Anna Karenina
登場人物(配役)
(ロシアの人は名前が三つあります。最初が名前、次が父称、最後が苗字です。父称というのは、父親の名のことで、父親の名の後に、男なら「・・・ヴィッチ(の息子)」女なら「・・・イェヴナ(の娘)」という言葉をくっつけたものです。
 相手を尊敬して呼びかける場合は、名前と父称を二つ言います。例えば小学校の生徒が先生に「先生!」と呼ぶ時は、この映画の主人公がが先生ならば、「アーンナ・アルカーディイェヴナ!」と呼びかけます。
 この映画はロシア語ではありませんから、きちんとこれが守られてはいません。が、時々きちんとそう呼びかけています。

Anna Karenina~~~Vivien Leigh\\
アーンナ・アルカーディイェヴナ・カリェーニナ
(ですから、アーンナの父親の名前は「アルカーディイ」だったことが分ります)
Karenin~~~Ralph Richardson\\
アリェクスェーイ・アリェクサーンドゥロヴィッチ・カリェーニン
(アーンナの夫です)
(苗字も、男ならそのままカリェーニン、女なら上のアーンナのようにカリェーニナと「ア」がつきます)
Count Vronsky~~~Kieron Moore\\
アリェクスェーイ・キリーロヴィッチ・ヴローンスキー
(アーンナの恋人です。名前がアーンナの夫と同じアリェクスェーイなので、アーンナが、小説では、「何て変なのだろう」という場面があります)
Stephan Oblonsky~~~Hugh Dempster\\
スチェパン・アルカーディイェヴィッチ・アブローンスキー
(この人は普段、あだ名の「スティーヴァ」で呼ばれています)
(この苗字、アブローンスキーは、日本では普通オブロンスキーと言われていますが、ロシア語では、アクセントのないオはアと発音されます。ここではなるべくロシア語に近い読み方を採用します。でも、他の人と話す時は、アブローンスキーはきざなので、オブロンスキーと言って下さい)
(この、二番目の父称で、この人がアーンナと兄弟姉妹の関係にあるらしいことが分ります。実際、このスティーヴァは、アーンナの兄です。この人の浮気が連合いのドリーに見つかって、家中が大騒動になる、というところからこの小説(映画も)が始ります)
 Dolly Oblonsky~~~Mary Kerridge\\
ドリー・オブロンスキー、スティーヴァの妻です。正式な名前は、
ダーリヤ・アリェクサーンドゥロヴナ・アブローンスカヤ
これによって、ドリーの父親の名前はアリェクサーンドゥルだと分ります。この映画ではこの父親は出てきません。勿論画面では、キーティー(ドリーの妹)の結婚式の時に出ている筈ですが、それがどの人だかは分りません。小説でこの父親の名前が出てくるのは、もう小説も終頃になった時で、
アリェクサードゥル・ドゥミートゥリイェヴィッチ・シチェルバーツキー
だと分ります。だからドリーの結婚前の名前はシチェルバーツキーなのですが、それはこんなに遅くなく、下のキーティーの登場の時、分ります。
 Princess Shcherbatsky~~~Marie Lohr\\
シチェルバーツキー公爵夫人。ドリーの母親です。正式な名前は小説を読んでも分りません。
 Prince Shcherbatsky~~~Frank Tickle\\
ドリーの兄です。この人も、正式な名前は分りません。
 Kitty Shcherbatsky~~~Sally Ann Howes\\
キティー(ロシア語ではキーティーと読みます)・シチェルバーツキー
この人はカーチャとも呼ばれます。正式な名前は、
イェカチェリーナ・アリェクサーンドゥロヴナ・シチェルバーツキー
です。イェカチェリーナは、日本語ではエカテリーナです。ですから例の
エカテリーナ大帝と同じ名前です。
 Levin~~Niall Magginnis\\
リェーヴィン。(普通、コースチャと呼ばれています)キーティーと結婚する人です。この人の結婚は、映画では最後の方ですが、小説では、中程で結婚して、その結婚生活がよく描かれています。小説の作者トルストイ(ロシア語では、タルストーイ、と発音します)の分身です。自分の体験したことがリェーヴィンの口から語られています。正式な名前は、
カンスタンチーン・ドゥミートゥリイェヴィッチ・リェーヴィン
です。
 そうそう、キティーの結婚前の苗字はシチェルバーツキーですが、映画では英語なので、シェールバツキーとシェーにアクセントをつけて呼んでいます。何故こういうことが起きるかは、勿論ご存知でしょうが、書いておきます。
 日本語でトウキョウと平坦に発音する時、英語では「ト」にアクセントをつけて、トキオーと発音します。ホッカイドーもそうです。日本語では平坦に発音しますが、英語では「ホ」にアクセントをつけてホカイドーと言います。
 英語全体の言葉の、上下の激しい音の流れの中で、トーキョー、或は、ホッカイドー、と平坦に発音すると、奇妙に聞えるからです。(そしてまた、発音し難い。)
 英語でサンフランスィスコーは「スィ」にアクセントがありますが、日本語で、「私はサンフランスィスコーにゆきます」と「スィ」にアクセントをつけると、奇妙です。気障(きざ)です。
 このように言語にはそれぞれ、その言語固有の音韻があります。
 それで、外国語が入って来ると、最初は学者がその外国語通りの発音で紹介します。勿論外国語なので、そこは息をとめて、ゆっくり発音してみせて、皆に教えます。しかし、だんだんそんな言い難い発音は、まづ出来ないし、皆が知って来れば早く発音しても皆が分ってくれるのでいい加減に発音するようになります。それでタルストーイはトルストイになります。
 それで、僕の、(外国の固有名詞の)発音に対する態度ですが、なるべく元の言語に近い日本語表記をします。何故そうするかと言うと、適当に日本語の音韻に合わせる表記をしていると、以前どう訳したのかを忘れてしまって、却って面倒だからです。
 以上です。以下、映画の続き。

Screen Play by\\
Jean Anouilh, Guy Morgan, Julien Duvivier\\
「脚本、ジャン・アヌイ(この人は有名なフランスの劇作家です)ギー・モーガン、ジュリアン・デュヴィヴィエ(この映画の監督です)
 (では、明日から映画が始ります)
\\
(字幕)
~~~All happy families resemble one another, every unhappy family is unhappy after its own fashion.
「幸福な家庭は、みんな似ているものだ。しかし不幸な家庭はそれぞれ固有の様相で不幸である。」(この小説の出だし。非常に有名な文章)
Confusion reigned in the home of the Oblonskys.\\
「オブロンスキー家はごった返していた。」
\\
(オブロンスキーの寝室。執事が、散らかった部屋を整理。靴などを拾っている。オブロンスキー、目を覚ます。執事、部屋着をオブロンスキーに着せる。)
(オブロンスキー、隣に続く部屋を叩く。執事、首を振る。「そこは開きません」という仕草。)
(オブロンスキー、もう一つの部屋のノブを廻す。)
~~~Stephan Oblonski. Oh... What? The bathroom, too? What's to be done?\\
「ええっ? 何だって? バスルームも駄目なのか? どうすればいいんだ。」
~~~執事. It will blow off, sir. Her Ladyship intends to take the children with her. And the cook is also leaving.\\
「爆発するのではないでしょうか。奥様は子供をつれて出て行くと仰っていらっしゃいます。コックも出て行くと。」
(この間に床屋、部屋に入って来る)\\
~~~Stephan Oblonski.(廊下に中年の女性がいるのを見て)Oh, who's that?\\
「ああ、あれは何者だ?」
~~~執事. The new English governess.\\
「新しく雇ったイギリス人の家庭教師です。」
(スチーヴァが浮気したのはフランス人の若い家庭教師だった。)
~~~Stephan Oblonski. Oh, no more French lessons.\\
「ああ、もうフランス語は教えないのか。」
~~~執事. Mademoiselle Roland was dismissed last night. Her Ladyship found the letter.\\
「マドゥムワゼッル・ロランは夕べお暇を出されました。手紙がその・・・奥様が手紙をお見つけになりまして。」
(この間、髭剃りの用意がされていて、床屋がオブロンスキーの顎に石鹸の泡をつける)\\
~~~Stephan Oblonski. The letter?\\
「手紙?」
~~~執事. Your letter to Mademoiselle Roland.\\
「旦那様の、マドゥムワゼッル・ロラン宛にお出しになった・・・」
(オブロンスキー、「ああ」という溜息。盆の上にある紙を取る。それは電報で、文面は下記)\\
~~~(電報)Arriving Moscow tomorrow. Please meet me at station. love. Anna.\\
「明日モスクワに着きます。駅まで迎えに来て下さい。アンナ。」
~~~Stephan Oblonski. Saved! We're saved! My sister Anna is arriving from St. Petersburg today.\\
「助かった! やれやれ、助かったぞ。妹のアンナがセント・ペテルスブルグから今日来るんだ。」
\\
(汽車が走っている。窓からアンナの顔が見える)\\
\\
(汽車の中。コンパートメント。ヴロンスキーの母親のヴロンスキー公爵夫人とアンナ)
~~~Countess Vronsky. Still thinking of your son?\\
「あなた、まだ、息子さんのことを考えていらっしゃるの?」
~~~Anna. Yes, I'm afraid I was. I was wondering what he was doing just this minute. Coming back from his walk, I think.
「あら、ご免なさい、またあの子のことを考えていて。丁度今、何をしているんだろうって。きっと散歩から帰って来ているところだわ。」
With poor Marietta pattering behind him. Would you like to see his picture?\\
「マリエッタ(女中)がパタパタあの子の後をついて来て。写真、御覧になります?」
~~~Countess Vronsky. I'd love to.\\
「ええ、見せて戴きたいわ。」
~~~Anna. There he is.\\
「これですの。」
~~~Countess Vronsky. Yes, he's charming.\\
「あら、可愛いわね。」
~~~Anna. Isn't he?\\
「でしょう?」
~~~Countess Vronsky. He's a little like your husband, but what is nice about him he gets from you.
「あなたの旦那様にちょっと似てるわ。でも、素敵なところはあなた似ね。」
I never know what my son may be doing. Perhaps it's just as well.\\
「うちの子は今どうしているかしら。分らないわ、あの子のことは。いい子にしていればいいけど。」
~~~Anna. Oh, why Countess?\\
「あら、どうしてですの?」
~~~Countess Vronsky. Have a look at those eyes, my dear. And perhaps you'll understand what I mean. He's very handsome.\\
「(ヴロンスキーの写真を見せて)ほら、見て、この目。この目を見れば分るでしょう? 私の言っていること。この子、とてもハンサムだから。(女遊びが大変、ということ)」
~~~Vronsky. Princess, I've come to pay you my respects today, but I can only stay for a moment.
「プリンセス(これは、キティーの母親に呼びかけている)、今日はお招き有難うございます。しかし、ほんの一時しかお邪魔出来ません。」
I promised to meet my mother at the station.\\
「母を駅に、迎えに行かねばなりませんので。」
~~~Princess Shcherbatsky. So the Countess is deserting her beloved St. Petersburg.\\
「まあ、では、お母上は、あんなにお好きなセント・ペテルスブルグを出て来ていらしてるんですね?」
~~~Vronsky. She can no longer bare to be away from her beloved Moscow. She'll feel like that for about a week.
「いえいえ、母はこのモスクワが好きなのです。あちらではとても我慢が出来ないと。もう一週間もそう感じていたようです。」
My mother maintains that travelling kills her, but she spends half her life in trains. Besides, this time it's at my request that she's come.\\
「母はいつも、旅をするのはとても厭だ、と言っています。でも結局、人生の半分を汽車で過しています。それに、今度母がモスクワに来るのは、私が頼んだからなのです。(これは暗に母親にキティーを見て貰いたいから、と。)」
~~~Princess Shcherbatsky. Kitty, my dear child, what are you doing? I'm sure Count Vronsky hates cream.\\
「キティー、あなた、何をしているの? カウント・ヴロンスキーはクリームがお嫌いじゃないの。」
~~~Kitty. Oh, I'm sorry! I...\\
「あっ、ご免なさい、私・・・」
~~~Vronsky. I'm going to like it.\\
「いえいえ、クリームも好きになります、私は。」
(キティー、ピアノを弾いている女性に紅茶を持って行き)\\
~~~Kitty. Would you like some more tea?\\
「お茶、如何?」
(ピアノを弾いている女性、「いらない」と手で合図)\\
(キティー、最後に、リェーヴィンのところに行き)\\
~~~Kitty. I was forgetting you, Constantine Demitryovich.\\
「私、あなたのことを忘れていましたわ、カンスタンチーン・ドゥミートゥリイェヴィッチ。」
~~~Levin. Perhaps a little.(少し飲む)\\
「ああ、僕には少しだけ下さい。」
~~~Kitty. Have you enough sugar?\\
「お砂糖はそれでいい?」
~~~Levin. Yes, thanks, Kitty. I ... I want to tell you why I ran away from Moscow last year and why I've come back again today.\\
「うん。キティー、僕は・・・去年モスクワから何故逃げて行ったか、それから今日、何故またやって来たか、その理由を言いたいんだ。」
~~~Kitty. I'm afraid, Constantine Demitryovich.\\
「悪いけど、カンスタンチーン・ドゥミートゥリイェヴィッチ・・・」
~~~Levin. Afraid? What of?\\
「悪い? 何が。」
~~~Kitty. Of hurting you.\\
「あなたを傷つけては、と思って。」
~~~Levin. Then... perhaps it would be better if I didn't tell why I came back again today.\\
「じゃ、言わない方がいいんだね? 今日僕が何故来たかを。」
\\
(部屋の別の場所で。キティーの両親)\\
~~~Princess Shcherbatsky. Kitty couldn't wish for a better husband. He's handsome, rich, brilliant...\\
「キティーにあれ以上の夫は望めないわ。ハンサムで、金持で、頭がよくて・・・(これはヴロンスキーのこと)」
~~~Prince Shcherbatsky. Too brilliant. I prefer that one over there. He's a good fellow.\\
「頭が良過ぎるね。私はあそこにいるあの男(レーヴィンのこと)の方がいい。あいつはいい奴だ。」
~~~Princess Shcherbatsky. My dear, you have no idea what women like.\\
「あなた、あなたには分らないのよ、女ってものがどんな男を好きになるかってことが。」
~~~Prince Shcherbatsky. Nor have they, unfortunately.\\
「そう、女ってものは分ってないんだ、どんな男がいいかをね、残念ながら。」
\\
(こちら、キティーとレーヴィン)\\
~~~Kitty. Constantine Demitryovich, I like you. I like you very much indeed. But it's impossible. Forgive me.\\
「カンスタンチーン・ドゥミートゥリイェヴィッチ、私、あなたのこと、好きですわ。本当に大好き。でも、それは駄目。許してね。」
\\
(駅構内。ヴロンスキー、階段を降りて、汽車の方へ進んでいる)\\
(ヴロンスキー、アンナの兄、スチェパン(ドリーの夫)、に出逢う)\\
~~~Stepan Oblonsky. Greetings, my dear Count.\\
「ああ、公爵、今日は。」
~~~Vronsky. Ah, greetings.\\
「ああ、今日は。」
~~~Stepan Oblonsky. And who are you meeting?\\
「誰のお迎えですかな?」
~~~Vronsky. Just my mother. And you?\\
「母ですよ、ただ。君は?」
~~~Stepan Oblonsky. My sister.\\
「妹だ。」
~~~Vronsky. Ah, Madame Karenina?\\
「ああ、マダム・カレーニナ?」
~~~Stepan Oblonsky. Yes. Do you know her?\\
「うん。君、彼女を知ってるのか?」
~~~Vronsky. No. I don't believe I do.\\
「いや、知らないと思う。」
~~~Stepan Oblonsky. You must at least know my famous brother-in-law. Alexei Alexandrovich.\\
「少なくとも彼女の夫、つまり僕の義理の弟、は君、知ってなきゃな。アリェクスクェーイ・アリェクサーンドゥロヴィッチ・カリェーニンを。」
~~~Vronsky. Only by reputation and by sight, like all our great statesmen.\\
「ああ、知ってる。偉大な政治家だ。ただ僕は知ってると言ってもただ、顔と噂だけだがね。」
~~~Stepan Oblonsky. A walking encyclopedia, they say.\\
「歩く百科事典だ、まづ。」
~~~Vronsky. Oh?\\
「ほほう。」
~~~Stepan Oblonsky. Chiefly, a colossal bore.\\
「しかし、退屈な男だ、おっそろしく退屈なね。」
\\
(汽車が着く。ヴロンスキー、窓を目で追う。丁度目の前に窓が止り、その窓を拭いているアンナ。ヴロンスキー、その美貌にハッとなる)\\
\\
(汽車の中。コンパートメント。アンナとヴロンスキー公爵夫人)\\
~~~Anna. I'm going to see if I can find my brother. Would you look after my bag?\\
「(公爵夫人に)兄がいるかどうか、見て来ます、私。(下女に)バッグを見ておいてね。」
~~~アンナの下女. Yes, Madame.\\
「畏まりました、奥様。」
(この下女の名前はアーンヌシュカといいます)
(アンナ、ヴロンスキーの傍を通る。ヴロンスキー、アンナに見ほれている。アンナ、微笑んで通り過ぎる)\\
\\
(ヴロンスキー、母親に近づく)\\
~~~Countess Vronsky.(ヴロンスキーに)Oh, here you are. So you got my telegram?\\
「ああ、あなた、来たのね。すると私の電報は見たってこと?」
~~~Vronsky. Yes. Did you have a good journey?\\
「ええ、見ました。良い旅でしたか?」
~~~Countess Vronsky. Excellent. I had a charming companion. Well, my dear, how are you?\\
「素晴しい旅だったわ。連れがとても素敵な人でね。そう、それで、あなたの方は? どんな具合?」
~~~Vronsky. Wonderful.\\
「素晴しいです。」
~~~Countess Vronsky. Good, good. They tell me you've started a new love affair.\\
「それはよかったわね。またあなた、新しい恋愛を始めたのね。もっぱらの噂よ。」
~~~Vronsky. I don't know what you've referring to, mother.\\
「何の話か、私にはよく分りませんが?」
~~~Countess Vronsky. Did you find your brother?\\
「(そこにやって来たアンナに)あなた、お兄さんは見つかって?」
~~~Anna. No.\\
「いいえ。」
~~~Vronsky. Your brother is here, Madame? I'm afraid you don't know me.\\
「あなたのお兄さんがここに? そうそう、考えてみると、あなたは私をご存知ない筈。」
~~~Anna. Yes, I do. Your mother and I have been talking about you nearly all the way.\\
「いえいえ、あなたのことはよく存じておりますわ。お母様と私、旅行中殆どずっとあなたのことを話していたのですから。」
~~~Countess Vronsky. We've been dicussing our sons.\\
「お互い、自分達の息子の話をね。」
~~~Vronsky. That must have bored you considerably.\\
「それは退屈な目にあいましたね、お気の毒に。」
~~~Anna. What else do you think mothers talk about? Well, countess, I've come to the end of all my stories.
「母親には、話すことといえば自分の子供のことしかないですもの。これでお母様、私、もうお話すること、つきてしまいました。」
Had the journey lasted any longer, I would have had nothing more to tell you.\\
「旅がもう少し長かったら、もう話題が何もなくなるところでしたわ。」
~~~Countess Vronsky. Alexei, my son, do go and find out if our carriage is most proper.\\
「アリェクスェーイ、あなた、馬車の用意が出来ているか見て来て頂戴。」
~~~Vronsky. Certainly.\\
「分りました。」
(と、一人、先に汽車を降りる)\\
~~~Vronsky. Oblonsky! Oblonsky! Here!\\
「(スティーヴァを見て)、オブローンスキー、オブローンスキー、ここだ、妹さんは。」
(アンナ、汽車を降りて来る。ヴロンスキー、その手を取って下ろす)\\
~~~Stephan Oblonsky. Anna!\\
「アーンナ!」
~~~Anna. Stephen. How are you, dear?\\
「ステファン。お元気?」
~~~Stephan Oblonsky. Terrible. I'll tell you all about it. I've been counting on you.\\
「ひどいものさ。この話は後でする。お前がたよりなんだ。」
~~~Anna. Is it serious?\\
「そんなに深刻な話?」
\\
(ホームを降りて何かしていた鉄道員、汽車に轢(ひ)かれる)\\
(アンナ、驚いてその方へ進む)\\
~~~係員. Get those people back!\\
「野次馬をどかすんだ!」
~~~別の係員. Stand back! Stay back!\\
「下がって! 皆、下がって!」
~~~Vronsky. A worker. He was crushed.\\
「(母親に)鉄道員です。轢かれたのです。」
~~~Countess Vronsky. Oh, let's go. I hate accidents.\\
「行きましょう。私、事故って、嫌い。」
~~~Stephan Oblonsky.(アンナに)Come away. Don't upset yourself.\\
「さ、行こう。こんなものを見ていたら、気が動転するだけだ。」
(この事故は、後のアンナの事故を暗示している)
\\
(オブロンスキー家。)
~~~侍女.(ドリーに) The carriage has just returned from the station with Anna Karenina. What shall I do with the children?\\
「奥様、アンナ様をお連れして、今丁度馬車が駅から帰ってきました。お子様達を如何いたしましょう?」
(鏡の前で涙の痕を化粧で直しながら。この時点ではもう、ドリーは、今日家を出ることは諦めている)
~~~Dolly Oblonsky. Well, it's too late now to leave tonight. Let me help you. You'd better get them up to bed.\\
「今夜出て行くのはもう遅過ぎだわ。ベッドの用意は手伝って上げます。子供達はみんな、ベッドに寝かせましょう。」
~~~侍女. I'm afraid they won't go until they've seen their aunt.\\
「叔母さん(アンナのこと)と顔を合わせるまでは、子供達、とても寝そうにありませんわ。」
~~~Dolly Oblonsky. Oh, all right, then.\\
「分ったわ。じゃ・・・」
(そこにアンナ、入って来る)\\
~~~Anna. Dolly, I'm so glad to see you. Oh, my poor darling. He told me everything. I can't tell you how sorry I feel for you.
「ドリー、私、あなたに会えて嬉しい。ああ、あなた、可哀相に。スティーヴァが何もかも話してくれたわ。あなたのことをどんなにお気の毒に思っているか、言葉では言えないわ。」
I'm not going to defend him. We must all get over it and see what can be done.\\
「私、兄のことを弁明するつもりはないの。私達女は、これに耐えて、そして、それに対して何が出来るかを考えることだけが残されているの。」
~~~Dolly Oblonsky. There's nothing to be done.
「出来ることなんか何もないわ。」
The worst of it is I can't leave him because of the children and I can't live with him after what has happened. I was a perfect fool.
「これ、手のうちようがない。だって、子供のことがあるから別れることは出来ないし、あんなことがあった後、私、あの人と一緒に暮らすことも出来ない。私、本当に馬鹿だったの。」
I knew absolutley nothing. For eight years I believed I was the only woman he ever loved.\\
「本当に、なーんにも気がつかなかった、私。この八年間、あの人が愛していたのはこの私だけだと思っていたんだから。」
~~~Anna. I think... I think I know how men like Stephan look at these things. In their hearts they despise these women.
「私・・・私、男が、特に兄のような男が、こういったことをどう考えているか、分るような気がするの。心の中では、男は浮気の相手を軽蔑しているのよ。」
Oh, yes, they do. And they draw a line between them and their families.\\
「本当よ。本当に軽蔑しているの。きちんとああいった女達と家族には、一線を画(かく)しているの。」
~~~Dolly Oblonsky. Yes? But he's kissed her.\\
「本当? でもあの人、キスまでしてるのよ。」
~~~Anna. I know. And he's made you suffer horribly. And yet I can't help but feel sorry for him, too. Dolly, he loves you really.
「ええ、分るわ。あなたを苦しめたのね、酷く。でも私、兄も可哀相だって思うの。ドリー、あの人はあなたを本当に愛しているのよ。」
Do go see him. He's so unhappy.\\
「あの人と仲直りして頂戴。今あの人、とても不幸なの。」
~~~Dolly Oblonsky. Do you really think that he's unhappy?\\
「本当に不幸だって、あなた、思う?」
~~~Anna. Yes.\\
「ええ。」
\\
(隣の部屋。キティーが子供におとぎ話をしてやっている。ステファンもいる)\\
~~~Kitty. "Humpty Dumpty sat on a wall."\\
「ハンプティー・ダンプティーは壁によりかかって・・・」
~~~~~~~~"Humpty Dumpty had a great fall..."\\
「そして、すってんころりとひっくり返る・・・」
~~~Anna.(部屋に入ってきて、ステファンに)Go to her now. (ステファンを隣の部屋に行かせる)
「ドリーのところへ行って。」
~~~Anna.(子供にキスしてやりながら)Katya! Tanya!
「カーチャー! ターニャ!」(叔母のキスで子供達安心する)
~~~Anna. Miss Howe, I think the children can go to bed now.\\
「ミス・ハウ、もう子供達、寝かせていいわ。」
~~~家庭教師. Yes, your ladyship.\\
「はい、畏まりました。」
~~~もう一人の娘. Aunt Anna, we haven't seen you yet!\\
「アンナ叔母さん、私達、叔母さんのこと、まだよく見てないわ!」
~~~Anna.(その娘を無視して別の子供に)Ivan!\\
「イヴァーン!」
~~~Kitty.(アンナに近づいて)Well?\\
「お義姉(ねえ)さん・・・」
~~~Anna. Everything's going to be all right.\\
「きっとうまく行くわ、あのこと。(これはキティーの姉、ドリーの夫婦のこと)」
(キティーが自分をじっと見ているので)
~~~Anna. What is it, Kitty?\\
「どうしたの? キティー。」
~~~Kitty. How beautiful you look, Anna!\\
「何てお綺麗なんでしょう、お義姉さんは。」
~~~子供1. Aunt Anna, are you going to the ball?\\
「アンナ叔母さん。叔母さん、舞踏会に行くの?」
~~~子供2. Do show us your dress.\\
「叔母さんのドレス、見せて。」
~~~Anna. I will as soon as you're in bed.\\
「みんながベッドに入ったら見せてあげる。」
~~~子供1. Promise?\\
「約束?」
~~~Anna. Promise. ... When is the ball?\\
「ええ、約束。(キティーに)舞踏会はいつ?」
~~~Kitty. Tomorrow. At the Mezhkov's.
「明日です。ミェシュコーフ家で。」
~~~侍女. Come along, children. Don't bother her ladyship.\\
「さ、ぼっちゃん達、お嬢ちゃん達、もう叔母様にうるさくしないで。」
~~~子供達. We won't.\\
「僕たち(私たち)、うるさくしないよ。」
~~~侍女. Come along, Katya.\\
「さ、カーチャ、いらっしゃい。」
(と、部屋の片隅に子供達を集めて、着替えなどをさせる)
~~~Anna. Kitty. I know why you want me to go to the ball.
「キティー、私、あなたがどうして私を舞踏会に行かせたいか分るわ。」
You want everyone to share your happiness. I met captain Vronsky at the station.\\
「あなた、自分の幸せをみんなに分ちあわせたいのね。私、ヴロンスキー大尉と、駅で会ったわ。」
~~~Kitty. What has Stephan been telling you?\\
「まあ、お義兄さんね。どんな話をしたのかしら。」
~~~Anna. The whole story. And his mother says he's quite a hero. Of course mothers are prejudiced.\\
「何もかも。それから大尉のお母さまも話していたわ、あの人がたいした人だってことを。勿論母親って、自分の息子の贔屓ですけどね。」
~~~Kitty. What a pity your husband couldn't come.\\
「ご夫婦づれでいらっしゃらなかったの、私、残念だわ。」
~~~Anna. I can't imagine my husband dancing.
「私の夫がダンスだなんて、とても考えられないわ。」
Aleksei Alexandrovich Karenin would be quite lost without his tape, paper and pen.\\
「あの人、紙と鉛ペン、それに書類に目印で挟むテープ、それがなければ、何をしていいかさっぱり分らない人。」
~~~Stephan Oblonsky.(妻と共に入って来て)All right children. You can go to bed now. (妻の手を取って、皆に)
「さ、子供たち、もう寝るんだ。」
My wife---the finest, the sweetest, the kindest wife a man could ever wish for.\\
「さ、これが私の妻・・・優しくて、本当に素晴しい妻、男なら誰でも望むような、理想の妻だ。」
~~~Dolly Oblonsky. Anna, darling dear, I'm so glad.\\
「アンナ、有難う。私、本当に幸せ。」
~~~子供1. Goodnight, Mama!\\
「お休み、ママ。」
~~~子供2. Goodnight, Anna!\\
「お休み、アンナ。」
~~~子供3. Goodnight, darling!\\
「お休み。」
(ドリー、子供達にキス)\\
~~~Dolly Oblonsky. All right, children. You can say goodnight to your father, now.\\
「じゃあね、お前たち。お父様にお休みを言って。今はもう、言ってもいいのよ。」
~~~Stephan Oblonsky. Goodnight. Goodnight, goodnight! Now off to bed like good little children there we are!\\
「お休み。お休み、お休み。さあ、みんな、お利口さんにして、ベッドに行くんだ。」
~~~子供1. Don't forget your promise, Aunt Anna.\\
「アンナ叔母さん、さっきの約束、忘れないでね。」
~~~Anna. No, I won't forget, my darling.(隣の部屋へ行きながら)Now I'm tired, and I haven't even unpacked yet.\\
「ええ、忘れないわ。ああ疲れた、私。それに私、まだ荷物も開けていないわ。」
(アンナ、部屋を出、玄関の間のバルコニーに出る。その時ヴロンスキー、玄関から入って来て、召使に言う)\\
~~~Vronsky. Tell his excellency that I just want to have a word with him. I'll wait here.\\
「ご主人に、ちょっと一言お話したくて。ここでお待ちします。」
(召使、それを聞いて、去る。ヴロンスキー、上のバルコニーを見、アンナを認める。二人、会釈)\\
(ステファン、登場)\\
~~~Stephan Oblonsky. Good evening.\\
「ああ、ヴロンスキー。」
~~~Vronsky. Do I disturb you? I just wanted to know if you were going to join us for the club dinner we're arranging for Wednesday night.\\
「突然お邪魔して失礼。水曜日の夜、クラブの夕食を計画していますが、あれにご出席戴けるかどうか、確かめたくて。」
(実は、これは本当の理由ではない。ヴロンスキーはアンナに会いたかった。それでオブロンスキー家を訪問した)
~~~Stephan Oblonsky. It's nice of you, but you shouldn't have gone out of your way. We would have met anyway at Mezhkov's.\\
「それはご親切に。しかし君、わざわざ来てくれなくても、どうせメシュコーフの舞踏会で会えたじゃないか。」
~~~Vronsky. Of course. But then I wasn't sure you were going.\\
「それはそうだ。しかし、君があの舞踏会に行くのかどうか、不安だったのでね。」
(階段の上にいるアンナを見たので、ヴロンスキーの目的は果せた)
\\
(シチェルバーツキー家のダンスパーティー。控えの間。アンナ、登場)\\
(キティー、進みでて、アンナにキス)\\
~~~Kitty. Oh, Anna. What a wonderful dress.\\
「ああ、アンナ。何て素敵なドレスなんでしょう。」
~~~召使.(到着者を呼び上げる声)Anna Karenina!\\
「アーンナ・カリェーニナ!」
~~~Kitty. Oh, yes, it's wonderful!\\
「ええ、本当に素敵!」
~~~Anna. Kitty, the happiness in your eyes would find loveliness in any dress.\\
「キティー、あなたは今、どんなドレスでも綺麗に見えるの。あなた今、幸せなんだもの。」
(シチェルバーツキー公爵夫人、進みよって来るので、アンナが)\\
~~~Anna. My dear.\\
「ああ、プリンセス。」
~~~Princess Shcherbatsky. Darling.\\
「あら、アンナ。」
(二人、キス)\\
(アンナとキティー、ホールへ進む)\\
\\
(コゾンスキー、一緒に控えている人達に、場を外す挨拶)\\
(原作では、コゾンスキーは、コルズーンスキー)
~~~Kosonsky. Will you forgive me?\\
「ちょっと失礼。」
(とアンナの方に進む)\\
~~~Kosonsky. Anna Karenina.\\
「アンナ・カレーニナ。」
~~~Anna. Good evening.\\
「今晩は。」
~~~Kosonsky. How delighted to see you again in Moscow. You can't refuse me this dance can you?\\
「モスクワで再びお目にかかれるとは嬉しいですね。このダンス、お断りにならないとよいのですが。」
~~~Anna. My dear Kosonsky, you know very well that I never dance unless I can fake it.\\
「コゾンスキーさん、私、お断り出来る時には、決して踊らないことにしていますの。」
~~~Kosonsky. You can't today. You're much too beautiful.\\
「今日は断るなんて無理ですよ。そんなにお綺麗でいらっしゃるんですから。」
(二人進むと、ヴロンスキーがいる。ヴロンスキーとアンナ、お辞儀)\\
~~~Anna. In that case, let us dance.\\
「お断り出来なさそうですわ。では、踊りましょう。」
(と、コゾーンスキーとアンナ、ホールに進む)\\
(ヴロンスキー、じっとアンナを見送る)\\
(そこにキティー近づき、ボウッとアンナを見ているヴロンスキーの横に立つ。ヴロンスキー、気がつかない)\\
(ヴロンスキー、やっと向きを変え、キティーに気づく)\\
~~~Vronsky. I'm so sorry, Kitty. I hadn't seen you. Would you care to dance?\\
「ご免なさい、キティー。あなたのことが見えなかった。踊りますか?」
~~~Kitty. With pleasure, Count.\\
「喜んで。」
(二人、踊り始める)\\
\\
(時間が経ち、キティーが一人、椅子に坐っている姿)\\
(あちらではアンナとヴロンスキーが丁度踊り終り、アンナが膝をついてお辞儀をしているところ)\\
~~~司会. Ladies and Gentlemen. Kindly take your partners for the promenade.\\
「さあ、皆さん、プロムナードが始ります。パートナーを決めて下さい。」
(キティー、呆然とアンナとヴロンスキーを見ている)\\
(ある男、キティーに近づき、ダンスを求める)\\
~~~男. Would you do me the honour of dancing with me?\\
「ダンス、私とでは如何でしょう。」
~~~Kitty. I'm sorry, but I've promised it to Count Vronsky.\\
「ご免なさい。私、ヴロンスキー伯爵と約束していましたから。」
~~~男. Are you sure? The mistake couldn't possibly have been his.\\
「それ、確かですか? 彼の方で間違えることはあり得ない筈ですけれど。」
~~~Kitty. Why, I must have mixed them up. How stupid of me.\\
「あら、きっと私の方の間違いだわ。何て馬鹿なんでしょう、私。」
~~~男. Do you care to dance?\\
「私と・・・如何ですか?」
~~~Kitty. Do you mind if I don't? It's my shoe. It's been hurting all evening.\\
「ご免なさい。靴のせいなんですの。今までもう、ずっと痛くて。」
~~~男. Oh, I'm so sorry. It must be torture.\\
「ああ、それはいけませんね。お辛いことでしょう、それは。」
~~~Kitty. Yes.\\
「ええ、有難うございます。」
(キティー、席をたち、クロークへ)\\
~~~Kitty. My coat.\\
「コートを。」
~~~Princess Shcherbatsky. Don't be ridiculous, child. You can't possibly leave before supper!\\
「馬鹿なことをおしでないよ、キティー。夕食の前に出て行くなんて、そんな話、ありませんよ。」
~~~Kitty. I'm tired mother. I want to go house.\\
「私、疲れたの、お母様。私、家に帰りたい。」
~~~Princess Shcherbatsky. But you've scarcely danced at all. I thought Count Vronsky had signed your card for the dance.\\
「でもあなた、まだ殆ど踊ってもいないわ。ヴロンスキー伯爵、カードでちゃんとあなたにダンスを約束したんでしょう?」
~~~Kitty. Gregory will take me.\\
「グレゴリー(召使)が馬車で送ってくれるから。」
~~~Princess Shcherbatsky. Don't catch cold and go straight to bed!\\
「風邪をひいたら駄目よ。帰ったらすぐ寝るのよ!」
(父親、やって来て)\\
~~~Prince Shcherbatsky. Is she not feeling well?\\
「キティー、気分が悪いのか。」
~~~Princess Shcherbatsky. She's upset. Whatever came over that young man behaving like that.\\
「あの子、がっくりきているの。ヴロンスキーったら、どうしてあんな態度がとれるのかしら。」
~~~Prince Shcherbatsky. I told you. I always preferred the other one, my dear. Let's go eat supper, so that her departure is not noticed.\\
「だから言わないこっちゃない。私は前からレーヴィンの方がいいと言っているんだ。さ、早く夕食の席に行こう。キティーの退出を知られないように。」
\\
(ヴロンスキーとアンナ、立って話)\\
~~~Vronsky. I had her sent specially from Ireland. She's on the small side of a chaser, but very game. A real beauty.\\
「アイルランドからわざわざ取り寄せた馬なんです。チェイサー(馬の種類)としては小ぶりなんですが、実に勝負強い。名馬ですよ。」
~~~Anna. I hope she'll prove a great success.\\
「勝てるといいですわね。」
~~~Vronsky. Unless the going's heavy I think I have a chance this year.\\
「障害があまりきつくなければ、今年は勝てるかもしれません。」
the going~~~ここでは「障害物」\\
~~~Vronsky. Will you be there, Anna?\\
「見に来てくれますか? アンナ。」
~~~Anna. I don't know. We often do go to the races.\\
「競馬にはしょっ中行ってはいますよ。でも、今年行くかどうかは分りませんわ。」
~~~Vronsky. I haven't missed a Military Cup meeting since I was a boy. ... How beautiful you look in that dress.\\
「少年の頃から、私はこの軍のカップを争う競馬には必ず出場してきたのです。・・・そのドレス、何てお似合いなんだ。」
\\
(そこへキティーの母親、近づいて)\\
~~~Princess Shcherbatsky. Well, Anna Karenina. Are you not coming in to supper?\\
「あら、アンナ・アルカーディイェヴナ、あなた、夕食に出ないの?」
~~~Anna. No, thank you, Countess. I am leaving in the morning and I think I should rest before my journey.\\
「有難うございます。でも私、明日発ちますので、旅に備えて少し休みたいのです。」
~~~Princess Shcherbatsky. Must you really go?\\
「あら、もう?」
~~~Anna. I'm afraid so, but I think I've danced more tonight than I generally do during a whole winter in St. Petersburg.
「ええ、残念ながら。でも、ペテルスブルグでのひと冬分のダンスを、今日一晩で踊ったような気持ですわ。」
So if you will forgive me. It's been a chaming evening.\\
「ですから、お許しを戴いて。本当に楽しい夕べでした。」
(と、ヴロンスキーと目で挨拶し、退場)\\
\\
(アンナ、玄関まで出る。その時ドリーが出て来て)\\
~~~Dolly Oblonsky. You should have stayed a few days more. The house is not the same without you.\\
「あなた、もう少しは滞在して下さらなくちゃ。あなたがいないと、この家、すっかりさびれてしまう。」
~~~Anna. I must go, Dolly. I really must.\\
「私、帰るわ、ドリー。本当に帰らなきゃ。」
~~~Dolly Oblonsky. Kitty is not very well. She has sent her maid to say goodbye for her.\\
「キティーが具合悪いの。女中をよこしたわ、宜しくと伝えてって。」
~~~Anna. You know, it's because of Kitty that I'm going. She was so happy and she expected so much from this ball.
「私が帰るの、本当はキティーのためなの。キティー、あんなに幸せだったのに。そして、この舞踏会に、あんなに期待していたのに。」
And I, I spoiled the whole evening for her.\\
「私なの、私がそれを、全部ぶち壊してしまった・・・」
~~~Dolly Oblonsky. Yes. Captain Vronsky danced a lot with you.\\
「ええ、ヴロンスキー伯爵、随分あなたと踊ったわ。」
~~~Anna. Yes. But I'm really not to blame. Or perhaps I am, a little. But it was quite unintentional.\\
「ええ。でも、私、非難される覚えはないわ。いいえ、少しはあるかもしれない。でも、わざとしたんじゃないわ、ちっとも。」
~~~Dolly Oblonsky. You said that just like Stephan.\\
「あなた、まるでスティーヴァのような言葉を言うのね。」
~~~Anna. Oh, no. I'm not like Stephan. Oh, dear, I'm going away having made an emeny of Kitty. And I'm so fond of her.
「いいえ、私、スティーヴァとは違う。ああ、私、キティーと仲違いして帰らなきゃならないなんて。私、あの子、こんなに好きなのに。」
You will make it all right with her, won't you, darling? Tell her that I hope they will soon be married and I hope she'll be very happy.
「キティーに何とかとりなして、ドリー。私、あの子がそのうちすぐヴロンスキー伯爵と結婚して欲しいって、そして幸せになって欲しいって。」
Now where is Stephan? I shall miss my train.\\
「あら、スティーヴァはどこ? 私、汽車に乗り遅れてしまう。」
~~~Dolly Oblonsky. Stephan!\\
「スティーヴァ!」
~~~Stepan Oblonsky. Coming, Coming! (来て)Anna, you're a marvel. Up fresh and early after such a late night.
「行く行く、すぐ。アンナ、お前、素晴しいよ。あんなに夜遅くて、今朝また、こんなに早く、それもパリッとしているんだからね。」
I don't know how you manage it. You danced like a debutante. Do you remember the hearts we used to break together back in the old days?
「どうしてお前、そんな芸当が出来るんだ。それに夕べはまるで社交界デビューの時のような踊り方だったじゃないか。僕たち二人、昔は皆の心をうっとりさせたものだった。あの頃を思い出すね。」
Oh, right. I don't know what I'm talking about. Is everything loaded up?\\
「何だ、馬鹿な話ばかりして。荷物はもう全部馬車か?」
~~~召使. Yes, Excellency.\\
「はい、旦那様。」
~~~Stepan Oblonsky. Good. Then we'd better be going.\\
「よーし。じゃ行くとするか。」
~~~Anna. Goodbye, darling.\\
「じゃ、ドリー、さようなら。」
~~~Dolly Oblonsky. Goodbye, Anna.\\
「じゃね、アンナ、さようなら。」
(二人、キス)\\
~~~Dolly Oblonsky. I shall never forget what you've done for me. Remember that I love you, and I always will, no matter what happens.\\
「あなた、私の窮地を救ってくれたわ。私、このこと、決して忘れない。私があなたを愛しているってこと、忘れないでね。私、何があっても、このことは決して忘れないわ。」
(アンナ、ドリーにキス)\\
~~~Stepan Oblonsky. This way.\\
「ああ、こっちに。」
(汽車が走っている映像。コンパートメントに、アンナと召使、アーンヌシュカ)\\
~~~召使. How did Madame sleep?\\
「奥様、よくお眠りになれまして?」
~~~Anna. Not very well.\\
「駄目ね。」
(乗務員がカンテラを持ってやって来る)\\
~~~Anna. What station is this?\\
「ここは何ていう駅?」
~~~乗務員. Glyn, Madame. Glyn it is, for taking water.\\
「グリンです、奥様。グリンで、汽車の、水の補給をするのです。」
~~~Anna. Thank you. I'm going out for a breath of air.\\
「有難う。(召使に)私、ちょっと外へ出てきます。息継ぎに。」
\\
(アンナ、外へ出る。駅の係員が線路を叩いて調べている。アンナ、それを見ている)\\
(ヴロンスキー、汽車の窓を見ながら歩いているのを、アンナ、みつける)
(アンナ、驚く。暫くじっと見ているが、ヴロンスキーに近づく)\\
~~~Anna. I didn't know you were going to St. Petersburg. Have you been recalled?\\
「あなたがセント・ペテルスブルグへ行くなんて、知りませんでしたわ。呼び戻されたのですか?」
~~~Vronsky. You know I'm going then to be where you are. Because I cannot do otherwise. \\
「あなたには分っている筈です、私が、あなたの行くところへはどこへでも行く、ということが。何故なら、私には、他に、どうしようもないのですから。」
(アンナ、黙って車両に上ろうとする。ヴロンスキー、それを留めて)\\
~~~Vronsky. I'm sorry if what I have just said displeases you.\\
「すみません、もし今私の申上げたことが御不快になられたのなら。」
~~~Anna. I hope you will forget it. As I shall forget it.\\
「あなたがそれを忘れておしまいになることを望みますわ。私が忘れてしまいますように。」
~~~Vronsky. Not a word, not a gesture of yours shall I ever forget. Or can I.\\
「あなたの口から出たどんな言葉も、あなたの身体の動きのどんな細かいことでも、私は忘れることはないでしょう。いえ、決して。」
(アンナ、呆然とヴロンスキーを見つめる。笛が鳴る。アンナ、車両に上る)\\
~~~Anna.(コンパートメントの中で、ヴロンスキーの言葉を思い出す)Not a word, not a gesture of yours shall I ever forget. Or can I.\\
「あなたの口から出たどんな言葉も、あなたの身体の動きのどんな細かいことでも、私は忘れることはないでしょう。いえ、決して。」
\\
(汽車、セント・ペテルスブルグに着く。降りて来たヴロンスキーに、兵士、近づいて)\\
~~~兵士. Good morning, Excellency.\\
「お早うございます、閣下。」
~~~Vronsky. Good morning. Inside.\\
「お早う。君、中の荷物を。」
(と、自分はアンナを捜す)\\
~~~Anna.(車両から降りて、召使に)Annushka, my bag.\\
「アーンヌシュカ、私のバッグを。」
(そこへカレーニン、近づいて来る)\\
~~~Alexei Karenin. See what a kind, devoted husband you have. Just as in the old days, burning with desire to see you my dear.
「ほーら、何ていう献身的な、優しい夫だろう、君の夫は。昔と全く変らない気持だよ。君に会いたくて、会いたくて。」
(と、アンナの手にキスをして) Not too bad a night?\\
「汽車の中でのひと晩、そう酷くはなかったね?」
~~~Anna. How is Sergei?\\
「スェルゲーイは元気?」
~~~Alexei Karenin. Is that all the reward I get for my devotion? He's quite well, quite well. He did come to see you. He's in the carriage.\\
「おやおや、愛情溢れるこの私の言葉に対する報酬は、ただスェルゲーイの様子を訊くことか? ああ、分った分った、スェルゲーイは元気だ、実に元気だ。ちゃんとここにも来ている。馬車の中だ。」
~~~Anna. Ah!\\
「ああ。」
(そこへヴロンスキー、近づいて)\\
~~~Vronsky. Did you have a good night, Madame?\\
「よくお休みになれましたか? マダーム。」
~~~Anna. Yes, yes. Very good, thank you. Count Vronsky.\\
「ええ、ええ。よく眠りましたわ。有難う。(夫に紹介して)ヴロンスキー伯爵。」
~~~Alexei Karenin. I believe I have the honour of your acquaintance.
「どちらかでご紹介の栄は賜っておりますな?」
It seems, my dear, you left with the mother and came back with the son. You're back from leave, no doubt.
「(アンナに)どうやら君は、行きは母親と、帰りはその息子とご一緒だったようだね。(ヴロンスキーに)軍で休暇がありましたかな?」
I'm very flattered you found so little in Moscow to detain you.\\
「(アンナに)モスクワは君を長くひき留めておくだけの魅力がなかったらしいな。それは私にとって名誉だ。」
~~~Vronsky. I hope to have the honour of calling on you.\\
「(カレーニンに)近々、ご招待の栄を賜りたいものですが。」
~~~Alexei Karenin. Delighted. We receive on Thursdays.
「ああ、いつでも。我々は招待日を木曜日にしております。」
I would really like you to be able to come. I'm snowed under with work at the moment.\\
「いらっしゃれれば光栄です。目下私は仕事で埋もれている状況で。」
(馬車の中で母親を待っている息子)\\
~~~Sergei. Andre! Andre! Here she is.\\
「アーンドレ、アーンドレ(これは御者の名)! ほら、ママが来た。」
(アンナ、馬車につき、息子とキス)\\
~~~Anna. My darling. Have you been all right?\\
「スェルゲーイ、お前、元気だった?」
~~~Sergei. I'm afraid I'd never see you again.\\
「僕、もうママに会えないんじゃないかって、心配しちゃった。」
~~~Alexei Karenin. Come, come. What a fuss. Three days.\\
「やれやれ、何を馬鹿なことを。たった三日じゃないか。」
\\
(シチェルバーツキー家。父親と母親が話)\\
~~~Princess Shcherbatsky. My darling. She must be dying of shame. Must he do that?\\
「あなた、あの子、恥づかしくて、死にそうよ。」
(これは、医者が、診察は裸でなければならない、と主張したため。)
~~~Prince Shcherbatsky. He insists on the complete examination, my dear.\\
「隅々まで調べなきゃならん、といい張っているんでね。」
~~~Princess Shcherbatsky. No young girl should be completely examined. It's indecent!\\
「若い娘が、どうして隅々まで調べられなきゃならないの。そんなの、無作法でしょう?」
~~~Dolly Oblonsky. I know what's wrong with her, mamma.
「あの子の身体のどこが悪いかって、決っているじゃないの、ママ。」
It's nothing that medicine will cure. Just leave me alone with her for a moment.\\
「薬が直せる病気じゃないの。薬なんか、何の関係もないのよ。私と、ちょっとだけ二人だけにさせて頂戴。」
(そこへ医者がやって来る。両手を洗い始める)\\
~~~Princess Shcherbatsky. Well, doctor.\\
「それで、先生・・・」
\\
(キティーの部屋。キティーとドリー)\\
~~~Dolly Oblonsky. Do you think I don't know. Believe me. It's not breaking your heart, and we've always had this sort of things.\\
「私に分らないと、あなた、思ってるの? 私の言うことを信じて。あんなことで心を悩ますことはないのよ。私達女って、しょっ中こんな目にあうものなの。」
~~~Kitty. Oh, for heaven's sake, don't sympathize with me. It drives me mad. You think I'm breaking my heart on that man.\\
「ああ、お願い、私に同情なんかしないで。私、気が狂ってしまう。あなた、私があの男のことで、悩んでいるって思ってるんでしょう。」
~~~Dolly Oblonsky. Kitty!\\
「キティー!」
~~~Kitty. I'm not like you. Swallowing your pride and came back to a man who's betrayed you with another woman.
「私、あなたとは違うの。自分の誇りを捨てて、浮気男のところへ戻るような、そんな女じゃないの、私は。他の女のためにあなたを裏切った、あんな男のところへ。」
Oh, darling, I'm so unhappy.\\
「(言い過ぎたと後悔して)ああ、ドリー、私、本当に不幸!」
~~~Dolly. You must tell me everything. Did Konstantin Levin speak to you?\\
「あなた、私にみんな話して。コンスタンチーン・リェーヴィンはあなたと話をしたの?」
~~~Kitty. Yes, but... I'm so unhappy.\\
「ええ、でも・・・ああ、私、とても不幸!」
(カレーニン家。アンナとカレーニン、夕食中。カレーニン、仕事のことを考えているのか、上の空)\\
~~~Anna. Where have your thought just end?\\
「あなたの考え、今どこで止ったの?」
~~~Alexei Karenin. I confess my thoughts were still at the ministry. This report worries me.
「すまん。私の考えはまだ役所にあってな。今日出てきた報告がどうも気になる。」
I'm paying a stronger hand, denouncing the negligence of our organization. Nevertheless the case is quite clear.
「それで荒療治が必要だと私は思っている。役所の怠慢をぶちまけてやろうとね。しかしとにかく、今回のこの件ははっきりしている。」
I've cabled a motion before the Imperial Council. This motion, of course, will be different for each province.
「だから、帝国議会に動議として電報を打っておいた。勿論、この動議は、地方地方によって異なっているのだが。」
And the council... and you? What are you thinking of?\\
「すると議会は・・・ああ、それで君は? 君の方は何を考えてるんだ?」
~~~Anna. Nothing. I'm afraid I was daydreaming.\\
「何も。私、なんだかぼーっとしていて。」
~~~Alexei Karenin. Forgive me. I was beginning to bore you. I was dealing with my past and papers.
「これは私が悪かった。どうやら君を退屈させていたようだな。私は今報告書や何かの話をしていて。」
Oh! Are you going out this evening?\\
「ああ君、今夜はどこかへ出かけるのかな?」
~~~Anna. Have you forgotten? You promised to take me to the opera.\\
「あなた、お忘れになったの? オペラに連れて行くと仰っていたわ。」
~~~Alexei Karenin. Of course. But I'm terribly sorry. I shall not be able to go. Nathalia is sharing your box?\\
「そうだった。しかし残念だが、行けなくなった。ナターリアも一緒だったな? あのボックスに。」
~~~Anna. Yes, don't worry. I shall not be alone. Count Vronsky will be there, too. And Betsy.\\
「ええ。でも、ご心配なく。私一人ではありませんから。ヴロンスキー伯爵が一緒ですし、それにその従姉妹(いとこ)のベツィーも。」
~~~Alexei Karenin. That's splendid. Then I don't need to have a bad conscience.\\
「それはいい。それなら良心も咎められずにすむ。」
~~~Anna. I could stay if you wish.\\
「私、家にいてもいいですけど。」
~~~Alexei Karenin. No, no, my dear. Russia's affairs don't require both of us to be home. Go and enjoy your evening.\\
「いやいや、お国のためには、私一人で結構だ。君はいらない。ゆっくり楽しんで来るんだな。」
~~~Anna. I have known for some time that Russia can do without me. But I thought perhaps if you... (何か大事なことを言おうとして)
「もう大分以前から、この祖国は、私なしで充分やって行けるって、気がつきましたわ。でも、ひょっとしてあなた・・・」
Alexei Alexandrovich.(と呼びかける)\\
「ねえ、アリェクスェーイ・アリェクサーンドゥロヴィッチ・・・」
(その時、ノックの音)\\
~~~Alexei Karenin. Come in.\\
「ああ、どうぞ。」
(召使のフョードル、入って来て)\\
~~~Fedor. Good evening, your Excellency.\\
「今晩は、閣下。」
~~~Anna. Good evening, Fedor.\\
「今晩は、フョードル。」
~~~Fedor. Good evening, Madame.\\
「今晩は、奥様。」
~~~Alexei Karenin. Anna!\\
「アンナ!」
~~~Anna. Yes.\\
「はい。」
(カレーニン、アンナに近づき、手にキス)\\
~~~Alexei Karenin. Give my love to Nathalia.\\
「ナターリアに宜しく言ってくれ。」
\\
(アンナ、子供部屋に入る。セルゲーイが女中とチェッカーをやっている)\\
~~~Anna. Not in bed yet, Sergei?\\
「スェルゲーイ、あなた、まだ寝てないの?」
~~~Sergei. But you said I could, mother.\\
「だってママ、起きていていいって言ったじゃない。」
~~~Anna. Yes, but not all night.\\
「ええ、でも、ひと晩中は駄目よ。」
~~~Sergei. No, mother, but I'm winning now, you see?\\
「分ってるよ、ママ。僕、勝ってるんだ。見て。」
~~~Anna. Oh, I see. I'm going to the opera and I've come to kiss you goodnight.\\
「そうね。私、今夜、オペラに行くの。それであなたにお休みのキスに来たのよ。」
~~~Sergei. Goodnight, mother.\\
「お休み、ママ。」
(アンナ、そっと何か子供に囁く)\\
~~~Sergei. You shouldn't have helped me. I didn't see that. I was kissing mother.
「ママ、そんなこと、僕に教えちゃ駄目だよ。ああ、その駒動かしたの、見てなかったな。僕、ママにキスしていたんだ。」
~~~Sergei.(盤面を見て)Now, I'm going to take you.\\
「よーし、この駒、取っちゃうぞ。」
~~~Anna. Would you like me to stay and play after all?\\
「私とやる? 私にいて貰いたい?」
~~~Sergei. Oh, no. You always beat me.\\
「ああ、駄目駄目。ママはいつも僕を負かすんだから。」
(女中、駒を動かす)\\
~~~Sergei. I've got a ki3g!\\
「僕、王様を取っちゃった!」
(アンナ、場を外す)\\
~~~Sergei. It's your turn. Go on. \\
「さ、こんどはそっちの番だよ。やって。」
~~~Anna. Goodnight.\\
「お休み。」
(アンナ、退場)\\
~~~Sergei.(母を見ず)Goodnight.\\
「お休み。」
\\
(ベツィーのサロン。十数人の客)\\
~~~Betsy. Oh, there's the table. Now we can indulge in our favourite vice. (召使二人、テーブルを運んで来る。その二人に)Put it here.\\
「ああ、テーブルを運んで来て。いつもの悪い遊びをやりましょう。ああ、そこに置いて頂戴。」
~~~女の客1. No, I'm a friend of Anna's. He's just trying to say this.
「ああ、私、アンナの味方。アンナの悪口を言っているんじゃないの。彼が言いたいのはね・・・」
Since her return from Moscow I find her very changed. There's something strange about her.\\
「モスクワから帰ってから、アンナはとても変ったってこと。何か変なものがついて回ってるの、アンナには。」
~~~女の客2. The change may be due to the fact that she has a shadow following her.\\
「影ね、影がアンナについて回ってるの。」
~~~男の客1. A shadow?\\
「影?」
~~~女の客2. The shadow of Count Vronsky.\\
「ヴロンスキー伯爵の影。」
~~~Betsy. Your tongue is too sharp my dear. It will cut you one day. Anna's an adorable creature.\\
「その舌、きつ過ぎよ、あなた。あなた、その舌のお蔭でいつか酷い目に遭うわ。アンナは可愛い子よ。」
~~~女の客1. Oh, I'm not blaming her.\\
「まあ、私だって、あの人を非難しているんじゃないのよ。」
~~~Betsy. Because nobody follows us like a shadow, it doesn't give us the right to judge others.\\
「誰も私達を影のようにつきまとわないからといって、つきまとわれている幸せな人を非難は出来ないわね。」
(そこにアンナとナターリア、登場。その後ろからヴロンスキーも登場)\\ ~~~Betsy. Anna, my dear. You've come just in time. How are you, Nathalia? Good evening, Count.
「アンナ、よく来たわね。丁度間にあったわ、あなた。どう? ナターリア。今晩は、伯爵。」
(ヴロンスキー、ベツィーの手にキス。そしてテーブルに進む)\\
~~~Betsy. We were talking about you.\\
「今あなたのことを話していたところ。」
~~~Anna. Perhaps I've come too early, then.\\
「じゃ私、ちょっと来かたが早過ぎたわね。」
~~~Betsy. Not at all.\\
「いいえ、とんでもない。」
~~~Lydia. We were just saying you were the loveliest woman at the opera tonight.\\
「今日のオペラで一番素敵だった女性はあなた、って話していたところ。」
~~~Nathalia. Lydia is always so gentle.\\
「リディアはいつも優しいことを言うの。」
~~~Betsy. And truthful.\\
「そして本当のことを。」
(ベツィー、アンナを導き、テーブルの方へ)\\
~~~誰か女の声. (ヴロンスキーに挨拶)Good evening, dear Count.\\
「今晩は、伯爵。」
~~~女の客3. My dear Vronsky. How nice to see you. Well?\\
「まあ、ヴロンスキー。あなたに会えて嬉しいわ。どう?」
~~~Vronsky. Yes, and you?\\
「元気です。そちらは?」
~~~Lydia. I thought you hated opera.\\
「あなた、オペラはお嫌いだと思っていたけど。」
~~~Vronsky. For once I wish to be elegantly bored.\\
「時には、上品に退屈したいと思いましてね。」
~~~女の客2. Weren't you in Anna Karenina's box?\\
「あなた、アンナ・カレーニナのボックスにいたんじゃなくって?」
~~~Voronsky. Yes.\\
「ええ。」
~~~女の客2. Can't have been too bored, then.\\
「それじゃ退屈しようったって無理ね。」
(アンナに近づき)\\
~~~女の客2. Anna, my dear.\\
「あら、アンナ。」
~~~Betsy. Now my friends, we must not keep the spirits waiting. Anna, will you join us?\\
「さて、皆さん、霊をお待たせしちゃいけないわ。アンナ、あなた、一緒にどう?」
~~~男の客2. Anna, dear.\\
「ああ、アンナ。」
~~~Anna. Good evening.\\
「今晩は。」
~~~Betsy. We are going to try to communicate with the soul of a woman who was famous for her love affairs.\\
「恋愛では勇名を馳せた女性の霊を呼び出そうというのよ。どう?」
~~~Anna. No thank you, really.\\
「私、いいわ、ベツィー、本当に。」
~~~男の客3. Madame Karenina is a free thinker. She doesn't believe in such things.\\
「マダム・カレーニンは自由思想ですからね。こんなこと、信じるような人じゃありませんよ。」
~~~Anna. On the contrary. I am horribly superstitious. I even believe in dreams. Sometimes I'll have had a nightmare which terrifies me.
「いいえ、その真反対。私、ひどく迷信的なの。私、夢だって信じるもの。そうそう、そう言えば私、最近恐ろしい夢をみるわ。」
Always the same one.\\
「それも、いつだって全く同じ夢なの。」
~~~女の客4. So have I. I dream every night of birds. Tiny little fragile creatures. The dream changes and I am one of the little birds.
「私もだわ。私も、毎晩小鳥の夢を。小さくって、すぐ壊れそうな小鳥。それで、必ず夢が変って、今度は私が小鳥になっている。」
Someone takes me between his two fingers and stifles me.\\
「それで、誰か男の人が、私を指でつまんで喉を絞めているの。」
~~~男の客3. It must be Hercules himself.
「その男は、ヘラクレスだな、きっと。」
(女の客4が肥っているためにこう言う。皆、笑う)\\
~~~Anna. My nightmare is less poetic. I see a little old man with a white beard, dressed in rags ang carrying a hammer.
「私の悪夢はそんな詩的なものじゃないの。白い顎髭を生やした背の低い老人。ぼろを着て、金槌を持っている。」
He strikes on something with a piece of iron and I hear a clanging noise.
「その人、それで何か釘のようなものを打っていて、カーン、カーンという音がしている。」
I don't know why, but this image is closely bound up with the idea of my death.\\
「何故か分らないけれど、それがはっきりと私の死に結びついている。」
~~~男の客3. It's rather uncanny, isn't it?\\
「気味が悪いな、それは。」
~~~Betsy. Shhhh, everybody. Let's stop talking. Put your hands on the table. Finger to finger. In general fingers must touch.\\
「シーッ。皆黙って。テーブルの上に両手を置いて。隣の人と小指を親指を重ねます。指と指は必ず触ってなくちゃいけません。」
~~~男の客3. Together.\\
「さあ、一緒に。」
~~~Betsy. So. Now let's concentrate. Put out the lights.\\
「そう・・・さてと、気持を集中して。電気を消して。」
~~~他の客達. Sh...\\
「シーッ。」
~~~Betsy. The vibrations are very strong tonight. Who wants to ask the questions?\\
「今夜は震動が激しいわ。質問がある人は?」
~~~男の客3. You, my dear. The spirits are your guests.\\
「あなたがやった方がいい。霊はあなたの客なんだから。」
(アンナ、神霊のテーブルに加わっていない。紅茶のカップを取り、一人坐る。それを見てヴロンスキー、アンナの傍に立つ)\\
~~~Anna. I have news from Moscow. Kitty is very ill.\\
「モスクワから便りがあったわ。キティーが病気ですって。それも、重いの。」
~~~Vronsky. Yes.\\
「そう。」
~~~Anna. Does that mean nothing to you?\\
「このこと、あなたには何の意味もないんですの?」
~~~Vronsky. Yes. What can I do?\\
「何の意味もないですね。私に何が出来るって言うんです。」
~~~Anna. You are heartless.\\
「何て心のない仕打。」
~~~Vronsky. I wish I were.\\
「そう。心がなかったら、と思います。(あなたを思うこんな苦しい気持がなくてすむから)」
(こちら、神霊のテーブル)\\
~~~Betsy. Spirit, are you there? If you are and you wish to answer, knock once.\\
「霊よ、霊。あなた、そこにいるの? もしあなたがそこにいて、そして、答をするお気持があるなら、一回ノックをして頂戴。」
(テーブルが持ち上り、下り、一回ノックの音)\\
~~~Betsy. Ah...What is your name? Fedora? Knock once for A, twice for B, and so on through the alphabet.\\
「エー、あなたの名前は何? フェドーラ? 一回ノックはA、二回ノックはB、このやり方で、綴りを教えて。」
(こちら、ヴロンスキー。離れていたが、またアンナの傍に来る)\\
~~~Anna. I came to the opera on purpose tonight to speak to you. This must end.\\
「今夜オペラに来たのは、あなたにこれを言うため。もう終にしましょう、って。」
~~~Vronsky. What do you want me to do?\\
「私にどうしろと仰るんです。」
~~~Anna. If you love me as you say you do, give me back my peace.\\
「あなた、ご自分の口で仰っているように、本当に私を愛して下さっているのなら、私に平穏を返して頂戴。」
~~~Vronsky. I know no peace, and I cannot give it back to you. I see none of the future for you or for me.
「平穏など、私は知りません。ですから、それを返すなど、私には出来ません。あなたにも、私にも、私には将来どうなるのか、見当もつかないのです。」
I see nothing ahead of us but sorrow and despair, unless it be happiness. Is it quite hopeless?\\
「私には、もし私達二人に幸せがないのなら、それは悲しみか或は絶望か、その二つしか想像できません。私達二人には、幸せは不可能なのでしょうか。」
~~~Anna. I think for my sake, never speak to me like that again. Let us be friends.\\
「私は、私自身のことしか考えられません。もうそのような物の言い方はやめて下さい。私たち、ただの友人、でいましょう。」
(ここでカレーニン、やって来る。サロンの部屋に入る時、召使が)\\
~~~召使. The princess has had the lights put out as she is communicating with the spirits.\\
「ベツィー公爵夫人の御命で、灯りを消しています。今、霊との対話の最中でして。」
~~~Alexei Karenin. Oh, good.\\
「ああ、そうですか。」
(こちら、ヴロンスキーとアンナ)\\
~~~Vronsky. We can never be friends. You know that. I ask for nothing but the right to suffer and to hope.
「私達は『ただの友人』にはもうなれないのです。あなたにはそれが分っている筈です。私の望みはただ、私が、苦しみ、期待する権利が戴きたいだけです。」
But even if that is impossible, order me to go and I will.\\
「しかし、それでさえ駄目だと仰るなら、私に『去れ』と命じて下さい。私は即座に去りましょう。」
~~~Anna. I know I cannot do that.\\
「私、それは言えないわ。」
(アンナ、微笑む。それをサロンの入口から見ているカレーニン)\\
~~~Betsy. Fedora! ... She's here. ... History says you were a great lover. Can you reveal to us. Is love worthwhile?\\
「フェドーラ!・・・彼女が今ここに・・・あなた、本によると、恋の遍歴、大変だったようね。教えて下さらない? 愛って、それだけの価値があるものなの?」
(カレーニン、指を折って鳴らす。原文に、「これは彼の悪い癖だ」とある。カレーニン、黙ってサロンを出る。)\\
\\
(カレーニン家。夫婦の寝室。アンナ、帰って来る。夫がまだ起きているのでハッとする。が、そのまま進み、ベッドの傍の灯りをつける)\\
~~~Alexei Karenin. I want to speak to you, Anna.\\
「君に話がある、アンナ。」
~~~Anna. Speak to me? What about? Let's talk if we must. But it is late and I require to go to sleep.\\
「私に話? 何でしょう。どうしてもと仰るなら、話しましょう。でも、もう遅いわ。私、眠たいの。」
~~~Alexei Karenin. Assuming the questions relating to feelings are matters of conscience,
「感情の問題は、心の中のことだ。」
of which I have no right to probe, it is still my duty as head of the family to guide you.\\
「私にはそこを覗く権利はない。しかし、家族の長としては、そのことに関し、君を導くのが私の義務だ。」
~~~Anna. What are you talking about?\\
「何の話? それ。」
~~~Alexei Karenin. Anna, you are not yourself this evening.\\
「アンナ、君は昨夜、常軌を逸していた。」
~~~Anna. Alexei Alexandrovich, I don't understand you. \\
「アリェクスェーイ・アリェクサーンドゥロヴィッチ、私、あなたが何を言っているのか、さっぱり分らないわ。」
~~~Alexei Karenin. I feel that an indiscretion such as the one you committed tonight will lead people to talk about you.\\
「昨夜君がとっていたあのふしだらな行為は、噂のもとになる。それを君に警告したいのだ。」
~~~Anna. Indiscretion? Tonight?\\
「ふしだらな行為? 昨夜?」
~~~Alexei Karenin. I went to Princess Betsy's house this evening to take you home.
「私は君を連れて帰ろうと昨夜、公爵夫人ベツィーの家に行ったのだ。」
I noticed or rather it was forced upon my notice,
「私は気がついた。いや、気がつかざるを得なかった。」
that your conversation with Count Vronsky was attracting considerable attention.\\
「君のヴロンスキー伯爵との会話は、あまりに周囲の注目を惹いていたのだ。」
~~~Anna. How typical of you.
「まああなた、それ、何ていう言い方?」
You don't like me to enjoy myself and you don't like me to be bored. I was not bored this evening. Is that what troubles you?\\
「あなたは私が楽しんでいると気に入らない、かと言って、退屈しているとまた気に入らない。昨夜は私、退屈していなかった。それであなた、気に入らないのね?」
(カレーニン 、指をポキポキ折る)\\
~~~Anna. Please don't crack your fingers. You know how much I dislike it.\\
「指を鳴らすのは止めて頂戴。私が嫌いなの、あなた、分っているでしょう?」
~~~Alexei Karenin. Really I think you are most inconsiderate.
「実に君は思い遣りのない女だ。」
You cause me this stupid anxiety
「選(よ)りに選って、こんな時に私に煩わしい思いをさせるんだ、君は。」
just when I have the greatest need of all my mental powers and should be concentrating on important affairs.\\
「重大な仕事があるこの時、私の全神経を緊張させ、集中させて、事にあたらねばならぬ、この時にだ。」
~~~Anna. Please let me finish undressing.\\
「お願い、私、着替えをしたいの。」
~~~Alexei Karenin. It is my duty to remind you of your obligations.
「君に自分の義務を思い出させねばならない。それが私の義務だ。」
Our lives are united by God. That bond can only be broken by one crime. Such a crime brings its own punishment.\\
「我々の人生は神によって結ばれている。その絆(きづな)は、ある罪によって切られてしまう。その罪はまた、それ自身の罰を伴うものだ。」
~~~Anna. I really don't know what crime you are talking about and I am dreadfully sleepy.\\
「私、あなたのお話しになっている罰など、何のことか分りませんわ。それに私、ひどく眠いんです。」
~~~Alexei Karenin. I love you. I consider jealousy to be a degrading sentiment.
「私は君を愛している。そして嫉妬などというものを私は、卑劣な感情だと思っている。」
But the set laws of propriety cannot be broken without the greatest consequences. Have you no explanation?\\
「しかし、最悪の結果があって初めて、貞節に関する掟は破られたことになる。それ以外では、その掟は破られない。君、何も弁解する事はないのか。」
~~~Anna. There is nothing to explain except that I am falling asleep.\\
「私、弁解など何もないわ。ただ私、眠いの、それだけ、弁解は。」
(カレーニン、ベッドに入る。アンナ、その隣のベッドに入り、灯りを消す。カレーニン、じっと目を開けて考えている)\\
\\
(競馬場。アンナ、テーブルについている。そこへ乗馬服を着たヴロンスキー、近づく。アンナの手にキス)\\
~~~Vronsky. I couldn't let the day pass without seeing you. ... He's here?\\
「あなたを見ずに一日が終るなど、そんなことは我慢出来ない・・・彼はここに?」
~~~Anna. What if he is? I don't think of him. For me, he doesn't exist anymore.\\
「あの人がいたらどうだっていうの? 私、もう、あの人のことなど念頭にないの。私にとっては、あの人はもういないも同然。」
~~~Vronsky. Why should we have to whisper?\\
「ひそひそ声で話す必要はないでしょう? 我々は。」
~~~Anna. What does it matter? The only thing that matters to me in the world is your love.\\
「そんなこと、どうだっていいわ。私にとって大事なのは、あなたの愛だけ。」
~~~Vronsky. I want to take you away from here. You'll forget everything but your happiness.\\
「私はあなたをここからどこかへ連れて行きたい。あなたはそこでなら、ご自分の幸せのことだけを考えていられるのです。」
~~~Anna. You want my happiness.\\
「ああ、あなた、私の幸せのことを考えて下さっているのね。」
(そこに、スティーヴァが来て)\\
~~~Stephan Oblonsky. Hello, Anna. How are you, mon ch\`er. I only arrived yesterday just in time to witness your triumph.\\
「ああ、アンナ。(ヴロンスキーに)どうだ? 君。僕は丁度今着いたところなんだ。君の勝利を見ようと思ってね。」
~~~Vronsky. We'll see.\\
「勝利はどうかな。」
~~~Stephan Oblonsky. Were you there for last race?
「さっきのレースの時、君、ここにいた?」
They went over like nine-pins. Prince McHolting hurt himself badly. Those jumps are suicide. Mind you don't break your neck.\\
「あれじゃまるで、ボーリングのピンだよ。マクホールティング公爵は酷い怪我だ。あのジャンプは自殺行為だったからな。おい、君、首の骨を折るなよ。」
~~~Vronsky. I'll take care of myself. I must go now.\\
「ああ、用心する。・・・もう行きます、私は。」
~~~Stephan Oblonsky. Princess Betsy is waiting in her box. Shall we join her?\\
「公爵夫人ベツィーがボックスで待っておられます。行きましょうか。」
\\
(ヴロンスキー、馬に近づく。馬の世話役、コード、に)\\
~~~Vronsky. So McHolting came off?\\
「で、マクホールティングは気がついたのか?」
~~~Cord. Aye. At the open ditch. It's a devil of a leap. You'll have to be careful there.\\
「ええ。溝のところで。あのジャンプは危ないです。あそこは気をつけて下さい。」
\\
(アンナ、ベツィーの隣の席に坐る)\\
~~~Betsy. Anna, dear, you're looking worried. Those falls have frightended you.\\
「アンナ、あなた、随分心配そうな顔よ。前のレースで、気が動転したのね?」
~~~Anna. I think they have, a little.\\
「ええ、そう。少し。」
~~~女の客1. I can quite understand that.
「よく分るわ。」
If I had someone in my family, well, someone I was fond of amongst the young officers, I'd be frightened to death.\\
「私の親戚に、出場する人がいたら、・・・いえ、好きな人で、出場する人がいたら、私だって、死ぬほど怖いわ、きっと。」
~~~Betsy. Don't distress yourself, dear Countess. You will never be frightened to death. You will never be fond enough of anyone.\\
「あなた、そんなに心配しなくていいの。あなたっていう人は、死ぬほど怖がるなんて、あり得ない人。だって、そんなに好きになる人がいるわけないもの。」
~~~女の客2.(少し遠くにいるカレーニンに)And what do you think about these races, Mr. Karenin? That last race was nothing but a massacre.\\
「それで、競馬の競技をどうご覧になります? ミスター・カレーニン。さっきのレースなんか、まるで人殺しの競技だったでしょう?」
~~~Alexei Karenin. Danger, my dear lady, is a necessary part of these officers races.
「危険というものは、将校のやるゲームにはつきものなのです。」
Don't forget that the men riding today are soldiers. Danger is part of their training.\\
「何といっても、今日のレースに参加する人間は、軍人なのです。危険の訓練はなくてはならぬものです、連中には。」
~~~士官. Yes, but danger when it serves a purpose.
「とは言っても、目的もなく、ただ危険なだけというのは、どうも。」
(カレーニン、アンナに少し近づき、アンナを見る。アンナ、視線を外す)\\
~~~女の客2. They're just going to give the signal for the start.\\
「ああ、あとは、出発の合図を待つだけになったわ。
~~~Betsy. I find it rather fascinating myself.\\
「この緊張感、私、好きだわ。」
~~~女の客1. If I had been a Roman how I would have loved those gladiators. All that blood.\\
「剣闘士の登場を待つ気分。私がローマ人だったら、この気分好きだったろうと思うわ。」
(審判の旗が下され、レースが始る)\\
~~~女の声. Bravo!\\
「やった!」
~~~男1の声. Who is that?\\
「今の、誰だ?」
~~~男2の声. Do you mean the gray?\\
「灰色の馬?」
~~~男1の声. Yes.\\
「そう。」
~~~男3の声. That's Gusarev! Come on, Gusarev!\\
「あれは グサーリェフだ。 行け、グサーリェフ!」
~~~男4(男3の隣に坐っている). Watch this jump. Oh!\\
「さあ、このジャンプが問題だぞ。やった!」
~~~男3. Who's down?\\
「誰が落馬した。」
(アンナ、オペラグラスで競馬を見ている)\\
~~~男4. It's Gusarev.\\
「グサーリェフだ。」
~~~男3. Who's number four?\\
「四番は誰だ?」
~~~男4. It's Vronsky. He's going beautifully.\\
「ヴロンスキーだ。快調に飛ばしている。」
~~~女3. He's coming up!\\
「来るわ、来るわ!」
(カレーニン、アンナの方を見る)\\
~~~女の声. Come on, Vronsky!\\
「行け! ヴロンスキー!」
~~~男の声. Vronsky's in the lead!\\
「ヴロンスキーがトップだ。」
~~~女の声. Go Vronsky! Come on! Go Vronsky!\\
「行け! ヴロンスキー! 行け、行け、ヴロンスキー!」
~~~男の声. Now for the open ditch! The open ditch!\\
「最後の障害だぞ! 跳べ、跳ぶんだ!」
(ヴロンスキー、跳躍に失敗し、馬もろとも地面に倒れる)
(アンナ、「キャッ」と言って立上がる。隣のベツィーも立上り、アンナをじっと見る。アンナ、席を外す。それを追うカレーニン)\\
~~~Alexei Karenin.(アンナに追いついて)We can go if you wish.\\
「君がよければ、私が家まで送るがね。」
~~~Captain. Vronski is down but he's unhurt!\\
「ヴロンスキーは落馬しました。でも、無傷です!」
(カレーニン、またアンナに追いついて)\\
~~~Alexei Karenin. Take my arm, Anna. We will go.\\
「私の手を取って、アンナ。二人で帰らなければ。」
(アンナ、夫の言葉を聞かず、下に降りて行く)\\
~~~Captain. Count Vronsky is unhurt. His horse is going to be destroyed.\\
「ヴロンスキー伯爵は無傷です。ただ、馬は殺す以外に手はなさそうです。」
(カレーニン、再び追いついて)\\
~~~Alexei Karenin. For the third time I offer you my arm.\\
「アンナ、これが三度目だ。一緒に帰ろう。」
~~~Betsy. I brought Anna here. I will take her back.\\
「アンナをここに連れて来たのは私です。ですから、帰りも私が責任を取ります。」
~~~Alexei Karenin. I'm sorry, princess, but as you can see Anna is not well. I will take her home myself.\\
「失礼ですが、公爵夫人、アンナは御覧の通り、気分が悪い様子です。私が連れて帰ります。」
(アンナ、暫く下を向いているが、カレーニンに手を渡す。二人、去る)\\
~~~Betsy. Poor child. How well I understand her.\\
「可哀相に。私、よく分るわ、アンナの気持。」
\\
(馬車の中。アンナとカレーニン。)\\
(カレーニン、御者に聞かれないように、仕切の戸を閉めて)\\
~~~Alexei Karenin. I'm obliged to inform you that your conduct today has been extremely improper.
「君に言っておかねばならない。今日の君の態度は実に不適切なものだった。」
I have already asked you to conduct youself in public in such a way as to give no occasion for the gossip of the town.
「もう君には言っておいた筈だ。公衆の面前では、どんなことがあっても、噂の種になるような態度はやめてもらいたいとね。」
Such a scene makes me feel there be truth in such gossip. (アンナがただ黙っているので)Perhaps I am mistaken.\\
「ああいう態度を見せられては、私としては、噂が本当だと感じざるを得ない。まあ、私が間違っているとは思うが。」
~~~Anna. No, you are not mistaken. I'm listening to you and thinking of him. I love him. And I'm afraid of you and I hate you.
「いいえ、あなたは間違ってはいません。私、今、あなたの話を聞きながら、考えているのは彼のことでした。私、あの人を愛しています。そして私は、あなたは怖いだけ、それに私、あなたが嫌いです。」
Do what you like with me.\\
「どうぞ、あなた、私をあなたの思い通りに何とでもして下さい。」
(カレーニン、呆然とする)\\
\\
(弁護士事務所。そこへカレーニン、登場)\\
~~~弁護士. I very much regret to have kept you waiting.\\
「お待たせ致しました。申訳ありません。」
~~~Karenin. Not at all. Not at all.\\
「いえいえ、構いません、全く。」
~~~弁護士. Come in please. Would you sit down? ...
「どうぞお入りになって。お坐り下さい。」
(カレーニン、坐る。帽子を机の上に置こうとするが、汚い。弁護士、布で机の上を拭いて) Forgive me. Now what can I do for you?\\
「ああ、失礼。さて、どういうご用件ですかな?」
~~~Karenin. Before I begin speaking of my case, I must insist that the matter is strictly private.\\
「用件を話す前に、これだけははっきりさせておきたい。この件は、他言無用です。」
~~~弁護士. I would not be a lawyer unless I could keep secrets, Excellency.\\
「秘密を守れないようでは、私は弁護士としてここまでやって来られなかった筈です、閣下。」
~~~Karenin. You know who I am.\\
「(閣下と呼ばれたので)どうやら私の正体をご存知らしいな。」
~~~弁護士. Yes, I know who you are. And I know the good work you are doing for Russia.\\
「ええ、存じております。それに、あなた様がロシアのためになされた立派な業績も。」
~~~Karenin. I have the misfortune of being a deceived husband.
「私は、裏切られた夫の役を演じる不幸を抱えている。」
I wish to break off relations legally with my wife. That is to be divorce in such a way as to separate my son from his mother.\\
「妻と、法律的に、きっちりと関係を断ちたいのだ。それも、息子も母親との関係を断つ、という方法でやりたい。」
~~~弁護士. Such feelings are by no means unusual in the earliest stages.
「最初の段階では、どうしてもそういう過激な方向を考えるものです。」
But I often find my clients show a subsequent readiness to, shall we say, come to terms.
「しかし、暫くすると、その方向に進むのを躊躇する傾向が私の顧客には往々にしてあるものですので・・・」
You're certain there is no question of a reconciliation?\\
「和解の可能性はないと仰るのですか?」
~~~Alexei Karenin. No. She is guilty. She must be punished.\\
「それはない。あちらが悪いのだ。あちらが罰せられねばならない。」
~~~弁護士. And you are quite determined on the question of custody?\\
「そして、子供をこちらでひきとる件も、決して変更なしですな?」
~~~Alexei Karenin. I cannot let her profit from her guilt.\\
「あちらの罪で、あちらが利益を得ることは、私が許さない。」
~~~弁護士. Quite so. According to our laws, divorce is possible in the following cases and only in the following cases...
「なるほど。ロシアの法律では、離婚は次の場合、そして次の場合にのみ可能です。つまり・・・」
(事務員が入って来たので)
~~~弁護士. Let her wait!\\
「待たせておけ!」
~~~事務員. The Lady...\\
「その・・・ご婦人の客が・・・」
~~~弁護士.(事務員に)Let her wait!(事務員、退場)
「待たせておくんだ!」
~~~弁護士.(カレーニンに)Firstly, physical defects in either party. Secondly, five years absent without news.
「第一に、身体的欠陥、これは両者のうちどちらか一方、の存在。第二に、5年以上の行方不明。」
Thirdly, adulterous damage. Am I right in thinking we are concerned with the last case?\\
「第三に、不義。閣下の場合は、この最後の場合ではないかと考えますが、それでよろしいでしょうか?」
~~~Alexei Karenin. Yes.\\
「そうだ。」
~~~弁護士. Good. Here, a subdivision has to be made.
「分りました。そこで、この不義は、また細かく分類されます。」
Adultery by one of the married persons and acknowledged by the other party, or flagrantae delicto.
「一つは結婚当事者のうち一人が不義を犯し、その事実が他の一人により認識される、か、又は、現行犯でそれを知った場合。」
Would you possibly arrange for one of you to be caught in the act?\\
「閣下の場合、そのどちらになるでしょう。」
flagrantae delicto~~~現行犯で\\
~~~Alexei Karenin. In my position one must avoid all possible scandal.\\
「私の地位では、醜聞は、どんなことがあっても避けねばならない。」
~~~弁護士. Then, Excellency, we must have proof.\\
「すると閣下、証拠が必要となります。」
~~~Alexei Karenin. What proof?\\
「何の証拠だ。」
~~~弁護士. Letters, for example.
「例えば、手紙です。」
Ah yes, but remember, the ecclesiastic courts who judge this sort of affairs have a great liking for details.
「そう、手紙がいいです。ただ、こういう事件を審査する聖職者の審判では、詳細な記録が大変好まれるもので。」
I must have letters with all the details.\\
「従って、詳細に書かれてある手紙が欲しいですな。」
\\
(カレーニン家の寝室。アンナ、寝ている。物音を聞き、起きて隣の部屋へ行く。カレーニンがアンナのトランクを探っているのを見て)\\
~~~Anna. What are you doing?\\
「何をやっているの、あなた。」
(カレーニン、アンナが来たのを知るが、それを無視してトランクの中をひっかきまわす)\\
~~~Anna. What are you doing?\\
「何をやっているんです。」
~~~Alexei Karenin. I'm looking for some letters.\\
「手紙を捜しているんだ。」
(アンナ、驚く。トランクの中のある場所に手を入れ、取り、胸に隠す。それをカレーニン、奪い取る)\\
~~~Anna. You have no right!\\
「そんな権利ないわ、あなたに。」
~~~Alexei Karenin. We have both assumed rights that are not ours.
「そうだ、我々夫婦にはお互い、何の権利も持っていない。ただ持っていたと思っていただけだ。」
(アンナ、力づくで取返そうとする。カレーニン、アンナを振り払う) ... You despise me, don't you? The deceived husband is a bad part difficult to act with dignity.\\
「お前はこの私を軽蔑しているんだろう。裏切られた夫というものは、威厳をもって何かをするのは難しいものなんだ。」
~~~Anna. What are you going to do with those letters?\\
「その手紙をどうしようっていうんです。」
~~~Alexei Karenin. I shall divorce you and obtain the custody of Sergei.\\
「お前を離婚し、スェルゲーイの養育は私がやる。」
~~~Anna. You cannot take Sergei from me.\\
「スェルゲーイを私から奪うことは、あなたには出来ません。」
~~~Alexei Karenin. With these letters, I can!\\
「この手紙さえあれば、私には出来るんだ。」
~~~Anna. You cannot take him from me! You don't love him as I do. He's mine! I could not bear it!\\
「駄目、あの子を私から取るのは。あなた、あの子を私ほどは愛していないわ。あの子は私のもの。私、とても耐えられない。」
~~~Alexei Karenin. And me! Has anyone ever asked if I can bear it?
「それで、私なら耐えられるというのか! それに、誰でもいい、私に、耐えられるかどうか、訊いてくれる者がどこかにいたことがあるのか。」
(涙声で)Has anyone ever? My deserted house... alone... my misery... my shame.\\
「私にそれを訊いてくれる者が、どこかに。ああ、この私の、誰もいない家・・・私、たった一人・・・私のこの不幸・・・私のこの恥・・・」
~~~Anna.(夫の涙声を聞き、驚く。意外な顔)I never wished to hurt you. Some things are stronger than we are. I cannot help myself.
「私、あなたを傷つけようなどと思ったこと、一度もないわ。何か、私達より強い力、何か強いもの、そのもののせいだわ。私、自分ではどうにもならない。」
I cannot change anything that has happened.
「私、今までに起ったことを、変えようとしたって、変えることはできない。何一つ変えることはできないわ。」
You are a good man. You could not be so cruel as to take my son from me. Alexei, spare me my love for him and his love for me.\\
「あなたはよい人だわ。私からあの子を取上げるなんて、あなた、そんな残酷な人じゃない。アリェクスェーイ、お願い、あの子に対する私の愛、そして私に対するあの子の愛、それを救って頂戴。」
~~~Alexei Karenin. In the name of love, people think they can do everything. Love has every right.
「愛という言葉さえつければ、人は何でも出来ると思っている。愛、愛、愛はあらゆる権利を持っている。」
Have you asked yourself even once if I loved you?\\
「君は自分で一度でも自分に訊いてみたことがあるのか、この私アリェクスェーイ・カリェーニンが君を愛しているのかどうかを。」
~~~Anna. What kind of love did you ever given me?\\
「あなたが私を? あなた、私に一体どういう愛を下さったことがあるの?」
~~~Alexei Karenin. Have I failed in my duty towards you?\\
「君に対する義務を、私が怠ったことが、今までにあったかな?」
~~~Anna. Duty! That's all you ever saw in me.
「義務! 義務だったのね、あなたが私の中に見ていたものは。」
Another duty! Your duty to the state, your duty to society, your duty to others. That is not love!\\
「もう一つ別の義務があったっていうことなんだわ。国家への義務、社会への義務、他者への義務。そして私への義務ね。そんなの愛じゃない!」
~~~Alexei Karenin. I cannot understand you. I'm leaving for Moscow and I shall never return here.
「私は君が理解出来ない。私は今からモスクワへ発つ。もうここへは帰って来ない。」
In the meantime I must insist on the preservation of appearances at any rate until I've taken the necessary steps to vindicate my honour.
「その間、体面だけはどうしても保って欲しい。これから私は、自分の名誉を保持するために必要な手段を取る。」
My lawyer shall communicate to you.\\
「君には弁護士に連絡を取らせる。」
~~~Anna. But Sergei! What will you do with Sergei!\\
「でも、スェルゲーイは! あなた、スェルゲーイをどうするつもりなの!」
~~~Alexei Karenin. My lawyer shall answer that question.\\
「それも弁護士を通して君に答えさせる。」
~~~Anna. You cannot torture me like this. Please leave me Sergei! Please!\\
「あなた、私を苦しめないで、こんなに。どうかお願い、スェルゲーイは私に!」
(汽車の中。カレーニン。手紙を書き終ったところ。外を見て考えている)\\
(アンナの部屋。アンナとヴローンスキー。アンナ、ヴローンスキーの手にキスしながら)\\
~~~Anna. I feel that nothing ever existed beyond the walls of this room. I know that I should feel ashamed, but I don't.
「私、この部屋の壁の外には、もうなんにもない、っていう気持。こんな気持、恥だと思わなきゃいけないんだけど、私、恥とも思わない。」
My darling, it's as if you'd brought me to life. Now I have nothing but you. Remember that.\\
「アリェクスェーイ、この私に命を吹き込んでくれたのはあなたなの。分るわね? 私には今はもう、あなたしかいない。覚えていてね、それを。」
\\
(ヴローンスキーの上官、セルプーホフスキーの部屋)\\
(ヴローンスキー、上官の机の前で、直立不動の姿勢)\\
~~~Serpuhovskey. I suppose there's nothing I can say that would alter your decision to resign.\\
「君は軍を去る、という話だね。君の今のその態度では、今更私が何を言っても駄目の様子だ。」
~~~Vronski. No, sir.\\
「はい、決心は変りません。」
(セルプーホフスキー、立上り、不機嫌な顔で二三歩歩くが、思い直し、ヴローンスキーの背中を軽く叩き)\\
~~~Serpuhovskey. At ease. Forget my rank for a minute.
「直れ(これは号令)。暫く、私が上官だということを忘れてくれ。」
(訳註 セルプーホフスキーは昔、ヴロンスキーの同僚。友人)
We've known each other for a long time. We still, I hope, are friends?\\
「我々は長い間の知合いだ。まだ君は僕の友達だな?」
~~~Vronsky. Of course.\\
「勿論。」
~~~Serpuhovskey. Men like you are needed.\\
「君のような人物は、必要とされているんだ。」
~~~Vronsky. By whom?\\
「誰に必要とされている。」
~~~Serpuhovskey. By Russia. By society.\\
「ロシアにだ。社会にだ。」
~~~Vronsuky. I'm sure that Russia and society can manage without me.\\
「ああ、ロシアも社会も、僕など必要としてはいないさ。」
~~~Serpuhovskey. How can I put it to you. You see, suppose you are carrying a burden and you want your hands free.
「どう言ったらいいかな。そう、例えば、君が大きな荷物を運んでいて、それでも両手は使いたい、とする。」
You strap the burden to your back, which is like marriage. Without marriage, your dragging, your burden and your hands are full.\\
「すると君は荷物を背中に担ぐ。これが結婚だ。結婚なしだと、荷物を引っ張ったり、抱えたりして、両手はどうしても塞がってしまう。」
~~~Vronsky. You have never loved.\\
「君は人を愛したことがないんだ。」
~~~Serpuhovskey. I'm married.\\
「私は結婚しているぞ。」
~~~Vronsky. I understand perfectly what I am doing.\\
「僕は、自分でやっていることは自分でちゃんと自覚している。」
\\
(オペラハウスの中。アンナ、ベツィーのボックスに入る。人声が聞える)\\
~~~女客1. But surely her husband knows. He must know.\\
「だってそんなこと、夫の方は先刻ご承知よ。知ってるに決ってる。」
~~~Betsy.(アンナに)Good evening.\\
「あら、アンナ、今晩は。」
~~~Anna. Good evening.\\
「今晩は。」
~~~Betsy. We're talking of Leda Musk\'adova.\\
「今、リェーダ・ムスカードヴァの噂をしていたところ。」
(名前の語尾が「ア」なので、これが女性であることが分ります)
~~~Anna. Ah, is she here, Leda Musk\'adova?\\
「あら、いるの? あの人。」
~~~Betsy. Opposite.\\
「正面よ。」
(アンナ、オペラグラスで向いのボックスを見て)\\
~~~Anna. Oh, yes. Still as beautiful as ever.\\
「あら、ほんと。綺麗ね、相変らず。」
~~~男客1. And she has that fatal blend of innocense and corruption.\\
「彼女は無邪気と堕落の運命的混合物だからね。」
~~~Anna. Corruption?\\
「堕落の?」
~~~男客1. Oh, I say it with admiration my dear.
「勿論『堕落』というのは、私の褒め言葉ですよ。」
It's my tribute to a woman who can keep a husband and a lover perfect accord with each other for ten years.\\
「夫と恋人を両方抱えていられる女性、それも十年以上も、それも完全な均衡を保ちながら。それは褒めるに値しますよ。」
~~~男客2. The golden rule being that hypocrisies must never be outraged.\\
「まあ、その偽善の金科玉条も、ほどほどにしておかないと。」
~~~Anna.(ベツィーに)What is the meaning of this strange conversation?\\
「何? この奇妙な会話の意味は。」
~~~Betsy. Strange? A triangle is always a favorite topic.\\
「奇妙? 奇妙なんてことはないでしょう? 三角関係って、いつだって話して面白い話題じゃない。」
~~~Anna. Is it?\\
「そうかしら。」
~~~Betsu. Leda Muskadova has behaved very sensibly.
「リェーダ・ムスカードヴァの愛し方って、うまいわ。」
Many young people are throwing their bonnets over the windmill. But there are ways and ways of doing it.\\
「自分の帽子を風車に引っ掛ける若い女性は沢山いるわ。でも、必ずそれにはそれの、やり方ってものがあるわ。」
~~~Anna. Are there?\\
「そう?」
~~~Betsy. She obeyed the rules. She laid down no challenge to society so none had ever been taken up. She avoided catastrophe.\\
「リェーダはうまくその規則を守ってる。あの人、社会一般への挑戦、っていった態度はなし。だから誰も話題として取りあげないの。あの人、悲劇は避ける主義。」
~~~Anna. But remains a subject of conversation.\\
「でも、話題にはなっているわ。」
~~~Betsy. A light subject, not a tragic one. You see, one can take a thing too seriously and make a kind of tragedy out of it.
「軽い話題にね。悲劇的な話題じゃない。分るでしょう? 人は物事を深刻に受止めるかもしれないの、そしてそれを悲劇にしてしまうことだってあるの。」
Or one can treat it quite simply and lightheartedly. Do you know my dear, I believe you're rather inclined to the tragic side.\\
「そうじゃなくて、先方の出方一つで、皆が、ひどくあっさりと受止めることだってあるでしょう? 私の言うこと、分るわね? あなたって、悲劇的に受止められる態度を取り易いの。」
(と、ベツィーのボックスを出る)\\
\\
(アンナ、出て、目眩(めまい)がして倒れそうになる。そこへヴロンスキーが来て、支える)\\
~~~Vronsky. Anna? What's the matter?\\
「アンナ、君、どうしたの?」
~~~Anna. Oh, my darling, let us go away.\\
「ああ、アリェクスェーイ、ここを出ましょう。」
~~~Vronsky. We shall go my dearest.
「どこへでも行くよ、アンナ。」
I shall have my release from the army in a month or so. Then we shall go. What have they been saying to distress you?\\
「軍隊で、ひと月ぐらい、僕は休みを取る。それから、どこかへ行こう。君、何か厭なことを言われたのかい?」
~~~Anna. Oh, nothing. Nothing really. But it's as if we're a part of their own hypocrisy. So cheap... so tawdry.\\
「いいえ、何も。特に何も言われはしないわ。でも、あの人達の社会、偽善、偽善の塊。そして私達も、その一員。ああ、何て安っぽい、何てあくどい、安物の社会。」
(アンナ、気絶。ヴロンスキー、アンナの身体を支えて)
~~~Vronsky. Anna!... Attendant! Quick!\\
「アンナ・・・(係員に)頼む、君、早く!」
(係員、かけつける)\\
\\
(モスクワ。議会。男1が演説を終るところ)\\
~~~男1. And this, gentlemen, is my considered opinion on the matter.\\
「そして諸君、これが本件に関する、熟慮の結果の私の意見であります。」
(カレーニン、坐ったまま発言)\\
~~~Alexei Karenin. But I think you'll agree that our friend has done very valuable work. Very valuable... (皆、拍手)and...\\
「しかし、メンバー諸氏は全員賛成して下さると思う、つまり、彼が非常に大事な役目を立派に果してくれたことを。・・・そして・・・」
~~~秘書.(カレーニンに近づいて)An urgent telegram, your Excellency.(と、電報を渡す)\\
「至急電報です、閣下。」
~~~Alexei Karenin. I noticed his report, as far as it goes, is well-documented.\\
「私は彼の報告書に目を通したが、実によく出来ている。」
\\
(カレーニン、電報を読む。電報の文面)\\
~~~I am dying. I beg I implore you to come. I shall die easier with your forgiveness.\\
「私、死にそう。あなた、帰って来て。あなたの許しがあると、私、安心して死ねる。」
\\
(カレーニン、発言を続けて)\\
~~~Alexei Karenin. Nevertheless, before we on this commission go further, I think we should take up the points which he merely touches.
「しかしながら、この問題を次の段階に進める前に、我々は、以前少しだけ触れた諸点を、もう一度検討しておくべきである。」
However, what I'm about to propose is no less than a radical and fundamental change in the existing law.\\
「ただ、私がここで提案したい事項は、現行法から見ると、基本的な、かつまた、急進的な変更、なのであります。」
(カレーニン、秘書に小声で)\\
~~~Alexei Karenin. I'll take a night train to St. Petersburg. ...
「私は今夜発つ。セント・ペテルスブルグ行きの夜汽車を頼む。」
(発言を続けて)Those proposals will no doubt cause a considerable storm. Nevertheless I am prepared to face it.\\
「この提案は、かなりの論議を呼ぶはずであります。しかしながら、私は、その論議に真正面から対抗する覚悟であります。」
~~~議長.(机を拍子木で叩いて)Gentlemen, let us hear what his Excellency Alexei Alexandrovich Karenin proposes upon his matter.\\
「議員諸君、アリェクスェーイ・アリェクサーンドロヴィッチ・カリェーニンのご提案をお聴きしようではありませんか!」
(カレーニン、立上がって演説を始める)\\
\\
(ペテルスブルグ。カレーニン家。カレーニン、帰って来る。召使に帽子を渡す)\\
~~~Alexei Karenin.(近づいて来た執事に)How is your mistress?\\
「奥様はどうなんだ?」
~~~執事. They say that there is little hope, your Excellency. The child was stillborn.\\
「もう絶望だとのことです、閣下。それに、死産でした。」
(原作と異なる。原作では、赤ん坊は女で、成長し、アニーと呼ばれる)
(乳母が階段に出て来て)\\
~~~乳母. Oh, thank God. You've come, Excellency.
「やれ、有難や、旦那様。よくお帰りに。」
She's talked of nothing but you ever since yesterday. I'm afraid there's not much hope.\\
「昨日から、奥様は旦那様のことしかお話しになりません。もう、先もお長くはないのではないかと心配しております。」
~~~Alexei Karenin.(執事に)Anything for me?\\
「何か郵便物は?」
~~~執事. Yes, your Excellency.
「はい、これでございます。」
(手紙の載った盆をとり、カレーニンに差出して)
The rest has been forwarded to Moscow as usual, your Excellency.\\
「他の郵便物はいつものようにモスクワに転送しました。」
(カレーニン、盆の上の手紙を取って、階段を上って行く)\\
\\
(アンナ、寝床の中。老工夫が壁から出て来て、鉄棒を拍子木のように打ち、アンナに近づく)\\
~~~Anna. Go away. I'm not dreaming. What do you want of me?\\
「あっちに行って。私、夢なんか見てないの。私に何の用があるっていうの。」
~~~女の声. Anna Arkadievna. Look, he has come. He is here.\\
「奥様、ほら、お帰りですよ。旦那様がお帰りになりましたよ。」
~~~Anna.(目を開けるとカレーニンがいるので)Who are you? What are you doing here?\\
「あなた、誰? あなた、ここで何をしているの?」
\\
(ヴロンスキー、カレーニン家の前に立って、心配そうな顔)\\
(医者がやって来る)\\
~~~Vronsky. Dr. Levalier.\\
「ルヴァリエ先生。」
~~~医者. My dear Count. How are you?\\
「ああ、伯爵。御機嫌、如何ですか?」
~~~Vronsky. You are attending Anna Karenina?\\
「ここの奥様を診ていらっしゃるのはあなたで?」
~~~医者. Yes. I've been called in urgently. I'm afraid she's had a relapse. See you later.\\
「ええ、急にご連絡がありまして。どうやら、容態がお悪くなられた様子で。では、後ほど。」
~~~Vronsky. I'm coming with you.\\
「私もご一緒に。」
(アンナのベッド。アンナとカレーニン)\\
~~~Anna. He would never have refused to come. He was so kind. He has eyes like Sergei.
「あの人、私のところに帰って来ないなんて、決して言わないわ。だって、優しい人なんだから。あの人の目、スェルゲーイの目だわ。」
That's why I dare not look him in the face because he has Sergei's eyes.
「だから私、あの人の顔をまともに見ることが出来ないの。だって、あの目、スェルゲーイの目なんだもの。」
If Sergei has his Papa... you must not let him be frightened. Marietta must sleep in his room.\\
「パパが帰って来たと知ったら、あの子、怖がるわ。怖がらせちゃ駄目。マリエッタをあの子の部屋に寝かせて頂戴。」
~~~Alexei Karenin. It's me Anna. I have come.\\
「私だ、アンナ。帰って来たんだ、私は。」
~~~Anna. Alexei... It was... It was... so...
「アリェクスェーイ、あなた、本当に・・・本当に・・・」
(ヴロンスキー、部屋の開いた扉のところにいる)
~~~Anna. Soon I will not be able to understand anything anymore.
「もう少ししたら私、何もかも分らなくなるわ。」
Give me some water! I'm going to die. Things are simple when you are going to die.\\
「水を頂戴。私、もうすぐ死ぬ。死ぬとなったら、何もかもが簡単ね。」
~~~Alexei Karenin. Oh, no, no, no, Anna. You're not going to die.\\
「いやいやいや、アンナ、君は死なない。死にはしない。」
~~~Anna. What was I saying? Look how badly beaten those flowers are. They look a bit like violets. Everything is confused again.
「私、言いかけていた事、何だったかしら。そうそう、あの花。あんなに萎れて。すみれに似ているのね、あの花。ああ、何もかも、滅茶苦茶。」
It is so difficult. Oh yes. Yes. Yes I did. There's something I wanted to tell you. I am still the same as I used to be.
「難しいものだわ。ああ、ああ、そうそう、私、思い出した。あなたに言うことがあったんだわ。私は、昔の私、まだ、昔の私のままなの。」
The other woman in me, she fell in love. What weariness. No, wait. Wait. You don't know. I am myself again. I don't love him any more.
「私の中にいる別の私、それが恋に落ちたの。何てこと、これ。厭な話。ああ、待って、待って、あなた。あなたには分らないの。私は今、本当の私。私、あの人を今は愛していない。」
(それを聞いているヴロンスキー、じっと床を見る)
Alexei, there's only one thing I want. I want you to forgive me... to forgive me. Do it quickly!\\
「アリェクスェーイ、私、たった一つあなたにして貰いたいことがある。あなたに私を、この私を、許して欲しいの。許すと言って。早く!」
(驚くカレーニン。カレーニン、許す、と。医者と男の看護婦。女の看護婦と乳母、アンナに近づく)\\
~~~乳母.(カレーニンに) You can go now. She's asleep.\\
「もうお下りになって。奥様はお休みになります。」
(カレーニン、立ち去ろうと扉に進む。その時ヴロンスキーを認める。が、そのまま通り過ぎようとする)\\
(ヴロンスキー、その後を追う)\\
~~~Vronsky. Alexei Alexandrovich.\\
「アリェクスェーイ・アリェクサーンドゥロヴィッチ。」
(カレーニン、そのまま歩いて、それから立ち止まり、ヴロンスキーが来るのを待ち)\\
~~~Alexei Karenin. I want you to listen carefully to what I have to say so that you should not misunderstand me.
「私が今からお話することを、注意深く聞いて欲しいのだ、君に。注意深く聞いてくれないと、君が誤解する可能性があるからだ。」
As you know I had decided on a divorce and had even begun the proceedings. I confess I was swayed by motives of revenge.
「君も知っての通り、私は彼女との離婚を決意した。そしてその手続きももう始めている。しかし、告白すると、これは復讐の気持でやり始めたことだ。」
More than that, when I heard of this illness, I had even desired her death. But now I've seen her and forgiven her.
「いや、復讐以上の気持だ。何故なら、この病気のことを聞いたとき、私は彼女が死ねばいいとさえ思ったのだから。しかし今私は彼女を見、彼女を許した。」
The joy of forgiveness has made my duty clear. I am willing to offer the other cheek. This is my position.
「許すことの喜びで、私は自分の義務を気持よく行うことが出来た。私は左の頬も喜んで差出す気持だ。これが今の私の立場だ。」
You may trample me in mud, made me a laughingstock to the world.
「君は私を泥の中に踏みにじってくれてもよい。世間の笑い者にしてくれても構わない。」
But if she lives, I shall not forsake her nor utter a word of reproach against you. If she wishes to see you, I will let you know.
「しかし、彼女が生きていてくれさえすれば、私は彼女を捨てないし、また、君に非難の言葉一つ浴びせることもしない。もし彼女が君に会うことを望めば、私は君にそれを許すつもりだ。」
Now, I think you'd better go.\\
「さ、これで私の言いたいことは終だ。もう行ってくれ。」
\\
(ヴロンスキー、自宅に帰る。椅子の上のピストルをじっと見る。ピストルを手にする。この後はないが、自分の心臓を狙って撃つ。)
\\
(野原。レーヴィン、草刈りをしている)\\
(レーヴィンの兄、スェルゲーイ・イヴァーノヴィッチ、が寝転んでいて、レーヴィンに呼びかける)
~~~Sergei Ivanovich. Hey! Vronsky's dead.\\
「おい、ヴロンスキーは死んだぞ。」
~~~Levin. What?\\
「何だって?」
~~~Sergei Ivanovich. Vronsky's dead.
「ヴロンスキーが死んだのさ。」
(レーヴィン、兄のところへ近づく。新聞の続きを見て)
Hey, wait a minute. He's not quite dead. Listen.
「おいおい、ちょっと待て。まるっきり死んだんじゃなさそうだ。いいか、」
Count Alexei Vronsky, Captain of the Horse Guard, who had just resigned his commission,
「(新聞を読んで)伯爵、アリェクスェーイ・ヴロンスキー、騎兵隊長、は、つい先頃、辞任したが、」
accidentally wounded himself while cleaning his revolver. His wound is serious but his life is not in danger.(笑う)\\
「自身の拳銃を掃除中、誤って暴発、負傷した。傷はかなり酷いが、命には別状ない模様。」
~~~Levin. Do you believe it was an accident?\\
「それは本当に事故だったんだろうか。」
~~~Sergei Ivanovich. Isn't is logical in the case of a military man? I hand in my resignation. I am no longer an officer.
「まあ、軍人ならありそうなことだ。辞表を出す、もう士官ではない。」
I take my revoler to pieces. It's of no use to me now. But the revolver wants to remain military, so it goes off.\\
「拳銃を分解掃除でもしよう。もう必要ないから。しかしだ、拳銃の方では軍に未練があった、だから暴発して持主を傷つけたって訳さ。」
(そこへ馬車が通る。レーヴィン、それを見つけて)\\
~~~Levin. Is that the Oblonsky's carriage?\\
「あれはオブロンスキー家の馬車かな?」
(馬車止り、スティーヴァとドリー、降りて来る)\\
~~~Stiva. Hello, my dear boy! Nice to see you. Working hard, eh?\\
「やあ、コースチャ、会えてよかったよ。相変らず働き者だな。」
(その間にレーヴィン、ドリーに近づき、手にキス)\\
~~~Levin. What a surprise. You'll stay of course.\\
「これは嬉しい。君、泊って行くんだろう? 勿論。」
~~~Dolly. Well, that's very kind, but we just drove over to bring you that new saddle you asked for.\\
「それはご親切に。でも、あなた、新しい鞍の話していたでしょう? それを持って来てあげたの。」
~~~Levin. Oh, yes, that.\\
「ああ、あの鞍か、それは嬉しい。」
~~~Stiva. You'll find it in the coach. I think you'll like it.\\
「馬車にのせてある。きっと君の気に入ると思うがな。」
~~~Dolly. Go and see it.\\
「さ、見て来て御覧なさい。」
(レーヴィン、馬車に近づき、中を見る。キティーがいる)\\
~~~Levin. Good morning.\\
「お早う。」
~~~Kitty. Good morning, Constantine Demitryevich.
「お早う、カンスタンチーン・ドゥミートゥリイェヴィッチ。」
I've done what no other girl in the world would do. Mother and father would die of shame on the spot.\\
「私、恥づかしいことをしてしまったの(これは、女の方から、男に会いに来たことを言っている)。他の女の子なら、決してしないことを。父と母、こんなことを私がした、って知ったら、きっとその場で死んでしまうわ。」
~~~Levin. I'm glad you came.(と、キティーを馬車から下ろす) I'm sorry about my hands. They're so dirty. We've been harvesting.\\
「ああ、とにかく来てくれて嬉しいな。この手、ご免、汚くて。取入れをしている最中だったんだ。」
(と、手を上衣で拭う。キティー、その手を取って)\\
~~~Kitty. I knew you couldn't come back to me. I hurt you so much, so unjustly.
「私、あなたが私のところへ来られないって、ちゃんと分っていたわ。私、あなたのこと、あんなに傷つけて、それもあんなに酷く。」
And this morning when I read in the paper about Count Vronsky's accident,
「今朝私、ヴロンスキー伯爵の事故のことを新聞で読んだわ。」
I felt so little about it that I realized then it was you I had always loved.\\
「それなのに、なんにも感じなかった。それで私、本当に愛していた人はあなただって分ったの。」
~~~Levin. There's no need to say anything. I was waiting for you.\\
「ああ、もう何も言わなくていい。僕は君をずっと待っていたんだ。」
\\
(カレーニン家。カレーニンとアンナ。アンナ、ソファに横になっている)\\
~~~Alexei Karenin. I'm sorry you can't come to the wedding.
「君が結婚式(これはキティーとレーヴィンの結婚式のこと)に来られないのは残念だね。」
Our presence together at this ceremony might have silenced a lot of malicious gossip.\\
「二人で出れば、意地悪な噂も抑えられるところなんだが。」
~~~Anna. I am sorry too. Please tell Kitty for me that I hope she will be very happy.\\
「私も残念だわ。キティーに私からと、言って頂戴、お幸せにって。」
~~~Alexei Karenin.(笑う)Oh, ho ho ho. I can't give her that message.
「ハハハ、そんなことを彼女に、君からの言葉だと伝える訳には行かないね。」
There's a remark that might make it look like there's some condescension on my part.
「キティーに、こっちから、恩に着せているように聞えるぞ。」
(ヴロンスキーをキティーから奪ったのはアンナ。そのお蔭でレーヴィンと結婚できたから。)
condescension~~~恩に着せるような態度\\
You're forgetting Kitty's first engagement which was broken off for reasons I won't mention. It must be very circumspect in society.
「大きな声では言えないが、キティーの最初の婚約が破談になったのは何故か、君、忘れているんじゃないのか。言葉に気をつけないと。」
circumspect~~~用心深い\\
~~~Anna. As you wish. It is not important.\\
「お好きなように。それ、たいしたことじゃないもの。」
~~~Alexei Karenin. Good night, my dear.(と、アンナの額にキス) Try to get some sleep.\\
「お休み、アンナ。少し眠るんだね。」
(そこに、水平服姿のスェルゲーイが来る)\\
~~~Anna. Sergei.\\
「スェルゲーイ!」
~~~Sergei. Yes, mother?\\
「はい、お母様。」
~~~Alexei Karenin.(スェルゲーイに)Come along quickly. We're late.
「さ、早く来るんだ。もう遅いぞ。」
(と、子供を連れてバルコニーに出る。階段を降りる)\\
~~~Anna. Sergei!(と後を追い、バルコニーから下に呼びかける) Sergei, you are going without kissing me goodbye?\\
「スェルゲーイ、あなた、ママにさよならのキスもしないで出て行くの?」
~~~Alexei Karenin. We're late, my dear. He will kiss you when he comes back.\\
「もう遅いんだ、アンナ。帰ってきた時にキスはするさ。」
~~~Sergei. Goodbye, Mother.\\
「さよなら、お母さん。」
~~~Anna. Sergei!(と、がっかりしながら自室に戻る。女中を呼んで)Annushka!\\
「スェルゲーイ! アーンヌシュカ!」
~~~Annushka. Yes, Madame?\\
「はい、奥様。」
~~~Anna. Is everything ready?\\
「用意はもう出来ているのね?」
~~~Annushka. Yes, Madame. But Madame is still very weak. She ought to rest a few days more.\\
「はい、奥様。でも、まだ奥様は弱っていらっしゃいますわ。もう二三日あとになさった方が・・・」
~~~Anna. I cannot bear it another moment.\\
「私、もう耐えられない。」
\\
(レーヴィンとキティーの結婚式)\\
~~~神父. Note God eternal. We unite those in this solemn bond those who are separate.
「おお、永遠の神よ、知ろしめ賜へ。今ここに、我々が、別れ別れになつてゐた者二人を、この厳粛な絆(きづな)で結びつけるところを。」
Thou who didst bless Isaac and Rebecca and showeth them mercy to their descendants,
「汝は、イサクとレベッカを祝福し、そしてその二人の後裔に慈悲を示された。」
bless now thy servants, Constantine and Ekaterina and incline their hearts to good.\\
「今ここで、同じく汝の僕(しもべ)カンスタンチーンとイェカチェリーナに祝福を賜はらんことを。そして、この二人の心を善に導かれんことを。」
(スチェパン、シチェルバーツキー公爵夫人(キティーの母)、ドリー、シチェルバーツキー公爵(キティーの父)、カレーニンの順に、顔の大写し)\\
\\
(アンナ、自分の屋敷の玄関を出る。召使二人、深いお辞儀)\\
(アンナ、やって来た馬車に乗る。馬車の中にはヴロンスキー)\\
(二人、キス)\\
\\
(こちら、結婚式が終って馬車に乗るレーヴィンとキティー)\\
\\
(ベニス。ゴンドラ。その中にアンナとヴロンスキーが乗っている)\\
~~~Anna. Alexei, you remember the first house we saw on our first evening in Venice? You said it was like a palaces?\\
「アリェクスェーイ、ヴェニスでの私達の最初の夜、外から私達の家を見たけど、あの時のこと、覚えている? あれ、お城のようだって、あなた、言ったわね。」
~~~Vronsky. Out of a fairy tale.\\
「そう、おとぎ話の中から出てきたような。」
~~~Anna. Yes. Well, it's ours.\\
「ええ、あの家、私達のものよ。」
~~~Vronsky. Ours?\\
「我々の?」
~~~Anna. Ours. For as long as we want it.\\
「ええ、私達のもの。だって、ここにいたいと思えば、いくらでもいられるんでしょう?」
~~~Vronsky. That means until we die.\\
「ということは、死ぬまでだな。」
\\
(アンナとヴロンスキー、豪華ホテルの部屋に入る。そこは何室も部屋のある一区画)\\
~~~Vronsky. Is there no one here?\\
「ここには誰もいないのかな?」
~~~Anna. No one until morning.\\
「ええ、朝までは誰も。」
~~~Vronsky. Then I shall order all the clocks in the world to stand still.\\
「それなら、世界中全部の時計を止めるよう命令しよう。」
(二人、キス)\\
\\
(アンナ、ヴロンスキー、それに、ホテルの主、エンリコ)\\
~~~Anna. It's a little cold today, isn't it, Enrico?\\
「今日は少し寒いわね? エンリコ。」
~~~Enriko. Yes, Madame. (Certamente.) The 21st of September. Autumn. Madame, you've already been here for three months.
「はい、さようで。もう、9月21日ですから。秋です。奥様、奥様方はもうここに3箇月滞在なさっていらっしゃいます。」
(これはイタリア語で話される)\\
~~~Anna. Yes, three months already.\\
「ええ、もう3箇月経ったわね。」
(ヴロンスキー、窓を開けて運河を見る。ゴンドラに兵士達が乗っているのを見る)
~~~Vronsky. Look, they're Russian. (ゴンドラに呼びかけて)Hey! Hey! What are they doing here? Anna, come.\\
「ああ、連中、ロシア人だぞ。オーイ、オーイ、何をやってるんだ? アンナ、来てみて。」
~~~Anna. I heard that part of the Russian fleet was anchored in the Adriatic.\\
「アドリア海にロシアの艦船が停泊するっていう噂を聞いたわ。」
~~~Vronsky. Why didn't you tell me? They're cavalry!
「何故話してくれなかった。連中、騎兵隊だ!」
Look at their epaulets! Hey! Hey! Look, I must go and speak to them. Do you mind, darling?\\
「ほら、肩章を見てみろ! オーイ、オーイ。よし、僕は話しに行かなきゃ。いいだろう? アンナ。」
~~~Anna. You want to very much, don't you, Alexei?\\
「あなた、行きたいんでしょう? アリェクスェーイ。」
\\
(夜。アンナ一人だけで夕食。アンナの部屋の係のエンリコが給仕して)\\
~~~Enrico. Shall I serve you coffee now, Madame, or were you waiting for the Count?\\
「もうコーヒーをお出ししましょうか? それとも、伯爵のお帰りをお待ちになりますか?」
~~~Anna. No, I won't wait any longer.\\
「いいえ、もう待ちません。」
~~~Enrico. Very well, Madame.\\
「畏まりました、奥様。」
(エンリコ、退場)\\
(女召使、自分の子供がアンナの部屋にいるのを見て)\\
~~~女召使. Giuseppe! Giuseppe! Excuse me, Madame. Cosa fa ici?
「ジウゼッペ、ジウゼッペ! ご免なさい、奥様。お前、何をやっているの!」
I told you you're not allowed to come in here and disturb Madame. Come with me.\\
「何度言ったら分るの。ここへ来たらいけない、奥様のお邪魔は駄目って言ってるでしょう? さ、いらっしゃい。」
~~~Anna. Don't be angry. It's no bother. He will be company for me.\\
「怒らないで。邪魔になんかならないの。私の話し相手なのよ、この子。」
~~~女召使. Thank you, Madame.\\
「そう言って下さると有難いです、奥様。」
~~~Anna. Do you want a candy?\\
「あなた、飴、欲しい?」
~~~Giuseppe. Yes, Madame. Thank you.\\
「はい。有難うございます、奥様。」
~~~Anna. I have a small child in a distant, distant country. A small boy like you are.\\
「私にはね、あなたと同じ、小さな子供がいるの。遠い遠い國にね。男の子、あなたのような。」
~~~Giuseppe. Why haven't you brought him with you, Madame?\\
「どうしてそのお子様を連れて来なかったのです? 奥様。」
~~~Anna. It was impossible.\\
「無理だったの、どうしても。」
(と、ジウゼッペを抱く)\\
\\
(夜更け。アンナ、椅子でうたた寝。ヴロンスキー、酔っぱらって帰って来る)\\
~~~Vronsky. Hello, darling. I'm a bit late. Well, what a day. I met two old friends. They took me to the ship. They wouldn't let me refuse.
「やあ、アンナ、遅くなっちゃった。しかし、何ていう一日だ。二人、昔の友達に会ったよ。船に乗れって言ってね。放してくれないんだ。」
Well, you know how it it. A toast to the Czar, a toast to Russia, a toast to the regiment, a toast to the Slaves! Well, you know how it is.
「それからいつものやつだ。ツアーに乾杯、ロシアに乾杯、連隊に乾杯、スラヴ国家へ乾杯だ。君もよくご存知のあれだよ。」
As I thought, it's a troop transport. On board were the second dragoons and they... they're on their way to the balkans. It's not war.
「思った通り、連隊を運ぶ船だった。乗っていたのは第二龍騎兵でね、バルカンに行くところだった。戦争そのものじゃないんだが、」
Not exactly. But the Turks are in an ugly mood. We're taking precautions. There may even be some fighting.
「トルコが怪しい雰囲気でね。ロシアは用心して先手を打っているんだ。小競り合いぐらいはあるかもしれない。」
You had to dine alone, didn't you, darling?\\
「一人で夕食だったね? アンナ。」
~~~Anna. Yes, but a getleman joined me for coffee.\\
「ええ、でも紳士が一人、コーヒーにはつきあってくれたわ。」
~~~Vronsky. Oh?\\
「ほほう、紳士がね。」
~~~Anna. Giuseppe. ... Alexei, you know what I've been thinking tonight? We've been away a long time and it's been very wonderful.
「ジウゼッペよ。・・・アリェクスェーイ、今日私、考えたの。私達、長いことロシアを離れていたわ。それで、素敵だった。」
But soon it will be winter, and Venice is dead in the winter. And I too would like to see Russia again. I know that you would rather stay here.
「でも、もうすぐ冬。そしてヴェニスの冬は死んだようなところよ。それに私、もう一度ロシアを見たくなったの。あなたはここに留まっていたいって、私、知ってるけど。」
But all the same, can I go?\\
「でも、とにかく、私、帰っていい?」
(二人、しっかりと抱き合う)\\
\\
(雨の中、馬車、カレーニン家の前に止る。馬車から、アンナ降りる)\\
(カレーニン家。パーティーの最中)\\
~~~男客1. Attention ladies and gentlemen... I would like to propose a toast to our friend. To our friend!\\
「紳士淑女、諸君、私は、我々の友人に乾杯をしたいと思います。(杯を上げ)我々の友人に、乾杯!」
~~~皆. Most gracious lord!\\
「おめでとう。」
~~~Alexei Karenin. Thank you, thank you!\\
「有難う、有難う。」
~~~男客2. We're very delighted with the ministry.\\
「我々は、現在のこの大臣に、非常に満足している。」
~~~Lizia Ivanovna. St. Petersburg is so proud.\\
「セント・ペテルスブルグはこの人物を誇りに思っている。」
~~~男客3. Congratulations!\\
「おめでとう。」
~~~Alexei Karenin. Good to see you again!\\
「皆さんに再び会えて、嬉しい限りです。」
~~~Lizia Ivanovna. I'm so glad for him. He's worked so hard on the committee.\\
「私、アリェクスクェーイ・カリェーニンを誇りに思っていますわ。委員会のために、あんなに働いて下さって。」
~~~男客2. I quite agree.\\
「実に同感です。」
~~~Alexei Karenin.(こっそり、リーズィアに)Have you heard the news? Are they talking about it?\\
「噂を聞きましたか? みんな、どう言っているんでしょう。」
~~~Lizia Ivanovna. I don't know how she could show her face in St. Petersburg.\\
「ペテルスブルグにどんな顔をして帰って来られるっていうんでしょう、あの人。」
~~~Alexei Karenin. It spoils everything for me.\\
「計画していたことが、これでみんな駄目になった。」
~~~Lizia Ivanovna. My dear. In such a ordeal, friendship is not enough. In love alone do we find true support.
「あなた、こんな試練の時には、友情だけでは不十分。愛があって始めて救いが達成されるの。」
In the love He bequeathes us. He will help and sustain you.\\
「愛のもとでは、神が私たちの力になってくれる。神があなたを支え、助けてくれるのです。」
~~~Alexei Karenin. There was a time when I could have enjoyed these honours, could have enjoyed sharing them.
「愛。ああ、そんな立派なものを私も昔は享受できた時もあった、誰かとそれを分ち合えた時もあったのだが。」
But now that I'm alone, utterly alone, crushed by the ridicule I know people feel, though they don't show it to me.
「しかし今では私はたった一人。誰もが、私が冒した愚行を知っていて、私にはそれを隠している。私はそれを感じ、打ちのめされている。」
Yet I don't know what I've done to deserve this. I've searched my conscience but I can't find what I'm greatly to blame.\\
「私にはそれでも、分らないのだ、一体私がこんな仕打にあうどんな悪いことをしたというのか。私は自分の良心に訊ねてみる、しかし、非難されるべきものが私にはみつからない。」
~~~Lizia Ivanovna. No, indeed. You have acted in a fine Christian spirit.\\
「勿論あなたには何の落度もないわ。ちゃんと、素晴しいキリスト教者の精神のもとで生きてこられたのよ、あなたは。」
~~~Alexei Karenin. I am most grateful for your sympathy.\\
「そう言ってくれるのは実に有難い。」
~~~Betsy. My warmest congratulations, Alexei Alexandrovich.\\
「(近づいて来て)おめでとう、アリェクスェーイ・アリェクサーンドゥロヴィッチ。」
~~~Karenin. Thank you, princess.\\
「有難う、公爵夫人。」
~~~Betsy. I have a message for you. From Anna.\\
「私、アンナからの手紙を預(あづか)っているわ。」
~~~Alexei Karenin. I was expecting it.\\
「きっとそうだと思っていましたよ。」
~~~Betsy. I haven't seen her, of course. I couldn't very well under the circumstances. I am only a messenger.\\
「あの人に直接会ってはいないの、私は。こんな状況じゃ、とても会うのは無理。私はただの手紙運び。」
~~~Alexei Karenin. What does she want from me?\\
「私に何がして欲しいのだろう、アンナは。」
~~~Betsy. She begs you to let her see her son.\\
「セリョージャに会いたいの。あなたにその許しが欲しいの。」
~~~Alexei Karenin. I suppose I have no right to refuse.\\
「断る権利は、私にはないね。」
~~~Lizia Ivanovna. You see no evil in anyone.\\
「あなたって、誰に対しても悪意を持つことは出来ない人。」
~~~Alexei Karenin. On the contrary. Everything seems evil to me.\\
「いやいや、その真反対です。世の中の何もかもが、私に対する悪意に見える。」
~~~Betsy. I'm not condoning her actions, but I understand her natural feelings as a mother.\\
「私、あの人の申出を許した方がいいって言っているんじゃないわ。でも、母親としてのあの人の自然な感情、それは理解出来るわ。」
~~~Lizia Ivanovna. Well, there's a limit to everything. I can understand immorality but I can't understand cruelty.
「でも、何にだって限界というものがあるでしょう? 私、不道徳っていうのは理解できる。でも残酷っていうのはね・・・」
How could she bring herself to open your wounds afresh.\\
「人の受けた傷を、また切り開くようなこと、あの人、どうして出来るのかしら。」
~~~Alexei Karenin. It's not me. I'm thinking of so much but my son. It might lead to questions which would be impossible to answer.\\
「いや、傷を切り開かれているのはこの私じゃない。私はあの子のことを考えて言っているんだ。しかし、これを追求すれば、答が決して出て来ない問題に行き当たるからな。」
~~~Lizia Ivanovna. If she had a spark of feeling left she'd never have asked it.\\
「あの人に感情のひとかけらでもあったら、そんなことを願い出るなんて、あり得ないでしょう?」
~~~Alexei Karenin. I've made up my mind.(ドリーと話しているスチェパーンに)Stepan, may I have a word with you?\\
「よし、私は決めた。スチェパーン、君とちょっと話したいんだが。」
~~~Stepan Arkadievich. Certainly, Alexei Alexandrovich. Excuse me, my dear. Important business.\\
「勿論、アリェクスェーイ・アリェクサーンドゥロヴィッチ。ああドリー、ちょっと失礼。重大な問題だ。」
~~~Alexei Karenin.(ドリーに)If you'll excuse me.\\
「ちょっと失礼しますよ。」
~~~Stepan Arkadievich. Have you reached a decision on that little matter I was asking you about?\\
「私がお願いした、あのちょっとしたことの結果をお聞きしたいのですが・・・もう結論を出されましたか?」
~~~Alexei Karenin. What matter?\\
「ちょっとしたこと、とは、何でしたかな?」
~~~Stepan Arkadievich. That vacant seat on the board of the Mutual Credit Balance of Crimea Railways.
「クリミア鉄道の供託金会議の議長の席が空いていますが・・・」
Did you happen to say a word on my behalf?\\
「その席を私にひとつ、何とか口をきいて戴きたいと。」
~~~Alexei Karenin. It's quite another matter I wish to speak to you about. It concerns your sister, Anna.\\
「ああ、実は、私が君に話そうとした件は全く別のことなんだ。君の妹、アンナのことでね。」
~~~Stepan Arkadievich. Her situation is painful, I know. You might say she deserves it.
「ああ、アンナ。彼女の立場は厳しいです。もっとも、あなたから言わせれば、『当然のことだ』となるでしょうが。」
But we, as her relatives, would be very grateful if you could do something to make her position a little easier.\\
「しかし、彼女の親戚である我々からは、あなたに、彼女の心の荷が軽くなるような何かの手だてを講じて下さると有難いのです。」
~~~Alexei Karenin. What I was about to say is that I've received a request from Anna.
「私の言いたいことは実は、アンナから手紙がきて、ある要請をして来ているのですが・・・」
I would be glad if you informed her that her request is refused.\\
「あなたから彼女に、『あの要請は拒否された』と伝えて欲しいのです。」
~~~Stepan Arkadievich. But a divorce had become a matter of life and death to her.\\
「しかし、離婚と言えば、アンナにとって、生死の問題ではありませんか。」
~~~Alexei Karenin. I'm not speaking of a divorce. Anna'a life is now no concern of mine.
「私は離婚の話をしているのではない。アンナが生きようと死のうと、今の私には何の関心もない。」
I'm concerned merely to safeguard my child and his condition, which I need for the uninterrupted pursuit of my career.\\
「私の関心はただ、息子の安全と、息子の健康だ。あの子は私の跡継ぎだ。どうしても彼は私に必要なのだ。」
~~~Stepan Arkadievich. I'm sure you will be guided by the highest motives.\\
「勿論、その動機は、高い理想のもとから出て来たものでしょう。」
~~~Alexei Karenin.(強い口調で)No one can say I haven't acted according to Christian principles.\\
「私の行動はキリスト教の原則から出て来ている。そうでないとは誰にも言わせない。」
\\
(早朝。カレーニン家の玄関。昔の女中、マリエッタが入って来る。アンナ、玄関先に既に入っていて、マリエッタを待っている。そこにマリエッタ、入って来て)\\
~~~Marietta. Madame. Oh, Madame!\\
「奥様、ああ、奥様!」
~~~Anna. I've come to see Sergei. I've asked his father but I couldn't wait for the answer.\\
「私、スェルゲーイに会いに来たの。あの子の父親に頼んだのだけど、返事を待っていられなくて。」
~~~Marietta. Oh, but...\\
「ああ、でも・・・」
~~~Anna. How is Seigei? Is he all right? How does he look? Is he eating well?\\
「スェルゲーイは? あの子、元気? どんな様子? よく食べる?」
~~~Marietta. Yes. And he's growing so fast.\\
「ええ、とても成長がお早いです。」
~~~Anna. How tall is he?\\
「背は?」
~~~Marietta. He comes up to here.\\
「このぐらいです。」
~~~Anna. Oh, really? Marietta, I must see him. Let me in. No one will see me.\\
「あら、そんなに? マリエッタ、私、どうしてもあの子に会わなきゃ。誰にも見られないわ。」
~~~Marietta. Well, it isn't the same porter. And his excellency has guests.\\
「門番がもう代っているのです。それに、ご主人様には来客があって。」
~~~Anna. But I must see him.\\
「でも、どうしてもあの子に会わなきゃ。」
~~~Marietta. And that's not the worst. His excellency told us to say... you were dead! I guess I'm beginning to grieve.
「それだけじゃないんです。ご主人様は坊ちゃまに、あなたがお亡くなりになったと言えと。ああ、私、愚痴を話し始めましたわ。」
Come tomorrow, very early, before his Excellency is awake. I'll let you in.\\
「明日お出で下さい、奥様。朝早く。ご主人様がお起きにならないうちに。私が坊ちゃまのところへお連れしますわ。」
(アンナ、マリエッタの言うことをきかず、進み、部屋の扉を叩く。新入りの男の召使1、出て来て。この召使は、アンナが誰か分らない)\\
~~~召使1. What is it?\\
「何のご用で?」
~~~Anna. I have come on behalf of Prince Caradunov(セルゲーイの名付け親) to see Sergei Alexeevich.\\
「プリンス・カラドゥーノフの名代で、スェルゲーイ・アリェクスェーイェヴィッチに会いに来たのです。」
~~~召使1. He's not up yet.. He's still asleep.\\
「まだ起きてきていません。まだ寝ています。」
~~~(アンナを知っている、別の男の召使2の、声だけが聞え)\\
~~~召使2. He's still asleep. It's all right.
「まだ坊ちゃんは寝ています。大丈夫ですよ。」
(アンナ、中に進む。マリエッタ、先に階段を上がっていて子供部屋の様子を見て来る。そして、そこから降りて来て)\\
~~~Marietta. Come in, Madame. But you'll have to be quick.\\
「どうぞお入りになって、奥様。でも、お急ぎにならないと。」
~~~召使1. Madame! It's against my orders.\\
「奥様。これは、ご主人様のご命令に反しますので。」
(これを無視して、女の召使1とアンナ、階段を上る)\\
\\
(アンナ、子供部屋に入る。 マリエッタ、扉を開けておいて外を見張る。アンナ、息子に近づき)\\
~~~Anna. Sergei.\\
「スェルゲーイ。」
~~~Sergei. Mother? Is it my mother?\\
「ママなの? 本当にママ?」
~~~Anna. It is, my darling.\\
「そうよ、スェルゲーイ」
(二人、抱き合う)\\
~~~Sergei. You haven't been to see me for such a long time. I dream that I can see you all day.\\
「長いことママ、僕に会いに来てくれなかったね。僕、今日一日中、会えると思って、待ってたんだ。」
~~~Anna. Sergei, I'm here, I'm here!\\
「スェルゲーイ、私、今ここにいるの、今いるのよ!」
~~~Sergei. Today is my birthday! I knew you would come!\\
「今日は僕の誕生日なんだ。だから、きっと来てくれると思っていた!」
~~~Marietta. Madame! Madame! You must come! Someone is coming!\\
「奥様! 奥様! すぐ出ていらして。誰かが来ます!」
(アンナ、一旦立つがまたベッドに坐り、セルゲーイの顔をなでる)\\
~~~Sergei. Mother, you're sitting on my new dressing gown.\\
「ママ、ママは僕の新しい服の上に坐ってるよ。」
~~~Anna. My darling, how do you dress without me? How do you?\\
「スェルゲーイ、お前、私がいなくて、どうやってこの服が着られるの? どうやって。」
~~~Marietta. Madame, please!\\
「奥様、お願いです!」
\\
(アンナ、バルコニーに出る。下にカレーニン)\\
~~~Anna. Marrietta, you will take care of him?\\
「マリエッタ、この子をお願いね。」
~~~Marietta. Yes.\\
「畏まりました。」
~~~Anna. You won't forget?\\
「忘れちゃ駄目よ。」
~~~Marietta. No.\\
「忘れませんわ。」
(アンナ、階段を降り、カレーニンの前に立つ)\\
~~~Alexei Karenin. How dare you enter this house.\\
「よくもお前、この家に入って来たな。」
~~~Anna. How dare you tell the child his mother was dead.\\
「よくもあなた、子供に私が死んだなどと言ったわね。」
~~~Alexei Karenin. What should I have told him?
「そうでもなければ、私はあの子にどう話したらいいんだ。」
That she had run away with her lover? I can only conclude that the kind of life you've chosen has affected your principles.\\
「恋人と駆落ちしたとでも言えというのか。私の唯一の結論は、お前の選んだ人生が、お前の「子供第一」という主義に反した、ということだ。」
~~~Anna. Alexei Alexandrovich, will you grant me a divorce?
「アリェクスェーイ・アリェクサーンドゥロヴィッチ、離婚を認めて欲しいの、私は。」
I no longer ask for my child. I beseach you to give me this last chance at happiness.\\
「もう子供は要求しません。私の最後の、唯一つの幸せへの可能性を、認めて欲しいの。」
~~~Alexei Karenin. It seems to me you have everything you yourself have desired.\\
「お前は自分のしたい放題のことをすべて貫いてきた。これが私のお前への感想だ。」
~~~Anna. Will you consent? Surely you cannot refuse me.\\
「あなた、同意して下さるの? これを拒否なさることは出来ないでしょう。」
~~~Alexei Karenin. I cannot act against my religious convictions. I consider the matter closed.\\
「私は自分の宗教的信念を曲げることは出来ない。離婚に関する議論は、私はもう、すべて終ったと考えている。」
(ヴロンスキーとアンナの住処。ヴロンスキーとその母親ヴローンスカヤ伯爵夫人がいる)\\
~~~Countess Vronskaya. Please understand. I cannot do it.
「お前も分ってくれなくちゃ。私にはそれは出来ないね。」
My daughters are growing up. I have to move in society for my husband's sake. I cannot ask her into my home.\\
「娘が大きくなって、あの子のために、そして死んだ夫のために、どうしても私は、社交界で活躍しなきゃいけない。アンナを私の家に招待することは無理。」
~~~Vronsky. She's no worse than the hundreds fo people you've received. And you were the first to find her charming.\\
「お母さんが今まで招待してきた何百という人間と比べてアンナの何が悪いというのです。それに、あの人が素敵だと最初に認めたのはお母さんなのですよ。」
~~~Countess Vronskaya. As a travelling companion, yes. But not as my son's mistress.\\
「旅行の連れとしては、確かに素敵。しかし、息子の情婦では、素敵とは言えないわね。」
~~~Vrosky. In the eyes of God, she's my wife.\\
「神の目から見れば、アンナは私の妻です。」
~~~Countess Vronskaya. Let's call things by their proper names.\\
「物というものはその正確な名前で呼ぶことにしましょう。」
(そこへアンナ、帰って来る)\\
~~~Anna. Sorry, I didn't know.\\
「あ、ご免なさい。気がつかなくて。」
~~~Countess Vronskaya. I was just leaving. Goodbye, my dear son. I know my way out. Goodbye, Anna Arkadievna.\\
「いえ、私は丁度出て行くところ。じゃあね、アリェクスェーイ、見送りは結構。さようなら、アンナ・アルカーディイェヴナ。」
(ヴローンスカヤ伯爵夫人、退場)\\
~~~Vronsky. Did you have a pleasant day? Tell me where you've been.\\
「楽しい一日だった? どこに行ったの?」
~~~Anna. What was your mother doing here? Trying to take you away from me?\\
「お母様、ここで、何のご用? あなたを私から引離そうって?」
~~~Vronsky. No, Anna, please.\\
「違うよ、アンナ、頼む。」
~~~Anna. She's like the rest of them with a hands full of mud.\\
「あの人、他のみんなとちっとも変りはしない。手は、汚い泥だらけ。」
~~~Vronsky. Oh, Anna, don't speak like that about mother.\\
「止めてくれ、アンナ。あれは私の母親なんだ。」
~~~Anna. Oh, I assure you it's a matter of complete indifference to me as to what your mother thinks, or whom she wants you to marry.\\
「あなたのお母様がどんなことを考えようと、私、平気。それにあの人があなたに、誰と結婚させようとしているか、それだって、何とも思っちゃいない。」
~~~Vronsky. Marry?\\
「結婚だって?」
~~~Anna. I've heard about the little Princess Sorokina.\\
「公爵令嬢のサローキナ。私、噂は聞いたわ。」
~~~Vronsky. Anna, what's the matter with you?\\
「アンナ、君、どうしたんだ。」
~~~Anna. I feel I cannot go on living like this any longer, hiding from everyone.
「私、こんな・・・誰からも隠れて暮して行くの、すっかり厭になったの。」
(アンナ、拗(す)ねていたが、ヴロンスキーの笑顔を見て機嫌が直る。すっかり違う声で)
Alexei, let us go to the opera tonight.\\
「アリェクスェーイ、今夜は二人でオペラに行きましょう。」
~~~Vronsky. You know that's out of the question.\\
「それは無理だって、君も知ってるだろう?」
~~~Anna. Why?\\
「何故?」
~~~Vronsky. Well, as a matter of fact I shall have to go.
「いや、実を言うと僕も行かなきゃならないんだ。」
My mother has asked me to meet her there. But you know why we can't go there together.\\
「母があそこで会おうと言ったからね。しかし、君だって分ってるだろう? 一緒には行けないって。」
~~~Anna. I don't want to know.
「知りたくもないわ、そんなこと。」
Whatever people will say or think is unimportant. We love each other and nothing else should matter. Why can't we go?\\
「人が何と言おうと、どう考えようと、そんなこと問題じゃない。私達、愛し合っているんでしょう? それだけじゃない、大事なことは。何故私達、行けないの?」
~~~Vronsky. But don't you understand that?\\
「だけど君、分らないの?」
~~~Anna. No, I don't understand. All right, go with your mother. I shall go alone. No, not alone.
「私、分らない。いい、分ったわ。あなた母親と一緒にいらっしゃい。私は一人で行く。ああ、一人じゃないわ。」
Nathalia will be delighted to come with me. And if she can't, I'm sure there are plenty of people who will.\\
「ナターリアが私となら喜んで来てくれる。もし彼女が駄目なら、他にいくらでも一緒に来てくれる人がいるわ。」
\\
(オペラ。ヴロンスキーのボックス。ヴロンスキーと母親、それにプリンセス・サローキナ)\\
~~~Prinsess Sorokina. There's no one like Madame Patrie. She must have the world's most beautiful voice.\\
「マダム・パトリは本当に素敵。あんないい声をしている人、世界中にいないわ。」
(こちら、アンナのボックス。アンナ、ヴロンスキーのボックスの様子をオペラグラスで見ている)\\
~~~Countess Vronskaya. Alexei, our little princess Sorokina is talking to you.\\
「アリェクスェーイ、サローキナ公爵令嬢がお前に話しかけているじゃないか。」
~~~Vronsky. I beg your pardon, Princess. Yes, Madame Patrie has a very beautiful voice.\\
「あ、失礼、公爵令嬢。ええ、マダム・パトリはいい声をしていますね。」
\\
(三人、アンナのボックスを見る)\\
(アンナの隣のボックスに夫婦づれ。男がアンナに挨拶。夫人がそれをとめる。何か小声で言う。男、納得して、アンナから離れる。アンナの大写しの顔)\\
(ヴロンスキー、立上がり、ボックスを去る。ヴローンスカヤ伯爵夫人、サローキナ公爵令嬢に)
~~~Countess Vronskaya. My dear, I'm afraid he's lost to you, and lost to me as well.\\
「あなた、あの子はもう、あなたとは駄目ね。そして、私とももう駄目だわ。」
\\
(アンナ、ボックスからホールへ出る。ヴロンスキーも出て来る)\\
~~~Anna. It's your fault. All yours.\\
「これ、あなたのせいよ。みんなあなたが悪いの。」
~~~Vronsky. I told you not to come. I knew.\\
「来たら駄目だと言った筈だ。僕には分っていたんだ。」
~~~Anna. Unpleasant! As long as I live I shall never forget it. It was hideous. She said it was a disgrace to have to sit beside me.\\
「不愉快だわ! 私、このこと、生きている限り、決して忘れない。酷い侮辱。隣のボックスの女、私の傍に坐るのは不名誉だって言ったわ。」
~~~Vronsky. Just the words of a stupid woman. Why let them distress you?\\
「馬鹿な女の馬鹿な言葉さ。そんな言葉で傷つく君じゃないだろう?」
~~~Anna. It is you who have put me in this intolerable position. You have brought me to this.\\
「あなたよ、あなたが私をこんな堪え難い立場においたの。あなたのせいでこうなったの。」
~~~Vronsky. I have always known that we must never risk insult, never provoke it.\\
「侮辱をあたえられる機会は避けた方がいい、敵にわざわざそんな気持を煽るのはよした方がいいと思っていたんだ。」
~~~Anna. You said we? When you mean me? You are free to go among your friends. It is I who must stay in the shadows.\\
「あなたそれ、私達二人のことじゃないわね? 結局私一人のことね? あなたのことなら、あなた、友達といればそれですむもの。私よ、私一人、陰にじっとしていなきゃならないの。」
~~~Vronsky. Do I behave as if I were free?\\
「君は、この僕が自由だと思っているのか?」
~~~Anna. In other words, you are a prisoner?\\
「あなた、自由じゃないの? 囚人だって言いたいの?」
~~~Vrosky. You are doing your best to create a prison for us both.\\
「君は僕ら二人のために、監獄を作ろうと懸命なんだ。」
~~~Anna. So you think it is a prison.\\
「じゃあなた、これが監獄だって言うのね?」
~~~Vronsky. You goad me into saying things with this insane desire for strife.\\
「君の方じゃないか、何だかだと、とんでもない考えを持出してきては、僕に言いがかりをつけてくるのは。」
goad~~~扇動する、突き棒でつつく\\
strife~~~喧嘩\\
~~~Anna. But you know what it is, when I feel you are hostile towards me. You barely know how near I am to calamity.
「私、あなたが私に意地悪な気持でいる時は、すぐに分るの。そのこと、あなたにも分ってるでしょう? 私、破滅の淵の前に立っているような気持。あなたには分らないでしょうね。」
How afraid I am, afraid of myself. Alexei, you haven't changed towards me, have you?\\
「私、自分が怖い。自分が恐ろしいの。アリェクスェーイ、あなた、私への気持、変っていないわね?」
~~~Vronsky. Anna, you know my feelings towards you can never change.
「アンナ、僕の、君に対する気持は決して変らない。分ってるね?」
But my dearest, you must write to Karenina and ask him for a divorce. ... What is it?\\
「だからアンナ、君、カレーニンに手紙を書いて、離婚を要求しなくちゃ。・・・え? 君、どうしたの?」
~~~Anna. I... I'm sure that he will refuse.\\
「私・・・私には分ってるわ、あの人、断って来る。」
~~~Vronsky. No, he will not refuse! He will accept. Then we can go together wherever we please, get married and live.\\
「いや、断りっこない。承諾するよ、彼は。離婚さえすれば、僕らは一緒にどこへでも行ける。結婚して一緒に暮すんだ。」
~~~Anna. Yes, all right. All right, I will write to him. But I would rather not wait for his answer when he deigns to write back.
「ええ、分った、分ったわ。あの人に手紙を書きます。でも、あの人の返事なんか、私待ってられない。」
There is nothing to keep us here anymore. Nothing. Let us go to Moscow.\\
「私達二人がこんなところでぐずぐずしている必要は何もないの。何も。さ、一緒にモスクワへ行きましょう。」
~~~Vronsky. All right, my darling. Whenever you please.\\
「分ったよ、アンナ。君の都合のいいとき、いつでも。」
~~~Anna. Tomorrow, then. Tomorrow. Oh, forgive me for being so thoughtless, selfish and wretched. I love you, Alexei. I love you.\\
「じゃ、あした。明日にしましょう。私って、何て我がまま、何て考えなし、何て酷い女。ご免なさい、アリェクスェーイ、私あなたを愛してるの。心から愛してるの。」
\\
(モスクワの、アンナとヴロンスキーの家。二人、ペテルブルグから着いたばかりのところ。召使が来てヴロンスキーに)\\
~~~召使. This tetegram came for your Excellency.\\
「この電報がまいりましたが・・・」
~~~Vronsky. Thank you.\\
「有難う。」
(ヴロンスキー、電報を見てこそこそとポケットに入れる)\\
~~~Anna.Who is it from?\\
「誰からの電報?」
~~~Vronsky. What?\\
「何だって?」
~~~Anna. The telegram.\\
「今の電報よ。」
~~~Vronsky. It's from my mother.\\
「ああ、母親からのだ。」
~~~Anna. Oh, what does she say?\\
「それでお母様、何て?」
~~~Vronsky. She wants me to return to St. Petersburg and settle something about the estate.\\
「ペテルスブルグに帰って欲しいと、そして不動産に関する問題を片づけてくれ、と。」
~~~Anna. But we've only just left. It's an excuse. I know that if you go to St. Petersburg you will not come back.\\
「でも私達、あちらを発ったばかりじゃないの。そんなの口実よ。私、分ってる。あなた、ペテルスブルグに行ったら、もう帰っては来ない。」
~~~Vronsky. Do be reasonable. It's purely a business matter, a couple of days at the most.\\
「おいおい、それは酷い言い方だよ。単なる仕事の話だ。長くて二日だ。それで帰って来るさ。」
~~~Anna. All right, leave me. Go to St. Petersburg if you want to. We're not chained together.\\
「分ったわ。私をここに放っておくのね。さっさとペテルスブルグに行ってらっしゃい。あなたは私に縛りつけられているんじゃないんだから。」
~~~Vronsky. Anna, what's all this about? It's only the uncertainty of your position that makes you suspicious.\\
「アンナ、何だい、その言い方。そんな疑い深い言い方になるっていうのは、ただ君が不安定な立場にあるからだけなんだ。」
~~~Anna. Uncertainty? What do you mean? I am completely under your power. What is uncertain about that?\\
「不安定な立場? それ、どういうこと? 私、あなたの力の下にすっぽり入っているの。それがどうして不安定なの?」
~~~Vronsky. Anna, darling. As soon as we hear about the divorce, we'll get married and you won't have to torture yourself any longer.\\
「アンナ、頼む。離婚が確定しさえすれば、二人は結婚するんだ。そうすれば君も、悩むことなんか何もなくなるんだ。」
~~~Anna. Don't talk to me about the divorce. I've decided not to let it influence me anymore. Why should you care about it?\\
「離婚のことは、もう私に話さないで。離婚しようとしまいと、そんなことは関係ないって私決めたの。あなただって、何の関係があるの? 離婚が。」
~~~Vronsky. Haven't you written to Karenina?\\
「カレーニンに君、手紙を書いていないのか。」
~~~Anna. No.\\
「書いてないわ。」
~~~Vronsky. No? Why? Why Anna?\\
「書いてない! 何故。どうしてなんだ、アンナ。」
~~~Anna. If he agreed to a divorce, you would feel forced to marry me. I don't want to impose that sort of obligation on you.
「あの人が離婚に同意すれば、あなたは私との結婚を無理矢理しなければならなくなる。私、あなたに、そんなことを義務づけたくないの。」
Especially now.\\
「特に、今は。」
~~~Vronsky. Now?\\
「特に、今?」
~~~Anna. When there is this conspiracy afoot between yourself and your mother.\\
「あなたとあなたのお母様との間に、陰謀がめぐらされている今はよ。」
~~~Vronsky. What conspiracy in heaven's name?\\
「陰謀? 何のことだ、陰謀とは。」
~~~Anna. That you should marry The Princess Sorokina.\\
「サローキナ公爵令嬢とあなたとの結婚話。」
~~~Vronsky. That's too ridiculous even for argument. I refuse to argue with you. We want a divorce. We need it desperately.\\
「馬鹿な。そんな馬鹿な話をして。僕は君と議論をするのはもう断る。我々は離婚が必要なんだ。どうしても必要なんだ。」
~~~Anna. Need it? Why has it suddenly become so necessary?\\
「必要? 何故急にそんなに必要になったの、離婚が。」
~~~Vronsky. Anna, you know as well as I do. It goes on and on.
「アンナ、僕にだけじゃなく、君にも分っている筈だ。これはいつまでも、いつまでもついて回る話なんだ。」
Anna, I want you to know this. I absolutely refuse to take any part in these arguments again.\\
「アンナ、分ってくれ。僕はもうこの議論は、君としたくない。」
(ヴロンスキー、外套を持って出て行く。扉をバタンを閉める。アンナ、がっくりと坐る)\\
\\
(オブロンスキー家。玄関。アンナ、入って来る。コートを召使に渡し、執事に)\\
~~~Anna. Has princess Oblonsky visitors?\\
「お客様なの?」
~~~執事. Yes, My Lady. Prince and Princess Shevatsky and Mr. and Mrs. Leven are here.\\
「はい、さようで、奥様。シチェルバーツキー公爵御夫妻がいらしてます。そして、ミスィズ・リェーヴィンも。」
~~~Anna. Oh, then, I...\\
「それじゃ、私・・・」
(声を聞きつけてドリー、隣の部屋から出て来る)\\
~~~Dolly. Anna! How nice to see you!\\
「アンナ! まあ、よく来てくれたわ!」
~~~Anna. I'm sorry. I didn't know you had visitors. I won't disturb you.\\
「ご免なさい。私、お客様があるとは知らなかったものだから。私、お邪魔になったらいけないから・・・」
~~~Dolly. But it's only Kitty and the family. Of course you will stay.\\
「だって、客と言ったって、キティーと両親よ。帰ったりしちゃ駄目!」
~~~Anna. No, I'd rather not see anyone just now. Besides, they wouldn't want to see me.\\
「いいえ、私、誰とも会わない方がいい。それに、皆さん、私には会いたくない筈。」
~~~Dolly. Anna, is anything wrong? You look so strange.\\
「アンナ、あなた、どこか悪いんじゃない? 顔色が悪いわ、酷く。」
~~~Anna. Darling, I had to come and see someone and you were the only person. You don't despise me and condemn me too, do you?\\
「ああ、ドリー。私、ここに来て、誰かに会いたかった。でも、あなただけだったわ、会っていいのは。ドリー、あなた、私のことを軽蔑しないわね? 非難しないわね?」
~~~Dolly. My dear, I love you and I always will. Surely, he loves you, too.\\
「アンナ、私、あなたのこと大好き、これからだって変りはないわ。あの人(ヴロンスキーのこと)だって、あなたのことを愛しているのよ。」
~~~Anna.(泣きながら)I don't know. I worry about it night and day. Sometimes I think I'm losing him.
「私、分らない。それを考えて・・・昼も夜も。あの人、私を捨てるんじゃないかと心配。」
That we're being irresistibly driven apart. Darling, dare not tell him that I have been to see my husband. And he refused me a divorce.\\
「どうしても、何をやっても、二人は離れて行くんじゃないかって。ねえドリー、あの人に決して言わないで、私がカレーニンに会いに行って、離婚を断られたってこと。」
~~~Dolly. Then you can't get married.\\
「まあ、それじゃあなた方、結婚出来ないじゃない。」
~~~Anna. Oh, you needn't worry. I won't ask you to receive me.\\
「ああ、それはあなた、心配しなくていいの。私、皆さんに受入れて貰おうとは思っていないから。」
~~~Dolly. You know that you will always be welcome in my house.\\
「あなたはこの家ではいつだって大歓迎なのよ。」
(隣の部屋から赤ん坊の泣き声)\\
~~~Dolly. It's Kitty's baby. Do come and see him. He's a wonderful little boy. There's a revolution going on upstairs.
「あれはキティーの赤ちゃん。さ、来て。あの子を見てやって。可愛い、綺麗な赤ちゃんよ。二階ではもう、革命が起ってるの。」
You'd think it was the first baby to be born in the world.\\
「世界で初めて生まれた赤ちゃんなの、まるで。」
~~~Anna. Kitty must hate me.\\
「キティーは私に会うの厭だわ、きっと。(これはヴロンスキーのことで)」
~~~Dolly. Oh, I know she doesn't. And she'd be so hurt if you didn't go and see her. Please, Anna.\\
「そんなこと、全然ない。あなたが来なかったら、傷つくかもしれないけど。さ、アンナ、さ。」
(アンナ、やっと立上がる)\\
\\
(こちら、部屋の中。祖父、Alexandre Dmitrievich Shcherbatsky、赤ん坊を抱えて)\\
~~~Alexandre. Careful. Careful.(と、赤ん坊をレーヴィンに渡す)
「ほら、気をつけて。気をつけて。」
Young man, I'll have you know this is not the first time I've held a baby.\\
「いいか、わしはな、赤ん坊を抱いたのはこれが初めてじゃないんだからな。」
(そこへドリーとアンナ、入って来る)\\
~~~Dolly. Look who's come to see you!\\
「ほーら皆さん、誰が来たか、見てみて下さい。」
(ドリーの子供、イヴァン、アンナに駆寄り)\\
~~~Ivan. Anna. Aunt Anna!\\
「アンナ、アンナ叔母さん。」
~~~Anna. Ivan!\\
「イヴァン!」
(ドリー、フランス語でイヴァンに、「あっちへ行ってなさい」と言う。イヴァン、部屋から出る)\\
~~~Anna. Dear, darling asked that I come to see you.
「(キティーに)ドリーに言われたの、あなたに会うようにって。」
But if you rather I went away you needn't be afraid to say so. I'm quite used to it.\\
「でも、もし出て行って欲しいのなら、構わずそう言って。私、そういうのにはもう馴れているの。」
~~~Kitty. But Anna, Constantine and I have you to thank for everything.
「でもアンナ、カンスタンチーンも私も、あなたにお礼を言わなくちゃならないのよ。」
(ここでレーヴィン、アンナの手にキス)
Look, isn't he wonderful? No ones ever had such a baby.
「ね、この赤ちゃん、素敵でしょう? こんな赤ちゃん、世界で初めてよ。」
(キティー、赤ん坊をレーヴィンに渡す。レーヴィンはそれをアンナに) Feel his weight! Isn't he heavy?\\
「ほら、この重いこと。ね、重いでしょう?」
~~~Anna. Yes.\\
「ええ、重いわ。」
~~~女中. It's time, Madame.\\
「奥様、もうお時間で。」
~~~Alexandre. Oh, yes. Run along children! Outside! Go and play.\\
「そうだな。さ、子供達、外へ行くんだ。外だ! 外で遊んで来い。」
(アンナ、赤ん坊をキティーに返す。赤ん坊、少し泣く)\\
~~~Kitty. My darling must be very hungry. Will the gentlemen please go over there?\\
「赤ちゃん、これ、きっとお腹がすいているの。男の皆さん、外へ出て行って下さらない?」
~~~Dolly. Come along, Constantine.\\
「さ、行きましょう、カンスタンチーン。」
~~~Levin. All right.\\
「分った。」
~~~祖母. You're a little tired after all these people?\\
「(キティーに)お前、こんな大勢の客で疲れてしまったんじゃない?」
(階段。子供達が手すりを滑っておりたりする)\\
~~~召使. Quiet, children. Recreation is over. Your tutor is waiting.\\
「子供達、静かにして。遊びはもう終。家庭教師の先生がお待ちよ。」
(玄関にヴロンスキー、やって来る)\\
\\
(部屋。アンナ、自分がのけ者にされていることを感じ、部屋を出る。玄関に出る)\\
~~~Anna. Why are you here?\\
「何故あなた、ここに。」
~~~Vronsky. I think it's you who owes me an explanation.\\
「君は僕に説明の義務がある。だから来たんだ。」
~~~Anna. What do you mean?\\
「それ、どういうこと?」
~~~Vronsky. You had no need to conceal from me that you'd seen your husband.\\
「君、カレーニンに会ったんだろう。どうしてそれを僕に隠していたんだ。」
~~~Anna. Well, now you are free to leave me as I know you intend on doing.\\
「あなたの気持、分ってる。私と別れたいんでしょう? あなた、今もう、勝手にしていいのよ。」
~~~Vronsky. You are completely overwrought.\\
「君は今疲労困憊している。そのせいなんだ、そんなことを言うのは。」
~~~Anna. You said yourself it was impossible to go on living like this.
「あなた、言ったでしょう? こんな生活を続けるのは無理だって。」
If you no longer love me it would be more honourable to say so. Why do you lie to me?\\
「もしあなたが私を愛していないのなら、はっきりそう言った方がずっと男らしいの。どうしてあなた、私に嘘をつくの。」
~~~Vronsky. Anna, don't try my patience.
「アンナ、僕の我慢にも限界がある。それを試すようなことは言うな。」
I've done everything you've ever asked me. And now you accuse me of telling lies and being dishonourable.\\
「僕は君の言うことは何でもやってきた。それなのに君は、僕が嘘をついているだの、男らしくないだの、と非難するんだ。」
~~~Anna. A man who reproaches and tells me he's given up everything for me is dishonourable.\\
「私を責めて、私のために全てを捨てた、なんて言う人、それは狡い人なの。」
~~~Vronsky. Tell me what you want of me!\\
「じゃ言ってくれ。君は僕に一体、どうして貰いたいんだ!」
~~~Anna. I want your love. But it is gone.\\
「私、あなたの愛が欲しい。でも、もう、愛は去ったわ。」
~~~Vronsky. Anna, that's not true! It's not true! But if you are determined to punish yourself, there's nothing I can do about it.\\
「アンナ、それは違う! それは真実ではない! しかし、君が君自身を責める気持でいるのなら、もう僕の出来ることは何もない。」
~~~Anna. You'll be sorry.\\
「分ったわ。あなた、きっと後悔するわ。」
(ヴロンスキー、部屋を出る。馬車に乗る)\\
(アンナ、寝室に行く。ヴロンスキーからの置き手紙あり)\\
(文面)\\
~~~"I have gone to St. Petersburg. I shall return within two days."\\
「ペテルスブルグに行く。二日後には帰って来る」
~~~Anna. But he will not. He will never return. It's over. I shall never see him again. He will marry the Sorokina girl.
「あの人、帰っては来ないわ。ええ、永久に帰っては来ない。これでおしまい。もうあの人に会うことはない。サローキナと結婚するんだわ。」
His mother will force him to. He will love her, I think. I will follow him. I will punish him. I will escape from him. And from myself.\\
「母親が強制するに決ってる。令嬢サローキナ、あの人、きっと気に入るわ。よし、あの人を追って行こう。あの人を罰してやる。いえ、あの人から逃げよう。私、私からも逃げなきゃ。」
\\
(停車場。ホームを歩いているアンナ)\\
~~~Anna. All these people all going somewhere. Maybe they're troubled and can't escape from themselves.
「あの人達みんな、急いでどこかへ行こうとしている。きっと何か厭なことがあって、自分自身から逃げようとしているんだわ。」
Sergei, I thought I loved him. Myself I really loved. To change it for another love. I thought I loved him.
「スェルゲーイ。私、あの子のことを愛していると思っていた。でも、実際は、私、自分自身のことを愛していたんだわ。それを何か自分でない別の対象が欲しくて、それでスェルゲーイを愛していると思いこんでいた。それだけのことだったんだわ。」
(駅員の姿を見て)
How satsfied he looks. He is ambitous. So is Alexei. He was proud of me. Now that has passed. Nothing to be proud of anymore.
「あの駅員、何て満足した顔をしているんでしょう。きっと大望があるのね。アリェクスェーイもそう。あの人、私のことが自慢だった。その自慢の時期も過ぎてしまった。私を誇る何も、あの人には残っていない。」
Why not turn out the lights when there's nothing more to be seen.\\
「見るべきものが何もないのなら、灯りをつけておいて何の意味があるの。」
(「あの人に私が誇れない、そんな私なら、何故生きていることがあろう。」)
(アンナ、ペテルブルグ行きの汽車に乗る)\\
\\
(コンパートメント。案内係がカンテラを持って通りかかる。アンナ、呼び止めて)\\
~~~Anna. What station is this?\\
「これ、何ていう駅?」
~~~案内係. Glyn, Madame. A few minutes to take in water.\\
「グリンです、マダーム。ここで水を補給するのです。」
~~~Anna. Thank you. Glyn. I must go out for a breath of air.\\
「有難う。ここはグリン。外の空気を吸って来よう。」
(アンナ、汽車から降りる。鉄道工夫、線路を調べながら歩いている)\\
\\
~~~Anna.(工夫を見ながら)Oh. I loved him more and more. Selfish.
「ああ、私、あの人が、どんどんどんどん、好きになって行く。我が儘な私。」
He loved me less and less. Freedom he wanted. Nothing could change our thoughts. Too late.
「そしてあちらの方は、どんどんどんどん、私が嫌いになって行く。あの人の欲しいのは自由。私達二人の思い、それは離れて行くだけ。後戻りしようったって、もう遅いわ。」
(ここで工夫、アンナの傍に来て、じっとアンナを見る。そして離れる)
~~~Anna. Yes. Too late.
「そう。もう遅過ぎ。」
(ヴロンスキーに似た後ろ姿の男を見て)
~~~Anna. Alexei!
「アリェクスェーイ!」
(近寄る。男、アンナを見る。敬礼。ヴロンスキーではない)
~~~Annna. Not a word not a gesture of yours will I ever forget.
「『あなたの口から出たどんな言葉も、あなたの身体の動きのどんな細かいことでも、私は忘れることはないでしょう。いえ、決して。』」
(これは0028に出てきたヴロンスキーの言葉。グリンで汽車を降りた時のアンナへの台詞)
~~~Anna. Nor can I. Glyn. I met him here. Long, long ago. It was snowing.\\
「私もだわ。ここはグリン。私、ここであの人に逢った。もうずっと昔の話。あの時も雪が降っていた。」
(アンナ、線路を歩く。汽車、来て、アンナを轢く)\\
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字幕(地の文)
~~~And the light by which she had been reading the book of life blazed up suddenly,
「アンナが人生の本を、その光をたよりに読んでいた、その光が急に燃え上がり、」
illuminating those pages that had been dark, then flickered, grew dim, and went out forever.\\
「本の頁の先の方は暗くて今まで読めなかったが、その頁が急に明るくなり、そして暗くなり、それから永久に消えてしまった。」
          (終)