| ■2000・9・12 コンピユ−ターは、今の私にとっては気難かしくて、円満にお付き合いしにくい人物のよう。きわめて扱いにくい。 猛暑を理由に、じっと家にいたので、「この機会にコンピューターの基礎をじっくり・・・」などと目論んではみたものの、ただ家にいるだけで終わった。 「和音」(日本唯一の邦楽ライブ・ハウス)での3回のライブも無事終え、かつてやっていた寺での会を復活させることにした。 どこでやろうかと、いくつか心当たりを思い出し、三の輪の天台宗薬王寺にお願いし、快諾を得た。 住職の中曽根さんは、かつて20余年私が稽古場としてお借りしてきた日暮里(法華宗法光寺)に来ていた人。尺八も上手で、荒廃していた寺を自ら再建した。その昔、本堂の新築の折など、節目節目に小生も出向いて竹で祝ってきた。天台の和讃(み仏の教えを歌に託して鈴?を鳴らしながら合唱するもの)はとてもよいので、いずれ中曽根さんに聴かせてもらう機会もあろうかと思う。 数日前のこと。講演を終えて夜中の12時近く。帰路、家の近くがヤケに明るい。相撲のニ子山部屋(親方婦人の不倫騒動?)の副後援会長の家にワイド・ショウのクルーが取材に来ていた。 若貴両力士に何か(結婚やら、謎の整体師騒動やら)ある度毎に繰り返される光景だ。会長(サントリー社主)が関西なので、何かあると、東京の副会長の所へ取材が集中する。写されてはたまらないので、顔をそむけて足早に道の端を通る。 さて、この副会長の家も豪邸だが、向かいの家はもっと凄い。5・600坪かはるかそれ以上か、想像もつかない。両家の共通点は、毎朝お抱え運転手がハイヤーで迎えに来ること。 最高裁長官という仕事の重要さを思えば、この家の主へのどのような遇し方にも(一国民として)不満は一切ない。むしろ、この位の官舎も当然と思うが、その代わり、しっかり仕事をしてほしい。 敢えて「性懲りもなく」というが、つい先日も、1票の格差1対4.85に対して合憲判決を出してくれました。このような判決は一般庶民感情や常識的判断と大きく乖離するものであり、(少なくも私にとって)到底容認できるものではないのだが・・・。 何とか、hp新稿がオリンピックに間に合いそう。 1972年、ミュンヘン五輪の時、私は国こそ違え、汽車でも車でも1時間とかからずに行ける所に住んでいた。サッカーの決勝(観衆10万人)も見たし、男子バレーの決勝は(日本が出るので)チケットもないのに急遽応援に行って、知恵を弄して、見事?会場にもぐりこんだ。 私も4年に一度の地球規模のお祭り騒ぎを楽しもうと思っている一人なのだが、(自分も含めて多くの人が)突然“愛国者”になってしまうのには辟易する。 作家のなだ・いなだ氏も指摘しているように(『民族という名の宗教』岩波新書)、人が国家や民族にこだわるのは、素晴らしいことであると同時に危険なことでもあるのではないか。 国家と民族は必ずしも同義語ではないが、メダルの殆どをかっさらってゆくアメリカに黒人がいなかったら、メダル獲得数はどの位減少するのだろう。 と、こんな事を書いていると、「これじゃあ、徳山通信と変わり栄えしない」と思えてきた(もちろん書いている内容は違うのだが・・・)] 。 ただ、この欄は、毎回消去される、という素晴らしい!特性を持つ。 |
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