「ウィングズ」にて
ノエル カワード 作
能美武功 訳
登場人物
メイ・ダヴェンポート
コーラ・クラーク
ボニータ・ベルグレイヴ
モーディー・メルローズ
ダイヤダー・オマリー
アルミナ・クレアー
エステレ・クレイヴン
ペリー・ラスコー
ミス・アーチー
オズグッド・ミーカー
ロッタ・ベインブリッジ
ドーラ
サリータ・マートゥル
ゼルダ・フェンウィック
ドクター・ジェヴォンズ
アラン・ベネット
トプスィー・バスカヴィル
(場 「ウィングズ」と呼ばれる、引退した女優のための養老施設。)
(時 現代)
第 一 幕
第一場 七月のある日曜日の午後
第二場 それから一箇月後の午前三時
第 二 幕
第一場 九月のある日曜日の午後
第二場 それから三、四時間後
第三場 それから一週間後
第 三 幕
第一場 クリスマスの夕方
第二場 七月のある日曜日の午後
予備的な註
「ウィングズ」は、引退女優のための慈善施設。他のこれら施設と異るところは、かって有名だった女優にだけ開かれている点。思わぬ災難、或いは不幸により困窮している場合に入寮出来る。
入寮者の幾人かは、ジョージ王年金資金から週四ポンドの年金が与えられているが、その他の者は自分自身の貯えから出る非常に少額の収入のみ。
六十歳未満の女優は入寮を許されない。
この施設は一九二五年、サー・ヒラリー・ブルックスによって設立された。サー・ヒラリーは、当時の有名な役者、演出家、製作者。現在の経営は公的資金で行われている。
施設はロンドン市の管理の下にある。現役の有名な男優、女優から構成されている会議が、月一度開かれ、ここで経営方針、資金の用途の決定等が行われる。
舞台装置
「ウィングズ」は華美でなく、住み心地よく作られている。ボーン・エンドから遠くないテムズ・ヴァレーに位置している。綺麗な庭があり、その遠くに川が見える。家具は同種類のものが揃っていない。時々寄付が行われるため、かなり良い家具があちこちにある。この施設の成り立ちから当然であるが、壁に昔の芝居のビラが額になって掛かっている。また非常に大きな、しかしあまり良い出来映えでないエレン・テリーの油絵がラウンジを圧するように飾ってある。それから、故サー・ヒラリー・ブルックスのブロンズの胸像がある。これも印象的。
ラウンジがこの芝居の舞台になるのだが、これは元々ホール、食堂、居間の三つの部屋であったもの。この施設のために購入された時、三室を一室に作り変えた。そのため明るく広々とした感じになっている。
観客から見て左手奥に階段。上の方に小さな踊り場があり、そこから階上の部屋へ繋がっている。階段の下は三つのフレンチ・ウインドウ。そこから石で舗装されたテラスに出られる。テラスからは庭、そしてそこから遠くにテムズ川が見える。
フレンチ・ウインドウから少し前方(つまり観客寄りの)左手に、図書室に続く扉。この図書室は現在テレビ室と呼ばれている。
階段の下に古ぼけた、しかしまだ弾けるベックスタインのグランドピアノ。その(観客から見て)右手に、両開きの扉。これはホールに通じており、ホールは食堂と玄関に通じている。その右手に大きな暖炉。暖炉の奥(つまり左手)に緑色のベーズ(ナッピング仕上げをした単色の毛織物)張りの扉。これは召使部屋に通じる。そして暖炉の右手に扉。これはミス・アーチボルドの事務所に通じる。ちょっと色褪せているが、更紗で張ってある椅子(複数)とソファ(複数)がおいてある。
第 一 幕
第 一 場
(幕が上ると丁度昼食が終った後。七月の日曜日の午後。ボニータ・ベルグレイヴとコーラ・クラークがカード・テーブルでトランプをしている。テーブルは暖炉の傍にあり、暖炉には薪が炊かれている。七月で暖かい日であるが、イギリスの夏の日のこと、いつ寒くなるか分らない。ボニータは六十代の終り。赤みがかったブロンド。仕立てのよい、ただあまり新しくない、ベージュのジャージ・ドレスを着ている。真珠の首飾り、これはイヤリングとマッチさせてある。それに腕輪。ボニータは芝居のユーモアをよく理解している陽気な女性。一九一四―一八年の期間にレヴューとミュージカル・コメディーでかなりの成功を収めた。第二次大戦、それから一九二○年、三○年代に、政府の合法的芝居としてはミュージカルを認めなかったので、彼女は大スターにはなれなかった。しかし、脇役として人気があり、慰問部隊(ENSA)のメンバーとして第二次大戦中よく働いた。その後、老齢のため仕事がなくなり、一九五○年に引退を余儀なくされた。コーラはボニータより一、二歳上。頬紅を濃く塗った派手な化粧。ピンクの、木綿のアフターヌーン・ドレス。その上にグレイのカーディガンを羽織っている。頭に明るい色のターバン。その下から黒い巻き毛が少し覗き見えている。ビーズのネックレスを四、五本巻いて、ロケットを金の鎖で下げている。)
(モーディー・メルローズは七十歳。小柄な小間使いの風貌。肘掛け椅子に足を縮めて坐り、「サンデー・タイムズ」を読んでいる。赤毛。髪が多くない。きちんとした青いプリントのドレス。縁に巨大な角(つの)のついた眼鏡。大きな袋が傍においてあり、時々煙草とマッチを取るため手を突っ込む。デビューは第一次大戦前の頃。当時いくつかのミュージカル・コメディーに出て、かなりの成功を収めた。快活さがモーディーの長所。音楽の才能は非常に豊かで、若い時は驚くべきソプラノの声量の持主であった。第一次大戦が始まると仕事がなくなり、終戦後、時折仕事が入って来たが、また第二次大戦が始まると仕事がなくなった。全般に、彼女の生涯は、長い、そして成果の少なかった、悪戦苦闘の人生であった。)
(メイ・ダヴェンポートはおよそ七十五歳。暖炉の傍に背中を真直ぐに腰掛けて、刺繍をしている。ゆっくりと、堂々と。傍に小さなテーブルあり。珈琲カップがのっている。時々それを手に取って飲む。堂々と。彼女はシェイクスピアと、重々しいレストレーション・コメディーが専門で、一時期はこの方面で名の確立していた役者。彼女の動作はゆっくりで、非常に威厳のあるもの。黒いヴェルヴェットの服を着ている。これは一昔前までは「ティー・ガウン」と呼ばれていたもの。髪は黒。横の方が少し灰色になっている。しかし、それを黒く染めることはしていない。構造的に美人の顔。首の回りに幅の狭い黒いヴェルヴェットのリボンをしている。)
(フレンチ・ウインドウが開けられていて、そこからテラスにいる二人、アルミナ・クレアーとエステレ・クレイヴンがデッキチェアーに坐っているのが見える。二人とも六月の気候に具えてマフラーをしている。エステレは白髪。いつも何かを考えている様子。今は編み物。アルミナは非常に肥っている。「サンデー・エクスプレス」を読みながら寝込んでしまっている。二人ともここに来るまでずっと舞台に立ち、時々は主役も演じた。が、本当のスターにはなれなかった。)
ボニータ(コーラに。)さ、これでお終いね。あなた、二シリング六、負けよ。
コーラ 先週の日曜日、一シリング貸しがあるわ。
ボニータ じゃ、あなたの負けは一シリング六だけね。
コーラ 精算はこの次の勝負の時にしましょう。
ボニータ そう言うだろうと思っていたわ、私。
コーラ(鋭く。)言うだろうって、どういうこと? それ。
ボニータ(優しく。)だって「精算はこの次」って、いつものあなたの台詞じゃない?
モーディー(「サンデータイムズ」から目を上げて。)今年はバック・ランディーがまた、ミッドナイト・マチネの番組に復帰するらしいわよ。
メイ バック・ランディー? 誰? 一体、その人。
モーディー あらメイ、バック・ランディーを知らないって訳ないでしょう? アメリカ中の人気者じゃない。
メイ 一九三一年からこっち、私アメリカに行ったことありませんからね。何をする人?
モーディー ツィターに合わせて歌うの。上半身裸で。
メイ 歌を歌うのに何故そんな必要があるの?
ボニータ 世界一の筋肉美の持主だってことになっているのよ。一九五五年と六年のミスター・アメリカなんですからね。
メイ どうしてツィターなの?
モーディー 自分で弾くの。だから。去年一年で二百万枚売れたレコードがあるわ。どこへ行くにも警察監視のもと。
メイ まあそうでしょうね、それは。
モーディー(「サンデー・タイムズ」に戻って。)カロリータ・パガディッツィーも出るらしいわ。ローマからわざわざその番組のために飛行機で来るって。
メイ その人、去年ここに慰問にやって来た人? あの胸の大きな。
コーラ 私達のような過去の残骸のためにわざわざ足をお運び下さる方がいらっしゃるなんて、本当に御親切様ね。
ボニータ「過去の残骸」ってあなたのことでしょう? きっと。
コーラ それはわざわざ足を運ぶんだから、見返りを期待しなくちゃね。宣伝効果はあるわ、たぶんに。でも、足を運んだ手間をちゃんと計算すれば、割りにあわなかったって思ってるでしょうね、きっと。
メイ ねえコーラ、中には一人や二人、純粋に親切な気持で慰問してくれる人がいるんじゃないかしら。
コーラ そう言ってるのは私よ。私は本当に御親切なことって言ってるのよ。ボニータよ、私にからんでるのは。
ボニータ 私からんでなんかいないわ。私達のことを「過去の残骸」なんて言うから、それはあなたのことでしょうって言ったの。
コーラ だってそうじゃない。そうでなければ、こんなところにいやしないわよ。
メイ そうねコーラ、きっとそうなんだわ。それにあなたのその捨て鉢な正直さに拍手を送る人だって沢山いることでしょうね。でも正直さは一歩間違えると野卑になるわ。今のようなことを言う気持になった時には、どうぞ覚えておいて下さいね、この中には後輩の役者達の慈悲で暮している事を辛いと思っている人間がいることを。
コーラ あーら、いけなかったわ私。ご免なさい。
メイ 分ってくれて嬉しいわ、コーラ。
(ダイアダー・オマリーがテレビルームからドスンドスンと足音を立てて登場。白髪の、元気のよい、八十二歳の婦人。黒い服を着ている。)
ダイアダー(強いアイルランド訛りで。)みんなに私、ここでちゃんと宣言するわ。テレビを発明した男の咽笛をこの手で引き毟(むし)って、その命を即刻たってやるわ。
ボニータ テレビ、また調子悪いの?
ダイアダー そう、調子が悪いの。こちらは全く何もしていないのよ。悪魔の仕業としか思えないわね。いい? ちゃんとテレビの前にお行儀よく坐ってデューガン神父の日曜のお説教を聞いていたのよ。そうしたら、何が新型最新発明よ、画面がゆらゆらっと動いたかと思うと、私の目の前でデューガン神父さんのあの立派な顔の右半分が、ゴムで出来たお面のように引っ張られて、見るかげもない姿になってしまったんですからね。
ボニータ(立ち上りながら。)ミス・アーチーが直してくれるわよ。私今行って来る。
ダイアダー 有難いわ、お申し出は。でもどうか構わないで。どうせオンボロ機械なんだから、ミス・アーチーがあれこれやったってすぐには直らないわ。その間に神父さん、すっかり話は終えてしまって、お茶でも飲んでいるでしょうからね、きっと。さあ、私はお昼寝。(二階へ上り始める。)やれやれ、今のこの世の中、真っ暗ね。ちょっと機械の調子が悪いっていうだけで、あの立派な神父さんが漫画になってしまうんですからね。(二階の部屋に退場。)
ボニータ(笑ってメイの傍のソファに坐って。)面白いわ、本当に最高、あの人。ねえメイ、あの人の舞台、見たことあるんでしょう? 素敵だったんでしょう?
メイ(ちょっと考えた後。)ええ、素敵。でも不安定。同じ場面で同じ演じ方をしたことは一度もないわね。
(この時アルミナ・クレアーとエステレ・クレイヴン、テラスから登場。アルミナ、ソファに進み、寒そうにその上に丸くなる。エステレは暖炉まで行き、手を火にかざす。)
エステレ 寒いわ。やせ我慢しても無理ね。骨まで冷えてしまったわ。
アルミナ(震えながら。)あれ、出来るものなのかしら。
ボニータ 「あれ」ってなあに?
アルミナ サンルーム。
モーディー 要求書は二週間前には委員会についている筈だわ。
ボニータ 金曜の委員会に出されるのね、きっと。
アルミナ たとえ委員会で通ったって、建ち上るまでに私、とっくに死んでるわ。心臓の調子が悪いの。またドキドキよ。ゆうべなんか一睡もしてないわ。
メイ それ、心臓のせいじゃないって、あなたが一番よく知ってるの、アルミナ。ただの消化不良。ジェヴォンズ先生が言ってたでしょう? あなた沢山食べ過ぎるの。それに食べ方が早過ぎるの。
エステレ 陽に当たってたって寒いわ。東風が真直ぐ谷から下りて来て、まともに身体に吹き付けるんですからね。
コーラ 委員会はその気になればサンルームぐらいの金あるのよ。ペリーがそう言ってたわ。
メイ ペリーは委員会の正式な事務局員です。そんなことを他人に話すなんて規則違反です。あの人はお喋りが過ぎます。
ボニータ メイ、あなたじゃないの、ペリーを甘やかしているのは。私達は全員知ってるわ、あなたとペリー、機会さえあれば何時間も二人だけでこそこそ話してるのは。
メイ 馬鹿なこと言わないでね、ボニータ。
モーディー 今日の午後には、ペリー来るわね。いつものように。
コーラ それは来るでしょう、日曜日ですもの。それに人を迎える仕事も(あるんだから)・・・
ボニータ(警告を発するほうに。)コーラ!
コーラ(メイの方を急いで見て。)メイ、あなた知ってるんでしょう?
メイ(全員の当惑の沈黙が少しあって、その後に。)迎える仕事って何のこと?
モーディー(困って。)今日の午後、新しく入って来る人がいるの。この楽しいわが家に。
メイ 私、知らされてないわ。どうして? 誰なの? それ。
ボニータ あらあら、到頭寝ていた猫を起しちゃった。もう言っちゃった方がいいんじゃない?
メイ 隠し事ね? どういうつもり? 一体。誰なの?
ボニータ ロッタ・ベインブリッジ。
メイ(咽に詰まったように。)ロッタ・ベインブリッジ。
ボニータ そう。
メイ(険悪な表情。)ロッタ・ベインブリッジが・・・ここに?
ボニータ(急いで。)私達みんな考えたの・・・だって、あなたとあの人、そんな・・・いい友達じゃないでしょう?・・・で、黙っていた方がいいんじゃないかって・・・
メイ 何時から分っていたの、この話。
モーディー 先週の日曜日。ペリーに聞いたの。
メイ(非難するように。)あなた方、私に突然あの人に会わせるつもりだったのね。私に何の心の準備もなく。
ボニータ 長い間あの人の付き人だったドーラが結婚することになって、あの人と一緒に暮せなくなったの。それから、フルハム・ロードの傍にあったあの人の家も、そこに大きなビルが建てられることになって、あの人、立ち退かなきゃならなくなって・・・
メイ(立ち上りながら。)あの人の住所がどこだっただの、立ち退きがどうのこうのだの、私には全く興味がないの。私に分っているのはただ一つ、あなた方を決して許さないっていう事。共謀して私に黙っているなんて。(階段の方に進み始める。)
モーディー(慌てて椅子から飛び降りて、メイの腕に手を当てながら。)私達、善意でやったのよ。だってあなたが困るといけないから。
メイ 心の準備なしに突然あの人と会わせる方が困り方が少ない?・・・あなた方、真面目にそう考えているの?
ボニータ メイ、怒らないで。だってもうあの人とのこと、ずっとずっと昔のことなんでしょう? あの人との喧嘩は・・・
メイ(階段を上がり始めながら。)あの人と喧嘩? そんなことは全くないのよボニータ。それは間違った情報。
ボニータ(呟くように。)じゃ、何だっていいけど、その・・・(あなたとの仲違い・・・)
メイ もう私、三十年間あの人と口をきいた事がないの。これからも口をきくつもりなんか全くありませんからね。
モーディー メイ、そんなこと言わないで。もう昔のこと、終ったことじゃない。
メイ(堂々と。)あの人が着いたら、あなた方のうちの誰かがこの事態を説明するのね。あの人に意味が分らないんじゃないかなんて、思うことはありませんからね。あの人は百も承知なんですから。
(メイ、自室に退場。困惑の少しの間。)
ボニータ 万事休す、ね。
モーディー やっぱり話しておいた方がよかったんじゃないかしら。
ボニータ そのうちに何とかやっていくでしょうよ。全く口を聞かないで暮すなんて無理っていうものだもの。でも、これからの数週間はひどいことになりそうね。
モーディー 年とともに人間は穏やかになるものだ、って言った人があるんじゃない?
ボニータ ニュースね、これは。その人には。
エステレ 私、ここに来てから、若かった時のことをなかなか思い出さないわ。
ボニータ 何年も性格俳優をやっているとそうなるんじゃない?
エステレ その昔は無邪気な娘の役を随分やったんだけど。私、綺麗だったのよ。目が大きくて。今は目、こんなに小さい。
モーディー あの二人、何が原因なの? 口をきかなくなったの。
ボニータ モーディー、あなた、ランドセル担いで学校から帰ってるんじゃないのよ。誰かさんが喧嘩したって、母親に報告することはないの。
モーディー(落ち着いて。)そうね、あれは一九一八年、一週間に八回、私それをやっていたわ。アデルフィー劇場。出し物は「ミス・マウス」。最後の幕で、「小学生をからかっちゃ駄目」っていう歌の独唱があった。劇場全体が止まったようになったわ。
コーラ そうね、私も覚えているわ。あれがあの芝居の山だったわ。
(この時バイクの音が近づき、大きな音をたてて止まる。)
コーラ ペリーだわ。いつもより早いわね。
ボニータ あら!(バッグを開けて、化粧をし始める。)
モーディー お化粧? 無駄なんじゃない?
ボニータ 分ってる。いいの。ただ習慣。
アルミナ あのサンルームが出来るかどうか、教えてくれる筈よ。
コーラ 教えはしないわね。「議題に上げた」って言うのが精々のところよ。
ボニータ でも私達への話し方で、希望が持てるかどうか分るんじゃない?
コーラ サンルームにどうしてそんなにこだわるのかしら。私には分らない。どうせお金の無駄使いよ。硝子が多くなって、雨のあたる音がうるさくなるだけ。
ボニータ 分ってるわ、あなたの考え。でも私達、これで騒いでるの、楽しいのよ。
(ペリー・ラスコー、ホールから元気よく登場。好青年。三十八歳から四十歳ぐらい。明るい色のセーターにジャンバー、それに灰色のフランネルのズボン。数年前までミュージカル・コメディーの若手として活躍していたが、自分の将来の見極めをつけ・・・好判断と思われる・・・「ウィングズ」基金の事務局員の仕事を引き受けた。「ウィングズ」の住人達に彼は愛されている。冗談も言い、楽しくやりとりが出来るからでもあるが、基本的には親切だからである。)
ペリー ああ参った。酷いことをやっちゃってね。
モーディー どうしたの?
ペリー 牛乳配達の荷車にバイクをぶっつけちゃって。運よく大抵は空だったから良かった。牛乳屋、青くなってた。(片はついたんだけど。)メイはどこ?
ボニータ 二階。
ペリー ああ、それなら良かった。
ボニータ それが良くないのよ。ばれちゃったの。
ペリー ええっ? 誰が言ったの?
モーディー 私達全員。仕方なかったのよ。
ペリー そうか。でも結局、それが一番良かったかもしれない。
ボニータ それが駄目なの。あの人、怒り狂っちゃったわ。
ペリー あーあ、可哀想に、新入りのロッタ。そうでなくても辛いことは沢山あるのに。
コーラ あの人、何時着くの?
ペリー もうすぐ。ビリー・マスグローヴに車を借りたんです。ドーラが運転して、持ち物全部載せて。
モーディー あの人を見たの? あなた。
ペリー ええ、先週。あの人のアパートに行って、一緒にお茶を飲んで、最終の打合せをすませました。
ボニータ どんな様子だった?
ペリー ちょっと辛そうに。でも、それを見せないように。アパートの立ち退きは別に気にしている様子はありませんでした。長く一緒にいたドーラと離れるのが辛いのですね。そう見えました。そうだ! 大佐殿は?
コーラ 事務室よ。私達の夕食を何にするか、迷っているところだわ、きっと。シェパーズ・パイか、マカロニ・チーズか、どっちにしようって。
アルミナ ゆうべもマカロニ・チーズだったのよ。あれはもうご免だわ。
(スィルヴィア・アーチボルト(ミス・アーチー)、事務所から登場。「ウィングズ」の在住監督官。およそ五十歳。一見荒々しく男性的だが、実は優しく、涙もろい。時々威圧的な態度も取るが、居住人には評判よし。どちらかというと肥り気味。しかし、コーデュロイのズボン、それに少しきつめのセーターを着ても、まだサマになっっている。第二次大戦中、慰問軍(ENSA)でよく働き、大戦後は大佐の位で退いた。この位が彼女の最も誇りとするところ。)
ミス・アーチー やっぱりあなたね、ペリー。ぼろバイクの音が聞えたと思ったわ。
ペリー ああアーチー、ぼろバイクが三十分前からよけいぼろになりましたよ。牛乳配達の荷車にぶっつけちゃいましたからね。
ミス・アーチー(口笛を吹いて。)あらあら、十日間の営倉行きね、ペリー。
ペリー その台詞、僕好きですよ、アーチー。僕のエドガー叔父さんにそっくりだ。
ミス・アーチー あなたの叔父さんなんかどうだっていいの。ロッタ・ベインブリッジは何時着くの?
ペリー もうすぐの筈です。ビリー・マスグローヴの車を借りたんです。
ミス・アーチー 誰も何も教えてくれないのね、私には。オズグッドはもう来た?
ボニータ いいえ、まだですわ。
ペリー マーサはどう? 具合。
ミス・アーチー 金、土、と少し悪かったわ。でも日曜日になると大丈夫。いつもと同じ。
コーラ 私達みんな、あんな年になるまで生きなきゃならないのかしら。
モーディー やれやれ、それはご免だわ。
エステレ オズグッドだって、もう七十は越えているわ。
モーディー あの二人、恋人同士だったこと、あるのかしら、その昔。
ペリー(笑って。)いくら何でもそりゃ無理でしょう。オズグッドはマーサより二十五歳年下なんですから。スターとそのファンの関係でしょうね。それを今までずっと引きずってきたんですね。マーサが全盛時代、あの人、楽屋裏の扉の外で彼女が出て来るのを待っていたんです。あの人がほんの少年の時ですよ。雨の日も風の日も。必ず菫の花束を持ってね。
モーディー 今でも持って来るの、菫だわ。
ペリー そうです。いい話ですよ、これは。
コーラ あの人の最後の芝居に私も出たわ。出演者全員、あの人を嫌っていたわね。
(玄関のベルの音。)
ミス・アーチー ほーら来た。私が出るわ。ドリーンは今外出中なの。(ホールに退場。)
ペリー ドリーン、ちゃんとやってるのかな。
コーラ 時々扁桃腺を腫らすわね。それから、時間の観念がないわ。でも前のグラディスよりはずっとまし。
ペリー グラディス、僕はいいと思ってたんですけど。第三幕登場の悪役って感じで。
(ミス・アーチー、ホールから登場。オズグッド・ミーカーを連れている。年取った、頭の禿げた男。服装は粋。少し動きが鈍い。菫の花束を持っている。)
オズグッド(慇懃な態度で。)今日は、みなさん。
ボニータ あらオズグッド、お元気?
オズグッド ええ、有難うございます。時々ずきずき来ることはありますがね。それを除けば元気いっぱいですよ。
ミス・アーチー さあ、お連れしましょう。
オズグッド いやいや、どうか構わないで下さい、ミス・アーチー。一人で行けますから。私が来るのは分っているんですね?
ミス・アーチー そうよ、ミーカーさん。いつでもあなたのことを待ってるわ。
オズグッド この一週間あの人・・・幸せでしたか?
ミス・アーチー ええええ、金曜と土曜はちょっと悪かったけど、心配するほどではなかったわ。
オズグッド では行ってみます。(階段を上り始める。)
ミス・アーチー 降りていらしたら、お茶を用意しておきますわ。
オズグッド 有難うございます。どうもお気を使って戴いて。(上の部屋に退場。)
モーディー マーサはあの人が分るの?
ミス・アーチー 分るのよ、それは。どういうわけか、彼女の具合が悪い時には決して行きあたらないの。時々ひどく陽気になって、昔のきわどい話も出てくるわ。とても確かなのよ、記憶は。まあ、ずっと以前に起ったことに限るけど。
ペリー だいたいそういうものなんだそうですね。つまりその、年をとってくると昔のこと・・・例えばヴィクトリア女王の記念祭なんか・・・は、よく覚えているけれども、先週のことは全く覚えていない・・・
コーラ 先週? 起ったことなんか、何もないもの。
エステレ 先先週のことだけど、覚えてることが一つあるわ。私達、上申書を書いて円形に署名して、委員会に提出したわ。サンルームが欲しいって。凍え死なないで陽にあたれるように。委員会の人達、読んだのかしら。
ペリー ええ。金曜日の委員会に出されましたよ。
ボニータ 何て言ってた?
ペリー 考慮するって。
コーラ ほらご覧なさい、私の言った通り。
エステレ 可能性はあると思って?
ペリー 勿論ありますよ。いつも明るい方を見て行動しなくちゃ。
コーラ 口あたりのいい話を聞きたい訳じゃないの、ペリー。あなた自身はどう思ってるの? 可能性ありなの?
ペリー 考慮するっていうのが委員会の話で、それ以上は、僕は・・・
ボニータ 委員会の議論の仕方で分るでしょう? どっちの方に風は向いているの?
コーラ 見積もりを貰おうって話さえ出なかったの?
ペリー(嫌々ながら。)見積もりは渡したんです。建設会社からの手紙も。
コーラ それ、どういうこと?
ペリー 「ホッジ・アン・クリール」社がやってくれたんです。先週の日曜日の夜、みんなが寝た後、僕とミス・アーチーで、テラスを計測したんです。
ボニータ 道理で窓の下でゴソゴソ音がしたと思った。泥棒かと思ったわ。
コーラ こんなところをうろつく泥棒なんて、よほどの間抜けよ。
ミス・アーチー 見積もりはいくらだったの? その建設会社の話だと。
ペリー 二千五百ポンドです。
ボニータ まあまあ、何をおっ建てる気なのかしら。原子力発電所?
ミス・アーチー 光を取り込む場所を大きく見積もったんだわ。硝子はひどく高いから。
ボニータ それで、委員会の中に賛成の人いたの?
ペリー(はっきりと。)一人、或は二人。過半数ではありません。
コーラ 基金が足りないって言うの?・・・あのモーリスの遺産が入ってきたじゃない。
ペリー あれはもう用途が決まっています。
コーラ パム・ハーローは何て言ってる?
ペリー 賛成です。でも、ブーディー・ニーザーソウルが反対でした。
コーラ ああそう。あの人反対。
ミス・アーチー(警告するように。)ペリー、駄目よ。あなたは委員会に口をはさむ権利はないの。
ボニータ(苛々と。)ちょっと今、構わないで。聞かないふりしていて。私達全員に大事なことなんだから、これは。
コーラ ブーディー・ニーザーソウル! しめ殺してやりたいわ。
ボニータ 私も。ただ、あの人に首があればの話だけど。
ミス・アーチー お願い。落ち着いて。
コーラ あんなに大根で、どうして委員会のメンバーなの。台詞さえ碌に言えやしないのに。
ペリー 最近の五年間に、四つも大当たりを取ったんですよ、あの人。
ボニータ で、あの人が言った台詞は? 正確には?
ペリー これ以上は言えません。ただ、この件に関してはあの人熱心で、他の人の意見を引っ張って行く雰囲気がありますね。
ボニータ 建設に賛成の人の鼻面を引っ張って、反対に廻そうとするわけね?
ペリー ええ、まあ。
エステレ 贅沢は贅沢かもしれないわね。ここは住むにはまあまあ快適なんだから。でも冷たい東風に晒されないで日なたぼっこが楽しめたら随分素敵なんだけど。
ペリー 次の時あまり議題が多くない時に、必ず議題として提出します。約束しますよ。この間は時期として非常にまずかったです。一度にどっと問題が出されてしまったんですから。アトゥコ社の芝刈り機、庭のフェンス、それに新しく購入するボイラー。これがかなり金額がかさむんですからね。
ボニータ テラスを張る硝子だけど、二千六百ポンドってのは信じられないわ。
ペリー ホッジ・アン・クリール社はその金額を提示しているんですが。
ボニータ ちょっとぼってるんじゃない?
アルミナ こんなことをしたって、なーんにもなりゃしない。私最初からそう思ってた! そう言ってきたでしょう?
エステレ みんな私がいけないんだわ。最初にこのことを言い出したのは私なんだもの。みんなのことをがっかりさせちゃって、私、私・・・(泣き出しそうになりながら。)私がいけなかったんだわ。
ボニータ 元気を出しなさいよ、エステレ・・・そんなにたいした問題じゃないのよ、こんなこと。
エステレ 私、本当に楽しみにしていたの・・・私だけじゃないわ、みんなもよ・・・サンルーム、何て素敵なんだろうって・・・(泣きだす。ハンカチをバッグの中で探る。)
ペリー(エステレに両腕をかけて。)さあさあエステレ、泣かないで。何とかしますよ、僕が。別に会社にまた見積もりを出させるんです。ホッジズ・アン・クリールほどいんちきでないのをね。あちこち怪しいところはたたいて。そしてまた提出してみますよ。最低そのぐらいのことは僕はしなくちゃ。
ボニータ それにしてもブーディー・ニーザーソウルの奴! 恰好よくベントリーなんかで乗りつけちゃって。今度何かで来た時には、私必ずあいつに一言あるんだからね。
ミス・アーチー そんなことをしたら、ペリーが悪い立場に立つだけだわ。
ペリー 意地悪をしようっていうんじゃないんです。あの人にはあの人の考えがあって・・・
モーディー いいところを見せようって言うのよ。それしか頭にないのよ。
コーラ もういいじゃない。話題を変えましょう。さっきボニータが言ったけど、どうせたいした問題じゃないわ。ちょっと前まではサンルームなんて聞いたこともなかったのよ。それに私達、もう墓に片足つっこんでいる年なのよ。
ボニータ 死に装束をするまでは、その話は止めて戴きたいわね。
(玄関にベルの音。)
ペリー あ、あれはロッタだ、きっと。
ミス・アーチー ペリー、お願いね。テッドを呼んで、荷物を運ばせて。台所にいるから。玄関には私が出るわ。
ペリー 分かりました。(緑のべーズの扉から退場。)
ミス・アーチー(ぶっきら棒に。)新入居者を迎えるって、厭な気持。「これが終」って顔なんだから、誰でも。(ホールへ退場。)
コーラ 入って来る時の気持なんか、考えてやることないのよ。どうせここで二、三箇月も暮らせば、どうってことなくなるんだから。
ボニータ どうしてそんなことを言うのコーラ、本気で言ってるんじゃないんでしょう?
コーラ そう、冗談。
ボニータ 冗談じゃないんだわ。ここに最初に着いた時の気持は。私、着いてから丸々一週間、泣いて暮したもの。
エステレ でもあなた、ここで幸せなんでしょう? だいたいは。
コーラ 言ってるあんたはどうなの?
エステレ 駄目。言わないで・・・私・・・私・・・(堪え切れず、バッグを掴んで二階へ急いで上る。他の者は黙ってそれを目で追う。)
ボニータ さあ、来たわ。
(ミス・アーチー登場。その後ろにロッタ・ベインブリッジとその小間使、ドーラ。ロッタは落ち着いた婦人。七十代の始め。かってはブロンドだった髪が灰色になっている。小さな帽子、それにシンプルだがよく仕立てられている洋服。その上にダスター・コートを羽織っている。心が十分に決まっていて、静かな陽気さがある。ドーラは四十代。肥っていて不機嫌。明らかに泣いていた様子。)
ロッタ(微笑んで。)まあ、胸がドキドキするわね。・・・新しい学校に入る時のようだわ。・・・勿論新しい学校じゃ昔の友達には会えないけど。コーラ! もう随分会っていなかったわね。(キスをする。)ミス・メルローズ!(モーディー、この時までに立ち上っていて、ここで二人握手。)私達、そう親しいお付き合いはしていなかったけれど、私いつも感心して見ていたわ。何だったかしら、もう何年も前、小学生の恰好をして、歌を歌った芝居。あの歌の迫力・・・題名を忘れてしまったけど・・・
モーディー アデルフィー劇場の「ミス・マウス」。
ロッタ そうそう。勿論「ミス・マウス」。主役の男優はハリー・ヘンダスン。あの人、亡くなるちょっと前に私と一緒に出てくれた。ギャリック劇場だったわ。あの芝居は確か・・・
ボニータ 「六月の天気」。
ロッタ まあ、あなた、よく覚えていて下さったわ。芝居は大成功だったけど、ひどくお涙頂戴。あなた、ボニータ・ベルグレイヴね。そうでしょう?・・・ええ、どこで会っても私、すぐあなたって分るわ。あなたもここにいるって私、知ってたわ。それは私達の共通の友達から聞いていたから。あの、ルーカス・ブラッドショウから。
ボニータ ルーク・ブラッドショウ! あの人、まだ生きていたなんて! ちっとも知らなかった。どうしてます? あの酒浸りさん。
ロッタ 相変わらず酒浸り。でも回数は大分減ったわ。飲んでない時、私に会いに来てくれて、二人で昔のことを話しこんだわ。
コーラ ここではしょっちゅうね、それ。
ロッタ ここだけの話だけど私・・・昔の話をするの、あまり好きでなくなったの。分ってくれるわね?・・・でも勿論時には・・・ええ、時には楽しい筈よ、きっと。
ミス・アーチー アルミナ・クレアーは御存じね?
ロッタ 勿論。アルミナ!(キスする。)あらあなた、いけない子ね。こんなに肉ぶとんをつけちゃって。昔は本当にガリガリだったのに。
アルミナ 私、食べるのが好きなの。それにもうダイエットする理由なんかないもの。
ロッタ そうねえ、本当。でも私、あんまり長いことやってきたものだから、もう習慣になってしまったわ。・・・そう、死ぬまで私、パンとじゃがいもは自動的に避けるわ、きっと。
(ペリー、台所から登場。)
ペリー セント・トゥリニアンズにようこそ、ミス・ベインブリッジ。(訳注 セント・トゥリニアンズは不明。俳優養成所の学校か。)
ロッタ あら、ミスター・ラスコー。(握手する。)あなたがここにいるとは知らなかった。嬉しいわ。(サー・ヒラリーの胸像を見て。)ヒラリーのこの胸像、覚えてるわ。ヒラリーと私、「短い蝋燭」で共演していたの。その時よ、これのモデルをやらされて。殆ど三箇月もかかったの。カンカンになって怒ったのよ。御存じでしょう? あの人のせっかち。一分間でもじっとしていられない性質(たち)だったの。(ドーラの手を引いて、前方に出しながら。)これが私のドーラ。一箇月後に結婚するの。別れる話はしないことにしているのよ。だって、二人で泣き出しちゃうから。さあドーラ、二階に行って私の荷を解いて来て。ドーラを私の部屋に案内して下さいませんか? ミス・アーチボルト。
ミス・アーチー 分りました。さ、ドーラ。
(ドーラ、涙目でロッタを見る。それからミス・アーチーにしたがって階段を上る。二人退場。)
ロッタ(コートを脱いで、ソファに沈み込むように坐りながら。)ああ、私疲れた。入って来るとき緊張しすぎたのね。お芝居の初日のときのように。でも今はよくなった。マーサ・キャリントンもここにいるのね?
ペリー ええ。でもあの人、自分の部屋から出ることはないんです。
ロッタ もう百歳は越えているんでしょう?
ペリー 百にはまだ。でももうそろそろです。
コーラ メイ・ダヴェンポートもいるわ。
ロッタ ええええ、知ってる。あら、エレン・テリーの肖像画。誰かしら、描いた人。あまり良い絵じゃないわ。でも不思議ね。エレンの輝きはちゃんと出ている。平板な絵に作っても、あの人の輝きは抑えられないのよ、きっと。
ボニータ(突然ロッタに近づいてキスしながら。)来て戴いて私達、本当に嬉しいんです、ミス・ベインブリッジ。本当に素敵な人がいらしたって。
ロッタ(一瞬、殆ど涙がこぼれそうになる。)有難うボニータ、どうも有難う。
ペリー(気まずい間を埋めるように。)ミス・アーチーのこと、慣れるといい人だって分かりますよ。
ロッタ ええそうね、きっと。
ペリー わざと怖い顔になる時もありますけれど、戦争が終って軍慰問団を退役した時、大佐の地位にいたんです。でも怖い顔の下に優しい血が流れているんです。
ロッタ 私、そろそろもう二階に行ってドーラを手伝わなきゃ。それに、自分の部屋も見ておかなくちゃ。ああ、でもまだその気にならない。これから何年も何年もその部屋を見つめることになるんでしょうね。
モーディー いいお部屋ですよ。台所に面した庭が、上から見えますわ。
ロッタ(顔を顰めて。)あら、素敵ね。
ボニータ 怖がらないで。どうぞここの生活を怖がらないで。想像していらっしゃるような、酷いことは何もないんです。本当ですよ。
ロッタ この二、三週間、ここでのことは考えないようにしてきたの。その方がいいと思ったから。ここへ来られるだけでも幸せな筈、私達みんな。本当にそう思うわ。
コーラ そこはいろんな考え方があるでしょうね。
ボニータ 何を言ってるのコーラ、お黙りなさい。
ロッタ ここが出来て二、三週間後だったわ。たしか私、創始者のヒラリーとここへ来たことがあった。庭でお茶を飲んだわ、二人で。自分がここに入るようになるなんて、夢にも思っていなかった。
ボニータ 快適な生活なんです、本当に。テレビはあるし、時々はメイドゥンヘッドに映画にも行けますわ。ピクチャー・ハウス・カフェーでお茶も飲めるし・・・バス停は歩いて五分のところ。すぐ近く。
ロッタ(ぼんやりと。)長い間映画を見ていないわ。随分ほったらかしにしてきて。最近のものを見て行かなくちゃ。
ボニータ ここで暫くお一人で坐って・・・そう、ここの雰囲気に慣れるようになさったら? 丁度私達お昼寝の時間ですし・・・さ、コーラ、上りましょう。
コーラ(嫌々ながら。)そうね・・・上ろうかしら。(立ち上る。)
ロッタ(無理に口を開いて。)皆さん御存じね? メイ・ダヴェンポートと私、もう何年も口をきく間柄でないという話。
コーラ ええ、・・・ええ、知ってるわ。
ボニータ 心配しないで。・・・それもそのうち自然に解決するわ。
ロッタ この状況、確かに微笑ましいと言えるものなの。わざわざ運命がこんな風に仕組んだんですからね。メイと私が人生の最後の日々を、同じ屋根の下で暮すように。個人的には私、だから「微笑ましい」って思えるの。でも、メイはねえ・・・
ボニータ ええ、あの人、とてもそんな気持ではありません。今のところ。でもそのうちには。
ロッタ ユーモアはあの人の得意な分野じゃないの。
モーディー でも時々あの人、ひどく可笑しいことを言うわ。
ロッタ ええ、可笑しい事はしょっちゅう言うの。でも意図したものではないの。私、どんな刺(とげ)でも堪えようと決心してここへ来たの。私が来たことで皆さんに迷惑だけは決してかけないようにって。私、出来るだけ一生懸命やってみる。でも失敗しても責めないで下さいね。和解は難しい。メイは手強(てごわ)いの。
コーラ 仲違いの原因をお訊きするというのは・・・多分ご迷惑でしょうね?
ロッタ ええ、そうね、コーラ。それに・・・どうせ皆さん御存知でしょう? きっと。話が二重になるだけだわ。
ボニータ さ、コーラ、今の台詞が退場の合図よ。上りましょう。
アルミナ(ソファから立ち上るのが大変で。)あら・・・
ペリー(助けて、立たせながら。)さあさあ・・・自分で出来ますよ。弱ってないんだから・・・
モーディー(眼鏡をバッグに入れ、新聞を畳みながら。)じゃあ、また後で、ミス・ベインブリッジ。
ロッタ オ・ルヴワール、ミス・マウス。
モーディー(笑って。)あら、ミス・マウスは私じゃなかったの。私はただの端役。主役はドリイ・ドゥレクセル。あれがドリイの最後の舞台。あの後、気が狂ったの。覚えていらっしゃるでしょう? ドリイのこと。
ロッタ うっすらと。
モーディー チャイナブルーの眼。全く混じりっけなしの。
(モーディー、階段を上る。その後にゆっくりアルミナ。コーラとボニータがその後に続く。)
ボニータ ミス・アーチーに忘れないでテレビを直して貰わなくちゃ。夜までに。新しいクイズ番組が始まるわ。
コーラ クイズ番組は私、嫌い。
ボニータ あなた、クイズが嫌いでよく「レベッカ」に出たわね。あの芝居、クイズのようなものじゃない。
(四人退場。)
ペリー お一人になった方がいいですか? それなら僕は・・・
ロッタ いいえ、大丈夫。どうせそれに、ドーラが降りて来ますわ。ああそう、その時には外して下さいね。すみませんけど。・・・この別れの場面は少し辛いので。あの子、この一日中そのことばかり考えていたでしょうからね。
ペリー(シガレットケースを出して。)煙草は?
ロッタ(一本取って。)有難う。
ペリー するとドーラさんはまたビリーの車を運転してロンドンへ?
(ペリー、ロッタの煙草に火をつける。)
ロッタ ええ、親切にビリー、車貸してくれて。ドーラはアパートに帰って、残った物の後片付け。可哀想なドーラ。ドーラがいなくなったら私、随分寂しくなるわ。
ペリー 夫になる人に会われたのですか?
ロッタ ええ、一度。ドーラがお茶に招んだの。よさそうな人に見えたわ。・・・随分大柄な。でもひどく小さな頭。
ペリー 愛される結婚生活になりますか? ドーラさん。
ロッタ どうでしょうね。その人、ドーラのことを終始見つめていたわ。それは悪くないこと。とにかくドーラにとって悪い話じゃないの。年はもう随分行ってるし、自分の子供はもう生めないでしょう。でも夫には先妻からの二人の娘がいて、その二人を立派に育てるでしょう。始めは寂しいわ、きっと。でもすぐ慣れます。
ペリー 誰でも、どんなことでも、時間が経つと慣れるものです。
ロッタ(微笑んで。)そうであって欲しいわ。
ペリー 慣れますよ、あなたも。きっと慣れます。
ロッタ そうね。そう期待しましょう。
ペリー 本当に困った事が起きたら、本当に厭なことが起ったら、どうぞ僕に個人的に言って下さい。もし必要なら、十分に工夫をして委員会にかけますから。
ロッタ 有難う。御親切に。でも、そんなことは起らないわ、きっと。
ペリー ええ。でも、覚えておいて下さい。私に出来ることがあればすぐ参ります。
ロッタ あなた、お芝居を随分早くに辞めてしまったのね?
ペリー ええ、六年前です。三十三の時でした。
ロッタ 何故なの?
ペリー 僕はスターになれると信じて役者を始めたんです。でも、ある時突然、なれないと分ったんです。
ロッタ そう?(間の後。)後悔はしていない?
ペリー ないです、後悔は。ただ時々、若いのが自信たっぷりにやっている。見ていてズンと来る時がありますね。「俺だったらもっとうまくやれるぞ」ってね。でもほんとのほんと、それは違うんでしょう。僕が出来るのかどうか、自信はありませんね。
ロッタ で、このお仕事はお好き? 昔の・・・影法師さん達とのおつきあい。
ペリー 最初は固定給だけで・・・母が生活を助けてくれています。それから、僕は昔の・・・影法師さん達、好きですね。委員会に出ていて、時々厭な目に会う事がありますけど・・・でも、すべてがいいなんて、あり得ませんからね。
(ミス・アーチー、階段をきびきびと降りて来る。)
ミス・アーチー ドーラはもうすぐ終ります、ミス・ベインブリッジ。一分後には降りて来ますけど? それとも、上でお話をなさいますか?
ロッタ いいえ、ここで待ちますわ。
ミス・アーチー ペリー、いい子だからちょっと外して。ミス・ベインブリッジとちょっと話があるの。
ペリー どこへ行きましょう。
ミス・アーチー テレビでも見ていたら?
ペリー 壊れてるんです、テレビは。
ミス・アーチー ああ、またダイアダーね。いつも癇癪をおこしてテレビを蹴るの、あの人。後で直しとくわ。
ペリー じゃ、庭に出ます。寒い東風を物ともせず。
ミス・アーチー そう。
ペリー では失礼します。ミス・ベインブリッジ。
ロッタ 有難う。・・・御親切に、いろいろと。
(ペリー、フレンチウインドウから退場。庭に出て、観客に見えない場所に退場。)
ミス・アーチー あの子は私の片腕。車の両輪のように私達、動いているんです。
ロッタ それはいいですわ。こういうところの経営には、それが一番大事なんでしょうね。
ミス・アーチー ええ、その通り。あの子が来る前に女の秘書がいました。何度か私、本当に癇癪玉が破裂しそうでした。何にでもガミガミ、その癖委員会に出ると震え上る。その子に何度も言って聞かせました。「いいからよく聞きなさい。あなたは委員会に立ち向かって行かなきゃいけないの。それで初めて長い時間をかけた後、委員会があなたに感謝するようになるの。あの人達は自分達の言っている事の半分も分っちゃいないんだからね。」そう言ったんです。役者なんて、男も女も、会議となると酷いですからね。下らないことに熱を上げたり、極端なことを口走ったり。
ロッタ ええ、本当にそう。三十代の時、私も三年間あそこの委員でしたから、よく知ってますわ。
ミス・アーチー あら、その頃私、随分でしゃばりだったでしょうね。
ロッタ いいえ、全然。私、あなたの意見にだいたい賛成でした。私、あの頃、自分が委員には相応しくない人間だっていつも感じていました。しょっちゅう地方巡業で、続けて四、五回、委員会を休まなければならなくて。その後帰ってきて急に何のことか分らない議題について意見を求められたり。私、もう少しは真剣に取り組むべきだったわ。勿論、暮している人のことを親身に想像しようとはしたわ。でもちゃんと出来ていたかは疑問ね。
ミス・アーチー 今は有難いことに、かなり順調に動いています。ペリーが委員会と私との間を取り持つ役。勿論細かいことではうまく行ったり行かなかったり。でも大抵は何とかうまく納まっています。さあ、それでは次に規則のお話を・・・
ロッタ(悲しそうに。)ああ、規則ね。
ミス・アーチー そんな。緊張なさらないで。そんなに制限はないのです。
ロッタ(皮肉をこめて。)単独の外出は許可されているのですか?
ミス・アーチー ええ、勿論。どこにでもお好きなところへ。
ロッタ 残念ながら、そうも行かないわね。
ミス・アーチー 一つだけ厳しい規則。それはペットに関すること。
ロッタ ええ、知っています。ペリーが先週説明してくれましたわ。私一昨日、私の犬を・・・眠らせました。九年前ほんの子犬の時、陸軍の売店で買ったのです。よく私になついていて・・・私以外の人では到底駄目だろうと判断したのです。
ミス・アーチー それは本当にお気の毒です。運が悪いですわ。
ロッタ どうかそれ以上仰らないで。いろいろ辛いことも堪えて来たのですが、これだけは未だに思い出すと涙が出て来ますので。
ミス・アーチー ええ、ええ、分かりますわ。
(ドーラが階段の踊り場に登場。ゆっくり降りて来る。)
ロッタ ドーラが来ましたわ。ちょっと私達だけにして下さいません? あの子はロンドンに帰るのです。規則についてはまた後ほどに。時間はきっと十分にありますわね?
ミス・アーチー ええ。ではまた後で。何かあったら、事務室におりますので、どうぞ。(ドーラに明るく頷き、退場。)
ロッタ どうだった? ドーラ、お部屋は。
ドーラ いいお部屋ですわ。少し寒いかも知れませんけど。眺めもいいし、それに静かで。
ロッタ どこなの?
ドーラ 右側の、通路に沿って二つ目の部屋ですわ。今ご覧になりますか?
ロッタ いいえ。あなたが行ってからのお楽しみ。
ドーラ(泣き崩れる。)私が行って、ここでたったお一人になってしまわれるなんて・・・駄目ですわ。私、大丈夫だと思ってましたけど、駄目、駄目ですわ、それは。
ロッタ 馬鹿なことをいわないの、ドーラ。駄目じゃないの。そうしなくちゃいけないの。それ以外には方法はないの。それは私にもよく分っているし、あなたにも分っているの。
ドーラ(泣きながら。)あんなに・・・仲良く・・・一緒に・・・暮して来たのに・・・私、駄目・・・別れるなんて・・・
ロッタ(腕をドーラの肩において。)元気を出すの、ドーラ。あなたのためだけじゃないわ。私のためにも。ね?
ドーラ 私、フランクに言うわ。誰か他の人と結婚してって。私、必ず言う。ねえ、二人でどこかアパートを捜して、そして今まで通り、二人で暮しましょう。こんな貧窮院みたいなところへ残して、私一人出て行くなんて、そんなこと出来ませんわ。
ロッタ(微笑んで。)貧窮院じゃないのよ、ドーラ。引退した女優が住む快適な家なの。二、三日たって、最初の違和感が取れたら、私はきっとここで楽しく暮すようになるわ。アパートで暮すよりはずっと寂しくなく。あなたは私より、まだずっと将来があるのよ。それを楽しく暮さなきゃ。いいわね? きっと楽しく暮すのよ。あなたにはフランクがいるわ。二人の娘もいる。ちゃんと面倒をみるのよ。いづれにせよ、今まで通りの生活は出来ないの。私にはそのお金がないの。私が死んだ時、あなたに残すお金はないし、あなた、独りぼっちになるのよ、その時。それだけは避けなければ。この話、何度やったか分らないわね。ね、お願い、ドーラ。もう泣かないで。見かけほど悲しいことじゃないのよ。ね、約束してくれたでしょう? 覚えてる? 次の次の日曜日、私に会いに来てくれるのよ、いいわね?
ドーラ(やっと。)ええ、ええ、覚えていますわ。
ロッタ その日を楽しみにしているわ。それから、明日の朝一番にあなたに手紙を書くわ。知らせてあげる。メイとの最初の出合いがどうだったかを。
ドーラ あの、化け猫のメイ!
ロッタ まあまあ、そんな言い方。あの人、年をとって、柔らかくなっているかも知れないわ。
ドーラ 柔らかくなんて、飛んでもない。唾でも吐きかけてやりたいわ。
ロッタ(突然ドーラにキスをして。)ドーラ、お願い。ドーラ、今、今すぐここを出て。車を運転して、行って頂戴。もうこれ以上言葉は交さないの。お願い。私、声が震えてきたわ。お願いだから・・・ね、ドーラ。・・・出て行って・・・(ロッタ、ドーラを少し押しやる。ドーラ、再び泣き始め、立ち上る。)
ドーラ(扉のところで。)暖炉の上にプーチーの写真を置いておきましたわ。口にボールを銜(くわ)えている、あのスナップです。
ロッタ(震える声で。)有難うドーラ、有難う。
(ドーラ退場。ロッタ、一人残って、涙をぐっと堪え、唇を噛む。無理に身体を動かすかのように、コートとハンドバッグを取り上げ、立ち上り、ゆっくりと、しっかりと階段を上る。)
第 一 幕
第 二 場
(第一幕、第一場から一箇月が経っている。)
(ある日曜日の午前三時頃。灯がつけられている。カーテンは締められていて、暖炉には火が燃えている。幕が開くとドリーンが台所の扉から盆を持って登場。盆にはサンドイッチの皿が二、三枚のっている。ドリーンは二十三歳くらい。あまり身嗜みがよくない。)
(ミス・アーチーが事務所から登場。カーキ色の男物の部屋着、それに古い革張りの寝室用スリッパ。)
ミス・アーチー そろそろみんな帰って来る頃ね。スープは出来ているの?
ドリーン はい、出来ています。
ミス・アーチー こんなに遅くまですまなかったね、ドリーン。明日の朝は遅くていいよ。皆も今晩がこうですからね、遅くなる筈だから。(窓に近づき、カーテンを少し開けて外を眺める。外は暗い。)まだ雨。嫌になるわね。これじゃ道路はぐしょぐしょ。バクスターの運転ものろくなる。皆の帰りも遅いわ、きっと。
ドリーン ショーの放映は明日の夜なんですね? ミス・アーチボルト。
ミス・アーチー そう。(腕時計を見る。)正確に言うと、今日の夜。今はもう朝の三時ですからね。
ドリーン バック・ランディーが出るって、本当なんですか?
ミス・アーチー ええ、そのようね。
ドリーン(恍惚として。)まあー・・・素敵! 最高!
ミス・アーチー あなた、見たことないんでしょう? まだ。
ドリーン 先週の「さあ、今夜のロンドン」に出ていましたわ。司会者があの人にシャツを脱がせて歌わせたの。素晴らしかったわ。今日のショーですけど、テレビでやるんでしょう?
ミス・アーチー 一時間分だけね。
ドリーン その時テレビ室に行って、見ていいですか? あと必ず消しておきますから。
ミス・アーチー あなた、眠りこんじゃってるわよ。十二時になってやっと始まるんですよ。だから「ミッドナイト・マチネ」って言っているんだけど。
ドリーン 起きます。目覚ましをかけておきます。ねえ、お願い、ミス・アーチボルト。
ミス・アーチー 分ったわ。誰か今夜も遅くまでテレビを見る人がいるでしょう。あなたを起すように頼みましょう。今日のショーでくたびれていなければの話だけど。もっともあの人達、どうせ睡眠時間はそんなに長くないわ。
(サリータ・マートル、階段の踊り場に登場。夜着の上に部屋着を羽織っている。痩せた、背の低い、七十代後半の女性。)
サリータ 私、皆に見捨てられちゃったわ。家には誰もいない。私、独りぼっち。
ミス・アーチー ミス・マートゥル、あなたいけない子ですよ。ベッドから出て来たりして。ちゃんと部屋にいなさい。
サリータ 私、降りて来たいの。火の傍がいいの。私の部屋、寒くて。
ミス・アーチー あなたの部屋は寒くありません。シーツ戸棚のすぐ隣の部屋なんですからね。
サリータ(階段を降りながら。)出ろ、この呪われた場所から。出ろと言っているのだ。一、二、そうだ。そろそろ取りかかる時刻だぞ。
ミス・アーチー(きっぱりと。)この家ではマクベスの引用は禁止ですよ、ミス・マートゥル。みんながどんなにそれを嫌がってるか、知っているでしょう?
サリータ(少しクスクスっと笑って。)嫌がる人間が今誰もいないのでね。二階は全室空っぽ。「さあ飛んで行こう、霧の中、汚れた空気をかいくぐり。」どうやらこれが世の終――(カードテーブルの盆に気がついて。)あらま、サンドイッチ! 最後の審判の日にサンドイッチとは。誰が考えついたのかな。
ミス・アーチー 今は最後の審判の日ではありません。月曜日の午前三時です。あなたは眠らなきゃ、ミス・マートゥル。
サリータ でも、どうしてサンドイッチが?
ミス・アーチー(辛抱強く。)みんな暫くしたらパレイディアム劇場から帰って来るの。去年はみんなと一緒に行ったでしょう? 覚えてる?
サリータ 私、どうして今年行かなかったの?
ミス・アーチー ジェヴォンズ先生が駄目って。心臓がよくないから。
サリータ 私、心臓なんかちっとも悪くない。頭よ、おかしいのは。ひどくうるさいの。無人島なのに。私の頭は無人島。すっかり海に囲まれている。あ、そう。私、水が戴けるかしら。
ミス・アーチー(ドリーンに。)台所に行って、水を取って来て、いい子だから。
ドリーン(気が動転して。)ええ、はい。(走って退場。)
ミス・アーチー(サリータに。)さあ、ベッドに戻るのよ。水は私が持って行って上げます。
サリータ あのチョロチョロしてる子、誰?
ミス・アーチー ドリーンは知っている筈よ。毎朝朝食を持って行くでしょう? ベッドに。
サリータ ドリーンなんて、随分品のない名前ね。
ミス・アーチー あの子のせいじゃないわ、それは。
サリータ 最後に「イーン」がつく名はみんな下品。ドリーン、モーリーン、ノリーン・・・
ミス・アーチー(からかって。)アイリーンとキャスリーンは大丈夫なんでしょう?
サリータ アイリーン誰? それにキャスリーン誰?
ドリーン(コップに水を汲んで来る。)はい、ミス・マートゥル。
サリータ 何? これ。何のこと?
ミス・アーチー 水がいるって、言ったでしょう? さっき。
サリータ(鷹揚に。受取って。)有難う、あなた。有難うね。なかなかいい演技だったわよ。
ドリーン(ギョッとする。ミス・アーチーに。)どういう意味なんです?
ミス・アーチー 気にしないで。有難うって言うの。時間が省けるから。
ドリーン 有難うございます、ミス・マートゥル。
サリータ マチネ、あまり気乗りしない観客だったんじゃないかしら。きっと競馬のせい。競馬のため上の空になっているの。
ミス・アーチー(ソファに坐って、サンドイッチを摘む。)いつもはハムサンドイッチは嫌いなの。でも今夜はひどくお腹がすいてるから。
(外で車の警笛の音がする。)
ミス・アーチー あ、帰って来た。扉を開けて、ドリーン。(ドリーン、玄関ホールへ退場。サリータに。)もう二階へ上って、ミス・マートゥル。部屋着のままこんなところを真夜中にうろついているのをジェヴォンズ先生に見られたら何て言われるか。
サリータ(突然ワッと泣きだして。)お願い。私をベッドに追いやらないで。――二階はどの部屋も空っぽ。寂しいの。寒いの。ここにいさせて。・・・お願い、お願い、お願い・・・
ミス・アーチー(困って。)さあ、さあ、ミス・マートゥル。泣かないで。ね? 泣くことなんか何もないのよ。(片手をサリータにかけるが、その動作、ちょっとぎこちない。)もしどうしてもって言うのなら、少しいていいわ。でも興奮しないでね。興奮しないようにするのよ。
サリータ(元気を出して。)あなたのこと、どなた様か知りませんけど・・・ちょっと馬の臭いのする人ね。
(ボニータ、コーラ、アルミナ、ダイアダー、エステレ、登場。ちょっとの間の後、モーディー、メイ、そして、ロッタ登場。)
エステレ ひどい土砂降りだったわね。家に着けないんじゃないかと思ったわ。
ボニータ まあサリータ、どうしたの? ベッドに入ってなきゃいけないんじゃない?
ミス・アーチー(お手上げの様子で。)ちょっと前にこの人、目が覚めて降りて来たの。それからどうしても上ろうとしないの。
ボニータ(サリータにキスしながら。)あらサリータ、長いこと会わなかったわね。
サリータ(サンドイッチをむしゃむしゃ食べながら。)ええ、巡業に出てましたからね。
(ドリーン登場。)
ミス・アーチー スープを持って来ていいわ、ドリーン。
ドリーン(出て行きながら。)はい、ミス・アーチボルト。
コーラ(肘かけ椅子に坐りながら。)あーあ、本当に疲れた。何、あのツィターの男。だらだら、だらだら。いつまで経っても止めやしない。
アルミナ でも確かに美男子ね。
コーラ そうね。四十五分間はもったわ。でもそれ以上はあんな顔、もう飽き飽き。
モーディー 私、このままもう上っちゃうわ。サンドイッチは少し持って行く。スープはいらないわ。スープは夜中に目が覚めて・・・(二階に上って退場。去る時みんな「お休み」「お休みなさい」の声。)
ミス・アーチー で、リハーサルはどうだった?
ロッタ 良かったわ。でもちょっと長過ぎね。それに、どうしてもマイクは必要なのかしら。マイクのために却って駄目にしているように思うわ、私は。
コーラ 今はもうみんな囁くような小さな声しか出せないのよ。
ロッタ 男のダンサー達に混じって踊った、マージョリー・アザトンの踊りは非常によかったわ。
コーラ 非常にね。ただあの子、ろくに真直ぐ歩くことも出来なかったわ。
エステレ 私、一番はらはらしたのは、スィルヴィアがあの前口上を述べた時。あの子の衣装、最初からあんな風に作るつもりだったのかしら。それに自分の台詞がよく入っていなかったように見えたわ。
ロッタ スィルヴィアはいつも台詞に難があるの。ストラットフォードで二シーズンやったんだから、あの癖直っているかと思ったけど、やっぱり直せなかったのね。
コーラ 養成所でもう一度やり直せばいいのよ。
ロッタ(笑って。)コーラ、あなたちょっと厳し過ぎるわ。
(ドリーン、盆を持って登場。スープのボウルが数個のっている。ドリーン、カードテーブルの上におぼつかない手付きでボウルを置く。コーラ、サンドイッチの皿をどけてやる。)
サリータ まあ、この子、私に朝食を運んでくれる子よ。こんな所で何をしてるのかしら。
アルミナ(作った、甘い囁き声で。)あの子、ドリーンよ。ドリーン、あなた知ってるんでしょう?
サリータ(愛想よく。)ええ、勿論。随分昔の話だけど、ウォルバーハンプトンにいた頃、一緒に下宿してたの。下宿のおばさんてのが酷い女でね、いつか夜中に遅く帰ってきたら、締め出しをくらって、玄関をいくら叩いても開けてくれない。しかたがないから、台所の窓からやっと入り込んだことがあったわ。(ドリーンに。)あなた、覚えてる?
ドリーン(ぎょっとなって。)えーと、私・・・あの・・・
ボニータ 勿論この子、覚えているわよ。そんなこと、どうして忘れますか。
ミス・アーチー ドリーン、もう寝ていいわよ。
ドリーン 有難うございます、ミス・アーチー。
ロッタ 遅くまで起きていて貰って悪かったわ、ドリーン。疲れたでしょう?
ドリーン いいえ、お役に立てて嬉しいですわ。
サリータ 踊り場にあるガスの栓をちゃんと止めておくのよ。それは私達がやるって、下宿のおばさんに約束してあるんだから。叱られるのは嫌ですからね。
ドリーン はい、ミス・マートゥル。(台所の扉から退場。そこから召使室の方に通じるから。)
サリータ あの子の頭、笊(ざる)と同じ。すぐ抜けて行くの。夕べも一幕ですっかり台詞を忘れてしまって。ただ口をパクパクするだけ。ちっとも声が出ない。まるで鯉。ロニーが怒ったのなんのって。
ミス・アーチー(腕を優しく取って。)さあ、お休みの時間よ、ミス・マートゥル。
サリータ(素直に立ち上って。)分っています。・・・うまし眠りを損なうことなかれ! モーニングコールは九時三十分にね・・・あ、そうだ。(ミス・アーチー、サリータが階段を上るのを助ける。)あの子にお土産を買って来てやらなきゃ。そこをうろうろしていたあの子に。何ていう子だったっけ、あの子。
ミス・アーチー ドリーンよ。
サリータ 可哀想に、ドリーンだなんて。変な名前をつけられたものね。目薬の名前みたい。(サリータとミス・アーチー、退場。)
ボニータ さあ、あのミッドナイト・マチネに乾杯しましょう。(スープとボウルを持ち上げて。)あのミッドナイト・マチネに。その素敵な演技に。
ロッタ そしてその準備のために働いた親切な人達のために。
コーラ ちょっと働き過ぎの人もいたわ。あのカウボーイの恰好をしたアメリカの女性、血管が破裂するんじゃないかって私、心配したわ。
アルミナ 観客には随分受けていたわ、あの人。
コーラ あんな観客なら何だって受けるのよ。
ボニータ でも私、昔演じていたものとして、あの観客に感謝するわ。もし面白いと思ってくれなければ、二度と来てくれはしないし、二度と来てくれなかったら、私達あがったり。だから、あの観客にも、乾杯!(スープのボウルを持ち上げる。)
ロッタ そうそう! 謹聴、謹聴!(訳注 ここでみんな、少しスープを飲む。)
エステレ サリータのことだけど、あの人、少しはよくなって行くのかしら。それともこのままどんどん酷くなるのかしら。
ボニータ あのままの状態が暫く続くんじゃない? 大抵いつもは幸せそうだし。まあ、これ、ジェヴォンズ先生の言っていることの繰返しだけど。
ロッタ ああいうの、現実逃避って言うのかしら。
ボニータ そうね、きっと。
ロッタ ミス・アーチー、あの人によくしてやっているわね。
ボニータ 全体にあの人、いいわね、なかなか。
コーラ あの軍隊式の「捧げ銃(つつ)」の感じがなければもっといいんだけど。
(ロッタ、スープのボウルを持って、メイのところへ行く。)
ロッタ さあメイ、スープは如何。(他の全員、どうなることか固唾をのむ。メイ、黙って顔を背ける。)スープは如何って言ってるのよ、メイ。飲むの? 飲まないの?(メイ、無視。)あなた、その態度をずっと続けるつもり?
ダイアダー やれやれ、呆れたものね、メイ・ダヴェンポート。人生の終のこの時期になって、まだその昂然と高く挙げた頭、その憎悪の凝り固まった心。全く見上げたものだわ。
メイ 私にそんな言い方をするのは止めて戴きたいわ。それから、他人のお節介は止めることね。
ロッタ 他人のお節介じゃないのメイ、これは。ダイアダーは、私とあなたのことじゃなくて、みんなの問題だから言ってくれているの。口もきかない二人がいるなんて、気詰まりでしょう? みんなが楽しく暮せるように、それはお節介でもなんでもないでしょう?
ダイアダー こんな人、放っておくことね、ロッタ。自分の凍りついた心を憎悪の炎で暖めているのよ。その炎を取り去って御覧なさい、心の氷が身体まで凍らせて、命を失うだけよ。
ロッタ(微笑して。)覚えておくわ、その言葉。でも今は放っておくのがよいとは思えないの、ダイアダー。
ダイアダー(立ち上りながら。)おお、我に忘却の水を与え給え。寝る前にヘイル・メアリーを一、二杯ひっかけなくちゃ。真夜中、我が救い主、我を膝に抱き給いて、心地よき眠りを我に賜らむことを願うて。
ロッタ 救い主、そんなに優しくないんじゃないかしら。お休みなさい、ダイアダー。
(ダイアダー、二階に退場。)
ロッタ(しっかりと。)メイ、私あなたに話があるの。
(メイ、立ち上り、ロッタに目を向けず、階段に進む。ロッタ、立ち塞がる。)
メイ(冷たく。)通らせて頂戴。
ロッタ いいえ、通らせない。それから、そんな馬鹿な態度をあなたに続けさせるつもりもないわ。私達二人、この家にいて、もうひとつきになろうとしているのよ。それなのに、一言も言葉を交したことがない。こんなのは耐えられないわ。ねえメイ、これから私が言うことをよく聴いて。お願い。
メイ いいえ、聴きません。(階段を上ろうとする。)
ロッタ(メイの肩を強く握って。)通らせません。
メイ あなたそれ、何の真似? 頭がどうかしたんじゃないの!
ロッタ 聴いて。お願いだから聴いて頂戴。これは私のためじゃないの。私だけなら、あなたと一生話さなくても平気。でもここには他人がいるの。その人達のために私達がここまで引きずってきた確執(かくしつ)は終にしなければいけないの。それも今すぐ。私達二人のせいで、ここの空気は酷く気まづいものになっている。私達に、ここの空気を悪くする権利など何処にもないの。あの過去のいざこざ、それは私達たった二人だけのものでしょう? 他の人達には関係のないことなのよ。私達二人がここにいなければ、普通の生活を送っていたとしたら、それは構わない。二人でお互いに避けあって、ずっと生きて行けばいいの。でもここでは駄目。ここでは私達、死ぬまで、朝、昼、晩、顔を突き合わさなきゃならないの。その現実に立ち向わなきゃいけないわ、メイ。私達二人、運の悪い目にあっている。だけどそれをわざわざ酷くすることはないわ。私達に残されている人生はそう長くはない。それに、楽しいことと言ったら、もっともっと少ないでしょう。だからもう、過去のことは忘れましょう。そして限られた将来を出来るだけ明るく生きましょう。ね、メイ。
メイ 素敵な演説だったわ、ロッタ。あのセンチメンタルな訴え、観客には大受けよ、私保証するわ。こういうのがあなたの十八番(おはこ)だもの。さ、肩から手を放して頂戴。私、部屋に帰るのですから。
ロッタ(手を放す。後ろを向く。)どうぞ。
(メイ、沈黙の中を二階に上る。ロッタ、暖炉に行き、両手を暖炉の上に置き、その上に頭を伏せる。)
ボニータ あの頑固さ、一生治らないわね。
ロッタ(がっかりして、涙が出そうになって。)出来るだけのことはやった。もう私、しない。時間の無駄。それに、時間だって、有難いことに、そんなに残っていない。(唇を噛んで、無理矢理微笑を浮かべる。)
第 二 幕
第 一 場
(九月のある日曜日の午後。幕があがると無人。玄関のベルが鳴る。ドリーンが緑のべーズの扉から登場。玄関ホールに退場。暫く後、ペリーとゼルダ・フェンウィックを案内して部屋に入る。)
(ゼルダは三十代の半ば。スポーツシャツに、よく仕立てられたズボン。好感の持てる顔。小奇麗な恰好。)
ペリー みんなはどこ? ドリーン。
ドリーン ミス・クラークとミス・ダヴェンポートは散歩ですけど、後はみんな二階です、たしか。
ペリー ミス・アーチーは事務所? 僕達二人来たって言ってくれない?
ドリーン はい、分りました。(事務室に進み、扉をノックする。中から「どうぞ」の大きな声。ドリーン、中へ入る。)
ゼルダ(辺りを見回す。)なかなかいい部屋ね。(サー・ヘンリーの胸像を見る。)あれ、誰?
ペリー サー・ヘンリー・ブルックス。ここの創始者。
ゼルダ ああ、ヘンリー・ブルックス。母が夢中だった役者だわ。切符を買うので何時間も何時間も並んだものよ。私は少し大根だと思っていたけど。(エレン・テリーの肖像画を見る。)祖母がこの人に大「お熱」。
ペリー 芝居一家だったんですね。
ゼルダ そう。芝居一家そのもの。一生涯ね。四歳の時からだわ、私が無理矢理芝居に行かされたの。泣いて嫌がる子供の手を引っ張ってよ。
ペリー 芝居、嫌いだったんですか?
ゼルダ パントマイムと児童劇。つまらなかった。それに、十歳まではこれしか見せて貰えなかったし。今でもピーター・パンは大嫌い。思っただけでも鳥肌が立つわ。
ペリー 僕はピーター・パン、好きだな。
ゼルダ マザーコンプレクスのせいね。マザーコンプレクスのある敏感な子はみんなピーター・パンが好きなの。
ペリー すると僕はワニのコンプレクスもありそうだぞ。
(ドリーン、事務所から出て来る。)
ドリーン もう少々お待ち下さい、すぐ来ます、とのことです。
ペリー 有難う、ドリーン。
(ドリーン退場。)
ゼルダ 住人で一番年取っている人は?
ペリー マーサ・キャリントンです。九十五歳。
ゼルダ おやおや!
ペリー ところがまだ熱狂的なファンがいるんです。オズグッド・ミーカー、七十歳。まだ子供もいいところ。毎週日曜日にやって来ます。雨でも風でも。今日も、もう上にいるんじゃないかな。そしていつも菫の花束。
ゼルダ(さっと小さいノートを取りだしてメモをとる。)ええ、こういう話なの、私が欲しいのは。
ペリー(心配そうに。)注意して下さいね、頼みますよ。余儀ない場合以外は決して名前は出さないで。
ゼルダ それはもう。用心のかたまりで行きますから、御心配なく。でも、私のこと、ここで誰か知っているかもしれないわ。
ペリー それはないでしょう。あなたの写真はコラムについていたことはないんですから。
ゼルダ 名前はちゃんと出てるわ。
ペリー ミス・スターキーにしましょう。その名前でみんなに紹介しますよ。
ゼルダ スターキー? どうしてスターキー?
ペリー ピーター・パンです、また。僕は何でもピーター・パン。
ゼルダ 何とか言ったわね、あの物を建てるとしたら、何処なの?
ペリー サンルームですね?(テラスを指さす。)あそこです。テラス全体を硝子で張って、フレンチウインドウは取っ払うんです。風のないところで日に当たれるっていうのは、ここの人達にとって大変有難いことなんです。今のままではよほどの好天気に恵まれない限り、テラスには出られないんですよ。
ゼルダ(フレンチウインドウに近づき、開けてみる。)そうね、これは寒いわ。建物がここに建ったというところから、もうまづかったのね。
(ミス・アーチー、事務室から出て来る。)
ミス・アーチー ああペリー、あんたの古バイクの音、聞えなかったわ。
ペリー バイクじゃないんです、今日は。友達と来ましたから。こちら、ミス・スターキー。ミス・アーチーボルト。
ミス・アーチー(ゼルダと握手して。)始めまして。
ペリー 気違いじみた運転でしたね、彼女のは。全くスピード狂ですよ。
ミス・アーチー(笑いながら。)おやおや!
ゼルダ ジャガーのコンバーティブルなんです。運転が楽しいですね、これだと。
ミス・アーチー ジャガー、それはそうでしょう。どのくらい出るんですか。
ゼルダ 平地で百三十くらいまで。
ミス・アーチー すごい!
ペリー じゃあ、女の方、お二人で何か話があるかもしれませんね。私はその間上に行ってパイプでも。
ミス・アーチー (これを無視して。)戦争が終った時、私、M.G を持っていたんだけど、トラックにぶっつけちゃって。
ペリー 危ない、危ない。
ゼルダ(ミス・アーチーに。)女子国防軍にいらしたんですか? それとも婦人補助部隊? 海軍か陸軍の。
ミス・アーチー 慰問部隊。
ゼルダ まあ、役者達をとり仕切ってらしたのね? 厄介な仕事だったでしょう?
ミス・アーチー(昔の職場を庇うように。)とても面白かったわ。私は裏方。直接役者達と関ることはあまりなかった。でも、時々はね。カイロ、ボンベイ、ビルマ・・・どこかの省でペンを握ってくすぶっているだけよりはずっとましだった。
ゼルダ 私は海軍補助部隊、マルタに二年。
ミス・アーチー すごい!
ペリー そして今はまた女性の守り神。
(メイとコーラ、ホールから登場。二人とも散歩用の服装をしている。)
コーラ ああ、ペリー。
ペリー 紹介します。僕の古い友人――ミス・スターキー。――ミス・コーラ・クラーク。
コーラ(握手して。)始めまして。
ペリー それから、ミス・ダヴェンポート。
メイ(握手はせず、お辞儀をして。)始めまして。
ゼルダ 父があなたの熱心なファンでしたのよ、ミス・ダヴェンポート。
メイ おじい様の間違いでしょう、きっと。
ペリー(急いで。)散歩、如何でしたか?
メイ 気持よかったわ。引き舟の道までの大遠征。コーラの意見によれば、ちょっと無理してもその方が身体にいいって言うから。私はどうかと思いますけど。(ゼルダのズボンを見て。)自転車で? (訳注 この当時、女性のズボンは特殊。普通はスカート。)
ゼルダ 自転車? いいえ、ペリーとロンドンから車で。
メイ(微笑して。)まあ私、馬鹿なことを聞いて。
ペリー この人、どうしても「ウィングズ」のあれこれを知りたいと言うものですから、今日僕がお茶に招待したんです。
コーラ まあ素敵。(ゼルダに。)ちょっと待ってて下さいね。私達、上に上って物を置いて来ますから。メイ、上りましょう。
メイ ええ。ア・ビアント、(仏語 「ちょっと失礼」)ミス・スターキー。
(二人、階上にゆっくりと退場。)
ミス・アーチー(ゼルダに。)煙草は?(「プレイヤーズ」の箱を出す。)
ゼルダ(一本取って。)有難う。
ペリー オズグッド・・・今日は?
ミス・アーチー いるわ、勿論。日曜日に来ないってことは決してないわ。
ゼルダ(メイが完全にいなくなったことを確かめて。)ロッタ・ベインブリッジがいるんですね?
ミス・アーチー ええ。七月に来ました。
ゼルダ(ゆっくりと。)ロッタ・ベインブリッジとメイ・ダヴェンポート。二人の間には何か気まずいことがあった・・・確かそう・・・何か聞いたことがありますわ、噂を。
ミス・アーチー ええ、ありました。
ゼルダ 何が原因だったんでしょう。
ミス・アーチー(用心しながら。)さあ・・・随分昔のことですからね。
ゼルダ で、今はもう和解のキスをして・・・すっかり水に流して?
ミス・アーチー(居心地悪く。)えー、まあ、そういう訳には・・・ちょっと難しいところですね。
ゼルダ これ、なかなかいい話じゃありません?
ミス・アーチー(奇妙な顔。)「なかなかいい話」? どういう意味ですか?
ゼルダ「人生の黄昏(たそがれ)において、未だくすぶる二人の女の確執」!
ミス・アーチー 新聞の見出しね、まるで。
ペリー(冷や冷やしながら。)ええ・・・見出し・・・みたいですね。
(オズグッド・ミーカー、階段の踊り場に登場。降りて来ながら。)
オズグッド ああ、ミス・アーチー、そこでしたか。着いた時いらっしゃらなかったので、勝手に上りました。すみません。
ミス・アーチー いいのよ、そんなこと。
オズグッド 今日は彼女、とても元気がよくて。まるで全盛時代のようでしたよ。
ペリー こちら、ミス・スターキー。・・・ミスター・ミーカー。
オズグッド(握手して。)始めまして。
ゼルダ ミス・キャリントンを毎日曜日、訪問なさるんですって?
オズグッド ええ。・・・もう何年になりますか。あの人がここに来てからずっとです。行事のようなものですね、ミス・スターキー、こうなったら。
ミス・アーチー 行事・・・そうね。
オズグッド あの人が楽しいと思ってくれるといいんですがね。どうですか。
ミス・アーチー それはもう、楽しみにしているのよ、ミーカーさん。一週間ずっと日曜日を待っているんですから。
ゼルダ 引退してどのくらい経つんですか?
オズグッド もう随分昔。そう、四十年か、もっと。一九三○年代でしたか、セント・ジェイムズ劇場の「故ミスィズ・ロバート」があの人を見た最後の舞台でした。その時でももうかなりの年でしたが、一昔と全く変らない、機知あふれる優美な姿でした。あの人独特の舞台を歩くスタイルがあって、それが本当に魅力的なんです。一九○六年の「ラヴェンダー・ガール」が、私があの人を見た最初の芝居です。
ゼルダ「ラヴェンダー・ガール」・・・確かにちょっと古い芝居ね。
オズグッド その時私はまだ十八歳でした。本当に心を奪われましたね。あの頃があの人の全盛時代、ミュージカル・コメディーのね。あの人のような役者はそれまでにいませんでしたし、これからも現れないでしょう。ロンドン中、あの人の芸にうっとりしたものです。
ゼルダ 私の両親があの人について話しているのを聞いたことがあるわ。声はそうたいした事なかったんじゃないですか?
オズグッド 声だけじゃありません、何もかもたいした事はなかったんです。でも魔法ですね。魔法があったんです。これだけは非常に沢山。
ゼルダ そして今はあの二階で、命の終るのを待っている・・・
オズグッド いいえ、そんなもの待ってやしません、ミス・スターキー。あの人の命は決して終ることはないのです。
ゼルダ 御立派、ミスター・ミーカー。
オズグッド はあ? 何ですか? よく分りませんが。
ミス・アーチー(気まづくなりそうな場面を救って。)お茶、いつものように私の部屋で? それともここでお飲みになる? 皆が帰るのを待って、一緒に食堂で飲むのもいいですけど?
オズグッド 今日はお茶はいいんです、ミス・アーチー。ロンドンで約束があって。今出て急げば、四時四十分の汽車に間に合うので。
ミス・アーチー 遠慮なさってるんじゃありませんか? こちらは全く大丈夫なんですよ。
オズグッド いいえ、本当にいいんです、ミス・アーチー。どうも有難うございます。ではミスター・ラスコー、失礼します。
ペリー さようなら。また次の日曜日に。
オズグッド ええええ、次の日曜日。さようなら、ミス・スターキー。(丁寧にお辞儀。)御両親の仰った事、実に正しいです。あの人の声はたいした事はなかった。でも、それは問題じゃなかった。――保証しますよ。本当にそんなこと、全く問題じゃなかったんです。(退場。)
ゼルダ ファンて有難いもの。感動的な言葉。(ミス・アーチーに。)庭から見た家の外観を、二、三ショット、撮っていいかしら。この明るさなら、まだ大丈夫のよう。
ミス・アーチー(訝(いぶか)しい気持、深まって。)ショット?
ゼルダ スナップショット。思い出のアルバム用に、カメラは車においてあるんです。
ペリー 僕が取って来ましょう。
ゼルダ いいえ、私がやるわ。ついでにそこらを歩いてみたいの。すぐ戻ります。(玄関ホールに出て、退場。)
ミス・アーチー あなた、何を企んでるの?
ペリー 企むって、何ですか?
ミス・アーチー あの人は誰?
ペリー 言ったでしょう? ミス・スターキーです。僕の古い友人。
ミス・アーチー 違うわね。何かあるわ、これには。
ペリー 何もありません。僕が何を企むって言うんです。
ミス・アーチー 新聞記者ね、あの人。
ペリー(間の後。)ええ、ゼルダ・フェンウィックです。
ミス・アーチー ゼルダ・フェンウィック!「クラリオン」にいつも馬鹿な話を書いている人?
ペリー(困って。)ええ。
ミス・アーチー まあまあ、あなた、頭がどうかしたんじゃないの? 新聞記者厳禁が規則なのを知っているんでしょう?
ペリー あの人、影響力があるんです。
ミス・アーチー 委員会にこのことを知っている人がいるの?
ペリー 勿論いません。僕のアイディアなんです、これは。
ミス・アーチー あなた、えらいことよ、これは。みんなに吊るし上げを食っちゃうわよ。
ペリー その覚悟です。僕はどうしてもあのサンルームを作ってやりたいんです。委員会はガンとして動こうとしません。何とか手を尽して説き伏せようとするんですけど、ロバのように頑固なんです。お金は充分にあるんです。ウェザビー社から別の見積もりを貰ったら、今度はたった千八百でいいって言うんです。
ミス・アーチー それとゼルダ・フェンウィックとどういう関係があるの。
ペリー あの人がサンルーム建設のために、テレビで働きかけてくれたら、「ウィングズ」の特ダネに許可を与えると言ったんです。
ミス・アーチー 吊るし上げ確実ね。私達二人でだわ。どうして最初に私に言ってくれなかったの。
ペリー 二人でやる必要はないんです。僕で充分です。叱責は僕だけが受けます。
ミス・アーチー 賛成出来ないわ。あの人をすぐ追いだすの。そんな考えは全部捨てなさい。
ペリー そんなに慌てる必要はないんです。何を書くにしても、発表する前に必ず僕に予め見せてくれると約束してくれていますから。
ミス・アーチー そういう約束で、うまくいった例(ためし)はないの。気に入らないわ、ペリー。これは私、本当に気に入らない。とにかく規則に真向から違反する行為ですからね。
ペリー ここの人達は、サンルームを待ち焦がれているんですよ。いや、もう建ち上るものと決めてかかっていると言ってもいいぐらい。それほどみんなにとって必要なものなんです。それがたった一人の反対、あのうすのろ間抜けのブーディー・ニーザーソウルのような奴に委員会を牛耳られて実行されないなんて、みんなとても承服出来ないでしょう。モーリス・ケインの遺産をあてればすむことなんですからね。でも、それさえあのブーディー、すぐ噛みついて、不急不要の使途にあてるべきではないと、大演説をぶつんですから・・・
ミス・アーチー 賛成は誰々なの?
ペリー ローラ、デイム・マギー、セスィル・マードックそれにジェインです。まあジェインは何にでも賛成するんですけど。他の幾人かは、意見がフラフラしていますが、最終的には大勢に任せるという態度です。
ミス・アーチー(立ち上って、ドシンドシンとそこらを歩きながら。)全く・・・どうしたらいいのかねえ。
ペリー 不要不急の支出では決してないんです、これは。ここの人の健康と住み心地に、決定的に関係があるんです。
ミス・アーチー 分りました。私も一枚加わります。二人とも散々な立場に立つでしょう。でも、私達二人を同時に首には出来ないわ、きっと。
ペリー 出来るでしょうけど、しないでしょうね。代りを見つけなきゃならないでしょうし、代りなんかそうおいそれとは見つからないことぐらい分っています。少なくとも、ローラとデイム・マギーのように、委員会で本当にここの経営のことを親身に考えてくれている人は。
ミス・アーチー あ、誰か来る。事務室で話しましょう。
ペリー はい。
(二人、急いで事務室に入る。サリータ、階段の踊り場に現れ、用心しながら降りて来る。いつものように寝間着にキルトの青い部屋着姿。寝室用のスリッパ。暖炉のところまで来て、メイの坐る椅子に坐って、ゲラゲラっと笑う。ゼルダ、テラスから登場。)
ゼルダ(サリータを見て。)あっ。
サリータ(堂々と。)お初にお目にかかるわね。妹に御用? 残念ながら、今リハーサル。でもそのうち帰って来るわ。おかけにならない?
ゼルダ 有難う。(ソファに坐る。)
サリータ(マッチの箱に手を伸ばし、一本する。)綺麗でしょう?
ゼルダ(ちょっと驚いて。)ええ、綺麗です。
サリータ 小さい頃、ガイ・フォークス・デイにはいつも色つきのマッチ棒を買って貰っていたわ。普通のマッチよりずっと長くて、小さな黒ソーセージみたいなマッチ棒。すって火をつけるとお星様のようだった。赤や緑の。
ゼルダ ご免なさいね。私、お名前を存じ上げないわ。私の名前はゼルダ・フェ・・・スターキー。
サリータ 可哀想に。スターキーだなんて。
ゼルダ(これを無視して。)お名前、お訊きしていいかしら。
サリータ サリータ・マートゥル。驚いたでしょう。
ゼルダ(分らない。) ええ・・・ええ、驚きましたわ。
サリータ 私、年よりずっと若く見えるの。だから驚くのも無理ないわ。勿論ある面では得なことよ、これ。でも、何年経ってもおぼこ娘っていうのも変でしょう?
ゼルダ ここに来てどのくらい経つのですか?
サリータ そりゃもう、随分長いこと。
ゼルダ いい家ですわ、ここ。
サリータ 完璧。
ゼルダ(食い下がって。)ここにいて、お幸せ?
サリータ まあまあね。ただマチネの日は駄目。マチネの日のお茶をだすお盆、いやだわね、あれ。
ゼルダ みんなは親切?
サリータ ええ、とても。時々一幕に集中力が欠けることがあるけど、だいたい何時もそれからエンジンがかかるから。
ゼルダ お部屋は快適?
サリータ 寒いの。洗濯物をしまう戸棚の隣の部屋なんだから、暖かい筈って、いつも言われているけど、あの人、本当のことを言わない時だってあるから。
ゼルダ 「あの人」って、ミス・アーチボルト?
サリータ そう、多分ね。でも人の顔って、すぐコロコロ変るから、よく分らない。(もう一本マッチをする。)ほーら!
(ダイアダーとエステレ、テレビ室から出て来る。)
ダイアダー(サリータに駆けより。)あらまあ、何てことをするの。マッチで火遊び。サリータ・マートゥル、あなた、この家を灰にしてしまおうって言うの?(サリータからマッチの箱を取り上げて。)今すぐお部屋に帰りなさい。
サリータ(愛想よく。)始めまして。
ダイアダー 何が「始めまして」よ。さ、早く行くの。ミス・アーチーに見つかったら、しっかり行儀をされるわ。エステレ、あっちの手を取って。
サリータ おお、何て無分別な、ルーパート。声が高過ぎますよ。子供たちに聞えてしまうじゃないの。(ダイアダーの手から離れて、逃げる。)
エステレ(サリータに近づきながら。)さあ、サリータ・・・
サリータ(後ろに下がりながら。)これでお終いですわ、ミスター・カートライト、以後私達二人、他人ですわ。もうこれ以上言うことはありません。さようなら。
(素早く階段を上り、退場。)
ダイアダー あなた見てやって、エステレ。ちゃんとベッドに入っているかどうか。あなたの方が私より慣れているでしょう?
エステレ(諦めて。)いいわ。これがきっかけになって、また例の悪い状態が来なければいいけど。(ゼルダに。)失礼します。(二階へ上る。)
ダイアダー あの人、ちょっと頭がおかしくて。
ゼルダ ええ、そうらしいって感じていました。
ダイアダー 私、ダイアダー・オマリーって言います。あなた、ミス・アーチーのお友達?
ゼルダ いいえ、私、ペリー・ラスコーと一緒に来たんです。迷子の訪問客ね。「ウィングズ」についてよく噂を聞くものですから、自分で見たいと思って。私の名前はスターキー。
ダイアダー お会い出来て嬉しいわ。見慣れない顔を見るのって楽しいの。ここでは来る年も来る年も、同じ顔ばかり見てるの。つまらないでしょう? だから。
ゼルダ ここには長いんですか?
ダイアダー もう二十年ね。その間でも随分沢山の人が死んでいった。でも神様はまだ私は順番じゃないって。
ゼルダ ここでお幸せ?
ダイアダー 昔華やかだった過去を持つ老嬢達、真上からあたっていた燦々(さんさん)たる陽光がしずみ始め、今や長い長い自分の影を見つめながら暮している。そしてその陽が落ちる時、それが私達の、墓に入る時だ。その長い影を見ながら暮す生活が幸せか、それは御想像に任せましょう。
ゼルダ 食事はいいですか?
ダイアダー それは具体的な質問ね。具体的に答えられる問いだわ。いいえ、よくありません。
ゼルダ どこがいけないんでしょう。
ダイアダー あなた、委員会の人?
ゼルダ いいえ。
ダイアダー いいでしょう。もし委員会の人だったら、一言あるところなんですけどね。
ゼルダ 委員会を認めてないっていうことですか?
ダイアダー 認める!(短い笑い。)認めるも何も、顔さえ知らないんですからね。だいたいあのメンバーがここへ来ることなんて、まるでない。まあお義理で何かの風の吹き回しで、ひょっこり一人、二人やって来ることがあっても、ただそこらを歩き廻って質問をする。返事なんか聞いてもいない。それからお茶を飲む。私達はそのそばに坐らされる。こちらは名前ぐらい覚えて貰おうと、じっと連中の顔を見る。連中は茶が終るとさっと帰って行く。立派な事でね。こっちは動物園の猿のようなもの。どうして傘で突っついたり、パンのかけらを投げて寄越したりしないのか不思議なくらい。
ゼルダ それはちょっとキツイんじゃありません? ミス・オマリー。
ダイアダー キツイ? まあキツイかどうか、ここで暮してみることね、自分で。お喋りだけが能の、浮ついた連中、こちらが生きていようと死んでいようと、一向に気にも止めない連中。そういう奴等の手に管理が任されているってことがどういうことか、よく分るでしょうよ。
(ボニータとモーディー、階段の踊り場に登場。階段を降りて来る。)
モーディー(降りながら。)・・・その人、役を降りるって言って、おまけにアンダースタディーに、その子じゃ駄目って、やらせなかったの。それで到頭、会社も打つ手がなくなって、結局芝居は中止よ。
ボニータ インヴァネスで私も一度中止になったことがあるわ。私、気が狂いそうになっちゃった。(階段の下に着き、ゼルダを見る。)あら、――始めまして。
ダイアダー こちらペリーのお友達・・・ミス・・・ミス・・・
(ゼルダの方に、訊ねるように見る。)
ゼルダ スターキー。
ボニータ 私、ボニータ・ベルグレイヴ。こちらはモード・メルローズ。(ゼルダと握手。)
モーディー(こちらも握手する。)始めまして。――ペリーはどこに行っちゃったのかしら。
ゼルダ ええ、いませんね。どこに消えちゃったのかしら。
(アルミナとエステレ、踊り場に登場。階段を降りて来る。その後ろにメイとコーラも。)
アルミナ そんな通知を貰ったら、すっかり元気をなくしちゃうわ。
エステレ 「サンデー・タイムズ」、いいこと書いてあるわよ。
アルミナ ええ、でも私、半分も分らない。フランス語が多過ぎるのよ。それに、何ていうかしら、このコラムを書くエドウィッガーとか何とかいう人・・・
エステレ エドウィッガーじゃないの。あれはエドヴィージ。エドヴィージ・フーヤー。
(この時までに四人とも階段を降り、ペリーとミス・アーチーも事務所から出て来る。会話は全員で同時に行われる。ペリー、ゼルダをアルミナとエステレに紹介する。)
ボニータ あらペリー、私達から逃げて行っちゃったのね。
ペリー 違いますよ。ミス・アーチーとちょっと雑談です。
ボニータ(ゼルダに。)あの外の車、あなたの?
ゼルダ ええ。
ボニータ いい車ね。トイレの窓から見えたわ。
メイ あらまあボニータ、そんなに正確に言うことないわ。
(メイ、自分の椅子に坐り、仕事の袋から刺繍の枠と糸を取りだす。)
ボニータ でも、私の部屋からは見えないもの。だって、道路と反対側でしょう?
ダイアダー(陰気に。)私がこの惨めな自分の人生を送っている間に、世界がどんなに変ったかを考えると、頭がくらくらして来るの。これ本当の話よ。
コーラ あなたの人生なんて、惨めでも何でもなかったのよ、ダイアダー。今だってあなた、充分に人生を楽しんでいるわ。
ダイアダー 私が未だに人生を楽しんでいるですって? 一体何を楽しんでいるっていうんでしょう。お訊きしたいわね。こんなところでぼんやりして毎日を送り、一息吐く毎に弱々しくなって、耄碌してゆく。その人生のどこに楽しみが・・・
コーラ ダイアダーの言うことを真面目に聞いちゃ駄目よ、ミス・スターキー。この人、あんな風に喋るのが好みなんだから。
メイ あんな風に喋って皆を困らせるのが、この人の人生の楽しみ。
ダイアダー 私の言葉があなたを困らせるなら、その言葉の中に否定出来ない真実が含まれているっていうことでしょう? メイ・ダヴェンポート。
メイ 私のことはただ「メイ」か、或は「ミス・ダヴェンポート」と呼んで戴きたいわね、ダイアダー。メイ・ダヴェンポートではまるで出席簿の読み上げでしょう?
ダイアダー その尊大な態度、死者の名簿の読み上げが墓場で行われるまで保ち続けることね、ミス・ダヴェンポート。
ミス・アーチー(きっぱりと。)いけませんダイアダー、そんな物言いは。お客様のいる前でするものではありません。
ダイアダー 私がすることは何でも駄目。私が言うことは何でも駄目。もし今夜暗いところで私が川に落ちたら、この中で私を助けるために指一本でも上げてくれる人がいるのかしら。
メイ(陰気な声で。)アイルランド人はいつもこれ。すぐ安っぽいオセンチなことを言いたがる。
ボニータ お願いメイ、そんなことを言ったら気まづくなるだけじゃない。
(ロッタ、階段を降りて来る。)
ロッタ 何が起ってるの?
ボニータ たいしたことじゃないの。ダイアダーがちょっとだだをこねて。それだけ。
ダイアダー(立って、言い返そうとする。しかしコーラに押し止められる。)だだをこねてるですって? それ一体・・・
コーラ そうでしょう? 静かにして。
ペリー ロッタ、まだミス・スターキーには会っていませんね?
ゼルダ(進み出て。)今日は。始めまして。
ロッタ(握手して、じっとゼルダを見て。)ミス・スターキー?
ゼルダ ええ、ペリーと来ましたの。古い友達なんです。
ロッタ スターキーって、あなたの芸名?
ゼルダ 芸名? 私・・・
ロッタ あなたはゼルダ・フェンウィックだわ。そうでしょう。サンデー・クラリオンの「人間はニュース」のコラムを担当している・・・
ゼルダ(ちょっとの間の後。)ええ、そう。
ミス・アーチー ああ、これでおしまい。
メイ(立ち上りながら。)本当なの? ペリー。
ペリー(ばつが悪そうに。)ええ、本当です。
ロッタ(ゼルダに。)二、三週間前に、あなたをテレビで見たの。(ペリーの方を向いて。)ペリー、あなたこの方を本名でみんなに紹介していた方が親切だったわ。それに礼儀にも叶っていたんじゃない?
ペリー(惨めに。)後でちゃんと説明します。ええ、ちゃんと。
ロッタ 説明なんか全く必要ないわ。そんなのはこの際、ただややこしくなるだけじゃないかしら。
メイ そうは思いませんわね。沢山の説明が必要でしょう? (ゼルダに。)ミス・フェンウィック、あなたここには新聞のお仕事で来たのですか?
ゼルダ(勇気を出して。)ええ、新聞の仕事のためです、ミス・ダヴェンポート。私の仕事というと主にそれなのです。
メイ 委員会はあなたのこの訪問を知っているのですか?
ゼルダ いいえ。それから、申し上げますが、あなたのその物言い、私、好きではありませんわ。私の行動、それに、委員会のことについて私、あなたにお答えしたくはありません。
ペリー 待って下さい・・・僕に説明させて・・・
メイ(力のある声。)お黙りなさい、ペリー。
ロッタ(声に威厳あり。)ちょっとお芝居じみた話にし過ぎているんじゃありませんか。(メイ、間に口を入れようとする。ロッタ、それを押し止める。)いいえメイ、ここは私に喋らせて頂戴。いいですか、ミス・フェンウィック、私達はあなたに来て戴いて、本当に嬉しいのです。ここを訪問してくれる客なんて、滅多にあるものではないんですから。でもミス・フェンウィック、あなたにこそ一番に理解して戴きたいの。もしあなたの新聞に私達のこと、或は「ウィングズ」それ自身のことが載るようなことがあれば、それは私達にはとても耐えられない屈辱的なことなのです。何故なら第一にそれは、ここの建物の・・・(微笑んで。)ここは特別な慈善事業として成り立っています・・・この建物の規則に反しています。第二に、もし載るようなことがあれば、私達のあなたへの信頼が、それにおもてなしをしたことが、裏切られたことになりますもの。そうでしょう? ミス・フェンウィック。
ゼルダ(困って。)ええ、でも私・・・
ロッタ お約束して下さいません? たとえここにいらしたのが、記事を書く目的であったとしても、それを書かないと。私達の女優としての経歴はもうとっくに終っています。私達の名前のいくつかはそれでも、少しは誰かの記憶に残っているかもしれません。でもその誰かも、年を追う毎に少なくなっています。私達はそれで満足。私達はこのゆっくりした淀みの中に日々を送って十分幸せなのです。私達が一番嫌うのは、明るみに出ることです。強い光が当てられ、私達の醜い皺やしみが大写しされ、私達がどんなに年をとり草臥(くたび)れているか、世間に示されることです。それは親切なことではありませんわ。私達はまだ、心の底では女優です。少しは誇りを持ち、それに虚栄もあります。私達は過去の私達として記憶されたいの。今の私達としてではなく。ねえ、ミス・フェンウィック、どうか約束して下さいね。
ゼルダ 仰ることは大変よく分かりました、ミス・ベインブリッジ。でも私も正直に申し上げねばなりません。わが社では、もう何年も前からここの記事を取ろうとしていたのです。お分かりでしょう? 新聞が劇場でだけ記事を集めるものではないということは。ですから私、「ウィングズ」について書かないとお約束出来ないのです。でも、出来るだけお役に立てるように努力します。これはお約束しますわ。私、ペリーともう打合せしてあるのです。もし私にここへ来ることを許可して貰えれば、必ずテレビでサンルームについて個人的な呼びかけをします、と。
コーラ サンルーム! まあまあ、サンルームのために私達、魂を売るのね!
ロッタ コーラ・・・ちょっと待って。
メイ ペリー、何てことをしてくれたの。私、あなたに侮辱された気分。
ミス・アーチー 待って。ペリーにあたるのはやめて頂戴。この人、よかれと思ってやったのよ。
ダイアダー(芝居がかった立ち上り方。)恥を知りなさい、ミス何とかさん。羊の皮を着た狼みたいにこそこそ忍び込んで、何食わぬ顔をして、甘い言葉で私達と話をして、その間ずーっと狙っていたものと言ったら、安っぽいボロ新聞に私達の心の秘密を載せてやろうと鵜の目鷹の目。恥を知りなさい、恥を。ただただそっとしておいて貰いたいと願っているここの住人の気持を、あなたは馬鹿にし、踏みにじったのよ。裏表の顔を持った、計画的な偽善よ、これは。何て嫌らしい! いいわ、書きたいだけ何でも書けばいいでしょう! 勝手におやりなさい! これで言いたいことは全部終。(坐る。)
ロッタ 確かに終でしょうね、ダイアダー。そしてこれでみんなぶち壊し。
ゼルダ もう私、我慢出来ないわ。一緒に来る? ペリー。
ペリー(惨めに。)いいえ、残ります。
ゼルダ(ぶっきらぼうに。)じゃ、さようなら、みなさん。お騒がせ致しました。(退場。)
メイ(非常に大きな声で。)こんな無礼なことって! 無礼極まりない話よ!
コーラ お願いメイ、落ち着いて。
メイ すぐ委員会に知らせて新聞社に圧力をかけなければ。
コーラ 個人的には私、何でもないことのために大騒ぎしているだけだと思うわ。だってあの人が私達のことで何を書こうと、たいしたことじゃないでしょう?
メイ 私達全員が公けの目に晒され、侮辱されてもいいって言うんですか。
コーラ そんな馬鹿なこと。それは多分あの人、おセンチな下らないことを沢山書いて私達、暫くの間は気まづい思いをするかもしれないわ。でもじきに忘れるの。世間の人だって同じ。すぐ忘れる。それでおしまいなのよ。さあ、あっちに行ってお茶でも飲みましょう。そして他のことを話しましょう。
ペリー 僕がいけませんでした。すみません。でも本当にみんなに良かれと思ってやったんです。
ロッタ 分るわペリー、良かれと思ったってこと。でも悪いけど、私に言わして貰えば、これ、好みの違いね。
(ロッタ、さっと階段の方へ進む。他の者全員、同時に何か喋りながら従う。エステレは泣き、それをアルミナが慰めている。最後にミス・アーチーが事務室の方へ進み、扉のところで振り返る。)
ミス・アーチー いらっしゃい、ペリー。
ペリー お茶はいりません、僕。
ミス・アーチー 元気を出すのよ。すぐに収まるわ、こんなこと。
ペリー 好みの違い。確かにそうだったらしいです。でも僕はそうは思っていなかった。
ミス・アーチー 私もお茶を飲む気分ではないわ。さあ、入って。ちょっとひっかけましょう、もっと強いものを。緊急事態用に私、ゴードンを置いてあるわ。
ペリー すみません、御親切に。
ミス・アーチー あなた一人じゃないのよ、このことは。私も共謀なんですからね。さ、お祝いよ。
(二人、事務所に進む。ミス・アーチー、慰めるようにペリーの肩に手を廻す。)
(サリータ、階段の上に登場。ゆっくりと降りて来る。駆け寄るようにマッチの箱に近づき、嬉しそうに一本する。それから誰か入って来るのに気付き、ソファの前に小さくなる。ドリーン、台所の扉から登場。お茶用の盆を持っている。それを持って食堂の扉に退場。サリータ、立ち上る。ゲラゲラっと笑って、他のマッチ箱(複数)も取り上げ、それを持ってゆっくりと階段を上る。)
(幕)
第 二 幕
第 二 場
(同じ夜。正確にいうと、翌日の早朝。舞台は暗いが、火事の火が階上から漏れて見える。暫く間。階上から悲鳴が上る。ボニータ、夜着姿で階段を駆け降り、事務室の扉を激しく叩く。)
ボニータ ミス・アーチー、ミス・アーチー、早く来て。サリータの部屋が火事です。
(ボニータ、扉を開け、中に入る。)
(階上でまた悲鳴。それにガヤガヤと話し声。寝室に続く階上の廊下に煙が見える。騒ぎ、大きくなる。白鳥の模様のあるパジャマを着たミス・アーチー、事務室から飛び出し、階段を駆け上る。ボニータ、その後をゆっくりと進む。ミス・アーチー、踊り場の所でほとんどメイとぶつかりそうになる。メイは深紅の部屋着を着て、頭にターバンのようなものを巻いている。相変わらず落ち着き払った堂々とした態度。ミス・アーチー、メイを押しやって階上に消える。)
メイ(降りながら。)消防署に誰か電話した?
ボニータ(階段の下でメイと会い。)いいえ、まだ。
メイ じゃ、すぐかけた方がいい。(きびきびと。)さ、番号を調べるの手伝って頂戴。私、眼鏡を上に忘れて来たの。
ボニータ(困ったように。)私も忘れた。
メイ それなら九九九に電話すればいいのよ。九は○の上にあるから間違いっこないわ。
(メイ、きちんと電気のスイッチをつけ、二人で事務室に入る。その間、二階から煙が押し寄せて来ている。ダイアダー、アルミナ、エステレ、モーディー、が夜着姿でむせながら二階に現れる。ダイアダーが先頭で、怒り狂っている。)
ダイアダー(むせながら。)全くあの馬鹿ったら! こうなるだろうと思っていたのよ、私は。煙の臭いがして私が起きたからよかったようなものの、そうでなかったら私達、ベッドの中でパリパリの黒焦げになっていたわ。
(ミス・アーチー、再び現れ、壁の消火栓をぐいと引っ張って、また煙の中に消える。口々に何か言う混乱した声。アルミナとエステレ、階段の下に着き、ソファに倒れる。モーディー、カーテンを開き、窓を開ける。ミス・アーチーの声が聞える。)
ミス・アーチー(二階で。)消火栓を壁に打ち付けて――そーら!
(大きなシューっという水の音。叫び声。)
エステレ(泣きだして。)可哀想なサリータ、――ああ、可哀想に。
ダイアダー 何が可哀想なサリータよ、全く。気違い部屋に監禁しておけばいいのよ。
(ロッタとコーラが、間にサリータを挟んで階段の踊り場に現れる。サリータは毛布で覆われている。二人、サリータを階下に連れて来る。ミス・アーチー登場。)
ミス・アーチー もう大丈夫――火事は処理しました。カーテンが燃えただけ。それは消しましたから。(再び階上の部屋に消える。)
(ボニータ、ミス・アーチーの部屋から走って出て来る。)
ボニータ 誰か眼鏡持ってない? ダイアルが見えないの。九九九を回してみたけど、全然かからない。
モーディー もう火事は大丈夫。カーテンが燃えただけ。ミス・アーチーが全部消したわ。
(ボニータ、メイにこのことを話すため、事務室に戻る。)
(ロッタとコーラ、サリータを肘掛け椅子に坐らせる。)
サリータ(陽気に。)綺麗だったわ・・・本当に綺麗・・・
ダイアダー(プリプリして。)何が綺麗! 全く。あんたに感謝しなくちゃいけないのかしら、サリータ・マートゥル。今この瞬間私達、焼け焦げた死体になってはいないんだから。
コーラ 何を考えているんでしょうね、誰? 窓を閉めて! 焼け死ぬのを免れても、肺炎で死んだんじゃ、意味ないわ!
モーディー(哀れな声。)私、煙を出そうと思って。みんな煙でむせていたの。(窓を閉める。)
(事務室からメイ登場。そのうしろにボニータ。メイ、いつもの椅子に坐る。ボニータ、暖炉に石炭を入れる。)
サリータ(着ている毛布をつまんで。)どうして私、こんな奇妙な衣装を着ているの? 東洋の芝居をかけてるの?
メイ マッチをどうやって手に入れたの? この人。
ボニータ 誰も見ていない時、こっそり取ったのね。そして隠しておいたのよ、きっと。毎晩ミス・アーチー、部屋中を捜して、ないことを確かめているんだけど。
ダイアダー 一分でも長くこんなのをここに置いておくのは、私達全員の命に関ることだわ。
メイ お黙りなさい、ダイアダー。
ダイアダー 私がその気にならない限り、黙るもんですか。このことはあなたのその高慢ちきな頭の中にしっかりとたたき込んでおくことね、メイ・ダヴェンポート。
ボニータ 私、ドリーンを起して来る。ミス・アーチー一人じゃ、手が廻らないわ。(台所の扉へ退場。)
モーディー ジェヴォンズ先生に電話した方がいいかしら。
コーラ 何のために?
モーディー サリータによ、勿論。鎮静剤か何か貰った方が・・・
ダイアダー 囚人用拘束服でも持って来て貰うのね。その方がずっといい。
ロッタ 何を言うんです、ダイアダー。可哀想でしょう? そんなことを言うのは。(間を置いて。)あらまあ、――マーサはどうしているかしら。見てきて上げなくちゃ。
モーディー 私が行くわ、ロッタ。あなたはここにいて。どうせ私、上るところだったの、煙草を取りに。私、震えがついちゃってるもの。(煙草が切れて。)
(モーディー、階段を上り、二階に退場。この時までに煙、ひいている。ボニータ、台所の扉から登場。その後ろにドリーン。ドリーンはピンクの日本の着物姿。髪は髪留めで止めてある。)
ボニータ(ドリーンを押すようにして。)さあ早く二階に上って。ミス・アーチーを手伝って。
ドリーン はい、ミス・ベルグレイヴ。(行きながら。)まあ、焼け焦げた臭い。凄いわ、これ。
ダイアダー あの子、馬鹿じゃないの。家が焼けて、炎が天まで届くという時、焦げた臭いがするのは当たり前でしょう?
ロッタ 炎が天まで届いてはいないわ、ダイアダー。
ダイアダー 充分に届いていたところよ、私の部屋の扉の下から、灰色の蛇のように煙が入って来るのに私が気がつかなかったらね。
ボニータ 今ここで必要なものは何か、私分ってるわ。ウイスキーをキュッとやること。私、部屋にあるの。どう? コーラ。
コーラ 有難う。戴くわ。
ボニータ 他には誰? ロッタ――メイ?
メイ いいえ、私はいいわ。有難う、ボニータ。
ロッタ 私、少し戴く。御親切に、どうも。
ボニータ(二階に上りながら。)壜ごと持って来るわ。(退場。)
ロッタ コーラ、サリータを見ていて。私、コップを取って来る。(ロッタ、台所の扉へ退場。)
サリータ こんな真夜中にどうしてみんな起きているの? 誰か芝居でも朗読するの?
ダイアダー 芝居の朗読? 首を締めてやるわ、そんな奴がいたら。
(モーディー、バッグを持って登場。)
モーディー(降りて来ながら。)マーサは大丈夫。ぐっすり眠っていたわ。でも可哀想に、ミス・アーチー。ぐしょ濡れ。煙草いる? 誰か。
コーラ 有難う。一本戴くわ。
(モーディー、「プレイヤーズ」の箱を持って廻る。コーラとエステレが取る。メイ、厳格な微笑を浮べて断る。)
(ロッタ、コップと水差しののった盆を持って帰って来る。)
モーディー マーサはよく眠っていたわ、ロッタ。何も聞えなかった様子。
(モーディー、マッチをすって、コーラとエステレの煙草に火をつける。三人つけると縁起が悪いので、ここで吹き消し、もう一本自分の煙草用にする。)
サリータ(手を叩いて、威張った調子で。)さあフランソワ、蝋燭全部に火をつけるのだ。大急ぎでやるんだぞ。侯爵夫人殿は、馬車の旅でお疲れになっていらっしゃるんだ。
ダイアダー マッチに触らせちゃ駄目。全く世話の焼けること。
(ボニータ、ウイスキーの瓶を持って登場。)
ボニータ(降りて来ながら。)さあて諸君、一杯やるか。
メイ(非難して。)何て言葉! ボニータ。
ボニータ(みんなに少しづつ注ぎながら。)ミス・アーチー、大奮戦の図よ。白鳥の柄の着物で、命令を大声で発して。特務曹長そこのけ。ドリーンと一緒にサリータの物を廊下の突き当たりの部屋に移動しているわ。
アルミナ まあ、それ私の部屋の隣だわ。どうしよう。もう寝られないわ。そうでなくても、まだこんなに胸がどきどきしているのに。
モーディー ビスマスをちょっと。それにフェンズィックが効くわ。飲んでみたら?
(ミス・アーチー、階段の踊り場に登場。降りて来る。パジャマはびしょ濡れ。しかし満足そうな表情。ドリーンがその後に続く。)
ミス・アーチー 危機一髪っていうところね。消火栓、古いのによく働いてくれたわ、有難いことに。
コーラ 働きが良すぎたんじゃないかしら。びしょ濡れだわ。
ミス・アーチー 水が丁度飛び出した時がいけなかった。ノズルの向きを逆にしていて。
ボニータ(ウイスキーのコップを手渡して。)一杯如何でしょう、大佐殿。それから、何かゆったりした物にお着替えになる方が。そのままではくたばっちまいます。
ミス・アーチー ああ、大丈夫。この一杯があれば。
ロッタ その盤石の構え、立派ですわ、ミス・アーチー。お陰で助かりました。私達みんな、感謝していますわ。
メイ(陰気な声で。)そう。みんな感謝。
(皆、驚いてメイを見る。ロッタの言葉に賛同する台詞はおろか、ただの反応でさえ、発する訳はない筈なのだから。)
ロッタ(微笑して。)有難うメイ、賛成してくれて。
(ロッタ、目を見開いてメイを見つめる。メイ、目を瞬間合わせるが、顔を背ける。)
モーディー(沈黙を破って。)私達、ジェヴォンズ先生に電話したものかどうか、迷っていたんですけど。
ミス・アーチー 朝になってゆっくりかければいいでしょう。(声を低くしてサリータの方を顎で示して。)緊急の時には、気付け薬があるの。少しの間だけど、パッと光が出るような。
コーラ ちょっと比喩が悪かったみたい。
ミス・アーチー 皆さんはお茶、どうかしら。やかんで沸かせばすぐですけど。
エステレ ウイスキー飲んだし、もういいわ。
ロッタ 私も結構。
(もういい、という全員からの呟き。)
ミス・アーチー じゃドリーン、あなた、もう寝ていいわ。
ドリーン はい、ミス・アーチボルト。(台所の扉から退場。)
コーラ そろそろ私達も寝る時間だわ。
ミス・アーチー 私、ちょっとこれを脱いで、部屋着に着替えて、それからサリータを上に上げましょう。すぐ戻って来ますから。(事務室に退場。)
エステレ 行きましょう、アルミナ。ここにただ坐っていてもいようがないわ。(立ち上る。)
アルミナ 私、ショックのせいだわ、まだ震えが止まらない。
エステレ もうショックなことは終っているのよ。震えは必要ないの。行きましょう。
アルミナ(身体を持ち上げて。)ショックって、とても危険なものらしいわ。ニュー・キャッスルだったわ、あれ。私の友達が交通事故を見たの。男の人がバスに引かれる事故。事故を見たその友達、三日後に死んじゃったわ。
エステレ さあさあ、そんなに神経質になってもしようがないでしょう。
(エステレ、アルミナの腕をとって、ゆっくりと一緒に階段を登る。)
サリータ 二ユー・キャッスル・・・ニュー・キャッスルで私、ハーバートに恋をしたんだわ。
ボニータ ハーバート・・・誰?
サリータ 勿論、私のハーバートよ。マチネのない日、よく二人でホイットニー湾に行って、手をつないで海を見たわ。
モーディー 私も上るわ。ダイアダー、あなたは?
ダイアダー ええ。(立ち上り、物凄い目付きでサリータを見る。)放火罪を犯しておきながら、よくシャアシャアと言えたもんだわ。手をつないで海を見た・・・
(モーディーとダイアダー、二階に上る。)
(ミス・アーチー、事務室から登場。フランネルの部屋着にスリッパを履いている。サリータに近づく。)
ミス・アーチー さあ行きましょう。もうおねんねの時間よ。
サリータ 弟のアルマンドと私はいつも一緒におままごと。弟は小さなお父さん、私は小さなお母さん。
ボニータ まあ、「スカーレット・ピンパネル」だわ。
ミス・アーチー 手を貸して、ボニータ。
(二人でサリータを立ち上らせる。サリータ、急に二人を振り払い、素早く階段に行く。)
サリータ 私、何か悪いことをしたのだったら、ご免なさい。でも、私に触らないで。私、触られるの嫌いなの。(階段を素早く駆け上がる。ボニータとミス・アーチー、後を追う。)
ボニータ 例の薬、すぐ出るのね? 早く飲まさなきゃ。こんなに元気に動かれちゃ、どうしようもないわ。
ミス・アーチー 急いで! 自分の部屋を見せちゃ駄目。ショックを受けるわ、きっと。
(二人、サリータと同時に踊り場に着く。)
サリータ(振り返って。)海は砂で濁っていた。そして風があった。でも空気は爽やかで、私達は愛しあっていた。
ミス・アーチー さ、行きましょう。
(三人、階上に消える。)
コーラ(押しつぶされたような声で。)ああ、可哀想に。とても見ていられないわ。(椅子にどっかと腰をおろし、両手で顔を覆う。)
ロッタ(コーラに近づき、片手をコーラの両肩に廻して。)ええ、可哀想。でも、悲しんでもどうにもなるものではないわ。仕方がないのよ。
コーラ あの人、出されるんでしょうね・・・もうすぐ・・・
ロッタ ええ、そうね。きっと。
コーラ 精神があんな風になると、どうなるのかしら。生きるのは辛くなるのかしら、それとも楽に?
ロッタ 誰にも分らないわ、きっと。でも気分は楽なんじゃない? 私、サリータが不幸せだとは思わないわ。
コーラ(気を取り直して立ち上り。)本当はあの人の方が幸せなのかもしれない。こんな退屈な生活、ただ坐って、終を待っている、それを知らないですんでいるんだもの。メイ、あなた、上る?
メイ いいえ。もう少し火の傍にいるわ。
ロッタ(陽気に。)私も。
(メイ、鋭くロッタを見る。そして再び目を逸らす。コーラ、二人を暫く見つめる。それから、黙って二階へ上る。そして退場。長い間。メイ、椅子の傍の、仕事の袋を取り上げ、刺繍の枠を取りだす。また素早い一瞥をロッタに投げ掛け、再び袋の中を探り、糸、針、それから眼鏡を出す。満足の呟きが漏れる。(註 眼鏡があったことの安心感。)ロッタ、その前で静かに眺めている。沈黙続く。)
メイ(やっと。)最初からここにあったんだわ。(ロッタ、「何のこと?」という目付きで見る。しかし口は開かない。メイ、目を合わせる。それから無理に微笑。荒涼たる、淋しい微笑。)眼鏡のこと。ずっと最初から袋の中だった。
ロッタ(優しく。)
「そして霜が消え、花が蕾を持つ、
緑の下生え、緑の薮の中に、一つ、また一つと、
花が開き、春がやって来る。」
メイ 火が終りそうだわ。
ロッタ おきが残っている。まだ暖かいわ。それに、そんなに寒くない。
メイ あの人と、幸せだった?
ロッタ ええ、幸せだったわ。あの人が死ぬまで。
メイ それは少なくとも良いことだったのね? どう?
ロッタ(軽い調子で。)勿論、酷い事になる時もあったわ。怪物ね、アイルランド人独特のあの怒り。
メイ そうね、よく覚えている、私も。(ロッタを好奇の目で見て、そして感情を込めずに言う。)どうしてあなた、私からあの人を取ったの。
ロッタ 取ったりはしなかった。あの人、自分の意志で来たの。あなただって分ってる筈。あの人は自分の意志でしか動きはしない。他人がどう動かそうとしても、梃(てこ)でも動かない。
メイ(気のない声で。)あなた、私より綺麗だったわ。
ロッタ 綺麗とか綺麗でないとか、それも何の関係もない。あなたもよく知っていること。火打ち石で火がつけられる。それだけ。人間の責任であることなんか殆どない。
メイ 決心によって、どんな人でもかなりのことは出来るもの。
ロッタ 正しい情報、でも聞いて楽しくない情報・・・あなた、聞きたい?
メイ 何の話?
ロッタ 今なら言えるわ。今までは駄目だった。あなた、一度もその機会を与えてくれなかったから。
メイ 何の話をしているの?
ロッタ もう一人いたの。
メイ もう一人って?
ロッタ そう、もう一人。あなたから去って、私のところへ来るまでに。
メイ 信じないわ、そんなこと。
ロッタ これは本当の話。その女の名前はラヴィニア・パースンズ。
メイ(信じられない。)あの酷い女? オフィーリアをやった・・・ハムレット役のアーネストが可哀想だった・・・あの時の、あの女?
ロッタ ええ、あの女。
メイ 私への負い目をなくそうと思って言ってるんじゃないの?
ロッタ(突慳貪(つっけんどん)な調子あり。)いいえ、メイ。私、あなたに謝ってなんかいない。あなたの許しを乞う気持など全くないわ。あなたに負い目など何も感じていない。チャールズは私に恋し、私はあの人を恋した。そして結婚した。私には後ろめたいことは何もないの。後悔もね。
メイ(乾いた調子。)幸せね、あなたは。私、後悔はいくらでもある。
ロッタ 後悔はしないこと。時間の無駄よ。
メイ 最初の連れあいの人は? ウェブスター・何とか、と言ったわね。
ロッタ(平坦に。)ウェブスター・ベネット。一九二四年に離婚して、あの人はカナダに行った。数年経ってそこで死んだわ。
メイ 子供があったわね、確か。
ロッタ ええ、男。一人。
メイ その子、生きてるの?
ロッタ ええ、父親と一緒にカナダへ行った。まだカナダ。二度結婚。一度目は酷かった様子。二度目のはまあまあ。三人の子供があるわ。
メイ 手紙はよく来るの?
ロッタ 十七年間、何の消息もなし。
メイ(ぶっきら棒に。)ご免なさい、ロッタ。悪かったわ、聞いて。
ロッタ いいえ、いいの。親切に、どうも。このことでは私、随分長いこと不幸だった。でも今はもういいの。あの子はどうせ最初から父親っ子だった。私のことは好いてくれたことはないわ、きっと。小さかった時は別だけど。
メイ ここに来た理由は? 本当にどうしようもなかったの?
ロッタ(下を向く。)ええ、どうしようも。年二百ポンドの収入、それに貯えはゼロ。最後の最後の二度の芝居が失敗で・・・芝居以外に私に出来ることはなし。それから私、台詞が覚えられなくなった・・・これが最大の打撃だった。
メイ 私も同じ理由。私はいつも覚えるのが苦手だった。全盛期の頃だって遅かった。仕舞いには耐え難くなった。屈辱にさえ。そう、ここの生活より屈辱的に。
ロッタ 私はここでの生活を屈辱的だとは思わない。屈辱的である訳がない。私達は正当にこれを受ける権利があるんだわ。それだけの働きをしたの。
メイ ええ、そうね。きっとそう。
ロッタ ボニータ、ウイスキーの壜を置いて行ってくれたわ。少しどう?
メイ ほんの少し。
ロッタ じゃあ、私注ぐわ。(テーブルに進み、二人分注ぐ。)
メイ(思いめぐらしながら。)ラヴィニア・パースンズ。あの馬鹿に。気が狂ったんだ!
ロッタ(グラスを渡して。)あの人はあなたより綺麗、私より綺麗、そして私達二人よりずっとずっと若かった。
メイ(考えながら。)明日メイドゥン・ヘッドに行ってウイスキーを買って来なくちゃ。銘柄は何がいいの?
ロッタ よく分らないわ。ヘイグ、それにブラック・アンド・ホワイト、どれでも同じよ。通でなければ。どうせ私達、通じゃないでしょう?
メイ(立ち上り、グラスを持ち上げて。)じゃあロッタ、――再会に!
ロッタ ええメイ、再会に!(グラスを持ち上げて。)幸せなありし日々に!
メイ ええ、幸せなありし日々に!
(二人、飲む。それからじっとお互いを見つめ、静かに立っている。二人の目に涙が浮ぶ。)
(幕)
第 二 幕
第 三 場
(一週間後。日曜日の昼食が丁度終ったところ。メイはいつもの席。刺繍をしている。ボニータとモーディーはソファ。「サンデー・クラリオン」を読んでいる。コーラはカードテーブルでペイシェンス(一人遊び)。ロッタは肘掛け椅子。これも「クラリオン」を読んでいる。ダイアダーとアルミナは左手のテーブル。「ドラフツ」(はさみ将棋に似た遊び)をしている。エステレは暖炉の傍。編み物。)
ダイアダー それ取れた。それみんな取られ。一、二、三!
アルミナ あら、気がつかなかったわ。
ロッタ メイ、あなたこれは聞かなくちゃ。本当にお笑いよ。(笑う。)
メイ もう言ったでしょう? 私、その記事、一行だって聞くのは嫌。
ロッタ(読む。)「仇敵、人生の黄昏において、未だ確執解けず」、大きな活字よ、メイ。あなたとの共演、これが初めてだわ。
メイ どこが笑えるのか、私には分らないわね。
ロッタ そうお? 面白いわ、これ。笑っちゃうわ。
メイ 新聞で公けに私達みんなが侮辱される。それがあなたのユーモアのセンスには訴えるのね。私には駄目。
ロッタ 確かに低俗。不正確だし、甘ったるい感傷がいっぱい。でもこれ、私が思っていたほど悪くないわ。
メイ それより悪いものって、想像出来ないわね、私には。
ロッタ いじめられた仕返しをするんじゃないかと思っていたわ、私。だってダイアダーの言い方、随分だったもの。
ダイアダー 名を騙(かた)って人を騙すような人間に、当然言うべきことを言ったまでよ。私は何の後悔もしていない。
ロッタ 後悔すべきだわ、それなら。言葉が厳し過ぎた。それに、一番いけないのは、あれを言ってこちらの得になることが何もないこと。
ダイアダー 私はあれでいいと思ってる。あなたは駄目だと思ってるんでしょう? 意見の違いね。(アルミナに。)そら取った! あなた、うたた寝しているんじゃないの? アルミナ。
アルミナ 私、集中していたわ。・・・あなた方の話の方に。
ダイアダー 注意を分散しちゃ駄目。勝負の時には、勝負に集中するの。でないと猟犬に追い詰められた獣のように、哀れみを乞うて泣き叫ばなきゃならなくなるわ。
コーラ ダイアダーにかかるとドラフツのゲームも、まるで文化会館でかけるメロドラマになっちゃうわね。
ダイアダー そのどこが悪いの? 文化会館のメロドラマだって、少なくともお金にはなるわ。それに、活劇にお涙頂戴、ちっとも悪くない。現代の、ただただ陰気で、不平ばかりの台詞で出来ている芝居よりはずっとまし。
メイ これ、初めてのことだけど、私ダイアダーに全く賛成。
ダイアダー 道理で外、雨が降ってるわ。
アルミナ 取った!
ダイアダー さっきまで、取られる駒なんか一つもなかった。ちゃんと確かめといたんだから。あなた、私が見ていない間に、駒を動かしたでしょう。
ボニータ(新聞にかぶさるようにして。)可哀想に、オズグッドまでだしにされちゃってるわ。コラムのずっと下の方。その少し前が、私達全員が登場するところ。「黄昏に、庭に坐って、からすの鳴き声を聞きながら、悲しく、全盛のありし日々を思い出す・・・」
コーラ「黄昏に、庭に坐って」! 全く何て書き方! 惨めったらしい。
ボニータ(読む。)「死に到るまで誠実に」「消えることのない愛の炎」
メイ(刺繍に針を乱暴に突き立てて。)何て安っぽい!
ロッタ あの人、充分に教育を受けてきた人に見えたのに。どうしてこんな酷い文章しか書けないのか不思議だわ。
メイ 他の書き方だと、もう大衆が受け付けないのよ。「世界を席捲する卑俗化の波」。この間図書館から借りてきた本にあったわ。本当にそう。それがこの時代。酷いもの。幸いなことに私はもう年をとっている。この時代との付合いはそう長くはない。目標とされるべき基準はすべて押し下げられ、価値ありとされてきたものがすべてその力を失った。優美、威厳、寡黙、は薬にしたくもありはしない。「ああ、ミルトンよ、この時代にこそ生きてあれ。イギリスは今、お前が必要なのだ。」
コーラ(簡潔に。)「幕。」
ロッタ たとえ今ミルトンが生きていてもどうしようもないでしょうね、きっと。(ちょっと新聞を目で追った後。)あらまあ、ちょっとこれを聞いてみて。(読む。)「私達はもっとこの人達に感謝しなければならないのはないでしょうか。社会に忠実に尽してきたこの人達、そして今、年を取り、疲れきった気持で自分達の人生の最後の幕を演じている。肉体の魅力は消え失せ、情熱は去り、誰にも相手にされず、忘れられた彼女達に。その人生はただ待つことだけ。ウィングズで、待って・・・じっと待って。」
ボニータ 吐き気がしてきた。誰か洗面器かバケツを、早く。
メイ(非難して。)止めて、ボニータ・・・
モーディー(立ち上って、ピアノに行き。)それ、いい曲になるわ。(少しコードを叩いた後、歌う。)
「ウィングズで待って――じっと待って――
神さまよりも年を取り、
よちよち歩いても、じっと待つ。
ウィングズで待って――じっと待って。」
ボニータ(歌に加わって。)
「庭でピョンピョン跳びはねて、
小鳥のように待っている。」
モーディー(華麗な終曲をつけて。)
「ウィングズで待って――じっと待って。」
(全員笑って拍手。ホールからオズグッド、恥ずかしそうに登場。手にいつもの菫の花束。)
オズグッド 今日は、みなさん。お邪魔ではありませんか?
ロッタ 飛んでもない。お邪魔なんかじゃありませんよ。私達、ちょっと浮かれた気分になって。
オズグッド 玄関は鍵がかかっていなくて・・・それでベルを鳴らさずに・・・
ボニータ そんなこといいのよ。家族の一員なんでしょう? もう。
オズグッド そう言って戴いて、本当に御親切に。このまま上って行ってもよいでしょうか。
モーディー 勿論いいですけど・・・ミス・アーチーを呼びましょうか?
オズグッド(階段に進みながら。)いえいえ、どうぞお構いなく。部屋は分っています。(階段の踊り場で振り返って。)「サンデー・クラリオン」にみなさんの素敵な記事が載っていましたね。ここに来る汽車の中で読みました。涙が出そうになりましたよ。よく書けていましたねえ。感動的でした。実に感動的でした。(退場。)
ロッタ ほら御覧なさい。ね? 普通の人の普通の感想、それがあれなの。
ボニータ 負けたわ。
コーラ どうやら私達全員、普通の人よりずっと怒りっぽいってことが証明されたようだわ。
メイ あの人、頭が狂っているのよ。それだけのこと。
(バイクの音。)
コーラ ペリーだわ。
ロッタ 可哀想に、あの子。私、本当に気の毒で。
メイ 私達全員の頭の上に、低俗な泥を被せようとしたんですからね。個人的には私、決して彼を許しません。
ダイアダー 残念なことだわね、メイ・ダヴェンポート。今になってもそんな風にしか考えられないなんて。
コーラ また? お願い。止めて、また始めるのは。
ダイアダー あの子がやったことは間違いだったって、それは私も認めるわ。でも長い目で見て一番有効な手段だと思ったのよ。
エステレ すると今日、さよならを言いに来たの? あの子を見るのはこれが最後?
ロッタ(きびきびと。)違うわ。少なくとも一箇月かそこら、猶予はある。たとえ代りを捜すにしたって、それくらいの時間はかかるんだから。
(ペリー登場。いつもの陽気さは見られない。)
ペリー 今日は、皆さん。
モーディー ああ、ペリー。(衝動的に近づき、キス。)
ペリー ああ、ようやく一人だけは僕を許してくれたみたいですね。
ロッタ そんな。私達みんな、とっくにあなたを許しているわ。メイは別。でもメイだって許すつもりでいるの。ただもう少しあなたに構って貰いたいの。
メイ まあロッタ、そんな酷い事、よく言えるわね。
ペリー みなさん、みんなあの記事を読んだんですね?
コーラ 勿論。
ペリー もう「すみませんでした」って言わなくていいんでしょう? つまりその・・・この間書いた手紙で・・・
ロッタ あれ、いい手紙だったわ、ペリー。ミス・アーチーが読んでくれた。
コーラ でもあの手紙のあとでしょう? 特別委員会は。どう決まったの?
ペリー 僕の予想通りでした。
ボニータ まあペリー、可哀想に。
ペリー 参りましたよ。
エステレ(惨めに。)可哀想なペリー。サンルームなんて最初に思い付いた私がいけないの。本当に私ったら、何て馬鹿なんでしょう・・・何て・・・
ボニータ 違うわエステレ、そんなことないったら。
モーディー 正確にはどんな風だったの? 委員会は。話して。
ペリー ええ。まづ全員が僕に噛みつきましたよ。それから、ブーディー・ニーザーソウルが長い演説をやりましたね。本来の仕事以上のことに手を出そうとした。権利もないのに、その権利があるかの如く振舞った、等々、等々。
ボニータ 馬鹿な糞女!
メイ 止めて! ボニータ。
ロッタ それで? どうなったの? ペリー。
ペリー デイム・マギーは委員会の前にクラリオンの編集長に電話をしていて、ゼルダの記事の掲載中止を申し出たのです。が、鰾膠(にべ)もなく断られました。それでいろんな議論がなされましたが、結局僕は解雇。但し、代理が見つかるまでは、ここで働くこと、と。それで委員会は解散。みんな不満そうな、葬式の行列にいるような顔で出て行きました。まあとにかく、僕は首になったんです。
ロッタ まあペリー、お気の毒。私達みんなの気持よ、これ。
ペリー(目に何か疑いの色を込めて。)メイも?
メイ(刺繍で忙しい。)いい薬よ。将来何かやる時には、この経験を思い出すでしょう、きっと。
ロッタ まあメイ、そんな残酷な言い方をわざわざしなくたって・・・
ダイアダー 石で出来ている心からは石しか出てきっこないでしょう。
ロッタ(怒って。)お黙りなさい、ダイアダー。
ダイアダー(かっとなって。)何が「お黙りなさい」よ。この子、職を失ったのよ。揚句の果てにメイ・ダヴェンポートにあんな言い方をされたんじゃ、全く立つ瀬がないでしょう。あれじゃまるで裁判所の証言台で、少年犯罪者が強姦か殺人を求刑されているようなものじゃない。
ペリー(ダイアダーに近寄って。)ちょっと待ってダイアダー、僕、まだ全部を話し終っていなくって。
ロッタ(素早くペリーの口調に何か変化を感じとって。)分ったわペリー、早く続きを話して。
ペリー(次の話をするのが楽しみだという口調。)昨日また別の委員会が開かれたんです。少人数でしたけど。デイム・マギーが取り仕切って、ブーディーは有難いことにマチネーのために欠席。
ロッタ 何が起ったか、およそ分ったわ・・・で、続きは?
ペリー 木曜日の委員会での結論には見落としあり。そのため、議事録には残らない結果となりました。それで、軽い訓戒が行われた後、僕は復職になりました。
モーディー 万歳!
ロッタ まあ! 良かったわ!
ペリー でもどうしてそんな復職になんかになれたのか、みなさん知りたくありませんか。何故急に委員会の風向きが変ったのか。
メイ(威厳のある声で。)ペリー、それ以上話すことを禁じます。もうお黙りなさい。
ペリー でも次の三つの言葉だけは。(メイに近寄って。)有難う、有難う、メイ。(メイの両頬に優しくキス。そして急いで事務室に退場。)
ボニータ(暫くあっけに取られて沈黙。その後。)あら・・・驚いたわ。
ダイアダー 何のつもりなの? ペリー。あんなことをして。
ロッタ 私達には何にも言わないで、狡いわ、メイ。本当に驚いた人ね。あなた、マギーに手紙を書いたの?
メイ その話は私、したくないの。
ボニータ 駄目よメイ、してくれなくちゃ。・・・ねえメイ、お願い。
メイ 木曜日の夕方、みんなが夕食を食べている時、私、事務室からデイム・マギーに電話をかけた。説明したわ。全てはペリーの誤解から起ったことだ。但し彼はそんな瑣末な不始末で完全に解雇されるにはあまりに我々にとって大切な人物だ。そして付け加えて、委員会宛の強い抗議文を書く用意が、我々全員にあるのだと。
ダイアダー 私の一生で、こんなに驚いたこと、これが初めて。これが嘘だったら私、今、雷に撃たれて死んで骨を埋められてもいい。脱帽よ、メイ・ダヴェンポート。
メイ これが最後、言っておきますがねダイアダー、メイ・ダヴェンポートは止めて頂戴!
(玄関にベルの音。)
モーディー 何かしら、今のベル。
コーラ ジェヴォンズ先生でしょう、きっと。
ロッタ(胸が塞がって。)そうだったわ、勿論。忘れていた。酷いこと!
(ドリーン、台所の扉から出て来て、玄関ホールに退場。)
ボニータ 私も忘れてた。クラリオンの記事、ペリーの話、それに何やかやで。可哀想に・・・(溜息をつく。)本当にこれが一番いいんでしょうね。
(ドリーン、医者のジェヴォンズを導き入れる。それから台所の扉から退場。ジェヴォンズは三十代の若者。好感の持てる顔。)
ジェヴォンズ 今日は、みなさん。
メイ 今日は、先生。
ジェヴォンズ ミス・アーチーは事務室ですか?
ロッタ いいえ、二階です。救急車じゃないんでしょうね。
ジェヴォンズ 勿論そんな大袈裟なことはしませんよ。ヒルマンです、私の車の。自分で運転して来たんです。
ロッタ 良かった。それでほっとしましたわ。
ジェヴォンズ じゃ、私は上ります。(階段の方へ行きかけて。)ちょっとお願いしていいでしょうか。医者からの公けのお願いというのではなく、ただちょっと・・・
メイ いいですわ、勿論。何でしょう。
ジェヴォンズ 「さようなら」という言葉がないようにして戴きたいのです。或はこれに類する言葉が。ただ何事も起きてはいないという雰囲気が・・・
コーラ 分りましたわ、先生。よく分かりました。
ロッタ どうしてもあの人、行かなきゃいけないんでしょうね? 出て行かなきゃ・・・
ジェヴォンズ 私の意見はそうです。でも本当に決して心配はいりません。充分に注意深く、そして親切に世話されますから。それから決してその・・・普通でない扱いを受けているとは感じさせませんから。
ロッタ 有難う。それなら安心だわ。
(ジェヴォンズ、階上へ退場。長い間。)
ボニータ どうしてあの人、あんなに保証出来るのかしら。決して心配はいりません、なんて。
ロッタ 確実な保証なんて、ありっこないのよ、多分。でも、あのお医者さん、良さそう。親切で、気がつくわ。あの人の言葉、信用してもいいように思う。
コーラ どの道、他にやりようはないわ。
モーディー そう。他にやりようはない。でも、酷いことには変りはない。
メイ(きっぱりと。)勿論、他にやりようはない。あの人は他人に危害をくわえないように、どこか監視つきのところへ行かなきゃならないの。
ボニータ 別にあの人、他人に危害をくわえようと思っている訳じゃないわ。
メイ 思っているって、私も言っていないわ、ボニータ。でも、それとは関係なく、「危険だ」っていう事実が残るの。
(ペリー、事務室から登場。)
ペリー ジェヴォンズさん?
エステレ ええ、上って行ったわ。
ペリー 今、ミス・アーチーの公けの報告書に目を通してきたんです。電話ではもう充分に話を聞いたことなんだけど、文書にすると随分恐ろしい話になってしまうものですね。あの人、自分のやった事を自覚しているんですか?
ダイアダー それはもう。大喜びで跳びはねて、手を叩いて・・・二歳の子供みたいなもの。
コーラ また誇張ねダイアダー、いつものことだけど。
ペリー 自分がどこかへやられるって、分っているんですか? つまり、ここを出されるって・・・
コーラ ミス・アーチーが今朝上手に説明していたわ。新しい友達のところへ行くんだって。でも何のことか分っているようには見えなかったわ。
ペリー 可哀想に。あまり気にしないで暮してくれればいいんだけど。
ロッタ 私も本当に同じ意見。明日の朝、目が覚めてみると、全く違った場所・・・それで急に淋しくなって・・・怖くなって・・・
モーディー ああ止めて・・・可哀想に。
メイ 感傷的になるのは筋が通らないわ、ロッタ。あの人はちゃんと世話が出来るところに行かなきゃいけないの。
コーラ あの人確かに、年を追うごとにおかしくなって来ていたわ。
ダイアダー 私がほんのちっちゃい子供の時、伯母が狂ってしまった。よく覚えているわ、あの時のこと。あの頃はぐずぐず迷うことなんかなし。日曜日の夕食の真っ最中に、気違い病院からの車がやってきて、さっと積み込んで行ってしまった。じゃがいもの袋を投げ入れるのと同じ。
ロッタ まあ、ダイアダー。
ペリー もうそろそろ降りて来ますね。
エステレ(泣きそうになって。)ああ、どうしましょう、私。・・・私、どうなるか分らないわ。泣いちゃって、馬鹿なことをしてしまいそう。
アルミナ テレビ室に行きましょう――私を起して。
コーラ そのままいなきゃ駄目。お医者さんが言ったでしょう? 何も起ってはいないんだっていう態度を取ってほしいって。
ロッタ 何か話してるのがいいわ。
ボニータ(惨めに。)何も話すことがないわ、私。
ロッタ モーディー、ピアノを弾いて。思いついたのを、何でもいいから。
モーディー 駄目、私。・・・到底駄目。
ロッタ お願い。黙ってるのを隠すためだけ。ね? 早く。
モーディー(ピアノに進み。)分ったわ。
(モーディー、軽いショパンのワルツを弾き始める。ミス・アーチー、ジェヴォンズ、サリータ、階段の踊り場に登場。)
(サリータはグレイのコートにスカート。それに小さな帽子。ミス・アーチー、サリータのスーツケースを持っている。)
(ジェヴォンズはサリータの肘の下に手を当てて、二人で降りて来る。)
(コーラはペイシェンスを非常に気持を集中してやり始める。メイは平静に刺繍。ボニータは煙草を一本出し、それに火をつけようとするが、これはまづいと思い直して、煙草をもとに戻す。)
(他の者はあまり動かず、サリータの方を盗み見たりする。)
(サリータ、階段の下で急に立ち止まる。)
サリータ 何て素敵なホテル! まるでおうちのような雰囲気だわ。
ミス・アーチー そうよ、サリータ。さ・・・
サリータ(ちょっとモーディーの演奏を聞いて、そのリズムに合わせて頭を振って。)このメロディー、知ってるわ。ショパンね?
モーディー(弾きながら、ちょっと震え声で。)ええ、そうよ。ショパンよ。
サリータ この曲で退場したことがあったわ、私。随分昔のお芝居。「レイディー・メアリーの秘密」。(ジェヴォンズに微笑。)あなたの生まれる前ね、勿論。退場の場面は長くて素敵だった。私は白いイヴニング・ドレスを着ていて、丁度扉のところに来ると、ゆっくりと振り向いて、主役の人に薔薇の花を投げるの。小道具の薔薇で、本物じゃなかった。それを彼ったら、必ず受け損なうの。でもいつもここの場面で大拍手だったわ。
(サリータ、ゆっくりと玄関ホールに進む。ジェヴォンズ、腕をサリータの腕の下に通す。サリータ、扉のところで再び振り返り、部屋に向って。)
サリータ オルヴワール! 私、「さようなら」は言わないことにする。だって、何か不吉な感じがするんだもの。皆さんと暮せて楽しかったわ。お幸せにね。
(ジェヴォンズと一緒に退場。ミス・アーチー、スーツケースを持って、それに続く。モーディー、弾く手がゆっくりになり、止まる。頭がキイの上に被さる。)
(幕)
第 三 幕
第 一 場
(クリスマスの晩。およそ九時半。部屋はお祭り用の飾りがしてある。紙で作った飾りがあちこちに。そして暖炉の上にはクリスマスツリー。幕があくと、ドリーンが投げ捨てられた包み紙を集めている。腕いっぱい拾うと、台所の扉へ進み、それを片づけ、また集めにヘやに入って来る。)
(ミス・アーチー、玄関ホールから登場。ピカピカの軍服姿。但し頭には、紙で作った可愛い帽子。食堂の方から、住人達の会話、笑い声などが聞える。)
ミス・アーチー そういうゴミは明日まで放っておいていいわよ、ドリーン。もうコーヒーにして、家にお帰りなさい。大変な一日だったわね。
ドリーン はい、ミス・アーチー。有難うございます。
ミス・アーチー 癇癪玉が二箱まだ残っているわ。おみやげよ。弟さんに持って行って。
ドリーン 有難うございます。
ミス・アーチー 弟さん、事故の後は如何?
ドリーン 経過はいいんです。左足はすっかり元通りにはならない、ちょっと跛(びっこ)をひくだろうって、お医者さんは言うんです。でも弟は気にしていない様子ですから。
ミス・アーチー 偉いわ、弟さん。(玄関ホールにベルの音。)こんなに夜遅く、一体誰かしら。行って見て来て頂戴。それは私が持って行きます。
(ミス・アーチー、ドリーンの集めた腕いっぱいの包み紙を受取って、台所の扉から退場。ドリーン、玄関ホールへ退場。暫くしてゼルダ・フェンウィックを連れて登場。ゼルダは夜会用の服装。黒のコーデュロイのズボン、黒のベルベットの上衣、それに赤いスカーフ。大きな重い箱を抱えていて、それをピアノの上に置く。)
ドリーン いらしたこと、ミス・アーチーに伝えますわ。
ゼルダ 有難う。
(ドリーン、退場。ゼルダ、食堂からのガヤガヤを聞き、煙草に火をつける。ミス・アーチー、出て来る。)
ミス・アーチー(困って。)おお!
ゼルダ 今晩は。
ミス・アーチー(取繕うように。)まさか、あなただとは。ドリーンは何も言わな・・・
ゼルダ クリスマス、おめでとう。
ミス・アーチー(食堂の方を心配そうに見ながら。)ええ、おめでとう。
ゼルダ メイドゥンヘッドでパーティーがあって、今その帰りなんです。ロンドンへ。ちょっとお寄りして罪滅ぼしをしようと思って。
ミス・アーチー 罪滅ぼし?
ゼルダ ええ、ピアノの上に。シャンペンなんですの。一箱。
ミス・アーチー シャンペン――まあ! こんなことをして下さるなんて。
ゼルダ 私、多分まだ悪く言われているんでしょうね。
ミス・アーチー エー、・・・ミス・フェンウィック・・・そんなことはもうないんです。・・・勿論最初の時は少し怒って・・・ええ、隠しても仕様がありませんわ。ご想像の通りですわ。
ゼルダ どうか、そんな困った顔をしないで。私、長居はしません。私が来たってこともみんなに言わないでいいんです。シャンペンはただ玄関のところに置いてあったって言って下されば。こんなこと私、めったにないんですけど、ここには今、仕事の話なしで来たんです。謝罪のつもりで。
ミス・アーチー ああ・・・
ゼルダ どうか誤解しないで。書いたことを謝るんじゃないの。あれは私の仕事。書かなきゃならないんです。約束を守れなかったから。
ミス・アーチー 何の約束かしら。分らないわ。
ゼルダ ペリーに約束したの。テレビでサンルームの話をするって。
ミス・アーチー ああ、そうでしたね。
ゼルダ でも、テレビの人が反対、編集長も反対・・・それで私、到頭諦めて・・・
ミス・アーチー もうそんなこと気にしないで。あれはすんだこと。忘れてしまったこと。何かお飲みになりません?
ゼルダ いいえ。私、行かなければ。車に外で友達が待っているんです。うちの社長がこれをどうぞって。・・・「ウィングズ」に。(ポケットから封筒を取り出し、渡す。)
ミス・アーチー 社長ですって?
ゼルダ ええ。チャークリー卿。随分なワンマン。暴君。でも地獄の業火が怖くて、時々慈善運動。少しは遠ざかると思っているらしいわ。一種の保険。それとも本当に親切なのかしら。あの社長じゃ、真実がどっちにあるか、分かりはしない。とにかく・・・さ、どうぞ。
ミス・アーチー(封筒を開けて、小切手を出す。)まあ、二千ポンド!
ゼルダ サンルームに。
ミス・アーチー 信じられない。
ゼルダ 全く紐のついていないお金。特別な用途に当てられる個人の寄付。ですからどうぞ、委員会には他のことには使わないようによく話して下さい。私はもう行かなければ。どうぞみなさんによろしく。あのアイルランドの熱血女史にも。
ミス・アーチー どうか、もう少し待って・・・
ゼルダ いいえ。私、行った方がいい。
ミス・アーチー せめて有難うの一言をみんなが言えるように。
ゼルダ 私、あの人達に有難うって言わせたくないの。そうでなくても毎日、何度その言葉を言わなきゃならないか。きっともう、その言葉、死ぬほどうんざりの筈。じゃ、これで。
ミス・アーチー じゃあ、私が言うのはいいのね、きっと・・・みんなの代りに。
ゼルダ(微笑して。)ええ・・・じゃ、聞くわ。
ミス・アーチー(明らかに胸がいっぱいなのが見てとれる。ぐっと涙を堪(こら)えて。)有難う。(ゼルダの手をぐっと握る。)
ゼルダ あっ、手! 壊れると困るわ。まだ運転しなきゃいけないの。
ミス・アーチー(かすれ声で。)ご免なさい。
ゼルダ 奇妙だわ。その紙の帽子、ほんとによく似合う。(微笑む。)では大佐殿、お休みなさい。(退場。)
(ミス・アーチー、暫く手の中の小切手をじっと見つめる。注意深く封筒に戻し、暖炉の上に置く。袖からハンカチを出し、大きな音をたてて鼻をかむ。ドリーン、台所の扉からよたよたと登場。コーヒー用の大きな盆を抱えている。)
ドリーン コーヒーは食堂ですか? ここですか?
ミス・アーチー ここ。テーブルの上に置いて。
ドリーン はい、ミス・アーチー。これで全部終ですか?(テーブルの上に盆を置く。)
ミス・アーチー そうよドリーン、それで全部。
ドリーン あのブローチ、有難うございました。本当に素敵な!
ミス・アーチー 気に入ってよかったわ。
ドリーン じゃ私はこれで。さようなら。
ミス・アーチー じゃあね、さよなら。
(ドリーン退場。ミス・アーチー、サイドテーブルの上にある飲み物の盆に進み、ブランデーを注ぎ、生のまま一気に呑み込む。)
(ロッタ、メイ、オズグッド、を先頭に、全員笑い、話しながら登場。オズグッドとペリーはディナー・ジャケット。女性達はイヴニングドレスか、それに近い服装。全員まだ、紙の帽子を被っている。)
(メイは真直ぐ自分の椅子に進み、刺繍に取りかかる。他の者達も適当に席につく。)
ロッタ 七面鳥、美味しかったわ、ミス・アーチー。とにかく料理全部、完璧だったわ。
アルミナ 私、全部こなれるのに少なくとも三日はかかる。
ロッタ ミスィズ・ブレイクにお礼を言わなくちゃ。まだ台所?
ミス・アーチー もう帰宅。
ロッタ 朝、必ず思い出さなくちゃ。
(ボニータとエステレ、テーブルに行き、コーヒーを注ぎ始める。)
ボニータ 全員、コーヒー?
アルミナ 私はいいわ。一晩中眠れなくなるから。
ペリー(ピアノの上の箱に気がついて。)あれ? これ何だ?
ミス・アーチー シャンペン一箱。
ボニータ シャンペンが一箱! 誰? 頭がおかしくなったのよ。
メイ 一体どこからやって来たもの?
ミス・アーチー 贈り主を言ったら、みんな怒るんじゃないかな。
メイ 何故?
ミス・アーチー ゼルダ・フェンウィックだから。数分前に持って来たの。ロンドンに行く途中だって。ちょっと寄って、みんなにクリスマスおめでとうを言おうと思ってって。
エステレ ゼルダ・フェンウィック・・・まあ驚いた!
ミス・アーチー 罪滅ぼしにって・・・そう言ってたわ。
コーラ みんなでこれを飲んでいるところを写真におさめて欲しいって言うの?
ミス・アーチー いいえ。他に全く意図はない、ただ単に受取って欲しい。本当にって、そう言っていたわ。
ペリー 親切だ、これは。
ダイアダー 突っ返してやればいいのよ。あんな奴の世話になることはないわ。
ロッタ それはちょっと、あまりに礼儀知らずだわ。
ダイアダー まあま、わざわざシャンペンを! みんなから捨て去られた、哀れな皺くちゃ婆あどもに!
メイ アイルランド人て、物を言う時に奇妙に色鮮やかな言葉を使うけどね、ダイアダー、今のはやり過ぎ。
ロッタ 私達はね、ダイアダー、みんなから捨て去られた、哀れな婆あどもじゃないの。私達の面倒をちゃんと誰かがみてくれている。今だって私達、素敵なクリスマスの晩餐を戴いたわ。シャンペンを一箱わざわざ持って来てくれるなんて。私、あの人、本当に親切だと思う。さあ、一本開けましょう。そしてミス・フェンウィックの健康を祈って、乾杯しましょう。
ボニータ 賛成、賛成。
ミス・アーチー あの人、他にも持って来たものがある。(暖炉に進み、みんなに封筒を見せる。)これ。
モーディー 何かしら。
ミス・アーチー クラリオンの社長、チャークリー卿から「ウィングズ」へプレゼント。二千ポンドの小切手。サンルーム用だって。
(全員、呆気にとられて沈黙。)
ペリー(沈黙を破って。)いやあ、こいつは参った!
コーラ(信じられないという調子。)二千ポンド!
エステレ まさか・・・まさか!
(ペリー、暖炉に駆けより、封筒から小切手を引き抜き、じっと見る。)
ペリー(圧倒されて。)二千ポンドだぜ、畜生!
メイ(悪い言葉を窘(たしな)めて・・・これは自動的。)駄目よ、ペリー。
コーラ 何かあるんでしょう? 何か仕掛けが。
ミス・アーチー 紐付きではないんだって、そうあの人は言っていたわ。全く個人的な寄付で、委員会には私から、「サンルームのためだけに使用される資金だ」と説明して欲しいと。
ペリー(心から。)おお、ブーディー・ニーザーソウルよ、汝、この瞬間に、我らと共にここにあるべきものを!
ボニータ ブーディー・ニーザーソウルなんて糞喰らえ! 委員会なんか糞喰らえ! 何て素敵なことが起ったんでしょう!
メイ ボニータ、「委員会なんて糞喰らえ」は、冗談にも言ってはいけないわ。あの人達、出来るだけのことはしているの。今日だって、私達全員に贈り物をしてくれたじゃない、白粉(おしろい)のコンパクトを。
ロッタ(笑って。)まあ、メイ!
ミス・アーチー さあペリー、あの箱を台所に運んで、バサッと開けて来て頂戴。
ペリー はい。(箱を取り、台所へ退場。)
ミス・アーチー(後に続いて。)残念だけど、タンブラーで飲むしかないわ。シャンペングラスはないもの。
コーラ 見捨てられた皺くちゃ婆あ達の家にシャンペングラスがないなんて、そんな無茶苦茶な話、聞いたことある?
(全員笑う。エステレだけは笑わず、わっと泣き出す。)
エステレ ああ、嬉しい。私、本当に、本当に、嬉しい。
コーラ 元気を出して、エステレ。何も泣くことはないのよ。
エステレ これ、しようがないの。癖・・・私の。何かいいことがあると、すぐ泣いちゃうの。
ダイアダー 世界は悲しみと苦しみで溢れているのよ、エステレ。ほんのちょっとの幸せで、あんたの馬鹿な涙を無駄に使うことはないの。まあ大事にとっておくことね。そのうちたっぷり流さなきゃならない時が来て、今のこの私の言葉を思い出すわよ。
メイ(苛々した気分あり。)私、時々思うんだけどダイアダー、あなた自分の言っていることの意味が分ってるの?
ダイアダー(大声で喚く。)何ですって? 何が言いたいの、一体!
メイ あなたはしょっ中、老いの惨めさだの死が迫っているだの、くどくどと言うけれど、それは何故なの? 死ぬのが怖いから? 暗闇で空威張りに口笛を吹いているの?
ダイアダー 私はねメイ・ダヴェンポート、誰も、何も、恐れたことはないんですからね。生まれたその時から。
メイ 度胸があるのね。それなら、度胸のない人にもう少し思いやりを持ったらどうなの?
ダイアダー 死がどうして怖いっていうの。その時が来たら、神様がその胸に私を抱いて下さる、それだけのことじゃない。
メイ それはあなたに限らない。私達みんな、その時が来たら、神様はその胸に私達を抱いて下さる。あなたの独占ではないの。だからその時が来るまでは、私達が出来るだけ楽しく暮そうとしているのを、邪魔しないで欲しいわ。
ボニータ 賛成!
ダイアダー そう。いつも私にそうやって反対すればいいの。全員ね。私はこの中で一番の老いぼれ。みんなとは意見が合わないのよ。
コーラ あなたはね、みんなを全部集めたより、もっと元気があるの。だから、もう静かにして、演技過剰を止めたら?
ダイアダー そう。じゃ今、私、演技過剰をやっているって言うのね?
メイ(堂々と。)そうよダイアダー、今には限らない。何時だってよ。
ボニータ もういいの。止めましょう。今日はクリスマスなのよ。
(台所でシャンペンの栓を抜く音がする。)
ボニータ まあ、あの音。長いこと聞いたことがないわ。ダリーの店を映画館に改築した時以来かしら。
(ミス・アーチー、コップののせてある盆を持って登場。その後ろにペリー、シャンペンの壜二本を持って続く。)
アルミナ これで私、死んじゃうわ。だって分るもの。さっきはあのブランデー・ソースだったでしょう?
コーラ いい年だといいけど・・・葡萄の・・・
ペリー(壜を見て。)ボリンジャー、一九三八年。
コーラ(陰気に。)まあいいわ。
(ミス・アーチー、一人ひとりにコップを渡して歩く。ペリー、後に続き、注ぐ。)
モーディー 私、ほんの少し・・・本当。
オズグッド マーサに持って行っていいでしょうか。喜ぶと思うんですけど。
ミス・アーチー 勿論。よく気がついて下さったわ――ペリー。
(ペリー、二つのコップにシャンペンを注ぐ。ミス・アーチー、オズグッドに渡す。)
オズグッド すみません。(階段を上り始める。)まだ寝ていませんね?
ミス・アーチー うつらうつらはしているかもしれないわ。でも十一時にならないと、寝付くってことはないの。
オズグッド うつらうつらしていたら、優しく起してやります。珍しい到来物ですものね。誰だって喜びますよ。(二階に退場。)
ボニータ あの人を見ていると私、泣けてくるの。本当に。もう何年も何年もよ。ああやって変らず愛しているなんて。
メイ(綺麗な朗読。)
「愛は時を越えて生きるもの。
時間の意のままにはならない。
たとえ薔薇色の頬、唇が、
時の大鎌の刃にかかろうと、
短い時間、週の経過にも、
愛は変らず生き続け、
ついには世の終り、
最後の審判の日まで。」
ダイアダー あらあら、死についてくだくだと泣き言を言っているのは、今度はどこのどなた様かしら。
メイ(はっきりと。)ウイリアム・シェイクスピア。
ダイアダー(鼻をならし、不満そうに。)その詩、出くわしたことがない。知ってたらよかった。
メイ その出会いは、とてもありそうにないわね。
ペリー さあ、ゼルダ・フェンウィックとチャークリー卿に乾杯しましょう。趣旨に賛成の方はグラスを上げて下さい。
コーラ 私達の出来ることって、これぐらいしかないわ。
(全員コップを上げ、「ゼルダ・フェンウィックとチャークリー卿に」と呟く。モーディー、ピアノに行き、For they are jolly good fellows (「何故なら、あの人達、本当にいい人なんだから」)を弾く。みんなピアノに合わせて歌い、拍手し、笑う。モーディー、次の会話の間、小さい音でピアノを弾いている。)
ペリー(壜を持って、ボニータのところに行き。)さあ、もう一杯。まだ台所にいっぱい残ってますよ。
ボニータ 私勿論、二日酔いになるわ。でも構いはしないわ。(ペリー、少し注ぐ。)
ペリー メイ?
メイ ほんの少し。
(ペリー、注いで廻る。)
アルミナ 私は駄目、本当に。これ以上は。
ペリー いいじゃないですか。ちょっとだけ過すって、却って身体にいい筈ですよ。
アルミナ ジェヴォンズ先生に何て言われるか、私心配。
ボニータ(感慨に耽って。)シャンペンには何か人を引き付けるものがあるわ。何故かしら。
ダイアダー 醸造の時、悪魔の手が入っているから。そして、とても高いから。
ボニータ シャンペンを初めて飲んだ時のこと、覚えてる? メイ。
メイ ええ、勿論。一八九八年。ウィンブルドンで。兄の結婚式の時。私が新婦の付添人。飲んだら吃逆(しゃっくり)が出て困ったわ。
アルミナ ゲイアティー劇場でミリー・ジェイムズと出ていた時。ミリーったら、毎晩楽屋に大壜を持って来ていた。一九0四年だったわ。
メイ 可哀想にミリー。それで亡くなったのね。翌年、一九0五年よ。
ペリー ボニータは?
ボニータ マンチェスター劇場。アラジンのドレス・リハーサルの前。十六歳だったわ。舞台助監督が下宿に持って来て・・・私達、みんな酔っちゃったわ。
エステレ あなたの役は何だったの?
ボニータ ランプの妖精。お蔭でオーケストラだまりに落っこちちゃった。ランプもろともね。
モーディー(歌い始める。ピアノを弾きながら。)
「シャンペン、シャンペン、シャンペン、
崇高で、神聖で、神を汚(けが)すもの。
シューシュー鳴って、泡が出て、
悩み事全部、なくしてくれる。
シャンペン、シャンペン、シャンペン。」
ボニータ 陽気なものね。どこかで聞いたことがあるわ。
モーディー 「ミス・マウス」の中にあるワルツ。ドリー・ドゥレクセルが二幕の終で歌うの。可哀想に、駝鳥の羽根飾りのついた被り物で、しょっ中口にその羽根が入ってきていた。
ロッタ お願いモーディー、私の好きなの、やって。
モーディー 私あれ、よく覚えてないの。ちょっと待って。――(ちょっとの間。それから二、三前奏を弾いた後、歌い始める。)
「さあ、家にいらっしゃらない? ミス・マウス」
ミス・マウスをみんな繰り返して歌って。じゃ、最初から行くわよ。
「さあ、家にいらっしゃらない? ミス・マウス」
全員(歌う。)
「ミス・マウス」
モーディー
「素敵な、素敵な、アップルパイの家よ。ミス・マウス」
全員(歌う。)
「ミス・マウス」
モーディー(歌う。)
「蜂から貰った蜜を上げるわ。
パンにミルクにチーズのかけら。
ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、
家にいらっしゃらない?」
みんなで!
全員(歌う。)
「家にいらっしゃらない?」
モーディー(歌う。)
「家にいらっしゃらない? ミス・マウス」
(みんな笑って、手を叩く。)
モーディー じゃ、もう一度・・・全員で。
(モーディー、リフレインを繰り返し、全員、楽しくそれに和す。)
ロッタ(笑いながら。)そう、この歌、本当に馬鹿な歌なの。ちょっとないわよ、これほどのは。
モーディー ねえボニータ、「丘の上に、私、あなたを見つけるわ」をやって。
ボニータ 駄目・・・長過ぎるもの・・・私、出来ない。
モーディー みんなで歌うから。・・・ね?(導入部を弾く。)
ボニータ(歌い始める。少し不確かな歌い方。声はハスキー。)
「丘の上に、私、あなたを見つけるわ。
そこでは小川がサラサラ流れて」
(みんなに言う。)誰か助けて。
モーディー(助ける。)
「沢山の小鳥が歌っている」
ボニータ
「沢山の小鳥が歌っている。
二人の秘密を歌にこだまさせて。
黄昏に、あなたは待ってくれている。
優しく静かに、穏やかに。
今日一日、私に起った嫌なこと、
きっと、全部消えてしまうわ。
丘の上に、私があなたを見つけたら。」
(みんな拍手。)
ダイアダー おセンチなたわごと!
メイ 言葉は甘ったるいわ。でもメロディーは素晴らしい。
モーディー 「二人は大過ぎ」で、歌ったのは何だったの? ペリー。
ペリー ああ、駄目駄目、モーディー。歌えない。もうすっかり蒸発してしまってる。
ボニータ さあ、恥ずかしがらないで、やって。みんな仲間じゃないの。モーディー、弾いて。
モーディー E フラット?
ペリー いや、高過ぎ。一つ下げて。
モーディー じゃ、D フラット。・・・さあ、行くわよ。(導入部を弾く。)
ペリー(躊躇いながら歌い始めるが、つっかえてしまう。)駄目だ。
モーディー もう一回。
(ペリー、もう一度始める。Come the wild wild weather (「激しい嵐よ、やって来い」)を歌う。非常に優しく、情感を込めて歌う。ペリーが歌い終ると、メイが立ち上り、キスをする。)
ペリー(歌う。)
「時間を止めて、現在から将来を眺めてみよう。
栄光や敗北はもうなさそう。
私達の人生はこれから、なかなか素敵なものじゃない。
それにしても「時」は随分いろんな物を変化させるものね。
潮は流れ、渦を作り、
でも、運命が私達を何処に連れて行こうと、
自分のいる所はしっかり分っていよう。
激しい嵐よ、やって来い。
風よ吹け、雨よ降れ。
小さな雪の破片も降って来い。
それでも私達は、いつも一緒だ。
人生の旅が終るまで。
私達が何処へ行こうと、
いつも友達なのだから。
何年も旅を続けて行く間には、
いろんなことに出会うだろう。
嬉しい時、愛する時、幸せな時、
悲しみの時、涙の時。
激しい嵐よ、やって来い。
負けたって、勝ったって、
この言葉を覚えておこう。
私達の人生が終るまで。」
メイ ペリー、いいわ。本当にいい歌。
ロッタ 若い時に私、歌うことを習っておけば良かった。これはいつも後悔している。全く駄目なんだもの。
ダイアダー お願いだから、何か陽気なものをやって。このままだったら、湿っぽくなるばかりよ。
メイ じゃあ、アイルランドのジグでも?
ダイアダー ジグ? 悪くないわ。何か差し障りある?
モーディー じゃ、ダイアダー。
(モーディー、ジグを弾き始める。ダイアダー、立ち上り、踊り始める。全員、音楽に合わせて手を叩く。ダイアダー、だんだん激しく踊り出す。突然止め、小さな叫び声を上げる。モーディー、弾くのを止める。)
ロッタ どうしたの、ダイアダー。
ダイアダー(微かな声で、心臓を抑えて。)ああ、神様、到頭来たわ・・・来たわ・・・来た・・・
(小さく喘ぎ、ソファに倒れる。茫然とした沈黙。ペリーとミス・アーチー、駆け寄る。)
ロッタ ブランデーを・・・早く。
(ロッタ、素早く、サイド・テーブルに行き、コップにブランデーを注ぐ。ペリーとミス・アーチー、ダイアダーを持ち上げ、楽な姿勢に直す。しかし、頭がぐったりと落ちる。)
メイ ジェヴォンズ先生に電話した方がいいわ、ペリー。
ペリー うん。(事務室に駆け込む。)
(ロッタ、ブランデーを持って行き、ダイアダーの唇にあてて飲ませようとする。暫くして諦め、ダイアダーの口をハンカチで優しく拭く。)
ロッタ(ダイアダーの脈をみて。)先生がいらしても、もう多分・・・
コーラ えっ? どういうこと? まさか・・・駄目って?
ロッタ 分らないけど、多分。
(全員、ダイアダーを見て立ちつくす。エステレ、わっと泣きだす。メイ、ダイアダーの手を取って、自分の胸にあて、姿勢を正しくする。)
メイ 全く運のいい・・・アイルランドの女・・・
(幕)
第 三 幕
第 二 場
(七月のあるよい天気の日。昼食後。フレンチ・ウインドウの向こう側に明るく、立派なサンルームが見える。)
(アルミナ、エステレ、ボニータ、コーラ、モーディーは、サンルームの中で日光浴。メイはいつもの椅子。刺繍。)
(ロッタはソファに坐って本を読んでいる。暫くしてロッタ、バタンと本を閉じ、テーブルの上に置く。)
ロッタ やっと終ったわ。
メイ 可哀想に、マリオン。最初から最後まで嘘の塊。
ロッタ 私、第一章は面白かったわ。幼年時代のこと。あの人の思い出の最初の一つは、パパとママがオペラから帰って来る時の、馬車の車輪のきしみだったって。
メイ あの人、ウィルトン・ロードの煙草屋よ、生まれたの。
ロッタ ねえメイ、私達、回想録書くの、どうかしら。
メイ 嫌ね、私は。
ロッタ 少なくともマリオン・ブロディーのものよりは面白いわよ。思い出すこと、色々あるわ。
メイ 忘れようと思っても忘れられないことがあるわね。
ロッタ だからメイ、それは止めるのよ。
(コーラ、サンルームから登場。)
コーラ(歩きながら。)見れば見るほど嫌な硝子。もういられない。トルコ風呂じゃない、まるで。
(コーラ、テレビ室へ退場。)
メイ あの人、昔から不平屋だった。どんなに羽振りがよい時だって、決して満足することがない。
ロッタ 一九二0年だったわ。私、あの人を見たことがある。アデルフィー劇場でヒラリーと一緒だった。長い真珠の首飾りを何重にも巻いて、頭にはアストラカンの帽子だったわ。
メイ 虚飾に執念があるのよ。
ロッタ ここにいて一番厭だと思っている人、あの人じゃないかしら。
メイ(苦い調子あり。)それはどうかしら。
ロッタ(奇妙に感じて。)あらあなた、そんなにまだここが嫌いなの?・・・そんなに?
メイ(刺繍の枠を置いて。)「そんなにまだここが嫌い」? ええそうよ、ロッタ。私、心の底からここが嫌い。私は諦めようと思った。いいえ、自分はこれで成功者なんだと、自分に言い聞かせようとしたことだってある。でもうまくいかなかった。一度だって言い聞かせられたことなどない。最初は有難かった。食事と寝床が与えられたんですから。でも一瞬だけ。私の毎日は一分毎が苦い時間。食事が出される度に屈辱で咽につまりそうになる。私は今までずっと、誇り高き女で通してきた。芝居の世界で、持て囃(はや)されなかった大きな理由はこれ。でも誇りよりもっともっと悪かったもの、それは貯蓄心の欠如。そのため今私は、苦い代償を払っている。そしてこの中で一番苦いところは、この軽蔑すべき運命を背負い込んだ理由は他でもない、自分自身にある、という所。(再び刺繍を手にして。)さ、これで終。話題を変えましょう。
ロッタ(微笑して。)相変わらずね、あなた。人に指図するそのやり方。
メイ どういうこと?
ロッタ 私はまだ話題を変えたくないもの。私も自分を晒け出してみたいの。私をこんな境遇にした原因・・・不注意さ、甘さ、馬鹿さ加減を話してみたいの。
メイ(探るように。)あなたが?
ロッタ そうね、やっぱり話すことなんかないわね、私は。私は諦めたの。今は満足しているわ、かなり。
メイ 気質の違いね、多分。
ロッタ 気質の違いって、つまりあなたの方が私より人の親切を素直に受け入れ難い気質だって言いたいの?
メイ ただ気質の違いって言ったの。詳しいことは考えていない。
ロッタ(考えながら。)芝居で私、いつも優しい人間の役をやってきた。あなたは違うわ。その差ね。女優としても私、甘ったるいほど優しい人間として生きた。デビューはコーデリアだったわ。
メイ 厭らしい女。シェイクスピアが書いた人間で、最も尊大な人物。
ロッタ(笑って。)あらあら。あなたの勝よ、メイ。
(玄関のベルが鳴る。)
メイ 誰かしら、こんな時に。
ロッタ オズグッドじゃない?
メイ あの人、ベルなんか鳴らさない。玄関は鍵をかけていないんだから。
ロッタ じゃあ、委員会の人かしら。
メイ そうでないことを願うわ。あの満面に笑みを湛(たた)えた挨拶、あれだけでもうんざり。
(ドリーン、玄関ホールから登場。)
ドリーン ミス・ベインブリッジにお客様です。男の方です。
ロッタ(驚いて。)私に?
ドリーン ええ。大事な用件で、とのことです。
ロッタ 名前を言ったの?
ドリーン ええ。ミスター・アラン・ベネット。
ロッタ(片手を咽に当てて、暫くそのまま。それから目を閉じる。)まあ。(やっと。)お通しして、ドリーン。
ドリーン はい。(退場。)
メイ(心配しながら。)ロッタ・・・まさか・・・まさか・・・
ロッタ ええ、多分。多分、彼。
メイ(刺繍を片づけながら。)じゃ、私は出た方がいいわ。
ロッタ いいえ、お願い。・・・ちょっとだけでいいからいて。
(ドリーン、アラン・ベネットを招じ入れ、自分は台所の扉へ退場。アランは四十代の後半。きちんとした服装。しかしどことなく人生がうまく行っていないという雰囲気。)
(アラン、落ち着かない様子。)
アラン 今日は、お母さん。
ロッタ(立ち上って。)アラン――驚いたわ。――私・・・あなたがイギリスにいるなんて、思っていなかった。
アラン ええ。昨日トロントから飛行機で。
(二人、暫くの間じっと見つめる。それからロッタ、前に進んでアランにキス。)
ロッタ(振り返って。)メイ、これ、私の子供。ミス・メイ・ダヴェンポート。
メイ 始めまして。(立ち上る。)
アラン(落ち着かない様子で握手。)たしかお名前は以前伺ったことが・・・ミス・ダヴェンポート。
メイ そう言って戴くの、嬉しいわ。じゃロッタ、私はこれで・・・
ロッタ いいのよ、ここにいて。私の方は庭でもどこでも話せるもの。
メイ そんな馬鹿なこと。テレビ室に行くわ。コーラがいる筈。テレビは好きじゃないけど、我慢するわ。じゃ失礼、ミスター・ベネット。
アラン またお会いします。
メイ(テレビ室に進みながら。)そうね、お茶の時間までいらっしゃれば、自然にお会いすることになるわ。(退場。)
ロッタ(ちょっとの間の後。)お坐りなさい、アラン。煙草は?
アラン 僕は吸わないので。
ロッタ それは偉いわ。私は止められなくて。
(箱から一本取って、火をつける。そしてソファに坐る。アラン、落ち着かない様子でメイの椅子に坐る。)
アラン まあ、まあ、まあ!
ロッタ(少し微笑して。)「まあ、まあ、まあ」ね、本当に。
アラン お母さん、素敵ですよ。本当です、これ。どこで会ってもすぐお母さんと分かりますよ。
ロッタ それはどうかしら。三十三年は長い時間よ。
アラン(ばつが悪そうに。)ええ、それはそうです。
ロッタ(訊くのが義務のように。)スィンスィアはどう?
アラン 元気です。
ロッタ それはいいわ。
アラン ちょっと肥ってきましたけど、誰でもそうなるものでしょう?
ロッタ ええ・・・そうね、きっと。
アラン よろしくって、言われて来ました。
ロッタ 有難う。・・・本当に有難う。
アラン 僕がイギリスに帰るのを、ひどく羨ましがって。カナダから出たことが一度もないんです、スィンスィアは。
ロッタ そう。
アラン ウィニペッグで生まれて、一九二八年に家族をあげてモントリオールに引っ越したんです。
ロッタ 大きいのかしら?
アラン ウィニペッグが?
ロッタ いいえ、スィンスィアの家族。
アラン ええ、大きいです。彼女を入れて五人の子供。四人が女で、一人が男。この弟はエクアドルにいるんです。
ロッタ エクアドルって、どこにあるのか知らないわ、私。
アラン 南米です。コロンビアとペルーの間。
ロッタ そう。(間。)子供達はどう?
アラン 元気です。写真を持って来ました。見せようと思って。(ポケットから財布を出し、そこから二、三枚取りだす。)あまりよく撮れていないんです。感じは分るだろうと思って。
ロッタ 眼鏡をかけなくちゃ。(袋の中を探って、眼鏡を取り、かける。)
アラン(写真を一枚渡し。)これがジョウンです。まだ子供で、この写真は三歳の時のものです。
ロッタ 可愛いわ。
アラン(別のものを出して。)これがアイリーン。今、寄宿舎に入っています。
ロッタ(よく見ながら。)理性的な顔立ちね。眼鏡なのね? どうしても必要なの?
アラン ええ、乱視なんです。医者は治ると言ってるんですが。
ロッタ 可哀想に。本当に治るといいわね。
アラン(三枚目を出して。)これがロニー。一番年上です。もうそろそろ成人。公認会計士になるんだと言っています。
ロッタ 背が高いのね? 違う?
アラン 六フィートぐらい。数字に強いんです、ロニーは。
ロッタ(顔を逸らせて。この状況に耐えきれず。)来るって、どうして予め知らせてくれなかったの?
アラン 驚かせたかったんです。
ロッタ(冷淡に。)驚いたわ。お望み通り。
アラン そんなに不愉快な驚きでなければよかったですが。
ロッタ(溜息をついて。)ああ、アラン・・・あなた、何のためにやって来たの?
アラン 僕は・・・お母さんをここから出したいと思って。こんなところにいるなんて僕、本当に知らなかったんです。スィンスィアの友達がサンデー・クラリオンの切り抜きを送ってきて・・・もう何箇月も経った古い切り抜きでしたが、それで初めて知ったんです。スィンスィアはとても驚いて・・・心配しています。
ロッタ どうして?
アラン どうしてって、そんな。・・・義理の母親じゃありませんか。
ロッタ 私達、今まで一度も会ったことがないわ。
アラン それは彼女の責任ではありません。
ロッタ 分っています。私はただ事実を言っているだけ。あの人からは私、ただ一度手紙を貰ったことがあるだけ。十七年前に。あなたと結婚した直後。
アラン とにかく僕らはこの事態を充分に話し合ったんです。
ロッタ 「この事態」? どういうこと? それ。
アラン 母親が慈善団体の世話になっているということです。僕は全然気がつきもしなかったんです、お母さんがこんなに困っているなんて。
ロッタ 私はそんなに困ってはいません。ここで満足して暮しています。ここは住み心地がよい家です。
アラン どうして手紙をくれなかったんです? こんなことになる前に。
ロッタ 住所を書いた紙をなくしたの。
アラン そんなに厳しい言い方をしないで、お母さん。僕は最善をつくしているんです。もう少し優しい言い方をして。
ロッタ 来てくれたのは親切だわ、アラン。少なくとも親切な気持が動機で来た・・・と思いたいけど・・・それもどうかしら。
アラン 僕は子供なんですよ、お母さんの。
ロッタ そうね。その「私の子供」って言葉、私には奇妙な感じ。あなたにもそう響くでしょうね。
アラン ずーっと長い間、お母さんに辛くあたってきていました。すまないと思っています。これは信じて欲しいんです。
ロッタ 信じるわ。私もすまないと思っている。どちらにも非はあるんでしょう。でも今さらその溝を埋めようとしても、もう遅過ぎね。私はわがままな女。もうこれは治らないわ。
アラン(ポケットから手紙を出して。)これ、スィンスィアからの手紙です。(手渡して。)渡してくれって。
ロッタ(受取って。)有難う。(開けて、黙って読む。)
アラン 彼女は本気なんです。一言一句。
ロッタ(読み終り、畳み、封筒に入れる。)大変親切な手紙。明日返事を書くわ。
アラン 趣旨に賛成?
ロッタ(アランを見て。)あなたは?
アラン 勿論賛成です。だからこそ来たんです。
ロッタ(ぼんやりと立ち上って、部屋の中を歩きながら。)辛い時だわアラン、この瞬間は。悲しい気持、後悔の気持、それに捨て鉢の気持。言葉ではどう表したらいいのか。あなたに来て欲しくなかった。あなた自身の生活をそのまま続けて、私を今のまま放っておいて貰いたかった。ここで静かに平穏にその生を終えるまで。
アラン 慈善団体にすっかり身柄を預けて?
ロッタ あなたにはそれがそんなに恥ずかしい事なの?
アラン(苛々と。)勿論です。スィンスィアはこの事を初めて知った時、呆れ返っていました。マートゥルもです。
ロッタ マートゥル?
アラン スィンスィアの妹です。トロントの有名な婦人科医と結婚しているんです。
ロッタ それは便利がいいわね。
アラン(辛抱して、ロッタの皮肉を聞き流して。)分って下さい、お母さん。
ロッタ 分っているの。充分過ぎるくらい。この手紙には、私があなた方と住むことを提案してきている。それは個人的慈善ね。公的慈善と、そんなに違いがあるかしら。
アラン 勿論違います。母と子じゃありませんか。慈善なんかじゃありません。
ロッタ(ちょっと微笑して。)さっきからあなた、強調しているわね、「母と子」「僕は子供だ」って。あなた、本当にその言葉に意味があると思っているの?
アラン ええ。母と子だってことを示そうと思って言ってるんですけど。
ロッタ(アランの手を軽く叩きながら。)そうね、そうね。あなた、一生懸命ね。私の方はチャチャを入れたり、難癖をつけたり。でも駄目。その線で押しても、何も出て来ないわ。事実としては確かに母と子でしょう。でも精神的には全く赤の他人。三十三年間の空白を間に挟んで、相手に声が届くよう、大声で叫び合っているだけ。あなたが若い時には時々は会うことが出来た。でも長く暮すことは無理だった。あなたのお父さんがそれを厭がっていたから。
アラン 父親のせいだけじゃない筈です。
ロッタ 父親だけのせいだなどと言ってはいません。私の責任でもあります。それに、周囲の事情も。私は巡業によく出るようになって、人気も出て来ました。あの人は嫉妬深い人でした。男女関係で嫉妬深いだけではありません。芝居のプロとしても私をやっかんだのです。あの人の性格からして、私からあなたを取って行ってしまったのは当然とも言えます。どの道、私は役者を止めることは出来なかった。たとえ私が止めたいと思ったって。止めれば三人とも餓死する他なかったんですからね。
アラン 今さら昔のことを蒸し返しても、何も出て来ないんじゃありませんか。
ロッタ 人生の岐路に立った時には、自分が現在いる場所をしっかり見定めておく必要があるのです。私達が離婚した後、あなたは自分でどちらの親にするか、決めなければならなかった。そしてちゃんと決めた。自分の気持が自分で判断出来る年にはなっていたの。あなたを責めているのではありません。誤解しないで。ただ、人生のある時にある行動を取る、それはそれ以後、決して取り返しがつかない。そういう行動もあるの。
アラン じゃ、お母さんは来ないんですか? 僕らが申し出ている提案は断るんですか?
ロッタ(疲れている。)勿論行きません。関係する全員に迷惑がかかります。生活は耐え難いものになるでしょう。あなたにもこれは内心分っていることです。ちゃんと分っているのです。いつか、もし私が長生きをして、あなたにその余裕が出来たら、あなたに会いに行きましょう。スィンスィアにも、孫達にも。
アラン お母さん、あまり急いで結論を出さないで。最終的に決める前に、よく考えて。
ロッタ 分かりました。
アラン 今週の終までここにいます。会社の仕事がありますから。
ロッタ あなたの勤めている会社の名前さえ知らないわ。
アラン O.J.B って言うんです。オンタリオ旅行会社。決まった給料を出してくれるだけ。何も特別な収入はありません。でも、昇進の機会はありますし、長く勤めていれば、年金もあります。
ロッタ 私と同じ。
アラン 僕はもう行きます。外にタクシーを待たせてあるんです。
ロッタ タクシーには行って貰って、一緒にお茶はどう? みんな楽しい人達よ。
アラン(困る。)いえ、それは・・・止めときます。(躊躇った後。)もう一度会いに来ていいですか?
ロッタ(アランをじっと見る。急に目に涙がたまる。)ええ、アラン。どうぞ。もう一回だけ。
アラン(「一回だけ」を非難するようにロッタに近づいて。)お母さん・・・
ロッタ(次の言葉を言わせないように。)もう行って。すぐに・・・お願い。
アラン でも、お母さん。
ロッタ 言うことを聞いて。思いもかけずあなたに会って・・・驚きが大きくて・・・(感情をやっと抑えて。)どこに連絡を取ればいいの?
アラン 僕はカンバランド・ホテルにいます。
ロッタ カンバランドね。覚えておくわ。さようなら。(アランにキス。一瞬、しっかりと抱きしめる。それから優しく押しやって。)さあ、行って。
アラン 水曜日か木曜日は大丈夫ですか?
ロッタ 水曜日か木曜日ね? いいわ。
アラン じゃ、木曜日にします。お昼頃来たら、昼食をどこかで食べましょう。
ロッタ ええ、それは素敵。楽しみにしているわ。
アラン じゃ、オルヴワール。
ロッタ オルヴワール。
(アラン、ちょっと微笑。困ったような。それから退場。)
(ロッタ、ソファに深く坐る。両手で顔を覆う。わっと泣きだす。メイ、テレビ室から登場。)
メイ(優しく。)泣かないでロッタ・・・ねえ、泣かないで。
ロッタ(押しつぶされた声で。)もうすぐ、もう少ししたら、大丈夫。
メイ 息子さん、何て?
ロッタ あの子の連れあいからの手紙を持って来たの。カナダで一緒に住もうって。親切な手紙。非常によく言葉が選んである・・・
メイ それで・・・断ったのね?
ロッタ(起き上がって、感情を込めず平坦に。)ええ、断った。
メイ そう。(ちょとの間。片手をロッタの肩に置き。)何か私に出来ることある?
ロッタ(メイの手の上に片手を置いて、暫くしてから。)ええ、有難うメイ。編み物を取って下さらない? ピアノの上にあるわ。
(外にバイクの音。)
メイ(ピアノの方に進みながら。)ペリーだわ。マチネのためのリハーサル、どんな具合だったか、教えてくれるわ。
(メイ、編み物を持って来る。)
ロッタ 編み物がこんなに楽しいものだなんて、思いもかけなかったわ。一年前に私がこうなるなんて言う人がいたら、きっと私、その人を気違いだと思ったでしょうね。
メイ 綺麗な色ね。何が出来るの?
ロッタ ベッド・ジャケット。今あるのは、アリス・ブルーで、派手過ぎ。それにもうボロボロ。
(アルミナ、エステレ、モーディー、ボニータ、がサンルームから出て来る。アルミナとエステレはいつもの席に坐る。モーディー、ソファの上、ロッタの隣に坐る。)
アルミナ あそこは本当に暑過ぎよ。あんなに暑くなるなんて、一体どういうこと?
(コーラ、テレビ室から出て来る。)
コーラ またあの機械、絵がぐらつき始めた。今はウエールズ地方のコーラスをやっているだけだからいいけど。
アルミナ(嬉しそうに。)ミス・アーチーが直してくれるわよ。(ペリー、玄関ホールから登場。)
ペリー ボンジュール、メダーム・・・コモン・サ・ヴァ?
ボニータ トゥレ・ビアンよ。有難う。
(ペリー、メイに近づき、小さな包みを渡す。)
ペリ(メイにキスして。)誕生日おめでとう。
メイ(厳しく。)ペリー、あなた、また規則破りよ。この家では誕生日の話は禁じられているって、よく知っている筈よ。
ペリー ちょっといい匂いをと思った。ただそれだけなんだから。
ボニータ おめでとう、メイ。どうして言ってくれなかったの?
(みんなそれぞれ、「誕生日おめでとう」「おめでとう」を言う。)
メイ 有難う・・・みなさん、有難う。(この時までに包みを開けていて、中から「アルページ」の小さな壜を取り出している。)まあペリー、こんなことをして。いけないのよ。私、怒るわ。・・・でも嬉しい。(メイ、ペリーにキス。)
ペリー(メイの手を愛情を込めて軽く叩く。それからみんなの方を向き。)トプスィー・バスカヴィルはまだ?
ボニータ まだ。ミス・アーチーが今朝迎えに行ったわ。二時五分の汽車で帰るって言ってたから、もうすぐね。
モーディー 可哀想に、トプスィー。どんな気持でいるのかしら。
コーラ 「いるのかしら」なんて訊くことはないでしょう? 私達、知らない者はいないわ。
ボニータ 一九一五年、第一次大戦の時、私あの人とヒッポドゥローム劇場で一緒だった。あの人、「おお、ミスター・カイザー」を歌ったのよ。
モーディー(笑って。)そう、覚えてるわ。(歌う。最初小声で。)
「おお、ミスター・カイザー、
お前は顧問弁護士を呼んだ方がいい。
柄にもない大役を引き受けちまったんだからな。
ミスター・トミー・アトキンズが、
ベルリンに進撃する時には、
お前、顎が外れて、動物園の猿ほども
言葉が喋れなくなるぞ。
(おい、バナナを食え。)
おお、ミスター・カイザー、
お前が年を取って、少しは賢くなれば、
学校で習ったことよりは、
少しはましなことを覚えるさ。
ライン河の岸を見張りで巡回していると、
ポツダムの馬鹿面に見えるぞ、きっと。
メイ(コーラに近寄って、囁き声で。但し、その囁き声、周囲によく響く、大きな囁き声。)誰なの? このトプスィーって。私、聞いたことがない。
コーラ トプスィー・バスカヴィル。だいたいミュージカル・コメディー。歌ったり、踊ったり。
メイ 可哀想に。疲れるわね。
ペリー なかなかいい人ですよ。みんな気に入る筈だけど。
ロッタ きっと気に入るわ、ペリー。きっと。(編み物の手を休め、少し苦い笑い。)一年前、私が来た時、あなた丁度それと同じことを言ったのね。
ボニータ ええ、そう。たしか。あれから丸一年! 嘘みたいだわ。
ロッタ 私、絶望のどん底だった。心配で、淋しくて。牢屋に入る時の気分だった。そして一年間の牢屋の生活。そうしたら、急に自由を感じたの。不思議ね。(編み物に戻る。)
(モーディー、「おお、ミスター・カイザー」を弾き始める。その時、ミス・アーチー、トプスィー・バスカヴィルと一緒に玄関ホールから登場。トプスィーは七十代。背が低く、華奢。)
トプスィー(震える声で。)まあ、私の歌!
(ボニータ、駆け寄って、二人を迎える。全員、「おお、ミスター・カイザー」を歌ううち・・・)
(幕)
平成十三年(二00一年)三月二十日 訳了
http://www.aozora.gr.jp 「能美」の項 又は、
http://www.01.246.ne.jp/~tnoumi/noumi1/default.html
(題名に関する註 原題は Waiting in the Wings で、これは芝居の中にある通り、「ウィングズで、じっと死を待って」という意味。長い題名を嫌い、標題を選んだ。)
Waiting in the Wings was first produced at the Duke of York's Theatre, London on September 7th, 1960, directed by Margaret Webster with Marie Lohr as May Davenport and Sybil Thorndike as Lotta Bainbridge.
Coward plays © The Trustees of the Noel Coward Trust
Agent: Alan Brodie Representation Ltd 211 Piccadilly London W1V 9LD
Agent-Japan: Martyn Naylor, Naylor Hara International KK 6-7-301
Nampeidaicho Shibuya-ku Tokyo 150 tel: (03) 3463-2560
These are literal translations and are not for performance. Any application for performances of any Coward play in the Japanese language should be made to Naylor Hara International KK at the above address.