錦華幼稚園(佐賀QUEST掲載文書)



■世界がいつも若いということ

 小さな人間たちと接すると、彼らの世界はいつも新しいことに驚かさせられる。大きな人間にとってはいつもの日常であっても、彼らにとっては、いくつもの発見とその興奮に満ちた非日常の世界なのだ。
 そういう小さな人間たちのための空間を構想していくにつれて、それに見合う大きな人間達の空間が気になりだした。我々にとってのアメニティ(=生活を楽しくいきいきとするさまざまなこと)は、小さな人間たちのアメニティ(快適さ、やすらげる環境)としての幼稚園をちゃんと作れるくらいにしっかりと整備されているのだろうか?

■人々は出会わない?

 建築をいつも視野の中心にすえていると、ちょうど着慣れて体にうまくフィットしている服のように、人々の関係のこれまでのありようとしての伝統的町並みが見えてくる。
 しかしそれは老いた世界,抜け殻としての服のようにも見えてしまうのが一般的である。それはテレビや電話、新聞や図書、コンピュータ通信によって情報化された分だけ人々の関係の巾が狭くなり、肩幅分だけの空間でしか存在していないからであろう。この局面ではメディアそのものがアメニティ設備ではある。
 それはたとえば人々の集いの中でこそありえた音楽空間が最終的にはウォークマンによって個人の耳腔空間という極小空間になっていったように、集う事でしか体験できなかった人々のさまざまなコミュニケーションのあり方は、文化の一つの形態としての建築空間を必要としなくなりつつあるようにも思える。
 さらに佐賀の旧長崎街道沿いのように、そもそも人馬の往来とその地域のアメニティ空間であった道路に、それよりスケールアウトした自動車が入り込む事によって、決定的に出会いや集いのありかたが変質してしまっている。
 こうして旧市街の町並みが、それまでの人々の関り合い方、その結び付きのありかたの伝統とはまったく違ったスタイルで蝕まれていっているのは、全国的なことでもある。

■人々の結び付きの伝統から

 学校法人錦華幼稚園の起源は宗教法人正教寺本堂での檀家向けの社会教育活動であり、今でもその当時の蓄音機等が残されていると聞く。
 かつて外国文化を輸入し、それを日本の現実を問い直す形で世に広めたのは寺であったし、寺社仏閣そのものも、それまでに蓄積されてきた技術の延長上に移植された輸入技術によって構築されていた。
 さらに寺の役割は、そうした文化的な情報発信のみならず研究・調査・教育活動・行政機能にまで亘っていた。
 一方社会が大きく変わりつつあった明治初頭に、その事実を目にみえる形で全国に伝え広める役割を果たした小学校建築は、当時の文部省が示す定型に基づきながらも、それぞれの地域の特色を持ち、さらにその当時のコミュニティのシンボルとして共有され広く使用されていたという。
  復活や復古すべき伝統ではなく、そこから出発すべき伝統として人々 
の結び付きに注目したい。かつての寺も小学校も、地域の老若男女に開かれ、さまざまな結び付きの結節点たりえることによって公共建築であったといえる。

■外部を内部化する

 人々のつながりという社会性を内部化する試みとして、‘マザールーム’を管理棟の道路際に設けている【構成説明図参照】。
この略称は、今では色あせてみえるコミュニティのなかで、もうすこし快適そうで、楽しそうなちょっとしたアメニティとしての公共性を生み出す部屋という意味である。
 計画では、老人クラブや地域住民・園児の父母・兄弟姉妹・ろう学校生徒に開放される予定である。
 地域の弱くはあるが、さまざまな活動を保障する小さな空間として意図している。

■内部を外部化する

 教室は、順番からいうと、最初は‘子供たちの街’【右上写真】というイメージを手掛かりとして発想していた。それは現実の街でのように小さな発見があったり、昨日とは違う見え方があることを期待して、なかに入り込むと多面的に読解可能な空間、多様に生きられる空間をめざしている。
 結果的に、生徒に対して抑圧的になりがちであった反省の上に最近小学校建築で採用されつつあるオープンクラスの計画に近づき、各教室は単独で閉じることなく、相互の完全な仕切りはない。遊戯室も同じような扱いで、日常の用に供するように、住宅でのリビングの様な扱いで計画している。

■ひとの顔のように

 伝統的な町並みの家は、そのどれもが同じようでいて一つ一つに力強い個性がある。
 しかし幼稚園には未だにそういうレベルでの顔がないので、現在の住宅のものより低い、伝統的な町屋の高さ方向の寸法を参考に立体的な顔をつくることを試みた。【左上写真、左下の比較図参照】

■木とのかかわりの伝統から
 
 最近の木造建築の上滑りな流行については建築家内部でも批判が出てきている。そういう反省の上で極力地域の材料と技術を利用できるように努力した。また、構法的には在来工法の範囲内にとどまる様にして、集成材梁を採用しないこととした。
 この幼稚園は大工さんたちの手によって、そのすべての架構が準備され構成された。【右写真参照】



名称  学校法人 錦華幼稚園
所在地 佐賀市巨勢町大字牛島
用途  幼稚園
設計  深川良治建築計画研究室
     担当 深川良治 深川悦子
構造  (有)シーアールエス構造設計研究所
設備   拓設備設計事務所
施工  野中工務店
面積  
敷地面積 2,300.75 u
建築面積  669.15 u
延床面積 614.75 u
階数   地上2階
設計期間 1993年8月〜1994年8月
施工期間 1994年9月〜1995年3月     


■深川良治建築計画研究室
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(小城分室・実家)
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