帰省−2000冬−
(2000/12/27-28)

12/27(水)
 出発に使うのは、新宿23時9分発の夜行快速「ムーンライトえちご」号新潟・村上行き。今日は6両での運転。前回乗ったときは9両だったのだけれど。
 時間通りに発車し、池袋、赤羽、大宮と過ぎても、車内改札は無し(結局、終点まで無かった)。でもさすがに車内の減光は行われる。
 しかし、何故か眠れない。高崎で福井行きの急行「能登」に追い越され、水上で運転停車し、さらに新清水トンネルを抜けて新潟県に入った記憶まであるのである。

12/28(木)
 で、気がついたら長岡。だいたい4時を過ぎたくらいである。だというのに、発車時間に大音量でメロディを流すのは勘弁してほしい
 さらに、隣の席の人が、席に座ったままで携帯電話をかけ始める。電話の使用はデッキで!
 いろいろありながらも列車は新潟県内を走り、5時9分くらいに新潟到着。3分ほど遅れている。ここで結構な人数が下車。
 終点の村上に到着したのは6時7分。やはり3分遅れ。8分発の酒田行きに乗り換える人たちが走っていく。駅から出ると、雪が降り始めた。駅前のローソンで朝食を調達。
 この駅で、「村上−間島間の下り線で高波により護岸壁が崩壊し、架線柱が傾いたため、村上−桑川間で単線運転を行い、一部の列車が遅れ、または運休」との掲示を発見。さすが冬の日本海・・・。
 改札で「青春18きっぷ」にやっと日付を入れてもらい、21分発の新潟行きで引き返す。115系新潟色の5両編成で、車内はガラガラ。でも、携帯電話を持った人が、わざわざドアの近くまで立っていって通話している(この車両はデッキ無し)。誰かに見せてあげたいものである。
 33分に坂町に到着。7時24分発の米坂線・米沢行きに乗るためである。ここの駅前にもローソンがあったが、閉まっている。24時間営業ではないようである。村上で食料調達をしたのは正解か。
 待合室で朝食をとる。やはり朝食中の登山風の5人も同じ列車に乗る模様。
 だがそこに、乗るはずの列車が大雪のために運休するとの連絡が。どうやらタクシーで代行する模様。米沢まで8人、小国まで6人、越後下関まで2人だからそれで十分なようである。
 私はというと、いろいろと考えた結果、次のような案が。
  1.代行タクシーで米沢まで行く→私のような乗り物酔いしやすい人間が乗って大丈夫なのか?
  2.余目に出て、陸羽西・東線経由で行く→特急に乗る必要があるし、例の「架線柱流出区間」を通ることにもなる
  3.次の米坂線列車を待つ→待てば動き出す、という保証はない
 2か3ということにして、とりあえず7時37分発の内野行き(新潟方面)に乗り、豊栄まで行く。駅前を少しぶらつき、9分後の列車で新発田まで引き返す。ちなみに、何故こんな行動をしているのかというと、米坂線の2番列車が新潟始発の快速「べにばな2号」だからである。
 この新発田駅の掲示によると、米坂線は現在除雪中とのこと。とりあえず駅内のコンビニで食料を確保。
 発車の少し前に改札開始。「べにばな」号はとりあえず坂町まで運転し、そこで除雪待ちをするとのこと。つまり、運転再開の可能性はあるのだろう。
 「べにばな」号はキハ47+キハ52の2両編成。席はさらっと埋まっているが、中条、坂町での下車客もそこそこいるので、米坂線に入ろうという人はやはり少ない。
 坂町には時間通り9時31分着。本来なら42分に発車であるが、もちろん動かない。車掌によると、今のところ除雪終了の見通しは立たないとのこと。さらに除雪作業難航との知らせまで。はぁ。
 というわけで、時刻表を確認。米沢から乗る列車との接続を考えると、この列車は1時間半くらいなら遅れても大丈夫との結論が(ちなみに、米坂線の1番列車に乗っても、米沢からは同じ列車になる予定だった)。というわけで、11時18分発の特急「いなほ3号」酒田行きが来るまでに見通しが立たなかったらそっちに乗り換える、ということに決定。
 10時17分には村上行きの普通列車があるのだが、来ない。あらら、と思っていると、25分頃に、「米坂線が11時頃に復旧の見込み」との放送が。ゆえに、このまま米坂線で行くことに決定。ちなみに、例の村上行きは9分遅れで到着。E127系のワンマン列車だった。
 その後、43分には「まもなく発車見込み」との放送が入り、49分、ついに発車。結局1時間7分遅れ
 進むにつれて降る雪は大粒になり、積雪も深くなっていく。ほとんど雪に埋もれた踏切まである。沿道はところどころで渋滞。
 鉄橋を渡っていると、頭上で思いっきり「ゴンッ」と音が。雪でも落ちてきたのだろう。
 11時15分に越後金丸で運転停車、下り普通列車(たぶん1番列車)とすれ違う。向こうには1人しか乗客を確認できない。21分に発車。
 小国には32分に到着。ホームはただいま除雪中。下り「べにばな1号」を待って、41分に発車。いつの間にか遅れは1時間21分に。
 白(=雪)と黒(=トンネル)の景色の中をさらに進み、今泉には12時28分着。ちょうどフラワー長井線の上下列車と接続する。
 「飯豊山表登山口」の羽前小松でも下り列車との交換で5分停車し、終点の米沢に着いたのは12時56分。最終的には1時間22分の遅れになった。ちなみに最初の予定と比べると2時間56分遅れ
 米沢から乗るのは、13時19分発の奥羽本線(山形線)福島行き。719系の2両編成。「つばさ128号」の後を追うようにして時間通りに発車
 板谷峠も、やはり白い。板谷からはスキーやそりを持った一団が、赤岩からは雪かきを持った一団が乗車。雪で楽しむ人と、雪を相手に仕事をする人。何とも対照的である。
 ちなみにこの区間の普通列車、1本前のは約5時間前に、1本後のは約3時間半後に米沢を出る。この本数の少なさのおかげで、米坂線が乱れてもその後は予定通りの行程で進むことができているのではあるが。
 庭坂あたりからは立客も出て、結構な混雑で福島に到着。
 ここでは23分の待ち合わせで、14時29分発の仙台行きに乗り換え。郡山始発の列車である。到着時には混んでいたとしても福島でかなり降りるはず、と思っていたのだが、思ったほど降りない。福島からの乗客もけっこう多かったので、座席数の多い455系6両編成といえども、立客が出ている状態。実は、福島から仙台へ行く列車が2時間ぶりなのでこのように混んでいるのかも。
 県境を越えて宮城県に入る。こちら側には雪がない。車内は、というと、立客はいないもののかなりの席が埋まっている。仙台に近づくと再び雪が。そして車内もいくらか混みあってきて、15時48分に仙台到着。
 一ノ関へ抜けるための列車がマイナス8分接続だったため、52分待って16時40分発の一ノ関行きに乗ることに。土産物売場などをぶらついて時間をつぶす。
 さて、一ノ関行きは701系の4両編成。後ろの2両は小牛田で切り離しとなる。というわけで先頭車に乗車。ちなみにこの701系、高校への通学によく使っていた車両(色は違うが)なので、何とも懐かしい気分になる。
 小牛田に到着。切り離し作業は・・・行われない。そして「本日は4両とも終点の一ノ関まで参ります」との放送が。そういうことは早めに言っておいてほしいのだが。ほかの客もこのことは知らなかったようで、当然ながら前の2両は混雑、後ろの2両はがら空き、という状態に。ちなみに、本来なら小牛田から先はワンマン運転だが、今日は4両なのでもちろん車掌は乗ったまま。
 結局、新田でやっと座ることができた。白鳥の飛来地として有名な伊豆沼を見た記憶もなく、気がついたら有壁。寝ていたようで。で、終点の一ノ関には18時20分、時間通りに到着。駅前の道路は見事に凍結していた。

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