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納得!「神の名前はエホバでない」わけ

導入 注意事項 必要な知識 エホバの由来 学界の定説 定説の検証 結論


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今、これを読んでいらっしゃるあなたは、ヘブライ語の学習経験がありますか?「ヘブライ語」という名前は、聞き慣れないかもしれません。「ヘブライ語」というのはドイツ風の呼び方です。英米風にいえば「ヘブル語」または「ヒブル語」です。どれも御存知ありませんか?では別の面から訊きましょう。『旧約聖書』は如何ですか?そう、キリスト教で特別に大切にされている文書、『聖書』の一部ですね。この『旧約聖書』、原典の大部分が「ヘブライ語」で書かれているのです。

キリスト教の『聖書』は、大きく二つの部分に分かれます。『新約』と『旧約』です。この『旧約』のほうの原典は、大部分がヘブライ語で書かれました。ただし『旧約』という呼び方は、キリスト教の立場からの呼び方です。立場が変われば、呼び方も変わります。ほぼ同じ文書は、ユダヤ教でも聖なるものとして尊ばれています。というよりも、『旧約』の文書は本来、ユダヤ教の正典でした。キリスト教がユダヤ教から独立したときに、ユダヤ教の正典も継承したわけです。でもユダヤ教では『新約』を認めませんから、『旧約』という呼び方もしません。この文書を指してユダヤ教では、ヘブライ語で『タナハ』(または『タナク』)といいます。また最近では、『聖書』のうちヘブライ語で書かれた部分、ということで『ヘブライ語聖書』という言い方をすることもあります。今も、ヘブライ語を読み書き話す人達がいます。イスラエル国のユダヤ人です。ヘブライ語は長いこと、日常語としては廃れていました。それを、『ヘブライ語聖書』のヘブライ語をもとにして、日常使う言語へと復興させたのです。


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では、もう一度伺います。あなたは、ヘブライ語の学習経験がありますか?この文章は、ヘブライ語を学び始めた方に向けて書きました。ですから、学習経験のない方は、お読みになっても理解は難しいと思います。ただし保証はできませんが、まずヘブライ語の旧約聖書原典、それとヘブライ語の入門書を図書館で借りるなどして御覧いただけば、一部はお解り戴けるかもしれません。

また、お読みになって、内容に疑問や批判を持たれる方もあるかもしれません。しかし、論述の証拠が確認できる書き方を心がけましたから、ヘブライ語の初歩を学習し、旧約の原典を御覧いただけば、私が嘘を言っていないことは確認できるはずです。そんなかったるいことやってられるか、というお忙しい方は、文中で挙げた本、特にヘブライ語の入門書と原典を、図書館でお読みになって御確認ください。お近くの図書館には、そんな特殊なもの置いてないですか?でも諦めてはいけません。たいていの公共図書館では、自分の館で持っていない本でも、他の図書館から借りるとか、買って揃えるとかの対応をとって見せてくれます。この方法では、貸出やコピーは出来ないとはいえ、ここで述べることを確認するには館内で見るだけで十分です。カウンターの職員に訊いてみるとよいでしょう。


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ヘブライ語というのは、右横書きという書き方に始まり、文字と発音の習得からして難物です。私自身、大学でヘブライ語を履修する前の休みに予習を試みたところ、文字と発音のところまでしか進まずに新学期に突入してしまいました。そして結局、講義にはついていけずに挫折することになりました。

しかし文字と発音に時間を掛けることは、無駄ではありません。それが基礎になって、その後の学習が始まるからです。大学の科目履修で挫折した私も、断続的ながらヘブライ語と関わり続けてきました。現在履修中の通信講座では、初級文法も半分を超えるところまで辿り着きました。これも偏に、人一倍苦労して文字と発音に取り組んだ経験があったからです。骨折りは、必ず後に活きてきます

しかし「骨折りが後で活きる」というのは、ここでの主題ではありません。「後で活きる」なんて遅すぎる、今ここで活かしたいんだよ何とかしてくれ、という方の御要望にお応えするのが目的です。文字と発音、それと若干の知識があるだけでできる発見を、お伝えしたいのです。

 まず、必要な知識の範囲を説明しましょう。J. Weingreen, A Practical Grammar for Classical Hebrew, 2nd.ed (Oxford University Press, 1959)の、第17課までです。練習問題でいえば、2番のところです。以下の説明では、このワイングリーンの教科書の課を示します。この教科書には、鍋谷堯爾らによる翻訳があります。日本語で確かめたい方は、その訳書で、それぞれの箇所を御覧ください。また左近義慈編著『ヒブル語入門』(教文館、1966年)でいえば、第十一課までになります。ただし、必要な知識は第一課から第七課までと、第十一課だけです。これと、旧約聖書の原典を用意してください。原典といっても、原著者が執筆したのは大昔ですから、直筆のものは残っていません。現代に伝わっているのは写本だけです。なので、いろいろな写本を比較対照して再構成しなければなりません。この再構成したものが、現在売っている「原典」です。ドイツ聖書協会では、Biblia Hebraica Stuttgartensia というのを刊行しています。私はその第五版を参照しました。


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 やっと本題に入ります。「エホバの証人」という宗教団体がありますね。この団体では、「神の御名はエホバだ」と主張します。その根拠は、旧約聖書で神の名前にあたる文字を読むと「イェホーヴァー」(以下イェホーワーとします。ヴァーとワーとの違いは、子音ワウをVで音訳するかWで音訳するかによる違いで、いわば訛のようなものです)になる、というものです。

まず、問題の言葉が本当に「イェホーワー」と読めるのかを確かめてみましょう。ヘブライ語の旧約聖書を開いてみてください。ためしに創世記24章の48節を見てみましょうか。意味はわからなくて構いません。前から数えて、6番目の単語を御覧ください。ハイフンのような記号、マッケフがありますね。その後です。子音文字は、ヨッド、へー、ワウ、へー。西洋式の字にすると、YHWH。ヨッドの下には、「」のような印があります。これは母音符号のシェワーです。ここは、読むなら有音です。短く小さく「エ」のように読みます(シェワーは、閉音節の末尾では無音になります。しかし、ここは語頭なので有音です)。ワウの下には「┬ 」のような印があります。これは母音符号のカーメツです。長く「アー」と読みます(閉音節では「オ」と読みます。しかし、ここは次のへーと一体化して長母音「アー」となり、開音節になります)。これで、出だしは「イェ」で終りは「ワー」(ワウをVで音訳するなら「ヴァー」)となります。中ほどのへーはどうでしょう。へーに続くワウは、上に母音符号のホーレム「」があれば、「オー」という母音になります(私の手許の聖書には、なぜかホーレムが付いていないのですが)。なので、これを「ホー」と読むわけです。以上で、出だしが「イェ」中が「ホー」終りが「ワー」となりました。この読み方には、ひとつだけ無理があります。ワウを、母音と子音で二重に読む点です。しかし一応、「イェホーワー」と読めることは確かめられました。

この理由から、昔のヨーロッパの聖書翻訳では、神の名前を「Jehovah」と音訳していました。この訳し方は、エホバの証人に限った話ではありません。御存知のとおり、いわゆる「正統」のキリスト教会では、エホバの証人はキリスト教とは異なる宗教だ、としていますね。しかしその「正統」の教会でも、昔は普通に「エホバ」と言っていたわけです。例えば、長いこと英米で用いられていたイギリスの『欽定訳聖書』でも、「Jehovah」としていました。これが、明治時代に日本の『文語訳聖書』を訳すときにも引き継がれました。文語訳聖書は、今でも日本聖書協会から刊行されていますから、御覧ください。旧約の部分は、当時のままです。それに今でも、教会の礼拝で「エホバ」という言葉が出ることがありますよ。現在、日本のプロテスタントの最大の団体は、日本基督教団です。そこでは少なからぬ教会が、『讃美歌』(日本基督教団出版局、1954年)というのを使っています。その中の「交読文34」として、有名な「十戒」が出てきます。そこでは文語訳聖書を使っていますから、しっかり「エホバ」と書いてあるのです。これだけでなく、モーツァルトその他の宗教音楽の歌詞にも、また現代のゴスペルソングにも「Jehovah」が出てきます。これらもすべて、上のような事情のためです。決して、エホバの証人が特別におかしな呼び方をしていたわけではないのです。


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 しかしながら今では、神の名前の四文字YHWHは「イェホーワー」とは読まない、というのが旧約聖書を研究する学者たちの定説になっています。その理由は、ユダヤ人の習慣にあります。詳しくは、ワイングリーンの教科書の15課の(c)を御覧ください。旧約聖書は、まず母音符号なしの本文ができました。今でも、イスラエル人は母音符号なしでヘブライ語の新聞を読んでいます。母音符号は、日本語でいえば振り仮名のようなものです。日本でも大人は、振り仮名なしで漢字の文章を読みますよね。そういうわけで、母音符号つきの旧約聖書は、あとから創られました。昔のユダヤ人の国が滅び、ヘブライ語が日常語ではなくなって、読み書きが難しくなった時期のことです。上記の母音符号、つまりシェワー「」ホーレム「」カーメツ「┬ 」が付けられたのも、当然その頃です。しかしその頃から今に至るまで、ユダヤ人は「ヨッド、へー、ワウ、へー」の四文字を、「イェホーワー」とは読んでいなかったそうなのです。というのも、十戒の第三戒に「YHWHの名をみだりに唱えてはならない」とあるからです。ユダヤ教徒たちは、これを厳しく解釈して、YHWHを読むこと、発音すること自体を避けたわけです。このため、YHWHと書いてある箇所では「アドーナーイ」つまり「主」という別の言葉を代わりに読むのです。この点の解りやすい説明は、大久保史彦『聖書が原語で読めたなら―聖書語学の証しと勧め―』第2版(聖書語学同好会、1989年)の56-57頁にある「エホバとヤウェ」という項目にあります。また、この伝統が今も生きていることは、山森みか『「乳と蜜の流れる地」から―非日常の国イスラエルの日常生活―』(新教出版社、2002年)に活写されています。このようにYHWHを「主」と読んでいた事実があったため、大昔のギリシャ語訳である七十人訳聖書をはじめ、現代の日本語訳聖書の殆どが、これを「主」と訳します。それら日本語訳の聖書の中でも、福音派とよばれる諸教会で用いている「新改訳」には特色があります。YHWHが出てくるところは、太字の「」になっているのです。

それでは、YHWHに付けられた母音符号、「」「」「┬ 」は何なのでしょう。もしYHWHを「イェホーワー」と読んでいたのなら、発音そのままの符号がついたと考えれば済みます。それなのに、YHWHは「アドーナーイ」と発音していたというのです。じつは話は簡単で、「」「」「┬ 」という符号は、この「アドーナーイ」の母音なのです。日本語でも、本来の読みと違う振り仮名を振ることがありますね。「煙草」を「たばこ」と読む、など。読み替えの経緯こそ違うものの、似た現象だといえます。

なお上記の「」「」「┬ 」の母音符号が「アドーナーイ」の母音だとすると、一つだけ噛み合わない点があります。「アドーナーイ」の符号は、「−:」「」「┬ 」になるのです。一文字目につく符号を比べてください。「」と「−:」というふうに食い違っていますね。しかしこれには、理由があります。「アドーナーイ」の一文字目の子音が「アレフ」(オウム真理教の教団が、こう改称したので有名になってますけど、元はヘブライ語の子音文字です)であることです。アレフは喉音という種類の子音で、普通のシェワー「」が付きません。複合シェワーといって、「−:」の形になります。これは短く「ア」と読みます。逆に、YHWHの一文字目の子音は、ヨッドです。こちらは普通の子音なので、複合シェワーは付きません。なので、「アドーナーイ」では複合シェワー「−:」だったのが、単なるシェワー「」に変わるのです。「アドーナーイ」の語頭の母音符号は、喉音のアレフについていたので「−:」だった、しかしYHWHの方になると、普通の子音ヨッドにつくので「」に変わる、というわけです。


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 ところで物事を考えるときに大切なのは、たとえ学界の定説でも人間の説、極端にいえば仮説だということです。定説もまた、様々な仮説の中で、最も有力な根拠を有する仮説であるにすぎないのです。YHWHの読み方も、例外ではありません。根拠を自分で確かめてみるに超したことはないわけです。そして幸い、ヘブライ語の初歩の知識を動員するだけで、この仮説は検証できます。

 YHWHを「イェホーワー」と読むと仮定しましょう。ところでヘブライ語には、「イェ」で始まる単語は、いくつかあります。つまり、語頭が子音文字ヨッドと、母音符号シェワー「」のペアから始まる単語です。もし問題のYHWHが「イェホーワー」なら、これら「イェ」で始まる単語と全く同じような振舞い方が、文中でみられるはずです。

 比較のためには、「イェフーダー」という言葉がよいでしょう。創世記38章の24節を御覧ください。初めから15番目、終りから数えて3番目の言葉です。固有名詞「ユダ」です。新約聖書に出てくる「イスカリオテのユダ」が有名ですが、旧約に出てくるのは悪役ではありません。旧約聖書の登場人物「イスラエル」の十二人の息子の一人です。ちなみに「イスラエル国」の国名も、「ユダヤ人」という民族名も、この親子に由来します。話を戻して、この「イェフーダー」をヘブライ語の文字で見てみましょう。ヨッド、へー、ワウ、までが「イェフーダー」と同じです。それに続いて、ダレス、へーがあります。YHWDHですから、子音でいえば、間にDが入るかどうかだけの違いです。さらに母音符号も似ています。ヨッドの下にシェワー「」、ダレスの下にカーメツ「┬ 」があります。ワウは、中に点が打ってあるので、「ウー」と読む母音になります。「Jehovah」の方式でラテン字に直せば、「Jehudah」です。

 ここで、接頭前置詞について思い出してください。17課に出ています。前置詞は、べ、レ、ケ、というのがありました。いずれも、ベース、ラーメド、カフという子音文字に、シェワー「」がついた形です。これが語頭に合体して、意味を表すわけです。ところで語頭についたとき、ちょっとした変化が起こる場合があります。先頭の子音文字に、シェワー「」が付いた場合です。ワイングリーンの教科書の17課、(A)の2を御覧ください。シェワー「」は弱く発音するものなので、語頭で二回連続することはないのです。たとえば「シェムーエール」という人がいます。旧約聖書の登場人物、サムエルです。最初の字は、子音文字ペーにシェワー「」がついたものです。これに「レ」がつくと、次のような変化が起こります。まず、「レ」のシェワー「」が取れて、母音符号ヒーレク「.」に変わります。「レ」+「シェムーエール」=「リシェムーエール」となります。

 では、さきほどの「イェフーダー」の場合はどうでしょう。基本は同じで、「レ」のシェワー「」がヒーレク「 .」になります。ここで、もう一つ変化が加わります。同じ17課の(A)の3を御覧ください。ヒーレクのあとにヨッドが続くと、一体化して「イー」という長母音になるのです。つまり「レ」+「イェフーダー」=「リーフーダー」になります。じつはこの形は、丁度さきほど参照した創世記38章の24節に出てきます。前から数えて5番目の言葉を御覧ください。

 とすると、もし「イェホーワー」と読むのが正しいなら、「レ」がついたらどうなるでしょう。そうです、「リーホーワー」でなくてはなりません。「レ」+「イェホーワー」=「リーホーワー」となるのは、「イェフーダー」が「リーフーダー」に変わるのと全く同じ理屈です。では、実際の姿はどうでしょうか。この形も丁度、さきほど参照した創世記24章の48節に出てきます。前から3番目の言葉を御覧ください。ところがここでは、「リーホーワー」とはなっていませんね。先頭のラーメドの下にはパサハ「」、つまり「ア」と読む母音符号がついているからです。「レ」+「イェホーワー」=「ライェホーワー」などというのは、ヘブライ語の法則性からすると、全くありえない変化です。こうなると、YHWHを「イェホーワー」と読むという仮説が誤っていたのだ、と結論するしかありません。

 ところで前置詞「レ」がついたとき、下のシェワー「」がパサハ「」に変わるのは、どういう場合でしょうか。やはり同じ17課で、(A)の4を御覧ください。ここにあるとおり、先頭の文字が喉音で、複合シェワー「−:」が付いている場合が当てはまります。そうです、ちょうど「アドーナーイ」のような場合です。この事実は、YHWHについた母音符号は本来の読み方ではなく、「アドーナーイ」の母音符号をあてはめたものだ、という仮説を強く支持します。


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 以上からいえるのは、次の2点です。第一に、YHWHを「イェホーワー」とは読まない、ということが確実に判りました。この点に、疑問の余地はありません。第二に、YHWHの母音符号は「アドーナーイ」の符号をあてはめたものだ、という可能性が強いことがわかりました。厳密には、「アドーナーイ」でなくともよいです。最初の母音符号が「−:」で始まる言葉であればよいからです。しかし、ユダヤ教徒の読み方の習慣から考えて、「アドーナーイ」という有力候補が浮かびあがります。そして他には、具体的な候補はありません。したがって、この点でも定説が確認できた、としてよさそうです。ヘブライ語の初歩の知識だけで、ここまでは学者の定説に追いつけたわけです。

 これに関係する定説は、もう一つあります。YHWHは本来、つまり読み方が忘れられる前には、「ヤハウェー」と読まれたのだ、という説です。例えば日本を代表する旧約聖書学者の関根正雄は、「ハ」を小さく書いて「ヤウェ」としています。岩波文庫の『創世記』や、『旧約聖書』(教文館、1997年)などを見るとわかります。しかし、この説を検証して確認するのは、容易ではなさそうです。今の私には想像もつきません。これが検証できる日を夢見て、学習を続けるしかありません。


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