。釘づけになって立ち止る。)ケイ、ケイ!
 ケイ(ぶっきらぼうな、虚ろな声。)静かにして、ゲルダ。仕事の邪魔になるんだ。
 ゲルダ ケイ! ああ、ケイ。私よ!
 ケイ 分かってる。
 ゲルダ 私のこと、忘れたの?
 ケイ 僕には忘れるってことはありえないんだ。
 ゲルダ ねえ、ケイ。私、あなたを見つけた時の夢、何度見たことでしょう・・・ああ、これも夢かもしれない・・・ただ、ひどく悪い夢。
 ケイ 馬鹿馬鹿しい!
 ゲルダ ひどい。なんて言い方! あなた、私を見ても嬉しくないの? そんなに、すっかり、凍ってしまったの? 心まで。
 ケイ 黙って。
 ゲルダ ケイ、あなた、わざと私を驚かしているのね。ふざけているんでしょ。違うの? 分かってくれてるでしょう? 私、何日も何日も、歩いて歩いて、やっとあなたを見つけたの。それなのにあなた、私に「よく来てくれたね」とも言ってくれないのね。
 ケイ(ぶっきらぼうに。)よく来てくれたね、ゲルダ。
 ゲルダ なに、その言い方。ねえ、ケイ、私達、喧嘩でもしてるっていうの? 私を見てもくれないじゃない。
 ケイ 僕は忙しいんだ。
 ゲルダ 私、王様だって怖くなかった。泥棒だって。その住みかから出て来たぐらい。それに餓え死にするのだって怖くない。でもケイ、あなたは怖い。近づくのも恐ろしいわ。ねえケイ、あなた本当にケイ?
 ケイ そうだ。
 ゲルダ で、あなた、何をしているの?
 ケイ この氷の玉を並べて、「永久」っていう文字を作るんだ。
 ゲルダ どうして?
 ケイ 分からない。女王の命令なんだ。
 ゲルダ だけど、そんなことが面白いの? そこに坐って、氷の玉をいじっているのが。
 ケイ うん。これは「氷の智恵の輪」っていうんだ。それにうまく「永久」っていう文字が作れると、女王は僕に全世界をくれる。それからおまけに、スケート靴もくれるんだ。
(ゲルダ、ケイに駆け寄り、抱きしめる。ケイ、これに冷淡に従う。)
 ゲルダ ケイ、ケイ。可哀相な子。なんて馬鹿なことをしてるの? 家に帰りましょう。ここに来て、すっかり外の世界のことを忘れちゃったのね。外は豊かなの。善い人達がいる、泥棒だっている。ここに来るまでに随分見て来たのよ。でもあなたはここ。ここでじっと坐って、世界には何もないって顔をしている。子供も大人もいないし、誰も泣かない。誰も笑いはしないって。ただあるのは氷だけ。そう思っている。可哀相な、馬鹿なケイ!
 ケイ 違う。僕は偉いんだ。何でも分かってるんだ。
 ゲルダ それはあの顧問官のせい。それはあの女王のせいなのよ、ケイ。そしてもし私もその氷の玉で遊ぶようになったら、それから語り手さん、小さな盗賊さん、あの人達もそんな風になったら、誰があなたを助けに来るの。それに私を。
 ケイ(確信なさそうに。)馬鹿馬鹿しい!
 ゲルダ(泣きながら。ケイを抱きしめて。)お願い。そんな言い方をしないで! 帰りましょう、家へ。あなたをこんなところに一人で置いてはおけないわ。それに、私がもしここに残れば、きっと凍え死んでしまう。私、それは嫌だわ。それにここ、私好きじゃない。ねえ、ケイ。思い出して、家のことを。今はもう春よ。車はガタゴト音をたてている。(訳註 雪がなくなっているから。)葉っぱが開いてきている。燕(つばめ)が飛び回って、巣を作っているわ。空は澄み切っている。ねえ、ケイ、空は澄んでいるの。冬の垢(あか)を洗い流したみたいに。ねえ、ケイ、笑って。私、こんな馬鹿なことを言って。だって空はお風呂になんか入らないんだから。ねえ、ケイ、ケイ。
 ケイ(少し動揺する。)困ったなあ・・・邪魔なんだけど。
 ゲルダ 春なのよ、帰れば。おばあさんと三人で小川のほとりを歩くの。おばあさんだって暇な時があるもの。芝生の上に坐らせて、二人で手をさすってあげる。だって、仕事をしない時にはいつもおばあさん、手が痛むの。憶えてる? 坐り心地のいい肘掛け椅子、それに眼鏡を買ってあげようって、二人で言っていたじゃない・・・ケイ! あなたがいないと、通りは活気がないわ。錠前屋の子供のハンスっていう子を憶えてる? あのよく病気をする子よ。 ほら、近くの子供で「コッペパン」ってあだなの子がいたでしょう?あの子が殴ったの。
 ケイ 隣の通りの?
 ゲルダ そう。ねえ、ケイ。あの子がハンスを突き飛ばしたの。ハンスは痩せっぽっちでしょう? 転んで、膝を打って、耳を怪我して、泣いていたわ。私思った。「もしケイが家にいたら、きっとハンスの味方をしてくれたのに。」って。そうよね、ケイ?
 ケイ うん。(心配そうに。)寒いな。
 ゲルダ ね、寒いでしょう? だから、さっきから私、言ってたじゃない。それからね、トゥレゾールっていう犬がいたでしょう? むく毛の。あれを溺らせようとしたのよ。憶えてる? あの犬、本当にあなたによくなついていたわ。もしあなたが帰っていたら、いの一番に助けていたわよね・・・それから、オーレが今じゃ幅跳びでは一番よ。あんたよりももっと跳べるようになったのよ。それから、隣の家に猫がいたでしょう? 三匹赤ちゃんを生んだの。一匹家に戴けるのよ。おばあさんは泣いてばかり。門のところにいつも立って待っている。ケイ! あなた聞いてる? 雨が降ってくるの。それでもじっと立って待っているのよ。じっと・・・
 ケイ ゲルダ! ゲルダ、君なの?(飛び上がる。)ゲルダ! どうしたんだ、これは。君、泣いてるの? 誰がいじめたんだ? どうしてこんなところに? 何て寒いんだろう。(立ち上がって、歩こうとする。足がうまくきかない。)
 ゲルダ 行きましょう。大丈夫、大丈夫。踏み出して。歩くの・・・ほーら、すぐできるようになるわ。足があったまって、ほぐれてくる。さあ、帰りましょう。帰れるわ。帰れるわよ。
                    (幕)

     第 二 場
(第一幕の舞台装置。窓は開いている。窓の傍、トランクの中に、花のない薔薇の木がある。場は人物なし。誰かが苛々した様子で、大きく扉をノックする。ついに扉が開き、部屋に女の子の盗賊と語り手、登場。)
 女の子の盗賊 ゲルダ! ゲルダ!(素早く部屋を歩き回る。寝室の扉も確かめて。)やっぱり思っていた通りだ。まだ帰っていない。(テーブルの椅子にどさっと腰を下ろす。)見て、見て。手紙が置いてある。(読む。)「ケイ、ゲルダ、戸棚にパンとバター、クリームが入っています。焼きたてです。お食べなさい。私を待ってないで。お前達がいなくて寂しかったよ。おばあさんより。」ということは、ゲルダはまだ帰っていない。
 語り手 そうか。
 女の子の盗賊 そんな顔をして私を見るんじゃない。横っ腹をグサリとやるよ、もう。まるで死んだんじゃないかっていう顔じゃないか。
 語り手 それは違う。
 女の子の盗賊 じゃ笑いな。笑えないか。悲しいんだからな。あれから随分経っている。それなのに何の消息もない。悪い便りよりはましだけど・・・
 語り手 それはね。
 女の子の盗賊 あの子の好きな場所は? いつもいるところは?
 語り手 ここなんだ。
 女の子の盗賊 よし、ここに坐っていよう。あの子が帰るまで。まさか、まさかあんないい子が、突然死ぬなんて、ありえないよ、ね?
 語り手 うん。
 女の子の盗賊 私の言ってる通りだろう?
 語り手 普通は・・・そうなんだ。善い人が、しまいには結局、勝つんだ。
 女の子の盗賊 そうだよ!
 語り手 だけど中には死んじゃうのもいるな。最後の勝利を見ないうちに。
 女の子の盗賊 そんなことは言うな!
 語り手 氷は人間じゃないからね。 氷にとっちゃ、何でも同じなんだ。ゲルダが善い娘であろうと、無かろうと。
 女の子の盗賊 氷なんかにゲルダ、負けるもんか。
 語り手 うん。宮殿にまでは何とか辿(たど)り着けるだろう。だけど問題は帰りだ。ケイをつれて帰らなきゃならないんだ。ケイは随分長いこと、閉じ込められて、坐ったままだったからね。足が弱っている筈なんだ。
 女の子の盗賊 あの子が帰って来なかったら、一生涯あいつらと戦ってやる。あの氷の顧問官、それに雪の女王と。
 語り手 じゃ。帰って来たら?
 女の子の盗賊 帰って来たって同じよ。こっちに来て。隣に坐って。もうあんただけだわ、頼りは。だけど、溜息一つでもついたら、あの世行きだよ。
 語り手 暗くなっていく。おばあさんが帰って来る頃だ。
(からす(おす)、窓にとまる。肩から勲章を掛けている。)
 からす(おす)今日は、語り手さん。
 語り手 からす君じゃないか。今日は。こりゃ嬉しい。
 からす(おす)私もです。私もあんまり嬉しいので、これから先も私のことを、「からす君」とぞんざいに呼んでも許してあげましょう。本当は、「からす閣下」となるところなんですがね。(嘴(くちばし)で勲章の位置を直す。)
 語り手 ゲルダが帰ってきたかどうか、確かめに飛んで来たんだね。
 からす(おす)飛んで来たんじゃないんです。ここに到着遊ばしたんです。ただし目的はご指摘の通り。ゲルダはまだなんですね。
 語り手 まだだね。
 からす(おす)(窓の外に叫ぶ。)クラー、クラー、クラーラ! まだ帰って来ていないよー。だけど語り手さんがいるよー。両殿下に報告して!
 語り手 何だって! クラウスとエルザが来ているのかい?
 からす(おす)そうです。両殿下、御到着です。
 女の子の盗賊 その人達も朝昼晩、朝昼晩とゲルダのことを待つのにうんざりだったんだ。だから、帰ったかどうか自分の目で確かめようと決めたんだね。
 からす(おす)まったくもってその通り、小さいお方。行く川の流れは絶えずして、しかももとの流れにあらず。時は流れて、我等が忍耐限度を越え、よその国。はっはっは。実にいい文章だ。
 女の子の盗賊 やるわね。
 からす(おす)今や私は、正真正銘の宮廷の学者がらす。(嘴で勲章を直す。)クラーラと結婚して、王子様王女様とのお傍にお仕え申し上げているんですからね。
(扉開く。王子、王女とからす(めす)、登場。)
 王子(語り手に。)今日は、語り手さん。 ゲルダはまだなんですか。僕達、話といったらあの子のことばかり。
 王女 話をしない時、考えることといったら、あの子のことばかり。
 王子 考えない時、夢に見ることといったら、あの子のことばかり。
 王女 そして夢だと大抵あの子、酷い目にあっている。
 王子 だからここに来ることにしたんだ。何か分かるかと思ってね。それにお城じゃ、ちっとも面白くないし。
 王女 パパは震えが止らない。それに溜息ばかり。顧問官が怖いの、パパは。
 王子 もう僕らは城には帰らない。この町の学校に行くんだ。娘さん、あなた誰?
 女の子の盗賊 私は盗賊の頭の娘。ゲルダに四頭の栗毛を与えたのはあなた。私はあの子に私の大好きなとなかいを譲った。となかいは北へ疾走。それ以来帰っては来ない。
 語り手 すっかり暗くなっちゃったな。(窓を閉め、ランプをつける。)ああ、ゲルダ、ケイ!(以前僕がやってたように君達を助けられたら・・・)僕の母は、他所(よそ)のうちの洗濯をするのが仕事だった。僕の学資などとても出せなかったんだ。 だから僕は随分遅くまで学校に行けなかった。五年生になった時、もう僕は十八歳だったんだ。背も今と同じくらいのっぽ。ひょろひょろで不格好だったね。(年が違うもんだから、)同級生の子供達がうるさくて仕方がなかった。で、静かにして貰うのが本当の目的だったんだけど、毎日お話をしてやったんだ。勿論話の中で、善い方の人物が危機に落ちいることがある。すると子供達は叫ぶんだ。「救って、その人を、のっぽさん。今すぐ。でないと僕達、あんたを殴っちゃうぞ。」それで僕は救ってやった。ああ、ケイとゲルダを今そんな風に楽に救えたら・・・
 女の子の盗賊 ここに来るんじゃなかった。北の方に、あっちに行くんだった。そうすれば助けられたかもしれないのに。
 語り手 だけど、もうゲルダは家に帰っていると思っていたんだ、あの時は。
(扉がさっと開いて、走り込むようにおばあさん登場。)
 おばあさん よく帰ってきたね!(女の子の盗賊を抱きしめて。)ゲルダ・・・ああ、違う。(王子の方にとびつく。)ケイ・・・また違った。(王女を見つめる。)この人も違う・・・あれは鳥だし。(語り手を見つめる。)あなただけは・・・本当のあなたね。今日は。子供達は? あなた、まさか・・・話すのが怖いんじゃないでしょうね。
 からす(めす)いいえ、それは違います。信じて下さい・・・ただ知らないだけなんです、本当に。鳥は嘘をつきません。
おばあさん ご免なさい・・・でも毎晩ここの通りまで帰って来て、この部屋の窓を見上げるのです。暗いわ。でも帰っていて、もう眠っているのかもしれない。階段を上がって、寝室へ駆け込みます・・・でもベッドには誰もいない。私は隅っこという隅っこを全部捜し始めます。ひょっとすると隠れているかもしれない。私を驚かす為に。でもどこにも隠れていない。そして今日、ここまで来たら、窓が明るい。あ、帰って来た。肩の重荷・・・三十年分の・・・それがさっと取れて、私は階段を駆け上がりました。でも部屋に入ってすぐまた重荷は逆戻り。まだあの子達、帰っていない。
 女の子の盗賊 おばあちゃん、優しいおばあちゃん。駄目、私を悲しい気持ちにさせるのは。悲しいと腹が立って来るんだから。坐って、本当に。でないとピストルで全員撃ち殺しちゃう。
 おばあさん(坐る。)語り手さんの手紙で、ここにいる人達はみんな分かるよ。これはクラウス。これはエルザ。これが小さい盗賊さん。これがカールル。そしてクラーラ。皆さんも坐って。一息ついたらお茶を出しますからね。 そんな悲しそうな顔をして私を見ないの。大丈夫。大丈夫ですよ。きっと帰って来ますよ。
 女の子の盗賊 「きっと、きっと」。口先だけ。もう厭。ちっともきっとじゃありゃしない。(語り手に。)ねえ、話をして! 物語をすぐに。ケイとゲルダがここに飛び込んで来た時、みんなが微笑んで迎えられるように。さあ。一、二、三!
 語り手 あるところに、踏み板が住んでいました。多人数・・・大家族でした。そしてこの家族をひとまとめにして「階段」と呼ばれていました。この「家族」は大きな家に住んでいました。一階から屋根裏部屋まで、ずうーっと一列に。一階の踏み板達は、「僕達は二階の踏み板より偉いんだ」と思っていました。二階は二階で、「三階の踏み板なんて屑さ」と思っていました。屋根裏部屋へ通じる踏み板だけは、誰に対しても威張ることができません。「でも僕らは空に一番近いんだ。高い所にいるんだからな。」と話しあっていました。それでも踏み板達同志で、仲が悪かった訳じゃありません。誰かが階段を上がる時、踏み板達は仲よく軋(きし)みあいました。その軋むことを、踏み板達は「歌」と呼んでいました。「僕達の歌を聞くのをみんな楽しみにしてるのさ。」そう彼らは思っていました。だってほら・・・と踏み板達は話していました・・・お医者さんの奥さんだって言ってたじゃないか。「あなた、患者さんのところで何をぐずぐずやってらっしゃるの? 私一晩中、階段の踏み板の鳴るのを、今か今かと待っていたのよ。」って。おばあさん! 君達! 僕達も耳を澄ませよう。もうすぐ踏み板が鳴る筈だよ。いいか、耳を澄ますんだ。誰かが登って来て、その足の下で、踏み板が歌を歌うんだ。ほら、五階の踏み板まで上がって来た。あれは良い人達の足音さ。だって、悪い人なら、踏み板は犬みたいにうーうー唸るんだから。ほら近づいて来る。そーら来た。上がって来るぞ。どんどん、どんどん。
(おばあさん、立ち上がる。その後、他の登場人物も全員。)
 語り手 聞こえるだろう? 踏み板が喜んでいる。ヴァイオリンみたにキューキュー言っている。さあ、上まで到着だ。決まってるぞ、これは・・・
(扉、さっと開く。雪の女王と樞密顧問官が部屋に入って来る。)
 雪の女王 さあ、すぐに男の子を私に返すんです。分かりましたね。さもないと貴方方全員、氷に変えてしまいます。
 樞密顧問官 いいか、その氷を打ち割って、かけらを売りに出すんだ。分かったな。
 おばあさん でもケイはここにはいません。
 樞密顧問官 嘘を言うな。
 語り手 嘘じゃない。本当だ、顧問官。
 樞密顧問官 嘘だ。この部屋のどこかに隠しているんだ。(語り手に。)そら見ろ。かくしている証拠だ。笑っているじゃないか。
 語り手 そりゃそうだ。これでゲルダがケイを見つけたことは、はっきりしたからね。
 雪の女王 なかなかうまいぞ、その嘘は。ケイ、ケイ、出てらっしゃい。みんながお前を隠してたんだね。だけど、もう私が来たんだ。出ておいで、ケイ!
 樞密顧問官 あの子の心は氷になっているんだ。もうこっちのものなんだ。
 語り手 それは違う!
 樞密顧問官 そうなのさ。いやがるのを無理に隠しているだけさ。
 語り手 なら捜したらいいだろう。
(樞密顧問官、素早く部屋を歩き回り、寝室へ行き、また帰って来る。)
 雪の女王 いたかい?
 樞密顧問官 ここにはいないようです。
 雪の女王 いないなら、それでもいい。ここへ着くまでに死んだのだ。さあ、行こう!
(女の子の盗賊、さっと女王の前に出る。王子と王女もこれに続く。三人手を繋いで女王の道を塞ぐ。)
 雪の女王 お前達には分かっていないようだね。私がちょっと手を上げて、振りさえすれば、ここはもうお仕舞い。永久に静寂が支配するんだ。
 女の子の盗賊 さっさと振ればいい。手でも足でも尻尾でも。降参なんかするものか。
(雪の女王、両手を上げて、振る。大きな音。風がヒューヒュー鳴る。女の子の盗賊、大声で笑う。)
 女の子の盗賊 どうしたの、一体。
 王子 僕は寒くもないな。
 王女 私とても風邪をひきやすいの。なのに鼻水も出てこない。
 語り手(子供達のところへ進む。女の子の盗賊の手を握る。)暖かい心の持ち主を・・・
 樞密顧問官 馬鹿馬鹿しい!
 語り手 氷に変えることは出来ないのだ。
 樞密顧問官 女王に道を開けるんだ!
 おばあさん(語り手のところに進み、その手を握る。)(訳註 これで五人の列になる。)顧問官さん、お気の毒ですけど、ここは通しませんよ。だって、あの子達が帰って来たら貴方方、きっとまた攫(さら)おうとするに決まっていますからね! それは駄目。許しません!
 樞密顧問官 お前達みんな、後でひどい目に会うんだぞ。
 語り手 なーに、こっちの勝ちさ。
 樞密顧問官 勝ちはこっちだ! 我々の力に終なんかないんだ。馬車は馬なしで走り、人間は鳥みたいに空を飛ぶ時が来るんだ。
 語り手 それがどうした。それでもこっちは変わりはしない。
 樞密顧問官 馬鹿馬鹿しい! さあ、女王に道を開けろ。
 語り手 嫌だ。
(語り手、全員と一列に手を繋いで、女王と顧問官の方に進む。女王、窓の傍に立って片手を振る。窓ガラスの
割れる音。ランプが消える。大きな音。風がヒューヒュー鳴る。)
 語り手 扉をおさえるんだ!
 おばあさん 今灯(ひ)をつけますからね。
(灯がつく。王子、王女、女の子の盗賊、扉をおさえているのに、樞密顧問官と雪の女王、消えている。)
 おばあさん あの人達、何処へ?
 からす(めす)女王様と・・・
 からす(おす)樞密顧問官閣下は・・・
 からす(めす)こわれた窓から・・・
 からす(おす)ご出発遊ばされたご様子。
 女の子の盗賊 すぐ、すぐに追いかけないと・・・
 おばあさん ああ、皆さん、見て。薔薇、私達の薔薇が、また咲いた! どういうことかしら。
 語り手 ということは・・・つまり・・・(扉に突進する。)そう。こういう意味なんだ!
(扉、さっと開く。扉の後ろにゲルダとケイ。おばあさん、二人を抱きしめる。全員一斉に声。)
 女の子の盗賊 おばあさん、見て。ゲルダよ!
 王子 おばあさん、見て。ケイだ!
 王女 おばあさん、見て。二人とも帰った!
 からす(おすとめす、同時に。)ウラー。ウラー。ウラー。
 ケイ おばあさん、僕もう決して、決して出て行ったりしない。
 ゲルダ おばあさん、ケイは心を氷に変えられちゃってたの。でも私、しっかり抱いて、泣いて泣いて、涙を流したの。そしたら氷が溶けたのよ。もとの心に戻ったの。
 ケイ そして二人で歩き始めたんだ。最初はゆっくり・・・
 ゲルダ そしてだんだん速く、速く。
 語り手 そして・・・クリーブレ、クラーブレ、ブーンムス。君達は家に帰った。君達の友達はほら、みんなで待っていたし、薔薇は花を開いて、君達の帰りを祝ってくれている。それから顧問官と女王は、窓ガラスを割って逃げちゃった。いやー、上上の首尾だ。これでみんな、みんなが勢ぞろいだ。あの連中が何をどうしようとしたって、こっちの心が暖かければ、何も出来るもんじゃない。(あの連中に一体何が出来るのか。 こっちの心が熱いんだ。何にも出来る訳がない。)そうだ、僕らの強さを敵に見せてやろう。さあ、一緒に・・・「スニップ、スナップ、スヌーッレ・・・」
 全員(声を揃えて。)プーッレ、バゼリューッレ
                     (幕)
             一九三八
                   
   平成四年(一九九二年)十二月一日 訳了


http://www.aozora.gr.jp 「能美」の項  又は、
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