龍
                
エフゲーニイ シュヴァルツ 作
   能 美 武 功  訳
城 田  俊  監修


     登場人物                
   龍        
ランスロット                     
シャルルマーニュ −− 古文書係員
   エルザ −− 彼の娘
   町長
   ヘンリー −− 彼の息子
   猫
   ろば
   織工 一
   織工 二
   帽子職人
   楽器職人
   鍛冶屋
   エルザの友人 一
   エルザの友人 二
   エルザの友人 三
   歩哨
   男の市民 一
   男の市民 二
   女の市民 一
   女の市民 二
   子供
   牢番
   従僕、見張り、住民達

     第 一 幕
(広々とした快適な台所(兼食堂)。清潔。奥に炉がある。石造りの床、光っている。炉の前、肘掛け椅子に猫まどろむ。)
 ランスロット (登場、見回し、呼ぶ)たのもう、ご主人殿、奥様殿、誰かおられぬか。たのもう。誰もいないのか。空っぽ。門は開けっぱなし。戸には鍵がかけてないし、窓も閉めてない。なんて運がいいんだ。この僕がまっとうな人間で。さもなきゃ、手はむずむず、目はきょろきょろ、手あたり次第に金目の物をもってすたこらと。ところで今はそれどころじゃないや。草臥れて。(坐る)待って居よう。おい、猫君。君の飼い主達はもう帰って来るんだろう。な。君、黙ってるの。
 猫 黙っています。
 ランスロット あ? 何故だい。
 猫 暖かくて快適な時には、まどろんで黙っているのがいちばん賢いんです。
 ランスロット(なるほど。)ところで、君の飼い主達は何処にいるんだい。
 猫 外出中です。これが実にありがたい。
 ランスロット 飼い主が嫌いなのかい。
 猫 とんでもない。この毛皮の毛の一本一本、足の爪、口髭の先まで、あの人達のことを愛していますよ。でも悲しいことが起こって。心から休めるのは、あの人達がいない時だけなんです。
 ランスロット なるほど。すると不幸が彼らを襲っている。それはどんな。え。君、黙ってるの。
 猫 黙っています。
 ランスロット 何故。
 猫 暖かくて快適な時には、まどろんで黙っているのが一番賢いんです。不愉快な未来のことをあれこれ思うより。ミャー。
 ランスロット 猫君、驚いた話だね。台所はこんなに快適だ。暖炉だって良い火があかあかと。僕は信じたくないね。此の居心地のよい広々とした家に不幸が襲ってきているなんて。猫君。何が起こっているんだ。答えてくれよ。なあ。さあ。
 猫 眠らせてください。旅のお方。
 ランスロット 聴いてくれ。猫君。君は僕のことを知らないんだ。僕は身の軽い男でね。綿毛のようなもんさ。何処へでも吹き飛ばされて行くんだ。そして事件に巻き込まれる。これが僕の癖さ。御陰で軽傷が十九回、重傷が五回、それに重体になったことが三度もある。しかしまあこの様に生きている。それと言うのも、僕が綿毛の様に軽いばかりではなくってね、ろばの様に頑固だからなんだ。ねえ、猫君、何が起こっているんだい。ひょっとしたら君の飼い主を救う事だって出来るかもしれないぜ。僕にはそういうことだってあるのさ。さあ。君の名前は何ていうんだい。
 猫 タマ子ちゃん。
 ランスロット ええつ。雄だと思って居た。
 猫 雄なんです。でも人間てひどく不注意ですからね、時には。私の飼い主は今でも驚いているんです、私が未だに子供を生まないんで。どうしたんだい、タマ子ちゃん。 こうです。かわいそうですよ、人間て。あ、これ以上私は何も言いません。
 ランスロット これだけは教えてくれ。誰なんだい、君の飼い主つてのは。
 猫 古文書係員シャルルマーニュとその一人娘、可愛い可愛いエルザです。
 ランスロット ふたりのうちどちらになんだ、不幸は。
 猫 ああ。エルザにです。という事は、私達みんなに。
 ランスロット どんな不幸なんだ。さあ。
 猫 ミャー。もう四百年も前になります。この町に龍が住み着いて。
 ランスロット 龍。こりゃあいい。
 猫 それが重い年貢をとりたてるんです。それに毎年一人、娘を人身御供に。自分で選んだ娘を。こちらはウンもスーもミャーもなく捧げ奉るんです。龍は自分の洞窟に連れて行って、それで娘はお終い。死んじゃうんだそうです。気味悪くて、気味悪くて。フルルル。あっちへ行け、あっちへ行け。フーフーフー。
 ランスロット あれ、誰に言っているの。
 猫 龍にですよ。 今年は私達のエルザが選ばれたんです。いやなとかげ、いもり、爬虫類奴が。フーフーフー。
 ランスロット 頭は何個だい。
 猫 三個です。
 ランスロット かなりなものだな。足は。
 猫 四本。
 ランスロット まあ普通か。爪は。
 猫 一本の足に五本ずつ。爪と言ってもまるで鹿の角ですよ。
 ランスロット ほほう。それで鋭いんだろうな。
 猫 ナイフと同じです。
 ランスロット そうだろう。ところで火を吐くかい?
 猫 ええ。
 ランスロット 本物の?
 猫 森が燃えますから。
 ランスロット ははあ。鱗は? 鱗で覆われているんだろう?
 猫 ええ。
 ランスロット きっと頑丈なもんだろうな。
 猫 そりゃもう。
 ランスロット で どのくらい。
 猫 ダイヤモンドでも切れないくらい。
 ランスロット なるほど。分かった。身長は?
 猫 教会の高さ。
 ランスロット これではっきりした。有り難う、猫君。
 猫 龍と闘ってくださるんですね。
 ランスロット 考えておこう。
 猫 お願いです。闘いに彼を引っ張りだして下さい。勿論龍が勝ってあなたは死ぬでしょう。でも想像する事は出来ますからね。あなたが死ぬその瞬間まで、ひょっとしたら、万に一つ、まさかとは思うが、あるいは奇跡が起こって、貴方があいつをやっつけて仕舞うんではないかと。暖炉の前でうたた寝をしながらね。
 ランスロット 有り難う。猫君。
 猫 立ってください。
 ランスロット どうしたんだい。
 猫 お帰りです。飼い主の。
 ランスロット ああ、僕が気にいる事が出来る女の人だったら。ああ、気にいります様に。それだと随分助かるんだが。(窓の外を見る)気にいった。猫君、素晴らしい娘さんじゃないか。ええつ? 微笑んでいるぞ。全く落ち着きはらっている。父親だって嬉しそうだ。何だ、僕を騙したのか。
 猫 いいえ。此の話で一番悲しいところなんですよ。あの人達が微笑んで居ると言う点が。シツ。お帰りなさい。さあ晩御飯に致しましょう。(まるくなる)
(エルザとシャルルマーニュ登場)
 ランスロット 今日は。ご主人様、お嬢様。
 シャルルマーニュ 今日は。旅のお方。
 ランスロット この貴方のお家が私を大層歓待してくれまして。 門は開いていまして、台所にも良い火が赤々と。で、招待も受けませんのにあがりこみ・・・いや失礼の段お許し下さい。
 シャルルマーニュ いえいえ、失礼などと。家の戸は、皆様方何方様にも開いておりますので。
 エルザ どうぞお坐りになって。帽子を。戸の所に掛けておきますわ。すぐ食事の支度を致します。どうかなさいましたか。
 ランスロット いや、別に。
 エルザ 私にはちょっと・・・私にお驚きになって?
 ランスロット いやいや・・・なんでもありません。
 シャルルマーニュ どうぞお掛けください。旅のお方。私はよそのお方が好きで・・・きっと、この町から一歩も出ず、此処でばかり暮らしてきたからでしょうな。何方のお方で?
 ランスロット 南から参りました。
 シャルルマーニュ さぞ御苦労がおありでしたでしょうな。みちで。
 ランスロット ええ、あり難くないほどありました。
 エルザ お疲れでしょう。どうぞ本当にお掛け下さい。お立ちの儘では辛いですわ。
 ランスロット 有り難う。
 シャルルマーニュ ここではゆっくりとお休みになれます。なにしろ静かな町ですから。事件などあったことはありませんし、起きるはずがないのです。
 ランスロット あったことがないですって?
 シャルルマーニュ 一度も。尤も先週強い風が吹きまして、ある家で屋根が吹っ飛びそうになりましたが、まあそんな大事件とも言えんでしょう、これなど。
 エルザ 夕食の用意が出来ましたわ。どうぞ。あら、どうかなすって?
 ランスロット 失礼ですが、その・・・今おっしゃいましたね、ここは静かな町だと。
 エルザ ええ、言いましたけど・・・
 ランスロット それで、どうなんです、龍は?
 シャルルマーニュ ああ、あれですか・・・でも私達はあまりなれっこになってしまって。なにしろ四百年もここに住んで居るんですから。
 ランスロット でも・・・その。噂では、貴方の娘さんが・・・
 エルザ あら、旅のお方。
 ランスロット ランスロットと言います。
 エルザ ランスロット様、お許し下さい、こんな事を申し上げて。でもお願いですわ、この事はもう口になさらないで戴きたいのです。
 ランスロット 何故です。
 エルザ だってどうしようもないんですもの。
 ランスロット こりゃ驚いた。
 シャルルマーニュ そうです。実際どうしようもないんです。今二人で森へ行った所です。よおく話し合いました。詳しく考えてみました。明日龍が娘を連れて行ったら、その後私も死ぬのです。
 エルザ お父様、そんなこと口にしてはいけませんわ。
 シャルルマーニュ いや、それだけの事さ。それでおしまいさ。
 ランスロット 失礼ですが、もう一つ質問させて下さい。一体今までに、龍と闘おうとした人は居ないのですか。
 シャルルマーニュ この二百年はありません。それ以前はよく闘ったものです。しかし龍は強くて。みんな殺されてしまいました。なにしろ戦略あり、戦術あり、です。油断をみすまして突然襲いかかるんですな。空から石を投げつけ、真っ直ぐ下に突撃。馬の頭めがけて火を吹きかけるのです。かわいそうな馬はすっかり意気沮喪する。其処を狙って爪で騎士をひとつき。こういった具合でついには誰も龍に挑戦する者は居なくなったのです。
 ランスロット 町全体で龍にかかって行ったことは?
 シャルルマーニュ あります。
 ランスロット で?
 シャルルマーニュ 町の郊外を焼き払い、人口の半分は毒の息を吹き掛けられて気違いになりました。なかなかやりますよ、この龍は。
 エルザ バターをどうぞ。
 ランスロット ああ、有り難う。力を付けて置かなければ。そうすると・・・いや根ほり葉ほり聞いて失礼。すると今では龍と闘う者は誰も居ないのですね。龍は図々しくなって来たわけだ。
 シャルルマーニュ いえいえ。とても親切で。
 ランスロット 親切?
 シャルルマーニュ そうです。いつか此の町でコレラが流行った時など、町の医者の頼みで、湖に火を吹きかけ沸騰させてくれました。町の人々はその水を飲んだのでコレラに罹らないですんだのです。
 ランスロット それは最近のことですか?
 シャルルマーニュ いいえ、八十二年前のことです。でも、その恩をいまだに私達は忘れないでいるのです。
 ランスロット ほう、それで、他にもあるんですか、親切な事が。
 シャルルマニュ ジプシーを追い払ってくれました。
 ランスロット ジプシー? いい人達ではありませんか。
 シャルルマーニュ なんて恐ろしい事を。なるほど私は今までジプシーを一人だって見たことはありません。しかし学校で習いましたよ。恐ろしい人達だって事は。
 ランスロット でも、何故?
 シャルルマーニュ 生まれつき、血統ですな。無宿者なんです、彼らは。国家組織の破壊者ですよ。そうでなかったら何処かに定住しているはずでしょう? あちこちぶらつかないで。歌を聴いてごらんなさい、彼らの。女々しくって、やけっぱちではないですか。子供は盗むし、何処にでも入り込むし。今では此の町には一人もいませんよ。でも百年前だと髪の毛の黒い人は誰でも証明する義務があったのです。自分にはジプシーの血が流れていないと。
 ランスロット 誰がそんな話をしたのです?
 シャルルマーニュ  龍です。なにしろ龍が住みついた最初の頃、随分ジプシー達は龍に挑戦しましたからなあ。
 ランスロット 名誉ある人々だ。不倒不屈の精神だ。
 シャルルマーニュ めっそうもない。そんな事をおっしゃっては。
 ランスロット 何を食べるんですか、この龍は?
 シャルルマーニュ 一箇月に、牛千頭、羊二千頭、鶏五千羽、塩三十キロ。町で賄うんです。夏と秋にはこれにサラダが加わります。野菜畑十枚分のアスパラガスとカリフラワーの。
 ランスロット 終いには貴方方の食べるものがなくなりますよ。
 シャルルマーニュ なんてことをおっしゃいますか。不平は言いません、私達は。それに、他に方法がありますか。まあ、あれが居てくれる限り、他の龍は近寄りませんからね。
 ランスロット 僕の考えでは、他の龍なんてずっと前に死んで居ますよ。
 シャルルマーニュ ひょっとしてまだ居たら? 他の龍を追い払う一番良い方法、それは自分用のを一匹飼って置くことです。この話はもうこれぐらいにしましょう。もっと何か面白い事を話しましょうよ。
 ランスロット いいでしょう。苦情帳って御存知ですか?
 エルザ いいえ。
 ランスロット お教えしましょう。ここから歩いて五年ぐらいかかる所に、山の中に、大きな洞窟があります。この洞窟の中に帳面があるのです。もう半分まで書き込まれています。誰もそれに触る人はいないのですが、一頁一頁と書き込みが増えていきます。それも毎日です。誰が書くのでしょう。世界です。山が、草が、石が、木が、川が、人がする事を見ています。悪い事をした人、苦労しても報われない人、みんな見ています。そして、枝から枝へ、水の雫から水の雫へ、雲から雲へ、その山の洞窟まで、人々の苦情を伝えるのです。そして苦情帳は大きくなっていきます。もしもこの世にこの苦情帳がなかったら木の枝は憂いの為に萎れるでしょう。 水は悲しみの為に苦くなるでしょう。では誰の為にこの帳面は書きこまれるか。僕の為にです。
 エルザ 貴方の為ですって?
 ランスロット ええ、僕とその他僕の仲間達の為にです。我々は注意深い、身の軽い者たちです。この様な帳面があることを噂に聞き、我々で捜しあてたのです。 これを読んでからはもう我々には休む時がありません。ああ、なんていう苦情でしょう。この苦情には応えずにおくわけにはいきません。我々は出向いて行くのです。
 エルザ それで?
 ランスロット 他人事に介入するのです。助けねばならない人を助け、亡ぼさねばならない人を亡ぼすのです。お助けしましょう。
 エルザ どうやって?
 シャルルマーニュ どうやって私共を助けるとおっしゃる?
 猫 ミャウー。
 ランスロット 三度、僕は命も危ぶまれる程の傷を受けました。 みんな僕が無理やり助けた人にやられたのです。でも、でも僕はやる。貴方方が頼まなくても。僕は龍に戦を挑むのだ。ねえ、エルザ。
 エルザ 駄目、厭よ。龍は貴方を殺すわ。私の人生の最後の日が穢されて仕舞うわ。
 猫 ミャウー。
 ランスロット 僕は龍に挑戦するぞ。
(口笛、雑音、吠え声、唸り声、始まる。次第に大きくなる。ガラスが震える。窓の外が赤くなる。)
 猫 噂をすれば影。
(吠え声、口笛、急に止む。扉に大きなノック。)
 シャルルマーニュ どうぞ。
(着飾った従者登場。)
 従者 龍様のおでまし。
 シャルルマーニュ ようこそお出で下さいました。
(従者、広々と扉を開ける。間。初老のがっちりした年より若く見える薄色の髪の男が、軍隊式の歩き方で登場。頭はざんぎりにしてある。顔いっぱいに微笑を浮かべている。態度に粗暴な所はあるが、全体に何かしら気持ちの良さがある。少し耳が遠い。)
 男 今日は、諸君。ああ、エルザ、どうじゃな。いつも可愛いのう。客がある様だな。誰じゃ。
 シャルルマーニュ よその人です。旅の人で。
 男 あ? 報告は大きな声で、明瞭に。軍隊式に。
 シャルルマーニュ よその人です。
 男 ジプシーではないのか。
 シャルルマーニュ とんでもない。とても良い人です。
 男 あ?
 シャルルマーニュ い、い、ひ、と、で、す。
 男 よろしい。よそのお人。何故こちらを見ぬ。何故扉にへばりついて居るのじゃ。
 ランスロット 龍が入って来るのを待ち受けているのです。
 男 は、は。わしじゃよ。龍は。
 ランスロット 貴方が? 龍には三つの頭、爪、それに恐ろしく大きいと聞きましたが。
 龍 今日は平服。無礼講で来たのじゃ。
 シャルルマーニュ 龍様は永いこと人間に混じって生活して来られたので屡々人に姿を変えられ、この様にお客に来られるのです。
 龍 そうだ。わしは真の友だ。なあシャルルマーニュ。お前達すべてにとってわしは友達以上だ。お前達の子孫の友達でもあるんだからな。いや、それだけではない。わしはお前達の父親、祖父、曾祖父、の友達だった。そうそう、覚えておる。お前の曾曾祖父がだ、短いパンツを履いて遊び廻っていたもんだ。何だ、この涙は。つい出てしもうた。は、は。旅のお方、眼を円くされておるな。こんな事は思いもかけんだったろうからの。は、は。エルザ!
 エルザ はい、龍様。
 龍 お手。
(エルザ手を龍に出す。)
 龍 可愛いのう。悪戯っ子じゃ、お前は。何と柔らかいお手々じゃ。顔を上げて。笑って。よしよし。どうした、旅のお方。あ?
 ランスロット 眺めているのだ。
 龍 えらい。良い答えだ。眺めていなさい。ごたごたは御免だ、此処では。なあ、旅のお方。軍隊式じゃ。おいちに、おいちに。この儘行こう。どうぞ召し上がれ。
 ランスロット 満腹で。いや有り難う。
 龍 さあ、さあ、どうぞ。此処へは何しに来られた。
 ランスロット 仕事で。
 龍 あ?
 ランスロット 仕事で。
 龍 何の。さあ。あ? ひょっとしてお手伝い出来るかも知れん。何しに来られた?
 ランスロット お前を殺す為だ。
 龍 聞こえん!
 エルザ あら、違うわ。冗談ですわ。さあもう一度しましょうか、お手を? 龍様?
 龍 一体これはなんじゃ!
 ランスロット 私はお前に挑戦する。聞こえたか、龍!
(龍、黙る。赤紫色になる。)
 ランスロット 私はお前に挑戦する。これが三度目だ。聞こえたか。
(耳を聾する恐ろしい三種の唸り声。唸り声の大きさにも拘わらず、そして壁が揺れる程でもあるのに、何かしら音楽的な響きがその中にある。人間的な音は全くない。龍が拳を握り、足を踏みならす時に出る音である。)
 龍(突然唸りを止めて、静かに)馬鹿な。あ? 何故黙って居る? 怖いんだろう?
 ランスロット いや。
 龍 いや?
 ランスロット いや。
 龍 分かった。(肩を軽く動かす。突然変化がある。龍の肩に新しい頭が現れる。古い頭は跡方なく消える。真面目な、控え目の、広い額、長い顔、白髪の男がランスロットの前に立つ。)
 猫 驚かないで、ランスロット。三つの顔の内ですよ。気にいったのに取り替えるんです。
 龍(顔と一緒に声も変わる。大きくない、事務的な声。)お名前はランスロットでしたね。
 ランスロット そうだ。
 龍 遍歴の騎士ランスロット、かの有名な。あの子孫ですか。
 ランスロット 遠い親戚だ。あれは。
 龍 挑戦は受けましょう。遍歴の騎士ならジプシーと同じです。
 ランスロット そう簡単にはいかんぞ。
 龍 私も随分殺したものです。八百九人の騎士、名前不明の九百五人、一人の酔っぱらい、二人の気違い、二人の女、これは人身御供に選んだ娘の母親と叔母、それに十二歳の男の子、その娘の弟でした。そればかりではありません。六個師団の軍隊に、暴動群五、です。まあ坐って下さい。
 ランスロット(坐る。)有り難う。
 龍 煙草は? おやりになる。ああ、どうぞ、どうぞ、御遠慮なく。
 ランスロット では失礼。(パイプを出し、ゆっくりと煙草を詰める。)
 龍 想像がお着きでしょうか、私がどんな日に生まれたか。
 ランスロット さぞ験(げん)の悪い日だったでしょう。
 龍 恐ろしい戦いの日でした。あのアッチラが敗北した日です。お分かりでしょう、その日にはどれほど多くの将兵が死んだか。地面は地で真っ赤。木々の葉は夜半にかけて褐色に変わりました。夜明けになると巨大な真っ黒い茸ーーこれを「弔い茸」と人は呼んだのですがーーそれが木の下一面に生えましてね、その後から這い出たんですよ、私は。戦争から生まれた戦争の息子。私はまあ戦争そのものです。死んだフン族の血が私の血管には流れています。それは冷たい血です。だから戦場でも私は冷たい、冷静です。正確無比なんです。
(正確無比の言葉で、龍、少し手を動かす。パチンと音がして、龍の人指し指からリボン状の火が出る。ランスロットの詰めたパイプに火をつける。)
 ランスロット 有り難う。(美味そうに吸う。)
 龍 貴方は私に反対していらっしゃる。即ち貴方は戦争反対ですね。
 ランスロット なんてことを。僕は戦っているんだ。年中。
 龍 貴方は此処ではよそ者です。私達は昔からの知り合いです。町中貴方のことを恐ろしそうに見、死ねば大喜びです。名誉のない非業の死が貴方を待っています。これは分かっているんですね。
 ランスロット いや。
 龍 どうやら今まで通り、決意は堅いようですね。
 ランスロット 今までよりもだ。
 龍 これはあっぱれな挑戦者です。
 ランスロット 有り難う。
 龍 本気で戦うことにしましょう。
 ランスロット 結構。
 龍 つまり、その、すぐ殺すという事です。今、此処で。
 ランスロット 僕に武器がないのに!
 龍 武装する時間が与えられる、とでも思っていましたか。いえいえ。今申し上げた様に、私は本気で戦います。すぐ攻撃しましょう、今。・・・エルザ、ほうきを持って来て。
 エルザ ほうき?
 龍 この人を今、灰にしますから、後で掃き出して下さい。
 ランスロット 君は僕が怖いのか。
 龍 「恐れ」とは何か、私は知りません。
 ランスロット 何故それなら急ぐのだ。明日まで期限をくれたまえ。武器を捜してくる。その後であいまみえよう。
 龍 何の為にでしょう。
 ランスロット 町の人は思うじゃないか、君がおじけづいたと。
 龍 何も分かる訳はありません。この人達も黙っているでしょう。貴方は此処で死ぬのです。勇敢に、静かに、名誉なしに。(手を上げる。)
 シャルルマーニュ 止めて下さい。
 龍 何ですか。
 シャルルマーニュ 今は殺せません。
 龍 何ですって?
 シャルルマーニュ お願いです。怒らないで下さい。心からの貴方の僕(しもべ)です。でも古文書係員の立場から・・・
 龍 その立場からするとどうだって言うんですか?
 シャルルマーニュ 昔の書類があります。三百八十二年前に署名なさった。この書類は未だ廃棄されてはいません。ご覧下さい。私は抗議しているのではありません。ただ思い出して戴きたいと。 そこにはちゃんと「龍」と署名が・・・
 龍 それで?
 シャルルマーニュ これは私の娘です。無理はないでしょう、少しでも長生きして貰いたいと願うのは。親として当然の事を願っていると・・・
 龍 要点を言いなさい。要点を。
 シャルルマーニュ どうなっても構わん。私は抗議します。今は殺せません。宣誓をして龍様は署名していらっしゃいます。「挑戦者は戦いの日まで身の安全を保証する。戦いの日は龍様でなく、挑戦者が決定する。全市を上げて挑戦者の味方にならねばならぬ。またそれによっては決して懲罰は受けない。」と。
 龍 何時書かれたのですか。その書類は。
 シャルルマーニュ 三百八十二年前です。
 龍 幼稚で、多感な、無邪気な青二才だったのです。
 シャルルマーニュ でも廃棄されていません。
 龍 それが何です。
 シャルルマーニュ しかし書類という物は・・・
 龍 書類はもう沢山。私達は大人です。
 シャルルマーニュ でも龍様ご自身の署名が・・・書類を取ってまいりましょう。
 龍 そこ動くな。
 シャルルマーニュ 娘を助けよう、というお方が現れたのです。子供への愛情、それはしようのないことでしょう。当然のことです。それに客に対する持てなし、これも大切な事じゃありませんか。何故そんなに恐ろしい顔で睨むのです。(手で顔を覆う。)
 エルザ お父様、お父様。
 シャルルマーニュ 私は抗議します。
 龍 分かった。今からこの家全体を焼き払う事にします。
 ランスロット 全世界に分かるぞ、お前が卑怯者だという事が。
 龍 どうやって。
(猫、一跳びに窓の外へ出る。遠くから囃す。)
 猫 皆、皆、皆に言っちゃおう。いやーらしい、いーもーりー。
(龍、再び唸る。唸り声は以前と同様に力強いが、今回はその中に、明らかに嗄(しわが)れた切れぎれの咳が聞こえる。)
 龍 (急に唸るのを止めて。)分かった。明日戦いましょう。お申し越し通り。
(急に去る。今回も扉の外に、唸り、シューシュー言う音が聞こえる。壁は震え、ランプが点滅する。唸り声、遠ざかる。)
 シャルルマーニュ 行ってしまった。なんて事をしたんだろう。ああ、なんてことを。わがままなおいぼれだ、私は。でもどうしようもなかった。エルザ、私の事を怒っているかい?
 エルザ いいえ、何を仰います、お父様。
 シャルルマーニュ 私は疲れた。失礼する。横になって来る。いやいや、一人で行ける。お客様のお相手をしてな。よくお持てなしして。あんなに親切にして下さったんじゃ。じゃ、失礼するよ。(去る。間。)
 エルザ 何故こんな事をお始めになったの? いえ、非難しているんじゃないの。でも、これまではとてもすっきりしていて、申し分なかったんですもの。若くして死ぬってそんなに怖い事じゃないわ。第一、年をとらなくてすむでしょう?
 ランスロット なんて事を言うんだ。考えてもご覧。木だって伐り倒される時には溜め息をつくんだよ。
 エルザ でも私、残念じゃないわ。
 ランスロット お父様は?
 エルザ 死にたいって思った丁度その時に死ぬんですもの。結局幸せなんじゃないかしら。
 ランスロット 友達と別れるのは?
 エルザ 辛くは無いわ。だって私じゃなかったら、あの人達の中から選ばれるんですもの。
 ランスロット 許嫁の人は?
 エルザ どうして分かったの、私に許嫁があるって?
 ランスロット 勘です。で、許嫁の人とは?
 エルザ ヘンリーを慰める為に、自分の秘書に任命したのよ、龍は。
 ランスロット ああ、そういう訳か。で、勿論別れるのはもう辛くないって言うんだ。それでこの町は? 生まれたこの町に別れるのは辛くない?
 エルザ だって、その町の為に死ぬんですもの。
 ランスロット 町の方じゃ、平静に君の死を受け入れるの?
 エルザ いいえ! 日曜日に死ぬでしょう? すると火曜日まで町中喪に服してくれるの。丸三日間誰もお肉を食べないのよ。お茶の時間にはビスケットが出されるの。「かわいそうな娘さん」っていう名前の。私の追悼の為なの。
 ランスロット それだけ。
 エルザ それ以上何が出来るの?
 ランスロット 龍を殺すんだ。
 エルザ 出来ないわ。そんな事。
 ランスロット 龍が君の魂を抜き去り、血に毒を入れ、目も霞ませて見えなくしたんだ。 僕が元通りにしてやる。
 エルザ そんな事やめて下さい。それに本当にそうだったら、私死んだ方がいいんじゃないかしら。
(猫、走り登場。)
 猫 知り合いの猫八匹、四十八匹の子猫に頼んで町中に言いふらして貰いました。これから始まる決闘について。ミャウー。あ、町長が来る。
 ランスロット 町長? こりゃ好都合。
(町長、走って登場。)
 町長 今日は、エルザ。旅のお方は何処かね。
 ランスロット 此処にいます。
 町長 まず最初にお願いする。小声で話して下さらんかの。それから身振りなしで。動く時にもゆっくりやって戴きたい。それにもう一つ、目を見ないで欲しいのじゃ。
 ランスロット 何故でしょう。
 町長 わしの神経は酷い状態にあってな。この世にあるありとあらゆる神経の病(やまい)、それにもうあと三つ、世にまだ知られて居らん病にも罹って居るのじゃ。龍の下で町長を務めると言う事は並み大抵じゃないて。
 ランスロット 龍を殺してお目にかけます。町長殿にも肩の荷を下ろして戴きます。
 町長 肩の荷を下ろす、ハハ、肩の荷を、ハハ、肩、ハハ。(ヒステリー状態に陥る。水を飲む。収まる。)龍様に貴方様が挑戦なさったこと、これは不幸な事じゃ。 この町は丁度うまく運んでおったところだったに。わしの補佐役、助役だが、これの横暴を龍様が抑え始めてくれていたのじゃ。粉屋協会の親分の、このやくざ助役奴を。貴方様の御陰で元の木阿弥。龍様は貴方様との闘いの準備で、町の運営など見向きもしなさらんじゃろう。折角ここまで持って来たという時に。ああ。
 ランスロット でも分かって下さい。私だって町を救おうと・・・
 町長 町? ハハ。町? ハハ。町? ハハ。(水を飲む。静かになる。)町の一つや二つ、犠牲にしても構わん。あいつをやっつける為なら。ひどい助役だ。龍が五匹でも居た方がましだ。 あんな助役がいるよりは。お願いじゃ。出て行って下され。
 ランスロット 厭です。
 町長 御免下され。カタレプシーの発作で・・・
(顔に苦い笑いを浮かべた儘堅くなる。)
 ランスロット 町の人皆を助けるんです。分かって下さい。(町長沈黙。ランスロット、彼に水をかける。)
 町長 いや、分かりませんな。誰に頼まれたかの、闘うことを。
 ランスロット 町中の人が望んでいます。
 町長 そうかの。ちょっと窓の外を。町の錚々たる人々が来ている。貴方様に立ち去って貰いたいとな。
 ランスロット 何処に?
 町長 ほら、壁の所に小さくなっている。皆さん、もっと近くに寄って下され。
 ランスロット 爪先立ちで歩いて居ますな。
 町長 わしの神経に気を使って呉れていますのじゃ。皆さん。じゃ、声を揃えてな。一、二の三。
 町人達(声を揃えて。)町から出て行け。す、ぐ、に。今日、す、ぐ、に。
(ランスロット、窓から離れる。)
 町長 ほーら。お願いじゃ。 わしらをかわいそうと思うて、ここはひとつ、町の人の希望を入れて欲しいんじゃ。
 ランスロット そんな事するもんですか。
 町長 御免下され。又発作で・・・(両手でやかんの把手と注ぎ口の形を作り、自分の体をやかんにする。)わしはやかんじゃ。沸かしてくれい。
 ランスロット 分かった。なんで連中が爪先立って居たか。
 町長 ほう。
 ランスロット 町の立派な人達に気づかれない為だ。そうだ。その人達と話してみよう。(走って退場。)
 町長 沸かしてくれ!(エルザに)一体何が出来るっていうんだ、あの男に。龍が命じればすぐ牢屋にぶち込むだけだ。可愛いエルザ、心配はいらん。決められた時間に、決められた様に、龍様はお前を迎えに来られる。可愛いお前を抱き締めにな。心配はいらん。
 エルザ 分かってますわ。(ノックの音。)どうぞ。(さっき龍を連れて来た従者登場。)
 町長 ああ、お前か。
 従者 ああ、お父さん。
 町長 龍からの使いか。勿論闘いは無いんだろう? あやつを牢屋にぶち込む命令で来たんだな。
 従者 龍様はお命じになりました。第一、明日の戦いの時間を決めること。第二、ランスロットに武器を供与する事。第三、少し頭を使うこと。
 町長 こりゃ困った。わしには使おうにも頭が。おーい。あたまあー。かえってこーい。
 従者 私への龍様の命令。エルザと二人で話す事。
 町長 分かった。分かった。分かった。(急いで退場)
 従者 今日は、エルザ。
 エルザ 今日は、ヘンリー。
 ヘンリー 君、助かると思う?
 エルザ いいえ、あなたは?
 ヘンリー 思わない。
 エルザ 何? 龍の話って?
 ヘンリー 龍様の命令。ランスロットを殺せ。必要ならば。
 エルザ (驚く)何ですって?
 ヘンリー 短刀で。これがその短刀。毒が塗ってある。
 エルザ 厭だわ。
 ヘンリー その言葉に対する龍様の伝言。さもないとお前の友達を一人残らず殺す。
 エルザ いいわ。やってみる、と言って。
 ヘンリー その言葉に対する龍様の伝言。ほんの少しの躊躇いも、命令不履行として罰せられる。
 エルザ あんたなんて大嫌い。
 ヘンリー その言葉に対する龍様の伝言。忠実な部下は賞せられる。
 エルザ 龍なんかランスロットに殺されるわよ。
 ヘンリー その言葉に対する龍様の伝言。結果は見てのお楽しみ。
                     (幕)
         
     第 二 幕
(町の中央広場。右手に塔のついた町役場。塔の上に歩哨が立っている。正面に窓のない暗褐色の巨大な建物。地面から屋根までの巨大な一枚扉。鋼鉄で出来ている。扉には巨大な文字で「人間の立ち入り、絶対禁止」と書かれている。左手に広い昔の城壁。広場の中央に井戸。彫物のある手すりと庇(ひさし)が付いている。ヘンリーが、お仕着せは着ず、前掛けで、鋼鉄の扉の真鍮の飾りを磨いている。)
 ヘンリー (鼻唄で)結果は見てのお楽しみ。龍様のお言葉。結果は見てのお楽しみ、龍、龍、龍様はこう吼えた。さあさ、俺たちも見てみよう。
(町役場から町長走って登場。拘束服(囚人に着せる)を着ている。)
 町長 おう、ヘンリー、人を寄越したのはお前か。
 ヘンリー ええ、お父さん。役場では事がどう運んでいるのか知りたくて。町議会は終わった?
 町長 何を言っとる。一晩中掛かって、やっと議事日程を通せただけだ。
 ヘンリー 疲れた?
 町長 疲れた、などと、生易しい。最後の三十分でわしは三度も拘束服を着替えさせられた位じゃ。(欠伸。)雨が降るんかのう、今日は。 わしのこのお有り難い精神分裂症も、えらい活気がようて。譫言(うわごと)、譫言がでるんだ。それに幻覚、妄想、その他いろいろ。(欠伸。)煙草はあるか。
 ヘンリー あります。
 町長 ほどいて呉れ。一服しよう。
(ヘンリー、父を解く。宮殿の階段に並んで坐る。煙草に火を付ける。)
 ヘンリー 武器の問題は何時決めるの?
 町長 武器、とは何じゃ。
 ヘンリー ランスロットのですよ。
 町長 ランスロット、とは何じゃ。
 ヘンリー どうしたんですか、お父さん。又、気違い?
 町長 当たり前だ。何という良い息子だ、お前は。 お前の父親がどれほど酷い病人かを忘れて居るんだからのう。(叫ぶ。)おお、人類よ、人類よ、互いに愛し合え。(静かに。)分かったろう。この通りだ。譫言譫言。
 ヘンリー 大丈夫です、お父さん、すぐ直ります。
 町長 直る事ぐらい分かっとる。だがな、不快なもんだて。
 ヘンリー ああ、そうそう。大事なニュースがあります。あの龍ちゃんが苛々して居るんです。
 町長 まさか!
 ヘンリー 本当です。ゆうべ一晩中、翼の疲れも構わず龍ちゃん、どこか飛び廻って居たようです。明け方になってやっと帰ってきて、ひどく魚の匂いを出して居ましたよ。苛々するといつでもそう。魚の匂いなんです。
 町長 うん、うん。
 ヘンリー それで分かったんですが、我々の親愛なるいもりちゃんが、わざわざ一晩中あちこち飛び廻っていたのは、かの有名なミスターランスロットの秘密を探る為だったのですね。
 町長 ほう、それで。
 ヘンリー 何処の隠れ家でか知りません。ヒマラヤのか、アララット山のか、スコットランドのか、コーカサスのか、とにかく捜しあてたんです。あのランスロットが、プロの英雄だって事を。そんな家柄は僕は嫌いですがね。しかし、龍ちゃんはこの業界きってのプロの悪役なんですから、どうやらその家柄ってやつに何らかの意味を与えた様です。いや、わめくやら、罵るやら、ぶつくさ文句を言うやら、大変でしたよ。そうこうするうち奴さん、ビールが飲みたくなったんですね。好物のこれを一樽キューっとやったかと思うと、何の命令も出さずに、又羽根をさっと伸ばして、やれやれ、まだ空を飛び廻って居るんです。小鳥の様にスイスイ。お父さん、不安になりませんか。
 町長 全然。
 ヘンリー とうちゃん、教えて。僕より年をくってるんでしょう。経験あるんでしょう。教えて、この闘いどうなるのか。お願い、答えて。まさかランスロットが・・・お役所流の美辞麗句じゃなくて、ざっくばらんに。まさか勝つんじゃないでしょう? ランスロットが。ねえ、とうちゃん、答えてよ。
 町長 ああ、ヘンリーちゃん。ざっくばらんに、腹を割ってな。なあ、お前、わしはだ、あの龍ちゃんが心から好きなんだ。愛着がある。嘘じゃない。天地神明にかけてもだ。もう親戚も同様だ。な。どう言ったら良いか、この命を捧げてもいい位。 うんそうだ、この場で今雷に打たれても構わんと思うとる位じゃ。何の、何の、何の。勝つ。龍様は勝つ。何が何でも、かにがかんでも、やにがやんでも、だにがだんでも、勝つ。わしはこれほど龍様を慕って、慕って、お慕い申し上げとるんじゃーーお終い。はい、これがお前への答え。
 ヘンリー とうちゃん、とうちゃんは答えて呉れないのか、ぶちあけて、腹を割って、本当の事を。一人しかいない息子の僕にも。
 町長 厭だね、ヘンリー。わしはまだそれほど気違いにはなって居らん。いや、勿論わしは気違いだ。だがの、それほどまでにはだ。龍様からの命令だろう? 尋問して来いという?
 ヘンリー 何て事を、お父さん。
 町長 なかなかやりおるな、ヘンリー。良い会話の運びだ。自慢してもよいほどだ。いや、お前の父親だから褒めとるんじゃない。本当だ。その道のベテランとして、町役場に勤務する一介の町長として誇りに思うのだ。覚えとるだろうな、わしの答えを。
 ヘンリー 勿論です。
 町長 で、こいつもだな。何が何でも、かにがかんでも、やにがやんでも、だにがだんでも。あ?
 ヘンリー 覚えています。
 町長 よし。じゃその様に報告だ。
 ヘンリー 分かりました。
 町長 わしの一人息子はスパイもうまい。出世街道を驀進だ。金はいらんか?。
 ヘンリー 今はいりません。有り難う、お父さん。
 町長 遠慮はいらん。持って行け。唸るほどあるんだ、今。丁度昨日、人の物を盗む例の発作が起こってな。持って行け。
 ヘンリー でもいいです。ね、今度こそ本当の事を教えて貰いたいんだけど・・・
 町長 本当、本当って、子供の様な事を言うのはやめだ。わしはな、実際、そんじょそこらのただの人とは違うんじゃ。町長だ。本当の事などこの何十年話した事がない。忘れてしもうた。何だ、本当とは。わしは本当からそっぽを向かれ、しょいなげを食わされとるんだ。お前だって知っとる筈だ。おあり難い本当様はどんな味がするか。もう沢山だ。龍様万歳。龍様万歳。龍様万歳。
(塔の上の見張りが矛で床を叩く。叫ぶ。)
 見張り 気を付け! 右向けー空。灰色の山に陛下のおでまし!
(ヘンリーと町長、跳び上がる。一線に並ぶ。頭を空に向ける。遠くに鈍い唸り声が聞こえ、又静かになる。)
 見張り 休め! 陛下は向きを変えられ、煙と炎の中におかくれー!
 ヘンリー 巡察ですね。
 町長 そう、そう。なあ、ヘンリー、お前わしにちょっとだけ質問に答えてくれんか。龍様は何の命令も出さんだったか。あ?
 ヘンリー ええ、 何も。
 町長 殺すんじゃないのか。
 ヘンリー 誰を。
 町長 救世主じゃよ。あの救い主を。
 ヘンリー お父さん、何て事を。
 町長 言ってくれ、ヘンリー、こっそり。命令があっただろう。ランスロット殿を殺せと。いじいじせんではっきり言うたらどうだ。あ? どうしたんだ。よくあることだ。ああ?ヘンリー。言わんか。
 ヘンリー 言いません。
 町長 そうか、じゃ、ま、言わんでもいい。すまじきものは宮仕え。のう。どうしようもない。
 ヘンリー 忘れては困るであります、町長殿、今すぐにでもとり行わねばならぬ事態となりますぞ。英雄ランスロット殿への荘重なる武器授与式を。龍殿御自身授与式におでましの場合もあり得るというのに。とうちゃん、だらし無いかっこして。
 町長 (欠伸、伸びをする。)さて行くとするか。武器か、武器ならそこらへんに転がっておる。ランスロットの奴に満足して貰えるものがな。手を結わえてくれい。おや、現れおった。ランスロットだ。
 ヘンリー まずい時に。あいつをどこかへ連れて行って、お父さん。エルザが来るんです。話があるんです。
(ランスロット登場。)
 町長 (ヒステリー声で。)これはこれは。素戔鳴尊(すさのおのみこと)。なんという嬉しいおでまし。おお失礼仕った。夢とうつつが入り混じり・・・しかしよく似てお出でで、てっきり・・・
 ランスロット そうでしょう。無理もありません。あれは私の遠い親戚で。
 町長 夜は如何お過ごしで?
 ランスロット ただぶらぶらと。
 町長 誰かとお友達になられて。
 ランスロット 勿論。
 町長 誰とじゃな。
 ランスロット この町の人々は勇気がないんですね。私を怖がって犬をけしかけるんです。ところがこの町の犬達は利口ですね。仲良しになったんです。犬達は飼い主思いでしてね。飼い主によかれと思って私の話を聴いて呉れましたよ。御陰で夜明けまで話しこんで。
 町長 蚤がたかりませんでしたか。
 ランスロット いや、手入れの行き届いた見事な犬達でした。
 町長 名前は? 覚えておられませんかな?
 ランスロット 口止めされています。
 町長 我慢ならん奴等だ。
 ランスロット かわいそうに。嫌われて。その理由もないのに。
 町長 連中は少し単純過ぎて。
 ランスロット 単純? 単純で人間を愛せましょうか。あの犬達は知って居るんです。自分達の飼い主がどんな人間か。泣いて居るんです。それなのに愛しているんです。真の苦労人です。単純だなんて。お呼びでしたか。
 町長 お呼びです、と叫んで、駝鳥は蛇を食い。お呼びかな、と大王、王妃をチラと見て。あらお呼び、と美人が馬で駆けて来る。さよう、お呼び申した。ランスロット殿。
 ランスロット 何か御用で?
 町長 チーズの御用はデパートで。娘の御用は超ミニよ。鴨なら御用は葱なのね。さよう、御用じゃ。町議会では貴殿をお待ちしておる、ランスロット殿。
 ランスロット 何故。
 町長 何故だろう。菩提樹、通りに植えてある。何故だろう、キスがいいのにダンスする。何故だろう。蹄の音でキスをする。町議会の議員達は親しく貴殿に会うの光栄を持たねばならんのじゃ。判断する為にな。どの様な武器が貴殿に最もふさわしいか。さあ、こちらへ来てくだされ。(二人、退場。)
 ヘンリー 結果は見てのお楽しみ、龍様のお言葉、結果は見てのお楽しみ。龍、龍、龍様は、こう吼えた。さあさ、俺たちも見てみよう。(エルザ、登場。)エルザ!
 エルザ そう、私。お呼びになった?
 ヘンリー うん。なんて残念なんだ。塔の上に歩哨がいるなんて。あんな邪魔が無かったら君を抱きしめて接吻しているところなのに。
 エルザ そして私にほっぺたを叩かれている所だわ。
 ヘンリー ああ、エルザ、エルザ! 君は何時も行儀が良すぎるよ。でもそれが似合うんだなあ。その恥じらいの後ろには何かが隠されているんだ。だから龍ちゃんは君にむすめを感じるんだなあ。あいつは何時だって一番有望な一番娘らしい、一番のお転婆を選ぶんだ。そう、そう。ランスロットはまだ君に言い寄ってはいないだろう?
 エルザ お黙りなさい。
 ヘンリー そんな事ある筈がないよな。君じゃなくって腰の曲がったお婆さんでも、あいつなら挑戦してたろうからな。あいつには誰だっていいんだ。助けさえすりゃ。そう仕込まれているんだからな。第一君の顔がどんなのかよく見ても居ないよ。きっと。
 エルザ 会ったばかりですもの。昨日。
 ヘンリー そんなの言い訳にはならないよ。
 エルザ お呼びになったの、それを言うため?
 ヘンリー 違う、違う。君に聞こうと思って。僕と結婚してくれるかどうか。
 エルザ やめて頂戴。そんな事。
 ヘンリー 本気なんだ。君にこう言えって言われて来たんだ。もし君がおとなしく言うことを聞いて、ランスロットを殺してくれたら、褒美に龍ちゃんは君を自由の身にして呉れるって。
 エルザ 厭よ。
 ヘンリー 終わりまで聴いてくれよ。君の代わりに選ばれるのはね。君の全然知らない人なんだ。平民なんだよ。それにどうせ来年選ばれる事になっていたんだ。さあ、どっちが良いか、君だって分かるだろう。馬鹿らしい死に方をするか、生きる方を選ぶかなんだぜ。生きてご覧、夢にまで見て居たあの歓びが返って来るんだ。話がうますぎて腹がたって来る程じゃないか。
 エルザ なんて卑怯なの。怖くなったのよ。
 ヘンリー 誰の事? 龍ちゃんかい? それは違うなあ。 僕は奴の弱点は皆知ってる。頑固で、下品で、居候さ。だけどね、勇気はあるんだ、勇気は。
 エルザ 昨日は脅迫、今日は取引ね。
 ヘンリー みんな僕が仕組んだ事さ。
 エルザ えっ?
 ヘンリー 本当の事を言うとね。龍を退治するのはこの僕なんだ。ぼくはやろうと思えば何でも出来る。今度だって機会を窺っていたんだ。僕はね、君を誰かに譲り渡す様な馬鹿じゃない。
 エルザ そうかしら。
 ヘンリー そうさ。
 エルザ でも、どっちみち同じよ。私、人は殺せないもの。
 ヘンリー そう言っていながら短刀は持ってるじゃないか。ほら、その帯の所に差してある。エルザ 僕は行くからね。礼服に着替えなくちゃ。でも安心して行ってくるよ。僕の為にも、君の為にも、命令は実行してくれるだろうからね。だって考えてご覧よ。死なないですむんだ。生きて行けるんだ。君がその気になりさえすれば。よく考えてね、エルザ。僕のかわい子ちゃん。(退場。)
 エルザ なんていうこと。頬が熱いわ。あの人とキスしたみたい。私ってなんていやらしいんでしょう。あの人の言う事を聞きそうだわ。私ってどうせそんな女・・・いいわ。どうだっていい。仕方無いわ。もう沢山。私、この町で一番良い子だった。皆の言うことをハイハイって聞いてきたわ。それが今じゃどう? 皆、私の事を偉い偉いって褒めて呉れたわ。それがどう? 他の人の方が幸せじゃない。今頃あの人達、家に居るわ。着て行く着物を選んだり、裾飾りにアイロンを掛けたり、髪を綺麗に結ったりしているわ。私の不幸を見に来る為。ああ、見える様だわ。鏡台に坐って、白粉を塗りながら言っているの。「かわいそうなエルザ、かわいそうな娘さん。あんな良い子だったのに。」私一人、私たった一人だけ、この広場に立って苦しんでいるんだわ。あの馬鹿な歩哨、目を円くしてこちらを見ている。想像しているのよ。今日私が龍にどんな目に会うか。あの人明日だって生きているわ。当直が終わればお休み。滝のあるあの山に遠足に行くんだわ。あそこでは川は本当に楽しそうに跳びはねているものだから、どんなに悲しい顔をした人でも、ついにっこりして仕舞う。滝じゃなくて公園の方にするかしら。植木屋が新発明の、目のあるさんしき菫を栽培しているあの公園。あの菫、可愛いわ、ウインクしてくれるんですもの。それに本が読めるの、大きな字の本なら。お話がハッピーエンドなら。それともあの人湖に行くのかしら。いつか龍が沸騰させた。あれ以来水の精達はすっかりおとなしくなって、人なんかおぼらせないの。それどころか浅い所に坐って救命胴着を売っている。でもやっぱりあの人達綺麗だわ。だから歩哨達あの人達とお喋りするのが好きなの。明日もきっとそう。あの歩哨、水の精に話すわ。「なんて素敵な音楽だった。皆涙を流したんだ。でも龍はエルザを攫って行った。」って。水の精はそこで溜め息をつくの。「ああ、かわいそうなエルザ。 ああ、かわいそうな娘さん。 今日はこんなに良い天気、なのにあの人はもういないのね。」厭よ。何でも見たいわ。何でも聴きたい。何でも感じたい。そうよ。幸せになりたい。そうなの。私、短刀は持って来た。これで死のうと思って。でも死なない。そう、死なないわ。
(ランスロット、町役場から登場。)
 ランスロット エルザ! なんて嬉しいんだ。また会えて。
 エルザ 何故ですの。
 ランスロット ああ、エルザ、今日は全く辛い日なんだ、僕にとって。たった一時でいい、ホッと出来ればと思っていたんだ。丁度その時、まるで天の助け。突然君に会えるなんて。
 エルザ 町議会にいらして?
 ランスロット うん。
 エルザ どうして貴方を呼んだの?
 ランスロット お金をやろうって。龍に挑戦さえしなければ。
 エルザ なんてお答えになって?
 ランスロット 「なあんて馬鹿な連中だ。」って。もうあいつらの話は止めよう。エルザ、君は今日、昨日よりずっと綺麗だね。こりゃもう間違いない。僕は君が好きになって仕舞ったんだ。信じて呉れるだろう? 僕が君を救うって事?
 エルザ いいえ。
 ランスロット (えっ?)でも僕は腹が立たない。よっぽど君が好きになって仕舞ったんだ。
(エルザの友人達、走って登場。)
 エルザの友人一 ほーら、私達よ。
 エルザの友人二 私達、エルザのいーい友達。
 エルザの友人三 私達、子供の頃から、ずーっと、いーい友達。
 エルザの友人一 エルザは私達の中でいーちばん賢かった。
 エルザの友人二 エルザは私達の中でいーちばん可愛いかった。
 エルザの友人三 それなのにエルザ私達にいーちばんよくしてくれたの。代わりに縫い物はして呉れるし、算数の宿題は解いて呉れるし、暗い気持ちになった時は慰めて呉れたわ。
 エルザの友人一 遅刻じゃなかったかしら。
 エルザの友人二 本当に闘うの、貴方。
 エルザの友人三 ランスロット様、私達の為に役場の屋根に席をとっておいてくださらないこと? 貴方が頼んで下されば、断られるって事はないと思うわ。私達決闘をよーく見て置きたいんですもの。
 エルザの友人一 あーら、貴方怒ったのね。
 エルザの友人二 私達とは口をきかないつもりなのね。
 エルザの友人三 でも私達そーんなに悪い娘じゃないのよ。
 エルザの友人一 貴方思ってるんでしょう。わざとエルザとの別れを邪魔してるって。
 エルザの友人二 わざとじゃないの。
 エルザの友人三 命令されてやってるんだわ、ヘンリーから。貴方方二人だけにしておいたらいけないって。だって龍様がお許しを出していないんだから。
 エルザの友人一 お喋りをしていなさいって言う命令・・・
 エルザの友人二 だから私達お喋りしているの。馬鹿みたいに。
 エルザの友人三 だってお喋り止めたら涙が出てくるわ。それに貴方余所の人でしょう? 余所のひとの前で泣くなんて恥ずかしいことよ。
(シャルルマーニュ、町役場から登場。)
 シャルルマーニュ 町議会は終わりました、ランスロット様。貴方の武器に関する決議がなされました。お許し下さい、この私達を。私達は人殺しです。狡い人間です。
(ラッパが鳴る。町役場から召使達が走り出る。絨毯を敷き、椅子を三脚置く。真ん中には贅沢に飾られた肘掛け椅子。左と右にはそれほどでもない椅子。町長登場。町議会の人々に囲まれて。非常に上機嫌。ヘンリー、華麗なお仕着せを着てその中にいる。)
 町長 そりゃ面白い話だ。で、その女何ちゅうた? 「どんな子供だってそんなこと出来ると思ったわ。」とな? はっはっは。ところでこの話は知っとるかの。いや、可笑しい話だ、ジプシーの首を切り落としたっちゅう・・・
(ラッパが鳴る。)
 町長 おお、用意が出来たか・・・なら、話は式が終わってからじゃ。 わしが忘れておったら、催促するんだぞ、いいか。さあさあ、町議の皆さん、はやいとこ済ませてしまおう。(町議会議員達、真ん中の椅子の両側に立つ。ヘンリー、その椅子の後側。町長、空の椅子にお辞儀。早口に言う。)畏多くも、龍様。龍様のご信頼を受けまして、私共町議会は、以下の如き重大なる決議を行いましてござります。どうか、龍様、名誉ある議長の席にお着き下され。お願いでござります。お願いでござります。お願いでござります。これはいかなこと。しかし致し方なしじゃ。 わしらだけで始めるか。着席くだされ、皆さん。町議会の開がいを・・・(間。)水。(召使、井戸から水をくんで来る。町長飲む。)町ぎくわいのくわいくわい・・・水! (飲む。喉をがらがらと言わせ、吐く。非常に高い声で、)町議会の(低い声で。)開会を・・・水! (飲む。高い声で)済まないわねえ、貴方。(低い声で。)下がれ、このろくでなし。(自分の声で。)ご同慶のいたりじゃ。皆さん、又精神分裂症じゃ。(低い声で。)何をやりくさっとるんだ。このすべため。(高い声。)分からないの、あんた。 わたしは議長よ。(低い声。)女のやることか、このっ。(高い声。)あんた、あたしだって厭なのよ。そんなこと言うと余計やり難くなるじゃない。記録を読んで頂戴。(自分の声。) 議題、ランスロット某への武器の供与について。決議事項、供与すべし。但し渋々。おーい、其処の者、ここへ武器を。
(ラッパ、鳴る。召使登場。第一の召使、ランスロットに小さな銅の洗面器を与える。それには細い革紐がくっつけてある。)
 ランスロット これは床屋の金だらいじゃないか。
 町長 さよう、但し我々はこれに「兜職代行」と名づけました。それからこの盆。これの名が「楯」。心配は御無用じゃ。この町では人だけじゃない、道具もよく言うことをきく。この二つの武器も立派に、誠実にその義務を全うする筈だ。鎧だが、蔵を捜したが見つからん。残念だ。だが槍はあった。(ランスロットに証明書を見せる。)これが証明書。「現在、槍は修理中に付、使用不能。」な? ここに署名、捺印、正真正銘の証明書だ。決闘の際に、これを龍様に見せるんじゃ。そうすればすべてうまく行く。はい、これでお終い。(低い声で。)町議会閉会ね、おばあちゃん。(高い声で。)そう、お終いよ、お終いよ。厭な会議はお終いよ。あら、皆さん怒ってる? 怒ってる。でも分からないでしょ、自分でも。どうしてそんなに怒ってるか。(歌う。)一、二、三、四、五、六、ナイトがお散歩・・・(低い声で。) 閉会じゃ。このすべため。(高い声で。)あら、私何をしているのかしら。(歌う。)突然龍ちゃん舞上がり、真っ直ぐナイトに飛び掛かり・・・バンバン、ダダーン。町議会閉かーい。
 歩哨 気をつけー、空向けー空。灰色の山に陛下のおでまし! 只今旋回の後急降下中。(全員飛び上がり、気を付け。顔を空に向ける。遠いキーンという音、急に拡大する。場、暗くなる。真っ暗になり、音、急に止む。)気を付けー。太陽を黒雲の如く闇に包んで、陛下のおなり。息止めー息。(二つの緑の光、急に燃え上がる。)
 猫 (囁き声で。)ランスロット様。私です。猫です。
 ランスロット (囁き声で。)目ですぐ分かったよ。
 猫 城壁の所で寝てますからね。頃を見計らって来て下さい。良い事を教えてあげます。
 歩哨 気をつけー。陛下、広場におでまし。
(耳を聾する金属音。光、急に燃え上がる。真ん中の椅子に、ごく小さな死人の様に真っ青な中年の男が崩した正座で坐っている。)
 猫 (城壁から。)ランスロット様、驚かないで。第三の顔ですよ。気が向いたのに変えるんです。
 町長 陛下。陛下に統治をお任せ戴きましたこの町は、現在異常なしであります。逮捕者一名。罪科は・・・
 龍 (ひび割れたテノールで、非常に静かに。)下がれ。全員下がってよし。旅の方を除いてな。(全員、退場。ランスロット、龍、猫、残る。猫、城塞に背を円くしてまどろむ。)どうだ、元気かな?
 ランスロット 至って。
 龍 何だ、その金盥は?
 ランスロット 武器だ。
 龍 あいつらだな。
 ランスロット そう。
 龍 失敬なやつらだ。さぞ腹を立てておられるであろう。
 ランスロット 腹など立ててはおらぬ。
 龍 嘘を言うな。私には冷たい血が流れている。その私でも怒る所だ。あいつらが怖いか。
 ランスロット いや。
 龍 嘘を言うな。怖いはずだ。あの連中は怖いやつらだ。 あんなやつらはこの世の何処を捜してもいはしまい。私の作品だ。この私が連中を作ったのだ。
 ランスロット しかし彼らも人間。
 龍 外見はな。
 ランスロット 中身も。
 龍 もしやつらの心が見えたら・・・おお、ぞっとするであろう。
 ランスロット そんな事はない。
 龍 すたこらと逃げ出すであろう。かたわの為に命を掛ける馬鹿はいない。お若いの。私はな、連中をこちらの都合に合わせてかたわにしたのだ。人間の心はなかなかの物だ。生命力がある。体を半分に切りゃあ、人間は死ぬ。しかし心を半分に切った所で死にはせん。少しおとなしくなるだけだ。いやいや、連中の持っている様な心は他のどこを捜してもありはせん。この町だけだ。手のない心。足の無い心。聾の心。鎖に繋がれた心。告げ口の心。呪われた心。分かっているか。何故町長が精神分裂の振りをするか。隠す為だ。自分には全く心が無いことを。擦り切れた心。買収された心。はらわたの抜かれた心。死んだ心。全く残念なことだ。連中の心が見えないのが。
 ランスロット 却ってそれが幸せなのだ。お前にとって。
 龍 ほう。何故。
 ランスロット それが分からないのか。連中は自分の心がどんなに変わったかを自分の目で見るのだ。驚き呆れて、死んでしまうさ。おめおめと生き残っているものは居まい。そうなったらお前は誰に食わして貰うのだ。
 龍 そんな事は知らぬ。しかしその通りかも知れぬ。じゃそろそろやるか。
 ランスロット よかろう。
 龍 その前に、娘と別れを告げたがよかろう。命を捧げるんだからな、その娘の為に。おい、小僧。(ヘンリー、走り登場。)エルザを連れて来い。(ヘンリー、走り退場。)私が選んだ娘、どうやらお気に召した様だな。
 ランスロット 気にいった。大変気にいった。
 龍 それを聞いて嬉しい。私も大変気にいっているのだ。素晴らしい娘だ。おとなしい娘だ。(エルザ、ヘンリー登場。)さあ、こちらへ。もっと近う。私の目を見て。そう。じーっと。綺麗な目だ。手にキスをして。そう。気持ちがよい。唇から暖かみが伝わって来る。お前の心が落ち着いている証拠だ。別れを告げたいか。ランスロットと。
 エルザ お言葉の儘に、龍様。
 龍 ではそう命令する事にしよう。行きなさい。親しく話してきなさい。(小声で。)愛想よく優しく話すんだ。別れのキスをするんだ。大丈夫。私はここを動かんから。それから一突に殺せ。大丈夫。大丈夫。私がついている。さあ、行って。ここから少し離れたって構わんからな。どうせよく見えるんだ。全部見ているからな。さあ。(エルザ、ランスロットに近づく。)
 エルザ ランスロット様。貴方と別れを告げよって、龍様が。
 ランスロット 分かった。別れを告げておこう。万一の場合もあるからな。この闘いは生きるか死ぬかだ。僕が死ぬ事だってあり得るさ。別れに当たって君に言って置きたい事が有るんだ、エルザ。僕は君を愛している。
 エルザ 愛!
 ランスロット そう。あれはまだ昨日のことだ、君が気にいったのは。君は家に帰って来る所だった。お父さんと一緒に。なあんて静かに歩いて来るんだろう。窓から覗いて見て居たんだ。それから君に会う毎に君は綺麗になっていく。「ハハア、これだ。」って僕には分かったのさ。君は龍の手にキスした。それなのに僕は怒らなかった。怒りじゃない。悲しくなっちゃったんだ。それで今度はすっかり正体が分かったのさ。愛なんだ、エルザ。僕は君を愛してるんだよ。怒らないで。僕はこれを君にどうしても知っていて貰いたくって。
 エルザ でも私じゃなくて他の女の子だったって、龍に挑戦していたんでしょう?
 ランスロット そりゃそうさ。挑戦するに決まっているよ。僕はね、ああいうのが嫌いなんだ。この龍みたいなのが。でも君の為だったらね、素手であの首を締めたっていいよ。とっても薄気味悪いけど。
 エルザ じゃあ、私、本当に愛されているのかしら。
 ランスロット そうだよ。恐ろしいねえ、もしだよ、もし僕が昨日あの三叉の道の所で、右じゃなく左に曲がっていたら、君とは会えなかったんだからね。恐ろしいだろう、ね?
 エルザ ええ。
 ランスロット 考えても恐ろしい。僕には、今じゃ君より近しい人は誰もいないんだ。君のこの町だって僕は自分の町の様に思えるんだ。だって君が其処に住んでいるんだから。たとえ僕が決闘で・・・いや、たとえもう僕達これから話す事が出来なくなっても、僕のこと忘れないでいて呉れるね。
 エルザ ええ。
 ランスロット 忘れないで。ああ、エルザ、君、始めて見て呉れたね、僕の目を。今日始めて。暖かい風が僕の体を通って行くみたいだ。(君の暖かい手が僕に触れているみたいだ。)僕は諸国遍歴の男、身の軽い男なんだ。身は軽くても気の重くなる辛い闘いに明け暮れているのさ。こっちでは龍、そっちでは人食い人種、あっちでは大男。しょっ中かかわり合いになって・・・これが面倒な仕事なんだ。却ってうらまれたりしてね。それでも僕は何時だって幸せだよ。疲れたことはないんだ。よく恋をするし。
 エルザ よく?
 ランスロット そう、よく。あちこち遍歴するだろう? 闘うだろう? すると女の人と知り合いになって仕舞うんだ。だって何時だって女の人なんだからなあ。山賊に捕らわれたり、大男の袋の中に入れられたり、人食い人種に食べられそうになっているのは。それにこういう悪い奴等って必ず美人を選ぶんだ。特に人食い人種はね。だから恋をしちゃうんだ。だけど今みたいな気持ちになった事って今までにあったろうか。連中とは僕は何時だって冗談ばかり言って居た。よく笑わせたなあ。でもエルザ、君は違う。あんな奴が居なかったら、僕たちだけだったらね、エルザ、僕は、僕は、君にキスしているよ。本当さ。ここから君を連れ出してね。二人で歩いて行くんだ。森を通り、山を越えて。歩いても行けるさ、その気になれば。いや、やっぱり僕は馬を捜して来る。その鞍はね、よく出来ていて、君は決して疲れないんだ。僕は君の鐙の所にいてね、君を眺めながら歩くんだ。どんな奴が来たって君に指一本触れさせるものか。(エルザ、ランスロットに腕を伸ばす。)
 龍 いいぞ、いいぞ、エルザ。まずてなずけようって訳だ。(突く動作。)
 ヘンリー さようであります、陛下。エルザは頭の良い女であります。
 ランスロット エルザ、君、泣きそうな顔をしているね。(ここで始めてТЫ。)
 エルザ ええ。
 ランスロット どうして。
 エルザ かわいそうなの。
 ランスロット 誰が。
 エルザ 私と、そして貴方と。私達には幸せはないんだわ、 ランスロット。ああ、私、どうしてこんな龍なんかが居る町に生まれたのかしら。
 ランスロット エルザ、ね、僕は嘘は言わない。僕達、幸せになれるんだ。ね、僕の言うことを信じて。
 エルザ 止めて、止めて頂戴。
 ランスロット 僕達は行くんだ。あの森の小道を。幸せに心弾ませて。君と僕と二人きりで。
 エルザ 止めて、お願い。止めて。
 ランスロット 空は晴れ渡って居るんだ。僕達の頭上で。空から飛び掛かって来るものなんか何もないのさ。
 エルザ 本当?
 ランスロット 本当さ。このかわいそうな町では、誰も知ってはいないのさ。愛し愛されるということがどんな事か。本当の愛の前ではね、恐れも、疲れも、不信も、みんな焼けて無くなって仕舞うんだよ。永遠に。そんな風に僕は君を愛するんだ。君はね、まどろもうとする時自然に微笑みが浮かんでくる。目を覚ます時、又微笑むんだ。そしてね、ランスロットって呼ぶんだ、僕の事を。こんな風に僕の事を愛してくれるのさ。自分の事も愛するんだ。歩く時だって胸を張って歩くのさ。僕が君にキスしたら、そりゃ君がそんなに素敵だからなんだって、君にはすぐ分かるのさ。森の木立だって僕たちに優しく話しかけて呉れる。小鳥だって、獣達だって。何故だと思う? それはね、本当に愛し合っている二人なら何でも分かるからなんだ。全宇宙と一体になるからさ。そして皆が僕達を祝福して呉れる。僕達の方も皆に幸せをもたらすんだからね。
 龍 あの男、一体何を気取りやがって、御詠歌うたっているんだ。
 ヘンリー お説教でしょう、龍様。学問は光、無学は闇。御飯の前には手を洗え。と、まあ、こんな具合に。あいつはどうも無粋な男で・・・
 龍 ハハーン、男の肩に手をおいたぞ。なかなかやるー。
 エルザ 私、そんな幸せまで待たなくていいわ。だって今、幸せなんですもの。あの怪物達私達を見ている。でも私達あの人達からは、ずーっと、ずーっと、遠くにいるんだわ。私今まで一度だってないわ。あんな風に話されたこと。貴方の様な人がこの世にいるなんて私思っても見なかった。私おとなしかった。昨日もまだ犬のように。貴方のことを考えるの、いけない事だと思っていたわ。それでも夜、父に隠れて、下に降りて貴方のコップに残って居たお酒を飲んだの。今始めて分かったわ。あれは、私、こっそり、貴方に夜中、感謝のキスをしたんだわ。龍から救おうと、私の為に闘って下さる貴方への感謝。お分かりにならないわ、きっと。私の心ごちゃごちゃなんですもの。かわいそうな私達娘の心。ついさっきまで私、貴方のこと嫌いなんだと思って居た。でも知らない内に貴方を慕っていたんだわ。ランスロット、私貴方を愛している。なんて嬉しいんでしょう、こんなにはっきり言えて、なんて・・・(ランスロットにキス。)
 龍 (苛々して足を踏みならす。)今だ、今やるんだ。今。
 エルザ 放して頂戴、ランスロット。(抱擁を解く。鞘から短刀を出す。)見て、この刀。これで貴方を殺せって。龍の命令。見ていて。
 龍 そこだ、そこだ、そこだ。
 ヘンリー やれ、やれ。(エルザ、短刀を井戸に投げる。)なんていう奴だ。
 龍 (大声で。)よくもやったな!
 エルザ もう一言だって許しませんよ! 乱暴な言葉を使われては、黙っていません。ランスロットが愛を誓った。私も愛している。お前はこの人に殺されるのよ。
 ランスロット その通りだ、わが敵、龍君。
 龍 そうか、そうか、そうとあらば、闘わねばなるまい。(欠伸。)正直の話、この成り行きも悪くはない。最近私はなかなか面白い手を編み出した。幻のジャブと言うんだが、実際に人体実験出来るとは有りがたい。従卒、衛兵を呼べ。(ヘンリー、走り退場。)家に帰っておれ、エルザ。決闘の後、話合おう。ざっくばらんにな。(ヘンリー、衛兵と共に登場。)いいか、衛兵。エート、何を頼むんだったかな・・・ああ、そう。このお嬢さんを家に連れて行って、そこで監視するんだ。(ランスロット、一歩踏み出す。)
 エルザ 待って頂戴。力を溜めて置いて。龍を負かしてから来て頂戴。お待ちして居ますわ。今日言って下さった一言一言を、思い出しながら。きっと勝つわ。
 ランスロット 必ず迎えに行く。
 龍 そのぐらいでいいだろう。連れて行け。(衛兵、エルザを連れて退場。)ヘンリー、塔の見張りをひっとらえて、牢屋にぶち込め。夜になったら首を切れ。あいつは聞いているからな。娘が私に怒鳴ったのを。兵舎でこんなことを喋られては叶わん。処置しろ。そのあと私の爪に毒を塗りこんでくれ。(ヘンリー、走り退場。)(ランスロットに)お前は此処にいるんだぞ。待っていろ。いつ始めるか、それは言わん。本物の戦争は戦宣布告なしで始まるのだ。いいな。(椅子からおり、宮殿に退場。ランスロット、猫に近づく。)
 ランスロット さあ、猫君、何かいいこと教えてくれるって言ってたね。
 猫 右手をみて下さい、ランスロット様。もうもうと埃がたっていますね。あれはろばです。しきりに蹴っ飛ばしているでしょう。五人掛かりで引きずっていますね? ちょっと歌でも歌って呼び寄せましょう。(ミャー、ミャー、言う。)ほら、ろばの奴、素直になって真っ直ぐこっちへ来るでしょう? あらあら又城壁の所で愚図りだした。近づいたら馬曳きの連中に声を掛けて下さい。さあ、来たぞ。(城壁の向こうにろばの首が出る。埃の煙の中に立ち止まる。五人の馬曳きがろばに怒鳴っている。ヘンリー、広場を横切って走り登場。)
 ヘンリー (馬曳き達に。)お前達は此処で何をしているのか。
 馬曳き(二人) (声を揃えて。)売り物を市場へ持って行く所で、お役人様。
 ヘンリー 何だ売り物は。
 馬曳き(二人) 絨毯でございまして、へい、お役人様。
 ヘンリー 早く行け。宮殿だ、ここは。愚図愚図するな。
 馬曳き(二人) こいつが動こうとしませんでして、へい、お役人様。
 龍の声 ヘンリー!
 ヘンリー 早く行け。そら、行くんだ。(走り、宮殿に入る。)
 馬曳き(二人) 今日は、ランスロット様。私共はお味方でございます、ランスロット様。(声を揃えて咳払い。)クハッ、クハッ。気を悪くなさらんで下さい、私共が声を揃えて話しても。小さい頃から一緒に仕事をしておりまして、心を合わせて来ましたので、考えるのも一緒、話すのも一緒、まるで一人の人間です。同じ日に、それも同じ瞬間に、女に惚れて、そちらも双子でめでたく結婚。私共ははた織りで、沢山織って参りました。でも一番良い織物は今日、今、此処に、貴方様の為にお持ちしました、これでございます。(ろばの肩から絨毯を下ろし、地面に広げる。)
 ランスロット これは綺麗な絨毯だ。
 馬曳き(二人) 左様でございます。品質は最上。羊毛と絹の混紡。そめこも私共秘密の製法によるものでございます。しかし、この絨毯の不思議さは、羊毛にも、絹にも、そめこにもありません。(小声で。)これは空飛ぶ絨毯。
 ランスロット すごい。早く教えてくれないか、運転の仕方を。
 馬曳き(二人)畏まりました、ランスロット様。此の隅が上昇。これを曲げると上に上がります。太陽の絵がありますね。ここが下降。地面がかいてあるでしょう。ジグザグ飛行はここ。燕の絵です。そしてここが龍の隅。これを曲げると急降下して真っ直ぐ龍の頭に突撃します。ここにはワインの入ったジョッキと素敵なオードブルの絵があるでしょう。勝って一杯やって下さい。いえいえ、お礼などおっしゃらないで。私共のひいじいさんも何時も道路を眺めていました。貴方様を待っていたんです。爺さん達だって。そしてやっと私共が待った甲斐があったのです。(急に退場。同時に三番目の馬曳きが手に厚紙のケースを持って走り登場。)
 三人目の馬曳き これは、これは、旦那様。一寸失礼をば致します。頭を少おしこちらにお向けになって。あ、今度はあちらに。はい、よろしうございます。私奴は帽子屋でございまして、世界中で一番の帽子を作っております。この町ではよく知られた男でございまして、ハイ。どんな犬でも私のことは知って呉れております。
 猫 猫だって知ってますよ。
 三人目の馬曳き ほらごらんなさい。仮縫いなんかしなくとも、お客様の頭をちらりと見ただけで、ちゃんと拵えるんです。それが又よくお客様をピカピカにする。そいつがなんともまた私にはこたえられないという次第。ある御婦人様など、私の作った帽子を被っておられる時にしか旦那様にお気に召されない。で、眠る時にも帽子をお被りになって。もうそれはどなたにもお話下さっているんです。「私が幸せでいられるのも、みーんなあの帽子屋の御陰ですわ。」なんてね。昨夜は一晩中かかりっきりでしたよ、旦那様。旦那様の帽子で。それに泣きました。悲しくって。子供のように。
 ランスロット なぜだい。
 三人目の馬曳き 特別誂え。帽子屋にとっちゃ新派大悲劇モードだからです。見えなくなる帽子、隠れ帽子だからです。
 ランスロット すごい。
 三人目の馬曳き 被った瞬間に姿がきえる。かわいそうな帽子屋。似合っているかどうか分かりはしない。どうぞ受け取って下さい。でも私の前では駄目。帽子屋なのに似合っているか、いないのか、分からない。こいつが無念。いたたまれない。(走り退場。すぐに四人目の馬曳き登場。ランスロットに近づく。髭の生えた陰気な男。包みを肩に背負っている。包みを解く。中に剣と槍が入っている。)
 四人目の馬曳き ほれ、徹夜で鍛えたんじゃ。幸運を祈っておる。(退場。五人目の馬曳き登場。ランスロットに駆け寄る。背の低い白髪の男。弦楽器を抱えている。)
 五人目の馬曳き 私は楽器作りの名人でな、ランスロット様。もう私の、ひい、ひい、ひい、ひい、ひいじいさんの頃からこの楽器は手掛けてきました。何代も何代もかけて。今じゃ人の手に抱かれると自分で人間になってしまう。だから闘うときには頼りになります。両手は剣と槍で塞がっていますね。これは、自分のことは自分でします。ラの音は自分で出しますし、自分で音は合わせます。弦が切れりゃ自分で直す、言われりゃ自分で演奏、望まれりゃアンコール、必要な時には黙っています。 そうだろうが、な? (楽器、音楽で答える。)ご覧の通り。噂は聞きました。私達皆知っております。町で貴方様がたった一人なのを。私達は貴方様を頭のてっぺんから爪先まで武器で固めようと急ぎに急ぎました。皆待っておりました。百年も、二百年も。龍は私等を声なき民にして仕舞ったので、私等は声をたてずに黙って待っておりました。待った甲斐がありました。あいつを殺して下さい。私等を自由にして下さい。これが本心、嘘じゃないよ、な?(楽器、音楽で答える。五人目の馬曳き、何度もお辞儀をして去る。)
 猫 闘いが始まったら、私とろばは、宮殿の後ろの納屋に隠れます。 自慢のこの毛皮に火が付くと嫌ですから。用事があったら呼んで下さい。 ろばの背には、お酒とさくらんぼ入りピロシキ、それに刀を研ぐ砥石、槍の穂先、綻びを縫う針と糸を用意してありますから。
ランスロット 有り難う。(絨毯に乗る。武器を取り、足元に楽器を置く。隠れ帽子を被る。姿、見えなくなる。)
 猫 見事な出来ばえ。その道の達人達。ランスロット様、まだここですか。
 ランスロットの声 いや、すこしずつ上昇している。さらばだ、諸君。
 猫 では又、ランスロット様。ああ、なんていう不安、なんていう心配、いっそのこと希望なんか無い方がどんなに気が楽か。何も期待せずにまどろんでいればいいんだからな。な、そうだろ、ろば君。(ろば耳を動かす。)僕は耳では喋れないよ。言葉で話して呉れないか。僕達お互いによく知らないけど、一緒に仕事をやろうと言うんだから、友達甲斐に一言ミャーぐらいは言えるだろう。じっと黙って待つのは辛いよ。ミャーぐらい一緒に言おうよ。
 ろば ミャーは賛成出来ないな。
 猫 それなら話でいいよ。龍の奴、ランスロット様がまだここに居ると思ってるぞ。影も形もないのにな。可笑しいね、な?
 ろば(陰気に。)可笑しい。
 猫 何故笑わないんだい。
 ろば 殴られるんだ、僕が声を上げて笑うとね。人間共は言うんだ。又あの忌ま忌ましいろばの奴が怒鳴っているってね。そして殴られるのさ。
 猫 あ、そうか。君の笑い声は強烈なんだ。
 ろば うん。
 猫 それで、君、どんな時に笑うんだい。
 ろば 例えばね、ぼやっとしていてふと可笑しい事が浮かぶんだ。馬なんか可笑しいね。
 猫 何が。
 ろば 何がって・・・馬鹿なのさ。
 猫 失礼な事を聞いていいかな。前から聞きたいと思っていたんだ。
 ろば 何だい。
 猫 君、どうしてあんなあざみなんか食べられるの?
 ろば どうしてって?
 猫 そりゃ、草の中には食べられるのはあるよ。だけど、あざみ・・・ありゃカサカサじゃないか。
 ろば 平気さ。山葵がきいていて良いんだ。
 猫 肉は?
 ろば 肉って?
 猫 食べたことない?
 ろば 肉。ありゃ食べ物じゃないよ、荷物だよ。車にのせて運ぶもんさ。お前馬鹿だなあ。
 猫 じゃ、牛乳は?
 ろば ああ、あれなら子供の時飲んだ。
 猫 楽しい話がありそうだね。
 ろば そう。あの頃を思いだすのは楽しい。心がなぐさむよ。母親はやさしかったし、乳は暖かかったし。チューチュー吸った。天国だったよ。美味しくて。
 猫 しゃぶるのもいいけど、皿にいれても嘗められるしね。
 ろば 皿はだめ、嘗めるのだめ。
 猫(急に飛びあがる。)聞こえた?
 ろば 蹄の音だ。いもり奴。(龍の三種の叫び声。)
 龍 ランスロット! (間。)ランスロット!
 ろば ク、ク。(ろばの笑い声で笑う。)イ、ヤー。イ、ヤー。イ、ヤー。
(宮殿の扉が開き、光と煙の中からぼんやり龍の三つの頭、足、光る目、が見え隠れする。)
 龍 ランスロット! 闘いの前にわしのこの姿をたっぷり拝ましてやろう。どこだ、ランスロット。(ヘンリー、広場に走り登場。駆け回る。ランスロットを捜す。井戸を覗く。)一体あいつはどこだ。
 ヘンリー 隠れているのであります、陛下。
 龍 ランスロットー・・・どこだー。(剣の音。)誰だわしに打ちかかってくる奴は。
 ランスロットの声 私だ・・・ランスロットだ。(一面の闇。威嚇する叫び。燃え上がる火。ヘンリー、役場に駆け込む。闘いの音。)
 猫 避難しよう。
 ろば うん。(二匹、走り退場。広場、群衆で一杯になる。群衆、異常に静か。空を見上げて囁き合う。)
 男一 なんて長引くんだろう。
 男二 うん。もう二分だ。それなのに片がつかない。
 男一 もう間もなく終わる筈だがな。
 男二 あーあ、穏やかに暮らしていたのになあ・・・そろそろ朝飯時なのに、腹が減ってもいない。なんてこった。ああ、今日は、植木屋さん。何だか浮かぬ顔ですね。
 植木屋 今日は茶の薔薇とワインの薔薇が花を咲かせたんです。これを見るだけでおなかは一杯になるし、見るだけで酔うんです。龍様が立ち寄って、是から先の研究費を出して下さると、約束して下さったのに。今や闘いの真っ最中。この恐ろしい戦の為に長年の研究成果も水の泡になって仕舞うかもしれません。
 行商人 (元気な囁き声で。) スモークガラスは如何。 龍様が燻製姿で見えますよ。(皆、声をひそめて笑う。)
 男一 こりゃ傑作だ。ハッハッハ。
 男二 燻製姿で見えるのか。へーえ。(人々、ガラスを買う。)
 子供 ママ、どうして龍は空いっぱいに逃げ廻ってるの。
 皆 シーッ。
 男一 逃げてるんじゃないんだよ、坊や。あれはね、作戦上の後退というんだ。
 子供 じゃ、どうして尻尾を巻いてるの。
 皆 シーッ。
 男一 尻尾を巻くのはね、坊や。当初からの予定された作戦行動なんだよ。
 女一 ねえ、考えてもみて。もう丸々六分も続いているのよ。それなのに終る気配がないわ。みんなあんまり心配なもんだから牛乳屋だって牛乳の値段を三倍に吊り上げたわ。
 女二 牛乳屋なんて問題にならない。ここへ来る途中でぞっとする光景に出会ったわ。死人のように真っ青な顔をした砂糖とバターが、お店から倉庫に運ばれていたの。ひどく神経質な食品よ。戦争と聞くとすぐ隠れて仕舞う。(恐れの叫び声。群衆、道をあける。シャルルマーニュ、登場。)
 シャルルマーニュ 今日は、皆さん。(沈黙。)私が誰だか分からないんですか。
 男一 勿論分かりません。昨日の夕方から貴方は全く分からない人になったのです。
 シャルルマーニュ 何故ですか。
 植木屋 恐ろしい人達だ、貴方方親子は。よそものを受け入れるなんて。龍様の御機嫌を損ねるではありませんか。これは芝生に入るより悪い事です。それなのに何故ですか、だなんて。
 男二 私に関して言えば、兵隊が貴方の家を取り囲んだ、あの瞬間から貴方が全く誰だか分からなくなりましたね。
 シャルルマーニュ そうです。あれは酷い。あの馬鹿な兵隊達は実の娘にさえ会わせて呉れないんです。龍が命じたって言うんです。エルザには誰も会わせてはならんと。
 男一 なるほど。あちらの観点からすれば当然の処置でしょうな。
 シャルルマーニュ エルザはたった一人であそこにいます。あの子は明るい顔で窓から私に頷いてくれます。でも、きっと私を安心させる為にああやってくれるんです。ああ、私は身の置き所が無い。
 男二 ええっ? 身の置き所が無い? じゃ、古文書係員を首に?
 シャルルマーニュ そんな事はありません。
 男二 じゃ、どんな身の置き所の事を言ってるんです?
 シャルルマーニュ 本当に私の言っている事が分からないんですか?
 男一 分かりませんね。貴方がよそ者と親しくする様になってからは貴方の言葉はまるで外国語ですよ。
 子供 (空を指差して。)ママ、ママ、龍がひっくり返っちゃった。 足を上にしてる。誰かが攻撃しているんだ。火花が飛んでる。
 皆 シーッ。(トランペットが響く。ヘンリーと町長、登場。)
 町長 命令だ。命令をきくんだ。眼病の予防の為だ。空を見る事を禁ずる。他に理由はない。眼病の予防の為だ。空で起こった事は必要に応じてコミュニケを発表する。龍様の秘書の口を通じてな。
 男一 なるほど。尤もな事。
 男二 もうすこし前からこうなっていてもおかしくない。
 子供 ママ、龍がやられるのを見るとどうして目に悪いの。
 皆 シーッ。(エルザの友人達、登場。)
 エルザの友人一 もう十分も続いてるわ。このランスロットって言う人、どうして負けないんでしょう。
 エルザの友人二 あの人だって知ってる筈よ。龍には勝てないって。
 エルザの友人三 ただ私達をわざと苦しめたいだけなのよ。
 エルザの友人一 私、エルザの所に手袋を忘れて来たの。でももうそんな事どうでもいいわ。この闘い見てたら疲れちゃって、手袋なんか惜しくないわ。
 エルザの友人二 私もどうでもよくなっちゃったわ。エルザは思い出にって、自分の新しいスリッパを贈るって言ったわ。でも私、忘れたわ、こんな事。
 エルザの友人三 考えてもみてよ、このよそものがいなかったら、もうとっくに龍はエルザを攫(さら)って行ってるのよ。そして今頃は私達家で静かにエルザの為に涙を流して居られたのよ。
 行商人 (元気に囁く。)いらんかね。新発明の機械だよ。下を見て空が見える。新式鏡。安くしときますよ。足元で龍が見える。(皆、声をひそめて笑う。)
 男一 こりゃ傑作だ。ハッハッハ。
 男二 足元で龍を見る。いけないね。
(鏡、みるみる内に売れる。皆、三三五五別れて鏡を見る。闘いの音強くなる。)
 女一 すごい。
 女二 かわいそうな龍。
 女一 炎を吐くのを止めちゃったわ。
 女二 煙だけよ。吐くのは。
 男一 作戦。実に手が混んでいる。
 男二 きっと・・・いや、止めとこ。
 男一 わかりませーん。
 ヘンリー 町議会コミュニケを発表致します。戦闘は終結しつつあります。敵は剣を失っています。槍は穂先が折れ、空飛ぶ絨毯は、虫が喰って、みるみるうちに飛行能力が低下しつつあります。本拠地から遠く離れている為、ナフタリンを取りに行けず、掌(てのひら)で虫を叩いています。その為操縦能力が著しく削がれています。龍様が敵に止めを刺さないのは単に戦闘に対する龍様の愛着が原因なのです。今までの武功ではあきたらない、ご自分の勇気を発揮し尽くしていない、とお考えのようです。
 男一 なるほど、これで合点がいった。
 子供 ねえ、ママ、ねえ、見て。本当だよ。誰かに首の所殴られてるよ。
 男一 坊や、龍様にはね、首が三つあるんだよ。
 子供 ねえ、見て。首、三つともやられてるよ。
 男一 坊や、それはね、目の錯覚って言うんだよ。
 子供 僕には分かるんだ、どっちが正しいか。僕よく喧嘩をするからね。誰が勝ってるかは分かるよ。あれ? どうしたのかな。
 男一 子供を連れて行け。
 男二 自分の目が信じられない。お医者さーん。眼科のお医者さーん。
 男一 こっちに落ちて来る。これはたまらん。そこどけ。俺にも見せろ。
(龍の首、轟音とともに広場に落ちる。)
 町長 コミュニケを呉れ。コミュニケを。代わりにこの国をやるぞ。コミュニケを呉れ。
 ヘンリー 町議会コミュニケを発表いたします。傷ついたランスロットは、武器を奪われ、部分的には捕らわれの身であります。
 子供 部分的ってなーに。
 ヘンリー それはね、軍事秘密。捕らわれていない残留部分も組織的抵抗を停止しています。ところで龍様は自分の頭の一つを戦列から外し・・・病気のせいでありますが・・・第一予備役に編入されました。
 子供 でも僕には分からないな。だって・・・
 男一 こんな易しい事が分からない? 坊や、歯が抜けた事があるだろう?
 子供 あるよ。
 男一 ね。でも坊やはちゃんと生きてるだろう?
 子供 だけど僕、頭が取れた事はないよ。
 男一 それがどうしたの。
 ヘンリー ニュース解説を行います。題目。「何故二は、本質的に、三より大きいか。」 証明。二つの頭は二つの首の上にある。故に四である。証明終わり。それに加えて、今度はがっちりくっついています。
(龍の第二の頭、轟音と共に広場に落ちる。)
 ヘンリー ニュース解説は新しいコミュニケが入りましたので一時中断致します。コミュニケをお聞き下さい。戦況は、龍様の戦略通りに進展中。
 子供 それだけ?
 ヘンリー 今の所、これだけ。
 男一 龍への尊敬は三分の二だけ減っちゃったなあ。シャルルマーニュ様、おお、親愛なる友人よ、何故貴方は只一人つっ立っていらっしゃるのか。
 男二 さ、こちらへ、こちらへ。
 男一 娘さんに会わせてくれなかったんだそうですね。なんていう番兵共でしょう。たった一人の娘さんだというのに。ひどい話だ。
 男二 何故黙っていらっしゃる。
 男一 怒ってらっしゃるんじゃないでしょうね。
 シャルルマーニュ いいえ、ただ困ってるんです。最初は私の事が誰だか分からなかった。偽りなしに。私の方は分かっていたんですよ。所が今、今度は、(やっぱり)偽りなしに、こころからわたしを受け入れて下さろうという。
 植木屋 シャルルマーニュ様、そう深く考えてはいけません。深く考えるのは恐ろしい。考えても恐ろしくなりますよ。どんなに時間を失ったか。あの一つ頭のいもりの足に接吻して暮らして来たんですからね。あーあ、素敵な花をいくらでも育てられたのに。
 ヘンリー ニュース解説の時間です。
 植木屋 ひっこめ。沢山だ。
 ヘンリー なんだと! いや、戦時だ。我慢しなければ。 で、ニュース解説。神は一つ、太陽は一つ、月は一つ、陛下の肩の上の頭も一つ。ただ一つの頭を持つ事、是は人間的な、その言葉の最も深淵な意味においてヒューマンなのであります。そればかりでなく、これは戦闘には甚だ好都合。前線を減少させます。三個よりも一個の頭を守る方が三倍楽であります。
(龍の第三の頭が、轟音と共に広場に落ちる。叫び声、爆発する。今度は皆が大声で話す。)
 男一 龍、打倒。
 男二 俺達は子供の頃から騙されていたんだ。
 女一 いいわ、もう命令を出す人はいないのよ。
 女二 私、酔ったみたい。ホント。
 子供 ママ、僕もう学校へ行かなくていいんだね。ばんざい。
 行商人 おもちゃはいらんかね。芋いもりだよ。「やっ。」とこうする。ほら、もう頭なし。
(皆、大声で笑う。)
 植木屋 冴えてるなあ。芋いもりか。さあ、公園で座っていられるぞ、一生涯。仕事に行かないで。ばんざい。
 皆 万歳。龍、打倒。じゃがいも龍なんか、あたるを幸い、やっちまえ。
 ヘンリー コミュニケを発表します。
 皆 そんなもの聞くものか。好きなだけ叫べるんだ。怒鳴りたいだけ怒鳴れるんだ。なんていう幸せ。やっちまえ。
 町長 おい、番兵。
(番兵、走って広場に登場。)
 町長(ヘンリーに。)さあ、やれ。始めは下手に出て、その後でどやしつけてやるんだ。気を付け! (皆、シーンとなる。)
 ヘンリー (非常に柔らかく。)コミュニケを発表致します。前線では全く、まあーったく何も変わった事は起きておりません。総ては全く順調に推移しています。包囲状態は続いているんだ。妙な噂をした者は(威嚇的に。)斬るぞ。首を。金を積んでも無駄だ。もう家に帰れ。番兵、こいつらを追い払うんだ。
(広場、空になる。)
 ヘンリー どう、とうちゃん、今の僕。
 町長 ちょっと黙ってろ。
 ヘンリー とうちゃん、なに、にやにやしてるの。
 町長 ちょっと黙ってろ。
(虚ろな、重い、落ちる音。大地が揺れる。)
 町長 水車小屋の向こうだ。今度は胴体が落ちたな。
 龍の第一の頭 おい、小僧。
 ヘンリー とうちゃん、どうして手をこすってるの。
 町長 なあ、ヘンリー。権力だ、権力がひとりでにこの手に転がりこんできおる。
 龍の第二の頭 町長、こっちへ来い。水をくれ。おい、町長。
 町長 これ以上は望めんくらいだ。のう、ヘンリー。やっこさん、連中をよく教育して置いて呉れた。手綱を握る者が誰だって、連中は言うことを聞くんだ。
 ヘンリー でも、さっきの連中の様子じゃあ。
 町長 ああ、あんなもの。どんな犬でも鎖をはなしゃあ、(一時は)気違いみたいに跳び撥ねる。だがな、また自然に、犬小屋へ帰って行くんだ。
 第三の頭 小僧、こっちへ来るんだ。死にそうだ。
 ヘンリー で、とうちゃん。ランスロットは怖くないの。
 町長 あれは大丈夫。お前だってまさか、龍がそんなに簡単にやられたとは思っちゃいまい。今時分ランスロットは、空飛ぶ絨毯の上で気を失って、風に吹かれて、この町からは遙か遠くへ流されている筈だ。
 ヘンリー でも若し、ひょっこり空から降りて来たら?
 町長 なら好都合。片づければいい。わしが請け合う。あいつはもう無力だ。わしらの龍殿はなんといっても闘いは上手だった。行こう。最初の命令を出さにゃならん。(いいか)肝心な事はなーにも起こらんかったっちゅう顔をする事だ。
 第一の頭 小僧! 町長!
 町長 さあ行こう、行こう。ぼやぼやしとられんぞ。
(二人、退場。)
 第一の頭 ああ、あの左フックがいかんかった。なんで、なんであんな時に左を。右だった。右だったんだ。
 第二の頭 おーい、誰かおらんか。おい、ミラー。お前は会うと何時も俺の尻尾にキスしたなあ。おい、フリードリヒセン! お前は吸い口が三つあるパイプを贈って呉れたなあ。署名つき。「永遠に貴方の僕(しもべ)。」ってなあ。お前は何処だ。アンナ・マリーア・フレーデリカ・ベーベル? お前はわしにほれたって言ってたな。 胸には俺の鱗をビロードの袋に入れて掛けていたな。俺達はお互いに分かりあっていた。むかーしからだ。そのお前達はいま一体何処にいるんだ。水をくれ。傍に、すぐ傍に、井戸があるじゃないか。一口でいい。いや半口で。いやいや、口を湿すだけでいい。
 第一の頭 くそっ。もう一度わしにやらせんか。お前ら一人残らず締め殺してやる。
 第二の頭 一滴でいい。誰か。
 第三の頭 忠実な家来を一人、たった一人でもいいから、作っておくんだった。しかし素材がなかったな、素材が。
 第二の頭 シーッ。誰か傍にいるぞ。その感じがする。ここへ来てくれ。水を呉れ。
 ランスロットの声 その力もない。
(広場にランスロット、現れる。空飛ぶ絨毯の上に立っている。曲がった剣を杖にしている。両手に隠れ帽子を
持ち、足元には楽器がある。)
 第一の頭 お前が勝ったが、あれはまぐれだ。あの時右フックにさえしていれば・・・
 第二の頭 これがさらばだ。
 第三の頭 せめてもの慰めだ。私がお前に残して行くのは、札付きのろくでなしと脱け殻人形、それに死せる魂ばかりなんだから。ああ、これがさらばだ。
 第二の頭 傍にいて呉れるのは只一人、この私を殺した人物だとは。人生はこうして終わるものなのか。
 三つの頭 (声を揃えて。)これで終わり。さらばだ。(死ぬ。)
 ランスロット 奴は死んだ。しかし僕も具合が変だ。手がいうことをきかない。目もよく見えない。ずっと耳に響いている。誰かが僕を呼んでいる。「ランスロット、ランスロット。」と。聞き覚えのある声だ。暗い声。行きたくない。しかし今度はどうやら逃れられそうにない。どうなんだ? 僕は死ぬのか?
(楽器、答える。)
 ランスロット お前は本当に良い音色をだすね。気品に溢れ、気持ちを高めて呉れる。だけど僕はひどく気分が悪い。もう駄目だ。この傷じゃ。待ってくれ、もうすこし待って・・・しかし龍が死んだ事を考えると少し胸が軽くなる。エルザ、僕はあいつをやっつけたんだ。だけどもう君とは会えない、エルザ。君の微笑みも、きみのキスも、僕は受けることはないんだ。「ランスロット、どうしたの。どうしてあなた、そんなに暗い顔をしているの。頭がくらくらするの? 肩が痛むの? あんなにしつこく誰が貴方を呼んでいるの。」と、君が聞いて呉れる事ももうないんだ。呼んで居るのはね、死神なんだ。死神が僕を呼んでいる。僕は死ぬんだ。悲しいね。なあ?
(楽器、答える。)
 ランスロット 残念だ。皆、隠れて出て来ない。この勝利がまるで何か不幸ででもあるかのように。死神よ。ちょっと待って呉れ。お前は僕の事を良く知っている。僕は何度となくお前と出会っている。一度だってお前を避けた事はない。だから逃げはしない。聞こえて居るよ。ちょっとでいいんだ。考えさせて呉れ。誰も出て来ない。そういうことだ。でも皆は今、家で、少しずつ正気に返って居る。心も素直になってきている。そして自問している。何故、何故、あんないもりに餌をやって、面倒を見たりしてきたんだろうって。俺達の為に今たった一人、寂しく死んでゆく男が居る。これからはもっと賢くならなくちゃ。なんていう闘いだったんだろう。あそこでランスロットが苦しそうに息をしている。もう沢山だ、沢山だ。自分たちの弱さのせいで、強い人達、心優しい人達、辛抱出来なかった人達が、犠牲になって死んでいった。石でも、これぐらい分かる。まして俺たちは人間じゃないか。こう皆、囁いているんだ。どの家でも、どの部屋でも。そうだろう?
(楽器、答える。)
 ランスロット そう、そういう事なんだ。つまり僕の死は無駄にはならない。犬死じゃないんだ。さようなら、エルザ。生きてたら君の事を生涯愛し続けるのに・・・でも僕には分からなかったなあ。僕の一生がこんなに早く終わるなんて。さようなら、街よ。さようなら、朝よ、昼よ、夕方よ。後は夜が来るだけだ。ああ、皆さん。死神が呼んでいる。せきたてている。頭がこんがらがってきた。何か、何か、言い残して居ることが・・・ああ、皆さん。怖がらないで。皆さんに出来ること。弱い人たち、みなしご達に親切にする事。お互いにいたわりあう事、これはできる筈。お互いにいたわりあうんだ。そうすれば幸せになれるんだ。嘘じゃない、本当なんだ。本当に、本当。まじりっけなしの、この世の中で一番の本当なんだ。これで終わり。僕はもう行く。さようなら。
(楽器、答える。)
                  (幕)

     第 三 幕
(豪華な家具の大広間。町長の館の一室。舞台後方、扉の両側に半円形の机。食事用に食器が置いてある。それら二つの机の前方、舞台中央に小さい机。その上には分厚い本(後に出てくる慶事記録簿。金色の装丁。)がある。幕があくとオーケストラが響く。町人の一団が叫ぶ。扉を見ながら。)
 町人達 (小声で。)一、二の、三。(声を上げて。)龍征服者、万歳。(小声で。)一、二の、三。(声を上げて。)我々の為政者、万歳。(小声で。)一、二の、三。(声を上げて。)どんなに我々が感謝しているか、言葉では言い尽くせない。(小声で。)一、二の、三。(声を上げて。)あ、足音が聞こえる。
(ヘンリー、登場。)
 町人達(声を上げて一斉に。)万歳、万歳、万歳。
 男一 おお、名誉ある我等が自由解放者よ。丁度一年前、あの極悪非道、誅求苛斂、犬畜生の龍の奴を、貴方様が亡ぼして下さいました。
 町人達 万歳、万歳、万歳。
 男一 それからと言うもの、我々は大変快適に暮らしています。我々は・・・
 ヘンリー ちょっと待って、君。「大変」をすこし伸ばして。
 男一 分かりました。それからと言うもの、我々はたーいへん・・・
 ヘンリー 駄目、駄目。そうじゃなくて、たあーいへん。
 男一 それからと言うもの、我々はたあーいへん快適に暮らしています。
 ヘンリー そうそう。その言いかた。諸君もあの龍征服者の気質はよく知って居るだろう。ナイーブなくらい純真な人なんだ.誠意と実直さをこの上なく愛しておられる。さ、先を続けて。
 男一 幸せで、幸せで。体が自然に宙に浮く・・・
 ヘンリー それでいい。待てよ。此処になにかはさんだ方がいいな。人間的で、立派に響く何か良い言葉・・・龍征服者が気にいるような・・・ (指をパチンと弾く。)待って、待って、待って、今すぐ思い付くから。うん、そうだ。これだ。これが良い。明るく小鳥も鳴いている。わざわい去って福がきた。ピーヒョロ、ピーヒョロ、ピーヒョロロ。さあ、やって。
 男一 明るく小鳥も鳴いている。災い去って福が来た。ピーヒョロ、ピーヒョロ、ピーヒョロロ。
 ヘンリー 元気のない鳴き方だな。気を付けてやらんと、自分で泣く目に会うぞ。
 男一 (明るく。)ピーヒョロ、ピーヒョロ、ピーヒョロロ。
 ヘンリー よーし、よくなった。そんなもんでいいだろう。他の所は練習は済んだのだな。
 町人達 はい、済みました、町長様。
 ヘンリー よし。もうすぐ龍征服者であらせられる、我が自由の町の大統領閣下がおでましになる。忘れるな、声を合わせて、心暖かく、ヒューマニスチックに、民主主義的にな。儀式が好きだったのは、あの龍の奴だ。だが我々はだな・・・
 歩哨 (中央の扉から。)気を付け! ドア向けードア。廊下に自由の町の大統領閣下のおでまし。(棒読み。低音で。)ああ、大統領様、なんという大恩人。龍を倒して下さって。なんていう大偉業。
(音楽、轟く。町長登場)
 ヘンリー 自由の町の大統領閣下。小生の当直の間、異常なしであります。十名きっかりおります。一人残らずまことに幸せであります。駐在所では・・・
 町長 休め。町長、御苦労。(ヘンリーと握手する。)お? この方々は? あ? 町長?
 ヘンリー 町の者達であります。丁度一年前、閣下が龍を倒された事を深く心に刻み、お祝いに駆けつけて呉れたのであります。
 町長 なんと。これは嬉しい驚き。さあさあ、やって下され。
 町人達 (小声で。)一、二の、三。(声を上げて。)龍征服者、万歳。(小声で。)一、二の、三。(声を上げて。)我々の為政者、万歳。(牢番、登場。)
 牢番 御機嫌うるわしう、閣下。
 町長 (町人達に。)有り難う、諸君。諸君の言って呉れようとしている事はみんな分かっておる。なんじゃ、この涙は。つい出てしもうた。(涙を拭く。)実は、これから此処で結婚式だが、わしにはまだやらにゃならん事が残っておる。一旦、出ていてくれんか。式の時にまた呼ぶ。その時に、賑やかにお願いする。悪い夢はもうおしまいじゃ。我々は生きとるんだ。のう?
 町人達 万歳、万歳、万歳。
 町長 正にそうじゃ。奴隷制度は既に過去のもの。我々は生まれ変わったんじゃ。覚えているな。龍の下でわしが一体何者だったか。病人よ。気違いよ。それが今は? 胡瓜の様に健康じゃ。諸君の事を言うとるんじゃない。諸君は何時も、小鳥の様に明るく、幸せだ。さあ飛ぶんだ。生き生きと。ヘンリー、お見送りして。
(町人達、退場。)
 町長 さて、どうだ、牢屋の住人達は。
 牢番 あい変わらずです、閣下。
 町長 それで、わしの昔の相棒はどうだ。
 牢番 苦しんでおられる様子で。
 町長 ははは。馬鹿を言うな。
 牢番 いえ、本当でございます、閣下。
 町長 で、どうしている。
 牢番 壁によじ登っています。
 町長 はは。そうやって少し頭を冷やすのが良いんだ。厭な奴だ、あいつは。わしが笑い話をした。皆、笑った。あいつだけ笑わん。髭を見せおった。皮肉のつもりなんだ。「この髭と同じぐらい古い話ですな。」だから、牢屋に入るような事になる。わしの肖像画は見せたか。
 牢番 はい、見せました。
 町長 どのやつだ。わしがにっこり微笑んどるやつか。
 牢番 それです。
 町長 それであいつはどうしている。
 牢番 泣いています。
 町長 馬鹿を言うな。
 牢番 本当です。泣いています。
 町長 はは。面白いな。で、あの織工達はどうだ。例の何に、空飛ぶ絨毯を渡したやつらは。
 牢番 あいつらにはうんざりです。厭な奴らです。別の階に入れてあるのに、まるで同じ行動です。片方が言う通りの言葉を、もう一人も言うんです。
 町長 しかし、二人とも痩せては、きとるんだろう。
 牢番 はい、私の牢屋では太れません。
 町長 鍛冶屋は?
 牢番 また鉄格子をひき切りました。今度は部屋の窓をダイヤモンド製にしておきました。
 町長 よろしい。けちけちせんでやれ。それで今はどうだ。
 牢番 困っています。
 町長 はは。面白いな。
 牢番 帽子屋は鼠に帽子を作ってやっています。で、猫が鼠に触ろうともしないんです。
 町長 ほう。何故じゃ。
 牢番 帽子に見とれて。楽器屋は歌を歌います。これを聞くと悲しくなります。あいつのところへ行くときは、耳に栓をするんです。
 町長 なるほど。町はどうだ。
 牢番 落ち着いています。でも落書きが。
 町長 なんじゃと。
 牢番 あちこちの壁に「ラ」と。つまりその、ランスロットのラ。
 町長 馬鹿な。「ラクダ」つまり、今の生活が楽だ、と言っておるんじゃ。
 牢番 はあ、すると、書いた奴はぶちこまなくても・・・
 町長 なにを言うとる。ぶちこむんだ。他には。
 牢番 申し上げるのも憚られるようなものでして。その・・・大統領のブタやろう。あいつの息子は悪党だ。大統領は・・・(ヒヒヒと笑う。低い声で。)ちょっと申し上げかねます。 あいつらの書くことといったら。でもほとんどは、「ラ」の字でして・・・
 町長 あいつらも変わった奴等だ。 だからランスロットに熱を上げやがった。相変わらず何も分かっとらんのか、あいつのことは。
 牢番 はあ、全く姿を消して仕舞いました。
 町長 鳥は尋問してみたのか。
 牢番 はあ。
 町長 全員か?
 牢番 はあ。耳を見て下さい。この傷、鷲につつかれたんです。
 町長 なんと言っとった?
 牢番 「ランスロットは見た事ない」。鷲の答えです。そう。おおむだけがハイと。「見た?」「見た」「ランスロット?」「ランスロット」。でもおうむはああいう鳥ですから。
 町長 蛇は?
 牢番 知っていたら、何はさておきやって来る筈です。龍は親戚ですからね。それなのに来ないですから。
 町長 魚は?
 牢番 何も言いません。
 町長 すると、なにか知っているのか。
 牢番 いいえ、魚博士が目を見て保証しました。この魚はなにも知ってはいない。一言で言いますと、詰まり、このランスロット、セント・ジョージ、ペルセウス、素戔鳴尊(すさのおのみこと)、各国で色々に呼ばれて居る、この男の行方は・・・知れない、と言うことで。
 町長 あいつめ。悪魔に喰われろ。
(ヘンリー、登場。)
 ヘンリー 幸せな花嫁の父親、古文書係員のシャルルマーニュ氏が来ました。
 町長 ほう、ほう、待っていたところだ。通せ。
(シャルルマーニュ、登場。)
 町長 牢番、下がって良い。また精勤に励んで呉れ。お前の働きに満足している。
 牢番 努力致します。
 町長 そうして呉れ。シャルルマーニュ、この牢番を知っているか。
 シャルルマーニュ いいえ、大統領様。
 町長 そうか、まあよい。ひょっとするとそのうち厭でも知るようになる。
 牢番 引っ立てますか。
 町長 早まるな。それがお前の悪い癖だ。今は下がって良い。
(牢番、退場。)
 町長 のう、シャルルマーニュ。 お前にはおよそ察しはついておろう。何故お前を呼んだか。いろいろ面倒事、執務があって、親しく挨拶にも行けなかったが、分かっているな、今日がエルザの結婚式だっちゅう事は。町中ふれが貼って有るからのう。
 シャルルマーニュ はい、分かっております、大統領様。
町長 我々国家の僕は、溜め息をついたり、花を捧げたりして求婚は出来ん。求めるんではなく、命令でいく。それも超然としてな。ははは。これはまあ、便利も便利だ。エルザは幸せか?
 シャルルマーニュ いいえ。
 町長 おい、おい、そんな返事はない。勿論幸せだ。お前は?
 シャルルマーニュ 絶望です、大統領様。
 町長 なんという恩知らずめ。わしが龍を倒したんだぞ。
 シャルルマーニュ お許し下さい、大統領様。しかし、どうしても信じられませんので。
 町長 信じられる!
 シャルルマーニュ 本当に信じられませんので。
 町長 られる、られる。このわしでさえ信じられるのだ。お前に信じられん訳がない。
 シャルルマーニュ いいえ。
 ヘンリー ただ信じたくないだけですよ。
 町長 信じたくない?
 ヘンリー 取引です。値段を吊り上げているんです。
 町長 分かった。わしの第一補佐の役を与えるがどうだ。
 シャルルマーニュ 厭です。
 町長 馬鹿な。いいだろう。
 シャルルマーニュ いいえ。
 町長 駆け引きは止めてくれ、時間がない。よし、公園の傍の市場から近い宮廷を与える。百五十三部屋つき。窓はみな南向きだぞ。莫大な俸給もだそう。それから俸給の他に、役所に行く度に出張手当て、家に居る度に在宅手当て。これじゃわしと同じぐらい金持ちになるな。これで全部。これならよかろう。
 シャルルマーニュ いいえ。
 町長 これでまだ不足なのか。
 シャルルマーニュ ただ一つの事が望みなのです。私達をそっとして置いて下さい。これです、大統領様。
 町長 そっとしておいて呉れ? 御立派な。しかし、わしがそっとして置きたくなかったら? それに国家的見地から見るとだな。これは健全な考えなんだ。龍征服者がおのれの腕で救った娘と結婚するんだからな。誰でも納得する考えだ。お前にはどうして分からんのだ。
 シャルルマーニュ 何故私達をこう苦しめるのですか。私は自分で考える事が出来る様になりました、大統領様。それだけでも辛いのです。なのに又この結婚です。気違いになっても可笑しくありません。
 町長 馬鹿な、馬鹿な。気違いだと? そんなものは全部うそっぱち。つくりごとだ。
 シャルルマーニュ ああ、なんて私達は無力なんでしょう。私達のこの町は、以前と全く同じように静かで、おとなしい。何の変わりもない。それが恐ろしい。
 町長 なんと言う戯言(たわごと)だ。何故それが恐ろしい。自分の娘とぐるになって、反乱でも起こす気か。
 シャルルマーニュ いいえ。今日、二人で森へ行ったところです。よおく話しあいました。詳しく考えてみました。明日娘がいなくなったら、その後私も死ぬのです。
 町長 娘がいなくなったら? なんていうアホな話だ。
 シャルルマーニュ 娘がこんな結婚の後おめおめと生きていましょうか。
 町長 勿論生きている。名誉ある、楽しい式になるんだ。他の男なら大喜びだ。娘を金持ちに嫁がせるんだからな。
 ヘンリー この人だって喜んでいるんですよ。
 シャルルマーニュ いいえ、私はもう年寄りで乱暴な言葉は似合いません。こんな事を面と向かって申し上げるのは辛いのですが、でもやはり言います。この結婚は私共にとって大変な不幸です。
 ヘンリー 取引もこう粘られては疲れるなあ。
 町長 ほどほどにしておくんだな、シャルルマーニュ。さっき申し出た金額以上はびた一文だせん。どうやらわしらの分捕りの分け前を取ろうという腹だな。それはやれん。あの龍が厚かましくも握って居た財産は、今はこの町の錚々たる人物の手にあるのだ。 錚々たる人物、まあ即ち、わしと息子のヘンリーの二人だが。これは適法。完全に適法だ。此処からは一銭も出さん!
 シャルルマーニュ 下がって宜しいでしょうか、大統領様。
 町長 許す。だがな。これから言う事はよく覚えておけ。第一。式場では明るく、楽しそうに、生き生きと振る舞う。第二。死ぬのは許さん。わしの都合の悪い限り、死なせはせん。娘にもこの事は言っておけ。第三。これからはわしの事を「閣下」と呼ぶんだ。それから、ここに名簿がある。五十人の名前がある。皆、お前の友達だ。お前に変な動きがあれば、この人質五十人は行方不明になる。行ってよい。待て。すぐ後から馬車を送る。娘を連れて来るんだ。変な気を起こすなよ。行け。
(シャルルマーニュ、退場。)
 町長 ふん、なかなか上手く運んどる。
 ヘンリー 牢番の報告は? とうちゃん。
 町長 天気晴朗にして風もなしじゃ。
 ヘンリー 「ラ」の落書きは?
 町長 龍の時代にも落書きは普通だった。書かせておけ。それで気がすむんだ。何の害もありはせんし。ちょっと見てくれんか。その椅子はあいとるか?
 ヘンリー ええっ? ああ。(椅子に触れる。)あいてるよ。坐れる。
 町長 笑うな。なにしろ隠れ帽子だ。何処にいるか知れたもんじゃない。
 ヘンリー とうちゃんにはまだ分からないのか、あの男が。あいつは頭のてっぺんから足の爪先まで騎士道さ。家に入る時だって帽子は必ず脱ぐ。だから門番があいつをすぐ逮捕する。
 町長 あれから一年経つ。あいつの根性も悪擦れしとるかもしれん。(坐る。)ああ、そう、ヘンリー、ヘンリーちゃん。これからお前と仕事の話をやるとしよう。ヘンリーちゃんには貸しがあった。借金を返して貰わにゃ。
 ヘンリー 借金だって? とうちゃん。
 町長 そう。わしのお供三人を買収したのう。わしの尾行、秘密書類の盗み読み。いろいろやって呉れる。
 ヘンリー とうちゃん。どうして僕がそんな事・・・
 町長 まあ待て、まだわしが物を言うとる最中だ。わしはあいつらに五百ターレル余分にやっておいた。わしが許可した情報だけを、お前に知らせるようにな。だから、お前はわしに、五百ターレルの借りがあるんじゃ。
 ヘンリー 言い難いんだけど、とうちゃん。ぼく、それを知って、また六百ターレルはりこんだんだ。
 町長 分かっとる、分かっとる。それでまたこっちは、千ターレル上乗せしたんだ。だからのう。差引きやはりわしがお前に貸しとる事になる。もうあいつらに値上げするのは止めにせい。あんな高給を取ってな、連中ぶくぶく太って堕落してきおる。無愛想にはなるし。そのうち飼い主に噛みついてくるぞ。もう一つ。わしの(私設)秘書に煩く付きまとわんでくれ。かわいそうに。精神病院行きだ。
 ヘンリー まさか。どうして?
 町長 わしとお前とが、一日に何度も代わりばんこにあいつを買収するもんだから、何が何だか分からなくなったんだ。わしにわしの事を密告しおる。自分の秘書の地位を騙し取ろうと、自分の事を讒言しおる。真面目で勤勉な奴なのに。あいつが悩むのを見るのはかわいそうでな。明日二人で病院に行ってやろう。そこではっきりさせてやろうじゃないか、結局のところ、あいつが誰に仕えているのか。いやはやヘンリーちゃん、なかなかやるな。こいつとうちゃんの地位を狙いやがって。
 ヘンリー それはないよ、とうちゃん。
 町長 いいじゃないか、ヘンリーちゃん。これが浮世だ。まあわしの提案を聞いてくれ。尾行はのう、これからは、本人でやる事にしよう。これが肉親同志でやるやり方だ。親父と息子、水いらず。これなら金も溜まるし。
 ヘンリー こんな時に金の話するなんて、とうちゃんもひどいよ。
 町長 そう、そう。地獄の沙汰も金次第なんて言ったって、あの世まで金は持って行けんからな。
(蹄の音。鈴の音。町長、窓に掛け寄る。)
 町長 来た、来た。わしのかわい子ちゃんが来た。キラキラ、ピカピカの馬車。この世のものとは思えん。龍の鱗で飾られて。それにエルザ、ステキー、ステキの上にまたステキ。全身ビロード。いやいや、何といっても、権力ちゅうものは有りがたいものじゃ・・・(囁く。)あいつから、あれこれ聞き出すんだ。
 ヘンリー あいつ?
 町長 かわい子ちゃんからよ。最近ひどく無口になりおった。あいつ(周囲を見回して。)例のランスロットの行方を知っているのかもしれん。訊問しろ。だが用心してな。わしはカーテンの後ろから盗み聞きじゃ。(隠れる。)
(エルザとシャルルマーニュ、登場。)
 ヘンリー エルザ、おめでとう。君、日毎に美しくなっていくね。なかなかいいじゃない。大統領閣下は今着替え中。ちょっと失礼する、とのこと。まあ此処に坐って、エルザ。(町長が隠れているカーテンの前にある椅子に坐らせる。シャルルマーニュに。)あんたはあっちの部屋で待っていて。
(シャルルマーニュ、お辞儀をして去る。)
 ヘンリー 大統領が礼服に着替える為に出て行って呉れて僕は嬉しいよ、エルザ。大分前から君と二人だけで話したかったんだ。友達としてね。気持ちの底を打ち明けあって。君、どうして黙ってるの? え? 答えたくないの? 僕はね、自分なりに君が好きなんだ。何か言って呉れよ。
 エルザ 何を?
 ヘンリー 何でもいいさ。
 エルザ 私・・・何もないわ。
 ヘンリー そんな事ってないだろう? 今日は結婚式じゃないか。ああ、エルザ・・・今度もまた僕、君を諦める事になっちゃったなあ。だけど龍征服者はやっぱり龍征服者だからなあ。僕はひねくれ者だよ。だけど龍征服者には尊敬の気持ちを抱いているんだ。君、聞いてないの?
 エルザ ええ。
 ヘンリー ああ、エルザ・・・まさか僕と君、全く赤の他人になったんじゃないだろうね。僕たち、子供の時あんなに仲がよかった。覚えてるだろう? 君が麻疹(はしか)に罹って、僕、何度も何度も、君の窓辺に行ったり来たり。ついに僕も麻疹に罹っちゃった。そしたら君、僕の家に来て呉れた。そして泣いて呉れた。僕が優しいって。僕がかわいそうって。覚えてる?
 エルザ ええ。
 ヘンリー あんなに仲の良かった二人の子供、それが急に死んで仕舞うものだろうか。僕の心にそして君の心に、あの二人の子供はもう残って居ないのか。過ぎ去った昔に返って、兄と妹の様に、幼な友達として話そうじゃないか。
 エルザ ええ、いいわ、話しましょう。
(町長、カーテンから顔を出し、音を立てずにヘンリーに拍手する。)
 エルザ 貴方、知りたいのね、私が何故ずっとおし黙っているか。
(町長、大きく頷く。)
 エルザ 私、怖いからなの。
 ヘンリー 誰が。
 エルザ 皆が。
 ヘンリー ええっ? 誰かはっきり言えよ、怖い人を。そいつらを暗い所にぶち込んでやる。そうすりゃすぐ楽になるさ。
(町長、手帳を取り出す。)
 ヘンリー さあ、名前は?
 エルザ 駄目よ、ヘンリー、そんな事をしても無駄。
 ヘンリー 無駄って事はないよ。保証する。僕、実験済さ。よく眠れるようにはなるし、食欲は回復するし、気分もよくなる。
 エルザ そうね。なんて言ったら分かって貰えるかしら・・・私・・・怖いの、みーんなが、こわいの。
 ヘンリー ああ、そうか。分かる。よーくわかる。みーんなが怖い。僕もその中に入ってるんだ。君には怖いんだ、この僕も、だろ? ひょっとすると、僕の事信用してないんだ。でも、僕だって奴らが怖い。僕は親父も怖いんだよ。
(町長、理解出来ぬという表情で両手を広げ、肩を窄める。)
 ヘンリー 自分の使っている召使だって怖い。だから連中を怖がらせる為に、残酷な顔をするんだ。あーあ、こんな風に自分のはった蜘蛛の巣に、自分で引っ掛かって、何が何だか分からなくなってるんだ。エルザ、何か言って呉れよ。黙ってないで。
(町長、そうそう、という様に、頷く。)
 エルザ まだ言うことあるかしら・・・私、最初は腹が立ったわ。それから悲しくなった。その後はどうでもよくなった。今は私、おとなしいの。今までにないくらい素直。もう人にどうされてもいいの。
(町長、大きくヒヒヒと笑う。自分で驚き、カーテンの後ろに隠れる。エルザ、見回す。)
 エルザ 誰?
 ヘンリー 気にしない、気にしない。結婚式の宴会の準備をしているんだ。ああ、僕のエルザ、かわいそうなエルザ、なんて残念なんだ、あのランスロットがいなくなったのは。跡形もなく消えて仕舞った。今になってやっとあいつの事が分かってきたんだ。あれは驚くべき男だった。立派だった。それなのにみんなで彼には申し訳ない事をしてしまった。もう彼が帰って来るという望みは、全くないのか。
(町長、再びカーテンから這い出す。からだ中を耳にして聴く。)
 エルザ あの人・・・帰って来ないわ。
 ヘンリー そんな風に思ってはいけないよ。何故か、僕にはまた彼に会えるぞって気がするんだ。
 エルザ ありえないわ。
 ヘンリー 僕を信じるんだ。
 エルザ 嬉しいわ、わたし。そう言って下さるの。でも・・・誰か聞いてない?
(町長、椅子の背の後ろにうずくまる。)
 ヘンリー 勿論、誰もいないさ。今日は休日、スパイも休み。
 エルザ ねえ、ヘンリー、私、ランスロットがどうなったか知ってるの。
 ヘンリー 駄目。言っちゃ駄目。言うの辛いんだろう?
(町長、拳骨で脅す。)
 エルザ いいえ。私、黙ってたの。あまり長い間黙ってたので、いまみんな話しちゃいたくなったわ。どうせ誰にも分かりはしない。あれがどんなに悲しい事か。悲しいのは私だけ。そう思っていたの・・・そんな町に生まれたのね、私。でも、今日はこんなに熱心に聴いて下さるんですもの・・・かいつまんで・・・丁度一年前、闘いが終わろうとする時、猫が宮殿の広場へ見に行ったの。そしたら、死んだ龍の頭の傍に死に神の様に真っ青な顔をしたランスロットが立っていたの。剣を杖にして微笑んだの。猫を悲しませない為よ。猫は私の所へ助けを呼びにきたわ。でも歩哨が、それは厳しいの。蠅一匹入るすきもないの。私の家に入れずに、猫は追っ払われたわ。
 ヘンリー ひどい奴等だ。
 エルザ それで猫は知り合いのろばを呼んだの。ろばの背に、傷ついたあの人を乗せて、人目につかない様にこっそりこの町から運び出したの。
 ヘンリー でも、どうして。
 エルザ だってあの人、ひどく弱ってたでしょう。町の人に殺されちゃうかもしれないでしょう? 猫達は小道を通って、山に入ったの。猫はずっとあの人の傍に坐って心臓が鼓動しているかどうか、聴いていたの。
 ヘンリー 勿論、打っていたんだろう?
 エルザ ええ、でもだんだん弱くなってきたの。「とまれ」って、猫は叫んだ。ろばは止まったわ。夜になって居たの。山を随分高く、もう登って来ていたの。回りはとても静かで、とても寒かった。猫が言ったわ。「家へ帰ろう、もう町の人だって、ランスロットをいじめないよ。エルザに一目会わせよう。その後で二人でお墓にいれるんだ。」って。
 ヘンリー 死んだんだ、ランスロットは。かわいそうに。
 エルザ そう。死んだの。ろばは頑固者だから、帰らないって言った。そしてそのまま先に進んだの。猫は帰った。猫は家に居つくって言うでしょう。帰って来て、私に何もかも話してくれた。だから、今ではもう誰も待つ人はいないの。みんなおしまい。
 町長 万歳! みんなおしまい。(踊る。部屋を踊り廻る。)みんなおしまい。わしは総てに君臨するんじゃ。もう誰も怖い奴はおらんぞ。有り難う、エルザ。今日はめでたい。実にめでたい。龍を殺したのはわしじゃない、なんて言う奴はもう何処にもおらんのだ、のう?
 エルザ あの人、盗み聞きしていたの?
 ヘンリー あたりまえさ。
 エルザ 貴方もそれを知って居たの?
 ヘンリー おいおい、かまととは止めようぜ。今日結婚しようといういい娘さんなんだから。
 エルザ パパ、パパ。
(シャルルマーニュ、登場。)
 シャルルマーニュ ああ、エルザ、どうしたんだい。(抱き締めようとする。)
 町長 気をつけ! わしの許嫁に対して気をつけ!
 シャルルマーニュ (気をつけをして。)よし、よし。落ち着いて。泣かないで。どうしようもない。どうする事も出来ないよ、エルザ。どうする事もできないよ。
(音楽、轟く。)
 町長 (窓に駆け寄る。)おお、素晴らしい。楽しいぞ。客達が祝いにやって来た。馬にはリボンを付けて。舵棒には提灯をつけて。この世に生きるとは何と素晴らしい事だ。邪魔者は誰もいない事が分かると、その喜びも一段と増すわい。エルザ、笑顔だ。ピッタリ予定通り、一秒も違わず、自由の町の大統領御自身がお前を抱擁するんじゃ。
(扉が大きく開く。)
 町長 よくいらっしゃいました、皆さん。よーくいらっしゃいました。
(客達、登場。夫婦あいたがい、エルザと町長の傍を通り過ぎる。その時上品にほとんど囁き声で挨拶。)
 男一 御婚約おめでとうございます。皆、心よりお喜び申しあげます。
 男二 家毎に提灯を吊って、祝っています。
 男一 通りは、真昼の様に明るい。
 男二 酒屋という酒屋は人で一杯。
 子供 皆、怒鳴ったり、殴り合ったりだよ。
 客達 シーッ。
 植木屋 釣鐘水仙を持ってまいりました。お気に召せば嬉しいのですが。確かに少し悲しい音がするんですが、それほどひどくはありません。それに朝には萎んで静かになります。
 エルザの友人一 可愛いエルザ、もっと元気を出して。でないと私、涙が出てきちゃう。そしたらつけまつげ、駄目になっちゃうわ。今日はこんなにうまく付いたのに。
 エルザの友人二 だってあの人、龍よりはましよ。あの人、手も足もあるし、鱗はないもの。明日必ずお話してね。わくわくして待ってるわ。
 エルザの友人三 貴方、みんなに好い事して上げられるのよ。だって例えばあの人に頼む事出来るでしょう。うちのパパの上役を首にする事。そしたらパパ、その上役の地位につくでしょう。お給料、倍になるわ。そしたら、幸せになれるわ。
 町長 (一人言で客の数を数える。)一、二、三、四、(次に、食器を数える。)一、二、三・・・えーと、どうやら、人の方が一人多いようだな。あ、そうか、子供だ。そんなに泣かんでいい。ママと一緒の皿で食べなさい。さあ、全員揃ってるな。席について。控え目に素早く、結婚式はすませて、あとは披露宴。魚を手に入れておいた。人に食べて貰いたいという魚だ。料理されている時に嬉しうて笑っておった。それに出来上がったら、「はい、出来上がり。」とコックに知らせるし。これは七面鳥。自分の雛が詰めものになっておる。心暖まる家庭愛。こっちは豚。ただ喰わされ太らされたっていう代物じゃない。この披露宴の為に特別に教育を受けたのだ。丸焼きにされていても、自分で動いてサービスだ。ほら、握手の為に人にお手々を差し延べる。キャーなんて言わないで、坊や。怖がる事ではない。面白いだろう。これは葡萄酒。年代物じゃ。瓶の中で子供の様に撥ねおる。こっちはウオッカ。蒸留が完璧で瓶が空っぽに見えるだろう? あれ? 本当に空っぽだ。召使のやつら奴、飲みやがったな。まあいい。まだいくらでもある。諸君、金持ちと言うものはいいものだ。皆、席に付いたかの? よろしい。いやいや、食べるのはまだ早い。今から結婚式だ。ちょっと待て。エルザ、お手。(エルザ、町長に手を差し出す。)可愛いのう。悪戯っこじゃ、お前は。なんと暖かいお手々じゃ。顔を上げて。笑って。ヘンリー、用意はいいか?
 ヘンリー はい、大統領様。
 町長 始めろ。
 ヘンリー エー、皆さん。 私は口べたで、話があちこちするかも知れませんが、お許しを頂きたい。丁度一年前、あの自惚れたペテン師、皆さんもよく御存知のあの男が、龍に闘いを挑みました。町議会議員で構成された我が特別調査委員会は、この闘いにつき(調査し)次の結論を下しました。即ち、あの殺されたペテン師は、単に龍を誘い、怒らせただけで、龍に手傷さえ負わせる事はできなかった。その時我等が自由の町の大統領、当時の町長殿が、勇敢にも龍にとびかかり、龍を倒した。ありとあらゆる勇気の手本を示し龍に止めを刺したのであります。(拍手。)憎むべき奴隷制度の陋習(ろうしゅう)は根底から覆され、我等が町に自由の灯がともったのであります。(拍手。)これに感謝したわが町は次の決定を下しました。我々は毎年あの忌まわしい龍に、この町の最も素晴らしい娘を供物に捧げてきた。ならばこの町の救い主にその当然の権利を拒否する理由が我々にあるだろうか。(拍手。)そこで、片や大統領の偉大さを称える為に、片や我々の心からの帰依を示す為に、私、自由の町の町長は、今ここで厳かに、二人の結婚を宣告致します。オルガン! 結婚の讃歌を! (オルガン、響く。)書記! 慶事記録簿を! (書記達、各自、巨大な万年筆を持って登場。)四百年もの間、この記録簿には龍の生け贄となった哀れな娘達の名前が記入されてきました。四百頁がかわいそうな娘の名で埋められ、今回、四百一頁目に始めて、幸せな娘の名が記入されるのです。 我々の勇者、龍征服者が、その娘を妻に娶るのであります。 (拍手。)汝、龍征服者よ、良心に照らして、真実を答えなさい。汝はこの娘を妻として娶るや。
 町長 生まれ故郷の為とあらば、たとえ火の中、水の中。(拍手。)
 ヘンリー さあ、書記、記入するんだ。注意してやらんか。しみでもつけてみろ。舐めて拭き取らせるぞ。よーし。よーし。これでいいと。 ああ、これは失策。ちょっとした手続きが、もう一つ残っていた。汝、娘よ、汝はこの町の大統領様の妻となるな? (間。)さあ、エルザちゃん。答えて。いいんだね。
 エルザ いいえ。
 ヘンリー これでよしと。書くんだ、書記。娘は同意した。
 エルザ 書いたら許しませんよ。
(書記達、跳び退く。)
 ヘンリー エルザちゃん、邪魔しないでね。
 町長 いやいや、邪魔なんぞしておりはせん。娘が「いや」っちゅうのは、「いいわ」っちゅう事じゃ。書記! 書くんだ!
 エルザ 書いてごらんなさい。その頁を引き裂いて、踏み潰します。
 町長 若い娘の躊躇(ためらい)。いいもんだ。涙ポタポタ、ああだこうだのいつもの話。片づく前に娘は泣くもんだ。だが、片づいて仕舞えば、後はおとなしくなるんじゃ。幸せになる。さ、こうやって両手を抑えている。やることをやるんだ。書記!
 エルザ 一言だけ言わせて下さい。お願い!
 ヘンリー エルザ!
 町長 怒鳴るんじゃない、ヘンリー。総て予定通りだ。娘は一言言いたいんだ。一言喋らせろ。それで公の部分はお終いだ。心配せんでいい。やらせろ。どうせここに居るのは味方だけだ。
 エルザ 皆さん、私の親しい皆さん。どうして皆さんは私をこんなに苦しめるの? 恐ろしい。夢にうなされているみたい。悪者が刀を持って追い駆けて来るとします。でも助かる方法があるかも知れません。その悪者をやっつけるとか、うまく逃げおおせるとか・・・でも、もし刀が、誰の手も借りずに、刀自身が襲い掛かってきたら?  縄が自分で蛇の様に、私達の手や足を縛りつけようと這ってきたら? もし窓のカーテンが、あの静かに掛かっているカーテンが、口に猿ぐつわを噛ませようと、自分で襲い掛かってきたら? 皆さんはその時どう思うでしょう。私は思っていたわ。皆さんが龍の言うことを素直にきいていたのは、刀が悪者の言う事をきいているのと同じだって。皆さんはただ刀なんだって。そう思っていたんです。ああ、その悪者、それは皆さんだわ。私には分かったの。皆さんが実は悪者なの。でも皆さんを非難はしません。皆さんは、そういう事に気が付いて居ないのです。でも、お願い。目を覚まして! まさか龍が本当には死んでいなくて、昔よくやった様に、人に姿を変えているんじゃないでしょうね。それなら龍は今度は大勢の人に姿を変えたんです。 そして今私を殺そうとしている。殺さないで! 目を覚まして! ああ、なんて悲しいんでしょう。蜘蛛の巣を切り払って! 皆さん、皆さんは蜘蛛の巣で動けなくなっているのよ。本当に私を助けて呉れる人、誰もいないの?
 子供 僕がいるよ。だけどママが僕の手を放さないんだ。
 町長 さあ、これで終わり。娘の「一言」は終わった。何事も起こらず、すべて世は事もなしだ。
 子供 ママ!
 町長 静かに、坊や。すべてこの世に事もなし、と。陽気に、陽気にやろう、ヘンリー。もうお役所の杓子定規は沢山だ。そこに書いてくれ。「結婚式は滞りなく執り行われた。」と。それからもう食事だ。ハラペコになりおった。
 ヘンリー 書記、書くんだ。「結婚式は滞りなく執り行われた」と。さあ、早く。何をぼやっとしとる。
(書記達、ペンをとる。扉に大きなノックの音。書記達、パッと跳び退く。)
 町長 誰だ。(答えなし。)おい、誰か知らんがあしただ、あした。ちゃんと秘書を通して、面会時間にしてくれ。今は忙しい。結婚式の真っ最中だ。(再びノック。)扉を開けるな! 書記、書くんだ。(扉、ひとりでに開く。扉の後ろには誰もいない。)ヘンリー、助けてくれ。これはどういう事だ。
 ヘンリー ああ、お父さん、何時もの話だよ。今のエルザの哀れな訴えが、川や、森や、湖の、例の住民達を心配させたのさ。家の精の荒神様は屋根裏から這って来るし、井戸の中からは水の精・・・だけどやらせておけばいいんだ。あいつらには何も出来はしない。良心とかその類(たぐい)と同じさ。目に見えなくて力がない。そりゃ二三度恐ろしい夢は見るかも知れないけど、それだけの事さ。
 町長 いや。あいつだ。
 ヘンリー あいつ?
 町長 ランスロット。隠れ帽子だ。傍に立っていて話を聴いとるんだ。わしの頭の上には奴の刀が振り翳されて・・・
 ヘンリー お父さん! 正気に返らないと、僕が権力を握って仕舞うよ。
 町長 (間。)音楽だ! 陽気に! わーっと! うろたえてしもうて失礼した。どうも隙間風が苦手でな。隙間風が扉をあけた。それだけの事だ。エルザちゃん、落ち着くんだ。結婚式は滞りなく執り行われた。わしはこう宣言する。あれは何だ。誰だ、走って来るのは。
(従僕一、慌てふためいて、走り登場。)
 従僕一 返します。もういりません。返します。
 町長 何を返すのだ。
 従僕一 お金です。頂いた忌まわしいお金。もう貴方に仕えるのは止めました。
 町長 どうして。
 従僕一 殺されます。今までの悪事のせいで。(走り去る。)
 町長 誰に殺されるんだ。ええ? ヘンリー。
(従僕二、走り登場。)
 従僕二 廊下の所まで来た! 腰を九十度も曲げてお辞儀したのに、見向きもしてくれない。もうあの人は町の人を相手にしません。ああ、仕返しがくるぞ。仕返しが。
(走り去る。)
 町長 ヘンリー!
 ヘンリー 平然と。腰をすえて。どんな事が起こっても。助かるただ一つの道です。
(従僕三、後ずさりしながら登場。見えないところに向かって叫ぶ。)
 従僕三 証人も居る。女房に聞いてくれ。俺の言う通りだって分かるから。何時だって俺は奴等の遣り口を非難してきたんだ。確かに奴等から金は受け取った。受け取ったけど、あの時はノイローゼだったんです。その証拠をお見せします。
(退場。)
 町長 見たか、あれを。
 ヘンリー 平然と、平然と。どんな事が起こっても。
(ランスロット、登場。)
 町長 ああ、これはこれは、思いがけない。しかしまあ、ようこそ。取り皿が足りんようだが、気になさるお方でもあるまい。そちらは深い皿でお召し上がり下され。わしは浅い皿にしよう。皿を持って来いと召使に言う所だが。あの馬鹿者共奴がちりじりに逃げおって・・・そう言えばわしらは今結婚式の真っ最中で。つまりその・・・へ、へ、へ、つまり、所謂、プライバシー。個人と個人のあれですよ。ほのぼのとしたいいものじゃ。どうかお近づきになって下され。客達は一体何処じゃ。ああ、何か落として、机の下を捜しているんだな。これが息子のヘンリー。以前お近づきになった事がありましたな。まだ若いが、もう町長。大変な出世だ。それというのもわしが・・・いや、あんたとわしが・・・いや龍が倒されたからじゃ。おや、どうされたかの。どうぞお入り下され。
 ヘンリー どうして黙ってるの?
 町長 本当にどうなされた。旅は如何でしたか。何か新しいニュースはありますかな。お疲れですか。それではどうかおやすみ下さい。守衛に案内させますから。
 ランスロット 元気かい、エルザ。
 エルザ ランスロット! (駆け寄る。)坐って。どうぞ、坐って。本当に貴方なの?
 ランスロット そう。僕だ。
 エルザ 手も暖かそう。あわない内に髪が少し伸びた感じ。それともそう見えるだけかしら。マントも以前と同じね。ランスロット!(中央の小さな机に座らせる。)葡萄酒を飲んで。いえやめて。あの人達のものには、触るのだって厭だわね。一休みして頂戴。それから町を出て行きましょう。パパ! あの人、帰って来た。パパ! 丁度あの時と同じだわ。あの時も出口はただ一つ。もう死ぬほかないと二人で思った時だったわね。ランスロット!
 ランスロット じゃ、君、僕の事をまだ思って呉れているんだね。
 エルザ パパ、聞いた? 何度パパと二人で夢見た事でしょう。あの人が帰ってきて、尋ねて下さる。「君、僕の事をまだ思ってくれているんだね」って。すると私、答えるの、「ええ、ランスロット」って。そして次に私がきくの。「何処にいらしたの、今まで」って。
 ランスロット ここからずっと遠くのある尊い山に。
 エルザ 重傷だったの?
 ランスロット そう。ひどく傷ついて、命が危なかった。
 エルザ 看病は誰が?
 ランスロット ある樵(きこり)のおかみさんだ。やさしい親切な人でね。ただ譫言でその人の事をエルザ、エルザって言うもんだから、怒っちゃってね。
 エルザ じゃ、私が居なくて、悲しかったのね。
 ランスロット うん。
 エルザ 私、もっと悲しかったわ。だって此処ではいじめられ続けですもの。
 町長 誰が。そんな馬鹿な。すぐ言ってくれれば良かったんだ。そんな奴はすぐぶち込んでやったのに。
 ランスロット 僕はみんな知ってるんだよ、エルザ。
 エルザ 本当?
 ランスロット うん。
 エルザ どうして知っているの?
 ランスロット その山の中に洞窟があるんだ。樵の小屋からあまり離れてはいない所にね。この洞窟の中に、(前にも言ったね)帳面、苦情帳があるんだ。最初から終わりの頁まで苦情で一杯さ。誰もそれに触る人はいないけど、一頁、一頁と書き込みが増えていく。それも毎日。誰が書くのか。世界が書くんだ。世界中のありとあらゆる犯罪で、虐げられて浮かばれない人達の不幸で、一杯なんだ。
(ヘンリーと町長、抜き足差し足で、扉の方へ向かう。)
 エルザ で、私達の事も、あったの?
 ランスロット あった。おい、お前達、人殺し、そこを動くな!
 町長 えらい厳しい言葉じゃな。
 ランスロット 一年前の私とは違うんだ。お前を助けてやったのに、お前のした事は一体何だ。
 町長 はあ、さようか。わしのした事にご不満で。なら、辞職致しまして、出て行くまで。
 ランスロット 出てなど行かせんぞ!
 ヘンリー 賛成、賛成。貴方が此処に居なかった時どんなに酷い事をしたか、想像も出来ない程ですよ。彼の犯罪リストをお目にかけられますよ。これはまだ苦情帳には載っていません。まだ計画の段階ですから。
 ランスロット 黙れ!
 ヘンリー しかしですね。もし、よーく調べて下されば、僕は個人的には何も悪い事をしていない事が分かりますよ。ただ指図されただけだったって事が。
 ランスロット 誰だって指図されたさ。何故お前が指図された者のなかのチャンピオンになったんだ。この犬畜生め。
 ヘンリー 出よう、パパ。怒鳴り出した。
 ランスロット 出させはしない。エルザ、僕はひと月前から帰って来ていたんだ。
 エルザ 私の所には来て下さらなかったのね。
 ランスロット 行った。隠れ帽子を被って、朝早く。君が目を覚まさないようにそっとキスしたのさ。それから町を散歩した。ひどいものだったよ、僕が見たのは。読んだだけでもひどかったけど、この目で見るのは尚更だ。おい、ミラー。
(男一、机の下から立ち上がる。)
 ランスロット 僕は見たぞ。お前が嬉し泣きしながら、「万歳、龍征服者」と、叫んでいたのを。
 男一 はい、私は泣きました。でもあれは嘘泣きじゃないんです、ランスロット様。
 ランスロット まさか知らない訳はないだろう。あいつが龍を殺したんじゃないって事ぐらい。
 男一 家の中ではよく知っています。でもパレードに出たとなると・・・(肩を窄める。)
 ランスロット 植木屋!
(植木屋、机の下から立ち上がる。)
 ランスロット お前は金魚草に「大統領、万歳」と、叫ぶのを教えたな。
 植木屋 はい。
 ランスロット で、覚えたのか。
 植木屋 はい、ただそれを言う度に、舌を出しますので。その。新しい研究費が出たらそこを改良しようかと。
 ランスロット フリードリヒセン!
(男二、机の下から這い出る。)
 ランスロット お前の事を怒って町長はお前の一人息子を牢屋に入れたな。
 男二 はい、あの子は喘息持ちなのに、あんな湿気の多い地下牢に入れられて!
 ランスロット その後、町長にパイプを贈呈したな。それも「何時までも、僕として」と、銘を打って。
 男二 あいつの心を和らげる手立てが他に思い付かなくて。
 ランスロット お前達をどうして呉れよう。
 町長 唾でも吐きかけてやるんだな。この仕事はあんたには無理だ。わしとヘンリーがちゃんと治める。こんなろくでもない連中にはそれがまたいい見せしめだ。エルザを連れて、こんなところは出て行きなされ。ここはわしらの好きに任せておくんじゃ。これこそがヒューマニズム、民主主義じゃ。
 ランスロット それは出来ない。諸君、入って!
(織工一、二。鍛冶屋。帽子職人。楽器職人。登場。)
 ランスロット お前達にも失望した。私がいなくてもお前達なら上手くやって呉れると思っていたのに。何故さっさと諦めて牢屋になんか入ったんだ。味方がこんなに居るじゃないか。
 織工一、二 あいつら、わしらに立ち直るすきを与えなかったんで・・・
 ランスロット こいつらを引っ立てろ。町長と大統領だ。
 織工一、二 牢屋の格子は大丈夫。私が調べておいた。さあ、行け!
 帽子屋 ほら、阿呆の印の帽子だよ。素敵な帽子も作ってあるけど、牢屋で随分、いじめられたからね。さあ行け!
 楽器職人 私は独房でヴァイオリンを作りました。黒パンを台に、弦は蜘蛛の巣。音は小さいし、悲しい音しか出ないけど、ほら。こんなものしか出来ないのもあんたのせいだよ。さあ、この曲に合わせて牢屋行きだ。地獄の一丁目だ。
 ヘンリー そんなのないよ。そんなの不公平。馬鹿げてる。さんしたやっこに、げすに、素人。こんなやつらに政治が出来るか。
 織工一、二 行くんだ。
 町長 わしは抗議する。ヒューマニズムに悖(もと)る事だ。
 織工一、二 さあ行け。
(陰気な、単純な、やっと聞こえる音楽。ヘンリーと町長、退場。)
 ランスロット エルザ、僕は一年前の僕とは違うんだ。分かるだろう?
 エルザ ええ、今の貴方もっと素敵よ。
 ランスロット 僕らはこの町から出ては行かない。決して。
 エルザ いいわ。家の中が、とても明るくなるから。
 ランスロット 細々した仕事が待っている。刺繍より面倒だぞ。あの連中の一人一人に巣くっている龍を、退治しなければならないんだ。
 子供 それ痛い?
 ランスロット 坊やは大丈夫。
 男一 私達は?
 ランスロット 暫くかかるな。
 植木屋 辛抱強くやって下さい。ランスロット様。お願いです。諦めないで。まず種子を蒔いて、傍で焚き火。これは土を暖めて、育ちを早めるんです。次に草取り。大切な根を傷めないよう用心して。よく考えてみれば、たしかに人間だって、細心の注意を払って育てられる価値があるかも知れませんね。
 エルザの友人一 やっぱり今日、結婚式をやりましょうよ。
 エルザの友人二 だって、いいことがあると人ってよくなるものよ。
 ランスロット そうだ。さあ、音楽!
(音楽、鳴る。)
 ランスロット エルザ、手を。僕はここにいる皆さん全員が好きだ。そうでなければこんな面倒な騒動を引き起こしたりするものか。そして、愛さえあれば最後には総て良くなるんだ。僕達みんな幸せになるんだ。長い努力と苦しみはあっても。幸せになるんだ。必ず。
                     (幕)
   
    昭和六十年(一九八五年)四月十八日 訳了
   
http://www.aozora.gr.jp 「能美」の項  又は、
http://www.01.246.ne.jp/~tnoumi/noumi1/default.html


Shvarts Plays © The Trustees of the Shvarts Trust
ロシア著作権協会 (RAO) RUSSIAN AUTHORS' SOCIETY (RAO)
6A, B. Bronnaya St., Moscow, 103870

日本における著作権管理代行者:
     INTERNATIONAL PATENT TRADING CO. LTD (IPTC)
21-2 2CHOME KIBA KOTO-KU TOKYO, JAPAN
135-0042 Tel: 03-3630-8537

これは、文法を重視した翻訳であり、上演用のものではありません。
上記芝居  (Drakon) の日本訳の上演は、必ず国際パテント貿易株式会社(上記住所)へ申請して下さい。