「土に還える家」



建物概要

敷地は福岡との県境に近い佐賀県北部の背振山地に位置する。細長いかすかな扇状地の一番手前側で、敷地の奥のほうは植林が施される

数十年前までは水田だったらしい。敷地脇にはきよらかな沢が流れ、せせらぎ音が絶えない。建築主は佐賀市内の土木コンサルタント会社の経営者。河川改修や、新規の道路や施設などによる動植物の生態調査なども手がけていて、環境問題に敏感な人である。そうした多くの関連団体に参加していて、たくさんの友人がいる。奥さんも市民生協のさまざまな活動でのネットワークがある。

この二つの棟(初めにはなれが建ち、仮住まいしながら、おもやが建っていった)は別邸や別荘に見えそうだが、その家族4人の住宅である。はなれは、おもやに引っ越した後は書斎として使ったり、多くの友人の集まりやゲストルームとして使われるらしい。

最初に会ったときに渡されたB-5用紙に建築主のコンセプトが手書きでまとめられていた。それは @循環(土に戻ること。次の木が育つまでの耐久性があること。し尿や雑排水も敷地内で土に戻るようにすること。)A安全(製造・使用・廃棄の各段階で安全な素材を選ぶこと。台風や積雪に対しても安全であること。)Bバリアフリー(将来の共有資産として、みんなに使えること)C自然エネルギー利用(太陽や風、バイオマスの有効な利用を図ること)D電磁波対策(蛍光灯を使わないこと。)E風水を考慮にいれること(古来の知恵を再認識し、現代につなげること)Fコストダウン(こうした実験住宅の手本になるようにすること。)だった。突然高度なことを示されて戸惑ったが、自分のコンセプトをしっかり吟味して明確化していたのであろう。

主に材料の選択面で、「伝統工法」の木造の技を前提とする解決方法を採用したので、全体としてはいささか特殊解になってしまい、イニシャルコスト面では最初の坪単価提示額はオーバーした。だが実験住宅というモデル面では、「200年は部分的な改修を加えれば十分に持ちますよ」と井手棟梁が言うように、ライフサイクルコストで相対的に「安い」方向性と、環境を見据えた今後の生活を示し得たと思う。これは何よりもその意味を理解し、こうした生活に取り組む決意のあるクライアントがいてこそである。KOH邸では普段の設計では出会うことがない、気づくことのない多くのことを教わった。


エコ設備のポイント


太陽熱温水器+薪ボイラー

建築主の強い要望であった、「なるべく石油(灯油、ガス)や電気に頼らないで生活できるようにする。」ことを実現するために、薪ボイラーを太陽熱温水器の補助ボイラーとして接続した。敷地周辺の間伐材や下枝などの木材や、生ゴミなどを燃料とするこの薪ボイラーは長時間燃焼が可能なタイプで、貯湯槽(300リットル)でもある。この貯湯槽にコイル状の熱交換器を浸しこんで、暖房用熱源、給湯用熱源として利用している。さらに太陽熱温水器の熱も、貯湯槽内温度が低い場合(現在温度差5℃で循環するようにしているとのこと)に熱交換器を介して伝達される仕組みになっている。太陽熱温水器には通常の利用もできるように貯湯槽をバイパスする回路もある。水道直結型の太陽熱温水器をこうした循環型としても利用することは一般的ではなく、メーカーは推奨していない。井水利用であることが可能にしたのと、太陽熱利用の新しい試み=比較的低い熱源温度中心に効率を考える試み、としてアポロンシステムズの角田さんが熱心に取り組んで実現したものである。

普通は屋根上に設置する温水器を地上設置にした。冬の午前10時くらいから午後2時くらいまでの太陽高度に照準を合わせて、通常より立てている(地盤に対して約70°冬至日の効率的な角度は60°)。敷地の特性として、朝夕の日差しが期待できないため、屋根上にこうした角度で設置すると台風時に危険なためである。今後の自然エネルギー利用による床暖房などの輻射温熱環境の必要熱源温度=約45℃を住宅規模で有効に利用できるように、それ自身に貯湯機能(今回240リットル)を併せ持つ水道直結型のさらなる開発を期待したい。今回は温水パネルヒーターを暖房器に選択したので、冬期の必要熱源温度が床暖房より約20℃上昇し、太陽熱温水器の方が補助的な扱いとなり、地下水を昇温するための機能として利用することとなった。

コストの面では、温水器+薪ボイラー+温水ヒーターパネル、循環システムや設置/配管工事など施工費を含めて税込み約400万円ほど。架橋ポリエチレン管を土間コンクリートに打込む形式の床暖房システム(灯油炊き温水ポンプ内臓ボイラーが熱源)の約2倍になる。今回のイニシャルコストの是非は、ランニングコストのエネルギーの質に注目してもらわないと意味を成さない。システムのどの部分にも石油由来のエネルギーを使っていないからである。(各製品の製造エネルギーや、運用時に循環ポンプ駆動の電気を使っているだけ。)すべての熱は地熱(地下水温)と太陽熱(温水器)、それに太陽がもたらした光の塊=木材の燃焼(薪ボイラー)によって賄われている。(薪ボイラーに補助燃焼装置は付いていない。)木材などの燃焼による二酸化炭素発生を指摘されそうだが、バイオマスの利用やその再生サイクル(エコシステムの一部)と、そのサイクルの外から投入される灯油などの燃焼(本来いまの地球環境を構成する何億年かの過程のなかで、大気中の炭素濃度を低減して大気温度変動巾を調節した、とも捉えることができる物質であり、海水に溶け込んでいる二酸化炭素と同様に大気中に再放出するべきものではなかったのである。)による二酸化炭素発生とは訳が違う。

Oさんに運用状況を問い合わせたところ、@薪ボイラーには朝夕2回、直径350mm長さ700mmほどの木材と薪4,5本をくべている。これで24時間ボイラーに火種が残っている状態で、点火に際して苦労はない。(再点火は付属の送風ファンによって可能)A夕方の薪入れで翌朝、残り火がくすぶっている状況でのボイラー内貯湯槽の湯温は約35〜40℃(80℃を示すところで沸騰しているので、付属の温度計が壊れている可能性があり、正確かどうかは不明とのこと)。B夜間、温水パネルヒーター表面は手で触れて暖かい程度。朝、外気温が0℃のときに室温は約13℃であった。C運用上、他の人に注意しておかなければならないのは、立地が中山間地だからできることだということで、薪の消費量が尋常ではなく、薪割りや乾燥管理に要する労力量も大きい。(生木は重い!)伐採時の残材(曲がり材)や大工さんなどから大量に木材を手に入れることができなければできない、ということであった。ちなみに風呂はステンレス製ではあるが、薪炊きの五右衛門風呂で、直接炊くかボイラーから給湯するか、いずれにしても薪で沸かさなくてはならない。厳寒期のひとつきの薪の消費量は、マキストーブに入る限界の大きさ(長さ約400mm)のものを径が350mmくらいにまとめて一束とすると、約40束。厳寒期5ヶ月間のストックとして1年間の量は200束、乾燥ストックを考慮に入れると400束にもなる。無理に生の木を燃やすとボイラー内部や煙突内にタール状のすすが付着し、煙道火災や効率低下をもたらす可能性もある。燃焼で生じた灰は囲炉裏の灰の補充、畑への散布に使用されている。



コンポストトイレ+毛管浸潤トレンチ

生活による廃棄物をなるべく土に戻す、ということは戦前には全国的にごく一般的なことだったということを忘れ始めている。化学肥料が大量に使われ始められる前は、人糞は貴重な肥料だった。そればかりか尻を拭く材料にさえも人糞の発酵を促進するものにこだわっていた、というむかしの人々の知恵からも我々は遠のいてしまっている。

エコシステムのいろいろな分野での研究に接していると、どうやら植物、微生物、動物は互いに必要な関係として存在しているらしい。太陽エネルギーの物質化(光合成)を担っている植物に土壌養分を補給しているのが微生物、動物であって、相互の関係の上に「土」がある。とりわけ面白いのは、微生物の多くと人間とはちょうど互いに逆立ちしているようで、互いの排泄物をことさら「おいしい」と感じているということである。発酵食品(お酒や味噌、醤油も含まれる)のおおくは微生物(酵母菌など)の排泄物か分解過程のものを利用して作られている。コンポストトイレや毛管浸潤トレンチはこうした微生物の活動によってし尿や生活排水に含まれる有機物を分解してもらおうという設備である。


●おがくずトイレ

 これは太陽光発電について相談しにいったエルガの桜井さんに紹介してもらった。ステンレス槽のなかにおがくずを入れ、し尿や野菜屑などの生ゴミを、酸素が好きな微生物で分解するものである。

 内部の発酵熱は約60〜70℃に達し、有害菌を死滅させるとともに、水分を蒸発させる。必要な外部からのエネルギーは、初期立ち上がりと厳寒期の電気ヒーターと、微生物に空気を送り込むための撹拌スクリュー用モーター(トイレ使用後と一日3回、1〜2分の回転)、排気ファン用モーターで、約5kwh/日、月に約3,000円の電気代になる。これは下水道代の約半分、くみ取り代と同等である。

その上2〜3ヶ月に一回、バケツ1〜2杯のコンポスト(有機肥料)が手に入る。KOH邸ではこれを採用した。 ところが、はなれの方はたち上がり時にウォシュレットと洗浄ガンで水を使いすぎて、有効な発酵過程になるようには好気性バクテリアがうまく活動せず、一度内部のおがくずを入れ替えている。おもやの方は製品改良によって仕様がいくぶん違うもので、こちらの方は逆に内部が乾燥ぎみで、内部のスクリューが軋む音がする。いまは鶏糞を入れながらちょうど良い環境に調整中である、とのこと。


 

●毛管浸潤トレンチ 「毛管湿潤トレンチ」は敷地内で雑排水を浄化してしまう方法で、Oさんは今回の住宅計画のはるか前から、その実現を図っていたらしい。ところで土は最初からあるわけではない。特に表土は植物、微生物、動物が互いに必要な関係として存在してきた結果としてありうるわけで、互いの働きが交錯し、伝達する場として「土」がある。たとえばミミズは土のなかの有機物を食し、排泄することによって土の構造を変える。その耕運活動によって眠っていた好気性バクテリアが活性化することもあるだろう。その空隙のある、水を含みやすい構造が植物の生育に影響をもたらすこともある。あるいは大気中の窒素に着目すれば、それを直接とりいれることができない植物や動物は、微生物がさまざまな窒素態として植物に仲介するかたちで土中に生息していることによって体内にとりいれることができるようになっている(らしい)。動物の排泄物は、植物が直接利用できるかたちではないので、この仲介も土中の微生物が担っている。

こうした一連の自然のはたらきによって生活雑排水に含まれる有機物を浄化=微生物に食してもらい、植物が利用できるかたちに整えてもらおう、というのが毛管浸潤トレンチ(新見式)である。(今回は排水浄化のシステムとして利用しているが、汚水処理浄化槽の3次処理のシステム、あるいは臭気を含むガスの浄化のシステムにも使われている)

特徴は、土表面(表面から約500mm程度)付近に生息する微生物の活動のみにたよった設備であることで、材料は不透水シートと陶管、毛管現象が長期にわたっておこるような、たとえば軽量骨材(火力発電所から出るものが最上らしい)などと砕石、目詰まり防止のネット類、それに微生物生息数が多い黒ぼく(耕作地の土でも良い)である。排水レベルが毛管浸潤トレンチの陶管設置レベルより低いとポンプアップ設備が必要であるが、住宅規模で適切に計画すれば駆動設備は不要。地下水に影響を与えないように最下部には不透水シートを設けてあり、生活排水は陶管(接合部に漏水防止材がなく空ら継ぎできるものが望ましい)の中を通りいったん不透水シート上の層に染み込んでいく。その水分は毛管現象で序々に上昇していき陶管周辺、トレンチ周辺の微生物によって有機物が分解され余剰水はほとんど蒸散する。ちなみに陶管に勾配はなく、排水口もない。

計画上、今回のような生活排水浄化のためのシステムでの配慮としては、@台所で発生する油脂分除去のためのしかけが必要。油脂分が多いと毛管浸潤トレンチが目詰まりしてしまい、目詰まりした有機物を微生物に分解してもらうために長期の休止をしても復活できない場合があるとのこと。→簡単なオイルトラップ、今回はトレンチへの接続桝に仕切りを設け、油脂分を掬い上げることにした。別に砕石などによる油脂浄化桝を設ける方法もありえよう。A生活に応じて、トレンチ必要長さを適切に計画し、微生物活動を順調に維持できるように2系統計画し、1系統は休ませることができるようにしておくこと。→KOH邸はなれでは計画上しかたなく1系統のみにしたが、常時生活するおもやでは、長さそれぞれ7.5mの2系統にしている。


■事例データ

建築データ
建物用途 専用住宅
所在地  佐賀県
竣工年月日 1999年4月
設計者(意匠及び設備 深川良治建築計画研究室 深川良治 深川悦子 自然エネルギー利用設備設計施工 (有)アポロンシステムズ 角田 和仁)
構造・規模 伝統工法による木造 平屋建て、一部天井裏収納
延床面積190.32u(おもや124.29u/はなれ66.03u)
地域地区 都市計画区域外

設備概要
冷房ナシ(土間蓄冷のみ) 暖房及び給湯 おもや;マキ炊きボイラー、太陽熱温水器による温水ヒーターパネル
マキ炊きボイラー;ウッドボイラー N-350NS(エーテーオー株式会社)
給湯用熱交換器、電子温度サーモ共
太陽熱温水器;サンファミリー(RK-30A)(日本電気硝子株式会社)
温水ヒーターパネル;森永サーモパネル、サーモコン、ハイボーイ、タオルボーイ
(森永エンジニアリング株式会社)
おもや風呂釜 マキ炊きステンレス製五右衛門風呂;次郎風呂(2.5人槽)(次郎風呂)
コンポストトイレ;マジカル(エコロジークリエイト)
雑排水処理(土壌浄化システム);毛管浸潤トレンチ工法(技術的な助言は西部電気工事株式会社)
その他;はなれには、簡易な土間蓄熱のダイレクトゲイン手法を採用している。マキストーブの熱輻射だけでは奥の部屋まであたたまらないのと、対流による上下の温度差解消のために、地中に素焼きの陶管によるサーキュラーダクト(結露水は地中浸透)を設け強制換気を施している。