2000年2月にホームページを開き、このコラム、「季節と音楽と健康」
最初に紹介したのは、数年前、ある保険会社の月刊機関誌に1年間連載され好評だったもの、
全体に、一般的季節感の中で感じたものを綴ったものでしたが、
読んでくださった方々からメールをいただいたりし、こちらも力づけられました。
2001年2月からは、このホームページのためだけの新しいコラム、
個人的色合いが強まったのですが、基本的に同じテーマ、同じ考え方で続けています。
ご感想ご意見等、お気軽にお寄せください。
(御参考)
2000年
2月:体を温かくする法 3月:さくらと日本
5月:音楽と健康(ラテン) 6月:JUNE・6月の感じ方
7月:イメージ避暑法のススメ 8月:イメージ避暑法/ジャズ
9月:Thanksgiving time 感謝の季節(とき) 10月:音楽と新陳代謝
11月:シャンソンで粋、生き 12月:年の瀬・としの勢
2001年
1月:音楽年始め 2月:新しい出会い
3月:梅、桜、鳥、人 5月:子供の日、母の日
6月:新緑の意味 7月:人間と音楽
9月:うみ・海・SEA 10月:旅愁、故郷の意味
11月:“アメージング!”…巡る季節の中で 12月:クリスマスのうた
2002年
1月:節 2月:新しい季節、時代
3月:生涯音楽活動 4月:人と社会と音楽と 5月:ゴールデンウィーク
6月:がんばれアジア 7月:ィヤンモゥコッパィヤンモゥィヤン 8月:夏、音、浴衣
9月:音、音楽の原点 10月:子供・大人、夢・前進 11月:枯葉、若く美しいもの
12月:行く音、来る音
2003年
1月:迎える時の中で 2月:自然
3月:人の生 4月:自然の生 5月:生への感謝の形
6月:自然と音 7月:夏の歌声、涼しい音 8月:昨日、今日、明日
9月:うたのふ、し、ぎ 10月:おと、おどり、まつり 11月:山に祈る
12月:ある会、ある曲
2004年
1月:I.A.C…? 2月:Perspiration…?
3月:Merci! 4月:enfant、children、子ども 5月:mere、mama、母
6月:雨、子、母 7月:弦紡ぎ・人紡ぎ 8月:水の流、風の流
9月:時の流、人の流 10月:音の流、気の流 11月:小さい秋、大きい秋
12月:Whispering
Hope
2005年
1月:自然刻々 2月:温故知今 3月:古来脈々 4月:花来新生
5月:時空仲間 6月:旧根新芽 7月:天地生人 8月:地活幸在
9月:祈空希地 10月:踊浜歌山 11月:祈祭希水 12月:祈健希康
2006年
1月:良縁貴縁 2月:唱門福来 3月:花恩樹愛 4月:民話民唄
6月:諸行有情 7月:唱歌唄詩 8月:新生復活
9月:来道行道 10月:意有道有 11月:秋会愛味 12月:人来唱愛
2007年
1月:24の声 48の瞳 2月:3つの声 いろいろな音 3月:早春の唱
愉しいお話
4月:新しい旅立ち 旧い時の紐解き 5月:金の週間
風薫る空間 6月:北の大地 羽ばたき歩み
7月:出会いと学び 継続と力 8月:想いのかたち 思いと実践 9月:千年の恋 千五百年の想い
10月:恒例の意味 高齢の微笑み 11月:高原のそよ風
西国のうた声 12月:有難さの自覚 前進力への感謝
2008年
1月:有難う 2月:Thank You 3月:Renew 4月:Spring
5月:Sing Swing Spring 6月:Never Knew Life Could Be Like … 7月:Life becomes like…
8月:Do is becoming Become 9月: Become 楽しき農夫 10月: Do 優しさと強い意志
11月: True Eye 心の瞳 12月:Miler in Air 夕月
2009年
1月:太陽と富士山 2月:元日に陽は昇り? 3月:椿随想
年輪と文化 4月:詩人とうた
5月:うたと息 6月:息 生き
空気 7月:土 詩 うた 8月:土 ふし 節
9月:土
植物 心 10月:和洋 音心 11月:純心 音流 12月:竹節自省 木心共生
2010年
1月:人の命 楽器の命 2月:人の命
楽器の命 /その2 3月:スポーツと音楽 4月:小学校と登校
5月:カチ時間? 6月:緑に
雨に感謝 7月:人に 人々に感謝 8月:夏共感… ありがとう
9月:地球 人に ありがとう 10月:感謝 感謝の形 11月:小学校 本当にありがとう 12月:ありがとう
2011年
1月:ハングリー心・愛 新しい10年へ 2月:やはり心・愛か… 3月:節・再生…
4月:負の共感 そこから… 5月:負
それはプラスの入り口 6月:プラスへの長い道 皆で
7月:小さなプラス 多くの心 8月:小さな歌声 大きなプラスへ 9月:小さな前進 “有難い”の自覚
10月:日本の秋 新生は良い縁重ね 11月:縁から絆へ 里の秋 12月:縁から絆へ 街の暮
2012年
1月:新しい確かなもの まずは想い 2月:ゆったり旧交 絆/幸せ実感 3月:今、音の絆、心の絆
4月:新しい前進へ、確かな絆… 5月:自然との共生、社会人生バランス
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★ ★ ほ し の 贈 り 物 ★ ★ ★ |
「皆で楽しく前進しましょ!いいめーる」のページ
随時、日々の活動等を通じた、本質元気の出る状況等を紹介させていただこう。
どうぞお立ち寄りいただき、ちょっと休憩されてみてくださいませ。
2012
May
芽慰
自然との共生、社会人生バランス
風薫る5月は若葉の季節、芽生えた命が、バランスの取れた自然の中でどんどん育つ。
GWの有難い恵み、今年も宗泉寺様から頂戴したとれたてタケノコの美味しさは最高!
周囲では造成等で激減している竹薮を、しっかり保持していて下さるからに他ならない。
佐渡では日本人が長く待ち焦がれたトキが自然誕生、幼鳥はすくすく育っている様子、
当たり前のことだが、島民がみんなで、自然と人間の本来の共生に立ち返ったからだ。
そんな一方、自然を減らした報いか、局地的自然猛威に、平穏日常がガタガタに壊される。
まだ春と思っていたら、ゲリラ夏豪雨の類の最大級大竜巻、大突風、そして雹の大災害、
昨日の横浜、我家にも降り注いだ硬貨大の雹にはまったく肝をつぶし、被害も実際出たが、
むろん大竜巻の比ではなく、つくばの方々に早い仮設住宅等の供給があることを切に祈る。
つくばが大竜巻の頃、恩師中島隆久先生7回忌命日、世田谷の円光寺で手を合わせていた。
恩師先輩達、友人父母兄弟他皆様のお陰、社会で生かされている有難さをいつも感じる。
GWでの長距離バスの過酷な人災も衝撃、しかるべく、ある部分の罪と罰が導かれようが
人の、自分利権、目前利益、その結果、ある部分で起こる最悪の究極現象とも言えまいか。
社会の自然な目、必要なお世話、そのような、現代に生きる人のバランス感覚が大切で、
人間自身が自然の一部としての自然との共生を 各自レベルで考えて生きる必要があろう。
一昨日は5月の復興祈念音楽会、フルートとピアノDuoは “風の流れに身をまかせ”、
一世風靡の歌謡曲で有名になった、時の流れに身をまかせ、からのインスピレーションだが、
竹薮や枯れ葦を渡る風が教えたフルート類は無論、長短絃が組み合わされ生れたピアノも、
元を辿れば、全くの自然の中で偶然発生、全ての楽器が自然からの恵みに他ならない。
後者はギターハープの類を横にし、ハンマーで叩いたツィンバロン、サントゥール、楊琴、
それを、多くのアクションを使い、指から伝えてハンマーを叩くようにしたものなのだ。
ジャンルを超えて自然の様に音楽が出来たら、という筆者の想いを具現できる奏者は少なく、
身近に、4年ほど前の阿蘇生涯音楽活動の集いに参加くださった、専門家がいたのは幸運、
生憎の最悪天候予報の中の、望月あかね女史との一昨日音楽会は、本当に愉しい充実だった。
最初は名曲クープランの「恋のうぐいす」、この曲のみ急遽木製ピッコロで演奏、更に自然!
フルートは、息と同じで音が柔らかく、金属性でも木管楽器扱い、という点も風を意識する。
無料音楽会だからこそリサイタルの曲を、で選んだ有名シチリアーノのバッハ、ソナタ2番、
近年贋作説が有力だが、今生れた如く横浜イギリス館に響き、笑顔のバッハも居た様だった。
続く圧巻情緒のドップラー「ハンガリー田園幻想」同様、新鮮演奏でいい曲はいい曲に鳴る。
後半のポピュラーは女史の実力があればこそ、愉しかったし意義あるステージだった。
新しくいい曲を知り、若いプレーヤーに着いて行くことで、結果的にとても勉強になる。
“Ashokan Farewell”も“Raise Me Up”も、ケルトの音楽会で聴いていたものだったし、
“ポル.ウナ.カヴェーサ”もガルデル集他で聞いていた筈だが、女史のサジェストで選ばれた。
フィギアスケート大会などで何度か聞いていても、実際演奏し皆様に聴いて頂くのがいい。
今回、何度かの準備の中で、30年も前の自作のみのPopアルバムを聴いて貰ったのだが、
そのうち3曲の演奏となり、アドリブプレイも素晴らしい女史のお陰があり、好評だった。
少女/Mädchen、Satisfaction、時は流れる/Time Passes and Love Passes、
ここ十数年、演奏の記憶がまったく無く、実に新鮮な気分になり、女史に感謝である。
アルバム“IMAGES”は自作の詩付き、「時は流れる」の歌詞を掲載させていただく。
“夜のとばりおりて 星降る頃には 花の香り満ちて 今 時は流れる 時が流れ過ぎ行くとき 愛も流れて行く
人は踊りつかれ つばさを休める 人は歌いつかれ 目を閉じ夢追い求める
灯燃え尽きて 星も眠る頃 花の香り薄れ 今 時は流れる 時が流れ過ぎ行くとき 愛も流れて行く
愛をさがし続け 人みな傷つく 雲間に陽は昇り 新しい時が生れる”
東日本大震災という未曾有の災害を被った私達には、注意すべき言葉“…流れる”だが、
傷は簡単には癒えないにしても、1年が過ぎ、新しい時の中、人は前に進まねばならず、
“風の流れに身をまかせ”今回、この曲を演奏できたのは、特別何か意義ある気がする。
今回も応援下さった星の子弦楽団のO女史が夜の部で、この曲に大感動があったらしい。
多分、音楽を超えた自然や人間の一生のようなものを、音を通し感じたのではないか。
最後の恒例“皆で唄おう”はインスピレーション、みかんの花咲く丘、港が見える丘、
午後の部賑わいに比べ、夜は10名ほどと少し寂しい中、唄は別、温かく盛り上がった。
普通のピアノ伴奏では息はあまり感じないが、要するに“息が合った”わけだろう。
風の流れに身をまかせてくれ、宮城故郷被災地応援下さった方々に心から感謝する。
毎月の音楽会に、何度もお出でくださる方々には、本当に感謝申し上げたい。
風や息、土や生き、音やうた、自然との共生、人間社会と人生バランスをいつも思い、
今後も、音の流れに身をまかせてくださる方々のお役に立てるよう心がけ、同時に、
皆様の復興祈念が、まだまだ大変な被災地や人々に、自然に届くよう生きて行きたい。
6月予定の青梅での会はその後大きく動き、宮城県全体の震災孤児義援邦楽会に発展、
大変素晴らしいこと、筝曲山川園松先生、尺八の山川響山師匠と社中皆様に衷心深謝。
星の子弦楽団や小職関係縁の宮城県七ヶ浜町を中心とする復興祈念会もむろん継続、
11日は専門家伴奏の会ではない、音楽好き聴衆が誰でも小職伴奏で“音を楽しむ会”、
童謡唱歌ポップス歌謡曲など、港の見える丘公園の旧英国領事公邸で楽しみましょう!
時には人間カラオケはいかが? 本当はそれが自然だったはずなのだから…。
2012.5.11 星 重昭
April
榮風里流
新しい前進へ、確かな絆
大震災復興祈念音楽会が毎月実施され、一周年の特別音楽会を無事終えたのを機に、
宮城県七ヶ浜町を訪ね、町長にお会いし、プログラムメッセージのお礼と報告ができた。
4月6日、久々の被災故郷訪問は、翌日が大学の出身学部学科同窓会で幸運実現だったが、
後述ボランティアにも関わらせていただいたことで、6日後、すぐまたの訪問となった。
半年が空いたことで、目に見えることや心に感じることも多々あったわけだが、
半壊家屋撤去や破壊流出物処理など、次のステップへの土台作りは大いに前進したようだ。
無論、余裕というものはなく、まだまだそれどころではない、も依然強く感じたのである。
そんな現実の中、必用なことは確かにあるわけで、後半の訪問はその類だっただろう。
ベルギーのすずらんコーラスメンバー、ベルスマ敦子女史家族との仮設集会所の訪問だ。
2週前に2回目訪問となった、コーラス団長鈴木啓子女史のアイディアも取り入れ、
今回は、定番の、ワッフルとチョコレートとともに美味しいコーヒーを!に加え、
敦子女史の特技、草月流生け花眼前制作に、同じ和文化、小職の尺八の生演奏のかぶせ、
さらに、ご主人の祖先と日本の深い関係が綴られたDVDの上映も加わったものだった。
「日本へ旅した最初に西洋夫人“愛しのテツィア”」についてはいつか触れるとしよう。
心のケアの類の、有意義な被災地訪問になったようで、本当に良かったと思っている。
この催しを共感された地元の「かいもん」花屋さんから、この日の生花が無料提供された。
被災地でご厄介をおかけするのは避けたかったが、今回“絆”を感じ、深謝し拝受した。
生け花デモンストレーションに沿う尺八の初演奏、新鮮な山川園松「野の朝」になった。
DVD鑑賞も、国際社会の日本人、世界に慎ましく開かれてきた七ヶ浜、を考えさせられ、
世界が祈る日本の大震災からの復興への希望も沸き、意義が大いにあったように思えた。
七ヶ浜中学校庭の105世帯仮設住宅の皆様方、一週後の桜開花が待ち遠しそうだった。
近くの君が岡公園は、大正天皇の皇太子ご成婚同時公式祝典が行われた桜の名所である。
今年の首都圏桜開花が例年より一週以上も遅い3月末日、夜半に尺八の小品が誕生、
4月1日、星の子弦楽四重奏が練馬区の寿福寺の式典に招待頂き、演奏させて頂いた。
冒頭でその新曲「春の寺」を披露、20年来のご縁、数回の演奏の中で初の尺八、
お寺さんには、元々が法器尺八は合うわけだが、この日は第一ヴァイオリンでの訪問、
檀家皆さんの元気な歌声と一緒の演奏は愉しく、先代ご住職夫妻も喜ばれたなら幸い、
高山久照ご住職の包容力溢れる笑顔と、友人奉仕の久保美知子女史お世話に感謝合掌、
次は時機を見て、寿福寺第一第二幼稚園でのお礼演奏を、と一同夢見ている。
さて二日後、列島大暴風の日、予定通り、栃木県足利市の大祥山長林寺を訪ねる。
半月後18日の14回復興祈念音楽会開催を快諾下さったことのお礼とご挨拶である。
相方ギター永倉功氏とのリハも軽く済ませての帰路、予告報道通りの交通混乱や不通、
予定の3時間以上遅延帰宅も苦でなかったのは、大震災後も元気に生きる幸せの実感、
そして、実はにわか仕込み初演「春の寺」が、のんびり道中にしっかり完成したのだ。
天候に恵まれての一昨日がその演奏会、550年以上の伝統の、山裾西宮町の寺院、
会場の本堂は重厚な石床に建ち、仏教出生のインドや中国を思わせ、凛と穏の空気、
そして、約30人のお客様の温か雰囲気で絶妙ハーモニー、最高の演奏空間だった。
この寺院に伺ったことで完成の“春の寺”の改訂初演、本当に有難い音が響いた。
内容凡そは、1月横浜の陽林寺での回と同様乍、最後の恒例“皆で唄おう”の前に、
会開催をお世話下さった川村尚子女史に、演奏に合わせ2曲歌っていただいた。
“気軽喜楽音楽世界一周”は、“ムーンリバー”NYから小生の“花屋の爺さん”で帰国、
東日本の代表曲“荒城の月”の後、急遽“北国の春”を皆さんに歌っていただいたが、
被災地にも力強い歌声が届き、そして昨日、お寄せ頂いた温か義捐金も届いたはず、
首都圏を離れて不安だったが、復興祈念音楽会2年目は素晴らしい船出になった。
今回、特別に会場ご提供の上、大金ご義援の白金昭文ご住職に、被災地人々共々深謝、
会場設営受付他献身お世話の、奥様、若住職、ご令嬢にも、心から感謝申し上げたい。
会食させていただいた折お聞きしたが、90年代は、本堂で何度も本格演奏会をされ、
それぞれが歌、クラリネット、お琴で、多くのプロの方々と演奏されて来られた方々、
恐れ入ったのだが、次の会を許していただけたら、是非共演をさせて頂きたく、
永倉、川村両氏縁で出来た絆だが、更に良く続いていくことを祈念している次第。
今月は尺八の月なのか、15日は日比谷公会堂で都山流関東支部の80回記念演奏会、
四部240人の尺八大合奏から、日本の絃方大御所との「六段の調」大共演まで堪能、
月末は、同様に伝統と実績の目黒区三曲協会定演での演奏も控え、息長い継続が感慨。
2年目の五月は横浜イギリス館に戻り、西洋の息の楽器、フルートとのピアノ共演、
4年前の阿蘇生涯音楽活動の集いに参加、望月あかね女史も星の子弦楽団応援プロだ。
2012.4.20 星 重昭
March
磨亜智
今、音の絆、心の絆
東日本大震災一周年の3月11日、横浜市イギリス館でチェロ3重奏会があった。
特別の日、特別の時間ということで、観光の方も含め数十人お出でいただけた。
大震災一ヶ月の日のチェロ独奏会に始まり、続いてきた復興祈念音楽会の第12回、
あの列島全部がゆれた時間には、鎮魂歌、ポッパー作曲の「レクィエム」の演奏、
多くの犠牲者の御霊に想いを寄せ、冥福を祈り、復興を見守って下さるよう祈った。
“今、温もりある音を求めて”と題したプログラムだったこの会のこの中心曲、
弟子2人に加え、駆けつけてくれた19年ぶり共演の旧友ピアニストとで紡いだ。
小さくも、この音楽会が毎月11日を基に実践でき、被災地義援が出来てきたのは、
快く出演共演下さるプロアマ音楽人皆様のお陰、聴いて義捐下さる多くの方のお陰、
そして、会場や練習場の提供や、助言や精神的応援を下さる法人があってのお陰だ。
その一週後、港北公会堂で開かれた第13回はガラコンサート、一周年特別祈念会、
時間的に許す中で、1年間の出演者の主な何人かに、相応しい曲を演奏いただいた。
筆者の最大骨子は「絆と前進」、真の絆を感じ合い、新しい前進を確かめ合うこと、
それが出演者は勿論、支える肩書きの無い実行委員、会場スタッフの方まであり、
雨の日曜夕方というハンディの中、100人程の来場聴衆は感慨深かったようだ。
オーボエの増澤正晃氏、ある演歌CDの別曲でお互い客演しての、大変か細い縁、
それが、やがて星の子弦楽団への快い客演、その優しさ謙虚さ、何より音楽が最高。
氏の名演奏が、大スクリーンに映る、楽団縁が生れた筆者故郷宮城県七ヶ浜町の、
震災前から復興へ歩む「美しい町ふたたび」の多くのシーンの最高演出となった。
バッハの2つのカンタータからの序曲、単なる演奏と違う、大きな意味が生れた。
兄上が小職甥と同じ職場の縁、職と音楽環境を求め石巻から再上京元木菜津子氏、
その級友で東京活動の富山出身富川詩子氏、母君は40年程前の音楽院教え子縁、
古今学習者の必須ビバルディVn名曲の2台版協奏曲初演は、典雅爽やかブラヴィ!
星の子弦楽団の全曲でも応援演奏は、昨秋の宮城訪問演奏以来の有難く嬉しい絆。
一昨年8月米国、1年後第5回復興祈念音楽会に続く共演となった筝の長岡歌穂師、
ご主人は山形出身、人事ではない宮城の想い、「荒城の月」は有難く意味深かった。
荒城に土井晩翠が佇んだ折と同様か、皆様、邦楽器の音に大いに琴線触だったそう。
そんな具現化がアランフェス2楽章、亜蘭笛洲の名にしたのは作編曲の特別意図、
日本と欧州が尺八介在で一つになる”意だが、4年ぶりの尺八定演からの再演、
奏法や和洋楽器の垣根を飛び越え、今回はオーボエ、尺八、弦楽団絆メッセージ、
増澤氏友情出演で実現、真に平和メッセージまで昇華したようで、感慨深い。
小職が所属する尺八都山流神奈川県支部先輩諸師は、第3、7回の2度協演共演、
今回は、阿部晃山 駒井光山 小柳寒山 新海游山 野口継山 宮崎津山の6師、
星の子弦楽団斉奏「朝の海」合奏再演に、大変感動したとの来場者声も多かった。
七ヶ浜国際村バックステージが上がり、太平洋水面きらめきが浮かぶ気分だった。
初段の凛とした大きな優しさ、会場の手拍子が入ってきた2段の活気生気前進力!
いい曲を、多くの人に、何度も聴いてもらいたい、洋楽邦楽等に壁など全く無い。
続く恒例”皆で唄おう“だが、広い会場ながら素晴らしいものになったのは当然、
1年前を思う「雪の降る街を」、全員伴奏「故郷」、手拍子入り「手のひらを太陽に」、
聴衆皆様は温かで優しい強い声で、演奏者達の音と一緒に、揺るぎない絆を作り、
復興の地へ貴重な響きを届けようとし、それは間違いなく絆というものだったろう。
しっかり届けますよ!と七ヶ浜町と多賀城市から駆けつけて下さったのが民謡プロ、
最後のステージは特別出演日本一小林宗三名人、社中リーダー三味線の相沢幸喜氏、
それに急遽鳴物の伊豫田静子氏も加わって下さる大盛り上がり、夢会場となった。
石巻みなと節に続いては、小生尺八も加えていただいたザ元気曲「大漁唄いこみ」、
場内が完全に一つになり、全ての人の中に大きな力が沸き、真の絆が生れた。
名人たち、本当にありがとう!皆さん、関係者、どうもありがとう!
小林氏談、自分は軽い方、震災は多賀城市の自宅で床上160cm半壊、怖かった、
片付け、大改修をし、再び住んだのは7ヵ月後、海に近い所の復興は全くまだまだ、
首都圏の人々が、音楽会を通し被災地を応援下さるのは大変有難い、と三人は仰る。
この日、多くの義捐金が寄せられ、いつもの、被災地側の有難い気持にして下さる。
会の途中で紹介させていただいたが、実は開演前、特別の義捐金が届けられていた。
昨年6月と今年1月の2回、祈念音楽会を開かせていただいた港北区の陽林寺様、
彼岸に入った中、急に組まれたお通夜の直前、東弘元住職がお訪ね下さったのだ。
手渡された5リットル透明ボトルは硬貨とお札でいっぱい、後の計量は7キロ、
重さは責任の重さに正比例、有難く預かり、会の来場者分と一緒にお届けしたい。
間もなく複数の応援者に立ち会い頂き、お手伝い頂き、集計させていただく予定。
綱島の水月山陽林寺、昨日は春分の日お彼岸、やっと時間がとれ午後のお墓参り、
故郷の墓参はなかなか難しくなり、注魂儀式を頂いた、誰も入っていない墓から、
折に触れ、他の地の他の故人にも、手を合わせることが出来るようになりありがたい。
上記復興祈念音楽会を機に、檀家諸先輩ともさらにお話しできるようになり、
老若男女皆様からの、かけがいのない貴重な多くの募金は、和尚さんのご指導もあり、
迷い無く、檀家小職被災地に、届けようとのこと、本当に身の引き締まることだ。
口先の絆ではなく、実のある絆は真の気綱、それを持つ双方に喜びが生れる筈のもの、
音楽関係者皆さんと同じく、檀家皆さんの七ヶ浜訪問が今後叶うなら素晴らしい。
今日もある局で、大震災が基の報道があり、七ヶ浜関連で町長も、子供たちも映った。
一周年ということで、大震災やその派生によるものでTV他、賑わったマスメディア、
それが、2、3日過ぎると、また、殆どなくなってしまった感じではないか、心配だ。
多くの被災地では、復興はやっと始まったばかり、まだまだ、まだまだの認識が必要だ。
これから復興祈念音楽会は2年目、無論、お役に立てる限り、続けさせて頂く。
4月は有難い不思議なご縁、ギターの永倉功氏の故郷、栃木県足利市で持たせて頂く。
主催者も今後、大震災故郷復興を願う音楽会実行委員会とし、拠り所“故郷”を入れる。
長林寺様は開山550年、全く特別のお計らいだが、早、心の故郷感を感じてしまった。
絆、となるかどうか、折角の機会、嬉しい努力もさせて頂きたい。
2012.3.21 星 重昭
February
笛吹等里
ゆったり旧交 絆/幸せ実感
今週、久しぶりゆったり昼食、大崎のフランス料理、リヴァージュメニューの紹介、
ポテトクリームスープ、ノルウェーサーモンソテーケッパーバターソース(別メニュー/
牛ほほ肉のビール煮)マンゴー入りクレープ、それに香ばしいエスプレッソ風コーヒー。
音楽仲間が集まるときはよくお世話になり、異口同音皆大満足、幸せ気分大満喫だが、
事情があり、2年ほど前から夜は休まざるをえなくなり、現在は昼のみの営業、
それに伴い、足掛け10年、月1回させていただいていたピアノ演奏を中断中の中、
懐かしい温かさ、そして、時間的かつ精神的余裕もいただいて、磯田シェフに感謝。
さて先日PCシステムのトラブル発生、林正佳師匠に久しぶりで大世話になった。
安全意図のHPの専用住家外付け別HDDだったのだが、どうやら寿命だった模様。
HPは満11歳、長い間多くの方々と関われる大きなきっかけとなってきて有難い。
お世話下さる方々への感謝の歴史、PCに疎い小職、今月コラムはのんびり更新だ。
先月触れたが、震災一ヵ月後に始まった、音で小貢献したいという復興祈念音楽会、
まもなく大震災から1年になるわけだが、一周年の来月3月、2つの会が持たれる。
「レクィエム」を含む小規模第12回が11日、毎月の総集的一周年特別会が18日、
特に後者は宮城被災地から大音楽家がお出でに?!で、多くの方々に参加頂きたい。
その前に先ごろ今月11日、復興祈念音楽会が、趣向を変え内輪の会として持たれた。
協力下さる弟子の方々や、音楽愛好旧友への感謝もしたい“小職に伴奏させる会”は、
何より、この祈念音楽会の趣旨が更なる関係者や友人にも波及、出演は20数人に及び、
弦楽器、その合奏、和洋管楽器や歌など、素晴らしい内容になり、新しい絆が生れた。
チェロやヴァイオリンを、ソロで少し聴かせられる生徒が、何人か育ってきたか・・・、
その旧友級友通しが時々集まって努力のアンサンブルは、なんとか聴ける段になったか、
初めての人前デビュー者によくある、プロ的情緒表出挑戦、気を取り直す一生懸命演奏、
専門家ながらも、音楽でのより広い普及交流を求めての、アマチュア的真摯初トライ、
多々“伴奏をさせられた会”だったが、各々十分愉しみつつ、確かめさせて頂いた。
なにより、皆が皆、大変楽しい本当に良い会、と大喜びだったのは意義深いだろう。
ゴルターマン・2つのサロン小品でこの日正式誕生?デビューチェロアンサンブルや、
都山流尺八神奈川県支部野口氏や山ア氏のピアノ伴奏デビュー等も、意味深いだろう。
一昨年まで10年続いた阿蘇生涯音楽の集いお世話の、急遽トリ、熊本の小山哲夫氏、
The End Of The
World 世界の果てまで、TP吹き唄いだったが、何とハプニング、
滋賀の幼稚園からの同級プロジャズメン、横浜ジャム音楽院の宮澤隆氏がこの日ご来聴、
伴奏ばかりだった小職のリクウェストに快く答えられ、尺八に共演下さったのだが、
My One And Love マイ.ワン.アンド.オンリー.ラブ、自然な感動音世界が誕生した。
川村尚子氏いとこ初出演のアマチュアSax奏者西田勝彦氏、実は宮澤氏生徒に驚愕、
師弟か子弟か、級友か旧友か、親友か新友、この会で音交流される方々の、何かの縁、
震災で最も重要とされた「絆」、それを、この会では大変強く感じさせられた。
小山氏通じの親友、当初から義援下さる元同志社大教授の山下氏夫妻も熊本から参加、
旧い生徒達来場に、泣きもせず聴いていた少し大きくなった2世面会等も嬉しかった。
会費頂戴の通常発表会では得られない、「絆・幸せ実感」を皆からいっぱい頂く一方、
多くの有難い義捐金をお預かりし、今回も全額宮城の被災地七ヶ浜町へ送らせて頂いた。
4月以降の新しい復興祈念音楽会継続へ、とても勇気付けられ、本当に嬉しかった。
何時、何処で起こるかわからない地震、火山、台風、異常気象等の大災害、
今後も、万人の心の中の「絆・幸せ実感」へ、絆音と共に少しでも役立てればと思う。
2012.2.25 星 重昭
January
社新卯有
新しい確かなもの まずは想い
寒い師走で心配したが、まずは穏やかな新しい年が明け、ほっとする気分、
小林一茶の“めでたさも 中ぐらいなり おらが春”は自分の最も好きな年頭気分だが、
今年はなかなか目出度いという気分にはならず、“愛でたい”気分なのである。
いただいた年賀状の多くに、例年とは違うそんな気分が滲んだようで、「絆」も感じた。
愛でる対象は、勿論大震災の被災者や原発事故の被害者みなさん、そして多くの方々、
訪問慰問のはずが、逆に何倍もの力を貰い、正に“有難う、嬉しい”の気分であり、
多くの方々のお陰で生き、生かされている本当の実感が持てるのがそんな時だろう。
大震災の大きな犠牲の上で、自分の中のものの見方や価値観が大きく変わった気分だ。
大局見過ぎるか…、経済的に歴史的に、首都圏の人々は東北や地方の人々のお陰で、
中ぐらいかそれ以上の恵まれた生活を送れて来た、といっても過言ではないだろう。
今「絆」と、字に言葉にするのは簡単だが、それを何か形にすべきではなかろうか。
大震災からの続きに必要で、出来るのは何か、新年の今、考えてみるのも良さそうだ。
先ごろ師走の夜、見城美恵子さん他のNHKの英語番組を何気なく見たのだが、
その日の男性ゲストが言った(引用した?)のがPassion Mission Action
夢情熱、目的目標、実践行動、3つが続くなら物事は前進するというわけである。
“復興支援音楽実践をしよう!”とチェロを手に立ち上がったのが震災一ヵ月後、
それから、関係者理解協力も出来、毎月11日辺りの復興祈念音楽会の実践が出来
駆けつけ聴いて下さる方々も出来、被災地へ募金全額の速やか届けが続けられてきた。
これなどもしや、上記の一つの典型的な“3つのション”と言えるのかもしれない。
過酷甚大な災害復興は長い道のり、特に3つ目アクションは大切、しっかり続けたい。
何度か触れたが、義援させていただく自治体は、小職の出身地の宮城県七ヶ浜町、
実行委員母体である星の子弦楽団も、一昨年秋より定期訪問が検討企画されてきて、
町や有名音楽ホール国際村など、関連音楽家愛好者さえ、夢を持ち始めての大震災、
結果的には違う状況下での訪問になったが、町民の皆さんと温かい音楽交流が出来た。
第8回11月の弦楽3重奏会の、元木菜津子女史演奏での出身地石巻義援のように、
関連があれば、一部分だけでも、他の地の義援もさせていただくのは勿論である。
2ヵ月後は特別月、3月11日は前記会場で持たせていただくことになっている。
この第12回の会が再度、横浜イギリス館でのものとなるのは、正に有難いご縁、
会場の方も、東日本大震災の満1年に相応しい会を検討しておられたそうである。
チェロ重奏による鎮魂の名作、Popper作曲のレクィエムを中心に置きつつ、
春の到来のような、低音弦楽器の温もりあるハーモニーに癒される午後にしたい。
そして1週後、3月18日には、1年間協力演奏のプロアマの方々多くが会する。
被災地から何方かお出でいただける、というのはまだまだ難しいことだろうが、
いい音響の港北公会堂では、増澤正晃氏の優しく華麗なオーボエをはじめとして、
前記元木女史と学友だった富川詩子女史の、息ぴったり美しいヴァイオリンや、
都山流神奈川支部尺八合奏と星の子弦楽団との、4年ぶりの意味ある共演もあり、
恒例の“皆で歌いましょう”の、大きな会場充実感も含め、大満喫いただきたい。
多くの首都圏人々の想いを音に乗せ、東日本被災地人々に届けたい、と強く願う。
さて、年末の部屋片付け時に、ふと見つけた3年前の学士会報1月号にドキッ、
多摩美大長谷川祐子教授の“なぜ21世紀に美術館が必要か?”
紹介させて頂く、
・・・2001年国際アート展での提案は、“今世紀は3Mから3C…”、
Man, Money,
Materialism 個人主義、資本主義、物質主義、から
Consciousness, Collective
intelligence, Coexistence 意識、集合知、共生,
つまり、男性中心的20世紀的考え方からシフトすべき、が今世紀の考え・・・
それは、小職が暫く前から感じて来て、昨年1年で完全に実感したことだった。
上述“3つのション”も同じだろうが、今求められる“新しい確かな前進”とは、
“皆で、夢や幸を意識し、知恵と英知を出し行く先を見つけ、助け合い歩んで行く”
という、農業のような、手間隙かけ生き方に他ならないのではないかと思われる。
真にあるべきもの、やるべきことの見極め、協力実践ではないかと思われる。
元星の子弦楽団在籍、物理学博士からの賀状の手書き短文を紹介させて頂こう。
“科学、技術、芸術、文学などが、人間社会に何が出来るかが重要”全く同感だ。
まずは想いを持つこと!…持てば海路の日よりあり、ということだろうか。
故郷友人賀状は言う、“被災地海は何事もなかったかの如く美しく静か、豊漁”
むろん、陸地の上は想いと手立てが大変必要、ずっとこれからも心したい。
2012.1.3 星 重昭
2011
でせむばぁ
出世夢場
縁から絆へ 街の暮
一昨日、12月度の復興祈念音楽会、星の子弦楽団クリスマスコンサート、
前回ほどではないものの寒雨洗礼で心配されたが、雨もやみ、大変温かい会になった。
少し触れるが、前回第8回は11月11日横浜市イギリス館での弦楽3重奏の夕べ、
旧イギリス総領事公邸に相応しい、ヨーロッパ音楽史初期の巨匠達の音楽のご披露、
先月コラムに紹介したが、震災が巡り合わせた全くの偶然か、いや必然だろうか…、
ヴァイオリン専門2人とチェロの珍しい編成での、音楽的ないい演奏会が実現、
石巻の元木菜津子嬢ご両親、富山の富川詩子嬢お母様ほか、関係者も上京くださり、
大変な天候の中お出での横浜の熱心な皆様ともども、大きな拍手を下さった。
出会いと言い、演奏会の実現と言い、皆様の応援と言い、この上ない有り難さだ。
サロン風音楽会に最上会場、来年の3月11日の第12回音楽会も予定されていて、
チェロ3重奏、追善曲として名曲「レクィエム」他が演奏されることになっている。
この音楽会では、来春からの2年目新祈念音楽会の可能性へ、重要な出会いもあり、
2人の新才能の大きな開花以外に、後のいろいろな発展要素もはっきり見えてきて、
ご来聴や義捐金のお寄せと同様、出会いの有り難さを思わされ、心底意欲が沸く。
さて大田区だが、楽団縁があり、星の子楽団名で8年前デビューさせていただいた地、
そして今日の活動へ繋がるよう初期の楽団を大いに育ててくれたところ、嬉しい絆、
時も師走休日の夜に関わらず、何人もの関係皆様が駆けつけて下さり本当に有難かった。
大田区の授産施設、福祉作業所の秋祭での音楽コーナーにお招きいただいたのが縁、
小さな弦楽合奏が初めて人々に聴いていただけ、少しお役に立てたのか…の貴重実感は、
確かな楽団基盤になり数度訪問、その後熊本他、縁のある国内外の幾つかの地に発展、
学校等の公共的施設で、幼児、小学生、中学生、…成人、高齢者との音楽交流会が実現、
いつか大田区への恩返しをしたいと思い続けていての会、実現のきっかけは大震災だ。
年の瀬、冬の始まりの師走はクリスマス期、人の心を特別なものにするのだろうか、
近年内輪でこじんまり済ませていた楽団演奏納会を、音での大田区への小さな恩返し、
それが、月例の大震災被災地復興祈念音楽会と重ね合わさる企画で実現した。
モーツアルトのアイネクライネ…やコレルリの名曲クリスマス協奏曲の全楽章のほか、
6週前宮城訪問で賛助演奏、前回祈念会で共演の前述富川詩子さんの曰く、
プロも注目すべき素晴らしい表現力だったという、アメージンググレースなど、
助っ人なしの大アマチュア星の子弦楽団で聴いていただけるようになれたのは縁と絆、
大田区に始まり、各地で力を下さった多くの方々のお陰、ただ感謝あるのみである。
バッハ「主よ人の望みの喜びを」やパッヘルベル「カノン」などと同様、癒し系らしい、
小職「サラバンド」も10年前、中島チェロアンサンブルが委嘱初演下さっての弦楽版、
この曲を演奏できるのは、仰げば尊しわが師の恩、いろいろな事を忘れてはならない。
休憩なしの音楽会最終章は恒例、”皆で歌おう季節の曲”で、今回は3曲、
「たきび」「雪の降る街を」「諸人来ぞりて」、地元や遠方来聴者の声が、温かく溶けた。
そして、福作(福祉作業所)の皆様や被災地の多くの友人達を思い選ばれたアンコール、
“皆、皆、生きているんだ友達なんだ”の温か想いが、多くの人々に届くことを確信した。
今後に更なる期待だそう、まだまだ精進せねばいけないことを、最も忘れてはならない。
4月11日から続く復興祈念音楽会での義捐金は、毎回直後に被災地に送られている。
星の子弦楽団の今年からの訪問音楽会が進められていた、宮城県七ヶ浜町義援である。
他にも、小職音楽関係者や団体の方々にも語られ、近未来の弦楽団帯同の合宿訪問等、
名ホール「七ヶ浜国際村」での音楽交流等、多くの方々の夢が膨らみつつあった地だ。
仙台に近い小さな半島町七ヶ浜、犠牲者以外に、特に住居や基幹産業の漁業被害は深刻、
人気の民宿は壊滅状態、辛うじて残った4つの旅館も復興作業者宿泊でなかなか困難、
10月下旬の同町老人福祉センターでの音楽会訪問時も小楽団は隣の多賀城市に宿泊、
歓迎してくれる町民や民宿の早い復興、他自治体復興への元気波及になることを願う。
さて今回、誕生間もない楽団の大田区演奏を強く応援下さった野田隆副区長がご来聴、
花束と身に余るはなむけと、被災地への温かい思いを授かり、大変有難いことだった。
人々を代表されて語られる一句一文に、逆立場七ヶ浜の渡辺町長時と同感慨が沸いた。
福作スタッフや関係者を含めた皆様やその他一人一人の温か想いを多くお聞きした。
沢山お預かりした義捐金は本日ご送金、思いも日々の中でしっかりお届けする。
家を流された同級生などが、東北の旬の美味しさを届けてくれる等の感慨は複雑至極、
仮設住宅は大変な不自由苦痛の冬、まず、多くの皆様の温か思いをお届け続ける。
祈念音楽会で出会う方々以外に全国に、被災者とは違ったPTSDに悩む方々は多い、
津波被災とは違う原発事故被害者や今後を思い、心を痛める人々は増えるであろう。
そんな多くの方々の、小さなお役にも立てたらと日々、そんな思いの中にもいる。
まずは今年を振り返り、元気に生かされていることに感謝し、大きな恩恵に感謝し、
感謝をいろいろな小さい形に出来ていること、それにも心から有り難く思い、
来たる年が、多くの人それぞれにとって、より良くなるよう願う、震災年師走だ。
2011.12.5 星 重昭
のべむばぁ
野遍葉嗚
縁から絆へ 里の秋
昨秋11月、故郷宮城の小学母校で、同級生も招かれた楽しい音楽交流があった。
小職やその楽団の翌年訪問が強く望まれ、とても嬉しく有難かった。
今年、その実現へ向け、関係者の意も新たに計画が進んで行こうかという矢先、
3学期の最重要時期のあの日、あの東日本大震災、故郷の町にも大悲劇が襲った。
呆然の毎日の中で、こちらは音楽しか出来ないむなしさ感の中で、悩み続け、
やがてそれでも、自分が音で出来るささやかなことを始めるようと、歩き出した。
毎月11日辺り、横浜辺りで、復興祈念義援音楽会をさせていただいていて、
このあたり、毎月のコラムで触れさせていただいているが、実に有難いことである。
先日10月23、24両日、小規模ながら、星の子楽団が宮城被災地を音楽交流訪問、
体育館や職員室改修が始まり学習発表会の直前、松ヶ浜小の今秋訪問は無理だったが、
七ヶ浜町は中央公民館の老人福祉センターにて、アクア夢クラブ主催の会が実現した。
パッヘルベルのカノンなどの癒し系曲、アイネクライネなどの楽しいクラシック曲、
季節曲でもある「祭」には、各地恒例通り、皆の手拍子を入れて貰い、寛いで貰い、
後述の子供の曲も交え、「里の秋」など季節曲等を皆で楽しく懐かしく唄って貰った。
気の遠くなるような、大きな、かけがいのない犠牲や損失の、苦しみの時間の中で
同級生や関係者、他町民皆さんが大変事情の中来られ、懐かしい再会も実現した。
大変有難いことに、この会には、ご多忙の中で渡辺善雄町長が駆けつけて下さり、
各地の仲間や、復興祈念音楽会の義援活動に、町民を代表され謝意を述べられた。
一人ひとりの手を熱く握って下さったのには、楽団メンバーも感激一入だった様子。
同級生たちに加え、民謡名人コンビもお出で下さっての、熱い懇親も嬉しかった。
家屋流失からやっと立ち直ったと話す阿部三男君も、毎度の大町睦夫君と町案内、
個人的には震災後4度目の訪問だったが、確かな復興への前進が感じられてきた。
“それどころではない…”状況から徐々に、“きいでみさいん、うだってみすぺ”
(方言で、聴いてみましょう、唄ってみようか)のように変わってきたのだろうか。
翌日は石巻、津波の被害は免れた、大谷地小学校で音楽会を持たせていただいた。
5月に特別授業をさせて貰ったが、体育館は今も閉鎖中、今回は低高学年2回の会、
松ヶ浜小から転任の杉山校長の縁で実現したのだが、大変なスケジュールの中、
ヴァイオリン専門、石巻出身の元木菜津子さんと同窓の富川詩子さんが演奏参加、
前日よりパワーアップした楽団の音が届けられ、子供達も大満足したようで、結果、
楽団や関係の大人たちの側も、大きな力を子供達から貰うことになったのだ。
実はもう一人、この日駆けつけの楽団員、送っていただいた4年生学級便りに見る。
星の子さんが来ました。うれしかったです。1曲目はカノンですごいと思いました。
給食の時立石恵理さんと食べました。昼休み、恵理さんのバイオリンをひきました。
「へんな音が出なくてうまいね!」と言われました。わたしのしょうらいのゆめは、
星の子のひとりになることです。わたしはバイオリンをやりたいです。山崎恵梨香
彼女はこの楽器を始めて1年半程で弦楽入団、以来地道な努力活動で10年足らず、
今は横浜市のアマチュアオーケストラのコンサートミストレスもするようになった。
あの日、えりかちゃんの目も、あの日のえりちゃんと同じに輝いていたのだろう。
その後、校長が、児童のお母様が作られたと言う、お野菜と新米を送って下さった。
しっかり味わったお野菜、皆美味しさは格別、今朝の赤大根を名残惜しく頂いた。
お米は楽団の皆が、子供達を思い浮かべ楽しく食べられるよう、画策されている。
七ヶ浜からは同級親友渡辺伝明くんのお土産、震災前の最後の貴重な日本一海苔、
何度も彼が言っていた“本当に最後の最後の…”を分けた団員や関係者に伝えた。
お握りか海苔巻き、七ヶ浜と石巻のコラボ味が一番ではなかろうか、楽しみだ。
“皆で唄おう”はどちらも、季節歌〜森の熊さんの後「手のひらを太陽に」で終えた。
生き物全部に命があり、小さな虫にも命の水が流れ、翳せば誰の手も熱い血潮、は、
老若男女の世代を超えて、復興前進のこんな時期にとても相応しいうただと思った。
3日ほど前に届いた音楽ボランティアグループのDVDの最後もこのうただった。
女性7人“オリジナルカラー”は同様先頃、岩手県大槌町の4保育園を音楽訪問、
滋賀県からの大旅行、現地のタクシー2台貸しきり行動、有難い!…戻ろう!
さて、アンコールはどちらも校歌、皆元気に歌われ、感慨深かったようで、
七ヶ浜では関係者の多かった松ヶ浜小校歌のみも、大変気持ちよく歌えたそう、
大谷地小校歌も、元気な低学年と美しい高学年、名校歌を再確認したようだ。
感動が、歌詞の世界に自分をおく礎に、後の同窓の絆になるわけで、意義深い。
縁がなかった首都圏からの楽団が、真に絆を感じ始めるのもこの部分だろう。
前述ヴァイオリン専門の2人と来週11日、イギリス館での弦楽3重奏会、
小学校音楽室の大作曲家写真のバッハ〜シューベルト、愉しめたらと思う。
第8回祈念音楽会は親関係者も来られて、“縁絆、深まり行くは秋の音か”、
今秋生れたVn2人との縁絆音、星の子弦楽団の初めての共催になる。
2011.11.3 星 重昭
おくとぉばぁ
奥透葉嗚
日本秋 新生は良い縁重ね
この毎月のコラム、どういうわけか小学校に関することが多い。
ここ10年、幸いなことに、全国の八つの小学校の子供たちと音楽交流をして来れたが、
最も感受性の強い世代に関われるのは、責任が大きい一方、とても大きな喜びである。
それに続く中学校、特に受験に縛られる3年はとも角、1、2年生達との縁を夢見ている。
少し違うが…さて、母校、塩釜高校の関東支部同窓の方々との縁もできそうだ。
これも、直接は東日本大震災の縁、仙台の隣の港町塩釜市も甚大な災害を被ったが、
故郷の被災地を目の当たりにした、首都圏の人達の文が集められ、残そうとされていて、
被害の大きかった七ヶ浜町出身の小職も、お声をかけていただいたというわけである。
この会で尽力されておられる木村謙氏、まだお会い出来ていないが、同じ横浜在住、
高校卒業後本格的に声楽を学ばれ、男声合唱を今もずっと続けておられるそうである。
大震災関わり、毎月11日辺り、復興祈念音楽会をさせていただく中、音を通し、
縁が深まったり、新しい縁が生まれたりするのは、本当に有難いことである。
とてつもない代償の上での巡る縁、大切にし、意味のあるものにしたいものである。
第7回の会は昨日、真の地元同町内、大変由緒ある宗泉寺さんで持たせていただいた。
10月の会が何処も会場縁がなく困っていたのに手を差し伸べて下さり、有難いことだ。
実は、Jazzギターを拙宅で学ばれる久保勝昭氏が、毎回駐車させていただくのも縁だ。
菩提寺ならずも、四半世紀前から居住我が家は隣、ずっと親切を頂いて来ていたのだ。
縁といえばこの会、我が尺八を指導下さる、山川響山師との恐れ多い二重奏会、
普通は実現が困難だが、大先生も趣旨に快く賛同下さっての、二本の尺八での音楽会、
駅から少々遠いにもかかわらず、檀家様方、町内皆様、うたごえ広場の方々、などなど、
秋竹林に囲まれ、竹二本の日本の音楽を皆喜んで下さったようで、本当に嬉しかった。
縁峰山宗泉寺での「峰の月」は相応しく、師匠独奏に皆大いに感動下さったようで、
「夕月、新生、合竹の賦、磯の松風」の二重奏も満足いただけたようで安堵した。
聴衆の皆さんに手拍子を入れていただいた「朝の海」も、6月同様、大好評だったし、
季節の「紅葉、浜辺の歌、小さい秋見つけた」も、唄と尺八が秋空間に美しく溶けた。
この会のこの最後部分に、都山流尺八神奈川支部の4人の実力先輩が、6月会同様に、
積極的に賛助出演下さったからで、更に愉しい会になり、本当に嬉しい会になった。
少々それるが、都山流尺八神奈川支部は3週前、鎌倉芸術館で44回定演を終えた。
その会も最後は“皆で邦楽器と一緒に唄おう”で、曲は「赤い靴」と「赤とんぼ」、
尺八琴六部編曲を25人楽団で演奏、会場の唄と会い、美しい日本の音世界になった。
来年も同じ大きな会場、沢山の方々が来て下さるよう良い縁を多く重ねたいものだ。
戻るが、師匠との出会いも不思議縁、ある生涯学習音楽指導者講習会でお隣席の縁、
約束の体験レッスンに伺い、尺八の洗礼を受けたのが、丁度12年前の10月今頃、
その時の同窓、江原恵美子川村尚子両女史もご来聴下さり、本当に嬉しい縁の典型だ。
両女史も参加の阿蘇生涯音楽の集い開始は11年前、昨年10月満10年で修了、
今年から、故郷の母校、松ヶ浜小学校を基本にと新計画され、準備に入っての大震災、
復興が僅かずつでも確かに進む中、今月下旬、星の子楽団の七ヶ浜町訪問が実現、
しかし、大避難所だった松ヶ浜小は学習時間が不足の上、その日は学習発表会当日、
今秋は無理と断念し、母校演奏は来年以降に可能になるようにと、皆心から祈り、
今回は小編成で被災者居住地域に伺い、小さな音楽交流会を持たせていただくのだ。
7月末現地国際村演奏会後に痛感の“それどころではなかったはず…”の私的思い、
十分吟味された内容でも“出来る限り現地に迷惑をかけない”点が、最重要なのだ。
翌日は最大被災地石巻市の訪問、大谷地小での低学年及び高学年2回の音楽交流会、
5月に特別授業をさせていただいたが、実は、津波は免れても体育館は今も閉鎖中だ。
市全体の本当に深刻な事情の中、先生も生徒も実際はいろいろと深刻事情がある中、
“皆が、優しく、強く、一つになれる音楽、が、子供たちにとても必要で重要”は、
松ヶ浜小から転任縁の杉山校長の思い、また、全部の先生方の思いでもあるのだ。
“各自の音は小さくても、皆の音で良縁に鳴る!”の思いで11人が訪問予定である。
縁を思うにおそらく、物事、何事も、幸運に変えていくための感謝、勇気、努力…、
それらの連続の上ではじめて、結果が幸運、そして好縁幸縁になるのだろう。
私達に縁のある方々、同じ思いで折々、一緒に歩んでいただけたら幸いだ。
2011.10.11 星 重昭
せぷてむばぁ
世風天馬
小さな前進 有難いの自覚
大震災からちょうど半年、被災地も、避難所が少なくなり仮設住宅大部分完成入居…、
と言うものの、それ以外の復旧は全く長期戦、特に、大震災に伴う原発事故は深刻、
それによる避難住民の生活、そして食の影響や健康への心配は深刻さを増していよう。
人で言えば、被災者のみならず、免れた方々の中のPTSD症状度合いが増しているよう、
音楽対処が有効だと仰ってくださる方々も多く、その声にも耳を傾け続けたい。
小職の、宮城の故郷の町も甚大被災だった大震災、以後、町や人を思わぬ日は無い。
自分にやれる何か…としばしもがき、何とか音とともに立ち上がれたのが1ヵ月後、
毎月11日をめどに、復興祈念音楽会を持たせていただき、今回第6回の節目に来た。
演奏下さる方、聴いて下さる方、皆様の惜しみない協力あっての事、衷心深謝である。
毎回、お寄せ下さる義捐金全額を七ヶ浜町に送らせて頂くが、確かな役立だそう、
毎月の実践は、正直大変な部分もないわけではないが、少しお役に立つものは続ける。
何年前からか、時折、片仮名ひらがなを使わない漢字だけの文字表現をしたくなる。
奈良時代の日本の字がそうなのだが、一昨日音楽会は「王慕透笛」、オーボエの透笛!
王も慕う心に響く透明な息から生れる音色、名手増澤正晃氏の究極の癒し音が、
誕生間もない鶴見の素晴らしい音楽ホールを満たし、来聴の方々に大変好評だった。
オーボエの音は、繊細に心にゆったり沁み、天の神々光が輝かしく降り注ぐかの如し、
正に癒しと元気の源、大作曲家が、肝心の箇所でこの楽器の力を借りてきたのである。
オーケストラの演奏会でコンサートマスターの前に基音を最初に鳴らすのも至近な例、
指揮者の次に重要?!なのに、バイオリンチェロはもとより、同種のフルートと比べ、
一般にその名曲というとあまり思い浮かべられないのが、特にわが国の状況に思える。
増澤氏とは、お互い録音参加の、ある演歌CD上での有難い不思議遭遇、
昨夏の厚意客演、アマチュア星の子弦楽団演奏会も、お陰で素晴らしいものになった。
今回もよく賛同下さっての演奏お申し出、歴史的にも民俗的に重要な楽器であり、且つ、
オーボエの名曲は、実際沢山あることを知っていただけたようで、嬉しい会になった。
無論、音そのものが復興の大きな祈念になり、寛ぎ、十分親しんでいただけたのである。
会はまず、小生の前奏曲集から「子守唄」を節目黙祷曲として独奏させて頂いた。
クープラン、バッハの古典名曲、映画有名主題歌等に混じり、もう一曲のオリジナル、
22年前の音楽誌年間連載9月の曲、「女王の憂鬱と歓喜」が大変喜ばれたようだ。
“パヴァーヌとガイアルド”をオーボエで聴いて頂くなど、先月も書いたが、有難い!
“有難い”はなかなか無い、本当は実現しないが真意、これも負から出てプラスの例。
29年前9月、Swedenイェテボリ在住時に、ロンドンに一ヶ月滞在できたこと、
娘が、エリザベス女王のイングリッシュスクール訪問時に握手してもらえたこと、
増澤氏がその同じ町に10数年後滞在したこと、昨年9月に再訪できたこと、
10年あまり前、スウェーデンのシルヴィア王妃晩餐会に出席したことなど、
演奏によって、いろいろ思いが巡り、生かされている実感、本当に“有難い”。
星の子カルテットでのマルチェッロ協奏曲共演など、まさに“有難い”こと。
さて先日の台風12号、近畿南部に大きな被害、心からお見舞い申し上げたい。
10年前の9月11日のNYのことも、むろん、忘れるわけにはいかないことだ。
大変な事が多いが、未曾有の大震災から日本や日本人が、確かに前に進むために、
一人ひとりが出来る何かがあるはずで、それを皆で僅かずつやれたらと思う。
昨年9月に訪問のBelgiumブルッセルで3週後、小生故郷支援のコンサート、
新保友紀子さん夫妻と鈴木啓子さん他の日本コーラスの開催、有難いことだ。
9月、2週後は都山流尺八神奈川定演、日本で日本のことなので関心がほしい。
“皆で歌おう”では「赤い靴、赤とんぼ」を日本の音のバックで歌っていただく。
一方、琴や三味線の邦楽器以外、初の洋楽器/チェロ共演もある。
世界をしっかり見つめつつ、“日本に住む日本人”もしっかり自覚したい。
2011.9.11 星 重昭
おうがすと
墺雅州人
小さな歌声 大きなプラスへ
7月は福井県越前市での子供達音ふれあいから、故郷被災地町民との音楽出会いまで、
数えたら何と、6回の音楽会や演奏会完遂、猛暑8月は更に健康で元気に歩めていて、
沢山の方々のパワーを頂いて、まさに、生かされている実感、本当に有難いことだ。
多くの演奏音楽会経験の中で、28日の国際村の七ヶ浜町復興祈念音楽会は特別だった。
依然大変な中で組まれたもの、教育長よりお寄せ頂いたご挨拶文を紹介させていただく。
“ございん きいでみさいん”あっとほぉむ音楽会、の開催にあたり、一言ご挨拶を申し上げます。3月11日に発生の東日本大震災により、お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈り申し上げますとともに、被災された皆さまに対して心よりお見舞い申し上げます。千年に一度とも言われる東日本大震災は七ヶ浜の大地にも襲いかかり、七ヶ浜の美しい風景と多くの命、多くの町民の皆様の大切なものを奪い去り、私たちの心にたとえようのない深い悲しみだけを残しました。しかし、私たちは嘆いてばかりはいられません。いま、全国各地から人的・物的にも温かいご支援と励ましの言葉をいただいております。私たちは「七ヶ浜の復興を誓って、前へ」を合言葉に、力強く一歩を踏み出そうと固く決意しているところです。
このようなときに、海外でも活躍されている一流のアーティストの方々が、ここ国際村での復興祈念音楽会の開催は、まさしく前へ踏み出そうとしている私たちの追い風となって、元気と勇気を与えてくれるにちがいありません。特に星重昭様には七ヶ浜町出身で、昨年の11月に母校である松ヶ浜小学校で演奏会をしていただいてからも、震災後に何度も七ヶ浜を訪れていただいたお姿を見て、これだけ七ヶ浜を愛し、七ヶ浜の復興を心から願っている気持ちには本当にありがたいと思っております。本日の音楽会が、七ヶ浜の復興の旗印になることを祈念いたしましてご挨拶といたします。
七ヶ浜町教育委員会 教育長 中津川伸二
金子みすゞ童謡曲集CD「林檎畑」の歌とピアノ新保友紀子ニコラヴァンナース夫妻の、
来日中に小生故郷被災地への音楽貢献を、の申し出があり、町のご厚意で実現に至った会、
あんな復興状況の中でよく実現したもの、本当に有難い、と今も思うばかりである。
“有難い、はなかなか無い意味、本当は実現しない、が真意、申し訳ないとも思う程である。
本当は実現しない、は新保女史の伴奏を作曲者が…もそうで、この町出身だからであり、
専属伴奏のヴァンナース氏には、小生チェロの伴奏をしていただき、被災地の方々には、
みすゞ詩うたの数々共々、十分な癒し時間になったとの感謝、それも有難いことだった。
さて、母校音楽会昨秋実現にも尽力の同級生友人大町睦夫君が写真を撮ってくれたが、
半数以上は聴衆を捉えたもの、“皆で歌おう”の第3部は涙を流す方が多く、驚いた。
里の秋、どんぐりころころ、雨降り熊の子、そして2手に分かれて、森の熊さん、
関係小学生もいて、皆で元気に歌ったが、おそらく、同級生や町民の皆さんの胸には、
亡くなった方や失ったもの等が去来し、生きる実感の瞬間だったのではないだろうか。
音楽や歌には、癒しや心の健康回復効果がいっぱいあり、大災害の時に例が顕著である。
今現地で一番の懸念は、PTSDが多くの方々に起こったり大きくなっていることだそう、
震災復興や被災者ケアが思うように行ってないことへの“もんもん”が大きければ、
実は、健常者にもPTSDは起こり、大きくなるのは、世界でも沢山例が紹介されている。
震災後、筆者の中でも起きたようだが、詩や復興祈念音楽会の実践、皆さんの応援等で、
驚くほど軽減し、それを凌駕する元気パワーを頂いていて、生かされている実感である。
歌詞なし「波」の短いチェロ&ピアノ演奏の後、この日最大の音楽感動大爆発があった。
なんと民謡日本一、小林宗三名人がコンビ三味線の相澤幸喜氏と駆けつけて下さり、
この地方の元気源の民謡「大漁歌い込み」を小生尺八も加わり熱演、会場が燃えたのだ。
エンヤードット、エンヤードット、…アレワエーエートソーリャ…今も体に響き続く。
後々、教育長の仰る“復興の旗印”に少しでもなっていたら、と祈念している。
一週後、6月の復興祈念会を持ってくださった陽林寺での恒例盆施食会、
総持寺を中心とした16人の声明を感じさせる読経は今年は大震災への特別なもの、
今年は星家のものに加え、東日本大震災物故者供養塔婆も書いて祈っていただいた。
短い挨拶時間も作っていただき、直に宮城被災地と支援意義も訴えることができた。
翌日は奈良、尺八の全国レベルでの勉強会に参加できたのは有難いこと、お陰で、
濃密な学習以外に、阿蘇生涯音楽活動の集い参加者のご主人名手の高橋萌山師と会え、
宮本武蔵よろしく“たのもぅ〜”の二重奏の上、阿修羅像などとの余裕対面ご演出他、
その時代なら名曲も“亜蘭笛州”“天神虞暮慰州”と書くか、大好き文化確認ができた。
お陰で13世紀を越え、飛鳥天平の中に自分を見、何か生れる予感を持てた気がした。
八月祈念会は昨日、横浜での、1年前NY州Frost Valley音楽会の報告演奏会、
尺八琴チェロトリオの音楽は、日本でも皆さんに大変喜んでいただけたようで、
たくさんの義捐金もお寄せ頂き、自分の思いは皆の思い、を実感したのはもちろん、
帰国後実施できず諦めていただけに、まさに副題の“Amazing Grace”になった。
今回も、音楽会の中で“皆で歌おう”の時間が、とても重要だと強く思った。
演奏曲だった「浜辺の歌」と「海」を、演奏をバックに歌っていただき、最後は、
被災各地避難所で一番歌われたという「ふるさと」と「上を向いて歩こう」、
思いを十分入れつつ、また、明るく、声で被災地の人々と一体感を持ったのだ。
日本人、世代を超えて和洋を超えた楽器達に歌で出会う時、特に寛がれるようだ。
3つの変わった?楽器団、日本の各地でそんな音楽会が持てたらと祈念する次第。
沢山の人々が周りで愉しく歌うとき、楽器や楽器達は一番楽しそうに思われる。
涼夏から一転、8月の声とともに大変な猛暑、何時まで続いていくか、
被災地や避難地域皆さんに思いを馳せつつ、熱中症等に留意し乗り切りたい。
2011.8.12 星 重昭
じゅらい
樹頼
小さなプラス 多くの心
再び訪ねた故郷の被災地、宮城県七ヶ浜町だったが、
2週前に全避難所が閉鎖、7箇所にある450の仮設住宅に人々は入居されていた。
7月1日、ベルギーから来日中鈴木啓子女史と夫君レオが最大仮住地の集会所を訪問、
名物ワッフルと本物コーヒーを個々に炒れ、皆にふるまってくれたのは有難かった。
女史の故郷福島市も心配な中での行動、午後のひと時、数十人が来て下さり喜ばれた。
持参の塩ビ製尺八一本も、やがて、皆さんの寛ぎ時間の小さな手助けになったようだ。
鈴木女史との縁で金子みすゞ童謡曲集CD録音と出版、それの実演紹介は10日、
来日の新保友紀子さんとご主人ニコラのリサイタルへの招待、千葉県佐倉市を訪問した。
大好評だったみすゞの6曲のうち、「林檎畑」はあすなろ女声合唱団とも共演されたが、
この合唱&独唱はシンプルだが大変素晴らしい世界、とても嬉しい確認、体験になった。
夫君のピアノ前奏曲演奏も大変練れていて、ともに作曲者冥利、いい誕生日になった。
翌日昨日、横浜中央YMCAのチャペル、チェロとピアノの夕べ、
ニコラの快諾のお陰、震災満4ヶ月、復興祈念音楽会第4回で日欧共演が実現した。
七ヶ浜ボランティア経験者、町役場課長お嬢様夫妻、石巻から越されたVn奏者も来場、
熱気の中、普段はあまり取り上げない曲、「エレジー」や「コル.ニドライ」も演奏の会、
田口総主事挨拶にあったみすゞ童謡曲集の「波」を敢えて、アンコール最終曲とした。
挨拶文を紹介させていただこう。
波は子ども/手をつないで。笑って/そろってくるよ 波は消しゴム/砂の上の文字を/みんな消していくよ 波は兵士/沖から寄せて一遍に/どどんと鉄砲うつよ 波は忘れんぼ/きれいなきれいな貝がらを/砂を上においてくよ (「波」金子みすず)
東日本大震災の支援シンポジウムで、海洋プログラムを通して、海の恵み、海の楽しさを伝え自然との共生を学ぶ自然学校の指導者が述べた言葉は印象的だった。「今、海の怖さから、海と離れようとする状況がある。しかし海に囲まれた日本に住み、海の恵みを受け、海に育てられたことを忘れてはいけない」。 海、自然の怖さを知りながらも、自然との共生を目指そうという思いを感じた。海にすべてを流された人びとに聞くと「また海に出たい」という人が多い。そして、どんなにかすばらしい海かを語り、時には、手に入れた鰹をボランティアにふるまってくれたりする。海絵の恐怖におののきながらも海からの恵みを忘れず、感謝しつつ歩もうとする海の民の底力に驚く。 そんな海を感じる「波」、この詩に曲をつけた星重昭さんのCDを聞いた。穏やかな海は急に激しくなり、やがて静かな曲調になる。星さんの故郷は、被災地の宮城県七ヶ浜、故郷の惨状を見て立ち上がり、震災発生の11日に因み月例チャリティコンサート開催、復興の道筋ができるまで続ける決意、美しい波が海に戻るまで、忘れずに、支えていこう。 /横浜YMCA総主事 田口 努
「波」は、北新庄小学校で4日前の七夕、5年目の“ふれあいコンサート”で歌われた。
ふるさとの唄をうたう会皆さんと全校生徒200人ほど、取り上げてくれたのだ。
各段落は変化に富み、かなりの難かしい曲なのに、先生方の熱心指導のお陰だが、
日本海の恩恵を受ける福井の人々は、頑張って覚えくれて、歌えるようになったのだ。
朗読し鑑賞しつつの「折り紙遊び」劇は、世代時代の壁を無くし、皆一体で愉しんだ。
この催しへは、新校舎落成お祝いの第1回目から招いていただいているが、
特筆すべきはうたう会、更に向上し、生涯学習と社会教育の模範になっていた。
午前は向かいの北新庄保育園でヴァイオリン初演奏、縁の原点上田佐和子女史が伴奏。
さて、翌日は更なる発展、昨年11月に続く大虫小学校でも、特別授業が持たれた。
特に、みすゞ詩の幾つかの朗読の後、200人ほどの「露」の素晴らしい歌唱には脱帽。
「月光の曲」演奏と一緒に東真美子さんに朗読いただいた、中原中也の“月夜の浜辺”
中学の国語の授業で教えておられたそうな奥山教頭先生も感銘されたようだが、なんと、
昨夜横浜の会ご来聴の朗読の会会員さんたちも、最近取り上げられ読まれた詩だそう。
今回の越前市の2小学校の催し“金子みすゞの詩から、音と共に一歩踏み出そう”は、
5月、石巻市大谷地小学校で特別授業をさせていただいた内容が少し発展したもの、
宮城被災地と子供達の筆者足跡写真の理解で、復興へ、多くの真の心も沸いたようだ。
振り返れば一月前、水月山陽林寺での第3回祈念音楽会、尺八独奏「峯の月」もあった。
そんな曲をバックに、そんな詩の朗読があったら、それもまたいいのではなかろうか。
寺本堂での初音楽会ということで、余裕もなく思いつかなかったが、今後考えたい。
この音楽会、ご住職ほか皆様、そして出演者のお陰、多くのお慈悲が寄せられた。
邦楽では異例の、出演者の演奏に合わせ手拍子や、演奏に合わせ聴衆歌唱もあった。
これまでの音楽会でもいつも好評、今後のこの種の会では必ず実践したい部分である。
演奏者の“聞かせたい”と聴き手が“愉しみたい”は表裏一体、一緒の感動共感にし、
小さなプラス、多くの心、一つ一つの善意積み重ね、多くの人の祈りの届けにしたい。
この種の経験をされた皆さんが被災現地を訪問され、何らかの会が持たれたら、
きっとそこには、演奏者も聴衆も一体の、生きている大きな満足実感があるだろう。
前述ふるさとの唄をうたう会皆さんも、筆者故郷皆さんと一緒に音で愉しみたい想い、
その時は、ある段階の復興が成ったと思える、ひとつの瞬間になるのかもしれない。
そのためにも、復興祈念音楽会も首都圏以外でも持てるよう、まさに祈念をしている。
福井の「七夕さま」を最後に、梅雨は長雨にならずに早めに去った。
後は猛暑の中での節電生活、なるべく、皆で爽やかになれる音楽の時間を持ちたいもの、
7月28日の七ヶ浜町国際村での新保夫妻との音楽会も、そうならねばと思う。
実際は音楽どころではない方は多く、多くの方が力づく音楽実践は、そう簡単ではない。
八月の祈念音楽会は1年前NY州での報告演奏会、国と歴史を超えた尺八琴チェロ演奏。
これから昨年以上の長い暑中、皆様のご自愛ご健康を祈念する。
2011.7.12 星 重昭
じゅうん
樹雲
プラスへの長い道 皆で
自分の足で虚ろに歩き、自分の目で惨状を呆然と見続けた後は、
誰と会っても、遅くなって、とも、いかがですか、とも、何にも言えなかった。
大震災から10週間すぎて、やっと故郷の被災地を訪問させてもらった。
母校松ヶ浜小学校では鈴木校長先生が、5年生になった渡邊瑛人君と会わせて下さった。
津波に逝った祖母淑子さんは54年前卒業の同級生、かけるべき適切な言葉に詰まった。
7つの浜の七ヶ浜、特に故郷の菖蒲田浜の被害は甚大、470軒で免れたのは僅か70軒、
広がる破壊流失物平原に絶句、前述同級生宅の残った土台を見て竦み、胸痛みが極まった。
いまだ電話未通の地に孫と住む高齢の義姉、前より元気なのは、震災などに〜…!か、
生きていればこそと、姪たちも皆で喜びを確かめ合い、希望を語り合えた。
その日仙台の義兄宅宿泊、暑いほどの五月晴れの朝、庭の色とりどりの季節の花に和む。
さて今回、仙台から高速バスで、最大被災地の石巻市も訪問をさせていただいた。
大谷地小は北上川を上ったのどかな平野の田園地帯にある単一学年級の小学校、
松ヶ浜小から転任杉山昭夫校長の縁で、今回6年生クラスの特別授業をさせて頂いたが、
“金子みすゞから、音と一緒に、少し歩き出してみよう”というのがこの日のテーマ、
みすゞ詩は現在の小学校教科書に必ず1つはあり、この震災以後のTVCMで更に認知、
事実、31人の児童は皆、“こだまでしょうか”を元気に諳んじていた。
そこから3つの詩の朗読、その詩の「うた」のCD鑑賞、“土”は児童にも歌って貰った。
“口真似/父さんのない子の唄”、被災地域からの転校生等、もしや似た状況があれば、
みすゞ身上心情に慰められ、前に強く進む力の基を見つけてくれることを願い選ぶ。
それは私自身の身上心情であり、66年前の東京大空襲…敗戦…復興と似たものだから。
私の実父は今も、私の中人生の中にしっかりと生き、前進を見守り続けてくれている。
最後に「戦場のピアニスト」で知られる夜想曲等、ショパンピアノ曲を聴いて貰った。
後で知り驚愕、担任の秋山先生のお母様は3月11日、水産加工場で亡くなられたそう、
この種のことに音楽で触れることは良いのか拙いのか、本当はよくわからないが、
カウンセラーの方々は、避けては通れず、時期時期に愛情を持ってしっかりと.…と仰る。
松ヶ浜小然り大谷地小然り、カウンセラーから先生方はこのケア法を懸命に勉強中、
むろん、校長先生でさえ一緒の、個別のカウンセリングもそれぞれ進んでいるようだ。
今回人々は、総じて、マイナスから転じ、プラスの道へ歩み出していたように見えた。
こちらも、逆に元気を貰った気分にもなったが、実はどちらも本当は違う気がしている。
生徒と先生の7割も犠牲となった大川小…、街と人影が消えた硯で知られる雄勝町…、
それらも実際目の当たりにさせていただき、時間も少し経った中でとても強く思うが、
今回のマイナスとは、すぐプラスになりそうなものなどではまったくなく、
ゼロまでの道のりが途方もなく遠いわけで、簡単に、プラスの道へ…などと言えない。
さぁ元気に行こう〜!や、パァーッと明るくやろうよッ!などとやるは簡単、
しかし、被災地域の人々の心の根底の深い傷はすぐ癒えず、暫く続くのは間違いなく、
明るく握手してくれたその握力や握る感じに、それが心配な感触として伝わってきた。
原発の被害者皆さんもそんな典型だろうと思われ、我々は十二分に心せねばなるまい。
震災一ヵ月後に開始の復興祈念音楽会、お陰で無事2回終え、志をお届けしている。
全体の中で極僅かにも拘わらず、故郷はこの義援の仕方に大きな感謝を表して下さり、
この会の毎月の実践と継続の意義をあらためて再確認、心して皆と進まねばと思う。
今月第3回は、尺八琴演奏小会、“竹林をそよがす初夏の風、日本の音に癒しを求めて”
大きな慈愛決断をして下さったご住職は以下の挨拶文を下さったので紹介させて頂く。
3月11日に起こった東日本大震災で被災されました皆様に、衷心よりお見舞いを申し上げるとともに、被災地の一日も早い復興を祈念いたしております。支援の輪が広がる中、宗教者として、一人の人間として自問を繰り返している時、お檀家様からこの度の音楽会のお話しをいただき、迷うことはなく、今日の開催の運びとなりました。まさに、仏様のお導き、仏縁のありがたさに深く感謝し、そしてこの復興祈念音楽会がこれからも続いて行われますことを切に祈念申し上げます。合掌 水月山陽林寺住職 東
弘元
石巻ではFM局も訪問、急遽インタビューにもなり、被災地皆さんに言葉が少し残った。
みすゞ童謡曲集CD各曲の朗読と放送の5ヶ月間ほどの番組、「林檎畑」がスタートし、
偶然その日は1回目の放送、三國ゆうこさんの素晴らしい日本語、みすゞに癒される。
新保友紀子さんのうたも人々の心に届き、深い傷の癒しに確かに役立てるよう祈る。
新保女史が7月来日、故郷千葉県佐倉市でリサイタルを開催されるのを機に、
その翌日11日、ご主人ニコラ.ヴァンナース氏とチェロで共演できることになった。
横浜YMCAが共催下さる復興祈念音楽会第4回は、1年半ぶりの関内の中央チャペル。
また、七ヶ浜町の国際村で、夏休みの子供たちやご家族等にも聴いて頂けることになる。
二人の滞在日程の合間を縫い28日午後、故郷の復興祈念音楽会で3者共演が実現する。
前述のチェロ&ピアノステージの他、みすゞ童謡曲集は作曲者が伴奏させていただき、
最後は、町民が演奏者たちと共に音楽する、大切な時間も持たれることになっている。
7月には、恒例となった、福井県の北新庄小学校でのふれあい音楽会にお招きいただき、
同地のふるさとのうたを唄う会の皆さん共々、子供たちと音楽交流をさせて頂く予定で、
8ヶ月前、創立100周年関連でお招きいただいた大虫小学校にも訪問させて頂く。
この時勢を皆が意識、みすゞ詩を発端に、音と共に、大切なものを探すのが今回の主題、
宮城の被災地の人々を気遣うこの地の皆様の優しさがわかり、本当に有難いことと思う。
音楽が、人々の心のケアに大いに役立つと信じ、そうなるよう皆で努めたい。
今年の梅雨は長そう、“あめふり”位ならいいが、これ以上被災地が傷まぬよう祈ろう。
2011.6.3 星 重昭
めい
芽息
負 それはプラスの入り口
風薫る五月、かってない辛いゴールデンウィークが終わった。
都会の楽しいテレビを見ていると、本当の厳しい現実は見えないが、
今なお、まだ立ち上がれない方々が数十万人、いや何百万人もいるだろう。
各所で復興へ懸命の仕事が頂けていることで、人々に健康と笑顔があってほしい。
七ヶ浜から大被災地石巻の小学校へ転出された杉山昭夫校長から頂いたお便り、
4月下旬での雪の舞、津波は免れても、液状化や施設の破壊などの窮状の中、
流失小学校の生徒が他校へも含め転入、遅い入学式を迎えつつある状況があった。
七ヶ浜の母校、松ヶ浜小新校長鈴木睦夫先生からもごあいさつ電話を頂いていた。
こちらもご挨拶で、出版間もない、金子みすゞ童謡詩CDをお送りしていた。
新保友紀子うた、ニコラ.ヴァン.ナース伴奏による、タイトル「林檎畑」13曲、
杉山校長時代の昨年11月、録音直後の音源を3曲、児童先生方にお聞き頂いたが、
新校長も聴いて喜んで下さり、是非児童たちにも聞かせたいと仰って下さった。
ただ、3曲目「海」に関しては、熟慮なしには普通には聞かせるべきではなく、
時間を少しかけ相応の心のケアをし、そして、時を見て聞かせたい、が共通の思い、
それは校長先生も同じ、購入者には今、以下のコメントをつけさせていただいている。
特に、「波」に関してですが、この度の大震災を思うとき、その扱いにつきましては、老婆心ながら、ご関係各位に慎重なご配慮をいただきたく、敢えて作曲者は、以下の様な心情を記させていただきます。
「この度の大震災を思うとき、“波”を聴くことは、被災の方々はもちろん、被災を免れた方々でさえ、大きな苦しみを伴うかもしれません。時が経過し、海も、そして…波も見ることが出来るようになり、…少し許せる気持ちが生まれるようになったら、一人そっと、やさしく聴いてあげてほしいのです。“波はこども…”と始めて、そして“波は兵士…”と続けたみすゞさんも、そのあとで、“波は忘れんぼ きれいな、きれいな貝殻を 砂の上に 置いてくよ”と語ってくれています。日本人は長〜いこと、海と共に生きてきて、現代の私達がいます。本当は、波は恵みをくれる優しい友…、と永遠の詩人も今、私たちに語りかけているのかもしれません。海と向き合うたくさんの皆さんが、元の美しい自然と、生き生きした生活を取り戻せる日が早く来ることを、心から祈っています。」
GWに入りすぐ、長男が国道で2時間流され助かった姪から写メールが3枚届いた。
日本3番目の政府指定海水浴場として、明治以来東北随一を誇ってきた菖蒲田浜、
自慢のわが故郷の、全く変わり果てた、建物が何もない景色に震撼、しばし絶句、
高台の家の無事姉たちとまだ普通の電話が通じないのは当たり前、と悔しくも納得。
震災1ヶ月4月11日、人生2度目の無伴奏チェロ独奏会を持たせていただいた。
準備もなく、最大余震に怯え、突き動かされる力で復興支援音楽会第1回を実行した。
師匠故中島隆久先生の追悼としての演奏会以来だったが、音楽に向き合えたのは収穫、
大きな負の状況から立ち上がれ、大きな前進力をもらえたような、確かな実感があった。
是非とも、感謝を形にし、いつか人々に届けることが出来ればと思うものである。
月一回、11日での開催を試みるが、一般の方に聴いて頂くため、土日開催もあろう。
5月は昨日、各種関連音楽会に出演してきた弟子の方何人かのアットホーム発表音楽会、
前回と見違える、聴ける段階のもの!との聴衆の方々の声が多く、ほっとしている。
指導者の力より各人の力、きっと今回の趣旨が大きな後押しになったのではと思える。
反省会での出演者の顔に大きな力がみなぎっていて、先月の独奏会と同じと感じた。
お蔭様で今回も、前回以上の義援金をお寄せいただき、今日故郷義捐窓口に届けられる。
6月第3回は、神奈川の邦楽実力者たち何人かと筆者菩提寺の本堂での尺八琴演奏小会、
天国の魂に、そして被災地人々に届けと、日本の土から生まれた音色たちを響かせる。
今回、皆大きく突き動かされる力を感じており、東ご住職は惜しみない協力を下さる。
実は、スマトラ・インドネシア大震災発生の直後、すぐ行動を取られ単身現地に赴かれ、
隣国仏教僧たちと宗派を越えて海に祈る師の姿に、被災諸国の人々は大きく感動したのだ。
ところで、支援というのは想いと少々違った生意気なネーミングと強く思った。
同じ勝手想いなら、祈り念ずる方が本心と、第2回から、復興祈念音楽会、と改めた。
故郷七ヶ浜町のみならず、出演やお手伝いの方々縁の市町村への直接義捐を毎回行いたい。
出来るだけ長く続けたいがむろん、必要ないという状況が早く来るのが望ましいこと、
今はまだ、仮設住宅がやっと少し出来つつあるという状況が被災地全体での印象である。
原発による福島の皆さんの問題は、解決等の見通しが立たないわけで、さらに深刻、
相当難しいと思いつつ、ここの部分でも、音での、何かお役立ちが出来ないか考えたい。
さて前述CD、壊滅的被災地石巻の人々に聞いていただけることになったそうである。
震災時後、魂の放送を続けられたローカル放送局ラジオ石巻に、一枚届き聴かれたそう、
木曜11時40分からの童謡コーナーで毎週一曲、石巻の劇団専門家の朗読と曲の紹介、
大変嬉しい放送だが、心配は前述「海」、この曲も受け入れられる日が早いことを祈る。
漁業や水産の町は、海無くしては成り立たないという現実は、明らかなことだが、
しかし、海を怨む気持ちを持つ人の心の、十分なケアを忘れないことがとても大切だ。
前述校長先生に、自ら全クラス児童に「海」の総合学習指導をしていただいては、
などと、恐れ多くも進言させていただいたりし、門外漢だが、真実を含めば、と思う。
泳ぎを覚えた海、夢を広げてくれた海、新鮮な幸を日々恵んでくれた海、
今も安眠を誘う幼き日々の潮騒の音、幼き日々に友たちと海に関わった貴重時間…、
それは誰にとっても例え、山でも、川でも、湖でも、草原でも何処でも皆同じだろう。
自然の大きな負が生じたとき、それはプラスへの入り口ではないかと思ってみたい。
見つめ直し、敬愛を持ち負に対面し直すとき、何か大きなプラス力が沸き出すのでは、
そうなったとき、人はまた頑張れるようになるのでは、と思うのだ。
真に頑張らない人が、人に、頑張って!と言うのは、やめたいと思うのだ。
頑張れるような気になる、そんな一人一人の小さな行い…、それが何なのか難しいが、
今それを、日本人は内なる自分の中の日本人から求められている気がする。
みすゞさんの詩には、そんな小さな何かが沢山隠れている気がする。
13詩を読んでいたとき聞こえた音楽、被災地の方のプラス入り口になってほしい。
2011.5.9 星 重昭
えぃぷりる
詠賦里瑠
負の共感 そこから…
冬のまま止まったような寒い過酷時間、余震の続く中での被災地の連日TV映像、
情け容赦ない雪の舞いは、惨すぎる爪跡をカモフラージュするかのように白く覆う。
何かしたくて、いや、何をするかわからなくて、極力暖を我慢した首都圏の冬弥生…
汚れちまった悲しみに 今日も小雪の降りかかる
汚れちまった悲しみに 今日も風さえ吹きすぎる
………………………………
………………………………
………………
汚れちまった悲しみに なすところもなく日は暮れる
…高校で習ったものか、山口に生まれた中原中也の詩がいつの間にかどんより心に居た。
気付けば、今、遅い桜だよりが少し聞こえてきたが、こんな春到来は信じられない、
東北沖の深海の下で起きた大地殻変動、未曾有の津波は筆者の故郷をも飲み込んだ。
仙台から塩釜多賀城と続いて風光明媚半島の町、七ヶ浜もTVに何度も何度も映った。
現場を実際見ていないことで、信じたくはなく、夢と思いたい自分の時間日々…、
しかし、帰らぬ関係者が何人かはっきりしてくると、そんなわけにはいかない。
遂に、願いむなしく、安達幸明叔父の名は行方不明者から死亡者の欄へ移った。
兄姉4人の婚礼の日々に長持ち唄を謡ってくれ、村(町)一番の民謡名人だった。
次兄の未亡人と姪家族は無事のようだが、今日も、故郷への電話は不通のままだ。
極悪夢から10日過ぎ、厚木歌声広場が中止で在宅、NHKTVは避難所の声特集、
映し出されたのは4ヶ月前訪問、大勢の子供たちと音楽交流した母校松ヶ浜小学校、
落成一周年、音響も秀逸の体育館、嗚呼…多くの高齢者、そして成人子供…400人、
4年生渡邊瑛人君はいたのだろうか、いたとしてもおそらく話せなかっただろう…
彼の祖母淑子さん、音楽会感想文を3ヶ月前電話で読み聞かせた折大喜びだったが、
11月に孫たちと楽しく歌った小学同級生は、家諸とも夫君と共逝ってしまったのだ。
その特別音楽会授業の夜、12人の同級会は大いに盛り上がったのに…
彼女が、思い出満載の小学6年間の学芸会写真を持参したからだったのに.…
町面積約4割に津波、主要集落に高台が多くても、逃げ切れなかった人7〜80、
家屋、田畑、そして沿岸漁業基盤破壊、日本一をうたう基幹産業の海苔は全滅…、
そんなとき、同じうたい文句の美味佐賀焼き海苔が、直接母校避難所に届けられた。
毎日の炊き出しに大いに喜ばれているそう、本当に嬉しい、温かい、有難い話、
ほのぼの会その他生涯音楽活動の縁、旧知の神埼市(松本茂幸市長)からの特別支援、
大町睦夫同級生議員との携帯会話で、刻々、どん底の中での状況を徐々に知る。
避難所朝は、ラジオ体操に加え母校校歌歌唱が、元気作りと前向き前進力の源らしい。
前述会の折、5番まで歌ったことで、あらためて名校歌は再評価されているらしい。
4日前、苦労苦心の中、卒業式を終えられたという杉山昭夫校長から電話をいただいた。
ご丁寧にも、お送りした僅かの水へのお礼とのことだったが、涙が止まらなかった。
壊滅的被害地石巻から仙石線復旧目処が全くなく、震災以来大困難を押し懸命通い…、
そんなことに触れず、母校校長は1年だけでの転任人事があったことを付け加えられた。
そして、今後も母校を音で必ず支援してほしい旨後任先生方関係者に、とのことだった。
今秋には星の子弦楽団皆での訪問交流音楽会を…が画策されつつあったのだ。
若き日、石巻は大学の先輩同輩も多く度々足を運んだ所、また気仙沼地区も大きな縁、
大学の前半2年間、合宿し小中学校訪問の音楽会、オケ主席楽団指揮演奏をしたところ、
今弟子達と各地で実現している活動の原点は、すでに40数年前、今回の被災地だった。
実は、弦楽団メンバーにも何人か被災地関係者がいて、今回の災害スケールに震撼、
チェロ団員の大学部活後輩は気仙沼で無事確認も、家と海産物店は無くなり呆然だそう、
一方ヴァイオリン団員の実家とお母さんは、同様に壊滅被害のお隣岩手県陸前高田に…、
被災は辛うじて免れたそうも、地区全体は正に深刻、復旧復興は過酷、心配なことだ。
各地避難所によってはすでに、楽器の演奏や歌唱、音楽会も行われる所があるようで、
障害を持った橋本雅生君のピアノと共に、多くの人々が音楽で癒され報、いいことだ。
生きている実感、皆で生きている実感が、音を通して持てるのは素晴らしいこと、
一方、大きな犠牲を背負い生きていく人にとっての今歌舞音曲…、真剣に考えたい。
被災地を遠く思う地での支援コンサート等は大いに望まれようし、長く続けてほしい。
被災地や被災者たちの心情をしっかり考慮しての、演目や会の内容、至極当然だ。
近い局留個人送が復旧した日、清流伝説5リットルを母校避難所他に送らせて頂いた。
翌日水は不可能になり、野菜ジュースやお腹の足しになるお菓子等、縁者達に送るも、
乏しいガソリンの厳しい事情があり引き取り困難、迷惑をおかけしたかもしれない。
今、定形外郵便の形は殆どの被災地に届くようになったようで、喜んでもらえるし、
むろん普通の手紙やはがきもいいもの、心の温もりが届くわけで、大いに活用したい。
誰でも今出来る実質的支援は義捐金募金、小生故郷への志を星の子楽団より実行した。
この世でどんな星の下に生まれても、人皆音楽で共感を…と演奏させて頂いてから9年、
これまで、共に楽団で音楽交流を下さった皆様には、我が故郷の支援も頂けたら幸い、
何処から(…誰から)、の支援が判れば、より確かな元気が生まれるのではなかろうか。
自然豊かな町の復興が叶った日には、皆楽団で、交流音楽会訪問の実現…強い夢だ。
そんなわけで、小生もまた、音を通した支援を、今、出来る形で始めようとしている。
小さいながらも、いろいろな方々と共に、長い期間にわたってしたいと考えていて、
この2つに関し、「ほし音楽広場インフォメーション」ページに記させていただく。
さて、今、国民の多くが、何らかのことで、少なからず心を痛めているだろう。
被災地被災者でなくとも、小手先会話やメールでは安息が得られない人が多かろう。
泣きたいときは泣くがいい、…泣いた方がいい人は泣かせ楽にしてあげるのがいい。
涙の放出カタルシス、小さくも確かな前進へ大いに役立つので一人で歌うのもいい。
ふるさと、朧月夜、北国の春、りんご追分…、海の曲は今しばらく避けたい。
一人心を洗い、安息を望むなら、詩を読むのがいい、実際、小生も楽になれたようだ。
いい詩には、何にも代えがたい共感、真の優しさ、そんなものがあるように思える。
そんな詩を探し、「ほしの目で見たいろいろ音楽」ページに、毎月一つは紹介したい。
多くの、自衛隊員、消防隊ほか各機関の方々、各国の支援隊、ボランティアの方々、
被災者皆様、役所等の関係皆様、まだまだ先が見えない奮闘に、心から頭を下げたい。
大震災と原発…、各地の人々に、関係者に、これから先、長く関心を持ち続けたい。
それだけで、“何もやれていない…“ことは全くなく、確かな支援になろう。
お互い様、全ての心を痛める皆様に、心からお見舞い申し上げよう。
2011.4.2 星 重昭
ほし音楽広場インフォメーション http://www.01.246.ne.jp/~s-h-hosi/hoh01.html
ほしの目で見たいろいろ音楽 http://www.01.246.ne.jp/~s-h-hosi/music01.html
まあち
摩亜地
節・再生…
厳寒が一気にゆるんで、季節は順調に万物再生の春へ…の筈が、
弥生3月に入り、寒が燐と戻り早春賦の世界、節目は容易には運ばない。
2週前の木曜日温か昼時、東京芸術劇場でパイプオルガン鑑賞、
開場以来丸12年間続いた無料ランチコンサート、この日はひとまず最後だそう、
まもなくホール全体改修工事でクローズするとのこと、貴重な音空間体験だった。
小林英之教授の名選曲名解説名演奏、この楽器のすばらしい音と音楽を堪能できた。
近年、近代ホールにはパイプオルガンが設置されるようになってきてもここのは別格、
伝統的な落ち着いた外観の古典用と、曲線のフォルムが動き出しそうな近現代用、
回転方式での2面オルガンは、世界でも最大にして最高といわれている。
調律は3種類で、古典ものには、オランダ系の古い純正調オルガンも組まれるそう、
バッハの名作2曲は、現代よりほぼ半音低いA=415Hzのバロックピッチ、
J.N.ダーフィットとH.シュレーダーの20世紀音楽は442Hz現代一般的ピッチ、
後者の2曲、初めて聴くものだったが歌詞が聞こえそうなくらい訴えがあった。
全曲、音色や効果も曲毎全く異なり、この日奏者は魅力を最大に集約表現下さり、
各曲その性格を異にするも、共通したのは、救世主と民衆世界のように響いたことだ。
32フィートとの最大・最長管から、リコーダーの何分の一かの最短管まで、
音色等の変化のためそれだけ増えるパイプは、総数9,000本にもなるとのこと、
音色のストップと、複数鍵盤を連動させるためのノブは合わせて150にもなるそう、
何段もの鍵盤、ペダル、記憶装置、コンピュータその他諸々、ステージ上部の楽器…、
重さは最重量楽器コンサートグランドピアノの数十倍、数十トン…、
劇場の改修はパイプオルガンにも及ぶようで、設置以来の一大事業に違いない。
冬の最後の日…、2月はもう一つ予定していた音楽会があったのだが、残念、
千葉文化会館での長兄出演の貴重な会、カルミナブラーナ公演には足が運べなかった。
(影で、家族に最も近い者の急大病入院、前日夜半の大手術と奇跡の成功ドラマ…)
幸いにも、すぐHPブログ*に出演者目線で書いてくれたので大分心に鳴ってくれた。
動きや衣装照明等はなくも、喜怒哀楽、オペラをも凌駕する迫力満点の舞台総合音楽、
聖なる修道院で発見された若い俗人達の躍動詩、アマチュア情熱合唱団に合うだろう。
オルフの手になる近世傑作は古今を越え、聖と俗を超え、人間の生き様を語り教える。
特に、最初の方の曲、驕れるものたちへのストレートパンチは強力なのだ。
アフリカ東・北部の人民運動と政権の軍事弾圧制裁はさらに深刻な様相を見せ、
刺激を受ける中東各国も、心配な事態が各所ででていて、予断は許されない状況。
これらは、自然と歴史、空間と時間の中で生まれてきた2種類の人間プレートのズレ、
しかし人災の典型にしてはダメ、人間の生命を尊重することこそ解決の唯一の方法、
批判を浴びる人たちは自身、なんとか、まずそこへ戻ってもらいたいもの、
大地震と違い、無血に乗り切ることさえまったく可能なのだから。
パイプオルガン演奏会一曲目、マニフィカト「我が魂は主をたたう」に現れる
カソリック教会で用いられるそう異国風定旋律“イスラエルの民はエジプトを出て”、
単旋律と和声音楽、単旋律と複旋律音楽による人間集団摂理を思わせる響き、
古今東西、音楽が人々を繋いできた証が東京芸術劇場にもあった。
ひな祭りの今日、NZ地震の行方不明者救助が打ち切り、関係者の心はいかなるや…、
多くの日本人犠牲者を思うとき、JR福知山線の大事故の犠牲者たちが重なる。
特に、輝く前途へ満帆の若い人たちが多く誠に気の毒、悲しさ無念さに言葉もない。
生きている者はその証として、鎮魂歌の中に身を置こうか。
冥福を祈ると共に、家族友達等の傷も癒えていき、立ち直れるよう祈るしかない。
東京芸術劇場のリニューアル再開は2年後だそう、
人の命の再生はむろん叶わないが、それぞれの魂は関わった人々の中で永遠、
中世カルミナブラーナの詩の若々しさ、純粋さ、奔放さは、悠久の時を越え永遠だ。
バッハオルガン曲も、その基となった民衆旋律も、人間社会がある限り永遠だろう。
何より、地球と人間社会が永遠でなくてはならない。
2011.3.3 星 重昭
(* http://homepage3.nifty.com/bartokian/ )
ふぇびゅらりぃ
笛吹等里
やはり心・愛か…
久しぶりの日本の厳寒冬、だが、その実態は、
日本の玄関東京の記録的乾燥は耐えられるが、日本海側の記録的大雪は異常以上、
今起きている困ったこと以上の、自然や生き物への深刻な影響が今後無いよう、祈る。
一方は極熱、九州の火山が本当に大変心配、TVの報道がとても気に懸かる。
天候気象等の、太陽やエコ、そして長年の人間のエゴがなせるらしい業と少し違い、
地球自身の問題で起こるようで、火山の恵みに感謝しつつ、穏やかかな終息を願う。
溜まったマグマが一気爆発、が火山噴火と同じかもしれないのはアフリカエジプト
どこの場合でも、長期軍事独裁政権というもの、その功罪の罪は当然大きいだろうが、
この大国、長い間の世界の火種、中東のバランスを取ってきたようで、世界のへそか、
冷やすと寝冷えで体全体の具合も悪くするかも…か、どうか穏やかな着地を望む。
一ヶ月前触れたが、マグマならぬ、T.マスク現象はその後急激に広がりを見せたよう。
子供たちや入居者が、それを当たり前に思うようになるのが怖い、は同感、それとして、
中には物にも寄ろうが、ありがた迷惑…ととられるケースがかなりあるようで残念。
必要な人たちや業者に買い取ってもらえたら、真の必要物を買うお金になる筈だが、
要は、そんなことをしようにも人手が足りなさ過ぎるということなのだろうか…
法律や条例規則でしばっても解決されないものは、倫理常識、心と愛で考え合いたい。
もともと児童養護施設自体、倫理常識心愛欠如、虐待両親や家庭から出来たもの、
本当の両親は、正に良心の呵責を今こそ公(ケースバイケース)に問われるわけで、
最も必要なものは、子への謝罪と、人々への感謝努力ではなかろうか。
さて、箱根の駅伝から4週間、今度はアジアC.サッカー優勝に更に大きい感動を貰った。
厳しいスタートから、自分のやるべきことをやり皆一丸の前向き助け合いの結果か、
愛情と真心があれば物事はいい方向へ行くのか、監督の愛情は選手の心と溶け合った。
国外で初の国代表監督、それも遠い東洋の端の島国で家族と離れての寂しい仕事、
監督契約は2年らしいが、WCサッカーが終わるまで更なる2年も契約してもらおう!
コーチ陣4人帯同滞在、平成蹴球成人使節団様、更に日本を好きになっていただきたい。
430年前の天正少年使節の逆、日本の若弟子達とたっぷりいい時間を過して貰いたい。
イタリアは日本同様火山国、愛情ばっちり相性ばっちり、いい湯(EU?…)だな!
フニクリフニクラ(行こう〜火の山へ)イタリア童謡をテーマ曲にされてはいかが!
スポーツは音楽と共通点が多いが、サッカーは特にアンサンブル演奏に似てはいまいか。
監督は指揮者と全く同じ、楽団の相手は楽譜、曲はいいのに演奏が駄目、が負け。
トップ下とか3トップとか3バックとか、サイドバックとか、適材適所配置が大切だが、
コンマス、第1ヴァイオリンの機能する攻め、各トップ〜守りの土台チェロトップ連携、
聴く人への楽団の統一感で、特に最終プルト外側演奏者の大切さ等、同じ様なものだろう。
指揮者が弾き振りするのは、監督、キーパー、トップ下を兼ねている?…は別として、
どんな自分の名演も、他を聴かないなら足を引っ張り全体は駄演、曲を汚す…もご法度、
サッカーでは相手の出方がそのときの即興譜といえようか、何時も監督の基本指導に立ち、
各人の、お互いの思い実感連携瞬間爆発、その連続でチーム全体が機能するのだろう。
違うのは、音楽には実際勝ち負けがないこと、あるのは“価値”ということ、
今回、サッカーでは、一人一人の力は相手の方が上だった2チームにも結果、勝てたが、
音楽は技術が下でも、必ず価値ある演奏が出来るものというのは嬉しい、心したいことだ。
イタリアといえば何週間前か、TV画面でマエストロN.サンティのN響指揮に心打たれた。
大御所堤先生のドボルザーク協奏曲はまさに奔放名技性情熱演奏、共演は至難の類だろう。
リハや本番の当事者感がどうだったかわからないし、会場本番もいろいろ感じ方があろうが、
ザッケローニさん同様、楽団全員を安心させ“包み”込む大きな愛情が名演を呼んだ。
2008年5月NYの老舗楽譜店、優しい目で見つめ両手を握って話してくれたMaestro、
マルコポーロ、天正少年使節、…の影響や、母音を持つ言葉の共通項もあろうか…、
なにはともあれ、イタリアの名匠名将が日本人をこよなく愛おしんでくれるのは有難い。
話は変わるが、4、5日前だったか…若い女性歌手が倉本聡氏を訪ねた番組、
どうしたら良いうたが作れるか…と歌手が訊ねたとき、間があっての氏の答えは以下内容、
“いいものは作れない、神か何かすごい力の存在が持ってきてくれる…、そのためには、
学ぶべきたくさんの大切なことがあり、自然などはその大きな部分を教えてくれる…、
人は自然をもっともっと敬い、自然にもっともっと親しませてもらうことだろう…”
氏の話されるのを聴き、前記名匠名将と通ずるものをいっぱい感じた。
昨夜の同番組、思いがけなく、久しぶりに辻井伸行君の演奏を聞けた。
倉本氏に手を取ってもらっての雪林冬自然散策、素晴らしい経験になったことだろう。
即興演奏もあり、そこではいろいろなことを考えさせられてしまった。
10年続けている毎月のコラム、段々エッセイ風なニュアンス内容になってきていようか。
HPは個人の庭や花壇、塀も門も無く、通りすがりの誰でも、ひょいと入って見れる。
実は玄関も無いので書斎や、そこの個人的つぶやき日(月)記帳も見れる。
(このあたり、金子みすゞの「林檎畑」の世界の自由さは同じ、すごいことと思う)
演奏会や講演等がある場合は、そこでの人々とのふれあいや、かけがいのない時間が、
自分に大切なことを教えてくれたり、自分を大いに高めてくれたりするので、書きやすい。
じっくりの自宅時間は、TVやネットで感じるつぶやき、真実味は少々乏しいかもしれぬ。
似非ネタ!と言われ笑われるかな、と思ったりするが、essay練った!となるかも、で
見てくれた方の、何らかの足しになればと思い、毎月綴って来ている。
日は長くなる一方、実は旧正月元旦、まだ厳寒、ご自愛を!
2011.2.3 星 重昭
じゃにゅあり
社新卯有
ハングリー心・愛 新しい10年へ
1月は新たな年の始まり、元旦、いい年にすべく、夢や想いを馳せてみる。
特に今年、西暦での新しい10年の始まり、例年とは違う、何か引き締まる実感がある。
まず初詣は、新年を健康に迎えることが出来たことに感謝し、想いも胸に合掌。
さてこの時期、高齢になってきたのかどうか、恒例の年末年始催し?が気になり始める。
まず紅白歌合戦…、ここ何十年か、どうもほとんど見ないような気がする。
そもそも正直、男と女で歌での戦いをする?…はぴんと来ないし、それに、
要らない付録に、必要以上をうるさく言われては見聞きする気がせず、どうも苦手である。
そのあとの、行く年来る年はとてもいい、見る人に、静かにいろいろなことを想わせる。
ウィーンフィルの恒例ニューイヤーコンサートも近年、あまり観なくなってきた。
紅白と違い、代わり映えがしないのはいいことの筈だが、そして変わらぬ類なき極上演奏だが、
30年程前、バルコニー席で興奮した伝統ホールだが、やはり何故かぴんと来なくなって来た。
一方ぴんと来るのが日本の正月スポーツ、皆なかなかいいが、特に箱根大学駅伝がいい。
各区、各校、各人、いろいろな歴史や現在、努力や思いが絡み合い展開させる過酷な現実、
ここ四半世紀毎年のことだが、どんなドラマより興奮させられ、大きな感動をさせてくれる。
最終的に根本にあるのは基本的な備え、おそらく想像を超える過酷な練習や強化と、それに、
極限までの闘争心と固い仲間意識、特に、個人個人の極限ガッツなのではなかろうか。
当然ながら、個々やチームの力を最大限引き出す、走らない監督が最も重要、勉強にもなる。
もうひとつ、沿道の観客、これはもしや、興奮感動ドラマの最大の要素ではなかろうか、
1メートルに両側何重の人で何人?…、x1,000,000?…2日間、…何百万人?…、
どこか、誰か、誰構わずか、風でも雪でも大声で応援するわけで、本当にすごいことと思う。
性格的に違う音楽との比較は論外だが、これに匹敵するスポーツもおそらく、ないだろう。
さて、感動原点の言葉を捜すと、それはもしや「ガッツ・ハングリー心・愛」では、と思った。
選手も監督も、沿道の観客さえも、ゼロからの豊かさ作りに生きがいを感じるのでは…、
ガッツとかやる気に、やる人も見る人も皆、生きる力がどんどんふつふつ沸くのではないか。
生意気なことを勝手につぶやいているが所詮、温かい茶の間でのTVという鑑賞観戦実感、
各現場での鑑賞者観戦者は“なにをおっしゃいます?!”や“何言ってやんでぃ!”などと、
異論反論は無論多くある筈、自分を見つめる時間の中の独り言吐露、正月早々お見逃しを!
誤解ないよう記すが、弦や管…楽器演奏はいざ!の時、ガッツややる気は禁物と言ってきた。
基本的に、いい音にならないこと、他の人の音や律動、自分の音さえ聞こえてこなくなること、
音楽の本質を壊すことになるのは避けるべき、鳴らす、ではなく、鳴る、ようにすること、
いい音が鳴り、他の人の音や律動が聞こえ、自分の音が聞こえ、それで熱い想いが人に伝わる。
“奏者は走者にあらず”というわけだがもっとも、いい走者は、日頃の練習で承知している筈、
ガッツの空回りが場合ごと、どこに無駄な力が行き、結果…は、監督から教えられ納得済みの筈、
映像と報道、その解説でわかるが、相乗効果が働くよう更に基本に帰るよう頑張るようである。
実際は「気張るな!夏のあの日やった練習通りだ〜!」、“…そうか〜やれる!頑張ろ〜”の様、
いい走者は違う意味のガッツやる気が主、それをコントロールするのがハングリー心のようだ。
さて昨年暮れ、恒例、弦楽生徒諸君のクリスマスストリングコンサート、
人数も練習も今回はいつもより少ないながら、個人も弦楽合奏も、なかなかいい音が出た。
増澤正晃氏オーボエ協共演、クリスマス協奏曲、定番讃美歌集コラール合唱等、皆好評だった。
関東でクリスマスと年始にあった現実、タイガーマスク・伊達直人なる方二人のニュース、
恵まれない子供たちへの新品ランドセルたちプレゼントとのこと、寒中とても心が温まった。
アマチュアの音楽でも、世の中や人々に少しでも役に立つことが出来るならすばらしい、
生の音楽会等に恵まれない子供たちへ、共感できる音を届け交流することは素晴らしいこと、
今年は一人ひとり、より強い自覚を持ち、音楽の世界での使命感も持って歩んでほしい。
昨年7月猛暑、海の記念日の星の子弦楽団演奏会、ハングリー心・生みの苦しみ克服か、
結果は、車椅子の方、幼児親子、高齢者の方々など、多くの方々が大いに共感くださった。
今年以降、その経験を踏まえ、更に前進できるはず、来聴の方々、叶わなかった方々、
多くの人々に聴いていただき、団員も成長し前進できたら、真の意味が出てくるように思う。
そんなことで、生かしていただく次の10年は、いいことを自分からしていきたいと思う。
いいことをしていれば自然にいいようになっていく、というこれまでの思いを一歩進め、
音楽は特にそうだが、いいことやいい形は自分ひとりではなかなか出来にくく、
いいことにつながることは、重要な役目の人たちにもっと力を発揮していただけるよう、
心から呼びかけ、大きな苦労はこちらが出来るよう努力し…、そう、W大W監督風に…。
マンネリを嫌う自分がいるのはいいことのはず、今年、そして10年、
ハングリー心・愛、とでも呼ぼうか、そんな気分で歩みたい。
2011.1.5 星 重昭
2010
12月
ありがとう
冬師走、今年後半は大忙しだった活動がやっと一段落、落ち着いた生活に戻った感、
暖かい日が続いてきた中で、少しのんびりさせてもらっている。
この時期は、かって住んだSwedenがよくTVに映し出されるのを懐かしく見る。
11月末から12月、新保さんからのメールで、ベルギーの零下…雪…を聞いてはいたのだが、
それより更に北の地、本格的雪景色なのは当然か、住んだ20数年前を思うと燐となる。
ノーベル賞を、特に、日本人が受賞の場合は、毎日いろいろ楽しませてもらえる。
この国は恩師の授賞式付き添いから31年ぶりとの根岸英一教授、祝ご受賞。
これから始まる授賞式関連を前にし、嵐と嵐の間の平穏、との時間でのひとコマ、
日本人のTVインタヴュアーの奥様への質問は「ご主人を誇りに思われますか?」、
個人的にはあまりいい質問とは思えなったがともかく…、案の定詰まった奥様に一瞬置き教授、
「“チリ”位にしか思わないでしょうが…」のヘルプ、すかさず奥様がすばらしい!
「チリも長く積もれば高くなって“ホコリ”になったということなのでしょうよ!」と…。
いやはや脱帽、このカットはここまでだったようだが、完全な根岸夫妻ファンになってしまった。
翌日、NHKで放映していたのは、もっと一般的、直接的だじゃれ、紹介すると、
今年は、金婚式とこの受賞が重なったそうで、ご主人は奥様への感謝も述べられていて、それに、
“本当に嬉しい、私こそ有難うございます、アリも10匹集まればアリガトー御座います、よ!”と、
照れくさい奥様は、お笑いになったが、いやはや全く素晴らしいご夫婦、ファン大喜び大脱帽。
実は今までその都度、少し自己反省をすることがあったが、駄洒落も臆することは無いと思った。
そういえば先ごろ、受賞決定後母校を訪問され、子供たちにエールを送られていた放映があった。
私が11月にさせていただいた小学母校“ようこそ先輩”とは、次元も品格も大違いだろうが、
見るものが元気の出る笑顔と言葉が嬉しく、こちらには特に、歌を歌ってくれるのは何より最高、
朝のワイドショーでも楽しそうに歌われ、歌好きだから今日があるのでは、とも思った次第、
神奈川出身の先生…小生義兄同様満州お生まれお育だち…、笑顔の先生&奥様、とても癒される。
さて、師走ならぬのんびりの中でこつこつ進めているのが、ソプラノ新保友紀子1stCD製作、
金子みすゞ詩13曲と山田耕筰8曲は1ヶ月前に録音済み、マスターを聴くに大変素晴らしい。
金子みすゞ詩へは、相当多く作曲があるようだが、小生曲は作ったのではなく、出来たもの、
詩を素直に感動しつつ読むことで、自然に聞こえてきたものを、書き留めさせてもらったもの、
日本語の響きをもっとも大切に作曲をされた福井文彦、わが師が敬愛した山田耕筰歌芸術、
恐れ多い組み合わせだがそれは、長年真の日本語歌を求めて来られた新保女史の到着駅だそう。
ご主人Mr.ニコラ.ヴァン.ナースの伴奏は、日本人以上に日本的瞬間も多々で、お陰で、
小生の作品、ピアノのための前奏曲集たちも、大きな喝采を浴びることになったのだが、
みすゞ詩歌たちは、11月の東京と足利での3回の小リサイタルでも、とても好評を博した。
日本人に日本語の美しさや、それが生かされた日本の歌の真の姿を再確認してもらうこと、
同時に、欧米人にもそれらの素晴らしさを感じてもらうことももう一つ大切なコンセプトで、
すべての人々に感じわかってもらえるものにしようと、じっくり作業を進めているところだ。
七つの星の下の雪国での林檎の物語りを歌った「林檎畑」が女史希望のCDタイトル、
なんだか、とても、根岸英一教授に歌ってもらいたい気がしてきている。
気付くとお二人に大きな共通点があり、興味深いこと、とても感慨深いことだ。
長いこと海外生活をされていて、欧米人やその文化を深く理解されて生活されておられ、
その中で、我々が見失いつつあるかもしれない日本や、文化がよく見えておられるのだ。
今月はX’masの月、25日に弦楽器生徒たちの小発表会を持つことになっている。
そのようなものは、欧米の文化を我々が理解する得がたい機会、生かしてもらいたい。
今年は特に後半、そんな得がたいことが、得がたい人たちと、たくさん出来たようだ。
3週前の会の写真を送ってくれた同級生の手紙も、人と音楽で感謝、感激、感動だったそう、
健康の中で出来たわけで、まさに有難いこと、心から、本当にありがとう。
2010.12.9 星 重昭
11月
小学校 本当にありがとう
このコラム更新が大きく遅れた理由はまず、パソコンが壊れてしまったこと、
業者に言わせれば電源関係とのこと、一日何時間も7、8年使えば当たり前らしく、
相当の不便を嘆きつつも、あらためてPCの大変な有難みを再確認した次第。
もう一つはいいことであって、単なる多忙さ、時間の足りなさ…といったところが理由、
1ヶ月で九州、北陸、東北の3つの小学校を訪問などまさに嬉しい悲鳴、
先ごろ8月末9月中旬の米国と欧州訪問もあまりないことで、むろん有難み再々確認。
10月25日、阿蘇生涯音楽活動の集い10年の節目の今年は、尾ヶ石東部小学校での会、
例年の弦楽中心楽団イメージが薄れて危惧したが、充実した音楽集いになった。
うた木村久美子、マンドリン福井誠、お琴長岡歌穂各氏プロ参加のお陰も大きかったろう。
毎年地元参加の園田弘美さん、今回、6年生お嬢さん真巴ちゃんのピアノ演奏参加を提案、
ショパンの最も有名な夜想曲は素敵なピアノ協奏曲風になり、生徒先生父兄、皆喝采だった。
何と小職、阿蘇地区でのこれまでの活動に対し、小学校と熊本YMCA両方から感謝状拝受、
授与下さった鎗水幸子校長は72名の生徒と先生方だけでなく、今までの音集いで出会った皆、
赤水保育園や高齢者施設上寿園に始まった、学校その他阿蘇の全団体の人々を代表された様、
参加者のべ数も相当の筈、過去に多くの方々のお陰を痛感、皆で頂いた感激に今も浸っている。
いろいろな楽器や声の音楽に感動してくれた子供たち感想文に、更なる力が今も沸いている。
一週後11月1日、同市大虫小学校の創立100周年関連の素敵な会へのお招き、
4年前からの、福井県越前市北新庄小学校ふれあいコンサートの素晴らしい波及を感謝、
井上柾弘氏ご寄贈書474冊のうちの一つ「ミサコの被爆ピアノ」読み聞かせコンサート、
4ヶ月前の被爆ピアノコンサートに際された中嶋暁美校長の子供たちへ温かい想いは、
53年前卒業井上氏の想いと重なり、朗読の東真美子女史の協力もあり新しい学校で結実、
お送り下さった子供たちの感想メッセージには、命や平和の大切さへの強い気付きを感じた。
4年間ずっと、貴重な場のセットにお力添え下さる北新庄ふるさとのうたを唄う会、
茨城県土浦市に住まわれながら、故郷母校のために大きな私財を投じて下さった井上氏、
故郷ではない者の音を通じた小貢献を、可能にする有難い応援に、ただただ深謝である。
少しおいて…11月19日、村時代最後卒業の同級生仲間ともども招かれた、
母校、宮城県七ヶ浜町松ヶ浜小学校への、奇縁井上氏同様53年ぶりの帰還、
“ようこそ先輩、星重昭さんトークとミニコンサート”と題された体育館での特別授業、
小職の小学校時代から今に繋がる人生を話しつつ、音楽的には大虫小学校内容に近いものだ。
ピアノ演奏で聴いていただいたのは、戦争疎開の点では小生共通の生誕200年ショパン、
映画“戦場のピアニスト”で知られる、爆撃で中断の遺作夜想曲、悲喜の代表マズルカで3曲。
また、この秋の熊と人の悲しき現実に思いを馳せ、子供たちと大人たちの歌交流、
「どんぐりころころ、里の秋、あめふり熊の子、森の熊さん」、世代を超える貴重な歌たち、
命、平和、そしてふるさとや友を大切にする心…、音楽や歌で気付くことはたくさんある。
最後は最近の活動紹介、金子みすゞ童謡曲集から「不思議、波、土」2週間前録音CDの鑑賞、
ソプラノ新保友紀子女史の歌声が、宮城の煌めく海を見下ろす、今春落成体育館に美しく響いた。
新鮮好奇心、優しい労わり心、強い清らか心…、小学3年生教科書から触れる金子みすゞ心、
明治大正の詩世界は、時代を超えて、世代を超えて、とても大切なことを気付かせてくれる。
音がついたその新世界、本物でなければ決して残らない筈、まず後輩たちに聴いて貰ったのだ。
小生の訪問のどんなことが、どれほど、後輩子供たちに届いたか、役に立とうか、
お礼の挨拶をしてくれた6年児童の話しぶり、また、その内容に本当に感激した。
しっかり準備されたのだろうが、当日内容を真に理解してくれての自分心表現を十分感じた。
前記2小学校の同様挨拶でも感じたが、世代を超えての感謝を頂くのは望外の喜びだ。
お礼演奏全員歌唱は“ビリーブ”と“翼をください”、一行一行一人一人書いた詩に感動、
“自分たちらしさ作り”努力に敬意し、今後の更なる“各自の自分らしさ表現”も望む。
そう!…曲は今が最終形ではなく通過点、詩にある世界具現化へ、小さな積み重ねが大切、
また一緒に歌い合い演奏し合えるのが夢、また世代を超えて一緒にはつらつ音楽したい。
最後に歌ったのは校歌、“波寄せ返す東海の、岸辺の丘の深緑…”
各地の小学校で幾つか校歌演奏歌唱を経験するようになり、潜在的心残りになっていたか、
故郷を離れ実に久しい何年前か、“…我らが母校…” 夢の中で涙し歌っていたらしい曲、
渡邊波光の詩、曲はなんと中山晋平作、わかったのは次兄が亡くなっての通夜の席、
教えてくれたのは町会議員の同級大町睦夫君、知らずに詩も曲も諳んじていたわけだ。
そんな想いを、梅田優司前校長も後任杉山昭夫校長に熱くお伝え下さり、幸運実現だった。
午後は久しぶり父母墓参り、その夜12人同級会、最後に5番までこの日2度目溌剌校歌、
思えば、戦争での様変わり人生、温かく支えてくれた故郷と人々、中心に今も立つ小学校、
50数歳以上若い後輩たちと皆元気に交歓した校歌、溌剌力を十分貰ったのだ。
3つの小学校で共通だった嬉しいこと、大先輩高齢者達の元気な声も響いたことである。
また子供たちも、大先輩達に見守られ、いい成長を決意、溌剌だったことである。
2010.11.21 星 重昭
10月
感謝 感謝の形
米国旅の3週後はヨーロッパ旅、今夏、日本の猛暑を避け2箇所で避暑の感、
どちらも日本との温度差20度ヒンヤリ、元気に秋10月を迎えられ感謝!
スウェーデンは古巣エーテボリとベルギーは首都ブリュッセル、
四半世紀前住んでいた家を訪ねたり、その頃お付き合い方々との温故知新語らい、
過去を懐かしむ一方、新しい歴史も作り出そうという気概確認の嬉しい音楽関わり旅、
“いやあ、人間って本当にいいものですね”と言いたい、価値ある時間だった。
インプラント大手の日本支社長もされたKjellアンドレアソン氏宅が最後に住んでいた家、
住んでいた面影は随所…も、2階の広間がニッポンになっていたのには吃驚、
何度か、言葉、料理、風習、我々日本人が失いつつある大切なものがあるのを感じた。
隣家の住人、亡くなった両親も笑顔で楽しんでくれていた気がしたが、
4日後に訪問できた最初の住居、そして会えた隣人Mariaと友人妙子Svensson女史、
亡き父親と後述のピアノ3奏曲初演を聴かれた方々、音楽歴史共有は特別絆が生まれる。
鈴木啓子女史、ウィーンのY音楽教室初日本人講師、25年前欧州滞在初出張にかの地遭遇
10年ほど前には東京に住まわれお子様2人にチェロを教授させていただいたりもした。
現在はご主人の関係でブリュッセルに居を構えられ、今回、念願が叶っての初訪問、
広い交友での知己ピアニストジュリアン.カンタンの縁で、仏大使館主催演奏会と晩餐招待、
エリザベートコンクール2位、Vnのロレンツォ.ガットとのDuoは全くすばらしい。
ますます問題が大きくなっているとの仏文化とフラマン文化の葛藤国、ベルギー、
フランスに移住、また戻ったりしたフランクの名ソナタ、全くこの音楽会に相応しい名演。
晩餐会ではこの国の名士が多数居られたが最も話したのはジュリアンと譜めくりのリリィ、
見たことがあると思ったらなんと、彼女は人気チェリストミッシャ.マイスキーの愛娘、
実は小職のチェロ生徒も何人か、3年前の日本での父娘共演を聴きに行っていた。
なんとかまた、仲良く一緒に日本ツアーをしてもらえたら、と切望している。
ともかく、ジュリアンが来てくれた翌夕の小生歓迎鈴木家パーティ、大いなる盛り上がり、
楽しい時間の経過の中で、なんと、プレゼント譜のSonatina全3楽章を演奏した。
さすが、今欧州でソロに室内楽に各種音楽祭に引っ張り凧、庄司紗矢香とのDuoも絶賛、
なるほどの実力、何度か来日演奏をされていたのに知らず失礼したが、今後絶対注目。
さて、名ソプラノ新保友紀子さんと来訪のご主人、ベルギーの名ピアニストニコラ、
小生尺八吹奏、秋の夜の名曲「荒城の月」、米国の方々が感動下さった編曲を共演頂いた。
続き、新保女史もご主人伴奏で、間もなくCD録音予定「金子みすゞ詩曲集」を次々歌唱、
皆楽しくも、高い密度で真剣に聴き、感動、期せずして素晴らしい音楽会になったのだ。
日本の作曲者と欧州の演奏家、和洋楽器出会い、洋楽器伴奏の日本語の歌、
ジュリアン、ニコラ、ホストのレオニダス.カラペペリス氏、日本文化の大敬愛者、
小生にとって格別嬉しい宵だったが、この会は7人皆にも特別宵だったかもしれない。
さて鈴木女史、在ブリュッセル日本人10余名の合唱団を結成、この機にスタート、
前日、歌を師事する新保女史が指導の、その貴重な練習に立ち合わせて頂いた。
団の趣旨は、時代を越えた日本の童謡唱歌他名曲、そして小生のみすゞ詩曲集二部合唱、
みなさん仰るに、日本を離れてこそ、日本や日本語の素晴らしい世界が見えるそう、
みすゞ詩曲集にはそれがあるそう、第1曲として「林檎畑」がしっかり練習されていて、
いつの日かの公演を夢見、本当に素晴らしいこと、近い将来日欧で必ず実現を確信。
スウェーデン第2の都市のオーケストラがエーテボリ交響楽団、カラヤンも指揮の名門、
滞在時、ハーピスト松尾正代さんはたくさんの公演に招待下さり、大きな勉強だったし、
コンマスのGustavoガルシアやピアニストIngemarエドグレンとの交流に繋がった。
今回訪問、女史宅に招かれ、GarciaトリオのチェロGoranホルムストランドに会えたが、
Gustavo、Goran、Ingemarのトリオの「北の大地の詩」小生曲初演の19年ぶり訪問、
交響楽団チェロのLidiaも交え、今後のチェロ重奏計画等も話せ、夢がまた膨らんだ。
帰国後すぐ、都山流尺八第43回定演があり、数曲、演奏や指揮をさせていただいた。
思い返すと、この度の2カ国訪問で非公式ながら、4度尺八を演奏させてもらった。
ピアニスト、ハーピスト、チェリスト、歌手…、今回米国演奏邦楽譜が手土産だったが、
何か音楽として大切なものが、邦楽洋楽を越えて、音や楽譜の中にあったのだろうか、
洋楽故郷で、皆が耳と目を深く傾けてくれたのは、一本の尺八のお蔭だろう。
欧州を離れて四半世紀、チェロはその5年後、尺八の門は11年前の10月に叩いた。
音楽という世界で、より多くの人々と会話が出来るよう願って始めたのがチェロ、
そのためにも、自分を見失わないよう、自分の言葉を持ちたいと願ったのが尺八、
お蔭で、そんな世界が私達の前に開けているのが、少しずつ見えてきた気がする。
阿蘇・生涯音楽の集いの第一歩は10年前の11月、
翌年から各地の参加者が集いYMCA阿蘇キャンプ合宿、阿蘇町の学校施設等で演奏、
今日の私達の活動に繋がる、とても大きな勉強をさせてもらってきたと思っている。
10月25日、尾ヶ石東部小学校での恩返し音楽会、和洋を越えての音共有、音楽交流、
全校60名弱の小世界は世界の扉、子供達に小さな鍵をプレゼントできたら嬉しい。
2010.10.3 星 重昭
9月
地球 地球人に ありがとう
今年の列島8月猛暑が長い、…もうしょうがない…ではなく、申しようがない厳しさ、
元気で乗り切れるなら有り難いこと、と思うのがいいかもしれない。
地球の裏側では大寒波で多くの人々が亡くなっている現実さえもある。
なんせ、他の惑星のせいではなく、おそらく、地球と、その上に住む我々の責任、いや、
各地の天候錯乱や天変地異に対処すべき責任は、地球の恩恵を受ける我々だけだ。
猛暑対処はいろいろあろうが、大切なのは、ささやか工夫で冷や涼をとることのようだ。
“暑いからって、季節の数々名曲を歌いに来なかったら却って悶々、体にもっと悪い、
こんな使い捨てスーパーの鮮度保全クーラーが、包んで首に巻けば熱中症対策には最高!
今日も沢山歌って体も気分も最高、有難うございました〜“は常連80数歳安達さん、
一昨日8月最終日、厚木YMCAでの月1回のうたごえ広場で、嬉しい一こまだった。
同じ北半球でも、何らかの気象上の大きな帯がもたらすものか、
モスクワの異常高温火災、中国の豪雨など、各地で各種の天災が起こっているようだ。
南米の西方の太平洋海水温が…と専門家に任せず、全地球人が地球の喜びを真剣に考え、
人種や言葉を越え、手を携え、いいことを少しでも実行していくこと、当たり前。
8月下旬、お招き頂き、NY州Frost Valley YMCA Campへの第2回訪問となった。
NYから200キロ弱、Catskill高原地帯の海抜600〜800m辺りは秋の始まり、
緑の中に突如鮮やかな赤や黄色が現れて、現地の方々も、例年より涼しすぎるの声、
2年前5月は見事に咲き揃ったし垂れ桜に迎えられ、今回前半は日本の秋雨模様、さて。
6〜8月、長い夏休みはこのキャンプは日本のいわゆる林間学校、
毎週子供500人が集い、例年最終週は、殆どが何十年も常連の伝統ファミリーキャンプ、
東京とのパートナーシップを記念するのがFriendship-Houseで、先駆者が本間立夫氏、
今回の伝統週、“Friendship-House”が誕生して15周年の、記念日本週でもあり、
ピッツバーグ在住の木工鬼才Mr.Tadao有本の“やじろべえ作り”は2度目の登場だった。
さて、小職初体験の、日本の楽器や音楽を軸とするコンサートとワークショップ、
本間立夫恵美子ご夫妻、前熊本YMCA総主事小山哲夫氏ともども9ヶ月かけての企画、
90分ずつ2x2のワークショップ、塩ビ管を使っての ”Let’s
Blow SHAKUHACHI”と
“日本の子供の歌を歌いましょう” は、ボランティア本間京子女史の通訳にも助けられ好評。
前者、「メリーさんの羊」に“鳴った”人各1、で7割程度音が出たようで、日米同じ様、
鳴らない人も含め、鳴るための最短?東洋人の呼吸法に大いに興味が生まれたのは収穫。
後者は、日本語に興味をもってくれれば、の思いで7曲準備したが、結果は全曲トライ、
両クラスとも、「あめふり」を後述コンサートで歌いたい要望、嬉しいことだった。
さて記念コンサート、小職尺八以外の参加音楽人次第で目標への道は険しくなるが、強運、
最も似つかわしい味方はお琴、それも洋楽理解の実力者長岡歌穂師に参加いただけ、
頼りになるチェロ生徒勝田尚子女史が支え、結果、グローバルな音楽さえ可能になった。
国際的な定番曲、「春の海」に加え、「荒城の月」「浜辺の歌」、はじっくり聴いて頂け、
春が来た、海、証城寺の狸囃、ゆきやこんこ「童謡唱歌四季メドレー」も喜んで貰えた。
最後は Global songs…Amazing
Grace, Beautiful Dreamer, Aria On G Strings,
アンコールに変え、前述以外の人もPiichPiichChapChapRan…を覚えてもらい
「あめふり」5番まで皆歌ったことは、国を越え仲良く助け合い平和に進む、の具現例。
実際、満場100何十人総立ちでの拍手が続いたわけだが、以後滞在期間中折々、
音楽は1つを教えてくれた、日本の音楽の心が西洋の音楽に魂を吹き込んでくれた、など
こんなに感動したことはない、という人が沢山いたことに、こちらも感動させられた。
まさに“皆星の子”自覚の一週間、多くの人々に同じような経験を沢山してもらいたい。
1つ紹介せねばならないこと、日本のKORG社から最高級の電子ピアノが寄贈され、
コンサートの中で紹介演奏をさせていただいたが、大きな喝采感謝が人々から示された。
国を肌色を言葉を越え、この地で、音楽による平和への架け橋になっていくだろう。
まもなく、9.11を中心に被爆ピアノコンサート、NYで多くの人が演奏しよう。
矢川光則氏が精魂をこめ甦らせた音たちも、優しい地球回帰へ向け響き進もう。
重要な催しFamily Camp 、3代何十年間にも亘り、主にずっと同家族が参加する。
本間家もまさにそれ、参加の二人のお孫さんも、友愛、協力、責任、平和、などを
多くのワークショップ参加やコンサートを通し学び、やがて世代を繰り返すのだろう。
帰れば20度近い気温アップ、連日猛暑、で、お世話下さったS君からメール、…、
“このたびは遠路おいでくださり、私達のパートナーシップ事業に本当に大きなご協力を頂き
ありがとうございました。先生方の演奏に聴き入るキャンパー達の表情を忘れられません。
音楽と温かいお人柄が、人と人を本当に優しくつないで下さったことに感激しました。
一週間程でしたがご一緒させて頂き本当に幸せでした。長いサマーキャンプシーズンの最後で、
私個人としては疲労困憊のはずでしたが、何故か元気をいっぱい頂いてしまいました。
先生とお会い出来たこと、大変嬉しかったです。ありがとうございました。
次回のご来訪の時もご一緒出来ることを願って、一言お礼までです。“
…一人一人出来ること、感謝しつつの日々行動、自然に出来てくる平和の架け橋…、
若者の爽やかメールに夢は広がり、本当に元気をいっぱい頂いてしまった。
現実は、もう何週間かは暑夏延長の予報、小さな出来ることでご自愛を!
2010.9.2 星 重昭
8月
夏共感… ありがとう
聴衆は殆ど居らず、か、会の大半の時間が椅子の色ばかり目立つ…も意に介さない、
そんな感じの方々やそんな演奏会が、日本には、実は何処かで結構あるようだ。
演奏したい、や、決定事項、で演奏、それだけだったら、悲しい現実ではなかろうか。
演奏する=音楽の響きを作る→「聞こえる人との共感が音楽の根本」ではないのか。
7月19日海の記念日、星の子弦楽団の本格初演奏会、東京ウイメンズプラザホール、
車椅子で来られた方2組、小さい子供の親子5組、他障害がある方々や高齢の方々など、
積極的ご来聴呼びかけに答えて下さった方々、そして演奏者の関係や愛好者など、
梅雨明け直後、首都猛暑というべき状況下、満員に近い方々に聴いていただけたのだ。
演奏者関係者一同、皆まずは安堵、本当にありがたいことと心から感謝だった。
団員や関係者のいろいろな思いで、黙祷代わりに演奏のバッハカンタータからの小品、
第一線演奏家、齋藤啓子氏/Vnと増澤正晃氏/Obに喜びつつ真剣に追従した3つの協奏曲、
殆ど実力派ソリストのお蔭だが、前半は、音楽の古典美に親しんでいただけたようだ。
亡き中島隆久師感謝の「ビートルズ組曲」、チェロアンサンブル癒され組も多かった様、
北欧の名曲「ホルベルグ組曲」、幸い弦楽合奏の一体感は生まれ、感じていただけた様だ。
「祭」、聴衆の皆さんが喜んで手拍子や囃しで参加下さり、夏祭り盛り上がりだった。
「夏の思い出」はアンコール、まず聴いて頂き、その後2度目は一緒に歌っていただいた。
このような、季節の名曲演奏&歌唱は、場内皆の共感音楽会の典型であろう。*
お蔭さまで、有り難いご感想を多く頂き、喜ぶべきは素直に喜ばせていただきつつ、
それ以上に一方で、クリアすべきいくつかの未熟点は、十分に反省して前に進もうとしよう。
このような無料招待こそ、有料以上の音楽完成が望まれると肝に銘じ歩んで来ている。
働きながら研鑽努力の団員の皆も、感激と責任を共に大切にし、更に前に歩んでほしい。
さてこの10日前、今年も、越前市北新庄小学校ふれあいコンサートにお招き頂いた。
4回目の今回、格別なご配慮を頂き、福井県初上陸の被爆ピアノを弾かしていただいた。
1月のin横浜の内容が盛り込まれたが、児童達には真に意味ある催しになったようである。
今回、「ミサコの被爆ピアノ」(松谷みよ子/文・木内達朗/絵)朗読に小学生も加わったのだ。
原爆の朝の閃光も見、轟音も聞き、夥しいガラス破片の痛みも長い間背負ってきたピアノが、
当時鳴っていた音を、その時々聞え感じ覚えている音を、思い返し鳴らす(星作編曲)が、
ミサコの場面を、朗読初心の小学女子が語る時、時代は埋まり、真の共感が生まれたのだろう。
3年前の初ふれあいコンサート、「花がたみ」尺八独奏と文語文朗読時以上の集中感があった。
動植物も人間も仲良く、弱い困っているものを助ける優しさ、自然や郷土を愛する心、
昨年のこの会で生まれた「私はお花がかり」「大空お絵描き」2曲のオリジナルソングも含め、
考えてみれば、この日の曲はみな、戦争の悲しさを忘れず、平和を大切にすることに繋がる。
人形の夢と目覚め〜軍隊行進曲など、ピアノの独奏曲も少し聴いていただいたが、
子供達と地元大人合唱団は心ふれあいつつ、被爆ピアノを伴奏に大切な何曲かを一緒に歌った。
宗近団長に少しお聴きしたが、原爆少し前にあった福井空襲も大変恐ろしかったそう、
みかんの花咲く頃、汽車ぽっぽ、雨降り、雨ふり熊の子、森の熊さん、ぞうさん、他、
そこには、戦争を知る、或いは知らない世代の一緒歌唱があり、とても意義深いものだった。
夕方には、急遽セットいただいた市立図書館での被爆ピアノコンサート、
ハンディなんのその、栗波館長や友の会皆様の献身のお蔭、会場は市民でいっぱいになった。
ここでも、合唱団指揮者山崎昭彦氏の、前述の朗読での挿絵映写その他有難い応援もあり、
ミサコの被爆ピアノは心を打った様、次にメインのショパン数曲など独奏を聴いていただき、
被爆ピアノと共にみんなで歌おう、もあって、北新庄小児童2人の飛び入り名演もあった。
小学児童達や合唱団皆さんから貰ったパワーのお蔭もあり、私も溌剌演奏できた気がする。
世代や市民層を超え、音楽で平和を願う、大変感動的な音楽会、いい64歳最終日になった。
小学校が夏休み入り…生徒詩曲を名伴奏の田中先生が、生徒たち感想文をお送り下さった。
表現困難だが、時間が少し経ち再感動、疲れ汚れた心が清らか爽やかに洗われる感じ…か。
思えば、中島暁美校長ご転任、小木雅晴校長ご赴任での今回実現のふれあいコンサート、
北新庄ふるさとの唄を歌う会の皆さん、そしてその自治区と小学校の深い愛情と信頼、
それらがあってこそのお招きと継続その成果発展、正に有り難い=他でも有りたいことだ。
今回は中部北陸関西で3連続コンサート、矢川光則氏には大変なご苦労をお掛けした。
快く実現下さっての大成果、心から感謝し、敬意を表し、今後の更なる充実を祈念する。
あと4日で広島被爆65年、猛暑の地元でのご多忙、お見舞い申し上げる。
終戦記念日翌々日に氏の著書「海をわたる被爆ピアノ」(講談社)の出版祝賀会があり、
その後初の海外、米国コンサートは歴史的な日、9.11にNYで行われる。
こちらは招かれてNY州の高原、Frost Valley YMCA Campでの演奏会とセミナー、
尺八、琴、チェロの日本の音トリオは米国小学生親子たちへの音楽親善大使、
矢川氏の2週前だが、演奏者聴衆共感&音で平和を願う、は一緒、共に成果を祈る。
梅雨明けが遅れても、全国的には記録的暑さ、局所豪雨も各所であった7月、
「聞こえる人との共感が音楽」、そんな嬉しい有り難い音楽会が福井県と東京都であった。
仙台空襲の朝、防空壕で誕生との小職、健康で、音に関らせて頂いていることに感謝、
これからも、頼っていただくことには、一生懸命関らせていただく所存。
熱中症など、くれぐれもご自愛下されたし!
2010.8.2 星 重昭
7月
人に 人々に 感謝
星の子弦楽団初の本格演奏会が、2週間後の休日に持たれる。
基本的に月1回練習ののんびり楽団も、この半年は大分練習の回数を増やしてきて、昨夕、
2人の協奏曲独奏者を迎えて、緊張と興奮の、嬉しいリハを持つことが出来た。
独奏楽器と弦楽との協奏曲は、バロック時代に数多く作られ、傑作も沢山あるが、
Vivaldi/ヴァイオリン、Marcello/オーボエの有名協奏曲、この2楽器の為のBachの名曲、
リハにしてもう、楽団メンバーは、“こんな日が来るとは何と言う幸せ”だそうだ。
メインは弦楽の大名曲Griegのホルベルグ組曲、北欧の夏の爽やかな風を運べようか、
師中島隆久先生と中島チェロアンサンブルが初演して下さった、小職の2作品の再演もある。
元気なら一緒演奏した筈の方、貴重指導と励ましを下さり、喜んで聞いて下さっただろう方々、
星になられて今も心を支えて下さる、ありがたい方々への想いも、何かの形にしたい。
梅雨明けを念じて音楽会のサブタイトル、“星まつり 夏来たるらし 音まつり”
海の記念日、産みの苦しみならぬ、生みの喜びが生まれることを、信じている。
聴衆演奏者の心がひとつになり、夢大きな海原への希望ある船出の時になる、と信じている。
今週、七夕の翌々日、福井県の小学校で被爆ピアノを弾かしていただく音楽会開かれる。
4回目となる、越前市北新庄小学校のふれあいコンサート、今年もお招きいただいた。
北新庄ふるさとの唄を歌う会の皆さんと、小学校の確かな絆が基本にあって、
宗近惣助団長、中島暁美前校長、そして、教育委員会新校長他先生方の深いご理解があり、
数奇運命のピアノを見事甦らせ各地に運んで下さる矢川光則氏の、今回の特別の愛情、
関係各位のご努力ご配慮、そしてその実践には、心から敬意を表し感謝を申し上げたい。
幾つもの困難がクリアされてのこの度の実現、全小学生達、父兄、…一般市民、
65回目の終戦記念日を1ヵ月後に迎えるにあたり、平和の大切さ、
人間が人間を想う心の大切を、ピアノと歌声で、より確かめあえたら素晴らしいことだ。
昨年のふれあいコンサートで実現した、生徒の詩による北新庄小のうた2曲、
大先輩大人たちが後押しする「私はお花がかり」、「大空お絵描き」の再演は若い命の前進、
全ての生きものや、地球を愛することが、新しい平和の基本、意義深いものになるだろう。
曲を作らせていただいた小職、子供たちへ“ほんとうにありがとう”と言いたい。
ピアノも“この小学校で私を役立ててくれて、どうもありがとう”と言ってくれるのでは…。
さて、何気なく言う “人生は出会いと感謝”は本当に深いことばと思える。
冒頭の2人の名手、齋藤(久保)啓子氏/Vnと増澤正晃氏/Obに出会ったのはあるCD上、
“天草を唄う”というCD上で別々にソロをしたのだが、無念にも歌手の宮崎勝明氏は昨年急逝、
今年1月、氏を偲ぶ意味も少しあった会で3人は初めで実会、自然な独奏お願いだった。
七夕は出会い記念日、人に、人々に、心から感謝…、
今生きているのは生かされているから、やはり、人に、人々に、心から感謝、だ。
今年も、心身とも健康で、元気に梅雨明けを迎えたい。
2010.7.5 星 重昭
6月
縁に 雨に 感謝
私の生い立ちを少しだけ語ることにしよう。
広島長崎原爆のほぼ1ヶ月前、ありがたい生を受けたのだが、仙台空襲の朝だったそう。
宮城県の小さな漁村七ヶ浜村で育ち、松ヶ浜小学校が学びの道のスタート、やがて、
幸運で大学に入ることができ、自宅から通い、教育学部で音楽の勉強等をさせてもらった。
教職ならぬ音楽財団職員になり、国内国外何箇所か仕事をさせて貰い、学ぶことも多かった。
特に、福井文彦先生には、大きな基本、進む道をしっかり学ばせていただけたと思う。
昨夏出版の金子みすゞ童謡詩作曲集の誕生…、きっと師の精神が生き続けていたからだろう。
前月少し触れたが、ベルギー在住名ソプラノ、新保友紀子さんが本当に取り上げて下さった。
‘82、私は北欧で仕事をすることになったのだが、春、仕事の手始めのウィーン出張時、
出会ったのがそこのY音楽教室最初の日本人講師鈴木啓子さん、以来親交下さっている。
曲集を現住のブリュッセルにお送りしたのだが…奇縁幸縁!!新保女史に師事されていたのだ。
来日友人が携えてくれたトライアル録音は何と13曲全曲、その歌唱が本当に素晴らしい。
ベルギーの著名ピアニストご主人伴奏も的確、客観的に聴く自分がいたが、大きな感動だった。
日本語が大変に美しく、詩人の清らかな優しい心、強い魂が気高くうたわれていた。
恐らく、そう遠くない日に実現しよう女史の独唱会やCDの音が心に聴こえ、ワクワクする。
真の日本の美、私達日本人に大切なものに、「うた」で気付いてくれる人が増えることだろう。
この曲集で最初に歌われた曲は「土」、昨年9月福井県越前市北新庄小学校の学習発表会、
殆どが同校卒業者である「北新庄ふるさとの唄をうたう会」は、小学生たち皆と共演したのだ。
今年もまた来月7月9日、この小学校での“ふれあいコンサートに”お招きいただいている。
今年はこの大人と子供の音ふれあい、何と、“被爆ピアノコンサート”として実施される。
ピアノは近畿地区にいてこの希望日のみ奇跡の空白、ピアノの養父矢川光則氏も厚意、実現だ。
戦争を知っている大人たちと戦争を知らない子供たち、意義ある音楽会になることだろう。
大変な感激とはこのようなことか、今秋、私の出身小学校にもお招きいただく。
卒業して53年、孫世代の大後輩たちと音を通して長い年月が繋がるのがとても楽しみだ。
殆どの恩師にはお会いできないだろうが、一人でも多くの級友にも会いたいもの、
この小学生時代こそ、ふるさと時代こそ、金子みすゞ曲集のような世界を育んでくれたのだ。
実は、北新庄小学校も松ヶ浜小学校も、新しい校長先生が赴任されてのご決定、
前校長の中嶋暁美先生と梅田優司先生のご苦労とお導きもあってのこと、有り難いことだ。
社会のために献身の友人たち、社会のための開かれた学校、実現への真実も両校にあろう。
自分ひとり訪問の、例えば、前記被爆ピアノコンサートのようなものは可能だろう。
6年生時に自衛隊音楽隊だったか…音が今も瑞々しく甦り愉しく響く…、大いに心踊った。
出来ることなら、小さな楽団での訪問が実現したら素晴らしいこと、夢は見続けたい。
さて星の子弦楽団、来月は海の記念日19日、意を決しての演奏会を持つことになった。
大人の音楽教室での月1回弦楽合奏学習者を主とする皆さん、9年前に生まれた。
大田区の福祉施設に始まり、熊本、佐賀、愛知、福井、横浜、NY州…、
高齢者施設、保育園、小学校、林間学校…、これまで大小種々の形で音楽会を持ててきた。
今回、親兄弟家族、師、友人、同僚…日々後押ししてくれている方々への感謝、
福祉作業所のメンバーの方々など、この種の音楽会鑑賞が少し困難な方々へのお役立ち、
そして、第一線で活躍する音楽家共演によって生まれる、楽団と各メンバーの確かな前進、
そんな3点の考えに立っての企画、招待入場でお聴きいただくが、
水準以上の演奏が生まれ、且つ、ご来場者演奏者全員の共感が生まれたら幸いだ。
さて明日、NHKでギターの谷辺昌央氏演奏収録とのこと、招待をいただき興奮している。
小さな縁に恵まれ、いくつかの縁に恵まれ、新しい充実が生まれていくことに興奮する。
そろそろ一ヶ月ほどの雨の季節、土も当然、日の光も勿論、ありがたい惠、
私達は野山の木や植物、万物は多くの何かに恵まれての生業、恵みの雨にも感謝したい。
この季節、運動不足や食物の注意、健康にも十分留意したい。
2010.6.9 星 重昭
5月
カチ時間?
Golden Weekが過ぎた。
誰が名づけてか“黄金週間”は凄い、お金をドンと儲けるか使うか、或はじっと…か、
欧米のよく知られたことわざに「じっと沈黙…はGold!」があるが、ともかく、
通常の仕事を離れ、普段出来ないことがやれるということでは、価値ある日々時間である。
溜まっている旧い鉛筆書き作品の、PC清書の時間もしっかりとれたし、
ベランダや玄関近くのプランターなど、土からいじって春夏用花の植え替えも楽しいし、
初孫訪問、冑の前で抱っこ合戦、ベランダ用小さな鯉のぼり持参でG/爺アピールも愉しい。
(小生Violinの強制数曲鑑賞、子守唄で寝入ったのには恐れ入った=兜を脱いだ!)
7月海の記念日に行われる星の子弦楽団演奏会のための、朝から夕方2日間の集中練習会、
皆予定等をいろいろ調整されての参加実践で、個人も全体も、成果が充分あったようだ。
GW明けの朝は、ご命日の中島隆久先生墓前にお参りし、感謝といろいろなご報告、
弦楽団演奏会では、師の依頼で生まれ演奏して下さった曲がいくつか演奏される。
師主宰チェロアンサンブル初演のビートルズ組曲、組曲“高原”からの「祭」の弦楽版、
バッハ、マルチェルロ、ヴィヴァルディ、グリーク…、当初不可能と思われた曲とともに、
師の孫弟子たちはやっと、音楽の響きを聴いていただける第一段階にきたようだ。
さて、欧州時代に出会った素晴らしい友人に送った金子みすゞ童謡曲集、本人ばかりか、
ベルギー在住の名ソプラノ、新保友紀子さんが取り上げてくださるようでとても嬉しい。
お蔭で高声用楽譜も完成、女史の試唱録音を何曲か携え友人が間もなく来日、ワクワク。
このGW、旧いギター作品の清譜作業、生き生き進むことになったのは全く幸運、
4月、ドイツ在住ギタリスト谷辺昌央氏の東京リサイタルに招いていただいたことが発端、
生涯稀な音楽感動を頂いたが、その氏に、拙作いくつかを診てもらえるのは光栄至極、
真に偉大な音芸術、多くの人に、CDや今後何度か来日される実演を聴いてほしい。
何時か、拙作音符たちが氏の指で音になる瞬間に立ち会える日が?…、最も愉しい夢だ。
折々に作ってきたピアノ前奏曲集も同様に清譜がはかどり、間もなく完成、
そのうち、スウェーデンの奏者I. Edgren氏が公演と録音をめざし動き出す筈、楽しみ。
ライフワークの中心が作曲、演奏されて音になってこその価値だろうが、
あまり知られない小生の諸作に目を向けてもらえる、それだけでも本当に幸せ、
そんなことが実際起こるかもしれないと、時間を有効に費やさせてもらえるのは幸せ。
世界は広く、生きていると素晴らしいことに行きついたりもし、本当に素晴らしい。
そのためのいろいろな出会いが人生、そうなるためのじっくりしっかり歩みが人生
辛いことも少なからずあるが、信頼誠実努力献身…いろいろがあってこそ、
人生途上での、いくつもの素晴らしいことに、自然に行きついたりもするのだろう。
自然に行き着く…、宇宙に地球に感謝し人を敬い…、息つく、ということであろう。
自分にとって価値あるまとまった時間、努力の日々が嬉しく振り返られる時間、
愉しく振り返るため、また新しい楽しい努力ができる価値ある時間、
GW…、今考えるに、1週間だけでは決してない価値日々時間代名詞といえそうだ。
2010.5.9. 星 重昭
4月
小学校と登校
書を読みつつ、背に薪を運ぶ勤勉の姿・・・、二宮金次郎の銅像はとても懐かしいもの・・・
横浜に住んでからさえ、もう四半世紀、“故郷は遠きにありて想うもの”…か、
3月末の或日、終業式翌日という母校松ヶ浜小学校に、53年ぶりに登校させていただいた。
宮城県は仙台近郊、松島湾の南端で塩釜湾を囲む小半島、7つの浜を持つ七ヶ浜町の小学校、
村が町制、そして寄贈のピアノが初めて鳴った卒業式、時節柄、昨日のように思い出される。
当時は木造平屋校舎、創立125年の今は、爽やかな白亜のコンクリート3階建、
校長先生が案内下さった屋上からの大感激の大眺望、…ふるさと菖蒲田浜、そして松ヶ浜、
新時代を感じさせる湊浜に続く仙台港、中高時代は休日ごとに耕した畑地帯は今大団地、
スタインウェィピアノを擁する白い国際村、懐かしい島沖の長い防波堤、・・・校庭の木々、
長い時間の中で、景観の大小の変化はあったが、変わらぬ優しい大海原と春の陽光、
発展の中で、母校がしっかりそこにあり、思い出痕跡も動かずあり、嬉しく安堵した。
この母校再訪が実現したのは、町議会の大町睦夫議員、甦った小学同級生の縁、
昨年11月コラムに少し記述もあるが、国際村での小学母校学習発表会を見学できたこと、
梅田校長に紹介いただけ、新体育館落成や屋上眺望他、訪問の夢が大きく膨らんでのもの。
この日幸運にも会うことができた3人の同級生もまさにそんな典型なのだろうが、
ずっと町の基本を大切にし、更に発展させて来られた人々のお陰、嬉しい安堵である。
3年前の福井県越前市の北新庄小学校新校舎落成もそうだったが、40数年を経ての新築、
広くて綺麗で厳かで明るくて、小学母校の新体育館はとても素晴らしいものだった。
そこにも落ち着いたグランドピアノが有ってびっくり、弾かせていただき2度びっくり、
素晴らしい音、・・・宮崎県に越されたピアノの先生だった方の寄贈だそう、本当に有難い。
是非とも里帰りを実現され、あそこで愛器による演奏会をしていただきたい。
特筆!体育館には珍しい館内の最良音響、音楽会にも十二分に働いてくれることを確信。
最後は校歌、何時何処にいても心の奥にあったもの、諳んじ唄える大切な歌、
校長議員友人、皆思いは同じ、音楽室での校歌は、一同生涯初という全5番の斉唱、
自分が小学母校のグランドピアノを弾かせて貰い唄う校歌…、思っても見なかった至福、
凛たる日本美を基に、日本人の永遠の心を感じさせる、至宝中山晋平先生作の独創的旋律、
3つの浜の情景を素直に描きつつ、若者の進む道を清らかに語る渡邊波光先生の気高い詩、
校歌制定は昭和元年とのことで84歳、1万人ほどの人が歌って来たのであろうか、
強く、美しく、熱く、優しい、本当の名校歌、そしてその再唱、特別に幸せな時間だった。
校長室の歴代校長写真、5年間教わったかなり怖かった菅井校長、そこから数え何代か、
嬉しいご縁の梅田優司校長だが、この度残念にも、いや、目出度くも定年の御退職、
全先生方職員の方々に紹介下さったが、これからも同様、素晴らしいお仕事をなされる筈、
小職の母校とのご縁が今後も続き、音楽での何らかの恩返しが叶うときがあれば、
その時は是非登校頂き、子供達も先輩達も一緒に、更に大勢での校歌斉唱の実現を願う。
先輩諸氏大人たちと皆、その時は、時期でなくとも「仰げば尊し」も唄いたいもの、
小生、故郷を離れ日々一生懸命生きる中で、恩返しが殆ど出来ないで時は過ぎてきたが、
天国に逝かれた恩師達に少しでも感謝したい、母校を後にした時、思いは強くなった。
今後児童たちのお役に立てる何かがあれば、少しは恩返し、感謝の意味合いになろうか・・・
同級生達やその回りの社会と少しでも同じ想いを持ち、同じ点に立ち、生きたい。
「全ての基本は小学校にあり」を強く感じた今回の登校、本当の卒業はまだ先の気がした。
実際の卒業はあるが、ほんとうは、それから…の何かがあって、本当の卒業はまだその先か、
元気な大後輩たちを確かめ、少し役に立ちたいと、ちょっと寄らしてもらうとはいいながら、
実は、人生の大事な基本を思い出しに、大事な忘れ物を取りに帰校したいのかもしれない。
人生の大切な頃の6年、人、事に出会い学び、夢を育み、後々思い起こす場所である。
この春、男子校だった母校塩釜高校が女子高との合併だそう、分厚い学校史が先ごろ届いた。
校歌はどうなるのか…、その部分を考えると複雑…、正直哀しい思いが強い、
昨今の学校統合ニュースの増加、それが小学校などの場合、特に哀しいことだと思う。
七ヶ浜町の小学校は当時から1つ増え今は3つ、町が健全に発展して来てこそと思うが、
何処においても、母校、特に小学母校は未来永劫ずっと続いてほしい。
卒業生が何処に住んでも、校歌はその拠り所、心に校歌があり、学校も在り続けるのだ。
さて二宮尊徳銅像、小生が見たのは誕生15年以後、当時、相応の旧さを感じていたから、
戦争末期の寺鐘学校銅像等が集められ兵器鋳造・・・は恐らく、免れたものと今思っている。
玄関前の銅像、実は今回、背中の薪が本物の木の薪だったのには驚かされた。
いつごろか、その部分が盗まれ、寄付で元通りになったが、近年また盗まれたのだそう、
最も悲しいこと…、かけがいのない、思い出を繋ぐ皆の大切財産、そっと返してほしい。
ちょっと無断で借りた筈、元小学生様!純真を思い出し、どうか返しに帰ってほしい。
小学校、人生の一番の大切が思い出せるところ、必要な忘れ物も保管されているところ、
現実は難しい問題が山積、何処でも誰でも帰校訪問実現は困難だろうが、基本は重要、
大切なことを思い出す…、人生、時に人は、小学母校登校心が必要ではなかろうか。
あの時々、あの人々…、小学時代を思うとき、力が芯から沸々湧いてくる気がする。
2010.4.8. 星 重昭
3月
スポーツと音楽
中南米での相次ぐ大地震や津波、各所では相変わらず間断続くいくつかの紛争、
2010年も、地球の未来希望はなかなか明るくならない、気が重い春への道のり、
そんな中、先頃のVancouverでの冬季オリンピック、とても元気が出た。
いろいろな課題を克服しての参加、想定外も個々多々あったであろう各競技でのBest、
見せて貰う方は、遠い地での応援だが、大きな感動と得がたい学習があって感謝。
一定距離での速さ、同じ条件での距離=長さ、同じ条件での着順や点数の勝ち負け
一定課題の正確さ美しさの評価、それらいくつかが組み合わされたもの、様ざまだが、
違う民族でも同じ人間どうし、スポーツという運動で競い合うのはまさに真の平和、
時折、各地の紛争は、この種の大会が無かったら、もっと過激で深刻では、と思った。
新競技の実施にも一応前進を感じるし、このスポーツ祭典は未来永劫絶えてはなるまい。
ところで今回、夏季オリンピックにはあって冬にはない類を想像、いや創造してみた。
ずばり、雪だるま!一定時間にできるだけ大きな、同時に美しい形のものを作り、
それを、一定距離を壊さず運び、指定の台に載せ観客に披露、各項目合計得点で競う!
前述の競技群と違うのは、力比べが基本、貧しい国から楽にも参加できることだろう。
これこそ平和の採点、いや、祭典の典型ではないかと思った次第、閑話休題、さて。
いろいろな競技で思ったことは、音楽と大いに関連があろう、ということ。
最も関係する種目といえば、音楽に乗って競技のフィギアスケートに違いない。
氷上での、ストーリーあるバレエやミュージカル以上の感動、音楽があればこそ。
実は、いろいろな競技で思った、音楽との大いなる関連、は少々違うもの。
氷上、雪上という不安定な足場、まさに、滑ってしまうからこその競技、
地上は勿論、水の上でさえありえない不安定さは、期間中の事故死や負傷等が示す。
選手達は、いい滑り方をするため鍛錬した技術を駆使しての最善トライをする。
最重要ポイントを考える時、おそらく、それはバランスというものではないか。
バランス、それは、いい技術とその多様な繋がりの、体の記憶みたいなものではないか、
気合を入れても御しがたい大切なもの、それこそバランスというものではないか。
やみくもに練習をしたり、死に物狂いで頑張る類のものとは絶対に違うことは明らかだ。
音楽を考えてみると、声も楽器も、基本的に、音は、自然に鳴るようになっている。
特に管弦楽器声楽等では、鳴らそう、と頑張ると、音楽が全く良くならない場合が多い。
指、手、腕、唇、舌、喉、肺、腹、…、各所の合理的作用がいい鳴り方のための各技術、
楽器によって違おうが、体得が、音楽の種々の要素を全て、良く鳴らしてくれるのである。
そこでの最重要ポイントがやはりバランス、前述の体の記憶、それはずばり、耳だ。
スポーツでは、いいバランスは、更に合理的動きを促進してくれるし。
音楽では、バランス役、いい耳が、更なる良い音鳴り世界へ導いてくれるようになる。
音を聴きつつ音に良く鳴ってもらう、それが音楽道、技術も耳も同時に成長する。
触れなければならないとても重要なことがあろう、「心の置きよう」ということ。
スポーツの各競技は、見方を変えれば、心の置きようの競い、
特に個人運動、明確優劣競争闘争を基本のものが多く、それらでは“熱血”が大切、
最終的には、それのありようが勝負の結果に実際、大きな影響を与えよう。
一方、“熱血”がフィギアスケートは無論、他の競争競技でさえ逆作用状況を多々見た。
“いいバランス”が影を潜め、女神が諦めて離れていく…に似ていたといおうか、
一つの仕上げ練習、最高の鍛錬機会と徹し、それに拍手を貰えたら幸せを感じる…、
筆者が日頃生徒達によく言わせてもらうが、そんな強い自覚を持て!と思うときだった。
ここで一つ、不思議なこと、フィギアスケートに何故生演奏がないのか、に気付く。
あるいは、踊るアイスダンス以外に声楽やボーカルが使用できないことにも気付く。
録音されたものの再生とは違い、生演奏は、演奏者の心がリアルに表現される。
声楽ボーカルでは、録音でさえ、歌詞が具体的な喜怒哀楽のメッセージを語ってしまう。
二つの「心の置きよう」が存在するのは、競技としては避けるべきなのであろう。
格闘技などと全く違うのに大きな負傷も隣り合う…、慣れ親しむ録音がベストな筈だ。
演奏や演技に“心”が要らないかと問われたらむろん、要る!と答える。
各々の技術が出来、“バランス”が安定したら、状況に応じ“心”も重要になろう。
高橋大輔、序盤の難技挑戦失敗後、中盤後半…終わりの感動、“心”が運ばせたのだろう、
各々の技術…、そして確かな“バランス”の裏づけがあって出来たことに他ならない。
合奏や合唱の音楽、各パート、個々が技術、更に個々の中に技術とバランス、
何故音楽をするのか、の心も持ったとき、実現される、聴衆も感動、それが共感世界、
或時は聴衆も参加し更なる感動の大きな役割を果たしてくれる…、スポーツ以上かも…。
弥生3月、草木動物、生きもの万物がRenew、再生のポイントに立つとき、
“確かな鍛錬による技術があり、耳と心も同化したとき、音楽の感動が生まれる”
今、このことを信じ、いい季節の再来を喜び、日々を確かに歩みたいもの。
私達を支えてくれる、多くの方々をお招きできる弦楽団演奏会を、7月19日に予定、
各々の事情の中での団員の方々、数ヶ月しっかりと鍛錬、これも小オリンピック、
参加するだけでない意義が生まれたら、と思っている。
2010.3.5. 星 重昭
2月
人の命 楽器の命 /その2
横浜の1月末、新春、のニュアンスとは少し違う音楽会、
64年あまり前の広島原爆から帰還再生の、被爆ピアノコンサートがあった。
主催は、未来への平和メッセージ発信を、ひとつの使命とする横浜YMCA、
柱の青少年の分野に留まらぬ、11の園での幼児保育、高齢者生甲斐活動も積極支援する。
1月30日、関内YMCAチャペルには、超満員160人もの老若男女が集まって下さった。
どんな内容だったのだろう…毎日新聞*の報道が少しあったが、簡単にご紹介しよう。
チャペル十字架の前に立つ、前面板がない中高音弦の黒さが際立つアップライトピアノ、
あらためて感じたのは、長い重い時間、膨大な亡くなった命、依然消えない禍根…、
今、恙無く生きることが出来ている自分、そのギャップが圧し掛かったのか、
その場までの歩み…、演奏…、あんな金縛りにあったのは生まれて初めてだった。
オープニングは長年弾き慣れた編曲のバッハ「主よ、人の望みの喜びよ」…
そんなイントロダクションの後、すこし原爆やピアノのお話、
使われなくなった古いピアノを修理調律、恵まれない国や施設寄付活動を続けられるなかで、
被爆ピアノの引き受け再生、平和へのメッセージコンサートの全国推進、自ら愛器輸送運転、
尊い使命感で身を削って頑張っておられる、主役の里親である調律師、矢川光則さん、
爆心地から至近被爆にもかかわらず奇跡の生命を得た父君、その7年後誕生が氏、
いわゆる被爆2世…、被爆ピアノたちのことも淡々と話されるが、それが逆に胸を打つ。
今年9月11日、米国NYで同様な被爆ピアノ平和コンサート開催とのこと、
プロデューサーの写真家竹本宗文氏は、同じ2世でも、原爆症症状で定期入院も必要、
今は安定時期だそう、の状況でこの大企画の懸命推進、頭が下がる話では済まない。
このあと、絵本「ミサコのピアノ」朗読と挿絵の映写、
64年余りの時間を見続けたピアノ、言葉や絵以上のことを語ってくれることを確信、
私は今回、付随音楽を作曲編作、被爆ピアノで演奏させてもらった。
紙芝居や映画でも得られない、その楽器の音で可能になった、大きな実感があったようだ。
そして、今存在するピアノ、が理解できたところでのピアノ曲演奏、
同じ世界大戦の欧州、ドイツ軍のポーランド放送局への砲弾、スタジオ破壊で生演奏中断、
実話の忠実映画化「戦場のピアニスト」で更に知られた、ショパンの遺作「夜想曲」、
沢山来てくれた子供達との平和実感を考えて選ばれた「人形の夢と目覚め」、
これは、挿入のシューベルト「軍隊行進曲」は夢の中の出来事、…安堵のストーリー編曲、
最後は、ミサコが原爆投下2日後に弾き歌い、人々の投石罵声中断という一曲、
トセリ「歎きのセレナーデ」、最後、悲嘆を越えて美しい世界に導かれて行った気がした。
お仕舞に、被爆ピアノは聴衆が歌う歌を、力強く、溌剌、しっとり、温かく伴奏、
この日に選ばれた高齢者曲?は4曲、冬の夜、里の秋、夏の思い出、みかんの花咲く丘、
四季の日本名曲にして、戦争の傷跡、家族の幸せ、自然の恩恵、…皆深く考えさせる。
子供曲?も4曲、よく歌われるが、しかしながら実は哀しい背景があったりの、
戦前出征兵士を送った…きしゃぽっぽ、戦争故に餓死させた悲しい過去…ぞうさん、
そして、動物に、大切な優しさや平和を学ばせられる…犬のお巡りさん、森のクマさん、
被爆ピアノだからこそ全員集中でき、一つの思いになれた、貴重な時間になったようだ。
主催側田口総主事挨拶の後、恒例の、被爆ピアノに触ってみよう鳴らしてみよう時間、
次から次に…、多くの人はその人なりのなにかを感じてくれたに違いない。
被爆ピアノはできる限り多くの人に触って貰いたい…、矢川さんの想いがよくわかる。
謙虚な気持ちで原点に立ち、熟慮し関らせていただいた、今、そんな想いはある。
でも、肝心なのは、来て下さった方々が、このコンサートをどう感じられたかである。
このコンサートにおいでになった方がブログに書かれた。少し紹介させていただく。
ピアノの音色を聴きながら、これが65年前のピアノの音色かと、
自分が生まれる遥か昔の、自分が未経験の過去に想いを馳せていました。
そんな頃の音色が今、蘇っていることに、不思議な感覚を抱きました。
主催側の言葉の中に、「過去は変えられない。だったら未来を変えて行くしかない」という言葉がありました。
今日、こうして、経験したことのない「戦争」「原子爆弾投下」という現実に向き合い、その事実を聞き、
平和を後世に伝えていくために何が出来るのか?少なくとも、今日、
この場で被爆ピアノの音色に癒され、共に歌い、平和への志を一つにした参加者たち。
その一人一人の気持ちを他者へ伝えて行くこと。そこから、何か一歩が踏み出せる気がします。
矢川さん所有の「ミサコの被爆ピアノ」は、この秋、ニューヨークへ向かいます。
9.11に平和コンサートを企画されています。
広島、ニューヨークで共に戦火の犠牲となった人々の鎮魂と慰霊を行いたいとの思いからだそうです。
詳しくは、こちらを。「被爆ピアノをニューヨークへ」
私と子供たちも、ほんの僅かですが気持ちばかりの寄付をさせて頂いて来ました。
この場を借りて、多くの方々の賛同を募りたいと思います。ご協力お願いします。
今日、子供たちに被爆ピアノに触れる機会を与えられたことは本当に良かったと思います。
kazuもyuも、幼いながらに、「何だか怖いことが起こったんだ」と感じたようです。
そして、被爆ピアノを実際に弾いてみることで、それをより実感として感じてくれたと思います。
些細なことですが、平和への第一歩が踏み出せたかなと思います。
(全文は→http://kaohiro.exblog.jp/12750930/)
このコンサートがどんな意味をもつものか、まさに示して下さっているようだ。
重量、弦その他デリカシー、ピアノのNY往復は大変な金額、少しでも協力したいもの。
何とかしたい、私が、私の周りの人たちができることはないか、急いで悩みたい。
これを読まれる方々、貴方の街で、音楽会が開ける場所があれば、是非開催してほしい。
むろん、私で、私のやり方でよければ、矢川さんのように、手弁当で駆けつけたい。
2010.2.4. 星 重昭
(* http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100131-00000035-mailo-l14)
1月
人の命 楽器の命
年末恒例生徒発表音楽会、心配もあったが、概ね好評でほっとした。
短期間仕上げのHandel合奏協奏曲、通奏低音チェンバロ付きCorelliクリスマス協奏曲、
特に、チェロ合奏キラキラ星演奏会用完全版など、聴いて下さる方に感銘があったようだ。
新しい年での更なる前進への、確かな希望となったことだろう。
めでたさも 中くらいなり おらが春、は小林一茶だったか、
何といっても、新しい年を健康に迎えられるのは、本当にありがたいこと、
自分に近い人たちと睦まじい新年があるのは幸せなこと、睦月が意味するところだ。
旧暦なら1ヵ月半ほど遅い2月後半からの1月睦月、寒さ真っ只中でも呼ぶは初春、
春に程遠くてもいい響き、頂いた年賀状の中から、和歌一篇を紹介させていただこう。
新しき年の始めの初春の 今日降る雪の いや重け吉事
新年初春の日に降る雪が積もる如く、さあ積もって重くなれめでたいこと、が大意、
年頭から嬉しい勉強ができたが、万葉集を締めくくる大伴家持の作だった。
温故知新の姿勢を学ばせて頂く尺八先輩、近年交友阿部晃山師から頂いた賀状、
目に見える財増ではなく、いい師いい友が増え心豊かになる実感は真の喜び、
個人的には一句、めでたさは
大過ぎるかな おらが春、感謝の日々。
月末に、広島原爆で残ったピアノを弾かせていただくことになった。
初春には少々重い催しかもしれないが、明るく関らせていただこうと思う。
爆心地に近い状況で、持ち主もピアノも生が奪われなかったのは惨劇中の幸い、
弦楽器と違いピアノの寿命は短く、無数のガラス片が…の楽器が今も…は大奇跡、
以前から古いピアノを修復、貧しい国に寄付されて来られた調律師矢川光則氏のお蔭、
終戦から64年あまり、私たちに戦争の恐ろしさを伝え、平和の尊さを教えてくれる、
意味深いコンサートは全国で行われ、今年9月11日にはニューヨーク公演も予定される。
矢川氏のお話があり、被爆ピアノの音も加わっての絵本朗読「ミサコの被爆ピアノ」、
縁の曲、多くの犠牲者に想いをよせる曲、子供の愉しい平和な夢を育む曲、…そんなピアノ演奏、
また、今こそ子供から大人まで皆で感じあいたい大切世界、歌のいくつかもそのピアノで伴奏、
横浜YMCAの尽力で実現の、被爆ピアノと真の平和を願う人々が主役の貴重な音楽会、
広島の25日前、仙台空襲の日に生を受け、その4ヶ月前東京大空襲で父を失った小職、
縁があっての今回、被爆ピアノ平和コンサートin横浜*、関らせて頂くのは感慨だ。
大伴家持に思うは、終戦日にも流れ乳飲み子の私も聞いたか「海行かば」、万葉集歌、
8世紀に作者が思ったこと、使われ方、今の我々の受け取り方、みな違いがあろうが、
今こそ、戦争悲惨を認識し、平和のために出来ることを考え可能なら実行したいもの、
今年も、自分の生を有難く思い、音で、少しでも人の世の役に立ちたいと思う。
2010.1.3. 星 重昭
(* http://www.yokohamaymca.org/program/20100130kd.html )
2009
12月
竹節自省 木心共生
忘年会、クリスマス、1年の整理とクリーンアップ、新年準備、年賀状…、
いい得て妙、師走とは良く言ったもの、まさに近年はますますその感じで過ぎていく。
その流れに飲み込まれる少し前に、ひとつ、音楽挑戦をさせていただいた。
“晩秋哀愁”と題した、足利のレストラン「チコリ」での尺八とギター音楽会、
呼びかけてくれたギターの永倉功氏のお蔭、いろいろな点で有難い機会になった。
尺八修行満10年の節目、1、2曲を皆でではなく、全曲を一人でのデビューだった。
尺八、長さの1尺8寸が名前に由来する、表4、裏1の合わせて5孔の竹製縦笛、
原始的で単純構造の楽器の宿命、調や旋律により演奏法は複雑極まりないものになる。
しかし日本人に生まれた哀しい、いや、嬉しい性というべき、
音や表現の可能性の広がりは無限のようで、困難克服前進の楽しみはとても大きく、
吹く息が演奏…呼吸し演奏し生きている、生かされている有難さの実感は比類ない。
今回、邦楽はギターパート作成の大変さもあり「春の海」のみで、他全部は洋楽、
五音音階用楽器での大変さは覚悟の上だったが、やはり調によっては相当なもの、また、
運指の困難さ軽減のための、曲による、短い1尺6寸管との即切り替えは、現実至難技、
練習ではやれたものでも、正直、こんな筈では…の瞬間は、何度か訪れ、
嬉しいデビューの一方、お客様に申し訳ない思いも何度か訪れた(音ずれたで済まぬ)。
「チコリ」のシェフ、酒井マスターの素晴らしい料理に、大分助けていただいた。
(トマトならぬトマトソースが飛んで来なかったのは、それがそれ位美味しいということ、
この名店、食事で訪問なら、永倉氏の演奏も多いという木曜夜がいいのでは…)
かって、二胡のコンサートでヴァイオリン名曲チャルダーシュ他を聞いたことがある。
それらは、原曲の楽器の演奏に較べれば不完全と言わざるを得なかったが、しかし、
二胡でしか味わえない音色とニュアンスで聴く喜びがあり、愉しんで帰った。
尺八は洋楽も楽しめる楽器、なんとかそれを知ってもらえるよう前進したいと思う。
そんな、生きた勉強を、大それたステージでさせていただいた今回、
副(吹く)産物?! 幾つか重要な編曲も生まれたのも、本当に有難いことである。
必要は発明の母、弦楽の合奏のための作編曲はそのようにして増えてきたわけである。
ここ3、4年、チェロや弦楽の合奏を中心とした、生徒発表音楽会を年末に行ってきた。
慌ただしい中でも、真剣に取り組んでくださる皆さんには、ご苦労様である。
Handelの合奏協奏曲他、Respigiの名曲、ビートルズやキラキラ星の演奏会用編曲、
何年か前のスタート時には夢のような合奏に、今は真正面から取り組めていて敬服、
まさに継続は力、生徒の皆さんからも力を貰え、学ぶことも多く、有難いことである。
昨年から続く金融、経済、就労等の不安、2009年の世が大きく変化し過ぎて行く中、
事情で学習継続断念の方、その日に仕事や家庭のことで演奏不可の方もおられる中、
その日演奏でき、まして来聴者が居られ楽興を共有して下さる、それは本当に嬉しいこと、
音楽は自らばかりでなく、一緒に演奏する人も聴く人も、互いに癒され力づけられる。
慈しみ深い気持ち、幸せな気持ちで演奏させていただこう、真に有難いことである。
今の世界、政治、宗教、人種、言語の区別無く、健康でクリスマスを迎え、
やがて新年を平和に迎えられるのは、それぞれの人々にとって、大きな幸せだろう。
来る年も音を大切に、広い視野に立ち、感謝と思いやりで、皆で努力して行きたい。
2009.12.10 星 重昭
11月
純心 音流
10月23日の夕、幸運にも、熊本市での初リサイタルを開かせていただいた。
前半チェロは塩永すみこ氏のピアノ伴奏、後半金子みすゞ童謡曲集の歌は木村久美子氏、
共に、実力者にして熊本の人気の月例音楽催し“歌声広場わいわい”の音楽スタッフ、
“好きはモノの上手なれ”のリーダー熊本YMCA前総主事小山哲夫氏を強力にサポートする。
この歌声広場の中核を担う方々が、今回、実行委員会を作り主催下さっての実現、
この広場の常連さんたちが約半数だったそう60数人の聴衆、本当に有難いことだった。
会の後、この日発刊の金子みすゞ童謡作曲集をたくさんお求め頂いたのにも感激した。
さて、YMCA阿蘇キャンプでの“生涯音楽の集い”は翌日24〜26日、
今年9年目の熊本阿蘇での恒例の音楽活動、諸事情で首都圏組少なめの今回、
その分熊本組が今年は例年より多く参加下さり、音楽体験&実践も幅広いものになった。
楽器は弦楽器系の他、オカリナ、フルート、リコーダー、ファゴット、ギター、打楽器等、
また音楽嗜好も、雅楽、クラシック、ジャズ、と広がり、正直大心配だったが結果は大充実、
参加者の自由演奏であるわくわく音楽会の時間も、参加者の一体感がどんどん生まれ、
過去の音楽集いの積み重ね、貴重な実績、その重要さを再確認させられた。
26日月曜午前の交流音楽会、計画の阿蘇西小は市の行事等で変更、今回は赤水保育園、
実はこの阿蘇・生涯音楽の集いが始まったのは9年前の11月末に遡る。
小生チェロ他に久しぶり今回参加西田晶子さん等、スタッフ手伝い得てのクリスマス音楽会、
赤水保育園年長組がマイクロバスで来て下さったときの、慎ましいものが最初だった。
昨年、熊本県木材利用大型施設コンクールでグランプリ受賞のYMCA赤水保育園園舎、
90人の全園児に保母の先生方に加え、この日園児ご父兄も数人参加いただいたが、
前日午後から参加して下さった設計の坂田氏も興奮された、素晴らしい音楽会になった。
虫の声、真っ赤な秋、等の日本のうたは、前述木村さんの歌詞前出しでしっかり歌われた。
ディズニーソングメドレーに続いて、いろいろな楽器紹介があり、目的の交流コーナー、
今年は秋にちなみ祭りがテーマ、南米の祭「コンドルは飛んでいく」と日本の「祭」(星曲)、
歌やリズムでの参加の方々が、足で床を踏み、スティックで床を鳴らし、
園児達も小さな手足で同様、リズムを刻み、大人たちの掛け声にあわせ囃す、
建物全体が、全く生き生きとした大打楽器、真に素晴らしい音楽小宇宙になっていた。
岩永ことみ先生が園児指導、伝統の赤水太鼓を伝承して来られたからこそ、を強く実感、
1時間を少し越す音楽会には、年少園児でさえ、全くだれることがなかったのだ。
「露」、「あるとき」、金子みすゞ童謡曲集初演の木村女史も幸せそうだったのは頷ける。
次回、もし短時間でも再訪が叶うなら、園児たちの和太鼓との「祭」夢共演を願いたい。
その前週18日、7月に続いて伺った福井県、越前市北新庄小学校での地区文化祭、
午前の部、伝統の各学年学習発表会で、地域の合唱団との小学生全員共演実現があった。
小生も尺八伴奏、大人達が唄い子供達が囃した、村時代からの貴重な伝承曲「北新庄小唄」、
子供達の作った詩に小生旋律の2曲「私はお花がかり」「大空お絵かき」大斉唱、そして、
体育館にこだまする、金子みすゞ童謡曲集からの「土」の全児童と大人達大合唱、
小生指揮での、ふるさと伝承曲、教科書掲載詩人の詩による新曲、自分達の詩に出来た曲、
子供達の溌剌しっかり声、負けずに若々しい大人たちの声、力強く美しく溶け合っていた。
このような音交流、何にも増して果たす役割は大きく、私達皆が学ぶものも大変大きい。
果たして、このようなさりげない実際実践、日本の他の何処かであのような実現があるか、
核家族が進み、学校教育と家庭教育の問題は更に深刻さが増し、社会教育も追いつかないが、
学校教育を超え、家庭教育を超えた真の社会教育の学校での実現、実に意義深いもの、
中嶋暁美校長以下先生方や児童達、唄う会宗近惣助団長他皆様、心から敬意謝意を表したい。
ところで、10月最終日、大学の同期会があり、久しぶりのふるさと仙台訪問、
わずかの空きの午前3時間、出身七ヶ浜町の小学同級友人大町睦夫町会議員に会えた幸運、
そして何たる大幸運、国際村音楽ホールでは母校松ヶ浜小学校学習発表会が行われていた。
2年生の音楽発表での思わずブラボー等、6学年の発表を十分楽しませていただいたが、
驚き!梅田優司校長のご挨拶コーナーの最後で、全く思いがけない光栄な紹介を頂いた。
熊本、佐賀、愛知、福井、NY州、小中校音楽会実践で母校とは違う校歌も度々演奏したが、
時折夢の中で唄っていた中山晋平の名作母校校歌、もしやその一緒斉唱が実現出来るかも、
体育館が来春落成予定とのこと、友らの溌剌孫世代を祝うべく、是非とも駆けつけたい。
母校校長経験者もいた教育学部旧友の集い、恩師福井文彦先生の大学歌を熱く歌ったとき、
昔懐かしみに留まらない、新たな前進が生まれそうな絆や友情実感、いい日になった。
9年前の阿蘇での保育園児たちとの、小さな音楽会に発した、小さな音楽の集い、
ちょろちょろ水はいつの間にか、遠い故郷までしっかり流れてくれていたのだろうか、
皆のお蔭に日々感謝し、健康に留意し、小さくも大切なことに真剣に生きて行きたい。
会った多くの子供達、新型インフルエンザをはねつけ、寒さを溌剌乗り切ってほしい。
2009.11.3 星 重昭
10月
和洋 音心
明治、江戸…、そんな時代に作られた音楽が伝承され、現代の中で邦楽と言われる。
明治以降の、急激な西欧文明吸収&追従で、生活様式も文化対応も全く変わり、
概念は典型的な変わりよう、音楽とは、殆ど洋楽を指す言葉になっているような感、
邦楽の先生方の大変なご苦労やご努力を思うとき、深い思いにとらわれる。
そんな昨今、邦楽を旧いものとは全く思わず(知らず?!)、新鮮に感じる人々も増え、
その分野のスター達が幾つも生まれたり、先月のシルクロードアンサンブルも一つだろうが、
和洋楽器が混在する、優れたユニットも幾つか生まれていたりで、確かな光は見える。
財)都山流尺八楽会神奈川支部の、伝統ある定期演奏会が先頃、秋の大型連休中にあった。
横浜から少し離れていたこともあろうが、素晴らしい鎌倉芸術館での開催は、
入場無料なのに、この種の演奏会は一般にそうなのか、会場は残念にも空席が目立った。
福永千恵子先生に学ぶ東海大学教養学部芸術学科の教え子さん達との白熱共演邦楽もあり、
質の高い純粋な尺八合奏や、高いレベルの伝統三曲合奏や、打楽器を含む新曲大作披露、
随所に、好評だった演奏が幾つもありながら、少数聴衆だけのための演奏は残念なことだ。
自身4曲吹奏&3楽章曲指揮という、貴重な勉強と経験は出来ても、一方で残念だ。
一つに、会員のみならぬ、この分野の中心聴衆年齢も高くなってきていることはあろう。
近年、県内高校筝曲部共演等、新境地の開拓をしてきての今回、専門若手との高水準合奏、
前述の新しい波も世の中にはありながら、それこそ、波長が合いにくいのだろうか、
根本的問題も考える時ではないか、と生意気だが、今月で入門10年を迎える若輩は思う。
いいものは取り入れ実践、揺るぎない伝統に更なる魅力を加え発展してきた都山流尺八、
諸先輩の指導を仰ぎつつ、何かに役立てるよう、やれることで確かに歩んで行きたい。
鎌倉邦楽の5日後、東京は大田区でクラリネット&ピアノのDuo
Concertを持った。
クラリネット、ギター、チェロ、トリオCGCの演奏シリーズから10年以上も経ったか、
藤原正明との久しぶり共演、リハが殆ど出来なかったこともあり、愉しい新鮮夕べだった。
小サロンコンサートのメリット、特に、飲物解禁Jazz系曲の後半は喜ばれたようだ。
お客さんたちの手拍子が入ると、Duo形態でも、演奏にも魂が宿り、皆が楽しくなる。
ところで、クラシック系でまとめた前半の中に、感銘いただいた1曲があったようだ。
15歳の大将平敦盛が源氏の熊谷二朗直実に打たれる、歴史一瞬が語られる「青葉の笛」、
自身素敵な歌い手の楠見女史と友人達、琴風の音バックで吹くクラリネットに尺八を錯覚、
明治の唄に伝統邦楽の感動のようなものを覚え、涙したほどだったそう、嬉しいことだ。
1、2時間前の、尺八本曲の伝統的演奏法伝授が、功を奏したのであろうが、
実は、邦楽には、我々日本人誰もが持っている、素晴らしいDNAがいっぱい潜んでいる。
邦楽でも洋楽でも、洋楽器でも邦楽器でも、日本人でも外人でも、まさに琴線に触れる、
音楽は心、音の言葉、だからもっともっと“我々の音楽”を身近なものにしてほしいのだ。
10月も、そんな“我々の音楽”の要素が充分の音楽会がいくつかあり、お世話になる。
7月に続いて伺う18日休日の福井県、越前市北新庄小学校発表会(文化祭)では、
子供達は大人達と、村時代からの伝承「北新庄小唄」を唄い、小生も尺八伴奏させて貰う
子供達の作った詩&小生旋律の2曲も、後述、金子みすず童謡曲集の2曲と共に、
全児童たちと大人たち(ふるさとの唄を唄う会)の合唱で唄われる予定で、楽しみだ。
子供達はきっと、民謡とも新曲とも考えず、日本の歌って、音楽っていいと思うだろう。
その翌週末から、9年目の、阿蘇・生涯音楽の集いがもたれるが、それを契機に、
幸運にも今回、熊本市で小生のリサイタルを開いていただけることになった。
チェロ&歌作品ジョイントリサイタル実行委員会ができて、主催下さるのだが、
厚木の1年程後誕生のうたごえ広場“わいわい”、その会員さんたちの応援もあって実現。
前半チェロは塩永すみこ氏のピアノ伴奏、後半金子みすず童謡曲集は木村久美子氏の歌、
ともに小山哲夫氏を支え、月例うたごえ広場を熊本の人気の音楽催しにしておられる。
第10回記念でチェロを演奏させていただいたご縁だが、本当に有難いことである。
特に、金子みすず詩の13曲、皆とても自然に出来たが、みすずの夫の出身地熊本、
旧くて新しい世界だろうが、歌になったらどう感じて下さるのだろう、
あたりまえの日本語で共感が得られたら本望、楽譜も出版させて頂く事になっている。
昨夜のオリンピック招致の14歳少女スピーチを聞いていたら、みすずが重なり感銘、
地球を、生きものを、他人を敬い慈しむ、最下位下馬評東京が初回浮上の意味は大きい。
また起きた大地震や大津波の大被害、地球や生きものの体系が狂わされている警鐘か、
言葉があるにしろないにしろ、和洋を越え、音楽で、心を通わせられたら最高、
感謝忘れず、そんな世界で少しは役に立てることを願いつつ、また、秋を愉しみたい。
2009.10.4 星 重昭
9月
土 植物 心
特別の好天ということだった今年の箱根強羅の大文字焼、向かいの丘から眺める光炎、
燃え始めから、花火に伴っての最高潮、そして最後の火が静かに消える・・・
黙して見る時、かけがいのない思い出と共に、先人の顔が幾つも去来、特別のお盆になった。
本当に考えさせられる夏、ロシア旅の後、日本を少しは深く見つめるようになったか、
小中高で習ったような歴史や地理、そして名高い世界の文学作品の名も浮かび上がってくる。
恥ずかしいことにその頃は殆ど項目暗記、そこから今、嬉しい勉強が始まったりする。
ロシア5人組の一人、ボロディンに名作「中央アジアの草原にて」があるが、
‘75、9月初演、「ギター協奏曲・北緯40度」作曲以来、ずっと関心が続くシルクロード、
そこを通って、今、今まで見えなかった世界や歴史が、少しばかり見えてきた気がする。
中国の南の中央アジア、中東もロシアも、ギリシャもヨーロッパも深く関わる。
例えば、スウェーデン人探険家ヘディン発見の、有名な彷徨える湖ロプノールと楼蘭王国、
そこで近年土中から発見された西洋美女のミイラ、青い目の人々の小国も繁栄したように、
言葉も宗教も文化も、目や肌の色も違う、小さな国々が長い時の中で複雑に変遷したのだ。
今、世界の民族間の問題が起こるとき、その頃のこの辺りを想う、・・・何かが見えそうだ。
ともかく日本、その道が行き着いて小休息のあと、海を渡って留まる東端、
そこに落ち着いたものがあり、また、少し育まれたものがあり、いろいろ見える所だ。
ここに ‘08年8月15日の読売新聞がある。
正倉院展第60回の逸品の幾つかが紹介される中、素晴らしい絵や彫刻の前面5穴尺八、
遣唐使達による伝来と考えられているが、同じ原理の吹奏楽器は中東の西、欧州にもあり、
なんと、リコーダーやフルートはその発展形と考えられることである。
NHKのシルクロードシリーズの音楽、チェロのヨーヨーマとシルクロードアンサンブル、
“様様な”中央アジアの楽器に加え、我らの竹、尺八がしっかり加えられているのが嬉しい。
さてまもなく、今年も、財)都山流尺八楽会神奈川支部の定期演奏会が開催される。
この分野でも、全国的な現状にもれず、会員年齢が高くはなってきつつ、しかし、
伝統音楽文化の普及に加え、新境地の開拓、県内高校筝曲部共演も実践してきて、今年、
名教授福永千恵子師に学ぶ、東海大学教養学部芸術学科の教え子さん達との共演も叶った。
中には、コンクールの優勝や演奏会活動の第一線の演奏者たちも居られ、尺八組も溌剌共演、
「阿波の風」、きっとステージに客席に“エーライヤッチャ”の真夏の熱狂が戻るだろう。
余談になろうか、前述の、美しいカラーの新聞の現物、
昨年9月、星の子弦楽団が尺八師匠方と「朝の海」、「亜蘭笛州協奏曲」等を共演時、
ご褒美だったのだろうか、駒井光山支部長が下さった貴重なもの、
大好評だった弦楽団共演、今年はお休み、代わりに演奏会企画曲「山河彩霞」の大合奏、
打楽器も入る11パートの3楽章大曲、芸大教授川村泰山先生作曲の名品、
小職は中川歌雪先生社中共演も嬉し愉し、の指揮役、現代邦楽の真髄を満喫いただけよう。
むろん、尺八本曲から、三弦筝との古典三曲や新曲合奏名曲まで、いいバランスの演目、
素晴らしい会場、鎌倉芸術館の響きとも相まって、邦楽鑑賞のとても貴重な機会になる筈、
9月21日祝日、芸術の秋のひとときを尺八と琴…、古都の食事も兼ね、いかが・・・。
その数日後、木のクラリネットとピアノで共演する音楽会を持つ。
尺八起源より1000年以上後に誕生と思われている素晴らしい3オクターブ半管楽器、
実はクラリネット、歴史上、クレズマーなるユダヤの楽師達が長いこと吹いてきた歴史、
モーツアルトの時代より遥かに古いルーツ、魅力的なその音楽のジプシー性、即興性、
哀しい歴史を経て、僅か生き残っていた芸の香りに注目してきた数少ない一人、藤原正明、
YouTube等で人気の「白い家のさくらんぼの木に寄せるソナチネ」(星曲)から、
時に上記(蒸気?常軌?Joke?)の香り、飲物片手に愉しむジャズタッチ後半ステージ、
それも芸術の秋、これは稀な機会、気楽に愉しんでいただきたい。
NHKの新シルクロードシリーズ、ロシアの旅から帰ってしばらくぶりにみてみた。
中央アジア、タクラマカン砂漠の北、オアシスの古都トルファン、そこからほど近い石窟、
貴重な壁画は、自然風化ならぬ、異民族異宗教の戦いで略奪されたり、破壊されたり、
探険家や研究者たちにより、遠い国に持って行かれたり、やはり哀しい現実があった。
しかし、残っていた貴重なものが一つ、釈迦の涅槃を描いたもの、ただ感動!
その一大瞬間、深い悲しみの中、この上ない敬愛の眼差しを向けて佇む一同の人々、
“人間、心は一つ”、言葉も宗教も文化も、目や肌の色も異なる数種が、慈しみ深く共存、
絵が、年月時代を超え国や言葉を越え、物事の真実を、無言で語りかけていた。
時代や言葉を超えて人が理解しあえるもの、音楽も特に有効なのは言うまでもない。
専門、専門外に関らず、楽器やうたの一節一音、関わる方は大切にしてほしい。
世界へ目を向ければ、各所で、根深い長い歴史や現代欲から、哀しい現実、
身近には今、同じ民族、友人家族でさえ、中傷、いじめ、傷つけ・・・、辛い日々現実、
お互い人間どおし、大所の目と小さな音楽で、尊敬友愛精神で、生きたい。
2009.9.3 星 重昭
8月
土 ふし 節
大人たちの夏休みは8月半ばの一週間ほど、日本のお盆風習が基にあろう。
帰郷してのお墓参りが以前ほど叶わないこともあり、横浜に菩提寺縁で数年前墓建立、
そこから、先祖、そして、先立った恩師友人関係者、そして関り生きた全てを敬う。
近年、東京や横浜の首都圏では、お盆は7月ということらしいが、さて。
昨日、綱島公園隣にある水月山陽林寺の恒例、お盆御施食供養会に参加させていただいた。
今年も、東弘元住職ばかりでなく、総持寺系の多くのお坊さんがお出で下さっての催し、
いくつかの読経の中で、本堂でのお坊さん回遊が、厳かな舞にさえ感じる瞬間もあって、
例年通り、殆どの時間に音楽実感はむろん、いや、今年は特別の感慨があった。
構成音は極めて少なくもCall & Response
はカソリック教会やゴスペル曲の世界を想う、
と書いた昨年のコラムだが、実は、今年はそれを更にはっきりと確信した。
実は前々日、ロシアの古い教会での午前のミサで、同じような世界を体験していた。
まとまった時間がとれたこともあり、7月末から未訪だったロシアの旅に赴いた。
ソ連に幕、ウクライナやバルト3国他の独立があってもなお、日本の40倍の広大な地、
短い行程で超大国を知るのは至難承知の旅、それでも期待を大きく上回るいい経験だった。
旧レニングラードのSt.ペテルブルグ、欧州へ開かれた200年余りの大帝国旧首都、
世界最高レベルのエルミタージュ美術館、ロマノフ朝の絢爛エカテリーヌ宮殿、
オフシーズンのマリンスキー劇場に音を想像し、大文豪達の香りも感じた芸術の都、
多々訪問フィンランドはすぐ隣、住んだ北欧に近く親近感があり、実際、欧州を強く感じた。
首都モスクワでは、背中合わせのクレムリンと赤の広場に、ロシアの昨日と明日を体感、
城壁内側の大きな重要な寺院、建造物、武器庫の貴重品の数々が、この国の歴史を語りかけ、
美しき広場を意味する赤の広場は、近世をしっかり見つめつつ、未来への姿も問いかけていて、
報道で見る中国の天安門広場と較べてしまうが、自由な風が吹き、進化中の躍動感も感じた。
この日の午前午後は、現代の京都と東京のようなものを感じていたかもしれない。
広大なこの国、他民族国家の常として、“ロシア的なものとは何か”の答えは相当難しい。
前述のロシア正教の伝統的なミサに遭遇できたことは、その一つの貴重な体験だろうか。
最終日、モスクワの北方へ車で1時間少々、セルギエフ.ポサードは旅の白眉だった。
14世紀からの歴史を持つロシア正教の聖地で、聖セルギウスの墓の上に建てられた聖堂の他、
由緒あるいくつもの教会からなり、モスクワ神学校や宗教大学もある、全体が大修道院である。
聖人は崇められる一方、皇帝ボリス.ゴドノフの墓は雨ざらしに近い感じ、格差は興味深い。
今観光客がシャッターを切る対象は、殺戮と破壊の歴史のシンボル?を忘れてはなるまい。
天才画家A.ルブリョフの傑作イコンを勿論見たが、最も貴重な体験は実際のミサ、
信者達が次々額ずく古い聖堂に響く賛美歌、神父と聖歌隊または聖女役のCall & Response、
ほぼ3音以内の素朴旋律の呼びかけに、応答は否応無く西洋和声の響きを感じさせるが、
全体が古いグレゴリオ聖歌に行き着く感興であり、曹洞宗の声明と基本的に同じ感慨で迫る。
私には、アジアを感じつつ西洋も感じる、そんな瞬間が喜び、この種の旅の真の醍醐味、
あの聖堂の空気を甦らせるのは大分難しいが、極東の地で今、お土産のCDを聴く。
音楽に関係あることがひとつ、北原白秋詩山田耕筰作曲の「ペイティカ」、生涯初めて見た。
アリューシャンの島に漂着し帰国を願った、船乗り商人大黒屋光太夫の実話、
ロシア語を修めつつ、一歩一歩ユーラシア大陸の土を進み、数年後西北端St.ペテルブルグ着、
エカテリーヌ宮殿で女帝エカテリーヌ2世に謁見が叶い、結果10年ぶりに祖国の土を踏んだ。
その謁見の部屋も同様、石造り部屋の隅や壁に聳え付く、酷寒を生き抜く暖房陶財は美しい。
ロシア語が全く出来ない、ロシアの人々の大部分がロシア語以外話さないらしい今回、
ロシア人日本語ガイドつきのパッケージツアーのお世話になり、とても助かった。
お蔭で折々、一方的挨拶やお礼のトライだけでも、笑顔と返事が返ったときは嬉しかったし、
独特のキリル文字も、こちらが積極的に読み始めると、かなり読めるようになり楽しいもの、
幾つかの国の、英語等流暢愛想大変良し旅は、何か大事なものが無かったこともあったか…。
吹ける見込みの無い観光だったが、身軽な邦楽器尺八を帯同、3度演奏できたのは幸運だ。
St.ペテルブルグ運河巡りで、同行お一人の船上「トロイカ」ロシア語歌唱挑戦で伴奏、拍手、
美味しいモスクワレストラン昼食後短い自由時間、「稗搗き節」「カチューシャ」の日露民謡奏、
帰る際、従業員の大半が出てきて握手をし、礼をしてくれるのはとても嬉しかったし、
夕食前俄か豪雨でレストランに歩けず、バスの中の止み待ち、それでは、で「赤いサラファン」、
これには吹奏前、ガイドのリディアさんも曲の文化背景を解説、運転手の笑顔握手も快かった。
それぞれの時間できっと、言葉のないメロディ、“ふし”が通じたのであろう。
夢の赤の広場での吹奏、その日は記念日らしく、地方の兵隊風若者達が賑やかに大挙集結、
警戒のパトカーや警官も多く、ツアー皆さんに迷惑がかかったりしては、と諦めたのだが、
前記で十分、言葉の通ぜぬ日本人がロシアを好んで旅する気持は、何人かに伝わったのだろう。
音楽には国境無しは、昨年5月、米国NY州での中学生へのコンサートでも実感したが、
言葉コミュニケーションが出来なかった、ロシアでも実感できたことは、大きな経験だった。
有名なバラライカ以外に、民族楽器は、フィンランドのカンテレに近い撥弦楽器もあるようで、
中央アジアに近くなるほど、葦の管楽器も見られるようになることは知っている。
ロシアでは白樺、杉、松、他いろいろな林も見えたが、竹林は見えず、竹の楽器は無いのか…。
“竹の楽器に節あり”、洒落ではないが、今回の旅は自分の中で一つの節目の気がした。
洋楽と邦楽を超えた世界が、少しだけ見える気がする今日である。
敵とか味方とかではなく、真の人間どおし、尊敬と友愛の精神で生きて行きたい今日だ。
2009.8.6 星 重昭
7月
土 詩 うた
世界に類を見ない、そば粉で作る蕎麦、日本そば、各地に幾つか名品はあろうが、さて、
本物の越前そばというものを、はたしてどれだけの方が召し上がっているだろうか、
蕎麦そのものは求めることは可能でも、水以外にどうしても出せない味がある。
そこの土が育む野菜、独特の辛味大根が作る汁、で、決定的完成の越前そば、ああ、絶品、
梅雨や夏にも負けない元気の一因というわけだが、閑話休題。
今年も、越前の由緒ある小学校の貴重な音楽会にお招きいただいた。
30年も前に遡る小さなきっかけでの、3年連続での北新庄小学校訪問の今回、感慨深い。
平安時代、京の都があり、近江の国を過ぎればそこに大国越前の国、武生の地は国府だった。
4年前の町合併で今、市名は縁の越前市になったが、水上勉の名作越前竹人形の舞台、
映画「千年の恋」で知った方もいようか、若き紫式部も、国府の守、父の転勤でこの地に住んだ。
70年代終わり頃の金沢2年在住や、東北の生まれもあろうか、北陸の風物には愛着があり、
式部の…“旅に来て 帰る山路のそれならば 心や行くと 雪も見てまし”に、心動かされ、
生まれた「国府*の式部の哀歌」(*Kou)が縁で、大分後に北新庄の唄2曲の採譜補作お手伝い、
北新庄ふるさとの唄をうたう会の、発足に、僅かに貢献できたのかもしれない。
このうたう会、団名にあるように単なる合唱団とは違い、童謡唱歌の類も大切ではあるが、
ふるさと立脚が一大主旨、中年から熟年のみなさん方、故郷の素晴らしい唄はもちろん、
“これからの故郷の子供達に歌っていってほしい歌”にも積極的な姿勢、意義深い。
昨日の、北新庄小学校での“ふれあいコンサート”*、
当然、前述の北新庄小唄も唄われたが、今年は “ホンニサ〜”の囃しはもちろん、
4番あたりになると、歌詞を見て一緒に唄う子が随分いたようで、大きな意義、前進だった。
金子みすず詩が教科書掲載となり久しいが、今回、”土”が初めて、素晴らしい合唱になった。
“こっつん” “こっつん”…、“朝から” “朝から”、 “晩まで”
“晩まで”、
子供達の元気なこだまは、次のかけがいのない以下コーナーへ、熱っぽく繋がった。
北新庄小児童の詩による新曲が、全く、溌剌リズムとすばらしい歌声で歌われたのである。
この学校に児童達が入学後、折々作った詩の中から、今回2つが選ばれて出来た曲、
曲の提供後、僅かの時間でそこまでやれたのはまず、自分達の詩、ということがあろう。
*木下すみれさんの「わたしはお花係り」、岩尾陽菜さんの「大空お絵描き」はもちろん、
他の詩も、子供らしい素直さ、そして土の匂い、故郷の風をたっぷり感じさせるものばかりだった。
そしてこの2曲、素晴らしいピアノを弾いて下さったのが田中陽子教諭、
自ら歌い録音、朝の校内放送でも流して下さったそう、児童達はほぼ歌えてくれ、そのお蔭で
2つの詩の発音や、曲にしてあげられなかった各詩等、総合学習部分にも思いやる時間ができた。
本当に有難い、先生の伴奏で音楽の時間が過ごせる児童達は、本当に幸せ子供達なのだ。
さて、一緒に歌った、うたう会大人の方々の、すっかり童心に帰った笑顔と歌声も忘れないだろう。
前述2曲の練習は、実は前夜が初めて、それが実際翌日、真の交流音楽会になったのだ。
みんなでうたう 、「手のひらを太陽に」も「翼をください」も、昨年より一体感が増したと思う。
真摯な目標、熱心練習、市内各所での確かな実績貢献、うたう会の充実前進を実感、敬服である。
指揮指導の山ア昭彦氏はじめ、指導伴奏上田佐和子・伴奏八木はるみ各女史、そして
団長宗近惣助氏以下、団員の皆さんが自治体の宝として本当に輝いておられ、眩しく、誇らしい。
「土」は新作合唱曲演奏、初演団体として歴史に残るわけで、有難く思う。
あのあと帰宅の子供達はどんなことを、どんな顔で家族に報告したのだろう、想像すると愉しい。
大人達が子供達に気付かせる地域や歴史の大切さ、子供達が大人達と作るいい未来への地域文化、
小職が最も大切と考える社会教育が、学校教育の中で、家庭教育の中で、
最も自然の形であった気がし、小嵐吹きすさむ横浜だが何の、今日は本当に嬉しい日の実感、
お蔭で今、元気に新しい年を加えることが出来、また一歩一歩進めるのは幸せなことである。
北陸の田んぼ、梅雨の雨を十分もらい、何処もかしこもしっかり青々育っていた。
先月の心配だった中国地方の田んぼ、その後の雨で遅ればせの田植えから順調だろうか…。
来週あたり、梅雨が明け本格夏が来てくれれば、その後間もなく、あの子達には楽しい夏休み、
中嶋暁美校長以下、あの温かしっかり手の先生方には、きっと、いつも期待と心配の夏休み、
地域の大人たちに優しく見守られ、大地にしっかり立ち、生き物や自然と会話もしつつ、
いい詩も、他に絵や版画等もいくつも生まれる、去年よりさらにいい夏になることを祈ろう。
それと、また来年、子供達と同じ机椅子で、一緒に給食…の実現も祈ろう。
2009.7.10 星 重昭
(*学校HP
http://school.city.echizen.lg.jp/kitashinjo/ *ほしの目で見たいろいろ音楽のページに詩掲載)
6月
息 生き 空気
今年、季節が冬から春へ移る頃、金子みすず童謡曲集は自然に生まれたのだが…、
このたび、本当に“不思議”に、みすずさんは思っても見ない展開で近い人になった。
一昨日、彼女が息、生きた空間、山口県仙崎で私も半日ほど息、生きさせてもらった。
それはその前日、15年ぶりの広島で、意義深い演奏機会を持たせていただいて生れた。
2年前のちょうど今頃、星の子弦楽団のViolistだった里見研一氏は無念のご逝去、
今かの地に眠られての3回忌に続き、とても貴重な美と音の会が開かれたからだ。
広島県で日本画の第1人者と知られたのが故人の祖父、里見雲嶺画伯、
重要作品何点もが原爆時に被災焼失の中、県立美術館に4点、他公共体にも僅か残るそう、
今回、里見家所蔵品に加え、折衝で遺族引き取りが叶ったものを合わせ、約30点の展示、
研一氏は、祖父父君在命中に実現できなかった個展の開催をずっと夢見ていたそう。
弦楽器習得時に小職に出会い何年か過ごしたが、物理学博士の氏は音楽もライフワーク、
今回、縁の人、縁の楽器、縁の曲、…小演奏会も同時の実現となった。
会を実現させたのが、アマチュアレベルを越えたトランペット名手ご子息志朗氏、
最高峰M.アンドレにも師事しただけに本物、ミュートでのG管楽器は全く違和感なし、
演奏後鑑賞の、雲嶺画伯の“初春”、「春の海」が真に意味を持ち始めたようだった。
父君の最愛曲の1つ「忘れな草」の、暗譜伊語も忘れ得ない熱唱。
ロマン派曲名演の広島のクラリネット名手、雲嶺画伯の父君の代からの家族交流の江波氏、
もう1本とピアノとの3重奏洋楽も意味深く感じられたが、故人も喜ばれたことだろう。
「桜貝の唄」は、里見家愛の要、名歌い手ひろみ未亡人が、夫伴奏で結婚式歌唱の特別曲、
会場全員の唄抒情が1,2階空間に豊かに充満、研一氏の声が大きく響いていた気がした。
最後は「風想光慕」吹奏、昨秋、盟友川端正朗氏仏前初演の自作邦楽、
師匠、音楽友人、親兄弟の笑顔も過ぎり、特別の地広島で特別な思いの音になった。
遥か30年ほど前、4年余り住むことの出来た広島中国地方、
つれあいの母出身地という縁でお世話になり、家族にはかけがいのない幸い時間がある。
お世話になった何人もが近年他界され、この会に来場下さったのはそのお子様方、
時の移りも感じるが、墓前仏前に手を合わせ、恩話題を語るときやその他、
皆の周りにずっと生き、見守る方々の優しく有難い眼差しを感じ、有難至極。
会場のゲバントホールを出て、橋を渡れば手に取るように原爆ドームは川面にも映り、
旧市民球場、紙屋町、八丁堀、胡町、銀山町…宿への徒歩帰路、研一氏会話も愉しんだ。
15年前はチェロとピアノ、ソプラノ中谷麻利江さんとのジョイントリサイタル、
女史の広島在住姉上、今オカリナで活躍江村克己氏、ピアノ生出演していた中国放送…
弟子達他多くの応援で実現したのだったが、今回は小さい尺八帯同で楽(らく)旅楽歩。
さて、まったく思いがけないみすず旅、前述来場ご夫婦方との歓談中に急遽幸い決定、
新幹線3時間何十分の広島の一方、そこから仙崎へは同じ程の電車長旅、諦めていた。
しかし、何度も経験の車旅なら慌ただしくなく可能、是非!でのみすず旅だった。
友人弟子…懐かしい顔のいくつかを思い出したりもしつつの初夏の山口道、やがて仙崎、
息づいた数時間の空気、今、百年近い後の空気はその頃のものとは少し違うだろうが、
みすず縁の地は観光地の類に非ず、もしや彼女が現れても自然、そんな風と光があった。
時を越えて結びつけるのが芸術、文化か、そんな貫くもののお蔭で心安らいだ。
訪ねて湧く感慨は勿論、訪ねたからこそ訊ねに答えるみすずさんが居たようで嬉しかった。
来月、“福井県越前市の小学校音楽会で初めて、みすず曲”土”その他が歌われる。
北新庄ふるさとの唄をうたう会、のみすず詩合唱に、北新庄小児童が自分達詩の新曲披露、
後者はみすず詩作曲が契機となり実現の運び、子供達はどんな心を見せてくれるのだろう。
3年目の招待で真の実現だろうか…、本質的な子供大人音楽交流が行われそうだ。
6月、梅雨入りのとたんに雨無し地方が多いようで、瀬戸内も雨待ち田んぼが目立った。
のぞみ終電のドアが開くと横浜はいわゆる土砂降り、局地的豪雨の類、
地方はまだまだ自然の保全があるものの、人工的生活空間が広がってしまった首都圏、
その格差の排水不可の道々溢れ水、…あの景色を早く水田にしたい…と痛感。
まずは、金子みすず詩集、どれでも開いたところ一篇を読みたいもの、
癒され、励まされ、心を洗ってもらい、真の大切な物事に気付かされてほしいと思う。
意味のある、息、生き、空気、…自分の出来る小さな何かが見つかるかもしれない。
2009.6.17 星 重昭
5月
うたと息
GWも終盤、北上桜はついに北海道で満開を迎えている様子、
昨年5月はNY州高地の桜、Frost Valleyの爽やかな大気が甦る思い、だが、
連日の新型インフルエンザ騒動、その地の大気を存分に吸えぬ心配の今年の海外旅、
期待の生徒の一人、A君も今日不安そうに中欧への旅立ち、無事を祈ろう。
先月触れた、桜を育てられた本間立夫氏の著書出版記念会での演奏だが、
実は、昨年のその高原感動音楽旅に行けなかった方も一人、積極参加して下さった。
YMCAの中心サポート母体ワイズメンズクラブで永年大貢献されてきた久保勝昭氏、
C&W大愛好家、ジャズギターへの夢高く星門を叩かれ、そろそろ1年になろうか、
モッキンバードヒル〜新ブルースの数曲、初めて電気ベースでアンサンブル演奏。
まさに、本間氏著書タイトル「当って砕けよ」的行動だったが、見事大役をクリア、
その後、稽古もさらに熱心にかつ的確になって来つつあり、嬉しい限り。
さて、これも変わった楽器だが尺八、縁がありこの春、初めてのお弟子さんができた。
穏やか年配男性、呼吸法を基礎とした独自の稽古を、喜んで地道に実践され楽しみ、
M氏、菊名のうたごえ広場にも来られるようになり、息の大切さに気付いたようである。
何のレッスンも同じだが、指導者が一緒にじっくり基本に立ち返れるのは貴重、
大いに勉強になる筈と、チェロ師匠が仰っていたのを、自身本当に実感している。
呼吸法は息を使う音楽の基本、尺八、管楽器、歌は勿論、
弦楽器や鍵盤楽器でさえ、優れた音楽人は皆、素敵な吸い方、吐き方で演奏している。
自身現在、シャンソン教室で月2回実践できる呼吸法がベースにある。
講師の友人竹内進君、フランス歌曲の神様的存在、カミーユ.モラーヌ先生の愛弟子、
自然で素直な発声、そのための呼吸法、15分ほどの時間は貴重、
“フランス語でシャンソンを”をもう何年もピアノ伴奏して来たお蔭である。
いい呼吸、自然な発声、その上で美しい発音が可能になるのを実感する。
その結果今春、私が歌唱に至る指導もすることになったのに吃驚し、また喜びを感ずる。
正直今まで長いこと、いい曲がいい歌唱で聴けることはとても少ないと感じてきたが、
声楽といわれる専門家の歌唱によるとき、最も残念な場合が多いと感じてきた。
歌詞がわからない、辛そう、聴く方が苦しくなる、などの一般人感想も多いようだ。
先月の厚木のうたごえ広場、久しぶりの20数名の方々で賑わい愉しかった。
後輩の菊名、発声や発音の気軽な助言もあろうか、40名程に増えてきて嬉しい。
昨年8月から始めた菊名の特色・美空ひばりシリーズは8曲目、
4月は季節柄のリンゴ追分、何と三人の都山流尺八師範共演というおまけまでついた。
青森弁(?)の台詞の影にぴったり寄り添い、ソソラードレソミレミー…と吹奏、
この曲は尺八不可欠、一人成田功山師はひばりさん共演多々の村岡実氏に習われた方、
北国の春他、日本的な何曲かも尺八共演が実現、息、いや粋な機会に参加者達も喜んだ。
この月1回の催し、いい詞いい歌いい歌い…本当に愉しいいい会にしていきたい。
先月コラムに書いた金子みすず童謡集への作曲、いい詩でのいい曲夢、
嬉しいことに、山口から少し北上の、土に根ざしたうたごえ団が唄って下さるようだ。
福井県越前市の北新庄ふるさとの唄を歌う会、先ごろ嬉しい連絡があり、
今年も7月に北新庄小学校新校舎落成記念音楽会が決定、3度目の招待をいただいた。
本当に有難いこと、教科書にも4編載っているみすずさんの世界の感動を、
子供達と先生方と、ふるさとの大人たちと共有できたらこの上ない幸せになるだろう。
みすずさんの瑞々しい息吹が具現できたら、どんなに素晴らしいだろう。
その詩たちを唱えるだけで、口ずさむだけで、心身が真に元気になれる歓びを、
多くの皆さんに、なるべく早く紹介してあげたいと思っている。
2009.5.5 星 重昭
4月
詩人とうた
先週末、昨年5月NY州音楽旅でお世話になった本間立夫氏の著書の出版記念会、
光栄にも、星の子楽団渡米演奏組が招待演奏をさせていただいた。
Frost Valley YMCA Campを去る時、本間氏が育てた40本の桜は満開、
今回、日米異文化の狭間で苦労の末大きな成果を上げられた氏の記念に、
“ほんま、桜やBlues”を作曲、皆で演奏、献呈させていただいたのは今年の桜歓び。
そしてまたも椿、驚くほどの息の長さにやっと今頃気がついた。
梅が皆散り、桜が咲き誇りつつ…の中でも、まだ綺麗な紅で楽しませるのも目に付く。
いろいろな季節の動植物、事象等に疎いのは、本当にもったいないことだったと思う。
若い頃から今まで、文学とかにもっと目が行っていたなら…と最近つくづく思う。
音楽というのは美術、自然科学、歴史文学等に大きく関係するにも関かわらず、
楽器や音楽そのものの学習にのみ、大半の時間をとられてきたのだろうか。
年が明け、ここまでと少し違う1年にしたいと思った今年、
自分の音楽人生の中心である作曲、この度、一つの歌曲集が不思議に自然に出来た。
童謡詩人金子みすずの12作品が、2ヶ月間でとても自然に出来上がった。
これまでの人生でもっとも作為的ではない曲作り、というか、
詩を読んでいれば音が聞こえてきて、それをただ書き留めたというのが本当のところ、
誰に感謝したら良いのか、ともかく天国の天使、金子みすずさんに心を込めて。
この冬から早春、私を元気溌剌にしてくれたみすずさん、
万人の知るところとされた矢崎節夫氏も、それで触れることになる多くの人々もだが、
その詩の世界に入った人々は、不思議だが、さん付けで呼びたくなるようだ。
金子みすずの詩には、ここ10年ほど熊本で毎度利用するホテル宿泊時に必ず出会った。
なんとなく触れただけ、曲にしようと思うことなど全くなく、今、さん付けにすることに驚く。
私を生んだ母より数年前の生まれというのも、近い存在を感じさせてくれるのだろうか。
今回の曲集作曲、一人の熱心な生徒さんのふとしたきっかけ、
長いY財団仕事の最後の2年間で出会ったのだが、フリーになって後も門を叩かれる。
文庫本に収録された百編の詩から、好みの一編を選び曲付けをとの依頼をされたのだ。
それは電車の中で選んだが、チェロリサイタル直前にもかかわらず曲は難なくまとまった。
あとは詩をしっかり読み、作者の心の対話を試みるだけで曲が次々増えた。
さて、うた…、歌、唄、唱、詩、皆うた…、歌心という言葉もあるが、
近年、ますます「うた」というものについて思うところが強くなっている。
それぞれの詩には、真に相応しい曲があるだろう、ということである。
詩と音楽が結びつき「うた」なのに、一人歩きメロディが近年多すぎはしまいか。
特にポップス系に多い、決まりきった和音の上に粗製濫造気味のメロディ、正直困る。
同じようなことはクラシック系の曲でもあったりするようで、それはさらに困る。
ただメロディが良ければいいのか、本当に良いメロディというのはどんなものか、
個々の言葉や行での抑揚や律動、詩文全体の作り出す雰囲気や世界、に合致するものなら
それを完成させるための和音や伴奏・バックグラウンド世界も自ずと付随してくる筈、
真に相応しい曲となって、詩との世界が、人に更なる感慨を増幅させる筈。
例えば、北原白秋や西條八十らの詩と山田耕筰、成田為三、弘田龍太郎らの曲世界、
日本語が大切にされ、時代や世代を超えて、日本に生まれた豊かさや幸せ感が持てる。
そんな、美しい日本語と曲作りを教えて下さったのが終生尊敬の福井文彦先生。
師の指導が叶わなくなって久しいが、なお叶っていない北原白秋詩の作曲、
もしや、いくつか生まれる日がやってくるのかもしれない、そんな気もする。
また身の回りに白秋詩集の目に付く日々があり、曲が自然に生まれるのが楽しみだ。
寿命のない芸術、音楽に近い詩の文化を今後はもっと身近に置いていきたい。
まずは、金子みすずさんを語れる、詠める、自然な歌い手さんたちに出会いたい。
むろん、多くの方がそんな歌い手になれるかもしれない。
各々の曲が真にいいものなら、だんだん歌ってくれる方が増えていくだろうから。
金子みすずの詩、まだあまり知らない方々、是非触れてほしいと思う。
2009.4.3 星 重昭
3月
椿随想 年輪と文化
かなり遡り、2002年の3月コラムを読み返してみたが、
二月半ばを過ぎたころのこと、よく知られる大倉山の梅林を初めて見た感動がある。
邦楽も勉強するようになり、文学や美術の古典では、春花といえば梅をいうことがわかり、
桜一辺倒から、凛なるその姿に心が和み、豊かさを感じるようになっていたようだ。
今年1、2月は何故か、何処を歩いても、何処を通っても、椿が目に付いた。
赤い椿しか概念に無かったがいやいや…、白、桃、紅白縞…微妙ものも多種多様、
桜や梅の花びらが風に漂いひらひら舞い落ちるのに比べ、椿はボトッ、で
首をはねられるイメージから武士世界では嫌われても、雪の中でも溌剌の椿、
花の半分ぐらい落ちる頃、他の椿種が次々咲くのは梅同様、桜と違い長く楽しめていい。
なんせ、字は春の木、本当は春の花の代表なのかもしれないし、
日本のバラとも呼ばれ、歌劇「椿姫」等、欧米でも特別な愛でられ方なのだ。
今年の椿心、都山流尺八楽会楽報の久保田敏子先生の〜古典をたずねて〜も基、
2月号の96回は松島検校の名曲「椿づくし」、固唾を呑む連続…”唾づくし”だった。
大倉山の梅は、白加賀、月影、見驚、姫千鳥、桜梅、月宮殿、古今集、田子の浦…など、
200年前の歌詞を引用すれば、それらに全く負けない椿銘が目白押し、
鷹が峰、因幡堂、秋の山、嵯峨、初嵐、天が下、腰蓑、散り椿、角の蔵、侘助、唐椿等、
徒歩20分程の妙蓮寺、何と2つ目に歌われる銘、全国の同寺は皆椿の名所であろう。
何といっても驚いたのは塩釜、“…これは塩釜千賀の浦…”の段、椿銘だった。
灯台もと暗し、近年やっと、塩釜が源氏物語他多くの書に登場の由緒認識が生まれたが、
生まれて後、海浜の村に移るが、そこから中高6年間自転車通学したのが塩釜、
光源氏モデル最大の候補、嵯峨天皇の皇子中納言源融は、古文書の伝えるところでは何と、
風光明媚な高台にある出身高の辺りにしばし住んだそう、事実“融ヶ岡”の呼び名はあった。
国府多賀城の公港塩釜は平安都人の憧れの地、実際源融も模して六条河原院を作っていた。
今、中学校歌の、塩釜甚句の、“塩釜…千賀の浦風…”が口をつく。
閑話休題、そんなことでここ一月ほど、尺八は「椿づくし」を稽古していただいたが、
昨日、しおがま…の段は良い気分、今年の椿づくしのいいけじめになった。
楽器演奏家音楽人のけじめがリサイタルなら、指導者のけじめは生徒さんの発表会か、
弥生3月元日、弦楽器を個人で学ぶ方々の1年半ぶり発表会だった。
前回から確かな成長、十分な成果を披露、同輩も後輩達も大きな励みになった様子。
真摯な取り組みをしてきてくれたからだろう、の確かな年輪の刻みを確信できた。
自分自身が真摯に学ぶことを続けることで見えるものを、今後も大切にしたいと思う。
前回仏レストランRivageから、今回会場は1月末リサイタルの同じサロン、
そこで近未来、何人か、自分の名を冠す自分なり演奏会が出来るようになると信じる。
各人が、各所で、文化の大事な部分を担っていけるようになることを信じる。
さて、菊名でのうたごえ広場、月1回実施で来週火曜に充実しつつのけじめ満1周年、
例えば、第1回はお腹の中で小さくなって聴いていた、イケメン融ならぬ桃李くん、
前回はハイハイしつつ、あるいはお母さんの腕の中でノリノリのニコニコ参加、
継続の力、関係者努力は有ろうが、多くの人が歌声で支えてきてくれたからだろう。
近年の曲を取り入れつつ、生活にはなくても、旧き良き文語体の歌を歌うのがいい。
そこから日本独自の文化、価値あるものへつながるきっかけがあるのがいい。
毎回1曲入れる美空ひばりの歌もそこへつながる筈で、更なる意義を信じ続けたいもの。
お蔭で、いい年輪一つが出来そう、柔だった茎は木になってくれる気がしている。
椿は終わり、間もなく遅咲き梅も終われば、次はやがて桜、
花は咲き散り、咲き散り、また咲き散ろうが、それぞれは終わるわけではなく皆年輪、
人間も同じ、自分の中でのいい成長前進がその人その人のかけがいのない皆年輪、
多くの人々の年輪集合体が文化という大年輪、学べるときにしっかり学び続けたいもの。
寒い厳しい季節を頑張った年輪があれば、木の花も、文化の花も、美しく咲く。
お互いを認め合いつつ、構い合いつつ、美しく咲く、…咲かせようの気はなくとも…、
花咲じじいと同じ、咲かせよう…ではなく、いい生き方をしていれば咲くのだろう。
近年、桜の開花がだんだん早くなっているようなのは悲しいこと、
そして桜の頃、今月で契約を打ち切られる労働者が多く生まれるのも哀しいこと、
健康にも恵まれての花爛漫喜び、まずは有難く迎えたい。
2009.3.5 星 重昭
2月
元日に陽が昇り?
2月をありがたい幸せ気分で迎えることができた。
1月29日、サロンでの小さなチェロリサイタルを無事終えた。
還暦、深い意味は知らないが、歴史が新しく廻り始めることと思っている。
実際には、1年1年が過ぎる度、音楽で言うデミニェンド*気分の自分が居る、
ありがたいのは、優しく更に励ましてくれる師が傍に居てくれるのを強く感じること。
師中島隆久先生が早逝されたのが3年前、4ヵ月後、
師の指導無しに自分一人歩まざるを得ぬ自覚、意を決しさせていただいた追悼独奏会、
自分の真の歩みは大変、おそらく、師に頼ることでなんとかやれていただけなのだろう…、
正直白状すれば、本当はその後さえ、気を入れて楽器に向えなかった。
時間が過ぎればこそ見えるものもあり、今、違う形で教え励ましてくれる師に気付く。
夏生まれの苦手冬、よりにより厳寒期に、1年初めの1月中に実行したかった会、
ピアノ伴奏によるものでは15年前に続く第2回の今回、テーマは“VIVA VOCALISA”、
師から学んだ音楽の基本、洋楽の原点イタリアに立脚しての「古典と歌心」、
イタリア古典歌曲から、「菫」他何曲か、そして4楽章のジェミニアーニのチェロソナタ、
ラフマニノフ、ドヴォルザーク、エルガー、フォーレ、ドビッシーなど、
チェロでこそ表現したい、歌心溢れ、詩情豊かな本場欧州の名曲名小品たち、
師のように悠々柔和の演奏が少しは出来たのか…、皆様から温かい嬉しいご感想を頂いた。
嬉しかったのは初回リサイタルのピアニスト、村田光弘氏が駆けつけてきてくれたこと、
後の夜会での話は、私にも、若いピアニスト香山公美子嬢にも、大きな励ましになるものだ。
氏は、2台のピアノ演奏会や歌曲リサイタルでの伴奏など、数多くの演奏会をされてきた。
そのほかにも、星の子弦楽団が共演実現するかもしれない名オーボイスト、増沢正晃氏、
中島隆久師指揮中島チェロアンサンブルと協奏曲共演の尺八師匠、山川響山師等、切に感謝、
また、アマチュア室内楽演奏連盟APAのヴァイオリン澤崎祥子女史他音楽関係者の姿も…、
お弟子さんや関係各位と共に、厳しい季節のお忙しい中ご来聴、ありがたいこと、
演奏する音楽と、聴いて下さる皆様の力を戴きつつ、じっくりしっかり前進したい。
お客様の中にはいろいろな方々がおられる。
何人か、演奏後直接お話いただいたり、あるいはメール等で、感想を寄せて下さったが、
このコラムの趣旨にとても添うと思われる一つを紹介させていただこう。
遠路、母娘仲良く来て下さり、まずは先にいだいたお嬢様の言、
“昨日は素敵な一日をどうもありがとうございます。
生のチェロ演奏は実は初めてでしたが、あんなにも優しく柔らかな気持ちになれるなんて・・・
冷たかった手の平はじわじわと温かくなりました。また聴ける日を楽しみにしています。“
お母様の言は、
“柔らかく心和む素晴らしいチェロの音、親子共々拝聴させていただき、
また自分自身の歩みの時を、音を通じて振り返ることができ、ありがとうございました。
チェロの音と相まって、サロンの音空間も柔らかい美しい響きになり、
その中で自分が融けだすように気持ち良くなり全身が温かくなり、心身リラックスでした。
実は、1日休暇をいただいて来れた娘のことですが、
ご挨拶握手の際、外の寒さのみではない手の冷たさはお察しだったかもしれません、
昨今の経済低迷の中、例に漏れず激務が続き、過労でボロボロとでも言うべき状態でした。
お蔭様で、娘は親以上に心身がしっかり温まったようで、ありがたいことでした。“
昨年秋以降の金融経済の大問題、派遣社員契約打ち切りばかりでない深刻さ、
その方々の仕事分は、正社員の人たちが必死にカヴァーせねばならない気の毒な状況、
実は、私の生徒さんたち何人もの上にも起こっているこのところの深刻現象、
社会の狭間で冷え切っている人、困っている人、悩んでいる人、苦しんでいる人、
叶うなら、温めてあげたい、助けてあげたい、癒してあげたい、楽にしてあげたい。
いつも思うに、選挙で投票以外、我々が政治で状況を変えることは至難だが、
音楽で少し役に立てることはいろいろな場面でたくさんある。
生徒さんたちには昨今の厳しい労働条件の中、何人もが頑張って学習を続けている。
少しずつしっかり前進すれば、音が繋がって可能になる助け合い場面はたくさんあろう。
逆風の中でも希望を持ち、わずか時間でも自己磨き実践、前進を怠らないことだろう。
わかりやすく音楽で言うと、辛くても、アマチュアでも自分なりのリサイタルを目指せ!か、
いや、音楽に限らない、人それぞれに、神様は人の役に立てる何かを必ず与えてくれる。
辛い方々には欧州のことわざ“朝の来ない夜はない”があろうか、
アンコールの最後、イタリア古典歌曲の「ガンジスに日は昇り」を弾かせていただいた。
元日に日は昇り、洒落と言われようが、自分なりには強いメッセージのつもりである。
2月になったが、人それぞれ、自分の元日を大切にしてほしい。
(*段々音量を弱くする)
2009.2.5 星 重昭
1月
太陽と富士山
無事、新しい年を迎えられた。
宇宙のリズムとして次の年に自動的に進むわけだが、
昨年秋から暮に向かう中で訪れた、大変なご時世の中で、健康で恙無い人生があり、
還暦を幾つか越えても、自分に何かを期待してくださる少なからぬ方々が居られる、
また、生かされていることに本当に感謝し、幸せなことだと心から思う。
家族の縁があり、押し迫った年の瀬に箱根温泉郷の保養所に一泊滞在、
たくさん動かせていただいた旧年の疲れを取り、新年への英気を養うことが出来た。
帰路の乙女峠での富士山、やはり日本人としての拠りどころだろう、
雪を抱き陽に映える燐とした偉容、正に心打たれ、大きな力を与えられる思いだった。
いや、日本人に限らず全人類に、地球自体が、未来永劫地球であり続けるため、
変わらない大切なもの、変わってはならない大事なことを、教える如くだ。
昨年は幸運にも3回、日米で小中学生達と交流音楽会を持つことが出来た。
自然を大切にすること、先人を敬うことなどを、音楽を通ししっかり認識する、
各地での生涯音楽の集いの活動、形は各々少しずつ違っても、
そんなことが根底にあって、阿蘇での2002年夏以来9回実施されてきている。
高齢者の方々、幼児たち、小中学生たち、対象が変わっても、
いい歌いい音楽には大きな効能があり、楽団等の我々側も大きな力を頂いてきた。
昨年のNY州Frostvalley YMCA Camp、越前市北新庄小での会を入れなければ、
丑年の今年はもう〜、10月予定の阿蘇での会が節目の10回ということになる。
年末12月27日、チェロと弦楽の発表会を持った。
仕事をしながら学ぶ教室生たちの、困難な状況でも真摯な取り組み確かな前進の姿勢、
ここへ来てやっと少し、人様に聞いていただけるレベルになってきたようである。
皮切りの2003年大田区福祉作業所での演奏機会以来、
折に触れての、生涯学習音楽指導の方々との一緒演奏等も、大いに役立って来ただろう。
一番の前進原動力は、聴いてくださる方々の励ましと暖かい共感に間違いない。
月日と共に、学習継続が困難になる方もおられ、メンバーが少し変わることもある中、
変わらず継続でき今や後輩の面倒を見てあげられる方も…、長く続けばこそで嬉しい。
今年、弦楽合奏の音楽会を、何か社会に役立つ形で開ければ幸いである。
先人の恩、そのようなものをますます強く実感する、この過ぎかつ来る月日、
3年前、霧中で開かせていただいた、チェロの恩師中島隆久先生追悼の独奏会、
やっと少し自分が見えてきた気もする今、小さなリサイタルを持たして頂くことにした
宇宙と同じ、音楽も、音での変わらない大切なもの、変わってはならない大事なこと、
そんな世界が少しでも表せるか、富士山ならぬ小さな確かな山になるか、まずは、
若い共演者と、恩師が教えて下さった変わらぬ大切が少し共感できたら嬉しい。
縁あり人あり、修行を支えてくれた尺八1本を年末に進呈、
大いなる興味を覚え、この正月稽古を始めた様子、嬉しいことだ。
洋楽を演奏していも、邦楽にはやはり何か、日本人としての拠り所があるのだろう。
夢見るのは1年後の「春の海」演奏、何度教授できるか、上達が楽しみだ。
目に見えない豊かなもの、大切なもの、その価値観共感へ歩む人々、
自分の出来ることは小さくても、今年も元気に少しでも応援できたら有り難い。
2009.1.2 星 重昭
2008
12月
Miler in air 夕月
5年前だっただろうか、最初は教え子の結婚式出席でチェロを抱え余裕無し、
明治神宮、2回目の昨日、原宿から歩き森、社殿までの中ほど太鼓橋あたりの紅葉、
首都圏近郊でも比肩する場所は殆どないのでは、と思うほどの神々しい美しさの候、
尺八の献楽をさせていただくことでの、真に身の引き締まる初参拝になった。
都山流尺八楽会会員77余名が4代宗家指揮による、流祖作「夕月」の献奏だった。
参拝客と本殿に挟まれての空間、身の丈何倍かの大太鼓の発する天空に響く音、
やがて、皆が宗家に合わせ一糸乱れぬ2礼2拍手…厳粛な時間の経過、
大きな森の木々に木霊せよ、との思いを乗せた竹と人の息から生まれる尺八の音、
紋付はかまの正装、普通の現代人にはなかなか経験できない、感慨だった。
帰宅の道すがら快晴の夕方、心に刻まれた絵にも見たことのない風景、
箱根の山を越え真っ赤な夕日影富士、南の方向7〜80度見上げれば見事な7日月、
曲には出来ない音が聞え、詩には出来ない想いがこみ上げた気がした。
流祖中尾都山の、自分を生んだ母の、生まれた、明治に想いが及んだような気がした。
同様快晴の今日、一転、横浜の住宅地の可愛いい教会での愉しい洋楽集い、
田園都筑教会での初めての催し、「うたごえ広場インチャペル」だった。
相賀牧師、都筑ワイズメンズクラブの鈴木茂さん他皆さん、教会が初めての方々、
笑いあり、星の子カルテット賛助演奏もあり、ハーモニーあり、お茶やお菓子あり、
我が家から持参の夏蜜柑もあって「みかんの花咲く丘も」もあり、
「学生時代」や「思い出のアルバム」も歌い、「雪の降る街を」や「諸人来ぞりて」も歌う。
四季をめぐる歌、懐かしい歌、冬やクリスマスの歌、…23曲で和気合いあい、
そこには、開かれた教会の一つの典型的な姿があったのではないだろうか。
日本のお寺も同じだろうが、そもそもはコミュニティの開かれた中心だった。
役所、学校、冠婚葬祭、命名、福祉、病院、音楽会…、誰もがお世話になったのだ。
国が形を整え、都市が発達し、法が整備され、公共の各機関が揃っているとしても、
全ての民が幸せになる、は、貧富差が広がり更に実現困難になっているのは世界的な現実、
今と言う時代にあって、わが国はそれが顕著な国になっているのではないかと心配する。
田園都筑教会の試みがいい形、いい成果になっていくのを願っている。
帰宅の道すがらは今日もまた“つづき”快晴、
菊名より歩くと昨日より少し遅いがまたまた、秀麗影富士イントワイライトタイム、
少し膨らみを増した月の下方へ下りて行くとやがて、一際輝く星一つ、その下にも一つ、
あまり詳しくなく全く確証がないが、もしや金星、そして木星だろうか…、
そんなことに普段縁遠いのはショックだが、昨夕気付かなかった天空のショーに驚いた。
あらためて月を見る。
じっと見ていたら、雲の全くない空の月は寂しそう、…もっと見ていたら
いろいろな人がそこから見ているような気がし、また、
日本の、地球の、苦しんでいる、悲しんでいる人たちが映っているような気がし、
自分が、自分達が、今忘れている、大切な何かが写り出されるような気もした。
師走最初の土日、快晴の2日間、首都圏の美しいゆったり時間だった。
傍目には、相当かけ離れたところで、相当かけ離れたことをしたと映るかもしれない。
8年前出会いがあり、邦楽を学ぶようになったのは幸運だったが、実は邦楽、
相当の覚悟がないと学べないものではなく、日本人なら是非トライしてほしいものだ。
さて洋楽、明治時代から日本人がやるべき音楽となり、父母もやり私達もやってきたが、
その音楽、近年は“これでいいのだろうか…”と思うことがどんどん多くなっていまいか。
どんな洋楽、どんな音楽があってもいい、でも、ひとつだけ言いたい。
勝手に変えられて新しい形になったものが本来の音楽と思い込まないでほしい。
出来るだけ幅広い世代の曲を本来の形で…、紅白歌合戦などには特にお願いしたいことだ。
パソコンで作られ鳴るのはそれ、鳴るカラオケ、それに追従して歌って生まれた音はそれ、
一人一人がヘッドフォンで聞いているのはどんなに素晴らしい音でもやはりそれ、
音楽は、皆で集まって生まれていく音、その中で皆が感慨を共有するものではないか、
演奏しなくても、現場で歌や手拍子で一緒に、ならそれは音楽、先月のコラムでも触れた。
機会があったら是非、うたごえ広場などに足を運んでいただきたい。
世界の国同士の紛争、同じ国の中での戦い、狭い世界での人々の敵対、皆悲しい。
国、人、言葉、歴史、宗教、…違っても、音楽の定義に沿うなら平和の基礎が出来る筈、
皆で音楽、難しい時代の今こそ音故知新、歌で訪ね新しい信頼と希望を見つけたいもの、
歴史を、先人を、生きるもの全てを、尊ぶ心は、膨大な歌や音楽にいっぱいある。
福井県越前市北新庄小学校の中嶋暁美校長から季節のカードを頂いた。
7月9日に訪問させて頂き音楽会、その時の立派な写真とコメントを掲載頂き、再感激、
故郷の唄をうたう会、全校生、今回と違うメンバーの星の子カルテットの楽しい音交流、
あのようなものが音楽、大切なこと、と最重要教育現場の責任者が思ってくださっている…、
音楽の持つ意義、私達の責任、をあらためて再確認、思いを新たにする。
12月、やはりこの時期になると1年を振り返る…、他にも、
生涯音楽活動の集いは、5月のアメリカNY州Frost
Valleyでの中学生コンサート、
そして10月はむろん恒例の8年目の熊本県阿蘇、尾ヶ石小学校での全校生徒交流音楽会、
うたごえ広場は、厚木に加え横浜北YMCAでも3月開始、毎月賑やかになりつつあるようだ。
厳しい情勢の中、いろいろな場で元気に音と皆さんと楽しく居れる、…有難いことだ。
来年も、音で少しでも役に立てるなら、月を見たりしつつどこにでも訪ねたい。
では、師走の格言を一つ…、“うたう門には福来たる”…よいお年を…
2008.12.7 星 重昭
11月
True Eye 心の瞳
冷えも増し木々の紅葉と落葉の速度も更に増す、2ヶ月並びのカレンダーは最後の一枚、
年の残り少なさ実感のせわしい気分の中で却って、物故先人の顔や言葉や音も鮮明に思い出される。
心の中の紅葉落葉はあるが、それは若い葉強い樹への糧や力、そんな希望が光ってくれている。
この時期だからの特別な感慨の中で、感傷のみでない現実があり、有難いことだ。
青年達の若々しい歌声に音楽に触れた一昨日10月最後の日、嬉しい前進力を頂き感謝、
昨秋初めて実施のYMCA健康福祉専門学校秋の音楽祭、全9クラス学生達の第2回合唱祭があった。
実行委員、課題曲選曲、指揮者、伴奏者、皆生徒達による準備、運営、厚木校体育館での実施、
今回は全体的にもいろいろな部分でも、昨年より大きな実りがあったように思う。
大学と違い、短期間たくさん勉強の専門学校でこの種の実施は学校生徒とも大変な負担と労力。
私などその時お邪魔するだけだが、練習は時間十分夏休みが各専攻科目で最重要の実習で超多忙困難、
それ以降の時期も、学校も生徒もタイトなスケジュールの中でのセット、実行は相当難儀だ。
高校卒業者、就職経験者…20歳前後、中には、音楽が得意でない人、大きな悩みを抱える人、等、
いろいろな学生がいようが、無から有、みんなで一つのものを一緒に作り上げるのは素晴らしい事、
練習の過程で、クラス内ばかりか、更に、他のクラスにも目や心が向くようになる。
YMCAが掲げるポリシー、Caring, Honesty, Responsibility,
Respect の典型世界を見た気がする。
音の取れない人をパートの人たちが何度も一緒に一生懸命付き合ったり、等はもちろん、
自主練習過程で、休んでいた生徒が復帰出来たり、輪の外に居がちだった人が積極的に内に入れたり、
合唱がきっかけでお互いがより心を開き、素直に話し合えるようになったとの話を聞くのは嬉しい。
義務教育音楽時間が相当削られる現実の中、高校での音楽経験は皆無となる場合も多いだろう。
忙しい日々の中で、ヘッドフォン等で聴いたりするのが音楽、とはなってはいまいか、
音楽とは本来音で皆が楽しくなる「音の楽しみを皆で共有」のはず、合唱はまさに本当の音楽だ。
管弦楽器もアマチュア一人ではなかなか「音の楽しみを皆で共有」は大変、合奏世界があるが、
皆一緒の演奏でちょっとした技術の不足で実際、響き的に大きく全体の足を引っ張る現実がある。
これは、小生が楽団を指揮したりする場合なども勿論、ずっと付いてまわる永遠の課題、
演奏する歓びはあっても聴く側が歓べる、はなかなか大変な現実が各地アマチュア楽団等にある。
聴き合い心一つに試みる合唱はbecome、無意識なのに自然に最良のハーモニーになる。
アマチュアの弦楽団奏者達には羨ましいが、それも、基本的な技術の会得と聴き合いで可能、
管弦楽器を演奏する人たち、過去にあまり経験がないなら是非合唱をすることだ。
合唱祭に戻るが、課題曲は「心の瞳」、今回じっくり取り組み職員講師合唱でも歌ったが、
坂本九の生前最後の録音との佳曲、現代の青少年達が癒されるものを持っていよう。
歌い慣れない人々には調が高く、合唱部も伴奏部も正直難しい編曲と思ったが、まずは曲は詞、
…例え昨日を懐かしみ振り向いても、歩いてた足跡があるだけ…
…いつか若さを失くしても心だけは決して変わらない、絆で結ばれてる…
我々の世代になった時にも大切な筈のものを、あの生徒達もずっと持ち続けてほしいものだ。
全クラス、自由曲は課題曲とは雰囲気の違うものを選んだようで大いに楽しませてもらった。
サザン…、SMAP、スピッツ、ゴスペル…、15人未満から40人弱、人数多少はあったが、
ギター伴奏“空が飛べるはず”の美しい自然な響き、Pf伴奏なしの温かい“COSMOS”の小世界、
他皆、自由曲での若者たちの溌剌メッセージ、リズム、ハーモニーはとても心に残った。
生徒も参加し最優秀賞その他の賞が決まったが、忘れぬうちに自分の講評を書き留めてみよう。
・ 皆の声がまとまって作ってくれたのは真のメッセージ、しっかり届き感動、感謝、
・ 一つの世界を皆で作れたことが最高、全クラスが最優秀賞もの、
・ 自分の声や体で本当の音楽が作れた瞬間はかけがいのないこと、一生の財産に! etc…
一つ謝り忘れたことあり、不注意から横浜北YMCAでの歌声広場と重なり、
高齢者の催しを優先、9月第2火曜は2クラスのアドバイスに行けなかったのだ。
しかし、各クラス2曲の合唱を聞かせてもらったら、皆しっかり頑張り本当に素晴らしいし、
教える必要は殆どなかったかもしれず、彼らも賞の上下など殆ど問題にしない寛大さがあった。
昨年初旬だったか、小林一郎校長の夢に常勤板倉宏美先生も加わり熱く話したり…での実現催し、
第1回でピアノ名伴奏の今春の女子卒業生、苦労しながら音楽を味方に現場で頑張っている様子、
健康福祉、介護福祉、健康スポーツ、来春の卒業生も社会の即戦力になるだろう。
最後の校長挨拶にもあったが、今回、合唱を通しお互いがより見つめ合えるようになった筈、
「心の瞳」を確かにゲットし、長い人生への何か大切なものをよりしっかり掴んだ筈だから。
催しの最後に、審査員4人は実行委員たちからかけがいのない記念品をもらった。
皆の Thank You So Much 小片入り透明瓶のカード、メッセージは貴重な感動品、
“みんなで楽しく前進しましょう” のページで紹介させて頂くことにしよう。
11月23日、歌声広場も作って頂くことで、今年の学園祭はとても楽しみだ。
世代間の隙間が大いに埋まるいい音時間が生まれれば、と楽しみだ。
2008.11.2 星 重昭
10月
Do 優しさと強い意志
更新が遅れているうちにもう、11月の足音が聞こえそうな時期になってしまった。
が、5日間の九州は27、28度、昨日夜に帰京しても20度以上、信じられない暑さ、紅葉も遅いか
今年の生涯音楽の集い、阿蘇では2002年7月に第1回を行ってから8回目、
お隣佐賀県神埼町に続けて実施した回を含み、愛知県犬山市のみで実施した時もあり通算9回目、
阿蘇町…町立老人ホーム上寿園、尾ヶ石保育園、永草保育園、尾ヶ石東部小学校、阿蘇西小学校、
阿蘇以外は、佐賀県神埼町の仁比山小学校と高齢者施設翠晃、そして愛知県犬山市立犬山西小学校、
2けた直前の今、思い起こすと、この社会人音楽愛好家活動実践継続は感慨深いものがある。
初期は江原恵美子さん神村みどりさんら、生涯学習音楽指導者仲間が中心、
引き続きの本多のりこさんや川村尚子さんらに、徐々に私の弦楽器生徒さんたちも加わるようになり、
最近は後者が中心になってきていて、弦楽団プラス3、4の管や簡易楽器の通称「星の子楽団」である。
今回、常連さん何人かが行事家庭事情で参加できない中、初回から久しぶりの金沢の久保悦子さん、
そして、フルート講師望月あかねさんと伊藤美恵さんも神奈川熊本から参加、いい星の子楽団になった。
さて、オーケストラはパートの足りない奏者をエキストラや助っ人調達で解決するが、この集いは別、
現実は参加者に大きく左右され毎回選曲編曲工面が大変、今回はそれがいつにも増した様相、
しかし終われば別、充実感満足感も、いつにも増した集いになったということでもある。
10月20日午前、阿蘇市になって最初の尾ヶ石東部小学校での1時間音楽会、
前回より児童数増とはいえ、改修された大きな体育館の真ん中に全校でわずか60人だ。
めったにないチャンス、専門家によるドップラー作曲のフルート2本のための名品の後、
バッハの管弦楽組曲からの協奏風3曲、最後のバディネリは2人用特別編曲で聴いてもらった。
フルート、児童達も歌や手拍子で参加のその後の4曲では、児童二人の父兄、園田弘美さんが活躍、
素晴らしいアマチュア奏者で、毎年多忙なお仕事を縫って参加してくれるのだ。
今回は5、6年生に吹く楽器、リコーダー、ピアニカで「森の水車」に部分演奏参加をしてもらった。
後述の尺八も含め吹く楽器を意識してくれただろうか、児童指揮も他の子の刺激になっただろうか。
「犬のおまわりさん」、「あめふりくまの子」、「紅葉」、「阿蘇特別ヴァージョン詞/フニクリフニクラ」、
楽しい中にも、動物や地球はどうあるべきか、子供なりに考えるいいきっかけになっただろうか。
ところで、元生徒の徳丸君参加、嬉しいことながら、コントラバス現地調達が至難、それが、
集いコーディネーター小山哲夫氏の奇跡的人間関係で、音楽家松本洋二氏の愛器をお借りでき幸運、
和太鼓を感じさせる重量感も生まれた恒例の「祭」、まさに音楽会のクライマックスなったようだし。
隔年3度目となるアンコール替わりの弾む校歌でも、阿蘇の大スケールが生まれたようだ。
今回はコンミス立石恵理さんほか皆頑張ってくれ、小さくても一つの楽団サウンドが作れたと思う。
今回は関係者の評価も高かったが、心を一つにしてやれたことが何よりだったのだと思う。
皆、アマチュアとしての基本に立って最後までこだわってくれたためと思う。
合宿を通して、熊本から参加の音楽愛好家の方々も心を一つにし、基本に立ってくれたためと思う。
今回が充実したのは、第1回からの多くの参加者達の積み重ねによるお蔭、は当然である。
実は、阿蘇移動前の18土曜午前にもYMCA専門学校東部校恒例の交流音楽会が弦楽4重奏で開かれ、
中国からの前日入学日本語科学生達、帯山地区の人々50人弱の方々と音楽交流ができた。
京城大学から戦争で九州帰国歴の耳鼻咽喉科須古博之先生もおられ、この催しの意義も再確認した。
今回は初めて、阿蘇ワイズメンズクラブの協力で阿蘇キャンプファミリー音楽会も持たれ、
親子で皆でASO音楽交流!の新しい伝統?が出来そうな実感も持てた。
参加者を日頃取り巻く人たちの支え、熊本YMCAと小山氏個人他の支えが大きいのは勿論である。
あえて少し書くが、具体的には熊本やYMCAではない部分のお蔭に触れようと思う。
小学校から帰り昼食後閉会、今年も後髪引かれつつ皆より一瞬早くYMCAキャンプを後にした。
夕方、佐賀県神埼では市長、元教育長、歌人、日舞大師範他と有意義な会話をさせていただいた。
昨年市制がひかれたが、これを機会に町の歴史、背景をより見つめ明日への真の前進への一手段として
歌/三十一文字、音楽、日舞等が一体になった新しい作品の来秋製作が決定、私に作曲の機会を下さった。
熊本YMCAとの縁、実は8年前、高齢者音楽団ほのぼの会15周年コンサートゲストがあって生まれた。
その主宰の島敬子女史、生涯学習では県のリーダーの一人だが、無念、ご主人は3年前亡くなられた。
この地での生涯音楽の集い時には最大の縁の下力持ち、神埼の歴史学習等でもお世話下さった画家、
今回、名画ギャラリーで生まれたばかりの尺八曲を吹奏させていただいた。
翌朝昨日、同じ曲を福岡県久留米市と小郡市でやはり献奏させていただいた。
木下楽器店常務として長く九州音楽界でご活躍の青木栄実氏、私にも広島在住時代から最近まで、
ずっと親しく交流下さり多くのコンサートや講習会もさせていただいたが無念、昨年末旅立たれた。
氏との交流には必ず同席は川端正朗氏、仙台で音楽教室講師指導の仕事を一緒にした40年友人、
楽しいこと苦しいことも思い出は多いが、上記「犬の…」や「あめふり…」の世界を教えてくれたのは氏、
その縁で、教授をされた福岡女子短大音楽科で授業も何度か客演させていただいたりもした。
島女史のお嬢さん直美さんも氏の愛弟子で母上に代わりほのぼの会指導、他、多くの教え子が活躍する。
この夏体調を崩され電話も貰ったが、見舞いは間に合わず無念至極、先月逝かれたのだ。
「風想光慕」、
5日前完成の曲、チェロの師中島隆久先生が亡くなられてからずっと心にあったもの、
日々の生活の中で出会う一瞬の空気にも大切なものが想い出され、その人は心に居てくれる、
かけがいのないことは光となり、自分の幸せに力を貸してくれる、永遠に慕い合える、
そんな世界が音になったものだが、こんな機会に形になった。
自分が生きているからこそ、生かされているからこそ出来たこと、有難いこと。
昨日昼食をご一緒下さった福岡教育大名誉教授をされた大先輩、内山信先生も曲を理解して下さった。
青木氏川端氏と交流があるとき、そこには内山信先生も駆けつけて下さってきたのだ。
ずっと私の九州での活動を応援して下さっている先生、前述お二人の分もますます永い元気ご活躍祈念。
空路、いつもにも増して走馬灯のように九州の風景と人々が心に去来、
近年は熊本、佐賀、福岡、何十回か、各地で音楽との関かわりを持たせていただいて来たが、各々、
内容、日程、費用、各地の多くの方々が協力、深く関かわって下さり実現し継続して来れたのである。
いいことを実現しようとしたら、それには優しさと強い意志が不可欠、
このコラムに名前を使わせていただいている方々、優しさと強い意志の持ち主ではなかろうか。
becomeを待っていても実現しないことには、優しさと強い意志・doが必要、
2つの世界の根本は違うが、かみ合う時、そこに多くの人々の音を通した真の幸せが生まれよう。
更なる前向きdo思考do実践、来年の秋のいいbecome収穫を祈念。
2008.10.22 星 重昭
9月
Become 楽しき農夫
9月半ば昨日、横浜市磯子公会堂で第41回都山流尺八演奏会が開かれた。
4月恒例、日比谷公会堂での関東(東京都)支部演奏大会には門人時代から師匠の下毎年出さして頂き、
准師範拝命とともに地元神奈川県支部会員となり5年目の今回、定期演奏会へ初出演、
先輩先生方に入らせていただいての師範昇格お披露目、流祖中尾都山作曲「平和の山河」の4人2部奏、
流祖曲の大中編成合奏、師匠響山師御父君初代山川園松作「夏の組曲」と4曲を吹奏させて頂いた。
神奈川支部は尺八や邦楽の普及のため、特に一昨年からは意欲的な取り組みをおこなっており、
神奈川県の高校筝曲部と積極交流、財)都山流尺八楽会本部の助成も得、その活動を支援、
定期演奏会出演共演も推進してきて、今回は桐蔭学園高校の30人のお嬢さんたちが溌剌演奏、
宮城道雄の名曲「春の海」では祖父さんほどの諸先生たちも多いに鼓舞されたようだ。
昨年の第40回節目を経て今回、さらに、さらなる新たな前進を、との試みでの実践があった。
めったなことではないであろう、尺八の合奏と弦楽団との共演が実現したのである。
昨年初夏、先生方の指揮法講習会時に、アマチュアの星の子弦楽団賛助出演機会があり、それが、
流祖中尾都山作曲「朝の海」、「亜蘭笛州協奏曲」(Concierto
de Aranjues)共演になった。
前者2声部の創る素晴らしい世界、弦楽斉奏になって一般の方々により魅力が伝わったかどうか、
後者アラブ発祥楽器ギター有名曲の洋楽世界、東洋の楽器尺八との出会いによって、
原曲の品位を保ちつつ、更なる曲の魅力の引き出しや、新たな価値ある意味合いが生まれたのか。
尺八の諸先生方の積極的お取り組み、そして弦楽団メンバーの地道な努力の賜物、お蔭、
会場での反響、演奏会後の絃方の先生方や他支部関係の方々の声、大変嬉しいものばかりであった。
そうだとしてもこれからが大変、マラソンならまだスタート直後、競技場内ではなかろうか、
今後も関われるなら、責任を感じ、長い道のり、自分の出来る貢献を少しでも出来たらいいと思う。
さて演奏会、2曲の演奏後に花束拝受、季節の万人名曲「浜辺の歌」の尺八弦楽団礼奏があった。
特別楽団での日本のうた、当然ながら場内聴衆の皆さんの歌と一緒、聴き合いつつ見事に調和し溶け合った。
先月のコラムにあるが、14,5年前のシリーズコンサートで盛んにやっていたこと、
アンコールの代わりに演奏者達の伴奏で私達が歌えたら最高…を最初に促してくれたのが西原哲三博士、
音楽療法CDシリーズでご協力頂き、80半ばを越えなおフルート教室現役生徒名メンタルヘルスドクター、.
昨日もお出で下さり、いやぁ有難い素晴らしい音楽会でした、また呼んで下さい、と強い激励を下さった。
お出で下さった方で会えなかった何人かが感想メール、紹介させていただきたい嬉しいものばかりだ。
さて、弦楽団でここ数年ViolinやViolaを弾いてきて、昨年アマチュアオーケストラにも加わった一人、
今春、ひょん?!でコンサートミストレス・女性コンマスになり今週末初定演、当然お疲れ様後練習場直行。
ご苦労さん彼女、0からViolinを始め10年にも満たないが、じっくりしっかり歩み、今になった。
ともかく、田園都市フィル第4回定演、ドヴォルザーク/交響曲8番他、多忙な中の取り組み、
Dvo田園とも呼ばれカラヤンBerlinでも聴いた大好き交響曲他、多くの方に聴いてほしいもの。
もう一人、留学で2年以上ブランク、帰国後の多忙国際弁護士仕事、しかし弦修学復帰し今回も演奏、
4週後に結婚の忙しい中、道中、式の相談をしつつご来場の婚約者は延々全曲6時間の鑑賞、深謝、
打上げ居残りの彼女を残し一人怒らず笑顔帰宅、また別意味深謝、団員皆、そんな感じで成り立っている。
そもそも弦楽団、OL主婦他一人一人、音楽教室弦合奏コースにある日入会、先生は変な駄洒落叔父さん、
それ面白そう、やってみたい、出来ない、基本通りじっくりしっかり?、出来た?、まだだめ?、え〜
ある日、自分の微力が皆と合わさり強い力になり、聴く人たちのお蔭で楽器や音楽の意味に気付き感激、
そこからは茨の道も少しあったりしても、真の確かな前進が始まり、ゆっくり間違いなく続く。
そんな団員ばかり、雨の日風の日大変なことも多いが、こちらも日々じっくりしっかりである日出会う感激、
特に中学高校の6年間、両親の畑仕事をずっと手伝った種々行程の如く、困難あっての巡り来る同じ感激。
この天職 become…be
come… 農業、百姓さんと同じ、幸せ楽しき農夫の如く、か。
今回、菩提寺である綱島公園そば水月山陽林寺の東弘元ご住職、お披露目演奏も共演も聴いて下さった。
スマトラ沖大地震津波直後の被災地での、地元国お坊さん達との巡礼は大統領たちの心も動かした方、
ここ5年ほどの時間の中で、機会ある毎、広い見地から万物の基本を気付かせていただく。
お忙しい中を駆けつけて下さり、演奏後、今後への更の気力を引き出して下さり、本当に有り難いこと。
今、上の宮地区八幡様お祭の、小さいながらの山車を担ぎねり歩く太鼓の音や元気掛け声が聞こえる。
昨日と一昨日は、お馴染み菊名神社のお祭で通り道はにぎわったらしい。
お祭があり続くのはいいこと、世代を超えて年々盛り上がるならなおさら素晴らしいこと、
皆が手間隙をかけてじっくりしっかり日々働いたから実りとなり、収穫を祝い感謝できるのが祭り、
伝統は守りつつ、多くの人々の共感を得つつ、長く続く中で皆、大切なものが学べたらいい。
来月は恒例の阿蘇・生涯音楽の集い…、8年前に開墾植樹翌年結実、以来毎年手入れ結実、嬉しい。
今年も小学生たちがとても楽しみに待ってくれている様子、最後の曲はやはり「祭」にしようか。
我々大人が大切なことを学ばせてもらうところ、ありがたいこと、長く続いたらいい。
2008.9.15. 星 重昭
8月
Do is becoming Become
首都圏の夏、九州や西日本に比較すればまだ凌ぎ易いとはいえ大変な猛暑、
猛暑は夏だからある程度自然なことだが、問題は加速する地球温暖化や都市化ヒートアイランド、
ここ1週間ほどで起こったわが国の局地的都市豪雨と、それで失われた何人もの命を思う時、
個人個人のレベルでも負うべき責任、各人の今後の小さな取り組み努力積み重ねが要求されよう。
昨今の世界各地での大自然災害の現象は、地球温暖化がもたらしている地球の歪が根本にある筈、
地球温暖化は間違いなく動物界のただ1種、人間一人一人が積み重ねているのだから。
8月、命や平和を強く思う季節、まずは元気に生かされていることに感謝。
63年前、昨日は広島、明後日は長崎への原爆投下を思わない年はない、
4ヶ月後誕生の息子を見ることなく東京大空襲大爆撃で亡くなった父をまたあらためて思うし、
同じ誕生日6歳上の兄と慕った、筆者北欧在住時25年前の終戦記念日に逝った菅野光亮をも思う。
終戦記念日が近づく頃はちょうどお盆入り時期、多くの先人に想いを馳せる時期である。
お盆の故郷帰省が難しくなり、近年は横浜に作った墓地で先立った近親者を供養している。
一昨日、お盆御施食供養会が菩提寺、水月山陽林寺で行われた。
東弘元住職ばかりでなく16人の総持寺系のお坊さんがお出で下さっての催し、
構成音は極めて少ないがCall &
Response はカソリック教会やゴスペル曲の世界を想うし、
ある読経は透明豊穣な長三和音が自然に生まれ、身はこの世とは思えない至上の有り難さの中、
宗教も音楽も元は一つ、が理屈ぬきに実感され、住む世界の距離が無くなる瞬間になる。
供養は供養者の肉親ばかりでなく、恩師友人関係者、そして生きたもの全てへの施しとのことだ。
さて、今の居住になって21年、夏休みには、盆踊り大会の大音響に正直少々悩まされる。
会場は我が家に近い上の宮中学校、子供達の学んだところ、住み始めの頃1度だけ行った記憶。
今年はいわゆるお盆時期実施は止めたのか、月初めの週末に終わってしまった。
音楽は例年と違い、ドラエモン、ちび丸子、ほか漫画アニメ主題歌音頭の数々が殆ど消え、
定番、三池炭鉱節、チャンチキおけさ、相馬盆唄、東京音頭、花笠音頭、きよしのズンドコ節等、
知らない曲が1つあったがそれが地元曲なのか、それでも地元色が薄く残念である。
もしかしたら、小学生以下に景品をあげる呼びかけにも子供達はそっぽを向いたかもしれない。
少子化は関係ない筈、子供も唄える地元のお盆唄、実現させたいが…横浜で可能かどうか。
お盆に祖先の甦りがあり、現世の人との嬉しい逢瀬が伝統の盆踊りだと教えられた。
小さい頃、仙台近郊は東北最大の賑わいの菖蒲田海水浴場、毎年地元の盆踊りをしたものだ。
唄は勿論、笛、鐘、太鼓、皆、地元の人々が代わる代わる地元の曲を中心に延々と生演奏、
一人の音楽好き少年、踊りを踊りつつ、大人になっての櫓の上の演奏を夢見たかもしれない。
景品を貰ったかは覚えていないが、あんなのは大人から子供達への真の贈り物だった。
真の贈り物、今の子供達に何らかの形で返したい、還元したいもの、
今日の現実、自然にそんな形が実現するほど簡単ではないが、子供達の夢見る目を見たい。
この猛暑、14年ぶりらしい。
紐解けば、1994年前後は自分史の中で最もコンサート活動をした時期、
40台も大詰め、体力も気力も今より充実していたのだろうが、内容は現在と少し違った。
“心が癒され力が湧く季節の名曲”、基本は今の考え方と変わらないが、実際はややハイブロー、
演奏者も、音大卒業間もない若い弦や管の専門家達、そして活躍する中堅実力派歌手の方々、
実行委員会楽団の指揮、チェロやピアノ演奏、港北区でのシリーズコンサートは8回で止まった。
今思えば、一言で言うと、do とか will make の世界だったのかな…と思う。
いいものを鑑賞してもらおうというものだったが、いまいち地に足が付かなかったかもしれない。
今は、その頃あまり思わなかった、少しばかりbecome の世界になってきたかな…、と思う。
成長する自分の弟子たち楽団が演奏、自然発生の演奏の場、少しは地に足が付いているのだろう。
来月半ば、横浜市磯子区公会堂での伝統ある邦楽演奏会、
プロの尺八師範者合奏にアマチュア星の子弦楽団が、2つの名曲で共演させて頂くことになった。
都山流尺八流祖である中尾都山作曲「朝の海」、そして「亜蘭笛州協奏曲」より。
有名なギター曲のアラブ音世界、不思議に、嫌、当然ながら尺八に合うのに驚く筈だし、
尺八譜を日本で初めてヴァイオリン譜に直し出版したのが中尾都山、前者、
宮城道雄らとともに新邦楽を推進した真の芸術家の名曲に、時代とジャンルを越え感動する筈。
無論、他にも伝統の本曲や三曲、新曲の合奏も名曲揃い、これを機会に聴いていただきたい。
尺八と邦楽から見える「音楽」の素晴らしい世界に、洋楽だけ聴いていたより更に気付くだろう。
この共演、昨年の指揮法講習会参加が出発点、自然にそうなったことに感慨がある。
なる、の典型は植物か、我が家の白樺1本、
最初は胸辺りか、あまり気に留めない間にすくすく大きくなり21才、今や家と高さを競う。
それを植えて下さったのは大綱ガーデンの酒井和利さん、
本当に可哀想に、3月に仕事中の事故、樹からの落下で大怪我、現在懸命にリハビリとのこと、
先週の我が家のお仕事にはアーティスティックに活躍のご子息他がお出で下さった。
この樹が横浜の地にただ1本で根付き、無事大きくなるのは稀なこととのこと、
植樹者の北欧の思い出小さな夢を、名職人の夢と合わせた、これもbecomeなのだろう。
来月、厚木の専門学校の授業すがら、お見舞いと報告をと思う。
14年前頃はよく演奏会に来て下さったもの、回復、星の子楽団音楽会を元気に来聴、疑わない。
太鼓の音、気高く眩い白樺に、届いてそよぐ葉、目に緑なり
残暑、ご自愛を…!
2008.8.7. 星 重昭
7月
Life becomes like…
5日前、小山哲夫氏の上京に合わせて予定された、生涯音楽の集いin USA参加メンバー会、
なんと、お世話になった本間立夫氏との再会大懇親会にもなった。
中東への第2回「青年の船」副団長との恵美子夫人がその記念懇親会でご来日、もその日徳島、
我々の方には参加できず、その分残念だったが、Mr.の詳しいレポートによれば、
5月の音楽交流会の感動は、その後も熱くFrost
Valley YMCA Campで続いている様子、
Gym、Tom、Laura…益々springな近況のようで、本当に嬉しいこと、
メンバーの皆には、早い機会での再訪門を強く夢見る会になった。
さて、この2日間の、別の感動的再会について記すことにしよう。
昨年9月、福井県越前市北新庄小学校の新校舎落成を祝うコンサートがあり、
地元の合唱団、ふるさとの唄をうたう会にゲストの形で演奏に参加させていただいたが、
児童及び先生方の今年も是非の声もあり、嬉しいことに今年もまた呼んでいただいた。
7月9日、全校194人を年少年長2回に分けての、今年はゆったりの各1時間音楽会、
まず、子供達も歌ってほしい、覚えていてほしい、次の世代にも伝えてほしい3曲、
みかんの花咲く丘、高原列車は行く、北新庄小唄、熟年者合唱の披露に何かを感じてくれただろう。
中間部はふれあいコーナー、言わば星流25分総合学習授業だが、実はこちらの勉強なのだ。
昨年の、世阿弥の謡曲でも知られる、照る日の前の美しき哀しき物語「花がたみ」独奏もあるのか、
継体天皇について、昨年に較べ今年は、はるかに多くの生徒達が、知っていたのには驚いた。
式部公園でも放送されたりした誕生30数年の「国府*の式部の哀歌」(*Kou)は、今回は尺八独奏曲、
今年も竹の邦楽器の演奏を聴いてくれるときの真剣さと静寂、日米全く同じ、燐の世界が生まれる。
子供たちと大人たちの音によるふれあい、テーマは、昨年は、清らかな水と豊かな森、
今年はFrost Valley音楽会の余韻でのふれあい、“有名米国民謡に親しもう!”
Mocking ’Bird hill を日本語詞で歌い、基になったスウェーデンの夏至の舞曲もリズム合奏、
手拍子入れつつの Michael Row The
Boat Ashoreは、ハレルヤ、日本語詞、やがて英語トライ、
舟を漕ぐのはマイケルや姉ばかりでなく、最後はマーシャルまで登場した。
実は昨年、「こぎつね」のうた寸劇をした時、子狐を諭す猟師役が来日間もない米国青年マーシャル、
越前市内の全小学校で1年期限の英語指導助っ人として活躍、その直伝効果もあり素直に歌ったのだ。
彼、市からの栄光の感謝状を胸に今日帰国、と昨日の福井新聞県南だよりにカラー写真もあった。
最後はやはり拙筆の日本語詞で、厳かに Amazing
Grace、
合唱団の英語1番詞に一緒にトライする児童も何人かいたようで、英語は音楽から自然に親しみたい。
このコーナー、合唱団の練習時間は1月足らず、指揮者の山崎昭彦さんとの打ち合わせは2週前ながら、
昨年から見ると、素直なトライ、声もハーモニーもリズムの乗りも確実な前進、実力アップ実感、
前日練習からも大きく前進、数10歳の年齢差など関係なく、楽しい素晴らしい音ふれあいになった。
この後に季節の曲紹介、30年前小松少年少女合唱団委嘱初演の組曲から「ホタルのお話」の合唱、
あの小松の子供達、結婚…その子供達はこの子達より大きいか…などと想いをはせつつ愉しく伴奏した。
あとで少なからぬ人たちから、とてもいい曲好きな曲との評をいただいたが、
子供達には、清らな里を大切にし、かけがいのないふるさとにしっかり立脚する大人に育ってほしい。
ホタルも舞う、この地にこの歌たちを歌う少年少女合唱団が誕生したら…とも夢をはせてしまう。
年少組「ドレミの歌」と年長組「翼を下さい」を大人と一緒に嬉しく愉しく歌い、音楽会が終了。
年少組も立派に聴き、年長組は流石の集中力、歌うべきはしっかり歌う素晴らしい子供達素晴らしい会、
最後は皆で元気に校歌、昨年にも増して素晴らしい斉唱になったのは、今年は筆者のピアノに加え、
ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロの弦楽が彩りを添えたからか、まさに効果満点。
米国でも演奏した3人、岡野京子さん、西原睦子さん、小山頼子さんが参加されたことで、
ふれあいコーナーでの米国民謡特集でも、そして合唱団に加わっての季節曲再演も盛り上がったのだ。
弦楽器の学習の前進が、各地で広い世代の価値ある音楽交流に繋がることを実感、
そこでの出会いと生きた勉強が、更なる楽器や音楽学習の確かな充実に繋がって来ていると信じる。
星の子楽団の各人も楽団経験者卒業者も皆同じ、音楽の意味を真に捉えている限り、
いろいろ恵まれる機会の度に充実、大きな貢献を重ねて行ける筈、当然、阿蘇等での積み重ねが基にある。
水上勉「越前竹人形」の舞台の武生、都の隣々の大国越前、かっての国府は近年合併で越前市となった。
平安の世、父の国府執務で娘紫式部も住み、都の恋人を想い心痛の姿が映画「千年の恋」にも描かれたし、
越前は、昨年が即位1500年の、今の天皇に繋がる最も信憑性のある26代継体天皇が出たところ、
北新庄は美しい山々を背にした豊かな田園地帯、小さな縁で光栄にも小職は採譜編曲させてもらったが、
豊かな自然は、人々の温かさ清らかさ強さ美しさとともに、北新庄村の唄、北新庄小唄に歌われる。
本人や家族が皆、北新庄小学校の卒業生、孫が現在在籍という団員も多い。
そんな風土に少しでも似つかわしくなりたく無理お願いで、今回感動のホームスティをさせていただいた。
ホストの一員、宗近俊禎くんも、お爺ちゃんたちとお客さんたちの演奏を聴いて喜んでくれた。
“これがスタート、これからもずっと宜しく”、昨年、お別れのとき宗近惣助団長他がおっしゃった。
“この日を子供達とともに、皆で、本当に楽しみにしていました”は、中嶋暁美校長先生の再会第一声、
結果、生徒や先生方、合唱団の皆さん、我々、皆にとっていい音楽会になったようで、ホッとしている。
山崎氏から早速の団員皆さん代弁温かメッセージ、この地の縁の副指導上田佐和子さんからも声の伝言、
有り難い事、字の通り、普通はなかなかありえないこと、多くの方々に心底感謝。
ふるさとの意味、学校の意味、高齢者の意義、この会の意味するものはとても大きいだろう。
今の日本が急速に失っているのが世代間の大切な交流、このようなことは各地にいっぱいあってほしい。
自然に、誠実に振舞えば嬉しい人生が巡り来る、か…、梅雨明けぬ中、実に爽やかな旅だった。
2008.7.10. 星 重昭
このふれあいコンサートは、北新庄小学校のHPで写真6枚とともに紹介されています。
http://school.city.echizen.lg.jp/kitashinjo/index.cfm/1,770,html
6月
Never Knew Life
Could Be Like
…
“
I never knew life could be like this. ”
Frost Valley YMCA のチラシの表紙に印刷されたこの英文、
「人生がこんなに素晴らしいものになるなんて・・・思ってもみなかった」だろうか。
5月17―24日の米国への音楽旅、無事終えて帰国し1週間、紫陽花が美しく咲き始めたが
筆者のみならず参加者各々の心境もそのようで、感動は却って強くなるようである。
NY 州の北西部の高原 Frost Valley YMCA Camp での生涯音楽の集い、
ついに出会えた Teddy の永年の友人 Gulick さんと奥様の嬉しい出会いばかりではなかった。
本間氏近年の友、実力プロベーシストの Ron Naspo
氏も奥様と一緒に待っていてくれ、
加え、ツアーリーダー Teddy 小山米国留学時代友人やそのお子さん音楽応援団もスタンバイ、
つかの間なるも、ワンダフル国際俄か星の子楽団がそこで誕生したのだ。
高原、草原、森、渓谷、川、湖…、初春の広大な自然の中での数日の営み、
湖の静かなたたずまいを前にする Lakeview
Lodge を宿舎に、Friendship House での練習、
合間には、滝へ往復の自然探索、川沿い林道の乗馬、牧場での家畜動物達とのふれあいetc…、
そんなゆったりした滞在の間に3回の交流音楽会が持たれた。
最初は、前述米国音楽家と一緒、この広大な地域に生活する家族の方々との会、
外はまさに「さくら」、「花」の季節、開花2年目の幼年桜40本が嬉しそうに咲き誇る中、
安定した素晴らしい低音に支えられつつ、米国初演奏はとても温かく進んだ。
日本の子供歌「あめふりくまの子」、「犬のお巡りさん」は、用意した絵を交えて披露、
唄&囃し組メンバーの縁の下力がなければ出来ないプログラムの音楽交流会、
Tom の小さな2歳のお嬢さんの帰宅後コメントでも、それはとても楽しい音楽会だったそう。
翌朝からは、食事の時その他 Camp 内での子供達や人々との挨拶の中で、
素敵な音楽会をした日本からの音楽団の皆ね・・・・、と語され、照れくさくも、嬉しかった。
夕食後、この大きなYMCAの各分野で仕事をされるスタッフの方々との音楽交流会、
会場は前日同様 Friendship House の地階 Tatuo Honma Memorial Hall 、
30年程前、東京フロストバレー YMCA パートナーシップ初代ディレクターとして赴任、
献身的お仕事で米国在留邦人のライフケアをされ、日米文化交流拠点確立をされた、
本間立夫氏を記念して作られたもので、畳敷き日本間もある、落ち着いた日本的木作り空間。
皆、欧米の音楽同調のみならず、新旧の日本音楽にも違和感無く積極参加、とても嬉しかった。
階上に移った第2部懇親懇談会、驚くべきは参加者の日本の文化に対する好奇心向学心、
「春の海」で耳にし目にした和への関心、邦楽器尺八への挑戦は大変熱心に続いた。
和菓子 Tasting 、折り紙挑戦を楽しんだ後、筋書きのないドラマがスタート、
音楽会の終曲、筆者作「祭」での我々の囃し組掛け声の余韻だったのか、ともかく、
我々の日本民謡を手拍子しつつ熱心に聴き、なんとかそれに参加しようとのやる気がすごく、
40年ほど前は教科書に乗っていたという「よさこい節」、「常磐炭鉱節」も、
yosako-i yosako-i・・・、ya-royattane ! などとリズム感よく熱狂的に囃してくれ、
「佐渡おけさ」からの a-ryasa-sat ssa- などは、翌日からの挨拶握手にも何度も登場だった。
民謡はグレゴリオ聖歌同様モノフォニー、その発展形ヘテロフォニーは純邦楽の基本形、
洋楽はバッハなどのポリフォニー以外は主にホモフォニーと言われている世界、
異国趣味ばかりでない、魅力あるファクターが日本民謡にはいっぱい詰まっているのだ。
本来全く違う歴史と文化を持ってきた日本は、明治とともに大きな変革、
特に、わが国の音楽を見るに、今や欧米と殆ど変わらない状況になったが、
洋楽を心がける人、楽器無しで出来る日本民謡をぜひ何曲か皆で唄えるようになってほしい。
彼らのように、手拍子しつつ楽しく聴き、囃し、やがて唄えるようになるだろうから。
思えば、正義感溢れ、自然で心温かいFVキャンプスタッフ皆さんのお蔭、
我々は普段着で音楽交流できる自信を貰い、4日目夕、忘れることの出来ない最終音楽会に臨む。
会場は、ドイツからの偉大な先駆者が残した歴史的名建造物
Fortsman Castle、
Steinway の旧い名ピアノの間に続く大広間、NY 市の中学生と先生達40数名が前にいた。
米国でトップランクのソーシャルワーカーとしても著名、FVでも働かれて来られた、
本間夫人恵美子さんの美しい通訳で進む1時間限定10曲盛りだくさん音楽会、
場所が場所、楽器が楽器、尺八も吹いたという滝廉太郎の名曲「荒城の月」、
草間なな子さんの歌に、須崎由美子さんの啼き行く雁オカリナが絡み、国、時、言葉超越空間、
クラシック音楽の源イタリアバロックの「Marcello 協奏曲ニ短調」で皆、“音楽”に触れる。
名手藤原正明参加で可能になった披露、独奏をクラリネットに替えても名曲は名曲、
共演の星の子楽団も、新しい前進を可能にする演奏経験ができた実感。
後半は中学生達の歌声も一緒に、世界的に知られるアメリカのうた4曲、
テーマ曲的 Mocking ’Bird
hill を皮切りに、手拍子入り Michael Row The Boat Ashore、
When The Saints Go Marchin’ In と続き、 そして厳かに Amazing Grace が響いた。
現代の中学生達にはあまりにも古臭くて唄わないのでは、は全くの危惧、
歌詞を見つつではあったが、楽団演奏と寸分狂いもなく溶け合う素晴らしい音楽になっていた。
最後はこの日も組曲“高原”より「祭」、あれがまさに感動興奮!
囃しの練習から自然に助走、祭の華やかさ、嬉しさ、美しさ、哀しさ、激しさ、の日本的世界、
最後に遠く消えて行く神輿、そして堂々の終始音、わずかコンマ…秒の静寂、
全員の歓声、立ち上がって痛いほどの拍手、となんやらの英語絶叫、
先生 Lea の潤む目、中ほどの何人か、と後方にも涙を流しつつ手を頭上に何かを叫ぶ生徒、
見れば本間氏の目にも…、楽団員は土砂降り…、アンコール不可、我に帰るしばしの時間が要った。
どの子供も大人も、国を越え、ネガティブな心が全て消え、皆で祭に熱狂した夜になった。
NY は Jazz や Musical も入ったマンハッタンの二日滞在、そして帰国、
あれから10日、今回の14人のメンバーの体にはあの祭りの音がまだあるようだ。
祭という曲、中島チェロアンサンブルの初演曲、今回も中島隆久先生以下先輩のお蔭がある。
考えれば、今回に繋がる、7年続いてきた阿蘇・生涯音楽の集いは最大の後押し、
毎回何度もあるいは初めて、20数人の方が例年参加、学校等での交流音楽会実践が続いてきた。
今回一緒の70歳を越える Va の稲田卓さん、熊本の山下隆之氏ご夫妻も過去の参加者、
筆者とともにずっと推進してきてくれた、前熊本 YMCA 総主事小山哲夫氏の情熱が有り難い。
今回はそれに当然、本間立夫恵美子ご夫妻他、現地スタッフのご尽力がなければ不可、深謝の次第。
Frost Valley YMCA Camp で出会った全ての方々、動物達生物達、本当に有難う。
昨日、星の子弦楽団の月1回練習日、
阿蘇の集いには週末を割き参加できても、今回参加はOLさんメンバーたちには不可能、
しかし、気持ちは NY 州西北部の1000m
の高原での演奏気分か、
今回の音楽会演奏曲の20人ほどでの演奏は前月までとは相当な違い、本当に豊かな響きだった。
弦楽団にもいろいろな境遇の人がいるし、国際俄か楽団も、最重要の聴衆たちは典型的色いろの筈、
いろいろな星のもとに生まれた人たちが出会い皆で音を楽しむ、それが星の子の命名理由、
今回、多くの星の子達に出会えた筆者も、お蔭で、ずっと重かった心の大石を取り除けた気がした。
今後も今回のような出会いや感動を信じて、皆で前に進んで行きたい。
さて帰国前日、NY はカーネギーホールの近くの老舗楽譜店で、巨匠ネルロ.サンティに出会った。
立ち話が出来たのは全くの幸運、こちらが何処で何をしたのかも訊いて下さり、恐縮返答もした。
やがて、マエストロは大きく頷き相槌を打ち、微笑んで、なんと手を差し出し握手。
ストコフスキーの“オーケストラの少女”ではないが、いつかどこかで再会し、
我々のアマチュア楽団を、大巨匠がつかの間指揮してくれる、なんて幸運があるかもしれない。
あんな高原で、あんな幸運感動がじっさい起こったのだ。
“
I never knew life could be like this. ”
やるべきことをやり続ければ、素晴らしいことがある日、そこにありうるのだ。
” It
was really great, you were great, I tell to friends, and my parents! ”
感動翌朝、最後の食事で会った少年の言葉に、無名の筆者、手を伸べ握手したのも思い出す。
2008.6.1. 星 重昭
5月
いよいよ週末は米国NY州の高原Frost Valley、初の海外での生涯音楽の集い。
ケネディ空港から2時間半ほど、山を越え谷を越え…YMCA
Camp…
とはいえ阿蘇その他のわが国のものとはスケールが違い、森、草原、そして川、滝、湖…
その山手線の輪より広大な自然にいくつかの施設も共存、
百年以上の確かな業績と40年にも及ぶ自然教育等、画期的プログラムは高く評価され、
内外から児童青少年を中心に幅広い多くのキャンパーが春夏秋冬訪れるそう。
今回、中学生達の林間学校音楽会、地域の人々との交流音楽会等、5日間で3回演奏予定。
目的というか願い希望のようなものは前に書いたので内容を少し紹介する。
米国の音楽、米国を形作った国や人たちの音楽、我々の音楽、3脚で立つ。
・
曲を羅列してみると、
Amazing Grace、Michael Row The Boat Ashore、When The Saints Go Marchin’ In、
テーマ曲にあたるMocking ’Bird
hillに加え、スウェーデンのフォークダンス曲も演奏する。
それは実は殆ど同じDNA、多くの曲が欧州起源と思われる。
この準備の1年半は実際かなり大変だった、が、お蔭でとても勉強にもなったのだ。
春の海の尺八、さくらの琴風の音に、荒城の月、花、平城山などの詞に、日本を感じてもらうが
あめふりくまの子、犬のお巡りさんで、詞を越えて、生きるもの同士の優しさを確認したい。
日本から海を渡りユーラシア、トロイカ、気のいいアヒル、Yesterday…
タイタニック等に描かれた感じか、大西洋はるか、音楽でアメリカに向うわけである。
MarcelloのOb協奏曲だが今回はクラリネット独奏、この集いに名手藤原正明参加で実現、
Jazzに至るまでのほとんどの領域、いわゆる「音楽」の正道を歩んできた彼、
Gulick氏やFrost Valley YMCAスタッフたちとの交流会も更に楽しみになろう。
明治以来の国策で音楽とは洋楽、学校や社会での音楽は日本語であっても欧米と殆ど同じ、
わが国の伝統の音楽は忘れ去られ、消えて行きそうな状況を危惧したい。
今回のようなときに、
“ところで、我々やヨーロッパの民謡をそんなにできるなら、是非日本のを聴かせて…”
と望まれたら、どうしよう…
今回、参加者は日本の代表的な民謡にも少し取り組んでくれているのは嬉しいことだ。
民謡、楽器をやらない人も唄う順番でない人も皆で楽しめるのがいい。
手拍子しつつ、人の言葉が、節が、リズムが聞え、楽しいとそれが聴く…になり、
やがて自信を持って囃せ、その人のレベルで唄えるようになるのがいい、
音楽とはそういうもの、今回の米国人達との文化交流の中心になったらいいことだ。
今回のツアーは熊本YMCA前総主事の小山哲夫氏の“How
about…”で始まった。
今、すごいことをしようとしていることに参加者は気付くだろう。
折角の機会、Frost Valleyの散策やスポーツリクリエーションも楽しみたいが、
真の折角の機会、生涯「音楽」の意味確認に時間を有効に使いたい。
2008.5.12. 星 重昭
4月
あの、雪の寒い2月を思うとき、3月の早すぎる開花満開には正直ちょっぴり戸惑い
自然な春の到来…?と心が少し重くなる部分もあった。
まあ、今年も春が来て、元気でまた春高楼の花の宴…、まずは嬉しいことだ。
嬉しいといえば、やっと地元で小さな音楽貢献、
菊名駅から近いリニューアルオープンの横浜北YMCAでうたごえ広場がスタートした。
まさに季節、卒業や希望もテーマに、春の到来をたくさんの方々と溌剌歌った。
高齢の域に入って自分の経験が大いに役立つことが前にある、本当に有り難い春、出発だ。
Spring、春の他にも幾つか意味、
湧き出す泉、飛躍のバネ、モグラや動物達が穴から飛び出すとか、心躍るイメージ、
来月の米国NY州Frost Valley YMCA Campでの生涯音楽活動の集いを想う心もSpring!
3月最後の木曜、ご苦労頂く小山哲夫氏本間立夫恵美子ご夫妻との東京打ち合わせも充実し、
Rivage夜会は初顔合わせさんも集い愉しいもの、心も会話もまさにSpring。
3回の音楽会が予定されているが、一つは子供達との時間、
自然の中での生きた環境教育はそこのキャンプの最も重要な柱、
阿蘇で7年間実践してきた延長がこの林間学校での音の交流会に繋がると信じる
大人世代との音楽会もだが、日本の音楽、米国の音楽、世界の音楽の歌や演奏を通じ、
宇宙、地球、先人、生きるものすべてへの尊敬、感謝、愛情を皆で感じ合いたい。
素晴らしいアマチェリストとしてプロ級活動のGulickさんとの2日間音楽交流も楽しみ、
大学でのお忙しい専門分野研究や後進の教授活動の間隙を縫って合流して下さる。
アパラチア山系Frost Valley1000m高地の春の到来は東京から一月半ほどの遅れらしい。
本間ご夫妻のお話では、数年前苦労して植えられた日本友好館の桜、
昨年が感激の初開花、今年はちょうど音楽活動の集いの頃に咲いてくれる筈とのこと、
日本の絢爛豪華にはまだまだ遠いらしい子供桜、遠い親戚の子との対面のようでワクワクだ。
そういえば昨夜、大風に負けず頑張って立派な夜桜を見せてくれた八重洲桜通りの桜並木、
新世紀早々、山野東京教室で指導を始めた頃は手を伸ばせば花に触れられたほど小さかった、
その桜に誘われるように、今回渡米演奏する弦楽器の人たちも小生の門を叩いたが、
今回はその成長途上での実践、きっと友好以上の有効な時間を担ってくれることだろう。
ここに来てクラリネットの名手藤原正明君が参加することになり、一同一段と力が湧く。
彼も若き日のボストン短期留学から20数年、
小生の曲を初演したり一緒に各地で演奏活動をしてきたりもしての本格修行10数年、
数々の学習成果実践経験は、各場面で十二分に貢献してくれるだろう。
春といえば「春の海」、Frost Valleyでは尺八演奏も聴いていただく。
さくら、平城山、荒城の月…、邦楽と呼ばれる世界に繋がる歌も聴き、歌っていただく。
今月20日には恒例の日比谷公会堂での邦楽大演奏会、
今年は初めて師範としての尺八の演奏合奏、
渡米前、のどかなる春を満喫しつつ、日本文化の凛としたものを摑みたいと思う。
2008.4.2. 星 重昭
3月
厳寒2月、3度の雪化粧は久しぶりの冬らしい冬…、
でも3日も台風並みの強風が吹き荒れたりするのは、間違いなく異常気象の一面なのか、
連日首都圏にまで物凄い空っ風…ということは日本海側が連日大雪、それが過ぎないことを祈り、
穏やかな、自然な春の到来、そして夏、実りの秋へ地球が普通に動いていくことを祈る。
2月最後の日曜、5月米国NY州での生涯音楽活動の集いのための練習が始まった。
関西から参加の和田早苗さんも銀世界の街を2時間早く出発されたそう、
大阪名古屋間の吹雪を越え関東勢と無事合流も、コンミス岡野京子さんは我孫子電車立ち往生で断念、
荻窪駅に近い、がん総合相談センター松江寛人先生の事務所がリハの会場、
古希お祝い演奏以来有りがたい交友をいただくが、公的な貢献のためなら是非!とご提供下さる。
高い天井は音がとても自然に響き合い、聴こえ合い、長時間でも疲れることはなく、
練習の合間に見える日本一の富士山、夕方にかけ刻々変わる絶景にも癒される。
未だ見ぬ自然、光、風、そして人々、子供、大人、高原の動物達…、
そんな想いを馳せつつ、曲を生き生きとしたものにしていくのはこの上ない幸せなこと、
無事生きているからこその惠であり、多くの人々、動植物、自然、地球、宇宙、全てのお蔭だ。
いくつかの音楽会が組まれるが、現地活動に素晴らしいチェリストMr.Gulick他も加わって下さる。
ニュージャージー州に近い1000m高地の広大なFrost Valley YMCA Campには日本友好館もある。
5月半ば過ぎ、記念樹の桜はその頃が一斉満開となり人々を魅了するらしい。
春、昔から花といえば梅、香とともに季節は2月から3月に移っていき、
やがて、下旬には近年の春花の象徴さくら、首都圏でも連日話題の中心になる。
尺八の師山川響山先生には季節名曲の稽古を付けていただくが今年は山田流の至宝「桜狩」、
のどかなるころもきさらぎおしなべて
みわたすやまもうちけむり やなぎのいとのあさみどり
はるのにしきかあやなも
みやこにしらぬしらくもの たてるやしるべさくらがり
以下も淡々と語られる中に春の風情、人生…隠し意味がいくつか美しく織り込まれる。
Frost Valley YMCA Campで長い間素晴らしい仕事をされてこられた本間立夫恵美子ご夫妻、
3〜4月は新旧の都東京と京都で、5月には若々しく美しい現地の桜を愛でられるご予定だ。
「さくら」、「花」、日本の調べが演出に役立ち、かの地の人々の心に届いたら嬉しい。
むろん、米国の曲の演奏もいくつか予定されていて、例えばMocking bird Hill、
P.ペィジで懐かしいワルツはそのルーツも紹介、実はSwedenの伝統曲にほぼ同じなのだ。
デキシーランドジャズイメージが強い聖者の行進When The Saints Go
Marchin’ In、
ケルト風フィドル(Violin)スパイスを振りかければ実はびっくりするほど“これだよ!”だ。
昨今は変な和音の上で小節乱発気味に歌われることが多く、何か違うのでは…のAmazing Grace、
もとはScotch songといわれる世界的賛美歌、シンプルこそ一番美しい筈、自然に戻したい。
ともかく、大半の米国のPOP曲は掘り下げてみると材料や調味料がヨーロッパルーツ、
400年前頃から、欧州からの移民で国や文化が作られていったのだから当然、
本場に行き本場曲の演奏とはいえ、原点に立てば皆が同じ感興を楽しめると信じている。
さて日本、弥生3月…、なごり雪、ひなまつり、卒業写真、花…、
いろいろがRenewのシーズン、新装横浜北YMCAでもうたごえ広場がスタートする。
三世代が集ううたごえ広場実現はなかなか難しいが、焦らず一歩一歩進められたら嬉しい。
どんな人たちと出会いどんな音が生まれていくか、地元への貢献は少しできるだろうか、
貢献…とは自分にはおこがましい言葉なるも、勉強でき前進できるのは有り難い。
また春が来てRenewできること、自分が再び自然になれることに感謝!
2008.3.1. 星 重昭
2月
しばらくぶりの首都圏大雪の日曜日、
オランダからの大物チェリストの紀尾井ホールでの演奏会を聴くことが出来た。
今回は直前の楽器店内ライブも至近距離で聴かせて頂き、演奏後に幸運にも話す機会も得られた。
ピーター・ウィスペルウェィ、謙虚で周到な研究や努力、音楽や演奏の確固たる信念、
全弦楽器奏者を見渡しても比類ない音楽家の一人、BACH組曲全曲も当然素晴らしいものだった。
有名ロマン派協奏曲や至難の現代協奏曲その他、各地各演奏会は完全満席の様子、
未だ殆ど無名時代、おそらく15年前初来日で唯一公演と思うが、
保土ヶ谷公会堂での演奏会、聴衆は100人いただろうか、聴けたのは全くの幸運、
楽器を床にセットせず両足の間に挟むバロック古典時代の演奏スタイル、
フランドル時代からの真の古楽伝統、あの時の真の音楽は今も鮮明に響く。
今回は演奏やその姿勢に関しとても大切なものが更に確信でき、本当にありがたかった。
以前は日本語版を翻訳して掲載していたHP英語版コラム、
近年は外国や外国人との接点も少なくなり、また閲覧者も少ないこともあり無更新だったが
年末、5年ぶりに再開できたのは本当に幸い,
英国の友人、ジョン・ウィルキンソンが年末に音楽プレゼントを送ってくれたからである。
彼は26年前にLondonで1ヶ月間英語を教えてくれた先生、
その頃の単なる音楽好きギター好きは今や実力者、立派な生涯音楽活動者になっていた。
CDやDVD数枚にはSolo、Duo、Combo、Full-Bandでの好演熱演満載の中の特に一枚、
サブタイトルが “Inspired by
Hasse’s
IMAGES” と筆者ニックネームと25年前のアルバム名、
素敵な曲と演奏、少なからぬいい影響を与えることができたのだろうか、嬉しいことだ。
HP英語版1月コラムにはそのあたりのことを書いた。
博学の彼から英国の伝統音楽その他、今後さらに教えてもらえそうで楽しみ。
英語版コラムは海外的内容にし折にふれ今後も無論更新して行きたい。
さて、米国の大統領候補者選びが盛り上がっているようだ。
特にわが国には少なからぬ影響を及ぼす国にして世界を左右する大国の大事な時期のリーダー、
多くの善良なる人々、特に未来ある子供達のために真剣に考え行動する人、
国が今日あるその基となっている世界の文化を見つめさせることの出来る人を待望したい。
真の豊かさ、生きる喜びの共有のためにすべきこと、それが真の政治だろうから…。
米国からの初メール、デニィ・ギューリック氏から嬉しいお返事をいただいた。
5月のFrost Valley生涯音楽活動の集いに米国からCelloを携え夫妻で参加して下さる。
企画の小山氏の友人、第一線業務を退き悠々自適オーケストラに室内楽にプロ級腕前で活躍中。
氏はSchubertの5重奏曲「鱒」が特に好き、無論POPSも大好きとのこと、
高原での人々との音楽の集い、本当に楽しみである。
大切な手袋片方の紛失、紀尾井ホールの帰り道はとても重い気分だったが三日後無事戻った。
「いつもお出でくださり感謝申し上げます、お届けできず申しわけございませんでした…」
なんと保管の守衛さんお二人が深々とお辞儀、落とした本人の非なのに…。
2度目の雪の舞う帰り道はとても体が温かくなった。
昨年と違い雪が普通に降ってくれる今年の寒い冬、
春を呼ぶため、秋の実りのため、そして温かさに気付くため、ありがたい季節だ。
2008.2.7 星 重昭
1月
有難う
新しい年を迎えた。
何もしなくても迎えたのは生きているということだが、若い頃と違い思いは深くなる。
迎えられなった方々が出来なかったことで自分がすべきコンマ1パーセントでもしていきたい。
自分が良くなるためには人が…より更にひどい、…人を、も堂々まかり通る時代、世界、
地球上にそんな動物達は人間以外にまったく存在しまい。
まずは、地球への感謝と先人達への尊敬の上に立って生きたいとの思いがより強くなる。
自分の周り人々があっての自分、自分のやれる活動は限られるが閉塞間など持つまい。
音は誰にでも聞こえるもの、今年もさらに、皆と共感し合い歌い合っていきたい。
師走の演奏機会で実感したが、生徒の皆さんが確かな前進をしてくれているのは幸せだ。
各人の自覚や努力は勿論、私のチェロ師匠のCD発刊で身近な音楽表現確認も大きいと思えるが、
”Anthem”の確かな演奏の後、生徒さん達は組曲「高原」の全曲演奏へも夢を馳せるようになった。
本当に嬉しいこと、とても愉しみなことである。
今年は5月に米国NY州の高原で、海外初の生涯音楽活動の集いが持たれる。
新たな出会い新たな共感、更なる「音楽による皆の大きな生きる力」が生まれたら嬉しい。
さて今年の元旦、
TVでは着物の日本人聴衆も目立つウイーンフィルNYコンサートが佳境を迎えつつの頃、
新春恒例の名曲、宮城道雄の「春の海」は尺八と、琴ならぬピアノで洋服の家族が演奏した。
音楽には国境を越え時代を越えた力があることを実感するわけである。
音楽に関った人々が国境を越え時代を越え、しっかり生き続けているということであろう。
古代ギリシャでは音楽は三大学問の一つだったそう、
難しいことはわからないが、自然と人々と音楽の神に感謝し、今年も地道に歩いていきたい。
すべきことが見え、あるときはやって来るのかもしれない。
2008.1.4 星 重昭
2007年
12月
有難さの自覚 前進力への感謝
長い暑かった日々に続く11月晩秋の寒さは異常…と思っていたら一気に12月、
年甲斐もなく仕事へ向け小走りも多くなってきて、師走とはよく言ったもの。
数日前、世界最古との旧東ドイツの歌劇場室内管弦楽団の名演奏を聴いたが
クリスマス協奏曲などに混じって、久しぶりのハイドンの交響曲「告別」もあった。
否が応でもあと3週ほどで2007年にさよなら、新しい年を迎えようとしていて、
今年も身の回りで少なからぬ関わりの何人かと現世での別れがあり、今想いを新たにする。
諸事情で学びの門を去らねばならない生徒さんもこの時期はあり、複雑な思いにとらわれる。
還暦を過ぎて体力等が下降線をたどる中、いい仕事をしたい思いは強くなってきている。
気力、集中力、その傍ら人を思いやる心力が落ちないようにせねばと強く思う。
成人の生徒さんたちは師の背中を見て学習するが、今その背中から多くを学ぶことに気付く。
わがチェロの師中島隆久先生が永久の旅立ちをされたのが昨年5月、
無我夢中の長い時期を経てやっと最近、師の背中が見えることが多くなってきた自覚があり、
いい練習、いい活動を更に長いレンジでやっていけそうな実感が確かになりつつある。
師自身やチェロアンサンブルの演奏にも触れ、遺された教則映像等でも学ぶ孫弟子達、
今、直弟子の小職同様、ありがたさをしっかり感じられるようになってきたようだ。
ご遺族のご了承の下製作されたCDでその素晴らしいチェロ演奏が聴けるようになったのだ。
その至芸の伝授は簡単なことではないが、生徒さんたちは確実に少しずつ前進してくれている。
組曲「高原」の何曲かは師指導の2つのチェロアンサンブルで初演や再演がなされた。
今月、X’masを機に生徒演奏発表会があり、数年教室で学んできた10名ほどの合奏により、
師が何度も練習に取り上げられた穏やかな曲調の終楽章、”Anthem”が公開初演奏される。
豊かな自然の中での人の幸せな出会いや別れ…そして再会の希望が詠われるもので、
新しい歌はドイツ曲ムシデンやイギリス曲ロッホローモンドと出会い新たなハーモニーとなる。
後ろの方で演奏した中島チェロアンサンブル第1回公演は12年前の12月、
前述CD“Album Of Cello
Favorite/Takahisa NAKAJIMA”はその同年6月の録音、
師匠の門弟となってから5年、恐れ多くもこのとき全24曲のPf伴奏をさせていただいた。
チェロの実力者として独奏、弦楽四重奏、合奏団…と邦楽まで含む幅広い演奏活動、
傍ら大学で後進の指導を続けられ、日本弦楽指導者協会理事長も歴任された中島隆久先生、
この録音、初中級チェロ愛奏曲集は実は、首都圏や西日本のお弟子さんたちのためのもの、
ひとつの演奏範例として製作されたもので3巻カセットになったもの、
今思うに、時期的に師が生徒達をより熱く導き始められた年と言えるのではなかろうか。
ソロや二重奏の恒例発表会に加え、チェロアンサンブル公演も第5回を数えるに至ったが、
しかし2年前12月公演後病にふされ、半年後、無念、師は現世に別れを告げられた。
今回のCD化はその後の孫弟子達の強いリクウェストが後押しとなって完成したが、
大師匠の演奏にCDを通し触れることで師の求めた音に音楽に少しでも近づいて欲しい。
このコラムでも折々触れるが、生徒さん達の音の社会貢献度は年々増しているのだ。
今年もお蔭さまで元気でここまで充実した仕事をさせていただいてきた。
その一つは、今年で7年10回目となった生涯音楽活動の集い、
熊本YMCAの協力推進も大きく、「音楽による皆の大きな生きる力」になってきた。
来年5月は初の海外実施、米国ニューヨーク州Frost
Valley YMCAキャンプで集う。
ニューヨーク市から2時間半ほど、山越え谷越え高原には川や湖…、そしていくつもの施設、
優秀スタッフと画期的プログラム、内外から児童青少年等多くのキャンパーが年中訪れる。
世界平和を強く願う国ながら、近年次々と種々の問題も起きているようだ。
Natural Civilian…子供達や一般市民達、つらさ不安を感じる人々が増えてはいまいか。
自然癒し回帰へ、日本の生涯音楽活動者楽団の音メッセージが何か役立つのではないか。
音楽には国境はなく、異国だからこそ音楽だからこそ感じ合え、わかり合えないだろうか、
そこでの感動を、私達の更に大きな生きる力にできるのではないだろうか。
小学生達の林間学校コンサート、地域の人々との交流音楽会がメインに組まれる。
師走、クリスマスということで上記以外に2回の弦のアンサンブルがある。
いい師に出合え弦を学べたこと、いつもその教えに立ち、皆で音楽し周りの方々と共感できる、
自然に、神に、先人に、隣人に、弟子に…謙虚に感謝する。
2007.12.9 星 重昭
11月
高原のそよ風 西国のうた声
阿蘇生涯音楽活動の集いはここ数年10月が恒例、
阿蘇前夜は熊本YMCAうた声広場、翌朝は毎年恒例専門学校コンサート、
前者は発足10回記念ゲスト、この広場のPf塩永すみこさんの伴奏でチェロ演奏、
この広場、おなじみ小山哲夫さんの進行と阿蘇の集いにも参加の木村久美子さんの歌で人気、
今回熊本前夜入り首都圏組も、フォークソング他、弦や歌で大いに楽しませてもらった。
後者、今年新スタート日本語コースの中国を中心とした外国人学生達の声と輝く瞳、
最後は前夜同様星の子弦楽団有志も一緒「森の水車」、音楽感動に県境も国境もない実感。
二日後10月22日月曜午前、フニクリフニクラ阿蘇ヴァージョンそのままの快晴、
屈託ない愉しい歌声に誘われてか、体育館は一匹の蝶が舞い飛び楽園の一部になった。
阿蘇生涯音楽の集い、7年目の今回訪問は一昨年に続いて、
滞在のYMCA阿蘇キャンプに近い阿蘇西小学校、嬉しい交流音楽会だった。
今回の音楽会の開始は、組曲「高原」からの第2曲“サラバンド”、
高原に生きる諸々の穏やか爽やか会話のような風情のこの曲、
15年前と思うが、飯綱高原でのJASTAミュージックサマーキャンプに参加の折、
GriegのHorberg SuiteのSalabande練習で指導の田中千香士先生、
皆のしり込みを幸い?に拙奏の筆者をソロに抜擢して下さり感激、帰京後作ったもの、
師中島隆久先生の励ましでチェロ合奏組曲となり中島チェロアンサンブル初演、
師の音大教え子達の作陽チェロアンサンブルでも後述の「祭」共々何度か再演された。
恩師が他界されて後チェロ合奏再演は少し難しくなったが弦楽合奏ができるのは幸い、
今回が弦楽初演、初心素朴演奏での爽やか出来栄え、今回も師に感謝。
続いたのは過去2回最後に演奏してきた「祭」、
師も青森ねぶた祭ご夫妻ご旅行後に更に愛奏して下さったこの曲、今回子供の指揮挑戦曲だ、
希望者は10数名、ジャンケン勝ち残りの2、3年生女の子3人も楽しかったそう、
2回目の挑戦だったそうな山本実子ちゃんには再来年何か一曲全部させたい。
この模様は翌日の新聞に「児童がオーケストラの指揮に挑戦」のタイトルで写真つき掲載*。
祭の賑やかな律動に邦楽的かつ現代日本的なところもあり熱狂後、御輿は遠ざかるのだが、
今回は最後のチェロによる“ド〜ン!”の太鼓も成功で子供達の歓声が響いた。
前記キャンプ最終日の夜の湖畔での祭が作曲の発端、高原は思い出が多い。
今回は3年生以上が一昨年経験済みということで内容と曲をかなり新鮮化、
楽しさ基本から音楽そのものでの感動が基本、をポリシーにした。
高齢ご両親介護の傍ら毎年参加、高齢者音楽療法実践も実績の北九州本多紀子さん、
今回、Marcelloのオーボエ協奏曲のソロに鍵盤ハーモニカで挑戦してくれたし、
首都圏のアマオケで弾く岡野京子さんもVivaldiの協奏曲その他でコンミス挑戦、
楽器学習に日の浅い愛好者皆も真剣に取り組んでくれてなんとか演奏の形になった。
後半、児童達が準備無しの曲でも声や手拍子で愉しく参加できた。
楽団歌組皆の盛り上げのお陰、父母伯父伯母と歌う気分か…音楽は世代を超えるのだ。
今回、学校音楽では歌わないであろう「あめふりクマのこ」、「犬のお巡りさん」もあった。
楽器によるねこ、すずめ、からすなどの擬音にも敏感だった自然児たち、きっと、
前者の5番詞、“なかなかやまない雨…傘でもかぶっていましょうと頭に葉っぱをのせ…”、
お巡りさんの犬、迷子の猫…生き物たちはどう生きるか、あの子らは考えてくれるだろう。
やがて、最後の曲はフニクリフニクラ、恒例の阿蘇ヴァージョン詞の元気なこだまが
開け放した体育館から高原に流れていき、阿蘇の山々にまたこだまし廻り廻る感じだ。
毎回、小学校や幼稚園などでの交流音楽会は素晴らしい感動が生まれてきたが、
今回も「みんなの大きな生きる力」、Give&Takeそのものの世界がそこには生まれる。
子供達は日常触れにくいオーケストラ的生音楽を聴き共に歌い喜びを感じてくれたのだろうし、
桐原恵子校長から子供たちの気持ち代弁の嬉しい御礼はがきも頂戴したが、
実際には奏者側は更にもっと大きな感動と力を貰ったと思っている。
今年の小観光は2300歳?!の阿蘇神社と同地の10数箇所名水歩き味わい探索だったが
同時に、毎年、雄大な大地からも悠久の遥かな時の積み重ねからも貰うのだとも思っている。
“みどりにつつむ宮山も、霧にそば立つ的石も 昔のままのふるさとを、
清くゆたかにたくましく 伸ばす阿蘇西小…”、お別れの校歌は感謝且つ再会の約束、
演奏者達も全く卒業生気分、音楽に県境はないのだ。
そんな高原での充実音楽会の後今年も一人旅Activity、
背振山系に入り日本最大弥生集落遺跡吉野ヶ里公園を見下ろす高地での月見宴、
県の邦楽他日本伝統芸能の重鎮出演夜会にゲスト出演させていただいたが
源氏物語「夕顔」を語る菊岡検校の秋の名曲舞台は天台宗の名寺院背振山「修学院」、
県の誇る真の芸術家山口典江先生の三弦との共演実現は本当に幸運なことだ。
ご縁はこの夜会主催の響きの会島敬子女史、なんと熊本YMCAのつながりもそうで、
8年前、女史主宰高齢者音楽団「ほのぼの会」15周年コンサート招待が縁、
この日もトリで出演し更に爽やか歌声披露の会の皆さんともまた嬉しい再会だった。
この夜、礼奏で「花がたみ“序”」を尺八独奏させていただいたが
なんと寺院会堂への玄関には世阿弥の狂女もの名謡曲「花がたみ」、照る日の前の絵、
奇しき縁、9月の福井の武生に繋がった実感、まさに、縁は異なもの味なもの、
一晩早い十二夜の爽やか名月、お茶、おだんご、佐賀県神崎で楽しんだ。
素晴らしい空間、時の積み重ね、人、東の京が及びのつかない西国に感謝の秋。
2007.11.1 星 重昭
*11月23日の熊本日日新聞 http://kumanichi.com/index.cfm(要登録&ログイン)なお、
以下のネット上アルバムで15枚の写真閲覧が可能 http://photos.yahoo.co.jp/ryang_k
10月
恒例の意味 高齢の微笑み
首都圏は長い暑い日々からやっと涼しくなったら急な晩秋感、やはり異常か、
思うについ最近までの長い猛暑の中、良くぞ元気で動けたと今年は感謝の一念が強い。
8月末大事の日の数日前、突如三角繊維軟骨複合損傷なる激痛で左手小指リタイア、
しばらくお世話にならなかった整形外科東先生のお手を煩わせることになった。
手首部分に石灰滞留、永年の酷使に加え高齢になっていくと症例も増えるとのこと、
横綱武蔵丸が引退に追い込まれることになったものだったようだ。
大事に至らなかったのは本当に幸い、御岳山神社のお守りも効いたのかもしれない。
恒例の山川響山師匠門下御岳山尺八合宿は今年はここ4回目にして初めてお盆時期、
奥多摩の清清しい空気の中での息で生まれる音、木々にこだまするお琴三弦との雅な調和、
天然水やおそばは本当に美味しく、雨もなく早朝献奏もでき芯から健康になった。
危惧しつつ、9月末日の生徒発表会では後半にチェロミニリサイタルを持った。
左手も完全に治ってこそやれたRivageでのこの会、今後ずっと恒例にしたいもの。
さて9月11日、福井県越前市北新庄小学校での新校舎落成お祝いコンサート、
発足4年の合唱団北新庄ふるさとの唄をうたう会にゲストの形で演奏させていただいたが、
先日仲野校長先生からいただいたお電話でも、とてもいいこといいものだったそうだ。
内容的にはおおよそ先月紹介した通りだが、びっくりする児童の反応があった。
年少年長各100人位50分ほどずつの2回の音楽会、
当然ながら年長組は静かに聴いてくれるが、年少組は全国どこでも活発賑やかは同じ、
合唱団が伝承を試み続けている北新庄村のうた2曲を聴いた後、
それ程馴染みの無い曲や楽器へのふれあい/触れあいコーナーを経て、特別コーナー。
世阿弥の謡曲でも知られる、継体大王と照る日の前の哀しき美しき物語「花がたみ」があるが、
今回尺八独奏曲としてまとめ文語体の朗読と一緒に披露演奏させていただいた。
今の児童に通じるか…の心配は全く危惧、その4分弱、年少組も全くの完全静寂があった。
新しい指導要領での邦楽鑑賞体質がしっかり出来ているのか、
自分達の土地が物語の舞台で、かつ歴史的な感心が小学児童まで高いからなのか、
はたまた、師匠のお陰だが、2週前に師範に当第出来たことで音や音楽が良くなったのか…、
ともかくこちらが大感動し、何か大切なものを教わった実感、ありがたい。
その後の一緒に歌いましょうコーナーの「手の平を太陽に」と「翼を下さい」各々、
そして最後、高齢の小学校卒業者と孫世代現役小学生が溌剌歌う校歌、
ピアノ伴奏をしながらの至福の時間、まさに理想に近い音楽会になったと確信した。
関係の方々が口々に仰る“これがスタート、これからもずっと宜しく”は大変嬉しい。
子供達や学校、地域の皆さんに輝く明日があることを祈りつつ、
首都圏の私も力になれ、役に立てる日がこれからもあることを祈念する。
いよいよ10月、恒例の阿蘇生涯音楽の集いの月、
台風も殆ど来なくなり天候に恵まれることでこの時期実施になり、今回は7年目だ。
各地持ち回りの観光的集いと違い同じ土地への訪問、
大半が3回以上の参加者で全くの新人さんも少し入って総勢20人ほど、
交流音楽会、前回は2度目の阿蘇尾ヶ石東部小学校、近年学校訪問は隔年2校になり、
今年は阿蘇西小学校、まずは児童数が150人より増えていることを期待している。
今年は内容と曲がかなり変わり、音楽的感動第一義を目指す。
参加者は働きながらの音楽学習の首都圏からの方が中心、
今年は特に準備が大変な中、積極練習取り組みにも敬意を表したい。
ところで今回その後、1年半疎遠になった恒例の佐賀県神埼に伺う。
由緒あるお寺、脊振山下宮積翠教寺“修学院”で重要な月見お茶会が催されるのだ。
舞踊やお花等も組み入れられ邦楽の生演奏、皆県の最高レベル大先輩先生方ばかり、
そこに古文化後進国からの若輩が尺八で共演参加させていただく。
数回共演のお祖母ちゃん音楽団“ほのぼの会”の若々しい歌声再会もある筈、嬉しい。
これらの九州のことは次のコラムで少し紹介できよう。
刻々…本当に“生かされている”を実感、先人諸氏や見えぬ神に笑顔で感謝。
柿も梨も、葡萄も栗も、今年もまた美味しい。
2007.10.2 星 重昭
9月
千年の恋 千五百年の想い
耐えられない猛暑から急なヒートダウンでそのまま9月入り、
気がつけば台風数は減、異常な気象傾向が相当進んでいての現象としたら正に杞憂なこと、
太古から流れてきた普通の自然な時間を恵んでほしい、季節の中で和みたい。
来週火曜午後、福井県の小学校で音楽会が開かれる。
40数年間多くの人々を育んで来た北新庄小学校、旧校舎は1学期が終わってご苦労様、
2学期の今日から、200人の子供達は立派な新校舎新校庭で学び育つ。
発足数年の地元のアマチュア合唱団が、皆が昔学んだ学び舎の落成お祝いコンサート、
十年ほど前の小さな縁が発端、首都圏からの小職も招かれ出演する。
合併で越前市となった武生、水上勉「越前竹人形」の舞台、大国越前の国府、
平安の世、父の国府執務で娘紫式部も住み、都の恋人を想い心病む姿は映画「千年の恋」になった。
継体天皇が出たところとして知られるが折も折、今年が即位1500年、
半年ほど前まであまり知らなかったが、今の天皇に繋がる最も信憑性のある最も古い天皇のようで、
今年、記念行事も各地で行われ、福井県それも武生は中心となっている。
そんな2重の慶びが重なった今回行事、
顔なじみもたくさん、身近な町の人々が唄う季節の歌、町に伝わる旧い唄、そして、
誰も知らない自分たちの町にあった、いにしえの昔の実際のできごとにも音楽も通しふれる。
合唱団、北新庄ふるさとのうたをうたう会は伝承の北新庄村のうた2曲もうたってくれるし、
世阿弥の「花がたみ」は天皇即位で別離そして再会の継体大王と照る日の前の美しき哀しき謡曲、
ちなんだ詩の朗読を伴う今回作曲の尺八独奏曲を会の中で披露させていただく。
高学年の会では合唱団は練習されてきた「忘れていた朝」をうたってくれる。
石川県の小松少年少女合唱団の委嘱初演から29年…、作曲者はピアノ伴奏をさせていただく。
現代の子供達には、日本古来管楽器のみならず、現代弦楽器に触れてもらう時間もとってあり、
合唱団と一緒に歌うコーナーはもちろん、最後は多くの先輩たちが歌ってきた校歌も元気に歌う。
音楽の楽しさのなかで、日本の独自の楽器、歴史ふるさとをより実感するなら素晴らしいこと。
テレビやゲームソフト、児童達は情報や時代的遊びに東京と時間差無くふれられるが、
そんな中、本来ありたい子供達の成長の姿がある筈、学校、家庭、社会がやるべき何かがある筈、
音楽が介在することで自然に学べるようになる何かがある筈で、
こんな地域と学校の理想的なコラボレーション、共鳴したら喜んで応援、当然だ。
意義あるこのふれあい音楽会への賛助出演、北陸時代の「国府の式部の哀歌」が発端、
30年以上前のこの曲、20年後の横浜での演奏が、武生在住の音楽指導者の手に渡り、
数年前、紫式部公園開園時、映画主役の吉永小百合さん列席時にも流れたようで、
今また、それより遡ること500年の哀歌が生まれることになった縁、まことに嬉しい。
明治・・・大正・・・昭和初期、村で唄われたうたの平成復活の小さな手助けをさせていただいた。
旧きを訪ねることができ新しきを知れる、真に実感、感謝する。
新校舎、近代的ながら越前瓦の屋根、中は総木作り、特産の越前和紙も使われている。
校長教頭先生以下皆さん、また関係者の皆さん、まさに日野の山川の如く清清しくキラキラ、
旧い時間や人々を大切にした、子供達の、町の人々の地道な清新な息吹が続く筈。
歴史意識から二千年、振り返るといまや現代人の責任は極めて重い、
それでも遅くはない、一人一人皆の努力、微力でも役に立てるなら自分も活動実践だ。
2007.9.3 星 重昭
8月
想いのかたち 思いと実践
先頃の悪夢再び…の新潟県の大地震、なぜまた…の重い思い、
何もできない人間の無力さ情けなさに落ち込むが、
前回地震被災から復興中の方々や若い人たちのボランティアの皆様に頭を下げる。
今年の梅雨、冷夏を長く演出したあと8月に入ってやっと明ける異常さ、
世界の異常気象もますますエスカレート、間違いなくどこかで地球そのものの変質に関る筈、
地球全体恒久平穏無事への努力急務、見苦しい詭弁戦いや人殺しなどしている時ではない。
何かできる人間の力、やらねばならない責任ある人間達、
先進国といわれる国ほど自覚し、国をあげ全ての人の意識で取り組まねばならない。
昨日は我が壇家寺のお盆御施食供養法会、参加させていただき気持ちを新たにした。
人それぞれ、先祖や、先立った、関り深い先輩諸人へ想いをはせ、
今自分が生かされている感謝の念を胸にするのは意義深い。
東弘元御住職はじめ総持寺系禅宗のご立派な16人のお坊様方の読経を聞いていると
貧しい漢文の素養でもところどころ、音読み漢字が理解できるのは日本文化の有り難さ、
直接の先祖のみではなく、先立った関り深い全ての先輩諸人への供養も語られる。
そんなところが数年前の誰も入っていない墓建立の理由、
お盆や命日に宮城やその他の遠隔地にお参りするのはなかなか難しいことが多く、
そんな時は、いつか自分たちが入る墓で先人の霊に手を合わせるのだ。
今日は広島の日、自分の生まれた4週後、その事実認識後は忘れることはない。
渡欧前に住み、帰国後更に大きな勉強もさせてもらい“ヒロシマ”の意味は深まる。
素手のけんかは時と場合によってはありうるか…、でも基本的に戦争はいけない、
ましてや地球を人間を破滅させる原爆を…は人間が国がしてはいけない。
人は、山や川、森や林、島や海を想い、そこに生きるものを想い、感謝し、
かってのいい状態に少しでも戻れる、できる何かを行うことが求められているだろう。
恒例の阿蘇・生涯音楽活動の集いが10月にあるが、来年5月米国でも持つことになった。
ニューヨーク州北、Frost ValleyのYMCAキャンプ場は阿蘇の数百倍規模、
何といっても、1週間、500人程の子供達の林間学校となることが素晴らしい。
大人になったかならないかの連中の銃乱射事件等がエスカレートする国の子供達、
飽食や格差の広がる大人中心と思える国社会で、世界共通語といわれる音楽を通すことで、
何か大切なことを少なからずわかってもらえるのではと思っている。
住職さんだったか他での話か…、先立つ人が寂しく切なく思うのは忘れ去られることのようだ。
かの国の子供達が親や学校や社会から忘れ去られているとは言わないが、
原爆を落とされた島国の人たちが、自分達や家族や自然をしっかり思っている、
そんな風に感じれるものをやれるように…とこのところずっと考えている。
お盆時期は多くの先人達を想う。
ここ1、2年に亡くなられた場合は強い“思い”である。
そんな想いや“思い”を形にすることが仕事の一部なのではないかと思える。
中島隆久先生の素晴らしいチェロ名小品演奏集が来月、CDで聴けることになった。
カセットで製作されたものの復刻だが、12年前伴奏させていただいたのだ。
四半世紀程前、終戦記念日に亡くなったのが映画「砂の器」の音楽と演奏の菅野光亮、
夏休み、能登半島旅行や、瀬戸内海小島滞在をよく家族同士で愉しんだりしていて、
この時期毎年特に想うが、想うほどそれほどは形にできて来ていないかもしれない。
彼が生きていればこんなことも喜んで実践…と想ってやらせてもらっているのかもしれない。
最近のハネケンさんの場合…、まだまだ手を合わせている状態である。
今回の地震で少なからぬ被害があったそうな長野県北部飯綱町、90年代半ば2度滞在した。
中島先生に帯同した飯綱高原での夏の音楽キャンプ、自然の中で弦楽の醍醐味をたっぷり満喫
その中から生まれ、中島チェロアンサンブル公演等で初演再演された組曲「高原」、
賑やか元気もの、“まつり”弦楽合奏版は何度も演奏されてきたが、今夏、もう1曲、
“サラバンド”が星の子弦楽団でも練習スタート、爽やか高原風が首都にも少し吹き始めた。
涼しいイメージ曲と自然風、残暑を健やかに乗り切られますように…。
2007.8.6 星 重昭
(PCトラブルのため大幅に更新が遅れたことをお詫びします。8/14)
7月
出会いと学び 継続と力
先月尺八の師匠山川響山先生還暦御祝い会があったが、今週素晴らしい方が仲間入り、
このHPの“皆で楽しく前進しよう!いいメール”では下町の太陽!でおなじみ江原恵美子さん、
女性のお年オープンははなはだ失礼ながら、本当にお目出度い紹介なのでお許しいただこう。
「小さな小さな音楽会」とはいいながら、それは実は「大きな大きな音楽会」、
コーラスを含め総勢100名近い生徒さんたちの入れ替わり出演の楽しい充実ステージ、
かつしかシンフォニーヒルズでの先生の第20回教室発表会・音楽指導40周年記念コンサート、
プログラムを拝見したが、ピアノやエレクトーンを学ぶ幅広い年齢層の現在の生徒さんたち、
それに今音大現役生や、元お弟子さんで今日広く活躍の小職知人の友情出演もあったり、
曲やジャンルやプログラミングも吟味されて、それは素晴らしく感動的だったに違いない。
その一週間ほど前、私もチェロ関係の1年ぶりの小さな小さな教室発表会を済ませたばかり、
発表会は難儀、指導の紆余曲折、出演や曲決定、合わせリハーサル、プログラム作成と印刷、
特に今回のご苦労は私とは比べにならないほど大変だった筈、
娘さん家族の応援、お孫さんお母様のお世話、4世代の中心ご苦労の先生、本当に心から敬服。
音大在学時代にアルバイトでスタートされた音楽個人指導、
2年に一度実施して来られこの日は特別の誕生日に重なり、まさに3重の記念大音楽会、
総まとめというよりは新たな前進のけじめの筈、継続を力に更なる発展が楽しみ、
こんな時こそ声を大に言おう、“本当に還暦おめでとうございます”
8年前、音楽文化創造財団の生涯学習音楽指導者養成講習会での偶然の出合い
その時出会った仲間の先生達も同感だろうが、その後のお付き合いで
私にも、女史との出合いは多くの生徒さん達が感ずるだろう大きな喜び財産になっている。
人生は未知との遭遇だろうが、尺八の山川響山師匠に出会ったのもなんと同じ講習会、
数週間後、かねてからチャンスがあれば学びたかった尺八を始めることになった。
師との出合いも大きな喜び大きな財産、むろん学習者は楽しさを見出すことと努力が必要、
秋で満8年、洋楽中心で時間が限られる中、師匠のお陰で教授に准ずる資格もいただき、
継続は力を教訓に、楽しく小さな努力を続けている。
そんなことがあって邦楽畑、財)都山流尺八楽会神奈川支部の会員に入れていただいている。
支部催しに参加できないことが多く申し訳ない思いの中、この度の指揮法講習会の要請頂き、
先月のコラムで触れたように、今回は特別の形態、
尺八と弦合奏が一緒に演奏することで“音楽”という本質により触れたいと企画された。
指揮の基本、平均、たたき、しゃくい、を1から4拍子まで、そしてその分割まで、
2回の講習でしっかり声や音を出しながら実践されたからであろう、
課題曲は流祖中尾都山作曲の「朝の海」と星編曲「*亜蘭笛州協奏曲第2章」の2曲、
(*有名なロドリーゴのアランフェスを尺八風日本風に漢字4文字化)
15人の参加の先生方全員が2曲とも各部分を指揮されたが、
指揮に応じて、音を出す側の演奏の反応や変化に顕著に現れたのは素晴らしいことだった。
失敗の場合でも、何故そうなった/鳴った、どう解決させる、ということだった。
前者の原曲尺八2部に弦は高低の2部、後者は尺八3部と弦4部のアンサンブル、
特に邦楽オリジナルの前者では弦組が心配だったが、結果的には危惧、
何回かの事前予習も功奏、違和感なく演奏できたようで最後は感動的音楽になった。
後者についても、合奏消化するには時間が少し足りない中、
尺八は洋楽へのハンディを殆ど感じさせない美しい響きで、新鮮な感動を作って下さった。
かけがいのない音の時間の中に居れ、尺八に先輩の先生方に本当に感謝した時間だった。
私の門を叩いたことで今度も不思議合奏体感の星の子弦楽団パートリーダーたち8人、
反省会の楽しい中、大先生たちの真摯な夢のある議論拝聴も含め
今回大きな喜び財産になったようで、今後の前進へ向け新たな貴重な経験だっただろう。
その次の週末6月23日、その中の3人は前述発表会で演奏した。
合奏は5人と7人の2グループが出演したが、嬉しいことがあった。
8年前、チェロの師匠中島隆久先生の指揮による中島チェロアンサンブル初演曲、
師匠に要請いただき書いたビートルズ組曲のYesterday、Hey Jude、2曲が再演されたのだ。
初演時聴衆だった一人を含む孫弟子達、継続は力、楽しみつつ努力してきてくれたからだろう、
好きこそ物の上手なれ、完成はまだ先でも、確実に憧れの世界に一歩踏み出してくれた。
さて、8年前の前述の出会い以後、仲間が九州から北海道まで10人となり
生涯学習音楽指導を考える会編の小論文集が翌年発刊された。
監修させていただいたこの「音楽で素晴らしい人生を」を久しぶりに読み返してみた。
江原女史の「生涯音楽学習の現状・課題と地域での指導活動」の中間あたり、あった。
ずばり1行4文字、“「継続は力」である。”
未知との遭遇の人生という時空間、「継続は力」、楽しく小さな努力を続けることだろう。
明日は七夕、誰に出会うだろう。
2007.7.6 星 重昭
(“皆で楽しく前進しよう!いいメール”に江原さんのメール全文あり)
6月
北の大地 羽ばたき歩み
えっ、ハネケンさんが…?、TVのニュースに目と耳を疑った。
他の局のニュースでも続々報じられたから間違いないわけだが信じられることではない。
時代と言うべきか、いろいろなサイトで目にして徐々に本当なのだと実感しつつある。
羽田健太郎のその名と姿はスタジオミュージシャン時代から知っていたが親しく話せたのは近年、
私のPf3重奏曲を自身のトリオアパッショナート(石田泰尚Vn村井将Vc)が演奏してくれたのだ。
2003年5月、山口と佐賀で「北の大地の詩」第3楽章の公式日本初演である。
献呈したSWEDENのガルシアトリオは1991年の初演以来全曲北欧で何回も演奏したが、
第4楽章のみ翌年の横浜公演時にアンコールで日本初演されていたものだ。
トリオ、オーケストラ弾き振り、音楽番組の司会演奏等、音の現場に接することができたが、
分野を問わずいいこといいものを強い意志で積極活動、見えるのは穏やかで愉しい豊かな包容力、
人々に大きな感動や喜びを与える、一般人の目と心を持った稀に見る真の音楽人、
全国津々浦々多くの人々が、なかなか信じられずもやはり大きな喪失感に襲われるだろう。
献曲も再度のギャグ対決も叶わなくなった全く若すぎる旅立ち…無念、
心からご冥福を祈りつつ、
カテゴリーはまりと小さいまとまりを嫌ったまさに、
題名の無い音楽家の残してくれた音楽と精神、これからずっと新鮮に生きつづけると信じる。
ともかく、このショック、少し前にもらったメールの嬉しいニュースでしばし忘れよう。
川本貢司くんが伝統のプラハの春国際音楽コンクールの今年実施された指揮部門で3位入賞した。
日本ではあまり馴染みがないかもしれないが数年前からドイツに住み
北東ドイツフィル首席指揮とドイツ・フォアポマーン歌劇場第一専属指揮者の評価も年々高まる一方、
最近は欧州の活躍以外にも東南アジアやカナダでのオーケストラ公演もセンセーショナルな成功だ。
筆者が北欧移住の前の広島時代、やんちゃ小学生の川本少年に生まれて初めて指揮をさせた。
月に2度ほど島根益田に通ったが音楽開眼していく日々の大きな目の輝きが懐かしい。
その後音楽勉強に深く熱中、やがて東京芸大指揮科に一人合格、在学中に指揮コンクール入賞、
卒業後も小さくまとまらず、欧米に名人達の門を叩き修行を重ね続け、
幸運も少しはあろうか、幻の大巨匠チェリヴィダッケの指導もみっちり受けられたのである。
天性の才能も大きかっただろうが何より、音楽が真に好きなことが彼の場合も無類、
夢があり強い意思があることが今につながって来ただろうし、更に洋々の明日へ進めるだろう。
指揮の話をもう一つ、
私も所属する都山流尺八神奈川県支部、大先輩師範諸氏の指揮法講習会をさせていただいた。
邦楽とはいいながら、流祖中尾都山がヴァイオリンを勉強したこともあって
都山流尺八本曲と言われる流祖の作品群には珠玉のような2部3部等の合奏曲が多い。
演奏も大人数になることも多く、この度いいこといいものは実践しようで初実現したのだが、
本物の耳と心を持たれる先生方、1回目でもう素晴らしい成果をあげて下さっている。
ハネケンさんには程遠いが、小生もいろいろな音楽活動をさせてもらってきて、
高校1年生の3学期から男声合唱団を振り始めることになりそれこそ振り出しが指揮だ。
その後大学でこの上ない音楽家福井文彦先生に習えたのは幸運、
名テノール藤原義江伴奏者として世界一周演奏旅行のブエノスアイレスでの師の偶然幸運、
オペラ指揮で滞在中の巨星に一週間同ホテルになり教えてもらえたことで再確認したそうで、
君達はブルーノワルターの孫弟子との自信を持ちなさい、とよく言われたものだ。
ところでこの講習会、まず1時間でとりあえずの指揮棒を作ることがスタート、
菜箸とワインのコルク栓で簡単に作れ、上手に仕上げると市販品に遜色ないものになる。
貢司少年の初指揮は鉛筆だったか箸の片割れだったか…四半世紀前は思い出せないが
指揮者に限らず音楽人、まず持たねばならないのは音の夢であろう。
最近は指揮にも新境地を見せていたハネケンさん、自作指揮棒使用を勧めようと思った矢先、
遅れたが、マネジャーさんに飛び切りの1本をお渡ししたい。
彼女もメンバーの星の子弦楽団有志、月半ばに尺八師範先生達の第2回講習会で共演する。
分野とジャンルを越えたこの稀音楽時間、どうなるやら来月のコラムでお伝えしたい。
水無月とは言いながら、もう間もなく長い雨季、
食や体調管理に留意しつつ、穏やかで愉しく豊かに音楽をしたい。
2007.6.6 星 重昭
5月
金の週間 風薫る空間
雪が舞った寒い日々から半月あまり、今度は夏日が続いた。
能登以後も日本各地で中小規模地震が頻繁に起きているようで心配な自然だ。
飛び石の長いゴールデンウィーク中は人災も心配だったが、各地どうだっただろう…。
さてともかく、直訳の単なる金力依存週間では意味が無い。
本当は、価値ある休暇…とでも言うべきなのだろうが、
私はこの時期、例年に無くいろいろな特別な想いが駆け巡る中、
21年ぶりに欧州から持ち帰った価値あるものとして温存してきた本類や書いた勉強の足跡など、
のんびり再整理し始め少しずつ捨て始めたのは価値あることかもしれない。
閑話休題、
GWはその休暇を利用し海外国内の旅行や出かける人々や大テーマパークを楽しむ人々が多いが
近年それとは違う時間の過ごし方を求める多くの都会人を相手の各種企画が活況を呈しているようだ。
今年3回目というラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンなる国際フォーラムでの「熱狂の日音楽祭」、
友人からもホットな内容を聞いたが、相当な盛り上がりのようで、典型的GW音楽企画なのだろう。
立派なコンサートホールで単なるいいコンサート、というのではなく
大きなテーマを持った音楽博覧会、広いミュージックテーマパークとでも言うべきものだろうか、
国や自治体主導での税金無駄遣いによる無用の長物と母体の破綻問題が久しい中、
都心の大建造物が本来の良い形での使われ方がされているようで素晴らしいことに違いない。
大中小…多くのホールやスペースでのクラシックを中心とした、名のある実力者たちの各種音楽会、
オーケストラ、室内楽、リサイタル、いろいろな楽器、声楽…民族的音楽、
数え切れないほどの中で、友人はフォーレのレクイエムなど4つの音楽会を感動堪能したようだ。
電車からも目立って見える未来の大型船の骨格を連想させるあの高いガラス張りの空間、
そこは今回の音楽祭のハイライトにもなったようでサイトの写真からもその楽しさが伝わる。
音楽の中に聴衆が参加できる部分を作ったりするのは歓迎すべきことだろう。
写真等も多いので詳しくは検索し覗いてみてはいかが!
山手線の反対側新宿でのジャズを中心とした音楽祭は基本的に市民達の演奏のようだ。
築後25周年の新宿文化センター、国際フォーラムとはちがいホール数があまり無いだけに
何種類かのアンサンブルを発表させるのにいろいろなスペースを工夫活用の様子。
実際の参加者にまだ聞いておらず内容はよくわからないが、
この時期以外も折々、ジャンルも変えたりしてこの考え方での施設開放を実践しているようで、
旧い建造物でも市民の負担を極力少なくし大いに活用してもらおうというのは大歓迎だ。
この時期もう20年ほど続いているのがポップ中心の感の吉祥寺音楽祭、
仕事も少し関係し初期の頃何度か実体験したので少し詳しいが、
クローズの大ホール音楽会イメージはあまり無く、
満員のドアの開いた店、スペース、街角、通り…、歩いていても楽しめるのだ。
市、市民、商店会、関係団体、アマプロ…壮大な協力の手作り音楽祭、素晴らしいことだ。
GW以外の場合もあろうが、全国でもたくさんいろいろな音楽イベントがある。
かってGWに一度、葦の湖畔でアマバンド音楽祭の審査員をしたが実施はその時のみ、
いい催しでも長く続けるのは大変なこと、重要なポイントは公共への還元ではないか。
このことを土台に何か…、私に学ぶチェロや弦楽の社会人生徒さんたちも、
このような時期に、発表と市民交流、社会還元を定期的にやれるようになれればと思う。
変貌した現代の日本の実情を見るとき、
社会全体の支えが絶対的に乏しい邦楽などは特に考えねばならないだろう。
先頃の横浜ノースワイズメンズクラブでの小さな講演、“私の音道連れ人生”、
全く気ままにさせていただいたが寛大な方々のお陰で一応の好評をいただいた。
そのメンバーの方々の知恵と労力の社会還元の媒体がYMCA、
YMCA厚木でのうたごえ広場にお邪魔するうちに企画が進んできたのだが、
小林一郎校長の夢も具体化、秋に専門学校内の合唱祭を実施することになりそうである。
高齢者中心に3世代での歌唱交流を目指すうたごえ広場、
それに加え若い人たちが皆で歌うことによって市民全体にも広がっていく、
熱狂の合唱祭を夢見つつ、微力だが協力させていただくのは本当に愉しみだ。
明日の朝礼でのキックオフのため久しぶりの早起き歩き、
薫風の中、何の曲のハミングで向かうか…ワクワクだ。
2007.5.7 星 重昭
4月
新しい旅立ち 旧い時の紐解き
昨日は午後どんどん寒くなり雨、雷、そして一時霙、ついに雪が舞った。
雪無し暖冬から続くあまりにも異常なこの春から冬、いや冬から春、大地も軋むのか、
能登の方々には早い復興への温かい追い風があることを切に祈る。
能登に旅したのは30年近い昔、金沢に住んだ時、
映画「砂の器」の音楽で特に知られる鬼才故菅野光亮家との合同家族旅行だった。
今は空港も出来たようだが、当時はいわゆる特に不便な地方のひとつ、
だからこその原始的な部分、作曲の最終段階で魂の鼓舞にとても良かったと後日話していた。
この一週間、一冊の小説「光炎に響く」を読めたのは有り難かった。
6年前岩手日報社北の文学賞受賞作、著者中ぶんなは宮古ジュニアオーケストラ主宰、
明治後期から大正、昭和初期にいたる日本の輝く音楽黎明時代のドキュメントを示しつつ、
フィクションの、時代的社会的圧迫で潰されそうな男の子を登場させ、
自然、社会、人間、音楽、生きること、そんな大きなものを純粋に考えさせてくれる。
感慨にひたってしばし、後半に時々現れる宮沢賢治の「永訣の朝」などの世界を想ったが、
松本清張「砂の器」の世界も現れ、荒涼たる能登の風景を思い起こした。
ドラマの後ろに心に迫る音楽も折々聞こえてきた感じだったのだ。
この本を印刷したのが勤める会社だったそう、生徒からの嬉しいプレゼント、
今月、昨年初夏の発表会での演奏を聴いてくれた婚約者とめでたく結婚、
人組織の変更も関係、3年半の教室をひとまず卒業、復学まで時間を作り独習になる。
もう一人、市民オーケストラの練習の関係でやむなく4年半で一段落のやはり卒業さん、
ご主人のクラリネットと自分のチェロパートが調和する…とても素晴らしいこと、
こちらは来月メンデルスゾーンの交響曲イタリアがデビュー演奏である。
3月から4月、世の中は一区切りの時期、私の教室でも毎年何人かの生徒さん、
新しい時代、新しい世界への旅立ちのためしばし学びを辞めざるを得なかったりする。
卒業とはいえむろん終わったのではなく、始まったばかりで長い学びの道のり、
友人達と共有した、社会の、人間の、音楽の基本を大切にこれからも前進するわけで、
前進の間にたくさんの人と出あいたくさんの良い時を共有するわけだ。
今日は清明というそうで、清清しく明るい、まさにそんな春の日々なのだろう。
13年前の今日、広島は満開の桜が紺碧の空の下、そよ風に散り舞っていた。
お姉さまの居られる地へ初お目見えのソプラノの中谷麻利江(秀代)さんと、
その地を12年前に離れチェロも弾くようになった小生がジョイントリサイタルを持った。
以前書いた記憶だが、音楽は鳴る音と行動、を学べ、後、思い起こす度いい旅立ちをする。
90年代前半、主に横浜でWAM実行委員会という季節に基づく音楽会シリーズを持ち、
第一線活躍の音楽家、音大卒業生、一般音楽愛好家たちの壁を作らず、
その上お客さんもともに楽しみ感動共有したのだが、中谷さんも中心の一人だった。
前記「光炎に響く」の大田カルテットその他と似た同じような活動だったのだろう。
旧きを訪ねる時、今も自分に何か新しい音の旅立ちへの小さい力が生れる気がする。
今月半ば、依頼があり講演会をさせていただくことになった。
横浜ノースワイズメンズクラブのひと時、題は“私の音道連れ人生・音の履歴書”、
むろん、話すだけではなく、生の音楽があり、季節の歌があり、会話もありで、
多大な社会貢献をされる皆様の、更の力になる何かが少しでもあればと願っている。
4月は、日比谷公会堂での邦楽演奏会、2ヶ月ぶりの厚木のうたごえ広場もある。
何年後かに紐解ける旧い良い時の一こまにしたい。
紐解ける価値ある時があるのは素晴らしいこと、夢中で一歩一歩前進した証、
ときどき紐を解いてみるのはたゆまぬ新たな前進に繋がる筈でもある。
菅野光亮の叱咤激励や共有時間を紐解くことなど、今でも前進の大きな力になる。
福井文彦先生や中島隆久先生に学んだことや充実共有時間も同じだ。
何かを習い始めたり、新しい世界に進み始めることが多い季節、
愉しく取り組みつつも、基本的なことにはしっかり、じっくり向き合ってほしい。
アマプロ関係なく、旧い良い時がたくさん出来ていくのが良い人生だろう。
2007.4.5 星 重昭
3月
早春の唱 愉しいお話
暖冬と思って油断したのか、冬の終わりに人並みにちょっぴり風邪を引いた。
先の日曜、厚木でのうたごえ広場参加者のお陰で、ひどくならずに治ったようだ。
体の芯からとよく言うが、心から、という意味なのだろう。
皆で仲良く歌い合い聴き合い響き合うのは、心から温かくなり体も元気になる。
今年から毎月実施を目指す「厚木のうたごえ広場」、
1月に続き実施できて、冬から早春への日本の美しい移り変わりの実感がいい。
1月には中田喜直作曲の大名曲「雪の降る街を」を歌ったが、
今回の中心名曲は時節がぴったりの「早春賦」、作曲者中田章は喜直先生の父君、
なんと長野県安曇野の早春賦記念館に行かれたことのある参加者もおられ感慨一入。
歌を歌う中で参加者の方々が、人生の1ページのその日そのときに、
気を許し、その人や関る1面1ページを語ってくれるのは本当に愉しい。
休憩時間に少し話した常連さんがくれたコスト削減風パンフレット、電車の中で見て驚いた。
歩く会会員でよく歩いておられ、小生もたまに一緒にいかがと誘って下さったのだが、
えっ?…な、なんと1日10キロ以上をほぼ毎日〜…は早合点、
それは歩け歩け協会の神奈川県総合版、どおりで毎日だったわけだ。
でも、歩くことからどんどん元気に健康になり、結果
毎日どこかに参加される超健康さんも出来てくるようになるのかもしれない。
各々の場所や会は当然ながら、季節と自然の美しい移り変わりを愉しみ、
また、道々の名所旧跡では生きた鑑賞や学習などが出来るようになっていている。
小学校の遠足風にお弁当飲み物持参、道中に音楽も良い役割をしそうで最高の総合学習、
イメージするだけでとても愉しくなってくる。
昨秋に川崎の全7区の会完歩者も38人いたようで、素晴らしい。
暖冬で冬期間のプログラムでの完歩者も例年より増えているのではなかろうか。
これからも観梅や観桜の歩く会や、中には千数百メートルの登山もあったり、
県外にバスで出かけ、下りたらやはり10キロとか歩くのも毎月実施されてるようだ。
うらやましい気持ちが大半ながら、そのうち自分も…の気も十分あり
小生も毎日なるべく歩くようにし、そのときの準備をしておきたい。
歩く会の指導者さん応援の行政関係さん会員さん世話人さん皆さんの健闘を祈る。
例えば、初体験者には3月4日、“10キロを医師と歩こうin横須賀”など安心の感じ、
午後には“運動と食事、ときどきお医者さん”の現職医師講演などもよさそうだ。
暖冬…、暖冬…といっているうちに明日はひな祭り、
嬉しい春が来たとはいえ、厳しい冬を乗り切ってこそが春の到来の大きな喜びのはず、
じんわりと時間をかけて大地に沁みていく水分、それが冬以降の日本の自然基本、
今年の米や野菜やその他食材、そして気象天候はどうなっていくのだろう…とも心配だ。
正直素直に喜べず、“嬉しさも 中ぐらいなりおらが春”…の弥生入り。
うたごえ広場、3月は日程会場がとれず次回は4月22日、
桜の花は散り時が過ぎ菜の花も月夜も朧に霞み、溌剌子供と優しい母イメージだろうか、
スキーに行ったりしてお休みの親子さんたちとの再会や、
常連さんたちがどんな打ち解けた話をしてくれるかも楽しみだ。
2007.3.2 星 重昭
(ご参考・NPO法人神奈川県歩け歩け協会 www://k.aruke.com)
2月
3つの声 いろいろな音
哀しい暖冬だ、…そう書こう。
最も寒いはずの2月の初旬、首都辺りでは降雪の気配が史上初、未だ全くない。
生徒達が毎年上達し徐々に清らさを増す教室の「雪の降る街を」の弦楽器の響きは詞イメージ、
“ 雪の降る街を 思い出だけが通り過ぎていく… ”
“ 雪の降る街を 足音だけが追いかけてゆく… ”
“ 雪の降る街を 息吹とともにこみあげてくる…
この空しさをいつの日にか祈らん 新しき光降る鐘の音 ”
外は大陽気…、だがそんな状況でも、
雪の持つ厳しさ清らかさ、その中に包まれつつ温かく生きる人々の静かな確かな歩み、
そんな素晴らしい世界に音楽で入れるというのはなんと哀しくも幸せなことだろう。
うたごえ広場、
日本の素晴らしい歌をうたう会が2005年秋から厚木YMCAで行われている。
歌い継がれ、後進にも歌って欲しいいい唄、
お祖母ちゃんお爺ちゃんも、我が子が孫にうたい教える歌をうたおうという、いわば
3世代でのうた声が響く広場にしようというものだ。
冬バージョンが1月末の日曜にあり、初めて本当の3世代の声が響いた。
健太くんは幼稚園年少くん、風邪で熱を出し途中で泣いて帰った以外はお母さんと毎回来てくれる。
この日は若いお祖母ちゃんも一緒、
友達になっちゃったケイタくんもこの日は元気参加でことのほか活動的、
ピアノ伴奏によっては知らない曲もなんのその、部屋中1、2、1、2、と溌剌行進、
かくなる上は、お母さんお祖母ちゃん世代がもっともっと子供らしく歌おうということなのだ。
子供が本当にいい歌を覚えてくれる環境はどんなものだろう。
TV画面のゲームや刺激アニメで刹那的曲を覚えるのは百害あって一利なし、は言いすぎか、
本物の自然、動物や植物になぞらえた生きものや、長い歴史の中で生きた人々の尊さ強さ優しさ、
子供との関わりの温もりの時間、親子でさえ少なくしてはいまいか、
重要かつ手軽なうたという世界を再認識し、祖母祖父ともより関るよう努力したい。
お母様のお話では、この広場に通うようになり3世代のよりいい関係が作れるようになったそう、
実の親子さん参加も徐々に増えそうなのは楽しみだし、
高齢者の方々が少しずつ子供心に帰って新鮮にうたうようになってきているのも嬉しいことだ。
“足柄山の…”の「金太郎」など、最後には殆どの方が、手は2拍4拍のアフタービート、
うた声は、カルメンで知られるターンタタンタンのハバネラの一人アンサンブル、
スタートの頃は想像できない見事なもので今の子供顔負けのリズム感だった。
家でお父さんがいればまたがって稽古、の熊になるというわけである。
なんといっても詞の世界がとても大切,
詞を想う時、例えば「冬の夜」など、中には戦争の影を落とす曲も少なくはない。
うたい繋ぐことで、一人一人が、そんな時代があったことを忘れず、何が大切かを考えていける。
こんな時代、そんな人間らしい人間が多くなってほしい。
冬がないと、「早春賦」も空しくなる。
厳寒から早春への例年この季節2月、指導する音楽教室の曲も厳しくも温かい世界だ。
この中田章の名曲と中田喜直「雪の降る街を」の親子曲がリレーされる温かい季節、
毎年、成人生徒さんたちも弦楽器合奏を通し、日本の美しい真髄に触れてきた。
“春は名のみの風の寒さや、谷の鶯うたは想えど 時にあらずと声も立てず”
“氷とけ去り葦は角ぐむ さては時ぞと思うあやにく 今日も昨日も雪の空”
“春と聞かねば知らでありしを 聞けば急かるる胸の思いを いかにせよとのこの頃か”
吉丸一昌詞、大正2年2月の新作唱歌、
立春を過ぎても雪の空は恨めしくも、春を待つ血の通った心は温かい以上に熱い
今、音楽を愛する人は、歌で気持ちを凛とし温かくしたいものだ。
うたごえ広場は参加者の要望も強く、今年から出きるだけ毎月1回実施の方向で動いている。
晩冬から早春バージョンは2月25日、日曜で3世代一緒参加が増えるのを待っている。
「春よ来い」の、赤い鼻緒のじょじょ履いたみいちゃんが春を待つように…
2007.2.8. 星 重昭
1月
24の声 48の瞳
新しいカレンダーになったと思ったら早いもの、2月はすぐ目の前に迫ってきている。
時間の経過が早く感じるのは、あまり実のあることをしていないからなのか、
逆に、夢中で何かをしていてあまり気付かなくなっているのか、
人間、忙中焦らず、自分の軸をしっかり持ち、自然に生きるのがいいのではなかろうか。
近年の日本やそれに似た社会、あるいはそこの多くの人々、
むろん私も含まれるだろうが、自分があまり見えていないのでは、とかなり心配だ。
大きな社会を形成する一人一人、
大きな、社会とか会社とかマスメディアとかに左右されすぎて自分がない、
そして、いろいろな物事の真実が見えない、ということのないようにしたいものである。
暖冬1月、雪は大寒の日に数分ちらついただけ、前年より平均が4度ほど高いそうだ。
この調子だと、今年は雪の降る首都圏の街を歩ける日はないのかもしれない。
暖冬でも冬は冬、寒々とした心の関わり合いなら寂しいし心細いものだろう。
人の心の温かさが身に沁みる幸せ感が冬にあるのはいいものだ。
17日の午前、厚木YMCAで楽しい有意義な授業をさせて頂いた。
ハローワークの貴重な時間の中でヘルパーの勉強を熱心にされておられる、
神奈川県在住の20代後半〜50代前半の幅広い層の24人の方々、
月半ばの水曜の午前3単元、私と音楽に関る一緒の時間を作っていただいた。
一般の方々が急に大勢で音楽、となった場合やはり歌が一番である。
そこで“私と音楽と人生”のようなテーマで全員の自己紹介かたがた、
その方の大事な歌を少しエピソードを交え話してもらい、その曲を皆で歌ったのである。
厚木YMCAでは1年以上前からうたごえ広場が発足済み、
長いこと歌われてきた日本名曲の歌詞をスクリーンで見て、ピアノに合わせて歌うのである。
だが、一人目のビートルズ世代の方の曲はLet It Be、その目論見は早くも外れた。
歌ったことが無いそうで私が歌い、曲名のリフレィンを皆で歌いなんとか楽しく始まったが、
更に2人目の方、なんと“六段の調べ”、三味線の名取さんだったがむろんお琴は無理、
代替で“春の海”を吹かせてもらったが、その日は雨でチェロを断念尺八を持参して良かった。
さすがはいろいろ違う人生の旅人達、うたごえ広場用日本名曲歌詞にないものが幾つも登場
懐かしいフォークソングや最近の“涙そうそう”なども出て、伴奏するこちらも勉強になった。
一人、毎晩お風呂で“高校三年生”を唸られる叔父様がおられた。
きっと夢を忘ないのだろうし、それを語り合う親友を大事にされるのだろうが、
私の友人ご無沙汰にあまりにも重なり、この曲だけパスさせていただいた。
全員の曲と人生ミニコメント紹介したいところだがそれはその時の皆の人生の1ページで胸の中、
ともかく、同じ講師、朝の眠い時間での授業なのに皆本気本物、素晴らしい3時間だった。
休憩時間には教室のいろいろな所にいろいろな新しい話題の花が咲いた。
北海道帯広近くの町出身がわかった2人など、厚木のそんな場所での出会いに興奮されていた。
うたと人生を少し話し、歌を皆で歌うだけで心の壁は消え本当の友情も生まれるのだ。
“翼を下さい”の時、私がつぶやき皆さんが大きく頷かれていたのはこんな感じである。
“この曲の時代は高度成長期、なになにがほしい…の願望でかなったかもしれない、
が、今はそのツケによる現実はなかなか厳しく、歪が回されてしまう層が出来てしまいがち、
そんなとき、翼を下さい、のその一歩先、自分の小さな翼を作り少しだけ飛んでみよう…”
ふるさとを懐かしむ歌や、冬を中心に四季折々の歌が多かったようだ。
最後は“夏の思い出”、“もみじ”、“ゆきやこんこ”といい具合に冬で終わった。
皆のはつらつたる歌声がとても気持ち良く、キラキラ輝く瞳が本当に爽やかだった。
うたや音楽というものが、やがてスタートされるであろう新しいお仕事の中で、
いろいろな場面で各人のそして出会われる方々の大きな力になることと信じて疑わない。
28日日曜には今年最初の、厚木・うたごえ広場が開かれる。
昨年冬から参加の埼玉の親子さん、今回おばあちゃんもご一緒とのこと、
一番自然な形の世代間の関わりが出来なくなくなっている中、本当に嬉しいことである。
2007.1.23. 星 重昭
2006年
12月
人来唱愛
秋が長く感じた11月、柿、梨に続き、
岐阜中津川から栗きんとん長野上水内郡からりんごむつをお送りいただき拝食、
極上美味、なんとかその感激がずっと残らないかと思案するのも幸せな時の経過だった。
師走に入り6日、スウェーデン放送合唱団公演を聴いた。
今回が5度目の来日公演というこの合唱団、
エリク・エリクソンの指導指揮により世界最高峰の称号がつくようになった。
特に現代の重要な合唱作品など、その音楽表現力は世界の好楽家を唸らせてきた。
日本で聴いた前回は確か94年の寒い夜、目黒のセルジオ教会での北欧の曲中心の公演、
今回も一緒の小向隆氏と長い道をとぼとぼ歩いたが教会での合唱はいいものだった。
神様エリク・エリクソンは指揮を後進に譲り来日されず残念だったが、
それでもその時は3分の1ほどのメンバーが何度か会った顔、筆者の顔を覚えていてくれ、
巨匠は歩行が不自由になっていて海外公演は避けている様子等を教えてくれた。
4年のスウェーデン在住時代、思うに本当に貴重な経験をさせていただいた。
いろいろ教えを請う筆者に巨匠が仰せられたのは、付いて歩き必要なことを全部盗め、で、
可能なときは臨時かばん持ちをさせていただくことになり何回か音楽書生になれたのだ。
自宅に伺い筆者の作曲や作品へのいろいろな提言もいただいたり、
放送合唱団などの練習の時もすぐ傍に居させてもらい、多くのことを学ばせていただいた。
何とか北欧訪問を早く実現させ直に感謝したい今、今年米寿の巨匠の健康を心から祈る。
オペラシティホールでの2大レクイエムの公演、
前半は、住んだ地元のイエテボリでも巨匠の指揮で聴いたことのあるフォーレ、
自分に関るいろいろな長い歴史を懐かしく有難く振り返りつつ、芯から癒された気がした。
後半は偶然か、前日が没後215年だった今年生誕250年のモーツアルト、
個人的にもいろいろな激動があった今年をあらためて心新たに振り返りながら、
体の奥から、また日が昇る新しい明日へ向けての力も湧いた。
翌日のクリスマス合唱特集の横浜公演を聴きたかったが、はたして、
アンコールではモーツアルトのアヴェヴェルムコルプスを歌ってくれた。
永遠に心に鳴り響く天使、羊、羊飼いたちの調べ、まさに天国を感じさせる音楽、
目を瞑るとあのエリク・エリクソンが紡いだ音楽そのものだった。
今やキリスト教徒でなくてもクリスマスに少なからず関わりを持つだろう。
形こそ少しずつ違え、同じような伝統は各地で種々の宗教が伝説などと一緒になり存在する。
全ての収穫が終わり冬がやってきて新しい年に備える頃、
自分を振り返り、自然や神に感謝するため、世界の人々は何らかの典礼を持つのだ。
0からスタートして5年、星の子弦楽団がこのたび大きな催しにお招きいただいた。
12月2日、場所は鎌倉カトリック雪ノ下教会大聖堂、
横浜YMCA専門学校5校合同のクリスマス礼拝に続く祝会で演奏をさせていただいた。*
600人もの学生達や関係者と共の音楽祝賀に選ばれたのはみなこの時期の名曲、
バッハの「主よ、人の望みの喜びを」に始まり、メインはコレルリの「クリスマス協奏曲」、
賢王ヴェンセスラス、White Christmas、雪の降る街を、を聴いていただき、
最後は「諸人来ぞりて」、筆者はヴァイオリンから指揮になり皆の歌との大合同演奏、
学生達もしっかり歌い大変いい祝会になったとのこと、アマチュア弦奏者達も大いに感激した。
小さい時から弦楽器を習った人は皆無、皆大人になり人生の余裕が出来てから習い始めた人ばかり、
発足以来徐々に大田区の福祉作業所や阿蘇その他小学校などでの演奏、大切なことを学んできた。
今回の形で演奏が役立てられるのは大変な喜び、そんな機会を下さるYMCAに心から感謝。
横浜YMCAとの縁は帰国5年後の1991年に遡る。
招聘のノルウェーのYMCAジュビリーコーラス(ゴスペル)テンシング公演が横浜と藤沢であり
団員は市内ホームステイ、狭い我が家にも団長と指揮者に2泊していただいたが、
筆者も彼らのため横浜YMCA会員有志で歓迎コーラス団を組織指揮、コンサートで司会もした。
その後財団職員の仕事が多忙で、ボランティアの精神に基づくYMCAへのお手伝いは疎遠だったが
フリーとなり新しい世紀に入るとすぐ熊本YMCAとの縁が生まれ、
阿蘇生涯音楽活動の集いなどを継続する中、管下の厚木を経て今回の縁が生まれた。
思えば、中島隆久先生に師事しチェロを始めたのが1990年、
翌々年12月6日 “201回目のプロローグ” モーツアルト演奏会が筆者のアマチュアデビュー、
ご夫妻でご来聴いただいた先生は無念にも今年5月お亡くなりになられた。
先生のお陰でたくさんの勉強と数多くの演奏の機会をいただき今日に至り、本当に感謝にたえない。
星の子弦楽団の皆にとってもその弦楽器が人生の素晴らしい伴侶になると信じる。
やってくる新しい年も、少しでもそんなものに役立つ応援をしていきたい。
それは、筆者を育ててくれた先生方への恩返しの一部になるかもしれない。
星の子楽団とは、いろいろな星の下に生まれた人々が言葉や見かけが違っても
音楽媒体の活動で、皆が優しい気持ちで助け合い、生きる大きな力にしていこうというもの、
少しはそんな夢の一部が果たせつつあるのだろうか。
筆者同様最近は皆、弾いている、から、弾かせて育てていただいていると思いつつあるようだ。
私は本当に強く実感する、生きている、ではなく、本当に生かされていると。
この時期の曲にはそんな歌が多いようで、是非歌っていただき新年を健やかに迎えてほしい。
2006.12.14. 星 重昭
*当日の演奏の模様が3枚の写真で見ていただけます。
http://photos.yahoo.co.jp/ph/ryang_k/lst2?.tok=bcgP3bYB38saDi7Z&.dir=/5e2b&.src=ph
11月
秋会愛味
阿蘇・2006秋生涯音楽活動の集い、
健康で楽しい自身がそこに居り、とてもいい内容で今年も実施されたのはありがたい。
1ヶ月前、春に亡くなられた恩師への小さな感謝リサイタルをやらせていただいたが、
それが今回のなんともありがたい充実した成果への後押しと思える。
初日夕食後、独奏チェロのハーフリサイタル、恩師が笑顔でそこにいらしたのだろうか、
生まれて初めて、肩の力が抜け、全く気負いのない演奏が出来た気がした。
2002年の7月に最初の集いが持たれ、2度実施の年もあり今回が6回目、
近年は公立の小学校での交換音楽会がその中心にあり、半数以上が続けて参加されるのは嬉しい。
北九州の本多憲子さん、つくばの神本みどりさん、足利の川村尚子さんなど、
生涯学習音楽指導者の方は練習と音楽会を通じ3世代を貫く音楽の大切さを確認し合うが、
今回、大阪の和田早苗さんの参加は大変心強い。
ワイズメンズクラブに所属、YMCAと共に音楽を含む広い見地で地域貢献活動をされておられる。
ご一緒の羽子板の友?高橋としえさんのご主人萌山先生は尺八同門の大先輩名人だったようで、
YMCAを通した人の出会いは狭い世間、偶然ではない嬉しい必然の世界を感じさせられる。
例えば、首都圏から初参加の弁護士森葉子さん、
学生時代関西地区でYMCAボランティア活動も盛んにされたようで偶然ではない必然を感じる。
首都圏からの参加者の多くは社会に出ても各自の仕事の傍ら目標を持って学習をしている人達、
皆、上達が何らかの形で社会貢献に役立つことを実感してきている。
そんな皆が人々と感動共有してくれるのを見るのはありがたいこと、自身の学ぶことも多い。
尾ヶ石東部小学校は一昨年に続き2度目、
フルートで参加の園田弘美さんの2人の子供さんが通われることで今回再訪が実現。
子供達ばかりでなく、数人のおばあちゃん達も一緒に楽しみ歌うのは楽しいもの、
我々が前回より音と心でもっと近づけていたのだろうか、
生憎、目の前にどんと広がる阿蘇の内輪の山々が薄い雲で見えなかったが、
元気な手拍子掛け声歌声が、現実の出来事かと信じられないほど楽しく美しくこだました。
日本人DNAか阿蘇人だからか「祭」、なじみない曲に皆、自分の音で楽しく爆発、大合奏した。
最小ミュージカル「子狐」、2年前つとめた中川航平くんは成長、今年の1年生えむくんも熱演、
前回は先生だったが、今回バッハのメヌエットを指揮してくれたのは黒木まさきくん、
校歌を元気よく歌う小さな子供達皆が大きくなり、将来の日本を立派に担ってくれるのが楽しみだ。
この4月の市制施行のためか、全校生徒が2年前より7名増え59名になったのはともかく嬉しく、
次回は農作業の合間を縫って大勢のご父兄参加、体育館で実施できたら更に嬉しい気がする。
話は変わるが、いじめ問題が各地で露呈しつつある中、
高校生の履修単位不足問題は世界史の他音楽も相当あるようで、悲しいことに違いない。
世界史学習ゼロ…国際社会の日本でなんたること、今の病む日本の姿が浮き彫り、
音楽も、特に歌は、歴史、地理、科学、文学、運動、健康…いろいろなものに関連し大切だ。
ちなみに、熊本県が唯一該当校ゼロ、阿蘇の子供達の顔を思い浮かべると少しホッ…。
これにさきがけ、前日から参加の方々は2つの音楽会を経験させていただいた。
建築科学生さん達への音楽会、熊本東部地区のファミリーコンサート、
以前はチェロやピアノ1台による音楽会をさせていただいていたのが、今や、
順調に成長、弦楽4重奏でも聴いていただけるようになってきたのだ。
前者は歌&手拍子入りの若々しい「オブラディオブラダ」「フニクリフニクラ」等で盛り上がり、
高齢者も多い後者は「紅葉」の奥深い詞や、3世代「子狐」の可愛らしい教訓の世界で笑い付きだ。
これらの音楽会は、自身立派に歌で盛り上げて下さる園田進館長がプロデュース、
初めは“いやいや私は歌音楽は苦手で…”と仰っていたが、いまや毎年恒例になりつつある。
短期間でも起こり、今回の参加者の若々しい最長老、奥様とご一緒参加の山下孝之さんにもあった。
長いこと京都の大学で工学の教鞭をとられた方で、阿蘇二日目の夜、
わくわく音楽会の後の談笑タイム民謡の楽しみ方コーナーで、初めてご自分の声で歌われた。
どなたでも参加できるのがこの生涯音楽活動の集い、生活の潤滑油音楽を実感したい集いだ。
嬉しかったのは、今回、この集い初参加の方々共々、
自身10回目の阿蘇にして初めて中岳の火口と草千里の原を見ることが出来たこと、
もくもくと煙を吐く火口と神秘的な青白色の熱湖、カルデラ世界一生きている山々の中心、
すぐ下ったところにある2つの浅い雨湖ともども佇む広い草の原は神々と馬のグラウンドか、
「フニクリフニクラ」の阿蘇山ヴァージョンに確信を持てた。
参加者にとって、阿蘇は神々しいほどの清らかで優しい。
そこに喜び楽しんだ後のゴミをおいてくるのではいけない、といつも厳粛に思うことにしている。
ところで今回、
参加者が帰省した後一人、かねてからの希望の地、同じ熊本県の天草訪問を遂に実現できた。
わが国音楽の西方系の萌芽、16世紀後半のポルトガル来日洋楽「グレゴリオ聖歌」伝来と、
日本各地に点在する民謡の原点「牛深ハイヤ節」の南方系音楽発祥の地、天草は重要な島である。
今回は前者の大きな糸口の2箇所、コレジオ館サンタマリア館でいろいろ話を聞くことができた。
そんな重要な訪問が実現できたのもひょんなきっかけ不思議な縁、
ホテル天草屋、現天皇ご夫妻も若き日に訪問された絶景のジパング天草他経営の宮崎勝明社長、
実は地元で有名な歌手、先頃デビュー天草叙情演歌CDに2曲、良縁奇縁で尺八演奏したからだ。
今回の訪問が阿蘇や熊本の活動の更なる充実と広がりに繋がると確信する。
阿蘇で食べた柿と梨の美味しさが今も尾を引く。
長い秋、多くの方々ともっともっといい時間を持ちたいものだ。
2006.11.2. 星 重昭
今回の熊本阿蘇の活動は以下のURLのアルバムで見ていただけます/梁女史提供
http://photos.yahoo.co.jp/ph/ryang_k/lst2?.tok=bcTYwZFBBkCN9hmY&.dir=/4daa&.src=ph
10月
意有道有
9月最後の木曜日、小さなチェロのソロリサイタルを開かせていただいた。
ピアノ伴奏でのものは13年前、
始めてそんなに間もないが楽しくて仕方ない時期、かつ未だ実力が伴わない時期、
しかし、十二分の気力と体力がそれを補いやれたのだろう。
趣味発表の域を少し出た類だったかもしれないが、研究者仲間入りアピール行動で
研究開始直後の第1回発表というものだったのだろう。
終わって数日、今回のもの“独奏会”は恩師が実現させた会だったと、今実感する。
16年前、自分の誕生日に、中島隆久先生に指導を仰いで実現したチェロの演奏研究、
師は昨年12月の中島チェロアンサンブル第5回公演直後に倒れ、
順調回復と指導再開を確信する中、5月無念にも永遠の旅に出られてしまった。
この日は恩師の迎えることが叶わなかった65歳の誕生日だった。
6つのバッハ無伴奏組曲中の比較的容易な2曲を中心に持ってきた。
“あれは練習曲の一種ですよね”
ある日生徒の一人が言った言葉だが、練習している時は自分も同じことを思った。
どの組曲もどの前奏曲もどの舞曲も、容易な箇所は殆どない。
“あれは素晴らしい楽曲ですよね”と演奏で言わせるのは更に容易ではない。
どこまでその域に達したかは別にして、研究発表は出来た。
その夜さらに、あまり日本で聴かれない2曲の小品を披露させていただいた。
ジュセッペ.セルミ…第2次大戦中ドイツの収容所生活のユダヤ系イタリア人、
「チェロを弾く少女アニタ」にも彼女の収容所時代の師として登場の名奏者名教授で
その作品はチェロの演習と音楽表現を研究するものにとても有意義なもの、
中島隆久先生は40歳の時一大決心ローマ留学、セルミ先生に1年間みっちり履修され、
そのお陰もあり孫弟子が今ここまで来れ、その曲も演奏できるようになった。
「教会の傍らにて」と「祈り/独白」は来聴者の多くに感銘深い曲となったようで嬉しい。
戦後61年、依然愚かな殺戮で理不尽に無実の人々が毎日消えていく混沌の今日、
セルミのチェロ曲は人々に何かを語っているのだろう。
「スタジオヴィルトォージ」は師が考えられた素晴らしいコンサートスペース、
師と2重奏であるいはピアノ伴奏で何度か弾いたことのあるステージのチェロの音、
自分にそんな力があったのかと思うほど、よく響き、よく訴えてくれた。
直接恩師の口からお聞きしたこと、あるいはご遺族からお聞きしていること、
指導を離れることになってからの恩師の思いのひとつひとつのことも
弟子にはかけがいのない財産となり生きていて、本当に有り難いことだ。
還暦を過ぎての大事は気力と体力がなかなか伴わなくなる。
実際、肩、腕、指、目、腰…いろいろなところに“こんな筈では…”が現れる。
だから難しい、だからやめておく、あるいはこの程度にしておく…となりがちであろう。
しかし人間、意志の力、気力の充実によって驚くほどの前進力が生まれ、
行く手を邪魔するいろいろな障害や悩みが取り除かれたり、弱まったりするものだ。
今回は明らかに恩師の力、他関係の多くの暖かい後押しでそんな力が生まれたと思う。
これから何らかの形でじっくり恩返しをしていきたい。
日本は春夏秋冬雨季があり、秋になっても雨季がある。
雨男とおっしゃった恩師、今回、二日続いた雨を独奏会当日晴らしてくださった。
お陰で、会場は60人強のお客様でいい具合に埋めていただいた。
10月に入り、相変わらず雨が多い。
昨日のYMCA厚木の「うたごえ広場」も帰りは立派な雨、小林館長に大きな傘を借りた。
独奏会に来られなかった方々へバッハのミニ組曲演奏プレゼントのためチェロ持参、
自分はともかくチェロが濡れないようにするのは、我が子が風邪を引かないよう…の心境。
スカッとした秋晴れが多くなってほしいもの、でも雨も素敵なもの。
6年目の阿蘇・生涯音楽活動の集いもある10月、台風の被害など無いことを祈る。
味覚の秋、芸術の秋、忙しい中にもやる“道”、その一歩一歩の積み重ねが生きる実感、
しっかり見つめて楽しく前進したい。
2006.10.2. 星 重昭
9月
来道行道
夏を引きずる日中の暑さ、蒸し暑さに閉口した昨日まで、
が一転、今朝は起床前のとんでもない雷鳴と土砂降り、
爽やかな季節を与えてくれる前の天の洗礼なら喜んで許そうか。
昔の9月は秋の初めの雨の日が結構あっても、爽やかな季節イメージがある。
さて、9月に想うこと、今日の日に想うこと、
5年前、TVニュースでアメリカの同時多発テロをリアルタイムで見たこと、
その同じ日今から31年前、ギター協奏曲「北緯40度」を指揮初演したこと、
24年前、1ヶ月Londonに滞在、英語音楽ミュージカル…、たっぷり体感できたこと、
13年前、大倉山記念館で初めて小さなチェロリサイタルを持ったこと、
翌年は港北公会堂の、主宰していたWAM実行委員会コンサートシリーズの第7回、
Bachカンタータ、Dvorakアメリカ、黒人霊歌…「収穫と感謝の時を迎えて」開催のこと、
7年前第2回中島チェロアンサンブルで自作編「ビートルズ組曲」を初演いただいたこと、
思い起こすことはやはり音楽の活動、
各々を思い起こすことで、その音楽の世界が広がり頭で音が鳴り響く気がするし、
その時点での前向きスピリット、仲間と一緒の前進パワー、周りの方々の愛、…など蘇る。
長く生きてくるというのはいいもの、という実感が本当にあるし、同時に、
無念にも亡くなられた方々を想い、その時点と事に純粋に情熱を傾ける大切さを痛感する。
一般的な観点で9月と音楽を想うと…、
小生の知るなかでは、アメリカのポピュラーソングに9月冠が多いようで、
盲目の名手G.シアリングのQuintetテーマソングだったのがSeptember In The Rain、
死ぬもののように太陽が沈んだ雨の9月、…私はあの雨の9月を忘れない、もそうだが、
5月から12月までは長い、が、9月を迎えたならあっという間に残り日が過ぎ行く…、
…貴重な日々をあなたと過ごしたい…のSeptember
Songは人生哲学を感じさせる。
このところ旧い20年分の録り溜まったビデオテープのDVDコピーにトライしていて、
自分や仲間達との演奏記録のタイムスリップの興奮は勿論だが、
昔のミュージカルを見たりし名曲の最初の姿を再発見確認するときなどワクワクだ。
近いものでは、小澤征爾さんの音楽塾の原点、最後のタングルウッドの夏も面白かった。
16年前に中島隆久先生にチェロを師事、以来機会あるたびに弾かせていただいてきたが
月末に2度目の独奏会を持たせていただくことになった。
先生は昨年末のチェロアンサンブル公演後病に倒れられ、半年後突然天に旅立たれ、
無念、もう叱っていただいたり励ましていただいたりできなくなった。
元気に演奏会が持てることに、先生始め多くの方々に感謝の日々である。
この小さな9月の人々の出会いから、またいい何か新しい歩みだしがあればと想う。
ところでSeptember、ラテン系の言語ではセプトゥは7、
10月Octoberのオクトゥはオクターブ8度、それに蛸も8本足から来ている、
11月Novemberの頭ノイベは9、Decemberの頭Deceは10の意味、
2つずつずれているが、中東発宗教の何かの設定でずれが生じたようで、面白い。
朝夕は秋の足音の高鳴りを感ずる9月、祈りの秋、過去を顧み、
人が信頼し助け合い、後進を豊かに育てる社会、穏やかに自然が巡る地球、
個人として直接的なことは殆ど何もできないが、
想いは四方八方広がって、届き、いい何かになっていってほしい。
2006.9.11. 星 重昭
8月
新生復活
今年の梅雨明けは8月直前になった。
仏レストランの演奏も、チャイコフスキー舟歌やショパン雨だれ…2ヶ月連続になった。
本当に雨が多く、尺八響山会合宿での御嵩神社の早朝奉楽献奏は土砂降りで初めて中止、
長野県岡谷市での羽田健太郎さんのコンサートが急遽中止になったそうで、結果、
マネジャーさんは星の子弦楽団練習に参加できたり、は、それ自体はラッキーだが、無論、
他の日本各地の大きな被災の方々には本当にお気の毒、心からお見舞いを申し上げたい。
さて、7月後半の2つの勉強音楽会に触れることにしよう。
幸運にも、小澤征爾音楽塾オペラプロジェクトZ、マーラー交響曲第2番「復活」を聴けた。
1年ほどの休養を余儀なくされたとの小澤さんだったが驚異的な回復、元気な姿に安堵、
前回はモーツアルト「ドンジョバンニ」の公開リハ招待の幸運だったが、
今回は初の交響曲公演、以前よりもっと溌剌指揮ぶりだったように感じられ、大変嬉しい。
双璧だった岩城宏之さんが先ごろ亡くなられた今、出来るだけ長く活躍いただきたいと思う。
小澤征爾さんの指揮に始めて接したのは33年前の石巻市での日本フィル公演、
ドボルザークのチェロ協奏曲堤剛独奏及び新世界、喝采後のアンコール、
スラブ舞曲何曲かの後の星条旗よ永遠なれ、跳躍や行進の指揮に大興奮、忘れられない。
音楽塾は桐朋その他音楽大学の現役学生や世界からの若い演奏家の卵たちのオーケストラ、
工藤重典さん宮本文明氏ほか、サイトウキネンオーケストラ首席たちの各パート特訓もあり、
日本のプロオケでも聴けないほどの本物マーラー音楽がサントリーホールに満ち溢れた。
プロオーケストラが定期公演等をする場合、リハーサルは2〜4度ぐらいが一般的のようだが、
彼らは、小澤さんの指導指揮になる何ヶ月も前から何回も指導を受けてきていた筈で、
基本が出来上がった時点での世界最高レベルの表現力能力引き出し、音の実体験、
ここで勉強し体験したことは、これからの音楽人生で、
この上ない、何にも代えがたい財産となり力になっていくことだろう。
そして、小澤さんにとってはまさに「復活」、新しい前進開始、二重の意義があった。
この催しがこれから何年も続いていくよう祈るものである。
一方小さな勉強音楽会、
邦楽春和会夏季勉強演奏会は恒例の浴衣での納涼音楽会、
邦楽界の重鎮たちが、師範お披露目や中堅に向かう人達を脇で共演サポートしながら、
能力可能性を引き出し、自信をつけさせていく、
これは、ある意味で前記音楽塾と共通性のある、意義ある新生の会であろう。
ただ、サントリーホールの大聴衆に比べ、これは対照的に聴衆は3、40人ほどだったか、
邦楽、我々日本人の音楽、それはそれぐらいの人口でしかないということなのだろうか。
音楽と言えば百何十年前に輸入、戦後どっと入ってきてむさぼり食べつつ育てた洋楽
一方、元々の自国の音楽が見えなくなっている…考えねばならないことだろう。
実際、この現象は多くの外国人たちから見ると、やはり奇異に映るようだ。
我々の音を何とか人々の心に復活させたいもの、若い指導者達の明るい健闘を祈る。
そして、洋楽をやる者、一握りでいいから、何とか邦楽も勉強してほしい。
さて、最後になったが、岩城宏之さんのご冥福を祈りたい。
ちょうど21年前の7月、WienでW.クリーンさん独奏MozartPf協奏曲ニ短調を聴き
終わった後、幸運にも、指揮の岩城さんと1度だけの談笑の機会があったのだ。
“指揮者はとんでもない重労働ですよ!”が耳に残る。
小澤さんも本当にご自愛いただきたい。
世界の中で音楽の分野で、お二人は、日本人!を確立してくれた典型だろう。
戦後61年の日本の夏、真の独立自立を考え、新生、復活を考える時にしたい。
破壊され、やがて自衛隊の派遣もあったりでの復活、新生を模索する国の隣で、
今、中東で戦後ならぬ戦中の国があり、多くの人間性破壊があるのは何とも悲惨で悲しい。
復活、新生のための破壊と言うやからがいようが、破壊そのものがあってはならない。
広島、長崎は今日も日本の背中に重い。
破壊から立ち直り真の復活新生はそんな簡単なことではない。
2006.8.8. 星 重昭
7月
唱歌唄詩
昨年秋から厚木で、「うたごえ広場」“3世代の楽しい歌声交流”が開かれている。
ワイズメンズクラブとYMCAの共催で7月2日が第3回、
お知り合いお誘いの再来等、回を追うごとに参加者が増える楽しい会、嬉しいことだ。
今回は“夏のうたを唄おう”が主旨、茶摘、夏の思い出、などの初夏のうたを皮切りに、
あめふり、雨降り熊の子、七夕さま、…緑のそよ風、おぉ牧場は緑、…海、かもめの水兵さん、
…気のいいアヒル、静かな湖畔、…おぉブレネッリ、山小屋の灯火、線路は続くよ…、
近隣国の名曲からアリラン、草原情歌にも挑戦…最後の、おつかいありさん、まで
歌ったのは30曲以上2時間以上、あっという間の経過、
皆さん、お互いを聴き合い、愉しく語り合い、元気にきれいに歌い合う、
そこは、まさに関係者や小生が夢みた、世代を超えたすてきな“うたごえ広場”、
早くも、毎月実施の希望がいくつもあるのは本当に嬉しいことだ。
歌と言えば、GWの最中5月3日に日本民謡を唄おうという小さな会、荒川賑やか会、
“そうね、日本人なのに民謡をいくつか唄えないと…!”と
生涯学習音楽指導者や音楽活動者たちが1都5県9人、風薫る荒川土手に集まった。
10曲唄った後の今井のもんじゃ焼きやお茶会も愉しく、まさに荒川賑やか会になったが、
実は、荒川静香さんが金メダルを取った時にネーミングが決定したのだ。
HPに “皆で楽しく前進しましょ!いいめーる”なるページがある。
奥の細道の松尾芭蕉出発点、下町北千住は江原恵美子先生の町、
各県に散らばる我々の仲間が集まるのに便利で、いつもお世話になってしまう。
数年前からご指導の地元の生涯学習講座出身高齢者コーラス、
ほし音楽広場HP定期訪問者にはお馴染みの「コールつばさ」の皆々さん、
先日バスでお出かけ自然の中学習を実践されたようで、先生から嬉しいメールを頂いた。*
昨年春、20数年ぶりで無事蘇った少年少女合唱組曲「過ぎた日の詩」だが
今回、“忘れていた朝”が皆さんに歌われ、皆さん好んで下さっているとのことである。
なんでも、最初は、児童合唱曲など…と尻込みだったそう、でも、
自然の中でのこの歌、忘れていた大切なものが蘇り、新しい活力が湧いて来たそう、
きっと心は子供さん世代に、お孫さん世代に戻ったのだろう。
秋にはいくつかの施設訪問音楽会でも…と意欲的、少し若いこちらが激励されるようだ。
ところで、
何故チェロが好きかの問の答えは、人間のうたううたの感じがする…ようだ。
弦楽器の中では男声の低音から女声の高音まで無理なくカヴァーする。
個人的に、顔を見ることなく戦渦に消えた父が弾いていた楽器だったということもあろうか。
人間誕生の泣き声も子守唄を催促する唄なのか…、
実際、私は生まれて間もなくから歌い始まったそうで、
歌うことで、周りの人々との癒しクッションになっていたそうだ。
3歳から育った海辺の村の家では養父は民謡名人、
村のかしこの結婚式の度に、長持ち歌など傍で誇らしげに聴いたものだ。
中学校入学下見訪問時に音楽室窓から「椰子の実、浜辺の歌」、女声の美しさは今も響く。
3年寄宿の長姉宅では主人が、偉大な後藤桃水門下の民謡指南、
住いが即ち道場であり、幸運にも月謝を払わずにたっぷり唄い習うことができた。
歌い聴き人生が正式スタートしたのは高校1年の冬に男声合唱の指揮者になった時か、
大学時代、僻地への演奏旅行での指揮、オペレッタの自作初演などに続いていく。
大きなことが自分の周りでいくつか…、きっと人生の節目なのだろう。
こんな時は自分をしっかり見つめ直す時期なのかもしれない。
気張ることなく、出来るだけ自然の流れに沿い、少し小さな自分の力を周りに役立てる、
今日は昨日の続き、明日は今日の続き、とそんな地道がいいだろう。
この時期は梅雨明け間近、やがて盛夏突入となるが、
冷たいものに気をつけ、快食快眠が大切、
たくさんある夏のうた、夏の曲、是非今年もいっぱいお世話になられますよう…!
暑中お見舞い申し上げます
2006.7.10. 星 重昭
* 全文は“皆で楽しく前進しましょ!いいめーる”ページご参照
6月
諸行有情
このコラム、しばし手付かず状態だった。
季節は春の盛りから今は梅雨のさなか、時は巡り、人も過ぎ行くのか…
この間少なからぬ方々から、小生に何かの変わりがあるのでは?との気遣いがあり、
人の情けのありがたさを痛感することになったのだが…。
年末に書いたように、中島隆久先生が病に付され療養されておられた。
チェロにとどまらず音楽全体、人間の生き方も含めてのこの上ない恩師であるが、
無念痛恨、5月6日永眠された。
親兄師友…、これまでの人生には辛い別れの時間が何度もあったが、
かって、これほど深い想いの中に漂い続けたことはなかった実感である。
多くの方々と共に告別したときが最も自失の状態のとき、
翌朝、届いていた封書、救いを求めるかのように開いたある機関紙のコラム、
以下の一節の紹介があった。
「あなたが生まれたとき、周りの人は笑いあなたは泣いていたでしょう。
だから、あなたが笑い、周りの人が泣くような人生を送りなさい。」
という、ネイティブアメリカンの教えがあるという。
涙が止まることがない大勢の方々、温かい優しい微笑の遺影の先生、
まさにそんな状態の告別の時間であり、
先生を想い浮かべる一人になっても、そんな時の経過だった。
30年前の一瞬の出会い、親兄弟以上の愛情を掛けていただいた再会後の16年、
こんな想いにとらわれる方々をたくさん生んで来られたということは
先生の人生がこの上ないすばらしいもので、幸せだったのだと思うわけである。
この貴重なメッセージ紹介は、熊本YMCAの新総主事堤弘雄さんの小さなコラム、
4月より小山哲夫氏よりバトンタッチ、いい仕事を継続し更なる前進をされる方だ。
数日後、“千の風になって”という日本語訳の短い詩を送ってくれた。
千の風になって大きな空を渡っている…
秋には光り畑に降り注ぐ、冬にはダイヤのように煌く雪になる、
朝は鳥になりあなたを目覚めさせ、夜は星になりあなたを見守る、
泣かないで…、私は死んではいない、
千の風になって大きな空を渡っている…
ここでの世界に触れることで、また少し癒され有り難かった。
今考えることは、真に関係者が癒されること、真の恩師の幸せ、ということだ。
皆、教えていただいたことを基に真摯に努力し、
皆で協力し意思を引き継ぎ、人や社会ために生かして行くことだろう。
それはとりもなおさず、大きなご恩に報いるということであり、
風になられた先生がずっと私達を、人々を、見守って下さるということなのだろう。
定期練習再開をとても喜ばれた手塩の中島チェロアンサンブル、
とても愛情をそそいで下さりライフワークにされ、一つの文化にして下さった。
10周年でご指導いただけなくなったが、20年、30年と続き前進したい。
幸い、先生は20代の若い中堅アマチュアチェリストを何人も育成下さった。
仕事や子育てが少し落ち着き、何人か戻って来てくれつつあるのが嬉しい。
40年通われた作陽音楽大学で作られたチェロアンサンブルは誕生間もない妹分、
枯れずに芽から茎、幹、木に育ち、やがて花が咲き実がなるよう、
背中を見られる兄貴分はしっかりせねばならない。
この世は無常ばかりと言っても過言でないような、本当にやるせないことが多い。
人の情を土台に、音という精神文化を基軸に、
自分と人と世を見つめ直し、皆で協力してしっかり一歩一歩歩んで行きたい。
人の情のあるところに、明日、陽はまた昇るだろう。
2006.6.25. 星 重昭
4月
民話民唄
長崎街道に沿い有明海にも近い7年来縁のある佐賀県の神埼、
吉野ヶ里とそうめんで知られるが、合併による市制施行間もない4月の頭、
由緒ある神社の2年に1度の貴重な祭りを機に、桜花爛漫の中訪問。
第12代景行天皇の筑紫国巡礼の際の創建と聞く櫛田宮、有名な博多のものは外宮、
今年1925歳、接ぎ石の鳥居、石造り太鼓橋、能舞台など、重要な文化財が大変多い。
他にも、琴の伝説も残る樹齢700年の楠、琴の池、オランダ大砲、御幸祭絵馬などなど…、
肥前国有数の櫛田神社は歴史的にも民俗学的にも見所が満載、市役所と同じ一角にある。
さてこのみゆき大祭、県重民無文指定の獅子舞が象徴的な尾崎大神楽、
獅子舞のほかにも神輿5台、横笛と太鼓或いはささら/竹打楽器少女たちの大鳴り物隊、
小学生から大人まで段階的にチームを組んでの参勤交代思わせる延々の隊列、
今年は神埼3丁目の当番と聞いたが、見える部分だけでも数百人規模の住区をあげての祭。
最後の方、とても良かったのが平安衣装に身を包む少女十数名のリコーダー隊、
2時間ほど前竹横笛で聞いたヘ短調のゆったり単純フレーズを繰り返してノンビリ進むが、
母君敬子さんから引き継ぎ10年前から指導、隊列に加わり子供達と吹奏は島直美さん、
音量音程リズム満点、雰囲気も十二分、何より現代に見事マッチしている。
平成生まれの子供達が自然に町の伝統に溶け込み、旧い歴史展望の糸口となっている。
2年でこんなにも…のほど伝統風習の純粋性や参加意欲の低下が毎回著しいとのこと、
こんな形の後進への継承、底辺の拡大は本当に素晴らしい。
最後は少し寒くなっていたが、心がとても温かくなり、町に時間に人に感謝。
翌日午前、お隣の佐賀市は県民話の会会長の宮地武彦先生をお訪ねする。
12月、ほのぼの会20周年記念音楽会ゲスト出演時に、光栄なお声がけをいただいたが、
その後氏の編著書も何冊か拝読し、直接お話をたくさんお聴きしたいと思ったのだ。
先生は最初のお手伝い15周年音楽会も聴いて下さっておられていて、
実は前述の島直美さん、高校時代に先生の教え子である。
櫛田宮御幸祭り獅子舞の風俗をしっかり継承する学術的にも重要な尾崎地区、
先生の話では、本当は尾崎でなく尾先らしい。
獅子舞とはいいながら不思議に獅子は頭だけ、胴から尾は蛇で、言うなれば獅子頭蛇尾、
地区周辺には大蛇にちなむ地名伝説があるそうで、現在の地名に完全に残る由、
ご利益ということで鬣の一部を頂いて帰ったが、
民話伝説の世界が現代に完全に生きていることを実感。
佐賀から山形に渡ったとも伝わる佐与姫昔話に、佐賀山形民謡が同歌詞なのをさてもとか、
話は、小島美子先生、薩摩琵琶、朝鮮中国、果てはシルクロード、インド中東まで及んだ。
唐津でわかるように、中国との交流に開かれた門戸の最初が佐賀といわれ、
佐賀には知られるべき重要なこと、ものが大変多いようだ。
先生は民謡わらべ歌にも造詣が深く、民話と民謡が切っても切れないことを再確認の次第。
音楽会や小さな集会でそれらをどんどん取り上げてほしいこと、
同じようにやがてどんどん風化する素晴らしい童謡唱歌の会の中でも、
小さい子供を指導したりする現場等でも、若い人たちがそれを担えるようになってほしいこと、
など、先生が話されたことは小生が島母子先生にこのところ話してきたことと同じだった。
県の生涯学習の分野で良く知られる母敬子先生だが、
20周年を機に第一線を去られ、ほのぼの会の主な指導は娘さんに預けられたようである。
現代の教育の歪が少しでも少なくなり、後進がより自然に優しく生きれるよう、
高齢者の持つ素晴らしさがより生きる土壌作りに、音で地道に進んでほしいものである。
邦楽の山口典江さん他、素晴らしい先輩先生方が見守り、いざ、の時温かく助けてくれる筈、
新生ほのぼの会の15、20周年の会がどんなものになるか、楽しみである。
御幸大祭の前、小雨止まぬ中、車は吉野ヶ里から脊振山系に登りやがて、
思っても見ずご案内いただき心打たれたのは、1300年の歴史に沿う、
現在は天台宗比叡山延暦寺末寺、脊振山下宮積翠教寺・修学院、
坊守(住職夫人)さんやお孫さんが前述母子先生に学ばれることでの幸いだった。
多くのお堂がある中、親子鯉達が生息する池を前に雨に似し一滴の滝音を聴く空間が聴雨堂、
そこで、静かな貴重な時間の終わりに都山流尺八名曲「岩清水」を吹奏させていただく。
院を去るとき霧は晴れ陽が差し、お地蔵さんたちにも再訪を強く願う。
更に山に入り、絶品のヤマメの甘露煮他山の幸の昼食は脊振山荘、
この地区は皆6月に引越しダムの底に沈むとのこと、あの地区あの店は再訪不可、
途中のあの小川内小学校も無論で沈むそうで閑散、悲しく寂しい。
福岡の夏の水不足解消のためのようだが、民話も民謡もそうして沈んできたのだろうか、
人間が続く限り、民話や校歌の風化がないようにしたいもの。
佐賀葉隠れ音頭作曲を依頼してくれた上峰町の富永重蔵氏は起きれなくなられたそう、
お近くに滞在したのにご挨拶が叶わなかったのがとても心残りだったが、
佐賀が奥深く味わい深く佐賀米が何故美味しいかがわかった気がした旅だった。
青空の向こうにいろいろな何かが少し見えたようなほのぼの気分で帰京した。
2006.4.6. 星 重昭