和気藹々
              ノエル・カワード 作
               能 美 武 功 訳

(題名に関する説明 この芝居の原題は Home Chat 直訳すると「団欒(だんらん)」・・・家庭での楽しい会話・・・の意。カワード一流の皮肉。いがみ合いの芝居にこの題はどうかと思ったが、他に思い付かず、標題の「和気藹々」を選んだ。)

   登場人物
ジャネット・エボニー
ポール・エボニー
ピーター・チェルズワーズ
メイヴィス・ウィッターシャム
ミスィズ・エボニー
ミスィズ・チルハム
アレック・ストーン
ラヴィニア・ハーディー
パレット
ターナー

     第 一 幕
チェルスィーのジャネット・エボニーの家
     第 二 幕
セント・ジェイムズにあるピーター・チェルズワーズのアパート。次の日。
     第 三 幕
第一幕と同じ。二週間後。

     第 一 幕
(チェルスィーにあるジャネット・エボニーの家の居間。春の日の午後五時頃。趣味よく設(しつら)えられた快適な部屋。左手に食堂に通じる扉。その少し奥に玄関ホール及び他の部屋に通じる観音開きの扉。右手、暖炉の奥にポールの書斎及び寝室に通じる扉。中央奥に、殆ど床まで届く大きな窓。そこから木々や河の景色が見える。)
(幕が開くと、小間使いのパレットが、メイヴィス・ウィッターシャムを部屋に案内しているところ。メイヴィスはかなり服装の好みよし。人を当惑させるほど派手にはしていない。まだなんとか三十代として通しているが、何か言動、態度に、目に見えないぐらいの少量ではあるが、人に挑むようなところあり。それは二、三年のうちに「獰猛(どうもう)」という所まで発展するだろうと思われる。まだ「可愛そうなメイヴィス」と陰で言われるには早すぎるが、それも時間の問題と思われる。)
 パレット 旦那様はまだお帰りになっておりませんの、奥様。
 メイヴィス 旦那様じゃないの。私、奥様に会いに来たんですけど。何時頃かしら? 御帰りは。
 パレット さあ、正確にはちょっと。今日中にはきっとお帰りなのですが。
 メイヴィス そう。分ったわ、パレット。少し待ちます。
 パレット お茶は如何ですか?
 メイヴィス いいえ、有難う。飲んで来たばかりなの。
 パレット それでは失礼します。(退場。)
(メイヴィス、一人残って部屋を歩き廻る。ジャネットの写真の前で立ち止まる。暫くその写真を注意深く眺めた後、白粉を出し、何となく怒ったように、自分の顔をはたく。それから窓へ進む。ポール登場。なかなかハンサムな男。やや地味なグレイの背広を着ている。成功した小説家としての名声を少し気にしていて、普通の人と話す時は、知的な台詞が出過ぎないよう気をつけている。しかし、メイヴィスと話す時は、知的には「勝手知ったる仲」なので、非常に気楽に会話をする。)
 ポール やあ、メイヴィス。
 メイヴィス(振り返って。)ああ、パウロ。素敵な日ね、今日は。見て。綺麗な花。
 ポール うん、素敵だ。
 メイヴィス 人の暮しって・・・奇妙なものだわ。そうでしょう?
 ポール 奇妙?・・・どう奇妙?
 メイヴィス いろんな具合に。・・・ジャネットはいつ帰るの?
 ポール さあ。・・・電報は来たよ。いつもの通り、あまりはっきりしない電報でね。パリを正午に発つ汽車だから、多分七時十五分ぐらいには着くんじゃないかな。
 メイヴィス あなたって、快適な生活を送っている人。・・・不満というものがないの。
 ポール(笑って。)何故?
 メイヴィス とっても幸せなんでしょう? 今。
 ポール ジャネットが帰って来るから?
 メイヴィス(微笑んで。)ええ。
 ポール それはそうだよ。
 メイヴィス あらあら、少しは慎みを持たなくちゃ。
 ポール そうだな。大抵の人間はそれが欠如しているんだ。
 メイヴィス でも、私達は大丈夫って言うのね?(二人、分りあっている。一緒に笑う。)「神の決めること」、進んでる?
 ポール うん。夕べは遅くまで書いた。
 メイヴィス 疲れてる目だわ、それ。
 ポール そうかな。
 メイヴィス 第一章のノラ、少し変だわって、私言ったけど、あれから随分考えたわ。そうしたら、あなたの言った方が正しかった。まあ、大抵はこうなっちゃうんだけど。
 ポール そんなことはないよ。
 メイヴィス ジャネットにあれを読んで聞かせるつもり?
 ポール(何気ない風に。)読んでくれって言えばね。
 メイヴィス 言うかしら。
 ポール 何を言ってるんだ、メイヴィス。うるさいぞ。
 メイヴィス 隠す必要はないでしょう? 私に。
 ポール それは決まってるよ。
 メイヴィス じゃ、どうして?
 ポール 隠してなんかいないよ。
 メイヴィス 時々はね・・・少しは。
 ポール 隠してない。ジャネットはあれでいいんだ。
 メイヴィス あの人はあれでいいに決まってるわ。素敵な人。私、大好き。だから私、わざわざ来たのよ。お帰りなさいを言うために。
 ポール 君に会えて嬉しがるよ、きっと。
 メイヴィス それはどうかしら。
 ポール 嬉しがらないって言うのかい?
 メイヴィス そうね。・・・ジャネットは私のことをそれなりには好きだと思ってはくれているでしょうけど・・・
 ポール でしょうけど、何だい?
 メイヴィス 私、あなたのことを本当によく分っているでしょう? だからあの人、私のことを時々、やっかんでいるんじゃないかと思って。
 ポール 君、僕のことをそんなによく分っているの?
 メイヴィス そうよ、パウロ。
 ポール そうだろうか。
 メイヴィス 物事を見通す、見通し方が同じなの。
 ポール ああ、それはそうだ。
 メイヴィス 運がよかったんだわ。本当に運がよかったのよ、私達が知りあったのは。だって・・・二人とも、お互いに相手を知らずじまいに終るかも知れなかったのよ。全然知らないままで。そんなの、私とても厭。
 ポール それは僕だってそうさ。・・・だけど、知り合わなければ、またそれでしようがないんじゃないかな。
 メイヴィス きっと二人とも、何か欠けているって感じるのよ。
 ポール 奇妙だね。人の考えって、変るものなんだ。僕は一時、男と女の友情なんてあり得ないと思っていたことがあった。そいつはどうしても無理だってね。
 メイヴィス そう。無理なのよ、パウロ。
 ポール そう。無理だと思っていたね。
 メイヴィス 大抵の人には無理なの。
 ポール すると、君が異常なのか? それとも僕かな?
 メイヴィス 二人ともよ。二人とも友情が金(きん)だってことが分っているの。「かす」とは区別している。
 ポール 情熱的な恋は、だけど、「かす」とは限らないよ。
 メイヴィス ええ。でも、暫くすると錆びるわ、普通。
 ポール 冴えてるね。好きだよ、その頭。(笑う。)ナイフのようによく切れる。
 メイヴィス あなたのも悪くないのよ、ちっとも。
(二人、分り合っているという笑い。パレット登場。)
 パレット(来客を告げる。)奥様のお母さまのお越しです。
(ミスィズ・チルハム登場。ジャネットの母。背は低い。魅力的。かって美貌だった。但し、その美貌をひけらかすようなことは決してなかった女性。普段は陽気で親切。ただ、今日は少し苛々している。ポールはいつでもこの義理の母親に対して、過剰に騎士道的。彼女はそのことを酷く嫌っているが、表面には出さないようにしている。)
 ポール(進み出て。)お義母さん・・・(キスする。)
 ミスィズ・チルハム ジャネットは?
 ポール 今朝電報がありました。多分七時以降だと思います、帰って来るのは。
 メイヴィス 今日は、ミスィズ・チルハム。
 ミスィズ・チルハム(握手して。)あら、ご免なさい。あなたに気付かなかったわ。どこか影になっていたのね?
 ポール お茶は如何ですか?
 ミスィズ・チルハム いいえ、いらないわ、ポール。私、お茶は嫌いなの。
 ポール 何か、お義母さん、心配事でも?
 ミスィズ・チルハム(ポールをじっと見て。)心配事?・・・いいえ・・・全然・・・あなたこそ、心配事は?
 ポール 心配事なんて。今日は僕はとても幸せなんです。
 ミスィズ・チルハム ジャネットが帰って来るから?
 ポール ええ。
 メイヴィス(非難するように。)学校がひけた小学生みたいなんですよ、まるで。
 ミスィズ・チルハム それはいいわ。
 ポール どうしてさっきあんな質問を?
 ミスィズ・チルハム 私、何を訊いたかしら。
 ポール 僕に何か心配事がないかって。
 ミスィズ・チルハム それは、あなたが私に訊いたからでしょう?
 メイヴィス でも、何かちょっと御心配の様子に見えましたわ。
 ミスィズ・チルハム あの帽子のせいだわ、きっと。(訳註 帽子はもう掛けてある。)私、あの帽子、好きじゃないの。
 ポール お義母さんの帽子はどれもこれも素敵ですよ。
 ミスィズ・チルハム 嫌いな帽子はみんな田舎に送ってあるの。庭仕事の時に被るのよ。
(ちょっとの間。)
 メイヴィス もうロンドンにいらして、長いんですの?
 ミスィズ・チルハム いいえ、まだほんの二、三日。
 メイヴィス お泊りはどちらで?
 ミスィズ・チルハム 私のクラブです。アカデミーの傍なんですけど。
 ポール 僕はアカデミーは嫌いだ。
 ミスィズ・チルハム 私も。
 ポール 心配事がないって、本当ですか?
 ミスィズ・チルハム ええ、ないわ。どうして?
 ポール ちょっと、いつもと違うような感じなので。
 ミスィズ・チルハム 七時までにジャネットが帰って来ないっていうのは確かなの?
 ポール いいえ。それも確かじゃないんです。電報はくれたんですが、ジャネットの電報は例によって例の如し、ですから。
 ミスィズ・チルハム あの子の電報は、普通の人の電報と違うっていうのね?
 ポール まあとにかく、あまり参考にならないんですよ。「今日着く」、ですからね。何時の汽車か、それさえ分らない。迎えにも行けないですよ。
 ミスィズ・チルハム そうね。それで、その電報、大丈夫な電報でした?
 ポール(意味つかめず。)大丈夫な電報?
 ミスィズ・チルハム あの子が具合が悪いだとか、困っている、だとか、恐ろしいだとか?
 ポール すると何かがおかしいということですか?・・・ジャネットから連絡があったんですか?
 ミスィズ・チルハム ええ・・・今朝、パリからかけて寄越したんです。事故のことをちょっと話しかけたと思ったら、電話が切れてしまって。
 ポール 事故!
 メイヴィス 何の事故ですの?
 ミスィズ・チルハム 列車事故です。・・・新聞で読みませんでしたか?
 ポール ええ、それは読みましたが、ジャネットはあの事故とは関係がない筈です。ジャネットはブルー・トレインですから。
 ミスィズ・チルハム それが違うんです。ブルー・トレインは予約が駄目で、普通の急行に乗ったのです。それが丁度あの事故の列車で、あの子の乗っていた車両が前後から押されて、折れて、折り重なったらしいのです。
 ポール それは酷い!・・・思いもかけないことだ。・・・僕は・・・
 メイヴィス とにかく怪我はない筈だわ。電報を打ったり、電話をしたりしているんですから。
 ミスィズ・チルハム で、あなたは何も知らなかったのね?
 ポール 全然。
 ミスィズ・チルハム そう。
 ポール それで、ジャネットは大丈夫なんでしょうね? 何も隠していませんね? 僕に。
 ミスィズ・チルハム ちょっと声は震えていましたけど、電話のせいでしょう、きっと。海の下を通って来るんでしょう? あれ。
 ポール 海の下? 何のことです?
 ミスィズ・チルハム 電話線の話です。
 ポール ええ、それは。
 ミスィズ・チルハム だから震えていたのはそのせい。
 ポール どうして電報にそのことを書かなかったんだろう。よく分らないな。
 ミスィズ・チルハム あなたを驚かせようと思ったのね。
 メイヴィス ジャネットらしいわ。
 ミスィズ・チルハム(何か考えながら。)そう。人を驚かすのが好きな子。
 ポール いくら好きでも、僕にはちゃんと書いてくれるべきだったな。
 ミスィズ・チルハム(一瞬警戒心があまくなって。)ああ、その方がよかったのに。その方がずっと誤解を生まないですむのに。
 ポール 誤解? 誤解とは何ですか。
 メイヴィス 私もお母さまの意見に賛成。
 ポール(仰天して。)ええっ? 何のことだ、メイヴィス。
 メイヴィス ちゃんと書けば、誤解の可能性はずっと避けられたのに。
 ポール 二人とも何の話をしているんだ。
 メイヴィス 私、ここへ来た時には、もう事故のことは知っていたわ。でも、何も言わなかった。あなたを心配させたくはなかったし、ジャネットが直接あなたに話す方がいいに決まっているし。
 ポール(心配になってくる。)何かあるんですね?・・・二人とも何か僕に隠しているんですね。(ミスィズ・チルハムに。厳しく。)話して下さい、お義母さん。
 ミスィズ・チルハム ジャネットが帰って来るまで待つのね。
 ポール メイヴィス。
 メイヴィス 私には関係のないことだわ。
 ミスィズ・チルハム あの子が帰ってきたら、お願いですわ。あなた、特に親切にしてやって欲しいわ。
 ポール 何ですか、一体。もう本当に話して下さい。御存知のことは全部。
 ミスィズ・チルハム あなた、カンヌであの子と別れたんですね?
 ポール ええ、僕は仕事があって、帰らなくちゃならなくて。
 ミスィズ・チルハム で、あの子と別れた時、あなた、特にあなたと別に何ともなかったんでしょう?
 ポール ええ、勿論。
 ミスィズ・チルハム それなら何も心配することはないわ。そうでしょう?
 ポール(メイヴィスに。魅力たっぷりに。ぐっと自分を抑えて。)メイヴィス、君、頼むよ。手持ちのカードは全部晒(さら)してくれないか。こんな宙ぶらりんなところに放っておかないでくれ。僕に言うことがあるんだろう? 言ってくれないか。
 メイヴィス ジャネットの乗っていた汽車は壊滅的な打撃を被(こうむ)ったの。ジャネットの乗っていたコンパートメントだけが助かって、ジャネットとピーター・チェルズワースだけが怪我をしないで助け出された。
 ポール ピーター? ピーターがジャネットと一緒に?
 メイヴィス ええ。衝突が起った時、ピーターはその同じコンパートメントにいたの。
 ポール で、何時だったんだ、衝突は。
 メイヴィス 午前三時三十分。二人とも夜着姿でインタビューを受けた。
 ポール つまり、寝台車を共有していたということか。
 メイヴィス そうらしいわ。
 ポール 驚いたな!
 メイヴィス そのコンパートメントだけが助かったっていうのは、あまりに奇跡的だったので、フランスの新聞はどれもこれもインタビュー記事を取りたがった。でも二人は拒否した様子。
 ミスィズ・チルハム やれやれだわ、そこは。
 ポール よく分らない話だな。
 メイヴィス(優しく。)可哀相なパウロ。
 ポール それで君は、ここへ来た時からずっと知っていたのかい?
 メイヴィス ええ。
 ポール じゃ、どうしてすぐ僕に言ってくれなかったんだ?
 メイヴィス 言ったでしょう? さっき。私に関係のない話ですからね。今だってそう。あなたが無理に言わせなかったら、私話してなんかいないわ。
 ミスィズ・チルハム ミスィズ・ウィッターシャムのお取りになった態度、ご立派ですわ。・・・確かに何の関係もありませんもの。
(ポール、二人をそのままに窓の方へ進む。二人に背を向けて、暫く立つ。両手はしっかり握られている。それから振り返る。彼の落ち着いた姿は、自制してやっと拵えているものであることは、二歳の子供にも見てとれる。)
 ポール ジャネットのことが心配だ、僕は。
 メイヴィス(小さな声で。)見上げたものよ、パウロ。
 ミスィズ・チルハム パウロ? ポールと呼ばないんですか?
 メイヴィス ええ、パウロ。渾名のようなものなんです。
 ミスィズ・チルハム そう。
 ポール ピーターが一緒だったとは運がよかった。ジャネット一人だったら、本当に大変なところだった。
 メイヴィス そうね。運がよかったわ。
 ポール うん・・・ピーターがいたとはね。でもとにかく、ジャネットが帰ってきたら、よく話し合わなきゃ。
 メイヴィス 新聞であなた、あの記事が目に止まらなかったって、それが不思議ね。
 ポール 今朝は見出ししか読まなくて。・・・でも、結局はそれがよかった。・・・ジャネットから直接聞いた方がいいんだ、この話は。
 メイヴィス 極彩色(ごくさいしき)の話よ、きっと。
 ミスィズ・チルハム どういう意味ですの? それ、ミスィズ・ウィッターシャム。
 メイヴィス だって、大列車事故でしたのよ。私だって、もしあんなのに遭遇したら、素晴らしく雄弁になると思いますわ。
 ポール 危ないところだったんだな。よく命が助かった。
 メイヴィス あなたがカンヌにいた時、ピーターも一緒だったの?
 ポール うん。エジプトに二年行ってて、先月帰ったばかりだ。ジャネットの昔からの友達だったんですね? お義母さん。
 ミスィズ・チルハム ええ。
 ポール 二人は幼なじみ・・・一緒に育ったような間柄なんですね?
 ミスィズ・チルハム ええ。会ったのは大戦中。もう昔のこと。
 ポール(突然。)えーい、糞っ!(後ろを向く。一瞬、張り詰めていた気持が崩れる。)
 メイヴィス 分るわ、パウロ。
 ポール こいつはどうも・・・ちょっと、ショックなんだ。
 ミスィズ・チルハム フランスの汽車って、どうも危ないって、いつも私、思っていましたわ。
 ポール ああ、ジャネットを置いて一人で帰って来るなんて・・・小説の、こんな仕事! これさえなければ、一緒にいられたのに。
 メイヴィス カンヌで、ピーターとジャネットはよく会っていたの? あなたが一緒にいた時。
 ポール 僕がこっちに発つ二日前にピーターはやって来たんだ。夕食を一回、昼飯を一回一緒にした。それだけだ。
 メイヴィス あんなことをするなんて、ジャネットは一体何のつもりなんでしょう。
 ミスィズ・チルハム あんなことって、何のことですの?
 メイヴィス 「何のことですの?」とは驚きますわね、ミスィズ・チルハム。ジャネットは立派な小説家の妻なんですよ。それが、公衆の目にこんな形で晒される危険を冒すなんて・・・あの人の母親として、それぐらい当然お分りの筈でしょう?
 ミスィズ・チルハム 失礼ですが、ミスィズ・ウィッターシャム、私にはさっぱり分りませんね。あなたが私の娘のすることに何の関係があるのか。一体このことが、あなたにどうしたというのですか。
 ポール(宥めるように。)お義母さん、お願いです・・・メイヴィス、頼む・・・
 メイヴィス 偶々私、パウロが大好きで・・・
 ミスィズ・チルハム そのようですね。口に出されなくても分る事ですわ。
 メイヴィス ですから、パウロがないがしろにされるのは、見ていられないのです。
 ミスィズ・チルハム すると私達全員、とても、とても、気を配って生きてゆかなくちゃいけないっていうことですわね。
(パレット登場。)
 パレット(客の到着を告げる。)ミスィズ・エボニーのお越しです。
(ミスィズ・エボニー登場。痩せた女。黒い着物を着ている。表情が少し険悪。パレット退場。)
 ミスィズ・エボニー ポール。(軽くポールにキス。)あら、メイヴィス。(ミスィズ・チルハムに。)ヴァイオレット・・・あなた、よく来ていたわ。よかった。さあ、それで、どういう処置をするつもり?
 ポール(頼むように。)お母さん!
 ミスィズ・エボニー 繰返しますわ。あなた、どういう処置をするつもり?
 ミスィズ・チルハム 何の処置のことです? さっぱり分りませんわね、アグネス。
 ミスィズ・エボニー ジャネットの、あのとんでもない行為に対してですよ、勿論。
 ポール お母さん、お茶は如何ですか?
 ミスィズ・エボニー 結構。お茶なんか、今飲んでも、咽(む)せるだけ。
 ミスィズ・チルハム あなた、どうかなさったの? そんなに興奮して。・・・ジャネットは全く無事ですのよ。今朝私、あの子と電話で話したんですから。
 ミスィズ・エボニー 全く無事! よくまあ、しゃあしゃあと・・・(訳註 ここは少し小声で言う。)
 ミスィズ・チルハム ちょっと震え声ではあったわ。可哀相に。
 ミスィズ・エボニー このピーター・チェルズワースとは何者なのです。
 メイヴィス ジャネットの古くからの友達ですわ。
 ミスィズ・エボニー 私はその人物に会ったことがあるのかしら。
 ポール お母さん、会っているじゃありませんか。三年前、お母さんがここに泊りに来た時に一緒でしたよ。
 ミスィズ・エボニー 覚えていないわね。
 ミスィズ・チルハム(あまりはっきりしない言い方。)あの人、魅力のある若者・・・
 ミスィズ・エボニー じゃあなた、魅力のある若者となら、誰とでもジャネットが寝台車を分かち合うのを認めるというのですか。
 ミスィズ・チルハム 勿論違いますわ。それに、あの子はそんなことをしていません。
 ミスィズ・エボニー ポール、私はあなたの態度がさっぱり分らないわね。
 ポール すみません、お母さん。
 メイヴィス パウロは、疑いの気持は全くなしで待っているんですよ。
 ミスィズ・エボニー(ミスィズ・チルハムに。)ヴァイオレット、あなた、当然自分の娘に厳しく問いただすんでしょうね?
 ミスィズ・チルハム 問いただす? しませんわ、そんなこと。何故そんなことを?
 ミスィズ・エボニー 私はポールの母親です。ですから・・・
 ミスィズ・チルハム 分ってますわ、アグネス、あなたがポールの母親だってことは、誰だって。
 ミスィズ・エボニー ですから私、こんな破廉恥な行為に本当に憤慨しているのです。作家としての私の息子は、もう相当名の知れている人物です。それが・・・それがこんなに侮辱され、恥をかかされ・・・酷い話、全く酷い話です。・・・(自分の感情を抑えようと、後ろを向く。)
 ポール ねえお母さん、そんなに興奮したら駄目ですよ。・・・メイヴィスの言った通りです。僕は疑いの気持は全くなしで待っているんです。ジャネットと僕はよく分りあっているんです。僕はあれを信用しているんです。
 メイヴィス 立派だわ、パウロ。
 ポール ですから、あれが帰ってきさえすれば、何もかもはっきりする筈なんです。
 ミスィズ・エボニー あなた達二人はそれですっきりしたとしましょう。でも、私達の友達はどうなんです。それに、あなたの読者は。あなたを支持している大勢の人々は。
 メイヴィス その人達のことは今になっては、もう手遅れなのですわ。
 ミスィズ・チルハム(メイヴィスの意見を支持する。)もう人が逃げてしまっているのに、閉込めようと、戸を閉めるようなものね。
 ミスィズ・エボニー ヴァイオレット、あなた、自分の娘の行動に、何ら破廉恥なものを感じていないようね。
 ミスィズ・チルハム 破廉恥ではないわね。ただちょっと、思慮に欠けている。
 ミスィズ・エボニー 自分の娘が姦通の罪を犯したことを世界中の人の目に晒して、それであなた、平気なの?
 ポール お母さん、お願いです・・・
 ミスィズ・チルハム 平気ですね。噂など、どんなものが流れようと私の知ったことではありませんわ。
 ミスィズ・エボニー まあ。ここで私の言えることって言ったら、これしかないわね、「あんたは馬鹿よ!」
 ミスィズ・チルハム そう? 本当にそれしか言うことがないのね? アグネス。じゃ、私、感謝するわ。
 ポール(固い決意で。)お母さん、もう止めて下さい。お母さんがそういう調子で物を言う度に、僕はどういう態度を取ったらいいか、難しくなるだけじゃありませんか。とにかく、ジャネットが帰って、あれが何と言うか、それを聞くのが一番公平なやり方ですよ、ここは。
 ミスィズ・エボニー 勿論、私はそのつもりよ。
 ミスィズ・チルハム(違う意見を持っているのではないと、はっきりさせる。)勿論、私もそのつもり。
 メイヴィス 私、もう行った方がいいのかしら。
 ポール いや、メイヴィス。君にはいて貰いたい。
(メイヴィス、勝ち誇った目つきを二人の母親に向ける。パレット登場。)
 パレット 若い御婦人がいらっしゃいました。奥様にお目にかかりたいとのことです。
 ポール 誰なんだ?
 パレット ミス・ハーディーと名乗っていらっしゃいます。
 ポール ハーディー? ハーディー・・・パレット、お前、知ってるか?
 パレット いいえ、存じません。
 ミスィズ・エボニー 新聞記者ね、きっと。
 ポール 奥様はまだ帰っていないと伝えるんだ。そして、後から電話してくれ、と。
 パレット 畏まりました。
(パレット退場。)
 ミスィズ・エボニー ほら、言ったそばからこれ。新聞記者が次々に。
 ミスィズ・チルハム アグネス、あなた大袈裟よ。まだたった一人。それに、新聞記者じゃないかもしれないわ。
 ミスィズ・エボニー 新聞記者に決まっているでしょう? だって、パレットも知らないんですからね。
 ミスィズ・チルハム ジャネットの知りあいで、パレットが会ったことがない人がいるかもしれないでしょう?
 メイヴィス でもやはり、新聞記者でしょうね、これは。
(パレット、再び登場。)
 パレット 伝言を申し上げましたところ、待つと仰っていらっしゃいます。
 ミスィズ・エボニー 何て厚かましい!
 ポール ここにお通しして、パレット。
 ミスィズ・エボニー(抗議して。)ポール!
 パレット 畏まりました。
(パレット退場。)
 メイヴィス そんなことをしていいの? ポール。
 ポール 勿論。もし新聞記者なら、直接に会う方がいいに決まっている。
 ミスィズ・エボニー 全く、近頃の若い女ときたら、礼儀というものをこれから先も弁(わきま)えていないんですからね。人の家へ勝手に踏み込んできて・・・
 ポール ただ自分の仕事の遂行に邁進しているだけかもしれませんよ、お母さん。
 ミスィズ・エボニー 仕事の遂行!
(パレット登場。)
 パレット(来客を告げる。)ミス・ハーディーのお越しです。
(ラヴィニア・ハーディー登場。若くすらりとしていて、魅力的な女性。単刀直入な態度。決意が固く、表情は怖いほどきりっとしていいる。パレット退場。)
 ラヴィニア(進み出て。)あなたがミスター・エボニーですね?
 ポール そうです。
 ラヴィニア(手を差しだして。)始めまして。(二人、握手する。)私はラヴィニア・ハーディーと言います。奥様にお目にかかりに参りました。
 ポール 私からの伝言はお聞きになった筈です。まだパリから返っていないのです。
 ラヴィニア しかし、「今すぐにでもお戻りになるかもしれない」、とも。それで、待つと申し上げたのですが。
 ポール 妻を御存知なのですか?
 ラヴィニア いいえ。
 ミスィズ・エボニー そうだと思った。
 ポール では、やっぱり新聞記者の方?
 ラヴィニア いいえ、違います。奥様に至急、どうしても、お会いしたいのです。
 ポール 電話番号をお教え下さい。あれが帰り次第ご連絡します。
 ラヴィニア いいえ、差支えなければ、ここで待ちます。
 ポール 何かお仕事の関係で?
 ラヴィニア いいえ、個人的な・・・本当に個人的なことですの。私はピーター・チェルズワースの許嫁(いいなづけ)なのです。
 ポール(呆気に取られて。)ええっ?
 ミスィズ・チルハム(この難しい局面で、やっと。)あの人が婚約していたとは知らなかったわ。
 ラヴィニア ええ。婚約が今、この時点で、有効かどうかは分りませんけど。
 ポール(気を引き締めて。)お茶は如何ですか?
 ラヴィニア いいえ、いりません。
 ポール 煙草は?
 ラヴィニア いいえ、結構です。
 ポール 紹介します。こちらは私の義母・・・ミスィズ・チルハム・・・こちらはミスィズ・ウィッターシャム。
 ラヴィニア 始めまして。
(ミスィズ・チルハムとミスィズ・エボニーはお辞儀。メイヴィスは進み出てラヴィニアと握手。)
 メイヴィス あの列車事故でひどく驚かれたのですね?
 ラヴィニア ええ。ひどく。
 ミスィズ・チルハム 私達もなのです・・・ええ、全員・・・全員、とても驚いて・・・(終りの方、声が小さくなる。)
 ラヴィニア(長い間の後。)皆様、私のことを育ちの悪い女、なんて不作法な、と思っていらっしゃるでしょう、きっと。でも私、他にどうしようもないのです。
 ポール とんでもない。・・・とんでもないことです。
(また長い間。パレット、移動テーブルにお茶の用意をして登場。)
 ミスィズ・チルハム お茶・・・やっと・・・有難いわね。
 メイヴィス ああ、ありがたいわ。
 ミスィズ・チルハム(ミスィズ・エボニーに。)注いで下さる? アグネス。それとも私が注ぎましょうか?
 ミスィズ・エボニー(急いで。)私がやるわ。
 ミスィズ・チルハム お茶の時間がない国って、大変でしょうね。きっと、酷いところよ、そんな国。
 ポール(熱を込めて。)酷いですよ、きっと。
 ミスィズ・エボニー 砂糖、おいくつ? ミス・ハーディー。
 ラヴィニア(機械的に。)二つ、お願いします。
 ミスィズ・エボニー さあどうぞ。(何も入れずに渡す。)メイヴィス、あなたは?
 メイヴィス いりません。ミルクも砂糖も。
 ポール(トーストをラヴィニアに渡しながら。)トーストは如何?
 ラヴィニア いいえ、結構です。
 ミスィズ・チルハム アメリカではないんじゃないかしら。
 ミスィズ・エボニー(お茶を渡しながら。)ないって、何が? ヴァイオレット。
 ミスィズ・チルハム お茶が。
 メイヴィス 雨が降って来るんじゃないかしら。
 ラヴィニア(不機嫌に。)降って来ませんわ。
 ポール ジャネットがいつ帰るか、ミス・ハーディー、これは申し上げておいた方がいいと思うのですが、実は全く分っていないのです。
 ラヴィニア ええ。でも皆さん全員、あの方を待っていらっしゃるんでしょう?
 ミスィズ・チルハム ええ・・・そうです。
 ラヴィニア それなら私も待ちます。・・・でも私、よそ者ですから、皆様、気詰まりでしたら私、別のお部屋で待ちますけど・・・
 ポール いいえ、とんでもない。どうかここでお待ち下さい。
 ラヴィニア すみません。
 ミスィズ・チルハム ちょっとぶしつけかも知れませんが、お訊きしたいわ。どうしてもあなた、私の娘に会うという強い決意でいらっしゃいましたね? 何故ですの?
 ラヴィニア あの人とピーターの間に何かあるのかどうか、私、自分で確かめたいのです。私はピーターが大好きです。でも、この二年間、私、ピーターに会っていません。この女の人は・・・(ミスィズ・チルハムを見て。)あなたの娘さんは、ピーターとは随分懇意にしていたようにお見受けします。・・・ですから・・・ピーターは嘘をつくかもしれません。私を言いくるめてしまうかもしれません。でも、この女の人なら、それは出来ません。私きっとすぐに見抜けます。
 ミスィズ・エボニー 勇気があるわ、ミス・ハーディー。私、えらいと思いますわ。
 ラヴィニア 勇気なんかじゃありません。物事がもつれ始めると、仕舞いにはとんでもないことに発展してしまいます。私、その最初のところではっきりさせたいのです。
 ミスィズ・チルハム 若いわ。大変若いわ。
(階下の玄関に大きなノックの音。メイヴィス、窓に進む。)
 ポール ジャネットだ、あれは。
 メイヴィス ええ、そのようね。(窓から下を見る。)そう、ジャネット。
 ミスィズ・エボニー まるで金づちで叩いているみたい。何でしょう、全く。
 ポール 下に降りて来ます。
 ミスィズ・エボニー いいえ、ここにいらっしゃい。落ち着きなさい。小学生じゃないんですよ。
(ジャネット登場。魅力的な服装。非常に陽気。部屋に大勢の人がいるので、少し驚く。)
 ジャネット(ポールにキスしながら。)ポール、この挨拶、そんなに長くすることはないわね。たった一週間ですもの、離れていたのは。
 ポール ああ、ジャネット・・・無事で本当によかったよ。
 ジャネット(ミスィズ・チルハムにキスしながら。)恐かったわ。ピーターがいたから、本当に助かった・・・
 ラヴィニア じゃ、本当だったんですね?
 ジャネット(驚いて振り返り。)ポール・・・この人・・・
 ポール ミス・ハーディーっていうんだ。
 ジャネット 始めまして・・・(ミスィズ・エボニーに近づいて。)お義母さま、只今。(ミスィズ・エボニー、そっぽを向き、挨拶のキスを受けない。)あら、どうして?
 メイヴィス(近づいて、優しくジャネットにキスして。)お帰りなさい、ジャネット。
 ジャネット メイヴィス! びっくりした! あなたのこと、見えなかったわ。陰に入っていたのね、何かの。
 ラヴィニア 寝台車で、ピーター・チェルズワースと一緒だったんですの?
 ジャネット ええ、ピーターは今来るわ。タクシーにお金を払っているところ。事故の話なら、あの人がしてくれるわ。
 ラヴィニア(わっと泣きだす。)ああ、ああ!
 ジャネット(驚いて。)あら、どうなさったの?
 ラヴィニア(ヒステリックに。)人を騙そうったって・・・人を騙そうったって、私は騙されません。何て酷い人。何て悪い人。ああ、私、死にたい!
(ラヴィニア、椅子に倒れて泣き伏す。)
 ジャネット 何? これ。まるで気違い。
 メイヴィス(優しく。)この人、ピーターの許嫁(いいなずけ)なの。だから取り乱して・・・
 ジャネット ハーディー・・・ああ、そう、ラヴィニア・ハーディー・・・
(ピーター・チェルズワース登場。ハンサム。非常に人の良さそうな男。)
 ポール(進んで。)ああ、ピーター。
(二人、握手。)
 ジャネット ピーター・・・
 ピーター 何だい?
 ジャネット(ラヴィニアを指さして。)あなた、あの人をどうかして。
 ピーター 驚いたな・・・ラヴィニア。(近づく。)
 ラヴィニア 来ないで。触らないで。
 ピーター ラヴィー、馬鹿なことを言うなよ。
 ラヴィニア 私がここにいるなんて、思いもかけなかったでしょう。
 ピーター ねえ、ラヴィー。聞いて・・・
 ラヴィニア(乱暴に。)聞きたくない、私。私、みっともない真似をしている。分ってるの、私。でも、どうしようもない。私、こんなこと何よ、ヘッチャラよ、って顔をしてやるつもりだった。でも駄目。そんな顔、出来ない。ヘッチャラじゃないんだもの。あんたなんかもう顔も見たくない。口をききたくもない・・・なんて厚かましいの。二人で一緒に・・・恥ずかしげもなく仲良く二人で一緒に帰って来るなんて。何てこと! 何てこと!
(ラヴィニア、走って扉から退場。後ろ手にバタンと扉を閉める。暫くすると玄関の扉がバタンと閉まる音が聞こえる。)
 ジャネット お茶が戴けないかしら。私ちょっと、参っちゃったわ。
 ピーター すまない。これは僕が謝らなきゃ。
 ジャネット あなたのせいじゃないわ、ピーター・・・あの人、暫くすれば収まるわよ。
 ミスィズ・エボニー 辛抱が足りないわね、今の若い女の子達って。
 ポール 手厳しいですよお母さん、その言い方。
 ジャネット ピーター、あなた坐って。突っ立ってるの、変よ。
 ピーター みんなにまだ挨拶していないんだ。だけど今さら「今日は」でもないからな。
 ジャネット あんな緊張した場面で「今日は」なんて、あるわけないでしょう? 間が抜けてるわ。
 ピーター 僕もお茶が欲しいな。
 ジャネット そうね。
(間。)
 ピーター 僕、いない方がいいんじゃないかな。
 ジャネット いた方がいいわ。いて頂戴。
 ピーター うん。じゃあ。
(また、間。)
 ポール ジャネット・・・
 ジャネット なあに?
 ポール(目をそらして。)いや、何でもない。
 ジャネット 何か空気が淀んでいるみたい。誰か窓を開けて下さらない?
(ポール、開ける。)
 ミスィズ・エボニー(攻撃を開始して。)空気は淀(よど)むしか他にありようがない筈でしょう?
 ジャネット あら、何の話?
 ポール 止めて下さい、お母さん。ここは僕に任せて。
 ジャネット あなたに任せるって、何のこと?
 ポール これはジャネットと僕、二人だけの問題なんです。
 メイヴィス その二人と、ミスター・チェルズワースと、三人だけの。
 ジャネット 分ったわ、今・・・ピーター、あなたは?
 ピーター(ケーキを食べている。)うん、どうやらね。
 ミスィズ・エボニー これで分らなきゃ、どうかしています。
 ジャネット 誰か怒っている人がいるのかしら。そしたら私、噴き出しちゃうわ。
 ミスィズ・エボニー 説明して戴きたいわね。
 ジャネット ピーター、お願い。
 ピーター 駄目だ、僕は・・・口に物が入ってる。
 ジャネット(すぐに。)私も。(トーストを頬張る。)
 ミスィズ・エボニー 笑いでごまかそうなんて、とんでもないことですよ、ジャネット。
 ポール そうなんだ、ジャネット。これは真面目な問題なんだ。
 ジャネット いいえ、真面目な問題とはほど遠いの。そこが一番大切なところだわ。
 ミスィズ・エボニー そういう言い方をするということは、自分のした事がよく分っているということね。
 ジャネット 自分がしたことが分っているんじゃないわ。私がしたと、お義母さまが想像していらっしゃる事がよく分っているんですわ。
 ミスィズ・エボニー あなたの不貞は、もう世界中に知れてしまっているんです。
 ジャネット 馬鹿馬鹿しい!
 ピーター ちょっと待って下さい、ミスィズ・エボニー。どうやら結論を急ぎ過ぎていらっしゃるようにお見受けしますが。
 ジャネット(恐ろしい勢いで。)ピーター、議論は止めて。相手は決めてかかっているの。
 ミスィズ・チルハム 悪かった、運が悪かったわ。事故がいけなかったの。
 ジャネット お母さん! 何てことを! よくそんな恥ずかしい事を!
 ミスィズ・エボニー 二人はどうして同じ寝台車に乗ったりしたんです。
 ジャネット 汽車が混んでいたからですわ。私はダブル・コンパートメントの予約が取れていて、ピーターには寝台車の切符がなかったのです。
 ミスィズ・チルハム どうしてなかったんです。
 ピーター 最初は、予約は取れていたのです。ところが、切符で行き違いがあって、マルセイユから乗って来た年輩の婦人に切符を譲るはめになってしまったのです。
 ジャネット その人はスーツケース四個、ヘルメット帽、それに、鸚鵡(おうむ)を持っていましたからね。
 ピーター それに気質も熱帯的で。
 ジャネット ピーターは急に昔風の騎士道精神になって、ぶつくさ言わず譲ったのです。ピーターが一晩中汽車の廊下で過すのは馬鹿げています。私にはダブル・コンパートメントがあるんですから。それで私の部屋に。
 ミスィズ・エボニー カンヌを出る時に既に、二人で一部屋予約してあった。そうでないと言い切れますか。
 ジャネット そういうのを下司(げす)のかんぐりと言うのです。
 ミスィズ・エボニー 失礼な! なんて生意気な!
 ジャネット ポール、お義母さまを田舎から出さないようにして頂戴。
 ミスィズ・エボニー(立ち上りながら。)まあ呆れた。何ていう物言いでしょうね。義理の母親に対して。
 ジャネット ここは私の家なんですからね。(笑って。)まあ、離婚が成立するまでの間の話ですけど。
 ポール ジャネット!
 ジャネット あなた、私を離婚するんでしょう? ポール。
 ミスィズ・チルハム ジャネット、あなたどうしてそんな恐ろしいことが言えるの?
 ジャネット いいですか、みなさん。ピーターと私はひどい列車事故にあったんですよ。それなのにあなた方の誰一人として、私達の元気な姿を見て安堵したという様子を見せた人はいません。そのかけらもないわ。沢山の人が死んだのです。或は重傷を負ったのです。私達の車両も押し潰され、二つに折り重なったのです。私は逆さになった寝台の中に閉込められ、やっとのこと窓から這い出ることが出来たのです。でもピーターがいません。衝突が起った時、この人は上の寝台に寝ていたのです。車両の外から私はピーターを呼びました。裸足で、パジャマ姿のまま。あっちこっち駆け回って。そうやって一時間経ちました。寒さに凍え、望みはなくなり、泣き声でピーター、ピーターと。その時やっと、二つの足が車両の残骸に挟まっているのが見つかったのです。そう、みなさんの好色なご趣味にはお誂え向きの話がありますわ。ピーターのパジャマのズボンは未だに見つかっていませんからね。
 ミスィズ・エボニー ジャネット!
 ジャネット そうです。みなさんには、私達二人がどんな危険な目にあったのか、どんな精神的なショックを受けたのか、なんてことは全く頭にないんです。頭にあるのはただ、昔から伝わってきた古ぼけた信念・・・男と女はパジャマ姿で同じ部屋に第三者なしにいては・・・ああ!
 ミスィズ・チルハム ジャネット、お願い。
 ポール ジャネット、そんな言い方は止めるんだ。
 ミスィズ・エボニー いやらしい言い方!
 ジャネット みんなここで待ち構えていたのよ。私を訊問しようと。使っている女中の不始末を締め上げる独身のおばあさんみたいにね。・・・そしてポール、あなたはただそこに突っ立って、みんなにやるがままにさせている。そう、あなたも最悪の事態が起ったと信じているのよ。
 ポール ねえジャネット、僕はね・・・
 ジャネット それならそれでいいわ。あなたの考えている通りよ。・・・ピーターと私、情事があったの。そうでしょう? ピーター。
 ピーター(怯む。)何? 何て言ったの?
 ジャネット あなたと私、情事があったって言ったの。そうでしょう?
 ピーター(男らしく立ち上って。)勿論。
 ジャネット この人、私のことが大好きなの。そうね? ピーター。
 ピーター 熱烈に。
 ジャネット ほらね。
 ミスィズ・チルハム(ジャネットに近寄って。)ねえ、ジャネット・・・お前、どうしてそんな・・・
 ジャネット 家へ帰って、お母さん。
 ピーター(成り行きに調子を合わせて。)私はいつもジャネットを愛していましたからね。熱烈に・・・私のいたエジプトにもよく来てくれましたよ。
 ミスィズ・エボニー 何ですって?
 ピーター ええ、夢の中にね。
 メイヴィス あなたって、頭のいい人ね、ジャネット。あなたのこと尊敬するわ、口では言えないぐらい。
 ジャネット 有難う、メイヴィス。
 メイヴィス それから・・・いいわね、ジャネット、あなたに何が起きても私、あなたの友達よ。
 ジャネット 分ったわ。
 メイヴィス あなたには勇気がある。私、その勇気が好き。
 ジャネット そう? 嬉しいわ。
 ミスィズ・チルハム ジャネット、お願い。あんなこと嘘なんでしょう? ね、言って、嘘なんだって。
 ジャネット いいえ、本当のこと。・・・どんなことでも本当だって一生懸命思えば本当になるの。・・・もう行って、お母さん。ポールのお母さんも一緒に連れて行って。
 ミスィズ・エボニー いいでしょう。こんなところにいたい気持ちは全くありませんからね、私は。
 ジャネット じゃ、それでみんな満足のようですから・・・
 ポール じゃ、お母さん、僕が一緒に下まで行きます。
 ミスィズ・チルハム(哀願するように。)ジャネット・・・
 ジャネット(しっかりと。)行って。
 メイヴィス 私も行くわ。
 ジャネット そうね。もう行ったっていいわね。一番いい場面は見たんですから。
 メイヴィス(この台詞は無視。)電話してね、ポール、私が必要な時には。
 (メイヴィス退場。ミスィズ・エボニー、ミスィズ・チルハム、ポール、その後に続く。ジャネット、ピーターに煙草を渡し、自分も一本取る。)
 ジャネット ご免なさい、ピーター。他にどうしようもなかったの、私。
 ピーター しようがないさ。連中のお気に召す展開なんだから、あれが。
 ジャネット ラヴィニアには気の毒なことになるわ。
 ピーター うん、そうだね。・・・あいつもかっとなる癖があるんだ。だけど、本当は馬鹿じゃないよ、あれで。
 ジャネット あの人、立ち直れると思う?
 ピーター あいつの話は今は止めよう。それより君の方だよ、当面の問題は。
 ジャネット 私、あなたのことを、まずい立場に立たせてしまったわ。
 ピーター 馬鹿なことを! どう思う? 君。ポールも僕らの間に関係があったと思っているのかな。
 ジャネット そうは思わないわ。・・・いくら何でも、そんな馬鹿じゃないでしょう。
 ピーター これから、起ったこと、必ず知らせてくれるね?
 ジャネット 勿論。
 ピーター 僕はもう行った方がいいと思う。
 ジャネット そうね。
 ピーター 全く、このこんがり方は嫌だね。本当の恋人同志だったら、どんなにすっきりしているだろうって思ってしまうよ。
 ジャネット そうね。でも居心地はよくないわ。
 ピーター(笑って。)まあ、そうか。(扉のところへ行き、入って来るポールと出会う。)じゃ、僕は行くからな、ポール。さよなら。
 ポール(表情固く。)さようなら。
(ピーター、驚いて少し眉を上げる。そして退場。)
 ポール やっとだね、ジャネット。
 ジャネット ええ、やっと二人になれたわ。
 ポール こんなことになって、すまなかった。・・・両方の母親が来るなんて。しかし、どうしようもなかったんだ。
 ジャネット いいわよ、そんなこと。
 ポール 随分嫌らしい状況になってしまったね。
 ジャネット そうかしら。
 ポール 君はそう思わないの?
 ジャネット 別に。そんなに嫌らしい状況ではないわ。うんざりっていう状況ではあるけど。
 ポール 僕は君の味方だからね。分っているだろう?
 ジャネット 私の・・・味方?
 ポール 君の次の出方が分らないけど、とにかくその時までは、僕は君の味方だ。
 ジャネット ポール!(ポールに近づく。)
 ポール 何だい?
 ジャネット あなたまさか、私とピーターとの間に関係があったなんて、本気で思っているんじゃないでしょうね。
 ポール(優しく。)僕は全くの馬鹿じゃないからね。
 ジャネット ええっ? 何なの? それ。
 ポール 僕はね、君がもっと早くに話しておいてくれていたらと思っているんだ。
 ジャネット ポール!
 ポール 僕は君の気持が理解出来ていたと思うんだ。お互いによく話しあってね。今回のこのようなことは未然に防げた筈なんだよ。
 ジャネット それ、こういうこと? あなたとカンヌにいた時、私があなたに、ピーターへの私の燃えるような恋を告白していたら、あなた、機嫌よくその話を聞いただろうっていうこと?
 ポール 勿論さ。そういう事は起きるものなんだ。僕は喧嘩は好きじゃない。理性的に、落ち着いて話す方がずっと得るものは多いんだ。
 ジャネット(ものすごい勢いで笑い出す。)馬鹿馬鹿しい。
 ポール ジャネット!
 ジャネット(猛烈に笑って。)素敵・・・何て素敵な話・・・まあまあ・・・まあまあ・・・
 ポール ジャネット! 芝居は止めろ!
 ジャネット(笑い過ぎて、弱い声で。そして、まだ笑って。)芝居じゃないの、これ。心からの気持・・・本当・・・心の底から・・・まあまあ・・・
 ポール(殆ど怒りの声。)ジャネット、止めろ! 笑い事じゃないんだ!
 ジャネット 違うの・・・そう・・・笑い事なの・・・(笑い続ける。)
 ポール ヒステリー状態なんだ。・・・無理もない。
 ジャネット(自制して。)ご免なさい、ポール。でも分るでしょう? 私、本当に驚いちゃって・・・私、自分の無実をあなたに説得しなくちゃいけないのに、どうやったらいいか見当もつかないわ。(またゲラゲラっと笑い出す。)
 ポール メイヴィスの言葉通りだ。君は頭がいいよ・・・ものすごく。
 ジャネット(再び気分を引き締めて。)いい? ポール。よく聞いて。
 ポール 僕は嘘は聞きたくないんだ、ジャネット。僕は真実を知りたいんだ。
 ジャネット あなた、そんな顔をしていると、私、また笑いたくなっちゃう。
 ポール さあ、しっかりして。落ち着くんだ。
 ジャネット いい? ポール。あのピーターに対してはね、もう昔からの付きあいだけど、その最初から・・・そして戦争の興奮状態に巻き込まれている時も・・・それからこっちも、ずーっとピーターに対しては、私、友情以外の何の感情も持ったことがないの。そしてピーターも私に対してそう。分ったわね? さ、私、お許しを戴いて、お風呂に入らせて戴くわ。旅の後で、とても入りたいの。それに、あなたのお母さんとのあの話の後では余計。
 ポール 僕は言いようもない程傷ついたね、君の言葉で。
 ジャネット 私があなたのお母さんにたいして酷い言い方をしたから?
 ポール 違う。
 ジャネット じゃ、何故?
 ポール 僕のことを信頼してくれないからだ。
 ジャネット 信頼? 何のこと?
 ポール 君は分っている筈だ。よーく分っている筈だ。
 ジャネット 私が嘘を言っていると思っているの?
 ポール そうだよ。それは君が一番よく知っている。だから僕は傷ついているんだ。
 ジャネット 嘘だってどうして分るの?
 ポール ねえ、いいかい? ジャネット・・・
 ジャネット あなたの考えていることがもし正しくて・・・つまり、私が浮気していたとして・・・あなた、私を許すつもりなの?
 ポール 勿論さ。こういうことは起るものなんだ。誰の過ちでもないんだ。
 ジャネット その言葉で今私を許しているつもり?
 ポール(微笑んで。)うん。全てをね。僕が知りたいのは、それについて君がどうするつもりか、ということなんだ。二人にとって、とにかく気まずい状況なんだ、これは。だから考える必要がある。
 ジャネット それに話しあう必要があるのね?
 ポール 勿論。
 ジャネット 考えて、話しあう・・・勿論、感情的にではなく、冷静に、合理的に・・・
 ポール 勿論。
 ジャネット 分ったわ。(暖炉へ行き、火かき棒を取り、ポールのところへ持って来る。)さあ、これで殴って頂戴。
 ポール 馬鹿なことを言うな。
 ジャネット ぐっと我慢をしているその重荷から救われるわよ。それに、私だってあなたのことを気取り屋の痩せ我慢の偽紳士だって思わなくってすむもの。
 ポール(ショックを受けて。)ジャネット!
 ジャネット そうよ、偽紳士よ。(火かき棒を部屋の向こうに投げ捨てる。)私を許すんですって? 私がこれからすることを教えてあげるわ。いい? よく聴くのよ。私、あなたとはもうお別れ。今・・・今すぐ。
 ポール ジャネット!
 ジャネット そう。それから私が帰って来たら・・・帰って来ることなんかあり得ないけど、もし帰って来たとしたら、その時はあなた、私のやること、何もかもみんな許さなきゃならないわ、きっと!

     第 二 幕
(セント・ジェイムズ通りにある、ピーター・チェルズワースのアパート。左手の壁には三つの窓。そこから公園が見える。奥に観音開きの扉。これはロビーに通じ、そこから玄関に通じる。右手に台所に通じる扉。右手前方にピーターの寝室に通じる扉。)
(次の朝。)
(幕が開くとターナーが朝食の用意をすませたところ。不備なところはないか、テーブルを眺める。電話が鳴る。ターナー、電話に出る。)
 ターナー(電話に。)もしもし・・・はい・・・いいえ、まだです。まだお目ざめでは・・・あっ、はい勿論。お目ざめで。・・・もうお風呂もおすみです。・・・ええ、勿論お伝えします、その旨・・・畏まりました。(受話器を置く。寝室の扉に行き、ノックする。)こちらの旦那様、ミスター・チェルズワースからお電話がありました、奥様。すぐお帰りになるとのことです。どうぞ朝食はお始めになっていて下さいと。
 ジャネット(寝室から声。)有難う、ターナー。すぐ行くわ。
 ターナー 分りました、奥様。
(ターナー、台所へ退場。暫くしてジャネット、寝室から登場。魅力的なネグリジェ姿。窓のところへ行き、外を見る。満足そうな溜息。テーブルにつく。ターナー、コーヒーを持って登場。)
 ジャネット いい天気になりそうね、ターナー。
 ターナー 午後遅くにはちょっと荒れるのではないでしょうか。
 ジャネット そうね。そうかも知れないわね。
 ターナー グレープフルーツの後は、ベーコンエッグになさいますか? それともエッグなしのベーコンか、ベーコンなしのエッグか。
 ジャネット ソーセージはないかしら。
 ターナー いいえ、残念ながら。
 ジャネット じゃあ、ベーコンをお願いするわ。
 ターナー 畏まりました。
 ジャネット 朝の新聞、もう来てるかしら?
 ターナー はい、ここにあります。(数種類の新聞を渡す。)
 ジャネット 有難う・・・(一枚を開けて。)ああ!
 ターナー なかなか良い見出しで、奥様。
 ジャネット そうね。嬉しくなっちゃうわね。(読む。)「有名な小説家の妻、原因不明の失踪。」原因不明・・・ほんと。(笑う。コーヒーを注ぐ。)新聞社から今朝は電話、来なかったの? ターナー。
 ターナー ありませんでした。新聞社はみんなゆうべで済んでいますから。
 ジャネット もう他にはないって言うのね?
 ターナー 多分週刊誌が来ると思います。ちょっと写真を撮らせて欲しいと言って。
 ジャネット それは撮らせて上げなくちゃね。・・・ミスター・チェルズワースと一緒に。
 ターナー 「デイリーメイル」には、面白い話が載っています。
 ジャネット あら、どこに?
 ターナー(捜して。)ここです。この事故が起きる前に、奥様には予感がしたってありますけど、本当ですか?
 ジャネット 本当よ、ターナー。夕食がすんだ後、奇妙な感じがしたの。本当に奇妙な。
 ターナー 「ホレイショー、この天地のあひだには、人智の思ひ及ばぬことが幾らもあるのだ」ですね。
 ジャネット そうよ、幾らもあるの。
 ターナー はい、奥様。
(ターナー、台所に退場。ジャネット、新聞を読めるようにテーブルの上に立て掛け、グレープフルーツを食べ始める。時々クスクス笑う。鍵で玄関の扉を開ける音がし、暫くしてピーター登場。帽子とステッキを部屋の隅に置く。)
 ピーター お早う、ジャネット。
 ジャネット あら、ピーター、少し遅かったわ。
 ピーター ホテルで僕を起すのを忘れたんだ。
 ジャネット あなたが来る前に、誰かが来ちゃうんじゃないかって、随分心配したわ。母だとかポールが。あなたがいなかったら、あの人達を二人でからかってやれないでしょう?
 ピーター ターナーは、給仕その他万端、君にはちゃんとした?
 ジャネット 完璧。よくやってくれたわ。新聞は見た?
 ピーター デイリーミラーだけ。タクシーの中でね。
 ジャネット デイリーメイルが面白いの。お芝居を見てるみたい。
(新聞をピーターに渡す。)
 ピーター 有難う。(読む。)
 ジャネット(コーヒーを注ぐ。)半分ミルク?
 ピーター うん、頼む。(笑う。)この、僕が、水をくれ、と叫ぶところがいいな。
 ジャネット そう。私もそこが可笑しかった。
 ピーター テレグラフを見てみよう。
 ジャネット(テレグラフを渡しながら。)だいたい同じ。
 ピーター 君、よく寝られた?
 ジャネット 全然駄目。
 ピーター 僕も駄目だった。
 ジャネット 私、一番心配したのはあなたのこと。あなた、男らしかった。騎士道精神の発揮で、全てを通したわ。でもお蔭でこれからあなた、大変だわ。人生めちゃめちゃよ。
 ピーター そんなことはない。酷いって言えば、君もだ。二人とも同じ条件さ。
 ジャネット まあね。でも私、不必要に大袈裟にしてしまって・・・
 ピーター いいじゃないか。
 ジャネット ゆうべ、ポールをおいて家を出た時、あんまり腹が立っていたものだから、私、無我夢中でここへ来てしまった。一人ではとてもいられないっていう気持。あなたと二人で夕食をとって、ゲラゲラ笑って、新聞記者連中に全部電話して、勝手なことを話して。それからも随分笑ったわね。これで計画通りなんだけど、私、ちょっと心配になってきちゃった。
 ピーター いい計画だよ。このまま行こう。
 ジャネット 心配なのは私、ラヴィニアなの。
 ピーター あいつのやり口は全くいかんよ。僕はあいつに怒ってるんだ。君がポールに怒っているよりももっと怒ってるな。
 ジャネット あなた、あの人を愛しているからだわ。
 ピーター まあ、そうだな。
 ジャネット 私、これ以上あなたの家にいることは出来ないわ。今日はどこかへ行かなくちゃ。
 ピーター 冗談じゃない。いたいだけいればいいんだ。ラヴィニアと仲直りする気持は全くないんだからね。あいつがちゃんとまともに考えられるようになるまでは。
 ジャネット 可哀相に、ラヴィニア。私、少しあの人の気持、分るわ。
 ピーター 僕は分らないね。君と僕が、昔からの友達なのは、あいつ、よーく知ってるんだ。よく君の話をしているんだからね。あんな結論を出すなんてどうかしているんだ。ちょっとのことですぐ最悪の事態を想像するなんて、全く、愛しているって本当に言えるのか?
 ジャネット それこそが愛しているって証拠かもしれないわね。
 ピーター あいつは普通、実に冷静なんだがな。
 ジャネット(立ち上り、ピーターに背を向けて。)私、馬鹿だったわ。あんなに衝動的に、思い付いたことをみんなやって仕舞うなんて。
 ピーター 分るよ、あの時の君の気持・・・あれはあれでいいんだ。
 ジャネット 駄目よピーター、そんなこと言っちゃ。
 ピーター いや、あれでいいんだ。それに、他の連中の言動、あれもあれでいいんだ、そっくりそのまま。
 ジャネット やり過ぎたのは後悔してる。・・・笑わないで。本気でそう思ってる。
 ピーター そう?
 ジャネット あなたは? 全然?
 ピーター まあね。少しは。
 ジャネット でもいいの、この方が私には。私、もうポールなんか愛してないの。
 ピーター 全然?
 ジャネット 全然。今のこの気持だと、好きっていう感情さえないわ。
 ピーター あいつのことは昔から、ちょっと重い男だとは感じていたんだ。だけど、小説家なんだから仕方がないか、ともね。
 ジャネット 小説家は関係ないわ。軽々としている小説家だっているもの。
 ピーター メイヴィス・・・って言うんだったかな、名前・・・あれが悪影響なんだね、ひどく。
 ジャネット 心をかよわす友なの。もう何年も前から。いつも言うことが大きいの。疲れる人達よ、二人とも。
 ピーター ポールに惚れているのかな、あの女。
 ジャネット そうでしょう。でも、「心の仲間。分りあっている二人」っていうことにあんまりかまけているから、それが表面に出て来る暇がないのね。
 ピーター 可哀相に。もう少しコーヒーが欲しいな。
 ジャネット(注いで。)奇妙な感じ。今こうやって二人でいるの。
 ピーター うん。
 ジャネット こっそりと不道徳な生活を送っている・・・そんな気持。
 ピーター 僕はまだ少し頭がボウッとしている感じなんだ。なにしろ急だったからね、あの幕切れが。
 ジャネット 人間の心って残酷なものだわ。昨日集まっていたあの人達・・・全部生まれはいい、育ちだってとてもいいわ。それが全員、何の疑いもなく私達二人が不道徳な目的で寝台車に乗っていたと思っているんですものね。・・・別の角度から見るなんて、とても想像がつかない。ただあなたが男、私が女・・・それで結論は明らか。何てことかしら。嫌な話だわ。
 ピーター うん。だけど、そういうものだな。
(ターナー、ベーコンを持って登場。)
 ターナー お昼は外でなさいますか? それとも家で?
 ピーター 家にする? ジャネット。
 ジャネット いいえ、外にしましょう。レストラン・リッツへ行って、大きなダブルベッドをごろごろ転がして入れるのよ。
 ピーター 昼食は外だ、ターナー。
 ターナー 畏まりました。(退場。)
 ピーター 僕達は結婚していればよかったかもしれない。愛は見せ場として必要に応じてその気になった時に見せびらかすことにしてね。
 ジャネット いい考えだわ。実用的だし。
 ピーター そうだ。実用的だ、確かに。
 ジャネット でも、そうしたら、ラヴィニアはどうなるの?
 ピーター ああ、ラヴィニアの奴!
 ジャネット 結婚してなければ、あの人とあなたの間で決して情事は成立しないわ。あなただって、あの人を欲しいとは思わないだろうし。
 ピーター 全く、我々ってのは、ヴィクトリア朝に出来ているよ。
 ジャネット 誰か私を愛してくれる人、いないかなあ。
 ピーター 元気を出すんだ。まだ一、二年、充分その魅力はあるよ。
 ジャネット 愛してくれる人がいたら、すぐにその人と一緒に住むわ。良心の呵責なんか全然ない。
 ピーター まあ君はやらないよ、そんなことは。そういうタイプじゃないんだ、君は。
 ジャネット(両手を広げて。)違う。私って、そういう女。心の底ではね。密輸で手に入れた大粒の真珠の首飾り、それに、毒々しいマニキュアを塗って、カジノに颯爽と乗り込む。金持ちの年寄り達にチヤホヤされて。すらりとしたジゴロの腕の中で踊りまくる。(笑って。)あらあら、厭だわね!
 ピーター 見て御覧。そうだろう? やっぱり。
 ジャネット ねえピーター、私、本当にどうしたらいいのかしら。
 ピーター まあ、難しい。最後の手段だ。役者になるんだね。・・・多いよ、最近。そういうの。
 ジャネット そうね。
 ピーター 可哀相なジャネット。
 ジャネット 可哀相なピーター。(突然玄関のベル、鳴る。)ほら、来た。
 ピーター 芝居をうたなきゃならないな。我々は外出だ。
(ターナー、台所から登場して、玄関の扉に進む。)
 ジャネット 待って、ターナー。(ピーターに。)寝室に来て。
 ピーター(立ち上がりながら。)うん。
 ジャネット ターナー、誰が来ても、この部屋に通すのよ。
 ターナー 畏まりました。
(ピーターとジャネット、寝室に入り、扉を閉める。ターナー、玄関ホールに退場。暫くしてターナー、ミスィズ・チルハムと、ミスィズ・エボニーを導き入れる)。
 ターナー 御主人は、ただいままいります、奥様方。
 ミスィズ・エボニー 今、在宅なの?
 ターナー 只今、寝室で着替えをしております。
 ミスィズ・エボニー 有難う。
(ターナー退場。ミスィズ・エボニー、朝食のテーブルを見る。)
 ミスィズ・エボニー ジャネットもここね? 二人分あるもの。
 ミスィズ・チルハム 弟さんでしょう、ピーターの。
 ミスィズ・エボニー 寝言を言うんじゃないの、ヴァイオレット。
 ミスィズ・チルハム まあまあ、朝早くから酷い言い方ね、アグネス。あなたがこの時間にミスター・チェルズワースに会いに来るって分ってたら、私、もう少し早い時間にここに来ていたわ。
 ミスィズ・エボニー どうして?
 ミスィズ・チルハム あのチェルズワースっていう人、悪態をつかれて黙って引込んでいるような人ではないわ。
 ミスィズ・エボニー あんな奴、鞭でひっぱたいて丁度いいのよ。
 ミスィズ・チルハム また始まった。
 ミスィズ・エボニー 亭主がいない時にその女房に言寄るなんて、全くの下司だわ。
 ミスィズ・チルハム 亭主が目の前にいる時に言寄るよりはまだましじゃない?
 ミスィズ・エボニー 全く破廉恥・・・破廉恥の極みだわ。
 ミスィズ・チルハム ちょっと坐りましょう。
 ミスィズ・エボニー 嫌よ。
 ミスィズ・チルハム どうして?
 ミスィズ・エボニー 坐っているなんて、馬鹿に見えるわ。
 ミスィズ・チルハム 突っ立っているよりはましでしょう?
 ミスィズ・エボニー 私達二人は、あの男をとっちめにやって来たんですからね。
 ミスィズ・チルハム まあね。いいわよ、アグネス。
 ミスィズ・エボニー それに、ジャネットを。
 ミスィズ・チルハム ジャネットはいないわ、ここには。
 ミスィズ・エボニー います。
 ミスィズ・チルハム いません。あの子はそんなことをする子じゃありません。
 ミスィズ・エボニー ジャネットはとんでもないことをする女なの。私、もう昔から見抜いていたわ。
 ミスィズ・チルハム 何て酷いことを! アグネス。
 ミスィズ・エボニー 私はジャネットを決して許さない。何てことをしてくれたの、本当に!
(ミスィズ・エボニー、新聞を掴んで記事を見せながら振り回す。)
 ミスィズ・チルハム いいですか、アグネス。あの子は私の娘なんですからね。あの子が許されないことをしていたのなら、まづ第一に許さないのはこの私なんですからね。
(突然寝室から、小さな叫び声が聞こえる。)
 ジャネット(舞台裏で。)ピーター、ピーター!
 ミスィズ・エボニー ほーら、やっぱり。
 ミスィズ・チルハム まあ、何てこと、何てこと!
 ミスィズ・エボニー あそこが寝室なのよ。
 ミスィズ・チルハム まあ酷い・・・こんな酷いことって・・・
 ジャネット(舞台裏で。)ピーター、あなた、素敵・・・強い腕・・・
 ピーター(舞台裏で。)強くないよ、僕の腕なんか。・・・弱いね、マッチみたいだ。
 ジャネット いいえ、強いわ。さあ、その腕を廻して頂戴、この身体に。
 ピーター(優しく。)ジャネット、ジャネット・・・お馬鹿さんのジャネット。
 ミスィズ・エボニー 呆れた。やれやれ。
 ミスィズ・チルハム 私達、ここにいてはいけないわ、アグネス。
 ミスィズ・エボニー(厭らしい言い方で。)いた方がいいの。
 ピーター この愛のために、僕らは世界から孤立してしまった。下品な世の中だ。僕らは沙漠にいるように孤独だ。君と僕、たった二人だけだ。
 ジャネット あなたと私、二人だけ。
 ピーター そう、僕と君、二人だけだ。
 ミスィズ・チルハム ここに誰かいるってことを分らせなきゃ。
 ミスィズ・エボニー 破廉恥な!・・・破廉恥極まる話だわ!
 ミスィズ・チルハム 音を立てなきゃ。
 ジャネット ピーター・・・ピーター・・・キスして・・・もう一度・・・もう一度・・・ああ!・・・(消え入るような声になる。)
 ミスィズ・チルハム(カップを取って、床に叩き付ける。)ほら、これで!
(一瞬沈黙。それから、ジャネット登場。二人の母親を見て、明らかにギョッとした様子。それから注意深く後ろ手に寝室の扉を閉めて。落ち着き払って前に進む。)
 ジャネット(ミスィズ・チルハムにキスして。)まあ、お二人で来て下さるなんて。嬉しいわ。(ミスィズ・エボニーの方を向いて。)お義母様・・・
 ミスィズ・エボニー(病気が移りはしないかというように、避けて。)近づかないで!
 ジャネット 清々しい朝! 今日は本当に素敵。若くなった気分だわ。
 ミスィズ・エボニー こんな時に! 何てことを言うんでしょう。
 ミスィズ・チルハム ああ、ジャネット・・・ジャネット・・・何て言ったらいいの? 私。
 ジャネット 私がここにいるって、どうして分ったの?
 ミスィズ・エボニー こんなに簡単なこと、分らないわけがないでしょう?
 ジャネット ピーターったら、本当に親切なの。このアパートを貸してくれるって言ったの。あの人、今、スコットランドに行ってるの。
 ミスィズ・チルハム まあ、ジャネット!
 ミスィズ・エボニー(鼻を鳴らして。)呆れた!
 ジャネット(陽気に。)あの人、スコットランドに親しい友達が沢山いて・・・
 ミスィズ・エボニー 嘘をつくのもたいていになさい!
 ジャネット 嘘ですって? 何のことです?
 ミスィズ・エボニー もしあの人が今スコットランドにいるのなら、どうしてここに二人分の食器が置いてあるのです。
 ジャネット ミスィズ・ジェイムズ・トラピットを朝食に招いているのですわ。
 ミスィズ・チルハム ミスィズ・ジェイムズ・トラピット! まあ、ジャネット!
 ジャネット マドレーヌ・トラピットのことを知らないなんて言わないわね? お母さん。ね? 面白いでしょう?
(ジャネット笑う。ピーター、スーツの上に部屋着を引っ掛け、髪はもしゃもしゃのままで、走って登場。)
 ピーター あいつら、出て行った? ジャネット。おお!
 (ピーター、急いで退場。扉をバタンを閉める。)
 ミスィズ・チルハム(わっと泣きだす。)せめてものこと、お父さんがこんなあなたを見ないですんで。
 ジャネット お父さまも生前随分酷かったわ。きっと今のこれ、面白がるわ。
 ミスィズ・エボニー なんて言い草でしょう。ジャネット、あなた、慎みをどこへやったの。
 ジャネット 慎みなんか、どこかへ捨ててしまったわ。
 ミスィズ・エボニー まあ呆れた。開いた口が塞がらないわ。
 ジャネット 口が締まらないのもなかなかいいことだわ。
 ミスィズ・チルハム あなたには衝動的で賢くないところがあると思ってはいたけれど、性悪だと思ったことはなかった。それが・・・
 ミスィズ・エボニー ポールがあなたを離婚したら、あなた、あの人と結婚するつもりなのね?
 ジャネット 今すぐは駄目。だってあの人、今夢中になっている黒人の女がいますからね。でもポールが二、三週間待っていてくれれば、きっと離婚されても大丈夫な誰かを見つけますわ。
 ミスィズ・エボニー 酷いことを! 一体何が目的? こんなことをするなんて。
 ジャネット 自由ですわ。精神的、道徳的、そして肉体的な自由。私を長い間縛りつけていた鎖を、今振り払っているところ。私は今の今、気がついたんです。私が、生きている女であることに。情熱的な女であることに。内から湧き出てくる強い感情を持った女であることに。今までこんな気分になったこと、なかったわ。
 ミスィズ・エボニー ただ気が変になっただけよ。
 ジャネット(芝居がかって。)いいえ、私は見つけた。生まれて初めて。私はこれからは、私の感覚のみを頼りに生きる・・・ピーターが私の感覚を楽器のように・・・竪琴のように・・・奏でてくれる。私が奏でられる。何ていう快い音・・・
 ミスィズ・エボニー(癇癪を起して。)恥知らず! 性悪女!
 ミスィズ・チルハム アグネス! そんな酷いことを!
 ミスィズ・エボニー 私の子供の名前を汚そうというのね、あんたは!
 ミスィズ・チルハム(怒って。)止めて! あなた、何を言ってるの。そんなこと、言わせませんよ、あなたに。
 ミスィズ・エボニー(我を忘れて。)私には分っていた。ちゃーんと心の奥底で感づいていた。あんたという女が骨の髄まで腐っていることを。
 ミスィズ・チルハム あんたの息子のポールだってそうじゃない。あのメイヴィス・ウィッターシャムが嫌らしく付き纏って来るのを、鼻の下を長くして受け答えをして。
 ジャネット あら、逆襲ね、お母さん。バンザーイ!
 ミスィズ・チルハム あの女は、ジャネットからあの男を奪おうとしていたのよ。そんなの、盲の猫にだって見え見えよ。「偶々私、パウロが大好きで」「パウロがないがしろにされるのは私、見ていられないのですわ」何を言っているの。ポールなんか、あの女のために世間からないがしろにされる運命なのよ。あの女は隙あればと、それを狙っているんじゃない。そう、そういう運命なの、あの男は。弱い、弱い、男なのよ。
 ミスィズ・エボニー 弱い、弱い、男! 呆れた!
 ミスィズ・チルハム そう。おまけに尊大ときている。弱い癖に尊大。あんな奴、私、見るのも嫌。あんな奴、ジャネットだって、見るのも嫌。だからジャネットはあの男から逃げたのよ。なんて嫌らしい、なんて尊大な、嫌な奴!
 ジャネット まあお母さん、お母さんったら!
 ミスィズ・エボニー あなた、ポールのことをわざと貶(おとし)めて、ジャネットの水準にまで持って来ようっていうのね。でも、そうはいきませんよ。どうやったって、そんなに落すことが出来るわけがない。
 ミスィズ・チルハム アグネス、私、あなたのことを頭のいい女だと思っていたことがあったわ。そして、尊敬していたことも。でも、今の今、あなたの正体が私には分った。あんたは糞婆アよ。
 ミスィズ・エボニー(怒って。)何ですって!
 ミスィズ・チルハム そう。糞婆アよ。この糞、糞、糞っ婆ア!
 ミスィズ・エボニー 呆れた。もうこんなところにはいられません!
(ミスィズ・エボニー退場。ジャネット、椅子に倒れて、笑い転げる。ミスィズ・チルハム、大股で部屋を歩き廻る。)
 ミスィズ・チルハム 笑うのはお止めなさい、ジャネット。
 ジャネット 止まらないわ。お母さんたら・・・何て可笑しい・・・
 ミスィズ・チルハム ぼうっと突っ立ってあなたが非難されるのを見ていられなかった・・・
 ジャネット 素晴らしかったわ、お母さん。(再び笑う。)ああ、可笑しい・・・
 ミスィズ・チルハム さあ・・・それで、私達、これからどうするの?
 ジャネット 私達、これから? だって、お母さんは私の味方なんでしょう?
 ミスィズ・チルハム あなたがこの酷い状況から抜け出るいい方法を考えつかなきゃ駄目。あなた、すぐにポールのところへ帰りなさい。
 ジャネット 何ですって!
 ミスィズ・チルハム あの家はあなたのものなの。二人のうちどちらかが出るという話になれば、出るのはポールの方。
 ジャネット(微笑んで。)それは考えていなかったわ。
 ミスィズ・チルハム でも、一番いいのは、あなたがポールに、ピーターには今後一切会わない、だから許して欲しいって言うことだわ。
 ジャネット 私、家を出たのは、あの人が私を許すって言ったからなのよ。
 ミスィズ・チルハム 許したから出た? そんな馬鹿な話、信じられますか。私は盲ではないのよ。あなたはピーターに夢中だから家を出たんです。
 ジャネット お母さん!
 ミスィズ・チルハム あなた、ピーターと浮気がしたいのなら、どうしてこっそり、上手にやらないの。大声で喚いて、わざと大袈裟にするなんて。全く恥晒(さら)しな。
 ジャネット じゃ、お母さんは、これでもまだ、私がピーターを愛していると?
 ミスィズ・チルハム 当たり前でしょう。そんなの見え見えですからね。
 ジャネット それが大間違い。何も見え見えじゃないの。それに、さっきの話、あれは一体どういう意味?
 ミスィズ・チルハム どういう意味って、何がどう?
 ジャネット 私が浮気をしているって信じたりして。それに、浮気をするのなら、隠れて上手に、だなんて。
 ミスィズ・チルハム 何を言っているの、ジャネット。言いませんよ、私はそんなことは、決して。
 ジャネット 言いました。私、ショックを受けたの、そんなことを言われて。
 ミスィズ・チルハム あなたって、もうどうしようもないわね。もう駄目。
 ジャネット ポールのお母さんにあんなに強い言い方をして下さったわね。だから私、すっかり私のことが分って下さっているのかと思っていた。でもそれは間違いだったわ。今分った。お母さんもあの人と同じ。私とピーターが浮気のために同じ寝台車に乗ったと思っている。私をピーターとの間に関係があったと信じているんだわ。
 ミスィズ・チルハム 私が田舎に住んでいるから何も知らないと思っているのね。これでも私、ちゃんと目は見えている都会の人間ですよ。
 ジャネット いいえ。目なんかちっとも見えてやしない。お母さんは確かに好感の持てるいいお婆さん。だけど、本の読みすぎ。
 ミスィズ・チルハム いいですか、お聞きなさい、ジャネット。
 ジャネット お母さんの言うことなんか、もう聞きません。さっきのなんか酷い考え。もう行って頂戴、お母さん!
 ミスィズ・チルハム 行くって・・・ねえ、ジャネット・・・
 ジャネット(優しく扉の方に母親を押して。)ほら、もう行って。これは私だけの問題。私のやり方で処理するんですから。
 ミスィズ・チルハム 随分酷いことを言うのね・・・
 ジャネット さようなら、お母さん。後でゆっくり手紙を書きます。真っ赤な封筒に入れて、ここからじゃなかったら、どこか次の恋人の家から。
(まだぐずぐず言っている母親を無理に押して、玄関に出す。きっちり扉を閉めて、部屋に帰って来る。)
 ジャネット(呼ぶ。)もういいわよ、ピーター。
(ピーター、寝室から出て来る。部屋着は脱いで、背広姿。髪はもうもしゃもしゃしていない。)
 ピーター 首尾は?
 ジャネット 上々。大成功。
 ピーター 連中、何て言ってた?
 ジャネット 言いたい放題。ありとあらゆること。
 ピーター ミスィズ・エボニーの出て行く音は聞こえたよ。ああでもしなきゃ、しようがないと思ったんでね。
 ジャネット 今は私、酷い気分だわ、ピーター。お母さんの言い草! 私はポールのところへ帰るべきだって。そして謝れって。それで、もしあなたと何かあるんだったら、こっそりやれだって。
 ピーター 最近のお婆さん連中には、モラルっていうものがないのか。そんな考えでこれからどう生きるっていうんだろう。
 ジャネット 煙草頂戴。私、煙(けむ)出しでもしないと駄目だわ。
 ピーター ほら。(一本渡し、自分も一本取る。)
 ジャネット「強い腕、ピーター。さあ、その手を廻して頂戴、この身体に。」
 ピーター(夢見るように。)「ジャネット・・・ジャネット・・・お馬鹿さんのジャネット・・・」
(玄関にまた強いベルの音。)
 ジャネット ああピーター、あんな馬鹿なこと、二度続けては出来ないわ。
 ピーター じゃ、今度は僕の膝の上に乗るんだ。
 ジャネット(疲れたように。)そうね。
(ターナー登場。)
 ピーター ターナー、誰でもいい。通すんだ。
 ターナー 畏まりました。
(ジャネット、ピーターの膝の上に乗る。ターナー、アレック・ストーンを導き入れる。三十五歳ぐらいの、感じのよい男。ジャネットとピーターの姿を見てひどく驚く。)
 アレック ピーター!・・・いや、これはどうも、失礼。
(廻れ右して、出て行こうとする。)
 ジャネット(急いで立ち上って。)あら、まあ。
 ピーター(笑って。)これは悪かった。行かないでくれ、アレック。お願いだ。
 アレック(ひどく当惑して。)いや、ちっとも知らずに、これは・・・
 ピーター いいんだよ、アレック。本当にいいんだ。こちら、ミスィズ・エボニー。こちらはストーン少佐。
 ジャネット(礼儀正しく。)始めまして。
 アレック(握手して。)あんな風に突然入り込んで、本当に失礼しました。ターナーは大丈夫だと言ったんですよ。ですから・・・
 ピーター そう。ターナーには「誰でもいい、通せ」と言ったんだ。
 ジャネット きっと私の夫が現れると思ったものですから。
 アレック えっ? 御主人が?
 ジャネット ええ。あの人にお灸をすえてやろうと。ちょっと厄介な話なんです、これは。ピーター、お願い。
 ピーター そんな困ったような顔をしなくていいんだ、アレック。計画してわざとやっていたことなんだ。ジャネットと僕は全く何でもない間柄、いやらしい関係は全くないんだよ。だけど、誰もがみんなそう思い込んでいるもんだから、厄介なことになってね。
 アレック ああ。
 ジャネット 一緒の寝台車にしたのは、ただピーターがその席を取られてしまって困っていたからなのです。そうしたら、事故が起って・・・
 アレック ええ、それは新聞で見ました。
 ジャネット 二人が家に帰ってみると、誰もかれもが大騒ぎ。私の親戚は全員私に食ってかかる。ピーターには許嫁(いいなづけ)のラヴィニアが泣きだしてしまって。最後には私の夫が、してもいない私の浮気を、許すだなどと言い出して。ですから私、家を飛び出してここに来たのです。仕方がないのでピーターは、ホテルに泊って・・・馬鹿な話でしょう? でも、これが正直な話ですの。
 アレック(笑って。)分りました。今の話全部信じますよ。
 ジャネット 本当に信じて?・・・ただそういう振りではないんですの?
 アレック 本当にです。僕は昔からピーターと付きあっていて、彼が恋愛感情にはひどく引っ込み思案だということを知っているんです。それに、昼の日中から、おまけに玄関のベルが鳴っているのに、男女がおおっぴらに抱きあっているっていうのは変ですからね。
 ジャネット 変と言っても、あることはありますわ。
 アレック ええ。でも、後ろめたい恋愛の場合にはありませんよ。
 ピーター コーヒーか何か、飲むかい?
 アレック いや、いい。僕はただ、君が帰って来たんで、一緒に食事でもと思ったんだ。(ジャネットに。)如何です? 御一緒に、昼食は。
 ジャネット ええ、御親切に・・・でも、私・・・(アレックの方をしばらく見て、それから振り返って。)ピーター、あなたは?
 ピーター 喜んで。
 ジャネット じゃ、私も。
 アレック それは素晴らしい。静かに食べるところ? それとも、賑やかにやるところ?
 ジャネット ああ、静かな方。
 アレック それで君達、この純潔証明キャンペーンをいつまで続ける気?
 ピーター さあ、分らないね。(ジャネットを見て。)君は?
 ジャネット 私にも分らない。何かが起るまでだわ、きっと。
 アレック 何か起るかな?
 ジャネット ええ。ポールが現れて、ひどく怒って・・・そうね、やっぱり、分らない。(先細りの返事。)
 アレック 僕には分っている。
 ジャネット(素早く。)それ、認めないっていうことかしら?
 アレック 僕の口を出すことではありませんから。
 ジャネット でも、とにかくこんなこと、認めないっていうんですね?
 アレック 見るからに素晴らしい女性が、わざわざ自分の評判を落そうとしているのを見るのはショックですからね。
 ジャネット まあ! ピーター、この人、ひどいわ。
 アレック すみません。でも、質問されたので答えたのです。
 ピーター 我々にはひどく厳しい意見だな、それは。
 アレック 気にすることはない。単なる僕の意見だ。
 ジャネット(事務的な口調。)でも、私達のこの抵抗、当然の態度とは思えませんか?
 アレック 当然の態度とは何ですか?
 ジャネット 私達がやっていることです。
 アレック 具体的には何をやっているんです? あなた方二人は。
 ジャネット 私達ただ・・・ええ、あの人達のいやらしい考えにお灸をすえてやるの。そうでしょう? ピーター。
 ピーター うん。何はともかくね。
 アレック それで、その行きつく先は?
 ピーター 君の考えは? ジャネット。
 ジャネット 分らないわ。
 アレック さて、僕は行かなきゃ。・・・じゃ、食事はガーズ・クラブにしよう。あそこのレイディー専用の玄関で待っている。一時だ。
 ピーター おいおい、アレック・・・
 ジャネット こんな状態でほったらかすのってないわ。私達を怒らせたまま。
 アレック 残念ながら、もう時間が。後は昼飯を食いながらだ。じゃ、失敬。
(アレック、礼儀正しく一礼。退場。ピーターとジャネット、坐り、お互いを見つめる。)
 ジャネット 何て酷い人。・・・私、あの人、好きだわ。
 ピーター うん、乱暴な奴なんだ。もう長年の付きあいだよ。
 ジャネット 既婚?
 ピーター うん。しかし離婚した。
 ジャネット どっちが悪かったの?
 ピーター あっちだ。
 ジャネット 私のこと、気に入ってくれたかしら。
 ピーター うん、気に入ったね。
 ジャネット 沢山?
 ピーター おいおい、何だい? それは。
 ジャネット 私、ちょっと変になっているんじゃないかしら。あの人が入って来た瞬間、胸が何か奇妙な具合になって・・・
 ピーター あいつは女性に対してそういう気持を起させる奴なんだ。
 ジャネット いやらしい言い方ね。
 ピーター ジャネット、君、どうしたんだ。
 ジャネット(考えながら。)私達、こんなことはもう止めなきゃ。
 ピーター 「こんなこと」って、何のことだい。
 ジャネット みんなにお灸をすえるって考え。・・・あの人、正しいわ。そんなことをしたって、私達二人が惨めになるだけ。それに、何も素敵なことなんか出てきやしない。
 ピーター でも面白いよ、なかなか。
 ジャネット いいえ。本当は面白くないの。心の中は煮えくり返っているの。もう止めましょう。
 ピーター これから、じゃ、君、どうする?
 ジャネット ポールのところへ帰るわ。
 ピーター すごい考えだね。
 ジャネット 真剣に話してみる。私のことを離婚するでしょう、きっと。
 ピーター あいつは名誉を重んじる男だよ。体裁もね。
 ジャネット あんまりごちゃごちゃして来たら、私があの人を離婚するわ。あの人の経歴に傷がつくかもしれないけど、仕方ないでしょう?
 ピーター まあ、メイヴィス・ウィッターシャムと結婚するんだな。
 ジャネット 経歴、もっと悪くなるわ。
 ピーター あいつに経歴なんてあるのかね。
 ジャネット いいえ。・・・私、着替える。
(寝室に退場。ピーター、椅子にどっと坐り、新聞を読み始める。玄関にベルの音。ターナー、玄関に出て、暫くしてラヴィニアを導き入れる。そして台所に退場。)
 ラヴィニア ピーター!(ピーターに駆け寄る。)ピーター、私、本当に馬鹿だった・・・
 ピーター うん、そうだ。
 ラヴィニア 電話なんかじゃすまないって思って・・・ここに来て許しを乞わなきゃと思ったの。一晩中私、泣いたわ。昨日あんな馬鹿なことをやったからだけじゃないの。私、あなたが帰るのを、今か今かと楽しみに待っていたの。・・・それなのに、それなのに、あんなことになってしまって。ああ、ピーター、私、あなたのこと、心から愛しているわ。
(ラヴィニア、ピーターの肩に頭を埋める。)
 ピーター 分ってるよ、ラヴィー。
 ラヴィニア 私のこと、許して頂戴ね。
 ピーター 僕は許さないよ。
 ラヴィニア まあ、酷い! どうして?
 ピーター(寝室の扉を心配そうに見ながら。)許すのはまづい時があってね。却ってやっかいなことになるんだ。
 ラヴィニア もう私のこと、愛していないの?
 ピーター とんでもない。愛しているよ。
 ラヴィニア 私、あなたのこと、心から信じている・・・昨日はただ、ショックのせい。あなたとあの人が一緒にカンヌにいて、同じ汽車で事故があって・・・一緒に帰って来て、それで・・・でも、今ははっきり分っているわ。私が間違いだったの。それを分って下さらなくちゃ。
 ピーター ああ、ラヴィー。(ラヴィニアにキス。)
(ジャネットの声、明るく寝室から聞こえて来る。)
 ジャネット ピーター!
 ラヴィニア(がっくりして。)ピーター!
 ピーター ああ!
 ジャネット 私の時計が見えないの。夕べベッドの傍に確かにおいたのよ。
 ラヴィニア じゃ、昨日の私、やっぱり馬鹿じゃなかったんだわ。
 ジャネット ああ、あったわ。ここにあった。今出るわね。
 ピーター(優しく。)ねえ、ラヴィー。
 ラヴィニア もう馬鹿なことはしない。もう決してしないわ。・・・泣いて謝ったり・・・もうこれではっきり分りました。
 ピーター ラヴィー!
 ラヴィニア さようなら、ピーター。(扉の方へ進む。)
 ピーター ラヴィー、ラヴィー。お願いだ。(ラヴィニアの腕を掴む。)
 ラヴィニア 放して。
 ピーター(しっかり握って。)ジャネット、ジャネット。早く来てくれ。僕を助けるんだ。
 ラヴィニア(もがく。)行かせて。私、見たくない、あの人。見たくない。
 ピーター ジャネット、ジャネット!
(ジャネット、急いで登場。手に帽子を持っている。)
 ジャネット 一体どうしたの?(ラヴィニアを見て。)あっ!
 ピーター またなんだ、ジャネット。頼む、このまま放ってはおけない。
 ラヴィニア 放して・・・行かせて!
 ピーター ジャネット!
(ジャネット、ラヴィニアのもう片方の腕を掴む。)
 ラヴィニア(涙を堪えながら。)酷い! 酷い! 何てことをするの。放して!
 ジャネット(しっかりと。)さあ、坐って。
 ラヴィニア 坐るもんですか。
 ジャネット ねえ、私達の話を聞いて頂戴。私達に説明させて。
 ラヴィニア ピーター、私、腕が痛いわ。放して。
 ピーター 放せない。君が話を聞くと約束してくれるまでは放せない。
 ラヴィニア 私、聞きたくない。顔を見るのも嫌。・・・無理よ。・・・放さないなんて本当に酷い。・・・酷いわ・・・
(ラヴィニア、わっと泣きだす。ピーターとジャネット、ラヴィニアの手を放す。ラヴィニア、椅子にどっと坐る。)
 ジャネット ねえ、お願い。ミス・ハーディー。・・・ラヴィニア・・・泣かないで。
 ラヴィニア 私に話しかけないで。
 ピーター ラヴィー。
 ラヴィニア ほっといて頂戴。
 ジャネット ピーター・・・私、行く。
 ピーター いや、行かないで。君がいてくれなきゃ、決して通じない。僕一人じゃ、説得は無理だ。
 ラヴィニア 説得? 馬鹿なこと。(また泣き始める。)
 ジャネット 馬鹿じゃないの。・・・大事なこと。こんなに大事なことはないの。ね、泣かないで。(ハンカチを渡す。)
 ラヴィニア 自分のがあります。
 ジャネット(冷く。)じゃ、それを使ったら。(ラヴィニア、自分のハンカチを出す。)さあ。じゃ、聞いて・・・
 ラヴィニア(感情を抑えながら。)話なんか聞いて何になるの。ピーターと私は、もう終ったの。全部終り。もう私、あの人なんかいらない。あの人をあなたと争うなんてしない。あなたはもう競争相手なんかいないの。楽にあの人と一緒になれる。もう終ってしまっている人だから、当り前だけど・・・
 ジャネット 違うの。あの人はそんな人じゃないわ。ねえ、ピーターと私は友達・・・ただの友達なの。分るでしょう?
 ラヴィニア いいえ。分らない。ベッドの傍にあなたの時計があるって言ったでしょう? それ、どういうこと?
 ジャネット ゆうべ私、ここに泊ったっていうこと。
 ラヴィニア(また泣きそうになる。)ああ、ピーター・・・ピーター・・・
 ピーター ラヴィー、君は間違ってるんだ。
 ジャネット 止めて、あなたは。いい? しっかり聴いて。ピーターはゆうべ、ペンローズ・ホテルに泊ったの。私はゆうべ、家を飛び出した。ポールが丁度今あなたがやっているようなことをしたから。寝台車が一緒だったから、ピーターと私は恋人同士だって決めてかかっている。それからポールったら、そういう私を許すだなんて言うの。だから私、ここに来た。ピーターもあなたのことで怒っていた。なんて子供なんだ。なんて僕に酷い仕打ちをするんだって。だからピーターと私は、あなたやポールにお灸をすえることに決めたの。あなた、本当に恥を知るべきよ。今朝のこのことは仕方がない。あなたの気持は分るわ。でも、昨日のあの態度。ちっともピーターのことを信じていない。ピーターはそんな人じゃないの。片方で婚約しておきながら、片方で他の女といちゃいちゃするなんて。それに、私もそんな女じゃないわ。鉄道の車両でいやらしいことをするなんて。さあ、私達二人を見て頂戴。ただ見るだけで、そんなこと分る筈よ。さあ!
 ラヴィニア でも・・・でも・・・口で言うのは・・・
 ジャネット 簡単って言うの? とんでもない。こんなこと、口で言うなんて、不愉快限りなしなのよ。考えても御覧なさい。もしあなたや、私の夫や、私の母親達が、あんなに厭らしい気持の持主でなかったら、こんなこと何にも起きないですんでいたのよ。特にあなたが一番酷いわ。若くて、頭がよくって・・・他の人がどう思おうと、あなたならちゃんと本当のことが分る筈なのに。
 ラヴィニア 私が頭がいいって・・・そんなこと、どうして分ります。
 ジャネット こんなことしてても、あなたってきっと頭がいい筈。だって、そうでなかったら、どうしてピーターがあなたのことを愛せるっていうの?
 ラヴィニア 随分頭ごなしの結論だわ。
 ジャネット あなた、私のことを信じるの? 信じないの?
 ラヴィニア ピーター!
 ジャネット 答えて頂戴。ピーターを見ないで。・・・信じる?
 ラヴィニア 分らないわ。
 ジャネット さあ、どっちか決めて。
 ラヴィニア こんな短い時間にどうして決められるって言うの?
 ジャネット あなたには分っているから。本能的に。私が嘘をついていないって。
 ピーター そう。今の話はみんな本当なんだ、ラヴィー。
 ラヴィニア じゃあなた、ピーターのこと、全然好きじゃないの?
 ジャネット とんでもない。好きよ。大好き。でも恋じゃないの。私はピーターに恋心は持てない。知りすぎているの。小さい頃から。
 ラヴィニア でも・・・
 ジャネット この人に私、恋のときめきを感じたことがないの。そういう対象ではないの。
 ラヴィニア どうしてなの?
 ジャネット どうしてって言っても・・・そうね、好き嫌いって妙なもの。牡蛎が嫌いな人もいるわ。
 ピーター おいおいジャネット、僕は牡蛎じゃないよ。
 ジャネット あなたが牡蛎だなんて言ってないわ。ラヴィニア、もう一度。あなた、私の言ったこと、信じるわね。
 ラヴィニア ええ、多分。
 ジャネット さあピーター、この人を連れて行って。
 ピーター しかし、ジャネット・・・
 ジャネット いいから連れて行って・・・もうあなた方二人と顔を合わせていたくないの。ちゃんと結婚するまでは。
 ラヴィニア(立ち上りながら。)ご免なさい、ミスィズ・エボニー。
 ジャネット いいの。
 ピーター こんな状態で君をほったらかしには出来ないよ、ジャネット。
 ジャネット こんな状態もどんな状態もないの。行って頂戴。私はポールのところに帰るわ。「許す」だなんて馬鹿なことを言ったら、今度こそ私、ただではおかないわ。
 ピーター さあ、ラヴィー。
 ラヴィニア ああ、ピーター。
(ピーター、ラヴィニアの手を取る。)
 ジャネット いい? ピーター、疑惑の心って、ぶり返しがあるものよ。ゆうべのホテルの領収書、しっかり持ってなきゃ駄目よ。
 ピーター ぶり返しはないよ、ジャネット。ラヴィーは分ってくれている。な? ラヴィー。
 ラヴィニア(弱々しく。)ええ。
 ジャネット さあ、二人とも行って。私、荷物をしなきゃ。
 ラヴィニア(ジャネットに近づいて。)さようなら・・・ジャネット。
 ジャネット(キスして・・・急に。)じゃ、さようなら。
(ピーターとラヴィニア、退場。ジャネット、二人を扉まで見送る。陽気に手を振って別れる。それから部屋に戻る。惨めな表情。帽子を被り、煙草に火をつけ、テーブルの傍の椅子に坐る。突然、両眼に涙が溢れる。煙草を暖炉に投げる。両手で顔を覆う。扉が開き、アレック・ストーン登場。咳払いをする。ジャネット、驚いて顔を上げる。)
 ジャネット まあ!
 アレック 玄関が開いていたので、入って来たんです。
 ジャネット そのようですわね。
 アレック 何か悪いことが?
 ジャネット いいえ・・・悪いこと・・・ではないんだわ・・・
 アレック 階段のところでピーターとラヴィニアに逢いました。とても幸せそうでしたよ。
 ジャネット ええ、そう。
 アレック すると、例の「抵抗」はおしまいっていうことですか?
 ジャネット ピーターと二人でやっていた抵抗のこと?
 アレック ええ。
 ジャネット ええ、すっかりお仕舞。そこの私のハンカチを下さらない?
 アレック どうぞ。(テーブルのあったハンカチを渡す。)
 ジャネット 有難う。(目を拭く。)
 アレック 昼食は二人だけになりましたね・・・淋しいですか?
 ジャネット どうして戻っていらしたの?
 アレック 歩いていて、ふと思ったんですよ。クラブで待ち合わせるより、三人で一緒に行った方がいいって。
 ジャネット ああ。
 アレック 好判断でした。
 ジャネット そう。
 アレック 僕は人を慰めるのがうまいんです。
 ジャネット 慰めは必要ありませんわ、私。
 アレック 人の親切を無にするのはいけませんよ。
 ジャネット ええ。
 アレック 泣いていましたね・・・僕が入って来た時。
 ジャネット ねえ、ミスター・ストーン・・・
 アレック メイジャー・ストーン。
 ジャネット じゃ、メイジャー・ストーン。
 アレック 何がどうなっているのか教えて戴けませんか?
 ジャネット たいしたことではないんです。ただ、張り詰めていたものが急に緩んで。
 アレック それは酷いな。
 ジャネット ええ、ちょっと。
 アレック 昼食はガーズ・クラブは止めて、もっと賑やかなところがよさそうですね。
 ジャネット 私、おひるを食べる気、しないんです。
 アレック 食べなきゃ駄目ですよ。・・・ご主人のところへ帰るんだったら。
 ジャネット どうして帰るってお分り?
 アレック だって、泣いていたでしょう?
 ジャネット 泣いていた・・・ええ、でも・・・ただ思うように事が進まなかったから・・・それだけ・・・
 アレック 元気を出すんです。
 ジャネット 元気・・・出ないわ。
 アレック それ、綺麗な帽子ですね。
 ジャネット ええ、似合わなくちゃ。とても高かったんですもの。
 アレック さあ、行きましょう。おひるを食べて、お喋りしましょう。
 ジャネット 何を話すんです?
 アレック あなたのことです、勿論。
 ジャネット まあ、いい話題・・・
 アレック(ジャネットの手を取って。)ねえ・・・ジャネット・・・
 ジャネット まあ、キャプテン・ストーン!(訳註 ジャネットと呼ばれたのは始めてなので。)
 アレック メイジャーです。
(二人、退場。)
                     (幕)

     第 三 幕
(第二幕から二週間後。第一幕と同じ場。午後遅く。)
(パレットが、メイヴィス・ウィッターシャムを導き入れる。)
 パレット 旦那様はまだ帰っておりませんが。
 メイヴィス ありがとう。・・・少し待ってみます。
 パレット お茶は如何ですか。
 メイヴィス いいえ、結構。
 パレット 分りました。では。
(パレット退場。)
(メイヴィス、手袋を外しながら窓に近づく。その間に電話が鳴る。メイヴィス、受話器を取る。)
 メイヴィス もしもし・・・いいえ、彼はまだ。・・・こちら、メイヴィス・ウィッターシャムです。・・・ああ、ミス・ハーディー。声では分らなくて。・・・ええ、あの人からポールは今日電報を受取ったんです。パリから。・・・ええ。・・・今日なんです。・・・分りました。申し伝えます。・・・さようなら。
(受話器を置く。受話器を魅了するような笑顔が、急にムッツリとした表情になる。ポール登場。少し苛々した様子。)
 ポール メイヴィス・・・
 メイヴィス パウロ・・・私、もう何時間もここで待っていたのよ。
 ポール すまない、メイヴィス。道路がすごく混んでいて。
 メイヴィス ラヴィニア・ハーディーから今電話があったわ。
 ポール ラヴィニア・ハーディー?
 メイヴィス ええ。ジャネットから連絡があったかどうかって。
 ポール 君、話したの?
 メイヴィス ええ。今日帰るって言ってました、と。
 ポール で、相手は?
 メイヴィス 「おお!」ですって。
 ポール 可哀相に。
 メイヴィス ピーターも帰って来ると思う?
 ポール あのブタ野郎め。
 メイヴィス 可哀相なラヴィニア・ハーディー。あの子のことを考えると、胸が痛むわ。
 ポール あれはまだ若いよ。すぐに恢復するさ。
 メイヴィス ジャネット、どうして帰って来るのかしら。
 ポール 分らないね。
 メイヴィス あの人が帰って来ても事は変らない。そうね?
 ポール(後ろを向く。)誰にも変えることは出来ないさ。
 メイヴィス あの人にとても優しくして上げなくちゃ。
 ポール メイヴィス!・・・(メイヴィスの両手を掴む。)
 メイヴィス あの人のお蔭よ。あの人がいなかったら私達、お互いのことが分らなかった筈ですもの。
 ポール いとしい人・・・(両手でメイヴィスを抱擁。)
 メイヴィス(抱擁を解いて。)私、とっても幸せ。これが信じられない。それに、恐いの。
 ポール 恐い?
 メイヴィス 何かがおきて、結局あなたが離婚できなくなるんじゃないかしらって。
 ポール そんなこと、起りっこないさ。
 メイヴィス ジムが死んだ時、私、もう決して誰も愛せないと思っていた。でもあなたはいつでもそこにいた。・・・そして私には分っていなかった・・・
 ポール(再び近づいて。)いとしい人・・・
 メイヴィス いいえ、止めましょう。私達、きちんとしていなくちゃ。何と言っても、ここはあの人の家なの。
 ポール ジャネットの方はきちんとしていたのかな?
 メイヴィス それは関係ないの。私達の人生観は、他の人達のとは違っているんですから。
 ポール 僕はあいつに言ったんだ。君が何をしたかはしらないが、たとえどんなことをしていようと、僕は君の味方だってね。僕はあれを完全に許したんだ。それなのに何だ。あいつは怒りだした。それどころか、僕を非難し始めたんだからね。
 メイヴィス 可哀相なジャネット。・・・あの人には規律というものがないのよ。
 ポール その次の日、僕の母親が勇気を奮い起こしてあれに会いに行った。・・・まあ、僕のためにだが・・・
 メイヴィス ええ、聞いたわ。
 ポール ・・・ジャネットは僕の母を侮辱したんだ。
 メイヴィス(楽しそうに。)ジャネットの母親も、あなたのお母さまを侮辱したんでしょう?
 ポール それは仕方がないとも言える。立場上、ジャネットを弁護しなきゃならないからね。
 メイヴィス 正義だわ、最初に来なきゃならないのは。血縁は二の次の筈。弁護するなんて的外れよ。
 ポール 僕はミスィズ・チルハムに対して怒っていないな。あの人のことは理解できるよ。
 メイヴィス(優しく。)ええ、それはね。あなただったら。
 ポール 今日という日は全く厭な日だよ、メイヴィス。
 メイヴィス 勇気をだすの、パウロ。
(パレット登場。)
 パレット(来客を告げる。)ミスィズ・チルハムのお越しです。
(ミスィズ・チルハム、陽気に登場。)
 ミスィズ・チルハム(進みよって。)ポール。
 ポール(冷たくキスして。)お義母さん。
 ミスィズ・チルハム 今日は、ミスィズ・ウィッターシャム。・・・あら、随分お元気そうね。いいことがあったのね。
 メイヴィス(固い表情で。)有難うございます。私、いつでも元気ですわ。
 ミスィズ・チルハム まあ! それはいいこと。(坐る。)
 ポール お茶は如何ですか?
 ミスィズ・チルハム いいえ、結構。
 ポール ジャネットから連絡があったんですか?
 ミスィズ・チルハム ええ。今朝パリから電話をかけて来て。今日ロンドンに着くって。ですから来たのですわ。
 ポール なるほど。
 メイヴィス ピーター・チェルズワースも一緒にですか?
 ミスィズ・チルハム ピーター・チェルズワース・・・いいえ、あの人、パリじゃありませんもの。
 ポール パリじゃない?
 ミスィズ・チルハム ええ、違うわね。
 メイヴィス まあまあ、ミスィズ・チルハム・・・
 ポール お義母さん! だって僕達はそんな馬鹿じゃありませんからね。
 ミスィズ・チルハム あなた方はピーターがあの子と一緒にいるって考えているの?
 ポール ええ、勿論。
 ミスィズ・チルハム それは違うわね。・・・昨日の朝、私、公園であの人を見ましたもの。
 ポール 何ですって?
 ミスィズ・チルハム 馬に乗っていましたわ、あの人。右目の上に大きな白いぶちがついている、綺麗な馬。
 メイヴィス(軽蔑するような微笑。)見間違いじゃないんですの?
 ミスィズ・チルハム 違いますわ。それは確かにあなたよりは私、年をとっていますけどね、ミスィズ・ウィッターシャム。まだ充分に目は見えますの。
 ポール でも、町ではみんなひどく急いで通り過ぎますからね。見間違いっていう・・・
 ミスィズ・チルハム ピーターは馬から降りて、私に話しかけてきたんです。素敵な秘密の話でしたわ。
 ポール 秘密?
 メイヴィス ジャネットについての?
 ミスィズ・チルハム いいえ、ジャネットのことではないの。
 メイヴィス あの人から便りがあったって、言ってました?
 ミスィズ・チルハム ええ、便りがね。あの子は凱旋門の絵葉書を送ってきたそうですわ。
 メイヴィス ジャネットは一人でパリに?
 ミスィズ・チルハム あらあら、ミスィズ・ウィッターシャム、あの子のことは、あなたに何の関係もないことでしょう? たとえあの子が百人の中国人に囲まれていたとしたってね。
 メイヴィス ええ、驚きもしませんわ。
 ポール メイヴィス・・・頼む。
 メイヴィス(かっとなって。)あの跳ねっ返りの行動、ポールの友人達はみんな、興味津々で見ているんですよ。
 ミスィズ・チルハム そうでしょうね。誰かさんみたいに、隙を窺おうって・・・
 メイヴィス(怒って。)まあ!
(パレット登場。)
 パレット(来客を告げる。)ミスィズ・エボニーのお越しです。
(ミスィズ・エボニー登場。ポールにキス。メイヴィスと握手。ミスィズ・チルハムには傲然とお辞儀。)
 ポール お母さん、いつ着いたんですか。
 ミスィズ・エボニー 今よ。お前から今朝電話を貰って、すぐ車でかけつけたの。
 ポール お母さん、わざわざ来ることなんかなかったのに。
 ミスィズ・エボニー あの人が帰る時に、私、ここにいたいのです。
 メイヴィス まあ、御親切なことですわ、ミスィズ・エボニー。
 ミスィズ・エボニー 有難う。
 ミスィズ・チルハム あなた、興奮状態ね、アグネス。
 ミスィズ・エボニー とんでもないヴァイオレット、私、冷静そのもの。
 ミスィズ・チルハム それを聞いて安心。
 ポール お茶は?
 ミスィズ・エボニー いいえ、結構。
(ちょっと間。)
 ミスィズ・チルハム 今日は鏡のようだった筈ね。
 ミスィズ・エボニー 鏡? 何のこと?
 ミスィズ・チルハム カレー海峡。
 ポール お母さん、本当に家に帰っていた方がいいですよ。ジャネットが帰って来たら電話しますから。
 ミスィズ・チルハム その方がずっといいわ。
 ミスィズ・エボニー いいえポール、私、ここにいます。
 ポール いいでしょう、それなら。
 メイヴィス 私、行った方がいいかしら、ポール。
 ポール いや、君にはいて貰いたい。
 ミスィズ・エボニー あなた、とても健康そうね、メイヴィス。何か特別なことでもしていらっしゃる?
 メイヴィス いいえ、特別なことなど、何も。
 ミスィズ・チルハム まあまあ、自制心がお強いのね。
 メイヴィス 自制心? 何のことですの? ミスィズ・チルハム。
 ミスィズ・チルハム ほら、それが自制心・・・ね?
 ミスィズ・エボニー 自制心はあなたよ、ヴァイオレット。
 ミスィズ・チルハム 何の話?
 ミスィズ・エボニー おなかの中は不安が一杯の筈でしょう? あなた。
 ミスィズ・チルハム おなかは完璧。消化不良なんか起していませんよ。
 ミスィズ・エボニー 胃の話なんかしていないの、百もご承知の筈よ。
 ミスィズ・チルハム 胃じゃなかったら、何のこと? さっぱり分らないわね。
 ミスィズ・エボニー 幸いなことに、私の言うことが分る必要など全くなくなるわ。もうすぐよ。ポールとジャネットは離婚するでしょうからね。
 ミスィズ・チルハム 離婚ですって?
 ミスィズ・エボニー ポール、あなた、離婚するんでしょう?
 ポール エー、僕は・・・
 ミスィズ・チルハム そんな馬鹿な話、聞いたことがないわね。
 メイヴィス 難しい話とは言えなさそうですわ。
 ミスィズ・チルハム さあ、どうでしょうかね、ミスィズ・ウィッターシャム。
 ミスィズ・エボニー ポール、あなたどうなの? 離婚するの? しないの?
 ポール お母さん、これはジャネットと僕との問題なんですよ。
 ミスィズ・エボニー しないようなら、あなた馬鹿よ。
(パレット登場。)
 パレット(来客を告げる。)チェルズワース御夫妻のお越しです。
(ピーターとラヴィニア、登場。二人とも非常に幸せそう。)
 ラヴィニア(ポールと握手して。)今日は。
 ポール(呆気にとられて。)これはその・・・どうなって・・・
 ピーター(ポールと握手。)ラヴィニアと僕は、今朝結婚したんだよ。
 ラヴィニア 市役所で、今。
 メイヴィス(進んで。)あら、おめでとう。
 ラヴィニア 有難うございます。
 ピーター 今日は、ミスィズ・チルハム。(握手する。)
 ミスィズ・チルハム ね? 私、お二人の話はちゃんと秘密にしておいたのよ。(ポールに。)これがさっき言った秘密の話。ピーターに昨日私、聞いたの。
 ミスィズ・エボニー でも・・・どうして・・・
 ピーター(しっかりと。)今日は。
 ラヴィニア 私達、ジャネットに会いに来ましたの。
 ピーター 違うじゃないか、ラヴィニア。僕達はポールに会いに来たんだ。
 ラヴィニア でもピーター、私達、ジャネットがいないところでは、あの事、言えないわ。
 ピーター 言えるさ、当然。・・・ああ、お母様方、丁度いらしてよかったです。
 ミスィズ・エボニー どう考えたらいいか、私・・・ミスター・チェルズワース、私、てっきりあなたはパリにいらっしゃると・・・
 ピーター ええ、そうお思いになっていらっしゃると分っていました。
 ポール お母さん、止めて下さい!
 ミスィズ・チルハム お二人とも、本当にお幸せそうね。
 ラヴィニア ええ、幸せですわ。
 ピーター 僕らはね、ポール、君がジャネットに関して心を落ち着けて貰いたいと思って、やって来たんだ。
 メイヴィス(我知らず声が出て。)ああ!
 ポール ジャネットがどうしたって言うんだ。
 ピーター まだ君がジャネットのことを疑っているとしたら、それは間違いなんだ。最初の最初から間違いなんだ。
 ミスィズ・エボニー やれやれ、間違いだなんて。
 ラヴィニア(明るく。)ええ、全く間違っているんです。
 ミスィズ・エボニー すみませんけどね、私、ちゃんと聞いているんです。あなたの御主人が、私の義理の娘に寝室で愛を囁いているのを。
 ラヴィニア ええ、知ってますわ。(真似をする。)「あなたの腕、なんて強いの。私の身体にまわして。・・・私達、無人島にいるみたい、あなたと私・・・」
 ピーター(直す。)無人島にいるよう。
 ラヴィニア あら、私の間違い。
 ミスィズ・エボニー やれやれ、全く・・・
 ピーター あれは芝居だったのです。お二人がいらっしゃるのは、僕達、知っていたんです。
 ミスィズ・エボニー 離婚裁判所では、あまり説得力がありませんわね。
 ピーター 私達が無実である証拠はいくらでもあります。・・・私の召使は忠実な男ですから、ちゃんと証言してくれるでしょうし・・・それに、その前の晩のペンローズ・ホテルの領収書もここにあります。
(ピーター、領収書をポールに渡す。)
 ポール どういうことなんだピーター、これは一体。
 ピーター ジャネットは猛烈に怒ったんだ。みんなが自分のことを疑うし、おまけに君が彼女のことを許すなんて言ったもんだからね。それで君達全員にお灸をすえてやろうって。そして、その無実に気がついた時には、みんなに充分謝って貰おうっていう決心をしたのさ。
 ラヴィニア でも、あの人優しいから、その芝居を最後まで続けることはしなかった。・・・私がその原因でもあるの。最初ジャネットに会った時、私はみなさんと同じように悪かった。あの人を疑っていた。でもあの時は私、ジャネットという人を知らなかったの。今ではよく分っているわ。あの人、私の家に泊っていたの、先週。パリに発つまで。
 メイヴィス あなたの家に?
 ラヴィニア ええ。
 ミスィズ・エボニー あの人、パリには一人で行ったって言うの?
 ピーター 勿論。
 ラヴィニア ヴァレリー・マーシャルの家に泊ったんですわ。
 ポール 本当か、これは、ピーター。
 ピーター うん。
 ポール 今の話、全部がか?
 ラヴィニア そうでなかったら、私がピーターと結婚するなんて、あり得ないでしょう?
 ポール(どっと坐って。)そうだったのか!
 ピーター ジャネットが帰って来る前に、この話を君にしておくのが、ジャネットへの親切だと思ってね。君がまだ彼女を疑っていたりすれば、ジャネットはがっくり来るだろうからな。
 メイヴィス ポール・・・ポール・・・
 ミスィズ・チルハム(鋭く。)どうしたんですの? ミスィズ・ウィッターシャム。
 メイヴィス(後ろを向いて。)いいえ、何も。
 ラヴィニア 私達、もう行った方がいいわ、ピーター。
 ピーター 僕もそう思っていたところだ。
 ミスィズ・エボニー ヴァレリー・マーシャルって誰なの?
 ピーター ジャネットの古い女友達です。そうだな? ポール。
 ポール そうだ。ヴァレリーはよく知っている。
 ミスィズ・チルハム(立ち上って、ピーターとラヴィニアにキスして。)本当に有難う。よくわざわざ来て、お話下さったわ。御親切に。
 ポール 有難う。僕も感謝する。
 メイヴィス ポール!(わっと泣き出す。)
 ミスィズ・エボニー メイヴィス!
 ミスィズ・チルハム 何を泣いていらっしゃるの? ミスィズ・ウィッターシャム。
 メイヴィス 可哀相なジャネット。知らないで、あんなに疑ったりして。私、恥ずかしいんですの。
 ミスィズ・チルハム 後悔なんてすぐ収まります。ええ、すぐに。
 メイヴィス ええ、そう。収まるわ、きっと。
 ミスィズ・チルハム ほら、言ってた通りでしょう? アグネス。最初から私が正しかったのよ。
 ミスィズ・エボニー なんて言い草。あなたはちゃんとジャネットを疑っていたわ。みんなとおーんなじ。
 ミスィズ・チルハム 自分の娘を? とんでもない。
 ピーター さてと、僕らはもう行かなきゃ。荷造りをしなければならないんです。
 ラヴィニア 明日イタリアへ発つんですわ、ハネムーンに。
 ポール(ピーターと握手して。)本当に話してくれて有難かった、ピーター。君のことを下司野郎だなどと考えて、実に失礼した。許してくれ。
 ピーター 下司野郎? なかなかいいじゃないか。
 ポール 君がそうじゃないって、はっきり証明されたんだ、これで。
 ピーター とにかく僕は、君を許すよ。ラヴィー、君もだろう?
 ラヴィニア ええ、心から。それに、他の皆さんも全員。では失礼します。
 ミスィズ・チルハム さようなら。
 ミスィズ・エボニー さようなら。
 ピーター ジャネットが帰ってきたら、すぐ僕達に電話するように伝えてくれないか。
 ポール 分った。じゃ、さようなら。
 ピーター さようなら。
(二人、退場。気まづい沈黙。)
 ミスィズ・エボニー さてと・・・
 ポール いい奴だ、ピーターは。
 メイヴィス 私、あの人、嫌い。
 ポール メイヴィス、君らしくないぞ。
 メイヴィス 嫌い。何と言われても。
 ミスィズ・チルハム ジャネットが潔白だと分って、あなた動揺しているのね。私、気付け薬ならありますよ、バッグに。もしよかったら・・・
 メイヴィス いいえ、結構です。
 ミスィズ・エボニー 今となっては、みんなはっきりしたわ、勿論。
 ミスィズ・チルハム あらそう? アグネス。
 ミスィズ・エボニー そう。確かにあの寝室から声が聞こえてきた時だって、考えてみればミスター・チェルズワースは、背広姿で飛びだして来たんだったわ。
 ポール 何だ、お母さん、そうだったんですか。
 ミスィズ・エボニー どうやら酷い誤解をしたみたい。あの人達に悪かったわ。
 ポール(陰気に。)お母さんだけじゃありませんよ。全員です。
 ミスィズ・チルハム あの子に出来るだけの埋め合わせをしてやらなければ。
 ミスィズ・エボニー ええ、そうね。
 メイヴィス ポール。
 ポール 何?
 メイヴィス 私、ここにいられないわ。私、行きます。
 ミスィズ・チルハム 何故ですの? ミスィズ・ウィッターシャム。
 メイヴィス ひどく疲れて・・・それに、遠くで雷が鳴っているみたい。
 ポール もう少しここにいて貰いたいんだ、メイヴィス。
 メイヴィス でも、ポール。
 ポール もう後、ほんの少し。ジャネットが帰って来るまで。あんなに酷い扱いをしてしまったんだから、少なくとも着いた時は全員いなきゃ・・・
 メイヴィス 私、あなたがそんなに簡単に説得されるなんて、思ってもいなかったわ。
 ポール メイヴィス!
 メイヴィス 私、ちっとも説得なんかされていない。あんな話、ちっとも信じない。
 ミスィズ・チルハム 可哀相に、ミスィズ・ウィッターシャム。
 ポール メイヴィス! どうしたんだ!
 メイヴィス 私、ジャネットは前から嘘つきだと思っていた。今だってそう思っているわ。
 ポール メイヴィス! 止めるんだ。
 ミスィズ・チルハム 何てことを!
 メイヴィス みんなでよってたかってジャネットに謝ればいいでしょう。私は違います。もう失礼しますわ。
(玄関に大きなノックの音。)
 ミスィズ・チルハム ちょっと遅過ぎたようね、出て行くには。
 ミスィズ・エボニー(にこやかに笑って。)あのノックの仕方、すぐジャネットって分るわね。
 ポール(非難するように。)メイヴィス。
 メイヴィス ご免なさいポール、あんな風に爆発するつもりはなかったんだけど・・・
 ポール 分るよ、それは。
 メイヴィス 許して下さるわね?
 ポール 当り前だ。
 ミスィズ・チルハム 雷が鳴る前の空気かしら、これ。私、気分がよくない。
(ジャネット、さっと扉を開け、登場。部屋にいる全員に対して非常に挑戦的な態度。)
 ポール(進み出て。)ジャネット!
 ジャネット(抱擁を避けて。)今日は、ポール。
 ミスィズ・チルハム よく帰って来たね、ジャネット。
 ジャネット 有難う、お母さん。
 ミスィズ・エボニー ジャネット・・・(立ち上り、素早くキスする。)
 ジャネット(驚いて。)まあ!
 ミスィズ・エボニー 私もあなたのこと、歓迎よ、ジャネット。
 メイヴィス(無理に。やっとのこと。)私も歓迎。
 ジャネット メイヴィス!・・・まあ、驚いた。随分お元気そう。
 ポール ジャネット・・・君、お茶はどう?
 ジャネット いいえ、結構。車中で飲んで来たわ。
 ミスィズ・エボニー 海峡はどうだったの?
 ジャネット 鏡のよう。本当に綺麗。
 ミスィズ・チルハム よかったわね。
 ジャネット どういうこと? 全員揃って。
 ポール どうもこうもないんだよ、ジャネット。
 ジャネット 今まで私がどこにいたか、分って?
 ミスィズ・エボニー ええ、パリでしょう?
 ジャネット そう。でも、一人でいた訳じゃないわ。
 ミスィズ・エボニー それはそうでしょう、当然。
 ミスィズ・チルハム パリって、一人だと淋しい所だもの。
 ポール ピーターとラヴィニアがつい今しがたやって来たんだ。
 ジャネット まあ!
 ミスィズ・チルハム あの二人、今日結婚したの。
 ジャネット 多分そうなると思っていたわ。
 ポール 全部話してくれてね。我々全員、君に謝らなきゃならないと思っているんだ。
 ジャネット 謝る?
 ミスィズ・エボニー そうよ、ジャネット。一番先に私にやらせて。ご免なさいね。
 ジャネット 何のことですの?
 ミスィズ・エボニー あなたとミスター・チェルズワースの間に何かあったなんて邪推してしまって。
 ジャネット ああ・・・私、分ってきたわ。
 ポール 広い心で謝罪を受け入れて欲しいんだ。
 メイヴィス(英雄的な努力で。)私も、悪かったわ、ジャネット。
 ジャネット 有難う。
 ポール 有難う、メイヴィス。
 ミスィズ・チルハム ああジャネット、よく帰って来たね。よかったわ、本当に。
 ジャネット これじゃ、全くやり難いわ。
 ポール やり難い?
 ジャネット ええ、そう。とても。私、あなたにだけは正直でいたいと思っている。でもいつだってこれがあなたを怒らせることになるんだわ。
 ミスィズ・チルハム まあまあ、ジャネット。
 ジャネット 止めて、お母さん。その甘えた声。色気違いの鳩みたいに。
 ミスィズ・チルハム 色気違いはないでしょう、ジャネット。
 ジャネット さっき言ったでしょう? ポール。私、パリには一人ではいなかったのよ。
 ポール 知っているんだよ、僕らはみんな。
 ジャネット 知っている!
 ミスィズ・エボニー そうよジャネット、あなたのことみんな分っているの。
 ジャネット じゃ、分っているのね? 私が今、恋をしていること、生まれて初めての恋。みんなポール、あなたのお蔭。私、本当に、本当に幸せなの。
 ミスィズ・チルハム(優しく。)ジャネット。
 ミスィズ・エボニー さあさあジャネット、もうそんなことはいいの。私達みんな、心からあなたに謝ったでしょう?
 ポール お手柔らかに頼むよ、ジャネット。
 ジャネット 相手の名前はアレック・ストーン。私、愛しているの、心から。
 ミスィズ・チルハム アレック・・・素敵な名前ね。強い、強い名前だわ。
 ジャネット お母さん、たいていにして!
 ミスィズ・エボニー 私、心の重荷がすっかり取れた気持。
 ジャネット あちらの方でも、私を愛してくれているの。心から。
 ミスィズ・チルハム ヴァレリー・マーシャルはどう? お元気?
 ジャネット ヴァレリー? 元気よ。何故?
 ミスィズ・エボニー(微笑んで。)ほらね、そうでしょう?
 ジャネット(意味が分って。)分ったわ、ピーターね。ヴァレリーと一緒だったって言ったのね? あの人。
 ミスィズ・チルハム そうよ。
 ジャネット ご免なさい。私、ヴァレリーとはいなかった。
 ミスィズ・チルハム まあまあジャネット、馬鹿なこと言わないで。
 ミスィズ・エボニー 可哀相に・・・(立ち上る。)ヴァイオレット、私もう行かなくちゃ。ポールとジャネット、二人だけにした方がよさそうだわ。
 ジャネット 私、泊ったところは、クリヨンで・・・
 ミスィズ・チルハム クリヨン。あのプラス・ドゥ・ラ・コンコルドを見下ろす所ね?
 ジャネット ええ。
 ミスィズ・チルハム 可哀相なマリー・アントワネット・・・さようなら、ジャネット。(ジャネットにキス。)
 メイヴィス 私も行くわ。
 ポール 待ってくれ、メイヴィス。君はいてくれ。
 ミスィズ・エボニー(ジャネットにキス。)明日うちにいらして。おひるでも一緒にしましょう。
 ジャネット それは無理ですわ。私、明日のおひるはアレックと一緒ですの。
 ミスィズ・エボニー じゃ、その方も一緒にどうぞ。さ、ヴァイオレット。
(二人の母親、退場。満面に笑みをたたえて。)
 ジャネット 全く。何てこと!
 ポール 君によかれと思ってのことなんだ、ジャネット。
 ジャネット べたべた、べたべた。まるで蜜の中を泳いでいるみたい。
(ジャネット、帽子を脱ぎ、鏡の前で髪を整える。)
 ポール あんまり辛くあたらないで欲しいよ、母親には。
 ジャネット 辛くなんかあたれっこないわ。あんなに理解のある態度。あの前でそんなことしたら、罰(ばち)があたってしまう。
 ポール 僕は大馬鹿だったよ、ジャネット。
 ジャネット あら、ポール。風向きを急に変えたの?
 ポール 君とピーターのことを疑ったりして、実に馬鹿だった。頭がどうかしていたんだ。
 ジャネット 頭がどうかしていたんじゃないの。いい餌が出て来たので、パクついたの。それが早すぎただけ。
 ポール パクつく? 何だ、それは。
 ジャネット 私が不道徳なことをやってくれないかと、心待ちにしていたから、それらしいものが出て来た時、いの一番に信じたの。
 メイヴィス 何てことを言うの、ジャネット。
 ジャネット その、目を丸くした、思いもかけないって顔、呆れたものだわ。
 ポール どうしたんだジャネット。何ていう言い方だ、それは。
 ジャネット 私、楽しんでいるの、この成り行きを。
 メイヴィス 私達のことをだしに使ってね。
 ジャネット あなたのことをだしに使って楽しむのは、今に始まったことじゃないわ。もう何年も前からよ。可笑しいったらありはしない。
 ポール ジャネット、ピーターはちゃんと紳士らしく振舞っていたぞ。
 ジャネット ピーター! 私に断りなしに勝手に喋ったりして。あの人にはちゃんと詰問してやらなきゃ。
 ポール ジャネット、実は・・・君に告白しなければならないことがある。
 ジャネット 告白?
 メイヴィス ポール!
 ポール 言わせてくれ、メイヴィス。もうこれは言う時だ。
 メイヴィス じゃ私、席を外すわ。
 ポール いいよ、君が本当にその方がいいなら。(悲しそうに回れ右する。)
 メイヴィス 分った。じゃ、いるわ。
 ポール 有難う、メイヴィス。
 ジャネット どうやら私が二階に上った方がいいみたい。
 ポール 茶化さないでくれ、ジャネット。いよいよやり難くなる。
 ジャネット 何なの?
 ポール メイヴィスと僕は愛し合っている。
 ジャネット(何の驚きもない。)そう?
 ポール 二週間前、君がやったと僕が信じた・・・信じたのは、今では勿論恥じているんだが・・・君もだね? メイヴィス。
 メイヴィス ええ。
 ポール その・・・君が行っている二週間の間に、僕らはこの・・・発見をしたんだ。
 ジャネット 可哀相なお二人。
 メイヴィス どういうこと? それ。
 ジャネット さぞかし思いもかけない大発見でしたでしょうからね。
 ポール 僕は君にものすごく腹を立てていた。ピーターを姦通相手として離婚訴訟を起そうと思っていた。
 ジャネット そうでしょうね。
 ポール 僕は君に許しを乞わなければならない。
 ジャネット そう。とにかく、私を離婚したかったのね?
 ポール うん。それで、今度は君に頼みがあるんだ。
 ジャネット いいわ。何?
 ポール 君の方から僕を離婚して貰いたいんだ。君がしやすいように、こちらで筋書きは作る。
 ジャネット メイヴィス、あなた、これに賛成なの?
 ポール(素早く。)メイヴィスは関係ない。他の誰かとの話にする。その女とどこかへ行って・・・弁護の余地のないものにして・・・
 ジャネット 私が目撃する。つまり共謀ね。
 ポール うん。まあそうだ。
 ジャネット 私、不正なことに手を貸す気は全くないわ。
 ポール ジャネット!
 ジャネット どうせ最後には見つかるに決っているでしょう?
 ポール 周到に用意すれば大丈夫だ。
 ジャネット(考えながら。)全く、思いもかけない話だわね。
 メイヴィス ジャネット!
 ジャネット 話しかけないで、メイヴィス。・・・私、分別のある態度を取ろうとしている。これでも、やっとのことで自分を抑えているの。本当にこんな話になるなんて・・・作り話で離婚・・・呆れ返って物も言えないわ。
 ポール(恥じている。)分る・・・君にはとんでもない話なんだな。
 ジャネット 私、これでも精一杯雄々しくしているつもり・・・でも、これがやっと。
 ポール 生きて行くのは難しいものだ。
 ジャネット 今、何て?
 ポール 生きて行くのは難しいものだ、って。
 ジャネット 次の小説に、その言葉を使うのね、ポール。放っておくのは勿体ないわ。
 メイヴィス 何て言い方? それ。いくら何でも酷いでしょう?
 ジャネット よく私にそんなことが言えるわね、メイヴィス。あなた、自分がここの家で何をやって来たのか、ちゃんと分っているの? それで私に怒るなんて、御門違いよ、メイヴィス。
 メイヴィス 私はあなたのなぶり物になっているためにここにいるんじゃないのよ。私、もう行きます。
 ジャネット 留まっていた方がいいんじゃないかしら。あなたがいなくなったとたんに、私とポール、急に仲良くなってしまうかも知れないわ。そうしたらあなた、どうなるの?
 メイヴィス 何て嫌な言い方! あんたなんか、大っ嫌い。
 ジャネット 私がポールと結婚しているからでしょう? 理由はただそれだけ。でも、あなたがポールを手に入れたとしても、その嫌悪はただ羨望に変るだけね。
 ポール ジャネット、君にこんな面があるなんて知らなかったね。
 ジャネット 私のどんな面だって、あなたは知ってはいないのよ。
 メイヴィス こんないがみ合いをやっても何も出て来ないわ。
 ジャネット そう。それはそうだわ。・・・どうしましょう。
 ポール こういうことは収まるものさ。誰の過ちでもないんだ。
 ジャネット それは嘘。みんなの過ちなのよ。
 ポール 僕に出来ることは君に謝ることだけだ。君の寛大な心に縋(すが)る以外にはない。離婚に賛成してくれ。そして僕を許して欲しい。
 ジャネット あなたを許す?
 ポール そうだ。
 ジャネット(ゲラゲラっと笑う。)まあ、ポール!
 ポール 笑わないでくれ。
 ジャネット 私、いつも、笑ってはいけない時に笑ってしまう。これ、一番悪い癖だわ、私の。(笑い、止まらない。)
 ポール 可笑しいことなんか、何もない筈だぞ。
 ジャネット(笑い、止まらず。)あるのよ、それが。可笑しいことが・・・
 ポール なあ、ジャネット・・・
 ジャネット 心配しないで、ポール・・・私、許しているの・・・すっかり・・・何もかも。
 ポール ジャネット!
 ジャネット(まだ笑って。)それに、メイヴィス、あなたもよ。ぜーんぶ、許すわ。
 メイヴィス 全部!
 ジャネット そうよ。全部。何もかも。(しっかりとメイヴィスにキス。)
 ポール さっぱりした女なんだね、君は、ジャネット。
 ジャネット 一つだけ条件があるわ、ポール。二人ともすぐ出て行って頂戴。二人がこの家にいるのを見るのが嫌なの。気分がよくないの。
 ポール それは分る。
 ジャネット それから、これから先ちょっとの間、注意してね。離婚が正式に纏(まと)まるまで、私達が顔を合わさないように。
 ポール 勿論。
 ジャネット でも、それが終れば・・・友達よ・・・そうでしょう?
 ポール うん。・・・永遠にだ。
 ジャネット 二人で家に来るのよ。食事をしましょう。・・・私、二人のためにパーティーを開くわ。
 ポール おお、ジャネット!
 ジャネット さあ、もう行って、お願い。私、なんだか力が抜けて行くみたい。・・・そうそう、ポール、ペンローズ・ホテルになさい。ピーターが言ってた、あそこはとてもいいって。明日の朝になってから荷物は取りに来させればいいわ。
 ポール 分った。じゃ、さようなら、ジャネット。
 ジャネット(握手して。)さようなら。
 メイヴィス さようなら、ジャネット。
 ジャネット(握手して。)さようなら、玄関は分るわね? 私、見送らないわ。
 メイヴィス ええ、分ってるわ。有難う。
 ジャネット(扉の外へ導いて。)憶えていて下さるわね? 私、あなた方のことをよく分っている。そして許しているの。今も、これからも、ずっと。
(二人退場。ジャネット、部屋に戻る。電話が鳴る。大きな音。ジャネット、行って受話器を取る。)
 ジャネット(電話に。)もしもし・・・ええ、分ったわ、アレック。・・・ええ・・・ええ・・・
                    (幕)


   平成十三年(二○○一年)十一月二十六日 訳了

http://www.aozora.gr.jp 「能美」の項  又は、
http://www.01.246.ne.jp/~tnoumi/noumi1/default.html

Home Chat was first performed in England at the Duke of York's Theatre on October 25th, 1927, with the following cast:

Pallett Pauline Newton
Mavis Wittersham Marda Vanne
Paul Ebony George Relph
Mrs. Chilham Nina Bousicault
Mrs. Ebony Henrietta Watson
Lavinia Hardy Helen Spencer
Janet Ebony Madge Titheradge
Peter Chelsworth Arthur Margetson
Turner Tom Woods
Alec Stone George Curzon

The play produced by Basil Dean.

Coward plays © The Trustees of the Noel Coward Trust Agent: Alan Brodie Representation Ltd 211 Piccadilly London W1V 9LD Agent-Japan: Martyn Naylor, Naylor Hara International KK 6-7-301 Nampeidaicho Shibuya-ku Tokyo 150 tel: (03) 3463-2560 These are literal translations and are not for performance. Any application for performances of any Coward plays in the Japanese language should be made to Naylor Hara International KK at the above address.