炎 の 道

        テレンス・ラティガン 作
         能 美 武 功 訳

(題名に関する訳註 原題は Flare Path。夜間、飛行機の発着のため滑走路の両脇に照明をつける。この夜間飛行用の滑走路のことをいう。恋の炎とかけている言葉。夜間滑走路とした方がよかったかもしれないが、恋の物語の方が強い印象があるので、このままにしておいた。)

     登場人物
ピーター・カイル
スクリジェヴィンスキー伯爵夫人(ドリス)
ミスィズ・オウクス
ミラー曹長(ダスティー)
パーシー
スクリジェヴィンスキー伯爵(ジョニー)
グラーム(空軍)大尉(テディー)
パトリシア・グラーム
ミスィズ・ミラー(モーディー)
スワンソン中隊長(グローリア)
ジョーンズ伍長

   第 一 幕          
土曜日 午後六時頃
   第 二 幕  第 一 場   
それから約三時間後
   第 二 幕  第 二 場   
日曜日の朝 五時半頃
   第 三 幕          
日曜日 正午頃

全ての場はリンクス州ミルチェスターにあるファルコン・ホテルの広間。

          第 一 幕
(リンクス州ミルチェスターにあるファルコン・ホテルの広間。左手はじに「ラウンジバー」と書かれている 扉。左手上手に「受付」と書かれたカウンター。その後に「事務室」と表示された紙が貼ってある扉。左手の後には、道路に通じるスイングドア。弧状の張り出し窓が後方にあり、窓下の腰掛けあり。右手には階段。踊り場が上部にあり。そこから先は見えない。右手はじに「コーヒー・ルーム」と表示のある扉。右手中央に暖炉。火が燃えている。)
(幕が上がるとドリス・スクリジェヴィンスキー一人。三十三、四歳。肥りぎみの女性。服装に気を使っていない。大きな肘かけ椅子に坐って眠っている。「さあ、お膝にいらっしゃい」の典型的な姿。横にラジオあり。 BBC 放送のトランペットのコールサインが時々発せられる。ピーター・カイル、道路からスーツケースを持って登場。およそ三十五歳。田舎の男のいでたち。あまりに教科書通りの田舎の男で、却ってにせものに見える。ピーター、辺りを見回し、受付の机に進み、そこにあった小さなハンドベルを鳴らす。何事も起こらない。再び鳴らす。ドリス、目を覚ます。)
 ドリス(呼ぶ。)ミスィズ・オウクス!
(ミスィズ・オウクス、「事務室」とある扉から出て来る。背の高い骨ばった中年の女。)
 ミスィズ・オウクス 何?(ピーターを見て。)はい、何の御用?
 ピーター 一晩泊まりたいんだが。
 ミスィズ・オウクス シングル? ダブル?
 ピーター シングル。
 オウクス ありません。駄目です。
 ピーター ないですか。
(ラジオの声がして、会話中断。間。)
 アナウンサー 基地の皆さん、今晩は。八十日間世界一周。ジュール・ヴェルヌ作のドラマ化・・・
(ドリス、スイッチを切る。この時までにミスィズ・オウクス、ピーターをもう相手にせず、カウンターから出て席にある紅茶茶碗などを片付け始めている。)
 ドリス(嘲笑的に。)八十日で世界一周? ゆっくりしたもの。大名旅行ね。
 ミスィズ・オウクス 最近は私、ニュース以外は何も聞かない。お茶はおすみ、カウンテス?(訳註 カウンテスは伯爵夫人。英語でも意外な感じがする筈。)
 ドリス ええ、終。有難う、ミスィズ・オウクス。
(ミスィズ・オウクス、盆を取る。ピーター、苛々しながらそれを見ている。)
 ミスィズ・オウクス 勿論毎回新しいものを考えるって楽じゃないことぐらい分かるけど・・・
 ピーター(大きな声で。)じゃ、ダブルは?
 ミスィズ・オウクス シングルなんでしょう、必要なのは?
 ピーター そうだ。だけどシングルがなきゃ、ダブルでもいい。
 ミスィズ・オウクス お生憎だけど、それも満員。
 ピーター じゃあ何故最初、シングルかダブルかって訊いたんだ。
 ミスィズ・オウクス 新婚さんかも知れないと思ってね。
 ピーター 僕がアラビアのサルタンで大ハーレムを持っていたら泊まれるって言うのか。一人も二人も関係ないだろう? 部屋があるのか、ないのか、どっちなんだ。
 ミスィズ・オウクス(びくともしない。)部屋は一杯です。空いていません。(事務室へ入る。)
(ピーター、回れ右をする。)
 ピーター 何だ、これは。一体。
 ドリス(興奮して。)まあ、やっぱり!
 ピーター は? 何ですか?
 ドリス ピーター・カイル! あなた、ピーター・カイルさんね。
 ピーター ええ、そうですが。(丁寧に。)失礼ですが、(どちら様で?)
 ドリス いいえ。私のことは勿論ご存じないわ。私、「愛の閃き」を昨日見たばかり。ミルチェスターで。偶然だわ。
 ピーター(あまり熱心でなく。)ええ、偶然ですね。(不作法にならないよう、やっとの努力で。)もう二年以上も前にとったものです・・・「愛の閃き」
 ドリス ミルチェスターではいつも古いものばかり。まあ、私・・・素敵だわ!
 ピーター あれはあまりたいした映画じゃなかったし・・・
 ドリス たいした映画だわよ、本当。そうね、馬鹿なところ、二、三箇所あったけれど、でもあなたは良かったわ。
 ピーター それは。お褒めにあづかって、どうも。
 ドリス 礼なんかいいわよ。あなた、素敵だわ。私、何時だってそう思ってるんだから。
 ピーター それは嬉しいです。
(ドリス、驚きと畏怖の気持でピーターを見つめる。ピーターはこういう場面には慣れている様子。前に進みよって、片手を優雅に差し出す。)
 ピーター 始めまして。
 ドリス ああ、始めまして。私、ドリスって言います。姓の方は言い難くって。どうせあなたには発音出来ないから止めておきますわ。(皺になっている服を急いで伸ばす。)新しい映画の為の下見なんでしょう、ここへは? 「エクスプレス」に出ていたもの。
 ピーター ええ。
 ドリス それにあなた、自分のお給料全部赤十字に寄付なさったのね。大変なことだわ。あなたイギリス人よね、きっと。
 ピーター ええ、生まれは。でもこの七年前、アメリカの市民権を取って。
 ドリス まあまあまあ。ピーター・カイル。これが信じられる? こんなところのホテルなんかに流れよって来たって言うのかしら。それで部屋捜し。
 ピーター それがうまくいかない。
 ドリス 心配ないわ、それは。いい考えありよ。(呼ぶ。)ミスィズ・オウクス!
(ミスィズ・オウクス、事務室から登場。)
 ミスィズ・オウクス なに? (ピーターを睨みつけて。)部屋はありませんと、さっきちゃんと・・・
 ドリス(興奮して。)ミスィズ・オウクス! この人、誰か分からない?
 ミスィズ・オウクス いいえ。
 ドリス よーく見てみて。誰だかきっと分かる筈よ。
(ミスィズ・オウクス、ピーターを見つめる。)
 ミスィズ・オウクス(やっと。)分からないわ。
 ドリス もう一回見て。そう。横顔がいいわ。(ピーターに。)ちょっと横を向いて。
 ピーター(当惑して。)あっさりと名を名乗った方が・・・
 ドリス ほーら、あの笑顔! あれで分かるでしょう?
 ミスィズ・オウクス(やっと。)メイベル・スマートの兄さん?
 ピーター 名前を言った方が良さそうです。この儘じゃ一晩中かかりそうだ。私はピーター・カイルです。
 ミスィズ・オウクス ピーター・カイル?
 ドリス そうよ。ね? 映画スターの。
 ミスィズ・オウクス スター?
 ドリス(やっきになって。)見たことある筈よ。今週パレス座でやっていた「愛の閃き」にも出てたじゃない。
 ミスィズ・オウクス パレス座には私行かないもの。(ピーターに。)オデオン座だったら? あなたオデオン座に出たことある?
 ピーター さあ、それは・・・
 ドリス オデオンにだって出たに決まってるでしょう? 有名なんだから、この人。だから、ね、ミスィズ・オウクス。この人泊めてあげて。出来るだけ。
 ミスィズ・オウクス(ピーターに。)何泊でしたっけ。
 ピーター 一晩だけです。
 ミスィズ・オウクス 一晩だけね。分かったわ、カウンテス。この人、あなたのお友達なんだから、考えて見ましょう。
 ピーター それはご親切に。
 ミスィズ・オウクス ちょっと待って下さい。屋根裏部屋にベッドを持って上がる。それはやろうと思えば出来るけど・・・駄目ね。爆弾でやられてしまうといけないわ。
 ピーター 私は構いませんけど・・・
 ミスィズ・オウクス 私が構うの。このホテルが焼け落ちては困るから。
 ピーター 特別に燃えやすい体じゃない筈ですが、私は。
 ミスィズ・オウクス そうね、それは。でも、ベッドが燃えやすいの。そうだ! 十二番の部屋。テイラー中佐。あの人、当直。今夜は基地で泊まりだわ。そこにして頂戴。(レジスターを開ける。)さあ、チェックイン。この様式に埋めて。
 ピーター 後で書いてお渡しします。
 ミスィズ・オウクス すぐに部屋にお連れ出来ませんよ。中佐が夕食前に部屋を使いたいって言うかも知れないから。
 ピーター それは大丈夫です。
 ミスィズ・オウクス 中佐の持ち物には決して触らないで下さいよ。あの方、そういう点に厳しいんです。あら、(様式をよく見て。)あなた外国人だったわね。
 ピーター(困った表情。)ああ・・・ええ、そうなんです。
 ミスィズ・オウクス(冷たく。)夕食は七時半ですからね。(事務所に入る。)
 ピーター スパイだと思われてしまったみたいだな。
 ドリス そんなことはないわ。ただこの辺り、どこを見ても軍の人しかいないの。平服が珍しいのよ。ここには空港があるだけで他には何もないから。ここではどこを見ても空軍よ。あなたも誰か基地の人に会いに来たんでしょう?
 ピーター えー、私は・・・
 ドリス 立ち入ったことを聞きたいんじゃないの。好奇心が猫も殺しちゃうって言うから。ただあなたみたいな紳士がどうしてこんなところに来たのかなと思って・・・
 ピーター(ゆっくりと。)町から帰るところだったんです。ここを通りかかって・・・一晩ここで泊まるのは面白いだろうなと。それだけの話なんですけど。
 ドリス まあ。でも立ち寄って下さったの嬉しいわ。
 ピーター(自動的に女性に対する礼儀が出て。)こちらこそ。
 ドリス(笑って。)あら、いやだ。
 ピーター(急いで。)ここではどこを見ても空軍ってさっき言ったけど、あなたも空軍で働いているんですか。
 ドリス 空軍婦人補助部隊にいるかっていうこと? 違うの。あそこはもっとナイスボディーでないと。でも夫はパイロット。
 ピーター 戦闘機の?
 ドリス(ショックを受けて。)いいえ、爆撃機。ウェリントンに乗るの。空港を通って来た時に機体は見たでしょう?
 ピーター 飛行機はどれを見ても同じに見えて・・・
 ドリス 慣れてくるとちゃんと違うんだけど。そう。夫はウェリントンの第二パイロット。ジョニーって言うの。ドイツ空爆にはもう何度も行ったわ。あんまりしょっちゅうで間の休みだって休んだ気がしないくらい。一定回数飛ぶと長期の休みをくれるわ。それからもっと安全な仕事に回されるの。教育とか整備に。(ハンドバッグの中を捜し、煙草を取り出す。)如何? サマークロップって言うんだけど、本当にひどい味。でもこのあたりではこれしか手に入らないの。
 ピーター これを吸ってみて下さい。チェスターフィールドです。
 ドリス まあ、素敵!(一本取る。)どうやって手に入れたの?
 ピーター アメリカに行った時、二千本以上黙って持ち込んだんです。
 ドリス 悪い子ね。ハリウッドについて話して。カーメン・ミランダとかビング・クロスビー、ご存じ?
(話の最中に飛行機の音がする。重量ある爆撃機、頭上を通って行く。爆音は一時期非常に大きい。ピーター見上げる。)
 ピーター あれは?
 ドリス(軽い調子で。)スターリングだわ、多分。とにかく四エンジンつきの爆撃機。シェプリーからね。昼間の空爆だったんだわ。誰か帰ってくれば分かるわ。ねえ、カーメン・ミランダかビング・クロスビーに会ったことある?
 ピーター カーメン・ミランダには会ったことがない。でもビング・クロスビーはかなりよく知ってますよ。
ドリス まあ! あの人、どんな人?
(もう一機通り過ぎる音が聞こえる。今度はドリスが見上げる。)
 ピーター いい男ですよ。実は彼とは家が近くてね・・・
 ドリス(鋭く。)シッ!(ドリス、跳び上がって、耳をすます。)あれ、ちょっと調子がおかしいわ。(ドリス、窓に駆け寄り、開け、頭を窓から出す。ピーター後につく。)ほら、あそこ。見えるでしょう?
 ピーター(外を見ながら。)ええ。しかしものすごい大きさだな。異常には見えないがな、僕には。
 ドリス エンジン三つで飛んでる。撃たれたんだわ。(音が遠くなる。)(ドリス、突然。)あら!
 ピーター どうかした?
 ドリス 着陸するわ。見て! 車輪を出したでしょう? ここの空港に降りるのよ。
 ピーター 本当だ。高度を下げている。
(間。ドリスとピーター、窓の外を真剣に見る。エンジンの回転が変わり、音が急に小さくなる。ドリス、窓か
ら体を放す。ピーターはまだ見ている。)
 ドリス 降りた?
 ピーター 降りたと思う。倉庫の向こうから脇に行って見えなくなった。(ピーター、窓に乗り出していたのを止め、窓を締めようとする。ドリス、それを止める。ドリス、まだ真剣に聴いている。再びエンジンの音が聞こえる。)
 ドリス 着陸がうまくいったんだわ。地面を走っている音。(ドリス、窓をしめてもよいという合図。)
 ピーター 確かに故障だったんだ。随分傾いていた。
 ドリス パイロットは多分中国人ね。名前はワン・ウィン(グ)・ロウ(訳註 One Wing Low「一方の翼が下がっている」)(ドリス、ピーターの笑いを期待してくすくす笑う。しかしピーターは笑わない。)私の発明じゃないの。 テディー・グラームのよ。テディーって空軍大尉。あ、そうそう、急に思い付いたけど、あなたテディーの奥さんご存じの筈よ。パトリシア・ウォレンだもの。あの、女優の。あなたと一緒に映画に出てた。あの人、通行人程度の役よって言ってたけど、ご存じだわよね? ここにいるのよ。
 ピーター そう?
 ドリス 憶えてる? あの人のこと。
 ピーター ええ。
 ドリス いい人よね? そう思わない?
 ピーター ええ、素敵な人です。
 ドリス あなたを見たらびっくり仰天よ、きっと。ちょっと仮眠で上に上がってるわ。呼びましょうか?
 ピーター いや、それには及びません。とにかくどうせ会えるでしょうから。
 ドリス あの人、昨日の朝着いたばかりなの。御亭主にゆっくり会えたの、今度が始めてなのよ。ロンドンで出ていたお芝居がやっと先週はねたの。だから。御亭主の方もウェリントンの機長についこの間なれたの。もう大得意。パットの方も誇りに思ってる。あの二人、見てると気持ちがいいわ。本当よ。
 ピーター(唐突に。)一杯やる時間ですね。どうですか?
 ドリス 有難う、カイルさん。じゃあ私、ジンライムを戴きます。扉の横に呼び鈴があるわ。
(ピーター、ベルを押す。空軍砲兵曹長の制服を着た男が道路から登場。およそ三十五歳。背が低く、色が黒く、重要人物でないという人相。名前はデイヴィッド・ミラー。あだ名はダスティーで、普通これで呼ばれている。)
 ダスティー 今晩は、カウンテス。
 ドリス ハロー、ダスティー。
 ダスティー うちの女房、見かけた?
 ドリス まだ着いてないと思うわ、ダスティー。バスで来ることになっているんでしょう?
 ダスティー 四時二十五分のでね。リンカンから。だからもう着いて二十分たっている筈なんだ。だけどうちのは土地勘が悪くて。バスを乗り間違えるなんてしょっ中だ。終点のグリムズビーまで乗って行ったりする。そして責められるのはこっちときている。(言いながらオーバーを脱ぐ。振り向いてピーターに気付く。)あ、失礼。
 ピーター ちょっと一杯やろうと思っていたところなんです。一杯行きますか?
 ダスティー 有難う。すみません。
 ピーター さっきベルを鳴らしたんだけど、ウンともスンとも言って来ないんです。(ダスティーに。)そのAGっていうのは?
 ダスティーとドリス(同時に。)空軍砲手。
 ドリス そんなことも御存じないの? 物を知らないのね、あなた。
 ピーター ええ。どうもね。残念ながら。じゃ、いつも後の回転銃座の席?
 ダスティー そう。後にいて、パイロットの引き立て役。
 ピーター 銃座についてるってどんな気分ですか?
 ダスティー そう悪くはないです。ただ、時々ちょっと寒い。
 ピーター ちょっと? 猛烈な寒さなんじゃないですか?
 ダスティー ええ、まあ、時によります。本当、大丈夫な時もあります。だけど強烈な時もあります。着陸した後も、体中が座席に凍り付いていて、たがねでこじり出してやっと出て来られるっていう感じの時も。
(パーシー、十五歳くらいの男の子、「ラウンジ」とある扉から登場。エプロンをかけている。)
 パーシー 誰が鳴らした?
 ピーター 私だ。こちらに(ドリスを指して。)ジンライム・・・(ダスティーに。)そちらは?
 ダスティー ビールを。すみません。
 ピーター じゃあビール。それに、ウイスキーソーダ。
 パーシー(顔中笑顔になって。)ウイスキーはないよ。
 ピーター ジントニック。
 パーシー(さっきよりもっと嬉しそうに。)トニックはないよ。
 ピーター じゃあピンクジンだ。これはあるだろう。
 パーシー(がっかりして。)うん。あるよ。(ダスティーに。)さっき降りて来たあれ、スターリングだよね、曹長? 十分ぐらい前。
 ダスティー お前には関係のないことだろ? 大抵にしておけよ。
 パーシー スターリングだったんだ。見れば分かるんだ、僕は。中に怪我人が?
 ダスティー(威厳をもって。)知らないね、全く。
 パーシー(得意になって。)いたんだ。救急車が駆け付けているのを見たんだ。(パーシー退場。)
 ドリス 誰か怪我?
(ダスティー頷く。)
 ドリス 重傷?
 ダスティー 二人やられた。砲手と無線技師。銃撃を食らってしまった。もう一人砲手がやられた。でも、こっちは軽傷でした。
 ドリス 日中の作戦行動だったのね。
 ダスティー ええ。かなり大掛かりでした。(ピーターの方を見て。)全く口が軽いな、私も。
 ドリス ああ、この人、気にしなくっていいの。分からない? この人誰か。
 ダスティー いや、分りません。
 ドリス ピーター・カイルよ。
 ダスティー(間の後。)へえー。(唖然としてピーターを見る。)
 ピーター 曹長、あなたのお名前は?
 ダスティー ミラーです。
 ピーター 始めまして。(握手する。)
 ダスティー ピーター・カイル。驚いたな。・・・ ドロシー・ラムール、ご存知ですか?
 ピーター いや。知りません。
 ダスティー(失望して。)そう。
(パーシーが飲み物を持って来る。)
 パーシー やっぱりあれはスターリングだったんだ。フレッドも見たって言ってた。
 ダスティー フレッドだって間違うことがある。それともお前、あいつが全能だって言いたいのか?
 パーシー 全能かどうか知らないよ。だけどスターリングだって分かったんだ。撃たれて、かなり酷かったって言ってた。
(ピーター、金を払う。)
 パーシー(驚いて。)有難う。有難うございます。(扉のところで。)今夜は何処、曹長? ベルリン?
 ダスティー きさま、耳に栓だぞ。俺が一言でもこれ以上言うと思ってるのか。早く行け!
(パーシー退場。扉を閉める前にラウンジからの声が聞こえる。)
 パーシー(舞台裏で。)曹長が言ってたぜ。今夜はベルリンだってさ。
 ダスティー あいつめ。何てことを。今のを聞きました?
 ドリス お仕置ね。お尻百たたき。(ダスティーに。低い声で。)今夜は何もないんでしょう?
 ダスティー ええ、私の知っている限りでは。
 ドリス(陽気に。)乾杯! カイルさん。
 ピーター 乾杯!
(三人飲む。外の道路に車が近づく音。そして空軍士官(スクリジェヴィンスキー伯爵)登場。ポーランド空軍の鷲のマークが左胸に、両肩に「ポーランド」の文字あり。四十三、四歳。背が高く、痩せている。常に微笑を浮かべている。ちょっと困ったような微笑。)
 ドリス お帰りなさい、ジョニー。あなた、今日は早かったわ。(ドリス、前に進み、片頬に軽くキス。ダスティーとピーターのところへ連れて行く。)テディーも一緒?
 伯爵 ガレージ・・・車・・・置きに。(英語を話すのに苦労あり。困った時の表情の儘話す。)
 ダスティー 今晩は。
 伯爵 今・・・晩は。
 ドリス ジョニー、有名な人に会わせるわよ、あなたに。
 伯爵 えっ?
 ドリス(ピーターを指差して。)有名な人。映画のスター。分かる? ピーター・カイルさん。
 伯爵(分からない儘。)はい・・・どうぞ。
 ピーター 始めまして。(握手する。伯爵、両方の踵を合わせ鳴らす。)
 ドリス あの鳴らすの、格好いいでしょう? 最初に会った時、この人私の手にキスしたの。それで私、惚れちゃったんだわ。ね、ジョニー、そうね?
(伯爵、意味分からない儘微笑む。ドリス、伯爵の手を握る。)
 ドリス この人の英語、許して下さいね、カイルさん。まだ言えること限られてるの。よくはなってきているんだけど。基地で授業があるのよ。ねえ、ジョニー?
 伯爵 はい・・・どうぞ。
 ダスティー 英語の・・・授業。(訳註 伯爵が分からないと知って伯爵に説明している台詞。)奥さんはあなたが英語の授業を受けているって。
 伯爵(急に雄弁になって、騒々しく。)そうです。英語の授業。沢山勉強。ブラウンさん、今日は。お元気ですか。エッフェル塔はしゃかいで一番高い建物です・・・
 ドリス 世界よ、ジョニー。しゃかいじゃないの。世界。
 伯爵 世界、世界。
(ミスィズ・オウクス、事務所の扉に登場。)
 ミスィズ・オウクス 今晩は、伯爵。
 伯爵 今晩は。
 ミスィズ・オウクス 夕食にはいるんですね。夕食ありなのね?
 伯爵 はい。あーがと。どうぞ。
 ミスィズ・オウクス それから今夜はこっちなんですね。遅い夕食もなし。早い朝食もなしね?(ミスィズ・オウクス、目配せをする。)
 伯爵 いりません、どうぞ。それから今夜はこっち。妻といっそ。
(ミスィズ・オウクス、頷き、退場。)
 ドリス(伯爵に。)「いっそ」は駄目。いっしょ。「今夜は妻と一緒。」
 ダスティー(呼びとめる。)ああ、ミスィズ・オウクス!
(ミスィズ・オウクスの頭、再び現われる。)
 ミスィズ・オウクス はい?
 ダスティー ダブルの部屋、今夜は大丈夫なんですね?
 ミスィズ・オウクス 大丈夫。二号室よ。今上がりますか?
 ダスティー いや。まだあいつが来ないもんだから。とっくに着いて、もう一時間ぐらい経っていなけりゃならない時間なのに。(陰気に。)あいつらしいって言えばそれまでなんだが。
 ミスィズ・オウクス すぐ来るわよ・・・今に。
(ミスィズ・オウクスの頭、消える。その時テディー・グラーム、玄関から登場。空軍大尉。空軍特殊十字章を付けている。二十四歳。)
 テディー こんちは、ドリス。美人ちゃん。調子、どうだった、今日は? やあ、曹長。奥さんは?
 ダスティー 分からないんです。道に迷った・・・らしいです。
 テディー 前から言ってたな。土地勘が悪いんだって。
 ダスティー そうなんですよ。もう少し経って着かなかったら捜索願いです。バスの乗り間違いだろうな。
 テディー そうだろうな。ああ、ジョニー、ビールを奢るって約束だったぞ、忘れるなよ。
 伯爵 そう。私、忘れてない。(ベルを鳴らす。テディー、突然ピーターを見る。用心深く近寄る。)
 テディー 何だこれは・・・ピーター・カイル・・・じゃないのか?
 ドリス そうなのよ、テディー。素敵でしょう?
 テディー 正真正銘の?
 ダスティー 正真正銘のですよ。
 テディー こりゃ驚いた。いや、驚いたな。始めまして、カイルさん。嬉しいよ、これは。
 ピーター 「さん」? 「さん」は止めて。
 テディー じゃ、「さん」は止めだ。ピーター・カイル。いやいやいや、まいったね、これは。(ピーターの手を握り、猛烈に振る。)おーい、みんな。パーティーだ。パーティーだ。(呼ぶ。)パーシー!
 伯爵 どうぞ・・・私・・・
 テディー そうだ、ジョニー。さっきのやつは俺もちだ。(ピーターを指差して。)こいつはな、ジョニー、有名な奴なんだぞ。
 伯爵 ああ、そう。あーがと。
(パーシー、素早く現われる。彼の態度はテディーに対する時、驚くほど尊敬の念あり。)
 パーシー はい、グラーム大尉。何か。
 テディー どこに行ってたんだ。三十分も前から鳴らしつづけだぞ。
 パーシー すみません、大尉。グラーム大尉だとは気がつきませんでして。
 テディー この人達に同じものをもう一杯づつだ。伯爵と俺はビール。
 パーシー かしこまりました。今夜はベルリンですか、グラーム大尉。
 テディー 何だって? いや、今夜は違うぞ。「貧しいながらも楽しき我家」さ。
(パーシー、がっかりした表情。退場。)
 テディー ちょっとこれは肝を潰したね。ピーター・カイルがその格好。行商人か何かみたいな。そしてこの安ホテルに。いや、怒りっこなしだよ。
 ピーター 構いませんよ。
 テディー そうだ。あんたはうちのパットを知ってる筈だ。女房のパトリシア・ウォレンを。今でも昔の名前にしててね。(呼ぶ。)パット。パット。二階かい?
 パトリシア(二階から声。)ハロー、テディー。声が聞こえたわ。帰って来たのね。
 テディー 降りてこいよ。肝を潰すことがあるんだ。下で。
 パトリシア あら、そう? じゃ、すぐね。
 テディー あんた、うちのを知ってるだろう? うちのやつ、あんたの芝居に出てたって言ってた。小さい役だがね。だけど、「あの人、私に随分親切にしてくれたわ。」とか何とか言ってたしね・・・
 ピーター そうですか。ええ、よく憶えていますよ。
 テディー そうだ。ちょっとあそこに隠れて。(階段の真下の場所を指差す。)あれが降りて来る時に見えないように。
 ピーター(逆らって。)いや、それは・・・
 ドリス(ピーターを押しやって。)ほら、馬鹿ね。早く行くのよ。
(パトリシア・グラーム、階段を降りて来る。二十四、五歳。テディーより一、二歳上。)
 パトリシア 肝を潰すって、何?
 テディー 何でもないよ。降りて来させようと思ってね。罠さ。
 パトリシア ハロー、ジョニー。今晩は、ドリス。
 テディー こいつはミラー曹長。僕の機のうしろに坐って、敵機を撃ち落とす役だ。悪い奴でね・・・
 パトリシア そうは見えないわ。始めまして。(明るく。)空軍の人達って、本当に言葉の使い方、いい加減だわ。さっきの「肝を潰す」っていうのだって、飛行機が火をふいて墜落するのから、毛虫を見てびっくりするのまでみんな「肝を潰す」・・・
(ピーター、階段の下のところから姿を現す。 パトリシア、真正面から見る位置。ピーターを見て全く動き止る。 ピーター、微笑む。パトリシア、微笑み返さない。パトリシア、素早く頭を回してテディーを見る。テディー、パトリシアを見つめていたが、「どうだ?」というように微笑む。 パトリシア、再びピーターの方を見る。)
 ピーター ハロー。
 パトリシア ハロー。(二人、握手する。)
 テディー さあ、どうだった? 肝を潰した? 潰さなかった? 正直に言ってみて。
 パトリシア ええ、正直に言うわ。肝を潰した。
(パーシー登場。飲み物を満載した盆を抱えて。)
 パトリシア どれが私の?
 テディー ええ、実を言うと・・・
 パトリシア テディー、まさかあなた、私を退け者にしていたって言うんじゃないでしょうね。私はピンクジン。
 テディー じゃ、パーシー、もう一杯ピンクジンだ。
 パーシー 分かった。
 テディー じゃ、みんな取って。
(パーシー退場。)
 パトリシア(ピーターに。)いつ着いたんですか?
 ドリス つい二三分前。ねえ、考えてみて。ピーター・カイルよ。それがこんな古ぼけたファルコンホテルなんかにふらっと。あのね、この辺りをただぶらついていたんだって。そしたら一晩泊まってみたいなって気になったんだって。分かるでしょう? それを聞いた時の私の顔。
 パトリシア(明るく。)分かるわ。飛行場からのニュースは? テディー。
 テディー たいしたことはないよ。(グラスを上げて。)じゃ、みんな。乾杯!
 パトリシア 何かあった筈よ、今日は。それともみんな私だけは特別に扱うつもり?
 テディー へえー、飛行場で起こったことに興味があるなんて、今日が始めてじゃない? だけどね、今日は比較的平穏な日だったんだ。そうだな? 曹長。
 ダスティー は、平穏な日であったであります。
 テディー スターリングがさっき強制着陸した。見ましたね?
 ピーター ええ、見ました。カウンテスと。
 ドリス 私のこと、カウンテスと呼ばないで、カイルさん。でももしその気がおありならフルネームで呼んで下さらないかしら。カウンテス・スクリッツェヴィンスキーと。
(この名前を発音するのがさも難しいといったように、口を曲げて言う。)
 伯爵(やさしく発音を直して。)どうぞ・・・カウンテス・スクリジェヴィンスキー。
 ドリス あら、ジョニーの方が私の発音を直す、偶(たま)にはいいわね。
(全員笑う。伯爵、意味分からず、きょとんとする。)
 ドリス あなた、ご免なさい。冗談よ。私、ちゃんと言えるの。(正しく。)カウンテス・スクリジェヴィンスキー。
(伯爵、微笑む。)
 パトリシア 強制着陸って? スターリングに何かあったの?
 テディー 空爆の最中に撃たれたんだ。大規模な作戦だったらしい、どうやら。場所がどこかは勿論言えないけど。
(パーシー、パトリシアのピンクジンを持って登場。)
 パーシー 大爆撃だったって。今日の午後キールで。
 テディー(ぎょっとなる。)ちょっと来い、パーシー。(パーシーを鋭く見る。)誰だ、それを言った奴は。
 パーシー 六時のニュースだよ。
 テディー なあんだ、考え過ぎか。
 パーシー そいつは大爆撃だった筈だ。ブレンハイム、ウインベリー、ハリファックス、それにスターリングが出動なんだから。こっちは十七機やられたけど、二十二機打ち落とした。そう言ってた。(パーシー退場。)
 テディー 十七機もか。まずいな。(ダスティーと目が合う。)俺達はまだ昼の空爆に出て行かなくてすんでる。ここの中隊、なかなかうまくやってるんじゃないのか。
 ダスティー(熱を込めて。)ええ、そうそう。そうです。
 伯爵(突然。)私・・・昼の空爆・・・いい。
 テディー 「いい」って、行きたくないってことだろ?
 伯爵 違う。行きたい。私、見たい。私の爆弾、落ちて行くの・・・
(少しの間。)
 テディー 分かるよ、ジョニー、その気持ち。
 パトリシア 私、もう一杯。
 テディー ええっ? 一杯目のやつ、まだ終わってないんだろう?
 パトリシア 終わったわ。
 ピーター(呼ぶ。)パーシー。
(パーシー、扉に現われる。)
 ピーター(礼儀正しく。)何を飲んでいらしたんですか、ミスィズ・グラーム。
 パトリシア ピンクジンです、カイルさん。有難うございます。(この文脈では英国では、奢るのはピーターであることが明らかであるらしい。それへの礼。)
 ピーター ミスィズ・グラームにピンクジンだ。それから他の皆にも最初と同じものをもう一杯。
(パーシー退場。)
 ドリス 私のジョニーちゃんはもう駄目。二杯以上は飲めないの。そうね、ジョニーちゃん?
 伯爵 はい、どうぞ。
 ドリス 「もういいです、ありがとう」でしょう?
 伯爵 もういい、あーがと。
 ドリス 「ありがとう」よ、ジョニー。「ありがとう」。
 伯爵 あーがと。あーがと。
 テディー ああ、ジョニー、大丈夫だよ。やってれば出来るようになるさ。
(パーシー、飲み物を持って登場。)
 パーシー(舞台裏で。)フレッド、急ぐんだ、そのビール。
 テディー 今夜はどうやら家でおねんねのようだな、ダスティー。
 ダスティー(陰気に。)今夜またかりだされるなんて、そいつはご免です。この間の一度で終にして欲しいです。
 テディー ダスティーは世界一の不平男さ。この間なんか、インターフォンで不平を言って来た。メッサーシュミットを撃ち落としたらしいってね。あの話、してみろよ、ダスティー。
 ダスティー(驚いて。)止めて下さいよ、大尉。お願いです。とにかく今夜は。
 パトリシア(優しく。)話して、ね、曹長。
 ダスティー 奥さん、本当です。たいしたことじゃないんです。ご主人は私がメッサーシュミットを撃ち落としたと思ってらっしゃるんです。だからそうお話しに・・・
 テディー 思ってらっしゃるってのはどういうことなんだ? 曹長。なあ、パトリシア、あれは夜だったんだ。どっちを見たって何マイルも、他に誰も、何もいやしなかった。僕らと、この一一0の奴だけだったんだ。それなのにこいつったら、まだ誰か他の奴がやったんだと思ってる。さあ、話してみな、ダスティー。
 ダスティー きまり文句だって言われるだけですから・・・
 パトリシア じゃ、テディー、あなたが話したら?
 テディー 僕は見てなかった。どこかオランダの海岸線に沿って飛んでいたんだ。そしたら突然ダスティーの声がインターフォンから聞こえてきた。(ダスティーの陰気な声を真似て。)「こんちは、機長。こちら砲手。私です。一一0の奴がそばまで来ました。そしたら急に火を吹いて、水の中にぼちゃんです。以上。」
(全員笑う。ダスティー、明らかに居心地悪そう。)
 テディー 「ぼちゃん」て言うのが技術用語でね。
 パトリシア(ダスティーに。)でもご自分で撃ったんでしょう?
 ダスティー ええ、それは。確かに自分で撃ったんです。月夜でした。明るくて、丁度今こうやって奥さんが見えるようによく見えました。五百ヤードぐらい上のところに。自動機関砲もはっきりと。見ていると、見る見るうちに大きくなって来ます。私は引き金を引きました。突然真っ赤な大きな閃光。それからそれが下へ下へと、ぐるぐる回りながら。そして水の中へぼちゃん。私は思いました・・・
(間あり。伯爵も含め、全員シーンとして聞いている。)
 ダスティー 「おやおや」って。
 パトリシア 私だったらそうは思わないところね。
 ダスティー メッサーシュミットを見たのはこれが始めてなんです。そしてそいつがこう・・・ぐーんと。(信じられないといった様子で歯を鳴らす。)
 テディー いい話し方だ、ダスティー。その話で、お前さんにビールもう一杯だ。
(いっぱい着こんだ、背の低い女が道路から、即ち右手から入って来る。ダスティー、ビールを置き、そちらの方へ進む。)
 ダスティー ああ、モーディー。
 モーディー ハロー、デイヴ。
(二人、キスしない。他の者達、礼儀を守り、二人に背を向ける。)
 ダスティー バス、乗り間違えたんだな、モーディー。
 モーディー(非難するように。)スキリンワース行きだって言ったでしょう? あなた。
 ダスティー そうだよ。リンカン発四時二十五分。
 モーディー 私、スキリンワースに行ったわ。あなたそこにいなかったわ。
 ダスティー なあモーディー、僕は君にスキリンワースに行けなんて言わなかったよ。君はミルチェスターで降りてくれなくちゃ。
 モーディー(まだ非難の口調。)スキリンワース行きだって言ったわ、あなた。
 ダスティー そうだよ。だけどあのバスはミルチェスターを通って行くんだ。ミルチェスターで降りなきゃいけなかったんだよ、君は。
 モーディー ミルチェスターなんてあなた何も言わなかったわ。あら、あなた、顔色良くないわ。背中が痛いの、まだとれていないのね。
(ダスティー、慌てて他の人達を見る。)
 ダスティー(急いで。)さあ、モーディー、ここに名前を書くんだ。
 モーディー(話題をはぐらかされることなく。)取れてなかったらね、ほら、この間の休暇の時忘れて行った薬、持って来たのよ。お医者さんがくれたのを。
 ダスティー 分かった分かった。ほら、ここにサインするんだよ。ここに。
(テディー、他の連中から離れて、二人の方に近づく。)
 テディー さてと。これで奥さん、やっと着いたって訳だな、ダスティー。
 ダスティー はい、大尉。順調に到着であります。
 テディー 始めまして、奥さん。
 ダスティー こちら、大尉のグラームさんだ。よく話してたろう? 僕の機の機長なんだ。
 モーディー どうぞよろしく。
 テディー ちょっと見てどんな風に見えます? 旦那さんの調子。
 モーディー 窶(やつ)れたわ。今話していたところなんですけど。例の背中の痛みがまた・・・
 ダスティー(急いで。)失礼ですが、大尉。わし達、ちょっと上で一杯やりたいんで・・・
 テディー じゃ、また後で。
(ダスティー、モーディーを導いて、階段に進む。彼女の小さなスーツケースを持って。)
 モーディー(階段で。)スキリンワースにいた人が言ってたわ。四時四十五分のバスに乗った方がよかったのにって。
 ダスティー(かっとなって。)そいつは分かってないんだ。四時二十五分のバスでよかったんだ。君が僕の言う通りにしさえすりゃ、問題なかったんだ。
 モーディー そのバスだったらスキリンワースに行かなかったのにって。ウインドウブルックで乗換えさえすればミルチェスターに行けたんだからって。あなた、スキリンワース行きのバスって言ったのよ、デイヴ。
(二人、見えなくなる。)
 ピーター かかあ天下か。
 ドリス 違うわ。ダスティーも言いたいことを言っている筈だわ。ジョニー、私達も、もう上に上がりましょうか。もうすぐ夕食。ちょっと着替えをしなくっちゃ。それにあなたも髭を剃るんでしょう?
 伯爵 私? どうぞ。
 ドリス 髭を剃るのよ。(伯爵の顎をさする。)
 伯爵 はい。そう。今朝、私・・・剃らない。きれきれ。
 ドリス とげとげでしょう? ジョニー。
 パトリシア 奇麗奇麗って言うことじゃないかしら。
 ドリス いいえ、とげとげ。それにこの人の言う通り。折角の美男子がはりねずみのようじゃ台なしだもの。さあ、ジョニー、上よ。
 伯爵(大変な努力で。)ええ、失礼。どうぞ。私、上に上がって、そこで、髭を剃ります。
 テディー うまい、ジョニー。立派な文章。
 伯爵(喜んで。)私の言い方、良かった?
 ドリス そうよ、今のを褒めてくれたの。でも駄目。言い方、まだまだ駄目よ。(二人、階段から見えなくなる。)
 テディー かかあ天下の話だけど、鉄の笞だな、ドリスは。
(間あり。パトリシアもピーターもテディーに答えない。パトリシアはピーターを見ないように気をつけている。)
 ピーター 失礼。今何て?
 テディー 「鉄の笞だな、ドリスは」って言ったんですけど。
 ピーター そうですね。伯爵が可哀相。
 テディー 可哀相? いや、ドリスはあれでいいんじゃないですか。
 ピーター いい? まあそうですね。魅力的だし。ただ英語の問題だけなのかな。伯爵が喋れないから。
 テディー 問題? 問題なんか何もないでしょう? 英語なんか一言も喋れなくったって、ドリスをディルウオーター伯爵夫人と取り違えるなんてありっこありませんよ。(訳註 ディルウオーター伯爵夫人は不明。音に聞こえた悪妻か。)
 ピーター ええ。それはそうでしょう。結婚してどのくらいたつんですか、あの二人。
 テディー さあ、この基地にポーランド中隊が出来た時にはもう結婚していましたね。ジョニー、あいつは優秀だ。(ビールを飲み終わる。)夕食前に風呂に入っておかなくちゃ。(階段の方に進む。)貴方がた二人ともさっきから芝居にからむ噂話をしたくてうずうず。違うかな。
 ピーター ええ、それは。多分話すことは色々。
 テディー(踊り場まで上がって。)そう。そりゃね。可愛い天使のファニーちゃんに、甘くてとろけるシリルちゃんの話。パット、君のオーデコロンを使っていいかな。
 パトリシア ええ。でも沢山は駄目よ。買おうったってもう手に入らないのよ。
 テディー よし、それじゃあバケツ一杯かけるとするか。映画の主役になれない男は、せめて好い匂いを出すくらいのことはしなくっちゃ。じゃあ失礼。
(口笛を吹きながら退場。間。)
 ピーター いい男だ。だけど子供だな。
(パトリシア、怒った顔でピーターを見る。)
 ピーター ご免よ。ねえ君、怒らないで。
 パトリシア 怒る?(疲れたように。)あーあ、何て馬鹿なの、あなたって。(こんな所に何しに来たの?)
 ピーター 正々堂々とやらなくちゃ。そう思ったんだ。それを君、どうして怒ってるんだ。
 パトリシア 正々堂々? ハリウッドね。馬鹿よ、そんなの。テディーを呼び出して言うつもり? 「僕は君の妻を愛しているんだ。」って。
 ピーター そう。本心を言えばね。
 パトリシア(苦く。)あなた一体どうよんだの? その後の成り行きを。あなたの出たこの間の映画、最後の最後のシーンで、相手役のスペンサー・トレイシーに自分をぼかっと殴らせて、終の暗転の時、二人とも命が助かるって、そんなこと考えてるの?(ピーターに背を向けて。)それでテディーのことを子供だなんて、よく言えたわね。
 ピーター(頑固に。)だけど君が一人でテディーにあれを言えるってとても想像出来なかったからね。
 パトリシア これは映画じゃないのよ。主役はあなたが演じるって決まってはいないの。
 ピーター きついな、その言い方。
 パトリシア(涙が出そうになる。)きつくしようとしてるの。
 ピーター(近づいて。)パット、ああ、パット。
(パトリシア、また背を見せて離れる。ピーター、訳が分からず、見つめるだけ。)
 ピーター そうか、僕がここへ来たってしようがなかったのか。
 パトリシア しようがないに決まってるじゃないの。
 ピーター(間の後。)僕は今夜発つよ。
 パトリシア 今夜発ったって、それがどうなるって言うのよ。あの人あなたをもう見て、それにあなたと話をしたのよ。私達、「カイルさん」だの「ミスィズ・グラーム」だの呼び合った。あの人、それをもう聞いちゃったの。酷いわ、こんなことにしてしまうなんて。これじゃまるで人目を盗む、汚い密通だわ。
 ピーター(頑固に。)この役目は僕に任せてくれ。僕が彼に説明する。
 パトリシア(激しく。)言うのは私。私以外にはいないの、ピート。
(ピーター、黙ってパトリシアを見る。それから肩をすくめ、パトリシアから離れる。間。パトリシア、ピーターを追い、彼の腕に手を置く。)
 パトリシア(調子を変えて。)ご免なさい、ピート。私が悪かったわ。(ピーターにキスする。)こういうの私、本当に嫌いなの。
 ピーター 分かってる。僕に出来ることは全くないんだね? そうなんだね?
 パトリシア ないわ、全く。あなたにも、誰にも。
 ピーター 何て話すつもりなんだ、彼には。
 パトリシア 全部。
 ピーター 最初から?
 パトリシア 最初から。そう、私達の最初から。
 ピーター 一九三八年四月二十七日。
 パトリシア あなたはいつも数字っていうと神経質だったわ。
 ピーター 君もだったじゃないか。毎月二十七日に二人でお祝いをやった。忘れてはいない筈だ。
 パトリシア(頷いて。)そう。全部で十五回。
 ピーター この話を彼にしておいてくれればよかったんだよ。そしたら今こんなにややこしくなかった筈なんだ。
 パトリシア そうね。映画だと大抵妻は夫に昔の恋人のことを話すわね。
 ピーター 映画の話はいいよ。どうして話さなかったんだ。彼、怖い?
 パトリシア 怖いなんて。ただ話す必要があるとは思わなかった。
 ピーター ああ、だけど話しておいてくれたら良かったんだよ。だって・・・
 パトリシア もう言わないで。分かるでしょう? だってあなたのこと一言でも言ったらどうなるの? あの人と結婚したその時点でも、あなたのことを愛してたって認めなきゃならないわ。そんなこと私、自分にも認めさせたくなかった。
 ピーター 馬鹿だよ君は。僕から逃げて行くなんて。
 パトリシア 逃げて行くのをそのままにしていたあなたが馬鹿なのよ。
 ピーター だけど、止めて止められたかな、あの時。
 パトリシア(無理だったわ、きっと。)でもここに来て欲しかった、もっと早く。私の方は行けなかった。戦争が始まったもの。・・・でなかったら手紙を書いて下さるか。
 ピーター 僕は実験をしていたんだ。君なしで生きて行けるかどうか。駄目だった。
 パトリシア 私も。
(間。ピーター、暫くパトリシアを見つめる。それから目を離し、下を向く。)
 ピーター(慎重に、軽く聞こえるように気をつけて。)テディーと結婚した時、どのくらいの気持だったのかな。
 パトリシア 分からないわ。考える暇なんかなかった。あの人一週間の休暇で、中隊に帰る前にはもう私達、結婚していた。新聞でよく言うあれね。「戦時の、突風のような恋」。
 ピーター しかし今は、はっきり見えている。
 パトリシア ええ、今は。
(ピーター、パトリシアの方を向く。)
 ピーター で、彼に対する感情は今はどうなんだ。
(パトリシア、微笑む。)
 ピーター 僕は妬けて妬けてしかたがないんだ。分かるだろう?
 パトリシア そう。そのくらいでなくちゃ私怒るわ。それからあの人のこと、私よく分かるようになった。それにあれくらいよく分かるようになれば誰だってどこか引きつけられるところが出てくるものよ。
 ピーター よく分かるって、そんなに多いのか、分かることが?
 パトリシア 多くはない。でもあの人の中にあるもの、それはとても素敵なもの。(ちょっと間をおいて。)でもあなたの言う意味では、私何も感じない。本当に何も。
 ピーター それ、本当なんだな、パット。
 パトリシア ええ。この間だってあなたに、「アメリカにお帰りなさい、カイルさん。私結婚しているの。愛し合っている。あなたはいらないの。」って言えればどれだけ良かったか。そう言えなかったの、残念なことじゃない?
 ピーター 僕ら二人にとって残念なことだって言いたいんだろう? だけど何故か僕にはそう思えない。(二人抱擁する。)もう僕から逃げては行かないね?
 パトリシア 私が逃げたの、何故だか分かってるわね?
 ピーター 喧嘩・・・じゃないのか?
 パトリシア 喧嘩のせいじゃないの。とすれば、他に理由があるはずよね。私が逃げたのは単純。あなたと結婚出来ないっていうのが耐えられなかったから。
 ピーター(笑って。)なにしろ一年以上も同棲・・・君の言い方で言えば、罪の生活を送ったんだから・・・
 パトリシア そう。私、リタを憎んだわ。あなたとの離婚に同意しないんだもの。でも分かるでしょう? 私、何箇月も、本当に何箇月も、あなたと暮らした。それでも他の人はみんな私のことを、ピーター・カイルの一番最近のガールフレンドとしてしか見てくれなかった。とうとう私、不安で不安でたまらなくなった。あなたにそのうち捨てられるんだって。それで私の方から出て行ったの。私の気持、分かるでしょう?
 ピーター 分からない。
 パトリシア(微笑んで。)そうね。あなたには分かりっこない。確かにまるで気違い沙汰。
 ピーター そう。狂気の沙汰。だけどもうリタは同意したんだから・・・
 パトリシア ええ。私懲りた。もう今ならリタみたいな人が何人来たって大丈夫。あんな馬鹿なことはしないわ。あんな馬鹿だけじゃない。どんな馬鹿なことも、もうしないわ。(間の後。)今夜テディーに話すわ。ベルを鳴らして。もう一杯戴くわ。
(ピーター、ベルを鳴らす。)
 ピーター 何故ゆうべ言わなかったんだい?
 パトリシア パーティーがあったの。みんな優しくて、素敵だったわ。ビールを浴びるほど飲んで、歌を歌って・・・それが大抵は鄙猥(ひわい)な歌。おしまいに二、三人飲み過ぎてぶったおれてしまったわ。
 ピーター テディーもかい? 彼もか?
 パトリシア そう。あの人も。私、ベッドまで運んで行かなきゃならなかった。困った人。
 ピーター 君、随分優しいじゃないか。
 パトリシア 優しくなんかないわ。・・・そうね、結局優しかったのか。
 ピーター まさか。
 パトリシア 分からないわ、私。とにかくパーティーは面白かった。もしかするとあれを言わないでもいいことになって、ほっとしたからかしら。
(パーシー登場。)
 パーシー 鳴らした?
 ピーター うん。ミスィズ・グラームにピンクジンをもう一杯だ。
 パーシー ええっ? これで三杯目だよ。
 ピーター そうだ、パーシー。三杯目だ。
 パーシー ええっ? (回れ右して退場。)
(テディー、階段の踊り場に登場。)
 テディー ああ、パーシー。(他の二人に。)そっちはもう注文は終?
 ピーター ええ、終です。
 パーシー はい、大尉殿。
 テディー 俺にビールだ。
 パーシー 畏まりました、大尉殿。(パーシー退場。)
 パトリシア 早かったわね、あなた。
 テディー 風呂のことか? あれは終わった。
 ピーター もう入ったんですか。
 テディー いや、水が冷たくて。
 ピーター でも今、「終わった」って。
 テディー 「終わった」、つまり、入らなかった。
 ピーター 入らないのに「終り」って言うのは? よく分かりませんけど。
 テディー 追求が厳しいな。空軍独特の言い回しでね。
 ピーター ああ。じゃ、風呂はまだってことですね。
 テディー そう。まだ。だけどすごい匂いだ。ほら。
 ピーター すごい。
 テディー(パトリシアに。)どうだ?
 パトリシア すごいわ、テディー。
 ピーター 夕食まであとどのくらいですか?
 テディー 三十分。ETAを越えなければ。
 ピーター ETA?
 テディー 予定時刻。(訳註 Estimated Time of Arrival.)
 ピーター ああ。じゃ私はこれで。上に上がります。まだ自分の部屋も見ていなくて。(階段を上がる。)
 テディー 君たち二人、楽しい会話だった?
 ピーター(階段のところで。)うん、有難う、テディー。(手摺りに寄りかかって。)テディーって呼んでいいかな? 失礼かな?
 テディー とんでもない。名誉だよ。
 ピーター 名誉? 有難う、テディー。(退場。)
 テディー いい奴だ。・・・にしては。
 パトリシア にしては?
 テディー うん。役者にしては。
 パトリシア 私の職業よ、役者は。役者だと普通は駄目ってことね。
 テディー おいおい、君は違うよ。君のことなんか言ってやしない。君は、昔からある規則の例外なんだ。
 パトリシア 昔からある規則?
 テディー そうさ。役者って因果な商売だ。自分を正直に出すってことをしない。自分の言動が相手にどんな影響を与えるか、そこにしか興味がないんだ。
 パトリシア 別の言葉で言えば、演技をしてるって言うこと?
(パーシー、飲み物を持って登場。)
 テディー そう。まあ、そういうことか。とにかく連中は物を言うにしても、するにしても、自然にという事が出来ないんだ。いつでも見えない聴衆を意識している。ひょっとすると風呂ででも演技をしているかもしれない。(パーシーからビールを受け取る。パーシー、ゲラゲラ笑いながら退場。)
 パーシー(舞台裏、ラウンジで。)グラーム大尉が言ったこと聞いたか? こう言ったんだぜ・・・
(扉閉まる。)
 テディー パーシーの奴、あの調子じゃ僕の悪口だな。だけどそう思わないかい、パット?
 パトリシア(軽く。)そのまま賛成じゃないわね。感じ方は同じなのよ、役者だって。ただ、普通の人って感じるだけのこともあるでしょう? あの人達、感じたら必ずそれを表そうとするの。
 テディー なるほど。君の言う通りかもしれないな。でももう議論は止めよう。今までだって議論なんかやったことはないんだし、これからだってしはしない。(グラスを上げる。)じゃあ!
 パトリシア 乾杯!(ぐっと飲む。顔を蹙める。)
 テディー おいおい、もっとゆっくりやらなきゃ昇降口が壊れちゃうぞ。
 パトリシア テディー・・・
 テディー ねえ、パット。ちょっと今考えたんだけど、さっきの、演技をするとかしないとかの話ね、誰だって多少は演技をやるんだよ。まあ、少なくとも僕はやってるね。
 パトリシア(微笑んで。)あら、そう?
 テディー(真面目に。)うん。いや、君に対してはしてないよ、多分。だけど仕事に出て、連中と一緒の時は。あいつら、僕のことをピー・オー・プルーンだって言うんだ。ピー・オー・プルーン、軍隊の教育用のマニュアルに出てくる男でね、陽気で少し変わってて、ちょっと頭がおかしい。よくマニュアルなんかには出てくるやつさ。僕は、まあ、言ってみれば、その男を演じるんだ。昨日だってね、僕はテスト飛行で飛んでた。そしたら士官の車が門から引っ張り出されているのが見えたんだ。で、僕はさっと高度を下げて、その真上に行って、猛烈な爆音をさせて、また上って行ってやった。そんなことをするのが特別好きなわけじゃないんだ。おまけにその後、さんざん上官に油を絞られたんだからね。だけどまあ、僕はピー・オー・プルーンで、連中は猛烈に笑ったよ。
(パトリシア、テディーを見つめていて、話が終わるとさっと顔を背ける。テディー、その動きを見る。)
 テディー ご免。退屈な話だったな。
 パトリシア(元気なく。)違うわ。続けて。
 テディー どうしたんだ、パット。どうかしたのか?
 パトリシア(急に涙を拭う。)何でもないの。役者をやってるのよ。
 テディー(不思議な顔。)僕、何か変なこと言ったかな。
 パトリシア 言わないわ。私、少し酔ったみたい。酔うと私、涙もろくなるの。もう大丈夫。
 テディー 自分のことを話したりすりゃロクなことにはならない。駄目じゃないか、テディー、女の子を泣かしたりしちゃあ。(気まずい間。)ああ、そうだ。君、明日の晩何か予定ある?
 パトリシア(はっきりしない返事。)いいえ、私・・・ない・・・と思うわ。
 テディー じゃあリンカンに行こう。そして盛大にわっとやろうや。
 パトリシア そうね。
 テディー ジョニーとドリスも呼ぼう。だいたいここの空気がいけないんだ。だからだんだん塞いでくるんだ。明日はわっといこう、わっと。
 パトリシア(衝動的に。)テディー・・・
 テディー 何だい?
 パトリシア 私、お話しなきゃならないことがあるの。
 テディー いいよ。だけどその真面目くさった顔は止めてくれよ。何なんだい?
 パトリシア ここでは駄目。上に上がりましょう。
 テディー こいつは酷そうだぞ。その顔は上官がお目玉を食らわす時の顔だ。油を絞られるんじゃないかな、猛烈に。
(パトリシアはもう階段を上がりかけている。)
 パトリシア 黙って、テディー。お願い。
 テディー 分かった。洋服か何か買ったんだな。そのつけだ。
 パトリシア(激しく。)黙って!
(スワンソン中隊長、空軍士官、が足速に登場。およそ五十五歳。第一次大戦時のメダルをつけている。空軍の記章はつけていない。)
 スワンソン テディー。良かった、いてくれて。
 テディー ああ、グローリア。
 スワンソン すぐ来てくれないか。(パトリシアを見て。)あ、失礼。
 テディー あ、女房です。こちらスワンソン中隊長。我々の副官だ。人の意表をつく人物。
 スワンソン 今晩は、ミスィズ・グラーム。ちょっとご主人をお借りしたいのですが。
 テディー あまり重要でないことなら・・・ 今僕ら、丁度・・・
 スワンソン いや、重大だ、こいつは。えらく。
(間。テディー頷く。)
 テディー そうか、そういうことか。じゃ、しようがない。(パトリシアに。)ちょっとすまない、パット。先に部屋に行っててくれないか。
(パトリシア、まづテディー、次にスワンソン、またテディー、スワンソンと目を移す。それから一言も言わずに階段を上がる。)
 スワンソン(厳しく。)一体どういう気なんだ。美人じゃないか、あれは。あんなのと結婚するなんて。全くどういう気なんだ。
 テディー その気になればグレタ・ガルボとでも結婚して見せるさ。何がまずいって言うんだ、グローリア。
 スワンソン まずいさ。それはお前が一番よく知っているだろう。
 テディー(軽く言う。)ちぇっ。
 スワンソン 本部から命令だ。
 テディー 出発は何時なんだ。
 スワンソン 二十二時。ブリーフィングが十九時四十五分。
 テディー それにしてもずいぶんせっぱ詰まった時間だ。誰なんだ、行くのは。全員か?
 スワンソン 全員じゃない。エイ・アップルズ、エル・ロンドン、ユー・アンクル、それにエス・シュガー、つまり、凧・ポーランド中隊だ。
 テディー ジョニーもか。で、目的は?
 スワンソン 特命だ。かなり厳しいぞ、これは。いつものように、行った、終わった、じゃすまない。本部じゃ、一体全体何故今までこんな風にこの基地を遊ばせておいたのだ、と言っている。今朝も話があったろう。これからはもっと厳しくなるぞ、と。
 テディー(そりゃ分かってた。だけど何故今の今までほうっておくんだ。)僕が今日一日どこにいるか、連中にはずっと分かっていた筈だぞ。それに、五時半にはちゃんと詰所にも行っている。その時には何もなかった。本部で五時半まで決めることが出来ないようなら・・・
 スワンソン いいか、ピー・オー・プルーン、週末に車をぶっとばしてブライトンかどこかへ出掛けて行く、そんなことは許さんぞ。そいつは軍法会議ものなんだ。分かるな?
 テディー 僕をはずしておいてくれればよかったんだ、グローリア。
 スワンソン 私がそんなことをするわけがないだろう。お前の機の乗員は今どこだ。
 テディー 砲手のミラーを除いて全員基地にいる。ミラーはここだ。あいつ、丁度今日は女房が来てるところなんだが。あいつに替わりを見付けてやるってわけにはいかないんだろうな。
 スワンソン 駄目だな。遅過ぎだ。伯爵も慥かお前と一緒の車で帰ったんじゃないのか。
 テディー うん、一緒に帰った。あいつはここだ。
 スワンソン じゃあ、もう急いだ方がいい。私の車を使え。
 テディー いや、自分ので行く。(階段の下へ行く。呼ぶ。)ジョニー! ミラー曹長! (スワンソンに。)気象条件はどうなんだ。
 スワンソン いい。
(伯爵登場。その後にドリス。)
 伯爵 何ある? どうぞ。
 テディー 降りて来てくれ。すまない、ドリス。男だけの話なんだ。
 ドリス そう。分かったわ。じゃあね。(階段を登り、もとへ戻る。ダスティーに踊り場で出会い。)ダスティー、用があるってよ。(退場。)
 (ダスティー、下を覗き、誰がいるのかを見る。 「畜生!」と、聞こえないが、はっきりそう言うのが分かる。)
 ダスティー(うしろに呼びかける。)そこにいてくれ、モーディー。すぐ戻るから。(階段を降りる。。
 テディー(低い声で。)うれし、楽しいピクニックだとさ。これで一晩楽しめるって訳さ。
 ダスティー やはり私の言った通りでしたか。
 テディー うん。そうだったな。
 伯爵 今夜、出発、ですか。
 テディー そうだ、ジョニー。二十二時出発。ブリーフィングは十九時四十五分。
 ダスティー ひどい時を選ぶもんです。よりによって今日とは。本部のやつら、のうのうと後方に居座って呑気なものだ。
 テディー 全くだ。ジョニー、もう出られるのか。
 伯爵 私、二階に行く。一分だけ待って。
 テディー ダスティー、お前も女房に挨拶して来るんだ。こんなことになってすまない。二人とも僕の車で行くんだからな。今車を出して来る。
 スワンソン 私は少し遅れて行く。ここへ来たのなら一杯やらない法はないからな。
(スワンソン、ラウンジに入って行く。テディー、後の扉から退場。その時までにモーディー、階段を降りて来ている。)
 ダスティー モーディー、部屋に帰ってろって言ったろ。
 モーディー どうしたの、デイヴ。
 ダスティー 運が悪かったよ。今夜僕は行かなきゃいけない。
 モーディー 私、休み、一晩だけなのよ、デイヴ。今夜は行かないで、お願い。
 ダスティー 僕の勝手でやってるんじゃないんだ。本部で何かあったんだ、きっと。
 モーディー 本部って?
 ダスティー 作戦本部だよ。そこから命令が来るんだ。
 モーディー 言ってやったらいいじゃないの。今女房が来てるんです。それに今晩一晩だけしか駄目なんですって。替わりを出してくれる筈よ。
 ダスティー 駄目なんだ、モーディー。
 モーディー ないわよ、そんなの。
 ダスティー いいか、よくきくんだ。夕食がすんだら・・・いい食事を出してくれる筈だ・・・二階に上がって、少し眠るんだ。僕は四時、いや、五時になるかな。帰って来る。それからだって時間はある。帰りのバスは午後の一時なんだからな。
 モーディー 分かったわ、デイヴ。上から、行けって言われてるんですもの、行かなきゃいけないんでしょう、きっと。出来るだけ早く帰って来てね。
 ダスティー 勿論さ。「あら、もう帰って来たの」って言われるぐらいすぐに。俺の機長はイギリスいちなんだ。今夜はまた特別スピードを上げて貰うよう頼んでみるさ。
(テディー、この時までに登場していて、最後の一言を聞く。ちょっと待ってから進みよる。)
 テディー ああ、ミスィズ・ミラー。こんなことになって本当にお気の毒です。運が悪かったですね。
 モーディー 主人に今訊いていたところなんです、大尉さん。その本部とかに女房が来ているんですと言ってみても駄目なのかどうか。
 テディー(優しく。)駄目ですね。時間です。時間がないんです。
 モーディー そうですか。(ダスティーに。)あなた、行くのね。
 ダスティー うん。今すぐだ。
 モーディー さよなら、デイヴ。
 ダスティー さよなら、モーディー。いいな、さっき言った通りにするんだ。眠るんだ。
 テディー 何かありましたら、妻に話して下さい、ミスィズ・ミラー。妻は喜んで・・・
 モーディー 結構ですわ、大尉さん。何もない筈ですわ。(階段を上がる。)
(ダスティー、モーディーに投げキスを送り、素早く退場。)
 モーディー(階段から。)あの人をお願いしますわ、大尉さん。決して馬鹿なことはさせないで。サーチライトを撃ってやるんだとか、そんなことを私に言ってましたもの。
 テディー 大丈夫。そんなことはさせませんよ。
(モーディー退場。入れ違いに伯爵、階段を走り降りながら登場。)
 伯爵 私、しあわせ。私、二週間、出撃なしだった。これで行ける。
 テディー 危険に餓えてるんだな、ジョニー。
 伯爵 どうぞ?
 テディー いい、いい。さあ、車に乗って。僕はすぐあとから行く。
(伯爵退場。)
 テディー(呼ぶ。)パット!
(パトリシア、踊り場に登場。)
 パトリシア(階段を降りながら。)基地に行くのね。
 テディー うん。急がなきゃならない。さよならだけを言おうと思って。君がいる時にこうなって欲しくなかったんだが。すまない。
 パトリシア 急襲?
 テディー うん。おままごととはちょっと違うな。
 パトリシア(どうしようもなく。)テディー、私、何て言ったらいいか・・・
 テディー 「ご無事の帰還を。」・・・堅いかな? 「帰って来てね。」がいいか。
 パトリシア 帰って来てね。
(テディー、パトリシアにキス。)
 テディー じゃ、さよなら、パット。明日の朝、めちゃ早い五時かそこらに君を起こすことになるさ。まあ、神様の思し召し次第だ。(唐突に扉の方へ進む。)ああ、そうだ。さっき何か話があるって言ってたね。あれは帰って来てからになるな。それでもいいんだろう?
 パトリシア ええ。それでいいわ。
(テディー、パトリシアに微笑む。そして退場。)
(この時までにドリス、階段に出ていて、降りて来る。 パトリシアの傍により、腕を軽く、慰めるようにたたく。無言で。そのうしろにモーディーが現われ、これも静かに階段を降りる。)
(外から車が動く音がし、その沈黙を破る。)
               (幕)

     第 二 幕
     第 一 場
(場 第一幕と同じ。約三時間後。)
(ピーターは、張り出し窓の枠に坐っている。パトリシアは暖炉の前に坐っている。モーディーは右手の椅子。二人とは少し離れている。右手のテーブルにコーヒー等。ラジオが鳴っている。)
 アナウンサー ・・・一ポンド二シリング十ペンスの公定価格で販売されます。(間。)以上、九時のニュースを終ります。今夜はスターリング機の乗員、通信連絡担当の曹長さんにお話を伺います。今日の午後、キール軍港で展開され、大成功を収めた空爆についてです。
 パトリシア 消して下さらない?
(ピーター、消す。)
 パトリシア 構いませんわね、ミスィズ・ミラー。
 モーディー ええ、どうせ聞いてはいないの。
(ラウンジの扉開き、ドリス登場。ラウンジからの騒音が、扉が開くと同時に聞こえてくる。ドリスは片手に飲み物、もう一方にダーツの矢を一式持っている。)
 ドリス 九時のニュースを聞いた人いる? 忘れてて、聞き逃しちゃったわ。
 パトリシア 今終わって消したところ。
 ドリス 新しいニュースなんてなかったわね? 盗みとか強盗とか、新しいものは。
(空軍伍長、扉に登場。)
 伍長 逃げるなよ、カウンテス。あと一勝負やるんだろう?
(パトリシア、頭を振る。)
 ドリス(伍長に。)代わりをやっといて、ウィギー。少ししたら戻るから。(伍長退場。)ねえ、みんな、こっちに来ない? 面白いのよ。最高よ。
 パトリシア ええ。でもいいわ。悪いけど。
 ドリス そうね。やめた方がいいかもね。あの人達うるさいもの。
 パトリシア(急いで。)そんなんじゃないの。
 ドリス いいのよ。言わなくても分かってるんだから。昔よく言った笑い話覚えてる?朝の五時に旦那さんの帰りを、女房が麺棒を振り上げて待っているって言うの。時々それを思い出しては笑っちゃうの、私。本当よ。今夜は満月ね。私出て、ちょと見て来るわ。
(ドリス、玄関の扉から出て行く。)
 ピーター あのカウンテスのこと、どちらかって言うと僕は好きだな。だけど、戦争が終わったらどうなるんだろう、あの人。
 パトリシア それはあのジョニーと一緒にポーランドに帰るんでしょう。大地主なのよ、あの伯爵。その奥様として何千人もの農奴・・・ ムジークって言うのかしら・・・農奴を使って・・・きっと大成功よ、あの人。
 ピーター 戦後っていうのが、もしあればね。
 パトリシア それからジョニーがその時にも生きていればね。
(ドリス、再び登場。扉の傍に立っている。)
 ピーター(ゆっくりと。)それからジョニーがその時に連れて行きたいっていう気ならばね。
 パトリシア そうね。どちらかというと、そこが問題ね。
 ピーター どっちかじゃなく、それこそが問題だね。だから、わが伯爵夫人としては、この戦争は続いて貰わなくっちゃね。
 ドリス サイレンが鳴ってる。スキリンワースの方向だわ。
 伍長(舞台裏で。)注文は、カウンテス?
 ドリス(肩ごしに。)ジン・アン・ジンジャー。(パトリシアに。)狙いはハル(都市の名)ね。だけど、空港にも爆弾二、三個落として行くかも知れないわ。ティンカティ・トン、ミスィズ・ミラー。(訳註 ティンカティ・トンは呼びかけ。)
 モーディー ティンカティ・トン。
(ドリス、ラウンジに退場。)
 ピーター 興味本位だけで訊くんだけど、ここにシェルターはあるのかな。
 パトリシア 知らないわ。でも、たとえあったとしても、誰も入る人なんかいないでしょう。
 ピーター どうやらこのイギリスに、たった三箇月でもいれば、僕だって空襲に対してみんなみたいにへいちゃらになれそうだね。(鋭く。)あの音! 味方?
 モーディー(始めて口を開く。)敵。
 ピーター 敵機? 分かるんですか?
 モーディー ロンドンに住んでたんですからね。空襲で焼け出されるまで。
 パトリシア 私もロンドンだったわ。でも違いは分からない。
 モーディー 集中して聴かないからよ、私みたいに。
(三発、鈍い爆発の音。)
 ピーター 爆弾?
 パトリシア(微笑む。)いいえ、高射砲。未熟者ね。下には下があるわ。
 ピーター まいりました、先生。(パトリシアの手に触る。はっと我にかえり二人、モーディーを見る。)
 パトリシア (立ち上がり、モーディーに近づく。)何かお飲みになりますか、ミスィズ・ミラー。コーヒーか何か。
(モーディー、頭を上げる。)
 モーディー いいえ、結構。
 パトリシア その椅子、坐り心地悪そうだわ。こちらにいらっしゃいません? 火の傍に。
 モーディー いいえ、結構。ここでいいわ。
 パトリシア 一晩だけ。それにこんな一晩。運がお悪かったですわね。
 モーディー 明日がまだ少しありますから。バスが出るまで。
 ピーター 遠くまでお帰りになるんですか。
 モーディー いいえ。近く。セント・アルバンスまで。
 パトリシア もう一晩伸ばせないんですか。
 モーディー 無理ね、それは。月曜日、七時にはもう仕事場についてなくちゃ。クリーニング屋に。
 ピーター 電話して事情を御説明になったら? なんなら私が代わりに説明しますけど。
 モーディー そんなの駄目。止めて下さい。
 ピーター 何故です?
 モーディー あちらで困るだけ。それから私も首。首は駄目なの、今は。絶対に。それに月曜の朝は私、仕事をしなければ。月曜日は本当に仕事が多いから。
 パトリシア でもカイルさんが代わりに頼んで下されば・・・
 モーディー(しっかりと。)いいえ、ミスィズ・グラーム。でもお気持は感謝します。
(間。)
 ピーター クリーニングのお仕事、如何ですか。
 モーディー ええ、まあまあ。勿論この仕事、始めたばかりだけど。
 ピーター では以前は?
 モーディー 何も。戦争前は私、家事。働かなくてもよかった。主人には所得が十分あったし、エクレストン・ブリッジ・ロードに自分の家もあった。いい家だった。勿論今はない。主人はロンドン交通の運転手。もう少しで監督に昇進というところだったのに。
 パトリシア そして今はウェリントン爆撃機の砲手。回転銃座に坐ってメッサーシュミットを撃ち落とす。(モーディーに。)夢のような気がするでしょうね。お二人に起こったことを考えると。
 モーディー 夢? 夢とは思わない。現に起こっていることなんですからね。でしょう?
 パトリシア そうね。
 モーディー だけど勿論砲手でいるのが嬉しいなんて言ってるんじゃないの。銃座に坐ってるのは体によくないんですからね。とても寒いんだって話していた。背中がひどく痛むって。バスの運転をしていた時にもそうだったんだけど。それに出撃する時みんなが、「大丈夫よ。帰って来るわよ。」なんて言うけど、そんなこといくら言われたって、何の役にも立たない。だってあるんだもの、帰って来ない場合が。それから私、ちっとも嬉しくないの、こんな風に空襲で焼け出されて、デイヴの叔母と一緒にセント・アルバンスに住むなんていうの。あの叔母のエラ。あんな人と私、うまくやっていくなんて到底無理。どんなに長く一緒にいたって無理だわ。あのクリーニング屋で働くのだって・・・でも不平を言ってるんじゃないの、これ。今は戦争。普通とは違う。だからこういうことにも慣れなきゃ。言いたいのはそれだけ。
 ピーター なるほど。地道ですね、その考え方。
(ラウンジの扉開き、ドリス登場。それと共に騒々しい音が聞こえて来る。また、バーテンの声がそれを抑えるように聞こえて来る。「時間です、皆さん。九時半を過ぎました。時間です。」)
 ドリス(鼻歌を歌う。)
     空軍になんか入りたくない。
     戦争になんか行きたくない・・・
フーッ。スクリジェヴィンスキー伯爵夫人様、ちょっと御酩酊よ。(モーディーを見て。)ハロー、ミスィズ・ミラー。うまくやってる?
 モーディー(威厳を保って。)ええ。御親切に。どうも有難う。
 ドリス 何か飲むものいらない? ちょっぴり、何か。
 モーディー(「うるさい」、と言わんばかりの口調。)御親切に。有難う。いりません、私。ちょっぴり、も。(軽蔑するように、「フン」と言い、椅子から立ち上がる。)お休みなさい、ミスィズ・グラーム。
 パトリシア お休みなさい、カイルさん。
 ピーター お休みなさい。
(ドリスには「お休み」を言わずモーディー、階段を上がり始める。)
 モーディー(階段の途中で。)あ、そうそう、ミスィズ・グラーム。主人が、言うな言うなってうるさいの。あの背中が痛む話。何故か分からない、私。でもうるさいの。ですから、この話したのは内緒。あの人には言わないで。
 パトリシア 大丈夫よ、ミスィズ・ミラー、決して言いませんわ。
 ドリス(大きな声で。)おやちゅみ、ミスィズ・ミラー。ぐっすりおねんねね。
 モーディー ぐっすり。それは私と違う。あなたの方ね。
 ドリス まあ、あれを聞いた? ぐっすり眠るのは私の方だって。何言ってんの。それはこっちの言う台詞よ。
 パトリシア 深く考えないの、ドリス。
 ドリス あの人、私が男達と酒を飲んでるのが下品だと思ってるのよ。カウンテスなのに何よって。
 パトリシア(慰めるように。)そんなことはないのよ。
 ピーター 実際のことを言うと、男達と一緒に酒が飲めるとなると、いくらでも付き合うカウンテスを僕はいっぱい知ってるな。
(ドリス、ゆっくりとピーターの方に顔を向ける。目がぎらぎらと光っている。)
 ドリス 私をからかっているんですね、ピーター・カイルさん。一体どういうおつもり?
 ピーター(縮み上がって。)すみません。
 ドリス 私が偶々カウンテスだったからって、非難される筋合いはないの。好きでなったんじゃない。なりたくてなったんじゃないの。ただのミスィズなになにの方がよっぽどいいの。でもジョニーは、私がカウンテスと呼ばれるのを望んでいる。だから私、その儘にしているの。分かるわね。これを笑いの種にして貰いたくないわ。
 パトリシア(急いで。)笑いの種だなんて、ドリス。そんなこと・・・
 ピーター 勿論僕はそんなつもりじゃ・・・
 ドリス それからもう一つ。さっきお二人が話していたこと、ちゃんと聞いてしまったの。私のジョニーのこと。私は戦争が続けばいいと思っているって。
(ピーターとパトリシア、ぎくりとなる。間。)
 ピーター 聞き間違い・・・じゃないんですか。
 ドリス 聞き間違い。よく言うわ。その通りの言葉を言ってるくせに。
 ピーター じゃ、言ったとしても、その意味じゃなかったんだ。
 ドリス その通りの意味だって、私には分かっている。戦争が終わればジョニーはあっさりと私を捨てるだろうって貴方は言ってるの。戦争が続いている間だけが、私が大丈夫な時間。戦争が終わればあの人は故郷に帰る。すると何て自分は馬鹿なことをしたんだろうって気付く。何て馬鹿な結婚をしたんだろうって。それであの人・・・あの人・・・(ドリス、喉を詰まらせる。同時に背中を向ける。パトリシア、ドリスに近づく。)
 パトリシア ねえ、ドリス、馬鹿なことを言うもんじゃないわ。たとえカイルさんがそう言ったとしても・・・言ってはいないのよ・・・でも言ったとしたって、それがどうだって言うの。だってあなたはそれは違うってはっきり分かってるんじゃないの。
 ドリス はっきり分かってる。そうだったらいいのに。本当に。そうだったら、どれだけいいか。私のは、違うって思いたいだけだわ。(ドリス振り返る。挑むように。)でも私、それだけのために、戦争が続けばいいなんて、決して思わない。
 ピーター(しつこくなく、誠意を込めて。)どうか信じて。僕はそう言わなかった。
(間。)
 ドリス あら、いやだわ私ったら。また馬鹿なことしちゃった。ご免なさい、パット。ご免なさい、カイルさん。ああ・・・ピーター・カイル! 私、一生のうちで一目でも会えたらどんなに素敵だろうって思っていた。それなのに、折角会えたら一体どう? その人のことやっつけて、怒鳴りつけてるの。
 ピーター 本当にご免なさい。僕が何か誤解されるようなことを言ったとしたら、それは・・・
 ドリス ああ、止めて頂戴、もう。お願い。人が話しているのを盗み聞きするなんて。それがそもそもいけないの。忘れて。外はどうかしら。少しは曇ってくれていればいいんだけど。(窓の方へ進む。)ちょっとあかりを消して下さらない?
(ピーター、あかりを消す。ドリス、窓から顔を出す。)
 ドリス 駄目ね。雲一つない空だわ。残念だけど。
 パトリシア 残念って?
 ドリス 曇ってると、出動中止になることがあるの。この空じゃ駄目ね。月が奇麗。何時かしら。
 ピーター 十時十五分前。
 ドリス まだ照明路をつけてないわ。
 パトリシア しょうめいろ?
 ドリス 一列に灯をつけるの。離陸する道が見えるように。空軍大尉さんと結婚したんだもの。これは知ってなくちゃいけないわ。
(ミスィズ・オウクス、事務所から出て来て、電気のスイッチを入れる。)
 ミスィズ・オウクス(叫び声を上げる。)あっ、消灯だった!(消さなくちゃ。)(消す。)
 ドリス 大丈夫よ、ミスィズ・オウクス。消灯は私達がやっておくわ。
(ピーター、また灯をつける。)
 ミスィズ・オウクス 出動した?
 ドリス 出動するんだっていうことが分かっていてもいけない筈よ。
 ミスィズ・オウクス だって、急に全員慌てて基地に引っ返して行ったもんだから。(大きな目配せをして。)あ、そうね、隠し芸大会だわ、きっと。みんな何時頃帰るのかしら。私が知りたいのはそれだけ。
 ドリス(目配せを返して。)私の予想では朝の五時ね、隠し芸大会が終わるのは。
 ミスィズ・オウクス みんなの予想も同じね、きっと。じゃ、最後の人、消灯をお願いしますよ。私は寝ます。朝食は八時半ですからね、カイルさん。 それから明日は日曜日ですから、ベッドに運びません。いいですね。本当に気が遠くなるぐらい手不足なんです。
 ピーター それは大丈夫です。私は朝食を取りませんから。
(ミスィズ・オウクス、階段を上りかけていたが、ぎょっとして立ち止る。)
 ミスィズ・オウクス(呆れると同時に、憤慨を表して。)朝食がいらないんですって?
 ピーター(気まずい気持。)ええ、その・・・お茶を一杯だけ・・・えー、原則としてそのー、私はえー、(挑むように。)朝食は取らないんです。
 ドリス この人、俳優なの、ミスィズ、オウクス。体、痩せてなくちゃいけないの。
 ミスィズ・オウクス 痩せてたってどうだっていいけど、朝食を食べないからって値引きは出来ませんからね。
 ピーター それは一向に構いません。
 ミスィズ・オウクス(厳しく。)構いませんじゃすまないんですよ、カイルさん。食べないものの値段を戴きたくはないんです。でもとにかく、今は戦争中なんです。食べないでいてどうなるか、それはあなたの責任なんですからね。いいですね。お休みなさい。
(退場。)
 ピーター 食べないでいてどうなるか。十二指腸潰瘍?
 パトリシア(笑って。)何言ってるの、ピート。朝食代は払えっていうことなの。
(この台詞が発せられて、ちょっとの間、気まずい沈黙。)
 ドリス 役者同志って、随分親しい口のきき方だわ。素敵ね。ひょっとして、愛し合ってるんじゃないかしら、それも情熱的に。そう思っちゃう。(突然。)あ、警報解除のサイレンよ。聞こえる?
 パトリシア(耳をすませて。)聞こえるわ・・・良かった。
 ドリス(「良かった」の台詞と同時に。)卑怯だわ!(パトリシアの無言の疑問に答えて。)ドイツの飛行機が上にいる時には飛び立てない。照明路をつけられないの。分かるでしょう? 何時間も飛行場の上空で待ち構えていて、下ではそのことに気がつかない。それで照明路をつけて、離陸しようとすると・・・いいえ、もっと正確に言えば、照明路に入って行こうとする時・・・さっと舞い降りて来て狙い撃ち。照明路の中じゃ、まるで裸同然。・・・これはテディーの言葉だけど。・・・それから、出撃して疲れ果てて帰って来る。やれやれ、やっと到着だ、と思ったとたん上から・・・(言い止める。)汚い手だわ。でもイギリス軍だって同じことをドイツの空港でやっているに違いないわね。今何時かしら、カイルさん。
 ピーター 十二時十分前です。
 ドリス 私行くわ。自分の部屋から離陸を見る。あそこからの方がよく見えるから。離陸までにはもう少し時間かかるでしょうけど、勿論。お休み。(階段を上がり始める。パトリシアとピーター、「お休み」と言う。)
 ドリス(ピーターに。)ご免なさいね、カイルさん。
 ピーター(嘆願するように。)どうぞ、もう(それは・・・)
 ドリス(笑って。)「どうぞ」ね。私のジョニーみたい。(階段の途中で。)夜中に何かあったら、私を起こしてね、パット。眠れないとか、何とか。私、喜んでお相手するわ。じゃあね。(退場。)
(暫くの間、ピーターとパトリシア、無言。)
 ピーター(突然、爆発するように。)畜生め!
(パトリシア、ピーターに近づく。しかし、何も言わない。)
 ピーター 盗み聞きなんかするからいけないんだ。あーあ、それにしても、何故僕の言った通りだって自覚しているんだ、あいつ。そうでなきゃ、事はもっと単純ですんだ筈なんだ!
(パトリシア、片手を出してピーターの手に触る。ピーター、それを握り、見て、指輪を調べる。)
 ピーター あの頃の僕の趣味、映画のスターにしては悪くなかったようだな。(案外いい指輪だ。)
 パトリシア 非常に好い趣味だったわ。
 ピーター 罪の払う値か。
 パトリシア こういうもの全部、あなたに送り返すべきだったわ。素敵な女性だったらきっとそうしていたところね。
 ピーター 素敵な女性ね。そうしたら、最初から僕になんか、係わりを持とうとはしなかったよ。
 パトリシア 持とうとした筈よ、どんな素敵な女性だって。(ちょっと考えて。)私が素敵な女性だったって言ってるんじゃないのよ。
 ピーター どうして君、僕なんかに係わりを持ったんだい?
 パトリシア それはそれ。理由があったわ。
 ピーター 何だい、その理由って?
 パトリシア 言って欲しいの、あなた?
 ピーター もう一年以上もその理由を聞かずじまいできたんだ。
 パトリシア で、それは誰の責任?
 ピーター(すぐに。)僕の。
 パトリシア 驚きよね、本当に。
 ピーター(誘うように。)だから、頼むよ・・・
 パトリシア 分かったわ。何故好きだったか、それはあなたの映画で端役しか演じない、恥ずかしがりの、輸入して連れて来られた外国女優に、あなたが親切だったから。
 ピーター それは僕に下心があったから。
 パトリシア そう。でも、それがあって余計好きになったんだわ。だって下心の必要がなくなった後だって、やはり親切だったもの。
 ピーター でもそれは、そのまた後の下心のためだったんだ。
 パトリシア その後の下心、本当にあったのね?
(ピーター、微笑んで頷く。)
 パトリシア これ、あなたの美徳。美徳を並べたててもしようがないわね。
 ピーター 並べたてられる程あれば嬉しいよ。
 パトリシア でも、その美徳って、私にとっての美徳。他人から見たら悪徳よ。そうなの、ピート。あなた、他の人から見たら素敵な人物じゃないわ。あなたの演技、あれを見て皆はすぐ見抜いちゃう。あれを見通すなんて簡単なことなのよ。
 ピーター 僕の演技か。君は最初からそう言ってるけどね、かなりいい演技の筈だがな。
 パトリシア 謙遜で、内気で、静かで、教養のある、そして自制心がきいている映画スター? そんなのまるで意味をなさないの、ピート。人はすぐ見破っちゃうの。ああ、一枚剥げばその下はさぞかし汚いんだろうな、だって表面があんなに奇麗なんだもの。そう思うの。私は違う。その下にあるものを知っているの。それがどんなに単純で子供っぽいものか。そう、もっと言えば、どんなに頼りないものか・・・
 ピーター ジャック・アンド・チャーリーの店で大喧嘩したね、そのことを始めて君が言った時。覚えてる?
 パトリシア 喧嘩なんかじゃない・・・本当の喧嘩じゃとてもなかった。すねただけね、ただ。
 ピーター あれから後、一週間ぐらい、二人共つんつんしちゃって。覚えているよ。
 パトリシア 二人とも気取っちゃって。ロング・アイランドの、あの酷い女の家に泊まって、ベッドの下でおしくらまんじゅうをして、それで仲なおり。
 ピーター そうだよ。覚えてる。(二人、笑う。・・・真面目になって。)なんて馬鹿なんだ。今度は丸々一年間無駄にしたんだ。
(パトリシア、無言で頷く。)
 ピーター パット、今から僕、おかしなことを言うけど、怒らないで欲しいんだ。
 パトリシア 怒らないわ。
 ピーター 僕はね、パット、年をとってきてるんだ。
 パトリシア 年? 三十九じゃない。
 ピーター 君と喧嘩別れの時が三十九。今は四十一だ。たしかに年寄ってわけじゃない。中味のつまった大人、素敵な、成熟した中年男だ。だからもし僕が中年を演じられるぐらい良い役者なら何の問題もない。
 パトリシア そう。だから問題ないわ。
 ピーター スタジオの方じゃそう思ってないんだ。次の映画が終わると僕はもう終だ。ああ、それから終わるのは映画だけじゃないんだ、パット。その原因を言ったら君、笑うかもしれない。(パトリシアを恥ずかしそうに見て、微笑む。)そんなの嘘よって。だけど、原因は戦争なんだ。よく分からないんだよ僕には、パット。知ってるだろう? 僕が、民主主義だの、自由だの、基本的人権だのについて、いくらでもべらべらと喋れることを。でも、こんなもの、僕には何の意味もない。僕には無関係なんだ。(僕には僕の生活があるだけなんだよ。)そしてその僕の大切な僕自身の生活がなくなって行く・・・いや、もうなくなってしまっているんだ。そして僕以外の残りの世界・・・それは現実の世界だ・・・それが僕に背を向けて、僕を退けものにしてしまった。なんとかしてそこに入り込もうとしても、もう僕には入れないんだ。厭なんだ僕は、パット。こんな風に退けものにされて、冷たくあしらわれるのは。勿論こんなのは我儘勝手な見方だ。よく分かっている。でも構いはしない。だから、分かるだろう、パット。あれやこれやの理由が重なって、僕は・・・僕は君がどうしても必要になったんだ。(声が小さくなる。気まずい雰囲気にしていることに気付くからである。)
 パトリシア(自信のない言い方。)そう。必要なのよ、私が。嬉しいわ。
 ピーター 気まずくしちゃった。ご免よ。
(パトリシア、無言でピーターの肩に手を回す。)
 ピーター 急に不安になることがあるんだ。それでつい・・・
 パトリシア 不安になることなんかないの。もう今では分かっていていい筈よ。
 ピーター 思いがけないことは起こらないね。
 パトリシア 私には起こらないわ。
 ピーター(軽く。)君は、この人とって決めたら変えないタイプ?
(パトリシア、この言葉に少し怯む。)
 ピーター(急いで。)畜生! 馬鹿なことを。ご免。
 パトリシア いいの。今ちょっと、あの人のことを忘れていたの。それで・・・
 ピーター 明日からは・・・
(玄関に音がして、スワンソン登場。)
 スワンソン(陽気に。)ハロー・・・ミスィズ・グラーム・・・ですね? まだ起きていらしゃると思っていたが、やはり・・・(ピーターに気付く。)
 パトリシア 今晩は、中隊長。こちら、ピーター・カイルさん。・・・スワンソン中隊長。
 スワンソン そうか、その顔・・・これは役者だ。テディーから話は聞いた。あいつ、喋りづめだったぞ。えらい奴に会ったんだってね。大袈裟な台詞をはいてさ。
(ピーター、礼儀正しく微笑む。)
 スワンソン そうだ、明日基地に来てくれませんかね。一言何か話して貰う訳には? 連中喜ぶぞ。早速手紙でガールフレンドに報告だ。お陰でマル秘事項の漏れはそれだけ少なくなる筈だ。
 ピーター 有り難いお申し出ですが、残念ながら明日ロンドンに発たなければなりませんので。
 スワンソン(オーバーをハンガーにかけながら。)そりゃ残念だ。じゃ、また次の機会に。離陸を待ってるんですな? もうすぐです。連中が飛び立った後のことですが、悪いことは言いません。すぐベッドに潜り込んで眠るんですな。いくらもたたないうちに戻って来ますよ。実はテディーに頼まれたんですよ。来て奥さんのことをちゃんと見てくれないかとね。
 パトリシア それは御親切に。
 スワンソン いや、礼には及ばない。(謝るように。)実際のところをお話すると、私はこういう場面は不得意で。自分からその・・・えらいやきもきする性質(たち)なもんだから。
 ピーター(会話が途切れないようにと。)今夜は御自分は出撃なさらないんですか。
 スワンソン いやいや、私は飛ばんのだ。ほら、何もないだろう?(胸のところを指さす。)年寄のあひるみたいなものさ、副官なんて。中隊の看護婦、女中役を一手に引き受ける。空軍特有の仕事はゼロだ、実際。私は陸軍にいるべきなんだ、前回の時のように。(クッションを重ねて枕を作っている。)今夜の私のベッドさ。
 ピーター ああ、大変! 私がお部屋を占領してしまったんですか?
 スワンソン いや、それは違う。私は原則として基地で寝る。ただ連中が出撃した時には、帰って来た時にちゃんと起きていてやりたいんだ。だから時間になったら起こしてくれる人間が必要なんだが、従卒が全く信用出来なくて。それにこっちの方が暖かいし。
 パトリシア お手伝いしますわ。
 スワンソン いやいや、構わんで下さい。
 パトリシア あ、火が少し消えかかってきましたね。
 スワンソン ほっとくと消えるな、これは。私のことをグローリアと呼ぶんだ、テディーの奴は。女扱いだ。全く上官も何もあったもんじゃない。呆れたもんだ。
 ピーター ミスィズ・グラーム、中隊長の御忠告通り寝ますか、それとも起きて待ってますか。待つんでしたら私も喜んで・・・
 パトリシア 寝ますわ。その方がよさそうです。
 ピーター そうですか。じゃあ、私はこれで。お休みなさい。
 パトリシア お休みなさい。
 ピーター(階段の途中で。)お休みなさい、中隊長。
(スワンソン、この時までに暖炉に近づき、しきりに火を吹いている。が、これを聞いてぱっと気をつけをする。)
 スワンソン 何だ? ああ、寝に上がりますか。お休み。・・・ああ、そうだ。
 ピーター は? 何でしょう?
 スワンソン アリス・フェイに君、会ったことあるかな。
 ピーター ええ。一度。
 スワンソン そうか!(火の方に戻る。)
 ピーター お休みなさい、ミスィズ・グラーム。
 パトリシア お休みなさい、カイルさん。
(ピーター退場。)
(パトリシア、一生懸命に火を吹いているスワンソンに近づき、その傍で膝まづいている。火はうまくおこらな い。)
 パトリシア それじゃあ、いくらやってもつきませんわ。ちょっと私に。(新聞紙を取って、火を寄せるのにそれを使う。)
 スワンソン まいったね、それを思いつくのに女性の手を借りなきゃならないとはね。(腕時計を見る。間。)
 パトリシア テディーのこと、お気に入って下さってるんですね、中隊長さん。
 スワンソン 私には限らない。誰でもだ。あ、気をつけて。燃える!(新聞を取り上げて暖炉にほうり込む。火、強くなる。)
 パトリシア 誰でも?
 スワンソン 気に入る、気に入らない、っていうことになれば、そりゃ私は連中全員のことが気に入ってる。だけど他の連中は、ピー・オー・プルーンほどにはよく知らないんだ。このあだ名、知ってますね?
 パトリシア ええ、話してくれました。
 スワンソン プルーンに似てるって思わせているんだが、実際は違うんだ。ちゃんと私は見てる。あいつが・・・(言い止める。)馬鹿馬鹿しい、あんたの前で。あいつの連れあいじゃないか、あんたは。こんなことはあんたが一番よく知ってるんだ。
 パトリシア ええ、そうです。
 スワンソン 愛国心なんだ。もちろん新聞の書く愛国心、あれには閉口だ。だけどうちの若い連中の中にあるもの、それはやはり愛国心なんだ。
 パトリシア ええ。
 スワンソン ああ、ついたついた。これでいい。有難う。(立ち上がる。)結婚して一年になるんだな、あんた方。
 パトリシア 一年ちょっと切れるぐらい。
 スワンソン あいつも運がいいやつなんだな、結局のところ。しかし最初女優と結婚すると聞いた時は蒼くなった。あいつは美人でありゃ、男だけの飲み会にひょこひょこやって来る売春婦とでも結婚しかねない奴なんだ。そしてその後ガツンと肘鉄を食らわせられる、そういう可能性のある奴なんだ。だからね。(ポケットに手を入れ、紙切れを取り出す。)そうそう、思い出した。見せるものがある。中隊には提案帳が置いてあるんだが、それにこんなことを書いた奴がいた。これが写しだ。面白いから見せようと思ってね。(手渡す。)読んでみて。
 パトリシア(読む。)提案。今後、グラーム大尉は、自分の妻の名前を一日に十度以上発せざること。またこの回数を越える場合は、その度毎に、その発せられた言葉が聞こえる範囲の全ての士官に、ビール一杯ふるまうこと。ここで妻の名とは、正式名称パトリシアに限るものにあらず、あらゆる愛称、略称、仇名、即ち、パット、パディー、パディキン等、すべてを含むものとす。(読み終わる。スワンソン、くすくす笑う。パトリシア、紙片を見続ける。)
 スワンソン そのあとが署名。そこの部署の殆ど全員の署名だ。誘導係りの、あのティンカーベルの奴まで署名している。あんたが話しかけでもしたら死んじゃいそうな気の小さい奴なんだがね。
(パトリシア、紙を返そうとする。)
 スワンソン いやいや、取っておいて。そいつは面白いと思ってね。なにしろ全員の署名つきだ・・・
(飛行機のエンジンの音。スワンソン、急に窓の方に進む。)
 スワンソン あかりを消して。
(パトリシア、灯を消す。スワンソン、カーテンを開ける。月光が入ってくる。パトリシアも窓に進む。)
 スワンソン あれが照明路。見えますね。あの小さな光の点々、あれがそう。さあ、離陸するぞ。
(飛行機のエンジンの音が大きくなる。)
 スワンソン 空港のずっとはじの方から走って勢いをつける。さあ、一台飛びたった。やれやれ!
(騒音が頭上を通って行き、小さくなる。)
 スワンソン 風のない、こんな夜に爆弾を沢山抱えて飛ぶのは、猛烈に危険だ。綱渡りだ。着陸より条件が悪い。さあ、次のが出始めた。
 パトリシア テディーのは?
 スワンソン 分からない。決まった順序はないからね。今夜の出撃は四機。エイ・アップルズ、エル・ロンドン、ユー・アンクル・・・これがテディーの。 それにエス・シュガー・・・これがポーランド。(鋭く。)あっ!
 パトリシア どうかしましたか。
 スワンソン 大丈夫。上がった。失敗したかと思った。あのフェンスを十センチぐらいでかすめて行ったよ。
(騒音が頭上を通り、小さくなる。)
 スワンソン 次が出て行く。(鋭く。)どうしたんだ、あれは。最初のやつが戻ってきたぞ。旋回している。聞こえるだろう?
 パトリシア いいえ。ドイツ軍なのかしら。
 スワンソン ドイツ軍だとしたらえらい事だ。一機旋回しているぞ、確かに。あ、上がった。次のだ。ほら見えるだろう? あそこに。黒い影になって見える。
 パトリシア(驚いて。)エンジンに火が・・・
 スワンソン(笑って。)ああ、あれは排気。あれで正常なんだ。遠くからでもあれが見えてね。夜の戦いには役に立つ。ああ、うまいぞ! いい離陸だ。もう一機だな。(再び緊張して聴く。)ああ、入って来た。さあ、助走を始めたぞ。見えるね?
 パトリシア ええ、見えます。
 スワンソン 畜生!
 パトリシア(殆ど同時に。)あ、あかりが消えた。どうして?
(突然、機関銃の音。次に三発、鈍い爆発音。)
 パトリシア 空港を爆撃してる。ドイツ軍だったんだわ。
 スワンソン(叫ぶ。)ブレーキだ、馬鹿。ブレーキだ。飛ぶんじゃない!
(再び機関銃の音。また爆発音。今度は爆弾が破裂しただけの音ではない。続いて引き裂くような鋭い音。窓に 鈍い赤い光があたる。スワンソン、激しい勢いでカーテンを引く。)
 スワンソン(静かに。)あかりをつけて。
 パトリシア(狼狽している。)スイッチはどこ? スイッチはどこ? スイッチは?
 ドリス(事務的な言い方で。)ドアの左。ホールの傍。
(部屋、急に明るくなる。 パトリシア、スイッチの傍に立っている。ドリス、階段を降りたところにいる。正装。非常に静かに立っている。)
(スワンソン、電話の方に進み、受話器を取る。)
 スワンソン ミルチェスター二十三。
(ピーター、夜着姿で登場。階段を駆け降りる。)
 ピーター 何が起きたんですか。
 スワンソン 離陸中、飛行機がぶっつけたか、撃たれたかだ。
(ピーター、パトリシアに近づき、片手を取る。その時までにモーディー、ピーターの後から階段を降りて来ている。スワンソンの最後の台詞を聴く。)
 モーディー デイヴじゃないでしょうね。
 ドリス まだ誰か分かってないの。中隊長が今電話しているところ。(モーディーの体に手を回す。)
 スワンソン(電話に。)もしもし、管理塔を頼む。こちらスワンソン中隊長だ。・・・ああ、マニング、スワンソンだ。・・・うん、見た。どうした。・・・分かってる。分かってる。それはいいんだ。どれがやられたのか、それが知りたい。・・・そうか。・・・分かった。(電話を切って振り返る。)やられたのは、エイ・アップルズだ。
 モーディー デイヴ?
 ドリス いいえ。私達は大丈夫だったわ。
 スワンソン エル・ロンドン、ユー・アンクル・・・これがテディーの。・・・それからエス・シュガーは離陸成功、目的地に向かっている・・・
(間。誰も動かない。スワンソン、急に振り返り、退場。)
                   (幕)

(註 幕が下がっている間、時間の経過を表すために、航空機の爆音が聞こえている。この音は、第二場の幕開き数秒後まで続く。)

          第 二 幕
          第 二 場
(場 前場と同じ。次の朝五時三十分。)
(飛行機のエンジンの音が聞こえる。スワンソンとドリス、窓の傍に立っている。朝焼けの微かな光りで、その 輪郭が浮き出ている。エンジンの出力が落とされ、音が止る。)
 スワンソン(暫くして。)無事着陸だ。
 ドリス ジョニーのだわ。慥かよ、これは。エンジンの音で分かるわ。
 スワンソン こう言ってはまずいかも知れんが、馬鹿げてますな、その推定は、カウンテス。ウェリントンはどれでも同じ音です。
 ドリス 私には違うの。
(パトリシア、階段に現われる。)
 パトリシア 帰って来たんですか。
 スワンソン お早うございます、ミスィズ・グラーム。ええ、これが第二機目。一機目は二十分前に。
 パトリシア きっと眠りこんでいたんだわ。どっちかはテディーのですか。
 スワンソン 分からない。管制塔にあまり電話でうるさくしてもいかんので・・・
 ドリス(陽気に。)どっちにしても、どうせすぐ分かることよ。
(ミスィズ・オウクス、コーヒールームから盆を運んで登場。盆には朝食の用意。凝った部屋着を着ている。)
 ミスィズ・オウクス カーテンを引いて下さらない? 電気をつけたいの。
 スワンソン そうか。まだ燈火管制時間か。
(スワンソン、カーテンを引く。部屋、暗くなる。ドリス、電気のスイッチを入れる。)
 ミスィズ・オウクス 五時五十二分までが燈火管制。テーブルに手を貸して下さらない?
 スワンソン よしきた。今何時?
 ミスィズ・オウクス 丁度五時半。こっちのテーブルにした方がいいわね。火の傍で暖かいから。(そのテーブルに盆を置く。刺のある言い方で。)こんな時間まで、どうして燈火管制にするんでしょうね。一旦消した電気をまたつけなきゃならない。
 スワンソン(困って。)いや、その、規則が・・・
 ミスィズ・オウクス そう。規則は規則。分かってます、中隊長殿。(パトリシアに。)もう朝食にしますね、ミスィズ・グラーム。旦那様と御一緒になさりたいでしょうからね。どうせ起きて来たんだから。
 パトリシア 食欲がないわ、私。
 ミスィズ・オウクス どうせたいした量じゃないの、食べるもの。さてと、グラーム大尉、カウント・スクリジェヴィンスキー、ミラー曹長・・・、カウンテス、あなたを入れると五人だわ。中隊長、あなたのような飛び込みの客には出せませんからね。
 スワンソン ああ、かまわん。どうせ連中さえ戻って来れば、私は帰るんだ。
 ミスィズ・オウクス ミスィズ・ミラーは起こさないでおきます。ここへ来る途中部屋を覗いてきました。熟睡中。
(テーブルに食事を並べながら言う。)
 パトリシア お手伝いしましょうか。
 ミスィズ・オウクス いいえ、結構。一人で出来ます。
 パトリシア これ、いつも御自分で?
 ミスィズ・オウクス 召使い五百人も使う身分だと思っているの、ミスィズ・グラーム。それにこんなに朝早く働かせたら、今いてくれている連中だって、そのうち逃げて行くわ。(パトリシアを肘で「どいて」とつっ突いて、コーヒールームに退場。)
 パトリシア もう一機戻って来る筈ですわね。
 ドリス そうよ。
(パトリシア、奇麗に並られたテーブルを見下ろす。)
 パトリシア 五人分! まあま、おつにすましたその姿! これで足りるっていうのかしら。
 ドリス(なだめるように。)一晩中飛んで帰って来るのよ。何かは食べなくちゃね。
 パトリシア 帰って来なかったら?
(間。)
 ドリス 可哀相に。あなた、「行って来るの」に出くわしたの、これが始めてなのね 。
 パトリシア 「行って来るの」! まあ、なんていう言い方。もっとちゃんとした言い方がある筈でしょう? 空軍の、わざと何でもないっていうその言い方、私だいっ嫌い。
 スワンソン こっちに来て坐ったらどうです、ミスィズ・グラーム。いい火ですよ。私が一晩中見てましたからね。
(パトリシア、ドリスからスワンソン、スワンソンからドリスへと目を移す。)
 パトリシア ええ。(火の傍に坐る。)すみません、よく寝られなかった。そのせいですわ。(目を上げてドリスを見る。ドリス、正装。)ああ、お二人とも寝ていらっしゃらないんですね。
 ドリス 私、少しとろとろっとしたわ。ね、中隊長?
 スワンソン 鼾をかいてましたよ。
 ドリス まあ、鼾。嘘!(ゲラゲラっと笑う。)そうだわ。ジョニー、何て言うかしら。中隊長と私、二人だけで、おつきの女の人なしにここで一晩中一緒にいたなんて・・・
 スワンソン 決闘ものだな、これは。時、明日の朝、夜明けの刻。所、官舎の裏の公園。武器、細身の長剣。
 ドリス 当然のむくいよ。私の名誉を傷つけたんですからね。鼾! 鼾なんて私、かいたことないんですからね。
 パトリシア(ドリスを見つめて。)分からない、私。(いったん言葉を切って。)勇気があるんだわ、あなた。
(道路に車の音。ドリス、パトリシア、スワンソン、三人ともぱっと立ち上がる。正面の扉を見つめる。車の音、ホテルの方に近づく。車のドアが開き、バタンと閉まる音。次に遠ざかる音。間。ダスティー登場。空軍の戦闘服に首の高いジャンバー。)
 ダスティー ああ、お早う。
 パトリシア(すぐに。)テディーは?
 ダスティー 車を置きに。(火を見て。)こいつはすごい。火が恋しかった。(火の方に進む。途中でスワンソンの傍を通る。)お早うございます、中隊長。
 スワンソン お早う、曹長。どうだった、旅は。
 ダスティー(陰気に。)最初から最後までチグハグの連続でした。
 ドリス エス・シュガーは帰った?
 ダスティー まだです、カウンテス。
 スワンソン じゃ、君達とエル・ロンドンなんだな、帰ったのは。そして君達の方が早かった。
 ダスティー はい、約三十分前です。(突然大きな声で。)エイ・アップルズはどうなりましたか? 驚きました、あれは。
 スワンソン 見たのか、あれを。
 ダスティー ええ、私は後方に坐っていました。すぐ機長に声をかけました。機長は機首を返し、後続機を見るため旋回しました。ものすごい炎でした。脱出者はいませんでしたか?
 スワンソン(短く。)一人だけ脱出した。航空士だ、
 ダスティー ジンジャー・ウォルシュか。よかった、ウォルシュ! 怪我は? 酷かったですか。
 スワンソン 治るだろうという話だ。
 ダスティー 明日は早速見舞に行ってやります。ところでうちのはどうしていますか、カウンテス。大丈夫でしたか。
 ドリス 大丈夫よ、ダスティー。早く上に上がって、今まだ寝てるわ。
 ダスティー この火はどうも効かないな。背中、一向にあったまらない。
(テディー登場。手首に包帯代わりにハンカチ。ダスティーと同様の服装。)
 スワンソン 帰ったか、プルーン。そうだな、最初に帰って来るのはお前なんだ、なんと言っても。で、どうだった? ボグールに爆弾を投下して、さっさと御帰還か?
 テディー まあ、だいたいそういったところです。ただボグールではなくて、リトル・ハンプトン。そうだったな、曹長?
 ダスティー ええ、そうです。すべて目的地に投下、成功でした。
 テディー(パトリシアの方を向く。)ハロー、パット。
 パトリシア ハロー、テディー。
 スワンソン どうしたんだ、テディー、その手首は。
 テディー えっ? ああ、これですか。こいつは何でもないです。ちょっとフレーム・フロート(不明 炎の出る武器の一種か。)を投げ落とした時に手にあたって。
 スワンソン ちょっと見せろ。(ハンカチを解く。)医者に見せなきゃいかんな。
 テディー(火の傍を通って。)明日は医務室に行って来ます。ハロー、ドリス。
 ドリス ハロー、テッド。
 スワンソン で、どうだったんだ、旅は。曹長の話じゃ、最初から最後までちぐはぐの連続だったそうじゃないか。
 テディー こいつの考え過ぎですよ。ただこいつ、汽車のやつが気に入らないから撃ちたいだなどと。あれは止めさせればよかった。
 ダスティー シュッシュッポッポと煙を吐いて、あまり気楽に見えたのでしゃくに触りまして。
 テディー 満月。晧々と月が照らして、見えないものなし。我々の航空士(つまりこれは自分のこと)だって道に迷わなかったんだからな。
 スワンソン 何かやらかしたな。
 テディー ははあ、急に情報担当士官に変身ですか、グローリア。
 スワンソン 私に教えるつもりがないなら・・・
 テディー やらかすというほどのことはありませんよ、グローリア。ただちょっと尾翼の半分をやられて。
 ダスティー こっちに突っ込むかと思うとあっちに突っ込む。習いたての水泳のようなものでした。お陰で胃はひっくり返って・・・
 テディー 相当吐いたな、ダスティー。
 ダスティー 前の席はそれほど酷くなかったですか、大尉殿。
 テディー 操縦悍を握っているとそれほどは酷くないと言うな。
(ミスィズ・オウクス、食事を載せた盆を持って登場。)
 ミスィズ・オウクス(礼儀正しく。)お早うございます、皆さん。
 テディー お早う、ミスィズ・オウクス。何だろうな、僕らの為に持って来てくれたこのものは。(皿の蓋を開ける。嬉しそうに。)ベーコン・エッグだ!
 ミスィズ・オウクス ホテル中に響き渡るような声を出さないで下さいね。これは規則違反なんですから。
 テディー ミスィズ・オウクス、感謝のキスを頭のてっぺんから足の爪先までして差し上げたい気分ですよ。
 ミスィズ・オウクス 何ですか、それ。冗談じゃない!
 テディー 卵だぜ、ダスティー。卵だ! ところでお前、卵ってどんなものか知ってるか。忘れてるんじゃないか。
 ダスティー エート、大尉殿、ひょっとして卵っていうのは、丸い形で、平和な時にはよく鶏のお尻から出て来ていた代物じゃありませんか。
 テディー 正解だ、ダスティー。さあ、パット。ここへ来て坐って。家一軒丸々食えちゃいそうな気分だぞ。そうだ、ミスィズ・オウクス、その身体、丸ごとでも食べられますよ。
 ドリス(鋭く。)シッ、黙って!(真剣に耳をすます。)ご免なさい、飛行機の音を聞いたように思ったの。
 ミスィズ・オウクス 伯爵はまだなの?
 ドリス ええ、まだ。ちょっと私悪いけど、上に上がるわ。上の方がよく聞こえるもの。(階段を上がる。この時までに、気まずい雰囲気が部屋中に漂っている。)ジョニーと私に卵残しておいて下さるわね?
 テディー 合点、承知。
(ドリス退場。)
 スワンソン エス・シュガーから連絡は?
 テディー ない。本部でも心配している。目的地には我々より二十分前についたんだが、それから連絡を断ってしまった。
(間。)
 ミスィズ・オウクス これは火の傍に置いておきますからね。あの人がもしあまり遅くなるようでしたら、私部屋にいますから、呼んで下さい。下りてまた何か作ります。(蓋つきの皿を火の傍に置く。それから階段を上がる。)
 テディー いつものことだけど、お礼の言いようもない。
 ミスィズ・オウクス 馬鹿なことを言わないで。こういうことを皆さんにして上げられるこの仕事を羨ましいと思っている人だっているんですからね。さあ、私は上がります。お休みなさい。
(ミスィズ・オウクス退場。)
 スワンソン 私も寝る時間だな。よくやった、プルーン。よかったよ、無事の帰還。じゃ、お休み。
 テディー お休み、グローリア。(厳しく。)我々を待って徹夜など、まずいですよ、中隊長。今後二度とこんなことはしないで下さい。
 スワンソン 何だ、しょってるな。お前達のためだと思ってるのか。御婦人達のためだよ。話し相手が欲しいだろうと思ってな。それだけさ。
 テディー 何だ。いやらしいじいさんか。
 スワンソン(パトリシアに。)見なさい、言わんこっちゃないだろう? 尊敬の念というものがない。呆れたもんだ。
(退場。)
 テディー さあ、みんな、坐ろう。
(パトリシア、テディーとダスティーの間に坐る。)
 テディー 離陸を見た?
 パトリシア ええ。
 テディー エイ・アップルズは運が悪かった。ああいうのはそう多くはない。皿を取ろうか、パット。
 パトリシア 今は何も欲しくないの。有難う。
 テディー 本当なんだね?
 パトリシア 本当。食べたくないの。
 テディー これは儲かったな、ダスティー。俺達余計に食べられるぞ。
 ダスティー ああ、大尉殿。ここだけの話ですが、私はちょっと食欲がないので・・・
 テディー(急いで。)どうしたんだ。身体の具合が悪いのか。
 ダスティー いいえ、ただあの帰りの揺れたやつがどうもまだぐっと戻してきそうで。差し支えなければ私は上に上がって、少し目をつぶっていたいです。
 テディー 可哀相に、ダスティー。すまなかった。揺れないように出来るだけやったつもりだったんだが、それでも・・・
 ダスティー(強く。)機長、酷いです、そんな。それではまるで揺れたのは機長の責任のように聞えるではありませんか。
 テディー それは勿論その一端は僕に・・・
 ダスティー なんていう呆れた事を。(パトリシアに。)世界中のどんな機長を連れてきたって、ここに帰れはしませんでした。グラーム大尉殿だったからこそです、帰れたのは。それを、私の胃の調子が悪いからって、私に謝るなんて。私なんか首でも括らなきゃ駄目です。何ていう大尉殿だ。
 テディー お休み、ダスティー。
 ダスティー お休みなさい、機長。(退場。)
(テディー、階段の下の所に立っている。パトリシアはまだ背を彼の方に向けて、テーブルについている。)
 テディー(呟く。)ああ、ダスティーの奴! なあ、パット、ダスティーの奴、好きだろう?
 パトリシア ええ、そうよ、テディー。とても好きよ。
 テディー パット!
 パトリシア 何? テディー。
 テディー 「ダスティーの奴、好きだろう?」って僕は言ったんだけど。
 パトリシア ええ。私、「とても好きよ」って言ったわ。
 テディー そうだった? ・・・パット・・・
 パトリシア 何?
 テディー 君、どこにいるの?
(パトリシア、鋭く頭を回す。始めてテディーの方を見る。)
 パトリシア ここよ、テディー。
 テディー どこ? 見えないんだ、パット。ここへ来て。頼む。
 パトリシア 私はここよ、テディー。(テディーの傍に行き、膝まづく。テディーを支え上げようとする。)ここよ、私は。あなたの傍にいるのよ。(助けを呼ぼうとあたりを見回す。)ああ、どうしよう!
 テディー 奇妙だ。君が見えない。どうも気分が変だ。まあ、たいした事はない。少し疲れただけだ。それだけだ。(胸のポケットに手をやって、小罎を取りだす。開けようとする。しかし開かない。パトリシア、彼から小罎を取る。)蓋が捩れてるみたいだ。
(パトリシア、開ける。テディー、罎を彼女から取ろうとする。パトリシア、彼をとどめ、罎を支えて飲ませてやる。テディー、咳をし、少し吐く。)
 テディー チェリー・ブランデー。酷い代物だ。でも身体はあったまるから。(頭を振って。)何だろう、この格好。膝まづいてるんじゃないか。二人で何かお祈りでもしているみたいだ。(立ち上がろうとする。パトリシア、それを助ける。)ああ、酷いところを見せちゃって。ご免よ。
 パトリシア 上に上がる? 寝室に行ける?
 テディー 大丈夫。行ける。だけど今は上がらない。やれやれ、ベーコン・エッグなんか余分につけちゃって。何ていう考えだ!
 パトリシア あなた、病気だわ。ただ疲れているだけじゃない。病気なのよ。私、医者に電話する。
 テディー 殺すからな、そんなことをしたら。さあ、坐ろう。(テーブルにつく。両手は相変らず震えている。)さあ、がつがつ食うぞ。豚のように。(ナイフとフォークを取り上げる。突然ガチャンとそれを投げだし、皿を押しやる。)駄目だ。
(パトリシア、電話の方へ進もうとする。)
 テディー 何をするんだ。
 パトリシア 医者を呼ぶの。
 テディー 駄目だ、それは。(パトリシアの手を掴む。)
 パトリシア ご免なさい、テディー。でもこれは私の義務だわ。
(パトリシア、手を振り解いて、電話に進む。)
 テディー(嘆願するように。)頼む、パット。止めてくれないか。
 パトリシア この方がいいの。本当よ、テディー。(受話器を上げる。)もしもし・・・もしもし・・・
 テディー(厳しい声で。)僕を空軍から追い出したいのか。
 パトリシア どういう事? それ。
 テディー 受話器を置くんだ。
(パトリシア、受話器を置く。)
 テディー こっちへ来て。
(パトリシア、ゆっくりと彼に近づく。テディー、片手をパトリシアの肩にかける。)
 テディー 男は妻に秘密を持ってはいけないってよく言うよね。
 パトリシア ええ。よく言うわ。それに、その通りだわ。
 テディー よし、じゃ、思い切って言おう。僕は怖いんだ。怖(おじ)けづいたんだ。ありふれた、普通の怖けだ。
 パトリシア 馬鹿なこと言わないで。
 テディー 今医者が来て僕を調べたら、その診断は単純なものさ。「この男はもう飛びたくないらしい。」
 パトリシア (テディーを見つめ、次に微笑む。)これは何かしら。(テディーの胸にあるDFC(空軍殊勲十字章)に触る。)
 テディー それも簡単さ。「ああ、こいつは勲章を持っている。昔はちゃんとしていたこともあったらしいな。」それから僕に訊くさ。「ところで君、出動回数、何回?」「十七回です。」で、医者は考えるさ。「何だ、こいつはたった十七回で駄目になったか。」ってね。僕はそれは厭なんだ。
 パトリシア そんな言い方ってないわ、テディー。本当に馬鹿げてる。医者の考えはこうよ、きっと。「ああ、この男は病気なんだ。飛ぶこととは関係なく、とにかく病気なのだ。休ませてやらなきゃ。」って。
 テディー(苦く。)休ませる?
 パトリシア 何か不都合でも?
 テディー 何も。不都合なんて何もないさ。いいだろうよ。ある人間にとってはね。地上の勤務。昇進だってあるだろうさ。中隊の管理部門に移って、多分訓練所の教官だ。この勲章を見せびらかして、生徒に格好いい台詞を飛ばして。ただ生徒のうちには不思議だなと思う奴がいるだろう。あの野郎、どうしてたった十七回の出動で地上勤務になったんだろうって。そしてだいたいのところは感づくのさ。
 パトリシア こんな場合に誰が何を言うっていうの。
 テディー 僕の友達だけだけどね。そいつが言うのさ。ああ、テディー・グラームか。悪い奴じゃないがね。ただ飛ぶのが厭になったらしいや。そして僕の内申書に・・・これはマル秘書類だけど・・・それに、「忠誠心の欠如あり。」と書かれる。これは簡単に言えば、「ガッツがない。」ということさ。
 パトリシア(怒って。)ねえ、テディー、今の話、みんな的はずれよ。病気で飛べないんだったら・・・
 テディー 僕は飛べるよ。病気じゃないんだ。飛べるんだ。ダスティーが言ったのを聞いたろう?
 パトリシア ええ。でもいつもああ上手く行くとは限らないわ。
 テディー いつも上手く行くんだ。
 パトリシア あなたの機の同乗者の人達、その人達にあなた、それで責任が持てるの?
 テディー(両手の拳を握って。)連中に責任を持つ、それが僕の最大の仕事なんだ。
 パトリシア あなた、危険に晒しているのはあなた自身の命だけじゃないのよ。その人達の命もよ。
 テディー 僕は機長なんだ。連中の機長だ。連中の命を危険になんか晒してはいない。
 パトリシア 晒しているわ。
 テディー 止めてくれ、パット、それを言うのは。君には分かっていないんだ。・・・違うんだ、君のその言い方・・・
 パトリシア ご免なさい、テディー。(片手を彼の腕に置く。テディー、パトリシアの足元にくずおれる。頭を彼女の膝の上に載せ、泣き始める。)
 パトリシア まあ、テディー、テディー。
 テディー(啜り泣きで声が押し潰されて。)メッサーシュミットの奴めが、尾翼に弾をぶちあてやがった。こっちは真逆様(まっさかさま)に突っ込んで行く。インターフォンでダスティーの声がした。・・・「一発食らっちゃいました、どうやら。でも大丈夫です、機長。」・・・「大丈夫です」なんだ、あいつの返事は! 真逆様に落ちている時、それに僕は立て直せないでいる・・・立て直せないんだ。それなのにダスティーの奴、「大丈夫です」なんだ。(全身で震えて啜り泣く。パトリシア、テディーの頭を撫でる。何も言わない。)帰りの間中、機を立て直しては進むんだ。連中全員、これはもう駄目だな、と観念していたに違いない。しかし連中は僕を信用してくれていた。この僕をだ。無線技師が航空士に言っているのを聞いた。航空士はつい最近僕の機に加わった奴だ。そいつに言ってるんだ。「大丈夫だ、ウインディー。機長が俺達を返してくれるさ。」・・・
 パトリシア 返してやれたわ、実際に。
 テディー 君には怖いっていうことがどんなことか、分かってないんだ。口の中がやけに辛くなってくる。舌が乾いてくる。吐き気がしてくるんだ。そしてその間、言い続けだ。これは現実じゃない、こんなこと起こってっこないんだ。今に目が覚める。夢から覚めるんだ。そう言う。だけど目は覚めはしない。それを知っているんだ。これは現実だって知っている。海が下にあって、お前の腕に六人の命がかかっている。それから、怖がっちゃいないってところを見せなきゃならないんだ。こいつが恐ろしい所なんだ。ああ、畜生! 俺は今夜怖けづいたんだ。あの離陸の時、エイ・アップルズがやられた。ああ、あの中には僕の友達がいるんだ。こう考えなきゃいけなかった。だけど実際に考えたことと言えば、(ゆっくりと。)「俺にも起こるかも知れないぞ、あれが。どうも、あんまり見てくれはよくないな。」
(テディー、ゆっくりと自分を取り戻して来る。パトリシア、無言で彼を眺める。テディー、パトリシアから目を逸らす。)
 テディー もうこれで分かったろう? 「忠誠心の欠如」だ。君に話せてよかったよ。
 パトリシア 私もよかったわ。
 テディー ハンカチを貸して。
(パトリシア、ポケットから出して、渡す。テディー、受取り、背を向けて、目を拭く。ソファに坐る。)
 テディー ああ、君が今僕のことをどう思っているか考えると・・・
 パトリシア(テディーの横に坐る。)テディー、私を見て。
(テディー、嫌々ながら顔を向ける。)
 パトリシア どうしてこれをもっと早く言ってくれなかったの。
 テディー 君が臆病者と結婚したんだってことを知らせたくなかったんだ。
 パトリシア なんてことを言う人!(ハンカチをひったくるようにテディーから取る。)
 テディー ああ、もう止めにしよう。今日一日分さっきのでやっちゃった。(怒るのは止めて。)
 パトリシア(凶暴に。)ほっといて。私のことなら大丈夫。
 テディー よかった。君に話す勇気があって。世界中の誰にも話すことが出来なかった。無理だったんだ、これは。君のお陰だ。本当に君のお陰なんだ。
 パトリシア(怒って。)私、何もしてないわ。お陰だって言われるようなこと、何も。あなた、隠していたんじゃないの。だから私に何が出来たっていうの。
 テディー だけど君のお陰なんだ。君が何もしなくても・・・その・・・ただ君が偶々僕の妻だっていうこと、そのことでだよ。今日連中を家に返してくれたのも、僕じゃない、君なんだ。
 パトリシア(絶望的に。)それは違うわ、テディー。私がそんな風に言われると嬉しがると思って・・・だからあなたそう言ったの。でもそれは違うわ。
 テディー 僕を捨ててみればいいさ。そしたら分かるよ。(間。)ああ、それに、今じゃ捨てる立派な理由がある。本当のことを隠して、騙して結婚したと君は思っているに違いないもの。
 パトリシア(静かに。)私、そんなことを思ってはいないわ。
 テディー 有難う、パット。
(間。)
 パトリシア(優しく。)でもやっぱり、医者に見せた方がいいと思う。誰か理解してくれる人、あなたの力になって、助けてくれる人に。
 テディー 助けはもういらない。必要なのは君の助けだけだ。他にはいらない。
 パトリシア(間の後。)どうしてまだ飛ぶの、テディー。もう充分に飛んだ筈よ。充分過ぎるくらい。
 テディー(ゆっくりと。)引退するまでにもう少し、もう少しは飛ばなきゃいけない。
 パトリシア でもその回数に決まりがある訳じゃないでしょう? 誰かは多く、誰かは少なく、それでいい筈よ。
 テディー 僕は多い方の人間なんだ。少なくはない方なんだ。どうしてもこの戦争は勝たなければ。なんだ、これじゃまるで新聞の見出しじゃないか。ご免、下らないことを言って。でもよかった。聞いたのは君だけだ。(立ち上がる。)ああ、この何箇月、こんなにさっぱりした気分になったことはない。ミスィズ・オウクスのベーコン・エッグにでも挑戦出来る気分だぞ。(蓋を開けて中を見る。)うーん、そこまでは駄目か。
 パトリシア(疲れたように。)それにもう冷えてしまっているから。
 テディー そう。ねえ、パット。
 パトリシア 何?
 テディー ミスィズ・オウクス、可哀相だからね、怒らせちゃ。朝起きて来て、あの大事な卵に誰も手をつけてないのを知ったら大変だ。(皿をパトリシアの方へ運ぶ。)折角親切にしてくれているのに、それを傷つけちゃ。(見回して。)そうだ、シャベルがある。(火の傍の皿を見つめる。)そうか、ジョニーのことをすっかり忘れていたぞ。(時計を見る。)あいつに何か起こったら、ドリスに優しくしてやってくれないか。そういう時になると僕は馬鹿なことしか言えなくなるんだ。でもまあ、この話はここまでだ。万一の時を考えて言っただけだからね。(パトリシアからシャベルを受け取る。)すぐすませるからね。まづ庭を偵察してと。(シャベルと蓋つきの皿をもって外へ出る。パトリシア、動かず坐っている。両手に顎をのせている。ピーター、夜着姿で階段を下りて来る。)
 ピーター 彼の声が聞こえたよ。ということは、帰って来たんだ。
 パトリシア ええ。
 ピーター 有り難い。可哀相に、パット! 一晩、辛かったろうな。
(ピーター、パトリシアの手を取る。パトリシア、鋭く手を引く。ピーター、驚いてパトリシアを見つめる。パトリシア、立ち上がる。間あり。ややあってテディー、皿を手に、戻って来る。)
 テディー ハロー。
 ピーター ハロー。おめでとう、無事の御帰還。
 テディー 有難う。
 ピーター(皿を指さして。)皿、どうしました?
 テディー 卵六個、それにベーコン十二枚、花壇に埋めて来たところ。気違い沙汰だね、そんなことするなんて。だけどいい天気だ。燦々と輝く太陽。ほら。(窓のカーテンを開ける。朝の光が入る。)さあ、パット、もう寝る時間だ。(パトリシアの手を取り、階段を上がる。ピーター、二人を下から見ている。)
                (幕)

     第 三 幕
(場 同じ。同じ日の正午。)
(ドリスが窓枠の席に坐っている。 膝の上に日曜日の新聞。窓の外を眺めている。パーシーがラウンジから登場。)
 パーシー 十二時だよ、カウンテス。バーは開いてるからね。
 ドリス(心ここにあらずという風。)何? あ、有難う、パーシー。
 パーシー ゆうべは面白かったよな。ウイギー・ジョーンズ、あの伍長、傑作なのよ。それからあの歌も。空軍になんか入りたくないって、あれがいかすよ。 午前中ずっとあればかり歌ってるんだ、覚えようと思って。
 ドリス あんなもの覚えるんじゃないの、パーシー。子供が歌う歌じゃないんだから。
 パーシー ちぇっ、子供だなんて。もう子供じゃないんだからね。「行って来るの」、ゆうべもあったね。あれ聞いた? 離陸の時一機やられたっていう。
 ドリス 私、それ見た。
 パーシー 見た? へえー、僕も見たかったな。残骸は今朝見てきたけど。すっかり燃えちゃって。酷いもんさ。(内緒に、という囁き声。)ゆうべはどこだったの? 知ってる?
 ドリス 八時のニュースではラインランドって言ってたわ。
 パーシー ラインランド? ラインランドはこの間行ったところじゃないか。昨日夕食に誰も下りて来ないだろう? だから僕は分かったんだ、何かあるなって。グラーム大尉なんか僕のこと騙そうと思ってさ、「今夜は何もないよ、パーシー、貧しいながらも楽しき我家」なんちゃって。あの時にも僕はちゃーんと分かったんだ。あ、こりゃ何か隠してるなって。伯爵も一緒に行ったんだろ、な?
 ドリス ええ、行ったわ。
 パーシー 今朝どう? 伯爵。元気?
 ドリス まだ帰って来ないの。
(間あり。パーシー、ぎょっとしてドリスを見つめる。)
 パーシー まだ帰って来ない?
 ドリス 勿論今頃どこか強制着陸しているのよ、多分。
 パーシー そりゃそうに決まってる。僕が保証するよ。あんな汚い奴らに砲撃されてたまるかってんだ。あの伯爵じゃないか。
 ドリス だけどね、パーシー、もし強制着陸していたら、もう今頃にはここに連絡が届いていなきゃならない筈なの。
(また間あり。)
 パーシー クー。悪い話になっちゃった。ご免、カウンテス。
 ドリス いいの、パーシー。
 パーシー しょっ中みんな出撃して行くんだけどな、必ず帰って来てた。帰って来ないなんてあり得ないと思っちゃってたよ。そりゃ時々ラジオで「帰還失敗の爆撃機あり」なんて言うけどさ、この基地でそんなことあるとは思っていなかったな。クー、こいつは考えちゃうなあ。(ラウンジへの扉のところで、困ったように立って。)何か僕に出来ることは? カウンテス。ジンライムか何か・・・
 ドリス いいえ、結構。
 パーシー ジン、あるかどうか見て来るけど?
 ドリス いいの、パーシー。ありがと、お気持ち。
(コーヒールームからミスィズ・オウクス登場。彼女を見てパーシー、慌ててラウンジに退場。)
 ミスィズ・オウクス 何か知らせは? カウンテス。
 ドリス いえ、まだ。何か入ったらすぐこちらに知らせるって、中隊長が言ってくれてるけど。
 ミスィズ・オウクス 大丈夫、帰って来るわよ。ここ、寒くない? カウンテス。火をつけましょうか?
 ドリス いいえ、結構。いい天気だもの、ほんとに。夏みたい。
(ピーター、玄関から入って来る。)
 ミスィズ・オウクス あら、カイルさん。庭を見て下さっていたのね。お気に召しましたか?
 ピーター(おざなりに。)ええ、大変。ミスィズ・グラームはまだ部屋に?
 ミスィズ・オウクス ええ、姿を見ていませんから、きっと。
 ピーター でももう昼食の時間じゃないですか。
 ミスィズ・オウクス ええ、丁度十二時。
 ピーター すみませんが、ちょっと行って・・・(見て来て下さる訳には行きませんでしょうか。)(途中で言い止める。)
 ミスィズ・オウクス ちょっと行って・・・何ですか、カイルさん。
 ピーター いえ、何でもありません、待ちます。(坐る。)
(ミスィズ・オウクス、事務室に退場しかける。)
 ピーター(突然。)ウイスキーソーダをお願いします。
 ミスィズ・オウクス それは私の仕事ではありませんわね。(ラウンジドアに進み、呼ぶ。)パーシー!
 パーシー(ラウンジドアに現われて。)お呼びですか?
 ミスィズ・オウクス カイルさんにウイスキーソーダ。
 パーシー 分かった。だけど、ウイスキーはないよ。
 ミスィズ・オウクス(ピーターに。)ウイスキーはありません。
 ピーター じゃ、ブランデーは?
 ミスィズ・オウクス(パーシーに。)ブランデーだったらどうなの?
 パーシー あります、マーム。
 ピーター ブランデーソーダよ、パーシー。
 パーシー はい、分かりました。
(パーシーの頭、隠れる。)
(ミスィズ・オウクス、事務室の方に進む。)
ミスィズ・オウクス この次に飲み物を御注文なさる時は、御面倒でもその呼び鈴を押して戴きます、そこの「ウエイター」とある。
(ピーター、返事をしない。)
(ミスィズ・オウクス退場。)
(ピーターは何か鉛筆書きの四、五枚の紙片を読んでいる。どうやら手帳のページを引き千切って書いたと思われる紙片。パーシー、ブランデーソーダを持って登場。)
 パーシー ブランデーソーダです。二シリング十。
 ピーター(見上げて。)何? ああ。(二枚コインを盆の上に投げる。カチンと音がする。)お釣りはいい。
 パーシー 有難うございます。どうも、本当に。
(パーシー、ドリスに近づき、彼女の手に何かを置く。)
 パーシー カウンテス。
 ドリス 何? これ、パーシー。
 パーシー ビーリー。インドの神様。ノミの市で買って来た。それを右手で握るんだ。そうすりゃ何でも望みが叶う。
 ドリス そう。(右手でそれをちょっと握る。そして返す。)有難う、パーシー。
 パーシー いいんだ、取っといて。自分のものでないと効き目がないんだ。
 ドリス あなたはいらないの?
 パーシー うん。そっちが持ってた方がいい。だってそうだろ。伯爵は今頃もう、あっちに連行されてるかも知れない。そしたら捕虜だもん。
 ドリス 捕虜。それが一番厭なことだわ、私。
 パーシー どうして? 捕虜ならそんなに悪くないじゃない。
 ドリス ポーランド人はただの捕虜として扱わないのよ、ドイツの奴ら。
 パーシー(間の後。)カーッ。豚野郎だ、あいつら。
(パーシー退場。)
(ピーター、紙片をポケットに突っ込み、立ち上がる。階段を見上げ、苛々と時計を見る。ここで突然、始めてドリスに気付く。咳払いをする。)
 ピーター ミスィズ・オウクスから話を聞きました。旦那様、大変ですね・・・
 ドリス 有難う、カイルさん。でも私、諦めてはいませんわ。私、何時でも言ってるの、命がある限り、希望があるって。
(この時までにスワンソン、急ぎ足で登場してきている。ドリス、ピーターの肩越しにスワンソンに気付く。最後の言葉を言う時、ドリスの声弱くなる。ピーター、振り返る。)
 スワンソン お早う、カイル君。ちょっといいかな。カウンテスと二人だけで話したいんだ。
 ピーター ああ、どうぞ。(ラウンジドアに進む。)ミスィズ・グラームが下りて来たら、お伝え願いたいんですが、私が会いたいと。非常に急な用件で。重大なことなんです。
(ピーター、ラウンジに退場。)
(スワンソン、ドリスを見ない。ドリスの方はスワンソンから目を離さない。)
 ドリス(稍あって。)さあ、話して頂戴。
 スワンソン 言い難いのですが、これはちょっと悲しい事態で・・・
 ドリス 構いません。悲しい事態だということはもう分かっています。話して下さい。
 スワンソン 御主人の乗った飛行機から今朝早く連絡はあったのです。四時二十五分頃です。簡単な電文です。海上に強制着陸中。そして続く十分間、コールサインの発信がありました。それでこちらでは着水地点のかなり正確な位置を推定出来ました。それから発信音が消えました。海空保安部隊はこの情報を受け、今朝夜明けと共に偵察機と戦艦数隻を捜索に出しました。で、今から三十分前に彼らから連絡が入りました。推定地点から三マイルと離れていない場所に、ウエリントン爆撃機の残骸を見付けたと。従って状況から考えてどうやら・・・(言い止める。)まだ捜索は進行中です。爆撃機にはゴムボートが備えてあります。従ってそれに乗り、何かの船に救助され、その船が無線機あるいは何か我々に連絡する手段を装備していないという可能性があります。
(ドリス、首を振る。)
 ドリス 気休めは考えない方がいいわ。心の準備は出来ています。ジョニーは死んだんだわ。
 スワンソン(自動的に。)勇気がおありになります。
 ドリス ゆうべからその言葉、二度目ですわ。でも勇気なんかじゃありません。ただ・・・準備が出来ている、それだけですわ。
(パトリシア、階段を下りて来る。)
 ドリス 面倒をお掛けして申し訳ありませんでした、中隊長。悪い知らせを伝える、嫌なお仕事ですもの、お察しします。
(ドリス、階段の方を向き、下りて来るパトリシアと顔を合わせる。)
 ドリス ハロー、パット。
 パトリシア 終のところ、聞いちゃったの。ジョニーのことなの?
 ドリス そうよ。海にぼちゃんと行ったエス・シュガーの残骸を見付けたの。まともに食らっちゃったみたい。
 パトリシア まあ、本当にお気の毒。
 ドリス そう。そう思って下さるでしょう。(訳註 つっけんどんに言う。)
 パトリシア 私に出来ること何かないかしら。
 ドリス ないわね。でも、お気持ち有難う。(訳註 つっけんどんに。)
(ドリス、階段を上がって退場。)
 パトリシア どう言ったら慰めの言葉になるのかしら、こんな時。チグハグだわ、私ったら、(苦い調子で。)「まあ、本当にお気の毒。」
 スワンソン それがやっとのところじゃないですか。
 パトリシア 希望は全くないんですか。
 スワンソン 公式には「希望あり」です。でも非公式には・・・(首を振る。)あの人は非公式の見解の方を取りました。その方がいいと私も思います。さてと、もう行かなければ。日曜日の新聞がまだ来てなくて。私が村まで取って来てやると言って来たもんだから。
 パトリシア 村に日曜日でも開いている薬局があるかしら。
 スワンソン 必要なら閉まっていてもどこか戸を叩いて開けて貰いますけど・・・何故ですか。
 パトリシア テディーの腕の傷なんですけど。いらっしゃるんでしたら、乗せて行って下さいません?
 スワンソン ええ。でもちょっと五分ほど待って下さい。一旦基地に帰って来ないと。
 パトリシア 勿論どうぞ。いらっしゃる時にお願いします。
 スワンソン 大急ぎで帰って来ます。(扉のところで。)腕、どんな具合です?
 パトリシア 今のところ大丈夫ですけど。消毒はしておかないと心配で。
 スワンソン 傷のこと以外ではどうですか、彼は。
 パトリシア ちょっと疲れたようです。ゆうべのあれ、ただ「行って来るの」ではすまなかったらしくて。
 スワンソン ただ「行って来るの」・・・空軍流の言い方に慣れましたな。さて、すぐ戻って来ます。あ、そうだ。さっきカイル君があなたに用があると言っていました。(ラウンジを指さす。)あそこで。重大な用件だと。
 パトリシア ああ、すみません。
 スワンソン すぐすませて来ます。
(スワンソン退場。)
(パトリシア、ラウンジの方を見る。決心がつかない様子。それから回れ右をして階段の方へ進む。ラウンジドアが開き、ピーター登場。パトリシア、階段の半ばで立ち止り、ゆっくり振り返る。)
 パトリシア ピーター、お願い。私、会いたくないの。言ったでしょう・・・
 ピーター 会いたくない? 何だ、それは。
 パトリシア 今は駄目。いつかロンドンに行くわ。その時に会う。その時に説明するわ。
 ピーター 説明? 何をだ。
(パトリシア、ゆっくりとピーターの手にある手紙を顎で指し示す。)
 ピーター 手帳からちぎった紙にちょこちょこっと書いて、朝の紅茶と一緒にベッドにことずけて、そんなことで僕が朝一番の汽車でロンドンに帰ると思っているのか。そんなことで僕が君の人生から永遠に消えてしまうと思っているのか。そんなことで僕が、「これでいいんだ、これが一番いいんだ」と諦めると思っているのか・・・(苦く。)僕なのか、君なのか、どっちなんだい、映画の世界に住んでいる人間は。
 パトリシア ロンドンにはいつか行くつもりだった。ここでは書いて出すしか方法がなかった。とても口では無理だった。書いたら少し整理がつくかとも思った。今でも口では駄目だわ。でもただ手紙にしたのはいけなかったわ、ピート。私、勇気がなさ過ぎたわ。
 ピーター 君、じゃあ、この手紙を本気に受け取れって言うのか。
 パトリシア ええ。
 ピーター 本気に受け取れば、これはこうなんだ。(紙片を引きちぎる。)こんなこと二度とさせんぞ。決してだ。それから何かの具合でまたこんな気になったら・・・ここに書いてある、「良心」か何か知らないが・・・僕のところに来るんだ。手紙ですまそうなんて、それもホテルのメイドを使って、そんなのはまっぴらご免だ。目が覚めた時、こんな酷い目にあったのは、これが初めてだ。
(パトリシアに背を向け、煙草に火をつける。その手、震えている。)
 パトリシア 分かって頂戴、ピート。私、冗談でこんなことしようとしているんじゃないの。
(ピーター、振り返る。)
 ピーター こんなこととはどんなことだ。
 パトリシア あなたと別れること。
(間あり。ピーター、信じられないという表情でパトリシアを見つめる。)
 ピーター 別れる? 馬鹿なことを言うのは止めるんだ、パット。
 パトリシア 私、あなたと別れるのよ、ピート。
(ピーター、煙草を口からはずし、パトリシアの方へ一歩踏み出す。)
 ピーター 何故だ。
 パトリシア 書いた通り。テディーに私が必要なの。
 ピーター 僕には必要じゃないとでも言うのか。
 パトリシア あの人、私の夫なの。
 ピーター(苦く。)そいつはよかった。(背を向ける。やっとのこと自制出来ているのが見て取れる。再びパトリシアの方を向いた時は、微笑もうと努めている。)君が書いた文章でいけば、夫の所に留まるのが義務だとあった。君は義務って書いたんだ。そうだな?
 パトリシア 分からないわ。よく覚えていない。
 ピーター 君は義務と書いたんだ。義務、彼に対する義務、僕に対する義務、君自身に対する義務、国家に対する義務。何に対する義務でもいいや。それに何の意味がある。ご免、パット、僕には分からない。本当に分からないよ。
 パトリシア あなたに分かると思ってなかったわ、ピート。
 ピーター 彼に対しては何も感じてない。君はそう言った。僕は覚えている。
 パトリシア そうだったかしら。
 ピーター(ぎょっとしてパトリシアを見る。彼女に進み寄る。)ゆうべ何があったんだ。何を発見したっていうんだ。
 パトリシア あなたには話せない。テディーに関することだけじゃないの。私に関することでもあったわ。今までに分かっていなかった何か。(絶望的に。)ああ、ピート、私には説明出来ない。書いてあったでしょう? 出来ないだろうって。
 ピーター(性急に。)でもやってくれなきゃ。
 パトリシア 出来ない・・・出来ないわ。
(パトリシア、振り返って行こうとする。 ピーター、追い付いてパトリシアの身体を回し、こちら側に向ける。)
 ピーター 説明するんだ。僕と別れようとしている、それは何故なんだ。
(パトリシア、無言。)
 ピーター 君は僕と別れようとしている。それが僕にとってどういう意味か、君には分かっているだろう? そこここに転がっている、叩き潰せば壊れるような、そんな代物じゃないんだ。これは決定的に重要なことなんだ。
 パトリシア 違うわ!
 ピーター 何だって?
 パトリシア 重要じゃないの。私達、重要だと思っていた。でも違うの。とにかく、今は違うの。そのことだわ、ゆうべ私が発見したのは。(自信なさそうに言い止める。)
 ピーター(静かに。)それで?
 パトリシア 私ゆうべまでは、世の中のことなんかすっかり分かっていると思っていた。私は確かに一度大失敗をした。それはあなたから逃げて行った事、それも馬鹿な理由で。道徳はこう教えているから、世間の人がこう言うだろう、ああ思うだろうなんて馬鹿な理由で。だから私は決心したの。もうこんなことはしない、決して。私のこの決心はあなたにも分かっていた筈。私達個人の幸福はずっとずっと大事なもの。戦争とか、結婚の誓いのような外の世界に決して影響されてはいけないもの、そう思っていた。
 ピーター そうだよ、パット。ずっとずっと大事なものなんだ。
 パトリシア いいえ、ピート、大事じゃないの。あそこで(窓の外を指さす。)起こっていることに比べたら、とても小さな・・・いいえ、小さいどころじゃない、安っぽいことなんだわ、残念だけど。私、こんなこと信じたくない。卑怯者なんですもの。でも私、運が悪かったわ。急にはっと気がついてしまったの。今、私達、戦争をしているんだって。それで私・・・
 ピーター 離婚は出来ない。
 パトリシア ええ。
 ピーター 英雄的行為だ。
 パトリシア 英雄的? ご免なさい、そんな風に聞こえたら。私の気持、それから一番遠いんだけど。
 ピーター(間のあと。)いいかい、パット。君は僕を愛していると言ってる。僕にはそれが本当だと分かっている。そして僕も君を愛している。いや、愛以上だ。君が必要なんだ。だから今君が僕から去って行けば、僕は何をするか分からないぞ。これは映画の台詞じゃないんだ、パット。こんな時に男が言う言葉、それには嘘はないんだ。僕は本当に自分が何をやり出すか見当がつかない。
 パトリシア ああ、ピート・・・(ピーターの両肩を掴む。)
 ピーター 行こう、パット。ここを出て行くんだ。テディーのことは忘れるんだ。
 パトリシア(ピーターから離れて。)それは駄目。
(長い間。)
 ピーター(やっと。)君、何か忘れてはいないか?
 パトリシア 忘れてる?
 ピーター 僕はもうやけっぱちなんだ、パット。君を失わない為だったらどんなことでもやってのける。
 パトリシア(事実を平坦に述べる調子。)いいえ、ピート、あなたはそんな人じゃないわ。
 ピーター テディーはどこにいる。
 パトリシア 二階。
 ピーター 上がって、あいつに言って来るんだ。僕と出て行きますって。(呼ぶ。)パーシー!
(パーシー登場。)
 パーシー 何か?
 ピーター グラーム大尉のところへ行って、私が用があると言ってくれ。
 パーシー はい。(階段の方に進む。)
 ピーター 重要な用件だとな。
 パーシー はい、分かりました。
(パーシー退場。)
 パトリシア(静かに。)私、あなたのことを愛してないって(言おうと思えば)言えるのよ。
 ピーター 愛していることはすぐ証明出来るさ。
 パトリシア あなたがあの人に何を言おうと、私あの人から去っては行かないわ。
 ピーター テディーの方が去って行くのさ、それを聞いて。
(間。)
 パトリシア 話したりしないわね、ピート。
(スワンソン、玄関から登場。)
 スワンソン 用意はいいですかな、ミスィズ・グラーム。お暇は取らせなかったでしょう?
(パトリシア、ピーターを見つめながら、ゆっくり頭をスワンソンの方に回す。)
 パトリシア え? ええ。お早かったわ。
(パーシー、階段を駆け下りて来る。)
 パーシー グラーム大尉はお風呂でした。すぐ行きます、とのことです。
 ピーター そうか、有難う。(パーシーに半クラウン硬貨を投げる。)
 パーシー あ、有難うございます、どうも。
(パーシー退場。)
 スワンソン さあてと、もう出た方がいいな。薬局のおっさんが昼飯にでも出掛けるとまずい。
 ピーター さあ、どうでしょう。ミスィズ・グラームは今は行けないんじゃないでしょうか。どうですか、ミスィズ・グラーム。さっきここに用があると言いませんでしたか?
(間。パトリシア、コート掛けの方に進む。)
 パトリシア いいえ、ここには用はありません。テディーの薬を買いに行きます。
(スワンソン、少し「奇妙だ」という表情。パトリシアのために扉を開けて待つ。)
 スワンソン こちらに用がおありでしたらどうぞ。薬は私が買って来ますけど?
 パトリシア ええ、御親切に。でも私、御一緒にまいります。
(ピーター、パトリシアを見つめている。パトリシア、ちょっとの間、目を合わせる。それから振り返り、さっとドアから出る。スワンソン、後に続く。)
(ピーター、一人残されて、煙草に火をつける。戸外からダスティーとモーディーの声がする。ピーター、窓枠の席に行く。ダスティーとモーディー登場。)
 ダスティー そう言うけどね、エラ叔母さんは問題ない筈だよ。ちゃんとつきあってさえいれば、叔母さんちっとも悪くないよ。
 モーディー あなたはね、デイヴ、一緒に暮らさないからそんなことが言えるのよ。
 ダスティー ちょっとしたコツなんだ、モーディー。コツを飲み込めばいいんだよ。
 モーディー(しっかりと。)フライパンで殴ってやるのよ。それしかないわ、あんな人。
 ダスティー そいつはまずい態度だ。な、だから、僕の言ってるのは・・・(ピーターが隅に坐っているのに気がついて。)あ、お早うございます。
 ピーター(ぶっきら棒に。)お早うございます。
 ダスティー いい天気ですね。
(この時までにモーディー、部屋を横切って階段を上がりかけている。)
 ダスティー どこへ行くんだ、モーディー。
 モーディー 部屋よ。荷造りしなくちゃ。
 ダスティー 何だい、モーディー。荷造りなんていいじゃないか。時間までまだたっぷりある。バスは一時に出るんだから。
 モーディー 私、乗り遅れたくないの。
(ダスティー、モーディーを追いかけて階段を上がる。)
 ダスティー 乗り遅れはしないよ、モーディー。保証するよ。
 モーディー 今荷造りしないと乗り遅れるわ。
 ダスティー 荷造りったって、何もないじゃないか。寝巻と歯ブラシと・・・
(モーディー退場。)
 ダスティー(ピーターに。)女って奴は!
(ダスティー退場。)
(ピーター立ち上がり、ラウンジドアに進む。ドリス、階段の踊り場に登場。)
 ドリス カイルさん?
(ピーター、振り向く。)
 ピーター 何ですか。
 ドリス 外国語、お強いかしら。
 ピーター フランス語、スペイン語、それに少しドイツ語ですが。どうしてですか?
 ドリス これ、何語で書かれているんでしょう。(ピーターに手紙を渡す。)ポーランド語ではないってことだけは分かるんですけど。
 ピーター(手紙をちょっと見て。)フランス語です。
(手紙を返す。)
 ドリス ああ、そうだわね。ポーランド語と同じくらいフランス語は話したもの、あの人。きっと他人(ひと)に訳して貰うにはその方が便利だと思ったんだわ。
 ピーター 御主人からの?
 ドリス ええ。置き手紙。あの人に何か起こった時に読めって。おかしいわ、あの人から貰った手紙ってこれしかないんだわ。(手紙を見て、「難しい」というように眉を寄せる。)フランス語、お出来になるのね。読んで下さらないかしら。
 ピーター すみませんが、今はちょっとそんな気分でなくて。
 ドリス あ、それならいいんです。誰か他の人を捜しますから。
(ピーター、ドリスから手紙を取る。)
 ピーター 失礼、僕が悪かった。
 ドリス 有難う、カイルさん。御迷惑をおかけしてすみません。それから、何か都合の悪いことがありましたら、お願いします、誰にも言わないで。
 ピーター 言いませんよ。
 ドリス 勿論そんなこと言う方じゃないわ。じゃ、お願いします。
 ピーター 出だしは、「この手紙を誰かに訳して貰うことが・・・」
 ドリス 親愛なるドリス、とか何とか、そういう言葉で始まってはいないの?
 ピーター ええ。
 ドリス フランス語で親愛なるっていうのがシェールでしたわね。それだけ、私が知ってるフランス語。いいわ。じゃ、続けて。
 ピーター(ゆっくりと訳してゆく。)「この手紙を誰かに訳して貰うことが君には必要になるだろう。君に言いたいことを君の言語で表現するのは私にはまだ無理なのだ。しかし私は君に礼を言わないで去ることは出来ない。君の親切と献身がこの私にどんなに深い意味をもって・・・いるかを。」
 ドリス お世辞。
 ピーター 「妻と息子をワルシャワで殺害されて以来・・・」
 ドリス 丁度ワルシャワを去ろうという時に、ナチの機関銃で撃ち殺されたの。
 ピーター 「私に、再び感じることを考える・・・」ここは少し難しいな。多分こういうことでしょう。「私が再び、人間らしい感情を持つなどとは思いもよらなかった。」正確な訳とは言えないですが、こんなところ・・・
 ドリス よく分かるわ。それから?
 ピーター 「私は唯一の考えを持ってこの国にやって来た。ドイツ軍とあくまで戦い、戦場において死ぬこと。この死を私はずっと捜し求めていたのだ。しかし、知らない国で暮らすことは容易ではなかった。私に理解出来ないその習慣、言語、ユーモア。最初は耐えがたく思われた。そしてそれはずっと続いたろう、もし私が幸運にも、君に、私の愛する妻に会わなかったら。」
 ドリス 「愛する」って、シェール?
 ピーター いいえ。ビアン・ネメ。「よく愛されている」。
 ドリス ああ。次は?
 ピーター 「私はワルシャワで失ったものを、君の中に見付けた。私はこのお互いの理解と同情が・・・」同情、サンパチ、というのは、フランス語では同情とは違うんです。もっと親しみのこもった何かですが、訳すのは難しくて。
 ドリス ええ。感じは分かるわ。
 ピーター 「お互いの理解と同情が強く、且つ永遠のものであり、お互いに言葉で理解出来なくても、理解しあっているものと考えた。私は君に心から感謝を述べる。そして、君に別れを告げる今、愛惜の情で胸が詰まる。私の為に払ってくれた君の犠牲、それになんとしても報いたかった。君は私の為に、ホテルの支配人という経歴を棒にふったのだから。」
 ドリス ホテルの支配人?
 ピーター オトゥリエール。
 ドリス 私、バーで働いていただけよ。支配人だなんて。最初あの人に会った時、私、バーのカウンターのうしろにいた。プルボローのクラウンホテル。そこへあの人やって来て、道に迷ってしまったって言ったの。ただ、誰もあの人の言っていることが分からなかった。私、ついて行ってやったの。家に辿りつくまで。さよならする時、あの人、私の手にキスしたわ。それから後、よくクラウンホテルに来るようになった。大衆バーの方。どうしてか私には分からない。ホテルの支配人だなんて。ジョニー流ね、その書き方。最初から最後まで。ご免なさい。それから?
 ピーター 「君の犠牲、それになんとしても報いたかった。・・・戦争が終わって、君をポーランドに連れて行く。そうすれば、君からの物質的負債のいくらかは返すことが出来るかも知れなかった。勿論その他の負債は返す術(すべ)もないが。さようなら、親愛なる我が妻。私は永遠に君を愛す。」
(ピーター、訳し終わる。手紙を畳み、封筒に入れ、ドリスに返す。)
 ドリス あんがと。
(ドリス、手紙をバッグに入れ、立ち上がる。こっそり鼻をかむ。階段の方へ進む。ピーター、新しい煙草に火をつける。わざとドリスの方を見ないように。)
 ドリス 今の御親切、忘れませんわ。とても素敵な翻訳にして戴いて。(踊り場まで来て。)最後のところ、わざと加えて下さったんじゃないかしら。
 ピーター いいえ。ちゃんとそうなっています。誰にでもお頼みになって見て下さい。
 ドリス 有難う、カイルさん。私、それを信じるわ、今のところ。
(ドリス退場。)
(ミスィズ・オウクス、コーヒールームから登場。 片方の腕にシーツを何枚か載せている。階段のところまで来る。屈んで、ちぎられた紙屑を拾う。ピーターがパトリシアとやりあった時ちぎったもの。)
 ミスィズ・オウクス(「困ったこと」というように舌打ちして。)何ですか、この紙屑。蹴って遊ぶつもり?
 ピーター それは私が・・・(ミスィズ・オウクスから紙屑を取り、ポケットに突っ込む。)
 ミスィズ・オウクス 紙屑籠はその為に用意されているんですからね、カイルさん。それに、廃品回収ということもあるんです。いいですね。
 ピーター すみません。私がいけませんでした。散らかして。
(ミスィズ・オウクス、階段を上がる。そこで走り下りて来るテディーに会う。テディー、通常の軍服・・・戦闘用のでない・・・を着ている。)
 テディー ハロー、おばちゃん。いつ会っても魅力たっぷり。そうだ。ゆうべは貯蔵庫の卵とベーコンに大穴を明けさせてしまったな。悪かったよ。
(ミスィズ・オウクス、はっとなってピーターの方を振り向く。)
 ミスィズ・オウクス ということは、ソーセージっていう意味ね、多分。
 テディー 正解だ。ソーセージ。うまかった。
 ミスィズ・オウクス お気に召して良かったわ。本当に。
(ミスィズ・オウクス、階段を上がって退場。)
 テディー(ピーターに。)何か僕に用があるっていう話だったけど・・・そう?
 ピーター うん。そう。
 テディー その前にビール一杯頼んでいいかな。ちょっと喉が乾いて。
 ピーター ええ。どうぞ。
 テディー そちらは?
 ピーター いや、いらない。
(テディー、ラウンジドアに行く。)
 テディー どうもこのグラーム君は飲み助でね。(呼ぶ。)おーい、パーシー。ビールだ。すぐにだぞ。
 パーシー(舞台裏出。)はい、グラーム大尉。
 テディー(ピーターに。)ジョニーはまずいことになっちまったな。
 ピーター ええ。残念なことに。
 テディー ジョニー。あいつはたいした奴だった。一級品だった。(間。)ポーランド人ていうのは、我々とはちょっと違う。連中は大抵狂ってる。ドイツの奴等と一戦交えている時が一番幸せなんだからな。
 ピーター あなたにはそれが当て嵌まらない?
 テディー そう。連中程にはね。正直なところ、一戦交える時は少し怖くなるね。
(パーシー、半パイントのビールを持って登場。)
 テディー ああ、来た来た。(一口ガブッと飲む。)これはつけといてくれ、パーシー。
 パーシー はい、大尉殿。
(パーシー退場。)
 テディー よーし、カイル。ぶっぱなすんだな。こっちは準備完了だ。
(ピーター、答えない。)
 テディー さあやれ。僕に言いたいことって何なんだ?
 ピーター なしです。
 テディー なし? なしとはどういう意味だい?
 ピーター なしです。ただ、さよならを言おうと。私は今から発つんです。
 テディー ああ、そりゃ残念だ。だけど、パーシーは何か大事な用件だと言っていたんだが。
 ピーター 取り違えたんです、多分。大事な用件とは言えませんね、これは。
 テディー(まづい事を言ったと後悔して。)ああ、それは本当に残念だ。僕はその、つまり、そんなつもりで言ったんじゃ・・・えー、また来てくれるよな、ここへ。
 ピーター いや。二、三日中に船でアメリカ行きです。もう二度と会えないでしょう。
 テディー 映画スターになりたかったな。
 ピーター そう?
 テディー ファンに追い掛けられながら世界中を気違いのように飛び回る。金は稼ぎ放題。どこへ行こうと、魅力溢れる女性達が、次から次と押し掛けて来る・・・
 ピーター 見かけほど面白おかしいものじゃないけど。
 テディー しかし、それで困るってことはないだろう? あ、そうだ。忘れるところだった。(ポケットをあちこち探り、手帳を取り出す。)ここに何か書いてくれないかな。
 ピーター ちょっとそれは勘弁して欲しい。悪いですが。
 テディー 勘弁してくれ? どういう意味なんだ、それは。僕に対する悪意と取っちゃうぞ。
 ピーター それは違います。ただ何て書いたらいいか・・・
 テディー 何でもいいんだ。出来れば人に自慢出来るやつがいいな。我が生涯の友へ、だとか、今までに会った誰よりも潔白な男、テディーに、とか・・・そうだ、これはどうだ・・・不屈の男、大空の荒鷲、テディー・グラームへ、その友、誠実なる讃美者、ピーター・カイルより・・・
 ピーター(突然、自制心を失って。)止めてくれ! お願いだ!
(テディー、ぎょっとする。間。)
 テディー すまない。僕のユーモアのセンス、ひねくれてた。
(ピーター、ひったくるように手帳を取り、急いで何かを書く。そしてテディーに返す。)
 テディー 有難う。(読む。)ああ、どうも有難う。こいつは空軍のモットーなんだが、・・・ここだけの話、実は、僕には意味不明でね。
 ピーター 私にも意味不明。
(テディー、手帳をしまう。)
 ピーター 突然怒鳴ったりしてすまなかった。今朝はどうも身体の具合が悪くて。
 テディー(同情を込めて。)うん。確かに顔色が良くない。とても甘い二枚目、銀幕の恋人、には見えない。(はっと自分の口を手で抑えて。)失礼。これは禁句か?
 ピーター ええ、まあ。私はもうとし。で、それはあんまり思い出したくない事なんです。
(外で車の扉が閉まる音がする。パトリシア登場。扉を入った場所に立つ。)
 テディー ハロー、パット。薬あった?
 パトリシア あったわ。言われた通りのものじゃなかったけど、薬局の人はこれも同じだからって。(包をテディーに渡す。)
 テディー どうも有難う。カイル、今日発つんだそうだ。知ってた?
 パトリシア ええ。聞いてたわ。
 テディー 二、三日中に船でアメリカ行きだ。いい身分だ。な?
 パトリシア ええ。(テディー、ビールを飲むのに専念する。間。ピーター、急に振り返り、階段へ進む。ミスィズ・オウクス、それと同時に階段を下りて来る。)
 ピーター(ミスィズ・オウクスに。)車を呼んでくれませんか。
 ミスィズ・オウクス 分かりました。今すぐですか?
 ピーター 今すぐ頼む。
 ミスィズ・オウクス やって見ますわ。
(ピーター退場。)
 ミスィズ・オウクス ひどく気分が悪そう・・・カイルさん。どうかしたのかしら。
 テディー ゆうべのホテルの食事、あれが原因だな、どうやら。
 ミスィズ・オウクス それは違います。あの肉だんご、私自分でも食べたんですからね。それで私は平気なんですから。
 テディー それは鉄の胃袋だからですよ。皆が皆そうとは限りませんよ。
 ミスィズ・オウクス グラーム大尉!
(ミスィズ・オウクス退場。)
(テディー、パトリシアの頬にキス。)
 テディー 君も顔色が悪いや、今朝は。大丈夫?
 パトリシア 大丈夫、私は。飛ぶの、今度は何時?
 テディー 分からない。二、三日はないんじゃないかな。あの尾翼を直している最中だからね。次に出て行く時は、きっと君はロンドンだ。
 パトリシア いいえ。ロンドンは止め。
 テディー(ビールをプッと吐く。)おいおい、僕は心臓麻痺を起こしちゃうぞ。君、ここにいるって言うの?
 パトリシア そうよ、テディー。あなたがその方がいいって言うなら。
 テディー 馬鹿だよ、その質問。もし僕がその方がいいっていうなら!(当たり前じゃないか。)ああ、何て素敵なんだ。いつまでいるんだい?
 パトリシア ずっと。
 テディー ずっと。・・・だけど、新しい芝居はどうするんだ。来週からリハーサルじゃないのか。
 パトリシア いいえ。あれは止めるの。正式に断わるわ。
 テディー 正式に?
 パトリシア ええ。
 テディー えーい、やったー。(ソファにどーんと坐る。パトリシア、じっとテディーを見つめる。微笑もせずに。テディー、はっと我に返って急にしょんぼりする。)ねえ、パット。君がそんなことを言うのは、あのせいじゃない?・・・あのせいじゃ?(僕があんなことを言ったから。)
 パトリシア いいえ、テディー。私あなたと一緒にいたいの。(この時までにパトリシア、薬局から買って来た包をほどいている。パトリシア、ヨードチンキの罎と包帯を持ってテディーに近づく。)今やった方がいいわ。
 テディー 分かったよ、看護婦さん。(袖をまくり、手首を出す。)僕はぎゃっと言うかも知れないぞ。
(パトリシア、手首にヨードチンキをつける。)
 パトリシア 痛い?
 テディー 全然だな。(突然。)いたっ! ディー・エイだ。
 パトリシア ディー・エイ?
 テディー あとから効いてくるってやつ。(Delayed action)
(パトリシア、手首に包帯を巻き始める。)
 パトリシア 私、こういうの、上手じゃないの。
 テディー 君は包帯なんかするには美人過ぎるんだよ。
 パトリシア テディー?
 テディー 何だい?
 パトリシア あなたったら、変なことばかり言ってるのよ。
 テディー そうかな。
 パトリシア 私達、結婚してもう一年近くになるのよ。
 テディー そうかな。
 パトリシア それなのに、お互いのことをあまりよくは知らないの。でしょう?
 テディー うん。まあ。だけど、僕の方は君のことをよく知ってるぞ。君だったら僕は、隅から隅まで知ってる。ただ、僕の方が謎の男だったんだ、確かに。だけどゆうべのことがあってからは・・・
 パトリシア ゆうべだけじゃ足りないの。もっとああいう話をして下さらなきゃ。それから・・・
 テディー それから?
 パトリシア それから、私を妻として扱って下さらなきゃ。人形としてじゃ駄目。
 テディー(ショックを受けて。)人形?
 パトリシア(ゆっくりと。)「提案。今後、グラーム大尉は、自分の妻の名前を一日に十度・・・何度だったかしら、とにかく・・・その回数以上発せざること。」
 テディー ええっ? 誰だ。誰からそんなこと聞いたんだ。
 パトリシア 誰でもいいの。
 テディー グローリアの奴。おしおきだ。
 パトリシア そんなことしないの。あの人、私が喜ぶと思ったの。それに実際私嬉しかった・・・ところもあるの。でも・・・でも、とにかく私の言いたいこと、分かるでしょう?
 テディー そうだ。僕は飾りをとっぱらわなきゃ。裸にして貰わなきゃ。確かに今までは、僕がいけなかった。
 パトリシア そうじゃないの。今までいけなかったのはあなたじゃないの、テディー。どちらかというと、私の方なの。
 テディー 何言ってるんだ。君の責任なんかじゃないよ、これは。
 パトリシア まあいいわ、そんなのどっちだって。ただね、 テディー、これからは努力しなければ、二人で。二人でよ。さあ、終。(包帯を終え、立ち上がる。)
 テディー 有難う。ねえ、パット。あの人形の話なんだけど、僕が最初君に結婚を申し込んだ時、君が承諾してくれるなんて僕は思っちゃいなかった。 だから承諾してくれた後でも、僕には全く自信がなかった。何か、どっちかが間違っているんじゃないかってね。それで僕はいつも、なんだか君が怖かった。一緒に暮らすようになってからもそうなんだ。ちょっとでも退屈させたら、もう大変なことになるってね。だから一生懸命君を退屈させないよう努力した。まあ、その結果はいつだってひどく退屈させることになったんだけど。だからあの人形の話、あれは正しいんだ。でもゆうべのことがあってからは・・・
 パトリシア ええ、あってからは?
 テディー うん。あってからは、僕は君が本当に好きになって・・・よく分からないけど・・・ま、とにかく、どうも君が怖くないんだよ、今。
(ダスティーとモーディー、階段を降りて来る。ダスティーはモーディーのスーツケースを持っている。)
 テディー お早う、曹長。胃の具合はどうだ?
 ダスティー 良くなりました、大尉殿。ただひどく腹ペコで。
 テディー ガソリンを入れる必要があるな。ハロー、ミスィズ・ミラー。今朝は如何ですか。
 モーディー ええ、有難う、大尉さん。さっきデイヴと散歩に行きました。あなたの機のウエリントンを見せてくれましたわ、デイヴが。
 テディー(ぎょっとなる。)えっ? 警備がいた筈だけど。どうやって?
 ダスティー 道路から見たんであります、大尉殿。まだ格納庫には入っていなくて。
 モーディー(非難する口ぶり。)あの飛行機、尾翼に大きな穴。このこと、知ってました?
 ダスティー(急いで。)当たり前じゃないか、モーディー。機長なんだぞ。それも老練な。
 モーディー(しっかりと。)知ってるわ。でもあなた言ったでしょう? 機長は前の方に坐っているもんだって。だからうしろで何が起こっているか分からないかも知れない。
 テディー そうです、ミスィズ・ミラー。うしろで起こっていることは普通私には分からない。でもそのことは分かっていました。
 モーディー これだけは知っていて下さらなきゃならないことだと思って。ですから申し上げたんですからね。随分危険なことじゃありませんか、あんな大きな穴を明けたりして。
 テディー 有難う、ミスィズ・ミラー、教えて下さって。今後気をつけることにします。
 モーディー それを聞いて安心しましたわ。
 ダスティー 大尉殿、どうもお恥ずかしいことをお聞かせ致しまして。これは飛行機のことをまるで知らないもんですから。
 テディー 構わないよ、ダスティー。うちのも全く何も知らないんだから。
 モーディー 私、飛行機のこと知ってるわ。どっちが味方でどっちが敵か、すぐ分かるんですから。
 テディー それはいい。そうだ、ダスティーにも奥さんぐらい、それを聞き分ける能力をつけて貰いたいな。
(最後のやり取りの間に、玄関の扉が静かに開いて、伯爵が扉の内側に立っている。飛行服の上着を脱ぐ。その下も完全な飛行用服装。但し、皺くちゃで汚れていて、湿っている。伯爵、辛抱強く皆の会話が終わるのを待って、それから口をきる。)
 伯爵 どうぞ・・・妻は・・・家ですか。
 テディー (叫ぶ。)ジョニー!
(全員、伯爵の方へ進む。)
 テディー ジョニー、このアホンダレ! だいたい、本当にお前なのか。大丈夫なのか。
 伯爵 はい・・・どうぞ・・・あんがと。
 ダスティー(握手しながら。)お見事だ、伯爵。お見事ですよ。すごい、すごい。お見事!
 テディー(呼ぶ。)ドリス!
 パトリシア(すぐにテディーを制して。)止めて! 私が呼びに行って来る。その方がいいわ。(階段を駆け上がる。)
 テディー(狂気のように。)ジョニー。ポーランド人て、こうなのか。悪い奴だ。一体全体どこにいたんだ、今まで。あれからどうなっちゃったんだ。どこにいたんだい。
 伯爵 どうぞ・・・私達、ぼちゃんと行った。
 テディー 知ってる。それは知ってる。ぼちゃんと行ったんだ。で、そこからどうやって抜け出したんだ。そいつが知りたいんだ。
 伯爵 どうぞ・・・今、話す・・・
(スワンソン、玄関から飛び込んで来る。)
 スワンソン(叫ぶ。)ジョニー、この大馬鹿野郎。大丈夫だったのか。どうしたんだ。(テディーに。)こいつの機の乗員全員、詰所に帰って来たんだ。それが全員、キャーキャー、キャーキャー、まるで猿の一群だ。 何を言っているか分かりはしない。分かることといったら、「どうぞ・・・私達、ぼちゃんと行った」だけなんだ。
 テディー ジョニーから聞いて分かったのも、まだそこまでなんだ。
 ダスティー しかしまだ我々は充分に彼に喋る機会を与えていませんから。
 テディー そうだ。全くそうだ。静かに、諸君! 静粛にしてくれ。さあ、ジョニー、発言権は君にある。君はぼちゃんと行った。次はどうなった?
 伯爵 私達、皿を下ろした。
 テディー 皿? まあいいや。皿を下ろして?
 伯爵 私達、皿の上・・・怪我なかった。そしてプーッ、プーッ。
 スワンソン プーッ、プーッ?
 伯爵(もどかしそうに。)プーッ、プーッ。
 テディー 分かった。皿はゴムボート。そいつを膨らましたんだ。
 伯爵 膨らます・・・そう。私達・・・(船を漕ぐ動作。)
 テディー 船を見付けた?
 伯爵 いいえ。
 ダスティー 泳いだ?
 伯爵(動作を繰り返して。)いいえ。私達・・・
 スワンソン ああ、漕いだんだ。
 伯爵 はい、あんがと。・・・私達、三時間、漕いだ。駆逐艦通る・・・見た。・・・遠く、遠く・・・「おーい、おーい」やった。・・・駄目。
 テディー 見張りの奴、昼飯を食ってたんだ。
 伯爵 また二時間・・・漕いだ。・・・そいから・・・出た。
 スワンソン 出た? ボートからか? 何故。
 伯爵 歩いた。・・・どうぞ。
 スワンソン 歩けっこないだろう、水じゃないか、下は。
 伯爵 はい。どうぞ。水、歩く。
 ダスティー 浅瀬になったんだ、きっと。
 伯爵 ひゃくそう・・・ひゃくそう・・・見た。
 スワンソン ひゃくそう? 何だろう。浜辺にある物か?
 伯爵 浜辺・・・違う。ごや(訳註 小屋のこと。)・・・の傍。
 スワンソン 何だろう。分からんな。
 テディー ああ、百姓だ!
 伯爵 そう、お百姓・・・いた・・・。ごやの中、電話ない。最初、お百姓、分からない。パラシュートで来た、思った。・・・敵だと。・・・でも分かった。ポーランド(腕のポーランドの印を指さす。)もう一人、お百姓、連れて来た。
 スワンソン おひゃくそう。
 伯爵 おひゃくそう。大きな車、持つ。私達、車、のせてもらう。電話、道路に見える。「止れ、止れ。」・・・私、基地に電話。私言う。「どうぞ、ミルチェスター、二十三。」あっち、言う。「どうぞ、三時間遅れ。ウインチェスター。」私、言う。「どうぞ、ミルチェスター。」あっち、言う。「どうぞ、ウインチェスター。」私、言う。「くそったれ。」そしてまた車、乗る。
 テディー それでここに着いた。どうぞ?
 伯爵 そう。あんがと。
 テディー よかったよ、ジョニー。
(ドリス、階段を降りて来る。伯爵、ドリスに進みより、キスする。)
 ドリス ハロー、ジョニー。私のところに帰って来たのね。
 伯爵(ドリスの手にキス。)心配・・・した?
 ドリス(微笑む。)いい、えー!(訳註 「いいえ」をのばして発音する。)あなた、どこにいたの?
 伯爵 どうぞ・・・私達、ぼちゃんと行った。
 ドリス それは分かってるの。それからどうなったの?
 テディー(哀願するように。)ドリス・・・頼むよ。今その話、やっとし終わったところなんだ。
 スワンソン そうそう。プーッと膨らませて、おひゃくそうに拾われて、車に乗せられて、あとはてんやわんやだ。
 ドリス いいわ。後でゆっくり聞くから。でもあなたよっぽど私に優しくしなくちゃ駄目ね、ジョニー。だって私にかけた心配を考えてみて。
(ここで突然モーディー、叫び声を上げる。)
 モーディー どうしよう! バス、乗り遅れちゃった。
 ダスティー カーッ。そうだった。
 スワンソン 大丈夫です、ミスィズ・ミラー。こんな場合には、バスなんか、構うことはないんです。
 モーディー でも私、構うわ。
 スワンソン リンカンまで送って行って上げますよ、私が。
 モーディー それは御親切に。でも私、セント・アルバンスに行くんですけど。
 スワンソン ああ、そうだ、グランサムの方がもっといい。あそこからはいくらでも汽車が出ているんだ。
 テディー そうだ。こういう手もありますよ、ミスィズ・ミラー。僕らが、飛行機に乗せて行って上げます。セント・アルバンスまで行ったら、そこからパラシュートで降りるんですよ。
 モーディー(疑わしそうに。)私、バスの方がいいわ。
 テディー これはパーティーをやらなきゃ駄目だな。パーシー!
(パーシー登場。)
 パーシー 驚いた! 伯爵!(駆け寄る。)クーッ。帰って来てよかった。どこに行ってたの!
 伯爵 どうぞ、私達・・・
 テディーとスワンソン ぼちゃんと行った。
 テディー パーシー、みんなにビールだ。俺達も手伝う。さあ、ダスティー、グローリアもだ。
(スワンソン、テディー、ダスティー、バーに入る。)
 ダスティー(入りながら。)すぐすむから。な、モーディー。
 モーディー だけど、デイヴ。バスが・・・
 ダスティー バスの話はあれで終なんだよ、モーディー。
(ダスティー、バーに入る。)
(ドリスと伯爵、バーの方向に進み、そこで立ち止り、キス。ミスィズ・オウクス、事務所から登場。)
 ミスィズ・オウクス おやまあ、伯爵! 驚いたわ! もうすっかり諦めてた時に!
(二人、握手する。)
 テディー(出て来て。)ドリス、君はジンライムにする?
 ドリス ええ、そうして。
(ドリスと伯爵、バーの方へ入りかける。)
 伯爵 どうぞ。私、汚い。入れない。
 ドリス ここにいるのだって、汚な過ぎるの。でも今回だけは私、許すわ。
(この時までにパーシー、ビール二杯持って登場している。それを右手のテーブルに置く。)
 パーシー ビーリー、効いただろ? カウンテス。
 ドリス 勿論ビーリーのお陰。本当に有難う。(パーシーを抱きしめ、その肩で泣く。)馬鹿ね、帰って来てくれたのに泣くなんて。
 パーシー いいや。それが当たり前よ。
 ドリス さあ、これ、返すわ。(ビーリーを差し出す。)
(ピーター、踊り場に登場。階段を降り始める。)
 パーシー いい。取っといて。ずっと効き目なしだったんだ、僕には。
 ドリス 有難う、パーシー。じゃ、戴くわ。また御利益(ごりやく)があるかも知れない。(二人、バーに入る。)
(ダスティーとスワンソン、バーから登場。二人ともビールを持っている。ダスティーはモーディーの為にポー
トワインを。この時までにピーター、フロントに達している。ミスィズ・オウクス登場。)
 モーディー こんなの飲むなんて、駄目よ、デイヴ。
 ダスティー 飲むんだ、モーディー。パラシュートで降りるんだろう? ポートワインぐらいひっかけとかなきゃ危ないよ。そうですね、中隊長。
 スワンソン そう。さあ、ミスィズ・ミラー、ちょっと羽目を外して!(訳註 乾杯の言葉。)
 モーディー そちらこそ!
(テディー、バーから飛び出して、階段の下から呼ぶ。)
 テディー パット、パット! 降りてこーい。大パーティーの始まりだぞ。カイル! 君もだ。(また走ってバーに戻る。)
(ダスティーとスワンソン、一緒に口笛を吹いている。)
 ミスィズ・オウクス(ピーターに。)結局、朝食代はつけていません。ほら、見て下さい。
 ピーター 分かりました。有難う。(料金を払う。)
 ミスィズ・オウクス ところで、部屋の物には、何も触らなかったでしょうね。
 ピーター ええ。それは。
(パトリシア、踊り場に登場。)
 ミスィズ・オウクス 今夜は二号室が開いてたんですけど。こんなに早く発たれるの、残念ですわ。
 ピーター ええ。(パトリシアに気付き、立ち止る。)仕事なもんですから。
(ピーター、帽子たてから帽子を取る。)
 ミスィズ・オウクス 有難うございました。またどうぞ。
 ピーター 有難う。
(ミスィズ・オウクス、事務室に入る。)
 パトリシア(階段から。)さようなら。
 ピーター さようなら、ミスィズ・グラーム。(退場。)
(スワンソン、モーディーに何か囁く。モーディー、げらげら笑う。パーシー、モーディーの為にもう一杯ポートワインを運んで来る。扉が開いた時に、バーから歌声が聞こえる。)
 パーシー ジョージ・フォーンビー!(不明。)
 モーディー(ポートワインを受け取って。スワンソンに乾杯の言葉。)ティンカティ・トン!
 スワンソン ティンカティ・トン!
 テディー(バーから登場。)ジョニーに歌わせようとしてるんだ。さあ、来るんだ、ジョニー。
(ドリス、ジョニーを押して登場。)
 テディー さあ、ジョニー、もう一回。
 伯爵 もう終。私、歌・・・駄目。
 ドリス(呼ぶ。)パーシー、来て。フレッドも。ジョニーが歌うわよ。聞いて。
(全員来る。ビールを持って。)
 スワンソン さあ、やるんだ、ジョニー。
 ダスティー どうぞ。伯爵。
(テディー、ジョニーを中央のテーブルに立たせる。)
 伯爵(歌う。最初の一行だけ全員と一緒。)
     空軍になんか入りたくない
     戦争になんか行きたくない
     ぶらついている方がよっぽど好き
     ピカデリーの地下街を
     貴族の女性に食わして貰って
(ミスィズ・オウクス登場。ジョニー、「食わして貰って」のところで、声、小さくなる。)
 ミスィズ・オウクス(厳しく。)静粛に。伯爵!
 伯爵(テーブルから降りる。)すみません・・・どうぞ。私のこと・・・皆が歌わせる。
 テディー カイルの奴、どこへ行ったんだ? あいつも入れてやらなきゃ。
 パトリシア(窓から。)もう発ったわ。
 テディー 発った? そりゃ残念。だけど、あいつなしでもいいや。さあ、パット。(片腕を伸ばしてパトリシアを誘う。来ないので一人で皆の輪に加わる。)
 スワンソン よし、いいか、みんな。全員一緒にだぞ。ミスィズ・オウクスは構うな。どうせ歌詞なんか、もう知ってるんだ。
     空軍になんか入りたくない
     戦争になんか行きたくない
(全員斉唱で歌う。パトリシア、これを眺め、暫く立った儘。それから前方に進み、輪に加わる。大声で歌っているテディー、パトリシアに腕を回す。)
                (幕)

 平成七年(一九九五年)三月三十日 訳了

http://www.aozora.gr.jp 「能美」の項  又は、
http://www.01.246.ne.jp/~tnoumi/noumi1/default.html





Flare Path was first produced at the Apollo Theatre, London, on August 13th, 1942, with the following cast:

COUNTESS SKIRICZEVINSKY    Adrianne Allen
PETER KYLE   Martin Walker
MRS. OAKES    Dora Gregory
SERGEANT MILLER    Leslie Dwyer
PERCY    George Cole
COUNT SKRICZEVINSKY    Herard Hinze
FLIGHT-LIEUTENANT GRAHAM    Jack Watling
PATRICIA GRAHAM    Phyllis Calvert
MRS. MILLER    Kathleen Harrison
SQUADRON-LEADER SWANSON    Ivan Samson
CORPORAL JONES    John Bradley

The play directed by ANTHONY ASQUITH.


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