シ ン デ レ ラ

           エフゲーニイ・シュヴァルツ 作
             能 美 武 功    訳
             城 田  俊   監 修
      
映画用シナリオ
 
 目立たない、質素な布(更紗)の幕。静かな控えめの音楽。幕に次の文字が現われる。
    「シンデレラ
   昔、昔に作られた、古い、古い、お話。
   でも、誰もが自分流に物語り、
   そのため、いつだって、生き生きとした生命を持って   いるお話。」
 この文字が質素な更紗の幕に出ている間にも幕はどんどん変化する。色も鮮やかになり、生地も重くなる。終 頃にはもう更紗ではなくビロードになっている。そして文字の続きは、
   「この物語を作り変えて、
    音楽劇にしてみました。
    大人の観客にも
    ちゃんと分かって戴けるような。」
 ここでは音楽も最初とは違って、ダンス音楽のような、お祭りの音楽のような旋律。そして続きの文字が現われる頃には、幕は金色の模様で覆われている。今ではピカピカ光っている。そして幕全体が、早く開けてくれ、早く開けてくれとせがむように、動いている。
 最後の文字が消えるか消えないうちに、奇麗な音が響いて幕が開く。幕の後ろに門があり、その門に案内板が掲げてある。
   「おとぎばなしの国への入り口」
 二人の門番がゆっくりとブロンズのこの案内板を磨いている。威風堂々たる行進曲が響く。一糸乱れぬ隊伍を組んで、奇麗に着飾った音楽隊が走って登場。
その後に、馬に乗って王が登場。馬はギャロップで走って来る。王は、主婦が大掃除をする時のように服装に気をつかっている。但しその気のつかい方は大掃除の時の主婦の心配であって、マントの裾はわきの下でピンで止められ、ゴミをはらえるようプラシが下げられ、王冠も(汚れないように)横っちょに被っている。
王の後ろに、厳(いか)めしい顔の見張りが走って来る。鎧、兜、それに槍で武装している。
 王、門のところで止る。それに合わせて音楽隊、音楽を止める。
 王「おとぎ話の王国の門番、ご機嫌よう!」
 門番達「ご機嫌うるわしう、陛下!」
 王「なんだと、お前達、頭がおかしくなったか。」
 門番達「いいえ、陛下、そのようなことは。」
 王(台詞が進むにつれてどんどん怒り、大きくなる。)「なんだと、王に向かって口応えするのか! 何というけしからん男達だ。私がいったん「おかしくなった」と言えば、おかしくなっているのだ。今日は町ではお祭りなんだぞ。お祭りってやつがどんなに大事なものか、考えたことがないのか。民衆を楽しませる、喜ばせる、はっとさせる・・・この地位にいるのは大変なことなんだぞ。私は毎日、毎日、くたくたなんだ。お前達の方はどうだ。この野郎! まだ閂(かんぬき)を外さないでいるのか!(地面に王冠を投げ付ける。)この馬鹿! あほう! 私はもう坊主になる。お前達、勝手に暮らしたらいい。私はもう王様は止めだ。門番達はさぼり放題、それですました顔をして!」
 門番一「陛下、この顔はすました顔ではありません!」
 王「何だ、それなら。」
 門番一「この顔は沈思黙考の顔です。」
 王「嘘をつけ!」
 門番一「いいえ、本当です。」
 王「じゃあ、何を考えていると言うんだ。」
 門番二「これから起ころうとしている驚くべき事件についてであります。今日の夜、宮廷の舞踏会において、驚くべき奇跡が起こるのであります。」
 門番一「お分かりになりましたでしょうか、陛下。私共は、すましていたのではなく、考えていたのだということが。」
 門番二「陛下のお叱りは的外れであったということが。」
 王「そうか、そうか、分かった。しかしな、お前達がこの私、王であって見ろ。怒り方はもっとひどかった筈だぞ。分かったから王冠を被せてくれ。よーし。これでまた私は王様だ。何だ、さっきの話。奇跡が起こるだと?」
 門番一「陛下! 陛下はおとぎ話の国の王様じゃありませんか。おとぎ話の国のですよ。私達はみんな、お話の国の中にいるんです!」
 門番二「私なんか、朝から右の耳がなんだかむずむずするんです。むずむずですよ。これはもう決まっています。何か感動的な、ホロリとさせるような、引きつけられるような、そして、人間として誇りに思えるような何かが、起こるんです!」
 王「はっはっは。それはいい。さあ、門を開けろ! よく磨いてあるな。なかなか奇麗だぞ。」
 二人の門番、芝生から大きな輝く鍵を取り上げ、錠の隙間に差し込む。そして回す。幕開きの時の音楽が再び流れて広々と門が開く。
 目の前におとぎ話の国が開けている。
 この国は何はさて置いても、心地よさが求められている。村や草原の牛の群、白鳥が憩う池、等々のどかで楽しい風景。玩具にしかこのような心地よさはありえない。そんな心地よさがある。道が二つの丘の間を通って、その後曲がっている。模様のある寄せ木細工で舗装されており、奇麗に磨かれているので、太陽の光を受けて光っている。木々は心地よい影を落としており、そこここに旅人の為のベンチが用意されている。
 王と門番二人、ちょっとの間、この快適な自分達の国に見惚れている。
 王「準備は万端なんだな、あ? 門番。お客様にお見せして恥ずかしくないんだな。(いいんだな?)」
 門番、頷く。
 王「じゃあな、門番。礼儀正しくするんだぞ。お客様にたいしては、ちゃんと「よくいらっしゃいました」と挨拶するんだ。それから私のこの目を見ろ。いいか・・・酔っ払うんじゃないぞ。」
 門番「はい、陛下、大丈夫です。我々にはちゃんと分別がありますから。酔っ払うのは平日だけです。つまり何も面白いことがないときに。だけど今日は違います。何かあるんです、何か! ではこれで、陛下。どうぞ走ってお入り下さい、陛下。お心安らかに、陛下!」
 王、音楽隊に合図。行進曲響く。王、道を進む。全速力で走って。(訳註 この辺りからすると、王は馬に乗っていないのかも知れない。)
 快適な王の領地。緑と花で覆われている。生垣の向こうに、非常に背の高い、非常に静かな男が立っている。
 男、深々と王に頭を下げる。(恐ろしそうに)体を震わせ、辺りをみまわす。
 王「山林監督官、おはよう!」
 山林監督官「おはようございます、陛下。」
 王「そうだ、山林監督官、前々から聞きたいと思っていたことがある。お前は最近怖そうにぶるぶる震えては辺りをみまわすが、何故なんだ。この森に怪物でも住むようになって、お前の命を狙っているのか。」
 山林監督官 「いいえ、陛下。怪物など私はすぐ退治してしまいます。」
 王「すると、この森に盗賊でも現われるのか。」
 山林監督官 「いいえ、陛下、盗賊などすぐに追っ払ってしまいます。」
 王「すると何か、悪い魔法使いが来てお前を苛めたりするのか。」
 山林監督官 「いいえ、陛下。あの連中はもうずっと前にやっつけてしまいましたから。」
 王「じゃあ、どうしてなんだ、その不安な態度は。」
 山林監督官「妻なんです、陛下! 私は命知らずの勇敢な男なんです、陛下。しかしそれは森にいる時だけでして。家に帰るとお話にもならないいくじなし。甘い甘い男なんです。」
 王「ほう、それで?」
 山林監督官「どうかお聞き下さい、陛下。私はそれ以上ないという素晴らしい女と結婚したんですが、それがひどく厳しい女でした、三人して私をぎゅうぎゅうの目に合わせているんです。三人・・・つまり、妻とその二人の連れ子・・・前の夫との間に二人の娘がいるんですが、その三人が、陛下主催の舞踏会のためだと言って、この三日間着飾っては、ああでもない、こうでもない・・・ 我々二人はそっちのけなんです。我々二人・・・つまり私と、先妻との間に生まれた娘なんですが。可哀相に、私が惚れっぽいばっかりに、突然継子(ままこ)になってしまって・・・」
 王(王冠を脱いで、それを地面に叩き付ける。)「くそったれ! 私は僧院に引き篭るぞ。なんていう悲しい話だ。はらわたがちぎれそうな、そんな話が私のこの王国に有りうるなどと! 私は恥ずかしい。恥ずかしいぞ、山林監督官!」
 山林監督官「ああ、陛下、そんなにすぐ私が悪いと決め付けないで下さい。妻は特別な女なのです。妻の姉・・・これは妻とそっくりな女でしたが、それを人食い鬼が食べたのです。どうなったと思います? その鬼、中毒して死んじゃったんです。お分かりでしょう? ひどく毒のある家系なんです。ですからお怒りになっても・・・」
 王「分かった、分かった、分かった。おい、そこの者、王冠を拾ってくれ。よーし、これでまた玉座に戻りか。いいか、山林監督官、みんな忘れるんだ。舞踏会には来るんだ。そしてその先妻の子供も必ず連れて来るんだ。いいな。」
 この王の言葉が発せられた時、きづたが一階の窓を覆っているが、そのきづたが二つに分かれて、非常に若い非常に可愛らしい、しかし髪は乱れ、ぼろぼろの着物を着た女の子がそこから顔を出す。王の最後の言葉が彼女の耳に入ったらしい。彼女の目は山林監督官に吸い付けられ、彼の返事やいかにと待っている。
 山林監督官「ゾールシュカを? それはちょっと・・・なにしろまだ小さいので。」
 娘、溜息をつき、頭を垂れる。
 王「ではまあ、お前の好きなように。しかし覚えておいてくれ、今日はお祭、私には特別な日なんだ。お前も不幸という不幸はみんな忘れて、楽しくして貰わねばならん。いいな!」
 こう言って王、おつきの者達と城の方へ進み、退場。
 窓のところにいた娘、悲しそうに溜息。きづたの葉、同情をこめた溜息・・・カサカサ、コソコソという音・・・でそれに答える。
 娘、いよいよ悲しそうに、溜息をつく。きづたの葉ももっと大きな音でガサガサ、ゴソゴソ鳴る。
 娘、静かに歌い始める。壁ときづた、消える。そこは円天井のついた特別に変わったところのない、普通の台所。大きな竃(かまど)に棚。棚には食器が沢山のっている。
 娘、歌う。
     「私のことをみんなはゾールシュカと呼ぶ。
     (ゾールシュカって、
     灰をかぶった女の子っていう意味。)
     私がいつも火の傍にいて、
     こまねずみのように
     台所で立ち働いているから。
     そして寝床も竃。
     だからいつでも灰だらけ。

     私は良い子だから、
     朝早くから夜遅くまで
     あれをして、これをして、大忙し。
     みんなが勝手に私を使う。
     でも誰も、一人だって私に
     有難うとは言わない。

     私は静かな娘だから、
     顔が墨より黒くなる。
     (でも)本当の私のせいじゃない。
     だって私は色白だったんだもの。
     奇麗だと、言われたこともある。
     けれどもそれは大昔。

     悲しみは胸にしまって
     泣かないの。歌を歌って
     微笑むの。
     でも本当に無理なのかしら、
     この灰と煤の毎日から
     抜け出てどこかへ行くことは。」

 「これは全部私の仲間。」と歌い終わって、片付けを始めながら、ゾールシュカが言う。
「火も、竃も、鍋も、フライパンも、帚(ほうき)も、火かき棒も。ねえ皆さん、お話しましょう。」
 この提案に答えて、竃の火は今までより明るくパチパチ跳ね、ピカピカに磨かれたフライパンは、飛び上がって音をたて、火かき棒と帚は、生き物のように隅の方に動いて行って、話を聞く様子を示す。
 「ねえみんな、私が何を考えているか分かる? 私が考えているのはこう。・・・お母さんと姉さん達だけが 舞踏会に招待されてる。私はお家。王子様は姉さん達と踊るわ。だけど私のことなんか、この世にいるってことだって知らない。パーティーではきっとアイスクリームがでる。みんなおいしそうに食べる。でも私はそこにいない。世界中で、私ぐらいアイスクリームが好きな子供はいないっていうのに。不公平だわ。ねえ?」
 彼女の仲間達は、サラサラ、ザワザワと音をたて、その意見に賛成の意を表する。
 「床を磨きながら私、ダンスの仕方を覚えたわ。繕い物をしながら私、物を考えることを覚えたわ。辛い仕打ちに堪えるため私、歌を作ることを覚えたわ。糸を紡ぎながら、それを歌うことを覚えたわ。そして鶏を飼うことによって私、優しさとは何かが分かったの。私がこんなことを知ってるなんて、誰も誰も気づいてはいない。残念だわ。ね?」
 ゾールシュカの仲間達は、この言葉に頷く。
 「私がこういう人間だって私、人に知って貰いたい。でも私が言うのはいや。絶対にいや。私の方からは何もしないで、自然にそうなって欲しいの。なんだ、だから私って随分なまいきっていうことだわ。ね?」
ガサガサ、ゴソゴソ言う音。
 「でもそういうことは起こらないのかしら。楽しい事、幸せなこと、それは私に縁がないのかしら。こういう生活が続いていたら私、病気になってしまう。 だって悔しいじゃない。私、舞踏会に行く資格は充分備えている。その私が行けないんだもの。ああ、幸せが来ないかな。来て頂戴! 誕生日や祭日に、贈り物を自分で自分に渡すの、私飽きちゃった。どこにいるのかしら、優しい人達って。優しい人達! どこにいるの!」
 ゾールシュカ、暫く返事が来るのを待つ。しかし返事はない。
 「まあ、いいわ。」溜息をつきながら、ゾールシュカは言う。「私にも考えがあるんだから。みんなが出かけたら私、宮殿の公園に行くわ。 宮殿の窓の下に立って、遠くからでもいい。みんなの楽しんでいる姿を見るんだ。」
 ゾールシュカがこの言葉を言い終わるか終わらないうちに、台所の扉が荒々しく開く。敷居にゾールシュカの継母。それは背の高い、厳しく、陰欝な顔つきの女。但し、声は優しい。猫なで声。両手の指先を宙に向けている。
 ゾールシュカ「あ、お母さん。驚いたわ!」
 継母「ゾールシュカ、あんた、いけない子ね! 私、自分の子供、血のつながった自分の子供なんかより、あんたのことをずっと気にかけている。その証拠に私、自分の子供なんか何箇月も叱ったことがない。ほったらかしよ。だけどあんたにはね、可愛い子ちゃん、あんたにはもう、朝から晩までかかりっきり。あれこれ教育しているでしょう? 私のお日様ちゃん。それなのにどうしてあんた、私にひどい仕打ちでそれに応えるのかしら? 恩知らずだわ。さっきあんた、言ってたでしょう? 今日、宮殿の公園に行きたいだなんて。」
 ゾールシュカ 「皆が出かけた後ですわ、お母さん。だって、その後でなら私、仕事がない筈ですもの。」
 継母「ちょっといらっしゃい!」
 継母、階段を登る。ゾールシュカ、後に続く。二人、客間に入る。肘かけ椅子に、ゾールシュカの異母姉妹、アーンナとマリアーンナ、坐っている。二人とも母親と同じように、両手の先を宙に向けている。窓の傍に山林 監督官が、熊狩り用の槍を、両手に掴んで立っている。継母、坐る。夫とゾールシュカを眺め、溜息をつく。
 継母「私達、ここで、不安でいっぱいの気持ちで坐っているの。爪に、魔法の薬をつけて、ほら、乾かしているところ。今にこの爪が、花びらに変わる筈。それを今か今かと待っている。それなのにあんた方は何? 二人ともいい気なものよ。好き勝手なことをして。ゾールシュカは独り言を言う。そのパパったら、槍を持って森にお出かけの積もり。どうしてなの?」
 山林監督官 「恐ろしい熊と闘うんだ。」
 継母「どうして?」
 山林監督官「家の雑用から逃れて、一息つきたいんだ。」
 継母「私は馬のように働いているのよ。毎日あちこち走り回って、(町の人の)世話をやいたり、魅力を振りまいたり、(役所に対しては)請願書、要求書、陳情をしたり。私のお陰なんですからね、うちの家族が教会で貴族の席につけるのは。それから劇場で支配人が坐る席に坐れるのは。兵隊さん達はちゃんと敬礼をしてくれる!  それにうちの娘二人とも、まもなく宮廷美人名鑑、あのビロードの本に名前が載るのよ。それから、この爪を薔薇の花びらに変えてくれる人が誰だと思う? あの魔女さんなんですからね。ほら、玄関のところで、伯爵夫人、公爵夫人、達が何週間も行列で待っている、あの魔女さん。あの人、私達には、態々家にまで来てくれたのよ。それから、王様づきのコック長、あの人、昨日、贈り物として雉(きじ)をくれたのよ、何羽も。」
 山林監督官「雉だったら、私がいくらでも森で取って来てやるよ。」
 継母「そんなに簡単に取れる雉など、私が欲しいわけがないでしょう? あーあ、私、他の人とのいろんな関わりで目がまわりそう。だって、それを維持しなきゃならないんですものね。それに(こんなに努力したって)誰も感謝してくれやしない。その証拠に、ほら、私今鼻が痒(かゆ)いの。でもかくことが出来ない。いい、いいの、ゾールシュカ。あっちに行って。行かないと咬むわよ。」
 ゾールシュカ「(咬むって)どうして、お母さん。」
 継母「私が言わなくったって気がついていいはずだろう? 私がかゆいことぐらい、何も出来ない可哀相なお前の母親のことじゃないか。」
 ゾールシュカ「気がつかなかったわ、私。」
 アーンナ「ゾールシュカ、お前はそんなにブスなんだから、敏感さぐらい身につけて、それを補うようにしなくちゃ。」
 マリアーンナ「ゾールシュカ、お前はそんなにぶきっちょなんだから、世話好きの気持ちぐらい身につけて、それを補うようにしなくちゃ。」
 アーンナ「何? その溜息。止めて頂戴。私、今夜踊りに行くのよ。調子が狂っちゃうじゃない。」
 ゾールシュカ「分かったわ、お姉さん達。私、もっと陽気に振る舞うようにするわ。」
 継母「陽気になんかなれるのかしらね。お前、一週間前、お前に言いつけておいた、私達の舞踏会用の衣装、出来てるの?」
 ゾールシュカ「はい、お母さん。」
 ゾールシュカ、壁のところに立っている衝立の方に行く。衝立の後ろに、三つの柳の枝のマネキンに、三着、舞踏会用の衣装あり。ゾールシュカ、目を輝かせてそれを見る。自分の仕事にすっかり満足して。それを誇りに思っている事が見てとれる。ところがその目を継母と姉達の方に移すや、(がっかりして)両手をだらりと下ろしてしまう。継母と二人の姉は、疑い深い、厳しい、冷たい、陰気な顔をして、自分達の豪華な衣装を眺めている。
 この緊張した沈黙が、四、五秒続く。
 「お姉さん達、お母さん!」辛抱出来なくなって、ゾールシュカが叫ぶ。「どうしてそんな厳しい目? 私、死んだ人のための経かたびらを作ったんじゃないのよ。これは陽気な舞踏会用の衣装なのよ。本当よ、ねえ!」
 「お黙り!」 継母が唸るように言う。 「お前が作ったものを眺めているの。今品定めをしているんだからね!」継母と二人の姉は、顔を寄せ合ってヒソヒソ声で意地悪そうに話をする。そしてやっと継母が重々しく言う。
 「お前が折角作ったものだ。断ることはしないよ。さあ、着せておくれ。」
 山林監督官の屋敷に四輪馬車がつく。太い口髭の馭者が、王の紋章をつけたお仕着せを着て、肥った馬の手綱を引いて停止させる。それから眼鏡をかけ、ポケットから手帳を出して、それを見ながら、しゃがれ声で歌い始める。
   「もう夜の霧が
   花の上に輝いた。
   そして夜の静けさに(我々を)誘っている。
   (馬に言う。)うるさい。この馬鹿!
   しかし王であるこの私は、その誘いとは逆に
   静けさなど、望みはしない。
   親愛なるおとぎの国の諸君よ、
   今夜は舞踏会、来てくれたまえ。
   (馬に言う。)甘ったれるな、このアホ!
   こちらの愛と思いやりを
   よりよく分かってもらうため、
   余の臣民の代表者達に、
   派遣するのだ
   この大切な、
   ああ、この大切な、
   そう、この大切な、
   私の私的な
   この馬車を。」
 家の扉、さっと開く。玄関に継母、アーンナ、マリアーンナ、登場。三人とも、真新しい豪華な衣装。山林監督官、控えめに、後ろの方に登場。ゾールシュカ、姉達を見送るために門に出ている。馭者、帽子を脱ぐ。馬(複数)、婦人達に会釈。馬車に乗り込む前に継母、立ち止り、優しくゾールシュカに話し掛ける。
 「そうそう、ゾールシュカ、私の可愛い子ちゃん! お前、公園に行きたいって行ってたね、宮殿の窓から舞踏会を見たいって。」
 「いいの?」 と喜んでゾールシュカは訊く。
 「勿論よ、お前。でもその前に、全部の部屋の片付けをして、窓ガラスを拭いて、床を磨いて、台所を奇麗にして、畑の草を取って、薔薇の木を窓の下に七本植える。そして身のほどを知って、七週間分の珈琲をひいておいて頂戴。」
 「えっ? そんなに沢山のことを? それじゃあひとつきあっても出来ないわ、お母さん。」
 「そう? じゃ、急いでやるのね。」
 母親と二人の娘は馬車に乗り込む。三人のふんわりとした衣装が、馬車の席を占めてしまい、山林監督官の坐る場所なし。馭者、彼に手を延ばし、馭者台によじ登らせる。馭者、馬に一笞あてる。馬車、大きな音を立てながら去って行く。
 ゾールシュカ、ゆっくりと家に入る。台所に入り、窓の傍に坐る。放心したように珈琲を轢き、溜息をつく。すると突然音楽が聞こえてくる。非常に微かな、やっと聞こえるぐらいの音。しかしウキウキさせるような明るい曲。ゾールシュカ、何かとても楽しいことを思い出したかのように、静かな嬉しい叫び声を上げる。音楽はだんだんと大きな音になる。そして窓の外がどんどん明るくなる。今では夜の闇は全く消えている。
 ゾールシュカ、窓を開け、庭に飛び降りる。そこで彼女が見たものは、庭の木々の上をそんなに高いところではないが空中を、ゆっくり歩いている中年の婦人。着ているものは豪華。しかし落ち着いたもので、年令に相応しい。男の子の小姓がおつきについている。小姓は両手にフルートのケースのような箱を抱えている。
 ゾールシュカを見て、その婦人はにっこりとする。まるで花が咲き誇るような微笑み。そのため庭中が真昼のように明るくなる。婦人は空中に楽々と、それが当たり前のことであるかのように、留まっている。そして、そこにバルコニーでもあるかのように、その見えない手摺りにより掛かりながら言う。
 「今日は、ゾールシュカ。」
 「ああ、お母さん、名付けのお母さん。お母さんはいつも思いがけない現われ方をなさるんですね。」とゾールシュカ。
 「そうだよ。私は人を驚かせるのが好きでね。」と教母は答える。
 「前の時は竃の後ろの暗い隅っこからだったわ。今日は空から。」
 「そう。私はいろんなことを思い付く性質(たち)でね。」と教母。
 そしてゆっくりと、空中にある見えない階段を降りるかのように、着物の裾を持ち上げて地面に降りる。子供の小姓がその後に続く。ゾールシュカのところまで来ると、教母はさらに明るく微笑む。すると奇跡が起こる。
 教母が若くなる。
 ゾールシュカの前に今いるのは、すらりとした軽い身のこなしの、背の高いブロンドの髪の若い女性である。彼女の衣装は燃えるように光っている。まるで太陽のように。
 「私がこんなに簡単に姿を変えるのに、お前はまだ慣れていないようだね。」教母は訊く。
 ゾールシュカ「うっとりしますわ。奇跡って私、大好き!」
 教母「いい趣味だよ。それはお前の好みの良さを示しているんだ。でもこんなのはまだ奇跡のうちじゃない。私達妖精はね、あまり物事を敏感に感じるものだから、年とったり、若くなったりが激しいんだよ。お前達人間が顔を赤くしたり蒼くしたりするのと同じさ。悲しいことがあると年をとるし、嬉しいことがあると若くなる。だから分かるだろ、お前に会って私がどんなに喜んでいるか。お前がどんな暮らしをしているかなんて訊いちゃいけないわね。・・・今日もお前、いじめられてたのね。」
 妖精は小姓の方を見る。
 小姓「二十四回です。」
 妖精「そのうち、正当な理由でないものが・・・」
 小姓「二十四回です。」
 妖精「賞賛に値する行為は、今日・・・」
 小姓「三百三十三回!」
 妖精「それなのに母親と姉さん達は・・・」
 小姓「一度だって褒めたことがない。」
 妖精「嫌いだわ、あなたのお父さんも、お母さんも、二人の姉さんも。出来ればもう私、とっくに罰を与えているところなのに、団結が強くてどうも手が出せないの。他人のことを全く愛さない人、何についても(真面目に物事を)考えない人、何も出来ない人、何もしない人、それでいて立ち回りはうまい、本物の妖精よりも上手なぐらい。 (こういう人を罰するのは難しいの。)でもこんなことを考えるのはよしましょう。私、年をとってしまうもの。あなた、舞踏会に行きたいのね?」
 ゾールシュカ「ええ、それは。・・・でも・・・」
 妖精「でもじゃないの。ちゃんとあなたは行くの。行く価値のある人間が行かないなんて、それは間違ったことよ。」
 ゾールシュカ 「でも私、いっぱいやらなきゃならないことがあって・・・」
 妖精「床磨きは熊さん達がやってくれるわ。熊さん達、蜜蜂の巣から沢山ワックスにする蝋を盗んでいるんですからね。窓拭きは夜露が、壁はりすさん達が尻尾で拭いてくれるわ。薔薇は自力ではえてくる。畑の草取りは兎さん達が。コーヒー轢きは猫さん達の仕事。そして舞踏会はあなたの仕事。」
 ゾールシュカ 「そう言って下さるの嬉しいわ。でも私、この服じゃあ・・・」
 妖精「それもちゃんと手をうちますよ。 あなたは馬車で行くようにするわ。六頭だての。それから衣装だって、特別の、舞踏会用の。さあ、お前!」
 小姓が、持っていた箱を開ける。
 妖精「見て、これが私の魔法の杖。ずいぶん質素なものでしょう? 飾りなんかまるでない。把手が金、ここにダイヤモンド、それだけ。」
 妖精、杖を振る。音楽が鳴る。小さな音。不思議な音。
 妖精「さあ、今から奇跡を起こしますからね。私はこの仕事が好きなの。さあ、お前!」
 小姓、妖精の前で片膝をつく。妖精が杖で軽く小姓に触れる。小姓は花に変わる。次に兎に、次に噴水に。次にまた小姓に戻る。
 「完璧ね。」と妖精は喜んで言う。「杖の調子もいいし、私も気分がのってるわ。さあ今のが小手調べ。これからが本物よ。でもね、ゾールシュカ、本当は違うのよ。(杖がやっているんじゃないの。)魔法の杖って指揮者のタクトに似ているの。タクトが振られれば彈く人、吹く人はその通りにする。それと同じ。魔法の杖が振られれば、この世の生きとし生けるものはみなその通り。さあ、最初はかぼちゃよ。かぼちゃを転がして来ましょう。」
 妖精、杖を転がすように回す。明るい音が響く。歌詞のない歌声が樽の中でこだましているように聞こえて来る。音と声が近づいて来て、妖精の足元に巨大なかぼちゃが転がって来る。杖の動きに従って、かぼちゃはその場で回転しながらどんどん大きくなる。大きくなって全体が霧の中に隠れてゆく。歌声はだんだんと歌詞が分かるようになり、次のように歌う。
     「私はかぼちゃ。肥ったかぼちゃ。
     私は野菜の女王様。
     蔦にどっしりついている。
     でも魔法の杖には従うわ。
     (杖の命令通り、)さっと蔦から離れて
     いの一番に駆け付けた。
     昔の音楽にあわせて、
     バレリーナのようにくるくる回り、
     ほーらごらん。ファソラシド。
     もう私はかぼちゃじゃない。
     立派な豪華な・・・
     ほーら、馬車になっちゃった。」
 この歌の最後の言葉で霧が消え、ゾールシュカはかぼちゃが本当に豪華な金の馬車に変わっているのを見る。
 「なんて奇麗な馬車なの。」とゾールシュカ。
 「メルシー、ファソラシー。」と馬車の中から声が答える。
魔法の杖が再び動き始める。ピーピー、キーキー、ガサガサ、と音が響く。野原に六匹の屈強なこまねずみが現われる。六匹は狂ったようにくるくる回り、埃の雲が沸き上がり、こまねずみを隠す。
 煙の雲の中から、歌が聞こえてくる。歌詞の最初の部分は非常に高いソプラノで、最後の部分は深いバスで歌われる。その途中の歌詞は、音の高さが厳しく守られて低くなってゆく。
     「ねえ、子供達、
     この世の中に楽しみは
     それは色々あるだろう。
     人によっても違うだろう。
     でも俺達年よりの、
     ねずみにとって一番の、
     楽しみは、若い小馬になることさ。」
 埃の雲が消えると、野原に六頭の馬具も揃った素晴らしい小馬。六頭とも元気がよい。蹄を鳴らし、いななく。「どうどう!」と、妖精が叫ぶ。「さあ、下がって! そんなにいきり立ってどこへ行こうって言うの。」
 馬達、静まる。再び魔法の杖が動き始める。ゆっくりと、年とった、堂々とした鼠、登場。後足で立ち上がって、そのまま深い息をする。すると埃の雲にも隠れず埃も立てず、体が大きくなってゆく。人間の大きさにまでなると、飛び上がって、堂々とした豪華な衣装を着た馭者に姿を変える。馭者はすぐ馬達の傍に行き、伴奏なしで次の歌を歌う。
     「かいばは値上がりだ。
     かいばは値上がりだ。
     それで私も
     ねを上げた。」
 「じゃあ、五分後に馬車を玄関につけて頂戴。」と、妖精は命ずる。
 馭者は黙ってうなずく。
 「さあ、ゾールシュカ、客間に行きましょう。大きな鏡のある部屋に。そこで着替えるの。私が手伝ってあげる。」
 妖精、ゾールシュカ、それに小姓が客間にいる。妖精が杖を振る。舞踏会の音楽が響く。柔らかい、謎のような、静かで優しい音楽。地面からマネキンが生えてくる。着ている衣装は目のさめるような美しさ。妖精が言う。「私達の魔法の工房で、この衣装に仕上げの最後の二針を入れた時、それはもう大感激。そこで最長老の仕立の名人のおばあさんだって、涙を流したわ。仕事は中断。その日はもうお休みになった。そんな大成功なんて、百年に一回あるかなし。幸せな衣装。祝福された衣装。人の心を慰める衣装。そんな夜会服。」
 妖精は杖を振る。一瞬にして客間は霧に包まれ、それから再びゾールシュカが現われると、目もくらむばかりの美しさで、新しい衣装を着て鏡の前に立っている。妖精、手を延ばす。小姓がその手に片眼鏡を渡す。
 「驚いた日だわ。」とゾールシュカを眺めながら妖精は言う。「これはもう、言うことなしね。皺なんかどこにもない。できそうな場所もない。すっきりした線。驚いた日だわ。ゾールシュカ、服は気にいったかい?」
 ゾールシュカ、黙って妖精にキスをする。
 「さあ、これでよしと。」と、妖精は言う。「行きましょう。・・・あ、ちょっと待って。もう一つ試しておくことがあったわ。(小姓の方を向いて。)お前、どうだい?この私の名付け子は。」
 小さい小姓は、小声で答える。深い感情を込めて。
 「このことは口に出しては言えません。でもこれからはきっと、昼はこの姿を思い出して塞ぎ込み、夜はこの姿を夢見て悲しい気持ちになるでしょう。屋根の上の建物の神様も、熱い涙を流してくれるでしょう。」
 「大成功。」妖精は喜ぶ。「この子、恋しちゃったわ。ゾールシュカ、あなた、そんなに可哀相って顔をしてやらなくていいの。男の子にはね、片思いがとても役に立つの。だって、詩を書き始めるもの。それはいいことよ。さあ、行きましょう!」
 二人は二、三歩進む。
 「待って。」小姓が突然、命令するように言う。
 妖精、驚いて片眼鏡を通して小姓の方を見る。
 「僕は魔法を知りません。まだ修業中なんです。」と、目を落としながら小姓は静かに言う。「でも、本当の奇跡を行うのを、恋が助けてくれました。」
 小姓はゾールシュカを見る。その声は今、普通では考えられない優しさが篭っている。
 「この僕の厚かましさをお許し下さい。でも、その奇跡のお陰なんです。あなたのために、この宝物が手に入れられるというのも。」
 小姓は両手を伸ばす。するとそのてのひらに、薄暗い空間の中できらきら光りながら、透明な靴が降りて来る。
 「これは汚れのない靴です。清純で、透明な。丁度涙のような。」と、小姓が言う。「これはきっとあなたに幸せをもたらします。だって、僕は本当に心からそれを望んでいるんですから。どうか履いて下さい!」
 ゾールシュカ、おずおずと靴を手に取る。
 「さあ、どんな気持ち? ゾールシュカ。」と、今までよりさらに若くなり輝きを増しながら、妖精は訊く。
 「言った通りでしょう? なんて高貴な、なんて感動的な行為なんでしょう。こういうのを私達魔法の世界では、「詩」って言うのよ。さあ、履いて。それから、お礼を言うのよ。」
 「小姓さん、有難う。」と、靴を履きながらゾールシュカは言う。「こんなに親切にして下さって。私、決して忘れないわ。」
 裏木戸に金の馬車がきらきらと光って待っている。満月の光が落ちているのである。馭者が六頭の立派な馬をやっとこさ抑えている。小姓が馬車の扉を開け、気を配りながら恭(うやうや)しくゾールシュカが馬車に乗り込むのを助ける。
 ゾールシュカの上気した顔が、馬車の小窓から覗いている。妖精が言う。「いいかい? ゾールシュカ。これはしっかり憶えておくんだよ。一番大切なことなんだからね。十二時には必ず家に帰ってなきゃならないんだ。いいね。十二時きっかりに、お前のそのぴかぴかの衣装は古い汚い服に変わってしまうんだ。馬はまたねずみに戻ってしまうし・・・」
 馬達が蹄を鳴らす。
 「馭者はねずみに。」
 「しようがないな。」と馭者は呟く。
 「馬車はかぼちゃに。」
 「メルシー、メルシー、ファソラシー。」と、大きな声で馬車が言う。
 「ありがとう、お母さん。」とゾールシュカは答える。「しっかり憶えておきます、私。」
 すると妖精と小姓は空気の中に消える。金の馬車は道路を王の城に向かって疾駆する。
 馬車が城に近づくにつれ、あたりは荘重に、華やかになってくる。奇麗に刈り込まれてリボンで飾られている木、まるで女の子のような。かと思うと、小さな鈴が沢山つけられて、風で鳴っている木。
 やがて、たいまつに照らされた標識が現われる。標識には次のように書かれてある。
     「さあ、咳ばらいをして。
      王自らあなたに話し掛けますよ。
      さあ、にっこり笑って。
      曲がり角にお城が見えますよ。」
 そして本当にゾールシュカは門のうしろに奇跡を見る。巨大な、櫓の多い、(それでいて)軽快な、お祭に似合う、人を迎える雰囲気を持つ、おとぎの国の王様の宮殿が、たいまつ、提灯、燃えさかる火の入った樽、で、あかあかと照らされている。宮殿の上、上空に、様々な色の大きな風船が上がっている。宮殿の櫓から、糸で結びつけられている。
 おとぎの国の、これらすべての壮麗な風景を見て、ゾールシュカは手を叩いて叫ぶ。
 「何かが起こるわ。きっと何か、何か、とても素敵なことが。」
 馬車は音を立てて橋を渡る。橋は城の門に繋がっている。この橋は変わっていて、来客がその上を渡っている間、歓迎の、楽しい歌を演奏する。また、去って行く客が渡る時には、別れの悲しい歌を奏する。
 城の玄関の前にある大きな広場は、来客達の華麗な馬車でいっぱいである。
 立派なお仕着せを着た馭者達が、玄関の階段のところに立って煙草をふかしている。ゾールシュカの馬車を見て、馭者達は煙草を吸うのを止め、じっとその馬車を見る。品定めをする馭者達の目の前で、ゾールシュカの馭者は疾駆していた馬の手綱を引き、ピタリと玄関のまん前に馬車を止める。馭者達は唸るように賞賛の言葉を吐く。
 「すごい腕だ。たいした馭者だ。これこそ馭者だ。」
 お城の正面の扉がさっと開く。二人の下僕が走り出て来て、ゾールシュカが馬車から降りるのを助ける。ゾールシュカ、城に入る。入ると正面に広々とした高い大理石の階段がある。その最初の段を踏もうとすると、その 間も与えず、王が階段の上のところから駆け降りて来る。その走り方があまりに速いので、王の豪華なマント、肩のところではためく。
王「これはこれは、見知らぬお方。素敵な、美しい謎のお客様! いやいや、御辞儀はなさらんで。ここは危ない、階段で御辞儀は。手袋もどうぞそのまま。いやあ、嬉しいですな。ようこそ、ようこそいらっしゃいました。」
 ゾールシュカ「初めまして、陛下。私も本当に嬉しいですわ、来られて。ここ、素敵なところですわね。」
 王「はっはっは、これは嬉しい。我が城を褒めて下さるとは。」
 ゾールシュカ「当然ですわ、陛下。」
 王「さ、こちらへ、こちらへ。」
 王、ゾールシュカの手を取って、重々しく彼女を階段の上の方へと導く。
 王「昔の仲間達ですよ。連中はなかなかいい奴等なんですがね、勿論。でも何をやったって連中は驚きはしません。(昔の感受性なんてなくなっているんです。)ほら、例えばこれ。これは例の長靴を履いた猫ですよ。ちゃんとした若者、頭のいいやつですがね。ここへ来るとすぐ長靴は脱いじゃって。暖炉の傍の床に転がって居眠りです。それから、一寸法師もいるんです。可愛くって頭がいい、あの。でも賭けが大好き。お金を賭けて隠れんぼをするんです。さあ、どこにいるかな、今。でも大事なことは、連中が全員すでに過去の人物だっていうことです。連中の物語はもう演じられて、誰もが知っているんです。でもあなたは・・・私はおとぎ話の王様なんですからね。勘で分かりますよ。あなたは今、驚くべき物語の入り口に立っているんです。」
 ゾールシュカ「あら、そうかしら。」
 王「そうです。王の言葉ですよ、これは。」
 二人は階段の上に上がる。そこに王子が出て来て、二人を迎える。王子は大変若々しく美男子。
 王子、ゾールシュカを見て釘付けになったように立ちすくむ。ゾールシュカ、顔を赤らめ、目を伏せる。
 「王子、おい、どうしたんだ、王子。」と王が叫ぶ。「誰が来てくれたか、ほら、見てご覧。知ってるんだろう? お前。」
 王子、黙って頷く。
 王「さあ、誰なんだ。」
 王子「謎の人。素敵な見知らぬ人。」
 王「その通り! 分かったでしょう、あなた。えらい子供なんです、これは。お前、牛乳は飲んだか? パンは食べたな? 隙間風にあたったりしなかったろうな。顔色がえらく悪いな。どうしたんだ。何故黙っている。」
 王子「王様、私が黙っているのは、口がきけないからです。」
 王「口がきけないだと? 馬鹿な。これの言うことを信じてはいかん。これはな、年は若いが何でも言える。演説、挨拶、詩。何でもござれだ。さあ、お前、一つ詩を頼む。さあさあ、恥ずかしがらんで。」
 王子「よろしうございます、王様。怒らないで。素敵なお嬢さん、私はこの父親が大好きで、言い付けは何時でもすぐ守るんです。」
 王子、歌う。
     「僕は戦(いくさ)に出たことがあるんだ、パパ。
     攻撃の太鼓の轟く中で、
     僕は一撃で打ち倒したんだ
     人喰いの大男を。

     ああ、パパ。その名誉ある戦場で、
     かかって来たのが一角獣。
     だけど僕の敵ではない。
     従者も一緒にやっつけた。

     ああ、パパ、僕はこんなに成長してるんだ。
     気がつかないのはパパだけさ。
     だけど今、僕は夢心地。
     僕の運命を決める人、その人に今会ったんだから。

 王「素晴らしい歌だ。出典は何なんだ? どうでしたかな、お嬢さん、今の歌は?」
 「ええ、気にいりましたわ。それからここにあるすべてのものも。」とゾールシュカは答える。
 「はっはっは、」と王は大喜び。「腹臓なく仰る。なあお前、分かったろう? なんて率直なお方だ。」
 それから王は慌ただしく回廊を前に突進するように進む。 その回廊は、「赤づきんちゃん」「青髭と七人の妻」「裸の王様」「えんどう豆とお姫様」等々の主題で作られた絵画や彫刻で飾られている。
 ゾールシュカと王子は、王の後に続く。
 王子(おそるおそる。)「今日はいい天気・・・ですね?」
 ゾールシュカ「ええ、王子様。今日はいい天気ですわ。」
 王子「来る途中、お疲れになりませんでしたか。」
 ゾールシュカ「いいえ、王子様。途中で休めましたわ。有難うございます。」
 王を迎えて、中年のひどく動きの軽い、活発な男が走って来る。いや、正確に言うと、走って来たと言ってはいけない。踊りながらやって来たのだ。夢中で、恍惚となって、楽しんで。三、四度、彼は王に御辞儀をするが、その度毎に、ほとんど人の背の高さぐらいの跳躍を行う。
 「紹介しましょう。これがバレー大臣、パデトロワ侯爵。」と王が言う。「もう今から随分昔になりますが、侯爵は眠れる森の美女のお城で、ダンスの教師をしていたんです。名人ですよ。百年間も彼はお城の他の連中と一緒に寝ていたんですからね。どれだけ睡眠が取れたか想像出来ますね。今じゃちっとも眠るなんてことしないんです。それから、踊りが恋しくって、恋しくって、ひっきりなしに踊りづめです。それに百年も食べていなかったんですよ。今は食欲があって、あって。」
 侯爵は、ゾールシュカに深々と御辞儀をして、彼女の前で、複雑なそして上品なダンスを舞い始める。
 「バレーの言葉がお分かりですか。」と、王は訊ねる。
 「ちょっとだけなんですけど。」とゾールシュカは答える。
 「こういう儀式ばった時には、侯爵はダンスの言葉だけを使って物を言うんです。彼の挨拶を通訳してあげましょう。」
 そう言って王は、じっと侯爵の踊りを見ながら通訳する。
 「人間は自分では分からない、幸せをどこで見つけるか、どこでなくすか。朝早く、牧童が群の先頭に立って歩いているのを私は見た。牛の群の・・・」
 侯爵、突然踊りを止める。非難するように王を見、最後の動きを繰り返す。
 「御免、御免。」と王は訂正する。「元気のよい、俊足の、山羊の群の、先頭に立って牧童が歩いているのを私は見た。私は考えた。ああ、牧童の生活は、大臣の生活より幸せだ。大臣の生活なんか、国家の抱えている重荷、不安で押し潰されている。でも、夕闇せまれば、侯爵に、思わぬ幸せが・・・宝籖の大当たり・・・」
 侯爵は踊りを中止する。責めるように王を見ながら、前の動きを繰り返す。
 「すまん、すまん。」と王は訂正する。「でも、夕闇せまれば、侯爵に思わぬ幸せが、・・・老いぼれの、しかし動きの軽い、ババアが・・・」
 侯爵、再び動きをやり直す。
 「失礼、失礼。」と王は訂正する。「詩の女神、テルプシホーラだって、こんなに上品な、こんなに立派なお客様の前では、影が薄くなりますよ。はっはっは。いや、喜んでくれたものだ。なんていう喜びようだ。はっはっは。」
 踊りを終えて大臣は、ゾールシュカに御辞儀をし、言う。
 「こん畜生、くそったれ、アホ、ゴミ! 失礼、おお、見知らぬお客様。しかし、我が踊りの芸術があまりに完璧、あまりに上品になっているものですから、体の方が時々ひどく下品な言動を要求してしまうんです。蛇、ひきがえる、いもり! これは私以外の踊りの名人達に言っている言葉です。死んじまえ、死んじまえ、あんな奴等! おお、素晴らしいお嬢さま、今日の舞踏会の最初のお相手は、どうかこの私奴に!」
 「すまないけど、」と断固として王子が口を挟む。「先約があるんだ、この私のね。」
 会場は豪華、同時に快適でもある。客達は三々五々別れて、話をしている。
 ゾールシュカの継母が、会計簿にとてもよく似ている大きな本に屈みこんで、アーンナ、マリアーンナに囁いている。
 山林監督官はその傍でまどろんでいる。
 アーンナ「ねえ、ママ、書いて。王子様は、私の方を三回見たわ。それから一回微笑んでくれて、それから一度は溜息よ。全部で五回ね。」
 マリアーンナ「私は王様が話し掛けてくれたわ。「始めまして。」これが一回。「はっはっは。」これが一回。「どうぞどうぞ、こっちの方へ。ここは隙間風が吹きますから。」これが一回。全部で三回よ。」
 山林監督官「そんなこと書き留めて、どうするんだい?」
 継母「ああ、あなたは黙っていて。楽しんでいるんですからね。邪魔しないで。」
 アーンナ「何時だってパパはぶつくさ言うんだから。」
 マリアーンナ「すっごい舞踏会! やんごとなき方々に九回もお目に止って・・・」
 継母「お前達、いいね。ママがちゃんと今に必ず権利を取って来るからね。あのビロードの表紙の本に、宮廷美人名鑑に、お前達の名前を載せよという王様のお言葉をね。」
 喇叭が一斉に鳴る。客達は二列に並ぶ。
 王、ゾールシュカ、王子、ダンス担当大臣、登場。
 客達、低く御辞儀。
 王「みなさん、ご紹介いたします。これまで一度もこちらへ来て下さったことがないのですが、ほら、なんていう素晴らしい衣装、おとぎ話にしか出てこない美しさ、それなのになんて率直な、その上控えめな。さあ、これがそのお嬢さんです。」
 客達、低く御辞儀。ゾールシュカ、膝を曲げる御辞儀。その時突然、ゾールシュカの継母、列から前へ出る。
 継母「ああ、ああ、陛下、この娘さんが誰か、私は知っているのでございます。申し上げてよろしうございましょうか、陛下。」
 王「曾祖父の時、決められた規則があってな。匿名を希望する客に対しては、その名を言うことは禁じられておるのだが。」
 ゾールシュカ「陛下、私は構いませんわ。私の名を恥じたりしてはおりませんもの。」
 王「そうか、今の通りだ。さあ、言ってみなさい。」
 継母「では申し上げます。皆様方全員、どんなにお驚きになるか、この娘さんこそ、他でもない・・・」
 継母、長い間を置く。
 継母「他でもない。美の女神です。これがその本当のお名前・・・」
 王「はっはっは。これは良かったぞ。お世辞としても最高の出来栄え。メルシー。」
 継母「賞賛おくあたわざる女神。」
 ゾールシュカ「間違いですわ、奥様。そんな名前・・・私はそれよりずっとずっと簡単な名前で呼ばれていますわ。それに奥様は私のことをよくご存じなのです。ご自分でお気がつかれないだけですわ。」
 継母「そんな、女神様。私などに・・・あ、それから女神様、私の娘を紹介させて下さい。これが・・・」
 ゾールシュカ「アーンナ。」
 継母「え? そしてこれが・・・」
 ゾールシュカ「マリアーンナ。」
 継母「え?」
 ゾールシュカ「アーンナの好物は苺。マリアーンナの好物は栗。家は王様の大通り。奇麗な小川のすぐ傍ね。住み心地の良いお屋敷だわ。皆さんにお会い出来て私も、嬉しいわ。どんなに嬉しいか、口では言えないくらい。」
 ゾールシュカ、山林監督官に近づく。
 「私のこと、お分かりになりません?」やさしくゾールシュカは訊ねる。
 「分かりません。」と山林監督官は(あまりの美しさに)怖けづいたように答える。
 ゾールシュカは優しく父親の額に接吻し、低く御辞儀をしている客達の傍を王と共に通って行く。
 音楽が響く。客達は二人づつ組になり、整列する。舞踏会が始まる。
 先頭の組は王子とゾールシュカである。
 王子「僕には良く分かるな、あなたが僕のことをどう思っているか。」
 ゾールシュカ「いいえ、王子様。そんなこと王子様には・・・分かったら困りますわ。」
 王子「残念ながら僕は分かってるんだ。なんて馬鹿な、鈍い男の子。そう思ってるんでしょ。」
 ゾールシュカ「ああ良かった。あたりませんでしたわ、王子様。」
 パデトロワ侯爵が踊りを指揮する。自分でも踊り、全員に指図を与える。それほど優秀である。小鳥のように会場一杯に飛び回り、幸福そのものという顔で微笑む。
 ゾールシュカ「王子様、あの甲冑を着て、一人で踊っている、背の高い方はどなたですの? 踊っていても、何か心がここにないご様子。」
 王子「あれは隣の国の王様の、三人目の息子さん。 上の二人の兄さんが、武者修業に出て、帰って来ないんです。お父さんが心配して、病気になって。それで兄さん達を捜そうと、お城を出たんです。ここへはちょっと立ち寄って一休みしているところ・・・」
 ゾールシュカ「あの優しい顔をしたお爺さんはどなた? ステップを間違えてばかりいる、あの。」
 王子「ああ、あれは世界一気の良い魔法使い。あんまり気が良いものだから、どんなことでも、誰に頼まれても、決して断れない。どんな酷いことを頼まれても、なんです。それをいいことに、悪い人達が、何だかんだと利用しようとする。それが厭で、耳に蝋を詰めているんですよ。今じゃもう頼み事をされたって聞こえない。音楽も聞こえない。だからしょっちゅうステップを間違えているんです。」
 ゾールシュカ「じゃあ、あの、一人で踊っているご婦人は?」
 王子「あれは一人じゃないんです。一寸法師が一緒に踊っているんです。ほら見えるでしょう?」
 その言葉通り、本当にその婦人の肩に、短いズボンを履いた、小指くらいの大きさの、ひどく陽気な男が踊っている。踊るのに、婦人の手を取らずに、ダイヤモンドのイヤリングにつかまっている。そして何か耳に、大声で怒鳴っている。多分とても可笑しい話。何故ならそれを聞いて婦人がゲラゲラ笑っている。
 ここでダンスが終わる。
 「さあ、今度はお遊びだ。何ごっこしようか。」と王が叫ぶ。
 「猫と鼠。(訳註 目隠し鬼に近い遊び。)」と長靴を履いた猫が、暖炉から飛び出して来て言う。
 「隠れんぼ。」と一寸法師が言う。
 「罰則遊びだ。」と王が決定を下す。「但し、王のやり方での罰則遊びだぞ。へまをやった者が罰になるなんてなしだ。何もやらないで罰をする者を決めるぞ。はっはっは。つまり、この私、王、が決めるのだからな。はっはっは。それからその私がして貰いたいことをやって貰う。」
 王は気の良い魔法使いに手招きする。魔法使いは耳から栓を外して、王の方に進む。すぐに請願者達が、ゾールシュカの継母を先頭に、魔法使いの方に突進する。しかしすぐに見張り達が、魔法使いの周囲に駆け寄り、請願者達を押し戻す。王の近くに来て、魔法使いはくしゃみをする。
 「おお、魔法使い、風邪は駄目だぞ。達者でいてくれなきゃな。(訳註 相手がくしゃみをすると自動的に言う言葉で、この訳のように重い意味はない。しかし後の展開のため、この訳は致し方がない。)」
 「ご依頼があるとなれば致し方ござりませぬ。」と気の良い魔法使いは、老人のかすれた震え声で答える。そして、見る見るうちに若返って行く。両肩が広がる。背が高くなる。一瞬の間に王の前に立っているのは、威風堂々たる豪傑である。
 「願いを聞いてくれて有難う。」と王は言う。「ただ、正直の話、今の願いは、その積もりじゃなく出たものなんだが。」
 「構いません、陛下。」と気の良い魔法使いは見事なバリトンの声で答える。「こちらもそれをうまく利用したまで。」
 「いいか、魔法使い、これから王の罰則遊びだ。」と王が説明する。
 「はっはっは、ようございますな。」と魔法使い。
 「最初の罰はお前だ。お前のやる事は、いいか・・・」と王は軽く指を動かす。「この舞踏会出席者一人一人に、優しい、魔法の、奇跡のように素晴らしいこと、をしてやるんだ。いいか。」
 「おやすい御用です、陛下。」と魔法使いは明るく答える。
 魔法使いはポケットから小さなパイプと刻み煙草入れを取りだし、パイプに煙草を念入りに詰める。それから 火をつけ、吸い始める。彼の広い胸一杯に煙を吸い込み、それからゆっくりと煙を吐いてゆく。ゆっくり、ゆっくり。
 煙は舞踏会のホール一杯に広がって行く。優しい、微かな音楽が響く。
 煙がさっと消える。
 王子とゾールシュカが、小さなボートに坐っている。月に照らされた湖の上。ボートは流れに任せて、静かな水の上をゆっくりと動いている。音楽に合わせて少し揺れて。
 「怖がらないで。」と王子が優しく言う。
 「怖くないわ。ちっとも。」とゾールシュカが答える。「私、今の今まで、奇跡が来ないか、来ないかって思っていた。そうしたら、本当に奇跡。でも、私達今どこ?」
 「王様が、気の良い魔法使いに、優しい、魔法の、奇跡のように素晴らしいこと、をしてやれって。 みんなに。だから僕ら二人、この魔法の国に運ばれたんだ。」
 「で、他の人達は?」
 「自分達が楽しいと思う、夫々の場所へ。魔法の国は大きいんです。でもここには長くはいられない。人間は長くても九分と九秒しかここにはいられません。後は一秒も駄目なんです。」
 「残念だわ。ね?」ゾールシュカは訊ねる。
 「うん。」と王子は答え、溜息をつく。
 「悲しい気持ち?」
 「分からない。」と王子は答える。「一つ質問していいですか?」
 「ええ、勿論。どうぞ。」
 「これは僕の友達の話なんだけど、」とポツリポツリと間を置きながら、王子は話し始める。「そいつも王子でね。普通に勇気も機知もある男なんだ。それがやはり舞踏会で女の子に出会ってね、急に、とても気に入ってしまったんだ。それで、どうしていいか分からないんだ。あなただったらそいつにどうしろって言ってやる?」
(間。)
 「でももしかしたら、その方・・・」とゾールシュカの方も訥々(とつとつ)として答える。 「その女の子が、気に入ったっていうの・・・そんな気がしただけじゃないのかしら。」
 「違うんだよ。」と王子。「ちゃんとはっきり分かってるんだ。今までこんなことあったためしがないし、これからも決してないってね。怒らないで。」
 「怒るって? どうして?」とゾールシュカ。「王子様、私今まで、今日の夕方まで、とても悲しい生活を送っていたんですの。こんなこと、お話していいのかしら? でも私今、本当に幸せ! 私、こんな風に言っていいのかしら。」
 ゾールシュカに答えて、王子が歌う。
     「あなたの美しさを前にして
     僕は子供のように震える。
     そうだ。僕は思っていることを
     口に出してはいけないんだ。
     あなたは夢。あなたは幻。
     ちょっとでも触ろうとすれば、
     眠りから突然覚めて
     君はいなくなってしまう・・・」
 ここで音楽が止む。王子は口を噤(つぐ)む。すると優しい声、殆ど悲しそうな声が聞こえてくる。
 「時間が切れました。時間が切れました。会話は終わり。会話は終わり。」
 湖、ボート、月、が消える。
 場面は再び舞踏会のホール。
 「有難う。」と王が気のいい魔法使いに握手しながら言う。「いやあ、あの酒は旨かったよ。飛び切りの旨さだ。あの魔法の国の居酒屋で、魔法のグラスに入れて、君と一緒に飲んだあの酒は。」
 「お店! 素敵なお店がいっぱい!」とゾールシュカの継母は叫ぶ。
 「素敵な香水!」とアーンナが唸るように言う。
 「素晴らしい美容院!」とマリアーンナが叫ぶ。
 「静かな場所だったな。落ち着いた・・・いい場所だったな。」山林監督官が呟く。
 「うけた・・・大成功! 私のダンス。」とパデトロワ侯爵が有頂天になって言う。 侯爵が音楽の合図をする。魔法使いの国で聞こえた、あの同じ音楽が演奏される。
 全員踊る。
 王子とゾールシュカが先頭の組。
 「僕達、魔法の国から帰ったんでしょうか。」と王子が訊く。
 「分かりませんわ。」とゾールシュカが答える。「私、まだ帰っていないんじゃないかしら。王子様は?」
 「僕も、まだ。」と王子。
 「ねえ、王子様。」とゾールシュカが言う。「私、本当に疲れてしまう日がありますの。そんな日には私、眠っていても、「ああ、眠りたいわ。」っていう夢を見てしまうんです。それと同じですわ。今日はこんなに楽しい。踊っても踊っても、まだ踊りたいですわ。」
 「かしこまりました。」パデトロワ侯爵は、ゾールシュカのこの最後の言葉を聞いて囁く。
 侯爵はオーケストラに合図をする。音楽が変わる。ゆっくりした行儀のよいダンス音楽が、陽気で派手な、速度の速い、くらくらするような音楽に変わる。
 ゾールシュカと王子、霊感を受けたように踊る。
 オーケストラの人々、ひき終えるとぐったり床に倒れる。
 ダンス、終わる。
 王子とゾールシュカがバルコニーにいる。
 「王子様、ねえ、王子様。」と、扇で顔に風を当てながら、明るくゾールシュカが言う。「これで私達、前よりずーっとお互いの気持ちが分かるようになりましたわ。さあ、王子様、私が今何を考えているか、お分かりかしら?」
 王子、注意深く、優しくゾールシュカの眼を見る。
 「分かった。」と王子が叫ぶ。「今、アイスクリームがあったらどんなにいいだろうって。」
 「まあ、恥ずかしいわ、王子様。でも、当たり!」ゾールシュカが白状する。
 王子、急いで去る。
 下の方に宮廷の庭がある。月に照らされている。
 「ああ、幸せさん、幸せさん。あなた、私のところへ来てくれたのね。」とゾールシュカは小声で言う。「あの、名付けのお母さんみたいに、思いもかけずやって来てくれたのね。幸せさん、あなたの目は明るいわ。声も優しい。それになんていう気の使い方! 今まで私のことなんか、誰も気を使ってくれなかった。私、だから少し怖いくらい。ああ、楽しいわ! 私、もう小娘じゃなくて、一人前のレディーになった気分!」
 ゾールシュカ、バルコニーの手摺りに近づき、右の方にある塔を見る。そこにはたいまつで照らされた大きな時計がある。
 十時四十分である。
 「まだ丸々一時間あるわ。一時間と五分。」とゾールシュカは言う。「十五分あれば、どんなことがあったって、家には着くもの。 一時間と五分たったら、出ればいい。でも私の守り神さん。たとえ私が貧乏で、惨めな娘だと分かっても、捨てはしないわね。だけど、やはり捨てられたら、私どうしよう。ああ、駄目。・・・考えてもぞっとする。 ・・・恐ろしい考えだわ、それは・・・それに名付けのお母さんに私、約束したんだ。必ず時間通り帰るって。 いい。一時間。もうあと一時間もあるんだもの。それに五分。それは少ない時間じゃないわ。」
 しかしそこで、ゾールシュカの前に、名付けの母親の小姓が現われる。
 「ゾールシュカ様!」と小姓は悲しそうに、そして優しく言う。「大変悲しいニュースをお知らせしなければなりません。がっかりする話なんですけど。実は王様が、今日城中の時計を全部一時間遅らせるよう命じたのです。お客様になるべく長い時間ダンスを楽しんで貰いたいって。そう思われたのですね。」
 「ああっ。」とゾールシュカが言う。「じゃあもう私には殆ど時間がないっていうことね。」
 「殆どありません。」と小姓。「ゾールシュカ様、どうかお悲しみにならないよう。私は魔法は使えません。
まだ修業の身です。でもピンと来るものがあるんです。これはきっとハッピーエンドなんですから。」
 小姓は消える。
 「ああ、これでおしまい。」とゾールシュカは悲しそうに言う。
 王子が陽気に、嬉しそうに走って登場する。その後ろに三人の下僕。一人の下僕は四十種類のアイスクリームがのっている盆を運んでいる。二人目は小机を、三人目は二つの肘かけ椅子を運んでいる。
 下僕達は机、肘かけ椅子をしつらえ、アイスクリームを置き、会釈をして退場する。
 「世界中で一番のアイスクリームですよ。」 と王子が言う。「私が自分で選んだんです。どうしたんですか?」
 ゾールシュカ「有難うございます、王子様、いろいろ親切にして下さって。本当に有難いですわ、優しくして戴いて。親切にして戴いて。王子様より良い方に私、お目にかかったことがございません!」
 王子「そんな悲しそうな顔をして。そんな悲しい声を出して。どうしたんですか?」
 ゾールシュカ「私、もう帰らなきゃならないの。」
 王子「帰る? 駄目だ。帰るなんて。そんなことはさせない。本当だよ。そんなこと許すことは出来ないよ。僕は・・・僕はずっと考えていたんだ・・・アイスクリームが終わったら、僕はまっすぐ言おうと思っていたんだ。あなたを愛していますって・・・あ、ご免。言っちゃった。ね、帰らないで!」
 ゾールシュカ「駄目。私、帰らなくちゃ。」
 王子「待って! ね、僕はね、こんな馬鹿なおかしい人間じゃないんだよ、普通は。こんなになったのは、あなたのせいなんだ。あなたのことが本当に好きになってしまって・・・そのせいで・・・ね、怒らないで。こんなことで怒るなんて良くないことなんだよ。 あ、ご免。ね、まだいて。お願いだよ。愛してるんだよ。」
 ゾールシュカ、王子に両手をあずけようとする。が、そこで荘重な、悲しい鐘の音が響く。塔にかかっている大時計が四十五分を打つ。
 ゾールシュカ、両手を顔に当てて走り始める。王子、一瞬の間身じろぎもせず立ちつくす。それから突然決然と猛烈な勢いで後を追う。舞踏会のホールは今が最高潮。猫と鼠の真最中。王子が見ると、ゾールシュカの衣装が絵の額の並んでいる回廊の出口の方にちらりと見える。王子はそこまで走って行く。しかし猫と鼠をやっている人達に捕まってしまう。王子、気持ちを集中し狙いを定めて、陽気に踊っている人々をすり抜けようとする。しかし誰も王子が遊びどころではないことに気づかない。
 王、柱によりかかって、手に杯を持って立っている。
 「はっはっは。」王は喜ぶ。「息子の奴、楽しそうに遊んでおるわい。若いということはいいことだ。」
 王子、やっとそこを抜け出る。回廊に出る。その時には既にゾールシュカはその反対側の端に消えている。
 王子、階段を駆け上がり、上の踊り場に出る。下の方の大理石の広い階段を急いで降りて行く。ゾールシュカの姿が見える。
 ゾールシュカ、後ろを振り返る。一瞬、王子に、その悲しそうな青白い彼女の顔が見える。ゾールシュカ、王子の姿を認め、さらに速度をあげて駆け降りる。
 ガラスの靴が彼女の右足から脱げる。靴を拾いあげる暇なし。走りながら左足の靴を脱ぎ、ストッキングの足のまま、階段を駆け降りる。(訳注 片方の靴は手に持つ。)
 馬車が既に玄関で待っている。
 小姓が悲しそうにゾールシュカに微笑む。小姓、ゾールシュカが馬車に乗り込むのを助ける。彼女の後から自分も乗り込み、馭者に怒鳴る。
 「行け!」
 王子がやっと玄関に出た時には、既に橋の床板が悲しい別れの歌を演奏しているところである。
 王子、頭を垂れて玄関にじっと立つ。彼の手にガラスの靴が光っている。
 一方ゾールシュカは馬車の中に坐っていて、もう片方の靴を見、泣く。
 小姓は彼女の正面の座席に坐っていて、同情の気持ちをもって一緒に泣く。
 「ゾールシュカ様。」と小姓が言う。目には涙。「少しぐらいは喜んで戴かなければ、と、アイスクリームを持って来ました。ほら、入れ物はルビーつきですよ。どうぞ召し上がれ。おいしく食べて下さい。入れ物はあとで私が宮殿に返してきますから。」
 「有難う、お小姓さん。」とゾールシュカ。そしてアイスクリームを食べる。静かに、まだ泣きながら。
 馬車はどんどん速度を上げて走って行く。
 「いやあ、怖かったな。」と馭者が言う。「王様の馭者達、ああいう立派な奴等の前で鼠に戻されたんじゃあ・・・そう、鼠取りにかかって死んだ方がまだましだよ。」
 「まったくだ。メルシー、メルシー、ファソラシー。」と馬車が呟く。
 馭者は大胆に馬どもを山林監督官の屋敷の木に繋ぐ。丁度その時、時計が十二時を打つ音が響いてくる。
 すべては霧の龍卷の中に消える。
 小さな声が遠くから響く。
 「さようなら、お嬢さん、さようなら。」
 その声は、樽の中で言われたかのようにこだましながら消えて行く。
 「アディユー、アディユー、アディユー。
  さようなら、チュルリュー、チュチュ。」
 龍卷が静まり霧が消えると、以前の通りのゾールシュカがいる。くしゃくしゃに汚れた顔の、古い衣装のゾールシュカ。しかし彼女の手には、高価なガラスの靴が光っている。
 王の宮殿の舞踏会のホール。
 王、また王冠を横ちょにかぶって、ホールの真ん中に立ち、陽気に大声で怒鳴っている。
 「夜食ですぞ、みなさん。夜食の時間だ! あの見知らぬお客様! どこですか、あなたは!」
 年取った下僕が王に近づき、その耳に囁く。「あのお嬢さん一行は、宮殿時間十時四十五分に、辞去されました。」
 「なんということだ。」と王は驚く。 「夜食前にか? おい、王子! 王子、聞いたか。 どこにいる、王子!」
 「王子様は、陛下、宮廷時間十一時より、バルコニーにお出になったきり、ふさいでおいでになります。」
 「諸君、席について、私なしで暫く御自由にやっていて下さい。」と王は叫ぶ。「すぐ私も加わります。所用でちょっと席を外します。」
 王子、バルコニーの手摺りによりかかっている。悲しく、物思わしい表情。彼の両手にはガラスの靴あり。
 龍卷のような勢いで王登場。
 王「王子、どうした。お前、病気なのか? そら見ろ、言わんこっちゃない。」
 王子「違います、お父さん、病気じゃありません。僕は健康です。」
 王「ああ、ああ、ああ。年寄りを騙そうったって、そうはいかない。アイスクリーム四十人分! お前、食べ過ぎだよ、それは。やれやれ、大抵にしておくんだ。四十人分とはな。お前は六つの時からこっち、こんな不摂生をやったことはないんだ。お腹を冷やしてしまったんだよ。」
 王子「パパ、僕はアイスクリームには触ってもいないよ。」
 王「え? 触ってもいない? 本当だ。触ってもいないな。じゃあ、一体どうしたんだ。」
 王子「僕、恋しちゃったんだよ、パパ。」
 王、どすんと椅子に倒れる。
 王子「そうなんだ、パパ。僕、あの見知らぬ、素晴らしい、優しい、素直な、誠実な、あのお嬢さんに恋しちゃったんだ。だけど僕から急に逃げて行ったんだ。でもその時、あまりに急いでいたから、ほら、これ、このガラスの靴を階段に落として行った。」
 王「恋しちゃった? そうだと思ったよ。・・・いや、知らんぞ、知らん、知らん。(王冠を頭から取り、床に投げ付ける。)くそっ、くそっ、くそったれだ。わしは修道院へ行くぞ。お前は好きなように暮らせ。どうして私にもう大人になったと報告しなかったのだ。」
 王子「ああ、パパ。今日だって僕、報告したよ。ほら、あの歌。聞いたでしょう?」
 王「歌? ああ、そうか、そうだったな。分かった。修道院行きは止めだ。はっはっは。わしの息子が恋をしたか。それはめでたい!」
 王子「違うんだ、パパ。めでたくないんだよ!」
 王「馬鹿な。」
 王子「あの人の方が僕を好きじゃないんだ。」
 王「馬鹿な。好きに決まってる。好きじゃなかったら、夜食に残っていた筈だ。さあ、捜しに行こう。」
 王子「いやだ。僕は侮辱されたんだ。」
 王「そうか、じゃ捜すのはこの私がやる。」
 王、てのひらをメガホンのようにして、叫ぶ。
 王「おとぎの国の門番! お前達、私の声が聞こえるな?」
遠くの遠くから答えが返って来る。
 「聞こえますよー、王様ー。」
 王「その門から、娘が出て行かなかったかー。片方の靴だけでー。」
 遠くからの声「片方って、靴は何個ですか?」
 王「一個だー。一個だー。」
 遠くからの声「ブロンドの人ですかー。茶色の髪ですかー。」
 王「ブロンドだー。ブロンドだー。」
 遠くからの声「いくつくらいの女の人ですかー。」
 王「十六歳ぐらいだー。」
 遠くからの声「素敵な女の人ですかー。」
 王「そうだ。素敵な子だ。」
 遠くからの声「ははあ、分かりました。いいえ、陛下、出てきませーん。人っこ一人。はえ一匹だって出てきませーんでしたー、陛下。」
 王「じゃあ、何故うるさくいろいろ訊いたんだー。馬鹿たれ!」
 遠くからの声「興味本位からでーす、陛下。」
 王「はっはっは。馬鹿ものども! いいか、誰も出しちゃいかんぞ、分かったな。閂(かんぬき)を閉めておくんだ。いいな。王子、経過はいいぞ。あの娘はまだちゃんとこの国にいるんだ。だから捜せばいいんだ。私の命令一下みんなが動くことは知っているな? さあ、その靴をこっちに!」
 王、疾風のように去る。客達が食事をしているテーブルのところに走って行き、叫ぶ。
 「喜んでくれ、諸君。王子が結婚するんだ。結婚式は明日の夕方。嫁が誰か、だって? それは明日のお楽しみ! パデトロワ侯爵! さあ、仕事だ!」
 そう言って王はホールを出る。ダンス担当大臣を後に従えて。

 早朝。
 宮殿の後ろの野原に王の番兵達が整列している。王、走って登場。後にダンス担当大臣が従っている。王、番兵の前で止り、あたりを払うような厳かな様子をして言う。
 王「お前達、恋とはどんなものか知っているか。」
 兵士達、溜息をつく。
 王「私の息子、あの王位継承者が恋をした。真剣な恋なんだ。」
 兵士達溜息をつく。
 王「と、こういう訳だ。いいか、王子がその娘に真剣に話しはじめたとたんに、娘は逃げて行ったのだ。」
 兵士達「あります、そういうこと。」
 王「話している最中だぞ。口を挟むな。さあ、どうすればいいか。捜すんだ! 私と大臣はその娘の顔を知っている。だから馬で走りまわる。望遠鏡でのぞいて捜す。お前達は(顔を知らないから、)このガラスの靴を頼りに捜すんだ。女の尻を追っかけるのはお前達の得意とするところだろう。」
 兵士達「何ということを、陛下!」
 王「話している最中だぞ。口を挟むな。いいか、次のことを命ずる。会う娘、会う娘、全員にこの靴を履かせるんだ。このガラスの靴が足にぴったり合う娘、それが王子の許嫁(いいなずけ)だ。分かったな。」
 兵士達「はっ、分かりました、陛下。」
 王「これから全員、私の宝物蔵に行く。 そこで全員に一歩千里の靴を供与する。迅速を要する仕事なんだからな、これは。その靴を履いて走り回れ。全員ーー進め!」
 兵士達、突進する。
 王、廐(うまや)に走って行く。大臣が後に従う。馬車は廐から引き出されているが、馬はまだ出されていない。
 王と大臣、馬車に乗り込む。王、いらいらしながら座席の上で飛び上がる。
 「馭者!」王は叫ぶ。「何だ一体、これは。馭者!」
 馭者が廐から出て来る。
 王「馬はどこだ。」
 馭者「朝食の最中でして、陛下。」
 王「何だと?」
 馭者「かいばを食べているんです、陛下。 朝食を食べさせずに出すなんて、陛下、馬もやんごとなき宮廷生まれ、深窓育ちと申しましょうか。」
 王「わしの息子だって宮廷生まれだ。それともあれが深窓育ちじゃないとでも言うのか。」
 馭者「分かりました。ちょっと急がせてみます。」
 急ぐ様子もなく、馭者去る。王、その場でいらいらと歩き回る。
 「我慢ならん。」と、ついに王が叫ぶ。「一体これは何だ。私はおとぎの国の王様だぞ。違うのか。おとぎの国の王様なら、ええい、馬なんか糞くらえだ! 馬車よ・・・走れ!」
 すると車が王の言葉に従い、車のながえがひとりでに持ち上がり、その場をするすると離れ始める。と、思う間にもう王の大通りを走っている。

 ゾールシュカの家の窓の下に生えている七本の薔薇の木。
 ゾールシュカ、扉から出て来る。
 「薔薇さん達、今日は。」と彼女は薔薇に優しく挨拶する。
 薔薇の木、頭を動かし、それに答える。
 「あなた方、私が何を考えているか分かる?」と、ゾールシュカが訊く。
 薔薇は首を振って「知らない。」の合図。
 「教えて上げるわ。でも内緒よ。王子様って本当に素敵。大好き。死にそうなくらい。分かった?」
 薔薇、分かる、分かるという風に首を振る。
 「でもこれ、本当に内緒よ。分かってるわね?」とゾールシュカが頼む。
 薔薇、全身の力を使って、「決して他言しません。」と保証する。
 「ね、薔薇さん達、」とゾールシュカが囁く。「私今から森に行って来るわ。どうしたらハッピーエンドにな
るか、それを考えて、それを夢見て。」
 ゾールシュカが小道を歩きながら、歌を歌っている。突然立ち止る。顔が怖れの表情になる。顔を伏せる。すると長い髪の毛が下がり、顔を覆う。
 森の茂みからゾールシュカの方に王子が進み出て来る。王子、青い顔。
 王子「ああ、僕、あなたを驚かせてしまったね。怖がらないで。僕は盗賊じゃない。悪い人間でもない。ただの不幸せな王子なんだ。今朝は僕、日の出の頃から森の中をぶらついているんだけど、悲しくてじっとしていられない。僕の悲しみ、分かってくれる?」
 ゾールシュカ、顔を背ける。
 王子「さっき近くで歌声がしたね。誰が歌っていたの? 教えて。それとも、誰かに会わなかった?」
 ゾールシュカ、頭を振って「会わない。」の表示。
 王子「会わないって、本当なの? 誰が歌っていたか、本当に知らないの?」
 ゾールシュカ、「知らない。」の表示。
 王子「僕にはあなたの顔が見えないけど、あなたって優しい人みたいだ。お願いだ、助けて欲しいんだよ。こんなに悲しい気持ちになったのは生まれて始めてなんだ。僕はどうしても、どうしても、捜さなきゃならない女の子がいるんだ。その子に訊かなきゃいけないんだ。どうして僕のことがそんなに厭なのか。お願い、お願いだ。行かないで。顔を見せて!」
 ゾールシュカ、頭を振る。
 王子「ね、頼む。本当のことを言って。僕、頭がどうかしちゃったのかもしれない。でも、さっきの歌、あれはあなたが歌っていたんじゃないの?」
 ゾールシュカ、頭を振る。
 王子「何故か、あなたのその手、見覚えがあるような・・・その頭の下げ方・・・それにそのブロンドの髪・・・昨日あなた、舞踏会に来なかった? もしあれがあなただったら。お願いだ。どうか僕を見捨てないで。悪い魔法使いのために困っているんだったら、僕がそいつをやっつけてやる。それとも貧乏で生まれが悪いの? それなら却って大歓迎だよ。それともひょっとして僕が嫌いなの? それなら沢山武功をたてるよ。どんなことしてでも気に入られるようにする・・・ねえ、どうか一言でもいい。声を聞かせて! そうだ。そうなんだ。あなただったんだ、あれは。僕の勘は正しい。あなただったんだ。」
 王子、一歩踏み出す。ゾールシュカ、軽々と子供のように王子から跳び退き、茂みの中に消える。
 ゾールシュカ、木々や灌木の間を、後ろを振り向かず疾駆する。自分の家の垣根のところに来て振り返る。誰も後を追いかけて来ない。ゾールシュカ、薔薇の木(複数)に近づき、木々に囁く。
 「王子様に出会ったのよ。」
 薔薇、震える。ひどく驚く。
 「私、どうなってしまったのかしら。」とゾールシュカは囁く。「私、嘘なんかついたことなかった。それなのにあの方には嘘をついた。私、人の言うことをはいはいって聞いてきたわ。でもあの方の言う通りにしなかった。私、あの方にどんなにお会いしたかったか。それなのに、お会いしたら、まるで狼に出会ったみたいに体中が震えたわ。ああ、昨夜(ゆうべ)はみなやすやすと事が運んだのに。今日はこんなに変。」
 ゾールシュカ、家に入る。
 家族全員がテーブルについて、コーヒーを飲んでいる。
 継母「どこをふらついていたんだい。悪い子だね。私の娘を見習ったらどうなんだい。二人ともいつだって家にじっとしている。だから神様から御褒美だよ。昨夜(ゆうべ)は二人とも舞踏会で大成功。だから王子様がここにいる私の娘のうちどちらかと御結婚されてもちっーとも驚きはしないわ。」
 ゾールシュカ「まさか、お母様、そんなこと!」
 継母「何かい、お前、そんなことはないって言うのかい?」
 ゾールシュカ「ご免なさい、お母様、私、私のことを言われたのかと思って。」
 継母と二人の娘、互いに目配せをし、それから大声で笑う。
 「お前、ずいぶん自惚れやね。でも今日は許しましょう。機嫌がいいんだから。さあ、アーンナにマリアーンナ。垣根のところに出ていましょう。高貴なお方が通りかかるかも知れない。そうしたら「今日は。」って言いましょう。さ、ゾールシュカ、お前もついておいで。用事はそのうち思い付くからね。」
 継母と二人の娘が家を出たとたん、その場で三人は気を失わんばかりに驚く。家の外、王の大通りを、兵士の列が一歩千里靴を履いて疾走して過ぎて行く。
 兵士の姿が目に止るか止らないか、それほどの速度。見る間に姿が小さくなり、地平線上に点ほどの大きさに変わる。すると今度はその点がだんだんと大きくなって来る。兵士達が方向を変えて帰って来る。
 山林監督官の家のところまで来ると、兵士達は一斉に、隊伍を乱さず仰向けにバタンと倒れる。仰向けの姿勢のまま一歩千里靴を脱ぐ。
 全員、パッと立ち上がる。
 伍長が婦人達に御辞儀をし、言う。
 「ご機嫌うるわしう、奥様、お嬢さま方。ご婦人方の目の前で靴を脱ぐなど、失礼なことは重々承知しております。しかしこの靴はなにせ一歩千里靴なものですから。」
 継母「そうね。見て分かりましたわ、伍長様。で、何の御用でその靴を?」
 伍長「王子様の許嫁の方をお捜しするためでして、奥様。」
 婦人達、あっと驚く。
 伍長「いや、この千里靴って奴にはまいりますよ。狙いを定めて行こうと思ったって、さっと通り過ぎてどこへ行くやら、見当もつかないんですから。どんなに沢山のお嬢さん方をやり過ごしたか、その度にその皆様をどんなに驚かせたか、奥様にはとても想像がおつきになりませんよ。でも命令は命令ですから。さあ、お許し願って、お嬢さま方にこの靴を履いて戴かなければ。」
 継母「サイズは?」
 伍長「存じませんので、奥様。ただこの靴がぴったり嵌まる娘さんが王子様の許嫁の方とのことで。」
 婦人達、ははあと頷く。
 継母「伍長! 王様をお呼びして。その靴、必ずこの私の娘のどちらかにぴったりの筈。」
 伍長「でも奥様・・・」
 継母「さあ、すぐにお呼びして!(意味ありげに。)あなた、私に必ず恩に着るようになるわ。分かるわね。必ず私のことを有り難いって・・・(囁き声で。)たっぷりお礼をするんだから。」
 伍長「お礼は有り難いですが、その・・・履いてみもしないで・・・」
 継母(囁き声で。)「お酒があるのよ。一本じゃない、二本。分かる?」
 伍長「もちろん分かります。でも、駄目です。命令は命令なんですから。」
 継母「じゃ、靴を頂戴。」
 継母、受け取ってアーンナに試す。アーンナ、うめき声を上げる。
 継母、マリアーンナに試す。こちらも唸り声。
 継母「他の大きさのは?」
 伍長「ありません、奥様。」
 継母、再び娘達にガラスの靴を履かせようとする。しかし、どうしても駄目。継母一瞬緊張の表情。それから小さな猫なで声で言う。「ゾールシュカ!」
 ゾールシュカ「はい、お母さん!」
 継母「お前には今まで随分辛く当たってきたけど、私を悪く思っちゃいけないよ。お前にはいつでも優しい気持ちで接してきたつもりだよ、私は。だから私にも優しい気持ちを返してくれなくちゃ。お前には出来ないことってないんだよね。なにしろその手は何でも出来る手なんだから。この靴をアーンナに履かせておくれ。」
 ゾールシュカ「お母さん、私・・・」
 継母「私が頭を下げて頼むんだよ、私の可愛いゾールシュカ。私が一番贔屓にしている、可愛い小鳩ちゃん。」
 ゾールシュカ、この優しい言葉には抵抗することが出来ない。アーンナに近づく。非常に気をつけて、そして器用な手付きで、何とか、まるで魔法のように、アーンナに靴を履かせる。
 継母「出来た! そうだと思った! おめでとう、アーンナ。おめでとう、妃殿下。成功、成功、大成功! さあ、宮廷の連中、今に見ていらっしゃい。宮中の法律は私が新しく制定するんだから。マリアーンナ、悲しむんじゃないの。王様は今は一人身。お前にもちゃんとした地位をあてがってやる。ああ、残念だわ。この国は小さくって、満足に散歩だって出来やしない。 まあいい。隣の国に喧嘩をふっかけてやる。そう、そういうのが得意なの、私。兵隊達! 何をぼんやりつっ立っている。口をぽかんと開けて。さあ、王子と王子の許嫁に万歳三唱をして!」
 兵士達、従う。
 継母「さあ、王様を呼びなさい。」
 伍長、喇叭を吹く。
 馬車の音が鳴り響く。
 家の玄関に馬なしの王の馬車が走って来て止る。王がまるで子供のように顔を綻(ほころば)せて馬車から飛び降りる。その後から、踊ってくるくる回りながらパデトロワ侯爵が飛び降りる。
 王、野原を駆け回って叫ぶ。
 「さあ、王女はどこだ。私の娘はどこだ。」
 ゾールシュカ、おずおずと薔薇の茂みからこの様子を覗く。
 継母「ここですよ、陛下。親愛なるお舅(しうと)様。」
 継母はそう言って勿体ぶってアーンナを見せる。
 王「えっ? 何だこれは。こんな馬鹿な話が・・・」
 継母「陛下、どうぞ、これの足の方を見てやって下さい。」
 王「何が足だ。顔を見ている! この顔は違う!」
 継母「でもガラスの靴はぴったりですわ、陛下。」
 王「ぴったりがどうした。これは許嫁じゃない!」
 継母「陛下、王様の言葉に二言はありませんわ。綸言汗の如しですわ。ガラスの靴はぴったり、ぴったりなんですからね。と言うことは、この子が許嫁。王様はちゃんと兵士達にそう明言されました。そうですわね、兵隊さん達? ああ、黙ってるのね。ああ、親愛なるお舅さま、この件はこれでおしまい。あなたー。」
 山林監督官、走って登場。
 継母「あなたの娘が、王子様の許嫁になりましたわ。」
 山林監督官「ゾールシュカがか!」
 継母「何がゾールシュカですか。ほら、この娘ですよ。どうしてそんな口をポカンと開けてつっ立っているの。万歳ぐらい言ったらどう?」
 王「くそったれ。何という不愉快な話だ。どうしたらいい? 侯爵?」
 侯爵「それは勿論、踊るだけ。」
 侯爵、アーンナの手を取り、誘って、ダンスを始める。
 侯爵「おやおや、どうなさった、美人さん。びっこをひいておられますな。ははあ、靴が片方脱げてしまったのですな。美人さん。」
 侯爵、草むらからガラスの靴を取り上げる。
 侯爵はそれをアーンナに履かせようとする。
 「おやおや、これは小さ過ぎ。入りっこない。さっき履けていたのは、あれは魔法使いの仕業かな?」
 侯爵、靴を今度はマリアーンナに試してみる。
 「ほほう、あんたにもこの靴は小さ過ぎだね、お嬢さん!」
 「脱げるなんて当たり前じゃないの。」と継母が叫ぶ。「あの見知らぬ女だって、小さくてやっぱり宮殿で脱げてしまったんだもの。」
 侯爵「あの人には少し大きかったんです。それで脱げたんです。」
 王「まあいい。まあいい。よくある話だ。 がっかりしないで、奥さん。ここにはもう他に娘さんはいませんか。」
 山林監督官「います、陛下。私の娘、ゾールシュカが。」
 王「しかしお前は言っていたじゃないか。あれはまだ小さ過ぎると。」
 山林監督官「昨日は私にはそう見えたのですが、陛下。」
 と言って薔薇の茂みから、そこに引っ込んでいたゾールシュカを連れだす。継母と二人の姉、大笑いする。
 王「笑うな。笑うことを禁ずる。さあ、恥ずかしがらないで。可哀相な娘御。さあ、顔を見せてくれぬか。おお、これはどうしたことか。この目はよく知っている目ではないか。さあ、早く靴を。ぐずぐずするな。」
 侯爵、従う。
 「陛下、」と、侯爵は叫ぶ。「この方です。えっ? それにこれは何だ。見て下さい、陛下。」
 侯爵、ゾールシュカのエプロンのポケットから二つ目の靴を取り出す。
 王、ゴムまりのように跳び跳ねる。ゾールシュカにキスをし、叫ぶ。
 「王子はどこだ。呼ぶんだ。ここに。早く。さあ、早く。」
 喇叭が鳴る。年取った下僕が馬に乗って全速力で駆け付ける。
 「王子はどこだ。」と王が訊く。
 年取った下僕、鞍から飛び降り、小声で王に言う。
 「陛下、王子様は悲しみをおはらしになりたいと仰って、宮殿時間十一時に、遠くの遠くへお出かけになってしまわれました。」
 王、子供のように泣く。
 継母と娘、勝ち誇ったように微笑む。
 「まあ、私がいけなかったんだわ。」とゾールシュカは悩む。「森で私、どうして王子様にお答えしなかったのかしら。私の気の弱さのせいで、今頃王子様はお亡くなりに・・・王子様! 王子様! 今どこに?」
 すると優しい子供の小姓の声が答える。
 「ここですよ。」
 そして家の中から子供の小姓が現われる。片手は王子の手を引いて。王、子供のように大きく笑う。
 「僕は魔法使いじゃありません。まだ見習です。でも僕が好きな人のためなら、どんな奇跡だって出来るんです。」と小姓が言う。
 音楽。
 妖精が皆のいる所へ現われる。 妖精、魔法の杖を振る。ゾールシュカ、昨夜と同じ、光り輝く衣装を着ている。妖精、もう一度杖を振る。例の馭者と例の馬をつけた、あの金の馬車が、玄関にさっそうと乗り付ける。
 「さあ、継母さん、何か言うことがありますか。」と妖精が訊く。
 継母、黙っている。
 「結婚式だ!」と王が叫ぶ。「早く、早く。宮殿へ! 結婚式だ。」
 「でも、」と小さな声で王子が言う。「でもゾールシュカがまだ言ってくれてないんだ。僕のこと、好きかどうか。」
 ゾールシュカ、王子の方に近づく。そして恥ずかしそうに王子に微笑む。
 王子、ゾールシュカに腕を大きく動かして胸に手をあてる西洋式の御辞儀をする。ここで王、かいがいしく、また忙しく、例の、この話の最初に我々が見た幕を、引っ張る。
 王「さあ、ここで幕にしますよ。王子と新しい王女の仲の良い関係を皆さんに邪魔されるのが厭ですからね、正直のところ。なにしろ皆さん、私達は幸せそのもの。全員幸せ。いや、あのばあさんだけは別ですがね。でもあれはしかたがない。自分がいけない。身から出た錆なんですから。血は水よりも濃いなんて言いますがね、やはり良心は持たなくちゃ。血が濃いから何が出来るかって? いくら血が濃くたって娘の足を小さく、心を広くさせる訳にはいきませんな。さあ、皆さん、あの小さな小姓、あの子も最後には本当に幸せになるんですよ。王子に女の赤ちゃんが生まれて、ゾールシュカそっくりの。それで小姓は、今度はその子に恋するんです。それで私は自分の孫娘を喜んで嫁にやるつもりです。私はあの小姓の心の奥にあるもの、それを尊敬しています。それは、信頼することが出来ること、感謝することが出来ること、それから愛することが出来ること、これです。これは魔法の気持ち。これは自分で手に入れようと思ったって、決して、決して・・・」
 ここで王、ビロードの幕を指差す。それに火がついていて、その火が、「終」と言う字になる。
                                                       (一九四六)
          
       平成六年(一九九四年)三月一日訳了

http://www.aozora.gr.jp 「能美」の項  又は、
http://www.01.246.ne.jp/~tnoumi/noumi1/default.html


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