裸 の 王 様

         エフゲーニイ シュヴァルツ 作
          能 美 武 功 訳
          城 田  俊  監修

     登場人物
   ヘンリー
   クリスチアン
   王女
   第一の女官
   第二の女官
   第三の女官
   鼻(鍋)
   父王
   愛情問題担当大臣
   村長
   指揮者
   家庭教師
   侍従
   靴磨き
   コック長
   仕立屋 一
   仕立屋 二
   侍僕
   軍曹
   総理大臣
   王
   道化
   女官 一
   女官達
   学者
   宮廷詩人
   士官
   群衆
   宮廷人 一
   宮廷人 二
   宮廷人 三
   女 一
   女 二
   乞食
   髭のない男
   髭の男
   パン屋
   パン屋の妻
   子供
   その父
   慌て者
   すり
   将軍
   式部官達
   
     第 一 幕
(草原。一面に花で覆われている。背景に王の城。草原には、豚が散らばっている。豚飼いのヘンリーが話をしている。織物師のクリスチアン――ヘンリーの友人――が草の上で考えながら座っている。)
 ヘンリー 子豚をお城の中庭に連れて行ったんだ。王様の焼き印を押して貰いに。豚の鼻面の上に王冠のある例の焼き印さ。子豚が泣いたのなんのって。聞いてるのが怖かった。そしたら上の方からね、「生き物を苛めるのはお止めなさい。あきれた人達ね。」って、声がしたんだ。丁度僕も怒鳴ろうとしていたところだったんだ。子豚が泣くのがやりきれなくってね。はっと上を見たら、ああ、そこに王女様がいらしたのさ。素敵な人、可愛い人。僕の心臓はひっくり返ったよ。僕はあの人と結婚する事に決めたんだ。
 クリスチアン 先月からずっとその話ばかりだ。これで百一回聞いたよ。
 ヘンリー なあ、本当に色白なんだ。僕は言った。「王女様、原っぱにお出で下さい。そして豚達が草を食べるのをご覧下さい。」王女様は、「私、豚が怖いの。」僕、「豚はおとなしいですよ。」王女様、「おとなしくないわ。ブーブー言うでしょう。」僕、「人の害にはなりませんよ。」なんだ、お前眠ってるのか。
 クリスチアン (眠そうに。)ねてる。
 ヘンリー (豚の方を振り向いて。)おい、豚達、僕の親愛なる豚君達よ。僕はそれからずっと、何時も夕方になると、この道を通う様になったんだ。王女様は窓辺に立って、まるで花のよう。僕は下の中庭に柱みたいにつっ立っている。両手で心臓を抑えつけて。そして繰り返し言うんだ。「原っぱにお出で下さい。」すると王女様、「私の見たことのない物があるかしら。」すると僕、「原っぱの花は綺麗ですよ。」すると王女様、「花ならお城にもあるわ。」すると僕、「いろんな色の石もあります。」すると王女様、「あら、面白そうね。」追っ払われない間にこんな風に色々と説き伏せるんだけど、どうしても上手くいかない。とうとう上手い手を見つけて僕は言った、「僕の所には、鈴のついた鍋があって、素敵な声を出して歌ったり、ヴァイオリンを弾いたり、ホルンを吹いたり、フルートを吹いたりします。其ばかりじゃなくて、誰の家では夕食に何を作っているか、教えてくれます。」すると王女様、「此処にその鍋を持ってらっしゃい。」すると僕、「いやです、王様に取り上げられちゃう。」すると王女様、「分ったわ。次の水曜日、原っぱに、丁度十二時に、お前の所に行こう。」僕は、クリスチアンの所に駆けつけたね。こいつに出来ない事なんてないからな。僕たちは鈴つきの鍋を作って・・・おい、豚達、豚君達! なんだ、お前らも眠って仕舞うのか。そうだなあ。聞き飽きたんだろうな。一日中この話しか、して居ないんだから、しようがないさ。惚れちゃったんだから。あっ、来た。(豚達を揺すって起こす。)起きろ、公爵夫人! 起きろ、伯爵夫人! 起きろ、男爵夫人! クリスチアン、クリスチアン! 目を覚ませ!
 クリスチアン うーん、何だって?
 ヘンリー 来たよ。ほら。色白さんが。小道の方から。(ヘンリー、右の方を指差す。)
 クリスチアン 何だって? どうしたって? ああ、本当だ。来た、来た。独りじゃないぞ。おつきの者がいる。おい、震えるのは止めろよ。そんなに怖がって居たら結婚なんて出来っこないじゃないか。
 ヘンリー 怖がって震えているんじゃない。恋しさに震えているんだ。
 クリスチアン ヘンリー、しっかりしろよ。 恋しくって、震えて、地面にばったり、なんてのは様にならないよ。娘っこじゃないんだろ。
 ヘンリー 王女様が来る。
 クリスチアン 来たってことは、詰まりお前は好かれてるって言うことさ。思いだすんだ。今迄何人の女に惚れたか、そして何時だって上手く行ったって事を。そりゃあの人は王女様だぜ。だけどやっぱり女の子なんだ。
 ヘンリー 大事なことは、凄い色白さんだってことだ。水だ、一杯飲ませてくれ。綺麗な人、可愛い人。僕は中庭に行く、するとあの人は窓辺に立っていて、まるで花の様。僕は中庭に柱みたいにつっ立っている。両手で心臓を抑えて・・・
 クリスチアン 静かにするんだ。大事なのはしっかりすることだ。結婚するんだって決めたが最後、あとには退くな。ああ、もうお前なんか当てにしない。お前は頭の回転の速い、勇敢な男だったんだがな。今じゃ・・・
 ヘンリー 怒るな。ほら、あの人が来る。
 クリスチアン 腰元達もだぜ。
 ヘンリー 僕にはあの人以外誰も見えない。ああ、僕の可愛い人。
(王女、女官達、登場。王女、豚飼いに近づく。女官達、傍に立つ。)
 王女 今日は、豚飼い。
 ヘンリー 今日は、王女様。
 王女 あら、何時も窓から、高い所から見ていたからだわね。もっと背が低いのかと思っていた。
 ヘンリー 僕は、背は高いです。
 王女 声も優しいのね。中庭から何時もひどく大声で私に叫ぶけど、それとは大違い。
 ヘンリー 此処では僕は叫びません。
 王女 お前の鍋を聴きに此処に来たって事、お城中知らない者はいない。 だって、大声で叫ぶんだから。今日は、豚飼い。(手を伸ばす。)
 ヘンリー 今日は、王女様。(王女の手を握る。)
 クリスチアン (囁く。)もっとくっついて、くっついて、ヘンリー。
 ヘンリー 王女様、なんて素晴らしい。怖じ気づくなあ。
 王女 どうして?
 ヘンリー だって、色白ちゃん、いい子ちゃん、かわい子ちゃんなんだから。
(王女、悲鳴を上げる。)
 ヘンリー どうしたの?
 王女 ほら、あの豚、こっちを憎々しげに見ている。
 ヘンリー どれ? ああ、あれ。こら、男爵夫人! あっちへ行ってろ。行かないと明日、殺して仕舞うぞ。
 第三の女官 ああ! (気絶する。)
(全ての女官達、彼女を取り囲む。)
 憤慨した声 不作法者!
   ――男爵夫人を殺すだって? 駄目よ。
   ――乱暴者!
   ――ひどいわ、男爵夫人を殺すだなんて。
   ――恥知らず!
   ――礼儀を知らないのよ。男爵夫人を殺すだなんて。
 第一の女官 (重々しく、王女に近づいて。)殿下、どうぞ、禁じて下さいませ。此の子豚奴がおつきの者達を侮辱してはならぬと。
 王女 第一に言っておきますが、この人は子豚ではないわ、豚飼いよ。第二に、お前はどうして私の腰元達を馬鹿にするの?
 ヘンリー どうぞ私の事を、ヘンリーとお呼び下さい。
 王女 ヘンリー? 面白いわね。私はヘンリエッタって言うのよ。
 ヘンリー ヘンリエッタ? 本当? 僕はヘンリー。
 王女 ね、いいでしょう? ヘンリー。
 ヘンリー 本当だ。こんなことってあるんだね、ヘンリエッタ。
 第一の女官 畏れながら申しあげます、王女様。ここなる者、王女様のお話しの相手を務めおる此の者は、明日男爵夫人を殺すと申しておりますが。
 王女 ああ、そうそう。ヘンリー、お前、どうして明日男爵夫人を殺すの?
 ヘンリー 食べる物は腹一杯食べて、充分太りましたから。
 第三の女官 ああ! (再び気絶する。)
 ヘンリー 此の人何故しょっ中でんぐり返っているんだい?
 第一の女官 お前さんが豚と呼んで殺してやると言ったその本人、男爵夫人があの人。
 ヘンリー そんな事言ってやしない。この豚、これが男爵夫人、こいつを明日おとしてやるんだ。
 第一の女官 この豚が男爵夫人?
 ヘンリー それからこれが伯爵夫人。
 第二の女官 とんでもない。伯爵夫人は私よ。
 ヘンリー それから、この豚が公爵夫人。
 第一の女官 なんていう不謹慎。公爵夫人、それは私です。豚の名に貴族の称号を付けるなんて。王女様、どうか、此の豚飼い奴のけしからぬ行いをお咎め下さいまし。
 王女 第一に、この人は豚飼いではありません。ヘンリーです。第二に、豚はこの人の臣下です。それにどんな称号を与えようとこの人の勝手です。
 第一の女官 だいたいこの人不作法ではありませんか。今も王女様の手を掴んでいる。
 王女 それがどうして不作法ですか。よしんばこの人が、私の足を掴んでいたって・・・
 第一の女官 お願いでございます、もうそれ以上は仰らないで。王女様は無邪気な方ですから本当に恐ろしい事まで仰りそう。
 王女 じゃ、煩い事言わないの。ねえ、ヘンリー、教えて。何故お前の手はこんなに固いの?
 ヘンリー お気に召しませんか?
 王女 なんて馬鹿な事を。気にいらないなんてそんな事ある訳ないでしょう? お前の手は素敵よ。
 ヘンリー 王女様、今お話ししたい事があるんですが・・・
 第一の女官 (きっぱりと。)殿下! 私共が此処に来たのは、鍋を聞く為です。若し鍋をきくのではなくて、品よろしからざる好奇の気持ちで、見知らぬ男の話に耳を傾けるということに相成るなら、私は今すぐにでも・・・
 王女 どうぞ。知らない男の人の話なんか聞く事ないからね。あっちへお行き。
 第一の女官 でも王女様。この男、王女様にも知らない人の筈です。
 王女 馬鹿な事を。私は知らない人とは決して話しません。
 第一の女官 誓って申しあげます、王女様。今すぐにも王様をお呼び致しますわよ。
 王女 あっちへ行って!
 第一の女官 (城の方を向いて叫ぶ。)王様! 早く来て下さーい。王女様がいけないんでーす。
 王女 やれやれ。この人達ったら、うんざりだわね。分ったわ。そんなに聞きたいのなら、ヘンリー、この人達に鍋を出してやって。
 ヘンリー クリスチアン、来てくれ。鍋だ。
 クリスチアン(袋から鍋を取り出す。小声で。)いいぞ、 ヘンリー、その調子だ。逃がしちゃ駄目だぞ。お前の事をぞっこん惚れて居るじゃないか。
 ヘンリー そう思うか?
 クリスチアン こういう事は思ったって何の役にも立ちはしない。今大事なのはな、キスだよ、キス。チャンスを狙うんだ。 キスするんだ。そうすりゃ、お城に帰った時、お前の事を思い出すタネがある事になるんだ。さあて、王女様に皆様、貴婦人方、鈴のついた、恐るべき鍋だよ。誰が作ったかだって? 僕等二人で。何のためにだって? それは高貴な生まれの王女様と、貴い御婦人の皆様方に、楽しんで貰う為ですよ。一見鍋は単純至極。種も仕掛けもございません。胴(あか)で出来た、滑らかな、上からロバの皮で覆った、端を鈴で飾った、簡単なものです。しかし外見の単純さに騙されてはいけません。此の銅板の後ろには世界中で最も音楽的な心が隠されています。銀の鈴を鳴り響かせて、百四十の踊りの調べを奏でるだけでなく、歌も一つ歌えるんです。不思議に思うでしょう。何故そんなに沢山ダンス音楽かって。それは僕等みたいにこの鍋が陽気だから。それにまた、不思議でしょう。何故たった一つしか歌を歌わないんでしょう。それは僕等みたいに、忠義忠誠だから。しかし、それだけではありません。この不思議な、陽気な、忠義な鍋はろばの皮の下に鼻を隠しているのです。
 女官達 (声を揃えて。)なんですって?
 クリスチアン 鼻です。それも何という鼻でしょう。おお、素敵な王女様に、貴い御婦人の皆様、此の荒いろばの皮の下に、優しい花の様に、世界で最も繊細な、最も敏感な鼻が隠されているのです。此の鼻をどの家のどの台所に向けても、それがどんなに遠くにあっても、向けさえすればたちどころに、われらが偉大なこの鼻はそこで何が料理されているか、嗅ぎつけます。そしてすぐに、極めて明瞭に、一寸鼻声ではありますが、料理の名前まで此の鼻は教えてくれます。おお、貴い御婦人の皆様方、何から始めましょうか。歌から? ダンスから? 其とも料理から。
 第一の女官 王女様、何からはじめたら宜しいでしょうか。ああっ、聞くのに気をとられて、気がつかなかった。王女様! 王女様! 王女様って言ったら。
 王女(ぼうーっとして。)私? ええ、いいわ。好きな事話していて頂戴。
 第一の女官 王女様、何をなさっていらっしゃるのですか。 腰をおだかせになったりして。ふしだらな事ですわ。
 王女 これがどうしてふしだら? そりゃ若しこの人が抱いている場所が・・・
 第一の女官 お願いでございます。もうそれ以上はおっしゃらないで。王女様は無邪気な方ですから、本当に恐ろしい事まで仰りそう。
 王女 それならお節介やかないで。あちらでなべでも聞いていらっしゃい。
 第一の女官 でも何から始めるか、迷っているんです。歌から、ダンスから? それとも料理から。
 王女 ヘンリー、 お前どう思う?
 ヘンリー ああ、僕のいとしい人・・・
 王女 此の人どうでもいいって。
 第一の女官 私、王女様にお聞きしているんですよ。
 女官達 (手をうって。)料理から、料理から。料理から。
 クリスチアン 畏まりました、貴い御婦人の皆様。さてこの鍋の左側を下にして立てますと、ひとりでに鼻の役目をし始めます。 ほら、クンクン言っているのが、聞こえますね。(大きなクンクン言う音が聞こえる。)これは鍋が匂いを嗅いで居る音です。
(耳を聾する大きなくしゃみが聞こえる。)
 クリスチアン あ、くしゃみをした。と言うことはこれから話し始めるという事です。シーッ。
 鼻(鼻声で。)私奴は、今公爵夫人の台所です。
 女官達 (拍手して。)あーら、面白いわね。
 第一の女官 でも・・・
 女官達 邪魔しないで。
 鼻 公爵夫人の竈(かまど)では、何も煮て居ません。ただ暖めるだけです。
 女官達 どうして?
 鼻 昨夜の王様主催の晩餐会の時、袖にいっぱい食べ物を詰め込んで来たんです。 イクラのサンドイッチ九個、ソーセージのサンドイッチ十二個、カツレツ五個、ピローグ十八種、ふうちょう草とオリーブ入りのタルタルソース、ビーフステーキゴダール風、フュメーソース、アンジェリカ入りのクリームサンデー、コーヒーパフェ、それにパンの皮。
 第一の女官 嘘つき、なんて厚かましい鼻でしょう。
 鼻 私には嘘を言う必要も目的もありません。私は精密機械に過ぎません。
 女官達 ブラーボ、ブラーボ。おもしろーい。もっと、もっと。
 鼻 今度は伯爵夫人の台所です。
 第二の女官 でも・・・
 女官達 邪魔しないで。
 鼻 伯爵夫人の竈はひどく寒い。ハックション。風邪をひいちゃうんじゃないかな。ハックション。
 女官達 どうして?
 鼻 伯爵夫人の竈はこのひとつき、火が炊かれませんでした。
 女官達 どうして?
 鼻 丸々ひとつき、お客にお呼ばればかり。ずっと外で食事。伯爵夫人は倹約家。
 第二の女官 嘘つき。なんて恥知らずの鼻でしょう。
 鼻 嘘なんて無関係。機械は嘘をつきません。次は男爵夫人の所です。此処は暖か。竈はあかあかと燃えています。男爵夫人宅には素敵なコックがいます。あ、今、お客様用の食事を作っているところです。馬肉で雉の料理を作っています。次は侯爵夫人宅、次が将軍夫人宅で、その次が大統領夫人宅の順番です。
 女官達(一斉に。)もう沢山、もう沢山。それに疲れたでしょう。
 鼻 私は疲れては居ません。
 女官達 そんな事はないわ。疲れているわよ、疲れて居る。それにもうたくさん。
 クリスチアン (鍋の向きをかえる。)大変喜んで戴けたのではないか、と拝察いたしますが。
(女官達シーンとなる。)
 クリスチアン もしそうでなければ、また台所を見にやらせますが・・・
 女官達 もう沢山、もう沢山。有り難う。ブラーボ、もう止めて。
 クリスチアン 本当に皆さん満足で、陽気になられたようですね。さあ、満足で陽気になったら、後はダンスをしなければいけません。この鍋の中に入っている百四十のダンス音楽の内の一つが鳴り始めますよ。
 第一の女官 エート、エート。その音楽、歌詞なしでしょうね。
 クリスチアン ないですとも、公爵夫人様。これは全く毒のない踊りの音楽です。さて、鍋の右側を下にして立てますと、ほら、聞こえるでしょう?
(鈴を鳴らしながら、鍋、音楽を奏し始める。ヘンリーは王女と、クリスチアンは公爵夫人と、伯爵夫人は男爵夫人と踊る。他の女官達は輪になって踊る。ダンス終わる。)
 女官達 もっと、もっと。なんていい音楽なんでしょう。
 クリスチアン さあ、ヘンリー、うまくやるんだぞ。俺がちゃんと仕組んでやるからな。
 王女 ねえ、お願い、ヘンリー。もう一度鍋にやらせて頂戴。私、こんなに踊りが好きだったなんて自分でも知らなかった。
 クリスチアン 王女様、此の鍋には悪い癖が一つあるのです。
 王女 どんな?
 クリスチアン 音楽の心は持っているんですが、これは決して何でもただではやらないのです。最初に演奏したのは、王女様がお城から態々私共のむさ苦しい野原に来て下さったからです。ですから もう一曲お望みなら・・・
 王女 もう一度此処に来なくちゃいけないのね。でもどうしたら出来るかしら。その為には一旦お城に帰らなくちゃならないわ。そんなの嫌だわ。
 ヘンリー 行かないで。帰らないで。どうしてお城になんか。まだ早いです。まだ来たばかりじゃないですか。
 王女 でも行ってまた来なければ、演奏して呉れないでしょう? 本当にまだ私、お前と踊りたいんだもの。どうすればいいの、言って。何でもするわ。
 ヘンリー それは・・・あのー・・・(すばやく)僕と十回キスして下さい。
 女官達 ええっ? まあ!
 王女 十回?
 ヘンリー だって僕、王女様のこと大好きなんですから。王女様、どうしてそんな変な顔をして僕を見るんですか。いいです。分りました。じゃ、十回じゃなくて、五回。
 王女 五回? 駄目!
 ヘンリー 僕がどんなに幸せになるか分ってくれたら、「駄目」はない筈なんだがな。じゃ、三回。
 王女 三回? 駄目。私、絶対に嫌。
 第一の女官 王女様、御立派な、大変御分別のある御決断ですわ。
 王女 十回、五回、三回、お前は私を誰だと思って居るの? 私は国王の娘ですよ。八十回です。
 女官達 ええっ? まあ!
 ヘンリー 八十回って?
 王女 八十回キスして頂戴。私は王女ですよ。
 女官達 ええっ? まあ!
 第一の女官 王女様、何を仰るんですか。此の人、唇にキスする積もりなんですよ。これはふしだらな事です。
 王女 何がふしだらですか。唇じゃないの。悪いところじゃないのよ。例えば・・・
 第一の女官 お願いでございます、もうそれ以上は仰らないで。王女様は無邪気な方ですから、本当に恐ろしいこと迄仰りそう。
 王女 それなら邪魔しないで。
 ヘンリー 早く、早く。
 王女 どうぞ、ヘンリー。さあ、いいわよ。
 第一の女官 お願いです、王女様、それだけはお止め下さい。王女様がそんなに踊りをなさりたいなら、私にキスさせましょう。そう、百回でもようございます。
 王女 お前に? これは本当にふしだらだわ。この人お前には全然頼んでいない。それなのに、お前は自分から男の人にキスして頂戴って頼んでいる。
 第一の女官 だって・・・王女様だって・・・
 王女 とんでもない。私の場合は、望まれているんですよ。お前百回って言ったわね。分るわ。この人優しいし、巻き毛だし、可愛い口をしている。そう、お前(公爵夫人に)の言う事は一理あるわ。ヘンリー、私にキス百回して頂戴。もうあれこれ言わせませんよ、公爵夫人。言ったら地下室に監禁させます。
 第一の女官 でも王様がお城の窓から見ていらっしゃるかもしれない。
 王女 回りに立って! さあ! 回りに立って頂戴。着物で二人を隠すのです。急いで。なんて事でしょうね。人がキスしようと言うのに、邪魔するなんて。さあ、こっちに来て、ヘンリー。
 第一の女官 でも、誰が数えましょう、王女様。
 王女 誰でもいいでしょう。勘定が狂ったらまた一から始めるのよ。
 第一の女官 みなさん、数えて下さい。
(ヘンリーと王女、キスをする。)
 女官達 いーち。
(第一回目のキス、その儘続く。)
 第一の女官 王女様、どうか。もう一回目は充分ですよ。
(まだキス続く。)
 第一の女官 この調子だったら、明日になっても終わりはしませんわ。
(キス続く。)
 クリスチアン 言っても無駄ですよ、公爵夫人。どうせ言ったって、こいつには聞こえません。僕は奴を知っていますから。
 第一の女官 でもこれは本当にひどいわ。
(茂みから王、走って登場。王冠を被って、貂のマントを着ている。)
 第一の女官 王様!
 父王 誰かマッチを持っておらんか。マッチをくれ!
(全員慌てる。ヘンリーと王女うなだれて立っている。)
 女官達 陛下!
 父王 黙れ。マッチはないのか。
 クリスチアン 陛下・・・
 父王 黙れ。お前はマッチを持っているのか。
 クリスチアン はい、陛・・・
 父王 黙れ。早く寄越せ。
 クリスチアン しかし、何にお使いで、陛下。
 父王 黙れ。
 クリスチアン 仰らなければ、マッチはお渡ししません。
 父王 黙れ。焚き火に火を付けるのに必要なのだ。その焚き火で腰元共を火あぶりにしてやる。もう茂みに入って枯れ枝は集めてあるのだ。
 クリスチアン それならどうぞ。はい、マッチです、陛下。
(女官達、気を失う。)
 父王 なんと言う恐ろしいことか。わしの娘が豚飼いとキスをするとは。何故こんな事をしたのか、お前は。
 王女 したかったから。
 父王 キスをしたかったと?
 王女 ええ。
 父王 そうは問屋がおろさんぞ。明日にもお前は隣の国の王様に嫁がせてやる。
 王女 行くもんですか。
 父王 お前に訊いてはおらん。
 王女 髭を全部引き毟(むし)ってやるわ。
 父王 生憎(あいにく)、髭は生やしていないんでな。
 王女 髪の毛を全部引き抜いてやる。
 父王 あいつは禿。
 王女 それなら歯をなぐって折ってやるわ。
 父王 歯はない。総入れ歯。
 王女 歯の抜けた、よぼよぼのお爺さんと結婚させようとしているのね!
 父王 人は歯と結婚するんじゃない。人間と結婚するんだ。こら、お前達! (大声で。)立て!
(女官達、立つ。)
 父王 よーし。大変よろしい。マントを止めようと安全ピンを捜してぐずぐずしていたら、此処でお前達はどんちゃん騒ぎだ。お前達は火炙りにするだけじゃ足りん。焼いて、次には頭を切り落として、それから大通りにお前達全員晒首にしてやる。
(女官達、泣く。)
 父王 大声をだすな。そうだ、そんなのは生易しい。いいことを思いついた。火炙りも止め、晒首も止めだ。生かしておいて、一生、怒鳴って怒鳴って、苛めて苛めてやる。どうだ、参ったか。
(女官達、泣く。)
 父王 それだけじゃない。これから給料はゼロだ。
(女官達、気絶。)
 父王 立て! それからお前、豚飼いとお前の相棒、お前達は国外追放だ。お前はそう罪がある訳じゃない。姫は確かに素晴らしいから、惚れるなと言っても難しかろう。鍋はどこだ。鍋は戴きだ。(鍋を掴む。)
 鍋  (歌い始める)
   憧れて、憧れて、
   胸は焦がれて、道を行く
   ヘンリエッタに惚れちゃった
   あの子も僕が好きなんだ
   野原も森ももう見えない
   僕は君しか見えないんだ
   誰にも君は渡さない
   ヘンリエッタは僕のもの
   二人で一緒に戦おう
   勝って一緒に帰るんだ
   君と僕、僕と君
   恋しい僕のヘンリエッタ
   憧れて、憧れて、
   胸は焦がれて、道を行く
   ヘンリエッタに惚れちゃった
   あの子も僕が好きなんだ
 父王 あれは鍋が歌っているのか。
 ヘンリー はい、陛下。
 父王  歌はうまいが、歌詞がけしからん。お前が必ず王女と結婚すると言って居るではないか。
 ヘンリー ええ、僕は必ず王女様と結婚しますよ、王様。
 王女 そう、本当。
 父王(女官達に。)王女を連れて行け。
 王女 さようなら、ヘンリー、愛してるわ。
 ヘンリー 心配しないで、王女様。結婚するからね。
 王女 そうよ、そうしてね、ヘンリー、じゃあね、さようなら。(女官達、連れ去る。)
 ヘンリー さようなら、さようなら。
 父王 おい、お前、聞こえんのか。
 ヘンリー さようなら、さようなら。
 父王 わしの言うことを聴け。(ヘンリーの顔を自分の方に向ける。)お前の鍋は一つしか歌を歌わんのか。
 ヘンリー ええ、一つだけです。
 父王 こんな歌はないのか。(ガラガラ声で歌う。)どう頑張ったって、どうもならんさ、おととい来い。
 ヘンリー 鍋にはそんな歌はないな。あり得ません。
 父王 わしを怒らせるな。わしがどんなに恐ろしいか、さっき見ただろう。
 ヘンリー 見ました。
 父王 震えが止まらなかったな。
 ヘンリー いいえ。
 父王 なんだと。
 ヘンリー さようなら、王様。
 父王 何処へ行く。
 ヘンリー 隣の国へ。あの王様は馬鹿ですからね。上手く出し抜いてやるぞ、あっと驚くように。僕ほど勇敢な男は居ません、王女様にキスしましたからね。もう怖いものなしです。さようなら。
 父王 待て。豚を数えるからな。一、二、三、十五、二十・・・よし、これでよしと。(此処何をしているのか不明・・・訳注)よし、これでよしと。下がってよろしい。
 ヘンリー さようなら、王様、行こう、クリスチアン。
(二人、歌を歌いながら退場。)
   野原も森ももう見えない
   僕は君しか見えないんだ
   誰にも君は渡さない
 父王 何か悪い事が起こりそうな予感がする。よーし、わしだって馬鹿ではないぞ。外国人の家庭教師を呼び寄せよう。犬の様に意地悪な女の家庭教師だ。旅行にくっついて行かせるのだ。其にあの侍従も。腰元共は行かせない。城に謹慎だ。あの二人め、勝手に歌ったり踊ったりしろ。何もおこりはせん。何も。
                                         (幕)
   
(幕の前に愛情問題担当大臣、登場。)
 愛情問題担当大臣 私は陛下にお仕えする愛情問題担当大臣です。私は今忙しくて、忙しくて。陛下が隣の国の王女様と御結婚なさるのです。私は当地にやって参りましたのは、まず第一に、豪華豪壮に王女様の出迎えを用意する事。第二に、ひどく難しい問題を解決すること。いやはや、天地(あめつち)をしろしめす陛下には、恐ろしいお考えが浮かび遊ばされて・・・憲兵!
(髭を生やした憲兵二人、登場。)
 憲兵達 (声を合わせて。)御用でございますか。
 愛情問題担当大臣 立ち聞きしとる奴がおらんか、見張って居ろ。今から国家的重要機密について話すんだからな。
 憲兵達 畏まりました、閣下。
(二手に別れる。表玄関の所に立つ。)
 愛情問題担当大臣 (声を低めて。)さて陛下には、先週の火曜日の朝食の時、ふと恐ろしい考えが浮かびました。丁度その時ソーセージを召し上がっていらっしゃいました。そして突然、ソーセージを歯に挟んだ儘、ボーッとなられたのです。私共は駆け寄りました。 叫びました。「陛下、陛下、どうなさいました。」でも、王様はただ低く呻くだけです。歯も動かさずに。ただ、「恐ろしい考えだ。なんて恐ろしい、恐ろしい。」と。おつきの医者がやっと正気にお戻らせ申しあげましたが、陛下のご心配が奈辺にあるのか、その時はっきりと分ったのです。いや、本当に恐ろしい心配事です。憲兵!
 憲兵達(声を揃えて。)はい、閣下。御用でございますか。
 愛情問題担当大臣 耳を塞げ。
 憲兵達 (声を揃えて。)畏まりました、閣下。(耳を抑える。)
 愛情問題担当大臣 陛下はお考えになりました。ひょっとして隣の国の女王様、陛下の御婚約者の母君が若い頃(囁き声で。)跳ねっ返りだったら。ひょっとして王女様が王様の子供ではなくて、どこの馬の骨とも知れない男の娘かも知れない。其処でこの当否を知るのが、私の第一の役目となりました。第二の役目はと言うと。王様は海水浴をしていらっしゃいました。楽しそうに、大声でお笑いになったり、冗談を言われたり。その時、「第二の恐ろしい考え。」と叫ばれ、浅い場所でしたが、海の底に沈まれたのです。王様のお考えはこうだと言うことが分りました。つまり、ひょっとして王女様ご自身が、御婚約の前に、(囁き声。)跳ねっ返りで、あの方面の経験があり・・・つまり・・・お分りでしょう? 私共は王様を海からお救い申しあげました。王様はその場で、海の中で、私に命令を下されました。私が此処に来たのは、王女様の一切がっさい、洗い浚いを調べる為です。――騎士の名誉に賭けて誓います。――私は王女様のどんな細かい秘密も必ず探り出してみせます。憲兵! 憲兵! 何だ、お前達は聾になったのか。憲兵! ああ、そうそう。耳を塞いで置けと命令してあったか。なんという規律の良さ。王様は王女様の旅程にある全ての村に、選りすぐった憲兵を配置しました。連中は村人達に王女様の盛大なお出迎えの準備をさせています。 偉いやつらだ。 流石に選りすぐった連中だ。(二人の憲兵に近づき、手を、耳から離させる。)憲兵!
 憲兵達 御用でございますか、閣下。
 愛情問題担当大臣 王女様が見えぬか、見て来い。
 憲兵達 畏まりました、閣下。(退場。)
 愛情問題担当大臣 私が扱うのは難しい問題です。ね、そうでしょう? でもどうやったらいいか、私には、ちゃんと分っているんです。豌豆豆(えんどうまめ)一粒と上等の酒十二本、これで万事オーケーなんです。私は頭の切れる男だなあ。
(憲兵達、登場。)
 愛情問題担当大臣 それで?
 憲兵達 閣下。遠くに、遠くに、空が言わば地面と合流しているところに、丘の上に、高い埃の柱が立っています。その埃の中に、矛がきらめいたり、馬の頭が見えたり、金色の旗がほのみえたりしています。王女様が、閣下、やって来られる印です。
 愛情問題担当大臣 (そうか。)出迎えの用意が万端整っているか、見て来る事にしよう。
(憲兵、愛情問題担当大臣、退場。)                               (幕)
   
(ゆるやかな丘。葡萄棚で覆われている。舞台前面に宿屋。二階建て。中庭に二三のテーブル。村長、男女の若者達と一緒に、中庭を駆け回っている。叫び声「おでましだ。おでましだ。」愛情問題担当大臣、登場。)
 愛情問題担当大臣 村長! ちょこちょこ駆け回るのは止めろ。こっちへ来い。
 村長 私で? はいはい、いえいえ。何でございましょう。
 愛情問題担当大臣 酒を十二本、とびきり強いやつをたのむ。
 村長 はあ、酒を? 何故でございますか。
 愛情問題担当大臣 必要なんだ。
 村長 ははあ、分りました。王女様をお迎えする為で・・・
 愛情問題担当大臣 そうだ。
 村長 王女様は飲んべいで?
 愛情問題担当大臣 貴様、頭がおかしくなったのか。おつきの者達に出すんだ。食事の時に。
 村長 ああ、おつきの人達にですか。それなら分りました。はいはい、いえいえ。
 愛情問題担当大臣(大声で笑う。傍白。)なんて言う馬鹿だ。しかし好きだな、馬鹿な奴等は。連中は面白いからな。(村長に。)さあ、用意するんだ。酒だ。豚だ。熊の肉のハムだ。
 村長 はいはい、いえいえ。いやつまり、はいと言うことで。おい、お前達、酒蔵の鍵を持って来い。屋根裏部屋の鍵も持って来るんだ。(走り、退場。)
 愛情問題担当大臣 おーい、楽隊。
 指揮者 御用でございますか、閣下。
 愛情問題担当大臣 大丈夫だな。
 指揮者 第一ヴァイオリンの連中が、閣下、葡萄を食べ過ぎまして、ひなたで寝ています。葡萄の汁が、閣下、連中の腹の中で醗酵して、アルコールに変わって仕舞ったんです。起こしても足をばたばたさせるだけ。一向に起きないんです。
 愛情問題担当大臣 何と言う醜態だ。それでどうする。
 指揮者 万事オーケーです、閣下。第一ヴァイオリンの代わりには、第二ヴァイオリンをあて、第二ヴァイオリンのところには、コントラバス奏者をあてます。ヴァイオリンを竿に括りつけ、コントラバス奏者はそれをコントラバスの様に立てて弾くのです。こうすれば上上の出来。
 愛情問題担当大臣 で、コントラバスは誰が弾くんだ。
 指揮者 あ、これはしまった。それは考えて居なかった。
 愛情問題担当大臣 コントラバスは真ん中に立てて置け。手がすいたものが交代で弾けばいい。
 指揮者 畏まりました、閣下。(走り、退場。)
 愛情問題担当大臣 わしはなんと言う利口な、知恵のある、頭の切れる男だろう。
(憲兵二人登場。)
 憲兵達 閣下、王女様の馬車が村に入ってまいりました。
 愛情問題担当大臣 用意はいいか。 楽隊、村長、娘たち、村人達、憲兵、合わせるんだぞ。一斉に帽子を投げるんだ。
(垣根越しにトランク類を積んだ馬車の屋根が通るのが見える。 愛情問題担当大臣、馬車の方、門に、突進する。楽隊が演奏を始める。憲兵達、「ウラー」と叫ぶ。帽子が空に飛ぶ。王女、侍従、家庭教師、登場。)
 愛情問題担当大臣 王女様、王女様のこのむさ苦しい村への御到着が引き起こしました此の興奮も、私共の愛すべき国王の心に引き起こされました興奮に比べますと、取るに足りぬものでございます。とは言え・・・
 王女 沢山。侍従! 私のハンカチは?
 侍従 エーフ、ウーフ、オ、ホッホ。王女様、只今身を立て直しまして、家庭教師に訊ねる事に致します。ガオー(吼える。静かになる。)家庭教師殿、王女様のおハンカチ様は何処におなりになられるかな。
 家庭教師 おハンカチ様はトランクの中におなりになられます。ガテンタテンパ、テンタテルタン、テアテーンテル。
 侍従 オストアンデール。(吼える。)ハンカチはトランクの中です、王女様。
 王女 出してきなさい。私、泣きたくなったの。分るでしょう? ハンカチを出して、此処へ持ってきなさい。
(人々、トランク(複)を持って来る。)
 王女 それから、もう私にベッドを用意して。 まもなく暗くなります。(傍白。)ひどく疲れたわ。埃、暑さ、ガタゴト道! もう早く寝たい。夢の中でヘンリーを見よう。懐かしいヘンリー、このよそものの猿達は本当にうんざりだわ。(宿屋の方に退場。)
(侍従、トランクを引っ掻き回す。)
 愛情問題担当大臣 王女様は夕食はお取りにならないのかな。
 侍従(吼える。)ゴー、ギャーッ。取られん。この三週間何も食べておられんのだ。それほど此の御成婚の儀に御興奮遊ばされておる。
 家庭教師(愛情問題担当大臣に飛び掛かる。)ポケットから手を出す。これ、礼儀に叶わない。ございます。エントベーデル。
 愛情問題担当大臣 此の御婦人は私に何を望んでおられるのかな?
 侍従(吼える。)ウオー、ガオー。(静まる。家庭教師に。)しっかりするべし。アンコール。それはお前の役目じゃない。な。(愛情問題担当大臣に。)失礼ですが、大臣殿は外国語をお話しになりますかな。
 愛情問題担当大臣 いいえ、この国が世界で最高の国であると我が国王が声明を出して以来、外国語は完全に忘れるよう義務づけられましたので・・・
 侍従 あの婦人は外国人で、王女様の家庭教師です。意地の悪さときたら世界一ですぞ。年がら年中、行儀の悪い子供ばかりを育ててきて、行儀に関してひどく依怙地になっている。会う人会う人、誰にもに行儀を教えないと気が済まないんです。
 家庭教師(侍従に飛び掛かる。)かくな、よくあるない。
 侍従 ね、分ったでしょう? ウオウ。何もかいちゃいない。ただカフスを直しているだけなのに、かくな、かくな、でしょう?
 愛情問題担当大臣 どうしましたか、侍従殿。風邪をおひきになりましたか。
 侍従 いや、ただ、もう一週間も狩りに行っていませんので、体中が血に飢えているんです。ウーリュリュ(犬をけしかける声。)王様は、私が狩りを暫く休んでいると獣の様になることは御存じなんです。それなのに、王女様の見送りにこの私を派遣されたんです。 失礼、大臣殿、王女様が何をしておられるのか、一寸見て来なければ。(吼える。)かかれー。(静かになる。)家庭教師殿、おみ足をあっちに向けて。王女様はもう永いこと監督者なしである。な?
 家庭教師 行って見る。アル。(行く。通りすがりに、愛情問題担当大臣に。)口で息しない。鼻で息する。悪い子ある。ほんとに、まったく、何度言ったら・・・
(侍従と共に退場。)
 愛情問題担当大臣 これは怪しいぞ。何故隣の国の王様はこんな凶暴な者達をおつきに選んだのだ。何か訳があるぞ。よし、見つけてやる。洗いざらい。強い酒が十二本あれば、いくら凶暴なあいつらでも口が緩んでみんな喋って仕舞うだろう。みーんな。私はえらい。賢い。頭が働く。分別がある。二時間もしてみろ。王女の過去は直ちに掌(たなごころ)を指す様にわかるんだ。
(十二人の娘登場。一人二枚ずつ羽根布団を運んで来る。)
 愛情問題担当大臣 さあ、今度は豌豆豆だ。(最初の娘に。)美人ちゃん、ちょっと。
(娘、大臣を突き飛ばす。大臣、脇へ飛び退く。第二の娘に近づく。)
 愛情問題担当大臣 君、綺麗だね。ちょっと。
(第二の娘も同じ動作。十二人全員が大臣を突き飛ばして、宿屋に入る。大臣、両の脇腹をこすりながら。)
 愛情問題担当大臣 なんて不作法な、優しさを知らない連中なんだろう。これじゃ、豌豆豆をどうしたらいいんだ。忌ま忌ましい。憲兵!
(憲兵、大臣に近づく。)
 憲兵達 御用でございますか。
 愛情問題担当大臣 村長を。
 憲兵達 畏まりました。
 愛情問題担当大臣 あの馬鹿にだけは計画を教えてやらねばならんな。だが、他には誰にも言ってはならんぞ。
(憲兵達、村長を連れて来る。)
 愛情問題担当大臣 憲兵! 傍に立って立ち聞きをされない様にしろ。今村長と国家的機密について話すんだからな。
 憲兵達 畏まりました、閣下。(村長と大臣の傍に立つ。)
 愛情問題担当大臣 村長、あの娘達は・・・
 村長 ははあ、分りました。大臣もやっぱり・・・
 愛情問題担当大臣 なんだと。
 村長 あの娘達が・・・脇腹を摩っていらっしゃる。ははあ、なるほど。
 愛情問題担当大臣 何をぶつぶつ言っておる。
 村長 娘達にちょっかいを出しましたね。だから突き飛ばされた。ええ、ええ。私も覚えがあります。私も独身ですからね。
 愛情問題担当大臣 ちょっと待て。
 村長 いえ、いえ。ええ、ええ。あの娘達も好きなんです。だけど、ただ若い者だけ。おかしな娘達ですよ。私も大好きなんですがね。あちらがそうじゃなくて。私の事は気にいらないんです。貴方も同じ。しかたないですな。
 愛情問題担当大臣 もういい。その為にお前を呼んだのではない。あの娘達はわしの事を誤解しとる。わしはただ国家的機密事項を頼みたかったんだ。これはお前にやって貰わねばならん。
 村長 ははあ。はあ、はあ。ええ、ええ。
 愛情問題担当大臣 王女の寝床に忍びこんでくれ。
 村長 (大声で笑う。)あんたったら。これはどうも。 それはいいですが・・・でもだめ。私は操の正しい男で。
 愛情問題担当大臣 わかっとらんな。王女の為に連中が寝床を作った後、ちょっとあそこに入ってくればいいんだ。二十四枚の敷布団の下に、寝床の床の上に、この小さな豌豆豆を置く。それだけでいいんだ。
 村長 なんの為です?
 愛情問題担当大臣 お前の知ったことじゃない。豌豆豆だ。早く行け。
 村長 行きません。ええ、ええ。決して。
 愛情問題担当大臣 どうして。
 村長 これは宜しくない事で。私はちゃんとした人間なんです。はい、はい。いえ、いえ。今すぐ病気になります。そうすれば、無理やりやらせる訳にはいかない。いえ、いえ。はい、はい。
 愛情問題担当大臣 ええい、くそっ。なんて言う馬鹿だ。しようがない。教えてやろう。しかし覚えておくんだぞ。これは国家的重要機密事項だからな。王様が私に、あの王女が本当に高貴の生まれかどうか調べる様命令されたんだ。ひょっとして、王様の娘じゃないかもしれんからな。
 村長 王様のお子さんです。それは。お父上そっくりですから。はい、はい。
 愛情問題担当大臣 そっくりだからどうだっていうんだ。女ってものがどんなに狡いか、お前は知らんのだ。この豌豆豆だけが正しい答えを教えてくれる。本当に王家の出の者は、皮膚の感覚が通常の人とは違ってひどく敏感なのだ。王女が本当に王女なら、二十四枚の羽根布団を通して、この豌豆豆を感じてしまう。王女は今日一晩寝られなくて、明日の朝それをわしにこぼすのだ。ところがもし眠ってみろ。それはつまり事態はひどく悪いということだ。分るな。早く行け。
 村長 ははあ。(豌豆豆を受け取る。)なるほど・・・面白いな・・・あんなにお父さんに似ていて・・・ひょっとして・・・そうか、お父さんには髭があるが・・・だけど口・・・鼻・・・
 愛情問題担当大臣 早く行け。
 村長 目。
 愛情問題担当大臣 早く行け、と言って居るだろう。
 村長 額。
 愛情問題担当大臣 ぐずぐずするな、この・・・
 村長 行きます、行きます・・・あの顔。全体によーく似ているんだがな。いやはや、驚きもんだ。(退場。)
 愛情問題担当大臣 やれやれ。
 村長 (戻って来て。)それに頬。
 愛情問題担当大臣 首を切られたいのか。
 村長 行きます、行きます。(退場。)
 愛情問題担当大臣 これで生まれの話は決着がつく。あとは、侍従と家庭教師を呼んで酔っぱらわせて、王女の品行について、洗いざらい問いただせばいい。
(叫び声と共に、羽根布団を運んだ娘達が走ってくる。その後に侍従、片方の脇腹を摩りながら登場。)
 愛情問題担当大臣 侍従殿、その手の動かし方からしますと、どうやら娘達にちょっかいをだされた様ですな。
 侍従 ちょっとその気を起こしたところが・・・(吼える。)蹴ったり、角で突いたり、野生の羊そこのけ・・・馬鹿女め。
 愛情問題担当大臣 侍従どの。女性に悲しみを味あわされた時、一番慰めて呉れるのは、酒ですぞ。
 侍従 そんな事はない。私は飲んだ途端、よけい女で悲しくなる。
 愛情問題担当大臣 いいじゃないですか。飲みましょうよ、侍従殿。もうすぐ結婚式です。此処には良い酒がありますよ。人を楽しくさせる酒です。飲んで一夜を明かしましょう。ね。
 侍従(吼える。)おお、宴会か。いいなあ。ウーリュリュー(狩りの時、犬をけしかける声。)いや、いや、駄目だ。王様に誓いを立てたんだ。王女様がおやすみになったら、すぐさまその扉に立ち、目は決して閉じず見張ります、と。私は扉の所に、家庭教師は寝床の傍で。こうやって、一晩中見張ります、と。まてよ、そうだ。明日、(走る。)馬車の中で眠って疲れをとればいい。かかれ!
 愛情問題担当大臣(傍白。)実に怪しい。何が何でも酔っぱらわせねば。侍従殿!
(階上で叫びと金切り声がする。階段で轟音。村長、走り登場。その後に激怒した家庭教師。)
 村長 助けてくれ。噛みつかれるー。助けて。殺される。
 侍従 どうした。何が起こった。オストアンデール。スワルトバートール。
 家庭教師 この年寄りのオンボコ、バカモノが恐れ多くも、王女様の寝床に入り込んでいるからに。こいつの頭(ノーテン)を噛みきってやるからに。ガテンタテンパ、テルタテルタン、テアテナンテーテル。
 侍従 このごろつきめが、王女様の寝床に忍びこんでいたと? かかれ!
 愛情問題担当大臣 待って下さい。今何もかも説明しますから。此処へ来い、村長。(低い声で。)置いて来たか。
 村長 ああ、置きました。はい、そしたらあの女につねられてしまって。
 愛情問題担当大臣 誰に?
 村長 家庭教師にです。豌豆豆を置いて、ふと王女様を見ますと、驚きました。なんてお父上によく似ていらっしゃるんでしょう。鼻といい、口といい・・・その時飛び込んで来たのが・・・あれ、あの家庭教師。
 愛情問題担当大臣 待ってろ。(侍従に。)事情がわかりました。村長はただ王女様はなにか他に御用がないかお聞きしたかっただけなのです。こんな騒動を引き起こした償いとして、村長が二ダース酒を振る舞いたいと、申し出ているんですが。
 侍従 ウーリュリュー。
 愛情問題担当大臣 いいじゃないですか、侍従殿。ほっぱらかしたって。ね、そうでしょう? 何があるっていうんですか。もう国ざかいは越えているんですよ。王様には分りっこありませんよ。飲みましょう。家庭教師殿も呼びましょう。さあ、此処のテーブルで。いいじゃないですか、本当に。お願いですよ。おがみますよ。上には此処に派遣されてきた憲兵二人。立派なやつらですよ。これを上げておきます。信用のおける、此の国で一番のエリートの番犬達です。蟻一匹王女様の所には入らせません。勿論蟻一匹ださせもしません。どうです、侍従殿。ウーリュリュー?
 侍従(家庭教師に。)一杯キューッてのを誘われている、ある。上には憲兵二人、派遣されあり、と。憲兵、番犬みたいにドーモウ、ゴーモウ、ドーベルマン、ゴーベルマン。私らより強烈。ウン、ヨシ、か?
 家庭教師 此処、階段一つ、アル、か?
 侍従 一つ、アル。
 家庭教師 クヴィーンテル、バーバ、ジェス。(頷く。)
 侍従(大臣に。)いいです。飲みましょう。憲兵を見張りにつけて下さい。
 愛情問題担当大臣 憲兵! 王女様の部屋の扉に立って見張れ。駆け足・・・進め!
 憲兵 畏まりました、閣下。(上に走って退場。)
 愛情問題担当大臣 村長! 酒を持って来い。それに熊の肉のハムとソーセージだ。(大声で笑う。傍白。)よーし、これで秘密はぜーんぶ分るぞ。なんてわしは頭がいいんだ。なんて言うキレモノ。スコブルツキのだ。
(階下の灯、消える。二階が見えて来る。王女の部屋。王女高々と重ねた二十四枚の布団の上に頭巾を被って、横になっている。)
 王女 (歌う。)
   野原も森ももう見えない。
   僕は君しか見えないんだ。
   誰にもきみは渡さない。
   ヘンリエッタは僕のもの。
   あら、どうしたんでしょう。此の歌を歌うと、私いつでもすぐ眠って仕舞うのに。歌うとすぐに心が落ち着くのに。ヘンリーは私を見捨ててこんな年寄りのふとっちょの王様に、私を譲ったりは決してしないっていう気持ちになって、眠りがやって来るのに。そして夢でヘンリーが出て来る。なのに今日は何にも起こらない。何かがこの二十四枚の布団の下から刺さってきて、眠るのを邪魔している。羽毛の中に尖った羽根が入っているのかしら。ベッドの床の上に木の枝があるのかしら。私これじゃ体中あざだらけになって仕舞う。 私ってなんて不幸な王女様なんでしょう。さっきも窓から見ていたら、下で娘達が遊んでいた。私は此処で横になってただ虚しく時が過ぎて行くのを眺めている。今日私手帳に書留めておいたわ。夢でヘンリーに会ったら何を訊くか。書き留めておかないとすぐ忘れるんだから。此処にあった。第一、私に会うまでに、誰か他の女の人が好きだったか。第二、私に恋してるって何時分ったか。第三、私が恋してるって何時分ったか。旅の間中ずっとこればかり考えていたわ。だって私達、たった一回しかキスしないで、それで引き離されちゃったんだもの。だからお喋りもできない。夢の中で話をしなくっちゃ。だのに眠れない。布団の下で何かがあっちへ行ったり、こっちへ行ったりしている様だわ。私ってなんて不幸せなんでしょう。もう一度歌ってみよう。
   憧れて、憧れて、
   胸は焦がれて、道を行く。
(二人の男の声が引き継いで歌う。)
 声 ヘンリエッタに惚れちゃった。
   あの子も僕が好きなんだ。
 王女 あれは何だろう。もしかして、私もう夢をみているのかしら。
   (ヂュエット)
   野原も森ももう見えない。
   僕は君しか見えないんだ。
   誰にも君は渡さない。
   ヘンリエッタは僕のもの。
 王女 あら、なんて面白いんでしょう。それに不思議。恐ろしいような、わくわくするような。
   (ヂュエット)
   二人で一緒に戦おう。
   勝って一緒に帰るんだ。
   君と僕、僕と君。
   恋しい僕のヘンリエッタ。
 王女 降りてみよう。毛布を被って。覗いてみよう。(布団から降りる。)
   (ヂュエット)
   憧れて、憧れて、
   胸は焦がれて、道を行く。
   ヘンリエッタに惚れちゃった。
   あの子も僕が好きなんだ。
 王女 靴は何処かしら。あった。ひょっとして扉の後ろに・・・
(扉がさっと開く。二人の憲兵がいる。)
 王女 誰? お前達。
 憲兵達 我々は国王陛下の憲兵です。
 王女 此処で何をしている。
 憲兵達 王女様の為に見張りをしています。
 王女 歌っていたのは誰?
 憲兵達 どんな事があっても王女様と結婚すると誓った男です。王女様があまりか細くって、気が優しくって、親切なのですっかり惚れちまったんです。その男は王女様が遠くに行ったからといって、ぶつくさ文句を言ったり、泣き言を言ったりして無為に時間を潰す様な奴じゃありません。あいつは鷹の様にこの辺りを旋回しています。厭な婚約者から王女様を救う為に。王女様に自分の存在を忘れさせない為に、歌など歌うのです。そしてあいつの友達があいつと声をあわせて歌ってやっていたのです。
 王女 でも、何処にいるのです、その男。
(憲兵達、黙って大股で王女の部屋に入って来る。)
 王女 どうして返事をして呉れないの。ヘンリーはどこ? どうしてそんなに悲しそうに私を見るのです。殺しに来たのですね、私を。
 憲兵達 髭を引っ張って下さい。
 王女 髭?
 憲兵達 そうです。
 王女 何故?
 憲兵達 ビクビクしないで。引っ張って。
 王女 でもお前達、私の知らない人です。
 憲兵達 ヘンリーの言いつけです。引っ張って下さい。
 王女 じゃあ、引っ張るわ。(引っ張る。)
 憲兵達 もっと強く。
(王女、力いっぱい引く。憲兵達の口髭、頬髭、王女の手に残る。王女の前にいるのは、ヘンリーとクリスチアン。)
 王女 ヘンリー。(ヘンリーに跳びつく、が、思いとどまる。)あら、私、着物をちゃんと着ていない。
 クリスチアン 構いませんよ、王女様。すぐこいつと結婚するんじゃないですか。
 王女 行儀のせいで気にしているんじゃないの。これじゃ、私、綺麗に見えないもの。
 ヘンリー ヘンリエッタ! 君をほっておくぐらいなら、僕は死んじゃうよ。それほど君は高貴なんだ。怖がらなくていい。僕等が何時も君の後をつけている。昨日憲兵達を酔っぱらわせて、縛って、隠して、それでやって来たんだ。覚えていてくれ。僕等はたった一つしか目標はないんだ。それは君を自由にして、連れ帰る事だ。一度で駄目なら二度、二度目が失敗すれば、三度。何度でもやってみる。何だって、すぐにはうまくいかないものさ。やりとげるには、今日も、明日も、明後日もやってみなくちゃいけないんだ。いいかい?
 王女 ええ、いいわ。ねえ、ヘンリー、教えて。私の前に他の女の子、好きだった事ある?
 ヘンリー もうあんな奴、みんな嫌いさ。
 クリスチアン かわいそうな王女様、こんなに痩せて。
 王女 ねえ、ヘンリー、教えて。
 クリスチアン 後で。かわいそうな王女様。それは後にして、今は僕たちの言うことを聴いて。
 ヘンリー 今日僕等は君と逃げるんだ。
 王女 有り難う、ヘンリー。
 ヘンリー だけどうまくいかないかも知れない。
 王女 何でもすぐにうまくは行かないものよ、ヘンリー。
 ヘンリー 此の紙を読んで。
 王女 (受け取る。) これ、お前が書いたの? (紙にキスする。読む。)此のオタンコナス。(紙にキスする。)へちゃむくれのがんもどき。(紙にキスする。)これ何? ヘンリー。
 ヘンリー これはね、うまく逃げられなかった時、君が暗記して、自分の婚約者に言う台詞だよ。君は人を怒らせるのが下手だからね。きっちり覚えてちゃんとあいつを罵倒するんだ。
 王女 面白いわね、ヘンリー。(読む。)青ぶくれのはんぺん野郎。いいわね、これ。(紙にキスする。)
 ヘンリー その布団の下に豌豆豆がおいてあるんだ。だから寝られないんだよ。明日、夕べはよく眠れました、って言うんだ。そうしたら婚約は解消さ。分ったね。
 王女 何も分らない。でも言う。なんてお前は頭がいいんでしょう、ヘンリー。
 ヘンリー 婚約が解消にならなくっても、がっかりしちゃ駄目だよ。僕たちがついているんだからね。
 王女 いいよ、ヘンリー。豌豆豆の上にだって、ぐっすり眠ってみせる、必要なら。ヘンリー、お前の家には布団は何枚ある?
 ヘンリー 一枚。
 王女 一枚の布団でも眠られる様にしなくちゃ。じゃ、ヘンリー、お前は何処で寝るの? ひょっとして私達・・・
 クリスチアン お願いでございます。もうそれ以上は仰らないで。王女様はあまりに無邪気でいらっしゃるので、本当に恐ろしい事まで仰りそう。
 ヘンリー 着物を着て、王女様。出て行きましょう。連中は下です。すっかり酔っぱらって。逃げるんです。
 クリスチアン うまく逃げ出せない時は、豌豆豆の事がありますからね。
 ヘンリー 豌豆豆がうまく行かなくても、僕等が必ず傍にいてどんな事があっても、たとえ婚礼の真っ最中だって、君を奪い取ってみせる。さあ、行こう、ヘンリエッタ。
 王女 ヘンリー、あのねえ、ひとつお願いしたい事があるんだけど、お前に頼んでいいかしら。
 ヘンリー 当たり前じゃないか。君の為なら何だってする僕じゃないか。
 王女 じゃあ、これ、お前を随分引き止める事になっちゃうけど。でもお願い。キスして。
(二人、キスする。)

(上の舞台消える。宿屋の中庭に灯がつく。テーブルに、愛情問題担当大臣、家庭教師、侍従。三人共酔っぱらっている。特に愛情問題担当大臣。)
 愛情問題担当大臣 私は頭がいい。なあ、侍従殿、本当に頭の切れる男だ。王様がなあ、命令したんだ。こっそり調べろ、王女に浮いた話がないかどうか。お分りか、ウーリュリュー。こっそりと、っていう命令だ。他のやつらだったらどうする。ただまごつくだけだろう。ところが此の私は名案を思いついたんだ。お前さんを酔っぱらわせる。そしたら、お前さんは、へへへ、みんなもら、もら、漏らしちゃうんだ。な? 俺って、頭いいなあ。
 侍従 ウーリュリュー。
 愛情問題担当大臣 さあさあ、話しなさいよ。どうせ私に隠して置くなんて無理な話です。いやいや、話すんじゃなくって、そう、ひょっと、もら、漏らすんです。 王女様について知ってる事を、ほら、何でもいいから。
 侍従 わしらは、奴に犬を仕掛けたんだ。(机の下に潜り、這い出て来る。)
 愛情問題担当大臣 何の為に。
 侍従 奴には綺麗な尻尾があるからな。ウーリュリュー。
 愛情問題担当大臣 (机の下に潜る。這い出て来る。)尻尾? 王女様に尻尾だって?
 侍従 そうだよ。かかれ!
 愛情問題担当大臣 どうして尻尾が・・・
 侍従 そういう血統なんだ。ウーリュリュー。
 愛情問題担当大臣 じゃ、あの家系は全員? じゃ、親父さんにも・・・尻尾?
 侍従 当たり前じゃないか。親父さんにも尻尾。
 愛情問題担当大臣 つまり、君達の王様には尻尾があるって言う事?
 侍従 そんな馬鹿な。王様には尻尾はないよ。だけど、奴の親父さんには尻尾があるんだ。
 愛情問題担当大臣 つまり、王様は奴のお父さんじゃないって事?
 侍従 当たり前だよ。
 愛情問題担当大臣 万歳! (机の下に入り、這って出て来る。)漏らした、漏らした。で、奴の親父さんて、誰?
 侍従 雄狐に決まってるじゃないか。かかれ!
 愛情問題担当大臣 誰だって?
 侍従 雄狐。だって狐の親父は雄狐だろ?
 愛情問題担当大臣 狐って誰の事?
 侍従 勿論、今話になっている奴の事さ。(肘で家庭教師をつつく。)
(二人、酔って大声で叫ぶ。)
 家庭教師 ひょっとして、きょっとして、お前が知ったら。王女様、豚飼いとチュッしたって事、分っちゃったら・・・肘をつくな。ウィンクするな。
 侍従 かかれ!
 家庭教師 ブヨブヨのヘチマ野郎。
 愛情問題担当大臣 こいつら、何を喋っているんだ。
 侍従 ウーリュリュー。
 愛情問題担当大臣 豚野郎だって? 友達甲斐、友達甲斐がないよ、その言い方。ぶん殴ってやる。(頭を机の上にぶっつける。)村長! 村長! もっと酒を持って来い。(眠る。)
 家庭教師 此のヘチマ野郎、ねちまうなんて。わたしゃ寝る、アル、ない。何日だって寝る、アル、ない。ネムルンデル。ネルンデルン。(眠る。)
 侍従 ウーリュリュー。鹿だ、鹿だ。(真っ直ぐ走って、ばったり倒れて眠る。)
 村長(登場。)お申しつけ通り、酒を持ってまいりました。あ、あー。大臣寝てる。侍従寝てる。家庭教師寝てる。座ろう。はいはい、ひょっとすると、目を覚ますかな。いえいえ。(まどろむ。)
(扉、静かに開く。クリスチアン、登場。辺りを見回す。合図をする。ヘンリー、王女、登場。出口の方に隠れる。村長、これを見つけ、飛び上がる。)
 村長 何処へ行く・・・この・・・あ、憲兵殿・・・あれ、髭を剃ったのかな、変だぞ・・・戻れ!
 ヘンリー 殺すぞ。
 村長 そしたら怒鳴る。私は勇敢なんだ。
 クリスチアン ほら、金をやる。見逃して呉れ。
 村長 そんなもの。清廉で通っている男だぞ。笛を鳴らそう。
 王女 私に話させて。村長さん。どうぞ、私をかわいそうと思って。私、それは王女だけど、やはり娘なのよ。
(村長、啜り泣きを始める。)
 王女 あなたが私を引き渡せば、私は引っ張られて、無理やり知らない年寄りの人と、結婚させられるのよ。
(村長、啜り泣く。)
 王女 それでいいって言うの? 貴方方の王様って、とても横暴なのよ。それに私って弱いでしょう?
(村長、泣く。)
 王女 私、いやいやながらでも、生きていくような事するかしら。いいえ、すぐに死んで仕舞うわ。
 村長(大声で叫ぶ。)おお、早く逃げて下さい。 おお、そうでないと王女様、死んでおしまいに。(号泣する。)逃げて。おお。
(愛情問題担当大臣を除いて、全員跳び上がる。家庭教師、王女を掴まえる。階上へ連れて行く。侍従、笛を吹く。ウーリュリューを繰り返す。見張り、走って登場する。ヘンリーとクリスチアン、出口へと道を切り開く。
全員二人の後を追う。蹄の音。歌。)
   野原も森ももう見えない。
   僕は君しか見えないんだ。
   誰にも君は渡さない。
   ヘンリエッタは僕のもの。
 侍従 (入って来て。)逃げおった。王女様一人を、許嫁の所に連れて行くより、鹿を百頭狩る方が、よっぽど楽だよ。(愛情問題担当大臣を見る。)なんだ、こいつ寝てるのか。ねとけねとけ。力をためておくんだ。また王女様の跳ねっ返りでさんざん踊らされるんだから。ウーリュリュー。
                    (幕)
   
     第 二 幕
(応接室。隣に王の寝室があり、ビロードのカーテンの付いているアーチで、応接室と隔てられている。応接室には大勢の人がいる。カーテンのすぐ傍に、侍僕が鈴の紐を握って立っている。侍僕の隣に仕立屋が二人いて、王の衣装を急いで縫い上げている所。仕立屋の隣はコック長。コック長は王のココアにクリームを注いでいる。少し離れて、靴磨き二人。王の靴を磨いている。入口の呼び鈴が鳴る。扉にノックの音。)
 靴磨き 王様の応接室にノックがありました。コック長殿。
 コック長 応接室の扉にノックです。侍僕殿。
 侍僕 ノックだって? はいるように言え。
(この間、ノック、だんだん強くなっている。)
 仕立屋 (コック長に。)入ってよし。
 コック長 (靴磨き達に。)入ってよし。
 靴磨き 入れ。
(ヘンリーとクリスチアン、登場。機織りに変装している。白髪の鬘、白髪の顎髭。二人、周囲を眺める。それから侍僕にお辞儀。)
 ヘンリー、クリスチアン 今日は。鈴ならしの小父さん。
(返事なし。二人、眺め直す。仕立屋にお辞儀。)
 ヘンリー、クリスチアン 今日は、仕立屋さん。
(返事なし。)
 ヘンリー、クリスチアン 今日は、コック長さん。
(返事なし。)
 ヘンリー、クリスチアン 今日は、靴磨きの小父さん達。
 靴磨き 今日は、機織り。
 クリスチアン 口をきいたぞ。こりゃ驚いた。ちょっと他の人達どうなっちゃってるの? 唖(おし)?
 靴磨き 唖じゃないよ、機織り。宮廷の礼儀で、まず私を通さねばならんのだ。お前達の用件が何か分れば私がお前さんのことを、上司に報告してやる。ああ? 何だ、用事は。
 ヘンリー 私共は、世界一の機織りです。この国の王様は世界一のハイカラ、おめかし屋さん。ですから、陛下にお役に立ちたいと、やってまいりました。
 靴磨き 分った。コック長殿、世界一の機織りが、我が恵み深き陛下にお仕えしたいそうだ。
 コック長 分った。仕立屋殿、機織りがやって来たそうです。
 仕立屋 分った。侍僕殿、機織りです。
 侍僕 分った。おい、機織り。
 ヘンリー、クリスチアン 今日は、侍僕殿。
 侍僕 仕えたいと? よかろう。わしが総理大臣に直接口をきいてやろう。総理大臣は王様に取り持って下さるだろう。機織りは今すぐにでも謁見を賜れる。陛下がご結婚なさるので、機織りがひどく必要だと、仰っておられた。お前達、直ちにお目通りが叶うぞ。
 ヘンリー 直ちに、ですって? あなたの所まで辿りつくのに、二時間もかかったのですよ。大変なこっちゃ。
(侍僕以下全員身震いする。お互いに顔を見合わせる。)
 侍僕(小さい声で。) 機織りさん! 君達は尊敬すべきお年寄りだから、その白髪に免じて忠告しておくがね、この国の伝統にはケチをつけない方がいいよ。大昔のこの国の創立者によって正しいとされたものなんだから。我が国は世界で最も優れている。若しこれを疑うなら、いくらお年寄りでも、お前さん方の・・・(クリスチアンに何か耳打ちする。)
 クリスチアン まさか。
 侍僕 まさかじゃない。お前さん方から批判癖のある子供が生まれないようにな。お前さん方、アーリア人か?
 ヘンリー 昔から。
 侍僕 それを聞いて嬉しい。まあ座りなさい。それはそうと、もうこれで一時間も鈴を鳴らしているのに、王様はお目覚めにならない。
 コック長 (震えている。)わ、わ、わ、私が、き、き、き、君達の、ち、力に、な、なってあげよう。(走り去る。)
 クリスチアン 侍僕殿。 こんなに暑いのに、コック長殿は何故あんなに、マラリアみたいに震えているんですか。
 侍僕 わが陛下のコック長はストーブにへばりついて決して離れた事がない。それで暑さにすっかり慣れっこになって、去年など、例えば七月、陽がカンカン照りの時に、鼻の頭に霜焼けが出来たくらい。
(恐ろしい唸り声が聞こえる。)
 侍僕 あれは何だ。
(コック長走って登場。その後に、一つの桶を下げた、料理見習い人数人。桶の中から唸り声。)
 侍僕 どうした。
 コック長(震えながら。)あれは蝶鮫です、侍僕殿。これを王様の、し、し、寝室に置きましょう。蝶鮫はチョーと怒鳴って、お、お、王様を、お、お、お起こしします。
侍僕 駄目だな、蝶鮫は。結局、その・・・耳を貸せ・・・赤に近い色だろ。王様がこの色をどう思っておられるか、お前も知っているだろう。持って行け!
(料理見習い人、桶を持って走り去る。)
 コック長 これでいいんだ、コック長。おい、兵隊達を呼んで来い。寝室の窓の下で一斉射撃をやらせるんだ。なんとかなるかもしれん。
 クリスチアン 陛下は何時もこんなにぐっすり眠られるのですか。
 侍僕 五年ぐらい前には随分早起きでいらして、私が咳でもすると、寝床からパッと飛び起きておられた。
 ヘンリー ええっ?
 侍僕 本当の話だ。あの頃は心配事が多かったからなあ。しょっちゅう隣国を攻撃して、戦争をしていたから。
 クリスチアン それで今は?
 侍僕 それで今は、何の心配事もない。隣国がよってたかって、取れる土地は全部この国から取って仕舞った。で、王様はどうやって、やつらに仕返しをするか、夢で見ておられるのだ。
(太鼓の音。兵士の一小隊、登場。軍曹が指揮している。)
 軍曹(命令する。)小隊・・・気をつけ。
(兵士達、微動だにしない。)
 軍曹(命令する。)国王陛下、応接室入場に際し、心を込めて、溜め息を・・・つけ!
(兵士達、一斉にフウーと大きく溜め息をつく。)
 軍曹 国王陛下の偉大さを心に浮かべ、尊敬を込めて体震わせ・・・からだ。
(兵士達、両手を大きく広げて、からだを震わせる。)
 軍曹 おい、そこの馬鹿たれ。その震え方は何だ。前の奴に合わせてしっかり震えろ。指だ指だ。そうそう。腹に震えが見えんぞ。よしよし。気をつけ! 命令を・・・聴け!国王陛下の兵士である幸運に思いをいたし、感激のあまり、踊り・・・踊れ!
(兵士達、太鼓に合わせて隊伍を崩さず、一斉に踊る。)
 軍曹 気をつけ! 爪先立ちで・・・立て! 抜き足差し足・・・始め! 右へ・・・寄れ! もう一センチ右へ・・・寄れ! 国王の祖父殿下の肖像に目を向け・・・目! 鼻だ、祖父殿下の鼻に目を向けるんだ。・・・直れ。進め!
(兵士達、退場。)
 クリスチアン こんな規律の正しい兵隊さん達がいても、王様は戦争に負けたんですか。
 侍僕(両手を広げる。)まあそういう事もあるさ。
(総理大臣、登場。白髪の大きな顎髭のある、せわしない男。)
 総理大臣 御機嫌よう、職人さん達。
 全員声を揃えて 御機嫌よう、総理大臣殿。
 総理大臣 どうだ。ちゃんと運んでいるか? 侍僕。あ? 正直に話すんだぞ、正直に。
 侍僕 万事異常なしであります、閣下。
 総理大臣 まだ陛下は眠っておられるではないか。あ? はっきり言うんだ、隠し事はせんで。
 侍僕 眠っておられます、閣下。
(舞台裏で一斉射撃。)
 総理大臣 ははーん。正直に話すんだぞ。一斉射撃と言うことは、もうすぐ陛下が、起床遊ばされると言う事だな。仕立屋! 仕事はどうだ。正直にやるんだ。真っ直ぐ正面を向いてな。
 仕立屋一 最後の一針を入れる所です、総理大臣様。
 総理大臣 見せろ。(見る。)数えるんだ、いいか。我々の注文は知っているな? 最後の一針は陛下がお召しになるその直前に終わらねばならん。陛下は毎朝できたてのほやほやの衣装をお召しになる。最後の一針から一分も経ってみろ、陛下はお前達の仕立てたものなど、はっきり言って、お召しになりはしない。これは分っているんだな。
 仕立屋一 はい、承知しております。
 総理大臣 針は金(きん)で出来ているな?
 仕立屋一 はい、金で出来ております。
 総理大臣 金の針で仕上げその儘真っ直ぐ、陛下にお渡しするんだ。 真っ直ぐにだ、はっきり言って。コック長! クリームは、はっきり言って、泡立てたか? あ? 曖昧な手の込んだ言い方はせんでよい。陛下のココアに入れるクリームは泡立てたか。
 コック長 は、はい、閣下。
 総理大臣 見せてみろ。ほ、ほ。まてよ・・・おい、侍僕、これは誰だ。手の込んだ言い方は止めて、思い切って言ってみろ。
 侍僕 これは機織りです、閣下。雇われたいと言ってやって来ました。
 総理大臣 機織りだと? 顔を見せろ。ははあ、機織りか。どうだ、機織り?
 ヘンリー、クリスチアン 始めまして、閣下。
 総理大臣 陛下には、はっきり言って、言うなれば、機織りが欲しいのだ。今日陛下の許嫁、隣の国の王女様が到着される。おい、コック長。王女様の為の朝食は用意出来ているだろうな。あ?
 コック長 は、はい。用意が出来ております。
 総理大臣 どらどら。見せてみろ。
 コック長 おい、王女様にお出しするピロシキを持って来い。
 総理大臣 ああ、運んで来るな。その間、わしは陛下がその・・・言うなれば、はっきり言って、目をお覚ましになったかどうか、見てこよう。(寝室の方に退場。)
 コック長 ヘンリエッタ王女様はこの三週間、何もお召し上がりにならなかったそうで。
 ヘンリー かわいそうに! (素早く、紙に何かを書く。)
 コック長 でも今からは、一日中召し上がる事になりますよ。
 ヘンリー 何卒、その様に。
(料理見習い人、ピロシキの入った皿を持って登場。)
 ヘンリー ああ、なんていうピロシキだ。私はいろいろお城に出入りしましたが、こんな素晴らしいのは見た事がありません。この色! この柔らかさ!
 コック長 (おだてられて、微笑む。)そ、そう。この柔らかさと言ったら。じっと見つめるだけで、穴が開くくらい。
 ヘンリー さすが、料理の天才。
 コック長 一つ如何ですか。
 ヘンリー いえ、私ごときが頂いては。
 コック長 いいですよ。あなたはグルメの中でも通。めったに居ない通。その通の方に食べて戴けるんですから。
 ヘンリー(一つ取り、食べるふりをして素早くピロシキに紙片を入れる。)ああ、究極の味ですなあ。実に、この道の大家でいらっしゃる。世界中捜したって、これほどの名人は居ないでしょう。
 コック長 でもこの名人芸も残念ながら、私一代で終わりです。
 ヘンリー(噛む振りをしながら。)どうしてです?
 コック長 私の書いた「諸君、これが料理の作り方」と言う本が、なくなって仕舞ったんです。
 ヘンリー なくなった? どういう事ですか。
 コック長(ひそひそ声で。)広場で本を焼くのが流行になりましてね。最初の三日間は本当に危険な本が焼かれたのですが、それでも流行は止まなかったのです。で、あとは残った本を闇雲に焼き出したんです。もう今じゃ、本なんて物は全くありませんよ。だから藁を焼いています。
 ヘンリー(囁き声。)だけど、それ、ひどいね。
 コック長(辺りを見回しながら、囁く。)ここだけの話だけど、そう。ひどい話よ。
(此の短い会話の間に、ヘンリー、紙片の入ったピロシキを、一番上にうまくのせる。)
 侍僕 静かに! どうやら王様がくしゃみをされたようだぞ。
(全員、耳を澄ます。)
 ヘンリー(クリスチアンに、小声で。)手紙をピロシキの中に入れたぞ。
 クリスチアン うまくいったな、ヘンリー。心配するな。
 ヘンリー 手紙が油で読めなくなるんじゃないかな。心配になってきた。
 クリスチアン 心配するな、ヘンリー。もう一枚書けばいい。
(総理大臣、カーテンの後ろから這い出る。)
 総理大臣 陛下が片方の目をお開けになったぞ。 位置につけ。侍従達を呼べ。女官達は何処だ。おい、ラッパ手!
(ラッパ手達、侍従達、女官達、登場。ラッパ手達、カーテンの両側に素早く扇の形に並ぶ。侍僕、総理大臣か
ら目を離さず、カーテンの房を握っている。)
 総理大臣(緊張の為、上擦った囁き声で。)用意はいいな? はっきり言って。
 侍僕 用意完了です。
 総理大臣 (上擦った声で。)それっ、やれっ!
(侍僕、紐を引く。カーテン、大きく開く。その後ろには布団の山以外何もない。)
 クリスチアン 王様は一体何処?
 コック長 百四十八枚の布団の上でお休みになる。それ程高貴なお方だから。ここからは見えない。天井の丁度真下にいらっしゃる。
 総理大臣 (辺りを見回して。)静かに! 用意はいいか。寝返りをうたれたぞ。あ、ボリボリ掻かれて。顔を顰められた。座り直された。ラッパ!
(ラッパ鳴る。全員三度叫ぶ。「陛下、万歳。陛下、万歳。陛下、万歳。」シーンとなる。間の後で、天井から
我が儘坊主の様な声が響く。「あーあー、何だ、これは。どうしてこんな。何故わしを起こしたりする。夢で妖精と会っていたんだぞ。なんたる馬鹿げた事をしおって。」)
 侍僕 畏れながら申し上げます。本日陛下の御婚約者、隣の国の王女様がお見えになります。
 王(上から我儘(わがまま)丸だしに。)ああ、何だこれは。人をからかいおって。短剣はどこだ。今お前を切り殺してやる。とんでもない奴だ、お前は、全く。短剣は何処に行った。何度言ったら分るんだ。短剣は枕元に置いて置けと何時も言っておるだろうが。
 侍僕 でも陛下、もう十時半でございますが。
 王 何だと? それで起こしもしなかったのか。ええい。これでも食らえ。とんまめ。
(上から短剣が飛んで来る。侍僕のすぐ足元に刺さる。間。)
 王 どうしたんだ。ギャーと言わんのか。まさか怪我をしなかったんじゃないだろうな。
 侍僕 怪我をしませんでした、陛下。
 王 ほほう、では死んだのだな。
 侍僕 いいえ、死にませんでした、陛下。
 王 何だと。死ななかったと。何という詐欺。わしは不幸だ。腕が落ちて仕舞った。何という、何という話だ。そこを退(ど)け。わしは起きるぞ。
 総理大臣 位置につけ。陛下はベッドの上ですっくと立たれた。一歩踏み出された。傘を開かれた。ラッパ!
(ラッパ鳴る。アーチの下に王、現れる。王、開いた傘にぶら下がって、パラシュートの様に降りて来る。宮廷人達、「万歳」と叫ぶ。王、床につくと、傘を無造作に放り出す。侍従すぐ片づける。王、豪華な上着を着、王 冠を被っている。王冠はリボンで頭に縛り付けてある。リボンは華麗な蝶結びで顎に結ばれている。五十がらみ。健康で太っている。応接室は人で一杯なのに、誰にも注意を向けない。自分が部屋の中でたった一人といった様子。)
 王(侍僕に。)どうした。その顔は何だ。何故黙っている。王の御機嫌が悪いのが分っていながら、何のいい知恵も浮かばないのか。短剣を持って来い。(侍僕、短剣を手渡す。暫くの間、眺めながら考えている様子。それから上着のポケットにしまう。)怠け者め、高貴な者の手にかかって死ぬ事も出来んのか、お前は。そうだ、昨日お前に心付けで金をやったな。
 侍僕 はい、戴きました、陛下。
 王 返せ。お前は気にいらん。(侍僕から金を取り返す。)厭なやつめ。(前へ後ろへと歩く。その度に、畏敬の為鯱張(しゃちこば)っている宮廷人達に、王の上着の裾が触れる。)夢で可愛い、高貴な妖精を見た。この上もなく良種で純血種だ。わしらは二人で、まずみんなを苛めてやった。楽しかったなあ。そしたら起こされた。目の前にはこの厭な侍僕めだ。そうだ、わしは妖精になんて言ったっけな。あなたは魔法使いだ。蛙を睨む蛇みたいだ。貴方に魅入られて、貴方を愛さずに居られる男がこの世にいるでしょうか。(納得する様に。)うん、うまい台詞だ。(ダダを捏ねる様に。)それがどうだ。これは何だ。何故起こした。おい、お前。何故だ。
 侍僕 陛下に、縫いたてのパリパリの衣装をお着せしようと。
 王 たわけ!  機嫌が悪い時に、着物など着られると思っとるのか。まずわしを陽気にするんだ。道化を呼べ。すぐ。道化だ。
 侍僕 陛下の道化を!
(身じろぎもせずに立っている宮廷人の中から、道化が進みでる。堂々たる体格の男で、鼻眼鏡をかけている。跳びはねながら王に近づく。)
 王(公式の明朗さと力強さをもって。)おう、道化!
 道化(同様に。)おん前に、陛下。
 王(ソファに深く座りながら。)わしを陽気にさせい。すぐにだ。(ダダを捏ねて、哀れっぽく。)もう着替えの時間なんだが、無性に腹が立って、腹が立って。さあ、やれ!
 道化 (堂々と。)大変可笑しい話でございます、陛下。ある商人が・・・
 王(難癖をつけるように。)名前は?
 道化 ペーテルセンです。ある商人、その人の名はペーテルセン、彼が店から出てきました。そしたら石につまづいて、道路に鼻をぶっつけた。
 王 ハッハッハ。
 道化 丁度その時ペンキ屋が、バケツを下げて通りかかり、その商人にけつまづく。倒れる拍子にバケツのペンキ、通りかかったお婆さんに、バサッとばかり降りかかる。
 王 本当か。ハッハッハ。
 道化 お婆さんは驚いて、犬の尻尾を踏みつける。
 王 ハッハッハ。ハッハッハ。こりゃ可笑しい。ハッハッハ。(涙を拭きながら。)尻尾をか?
 道化 尻尾をです、陛下。怒った犬はそこにいた、太った男の足をガブリ。
 王 オッホッホ。ハッハッハ。ああ、ああ。もういい。
 道化 今度はその太った男が・・・
 王 もういい。もういい。これ以上聞くと腹が破裂して仕舞う。下がれ。わしは陽気になった。着替えをしよう。(顎の下のリボンの結び目を解く。)この夜(よる)用の王冠を下げて、朝用のを持って来い。よーし。(朝用のを付ける。)総理大臣を呼べ。
 侍僕 総理大臣閣下。国王陛下のもとへ。
(総理大臣、王のもとへ小走りに駆け寄る。)
 王(勇ましく。)やあ、総理大臣!
 総理大臣(同じく。)御機嫌うるわしゅう、陛下。
 王 どうだお前、ハッハッハ。わしの道化ときたら。婆さんの尻尾を踏んづけるとはな。ハッハッハ。あの話で気にいっている所はな、ユーモアのユーモアがある事だ。仄めかしも何もなく、そのものズバリ。商人が、太った男をガブリと噛む。ハッハッハ。それでお前、何かあるのか、ニュースが。あ?
 総理大臣 陛下! 陛下は良く御存知でしょう。私が潔白な人物、率直な年寄りであることを。私は人に面とむかって真実を話す男です。その真実がたとえその人に不快なものであっても。私は此処にずっと立っておりました。陛下がどの様にお目覚めになったかを。はっきり言って、じっと見ておりました。そして聴いておりました。王様がどの様に、はっきり言って、お笑いになったり、色々されて居るのを。歯に衣きせず、真っ直ぐ申し上げますのをお許し下さい、陛下。
 王 言え、言え。お前に対して、わしは決して腹を立てた事がないのはお前も知っているだろう。
総理大臣 老人の繰り言と思って、この私の率直な、乱暴な言葉をお許し下さい。陛下、陛下は・・・偉大な王様です。
 王(大変満足して。)よしよし。それから何だ?
 総理大臣 駄目です。駄目です。陛下。私は自分を抑えきれません。もう一度申し上げます。この私の勝手をお許し下さい。陛下は、巨人・・・巨星です。
 王 おお、言ってくれるな、ハッハッハ。
 総理大臣 陛下は歴史担当の学者(宮廷の学者)に、王女様の系図を調べよとお命じになりました。王女様の祖先について、とか、はっきり言って、いろいろ聞き出して来る様、お命じになりました。お許し下さい、陛下、あからさまに申し上げて。でも、これは本当に頭のいいやり方でした。
 王 いや、それほどでも。たいした事はないよ。
 総理大臣 美辞麗句を使わず、はっきり申しあげれば、学者は此処におります。呼びましょうか。(指で王を指して、上下に振りながら。)頭の良い方です。
 王 近う寄れ。嘘のつけない年寄り。(感動して。)お前に接吻させてくれ。これから先も決してわしに面と向かって真実を話すのを怖がってはならんぞ。わしは他の王達とは違う。たとえ真実がわしにとって不快なものであっても、わしは真実を愛するのだ。歴史担当の学者は来ているんだな。構わん、苦しゅうない。此処へ連れて来い。わしは今から着替えをして、ココアを飲んであいつの話を聴こう。ココア飲み飲みの着替えをする。用意させろ。誠実な年寄り。
総理大臣 畏まりました。(元気よく。)おつき!
(おつきの者達、ラッパの音にあわせて、衝立を持って来る。 王、その後ろに隠れる。頭だけが見える。)
 総理大臣 仕立屋!
(さらに荘厳なラッパの音。仕立屋達、歩きながら、最後の縫い取りをして、衝立の傍に立つ。)
 総理大臣 コック長!
(コック長、ラッパに合わせて衝立まで行進する。ココアのはいったカップを侍僕にわたす。あとずさりする。
宮廷人達の背後に隠れる。)
 総理大臣 学者!
(宮廷の学者が両手に巨大な本をもって衝立のまえに立つ。)
 総理大臣 気をつけ! (見回す。)
(全員気をつけをする。)
 総理大臣 (命令する。)用意・・・始め!
(ラッパの音。軽いリズミカルな音楽に変わる。オルゴールが鳴っているような音。衝立の前で堅くなっていた仕立屋、衝立の後ろに入る。侍僕、王にココアを匙で飲ませる。)
 王(二三回、飲み込んだ後、元気よく叫ぶ。)御機嫌よう、歴史担当の学者!
 学者 御機嫌うるわしゅう、陛下。
 王 さあ、話せ。いやちょっと待て。総理大臣! 廷臣達にも聞かせてやれ。
 総理大臣 廷臣達よ、お前達も聞いてよいとの陛下からのお許しだ。
 男の宮廷人達 陛下万歳! 陛下万歳! 陛下万歳!
 王 娘達も許す。女官達にもな。カッコウ。(衝立の後ろに隠れる。)
 第一女官(初老のエネルギッシュな婦人。低い声で。)カッコウ、陛下。
 王(這い出して来て。)はっはっは。(元気良く。)御機嫌よう、お転婆。
 第一女官 御機嫌うるわしゅう、陛下。
 王(ふざけて。)おはねちゃん、夕べは、どんな夢を見た?
 第一女官 王様の夢です、陛下。
 王 ほう、わしの夢か。偉い!
 第一女官 畏れいります、陛下。
 王 で、娘達、お前達は夢で何を見た?
 他の女官達 王様の夢です、陛下。
 王 偉い!
 他の女官達 畏れいります、陛下。
 王 宜しい。第一女官! 女性達の軍隊教育見事であるぞ。今日のあの者達の返事、なかなか男らしい。予は満足である。お前の位はなんだ。
 第一女官 大佐です、陛下。
 王 少将に昇進させる。
 第一女官 謹んで御礼申し上げます、陛下。
 王 お前はそれだけの務めを果たしておる。お前がこの三十年間一番の美女だ。その間、お前はわしのことしか夢に見なかった。お前はわしの小鳥ちゃんだ。少将!
 第一女官 畏れ入ります、陛下。
 王(甘える様に。)ねえ、かわいこちゃん達、まだあっちに行かないで、お願い。教授が僕の事カサカサにするから。さあ、教授、始めたまえ。
 学者 陛下、小生、助教授、平凡社太郎、非常勤講師、小学館二郎、の助力により、我々の素性正しき王女様の系図を正に正確に、作成致しましてございます。
 王(女官達に、「そら、言った通りだろう? 」と言う風に。)カッコウ。ヒッヒッヒ。
 学者 先ず最初に、王女様の紋章について申し上げます。紋章とは、陛下、先祖代々から伝承されし意匠――デザイン――でありまして、さよう、一定の規則、さよう、一定の規則に従ったデザインを言うので有ります。
 王 紋章が何かぐらい、わしは知っておる。
 学者 太古の昔より、象徴としてのデザインが使用される様になりました。さよう、指輪の宝石に刻まれたデザインであります。
 王 やれやれ。
 学者 そして、そのデザインが武器、旗、その他にも、さよう、武器、旗、その他にも、描かれる様になったので有ります。
 王 ツイープ、ツイープ。小鳥達!
 学者 このデザインは自分を他の・・・
 王 デザインはもう沢山だ。本論に入れ。カッコウ。
 学者 はい。自分を他の有象無象の群衆から区別したいと言う願望から来ております。さよう、区別したいと言う願望から。即ち、自分にはっきりした特徴を与えたいと言う願望から来ております。時には戦闘の真っ最中にさえ、この願望が見られます。さよう、戦闘の真っ最中にも。
(王、衝立から出て来る。輝くばかりの衣装。)
 王 本論だ、教授!
 学者 紋章は・・・
 王 本論と言っておる。簡潔に!
 学者 十字軍時代には既に・・・
 王(短剣を振り回して。)犬の様に殺してやるぞ。簡潔に話せ。
 学者 そういう事でしたら、陛下、今からブラゾニール致します。
 王 ええ? 何をするだって?
 学者 ブラゾニール致します。
 王 許さん! 何を馬鹿な事を始めるんだ・・・ブラゾニールって何?
 学者 陛下! ブラゾニール。紋章の模様を記述する事です。
 王 それなら許す。
 学者 ではブラゾニール致します。王女様の紋章。金色の楯の上一面に真紅のハート、多数あり。これを背景に三羽の紺色の冠を戴いた雷鳥。その雷鳥が一匹の豹をおんぶして居ます。
 王 なんだ? おんぶして居るだと?
 学者 はい、陛下。そして縁は王家の花で飾られています。
 王 分った。あまり気にいらんな。まあ良いだろう。系図に行こう。しかし簡潔にな。
 学者 畏まりました、陛下。昔、アダムが・・・
 王 なんだと! 王女はユダヤ人か。
 学者 何を仰いますか、陛下。
 王 しかし、アダムはユダヤ人なんだろう?
 学者 それは議論の余地がある問題です、陛下。アダムはユダヤ人とタタール人のあいのこだった、と言う情報が、私にはありまして・・・
 王 どうでも良い。 わしには、王女が血筋正しい家柄であるかどうかが問題なのだ。血筋が今は流行だからな。で、わしは流行の最先端だ。そうだな、小鳥ちゃん達?
 女官達 そうですとも、陛下。
 学者 そうです、陛下。陛下は思想においても、何時でも最も近代的な水準にいらっしゃった。さよう、最も近代的な水準に。
 王 そうだろう? わしのズボン一つだってえらく高いんだぞ。続けろ、教授。
 学者 アダムが・・・
 王 またか。どうせ分かっとらんのだろう。その問題はおいとけ。もっと時代を下げろ。
 学者 ファラオ・イサメートが・・・
 王 イサメートもおいとけ。汚い名前だ。時代を下げろ。
 学者 では、お許しを戴きまして、陛下、直接王女様の王朝から始めます。王朝創始者、ゲオルク一世。その功績の故に、またの名を大王。さよう、大王。
 王 なるほど。
 学者 その後を継いだのがゲオルク二世。その功績の故に、またの名を平凡王、さよう、平凡王。
 王 わしは急いで居る。祖先の名を列挙するだけにしろ。異名の由来などすぐ分る。早くせんと斬り殺すぞ。
 学者 畏まりました。次に行きます。ウィリアム一世、陽気王。ヘンリー一世、チビ王。ゲオルク三世、駄々っ子王。ゲオルク四世、善良王。ヘンリー四世、糞食らえ王。
 王 変な名前だな。由来は何だ。
 学者 その功績に因りまして此の名が、陛下。次がフィリップ一世、異常王。ゲオルク五世、滑稽王。ゲオルク六世、不良王。 ゲオルク七世、裸足王。ゲオルク八世、貧血王。ゲオルク九世、不作法王。ゲオルク十世、細足(ほそあし)王。ゲオルク十一世、勇敢王。ゲオルク十二世、意地悪王。ゲオルク十三世、厚顔無恥王。 ゲオルク十四世、面白王。そして最後に現王、王女様の父君、ゲオルク十五世。その功績により、またの名を、髭面王。左様、髭面王。
 王 かなり長く続いている家系だな。それに多種多様の祖先と来て居る。
 学者 御意にございます、陛下。王女様には母方の系列を勘定に入れなくとも、祖先が十八人、左様、十八人。
 王 これで充分だ・・・下がれ、(時計を見る。)おお、もう遅いぞ。早く宮廷詩人を呼べ。
 総理大臣 宮廷詩人をこれへ。駆け足!
(宮廷詩人、王のもとへ駆けて来る。)
 王 御機嫌よう、宮廷詩人。
 宮廷詩人 御機嫌うるわしゅう、陛下。
 王 歓迎の演説は作ったな。
 宮廷詩人 はい、陛下、私のインスピレーションが・・・
 王 で、王女到着の際の詩は?
 宮廷詩人 詩の神ミューズの助けにより、五百八個の荘重極まる韻を捜すのに成功しました、陛下。
 王 韻だと? お前は韻だけを読むのか。詩はどうしたのだ、詩は?
 宮廷詩人 陛下、ついこの間、私の詩の神ミューズはかってのお気に入りの第二女官との別離の詩をお作りしたばかりではございませんか。
 王 お前の詩の神ミューズは何時も現実に遅れをとっとるぞ。お前は神と連れ立って、やれ別荘を呉れ、やれ家を呉れ、やれ牛を呉れ、と言うだけではないか。糞食らえだ。何故詩人に牛がいるのだ。それに、いざ書く段になると、やれ、遅れました、やれ、出来ません・・・お前達は何時もこれだ。
 宮廷詩人 それは、私の陛下に対する帰依の情が・・・
 王 帰依などどうでもいい。詩だ。
 宮廷詩人 しかし、演説の方は出来ております、陛下。
 王 演説か、そうだ、お前達はそれでも演説に関しては名人だったな。 まあいい。せめて演説でも見せてみろ。
 宮廷詩人 実は演説でもなくて、そのー、会話なのです。陛下が話しかけられて、王女様がお答えになる。お答えの写しは王女様宛特別仕立ての早馬で送り届けました。読み上げても宜しいですか。
 王  読み上げろ。
 宮廷詩人 陛下がまずおっしゃいます。「殿下、私どもの国に朝日が昇るようにおでまし下さって、幸せでございます。殿下の美しさが辺りを払う様でございます。」これに対して、王女様がお答えになります。「お日様、それは王様の方ですわ、陛下。王様の御勲功の輝きはライバル達を光り負けさせて居ります。」これに対して王様、「私を正当に評価して下さって、幸甚に存じます。」これに対して王女様、「王様の真価、それが私達の将来の幸せの証明ですわ。」王様のお答え、「私の事をそれほど分っていて下さる殿下、私にはもうたった一つの事しか申し上げる事はございません。それは、殿下はお美しいと同時に、本当に聡明でいらっしゃる。」これに対して王女様、「陛下にお気にいって戴き、嬉しゅうございますわ。」王様「私達はお互いに愛しあって行けそうですね、殿下。接吻をお許し下さい。」
 王 なかなかいいぞ。
 宮廷詩人 これに対して王女様、「恥ずかしさで一杯ですわ・・・でも・・・」 此処で大砲がドーン、軍隊が「ウラー」・・・で王様は王女さまにキスを。
 王 キス? ハッハッハ。悪くないな。唇にか?
 宮廷詩人 はい、左様で、陛下。
 王 こりゃ、いい。下がって宜しい。ハッハッハ。宮廷詩人、こりゃなかなかいいぞ。うん。(元気よく、第一女官の腰を抱く。)目通りを望んで居るものが他に居るのか、あ?ハッキリ言う大臣、あ?
 総理大臣 陛下、包まずに申し上げますと、まだ機織りが、お目通りを待っております。
 王 なんだ? 何故はやく許さん。早くしろ。駆け足で来させろ。
 総理大臣 機織り、御前に! 駆け足。
(ヘンリーとクリスチアン、元気よく飛び跳ねながら、舞台中央に進む。)
 王 なんておいぼれた・・・いや、経験豊かな(それなのに)なんて元気のいい働き手だ。 どうだな、機織り。
 ヘンリー、クリスチアン 御機嫌うるわしゅう、陛下。
 王 どうだ。おい、何故黙って居る。(クリスチアン、傍で溜め息をつく。)なんだ、言う言葉がないのか。(ヘンリー、傍で溜め息をつく。)どうした。
 クリスチアン かわいそうな王様。ウ、ウ。
 王 わしを驚かせようというのか。馬鹿者共。どうしたのだ。何故わしがかわいそうか。
 クリスチアン こんなに偉大な王様なのに、このような御衣装とは。
 王 このような御衣装とはどういう意味だ。あ?
 ヘンリー フツウーの御衣装。
 クリスチアン 誰もがお召しになる。
 ヘンリー 例えば、隣国の王様達みーんなと同じ。
 クリスチアン おお、陛下、おお。
 王 これは何だ。こいつらは何を言っとるんだ。そんな馬鹿な事があってたまるか。棚を開けろ。レース衣装四千九番のマントを持って来い。これを見ろ。馬鹿者奴が。正真正銘のファイだぞ。縁までプレチョーヌイ、ギピュール。上の方は、見ろ、シートエ、アラーンスキエ、クルージェバ。下はバランシェーヌ。これがわしのレースの衣装だ。これでも隣国の王様達と同じというのか。靴を出せ。見ろ。靴だって、バラバンスキーレースで縁飾りがしてある。こんな豪華なものを見た事があるか。
 ヘンリー あります。
 クリスチアン 何度も。
 王 ええい。 何を生意気な。それならわしの礼服を持って来い。これじゃない、馬鹿者。八千四百九十八番だ。見てみろ。これが分るか。
 ヘンリー ズボンです。
 王 素材は。
 クリスチアン 素材をお訊きに? グラ・デ・ナープリですよ。
 王 生意気な奴め、どうだ、グラ・デ・ナープリ。これで何でもないというか。このチョッキを見ろ。正真正銘のグラ・デ・トゥールだ。 袖がグラ、グレーン。襟がグラ・デ・スワ。マントはチュルクワーズ。見ろ。表面は縦縞のレプスだ。うっとりするだろう。何故顔を背けるのだ。
 ヘンリー 見た事がありますから。
 王 この靴下もか。ドラ・デ・スワだ。
 クリスチアン これもよく見ているなあ。
 王 馬鹿な。触ってみろ。
 ヘンリー そんな事しなくたって、知っていますよ。
 王 知って居るだって? この婚礼用のズボンを見てみろ。
 クリスチアン コヴェルコートですね。
 王 そうだ。しかし、物を見ろ、物を。これほどの物は世界中何処を捜したってないぞ。チョッキがサージでその襟がボストンだ。マントはどうだ。トゥリコだ。見たことがあるか。馬鹿め。
 ヘンリー こんな物は、陛下、本当にどんな馬鹿だって見た事がある代物です。
 クリスチアン 私共の拵える織物、おお、それは、ただ賢い人だけが見える織物です、陛下。陛下の為に私共が織って差し上げようと言う婚礼衣装は、正に前代未聞の物です。
 王 そうだ。それが誰でもが言う台詞だ。推薦状はあるのか。
 クリスチアン 私共は一年中トルコのサルタンのもとで働きました。サルタンはひどく喜ばれて、これは筆舌に尽くしがたい、との御批評。で、私共に何も書いて下さいませんでした。
 王 ほほう、トルコのサルタンか。
 ヘンリー インドのムガール帝も、親しく感謝の気持ちを述べられました。
 王 はあ、インドのムガール帝もか。しかし、まさかお前達知らんではあるまい、この国が世界で第一級の国だと言う事を。他の国はみな駄目。この国は偉い。な、聞いた事があるだろう。
 クリスチアン そればかりでは有りません。私共の作る織物は一つ、素晴らしい、まるで奇跡の様な性質があるのです。
 王 よし、想像してやる。(王、目を瞑る。)言って見ろ。
 クリスチアン 先に申し上げましたが、陛下、この織物は、ただ賢い人にしか見えないのです。自分の地位に相応しくない人や、全くの馬鹿には見えないのです。
 王(興味をそそられて。)ほほう、ほほう、なるほど。
 クリスチアン 私共の織物は自分の地位に相応しくない人や馬鹿には見えないのです。
 王 ハッハッハ、オッホッホ。ああ、腹が痛い。イタタタタタタ。そうすると、例えば、この総理大臣が若し自分の地位に相応しくなかったら、この織物が見えないという訳か。
 クリスチアン 見えません、陛下。その織物の性質がそうなっているのです。
 王 アッハッハッハ。(笑い過ぎてぐったりする。)おっちゃん! 聞こえたか。おい、総理大臣、お前に言っとるんだ。
 総理大臣 陛下、私は奇跡を信じません。
 王(短剣を振り回す。)何だと、奇跡を信じないだと? 玉座の正にすぐ傍に奇跡を信じない人間がいるなどと。唯物論者だな、お前は。地下牢にぶち込んでやる。厚かましい奴め。
 総理大臣 陛下! 敢えて抗弁致しますが、年のせいとお許し下さい。早合点をされては困ります。陛下はまだ最後までお聞きになっていらっしゃいません。私が申し上げたかったのは、「 [私は奇跡を信じません] 等と言う奴はそいつらこそ愚物なのだ。」という事でして、愚物は奇跡を信じません。本当は我々がなんとか生きて行けるのは奇跡の御陰だというのに。
 王 おお、そうか、それならいい。ところで機織り。それはたいした織物だ。そうなるとわしの配下で、その地位に相応しくない人物はすぐわかると言う訳だ。
 クリスチアン 左様でございます、陛下。
 王 それから、誰が馬鹿で、誰が利口かもすぐ分る。
 クリスチアン 一瞬のうちに、陛下。
 王 絹か。
クリスチアン 正真正銘の、陛下。
 王 待って居れ。王女を出迎えた後、また話す。(ラッパ、鳴る。)あれは何だ? え? 年寄り、お前行って見て来い。
 総理大臣 あれは陛下にお仕えする愛情問題担当大臣が到着した合図です。
 王 ハッハッハッハッハ。おいおい。愛情問題担当大臣、早くしろ、こら、早く来い。
(愛情問題担当大臣、登場。)
 王 よいニュースか。顔で分るぞ。良いニュースだな。御機嫌よう、愛情問題担当大臣。
 愛情問題担当大臣 御機嫌うるわしう、陛下。
 王 おお、近う、近う。さあ、聴こう、大臣。
 愛情問題担当大臣 陛下、残念でございます。王女様の身持ちに関しては、全く非のうちどころが有りません。
 王 へへー。じゃ何故「残念でございます。」なんだ。
 愛情問題担当大臣 血筋の正しさが、陛下、残念ながら。王女様は二十四枚の布団の下の豌豆豆をお感じになりませんでした。それどころか、それ以後の旅程すべて、たった一枚の布団で休まれました。
 王 何をニヤニヤ笑って居る。馬鹿奴。つまり、婚礼はとり行われない、という事だな。こんなにその気になっておるのに、なんちゅう事だ。けしからん話だ。もっと近うよれ。切り殺してやる。
 愛情問題担当大臣 でも、陛下。陛下にこの不愉快な真実をお隠し申し上げる権利が私にはございません。
 王 今お前にその不愉快な真実はなんで有るかを見せてやる。
(短剣をもって愛情問題担当大臣を追い掛ける。)
 愛情問題担当大臣(金切声を上げる。)ヒエー。ああ、降参でーす。お助けくださーい。(部屋から走って退場。)
 王 下がれ。全員下がれ。わしは気分をこわしたぞ。侮辱されたぞ。皆殺してやる。去勢してやる。流刑だ。下がれ。
(総理大臣を除いて、全員謁見の間から走り退場。)
 王(総理大臣の所へ駆け寄り。)追っ払え。すぐさま王女を追っ払って仕舞え。ひょっとしてあいつはセム人か、それともハム人か。追い出せ。すぐに。
 総理大臣 陛下、年寄りの話しをお聴き下さい。私は熊顔まけの愚直そのもの。どうぞお聞きを。王女様を血筋正しくなき理由にて追い払われるのは、父王を怒らせる事になります。
 王(足踏みして。)怒らせればいい。
 総理大臣 戦争になります。
 王 屁とも思わん。
 総理大臣 寧ろ、陛下、王女様にお会いになることです。そして柔らかく、丁寧に、「そのー、顔がどうも気にいらなくて。」と仰れば、私は率直に、真っ直ぐ申し上げます。王様、王様はこういった事柄に関してはうでっこきでいらっしゃいます。王様のお眼鏡に叶う様な人がめったに居るわけが有りません。ですから、私共が王女様をそのー、ひっそり、こっそり、追い払います。みーえた、見えた。王様偉い。わーたし、正しい。王様、分る。王様、賛成。
 王 わしは賛成だ。大臣。まず、全員で出迎えるとしよう。それから王女を追っ払って遣る。中庭で歓迎だ。
 総理大臣 おお、陛下。おお、天才。(退場。)
 王(駄々を捏ねる。)ええい、こいつは。ええい、こいつはたまらん。また不快になってきおった。道化! 道化を呼べ。話をしろ、道化。わしを陽気にさせるんだ、陽気に。
(道化、飛び跳ねながら登場。)
 道化 ある商人が・・・
 王(難癖をつける様な調子で。)名前は?
 道化 リュドヴィークセンです。ある商人が橋を渡っておりますと、突然川におっこちた。
 王 ハッハッハ。
 道化 通りかかった小舟の漕ぎ手、その頭のテッペンを、靴の踵でガツーンと。
 王 ハッハッハ。頭のテッペンか。ホッホッホ。
 道化 漕ぎ手もドブンと川の中。川岸に通りかかったお婆さん。そのスカートに縋りつく。こちらもドブンと水の中。
 王 ハッハッハ。腹が痛い。オッホッホ。ハッハッハ。ハッハッハ。(歓喜に満ちた目を道化から逸らさず、涙を拭く。)それで?
 道化 水の中のお婆さんは・・・
                   (幕)
   
(王宮の中庭。色々な色の敷石で敷き詰められて居る。後ろの壁に玉座。右手に群衆の為の垣。)
 愛情問題担当大臣 (びっこを引きながら登場。呻く。)オッホ。(これは「痛い」と言う呻き声。叫ぶ。)此処でーす、侍従どのー。オッホ。
 侍従 何を呻いて居る。殴られたかー? あ? ウーリュリュー。
 愛情問題担当大臣 ああ、いーやー。殴られたんじゃなーい。殺されたー。ここー。ゆりいすのお姫様、此処に運んでー。オッホ。
 侍従 しかし、どうしたんだー。ウオウ。
 愛情問題担当大臣 見れば分るー。(走り退場。)
(おつきの者達、ゆりいすに座った王女を運び、登場。家庭教師と侍従、ゆりいすの傍について登場。)
 侍従(運んで来た者たちに。)ゆりいすを此処に置け。かけあーし。窓に近づくな。此の覗きや。かかれー。
 家庭教師(侍従に。)あいつに言え。ポケットから手を出す。鼻糞をほるな。真っ直ぐ立つ。
 侍従 アッハ。躾、私の仕事、アル、ない。まてよ、王女様何か読んでる。つけぶみした奴、居るのかな。ゴーゴリ、モーゴリ。(「もぐ、もぐ。」ほどの意か。)(運んで来た者達に。)何を聴いている。どうせお前達は聴いても分らん。外国語だ。下がれ!
(運んで来た者達、走り退場。)
 侍従(家庭教師に。) 肩の荷おりる、アル。王女様を王様に、アイン、ツヴァイ、ドライ。一二の三で、渡す、アル。そしたら、もう、ウナ、ドナ、レース?
 家庭教師(陽気に。)肩の荷、クビーンチェル、バーバ、ジェス。しあわせ。
 侍従(王女に。)王女様、御用意下さい。今から王様に我々の到着をお知らせしますから。王女様! お休みになっていらっしゃるのですか。
 王女 いいえ。ちょっと考えているだけ。
 侍従 オッホ。よし、それでは。(家庭教師に。)ヂス扉、アラウンド。見張る。な?私、王様と、アヴェック、ルワ、戻って来る。(退場。)
 家庭教師 ウーント。(中庭の出口に立つ。)
 王女 此処は何から何まで変わっている。到る所、石が敷き詰めてあって、草木は一本もない。壁はまるで狼が子羊を睨んで居る様。私ったらおどおどする筈なのに、この手紙の御陰、にっこりしちゃうくらい。立派な、巻き毛の、私のかわいこちゃん。優しい、生まれの良い、いいこちゃんのヘンリー。嬉しくなっちゃう。(手紙にキスする。)ああ、なんて気高い、いい匂い。ああ、此の油にまみれている様子。なんて美しい。(読む。)ス僕等は此処に居る。僕は白い髪の毛に、白い顎髭だ。王にあの言葉を言うんだぞ。着ている衣装がボロいと言ってやれ。ヘンリー。セ何の事かちっとも分らない。それくらいヘンリーって頭がいいんだわ。だけど何処にいるんだろう。一秒でいいから、会いたいなあ。
(壁の後ろから歌。静かに、二人の男の声で。)
 声 二人で一緒に戦おう。
   勝って一緒に帰るんだ。
   君と僕、僕と君。
   恋しい僕のヘンリエッタ。
 王女 あ、ヘンリーの声だ。と言う事は、もうすぐ此処に来るんだわ。この間と全く同じ。歌い終わると姿を現すって事。
(総理大臣登場。王女の美しさに打たれ、動けなくなる。)
 王女 ああ、あれだわ。白い髪の毛、白い顎髭。
 総理大臣 私の様な品のない年寄りが、こう申し上げるのも、王女様、年に免じてお許し下さい。王女様のお美しさ! 私は今ぼーっとなって居ます。
 王女(総理大臣の方に駆け寄る。)さあ!
 総理大臣(全く分らず。)はい、殿下。
 王女「顎髭を引っ張れ。」って、どうして言わない。
 総理大臣(ギョッとして。)何故でございます、殿下。
 王女(大声で笑う。)またまた。今度はもう騙されない。すぐ分ったんだから。
 総理大臣 ええっ?
 王女 今度は引っ張り方もちゃんと覚えて居るの。(力いっぱい顎髭を引っ張る。)
 総理大臣(金切り声を上げる。)王女様!
(王女、髪の毛を引き、鬘をもぎ取る。下は禿である。)
 総理大臣(金切り声を上げる。)助けて!
(家庭教師、駆け寄る。)
 家庭教師 王女様に何する、アル。変な年寄り! リャー。パ、デ、トロワ。
 総理大臣 バット、私は・・・陛下にお仕えする、総理大臣アル、である。
 家庭教師 王女様、何故此の男のヒゲ、ヒッパッテッド?
 王女 こんな人なんか悪魔の角にかかって仕舞えばいい。
 家庭教師 気付薬を、王女様。ヴァス、イス、ダス。
 王女 気付薬? そんなもの叩き割っておしまい。
 総理大臣(嬉しそうに笑う。傍白。)これは本物の気違いだ。これはなかなか良い。簡単に追い返せるぞ。早速、王様に報告だ。いや、待てよ。王様は不愉快な報告はお嫌いだ。御自分で見て貰おう。(王女に。)王女様、年寄りの常で、思った儘をずばり申し上げるのをお許し下さい。王女様は本当にお茶目な方で、私も心から嬉しゅうございます。女官達もきっと王女様の事をお慕い申し上げる事でございましょう。ええ。女官達を呼びましょうか。旅の汚れを清め申し上げ、お慰めに、色々な物をお見せしましょう。その間、私共は此処で御歓迎の用意を致します。おい、女官達!
(女官、軍隊式に、隊伍を組んで登場。)
 総理大臣 王女様、女官達を紹介致します。みんなお会いできて喜んでおります。
 王女 私も嬉しいわ。此処で私独りぼっち。寂しかった。あなた方みんな私を同じくらいの年でしょう? 私に会って本当に嬉しい?
 第一女官 王女様、御報告申し上げます。
 王女 ええっ?
 第一女官 王女様、私の当直の間、全く異常なしであります。他に当直者は女官四名、一名が通常勤務、一名が特別勤務、あと二名が結婚式当日の興奮でヒステリー中であります。
(挙手の礼をする。)
 王女 兵隊さんなの?
 第一女官 兵隊ではありません。私は少将であります。中庭へおでまし下さい、王女様。(女官達に。)整列! 気を付け。並み足・・・進め。
(行進。)
 王女 なんてこと!
(女官達、扉から退場。王女、退場。)
 総理大臣 おい、そこのお前!  兵隊達を連れて来い。わしは群衆を見て来る。(退場。)
(士官が兵隊達を従えて登場。)
 士官 国王陛下へのお目見えを予感して、恐れの為に、力なくなれー!
(兵士達、うずくまる。)
 士官 膝をかがめー・・・進め!
(兵士達、膝をかがめて進む。)止まれ。整列。みぎみぎ、もうすこし左。壁に向け・・・壁! 気をつけ。
(群衆登場。総理大臣が垣の後ろに群衆を誘導する。)
総理大臣 (群衆に。)お前達が、洵に忠良なる臣民である事は良く分っておるが、次のことは注意しておく。宮殿の中庭では、口を開く時は、「ウラー」と叫ぶ時か、国歌斉唱の為か、そのどちらかでなければならん。分ったな。
 群衆 分りました。
 総理大臣 よく分っていないな。もうお前達は宮殿の中庭にいるんだぞ。「ウラー」の代わりに何故他の言葉を言うんだ。あ?
 群衆(困った様に。)ウラー。
 総理大臣 陛下だぞ。陛下が親しくお前達のすぐ傍に来られるのだ。賢い、並みでない方、他の人間とはまるで違う人。その様な自然の生んだ奇跡が、急にお前達から二歩と離れていない所にお出でになる。恐れ多くも、かしこくも、だ。分ったか。
 群衆(敬虔に。)ウラー。
 総理大臣 王様がいらっしゃるまでは黙っていろ。おなりになったら国歌斉唱。陛下が「直れ」と言われるまで「ウラー」と叫ぶ。その後はまた黙る。士官の合図で近衛部隊が叫ぶ時には、お前達も叫ぶんだ。分ったな?
 群衆(慎重に。)ウラー。
(「王様だ。王様だ。王様だ。」の声が近づく。おつきの者達を従えて、王登場。)
 士官(号令。)陛下のお姿に接し、歓喜の為、気絶・・・ドスン。
(兵士達倒れる。)
 総理大臣(群衆に。)国歌斉唱!
 群衆 ホーラ、王様。ソーラ、王様。
    フートゥイ、ヌートゥイ。素敵な王様。ウラー。
    ホーラ、王様。ソーラ、王様。
    フートゥイ、ヌートゥイ。素敵な王様。ウラー。
 王 直れ!
(群衆、黙る。)
士官 正気に・・・戻れ!
(兵士達、立ち上がる。)
 王 王女は何処に居る。どうしたんだ、これは。ひどい憂鬱だ。早く朝食が食べたいのに。この・・・あいのこ女めが・・・今あいつは何処にいるんだ。すぐ追っ払ってやるぞ。
 総理大臣 王女様が来られます、陛下。
(女官達に伴われて、王女登場。)
 士官(号令。)若い、美しい王女様のお姿に接して、喜々として・・・跳べ。
(兵士達、飛び跳ねる。)
(王女登場の瞬間から、王の態度、奇妙になって居る。表情には狼狽の色が浮かんでいる。声は虚ろで、催眠術にかかったかの様である。王女を見て牛の様に頭をかがめる。王女、壇に上る。)
 士官(号令。)止め!
(兵士達、飛び跳ねるのを止める。)
 王(夢遊病者の様に、喉声のテノールで。)御機嫌よう、殿下。
 王女 此のオタンコナス。
(暫くの間、王、王女を見つめる。王女の言葉の意味を探ろうとするように。それから奇妙な微笑を浮かべ、大
きくお辞儀をして、咳払いする。)
 士官(号令。)緊張の為、馬鹿に・・・なれ!
 王(前と同じ調子で。)殿下、私共の国に朝日が昇る様におでまし下さって、幸せでございます。殿下の美しさが、辺りを払う様でございます。
 王女 黙れ。へちゃむくれのガンモドキ。
 王(同じ調子。)私を正当に評価して下さって、幸甚に存じます。
 王女 馬鹿!
 王(同じ調子。)私の事をそれほど分っていてくださる殿下、私にはもうたった一つの事しか申し上げる事はございません。それは、殿下はお美しいと同時に、本当に聡明でいらっしゃる。
 王女 青脹れの半片野郎。
 王 私達はお互いに愛し合って行けそうですね、殿下。接吻をお許し下さい。(一歩踏み出す。)
 王女 あっちへ行け、ハゲチョビン。
(大砲轟く。歓呼の声「ウラー」。王女、壇から下りる。王、膝を曲げない奇妙な歩き方で前景に進み出る。王
を女官達が取り巻く。総理大臣、王の肘を支える。)
 第一女官 陛下! あの無礼者をつねってやりましょうか。
 総理大臣 陛下! 医者を呼びましょう。
 王(やっとの事で。)いや、医者はいい・・・いや・・・(叫ぶ。)機織り!
 総理大臣 連中は此処に居ます、陛下。
 王(叫ぶ。)すぐさまわしに婚礼用の衣装を作るんだ。
 第一女官 でも、陛下、あの女、規律をめちゃめちゃに破っているんですよ。お聴きになったでしょう?
 王 いや、聞こえなかった。わしにはただ見えていただけだ。わしは恋してしまったぞ。あの女は奇跡だ。結婚だ。今すぐに結婚だ。何だ、けしからん。何を驚いて見つめておる。あれの出生など糞食らえだ。全ての法律を書き換えるぞ。素晴らしい人だ。さあ書き留めろ。わしはあれにこんにち只今、最もやんごとない、最も血筋の正しい、出生証明書を交付するぞ。世界中がわしに反対しようと、わしは結婚するぞ。
                    (幕)
   
(宮殿の回廊。機織りの居る部屋への扉あり。王女、壁によりかかっって立って居る。ひどく悲しそう。壁の向
こうで太鼓が鳴り響く。)
 王女 とても辛い・・・よその国で暮らすのは。此処ではみんな、兵士・・・いいえ、なんて言ったかしら。・・・そう、軍・・・軍隊式。何もかも太鼓で合図。公園の木は軍隊式の一列縦隊に植えられて居るし、鳥だって隊伍を組んで飛んで居る。それだけじゃない。もう何年も続いて来た恐ろしい伝統がある。それから離れては生きてゆけない。食事の時には、まずお肉が出て、次にデザート。最後にスープ。これはもう九世紀から決まっている。庭の花はお化粧をするし、猫は頬髭と尻尾のふさふさした所だけを残して綺麗に剃って仕舞う。こういう事には決して背いてはならない。さもないと国が潰れて仕舞う。私、本当に我慢強く出来るんだけど。ただヘンリーさえ居てくれれば。でもヘンリーはいない。何処かへ消えてしまった。私には捜す方法がない。女官達が隊伍を組んで、何処へ行くにも、ついて来る。教練で何処かへ行っている時だけ生きた心地がする。髭の生えた人なら誰でも構わず引っ張るっていうのも大変。廊下で出会った髭の人を見て引っ張ってみたけれど、まるで縫い込んである様に、しっかりくっついていた。髭のの人はキャーって大きな声をあげた。駄目だったわ。新しく来た機織りには髭があるっていう噂。女官達は丁度広場で行進の練習。婚礼のパレードの準備。機織りは此処で働いている。入って行って引っ張ってみようか。ああ、怖い! ひょっとしてそこにヘンリーが居なかったらどうしよう。捕まえられて、九百年前からの仕来り通り、広場で太鼓の音を合図に首を切り落とされていたらどうしよう。いいえ、切り落とさなくちゃいけないのは、あの王様の首の方よ。でも気味悪い、切り落とすなんて。機織りの所へ行ってみよう。手袋をしなくちゃ。あんまり髭を引っ張ったので手にまめが出来てしまった。(扉の方へ一歩進む。しかし、女官、隊伍を組んで、廊下に登場する。)
 第一女官 ご報告申し上げます、王女様。
 王女 まわれー右。
(女官達、まわれ右する。)
 王女 進め!
(女官達、行進して退場。王女、扉の方へ一歩進む。女官達、戻って来る。)
 第一女官 婚礼の衣装が・・・
 王女 まわれー右。進め!
(女官達、少し行進して、帰って来る。)
 第一女官 何なりと、御用を、王女様。
 王女 まわれー右。進め!
(女官達、まわれ右して進む。王と総理大臣が登場し、出会う。)
 第一女官 気をつけー。
 王 ああ、女官達か。あ、王女だ。夢で見た丁度その通りの人だなあ。ただ少し夢のよりツンツンしている。殿下! おお、いとしの人。殿下を一目みて、そして殿下に恋しない者がこの世にいましょうか。
 王女 オタンコナス! (走り退場。女官達、その後ろから走って退場。)
 王(大声で笑う。)ひどく神経質になっている様子だな。よく分る。わしだって、待ちきれず、痩せる思いなんだ。まあいい。明日はもう婚礼だからな。さあて、あの驚くべき織物でも見て来る事にするか。(扉まで行き、立ちどまる。)
 総理大臣 陛下、何時もの様に仰せの通りでございます。たしかに機織り達の部屋は此処で。
 王 ちょっと待てよ。
 総理大臣 機織りは・・・つまり、その・・・この部屋で働いて居りますので。
 王 分って居る。分って居る。(舞台の前面に出る。)そうだ、あの織物は特別製だ。勿論わしは恐れることなど何もない。第一にわしは馬鹿ではない。第二にわしは王以外のどんな役目も勤まらん。わしは何の仕事もできんからな。王の役をしていたって、何時でも何か不満だ。だから、しょっ中怒っている・・・これが他の役だったら怒るだけですむ筈がない。年中怒り狂っていなきゃならん。(やはりわしには王様しか適するものはない。)それでも万が一・・・うん、機織りの所へは、最初は誰か他の者を行かせた方がいい。総理大臣が此処にいる。誠実で賢明な老人だ。それでもわしよりは馬鹿だからな。若しあいつに織物が見えれば、わしにだって見える筈だ。総理大臣! 此処へ来い。
 総理大臣 おん前に、陛下。
 王 宝石蔵に行って、婚礼の為の指輪を取って来なければならん。急に思い出してな。お前ちょっとあの織物を見て来て後でわしに報告してくれんか。
 総理大臣 お言葉を返す様でございますが・・・
 王 お言葉は返されん。行け! 早く! (走って退場。)
 総理大臣 そうか。仕様がないな。待てよ。(叫ぶ。)愛情問題担当大臣!
(愛情問題担当大臣、登場。)
 愛情問題担当大臣 おん前に。
 総理大臣 御機嫌よう。実はな、役所で仕事が溜まっているんだ。一寸機織りの所へ行って、連中がどんな具合か後で私に報告してくれ。(傍白。)この馬鹿に織物が見えれば、俺にだってきっと・・・
 愛情問題担当大臣 でも総理大臣殿、私は兵舎に行って来なければ。女官達に明日の婚礼で泣いたりせぬよう、よく言い含めて置きませんと・・・
 総理大臣 まだ充分間に合う。機織りの所へ行って来い。早く! (走り、退場。)
 愛情問題担当大臣 あーあ、私は勿論・・・だがひょっとして・・・(叫ぶ。)宮廷詩人!
(宮廷詩人、登場。)
 愛情問題担当大臣 機織りの所へ行って来い。それからどんな具合だったか報告するんだ。(傍白。)この馬鹿に織物が見えたら、此の俺様にだって見える筈だ。
 宮廷詩人 でも閣下、王女様が我が国に御来臨遊ばされる所を歌った詩の仕上げをしている所なのです・・・
 愛情問題担当大臣 そんなもの誰が読む。王女様が来られてからもう一週間になるじゃないか。行け! 早くしろ。(走り、退場。)
 宮廷詩人 わしは勿論馬鹿じゃない・・・しかし・・・ええい、どうせやらねばならんのだ。いよいよの時には嘘をつけばいい。今までだってやってきた事だ。(扉を叩く。)
                    (幕)
   
(機織りの部屋。壁の近くに二つの大きな織機。部屋の真ん中に二つの大きな枠。枠は空である。大きな机があ
り、その上に、鋏、黄金の針が何本かささっている針差し、折り尺。)
 クリスチアン ヘンリー、ヘンリー、元気をだせよ。ほら、袋の中を見てみろ。俺たちの絹だぞ。今度の織物の為に、連中が呉れたやつだ。お前の許嫁の為に俺が目の覚める様な衣装を作ってやる。こっちの袋には黄金(きん)だ。これで最高の馬を買って二人で里帰りだ。元気を出せ、ヘンリー。
 ヘンリー 僕は元気だよ。一寸考える事があってな。それで黙ってるんだ。
 クリスチアン 考え事って何だ?
 ヘンリー 僕の家の傍にな、川があるんだ。その川の辺を夕方、ヘンリエッタと散歩するんだけど、どういう風に歩こうかと思って。
(扉にノック。クリスチアン、鋏を掴み、机につき、何か切っている振りをする。ヘンリーは机の上をチャコで何か描く。)
 クリスチアン どうぞ。
(宮廷詩人、登場。)
 宮廷詩人 御機嫌よう、宮廷の機織り達。
 クリスチアン(仕事の手を休めないで。)御機嫌よう、宮廷詩人。
 宮廷詩人 実はな、機織り、私は大変重要な役目を仰せつかってやってきたのだ。私はお前達の織物を見てそれについて報告せねばならん。
 クリスチアン どうぞ、どうぞ、宮廷詩人殿。ヘンリー、お前どう思う? 薔薇の花は葉っぱを上の方にして描いた方がいいかな、それとも花弁を上にする方がいいかな。
 ヘンリー(目を細めながら。)うん、そうだな。そこそこ、その辺りがいいんじゃないか。そこだと絹の色が冴えて、もっと映える。王様が息をすると、花が生きて居る様に動くぞ。
 宮廷詩人 私が待っているのが分らんのか、機織り!
 クリスチアン 何をですか、宮廷詩人殿。
 宮廷詩人 つまり、その、どんな具合だ。お前達は、その、王様の衣装の為の織物を織って居るんだろう? それを私に見せて呉れるのを待っておるのだ。
(ヘンリーとクリスチアン、仕事の手を止める。狼狽の表情で二人、宮廷詩人を見る。)
 宮廷詩人(驚く。)いや、やめろ、やめろ、な? どうして目を丸くして私を見る。なにか私が変な事をやっているんだったら、教えて呉れればいいじゃないか。そんな驚いた顔をされてもこっちは困るだけだよ。私の仕事は神経を使うものなんだ。少しは大事に扱ってくれよ。
 クリスチアン でも、私達は本当に驚いちゃってるんですよ、詩人殿。
 宮廷詩人 何で。早く教えてくれ。何で驚いているんだ。
 クリスチアン だって、織物は目の前にあるんですよ。ほら、此の二つの枠に乾かす為に張ってあるでしょう? この机の上にも、ほら、山の様に積んであります。なんていう色あい、それに柄!
 宮廷詩人(咳払いする。)勿論積んである。確かに積んである。山の様につんであるなあ。(最初からそんなことは、分っていたという様子で。)しかし、私が言っていたのは、絹を見せて呉れと言う事だったんだ。ちゃんと説明をつけて見せるんだ。どれがチョッキの分になり、どれがマントに、どれがカフタンにと。
 クリスチアン 畏まりました、詩人どの。この枠には三種類の絹が掛けてあります。(詩人、手帳に書きとめる。)この薔薇の花が描かれている生地は王様のチョッキになります。とても綺麗なチョッキが出来るでしょう。王様が息をされると、生きている様に花弁が動きます。この真ん中の生地、王様の紋章が入っているこれですが、これはマントになります。この小さな忘れな草の生地、これは王様のズボンになります。こちら側の枠にあるこの真っ白な絹は、王様の下着と靴下になります。こちらのしゅすは王様のスリッパの縁飾りになります。そして机の上には、ほら、いろんな種類の布の切れ端、見本です。
 宮廷詩人 機織り君達、一寸教えて呉れないかな。君達の庶民の言葉で言うと、この最初の生地の色は何て言うのかな。この薔薇が描かれている生地だけど。
 クリスチアン 私達庶民の言葉で、この生地のバックの色を言いますと、緑です。で、詩人の言葉で言うと?
 宮廷詩人 緑。
 ヘンリー なんて陽気な色でしょう。ね、詩人さん。
 宮廷詩人 そう、ハッハッハ。非常に陽気だ。有り難う、機織り。宮廷中、話と言ったら、お前達の織物の事ばかり。誰もが他人が馬鹿である事をこの織物によって証明してやろうとウズウズしている有様。私の次は、愛情問題担当大臣がいらっしゃる。ではこれで失礼するよ、機織り君達。
 クリスチアンとヘンリー 失礼いたします、宮廷詩人殿。
(宮廷詩人、退場。)
 ヘンリー さて、これで軌道に乗ったな、クリスチアン。
 クリスチアン 今度は大臣殿に、飛び跳ねて戴く事にしよう。
 ヘンリー 飛び跳ねて戴く? どんな風に?
 クリスチアン ボールの様にだよ、ボールの様に、飛び跳ねさせるのさ。
 ヘンリー そんな事。大臣が言うことをきくと思ってるの?
 クリスチアン 細工は流流、仕上げをご覧じろ、さ。
(扉にノック。愛情問題担当大臣、登場。手に詩人の手帳から千切った紙片を持っている。自信たっぷりに第一
の枠に近づく。)
 愛情問題担当大臣 なんて素晴らしい薔薇なんだ。
 クリスチアン(乱暴に叫ぶ。)あ!
 愛情問題担当大臣(飛び退く。)どうした?
 クリスチアン 失礼ですが、大臣殿。ひょっとしてお見えにならないのでは?(大臣の足元を指さす。)
 愛情問題担当大臣 何が見えんと言うんだ。一体全体何が見えるっていうんだ。
 クリスチアン 絹の上にお立ちになっていらっしゃいます。その絹は、王様のチョッキを作ろうと思っている絹でして。
 愛情問題担当大臣 ああ、見える、見える。(脇に退く。)
 ヘンリー ああ、王様のマントの上に足をお掛けに・・・
 愛情問題担当大臣 ああ、慌てると何時もこれだ。(遠く右の方に跳び退く。)
 クリスチアン ああ、王様の下着に。
(愛情問題担当大臣、遠く左に跳び退く。)
 ヘンリー あ、王様の靴下が・・・
(愛情問題担当大臣、扉の方へ大きく、大きく、飛び跳ねる。)
 クリスチアン あ、王様の靴が・・・
(愛情問題担当大臣、扉の外へ飛び出す。頭だけを部屋の中に覗かせる。)
 愛情問題担当大臣(扉から。)ああ、なんていう素晴らしい腕前だ。わしら大臣はな、職業がら、ふんぞり返ってばかりいて、頭が下に向かん。だから下の方、床は、習慣から、よく見えんのだ。しかし枠にあるもの、机の上にある物――薔薇、紋章、忘れな草――いや、見事、見事。 さあ、仕事を続けて呉れ、機織り、仕事だ。次は総理大臣が見に来られるからな。(扉を閉めて、退場。)
 クリスチアン 飛び跳ねさせるって言ったろ、ヘンリー。
 ヘンリー うん、うまくやったな。僕の負けだ。
 クリスチアン 今度は総理大臣だな。面と向かって、馬鹿野郎って怒鳴ってみせるよ。
 ヘンリー 面と向かってか?
 クリスチアン 面と向かってさ。
(総理大臣、扉を開ける。 頭だけを、部屋に覗かせる。 クリスチアン、彼に気付かぬ振りで、枠の後ろヘ行
く。)
 総理大臣 おい、機織り! 床を片付けたらどうだ。こんなに大事な織物を埃まみれにしてほおっておいて。やれやれ。王様が来られたらどうする積もりだ。
 ヘンリー 畏まりました、閣下。(片づける振りをする。織物を机の上に載せる振り。)
(総理大臣、部屋に入る。扉の所に用心深く立つ。クリスチアン、枠の後ろに離れて立ち、ポケットから壜を取
り出し、飲む。)
 総理大臣 おい、お前、けしからん奴だ。仕事中に酒を飲んどるのか。
 クリスチアン 何処の馬鹿だ。そこで怒鳴っているのは。
 総理大臣 何ちゅう口のきき方だ。馬鹿め。目が見えんのか。わしは総理大臣だぞ。
 クリスチアン え? 大臣殿で? そこの織物が邪魔でお顔が見えず、それに声だけでは総理大臣殿とは気がつきませず・・・でもどうして私が見えたのでしょう。不思議だなあ。
総理大臣 え・・・えー・・・匂いだ。匂いですぐ分る。酒の匂いって奴が苦手でな。一里先からでもわしはすぐ分るんだ。
(クリスチアン、枠から出て来る。)
 クリスチアン これは酒じゃありませんが・・・閣下。これは水です。
 総理大臣 けしからん。わしの鼻先にお前の汚い壜の口を押しつけるとは何事だ。その場に立って居ろ。今陛下がおでましだ。(退場。)
(舞台裏から歌が聞こえる。王が歩きながら陽気に歌って居る声。)
 王(舞台裏から。)
   今から行って見てみよう。
   今から行って見てみよう。
   トラララ、トラララ。
(王、陽気に部屋に入って来る。後ろには宮廷人達。)
   トラララ。トラララ。
   (声が急に下がって。)トラララ。
(間。)
 王(名状し難い微笑を浮かべて、両手を大きく広げる。)これはこれは、どうだ。
 宮廷人達 すごい。奇跡だ。なんていう織物だ。
 愛情問題担当大臣 豪華です。それに品があります。ね、陛下。
 宮廷人達 まさにそう。大臣のお言葉通り。豪華で品のある。
 王 (総理大臣に。)で、お前はどう思う、総理大臣、あ?
(王、意気消沈している。が、空元気を出す。総理大臣と話しながら、机と枠を眺める。どうやら奇跡的な織物がそうやっていると最後には見えてきはしないかと期待している様子。顔には相変わらず、強張った微笑。)
 総理大臣 陛下、今回こそは、本当に真実を申しあげます。この世界が今迄に見たこともない真実を。ひょっとすると陛下は、お驚きになるかもしれない。ひょっとすると陛下は、あまりの事に不快になられるかも知れません。しかし私は申し上げます。
 王 よしよし。
 総理大臣 お許し下さい。たまには本当に正しい事をお話ししたくなる事があるものでして。この様な織物は、陛下、この様な織物は何処に行ったって、見つけられる物ではありません。こんなに華麗で鮮明な織物は。
 宮廷人達 本当にそう。華麗で鮮明。ぴったりの表現。
 王 そうだ。でかした、機織り。それ、どうやら、その・・・相当出来上がってきた様だな。
 クリスチアン はい、王様。この薔薇の色がお気に召さないなどと仰らないでしょうね。
 王 いや、気にいっておる。気にいっておる。
 クリスチアン 茂みの中に真っ赤な薔薇が相当大量に見える様工夫した積もりでございますが、如何でしょう。
 王 茂みの中に。なるほど、見えるな。うん、なかなか良い。なかなか良い。
 クリスチアン ですから、絹の上に背景として、き・・・(咳をする。)き・・・(咳をする。)
 宮廷人達 きいろ。なんて良い感覚。なんて独創的。黄色のバック。華麗で鮮明。
 クリスチアン 金色です。宮廷の皆さん方。
(間。)
 愛情問題担当大臣 ブラーボ、ブラーボ。(拍手する。宮廷人達も拍手に加わる。)
 王 実は、金色と言うのは、わしのお気に入りの色だと今お前達に礼を言おうとしていた所だった。文字通り「今」な。王からの深甚の謝意を表するぞ。
 クリスチアン 王様、このチョッキの仕立ては如何でしょう。少し大胆過ぎましょうか。
 王 いや、大胆すぎはしない。大丈夫だ。話はこれ位で充分だ。もう着てみるぞ。せねばならん仕事がまだ山ほどあるからな。
 クリスチアン こちらの大臣殿に、王様のチョッキを持って下さる様お願い致します。
 愛情問題担当大臣 おこがましくはありませんか。
 王 そんな事はない。早くしろ、ほら。(大胆になる。)大臣にあの綺麗なチョッキを渡してやれ。着物を脱がせろ、総理大臣。(脱ぐ。)
 クリスチアン あっ!
 愛情問題担当大臣(飛び跳ねる。足元を眺めて。)どうかしたか。
 クリスチアン どういう持ち方をしていらっしゃるのですか、大臣殿。
 愛情問題担当大臣 聖なる宝物(ほうもつ)を持つ気持ち・・・どうかしたか。
 クリスチアン でも上下逆さまですが・・・
 愛情問題担当大臣 柄に見とれてつい。(存在しないチョッキを上下持ち直す。)
 クリスチアン 総理大臣殿、王様のズボンを持って戴けませんでしょうか。
 総理大臣 さっき役所に行って事務をとって来たばかりでな。手がインクで汚れておって。(宮廷人の一人に。)お前持て、男爵。
 宮廷人一 眼鏡を忘れて来まして、閣下。こちらの侯爵の方が・・・
 宮廷人二 私はその・・・気が動転して居りまして、手が震えて・・・こちらの伯爵に・・・
 宮廷人三 私の家系では、王様のズボンに手を触れた者は必ず不幸が起こりまして・・・
 王 一体どうしたというのだ。早く着せるんだ。急いでいるのが分らんのか。
 クリスチアン 畏まりました、王様。ヘンリー、此処へ来て。陛下、おみ足をどうぞ。もう少し左。もう少し右。宮廷の方々の方が、お着せ替えは私共よりずっと慣れていらっしゃる筈ですのに。私共では、王様のあまりの立派さに、手が震えて・・・はい、これでズボンが終わりました。(愛情問題担当大臣に。)大臣殿、チョッキを。失礼ながら、そこは背中ですよ。あ、落っことしちゃった。じゃ、私共でやりましょう。ヘンリー、マントを。これでよしと。この織物の素晴らしさは、その軽さなのです。肩に全く重みが掛からないでしょう? 明日までには下着が出来上がりますから。
 王 少し肩の所がきついな。(鏡の前に立つ。)マントが少し長めのようだ。しかし、大体においてわしに似合っている。
 総理大臣 陛下、はっきり申し上げるのを、お許し下さい。陛下は美男子でいらっしゃいますが、この衣装をお召しになっては・・・倍増しの美男子。
 王 そうか。もういい。脱がせろ。
(機織り達、脱がせて、再び着せる。)
 王 御苦労、機織り。でかしたぞ。(扉の所へ行く。)
 宮廷人達 でかした、機織り。ブラーボ。豪華で上品、華麗で鮮明。(宮廷人達、機織りの肩を叩く。)こうなったら、君達を離しはしないぞ。私達全員に衣装を作って貰わなくっちゃ。
 王(扉の所に立って。)何でも申してみよ。叶えて遣わす。わしは満足じゃ。
 クリスチアン 婚礼の行列に加えて戴けましょうか、王様。それは一番の御褒美で。
 王 許す。(宮廷人達と退場。)
 ヘンリーとクリスチアン(歌う。)
   宮廷の人達は、ずるがしこくて、
   こすっからい。
   だけど、僕たち、強いんだ。連中よりも強いんだ。
   あいつらは、自分の地位が後生大事。
   だから、良心なんて、ないって事さ。
   僕たち何にも怖くない。連中よりも強いんだ。
   長いこと、僕等は機織り、やってきた。
   無駄じゃなかった、その苦労。今じゃ、僕等の織物は、
   鉄より固く織られてる。
   鉄より固い織物で、
   豚もびっくり、
   子豚もしゃっくり。
   僕たち何にも怖くない。連中よりも強いんだ。
   僕等が敵をやっつけりゃ、
   自分で自分を褒めてやる。
   敵の方が強ければ、
   首を切られるだけじゃないか。
   僕たち何にも怖くない。連中よりも強いんだ。
(一寸の間、幕が下りる。また上がる。同じ部屋。朝。窓の外に群衆のざわめき。王、衝立の後ろで着替えをして居る。総理大臣、舞台の前面に出る。)
 総理大臣 何故私は、総理大臣になんかなったんだろう。何故。仕事は他にあったじゃないか。予感がする。今日はまずい事が起こりそうだ。馬鹿者共は王様の裸の姿を見るのだ。これは酷い。これは酷いぞ。この国のあらゆる組織、あらゆる伝統、それは、煮ても焼いても食えん阿呆共の上に、成り立っているのだ。若し連中が王様の裸を見て動揺したら一体どうなるのだ。この国の土台が、壁が、音を立てて裂け、国中に煙が上がるぞ。いや、王様を決して裸で出してはならない。きらびやかさ、それは偉大な玉座の支えなのだ。私の友人に近衛の大佐がいた。退職して軍服なしで私の前に現れた事があった。その姿を見て、私はハッと気がついた。こいつは大佐なんかじゃない。単なる馬鹿だ、と。恐ろしい。軍服のきらびやかさがなくなると、権威も、人を魅了する力も、一緒になくなって仕舞う。こりゃまずい。王様に進言して来よう。あの儘出てはいけない。あの儘では駄目だ。
 王 おい、総理大臣!
 総理大臣(駆け寄る。)おん前に。陛下。
 王 この下着はどうだ。似合うか?
 総理大臣 はっきり申し上げて・・・美そのものでございます。
 王 うん、そうか。下がって良い。
 総理大臣(再び舞台の前面に出て。)駄目だ。言えない。何一つ言う事が出来ない。舌が全く回らない。三十年も仕えてきて、本当の事を言う癖がなくなって仕舞っている。ああ、言わなければ、言わなければならないのに。どうなるだろう。どうなるだろう。
                    (幕)
   
(広場。舞台の前面に絨毯で飾られた壇あり。壇から両側に、絨毯が敷かれた道。左の道は城の別棟に繋がり、右の道は舞台裏へと続く。豪華な織物で飾られた垣根があって、道と壇を群衆から切り離している。ざわめきが少し静かになって、個々の会話が聞こえてくる。)
 女一 ああ、王様の新しい衣装ってどんなのかな。心配で夕べは二度も心臓が破裂しちゃった。
 女二 私もよ。だから亭主ったら、気絶してぶったおれちゃったの。
 乞食 助けてくれー、おまわりさん。
 声 どうした、どうした。
 乞食 財布を盗まれた。
 声 お前の財布なんか、どうせ入っているのは小銭ぐらいのもんだろう。
 乞食 小銭? 人を馬鹿にしおって。小さい頃から乞食の技術を磨きに磨いてきたこの俺様、この国で一番のうでっこきの、この俺様をつかまえて、小銭しかないと? あの財布には一万ターレル入っていたんだ。あっ、ここだった。服の裏地の向こうに隠れていた。タスカッター。右や左の旦那様。哀れな乞食にお恵みを。
 髭のない男 王女の父君は遅れて来るのかな。
 髭の男 大砲の音が聞こえなかったのか。父君はもうお着きになっているよ。父君と許嫁の王女様は港から広場へやって来られる。父君は海路だったんだ。馬車だと酔うって。
 髭のない男 船だと酔われないの?
 髭の男 船だと、それほどひどくないって。
 パン屋とその妻 失礼します。皆さん、通して下さい。皆さんは単に御見物でしょうが、私共には一大事の大仕事なんです。
 声 誰にだって一大事なんだ。
 パン屋 いいえ、誰にでもじゃありません。十五年間も私は妻と言い争ってきたんです。馬鹿は俺の方か、こいつの方か。この喧嘩の決着を、今日こそあの王様の着物が、つけてくれるんです。お願いです。通して下さい。
 声 通さんぞ。俺たち皆、女房持ちだ。俺たちはみんな、喧嘩している。皆にとって一大事なんだ。
 子供を肩車した男 この子を通してやって下さい。この子に道を。まだ六歳なんですが、読み書きができて、九九をもう知っているんです。その褒美に王様を見せてやると約束したんです。お前、七八はいくつ?
 子供 五十六。
 男 ね。此の子に道を。この賢い子供に道をあけてやって下さい。六八は?
 子供 四十八。
 男 聞きましたか、皆さん。まだ六歳なんですよ。此の子に道を。この賢い子に道をあけてやって下さい。
 慌て者 家に眼鏡を忘れて来てしまった。王様が見られないじゃないか。近眼だなんて、忌ま忌ましい。
 掏り 近眼ならすぐ治りますよ。
 慌て者 え? どうやって?
 掏り マッサージですよ。此処で今すぐにでも治してあげます。
 慌て者 じゃ頼もう。女房に、よく見て来い。帰ったら、様子を一部始終話す様にって言われて来たのに、何だ此の俺は。眼鏡を忘れて来ちゃった。
 掏り 口を大きく開けて、目を閉じて。大きな声で二十まで数えて下さい。
(慌て者、口を開けた儘、声を出して数える。掏り、時計、小銭入れ、財布、を盗み、群衆の中に隠れる。)
 慌て者(二十まで数え終わって。)あいつ何処へ行ったんだ。居ないな。それに前より近眼、ひどくなってるぞ。時計が見えない。小銭入れも、財布も見えない!
 男 この子を通してやって下さい。此の子に道を。六六は?
 子供 三十六。
 男 聞きましたか。此の子に道を。此の神童に道を。
(太鼓の音聞こえる。群衆に動きあり。柱によじ登ったり、台の上にあがったり、肩にのせあったりする。)
 声 来た来た。
   ――王様だ。
   ――綺麗だな。
   ――綺麗な衣装。
   ――お前、俺の時計を踏んずけて壊しちゃったじゃないか。
   ――俺の肩に上がって何してるんだ。
   ――此処がそんなに窮屈なら、車で来りゃいいんだ。
   ――帽子を被って。
   ――眼鏡をかけて。
(軍隊、登場。)
 将軍(号令。)王様を待って居る群衆を、垣根から後ろへ――戻せ!
 兵士達(声を揃えて。)後ろへ下がれ。後ろへ下がれ。後ろへ下がれ。
 将軍 群衆から回れ――右!
(兵士達、回れ右をして群衆に背を向ける。顔は壇の方に。ラッパ鳴る。式部官達、道路に進み出る。)
 式部官達 帽子を脱げ。帽子を脱げ。陛下のおでましだ。帽子を脱げ。
(宮殿に退場。右手舞台裏から、豪華に身を纏った父王を婚礼衣装の王女登場。二人、壇の上に上がる。群衆静かになる。)
 王女 お父様、一生にたった一度くらい、私の話を聴いて。此の話、本当なんだから。あの王様、頭がおかしいの。
 父王 頭がおかしいって事はないぞ。王様というものは、聖者と同じなんだからな。
 王女 でもあの人、肥満体よ。
 父王 王様が肥満体って事は有り得ない。それは「堂々としている」と言うんだ。
 王女 あの人、聾よ、きっと。私が怒鳴るでしょう? でも聞こえないで、ヒヒーンって嘶(いなな)くの。
 父王 王様って言うものは嘶いたりはしない。それは「優雅に微笑む」っていうんだ。どうしたんだい、お前。私にいちいちこんな事を訊いたりして。どうしてそんな恨めしそうな顔をして私を見るんだ。私には何も出来ないと思っているんだな? それは違う。ほら、あっちを見て。あの鍋が見えるだろう。お前に持って来てやったんだ。あの王様だって年がら年中、お前にくっついている訳じゃない。音楽を聴いたり、鈴の音を聴いたり出来るじゃないか。それに近くに誰もいない時は、例の歌だって聴けるさ。駄目、だめだめ。豚飼いなんぞに王女が嫁ぐ訳にはいかん。駄目。駄目。
 王女 あの人、豚飼いじゃない。ヘンリーよ。
 父王 同じだ。馬鹿な事言ってちゃ駄目だよ。王の権力には尊敬の念を持たなくっちゃ。さもないと、他の国の王様達に体よく舐められて仕舞う。
 王女 パパったら暴君ね。
 父王 そんな事はない。ほら、見てご覧。愛情問題担当大臣が走って来る。元気を出して。見てみろ、あの走り方。なんて恰好だ。
 愛情問題担当大臣 王様そして王女様。私共の君主は只今参ります。侍従代理が私共の偉大な君主の新しい衣装を見てプッと吹き出しまして。けしからぬことで。君主は今、短剣を持ってそやつを追い掛けて居る所です。この無礼な男を罰しましたら、すぐ参ります。
(ラッパ鳴る。)
 愛情問題担当大臣 侍従代理は罰せられました。
(式部官の一団、登場。)
 式部官達 帽子を脱げ。帽子を脱げ。陛下のおでましだ。帽子を脱げ。
(宮殿からラッパ手登場。その後に女官三人。その後にきらびやかな制服の宮廷人達。その後に総理大臣。)
 総理大臣 王様のおなり。王様のおなり。王様のおなり。(見回す。王いない。)直れ。(宮殿に真っ直ぐ走る。帰って来る。父王に。)すぐ参ります。陛下は、はしたなく申せば、おめかしの為遅れて居ります。(叫ぶ。)王様のおなり、王様のおなり、王様のおなり。(見回す。王いない。宮殿に向かって真っ直ぐ走る。帰って来る。父王に。)おなりです、おなりです。(大声で。)王様のおなり。王様のおなり。王様のおなり。
(王、輿に座っている。それをおつきの者達が運んで来る。王、窓から鷹揚に微笑む。輿、止まる。群衆、「ウラー」と叫ぶ。 兵士達、平伏する。輿の扉、開く。王、元気に飛び出す。ほとんど裸。歓迎の叫び声、突然止む。)
 王女 あっ。(目を逸らす。)
 将軍 平伏――直れ。
(兵士達、立ち上がる。王を見て、再び畏れの為平伏する。)
 将軍 平伏――直れ。
(兵士達、やっとの事で直立する。)
 将軍 回れ――右。
(兵士達、回れ右する。群衆、黙っている。王、ゆっくり、自信たっぷりに、微笑みながら、王女から顔を逸らさず、壇の方に進む。王女に近づく。)
 王(優雅に。)この世で一番豪華な衣装と雖も、この私の心に燃え上がっている炎を包み隠すことは出来ますまい。
 王女 パパ、こんどこそ分ったでしょう、この人が馬鹿だって事が。
 王 御機嫌よう、父王。
 父王 御機嫌よう、婿殿。(ひそひそ声で。)何をやっているんだ。そんな恰好で国民の前に出るなんて、気でも狂ったか。
 王(ひそひそ声で。)ええっ? と言うとつまり父王、あなたも。ハッハッハ。
 父王「あなたも」とは何だ。
 王 その地位に相応しくないか、または馬鹿。この織物が見えない者は、その地位に相応しくないか、または馬鹿なんだ。
 父王 この織物が見える奴が馬鹿なんだ。この愚か者めが。
 王 愚か者とは誰の事です。
 父王 もっと小さい声で話せ。連中に聞かれて仕舞うぞ。静かに話して、微笑んでいるんだ。愚か者って言うのはお前の事だ。
 王(仕方なく微笑みながら、小さな声で。)私が?
 父王 そうだ。
 王(暫くの間、黙って、体中怒りを漲らせる。それから声を落として訊ねる。)何故?
 父王(押し殺して、恐ろしい声で、表情は相変わらず微笑んで居る。)なぜなら、群衆の集まって居る広場にヒョコヒョコ、ズボンなしで出て来たりするからだ。
 王(自分の足を叩いて。)じゃ、これは何だ。
 父王 足だ。
 王 足?
 父王 そう。
 王 違う。
 父王 髭の生えた、ただの足だ。
 王 何故そんな嘘を。王の名に掛けて言います。私は、絵から出てきた様な、素敵な衣装を纏っているんです。
 父王 裸も裸、真っ裸。素っ裸。
 王 なんと言う話だ。醜悪な話だ。そんな馬鹿な。おい、お前達、どうだ、この衣装は。
 宮廷人達 豪華で上品、華麗で鮮明。
 王 ほら、見てご覧なさい。おい、総理大臣! わしの衣装はどうだ。
 総理大臣 (何時もの調子で。)はっきり申し上げる事をお許し下さい、陛下。(凶暴に。)パンツ一枚。真っ裸。
(王、シャックリに似た奇妙な泣き声を上げる。この号泣は極度の驚きを含んでいる。)
 総理大臣 ほら、群衆を見てみろ。群衆を見るんだ。連中は考え込んでいる。どうしたらよいか迷っている。この不幸な道化者! 伝統は地響きをたて、この国から煙が上がってきている。
(王、相変わらず号泣。)
 総理大臣 黙れ、アンポンタン! 将軍、ここへ!
(将軍、小走りに壇の方へ駆け寄る。)
 総理大臣 軍隊は信用出来るな? 一旦緩急あれば、軍は王を守るだろうな。見てみろ。群衆のあの嵐の前の静けさを。
 将軍 天気が裏切ったのです。総理大臣殿。
 王 何?
 将軍 天気がです。朝から怪しい雲ゆきで、群衆の多くは万一に備えて、傘を持参しています。
 王 傘?
 将軍 はい、陛下。傘で武装しているのであります。武装さえしていなければよいのでありますが、傘がありますので。
 王 傘?
 将軍 ありていに申しあげますと、兵隊達も信用出来ないのであります。真先に逃げるのは連中であります。(ひそひそ声で。)実はもう兵士達に、規律はこれっぱかりもないのです。
(王、以前と同様のシャックリに似た泣き声をあげる。)
 将軍 どうしても自分には分らんのであります、陛下。本はなし。アジびらはなし。煽動者はいない。規律は完璧です。それなのに毎日毎日、士気は低下していくのです。時々は号令をかけてみました。士気低下――止め! でも、うまくいきませんでした。
 愛情問題担当大臣 私には何が何だか分らない。だけどこれじゃ駄目だ。私も不満だ。私はあっちに行く。民衆の方につく。
 総理大臣 黙れ!
 愛情問題担当大臣 早速、宮廷人保安委員会を結成しなければ。
 総理大臣 黙れ! 一刻も猶予はならん。思いきった処置を取って群衆の度胆を抜かなければ。とにかく何食わぬ顔で婚礼の式は続けるぞ。
 王女 私・・・
 総理大臣(お辞儀をして。)お黙り下さいますよう。
 父王 その通りだ。それしか方法はあるまい。
 愛情問題担当大臣 私の指揮下におります女官達は武装しております。我々のこの宮廷人保安委員会を護衛して呉れるはずです。
 総理大臣 お前の女官達に何が出来る! (王に。)あんた! 早く王女の手を取って! (手で式部官に合図する。)
 式部官達 静粛に。静粛に。静粛に!
(間。)
 子供 パパ、あの人裸だね。
(沈黙。その後、叫び声、爆発する。)
 愛情問題担当大臣(宮殿に走る。走る間に叫ぶ。)僕のお母さんは鍛冶屋だったんだ。お父さんは洗濯女だったんだよー。独裁政治、打倒!
 子供 裸だよ。太ってるなあ。
 叫び声 子供が言ってるのを聞いたか。子供だからな。地位に相応しくないなんて事は、ありえないぞ。
   ――まだ職についてないんだ。
   ――あの子は馬鹿じゃないぞ。九九が言えるんだからな。
   ――王様は裸なんだ。
   ――見ろ、おなかの所にイボがあるぞ。それなのに俺たちから税金を取るのか。
   ――見ろ、おなかはまるで西瓜じゃないか。それなのに、「命令を聞け」だなんて、聞いて呆れらあ。
   ――おできだ。あそこに、おできがあるぞ。
   ――そこに赤チン塗ってらあ。
 王 黙れ。態(わざ)とやったんだ。そうだ。態とやったんだぞ。命令だ。これからは、婚礼は全て裸で行うんだ。いいか。
(口笛。)
 王 此のしらくも野郎共め。
(口笛。王、宮殿に突進する。総理大臣以下、宮廷人達も後に続く。壇上には、父王と王女残る。)
 父王 逃げよう。垣の向こうの連中の目を見ろ。あいつらは裸の王様を見てしまった。わしの事も目で裸にしている。いかん。今度はわしにかかって来る。
 ヘンリーとクリスチアン (壇上に飛び上がる。)ウオー。
 父王 あ、始まった。(マントの裾を引き上げ、右の道を走り退場。)
 王女 ヘンリー。
 ヘンリー ヘンリエッタ。
 クリスチアン(群衆に。)皆さん! 皆さんは婚礼に出席したのに、新郎が逃げて仕舞いました。でも婚礼は成立しているのです。これが本当の婚礼なんです。私達の美しい王女様は、とうとう最愛のヘンリーに会えたのです。あんな年寄りに嫁がされそうになったけど、愛の力が全ての障害を乗り越えたのです。あの暗い壁に対して、皆さんは憤りをもって臨みました。当然の事です。私達三人はそれを祝福します。だから皆さんも私達を祝福して下さい。この素晴らしい愛を、友情を、笑いを、喜びを!
 王女 私の立派なヘンリーちゃん。
   巻き毛の優しいヘンリーちゃん。
   やっと二人は一緒になれて、
   さあ、お家へ帰るのよ。
 群衆 皆で叫ぼう、万歳を。
   今日から王様居ないんだ。
   皆で叫ぼう、万歳を。
   追放したんだ、王様を。
 ヘンリー 頭を使おう、少しだけ。
   そうすりゃ運が向いて来る。
   頭は生きて居るうちさ。
   運は向こうからやって来る。
 全員 皆で叫ぼう、万歳を。
   今日から王様居ないんだ。
   皆で叫ぼう、万歳を。
   追放したんだ、王様を。
                    (幕)
   
    平成元年(一九八九年)七月二十八日 訳了

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